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第1章の補論 第1章の補論 A 実験 3 における最適なくじの販売価格は? 実験3で使用されているBDM法では、実験の参加者が 期待効用を最大にするような選択をしているかぎり、 くじLの販売価格P=くじLの確実性等価C という性質が成り立つということを利用して、リスクに対 する態度を測定しています。では、なぜそうなるのかを、 ここで証明します。 まず、実験3の参加者は、くじLの販売価格Pを、くじ Lに対する確実性等価Cと等しくするべきか(P=C)、そ れとは異なる値にするべきか(P<C もしくは P>C)、 そのどちらが自分にとって得であるかを考えています。 まず始めに、P=Cとする場合とP>Cとする場合を比較 してみしましょう。いま、確実性等価 C よりも高い販売価 格をP′円とします。購入者がランダムに決める購入価格Q 円は、0 円から 1000 円の範囲で、それぞれの値が均等な確 率で選ばれる可能性があります(なお、以下の証明はこの ような仮定なしに、もっと一般的な場合にも成立します)。 さて、これら P, P′ , Q および C との関係を数直線上に表 すと以下の図A1となります。この数直線上では右に行く ほど大きな値となっています。 実験参加者である皆さんは、くじ L の販売価格 P を C に 等しくするか、それともP′に等しくするか、どちらの方 が期待効用が大きくなるのかを考えることになります。 0 C P′ 1000 図A1.BDM 法の図解 さて、この実験 3 でくじ L が売れるか売れないか、その 取引結果は、購入価格Qが図A1の①から③の範囲のいず れの値になるかによって場合分けされます。それぞれの場 合において、P=Cとした場合と、P=P′とした場合に得ら れる効用をまとめると表 A1 のようになります。 表A1.BDM 法の下での取引結果 購入価格 Q 販売価格 P Q < C C Q < P P Q P = C u(C) u(Q) u(Q) P = P (>Cu(C) u(C) u(Q) まず、表A1の①の場合を考えます。これは、購入価格 QがくじLの確実性等価Cを下回っている状況です (Q<C)。そのため販売価格PをCと同額(P=C)にしよ うと、確実性等価よりも高い金額(P=P′ >C)にしよう と、くじ L は販売できません。その結果、いずれの場合も 手元に残ったくじ L を引いて得た賞金額があなたの報酬に なります。つまりあなたはくじ L の期待効用を得ます。こ れは、確実性等価の定義から、確実性等価 C に対する効用

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  • 第1章の補論

    第1章の補論

    A 実験3における最適なくじの販売価格は?

     実験3で使用されているBDM法では、実験の参加者が期待効用を最大にするような選択をしているかぎり、

    くじLの販売価格P=くじLの確実性等価C

    という性質が成り立つということを利用して、リスクに対する態度を測定しています。では、なぜそうなるのかを、ここで証明します。 まず、実験3の参加者は、くじLの販売価格Pを、くじLに対する確実性等価Cと等しくするべきか(P=C)、それとは異なる値にするべきか(PC)、そのどちらが自分にとって得であるかを考えています。 まず始めに、P=Cとする場合とP>Cとする場合を比較してみしましょう。いま、確実性等価Cよりも高い販売価格をP′円とします。購入者がランダムに決める購入価格Q円は、0円から1000円の範囲で、それぞれの値が均等な確率で選ばれる可能性があります(なお、以下の証明はこのような仮定なしに、もっと一般的な場合にも成立します)。 さて、これらP, P′, QおよびCとの関係を数直線上に表すと以下の図A1となります。この数直線上では右に行くほど大きな値となっています。 実験参加者である皆さんは、くじLの販売価格PをCに等しくするか、それともP′に等しくするか、どちらの方

    が期待効用が大きくなるのかを考えることになります。

    0 C P′ 1000図A1.BDM法の図解

     さて、この実験3でくじLが売れるか売れないか、その取引結果は、購入価格Qが図A1の①から③の範囲のいずれの値になるかによって場合分けされます。それぞれの場合において、P=Cとした場合と、P=P′とした場合に得られる効用をまとめると表A1のようになります。

    表A1.BDM法の下での取引結果

    購入価格 Q販売価格 P

    ①Q < C

    ②C Q < P′

    ③P′ Q

    P = C u(C) u(Q) u(Q)P = P′(>C) u(C) u(C) u(Q)

