13
Copyright © 2015 日本感性工学会.All Rights Reserved. 日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2 pp.265-277 2016doi: 10.5057/jjske.TJSKE-D-15-00076 特集「あいまいと感性」 J-STAGE Advance Published Date: 2015.12.28 265 1. 地方自治体庁舎や公民館,病院や銀行,大学など,不特定 多数の人が利用する施設の空間構成要素である家具は,人の 行動,あるいは心理に大きな影響を持つ.家具の設置目的は, 施設により様々だが,多くの施設はサービスの提供により, 利用者に満足感などの感性的な価値を提供することが目的で あるため,家具も同様の目的を持つと考えられる.家具がそ の施設の利用者に対して直接的に価値を提供することもあれ ば,施設のスタッフの活動を支援することにより,利用者に 対して間接的に価値を提供することもある.本稿では,この ような不特定多数のユーザーがアクセスする屋内用家具を 「公共空間用家具」と呼んでいる. 1 は,公共空間用家具メーカーのデザイナーが行ってい るデザインプロセスを説明するために,カリフォルニア芸術 大学のサラ ・ ベックマン教授らが作成したデザインプロセス Innovation as a learning Process: Embedding Design Thinkingの図をアレンジしたものである[1].デザイナーはまず, 「発見する」のステップで事実の収集を行う.「市場の変化や ユーザーのニーズ」,「競合他社の製品やサービスの内容」, 「自社の状況」に関する情報を得る. 次に,「気づきと洞察」 のステップで事実から得られた気づきと幅広いデザイナーの 知見を統合的に解釈し,ユーザーの要求事項や解決すべき 本質的な課題を見つける.そして,「着想を得る」では洞察を もとにアイデアを展開し解決案を考える.最後に,「創造する」 では得られたアイデアを可視化・具現化し,ユーザーの経験 を具体的な家具やサービスという形で表現する.各ステップ には「評価」のタスクがある.評価を行い,前段階の活動に 移るか次に進むかの判断を行う.特に「着想を得る」から 「創造する」のステップにおいては,「創造する」で可視化し たプロトタイプを評価し,前段階の抽象概念であるコンセプ トが本当に正しいかどうかフィードバックをかける.反復的 にステップを行き来することで,その過程で最適解を見つけ 出し,アウトプットの質を上げるのだ.製品のデザインを最 適化し,さらに新たな価値を創造するためには,製品開発時 の評価だけではなく,図 2 のように製品が市場に投入された 後,実際にその家具が利用されている状況下で製品のデザイ ン評価を行うことが必要ではないだろうか.公共空間用家具 の場合,コンシューマー向けの家具と異なり,その所有者は 企業や地方自治体,病院や大学などの組織なので,利用者に 対してデザイン評価を行うためには家具を所有している組織 の協力を得ることが前提となるが,開発した製品の利用状況 下におけるデザイン評価を継続的に行うことで,発展的な改 善に繋がるプロセスとなるだろう. さて,公共空間用家具の利用状況下における評価はこれま で,新製品の開発時にデザイナーのような特定の知識(ノウ ハウ)を持ったエキスパートが単発的に行うことがあった. 良い意味でも悪い意味でも,事実に対する解釈である気づき や洞察の質はそのエキスパートに委ねられてきたのだ.多数 Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価 公共空間用家具としての「大学学務課受付窓口用カウンター」の場合 秋田 直繁*,森田 昌嗣*,椎塚 久雄** * 九州大学‚ ** 株式会社 椎塚感性工学研究所 Evaluation of Product Design User Satisfaction based on the Systematic Analysis of Kansei – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter as a Furniture Designed for Public Space – Naoshige AKITA*, Yoshitsugu MORITA* and Hisao SHIIZUKA** * Kyushu University, 4-9-1 Shiobaru, Minami-ku, Fukuoka 815-8540, Japan ** Shiizuka Kansei Engineering Laboratory, Co., Ltd., 4-10-5 Sendagaya, Shibuya-ku, Tokyo 151-0051, Japan Abstract : This paper proposes a new evaluation method and how to visualize its result in the field of furniture development for indoor public spaces through the application of a quantitative method. To achieve improved user satisfaction, we set up evaluation items for the furniture and conducted an evaluation experiment. First, we extracted information of possible importance for evaluating furniture design through judges’ comments in design awards and edited them as evaluation items. Next, users evaluated the degrees of significance and satisfaction in relation to each evaluation item while actually using the furniture. We converted the evaluation result by calculating deviations and graphically represented them to highlight items that need improvement. The experiment involved two user groups: those who provide services and those who receive them. The results of both groups will be compared so that specific guidelines for improving furniture can be developed taking both groups into consideration. Keywords : Design Evaluation, Deviation Value, User Satisfaction

– A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

  • Upload
    others

  • View
    1

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

Page 1: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

Copyright © 2015 日本感性工学会.All Rights Reserved.

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2 pp.265-277(2016)doi: 10.5057/jjske.TJSKE-D-15-00076

特集「あいまいと感性」

J-STAGE Advance Published Date: 2015.12.28 265

1. は じ め に

地方自治体庁舎や公民館,病院や銀行,大学など,不特定多数の人が利用する施設の空間構成要素である家具は,人の行動,あるいは心理に大きな影響を持つ.家具の設置目的は,施設により様々だが,多くの施設はサービスの提供により,利用者に満足感などの感性的な価値を提供することが目的であるため,家具も同様の目的を持つと考えられる.家具がその施設の利用者に対して直接的に価値を提供することもあれば,施設のスタッフの活動を支援することにより,利用者に対して間接的に価値を提供することもある.本稿では,このような不特定多数のユーザーがアクセスする屋内用家具を「公共空間用家具」と呼んでいる.図1は,公共空間用家具メーカーのデザイナーが行っているデザインプロセスを説明するために,カリフォルニア芸術大学のサラ・ベックマン教授らが作成したデザインプロセス(Innovation as a learning Process: Embedding Design Thinking)の図をアレンジしたものである[1].デザイナーはまず,「発見する」のステップで事実の収集を行う.「市場の変化やユーザーのニーズ」,「競合他社の製品やサービスの内容」,「自社の状況」に関する情報を得る. 次に,「気づきと洞察」のステップで事実から得られた気づきと幅広いデザイナーの知見を統合的に解釈し,ユーザーの要求事項や解決すべき本質的な課題を見つける.そして,「着想を得る」では洞察を

