18
- 1 - 基準蒸発散量 推定モデル 基準蒸発散量 水田水利用 モデル 作付時期 作付面積 推定モデル 実蒸発散量 作付時期 作付面積 収穫面積 流出モデル 下流メッシュへ の表面流出量 河道計算 上流メッシュから の表面流入量 実取水量 水田貯留水位 土壌水分量 下流メッシュへの 地下水移動量 上流メッシュから の地下水移動量 土地利 用データ 降水量 データ 気象 (降水以外) データ 地理・地 形データ 流域分割 データ 1 分布型水循環モデルの任意メッシュ内の構造(図中の枠は,六角形 が入力データ,平行四辺形が出力量,長方形がサブモデルを示して いる。) 水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用 独)農業・食品産業技術総合研究機構 農村工学研究所 増本隆夫 1.はじめに IPCC の報告書や気候変動関連の研究成果によれば,地球温暖化により様々な分野が多大な影響を受ける ことは疑いの余地はないようである。そこでは,水資源,食料,さらには農業への影響が心配され,将来シ ナリオとともにその影響度合いや適応策などの検討が行われようとしている。 しかし,これまでの影響評価は定性的な評価が行われてきただけで,特に農業水利用や灌漑を中心とした 流域水循環,さらには食料生産等に関しては,具体的な影響評価が行われていないのが実状である。一方, 気候変動に伴う農業用水への影響は、水文・水循環モデルを通して各種分野への影響評価が行われるが,こ れまで利用されてきたモデルには水田を主体とする農業水循環や洪水過程の組み込みが行われていない。さ らに,気候変動の影響は,アジアモンスーン地域では,集中豪雨の頻発による洪水と厳しい渇水の両者が同 じ地域で発生する可能性が高まると予測されている。すなわち,両極端現象の顕在化に対応するためには, それらを別々なものとして扱うのではなく一体に取り扱う必要があり,今後はさらに進んで適応策の検討を 推進していく必要がある。 そこで,ここでは,モンスーンアジア域の水資源や農業水利用が持つ多様性を考慮できる水循環モデルの 開発過程と特徴を紹介すると同時に,それを利用した気候変動に伴う影響評価法の提示を行い,具体的な影 響の検討結果を紹介する。さらに,それら影響に対する適応策を提示し,その効果を評価するための方法に ついても検討する。 2.多様な水田水利用を考慮した分布型水循環モデルとその特徴 (1)モンスーンアジアの水利用の特徴とモデル開発のねらい モンスーンアジ地域における水利用は,農業用水利用が主体である,水田灌漑形態が様々である,明確な 乾季と雨季が存在する,干ばつと洪水が共に発生するなどの特徴を持っている。しかし,農業水利用に関す るデータの不足のため,水循環がどのように形成されているのか,さらには,水循環変動が食料生産にどの ように影響するのかについては十分に明らかにされていない。それらを解明するためには,まず,降水量, 流出量,蒸発散量などの基礎水文データ を入手した上で,多様なアジアモンスー ン地域の土地利用,灌漑形態・方式等を 例示する必要がある。 一方,既存の水循環モデルは基本的に 畑作主体地域での適用を想定しており水 稲に対する考慮が十分でない。さらに, 前述のような水利用の多様性は必ずし も考慮されておらず,これらの影響を総 合的に評価するモデルも得られていな い。 (2) 開発した水循環モデルの特徴 上記の特徴を解析するための個々の要 素モデル(蒸発散量推定,作付時期・作

水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用 Ó!° … · oB B B¦ n 0*ó" 2 Ó!° Ó Ñ!ª Þ ( ¼ B B B¦ Þ 5Y$Í oB B B¦ s*ó" 2 Þ ( ¼

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- 1 -

基準蒸発散量推定モデル

基準蒸発散量

水田水利用モデル作付時期

作付面積推定モデル

実蒸発散量

作付時期作付面積収穫面積

流出モデル 下流メッシュへの表面流出量

河道計算

上流メッシュからの表面流入量

実取水量水田貯留水位

土壌水分量

下流メッシュへの地下水移動量

上流メッシュからの地下水移動量

土地利用データ

降水量データ

気象(降水以外)データ

地理・地形データ

流域分割データ

図1 分布型水循環モデルの任意メッシュ内の構造(図中の枠は,六角形

が入力データ,平行四辺形が出力量,長方形がサブモデルを示している。)

水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用

(独)農業・食品産業技術総合研究機構

農村工学研究所 増本隆夫

1.はじめに

IPCC の報告書や気候変動関連の研究成果によれば,地球温暖化により様々な分野が多大な影響を受ける

ことは疑いの余地はないようである。そこでは,水資源,食料,さらには農業への影響が心配され,将来シ

ナリオとともにその影響度合いや適応策などの検討が行われようとしている。

しかし,これまでの影響評価は定性的な評価が行われてきただけで,特に農業水利用や灌漑を中心とした

流域水循環,さらには食料生産等に関しては,具体的な影響評価が行われていないのが実状である。一方,

気候変動に伴う農業用水への影響は、水文・水循環モデルを通して各種分野への影響評価が行われるが,こ

れまで利用されてきたモデルには水田を主体とする農業水循環や洪水過程の組み込みが行われていない。さ

らに,気候変動の影響は,アジアモンスーン地域では,集中豪雨の頻発による洪水と厳しい渇水の両者が同

じ地域で発生する可能性が高まると予測されている。すなわち,両極端現象の顕在化に対応するためには,

それらを別々なものとして扱うのではなく一体に取り扱う必要があり,今後はさらに進んで適応策の検討を

推進していく必要がある。

そこで,ここでは,モンスーンアジア域の水資源や農業水利用が持つ多様性を考慮できる水循環モデルの

開発過程と特徴を紹介すると同時に,それを利用した気候変動に伴う影響評価法の提示を行い,具体的な影

響の検討結果を紹介する。さらに,それら影響に対する適応策を提示し,その効果を評価するための方法に

ついても検討する。

2.多様な水田水利用を考慮した分布型水循環モデルとその特徴

(1)モンスーンアジアの水利用の特徴とモデル開発のねらい

モンスーンアジ地域における水利用は,農業用水利用が主体である,水田灌漑形態が様々である,明確な

乾季と雨季が存在する,干ばつと洪水が共に発生するなどの特徴を持っている。しかし,農業水利用に関す

るデータの不足のため,水循環がどのように形成されているのか,さらには,水循環変動が食料生産にどの

ように影響するのかについては十分に明らかにされていない。それらを解明するためには,まず,降水量,

流出量,蒸発散量などの基礎水文データ

を入手した上で,多様なアジアモンスー

ン地域の土地利用,灌漑形態・方式等を

例示する必要がある。

一方,既存の水循環モデルは基本的に

畑作主体地域での適用を想定しており水

稲に対する考慮が十分でない。さらに,

前述のような水利用の多様性は必ずし

も考慮されておらず,これらの影響を総

合的に評価するモデルも得られていな

い。

(2)開発した水循環モデルの特徴

上記の特徴を解析するための個々の要

素モデル(蒸発散量推定,作付時期・作

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- 2 -

相対誤差 30.0%

0

10000

20000

30000

40000

50000

流量(m

3 /s)

推定

実測

1999 2000 2001 2002 2003

year

0

50

100

150降雨量(mm/d)

図 2 観測流量と流出モデルによる推定流量の比較(本川 Pakse

地点,1999~2003年)

