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生物物理学 (改定中) 1.序章 1-1.生物物理学とは 「生物物理学」という言葉は「生物学」と「物理学」をつなげたものだが、英 語では Biophysics という。「物理学」が後ろに付いているので、物理学の1分 野という意味が込められているようだ。実際、物理学科に生物物理学研究室が ある。欧米ではむしろ、生化学や細胞生物学と並列に生物物理学が位置付けら れている例が多い。従って、国や研究機関で異なる意味合いで用いられている ようだ。言葉の定義はともかくとして、どんな学問領域なのかというと、でき るだけ根本から理解しようとする姿勢をもって、物理法則や物理的解析手段を 武器に生命現象の謎を解き明かそうとする学問領域である。物理学の適用分野 を生命科学にまで拡大しようとするものの、生命現象から新しい物理法則を見 出そうとするものでは必ずしもない。実際に生物物理学分野で活躍している研 究者を見ると、物理学科出身者が多いが、化学、生物学、生化学、生理学、医 学などの出身者も結構多く、学際的傾向が強い。 「分野」というものは、そもそも、自然現象を違った角度から見ようとするこ とで区別されるが、対象とする自然現象は同じということも多い。生命現象は 多様であり、関わる物質も多彩で、且つ、色々な階層が存在するため、色々な 角度からの考察が可能である。地球レベルの生態系を扱うものから、生体分子 を原子レベルで論ずるものまである。生物物理学ひとつを取り上げても、進化、 生態系、細胞、生体分子の集団、個々のタンパク質や DNA 分子まで、その対象 は広い。 この「生物物理学」の講義では、生体分子を対象とした研究領域の話に絞るこ とにする。また、その対象を調べる道具(ツール)についても論ずる。ツール というのは重要であり、新しいツールの創出により今まで調べようもなく、そ れ故、全く未知であった世界を拓く力がある。技術と科学は車の両輪である。 科学の進歩により、技術が進歩し、技術の進歩により科学が進歩するという「正 のスパイラル効果」がある。 物理学は、遙か彼方の宇宙や、物質の極限である素粒子といった身近にない世 界を対象にしており、深遠な高貴な学問という印象がある。他方、生命科学は 自らの体で起こる現象を対象にしているため、深遠で高貴という感じからは遠 い。また、量子力学や統計力学と言った法則がすでに解明されており、生命現

Biophysics - Kanazawa Universitybiophys.w3.kanazawa-u.ac.jp/paper/Biophysics.pdf際に起こる突然変異は不利なことが圧倒的に多く、受け継がれることは極めて

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  • 生物物理学 (改定中)