もとにアイデアを展開し解決案を考える.最後に,「創造する」では得られたアイデアを可視化・具現化し,ユーザーの経験を具体的な家具やサービスという形で表現する.各ステップには「評価」のタスクがある.評価を行い,前段階の活動に移るか次に進むかの判断を行う.特に「着想を得る」から「創造する」のステップにおいては,「創造する」で可視化したプロトタイプを評価し,前段階の抽象概念であるコンセプトが本当に正しいかどうかフィードバックをかける.反復的にステップを行き来することで,その過程で最適解を見つけ出し,アウトプットの質を上げるのだ.製品のデザインを最適化し,さらに新たな価値を創造するためには,製品開発時の評価だけではなく,図2のように製品が市場に投入された後,実際にその家具が利用されている状況下で製品のデザイン評価を行うことが必要ではないだろうか.公共空間用家具の場合,コンシューマー向けの家具と異なり,その所有者は企業や地方自治体,病院や大学などの組織なので,利用者に対してデザイン評価を行うためには家具を所有している組織の協力を得ることが前提となるが,開発した製品の利用状況下におけるデザイン評価を継続的に行うことで,発展的な改善に繋がるプロセスとなるだろう.さて,公共空間用家具の利用状況下における評価はこれまで,新製品の開発時にデザイナーのような特定の知識(ノウハウ)を持ったエキスパートが単発的に行うことがあった.良い意味でも悪い意味でも,事実に対する解釈である気づきや洞察の質はそのエキスパートに委ねられてきたのだ.多数

Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12

原著論文

感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価̶ 公共空間用家具としての「大学学務課受付窓口用カウンター」の場合 ̶

秋田 直繁*,森田 昌嗣*,椎塚 久雄**

* 九州大学‚ ** 株式会社 椎塚感性工学研究所

Evaluation of Product Design User Satisfaction based on the Systematic Analysis of Kansei– A Case of a University Academic Affairs Reception Counter as a Furniture Designed for Public Space –

Naoshige AKITA*, Yoshitsugu MORITA* and Hisao SHIIZUKA**

* Kyushu University, 4-9-1 Shiobaru, Minami-ku, Fukuoka 815-8540, Japan** Shiizuka Kansei Engineering Laboratory, Co., Ltd., 4-10-5 Sendagaya, Shibuya-ku, Tokyo 151-0051, Japan

Abstract : This paper proposes a new evaluation method and how to visualize its result in the field of furniture development for indoor public spaces through the application of a quantitative method. To achieve improved user satisfaction, we set up evaluation items for the furniture and conducted an evaluation experiment. First, we extracted information of possible importance for evaluating furniture design through judges’ comments in design awards and edited them as evaluation items. Next, users evaluated the degrees of significance and satisfaction in relation to each evaluation item while actually using the furniture. We converted the evaluation result by calculating deviations and graphically represented them to highlight items that need improvement. The experiment involved two user groups: those who provide services and those who receive them. The results of both groups will be compared so that specific guidelines for improving furniture can be developed taking both groups into consideration.

Keywords : Design Evaluation, Deviation Value, User Satisfaction

Page 2: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

266

の利用者が公共空間用家具の持つ様々な能力に対して何を感じ,評価しているのか,そこにはどのような要因が潜んでいるのかなど,公共空間用家具と利用者の関係性の中には,まだ計り知れない要因が内包されている.本稿はそのようなエキスパートによる公共空間用家具のデザインの分野に新しい評価とその可視化の方法を提案するものである.具体的な進め方は,ケーススタディにおいて評価対象を選定し,KJ法と定量的な評価法を用いて,公共空間用家具のデザイン評価項目を抽出し,公共空間用家具の利用現場で行なう実験の結果を偏差値の計算法を用いて変換し,改善の指針を提示する.まず,評価実験の方法として,①評価対象の分類と対象の決定,②公共空間用家具のデザインの評価項目の決定,③決定した評価項目を用いて,実際の家具の評価を行い,評価の結果を可視化する.

2. 公共空間用家具の分類

ここでまず,公共空間用家具を分類し,本実験における対象となる家具を設定する.

2.1 「ユーザーの特性」と「空間の用途」による分類公共空間用家具を使用するユーザーは主にサービスを提供する「スタッフ」とサービスを受ける「利用者」である.そして,家具は「利用者が使用する家具」と「スタッフが使用する家具」,「利用者とスタッフが使用する家具」に分類できる.表1は主な公共施設にある空間をその空間の用途により分け,さらにユーザー別に分類したものである.ここでは公共空間用家具メーカーのカタログ情報を参考に分類した[2-4].主なユーザーが「利用者」である空間は,書類記載空間や集中学習空間,PC活用空間などの1人で利用する空間と待合空間や談話空間,多目的空間のような1人以上の複数人数で利用する空間に分けられる.前者の空間を構成する家具は,長テーブルや椅子,一人用のデスクや仕切り板がついた記載台などがある.後者の空間は,複数人数で使えるテーブルや移動可能で組み合わせができるテーブル,椅子,複数人数が座れるロビーチェアやベンチ,荷物を置くサイドテーブルなどで構成される.主なユーザーが「利用者とスタッフ」である空間は,利用者とスタッフが対面する窓口空間がほとんどの施設に見られる.また,複数人数でワークショップや打合せ,セミナーを行なう多目的空間も多くの施設にある.窓口空間を構成する家具は主にカウンターと椅子,カウンターに取り付けるパーテーションである.多目的空間は可動式のテーブルと椅子,ホワイトボードで構成されることが多い.主なユーザーが「スタッフ」である空間は,執務空間と打合せ空間などがある.個人用のデスクと椅子,テーブル,ホワイトボードなどで構成される.

