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微生物・酵素を利用したバニリンの合成 誌名 誌名 日本醸造協会誌 = Journal of the Brewing Society of Japan ISSN ISSN 09147314 著者 著者 古屋, 俊樹 木野, 邦器 巻/号 巻/号 113巻2号 掲載ページ 掲載ページ p. 64-70 発行年月 発行年月 2018年2月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

微生物・酵素を利用したバニリンの合成微生物・酵素を利用したバニリンの合成 泡盛等の香気成分の一つとしてバニリンが含まれている。バニリンはバニラビーンズから得られる香料で

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Page 1: 微生物・酵素を利用したバニリンの合成微生物・酵素を利用したバニリンの合成 泡盛等の香気成分の一つとしてバニリンが含まれている。バニリンはバニラビーンズから得られる香料で

微生物・酵素を利用したバニリンの合成

誌名誌名 日本醸造協会誌 = Journal of the Brewing Society of Japan

ISSNISSN 09147314

著者著者古屋, 俊樹木野, 邦器

巻/号巻/号 113巻2号

掲載ページ掲載ページ p. 64-70

発行年月発行年月 2018年2月

農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

Page 2: 微生物・酵素を利用したバニリンの合成微生物・酵素を利用したバニリンの合成 泡盛等の香気成分の一つとしてバニリンが含まれている。バニリンはバニラビーンズから得られる香料で

微生物・酵素を利用したバニリンの合成

泡盛等の香気成分の一つとしてバニリンが含まれている。バニリンはバニラビーンズから得られる香料で

あり,洋菓子やスイーツのほか,化粧品,医薬品にも用いられ近年需要が高まっている。バニリンは,醸造

物中において微生物・酵素により生成するが,著者らは微生物・酵素作用を利用した合成の研究を進めてい

る。バニリンと醸造の関連バニリン合成への微生物・酵素の利用について分かりやすく解説していただい

た。

1. はじめに

バニリンは甘い香りの代表的な化合物である。バニ

ラアイスクリームやシュークリームの,あの上質な甘

い香りであり,食品のみならず,化粧品にも香り成分

として添加されている。また,バニリンは医薬品原料

などとしても用いられており,その年産は一万トンを

超えている 1.2)。生産のほとんどは化学プロセスに依

存しているのが現状だが,食品や化粧品用途では,天

然のバニリンに対する需要が高い 1,2)。天然では,ラ

ン科のバニラ属植物が合成することができ,その種子

鞘いわゆるバニラビーンズにバニリンが蓄積してい

る。しかしながら, 1kgのバニリンを得るためには,

500 kgものバニラビーンズが必要といわれている凡

また,バニラを栽培可能な場所がマダガスカルなどの

熱帯地域に限られていることや収穫量が天候に左右さ

れることなどから,需要に追いつかず価格高騰が問題

となっている。そこで,植物からの抽出に対する代替

手法として,微生物や酵素を利用したナチュラルなバ

ニリン合成法に関心が寄せられている”。

バニリンは,興味深いことに酒類の醸造工程でも生

成する。泡盛では,長期間貯蔵した古酒が好まれるが,

Production of V anillin Using Microorganisms and Enzymes

古屋俊樹・木野邦器

古酒の芳醇な香りの一端を担っているのがバニリンで

ある。原料米の細胞壁を構成するリグニンから黒麹菌

の有するエステラーゼの作用によりフェルラ酸を生じ,

フェルラ酸が発酵と蒸留を経て 4ービニルグアヤコー

ルに変換され, 4-ビニルグアヤコールが貯蔵を経てバ

ニリンに変換される(第 4図参照) 4--6)。また,樽貯

蔵のウイスキーでは,バニリンは樽のオーク材中のリ

グニンから生じることが知られている凡

本稿では,微生物・酵素を利用したバニリンの合成

について,最近の研究動向を中心に解説する。自然界

から分離した微生物の利用のみならず,近年の遺伝子

工学を基盤とした技術の進歩により,多様なアプロー

チが試みられている。原料としてはグルコースとフェ

ルラ酸が主に用いられており,最初にグルコースから

のバニリン合成を,つぎにフェルラ酸からのバニリン

合成について述べる。泡盛の醸造工程では,フェルラ

酸から 4ービニルグアヤコールを経由してバニリンが

生成するが,筆者らは,固定化酵素を利用して同様の

経路によりバニリンを合成することに成功している。

本研究についても紹介し,醸造分野の研究にも参考に

なることを期待したい。

Toshiki FURUYA (Department of Applied Biological Science, Faculty of Science and Technology, Tokyo University of Sci-

ence)