付面積推定,水田水利用,流出)から構成さ

れ,多様な水田水利用を考慮できる分布型水

循環モデルを開発・提案した(谷口ら,2009a;

b; c;Masumotoら,2009)。

全体モデルは,実蒸発散量推定の基礎とな

る「蒸発散量推定モデル」,水田の種類や降水

量に応じて変動する水田作付状況を推定する

「作付時期・作付面積推定モデル」,水利用・

水管理を評価する「水田水利用モデル」なら

びに水循環部分を表現する「流出モデル」か

ら構成されている(図1)。それを,モデル開

発・検証のための代表流域としてメコン河流

域に適用し,本川5地点と支川1地点におけ

る実測流量ならびに独自に設置・観測を行い

推定した実蒸発散量の両者によりモデル検証

を行った結果,共に良好

な再現性を示している

(例えば,図2)。さらに,

以下のような重要情報が

得られる。

①当該流域の日々の降

水量や水田水利用形態を

入力することで,各年の

水環境条件に応じた作付

状況を推定できる。また,

天水田面積率が高い地域

では,特に乾季に基準蒸

発散量(修正ペンマン・モンティース式から算出)とモデルで推定される実蒸発散量の間に明瞭な差が生じ

る。さらに,提案したモデルは分割したセルごとに土地利用を面積率で与えているため,土地利用変化に伴

う影響評価への対応が容易である。

②農地水利用を天水田(3 種類)と灌漑水田(6 種類)に分類し,それぞれの特徴を水田水利用モデルに

組み込み,水田の雨水貯留効果も考慮している。この水田水利用モデルは,灌漑方式,施設ごとに諸量を設

定し,実取水量を水田必要水量,施設容量,取水可能量の比較から決定するため,現実に近い灌漑状況が再

現でき,水田地帯における用水の反復利用にも対応できる。

③当モデルにより農地水利用に関わる水田作付面積,取水量,土壌水分量等の諸量が任意の時点・地点で

推定できる。さらに,灌漑開発に伴う河川流量への影響予測から天水田で灌漑開発が進むと乾季流量が大幅

に減少するなど,開発したモデルを用いると,各種人間活動(農業活動の変化等)の流域水循環への影響が

評価・予測できる。

また,上記の分布型水循環モデルは,モンスーンアジアの全地域・流域にも適用可能である。また,同モ

デルは地球温暖化に伴う水循環変動やその灌漑施設,灌漑用水,排水,食料に対する影響度予測,食料政策

に対する緩和策・適応策の評価等にも応用できる。

(3)下流水循環(低平氾濫域)のモデル化

モンスーンアジア域において,氾濫湛水に関わる水利用も重要であり,水田と洪水氾濫との関係を定量的

に解析するために,FEM による氾濫湛水と灌漑形態のモデル化を行い(Phamら,2006,2007),特徴的

な2ヵ年の2000年(洪水年)と2003年(渇水年)の解析を行った(図3)。特に,解析の途中で,河川の

図3 FEMモデルによる氾濫再現結果

(2000年(洪水年)と2003年(渇水年)の最大氾濫域の比較)

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河道標高について Geographic Atlas を元にした正確な河川断面の挿入と氾濫域における道路ならびに河川

橋の組み込みを行った。さらに,1996~2003 年の連続計算を行って,日単位の氾濫水位について,対象地

域の中でメッシュデータの作成を行った。また,長期解析のためのトンレサップ湖と氾濫域の浸透量,蒸発

散量の組み入れも行った。開発した氾濫モデルは,独自で観測しているトンレサップ湖観測水位を含めカン

ボディア内での水位観測量と比較検討を行い,その実用性を確かめている(Phamら,2007)。

3.日本の灌漑主体流域における農業水利用の気候変動影響評価

気候変動に伴う農業用水への影響は,水文・水循環モデルを通してその影響評価が行われる。これまで

開発してきた分布型水循環モデルはメコン河を対象としてきたが,それを灌漑主体の日本の流域に適用す

るには,新たな検討,すなわち積雪融雪や水配分・水管理に関連するモデルの構築等が必要となる。そこ

で,ここでは流域レベルの農地水利用を考慮した水循環モデルの改良ならびに温暖化の灌漑への影響予測

を行った結果について紹介する。

(1)関川流域の概要とデータの収集

選定した関川流域は,焼山を源に妙高山麓を東流して,野尻湖(長野県),渋江川,矢代川を合流させる

関川本川流域(流路長64km)ならびに流路延長54kmの保倉川流域を加えた,面積1,140km2からなる河川流域

である(図4)。地形上は上流の急峻な山地部と高田平野や頸城平野からなる低平地に分けられる。流域内に

は中山間地の天水田や野尻湖や笹ヶ峰ダムを水源とする灌漑が行われる低平水田(16,400ha)が広がってお

り,流域の土地利用は,山林原野等が約60%,水田や畑地等の農地が約40%である。この地域は,冬季に海

岸部を除く平野や山岳部に多量降雪がある日本有数の豪雪地帯である。

関川水系に関する各種情報の収集と整理(流域概要,水利施設,GIS データベース化等)を行った。基

礎資料としては,降水量・蒸発散量推定に必要な気象データ(気象庁アメダス),降水量(国交省河川局),

土地利用(地目)・標高・河川網・ダムの各諸元等(国土数値情報),土地利用(地目,灌漑)・水利施設・

水路網・土地改良区の各諸元等(日本水土図鑑),ダム管理年報(国土交通省),農林業センサス(農水省)

等である。

(2)分布型水循環モデルの改良と展開

(a)熱収支に基づいた積雪・融雪過程のモデル化

前述した豪雪地帯の関川流域では,春先の融雪

出水が農業用水資源としても大きな役割を果たし

ている。その一方で冬季平均気温は高く,気候変

動に対する脆弱性が高い。年間降水量は海岸,県

境付近で約2,600mm,山間部で3,000mmである

が,冬季に降雪量として多く,夏季に少ない。こ

こでは,熱収支に基づいた分布型積雪・融雪モデ

ルを構築した(吉田ら,2012)。 なお,積雪・融

雪モデルの検証には,関川流域内 28 カ所の観測

積雪水当量のうち 2003年,2006年,2007年の

データを用いた。

ⅰ)熱収支積雪・融雪モデルの構築とパラメー

タの推定

構築した融雪モデルは熱収支に基づいた積雪・

融雪モデルであり,全国で広く収集可能なアメダ

スでの観測データ(気温,風速,日照時間,降水

量)を用いて熱収支各項の簡易な推定が可能であ

る。

積雪層表面での熱収支は次式で表される。

図4 関川流域の位置と構築したメッシュ

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(1)

ここで, :積雪層が表面と底面から得るエネル

ギー,QB:地中伝導熱,QR:雨による熱量,R:

入力放射量,:ステファン・ボルツマン定数, :