2.2 評価実験の対象について利用者とスタッフの間に介在する「窓口空間用カウンター」をケーススタディの対象として評価実験を行う.評価対象と

図1 デザインプロセス

図2 継続的なデザイン評価プロセス

表1 評価対象の分類

Page 3: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

267

ユーザーとの関係は図3のように表すことができる.本研究によりデザインの評価方法を構築し,評価結果を可視化,評価対象である家具の改善点を明らかにして次に開発する家具をより良いものにできれば,家具が利用者に与える価値が上がるだけでなく,スタッフの働きやすさが改善され,ひいては利用者へ行うサービスの質の向上が期待できる.

3. 実験プロセスとその構成

3.1 感性をシステム的に捉える椎塚[5]は「感性とは何かを“いいな”と思う気持ちである」「いいなと思わせる対象を『感性物』,またいいなと思う気持ちを『感性心=感性』と呼ぶことにすると,感性と感性物,感性心の関係は,いわゆる『感性システム』の関数 fの働きを明らかにすることである」と述べている.本稿ではデザインの評価を通じて,感性物である公共空間用家具からのインプットと評価者の感性システムによる情報処理結果との関係性を知ることで,どのような因子が感性に影響を及ぼしているのかを把握できると考えた.

3.2 家具の能力に対するユーザーの満足度の評価今回,提案するデザインの評価方法では,公共空間用家具に対するユーザーの満足度がどれくらいあって,もしそれを改善するとした場合,どの価値をどのように改善したらよいかという指針を明らかにする手法である.その際,家具を様々な能力(例えば,ユーザーに対して快適性を与える,コミュニケーションを円滑にする)を持った主体であると考え,その能力に対してユーザーが感じる満足度や重要度を調査する.

3.3 モノの能力に対する人の認知モデル「感性物としてのモノ」と「感性をもつ人」の関係について考えてみる.図4は椎塚[5]の感性の現代的な捉え方に関する図にモノの能力という概念を加えてアレンジし,図5はAnderson[6]のACTモデルを改変したものである.モノは能力を持っている.人は行為を行うことでモノにアクセスし,感覚器官によりモノの能力をピックアップする.その時,モノの能力と人との関係において意味が生じる.意味はその人にとっての意味である.人は理性と感性を通して,その意味が持つ価値を認識し,その結果が次の行為に

繋がる.行為を続ける中で,意味は連続的に生じている.その意味の大半は無意識的に人のなかで情報処理される.意識の中心に関わる意味は氷山の一角なのである.モノから人に伝わる情報には,概念やエピソードなどの

「言語にしやすい情報」と身体技能に関わる「言語にしにくい情報」がある.前者の「言語にしやすい情報」の処理は,感覚器官から入ってきた情報を作動記憶(ワーキングメモリ)において,宣言記憶の中に保存されている抽象化された情報と関連付けて,意味を理解する.宣言記憶とは一般的な概念の記憶である「意味記憶」と自分が過去に体験した出来事などの「エピソード記憶」が含まれる.作動記憶(ワーキングメモリ)は情報を一時的に保ちながら処理するための構造や過程を指す構成概念である.目や耳などから入ってきた情報を宣言記憶の中に保存されている抽象化された情報と関連付けるインターフェイスの役割を果たしていると考えることもできる.一方,後者の「言語にしにくい情報」の処理は,認知科学の分野で生まれたプロダクションシステムを用いて説明できる.図5にある手続き記憶は「身体技能」や「認知技能」などの経験則的な暗黙知であり,プロダクションルールと呼ばれる〈if条件 then実行(結論)〉ルールの形式で蓄えられている.感覚器官から入ってきた情報を作動記憶(ワーキングメモリ)において,一時的に保持しながら,知識ベースである手続き記憶(プロダクション記憶)の条件と照合し,競合解消,実行部の実行という順序で,意味を解釈し行為にいたる[7,8].

図3 評価対象とユーザーの関係図

インプット

アウトプット

情報

行為

人モノ

能力 能力

能力 感性

理性

モノの能力に対するその人にとっての意味を認識

図4 モノの能力とその意味の認識(椎塚[5]を一部改変)

図5 認知モデル(ACTモデル)(Anderson[6]を一部改変)

Page 4: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

268

本稿のデザイン評価実験では,「言葉にしやすい情報」と「言葉にしにくい情報」を扱う.特に後者の情報処理は,日常の中で無意識的に情報処理していることが多い.そこで,評価実験時には,まず,言語情報で「モノの能力」を評価者に提示し,次に,評価者はその「モノの能力」に意識を向けながら行為を行い,感覚器官から入ってきた情報をもとに意味を解釈し,評価を行う方法をとる.

3.4 顧客満足度(CS)顧客満足度(customer satisfaction: CS)は,一般に,人が製品を購入する時,その製品に感じる何らかの満足度のことである.顧客は満足感を感じた時に製品を購入するという考え方で,企業においては,質問項目を定めて,その度合いを評価し,次期製品開発の方向性を検討する材料として利用する場合もある.これらの質問項目における「重要度」の度合いは,「個々の質問項目に対する評価の値」と「総合評価の値」との単相関係数によって求めることができる.重要度とは,各能力の満足度評価が総合的な評価にどれくらい影響を与えているかを算出したものである.例えば,今いくつかの営業所oiで,売上siと広告費aiがわかっているとする.このとき,横軸に広告費aiをとり,縦軸に売上siをとると,両者の単相関関係図が得られる[9].一般に,単相関係数は次の式によって与えられる.