Kuniki Krno (Department of Applied Chemistry, Faculty of Science and Engineering, Waseda University)

64 醸協 (2018)

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2. グルコースからのバニリン合成

アミノ酸発酵や有機酸発酵のように,安価な糖質か

らバニリンを発酵生産できれば有用である。しかしな

がら,グルコースなどをバニリンに導く代謝経路を有

する微生物は発見されてない。近年,微生物などの細

胞内に外部から酵素遺伝子を導入し,新たな代謝経路

を構築して有用化合物を合成する代謝工学の研究が盛

んに行なわれている。バニリンに関しても,酵母を代

謝工学的に改変して,グルコースからバニリンを合成

する手法が確立されている。

Hansenらは,分裂酵母 Shizosaccharomycespombe

と出芽酵母 Saccharomycescerevisiaeを宿主としてバ

ニリン生産株を作製している匹酵母のシキミ酸経路

の中間体である 3ーデヒドロシキミ酸が,導入された

遺伝子の作用によりバニリンヘと変換される(第 1図)。

まず, カビ PodosPorapauciseta由来の 3ーデピドロシ

キミ酸脱水酵素遺伝子の導入により, 3-デヒドロシキ

ミ酸がプロトカテク酸に変換される。つぎに, Nocar-

dia属細菌由来の芳香族カルボン酸還元酵素遺伝子の

導入により,プロトカテク酸がプロトカテクアルデヒ

ドに変換される。この細菌由来の酵素遺伝子のコドン

は,酵母用に最適化されている。最後に, ヒト由来の

メチル基転移酵素遺伝子の導入により,プロトカテク

アルデヒドがバニリンヘと変換される。この酵素遺伝

子は, 7種の真核生物由来メチル基転移酵素遺伝子の

中から最適なものとして選択されている。

他にも工夫を施しており,バニリンが副生物として

バニリルアルコールに変換されてしまうのを防ぐため

に,宿主酵母のアルコール脱水素酵素遺伝子を破壊し

ている。以上の遺伝子導入と遺伝子破壊により, S.

pombeでは 65mg/L, S. cerevisiaeでは 45mg/Lの

バニリン合成に成功している。また,バニリンの宿主

への毒性を緩和するために配糖化を検討し,シロイヌ

ナズナ由来の糖転移酵素を発現させることで生産性の

向上が図られている。この組換え酵母を利用した技術

はスイスの Evolva社により開発され,製品の販売は

米国の IFF社が行なっている見

3. フェルラ酸からのバニリン合成

グルコースからのバニリン合成は,反応工程数が多

いために収量が比較的少ないが,フェルラ酸(第 2

図)を出発物質とすると反応工程数を減らすことがで

きる。ナチュラルなバニリン合成法という観点からは,

原料としてバイオマス由来の化合物を用いることが必

須であり,フェルラ酸はグルコースに加えて有望なバ

イオマス由来の原料である。この化合物はお米や小麦

の胚乳の細胞壁に,主にアラビノキシランという多糖

にエステル結合した形で含まれており,米糠や小麦魅

などの農産廃棄物からアルカリ条件下での加水分解に

より比較的容易に回収することができる。一例として,

米糠 1kgからは 9g, 小麦魅 1kgからは 6.6gのフ

ェルラ酸が得られることが報告されている 9)。最近で

は,エステラーゼを利用して酵素的に加水分解する手

Glucose

3

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第 1図 グルコースからのバニリン合成経路

第 113巻 第 2号 65

Page 4: 微生物・酵素を利用したバニリンの合成微生物・酵素を利用したバニリンの合成 泡盛等の香気成分の一つとしてバニリンが含まれている。バニリンはバニラビーンズから得られる香料で

法も研究されている。また,フェルラ酸は米油にも y

ーオリザノールの形で含まれており,その製法は築野

食品工業(株)により確立されている。

フェルラ酸を分解して炭素源として利用する微生物

はStreptomyces属や Pseudomonas属の細菌など多数

報告されており,これらの微生物の中には分解代謝の

中間体としてバニリンを蓄積する株が存在する(第 2

図) 2)。例えば, Huaらは, Stretomycessp. V-1株を

利用して 45g/Lのフェルラ酸から 19.2g/Lのバニリ

ンを合成可能なことを報告している 10)。本研究では,

生成したバニリンを樹脂に吸着させ,生成物の菌体に

対する毒性や酵素に対する阻害を緩和することにより

生産性の向上が図られている。ベルギーに本社のある

Solvay社(元々はフランスの Rhodia社)は,フェル

ラ酸からの微生物変換によりバニリンを小規模ながら

実生産している見代表的な放線菌などの微生物では

酵素や遺伝子レベルでの解析も進んでおり,フェルロ

イル CoA(コエンザイム A) シンテターゼ (Fcs) と

エノイル CoAI:::'. ドラターゼ/アルドラーゼ (Ech)