積雪表面温度, :顕熱輸送量, :潜熱輸送量,

:短波放射量, :長波放射量, :アルベド

である。熱収支式の各項のうち,短波放射量は地

形の地形を考慮した推定式を用いる。ただし,顕

熱・潜熱輸送量の推定には,地表面のバルク係数,

日内の風速および気温変化のパターンを表現する

パラメータを利用する。また,ここでは衛星画像

により抽出された雪線を用いたパラメータの推定

法を開発した。このパラメータの推定には自動探

索法の一つSCE-UA法(Duan et al., 1992)を用

いた。

ⅱ)再現結果

積雪水当量の観測値と計算値の比較では,各地

点ともに,全体的に良く観測値と一致した。また,

保倉流域における河川観測量との比較から積雪・

融雪期(12~5 月)には計算流量の相対誤差は

35.2%であった。

(b)広域用水配分・管理モデルの開発

分割される流域メッシュの大きさにより,灌漑

農地内の水配分システムが複数のメッシュに跨る

農業水利用形態では,下流への水配分や水管理を

モデル化することは大変困難である。そこで,既

存の農業水利施設データベースや数値情報を活用

しながら配水路網を自動的に発生させる方法や,

限られた情報を用いて広域水配分・管理モデルを構築す

る方法を開発した(吉田ら,2012)。また,これを上記

の分布型水循環モデルへの組み込みを行った。

用水配分・管理モデルは流域の広域水循環を表す分布

型水循環モデルの基幹部分をなし、農業用水のz需要量

を考慮した貯水池放流量の推定を行う貯水池管理モデル、

ならびに河川からの取水、灌漑地区内での農業用水の配

分量を推定する用水配分モデルにより構成される。図 5

は広域の用水配分過程を概念的に表し、上面はモデルの

対象とする貯水池および広域水田灌漑地区における河川

や水田の関係を示している。

ここで,日本水土図鑑のGISデータが持っている情報

は,土地改良区の形状,取水施設の地点と最大取水量,

図5 用水配分・管理モデルを構成する要素とモデルの概念図

図6 関川下流域における灌漑地区と水利施設群の関係

配水容量

Qdc

利用可能水量

(河川流量)Qsf

堰の施設

容量 Qif

受益地内での

利用可能水量 Qin

水田必要

水量 Qpd

河川への

還元水量 Qre

図7 灌漑地区内の水循環の概念図

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図8 高田地点における流量の観測値と計算値の比較

(2005,2006年)

幹線水路の位置とその取水地点(取水施

設)の位置のみである。そこで,以下の

方法により,取水した農業用水が灌漑地

区に配水され,河川へ還元するかの過程

をモデル化した。まず,灌漑水田が含ま

れる各メッシュに,土地改良区の属性と

幹線用水路の属性を与える(図6)。この

時,幹線用水の属性を与えられなかった

メッシュは,そのメッシュが属する土地

改良区の最大面積を灌漑する幹線用水路

に属するとした。次に,上流地区優先の

取水形態を配水過程に組み込んだ。さら

に,灌漑地区内での水循環を図7のよう

に概念化し,灌漑地区の抽出,配水順序

に従い,取水量,灌漑量,河川への還元

水量の推定を行うアルゴリズムを構築し

た。各メッシュへの配水量の中の余分な

量はそのまま各メッシュの河道に排水す

る。また,用水系統の最後のメッシュま

で配分が終わった際の余剰は還元水とし

て河川に戻す。

(c)貯水池運用のモデル化

関川流域には笹ヶ峰ダム(灌漑・発電用,流域面積:55.8km2)及び正善寺ダム(洪水制御,不特定用

水供給,上水供給)の2つの貯水池がある。

ダム管理モデルの基礎となる貯水池の水収支式は以下のようになる。

tiQiQiViV outinresres ))()(()1()( (2)

ここに,Vres:i日の貯水量,Qin:i日の貯水池流入量,Qout:i日の貯水池放流量である。貯水池流入量

は分布型水循環モデルから求まるため,貯水池放流量をどのようなルールで決定するかが貯水池管理モデ

ルでは重要となる。貯水量の計算は,(1)式を利用する。このモデルでは放流量を利水放流量(灌漑用水,

発電用水,都市用水),余水吐越流量に分けて推定できる。そこで,放流量は次式の利水放流量

Qresuout(t)[m3/d],洪水吐放流量Qspill(t)[m3/d],維持流量Qrf(t)[m3/d]から構成されるものとする。

)()()()( tQtQtQtQ rfspillresuoutresout (3)

ただし,利水放流量のうち,灌漑放流量は,取水地点で不足する水量の補給を行うとして扱う。

(d)諸過程の分布型水循環モデルへの統合と推定結果

構築した積雪・融雪モデル,広域用水配分モデル,貯水池運用モデルを分布型水循環に統合し,関川流

域へ適用して2002年から2007年までの連続計算を行った。流量の計算値を観測値と比較しモデルの再現

性を検討すると,3年間(2004年~2006年)の相対誤差24.4%,カイ2乗誤差6.51m3/sと高い再現性が

得られた(図8)。そのため,各メッシュの要求水量,水田取水量,用水系統ごとの取水量や用水不足量が

算定できること,さらに日本の貯水池灌漑でみられる補給的な放流が表現できていることが確認できた。

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図10 板倉頭首工地点における流量の変化

(3)気候変動影響予測

(a)温暖化実験データからの関川流域の切り出し

温暖化実験データ(MIROC3_2_HIRES(1kmメッシュ)

(Okada ら,2008)および WCRP-CMIP3-Multimodel

data(10kmメッシュ))を関川流域の対象メッシュ(1km

メッシュ)に沿って切り出した。対象期間は,1981~

2000年(現在),2046~2065年(近未来),2081~2100

年(将来)の3期間である。ここでは,日単位の値に

は確率分布を用いたバイアス補正法を適用し,さらに

極値に対するバイアス補正も併用した(工藤ら,2012)。

前者の補正法では,実測値とGCMによる計算値の確

率分布が合うように両分布の平均や分散を一致させて

いる。ここでは,MIROC から得られた日降水量,日

平均気温,日平均相対湿度,日平均風速の4要素につ

いて補正を行った。確率分布は日降水量,日平均風速

にはガンマ分布を,日平均気温,日平均相対湿度には

正規分布を用いた。また,上記手順を月毎に当てはめ

て,1Kmメッシュでの内挿された実測値とGCM計算値の統計量を用いて補正を行った。一方,極値の補

正には Gumbel 分布を用いた。ここでは前述の日単位の分布と同様に,月毎の極値として最大日降水量の

補正を行ったが,観測値との比較から極値に対して大きな改善が行われ極値補正を併用することで洪水へ

の定量的な影響評価も可能となった。

(b)気候変動影響評価法と関川流域における予測例

図9は農地水利用過程を考慮できる分布型水循環モデルを利用した農業用水や水田灌漑に対する定量的

な温暖化影響評価法である。さらに,バイアス補正を行ったMIROCの温暖化予測実験結果を水循環モデ

ルに入力し,関川流域における温暖化影響評価を行った(工藤ら,2012)。評価項目として,河川流況,実

取水量,水田の作付け時期・面積について検討を行った。

ⅰ)河川流況の変化

図10は,板倉頭首工地点における毎月の平均日流量と最大日流量,最低小日流量を示している。将来の

気温上昇の影響を受け,融雪期である4月から5月の流量が減少している。7月以降の最大日流量も将来

的な増加が予想される。また,最小流量に関しては4月から9月にかけて現在よりも減少しており,頭首

工における取水に影響を与えることになる。板倉頭

首工における水利権取水量は代かき期(5/10-5/27)

に 13.9m3/s,灌漑期(5/28-9/15)に 17.3m3/sであ

るが,将来はこれを下回ることが多くなり安定的に

取水が行えない可能性がでてくる。

一方,確率日流量に注目し,洪水量の大きさの変

化を検討した。図11は,高田地点における現在,近

未来,21世紀末の3期間の計算日流量から年最大日

流量を抽出し,それにGumbel分布を適用した結果

である。現在に比べ将来では,分布の傾き(図中の

直線)が小さくなる。また,年最大日流量をみても

(図中のマーク),現在期間に比べ将来では最大値と

最小値の差が大きくなっている。これは,年最大流

量の通年でのばらつきが将来大きくなることを示し

ている。10年確率日流量については,現在のものが,

バイアス補正(日分布,極値分布)

内挿

ダウンスケール

気候予測シナリオ

農地水利用を考慮した分布型水循環モデル

実測気象データ

現在 将来

・気温 ・降水量・相対湿度 ・風速・日射量

全球気候モデル(GCM)