(1)

この単相関係数 rの値は[-1,1]の値をとり,+1に近づけば正の相関で,その分布は右上がりの直線で近似でき,-1に近ければ負の相関があり,右下がりの直線で近似でき,±1に近くなるほど相関関係が強くなり,重要度が高いことを示す.また,0であれば相関関係は全くなく,両者は無関係であることを表す.(A)各設問項目の決定と評価法今回の実験のプロセスについて,ここでは簡単のため,小山ら[10]の先行研究を参考にラーメン店の顧客満足度を例にとり説明する.まず,評価対象となる項目についてアンケートを行う.

各項目について7段階評価で答えてもらうことを考えてみよう.例えば,ラーメン店に関する願客の満足度を調査するために,各設問項目として,「清潔である」「味が良い」「対応時間が早い」「種類が充実」「従業員態度が良い」「レイアウトが良い」「活気がある」「価格が安い」を考える.このとき,評価値(1~7)として「1:全く重要でない」「2:重要でない」「3:あまり重要でない」「4:どちらでもない」「5:やや重要」「6:重要」「7:非常に重要」を設定して,それぞれの項目に対する定量化を行う.(B)総合評価次に,総合的に見てこのラーメン店に関する評価を求めるために,「1:全く満足でない」「2:満足でない」「3:あまり満足でない」「4:どちらでもない」「5:やや満足」「6:満足」

「7:非常に満足」のように総合評価の点数をつけてもらう.この総合評価は,評価項目が(A)で示したものと同じであれば,そこに組み入れる.さて,このような方法でアンケート調査の結果を集計する ことができる.次に,各評価項目について1~7の点数をつけて,それらを

「良い(6点,7点)」「普通(3点,4点,5点)」「悪い(1点,2点)」の3段階に分ける.このように点数を付けると,各項目の満足度が得られる.

(C)満足度(CS)グラフの作成 次に,評価項目と総合評価の単相関係数を計算し重要度を求める.この重要度を横軸にとり,満足度である「良い」の割合を縦軸にとりグラフを作ると,顧客満足度グラフ(CS

グラフ)を 得ることができる.

(D)改善度を求める以上の方法で得られたグラフから,どの項目を改善すべきなのかを求めるために,偏差値の計算法を使い,比較しやすいように満足度と重要度のデータを加工する.その結果,得られる値を本研究では「満足度偏差値」と「重要度偏差値」と呼ぶ[9].一般的に,偏差値は得点分布のなかで平均点と標準偏差の条件を用いて,基準を同一にして各評価値者の得点から導き出された「標本の中での評価値の位置」を示す指標である.

中心となる平均値を常に50と定めて,標準偏差を使って得点分布のバラつきの幅を同一の基準値10となるように変換し,各項目の得点が評価値全体の評価分布の中央の部分からどれくらい離れているかを推し計る数値である.

まず,下記の偏差値の計算式を用いて満足度と重要度を満足度偏差値と重要度偏差値に変換する.

(2)

(3)

次に,満足度偏差値と重要度偏差値を縦軸と横軸にとり,グラフに描いた「偏差値CSグラフ」を求めることができる.さらに,偏差値CSグラフにおいて,原点から各プロット点への距離を求める.一般に,横軸をx,縦軸をyとすれば座標(x1,y1)までの距離Rは

(4)

によって与えられる.さらに,原点と点(80,20)を結ぶ直線と各点を通る直線との角度θ とする.ここで,修正指数を rとすれば

(5)

として求められる.ここで,改善すべき優先度が高い項目は,重要度偏差値が高く,かつ満足度が低い項目であるので,最終的に改善度として

(6)

によって求めることができる[9].

Page 5: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

269

以上のことから,各評価項目に対する「距離」,「角度」,「修正指数」,「改善度」を計算して,実際どの項目を優先的に改善したらよいのかの数値的な指針が得られる.ここで示した方法を用いて,九州大学大橋キャンパスの学務課にある受付窓口空間用カウンターを評価対象として行った実験を紹介する.

4. 実験1(評価項目の抽出と整理)

4.1 実験の目的と方法公共空間用家具「受付窓口用カウンター」の評価項目を決定するために本実験を行う.後に行なう満足度の評価実験では,評価者をその家具のユーザーとするため,デザインに関する内容については詳しいと考え難い.したがって,評価項目については,その内容が基本的にわかりやすく,容易に回答を行うことのできる指標としてまとめる必要がある.そして,評価実験の結果を用いて,具体的な製品開発の改善のための方向性を示唆するので,公共空間用家具分野の専門性が高い内容を収集しなければならない.そこで本実験では,まず,その評価の豊富さと専門性の高さから,デザインの専門性が高いデザイン賞表彰制度の一つであるグッドデザイン賞を取り上げ,このデザイン賞の審査講評文をもとに,評価内容を抽出した.具体的には,2008年度から2013年度のグッドデザイン賞を受賞した「自宅用以外の屋内用家具」に関する113個の講評文から,製品の価値に関わるセンテンスを抽出し,意味が同じセンテンスがあれば1つにまとめ,1つのセンテンスの中に2つの価値の内容が含まれている場合は分解し,評価項目のプロトタイプとして整理した.次に,本実験の評価対象である「受付窓口用カウンター」に関する具体的な評価内容が不足していると思われたので,家具メーカーの様々な専門家の視点から「受付窓口用カウンターを含む公共空間用家具を評価する時に重要だと思われる内容」をヒアリング調査で抽出した.具体的には,商品企画(2人)とデザイナー(3人),空間設計(2人),販売企画(1人),営業(3人)の合計11人から聞いた内容をテキストに起こし,製品の価値に関わるセンテンスを抽出し,前に作った評価項目のプロトタイプに加えた.そして,355個の評価項目のプロトタイプをKJ法により整理した.図6はKJ法による評価項目の整理の様子である.