の作用によりフェルラ酸がバニリンヘと変換される

(第 2図) II)。

FcsとEchをコードする遺伝子を大腸菌などの宿

主内で発現させ,バニリン合成に利用する研究も行な

われている。上述のフェルラ酸資化性菌の場合には,

バニリンがさらに変換されてバニリン酸やグアヤコー

ルなどの副生物を生成することが課題として挙げられ

るが, Jes遺伝子と eek遺伝子を,バニリン分解活性

を有さない細菌内で発現させることにより副生物の生

成を回避できる。 Barghiniらや Yoonらは,大腸菌を

宿主として 0.58~2.52 g/Lのバニリン合成を報告し

ている 12,13)。また, DiGioiaらは, Pseudomonasfluo-

rescensを宿主として 1.28g/Lのバニリン合成を報告

している叫 FcsとEchからなる経路は補酵素とし

てATPとCoAを要求するため,補酵素の供給が滞

ってしまうと合成が止まってしまう。これらの補酵素

は底価であり,また細胞膜を透過しにくいため,細胞

の外から供給することは困難である。そこで, Leeら

は,バニリン合成の反応で CoA(第 2圏の CoA-

SH) から生じたアセチル CoA(第 2図の CH3COS-

CoA) をクエン酸シンターゼ遺伝子の導入などによ

り, CoAに再生する系を構築している 15)。これによ

り, 5.14g/Lのバニリン合成を達成している。

4. 補酵素非依存型酵素を利用したフェルラ酸か

らのバニリン合成

FcsとEchからなる経路は補酵素として ATPと

CoAを要求するが,筆者らは最近,補酵素非依存型

の合成経路を提唱している(第 3図)。本経路は,補

酵素非依存型の脱炭酸酵素と酸化酵素からなる 4ービ

ニルグアヤコールを中間体としたもので,補酵素を必

要としない。一段階目のフェルラ酸脱炭酸酵素は,酵

母SaccharomycescerevisiaeやBacillus属の細菌に存

在することが報告されており,遺伝子も同定されてい

る16,17)。本研究では, Bacilluspumilus由来のフェル

ラ酸脱炭酸酵素遺伝子fdcをクローニングして用いた。

一方,二段階目の 4ービニルグアヤコールの C=C結

合を酸化的に切断する酵素に関しては,報告されてお

らず,本研究で探索を実施した。具体的には,カロテ

ノイド酸化開裂酵素ファミリーの酵素がC=C結合

を補酵素非依存的に切断する活性を有していることに

着目した。ゲノム情報を活用してカロテノイド酸化開

裂酵素ファミリーの中から 4ビニルグアヤコールに

対して活性を示すと予想される酵素を選択し,遺伝子

をクローニング後,大腸菌内で発現させて活性を評価

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H

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第 2図 フェルラ酸からのバニリン合成経路

66 醸協 (2018)

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OH

Ferulic acid

第 3図

CO2

三:言i二。l~:O補酵素非依存型酵素を利用したフェルラ酸からのバニリン合成経路

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Time (h)

第 4図 FdcとCso2を共発現させた大腸菌によるバニリン合成

△ : 4ービニルグアヤコール,● : バニリン。

4

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24 28 32

O: フェルラ酸,

゜゚ー

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Reaction time・(h)

第 5図 Fdc発現大腸菌(一段階目)と Cso2発現大腸菌(二段階目)によるバニリン合成

O: フェルラ酸,△ : 4-ビニルグアヤコール,●:バニリン。

゜゚2

14 16 18 20 22 24

第 113巻 第 2号 67

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した。 その結果細菌 Caulobactersegnis由 来 の

