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関連製剤︓ヴェノグロブリンIH シリーズ 重症筋無⼒症(MG) 重症筋無⼒症のエキスパートへの道標 抗MuSK抗体の測定意義と治療⽅針 ⻑崎総合科学⼤学 ⼯学部 医療⼯学コース 教授 本村 政勝 先⽣ ― 現在、⻑崎総合科学⼤学に在籍されておられますが、 こちらで診療はされていらっしゃるのですか︖ 本村先⽣︓ 本学は臨床⼯学技⼠を養成する学校ですので、主に医学教育を⾏っています。診療⾃体は⻑崎 ⼤学病院第⼀内科で、神経内科外来を継続しています。 ― では、⻑崎⼤学病院 第⼀内科(神経内科)の診療状況についてお聞かせください。 本村先⽣︓ 当院の神経内科の患者数は年間約6000名(延べ)で、1⽇の外来患者数は25⼈程度です。そのうち重症筋無⼒症(MG)で定期診 療を受けている⽅は年間50名位、時々来院する⽅を含めると100名位です。 抗MuSK抗体を含めた⾃⼰抗体の発⾒について ― 本村先⽣は抗MuSK抗体を始め、病原性⾃⼰抗体に関する多数の研究報告をなさっています。 研究を始められた経緯をお聞か せください。 本村先⽣︓ 1993〜1995年までオックスフォード⼤学に留学していた際、Lambert-Eaton筋無⼒症候群の病原性⾃⼰抗体であるP/Q型電位依 存性カルシウムチャネル⾃⼰抗体(抗P/Q型VGCC抗体)を研究テーマにしていました。帰国後、2001年にHochらが抗アセチル コリン受容体(抗AChR)抗体陰性の全⾝型MG患者の⾎清中に抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(抗MuSK)抗体が検出され ることを報告し、我々の施設においてもこれまで集積してきたデータを活⽤し、抗MuSK抗体の検出を試みたことがきっかけで す。 ― 抗MuSK抗体を含めたMGの発症機序について教えていただけますか。 本村先⽣︓ 2012年時点では、MGの病原性⾃⼰抗体としては、抗AChR抗体、抗MuSK抗体があります。MGは、神経筋接合部のシナプス後膜 上に存在するいくつかの標的抗原に対する病原性⾃⼰抗体によって刺激伝導が障害される⾃⼰免疫疾患で、病原性⾃⼰抗体の種類 によって、①抗AChR抗体陽性MG(MGの約80%)、②抗MuSK抗体陽性MG(5〜10%)、③両抗体陰性︓double seronegative MG(残り数%)の3群に分類されています。 抗AChR抗体は補体活性化能をもつIgG1およびIgG3サブクラスに分類され、神経筋接合部の膜破壊をおこし、AChRを含むその関 連蛋⽩質が減少することによりMGを発症する機序が考えられています。⼀⽅、抗MuSK抗体は補体活性化能をもたないIgG4サブ クラスに分類され、神経筋接合部の破壊は認められません。抗MuSK抗体によるMG発症機序についてはいくつかの説が報告されて いますが、現時点で結論には⾄っていません(図1)。 2014年6月掲載(審J2006202)

第5回 抗MuSK抗体の測定意義と治療⽅針agrin/MuSK pathwayのクラスタリング障害説や、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)とコラーゲン Q(ColQ)の複合体とMuSKとの結合を抗MuSK抗体が阻害する説などが提案されている。抗MuSK抗体陽性MGの特徴について

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Page 1: 第5回 抗MuSK抗体の測定意義と治療⽅針agrin/MuSK pathwayのクラスタリング障害説や、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)とコラーゲン Q(ColQ)の複合体とMuSKとの結合を抗MuSK抗体が阻害する説などが提案されている。抗MuSK抗体陽性MGの特徴について

関連製剤︓ヴェノグロブリンIH

シリーズ

重症筋無⼒症(MG)重症筋無⼒症のエキスパートへの道標

抗MuSK抗体の測定意義と治療⽅針⻑崎総合科学⼤学 ⼯学部 医療⼯学コース

教授 本村 政勝 先⽣

― 現在、⻑崎総合科学⼤学に在籍されておられますが、 こちらで診療はされていらっしゃるのですか︖

本村先⽣︓本学は臨床⼯学技⼠を養成する学校ですので、主に医学教育を⾏っています。診療⾃体は⻑崎⼤学病院第⼀内科で、神経内科外来を継続しています。

― では、⻑崎⼤学病院 第⼀内科(神経内科)の診療状況についてお聞かせください。

本村先⽣︓当院の神経内科の患者数は年間約6000名(延べ)で、1⽇の外来患者数は25⼈程度です。そのうち重症筋無⼒症(MG)で定期診療を受けている⽅は年間50名位、時々来院する⽅を含めると100名位です。