4.2 実験の結果評価項目のプロトタイプを整理し,図8のような公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップを提案する.(1)モノの能力が機能する対象:モノの能力は「モノ自体に向けて機能する能力」と「モノからモノへ機能する能力」,「モノから人へ機能する能力」に分類できる(図7).「モノ自体に向けて機能する能力」は,強度や耐久性といったモノがそのものらしく在るための能力である.強度と耐久性の他に,軽い,薄い,短い,小さい,シンプル,ミニマム,モジュール化されている,完成度の高さ,部品点数の少なさ,加工技術の高さ,精度の高さ,素材が活かされているなどが含まれる.「モノからモノへ機能する能力」は他のモノとの適合性,印象の適合性,親和性,組み合わせしやすさ,様々なレイアウトに対応,汎用性,バリエーションの多さ,収まりやすさなどがある.「モノから人へ機能する能力」は,ユーザビリティに関する能力や印象の具現性,審美性,安全性,古臭くなさ,清潔性,アクセスしやすさ,耐久性,組み立てしやすさ,疲れにくさ,作業の集中しやすさなどがある.(2)モノの能力の伝わり方:モノの能力は人に伝わる.「モノから人へ機能する能力」はモノの能力が人に作用するので,直接的に伝わる.一方,「モノ自体に向けて機能する能力」は,能力が機能した結果,その痕跡がフォルム(形)やサーフェス(表面)に表れて人に伝わる.例えば,テーブルの脚の強度を高めた結果,脚が太くなる場合がある.しかし,「モノ自体に向けて機能する能力」はデザイナーが意図的に隠すことも可能である.例えば,ユーザーに伝えたい価値が「見た目の軽快さ」であった場合,強度を保ちつつ,脚をスリムに見せる工夫を行う.このように,能力の伝わり方をデザイナーが操作することは可能である.「モノからモノへ機能する能力」は,モノとモノの関係性を人が見たり,触ったりすることで伝わる.(3)モノの能力の従属関係:ユーザビリティの概念構造は,Kurosu[11]の概念関連図をもとに構成した.但し,Kurosuが構造全体を「人工物の客観的特性」と「ユーザー

図7 モノの能力が機能する対象図6 KJ法による評価項目の整理

Page 6: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

270

図8 公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップ

Page 7: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

271

の主観的特性」に大別しているのに対し,筆者らは,満足感や快適性も含めすべての特性はモノが持っている要因であり,人がその能力の意味を認識することで,それぞれの能力に対し主観的な解釈が生まれると考えている.そして,さらに,満足感や快適性,安心感,使い心地,愛着などを感じさせるモノの能力には,他の様々な因子が影響していると考え,モノが持つ「総合力」と位置づけ,従属関係を矢印で図示した.グループ間の従属関係を示すことで,評価実験時にはできるだけ独立した評価項目を選定できるように工夫している.(4)評価時のモノと人の関係:モノと人の関係について整理し,4つに分類することが出来た.1つ目は,「単体のモノから人に伝わる能力」である.2つ目は,「複数のモノ(空間)から人に伝わる能力」で統一感のある空間をつくれるや空間の中でアクセントとなる,スペース効率,開放感がある空間をつくれる,明るい空間をつくれるなどが含まれる.3つ目は,「人と人の間に介在するモノから伝わる能力」である.これにはコミュニケーションしやすさ,プライバシーの守りやすさ,防犯性などが含まれる.4つ目は「モノが他のモノや人に機能する様子を見て伝わる能力」で,ユニバーサルデザイン,バリアフリーなどがある.「モノが他のモノや人に機能する様子を見て伝わる能力」の項目は,ユーザーよりも施設のファシリティマネージャーや社長などの購買決定者が感じる価値であると考え,家具の利用状況下で評価を行う本実験での評価項目から外している.また,図8の項目から,利用者とスタッフに関わる項目を選定し,表2にまとめた.(このとき,モノ自身に向けて機能する能力である設計力や材料特性,コスト力はリストアップしていない.)

5. 実験2(評価項目の絞込み)

九州大学大橋キャンパスの学務課の「受付窓口用カウンター」を使う「利用者」の学生80人と「スタッフ」の学務課の職員14人に対し,それぞれ54個と59個の評価項目を提示し,彼らが重要だと思う内容を選定した.利用者に対する実験では,評価の平均が5.6以上となった15項目を評価項目とした.また,スタッフに対する実験では,評価の平均が5.4以上となった項目の中で,17項目を評価項目とした.質問内容:大学の受付窓口用カウンターのデザインを評価する時にあなたが重要だと思うものを,「7.非常に重要」「6.重要」「5.やや重要」「4.どちらでもない」「3.あまり重要でない」「2.重要でない」「1.全く重要でない」の7段階スケールで評価してください.質問に対する回答として自分の気持ちに最も近い箇所の数字に丸印を付けて下さい.また,その項目の中で,特に重要だと思う5つの項目を選び,回答表の「特に重要」の欄に〇をつけてください.

表2 利用者とスタッフに提示した評価項目(実験2)