     まず、表A1の①の場合を考えます。これは、購入価格QがくじLの確実性等価Cを下回っている状況です(QC)にしようと、くじLは販売できません。その結果、いずれの場合も手元に残ったくじLを引いて得た賞金額があなたの報酬になります。つまりあなたはくじLの期待効用を得ます。これは、確実性等価の定義から、確実性等価Cに対する効用

  • 第1章の補論

    がって、販売価格をP=Cにしておけば、どの場合においても、P=P′(>C)にした場合と同じか、それ以上の効用を得られます。 意思決定理論ではこのことを、販売価格P=CがP=P′を支配しているといいます。言い換えれば、販売価格をP=Cにすることは、購入価格Qの値に関係なく絶対に有利な選択だということです。 販売価格を確実性等価Cよりも低い価格P′′にした場合(P′′

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     ここで、u(C)は図B1の縦軸上で点u(X)と点u(Y)との間を1-p対pの割合で内分する点になっています。というのは、点u(C)と点u(X)との間の長さはu(C)-u(X)、点u(Y)と点u(C)との間の長さはu(Y)-u(C)で、この2つの長さの比が1-p対pなので、

    u(C)-u(X):u(Y)-u(C)=1-p:pよって、x:y=m:nはmy=nxと同値だという比に関する公式から、

    (1-p)[u(Y)-u(C)]=p[u(C)-u(X)]これを整理すると、

    u(C)=pu(X)+(1-p)u(Y)となり、確かに確実性等価の定義どおりになっています。このu(C)という効用を100%の確率で与えるような賞金額Cが確実性等価ということでした。 ここで、図B1に賞金額XとYの期待値E=pX+(1-p)Yを加えたものが図B2になります。Eは横軸の点Xと点Yとの間を1-p対pの割合で内分する点になっています。こ

    の期待値Eから確実性等価Cを引いた値π=E-Cがリスク・プレミアムでした。 いま、賞金額XとYそれぞれに対応する効用関数u(x)上の点をそれぞれA、Bとします。そして、AB間を結ぶ線分を引いてみま図B2.リスク・プレミアムの図示

    x

    x

    x

    B リスクに対する態度と効用関数の形状

     リスク回避的やリスク中立的、それにリスク愛好的というリスクに対する態度それぞれに対応する効用関数が、なぜ実験3の図1- 4のような形状になるのかを、リスク回避的な場合を例にとって

    説明します。ここでカギになるのが、実験3の解説でも説明したリスク・プレミアムです。 図B1は横軸に賞金額x円、縦軸に効用uを取った、リスク回避的な効用関数u(x)のグラフです。いま、一般的に確率pで賞金額X円、確率1-pで賞金額Y円が当たるくじLを考えます。実験3のくじLでは、 X=100円、Y=1000円、p=0.6, 1-p=0.4でした。 さて、このくじの期待効用は、それぞれの賞金が当たる確率に賞金から得られる効用を掛けたものをすべて足し合わせたものですから

    pu(X)+(1-p)u(Y)であり、確実性等価はこれと等しい効用を与える100%確実な賞金額Cですから、

    u(C)=pu(X)+(1-p)u(Y)となります。

    図B1.確実性等価の図示

    x

    x

    x

  • 第1章の補論

    ありますから、u(pX+(1-p)Y)>u(C)

    また、E=pX+(1-p)Yとu(C)=pu(X)+(1-p)u(Y)から、

    u(E)>pu(X)+(1-p)u(Y)………(B1)

    という関係が成り立っていることがわかります。つまり、賞金額XとYの期待値Eに対する効用u(E)は、賞金額XとYがそれぞれ確率p, 1-pで当たるくじの期待効用よりも高いということになります。ここで、リスク・プレミアムの定義π=E-Cを変形すればC=E-πとなり、Cに対する効用が期待効用に等しいというのが確実性等価の定義でしたから、

    u(C)=u(E-π)=pu(X)+(1-p)u(Y)これは、賞金額の期待値Eを受け取るよりは、リスク・プレミアムπを支払うことで100%確実な賞金額Cを得られるなら、それはくじの期待効用pu(X)+(1-p)u(Y)を受け取るのと同等の価値があるということを意味します。リスク回避的な人とは、このような考え方をする人だということになります。 これに対して、効用関数が下側に向かってへこんだ(下に凸の)関数の場合には、式(B1)とは逆の関係

    u(E)