・河川流量 ・農業用水取水量・灌漑必要水量 ・作付時期/面積・作付けパターン ・収穫時期/面積

現在 将来

社会シナリオ

•土地利用•地形情報•灌漑情報•作付けパターン

図9 農地水利用に対する温暖化影響評価法の構成

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- 7 -

99

95

90

80

50

10

1

0.1

1981-20002046-2065

2081-2100

年最大日流量 (m3/s)

0 1000 2000

非超過確率

(%)

高田

図11 高田地点における確率日流量の変化

(青が現在(1981-2000),赤が近未来(2046-2065),緑が21世紀末(2081-2100).図中の縦棒は各月の最大日流量と最低日流量)

5 6 7 8 90

20

40

60

80

100Itakura head works

Actu

al in

take

(1

06m

3)

Month

1981−2000

2046−2065

2081−2100

図12 板倉頭首工における月実取水量の変化

(20年平均月取水量と各月の最大値,最小値)

将来の分布ではそれぞれ2.8年,1.9年確率となり,現在の10

年確率規模の日流量の頻度が将来高まることが予測される。農

地排水計画等における施設規模は通常 10 年確率で設計される

ことが多いため,その施設規模の決定等に影響を与える可能性

がある。

ⅱ)灌漑に対する温暖化影響評価

関川流域内の主要な水利施設の一つである板倉頭首工および

その受益地における灌漑用水の変化を調べる。

図12は20年間の平均月取水量と月毎の最大値,最小値を示

している。現在に比べ近未来では9月を除くすべての月で実取

水量が減少している。また,現在の4月,5月の融雪期では月

取水量の最大値・最小値の幅が小さく毎年安定した取水が行え

るが,将来は融雪水が減少するため,取水量が降水量に左右さ

れるようになり,最大・最小値間の幅が大きくなっている。こ

のように,近未来では融雪流出に依存している代かき期の取水

量にも影響が現れる可能性がある。さらに,21世紀末において

も取水パターンが変化する傾向も0みてとれる。

上述のように,豪雪地帯の関川流域では融雪流出の減少によ

り,将来,春先の代かき期の取水に大きな影響を与えることが

分かった。そこでここでは,特に代かき期(4 月~5 月)にお

ける灌漑への影響評価を行った。モデル上の代かき期は灌漑開

始日(4月27日)から作付けが始まるまでの日数とする。作付けは,降水量と灌漑水量の合計が200mm

になった時点で開始される。

受益地内の各メッシュにおける代かき水量に占める灌漑水量の割合を図13に示す。用水配分モデルでは

取水地点に近いメッシュあるいは用水路から近いメッシュから優先的に取水を行う設定であり,現在では

安定した取水量が得られるため上流から下流のメッシュにかけて灌漑水量の占める割合はほぼ 50%台で

あり,均等に灌漑水量が配分されていることが分かる。しかし,近未来についてみると上流側のメッシュ

での 40%程度の同割合が,下流になるにつれ灌漑水量が占める割合が低下し最下流では 10%を切ってい

るメッシュが存在することになる。取水量が減少し受益地内に均等に灌漑水量が行き渡らなくねっている。

このことは,取水条件の悪いところでの安定した作付け

が困難になる可能性を示している。このように,配分過

程をモデル化したことで取水条件の差による温暖化の影

響度合いの違いが表現できていることになる。

図14では実取水量のメッシュ毎の変化をみている。板

倉頭首工地点における現在の実取水量に対する将来の実

取水量の比を表したもので,近未来,21世紀末ともに灌

漑地区の下流部のメッシュで取水量が減少していること

が分かる。

ⅲ)水田の作付面積・時期の変化

図15は,関川流域内の天水田,灌漑水田に対する作付

面積割合の変化をみたものであり,縦線は最大・最低面

積率を,ボックスの上端は上位25%点,下端は上位75%

点を,中央の横棒は中央値を表している。灌漑水田につ

いては,平均的な作付面積率にはあまり大きな変化はみ

られないが,最低作付面積率は近未来で減少している。

Page 8: 水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用 Ó!° … · oB B B¦ n 0*ó" 2 Ó!° Ó Ñ!ª Þ ( ¼ B B B¦ Þ 5Y$Í oB B B¦ s*ó" 2 Þ ( ¼

- 8 -

0 2.5 5km 0 2.5 5km

- 0.5

0.5 - 0.6

0.6 - 0.7

0.7 - 0.8

0.8 - 0.9

0.9 -

Main river channelIrrigation canal

Diversion weir

(a)現在 (b)近未来

図13 代かき用水に占める灌漑水の割合(代かき用水)

(図は代かき水量200mmに占める灌漑水量の割合)

80

90

100

Cro

pp

ing

are

a (

%)

1981 - 2000 2046 - 2065

Irrigated paddies

2081 - 2100 図15 灌漑水田における作付面積の変化

※関川流域の全天水田面積,全灌漑水田面積に対する実際の作付面積の割合(%)

0 2 4 6 8 10 km

Diversion weir

River channel

Irrigation canal

- 0.5

0.5 - 0.9

0.9 - 1.1

1.1 - 1.3

1.3 -

0 2 4 6 8 10 km

Diversion weir

River channel

Irrigation canal

- 0.5

0.5 - 0.9

0.9 - 1.1

1.1 - 1.3

1.3 -

(a)近未来(2045~2064) (b)21世紀末(2081~2100)

図14 現在の取水量に対する将来の取水量の変化割合

他方,天水田では,降水

量が増加することから現

在では最高が 76%程度

であるのに対し,将来は

作付面積率が 100%とな

る年が存在している。平

均の作付面積率も,現在

の 52%から,近未来で

65%,21 世紀末で 74%

に増加する。ただし,近

未来では,最高の作付面

積率(100%)と最低の

作付面積率(10%)の差

が大きくなっており,年

ごとの作付面積の変動が

大きくなると可能性もあ

る。以上のことから,天

水田については将来作付

面積が増加するものの,

作付けがほとんど行えな

い年も発生し得る。また,

灌漑水田では,平均的な

作付面積に大きな変化が

ないものの,少雨年では

現在よりも作付面積が減

少することが予測された。

一方,水田の作付け開

始日については,天水田

を雨水依存水田と雨水貯

留水田の2種類に分けて

温暖化の影響を検討した。

雨水依存水田については,将来的には作付日が早ま

る傾向があることも分かった。また,雨水貯留水田

や灌漑水田では,雨水依存水田よりも,作付日の平

均値はあまり変化していない。

4.気候変動影響に対する適応策の提案とその効果

の評価

(1)貯水池管理モデルの改良と適応策の検討

(a)貯水池運用モデルと対応策の関係

関川流域における気候変動への対応策として貯水

池(ダム)などの既存施設の運用の変更を考え,貯

水池運用モデル等を組み込んだ分布型水循環モデル

でその評価を行う。すなわち,貯水池運用モデルに

用いた諸元を変更することが対応策の一つになる。

Page 9: 水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用 Ó!° … · oB B B¦ n 0*ó" 2 Ó!° Ó Ñ!ª Þ ( ¼ B B B¦ Þ 5Y$Í oB B B¦ s*ó" 2 Þ ( ¼