利用者(学生)に提示した項目 スタッフに提示した項目

体重を預ける場所が分かりやすい 体重を預ける場所が分かりやすい

体重を家具に預けやすい 体重を家具に預けやすい

家具の移動の仕方が分かりやすい

レイアウトの変更がしやすい

扉の開け方が分かりやすい

書類の場所が分かりやすい 書類の場所が分かりやすい

書類が取り出しやすい 書類が取り出しやすい

ファイルの場所が分かりやすい ファイルの場所が分かりやすい

ファイルが取りやすい ファイルが取りやすい

文具の場所が分かりやすい 文具の場所が分かりやすい

文具が取りやすい 文具が取りやすい

傘や杖を立て掛ける場所が分かりやすい

記入見本の場所が分かりやすい 記入見本の場所が分かりやすい

記入見本が見やすい 記入見本が見やすい

パンフレットの場所が分かりやすい パンフレットの場所が分かりやすい

パンフレットが取りやすい パンフレットが取りやすい

書類が書きやすい 書類が書きやすい

印鑑を押しやすい 印鑑を押しやすい

荷物が置きやすい 荷物が置きやすい

傘や杖が立て掛けやすい

収納からものを出し入れしやすい

机上面を片付けやすい 机上面を片付けやすい

収納扉の鍵が掛けやすい

メンテナンスしやすい

配線作業がしやすい

姿勢が変えやすい 姿勢が変えやすい

手当たりがよい形状である 手当たりがよい形状である

見た目に家具らしさがある 見た目に家具らしさがある

見た目が丈夫である 見た目が丈夫である

見た目が美しい 見た目が美しい

安全性がある 安全性がある

見た目が古臭くない 見た目が古臭くない

清潔性がある 清潔性がある

アクセスする(行く)場所が分かりやすい アクセスする(行く)場所が分かりやすい

物理的にアクセスしやすい 物理的にアクセスしやすい

素材が活かされている 素材が活かされている

通気性がよい 通気性がよい

見た目が空間に調和する 見た目が空間に調和する

見た目が空間にアクセントを与える 見た目が空間にアクセントを与える

落ち着いた印象をつくれる 落ち着いた印象をつくれる

親しみやすい印象を与える 親しみやすい印象を与える

活気のある印象を与える 活気のある印象を与える

開放感がある印象を与える 開放感がある印象を与える

高級感がある印象を与える 高級感がある印象を与える

明るい印象を与える 明るい印象を与える

シャープな印象を与える シャープな印象を与える

さわやかな印象を与える さわやかな印象を与える

温かみのある印象を与える 温かみのある印象を与える

やさしい印象を与える やさしい印象を与える

風格のある印象を与える 風格のある印象を与える

作業に集中しやすい 作業に集中しやすい

スタッフと利用者が話しやすい距離感を スタッフと利用者が話しやすい距離感

書類をスタッフと利用者が同時に見やすい 書類をスタッフと利用者が同時に見やすい

ファイルをスタッフと利用者が見やすい ファイルをスタッフと利用者が見やすい

書類の受け渡しがしやすい 書類の受け渡しがしやすい

PCモニターをスタッフと利用者が見やすい PCモニターをスタッフと利用者が見やすい

書類を複数の利用者が同時に見やすい 書類を複数の利用者が同時に見やすい

ファイルを複数の利用者が同時に見やすい ファイルを複数の利用者が同時に見やすい

複数の書類をスタッフと利用者が見やすい 複数の書類をスタッフと利用者が見やすい

プライバシーを守れる プライバシーを守れる

防犯性がある 防犯性がある

Page 8: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

272

6. 実験3(満足度の評価)

6.1 実験の目的と方法実験2で決定した表3の評価項目を用いて,実際に図9の九州大学大橋キャンパスの学務課において,受付窓口用カウンターを利用しながら評価してもらい,改善点を求める.(1)九州大学大橋キャンパスで過ごした経験が2ヶ月未満の学生48人(利用者)と学務課の職員14人(スタッフ)に対し,受付窓口用カウンターを利用しながら,実験2で求めた表3の評価項目に対して下記の質問を行った.(2)(1)で求めた結果のうち,7・6を良い,5・4・3を普通,

2・1を悪いとし,満足度(良いの割合)を示す満足度グラフを作成する.(3)各評価項目に対する「総合的にみて,学務課のカウンターに対してどれくらい満足ですか?」の単相関係数を計算し重要度を求める.(4)偏差値の計算法を用いて満足度と重要度を変換し,偏差値CSグラフを作成する.そして,各項目の改善度を求める.

質問内容:利用者(もしくはスタッフ)であるあなたが,カウンターを実際に使い,スタッフからサービスを受ける時(もしくは,利用者にサービスを提供する時),下記の評価項目「カウンターが持つ能力」について,満足度を7段階スケールで評価してください.各項目について「どれくらい満足か」という質問に対する回答として,自分の気持ちに最も近い箇所の数字に丸印(〇)を付けて下さい.<満足度の評価> 1全く満足でない,2満足でない,3あまり満足でない,4どちらでもない,5やや満足,6満足,7非常に満足

6.2 実験の結果(1)満足度グラフ:評価項目に対して7段階評価を行った結果,利用者とスタッフの満足度グラフとして図10が得られた.総合的な評価で「良い」と答えたのは利用者が約3割,スタッフが約2割となり,両者を比較するとスタッフの満足感の方が低いことがわかった.

(2)満足度偏差値・重要度偏差値の算出:大学・学務課のカウンターに対する重要度(各評価項目の評価値と総合評価

(a)利用者のアンケート集計 (b)スタッフのアンケート集計 図10 九州大学大橋キャンパス(学務課)のカウンターの満足度グラフ

表3 利用者とスタッフに提示した評価項目(実験3)利用者に提示した評価項目 スタッフに提示した評価項目 総合的にどれくらい満足か 総合的にどれくらい満足か体重を家具に預けやすい レイアウトの変更がしやすい書類の場所が分かりやすい 書類の場所が分かりやすいファイルの場所が分かりやすい 書類が取り出しやすい記入見本の場所が分かりやすい ファイルの場所が分かりやすい記入見本が見やすい ファイルが取りやすい書類が書きやすい 記入見本の場所が分かりやすい印鑑を押しやすい 記入見本が見やすい安全性がある 書類が書きやすい清潔性がある 安全性があるアクセスする(行く)場所が分かりやすい 清潔性がある物理的にアクセスしやすい アクセスする(行く)場所が分かりやすいスタッフと利用者が話しやすい距離感をつくれる 物理的にアクセスしやすい書類をスタッフと利用者が同時に見やすい スタッフと利用者の話しやすい距離感書類の受け渡しがしやすい 書類をスタッフと利用者が同時に見やすいプライバシーを守れる 書類の受け渡しがしやすい