Cso2と命名した酵素が, 4-ビニルグアヤコールとイ

ソオイゲノールに対して高い活性を示し, C=.C結

合を切断してバニリンに変換することを見いだし

た18¥

そこで既報の B.pumilus由来フェルラ酸脱炭酸

酵素遺伝子fdcと,本研究で見いだした C.segnis由

来 4ービニルグアヤコール酸化酵素追伝子 cso2を大腸

菌内で共発現させ,新規合成経路の構築を試みた。

fdc迫伝子と cso2追伝子を pETDuet-1ベクターに連

結し,大腸菌細胞に導入して培養後,遣伝子の発現を

誘導した。本大腸菌細胞をフェルラ酸と反応させたと

ころ,意図した通り,フェルラ酸から 4ビニルグア

ヤコールを経由してバニリンを生成した (第 4図)18¥ この方法により, 10mMのフェルラ酸から 8.0mM

(1.2 g/L)のバニリン合成を達成している。また, 4-

ビニルグアヤコールの C=C結合を切断した際に生

じるもう一つの生成物は,ホルムアルデヒドであるこ

とを確認した (第 3図)。

fdc遺伝子と cso2遺伝子を一つの大腸菌細胞内で共

発現させる上述の方法は簡便だが,一段階目と二段階

目の最適反応条件が異なる場合,生産量の観点からは

不利と考えられる。そこで,別々の大腸菌細胞内で発

現させる方法についても検討した。fdc遺伝子と cso2

遺伝子を別々の大腸菌細胞内で発現させ, まず各反応

のpH依存性について検討した。その結果一段階目

の脱炭酸酵素 FdcはpH6.0から pH9.0の広範な領域

で高い活性を示した。これに対して,二段階目の酸化

酵素 Cso2はpH9.0から pH10.5のアルカリ性領域で

高い活性を有することが明らかとなった。一段階目 と

二段階目の最適反応 pHが異なるため,一段階目の反

応については pH9.0で行い,反応液を遠心分離後,

上清を回収し, pHを10.5に調整して二段階目の反応

に供した。また,基質や生成物の菌体に対する毒性や

酵素に対する阻害を回避するために,油水二相系での

反応について検討したところ,酢酸プチルの添加が効

果的なことが判明したので,添加することにした。そ

の結果一段階目の反応では, 75mMのフェルラ酸

が 2時間で 4ービニ)レグアヤコールに変換された(第 5

図)。さらに,二段階目の反応を行なったところ, 4-

ビニルグアヤコールが 24時間でバニリンにほぽすべ

て変換された(第 5図)19)。この方法により, 52mM

(7.8 g/L)のバニ リン合成を達成している。

5. 固定化酵素を利用したパニリン合成

筆者らが構築した新規合成経路は補酵素を必要とし

ないので,菌体を利用した反応だけでなく,菌体から

取り出した酵素を利用した反応も容易に行なうことが

できる。そこで,固定化酵素を利用したバニリン合成

プロセスについて検討した。

酸化酵素 Cso2は安定性が低いため,まず, Cso2の

固定化を試みた。Cso2の等電点は pH5.3であり,反

10 8

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C コo ~E Cl 一

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4 -E"'呈・C -

1-もC'CI一C'CI > ゚

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゜ ゜1 2 3 4 5 6 7 8 9 10

Cycle number

第 6図 Cso2固定化酵素によるイ ソオイゲノ ールからのバニリン合成

白のシンボルは Cso2固定化酵素,グレーのシンボルは Cso2発現大腸苗を示す。また,バーは各サイクルにお

けるバニリン合成最を,丸は トータルのバニリン合成量を示す。

68 醸協 (2018)