- 9 -

前述の貯水池運用モデル(堀川ら,2010)は多くの貯水池に汎用的に利用できることを目指した(以降

「汎用モデル」と呼ぶ)。汎用モデルに用いられた貯水池の諸元と評価可能な対応策を表1に示す。そこで

は農業渇水被害軽減効果を評価することができるが,この汎用モデルで評価が可能な貯水池に関する対応

策は,この表に示す要素に限られる。特に,ここでの諸元は貯水池機能に関するもので,貯水池の運用に

関連する諸元は含まれていない。すなわち,運用に掛かるルール等の改善は汎用モデルでは評価すること

ができない。

対応策を検討するため,関川流域の笹ヶ峰ダムを対象とし,貯水池運用ルール等を含んだ貯水池運用モ

デルを作成し,これを「笹ヶ峰ダムモデル」と呼ぶ。

(b)笹ヶ峰ダムモデルの開発

笹ヶ峰ダムで用いられている貯水池運用方法やルールのうち,汎用モデルに反映されていない事項で,

運用に関する必要な貯水池諸元,計算方法を検討し,笹ヶ峰ダムモデルを作成する。

1)貯水池運用にかかる事項

笹ヶ峰ダムの貯水池運用のうち,汎用モデルに反映されていない事項は,①期別制限水位(ある水位が

越えた場合の放流操作を行う),②発電のための放流量及び基準水位(発電のための放流量が期別に規定,

ただし,灌漑期間中の 7 月以降は,貯水池の水位が基準の水位を下回る場合はかんがい優先),③洪水吐

ゲート操作(非かんがい期(9月16日~4月14日)においては,洪水吐ゲートを最大開度,④満水規程

(貯水池を 6月 30日までに満水とする)等がある。これらの運用事項に関する水位を過去の貯水位の観

測値(1988年~2003年)と併せて図16に示す。非灌漑期で観測水位が制限水位より高くなると急に水位

が低下するなど,過去の貯水位は制約となる水位に従っている。

2)貯水池諸元

笹ヶ峰ダムモデルでは汎用モデルで用いた諸元に加え,新たに貯水池運用に関する4つの諸元(期別発

電放流量,期別基準貯水量,期別上限貯水量,利水最大放流量)を用いる。期別発電放流量は発電のため

の放流量に,期別基準貯水

量は基準水位に対応し,こ

の2つの諸元の導入により,

モデルは運用事項②「発電

のための放流量と基準水

位」を表す。期別上限貯水

量は制限水位に対応し,利

水最大放流量は制限水位を

超えたときの放流量として

設定する。この 2

つの諸元により,

モデルは運用事項

①「期間別制限水

位」を表す。また,

有効貯水量はこれ

まで有効貯水容量

の値を用いていた

が,笹ヶ峰ダムモ

デルでは期別有効

貯水量の値を用い

ることにより,運

用事項③「洪水吐

ゲート操作」及び

表1 汎用モデルの貯水池諸元と評価できる対応策

位置

期別有効貯水量

貯水池の目的

灌漑用水取水地点

灌漑用水受益面積

都市用水計画給水量

最大発電放流量

貯水池の建設

貯水池の嵩まし

貯水池の受益面積の変更

洪水期制限水位の廃止

他の利水計画の縮小または廃止

1203

1204

1205

1206

1207

1208

1209

1210

1211

1212

1213

1214

1215

1216

1217

1218

1219

1220

1221

1/1 2/1 3/1 4/1 5/1 6/1 7/1 8/1 9/1 10/1 11/1 12/1

図16 運用に関する水位と観測水位(笹ヶ峰ダム)

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- 10 -

運用事項④「満水規程」を

表現する。

貯水池引用モデルにおけ

る貯水池諸元とそれが対応

する運用ルールを表2にま

とめて示す。それぞれの運

用ルールを定式化した。

3)特徴

笹ヶ峰ダムモデルを組み

込んだ分布型水循環モデル

によって算出された笹ヶ峰

ダムの貯水量を観測貯水量

(2002~2003 年)と比較

して,図17に示す。また,

比較のために,汎用モデル

を組み込んだ分布型水循環

モデルによって算出された

貯水量を併せて同図に示す。

前者の計算貯水量は,後

者の計算貯水量に対して観

測貯水量への適合性が高い。

特に,灌漑期における再現

性が増大している。非灌漑

期においては計算貯水量が

0 に近い値を示しているの

に対し,観測貯水量は比較

的多い値を維持している。

非灌漑期は発電を主たる目

的とした放流を行っており,

実際の発電放流は他の発電

所の状況を考慮して決定さ

れているのに対し,モデル

ではそのような考慮は行っ

ていないことによるものと

考えられる。

ここで,笹ヶ峰ダムモデ

ルと汎用モデルの特徴を表

3 に示す。汎用モデルの検

討対象貯水池は国内及びア

ジアモンスーン地域内の貯

水池である。入力データと

して簡単で資料入手が容易

な貯水池の諸元のみでシミュレーションが可能である。一方,笹ヶ峰ダムモデルの適用対象貯水池は,当

ダムだけになる。一方で,笹ヶ峰ダムモデルを用いたシミュレーション結果は汎用モデルによる結果と比

較して推定精度が高い。

表2 貯水池運用モデルにおける諸元とそれが対応する運用ルール

諸元 対応する運用ルール モデルとの関係

位置

汎用モデル・笹ヶ峰

ダムモデルで使用

期別有効貯水量 ③洪水吐ゲート操作

④満水規程

貯水池の目的

灌漑用水取水地点

灌漑用水受益面積

都市用水計画給水量

期別発電放流量 ②発電のための放流量

と基準水位

笹ヶ峰モデルで使

期別基準貯水量 ②発電のための放流量

と基準水位

期別上限貯水量 ①期間別制限水位

利水最大放流量 ①期間別制限水位

表3 汎用モデルと笹ヶ峰ダムモデルの比較

汎用モデル 笹ヶ峰ダムモデル

対象範囲 全国 1灌漑地区

必要な資料

主要水系調査DB

(国土数値情報DB)

[入手が容易]

主要水系調査DB

(国土数値情報DB)

利水施設の水利使用規則

操作規程(利水ダム)

操作規則(多目的ダム等)

[入手が困難]

推定精度 低い 高い

検討できる対

応策

限られている 運用ルールに関する対応策を

検討できる

図17 笹ヶ峰ダムの計算貯水量と観測貯水量の比較

(2002~2003年)

Page 11: 水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用 Ó!° … · oB B B¦ n 0*ó" 2 Ó!° Ó Ñ!ª Þ ( ¼ B B B¦ Þ 5Y$Í oB B B¦ s*ó" 2 Þ ( ¼

- 11 -

(c)現況の運用方法による気候変動影

響評価

1)評価方法

笹ヶ峰ダムモデルによる貯水池の現行の

運用方法による気候変動影響評価を行い,

気候変動によって生じる影響と対応策に対

する評価を,灌漑,発電,洪水操作のそれ

ぞれについて実施する。i) 灌漑:貯水池運

用モデルにおいては,下流の農業用水取水

地点で取水量が不足するときに補給放流を

行う。このときの必要補給量と計算放流量

を比較し,放流量が必要補給量を下回ると

きにはその値を放流不足量として,灌漑に

おける水不足の指標とする。ii) 発電:笹ヶ

峰ダムからの放流は灌漑用放流及び発電用

放流ともに下流の多数の水力発電所で用い

られるが,最上流に位置し,笹ヶ峰ダムの

放流量を直接利用する西野発電所(最上流)