プライバシーを守れる作業に集中しやすい 図9 学務課のカウンター

Page 9: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

273

の値の単相関係数)と満足度(満足の割合)から重要度偏差値と満足度偏差値,および改善度(改善すべき度合い)を求めたものを表4に示す.(3)標本の分布の正規性の検定:満足度と重要度を比較しやすくするために偏差値の計算法を使うので,重要度と満足度の標本の分布について正規性を確認した.正規性の検定にはさまざまな方法が提案されているが,オブザベーション数が2000以下のときにはシャピロ・ウィルク(Shapiro-

Wilk)検定,2001以上のときにはコルモゴロフ・スミルノフ(Kolmogorov-Smirnov)検定のための統計量を計算し,その近似的なp値も出力する[12].本実験では,標本の数が利用者は15個,スタッフは17個であるため前者の検定を実施した.シャピロ・ウィルク検定の仮説の設定は,帰無仮説(H0)が「観測された標本は正規分布に従う」,対立仮説(H1)が「観測された標本は正規分布に従わない」というものである.SPSSはこの統計量のシャピロ・ウィルクの検定統計量(W)と有意確率(p値)の両方を返し,p<0.05の場合は帰無仮説を棄却するという規則を適用する.計算の結果,p値は

標本(利用者・満足度) :p-value=0.317

標本(利用者・重要度) :p-value=0.131

標本(スタッフ・満足度):p-value=0.055

標本(スタッフ・重要度):p-value=0.631

となり,一般に有意水準5%を想定するので,この場合帰無仮説が採択され,観測されたデータセットは,「正規分布に従わないとは言えない」という結果となった.(4)満足度偏差値・重要度偏差値グラフの作成:また,表4の結果をもとに,重要度偏差値を横軸に,満足度偏差値を縦軸にとり,グラフを描くと,図11が得られる.ここで,重要度が50以上で満足度が50以下の項目が全体の中で特に改善すべき項目である.(5)公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップの作成:図12は(2)で求めた改善度を「公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップ」に可視化したものである.まず,実験2で選定した15個の「利用者にとって重要な評価項目」を青色で着色し,17個の「スタッフにとって重要な評価項目」を黄色で示した.さらに,実験3で改善度が5以上の項目は着色部分を太く表記している.このように実験結果を可視化することで,どの能力を改善すべきかが明確になった.

表4 九州大学大橋キャンパス(学務課)カウンターの重要度偏差値・満足度偏差値の計算結果

(a)利用者の評価値

(b)スタッフの評価値

Page 10: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

274

7. 実験結果の考察

図12より評価項目全体を見てみると,利用者とスタッフ共に空間や家具の持つ雰囲気については関心が低く,「親しみやすい印象を与える」や「明るい印象を与える」,「落ち着

いた印象を与える」,「優しい印象を与える」といった「印象の具現性」に関する家具の能力については,重要性が低いことがわかった.一方,ユーザビリティやアクセシビリティ,コミュニケーションのしやすさやプライバシーの守りやすさ,清潔性,安全性には重要性が高い項目があることがわかった.

(a)利用者の評価グラフ

(b)スタッフの評価グラフ

図11 九州大学大橋キャンパス(学務課)カウンターの重要度偏差値と満足度偏差値のグラフ

Page 11: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

275

図12 公共空間用家具が持つ能力の概念構造マップ(実験結果である改善度を図示)

Page 12: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

276

この結果は大学の学務課という場所の特性を表しており,銀行や店舗,薬局といった他の場所の受付窓口カウンターでは異なる結果がでる可能性がある.特に施設の好感度を上げようとしている場所については ,「印象の具現性」の重要度が高い結果となることが予測される.また,「書類の場所のわかりやすさ」は利用者とスタッフ共に改善度が高く,その原因を詳しく知る必要がある.現場の観察やユーザーへのヒアリング調査等,定性的な調査を行うことで ,より具体的な課題の背景を把握することができるだろう.図11の(a)と(b)を比較すると,「アクセスする場所のわかりやすさ」は,利用者とスタッフ共に重要度は高いが,利用者は満足度が低く,スタッフは満足度が高い状況となっており,両者にとって満足度を高めることができる解決策が必要である.「清潔性がある」については,利用者とスタッフ共に清潔性に対する満足度が低く,利用者よりも常にその場所にいるスタッフの方が重要度は高い状況となっている.「プライバシーを守れる」は,利用者の評価では改善度が他の項目よりも高く,最優先して解決すべき項目である事がわかった.スタッフとのコミュニケーションのしやすさに配慮しながら利用者のプライバシーを保護する改善策が求められる.

8. まとめと今後の課題

公共空間用家具の持つ能力をグッドデザイン賞の選評文と専門家へのインタビュー結果から抽出し,その特性ごとに分類を行い,グループ間の従属関係を示すことでデザイン評価項目を構築できたが,家具が置かれる環境や求められるサービスが変化すると家具が持つべき能力も変わる可能性がある.本稿では,実験的に大学学務課受付窓口用カウンターを評価対象に設定したが,空港や病院,役所などのより不特定多数のユーザーが出入りする場所を対象に実験することで,多様なユーザーの経験に基づく他の要因や課題が発見できると思われる.また,定量的な評価を行い,偏差値の計算法を用いて図示することで,家具が持つ全体の能力の中で,ユーザーにとって何がどれくらい重要で満足なのかを明らかにし,より重要で満足度が低い項目を抽出し,改善すべき指針を示すことができた.図11(a)(b)では,改善度を可視化し,比較することで利用者とスタッフの評価のギャップを把握することができる.定性的な視点からも考察を行い,そのギャップが生じる理由を探れば,新たな視点や発想が生まれるであろう.図12では改善すべきモノの能力とそれに従属する様々な能力を1つのマップに可視化できた.図12のモノの能力の独立や従属関係をより詳細に示し,ネットワーク化することができれば,改善すべき項目と他の項目の関連性が可視化され,具体的に何をデザインすれば良いのかが明確になると考えられる.