    1.序章 1-1.生物物理学とは 「生物物理学」という言葉は「生物学」と「物理学」をつなげたものだが、英

    語では Biophysics という。「物理学」が後ろに付いているので、物理学の1分野という意味が込められているようだ。実際、物理学科に生物物理学研究室が

    ある。欧米ではむしろ、生化学や細胞生物学と並列に生物物理学が位置付けら

    れている例が多い。従って、国や研究機関で異なる意味合いで用いられている

    ようだ。言葉の定義はともかくとして、どんな学問領域なのかというと、でき

    るだけ根本から理解しようとする姿勢をもって、物理法則や物理的解析手段を

    武器に生命現象の謎を解き明かそうとする学問領域である。物理学の適用分野

    を生命科学にまで拡大しようとするものの、生命現象から新しい物理法則を見

    出そうとするものでは必ずしもない。実際に生物物理学分野で活躍している研

    究者を見ると、物理学科出身者が多いが、化学、生物学、生化学、生理学、医

    学などの出身者も結構多く、学際的傾向が強い。 「分野」というものは、そもそも、自然現象を違った角度から見ようとするこ

    とで区別されるが、対象とする自然現象は同じということも多い。生命現象は

    多様であり、関わる物質も多彩で、且つ、色々な階層が存在するため、色々な

    角度からの考察が可能である。地球レベルの生態系を扱うものから、生体分子

    を原子レベルで論ずるものまである。生物物理学ひとつを取り上げても、進化、

    生態系、細胞、生体分子の集団、個々のタンパク質や DNA 分子まで、その対象は広い。 この「生物物理学」の講義では、生体分子を対象とした研究領域の話に絞るこ

    とにする。また、その対象を調べる道具(ツール)についても論ずる。ツール

    というのは重要であり、新しいツールの創出により今まで調べようもなく、そ

    れ故、全く未知であった世界を拓く力がある。技術と科学は車の両輪である。

    科学の進歩により、技術が進歩し、技術の進歩により科学が進歩するという「正

    のスパイラル効果」がある。 物理学は、遙か彼方の宇宙や、物質の極限である素粒子といった身近にない世

    界を対象にしており、深遠な高貴な学問という印象がある。他方、生命科学は

    自らの体で起こる現象を対象にしているため、深遠で高貴という感じからは遠

    い。また、量子力学や統計力学と言った法則がすでに解明されており、生命現

  • 象の理解は所詮それらの法則の中で起こっているものであり、実際にはそれら

    の法則を適用して理解することはできないものの、原理的には自明といった物

    理帝国主義的な発想をもつ人もいる。しかし、頭の中で原理的に自明とは言っ

    ても、物質が織りなす複雑なシステムが見せる多様な現象自身、大変興味深い。

    もちろん、複雑で多様であるため、根本的理解に到ることは難しそうだが、そ

    の複雑で多様な現象を詳しく知り、そこに潜む仕組みを少しでも理解したいと

    思えば、生命現象は大変興味のある世界である。 1-2.自分自身、身の回りで起こる生命現象 メンデルはエンドウ豆の色や形が次の世代に受け継がれていく規則性を調べる

    ことにより、遺伝のルールを明らかにした。現在では、遺伝を担う物質は DNAであり、メンデルが見出したルールは DNA や染色体に関する知識に基づいて理解できる。エンドウ豆の色や形が次世代に受け継がれるような現象はいくらで

    もあるが、果たしてその背景にある仕組みはすべて解けているのであろうか。

    あまりにもDNAですべての遺伝現象が理解できてしまうかのような印象を与えるが、結構分かっていないことも多い。 以下に、身の回りで我々が容易に気付く生命現象と列挙する。 (1)子が親に似ること:このことは、DNA が親から子に受け継がれるのだから当然ではないかと思われる。それでは、DNA は何をしているのか。DNA がもっている重要な情報は、タンパク質のアミノ酸配列の情報である。それでは、

    人それぞれでタンパク質のアミノ酸配列が異なっているのか、ということにな

    ると、そんなはずはない。特別な遺伝的病気は別として、ヒトのもつタンパク

    質のアミノ酸配列は同じである。そうでなければ、ある特定のタンパク質の機

    能は人それぞれによって異なってしまい、同じ機能を果たせなくなってしまう。

    A さんの筋肉のミオシン分子と B さんのミオシン分子で性質が異なるということはない。子が親に似るということの物質レベルの仕組みは実は十分に分かっ

    ていない。 (2)一卵性双生児は同じ遺伝子をもつ。顔形や声までそっくりである。しか

    し、成長するにつれて少しずつ差が出てくる。それでも DNA のもつ遺伝情報は全く変わらずに同じである。その差はどこに記録されているのだろうか。成長

    過程で獲得した形質は次世代に受け継がれないのか? (3)進化の単純な説明は、突然変異と環境適応(自然淘汰、自然選択)であ

    る。生物集団のひとつの個体に突然変異が生じ、それが環境により適応するの

    で、その突然変異が有利に受け継がれていくという考え方である。しかし、実

  • 際に起こる突然変異は不利なことが圧倒的に多く、受け継がれることは極めて

    少ない。受け継がれたとしても、それが集団にまで広まり固定されることは更

    に少ない。 (4)老化、寿命とテロメア (5)成長の一方向性 (6)筋肉の運動による発達、筋肉の収縮 (7)24時間サイクル (8)睡眠 (9)疲労 (10)心と脳(思考、欲求、躁鬱) (11)体の形の形成、ホメオボックス遺伝子 (12)生命の巧みな計算されて設計されたかのような分子システムが生まれ

    得る仕組み 色々な現象は自分自身にも身の回りにも起こっている。その仕組みの解明に向

    けた研究が行われているが、真に解明されたものは少ない。 2.遺伝子、DNA、タンパク質 2-1.生命の基本型 ・生命の現れる階層(高分子レベルから生命現象が現れる) 素粒子 原子 分子 高分子 巨大分子 高分子システム 細胞

