耳 鼻 臨 床 99:3;233～237, 2006 233

勃 起 性 咬 筋 内 血 管 腫 例

米田 律子 ・望月 高行 ・望月 幸子

廣瀬 肇 ・佃 守*

A Case of Intramuscular Hemangioma in

the Masseter Muscle

Ritsuko Yoneda, Takayuki Mochizuki, Yukiko Mochizuki and Hajime Hirose

(Yamato Tokushukai Hospital)

Mamoru Tsukuda

(Yokohama City University School of Medicine)

Hemangioma in the head and neck often arises in the cheek membrane, tongue, and lips. It is rarely

generated in the masseter or trapezius muscle. We encountered a case of cavernous hemangioma in themasseter muscle accompanied by a venous stone. A 26-year-old female patient with a chief complaint ofswelling in the right mandibular angle was referred to our department. The present clinical couse showeda 3-year history of repeated swelling of the right jaw every 2 or 3 months. Once the lesion became swol-len, it was accompanied by sharp pain and the swelling continued for about one week. A soft mass mea-suring 30 x 17 mm was accompanied by pain, and two hard masses were detected within the lesion. Theramera-like calcification was detected by simple X-ray examination and the lesion was diagnosed as he-mangioma accompanied by a venous stone. MRI was useful for diagnosis. Moreover, angiography of the

external carotid artery was performed and the findings comfirmed that the nutritional blood vessel wasthe facial artery.

Key words:hemangioma, masseter muscle, MRI, angiography

はじめに

血管腫は頭頸部領域では, 頬粘膜, 舌, 口唇に好発す

るが, まれに咬筋や僧帽筋に発生する. 今回われわれは,

静脈石を伴った咬筋内海綿状血管腫の1例 を経験したの

で若干の文献的考察を加えて報告する.

症 例

症例:26歳, 女性.

主訴:右 下顎部の腫脹.

既往歴および家族歴:特 記すべきことなし.

現病歴:3年 前から2～3ヵ 月に1回 の周期で右下顎部

の腫脹を繰 り返 していた. 1度 腫れると腫脹が軽減する

のに約1週 間かかり, 疼痛を伴 うため2000年1月 中旬,

当科を受診した.

初診時所見:右 下顎の咬筋部 に咬合時に隆起する圧痛

を伴った境界明瞭な径30×17mm大 のやわらかい腫瘤を

触れ, その中に硬い腫瘤を2個 触知した(図1).

主な検査所見

エコー検査:咬 筋内に内部が不均一な低エコー像を認

めた(図2).

単純X線 検査:下 顎部 に石灰化像を認めた.

大和徳洲会病院耳鼻咽喉科*横浜市立大学大学院医学研究科頭頸部生体機能 ・病態医科学

234 米 田 律 子, 他4名 耳 鼻 臨床 99:3

図1 初診 時咬筋部所 見

下顎部が咬合時 に勃起性に隆起 した.

図2 咬筋部エコー所見

筋肉内に境界明瞭な低エコー領域を認め, 内部に静脈石と思われる石灰化を2つ 認めた.

CT検 査:咬 筋内に咬筋 と等吸収域の境界明瞭な腫瘤を

認め, 内部に石灰化を伴っていた.

MRI検 査:咬 筋内にT2強 調画像で高信号の境界明瞭な

腫瘤病変が観察された(図3).

選択的外頸動脈造影検査:腫 瘍濃染を認め輸入血管が

顔面動脈であることを確認した(図4).

図3 MRI所 見

T2強 調像にて左咬筋内に境界明瞭な高信号領域を認め

た.

以上の所見より, 顔面動脈が輸入血管である勃起性咬

筋内血管腫 と診断し, 同年3月 に手術を施行 した.

手術所見:手 術は外切開法を選択 し, 右耳前部から下

顎縁 に沿ったS状 切開を行った. 腫瘍は咬筋内に認めら

れ, 剥離は困難であった. 神経刺激装置を使用しながら,

顔面神経下顎縁枝を温存 して筋肉内腫瘍を摘出した. 図

5に 摘出物を示 した.

病理組織所見:横 紋筋組織内に大小の血管径を有する

拡張した静脈 にヘモジデリン沈着を認めた. 血管内にラ

メラ状の石灰化像を認めた(図6).

術後経過:術 直後から顔面神経下顎縁枝麻痺を軽度認

めたが, 3ヵ月で完全に回復し, 一過性のものであった.

術後5年 以上経過しているが再発を認めず, 経過は良好

である.

考 察

血管腫は全身のあらゆる部位 に発生し, 特に口腔領域

に好発するが, 骨格筋である咬筋に発生する血管腫は比

較的まれである.

今回われわれが渉猟しえた咬筋内血管腫の本邦報告例

を表11)～25)にまとめた. 自験例を含めると31例 の報告

があり, 性別は男性13例, 女性18例 であった. 手術時

の年齢は7～59歳 で, 平均は25.5歳 であった.

耳鼻 臨床 99:3 咬筋 内血管腫 235

図4 選択的右外頸動脈造影検査所見

腫瘍濃染を認め(上), 顔面動脈が流入血管であると確認

した(下).