以上示したように,本稿では製品デザインの改善のために,感性システム的な評価項目を設定し,各項目の重要度と満足度を定量的に評価し,その重み付けを可視化することでいくつかの課題を抽出することができた.今後は異なるタイプの公共空間用家具を対象に評価実験を行い,評価項目の充実と評価手法の改良を進めたい.

謝 辞本論文をまとめるにあたり多くの方々にお世話になりました.特に,デザイン評価項目を抽出するためのヒアリング調査等に関して,コクヨ株式会社ファニチャー事業本部ものづくり本部革新センターセンター長の木下洋二郎氏をはじめとして同社の多くの方々にご協力をいただき,ここに深謝申し上げます.また,評価指標の構築や評価実験については,九州大学大学院准教授の曽我部春香氏,同藤智亮氏,熊本県産業技術センター技術交流企画室研究参事の佐藤達哉氏,同研究主任の石橋伸介氏にはそれぞれアドバイスをいただきました.同時に,標本分布の正規性の検定など統計分析については九州大学大学院助教の大草孝介氏には有益なコメントをいただきました.ここに各氏に対して厚く感謝申し上げます.最後になりましたが,九州大学大学院教授の清須美匡洋氏には,日頃よりご指導・ご鞭撻と同時に温かい励ましのお言葉をいただいていることに対して,感謝申し上げます.また,被験者を引き受けていただいた九州大学学務課の職員の皆様と工業設計学科の学生諸君に感謝申し上げます.

参 考 文 献

[1] Sara L. Beckman, Michael Berry: Innovation as a Learning

Process: Embedding Design Thinking, California Manage-

ment Review, Vol.50, No.1, 2007.

[2] コクヨファニチャー(株):総合カタログ,2014.[3] コクヨファニチャー(株):コクヨ教育施設用カタログ,

2014.[4] (株)岡村製作所:ヘルスケア(医療・福祉施設)総合カタ

ログ,2014.

[5] 椎塚久雄:感性3.0–研究,教育,実務,感性工学,

Vol.13,No.2,pp.67-77,2015.[6] Anderson J.R.: The architecture of cognition, Harvard Uni-

versity Press, 1983.[7] 大津由紀雄,波多野誼余夫,三宅なほみ:認知科学への招

待2,株式会社研究社,pp.231-245,2006.[8] 箱田裕司,都築誉史,川畑秀明,萩原滋:認知心理学,

有斐閣,2010.

[9] 菅民郎:Excelで学ぶ多変量解析入門,オーム社,2003.

[10] 小山雅明,高橋由樹,椎塚久雄:看板の偏差値法による分析と評価 –顧客満足度を改善するための看板偏差値法の提案 –,日本感性工学会論文誌,Vol.12,No.1,pp.193-

205,2013.

Page 13: – A Case of a University Academic Affairs Reception Counter ......Received: 2015.08.24 / Accepted: 2015.10.12 原著論文 感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

感性のシステム化による製品デザインのユーザー満足度の評価

日本感性工学会論文誌 Vol.15 No.2

277

[11] Kurosu, M.: New Horizon of User Engineering and HCD,

HCD-Net Journal, 2006.[12] 竹内啓,市川伸一,大橋靖雄,岸本淳司,浜田知久馬:

SASによるデータ解析入門,p.117,1987.

秋田 直繁(正会員)

九州大学大学院芸術工学研究院助教.九州大学大学院芸術工学府修了後,2006年からコクヨファニチャー株式会社でオフィスや公共空間用家具の商品企画・開発を担当,2013年より現職.インテリアデザイン,デザインエン

ジニアリング,インクルーシブデザインが専門.感性のシステム化による製品のデザイン評価方法の研究や高齢者や子供の

QOL向上のための医療・服薬のデザイン研究に携わっている.

2014年にはグッドデザイン賞(研究活動,研究手法)とキッズデザイン賞(子ども視点の安心安全デザイン 子ども部門)を受賞.

森田 昌嗣(正会員)

九州大学大学院芸術工学研究院教授.九州芸術工科大学卒業,東京藝術大学大学院修士課程修了後,GK設計・環境設計部長を経て

1992年九州芸術工科大学助教授,2000年同教授,2003年より現職.インダストリアル

デザイン,パブリックデザイン,環境デザインが専門.代表作は,銀座・晴海通りや西新宿地区,JR博多駅博多口駅前広場,西中島橋など,また都市サインデザインなどでグッドデザイン賞など多数受賞.デザイン研究では,パブリックデザイン方法研究をはじめデザイン評価診断システム(クオリティカルテ評価法)研究,自動車等製品や観光・まちづくりなどにおける感性価値創造に関する研究に携わっている .

椎塚 久雄(正会員)

株式会社 椎塚感性工学研究所代表取締役.一般財団法人ファジィシステム研究所特別研究員.工学院大学名誉教授.南京航空航天大学客員教授.工学博士.日本感性工学会前会長.これまでの主な研究歴:回路構成論,

グラフ理論,ペトリネット,システムシミュレーション,ファジィ理論,ソフトコンピューティング,感性工学等に関する研究に従事.現在は主に,高齢者の感性コミュニケーション,感性デザインイノベーションを中心とした研究に関心を持っている.主な学会役職歴:1990~1992年国際システムダイナミックス学会日本支部理事.1995~1997年 日本ファジィ学会理事.

1997~2001年日本ファジィ学会評議員.1999年~日本感性工学会理事.2001~2003年 日本ファジィ学会副会長.2002~

2003年電子情報通信学会コンカレント工学研究専門委員会委員長.2007 年9月~2013年9月 日本感性工学会会長(3 期連続).

2013年~Chair of ISASE (International Society of Affective Science

and Engineering),現在に至る.