    ・ 生命を担う分子 タンパク質、核酸

    ・ 生き物とは何か 自己複製、増殖、行動、生長、分化、進化:すべて自律的に行われる

    ・ 生き物を構成する元素(ヒトの場合、乾燥物にして) C: 50%, O: 20%, H:10%, N:8.5%, Ca:4%, P:2.5%, K:1%, S:0.8%, Na:0.4%, Cl:0.4%, Mg:0.1%, Fe:0.01% C, O, H, N: 有機化合物、軽い元素、

    ・生体構成化合物の割合(ヒトの場合) 水:60%, タンパク質:16%, 脂質:13%, 無機質:5%,核酸:1% 2-2.物質構成情報の流れ

    ・ DNA RNA mRNA tRNA タンパク質 DNA, RNA = 核酸 = リン酸 + 塩基 + リボースの高分子重合体

  • 2-3. DNA

  • DNA (A, G, C, T) RNA (A, G, C, U) ・Chargaff の発見(1947): DNA 中の4種の塩基の組成 [A] = [T], [G] = [C]; ([A] + [G])/([C] + [T]) =1 プリン塩基の総数とピリミジン塩基の総数は等しい ・DNA の二重らせん構造の発見 周期構造の発見:3.4Å, 34Å by X 線回折, M. Wilkins, R. Franklin 二重らせんモデル (1953) J. Watson & F. Crick

  • ・二重らせん構造の生理的意義 A-T, G-C のペアだけが可能であるから、1本のポリヌクレオチドの塩基配列で、2本目のそれは自動的に決まる(互いに相補的)。1本のポリヌクレオ

    チド鎖は対応する相補的鎖ができるときの鋳型になり、DNA の正確な複製を可能にする。

    ・DNA の複製 2本鎖 1本鎖 dATP, dTTP, dGTP, dUTP Primer DNA ヘリカーゼ Primase

    (Polynucleotide)n + dNTP

    (Polynucleotide)n+1 +PPi DNA Polymerase (5’ 3’方向)

    PPi Pi + Pi

    ピロフォスファターゼ ・複製のスピード:20~30 um/s ・DNA がほどけるときの回転 30x10-6/(3.4x10-9) = 8,824 rpm

  • ・リーディング鎖、ラギング鎖 ラギング鎖で合成される短い DNA(の岡崎フラグメント)はリガーゼで連結。

    ・コドン コドンはあらゆる生物に普遍と考えられてきたが、例外が見つかっている。ミ

    トコンドリア、ゾウリムシなど

  • B-DNA: らせん1回転(3.4 nm)に 10 塩基対。ヒトの細胞中の DNA には 30 億の塩基対がある。DNA を1本の二重らせんと仮定すると、その長さは 3.4x10-9 [m] x30x108/10=1.02 [m]

    DNA

    Nucleosome

    Chromatin

    30nm Chromatin Fiber

    Chromatin Aggregate

    Chromosome

    2-4.RNA の編集 DNA RNA 前駆体 mRNA ( 1 塩基置換、塩基の付加) ・DNA は遺伝子をコードしている部分(エクソン)とコードしていない部分(イ

    ントロン)をもつ。 ・RNA 前駆体は DNA を鋳型にして RNA ポリメラーゼで合成され、エクソンと

    イントロンも転写される。合成の方向は 5’ 3’ ・スプライシングにより、イントロンは除かれ、エクソンだけの mRNA が完成。 イントロンの存在の意味は不明。

    - mRNA は 5’側(開始コドンの上流)にも、3’側(終了コドンの下流)にも非翻訳領域をもつ。翻訳の効率に関係か?

    - mRNA 合成後にキャップ構造(5’側、3’側に塩基が付加) 2-5.タンパク質の合成 mRNA, アミノ酸の付いていない tRNA, リボソームに結合する rRNA が核内で合成され、細胞質に出る。tRNA のアンチコドンに対応するアミノ酸がアミノアシル tRNA 合成酵素により 3’端に結合。

  • - リボソームの小さいサブユニットが mRNA の開始コドンに結合 - ホルミルメチオニン-tRNA が開始コドンに結合 - 大きなサブユニットが結合 - f-Met が大きいサブユニットの P 部位(peptidyl-tRNA site)に結合。 - 次のアミノアシル tRNA は A 部位(amino acyl tRNA site)に結合 - f-Met が2番目のアミノ酸と結合 - 伸長因子(elongationfactor)GTPase の働きで、2番目のアミノ酸は P 部位に