の発電量のみを評価する。iii) 洪水操作:洪

水の各段階において操作規程に従って洪水吐

ゲートが操作される。分布型水循環モデルを

用いて,年間に生じる洪水吐放流発生日数に

より洪水を評価するための指標とする。

2)結果

現在(1981~2000 年),近未来(2046~

2065年),21世紀末(2081~2100年)のそ

れぞれ 20 年間の温暖化実験の結果をバイア

ス補正して入力して分布型水循環モデルによ

るシミュレーションを実施し,これら3期間

において関川流域の灌漑放流不足量,発電電

力量,洪水吐放流回数を算出し比較する。

ここで,放流量が必要灌漑放流量を下回るとき,その差を灌漑放流不足量として,これを全期間におい

て合計した値を年灌漑放流不足量とする。3期間のそれぞれにおいて20年間のシミュレーションから得ら

れた年灌漑放流不足量を多い順に並べて図18に示す。1981~2000年(現在)では20年間中4年,2046

~2065年(近未来)では同じく8年,2081~2100年(21世紀末)は同じく7年で年灌漑放流不足量が

発生する。また,それぞれの渇水順位で年灌漑放流不足量を3期間で比較すると,おおむね,1981~2000

年が最も小さく,2046~2065年が最も多い。一方,1981~2000年の20年のシミュレーション結果にお

いては非灌漑期には貯水量が少ないが,すべての年において灌漑初期には貯水量が満水となっている。一

方,21世紀末の結果では,現在の貯水量の年

間変動パターンが大きく異なり,灌漑前期(4

~6月)には満水にならない年が多く,20年

間のうち7年で灌漑放流不足が発生する。ま

た,近未来の結果では,貯水池が満水となら

ない頻度が他の 2 つの期間より多く,また,

灌漑前期,灌漑後期とも水不足が発生する。

図19 平均年発電量の推移

表4 洪水吐放流が発生する年平均日数

4~9月 10~3月

現在 24.5日 0.1日

50年後 15.8日 1.1日

100年後 17.7日 1.6日

図18 3期間(現在,近未来,21世紀末)の年灌漑放流不足量

Page 12: 水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用 Ó!° … · oB B B¦ n 0*ó" 2 Ó!° Ó Ñ!ª Þ ( ¼ B B B¦ Þ 5Y$Í oB B B¦ s*ó" 2 Þ ( ¼

- 12 -

さらに,これらの気候変動実験に対する 3期間のシミュレーション結果から年発電電力量の 20年間の

平均値を求めた(図 19)。電力量は現在に対して近未来及び 21世紀末は増加する。年発電電力量を 5~8

月と 9~4 月に分けると,前者(灌漑期)はほとんど変化がないが,後者(非灌漑期)は気候変動により

増加すると推定された。

洪水吐からの放流が発生する平均年間日数を4~9月及び10~3月に分けて表4に示す。10月から3月

の間において洪水吐放流は「現在」ではほとんど発生しないが,温暖化すると毎年平均して約1日(回)

発生する。現在,笹ヶ峰ダムの管理所は冬期間閉鎖され,管理者も不在となる。しかし,温暖化により洪

水吐放流が冬期間にも発生する場合は,管理者を冬期間も常駐させる必要が発生することも考えられる。

(d)対応策の検討

1)貯水池運用方法

前述したように,灌漑放流不足は現在よりも将来において増加すると予測される。適応策として,貯水

池運用方法の見直しを行う。主要な変更点としては,貯水の制約の緩和と他の利水者である水力発電の制

限を考える。貯水の制約の緩和に関しては程度の違いから3つの運用方法を考える。この3つの運用方法

に現行の運用方法及び水力発電を制限し灌漑を優先させて運用する方法を加えた5つの貯水池運用方法を

検討対象とする(表5)。

①現行運用

現行運用方法とそれを再現する運用諸元は前述のとおりである。

②規程運用

現行の運用では非灌漑期及び灌漑期においても4月後半及び5月前半は洪水吐ゲートを全開にし,5月

中旬以降に洪水吐ゲートの開度を調整して次第に貯水位を上昇させる。笹ヶ峰ダム操作規程の第 13 条 6

項には「非かんがい期(9月16日から翌年の4月14日まで)においては,洪水吐のゲートを最大開度に

開けておくものとする」とあり,灌漑期(4月15日~9月16日)に洪水吐を閉鎖することは操作規程上

差し障りがない。現行より早く 4月 15日の時点で洪水吐ゲートを閉める運用方法を対応策の一つとし,

ここでは「規程運用」と呼ぶ。これにより現行より早くまた容易に貯水位を回復させることが期待できる。

その他の運用にかかる事項,すなわち,非灌漑期の制限水位,期別発電放流量,基準水位等の値及び洪

水吐全開操作の時期は,現行運用と同じとする。

規程運用では現行運用と比較して洪水吐ゲートの閉鎖期間が長く,それに伴って出水によるゲート操作

頻度も高くなる。しかし,規程運用は,利害関係者間の調整や規程や協定等の変更を必要としないので,

最も容易に行える方法である。一方で,この運用は満水目標の変更にかかる運用の中では貯水にかかる制

約が多く,相対的に最も渇水軽減効果は小さい。

③非灌漑期貯留運用

非灌漑期貯留運用は,規程運用と同様,灌漑期は原則として洪水吐ゲートを閉鎖するとともに,非灌漑

期において貯

留の上限とな

る制限水位を

設定しない運

用方法である。

その他の運用

方法は現行と

同じである。

貯水池諸元と

しては,期別

有効貯水量

(Vresmax(D)[

m3]:青線),

表5 検討対象の貯水池運用

運用方法

洪水吐ゲート

閉鎖期間

非灌漑期制

限水位

期別発電

放流量

対応策の概要

①現行運用

5月13日

~9月15日 有

慣行的に用いられている現行

のルール

②規程運用

4月15日

~9月15日

洪水吐閉鎖期間の前倒し

③非灌漑期

貯留運用 無

洪水吐閉鎖期間を前倒し 非

灌漑期制限水位の廃止

④通年満水

運用

1月1日

~12月31日

通年洪水吐閉鎖

非灌漑期制限水位の廃止

⑤灌漑優先

運用

5月13日

~9月15日 有 無

非灌漑期も灌漑優先

期別発電放流量の廃止

Page 13: 水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用 Ó!° … · oB B B¦ n 0*ó" 2 Ó!° Ó Ñ!ª Þ ( ¼ B B B¦ Þ 5Y$Í oB B B¦ s*ó" 2 Þ ( ¼

- 13 -

期別上限貯水量(赤点線)が設けられる。

この運用においては,現在設定されている制

限水位が廃止されるので,非灌漑期における貯

留が容易になり貯水位を高く保つことが可能で

ある。

④通年満水運用

通年満水運用は年間を通して貯留に制限を用

いない運用方法である。モデルにおいて期別有

効貯水量は有効貯水容量と等しく,上限貯水量

は設定しない。満水目標を変更する3つの運用

方法の中では最も徹底した方法である。

この運用の実施においては,②,③において

生じる作業に加え,洪水吐ゲートを非灌漑期も

閉鎖するために,操作規程の変更が必要である。

また,洪水吐ゲートの閉鎖に伴い,現在は常駐

していない冬期間においても管理職員を笹ヶ峰

ダムに配置させる必要がある。

⑤灌漑優先運用

灌漑優先運用は発電のみを目的とした放流を行わない運用である。

2)結果の検討-対応策

1981~2000年,2046~2065年,2081~2100年の3期間の温暖化実験結果を用いて,現行運用,規定

運用,非灌漑期貯留運用,通年満水運用,灌漑優先運用の5通りを笹ヶ峰ダムの運用方法を想定してシミ

ュレーションを行い,貯水池運用の変更を対応策としたときの効果を評価した。

i) 貯水池運用による対応策の効果(1981~2000年)