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    C リスク・プレミアムと効用関数の傾き

     賞金額X、Y(X

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    D 絶対的リスク回避度と相対的リスク回避度

     絶対的リスク回避度A(x)は、実験4の式(1)に言葉で定義されていますが、ここではそれを数式で表現します。 まず、効用関数u(x)の傾きはその1次導関数u′(x)、つまり、効用関数u(x)=f(x)を賞金額xで微分したものとなり、以下のように定義されます。

    limu x hf x h f x-

    h= +→∞

    ′] ] ]g g g

     これは、点xにおいて効用関数f(x)と接する接線の傾きを意味します(図D1)。

     次に効用関数の傾きの変化率は、効用関数の2次導関数u′′(x)、つまり、効用関数を賞金額xで再度微分したものになります。したがって、絶対的リスク回避度A(x)は以下のように式で表されます。

    A x u xu x-= ′″] ]]g gg

     ここで効用関数u(x)を相対的リスク回避度一定の効用関数

    図D1.効用関数の傾き

    す。 さて、補論Bで説明した通りに考えれば、u1、u2それぞれの効用関数の下でのくじの確実性等価はそれぞれ図C1のC1, C2となります。 そして、リスク・プレミアムはくじの期待値Eからそれぞれの確実性等価を引き算した値でした。くじの期待値Eは両者にとって共通ですから、

    E-C1>E-C2となり、効用関数u1の下でのリスク・プレミアムの方が、効用関数u2の下でのリスク・プレミアムよりも大きいことがわかります。よって、

     よりリスク回避的⇔リスク・プレミアムが大きい⇔効用関数の傾きが大きい

    という関係があることがわかりました。

  • 第1章の補論

    E 閾値相対的リスク回避度の計算

     以下は、フリーの統計ソフトウェアRを使用して、実験4での式(3)の方程式を解くためのプログラム例です。まずは、式(2)の相対的リスク回避度一定の効用関数を次のように定義します。ここで、xは受け取った賞金額、rは相対的リスク回避度です。

    > u Eu DEu uniroot(DEu,c(-10,10),0.1)

     計算の結果、以下のように解がr=-1.71と求まりました

    u x rx1-r1-

    =] gだと仮定すると、その1次導関数および2次導関数は、それぞれ

    u′(x)=x-r, u′′(x)=-rx-r-1

    となるので、このときの絶対的リスク回避度は

    A x u xu x rx x

    r- 1-= = =′″] ]]g gg

    となります。相対的リスク回避度は、A(x)にxを掛けた値なので、

    R(x)=A(x)×x=rとなり、賞金額xに依存しない定数rになります。

  • 第1章の補論

    F 相対的リスク回避度の求め方

     得点kに対する効用関数u(k)がu(k)=kα

    の場合は、微分法の公式から

    u′(k)=αxα-1, u′′(k)=α(α-1)kα-2

    となるので、絶対的リスク回避度A(k)は

    A k u ku k-= ′″] ]]g gg k1-=

    α

    となり、したがって、相対的リスク回避度R(k)は、R(k)=A(k)×k=1-α

    となります。なお、k=0のときはR(k)=0です。 この効用関数の下での期待効用EU(k)は

    EU k k k100100-= × α] g

    となりますが、この期待効用を最大にするkの値を求めるために、この式をkで微分して0とおくと、

    kEU k k k k100

    1100100 0- - 1-= × + × =∂

    ∂ αα α] g

    これを解けば、

    k 100 1= × +αα

    となり、これが期待効用EU(k)を最大にするkの値になります。

    (小数点以下第3位で四捨五入)。これが、ちょうど組1で選択肢Bにスイッチした場合の閾値相対的リスク回避度です。$root[1] -1.712848

     今度はp=0.2の場合を求めてみますと、> uniroot(DEu,c(-10,10),0.2)$root[1] -0.9468441

    となり、解がr=-0.95と求まりました。これがちょうど組2で選択肢Bにスイッチした場合の閾値相対的リスク回避度です。 以下同様にして求めていくと、表1 - 7のような結果が得られます(くじ10の場合、p=1.0なので、どのようなrの値に対しても選択肢Bの方が選択肢Aより期待効用が大きいので、上記の方程式に解はありません)。

  • 第1章の補論

     計算の結果、以下のように解がα=0.025と求まります(小数点以下第4位を切り捨て)。$root[1] 0.02528255

    G 閾値相対的リスク回避度の計算

     以下は、実験5での方程式を解くための統計ソフトウェアRのコマンド例です。まず、期待効用を求める式を定義します。

    > Eu uniroot(Deu,c(-5,100),2,3)