    移動し、mRNA も移動(Frame Shift) - 停止コドンまで来ると、amino acyl tRNA は結合せず、合成が停止 - 解除因子(releasing factor)GTPase により、ポリペプチドが解離 2-6.遺伝子発現の制御

    ・ タンパク質翻訳の特徴(ポリシストロン性、モノシストロン性) 原核生物(Prokaryote)細胞に核を持たない生物(ヒストンを含むクロマチン構造を持たない):mRNA は複数のタンパク質に対する読み枠(Open reading frame)をもつ。(Polycistronic) 真核生物では、mRNA は 1 個のタンパク質しかコードしない (monocistronic)。 ・原核生物の発現制御機構

    1本の mRNA にある一群の遺伝子(Operon)。1 つの Operon に属する遺伝

  • 子はひとつの代謝経路で働く1群の酵素をコードすることが多い。

    RNA Polymerase: コア酵素+σ因子:

    σ因子が DNA のプロモーターを認識 転写開始後、数個のヌクレオチド配列が合成されると、σ因子は解離し、

    NusA が結合し、RNA 合成を最後まで続行。 プロモータ:約 40 塩基配列、RNA 合成開始点より 5’側上流-10 あたりに

    TATAAT 配列(TATA ボックス)。或いは、TTTGAC の共通配列をもつPrinbow ボックスがある。その他に、-35 辺りに TTGAC の共通配列をもつ(-35 ボックス)。これらがσ因子を認識。

    オペレータ:プロモータに隣接 リプレッサー蛋白質:オペレータ

    に結合して転写を抑制 エフェクター:リプレッサー蛋白

    質に結合して抑制を調節 調節の仕方は2種

    (a)抑制解除(転写誘導物質inducer) (b)リプレッサーに結合して初めてリプレッサーがオペレータに結合 corepressor)

    (c)アクチベータ結合部位にアクチベータータンパク質が結合してRNAポリメラーゼがプロモータに結合するのを助ける。

    (d)エフェクターとアクチベータ蛋白質と結合して、アクチベータ結

    合部位に結合

  • 遺伝子発現の調節の例(ラクトースオペロン)(by Jacob&Monod, 1961) 2糖ラクトース(乳糖) グルコース(単糖)+ガラクトース(単糖)

    βガラクシドダーゼ 単糖になって初めてエネルギー源や炭素源になる。 大腸菌における酵素の誘導(大腸菌にラクトースを加えると、βガラクシドダ

    ーゼ(遺伝子 lacZ)が発現。このとき、関連する酵素、βガラクシドパーミアーゼ(遺伝子 lacY)とβガラクシドアセチルトランスフェラーゼ(遺伝子 lacA)も同時に発現)。 lacZ, lacY, lacA: ひとつのプロモータに支配されるポリシストロン性の遺伝子 i 遺伝子(lacI):ラクトースオペロンの上流、そのプロモータは P i 遺伝子の産物:ラクトースオペロンのリプレッサータンパク質。 ラクトース:このリプレッサータンパク質に結合するエフェクター(誘導物質)

    で、リプレッサーをオペレーターから解離させ、RNA ポリメーラゼによる転写を開始させる。

    ・ラクトースオペロンの他の調節:グルコース飢餓状態 cAMP 合成が急増 cAMP + CRP(cAMP Receptor Protein) cAMP-CRP cAMP-CRP lac プロモータ(Plac)の近くに結合

    RNA polymerase のプロモータへの結合が促進 ・レギョロン(Regulon):一群の酵素の遺伝子が染色体上に散在するが、類似の

    オペレータ配列をもつ遺伝子群。単一のリプレッサー蛋白質で制御される。

  • 3.タンパク質の材料 R: 側鎖(20 種類) L 型αアミノ酸のみ L 型アミノ酸 D 型アミノ酸 ペプチド結合 3 文字表示 1 文字 残基の MW 側鎖 PK 値 側鎖ΔG(kcal/mol)

    水 エタノール

    Alanine Ala A 71 -0.5 Glutamate Glu E 128 4.3 Glutamine Gln Q 128 Aspartate Asp D 114 3.9 Asparagine Asn N 114 Leucine Leu L 113 -1.8 Glycine Gly G 57 Lysine Lys K 129 10.5 Serine Ser S 87 +0.3 Valine Val V 99 -1.5 Arginine Arg R 157 12.5 Threonine Thr T 101 -0.4 Proline Pro P 97 Isoleucine Ile I 113 Methionine Met M 131 -1.3 Phenylalanine Phe F 147 -2.5 Tyrosine Tyr Y 163 10.1 -2.3 Cysteine Cys C 103 Tryptophan Trp W 186 -3.4 Histidine His H 137 6.0 -0.5