比較のため現在気候値における対応策との間で効果を評価した。基準とした期間は1981~2000年であ

り,気候変動実験の結果から笹ヶ峰ダムモデルを組み込んだ分布型水循環モデルによるシミュレーション

を行い,貯水量,放流量等を求めた。

20年間の年間灌漑放流量の不足量を多い順序で図 20に示した。現行ルールでは 20年間のうち 4年で

灌漑放流の不足が生じる。対応策として想定したそのほかの4つの貯水池運用方法のうち,規定運用,非

灌漑期貯留運用,通年満水運用においても不足の発生年数は4年であり,貯水池運用方法の変更による水

不足の頻度は変わらない。また,この3つの運用において灌漑放流の不足が発生した年における不足量は

現行運用における不足量と同じである。これらのことから,現在気象においては運用方法を規定運用,非

灌漑期貯留運用,通年満水運用に変更しても,灌漑放流不足は改善されないと推定される。

一方,灌漑優先運用では,20年間のうち2年で灌漑放流量の不足が発生した。この値は現行運用におけ

る不足発生年の4年より小さいことから,灌漑優先運用では現行運用と比べて,渇水頻度が小さくなると

推定される。また,灌漑優先運用において灌漑放流不足が発生した2年うち1年で不足量が現行運用によ

る不足量より約5%減少する。一方で,灌漑優先運用では,灌漑を発電より優先するために発電量は20年

間の平均で現行運用と比較して約10%減少する。

ii) 貯水池運用による対応策の効果(例えば,2046~2065年)

2046年から 2065年までの 20年間の年間灌漑放流量の不足量を,5つの運用方法のそれぞれで多い順

序で図21に示した。また,比較のために1980~2000年における現行運用による不足量を併せて示した。

2046年から2065年において現行運用では20年間のうち8年で灌漑放流不足が生じるが,改善策と想

定されるその他の4つの運用における灌漑放流不足の発生年数はいずれも6年である。運用方法を変更す

ることにより水不足の頻度が小さくなると推定される。

また,同じ渇水順位の年で異なる運用方法で比較すると,概ね現行運用に対して他の運用方法では不足

図20 年間灌漑放流量の不足量 (1981年~2000年)

Page 14: 水田灌漑主体流域における気候変動影響評価法とその利活用 Ó!° … · oB B B¦ n 0*ó" 2 Ó!° Ó Ñ!ª Þ ( ¼ B B B¦ Þ 5Y$Í oB B B¦ s*ó" 2 Þ ( ¼

- 14 -

量は小さくなる。また,いずれの渇水順位でも不足量が最も小さいのは通年満水運用である。しかし,そ

の不足量を現在気候における現行運用と渇水順位を合わせて比較すると概ね大きくなる。このことから,

近未来(2046~2065 年)においては,運用方法を変更することにより,渇水を軽減することは可能であ

るが,現在と同じ水準までには低下しないと推定される。

iii) 貯水池運用による対応策の効果(現在~21世紀末)

貯水池運用方法の変更による渇水の軽減効果をシミュレーションによって検討した。対応策として規定

運用,非灌漑期貯留運用,通年満水運用,灌漑優先運用の4つを想定し,現在(1981~2000年),近未来

(2046~2065年),21世紀末(2081~2100年)の3期間においてこれらの運用方法を用いた時の渇水頻

度及び渇水強度を現行と比較した。

現在においては,灌漑優先運用は現行運用に対して渇水頻度,渇水強度ともに小さくなる。それ以外の

3つの対応策(規定運用,非灌漑期貯留運用,通年満水運用)は,渇水を軽減する効果が見られなかった。

21世紀末(2081~2100年)においては4つの対応策における渇水頻度,渇水強度は,いずれも現行に

おける値より小さい。また,最も値が小さい通年満水運用では,その渇水頻度及び渇水強度ともに,現在

の値と同程度である。このことから,将来においては増大すると見られる渇水を,運用方法の変更のみに

より現在の水準までに減少させることができると考えられる。

近未来(2046~2065 年)において4つの対応策における渇水頻度,渇水強度は,いずれも現行におけ

る値より小さい。このことから貯水池運用の変更による渇水を軽減する効果があると言える。しかし,最

も軽減効果がある通年満水運用においても,その渇水頻度及び渇水強度ともに,現在の値よりも概ね大き

い。このことから,近未来においては渇水を現在の水準に維持するためには,運用方法の変更に加え,水

源の確保や取水の変更等の他の方法を併用する必要があると考えられる。

3)まとめ

貯水池運用に関する気候変動対応策について検討した。その結果,近未来(2046~2065年)や21世紀

末(2081~2100 年)ではともに,笹ヶ峰ダムの灌漑補給量が必要水量に対して不足すると予測される渇

水の頻度と強度は増加することが明らかになっている。そこで,貯水池の運用方法の改善による渇水の軽

減効果を算定した。その結果,21世紀末では,運用方法の改善のみで予測される渇水の頻度と強度を現在

の水準まで減少させることができることが分かった。一方で,近未来では,運用方法の改善の効果はある

ものの,渇水の頻度や強度の現在水準までへの減少のためには,さらに追加の方法,例えば新たな水源の

確保や取水方法の変更等との併用が必要となってくることが明らかになった。

(2)取水量調整と用水配分に対す

る適応策の検討

分布型水循環モデルを用いた温

暖化影響評価から,関川流域のよう

な大規模灌漑水田地区では,温暖化

後の将来において頭首工地点での河

川流量の変化に伴い,地区末端の灌

漑供給水量が減少することが示され

た。ここでは,取水施設から末端水

田までの水管理を改善することによ

り考えられる対応策を示し,それが

灌漑地区における取水量や地区の上

下流における用水の配分量にどのよ

うな効果があるか検討する。

ここで,適応策として以下の3種

類を検討する。

① 圃場レベルでの適応策

図21 年間灌漑放流量の不足量 (2046年~2065年)

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水田圃場において期別の水田

管理水深っを設定し,節水灌漑

を検討する。

② 水路レベルでの適応策

農業用水の配水時に,番水の導

入やチェックゲートの管理を

行って,灌漑効率を向上させる。

③ 灌漑地区レベルでの適応策

灌漑地区が必要とする粗用水量に基づいて頭首工からの取水量を調整する。

(a)適応策の評価方法

1)評価結果の表示のための対象地区と対象年

適応策の評価は,対象とする関川流域の灌漑地区への実取水量の総和,灌漑地区の上下流の供給水量の

差違,分割された各メッシュにおける水田への実供給量等で行う。検討は全流域で行うが,ここでは適応

策の効果をみるために,ある特定の灌漑地区と対象年を取りあげて比較検討した結果を示す。

まず,検討対象とする灌漑地区(以下,検討対象地区)は,関川下流の灌漑地区内で最大の灌漑地区で

あり,地区の上下流間で水田供給水量の差が大きかった板倉頭首工を主な取水水源とする灌漑地区とする

(図6で水色に色づけられた地区)。ちなみに,同地区の分割メッシュ総数は121個である。

次に,比較対象年として,例えば,影響評価を行った3期間で最も用水に対する影響が大きかった近未

来(2046~2065年)のうちの1年を選び出す。

図22は検討対象地区の各メッシュ内の水田における近未来20年間の年間の灌漑供給量の計算値である。

同図から,配水優先度の高い水田(配水順序が小)では灌漑供給量は 600~900mm/年の範囲に分布し,

配水優先度が下がるにつれ(配水順序が大),その範囲は400~650mm/年まで低下することが分かる。

各メッシュ内の水田への灌漑水の供給は水田の必要水量に基づいて行われる。そのため,配水優先度が

高く,用水が充分に供給される水田における灌漑供給量の差は,その年の必要水量の差を反映していると

考えられる。他方,配水優先度が低い水田における灌漑供給量は,必要水量に対する地区の総取水量の大

小を反映していると考えられる。

ここでは,水田の必要水量は多いが,それに対して取水量が充分でなかった年を対象として適応策の評

価結果の一例を示す。すなわち,灌漑地区の上流水田と末端水田の供給水量の差が,20年のうち最大にな

る年を例として選定した。

表 6に配水優先度が最も高い水田,最も低い水田および検討対象地区内における平均の水田供給量を,

対象年と20年平均値について示す。また,図22中には評価対象年(青線)および 20年平均値(赤線)