抗MuSK抗体を含めた⾃⼰抗体の発⾒について

― 本村先⽣は抗MuSK抗体を始め、病原性⾃⼰抗体に関する多数の研究報告をなさっています。 研究を始められた経緯をお聞かせください。

本村先⽣︓1993〜1995年までオックスフォード⼤学に留学していた際、Lambert-Eaton筋無⼒症候群の病原性⾃⼰抗体であるP/Q型電位依存性カルシウムチャネル⾃⼰抗体(抗P/Q型VGCC抗体)を研究テーマにしていました。帰国後、2001年にHochらが抗アセチルコリン受容体(抗AChR)抗体陰性の全⾝型MG患者の⾎清中に抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(抗MuSK)抗体が検出されることを報告し、我々の施設においてもこれまで集積してきたデータを活⽤し、抗MuSK抗体の検出を試みたことがきっかけです。

― 抗MuSK抗体を含めたMGの発症機序について教えていただけますか。

本村先⽣︓2012年時点では、MGの病原性⾃⼰抗体としては、抗AChR抗体、抗MuSK抗体があります。MGは、神経筋接合部のシナプス後膜上に存在するいくつかの標的抗原に対する病原性⾃⼰抗体によって刺激伝導が障害される⾃⼰免疫疾患で、病原性⾃⼰抗体の種類によって、①抗AChR抗体陽性MG(MGの約80%)、②抗MuSK抗体陽性MG(5〜10%)、③両抗体陰性︓double seronegativeMG(残り数%)の3群に分類されています。 抗AChR抗体は補体活性化能をもつIgG1およびIgG3サブクラスに分類され、神経筋接合部の膜破壊をおこし、AChRを含むその関連蛋⽩質が減少することによりMGを発症する機序が考えられています。⼀⽅、抗MuSK抗体は補体活性化能をもたないIgG4サブクラスに分類され、神経筋接合部の破壊は認められません。抗MuSK抗体によるMG発症機序についてはいくつかの説が報告されていますが、現時点で結論には⾄っていません(図1)。

2014年6月掲載(審J2006202)

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― ⽇本で発⾒されたLDL受容体関連蛋⽩質4(Lrp4)抗体について教えていただけますか。

本村先⽣︓第3番⽬のMGの病原性⾃⼰抗体として、Lrp4抗体が有⼒な候補です。当時、東京医科⻭科⼤学に在籍していた樋⼝ 理先⽣と我々との共同研究で発⾒しました。本邦の症例は10例ほどでしたが、以後、⽶国や欧州でも次々と抗Lrp4抗体陽性MGが報告されています。Lrp4がアグリンと結合し、AChRのクラスタリングに関係しているところまでは解明されており、この⾃⼰抗体がアグリンとLrp4の結合を阻害することも証明されています。今後の研究課題として我々も興味を持っております。

図1 神経筋接合部の模式図と各⾃⼰抗体の作⽤部位

抗MuSK抗体の病態機序仮説として、MuSKは、アグリンと結合したLrp4蛋⽩と複合体を形成し、AChRのクラスタリング(分散しているAChRが集合してくる現象)を制御するが、抗MuSK抗体はこの経路を障害するagrin/MuSK pathwayのクラスタリング障害説や、アセチルコリンエステラーゼ(AChE)とコラーゲンQ(ColQ)の複合体とMuSKとの結合を抗MuSK抗体が阻害する説などが提案されている。

抗MuSK抗体陽性MGの特徴について

― 3⽉に公表されたMG診療ガイドライン2014で⽰された診断基準案において、抗MuSK抗体が追加されています。 抗MuSK抗体陽性MGの特徴についてお聞かせください。

本村先⽣︓本邦での疫学調査の結果、抗MuSK抗体陽性MGは、眼筋型の頻度が3%と抗AChR抗体陽性MGに⽐べて低く、発症時より眼筋・球⿇痺型が多く、症状としては嚥下・構⾳障害が主であると報告されています。また、筋萎縮の頻度やクリーゼ合併率は抗AChR抗体陽性MGに⽐べて⾼いとの特徴が確認されています(表1)。 しかしながら、MGの診断において、これらの臨床的特徴のみで抗AChR抗体陽性MGであるとか、抗MuSK抗体陽性MGであると診断することは不可能です。私⾃⾝もつい最近、眼症状のみの⽅を診察し、抗AChR抗体陽性MGと予測して抗体検査を⾏ったところ、抗MuSK抗体陽性MGだったという症例に遭遇しました。例えMGの臨床経験が豊富な医師であっても症状のみでいずれの抗体陽性MGかを判断することはできません。臨床的特徴は参考であり、病原性抗体を測定することが必要です。

2014年6月掲載(審J2006202)