    存在割合の加重平均 MW 108.7

  • 4.タンパク質の構造 - タンパク質の1次構造

    I: 自由回転(C’-N: σ電子) II:平面構造(C’-N: σ&π電子) I : II = 3:2 の混成構造で混成構造も平面構造になり、6つの原子は同一平面内上。 オールトランス型

    二面角ゼロの定義

    0=iΨ :

    ii NC −α -- Trans ii O'C −

    0=iΦ :

    'CC ii −α -- Trans ii HN −

    図では二面角はゼロ。結合軸をN端側からC橋側を見て時計まわりを正とする。 タンパク質の立体構造は2面角を与えればほぼ決まる。

    一定の二面角の繰り返しにより周期的な立体構造

    ができる。αへリックス、ベータシートなど。 C+=0- - - - H+N- の水素結合による構造の安定化

  • 5.ンパク質の構造形成に関わる力 ◆疎水結合 水中での炭化水素鎖を考える。水の中で「分散」した状態と「分離」した状

    態の自由エネルギーを比較して、「分離」した方が有利である原因を探る。 ΔG=G(分離)-G(分散) =ΔHoil+ΔH 水-TΔSoil-TΔS水 (水・炭化水素鎖間の相互作用のエネルギーはΔHoilに含める。 ΔHoil=Hoil(分離)-Hoil(分散) 分離状態:炭化水素鎖同士の分散力が働くが弱い 分散:極性のある水分子は炭化水素に双極子を誘導し、相互作用強い ∴ΔHoil>0 分散の方が有利 ΔH 水=H水(分離)-H水(分散) 分離状態:水分子同士は双極子-双極子相互作用で強い 分散状態:双極子と誘導双極子で水分子同士よりも若干弱い相互作用 ∴ΔH水<0 分離の方が若干有利 ΔSoil=Soil(分離)-Soil(分散) 分散した方がエントロピーは大きい。 ∴-TΔSoil>0 分散の方が有利 以上を見ると、分散の方が有利という結果になる。実際には分離の方が有利

    なので、-TΔS水<<0でないと説明がつかない。すなわち、分離した方が分

    散したときよりもエントロピーが大きい、あるいは、分散した方がエンロトピ

    ーが小さくなければ説明がつかない。したがって、水と油が混じりあうと水は

    規則構造をもってエントロピーが小さくなると考えるしかない。 規則構造 iceberg(氷殻) 以上により、疎水結合力はエントロピー力 ◆塩結合(正負電荷の結合) NH3+と COO-の結合エネルギー:-5 kcal/mol 電荷・水分子:単極子・双極子相互作用 –5 kcal ∴ΔH=0 ΔS水=S(結合)-S(非結合)>0 ∴-TΔS水<0~-1kcal したがって、塩結合した方がやや有利で、その原因は水のエントロピーにある。 ◆van der Waals 力 分散力、殻電子反発力、静電気力をひとまとめにして van der Waals 力という。

  • Van der Waals 力で決まる原子間接触距離において、特定の原子とあらゆる原子との積極距離の平均値:van der Waals 半径 通常、非共有結合する原子間の接触原子間距離は各原子の van der Waals 半径の和 r(H)=1.2Å、r(O)=1.5Å ∴r(O—H)=2.7Åだが、アミド-カルボニル r(NH – O=C)=1.9Å N- -H+ - - - O- -C+ H+の部分電荷:+0.18、O‐の部分電荷:-0.38 O-の電子雲は H+と重なり引力が生ずる(電荷移動相互作用)。これが殻電子反発力と打ち消しあう結果、総合的には部分電荷のクーロン相互作用が実質的

    に残る。

  • 6.タンパク質分子機械 6-1.一般的な特徴

    ・ 素材:すべて同じ 20 種類のアミノ酸を素材としたタンパク質分子 ・ ナノメータサイズ ・ 105/20100 程度の割合で多様な機能するタンパク質が選ばれている ・ 生理的環境という狭い条件でのみ機能 ・ 部品の設計図は DNA にあるが、部品組立の設計図は存在しない ・ 局所の特定の機能部位を形成させるために 100 程度のアミノ酸、千個程