病理組織型分類では, 組織型が明記されていない4例

を除いた27例 中22例 が海綿状血管腫, 3例 が静脈性血

管腫, 1例 が単純性血管腫, 1例 が動静脈血管腫であった.

静脈石を伴 う場合にはX線, CT検 査において石灰化

像が認められることが多 く, 自験例でもX線, CT検 査

に加えてエコー検査 において石灰化像を確認で きた.

MRI検 査では, T2強 調像にて高信号の腫瘍 として認めら

れることが多 く, 自験例でもT2強 調像にて高信号を示

す境界明瞭な腫瘤病変 として認めた. 海綿状血管腫内で

は極端に血流が遅 く, 血液の貯留を反映 してT2強 調像

で高信号となると考えられてお り5), 鑑別診断および病

変範囲の確認に非常に有用であった. 血管造影検査を

図5 摘 出物

2つ の静脈石を認めた.

図6 病理組織所見(HE染 色, 上:50倍, 下:400倍)

横紋筋 内の血 管腔の増殖 およびヘ モ ジデ リンの沈着, ラ

メラ状の石灰化 を認めた.

行 っ た も の は 自験 例 を含 めて9例2)4)8)11)13)16)18)24)あり, 流

入 血 管 を 同定 で き た も の は3例2)11)の み で あ った. 自験

例 で は, 腫 瘍 濃 染 像 を認 め, 輸 入 血 管 が 顔 面 動 脈 で あ る

こ とが確 認 で きた.

手 術 の ア プ ロー チ 法 と して は 口腔 粘 膜 側 か ら達 す る 口

内法 と, 顔 面 や 頸 部 の皮 膚 か ら達 す る 口外 法 に大 別 され

236 米 田 律 子, 他4名 耳鼻臨床 99:3

表1 咬筋 内血管腫 の本邦報告例一 覧(1979年 ～2005年)術 後合併症 はすべて一過性であった

る. 佐藤 ら7)は口内法を支持 し, 手術野が狭 く摘出困難

な症例もあるが, 顔面神経や耳下腺管の損傷の危険性は

低 く, 瘢痕による審美的障害は認められないと報告 して

いる. 一方, 川本 ら8)は口外法を支持 しており, 美容上

の問題は避けられない短所ではあるが, 無菌操作が容易

であり, 視野が広いため腫瘍や顔面神経, 耳下腺管の位

置を確認しやすく, 止血操作が容易であるなどの利点が

あると報告している. 自験例は, 若い女性であ り, 審美

性の点から考えれば口内法が望ましかったが, 腫瘍の位

置が顔面神経下顎枝に近接していたため, 確実に神経の

走行を確認できる口外法を選択した. 今回確認した31例

のうち術後合併症を認めたのは自験例を含め9例 あり,

いずれも口外法によるものであった. このうち, 5例 に

顔面神経麻痺を, 4例 に開口障害を認め, うち1例 に唾

耳鼻 臨床 99:3 咬筋 内血管腫 237

液 漏 を認 め た. しか し, 9例 いず れ も数 ヵ月 以 内 で 回復

して お り経 過 良 好 で あ っ た. また31例 全例 にお い て, 再

発 は み られ て い な い. ア プ ロー チ法 につ い て は画 像 診 断

に よ り腫 瘍 の位 置 や 大 き さを正 確 に判 断 し, 術 者 の技 量

も考 慮 して, よ り安 全 で確 実 な方 法 を選 択 す べ き と考 え

る.

静 脈 石 の成 因 と して は, 外 傷 な どに よる 出血 に よ り周

囲組 織 が壊 死 に 陥 り, そ の大 部 分 が 未 吸収 の ま ま 中心 部

に石 灰 化 が起 こっ て生 じる とい う説26), 血 管 に 固着 した

血 栓 が次 第 に器 質 化 し石 灰 沈 着 を起 こす こ とに よっ て生

じる とい う説27)が 報 告 され て い る. 自験 例 で は, 外 傷 の

既 往 は な く, さ らに血 管 造 影 検 査 で静 脈 相 に お い て腫 瘍

濃 染 像 が認 め られ て い る こ とか らも, 血 液 が うっ滞 した

こ とに よっ て静 脈 石 が で き た と考 え られ, 後 者 の説 を 支

持 す る も の で あ る. 咬筋 お よび 咬筋 周 辺 に石 灰 化病 変 を

き たす 疾 患 と して鑑 別 す べ き も の と して は, 唾石 症, 耳

下腺 腫 瘍, 動 静 脈 奇 形, 石 灰 化 上 皮腫, 歯原 性 腫 瘍 な ど

が あ り, 咬筋 内血 管 腫 も常 に念 頭 に置 き診 療 にあ た る こ

とが 必要 で あ る.

ま と め

勃 起 性 咬筋 内血 管 腫 の1例 を経 験 し過 去 の 文献 的報 告

を ま とめ, 考 察 を加 え報 告 した.

本論 文の要 旨は第15回 頭頸部外科 学会(2005年, 新 潟市)に

おいて発表 した.

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27) Ribbert H:Die Phlebolithen. Virchows Arch 223:339～350,

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原稿受付:平 成17年8月16日

原稿採択:平 成17年10月12日

別刷請求先:米 田律子

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大和徳洲会病院耳鼻咽喉科