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表1 抗AChR抗体陽性MGと抗MuSK陽性MGの対⽐

― 昨年10⽉に抗MuSK抗体検査が保険適応になりました。その活⽤法と臨床的意義について教えていただけますか。

本村先⽣︓病原性⾃⼰抗体が陽性の場合、MGの診断は容易ですが、抗AChR抗体陽性 MGはMG全体の約80%であり、陰性例に対してはこれまで確定診断が難しい状況にありました。そのため、以前は私どもの施設に全国から⾎清検体が送られてきて、測定結果をお返ししていたのですが、判定まである程度の時間を要しました。保険適応となった現在はどの施設においても1週間程度で検査結果を受け取ることが可能です。抗MuSK抗体の測定が⼀般施設でも可能になったことが臨床的意義であり、病態に応じた適切な治療を早期に開始できることは、患者、医師双⽅にとって⼤きな利点といえます。なお、現在の保険適応では、抗AChR抗体と抗MuSK抗体を同時に測定することができません。したがって、MGが疑われる場合、MG全体の約80%を占める抗AChR抗体検査を⾏い、陰性であれば抗MuSK抗体検査を⾏う、という⼿順で診療されることをお奨めします。

― 抗MuSK抗体の抗体価と重症度は相関するのでしょうか︖

本村先⽣︓抗AChR抗体の場合、個々の患者において抗体価の変動が重症度と相関することがわかっています。抗MuSK抗体においては、個々の患者では相関があるかもしれませんが、実際のところまだよくわかっていません。現在、抗MuSK抗体検査は診断時のみ保険適応ですが、今後は抗AChR抗体検査と同様に、個々の患者の臨床経過を抗体価で評価できるよう検討を加え、2年後くらいを⽬途に継続的な抗MuSK抗体測定の保険適応追加を⽬指しているところです。

2014年6月掲載(審J2006202)

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抗MuSK抗体陽性MGの治療の実際

― MG診療ガイドライン2014で、抗MuSK抗体陽性MGの治療は 抗AChR抗体陽性MGと同様の治療指針でしたが、実際はいかがでしょうか。

本村先⽣︓ガイドラインの治療指針に則し、抗AChR抗体陽性MGと同じで良いと思います(表2)。ただ、抗MuSK抗体陽性MGでは⾮胸腺腫例がほぼ全例で、胸腺摘除に関しては適応外と考えられます。薬物治療としては、ステロイド療法や⾎液浄化療法が第⼀選択になります。⾎液浄化療法を第⼀選択とする理由は、抗MuSK抗体陽性MGは補体⾮介在性にMGを発症するため、神経筋接合部におけるシナプス後膜の破壊が起こりませんので、抗MuSK抗体を除去することで早期の症状回復が認められると考えられるからです。なお、⾎液浄化療法の中で免疫吸着療法については、トリプトファンの吸着カラムに抗MuSK抗体が吸着しないことが実験で⽰されていますので⾏いません。単純⾎漿交換法が世界的にもスタンダードですが、⼆重膜濾過⾎漿交換法も有効です。

表2

― 免疫グロブリン静注療法(IVIg)の位置づけについてはどのようにお考えでしょうか。

本村先⽣︓IVIgは⾎液浄化療法と同等レベルとの報告があります。また、⾎液浄化療法は優れた治療法ですが、全ての⽅に適応という訳ではありません。例えば、⾼齢者や誤嚥性肺炎など炎症を起こしている⽅では、全⾝状態を考慮し、負担の少ないIVIgを選択します。特にクリーゼの場合、作⽤機序が異なるIVIgを⾎液浄化療法後に併⽤します。投与法ですが、ステロイド等の免疫抑制薬でまず治療を⾏い、⾎液浄化療法後にIVIgを400mg/kg体重を 5 ⽇間点滴静注しています。

2014年6月掲載(審J2006202)

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― 患者さんへの指導など、具体的に教えていただけますか︖

本村先⽣︓MGではクリーゼに⾄ると、症状回復までに期間を要します。そのため、患者さんには「⼀時的に症状が悪化しますが、必ず回復します」と伝え、安⼼して治療を受けていただきます。また、MG診療における外来でのポイントとして、クリーゼの前駆症状を把握することが重要と考えます。そのため、唾の飲み込みが悪くなるなど、嚥下障害を感じたら、すぐに来院するように患者さんに先に伝えています。ただ、抗MuSK抗体陽性MGでは嚥下障害が初期症状としてありますので、クリーゼに⾄るかどうかの判断は難しいところです。

― 最後に先⽣のMG診療全般に関するお考えをお聞かせください。

本村先⽣︓これまでは各施設で最適と思われるMG治療が⾏われてきましたが、今回、診療ガイドラインが改訂され、標準的な治療指針が⽰されました。以前の診断基準と異なり、改訂版の診断基準案では臨床症状あるいは病原性⾃⼰抗体のいずれかが証明されればMGと診断できるようになりました。また、胸腺摘除に対しては、従来、全⾝型MGでは胸腺腫の有無にかかわらず胸腺摘除を⾏っていましたが、50歳以上の⾼齢発症MGで⾮胸腺腫例では胸腺摘除はfirst-line治療ではないことが明確に⽰されました。MG専⾨医が現時点でのエビデンスをベースに編集し、最新のMG治療指針を⽰していますので、⽇常診療にぜひご活⽤いただきたいと思います。

2014年6月掲載(審J2006202)

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