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Cycle number

第7図 FdcおよびCso2固定化酵素によるフェルラ酸からのバニリン合成

バーは各サイクルにおけるバニリン合成量を,丸はトータルのバニリン合成量を示す。

応を行なう pHであるアルカリ性領域において Cso2

はマイナスに荷電している。このことに着目して,陰

イオン交換樹脂への吸着について検討した。マトリッ

クスと官能基の異なる 4種類の陰イオン交換樹脂を評

価したところ, Cso2は,ポリメタクリル酸をマトリ

ックス,エチルアミンを官能基とする Sepabeads

EC-EAに,活性を保持した状態で吸着することが明

らかとなった。そこで, SepabeadsEC-EAに固定化

した Cso2の繰り返し利用について検討した。具体的

には,まずイソオイゲノールを基質とし, 24時間反

応させた後,固定化した Cso2を回収して同様の反応

を繰り返した。 Cso2を発現する大腸菌細胞を比較対

象として実験を行なった。その結果,大腸菌細胞では

2サイクル目以降に活性が大きく低下してしまうのに

対して,固定化酵素では 7サイクル目でも活性を十分

に保持していた(第 6図) 20)。このように, Cso2の

安定性は SepabeadsEC-EAへの固定化により向上し,

10回の繰り返し反応により 1mLスケールで 6.8mg

のバニリンを生成した。

つぎに,固定化酵素を利用したフェルラ酸からのバ

ニリン合成について検討した。一段階目の Fdcも二段

階目の Cso2と同様に SepabeadsEC-EAに固定化可

能なことがわかったので,固定化した FdcとCso2を

反応液に添加し,フェルラ酸と反応させた。上述と同

様に 1サイクル 24時間の反応を繰り返したところ, 4サ

イクル目でも活性を十分に保持していた(第 7図) 20)。

最終的には, 10回の繰り返し反応により 1mLスケ

第 113巻 第 2号

ールで 2.5mgのバニリン合成を達成している。

6. おわりに

本稿では,微生物・酵素を利用したグルコースおよ

びフェルラ酸からのバニリン合成について解説した。

グルコースなどをバニリンに導く代謝経路を有する微

生物は発見されていないが,近年の遺伝子工学を基盤

とした技術の進歩が,当該微生物の作製を可能にして

いる。組換え酵母を利用した技術が実用化されている

が,遺伝子組換え技術を利用した製品は社会にまだ受

け入れられにくい傾向にあり,このバニリンが市場に

根付くか注目される。フェルラ酸からのバニリン合成

に関しては, 自然界から分離した微生物を利用した技

術が実用化されている。フェルラ酸は有望な原料だが,

グルコースに比べると高価であり,大量生産のために

は,原料の安価な供給手法についての検討も必要であ

ろう。

筆者らは,補酵素非依存型の酵素を利用したフェル

ラ酸からのバニリン合成法を確立しており,その特徴

を活かして,固定化酵素を利用したバニリン合成に世

界で初めて成功している。補酵素非依存型経路では,

フェルラ酸から 4ビニルグアヤコールを経由してバ

ニリンを生成するが,本経路は泡盛の醸造工程におけ

るバニリン生成経路と同様であり,興味深い。フェル

ラ酸から 4ービニルグアヤコールヘの変換に関しては,

泡盛の発酵段階において酵母の有する脱炭酸酵素の活

性が積極的に利用されている 5)。一方, 4-ビニルグア

69

Page 8: 微生物・酵素を利用したバニリンの合成微生物・酵素を利用したバニリンの合成 泡盛等の香気成分の一つとしてバニリンが含まれている。バニリンはバニラビーンズから得られる香料で

ヤコールの C=C結合を酸化的に切断する酵素に関

しては,筆者らが発見した Cso2が初めての報告であ

る。泡盛の醸造工程では,蒸留後の貯蔵時に 4ービニ

ルグアヤコールが自然酸化されてバニリンに変換され

るが, Cso2の触媒する反応と同様の反応が起こって

いると予想される。バニリンは蒸留されず泡盛に移行

しないので, 4-ビニルグアヤコールからバニリンヘの

変換に微生物・酵素を応用することは困難だが,この

微生物・酵素変換法は蒸留酒以外の酒類では香質向上

のヒントになるかもしれない。

〈東京理科大学・早稲田大学〉

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執筆者紹介(順不同・敬称略)

古屋俊樹<Toshiki FURUYA>

昭和 50年8月4日生まれ<勤務先と所在地>東京理

科大学理工学部応用生物科学科 〒278-8510千葉県

野田市山崎 2641く略歴>平成 16年早稲田大学大学院

理工学研究科応用化学専攻博士後期課程修了(博士

(工学)),平成 15年早稲田大学理工学部助手,平成

16年かずさ DNA研究所プロジェクト研究員平成

18年日本学術振興会特別研究員,平成 21年早稲田大

学理工学研究所次席研究員,平成 23年早稲田大学先

進理工学部助教,平成 28年東京理科大学理工学部講

師,現在に至る<抱負>微生物・酵素を化学の視点で

捉えて役立てる<趣味>少々のお酒とジム,スポーツ

観戦

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宮本拓<Taku MIYAMOTO >

昭和 24年9月10日生まれ<勤務先と所在地>くらし

き作陽大学食文化学部 〒710-0292岡山県倉敷市至

島長尾 3515く略歴>昭和 49年3月に岡山大学大学院

農学研究科を修了後,昭和 49年4月より岡山大学農

学部教務員助手,助教授を経て,平成元年 4月より

岡山大学農学部教授に昇任,その間,東北大学より農

学博士の学位を取得。平成 27年 3月に定年退職,岡

山大学名誉教授。平成 27年4月より, くらしき作陽

大学食文化学部学部長・教授,現在に至る

醸協 (2018)