    度の原子が必要 ・ 機能の高度化:1個のタンパク質で基本機能を与え、異なるタンパク質

    (或いはドメイン)との複合化により高度化 ・ エネルギー源はほとんどの場合 ATP で、エネルギーの大きさは 10 kT 程

    度 6-2.分子機械の例 ◆ ミオグロビン 立体構造: by マックス・ペルツ、ジョン・ケンドリュー (1959) - アミノ酸 153 個+ヘム(プロトポルフィリン+鉄)、4.5x3.5x2.5 nm - 酸素分圧-飽和曲線:単純、数 Torr の酸素圧で飽和(身体の末端:20 Torr)

  • ◆ ヘモグロビン - 立体構造: by M.F. Perutz, α2β2 の 4 量体, 各サブユニットはミオグロビ

    ンに類似, α鎖(141 AA+ヘム)、β鎖(146 AA+ヘム) - 酸素分圧-飽和曲線 シグモイド型 26 Torr で 0.5 飽和度(肺 100 Torr、末端

    20 Torr) - ヘム同士には直接の相互作用なし、サブユニット間の相互作用で制御(単な

    るサブユニットの集合体でない) 超分子 - アロステリック効果(エフェクタは O2、ホモトロピックアロステリック効果) - Hill の経験式

    n

    n

    kPKPY+

    =1

    KlogPlognYYlog +=−1

    ( )n.P/K 501= n=2.7~2.8

    肺で酸素を吸着し、周辺部で酸素を放出に二酸化炭素を吸着させる機能を生み

    出すために、ミオグロビンを進化させて4量体構造にしている。4量体の各サ

    ブユニット間の相互作用を利用することにより、ミオグロビンでは実現できな

    かった機能が実現されている。 ミオグロビン、ヘモグロビンともその機能は酸素の吸着・放出であり、その活

    性を担う場所は、全体の3次元構造の中のヘムの周辺の構造である。極めて局

    所の構造だけが重要であるが、その局所構造を作り上げるのにその他の部位の

    アミノ酸が関わっている。 ◆ モーター蛋白質

    ・ 生体の種々の運動:筋肉の収縮、原生動物の鞭毛・繊毛、細菌の鞭毛、

    アメーバ運動、細胞分裂における染色体の移動、細胞分裂における細胞

    のくびれ、軸索輸送、ツリガネムシの茎の収縮、原形質流動、mRNA の運搬など生体の様々な所で運動が起こっている。

    ・ 運動を司るタンパク質系 - アクチン・ミオシンン系 - 微小管・ダイニン系 - 微小管・キネシン系

    - プロトンモータ系 ・エネルギー源 ATP ADP + Pi -7.3 kcal/mol (1 kT xアボガドロ数= 0.6 kcal)

  • ◇筋収縮&ミオシン 筋肉は生物がもつ運動器官として最も目立つものであり、古くから多くの科

    学者の研究対象であった。また、筋肉の収縮・弛緩は脳からの指令で起こるた

    め、その指令の伝播経路についても多くの研究がなされてきた。 自分自身の指を曲げることを考えたとき、神経と筋肉で何が起こっているの

    であろうか。かなり短時間に指令が伝わることが実感できるであろう。 ・脳の神経細胞(ニューロン)間における信号の伝播は、電気 化学 電気

    化学というふうな信号変換によって起こる。ニューロンの細胞内は細胞外に対

    して-90mV の電位をもつ。ATP 分解のエネルギーを利用して Na イオンを内から外にくみ出すイオンポンプタンパク質の働きによって、電位差が形成される。

    神経細胞は「興奮」すると Na イオンが外から内へ流れ、細胞内の電位は短時間プラスに反転したあとマイナスに戻る。この電気信号を「インパルス」とよぶ。

    このインパルスはニューロンの軸索を伝播し、その末端部(前シナプス部)に

    達する。前シナプス内には神経伝達物質(トランスミッター)を内部にもつ脂

    質膜の袋(シナプス小胞)がある。電位変化が引き金になって、前シナプスの

    脂質膜とシナプス小胞の脂質膜が融合する結果、トランスミッターは前シナプ

    スの外部に放出される。前シナプスの直ぐそばにある別のニューロンには、後

    シナプスが前シナプスの極近くにある。後シナプスにはトランスミッターを受

    容するタンパク質(通常物質作動性イオンチャンネル)があり、トランスミッ

    ターを受け取るとイオンチャンネルを開く。その結果、Na イオンが流入しちぇ電位変化が生ずる。以上の電気 化学 電位の信号変換の連鎖が起こる。 ・筋肉細胞に接続するニューロンのシナプスからはアセチルコリンがトランス

    ミッターとして放出され、筋肉細胞膜にある受容体タンパク質に結合に、Na チャンネルが開き、筋肉細胞が興奮する。この興奮は筋肉細胞内部まで挿入され

    たT管(膜)まで伝わる。T管の両脇には内部に Ca イオンを多く含む筋小胞体があり、この興奮の影響により、Ca イオンが筋小胞体から放出される。放出された Ca イオンは筋肉内にある細い繊維にあるトロポニン蛋白質に結合する。 ・エネルギー源である ATP を分解する部分は、筋肉細胞内の太いフィラメントを構成するミオシン分子の「頭部」にある。ミオシン単独では、ATP 分解活性は低いが、細い繊維を構成するアクチン分子に結合すると活性が増大する。こ

    のミオシン頭部とアクチンとの相互作用のどこかのステップで力が生じ、ミオ

    シン・アクチン間に相対的な移動運動が起こる。これを繰り返すことにより、

    筋肉が収縮する。

  • ・筋収縮の制御 ミオシン、アクチン、ATP があれば、力が発生し筋肉は収縮する。収縮させるか弛緩させるかの制御がないと、収縮するだけになってしまう。この制御機能

    は異なるタンパク質を加えることにより実現されている。アクチンフィラメン

    トの2重らせんの溝に沿って、細長いトロポミオシンが結合し、1トロポミオ

    シン当たりアクチン7分子が相互作用している。各トロポミオシンにはトロポ

    ニンが結合している。このトロポニンにCaが結合していない場合には、トロ

    ポニンはアクチン・ミオシン間の相互作用を妨げ、Caが結合するとこの抑制

    効果がなくなる。以上の筋収縮のカルシウム制御機構はすべて江橋節郎先生の

    仕事である。 ・筋肉に見られる生体分子機械の特徴 - セルフアッセンブリ(自己集合):より高次の構造を形成するのにタンパ

    ク質分子同士が自動的に集合・結合する。この性質は DNA の設計図面には直接書かれていないが、折りたたまったタンパク質の構造自身の中に自己集合でき

    る構造ができている。高次構造構築のための設計図や工程表はどこにも存在し

    ない。(例)1方向性をもったアクチンフィラメント、両極性(対称)のミオ

    シンフィラメント、Z線からアクチンフィラメント。

  • 細いフィラメント 直径~6nm, 400G-actin, 1.2x1011 本/cm2

    太いフィラメント myosin (MW500kDa, ~200 個)

    収 縮 メ カ ニ ズ ム : 首 振 り 説

    (Swinging-Lever Model)

  • 17種類のミオシン:アクチン上を逆向きにうごくものもある。 筋肉のように力を出すばかりでなく、タンパク質や mRNA などの物質を輸送する。その輸送が止まると、ターゲット側に必要な物質が届けられないことにな

    り、重篤な病気を引き起こす。また、細胞膜に結合して、膜を変形させたりす

    る。逆向きに動くミオシンが存在するが、そ

    のメカニズムは右図のようなものであること

    が提唱され、実験的に証明されている。 ◇キネシン(45種類)KiFs 染色体の分離、物質輸送、微小管の解体

    Kinesin Superfamily でも逆向きに動くものが見つかって

    いる(Ncd)。Ncd ではモータドメインは C 端に存在し、通常の Kinesin では N 端に存在。通常の Kinesin は微小管の+端に向かって動く。物質輸送では細胞から遠ざかる

    向きに運動。

  • Kinesin と Myosin の ATPase 部位及びその周辺は類似。 ◇ダイニン(鞭毛・繊毛の軸糸ダイニン、細胞質ダイニン) Dynein は微小管の-端に向かって動く。従って、末端から細胞中心に向かって動く(逆向性輸送)。また、中心体に向かって動く。AAA ATPase ファミリーに属する。ストーク先端で微小管と結合。

  • ◇バクテリアの鞭毛回転モータ(プロトン、Na 駆動) ◇FoF1 回転モータ

  • アクチンの重合による細胞運動