の灌漑供給量を示す。評価対象年は,20年間の平均値に比べて必要水量が多く,水田供給量の差が大きい

ことが分かる。

2)圃場レベルの節水灌漑

灌漑期間中には水田管理水深を満足するように各メ

ッシュ内の水田に対して灌漑供給が行われる。温暖化の

影響評価の検討に際しては,この管理水深は灌漑期間を

通して20mmに設定していたが,圃場レベルの節水灌漑

をモデル上で表現するため,期別の水田管理水深を以下

の通り設定する。設定する管理水深は,中干し期間(6

月 20日~7月 5日)は 0mm,出穂期後(8月5日~8

月31日)の間断灌漑には10mmとする(図23)。また,

灌漑強度を20mm/dから15mm/dに変更する。

3)灌漑地区レベルでの灌漑効率の変更

灌漑地区内の上下流での水管理で取り得る適応策と

0

10

20

30

最低管理水深

(m

m)

5 6 7 8 9

図23 管理水深の期別設定

表6 表示対象年の水田供給量と20年平均値の比較

水田供給量 表示対象年 20年平均

配水優先度が最高の水田 860mm 751mm

配水優先度が最低の水田 360mm 525mm

地区の平均 708mm 676mm

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して,チェックゲートの設置や番水による用水配分が挙げられる。両者とも用水配分時に生じる管理用水

(水位維持用水)を減少させることにつながり,地区全体の灌漑効率を高めることが可能である。そこで,

ここでは反対に灌漑効率を変化させることで,チェックゲートの設置や番水による水管理を行ったことと

仮定する。一方,これまで検討してきた用水配分・管理モデルでは,管理用水量は水田供給水量と施設ご

とに異なる灌漑効率によって定まり,開水路の灌漑効率は60%,管水路のそれは80%と設定されている。

本適応策では,それらをともに20%向上させる場合について検討する。

4)灌漑地区レベルでの取水量の調整

灌漑地区としてで取り得る適応策として,頭首工地点での取水量の変更について検討する。ここで利用

する用水配分・管理モデルでは,河川流量(利用可能量),取水施設容量,灌漑地区における必要水量の3

つを比較し,それらのうちで最も小さいものを灌漑地区への実取水量として算定する。ただし,前述した

ように関川流域の灌漑地区のモデル化では,聞き取りにより灌漑地区における必要水量として水利権水量

を代替利用することが実態に則しているとしている。そのため,実際に必要な農業用水量よりも多くの取

水が行われている可能性もある。そこで,ここでは各メッシュ内の水田の粗用水量の総和を灌漑地区の必

要水量として積算し,これに基づいて頭首工における必要取水量を決めていく管理法の検討を行う。

(b)適応策の検討結果

圃場レベルでの節水灌漑として期別管理水深の設定を行った場合,灌漑地区レベルでの灌漑効率を向上

させた場合,灌漑地区レベルでの取水堰における取水量の調整を行った場合のうち,例として,水田供給

水量の変化を適応策の有無により比較して図24に示す。同図の比較例は近未来(2046~2065年)の表示

対象年の比較例である。地区平均の水田供給水量は708mmから780mmに増加し,さらに配水優先度が

低い地区末端の供給水量が360mmから600mmに改善している。

例えば,この例では,上流水田の供給水量は 860mmから 820mm へ若干減少するものの,配水

優先度が低い地区末端の供給水量が360mmから500mmに改善する。また,地区全体の水田供給水

量は708mmから743mmまで増加している。

近未来(2046~2065年)の20年間から,灌漑地区の上流水田と末端水田の供給水量の差が最大

になる年を1つの評価のための対象年として選出し,3種類の温暖化適応策の効果を検討した。

その結果として,適応策を行わない場合の灌漑供給水量と,それぞれの適応策による灌漑供給水

量の変化を図 25にまとめた。同図からは,適応策を行わない場合の水田供給水量(赤線)に比べ,

圃場レベルの節水(水色線)による水田供給水量が地区全体で減少することが示されたが,配水優先

度が低い地区末端の水田において供給水量が360mmから280mmへと減少し,節水等の対策では,

灌漑地区の末端水田における供給水量の増大には貢献しないことが分かった。

0 5 10Km

Annual Irrigation Supply [mm]

0 - 350351 - 400401 - 450451 - 500501 - 550551 - 600601 - 650651 - 700701 - 750751 -

0 5 10Km

Annual Irrigation Supply [mm]

0 - 350351 - 400401 - 450451 - 500501 - 550551 - 600601 - 650651 - 700701 - 750751 -

(a) 適応策なし (b) 適応策有り

図24 地区内の灌漑効率の向上による水田供給水量の変化(近未来,比較対象年)

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他方,チェックゲートの導入や番水によ

り灌漑地区内の灌漑効率を向上させる適

応策(水色点線),さらに頭首工取水量を

調整する適応策(緑線)を実施すれば,末

端への灌漑供給が増加することが期待で

きる。さらに,両者について比較したとこ

ろ,灌漑効率の向上によって配水優先度が

低い水田や地区全体の水田供給水量が増

加する結果となった。ただし,頭首工取水

量の調整を日々実施するには,灌漑地区内

の必要水量の細やかな把握やゲート開度

の調整といった高度な水管理が必要とな

る。

表 7 に

それぞれ

の適応策

を行った

場合の水

田供給水

量の変化

を示した。

同表の中

では,上下

流の水田

で一様に節水管理を実施する設定を行っており,用水配分・管理モデルの改良により,上流水田から

節水や番水を行う等の更なる検討も必要である。

5.おわりに

分布型水循環モデルに改良加え,気候変動が農業水利用や灌漑施設に与える影響の予測・評価を行うた

めの方法論を検討した。その結果,熱収支に基づく積雪・融雪モデル,ダム運用を含む水配分・管理モデ

ルの開発ができた。さらに,日本で得られた気候変動実験(MIROC)を用いて近未来,将来の農地水利

用についての変化ならびに影響度の程度を評価した。その結果,将来は,降雪が降水になりやすく,また

融雪時期が早まるために,現在の融雪量が減少して農業用水に大きな影響があること,両極端現象(洪水

と渇水)の増大が予測されること,最大の用水量が必要な代かき時期において農業用水の不足する年が発

生しやすくなること等が分かった。さらに,洪水の発生については,将来の年最大日流量の増大が予測さ

れ,同一の流量に対する再起確率年の減少に繋がることも分かった。開発したモデルを用いれば,農業水

利用への具体的な影響やその程度が具体的な数値として提示が可能になることが,検討を行った温暖化影

響評価法の最大の利点である。

次に,関川流域における上記の温暖化による影響に対処するための適応策を検討した。そこでは,ダム

貯水池モデルの改良を行い,ダム管理規定の見直し,水利権前倒し,節水灌漑,発電放流を優先しない管

理等の検討を行った。これらが今後の温暖化適応策になることも確認した。一方で,圃場,水路,灌漑地

区の各レベルにおける水管理としての対応策についても提案を行った。同時に,開発を行ってきた農業水

利用を考慮した分布型水循環モデルが農業に関する水利用や灌漑施設への温暖化の影響予測だけでなく,

対応策の効果の評価にも利用できることが明らかになった。

表7 適応策の有無による水田供給水量の変化

水田供給量 適応策なし

適応策あり

圃場レベルの対応策:節水

水路レベル:灌漑効率の向上

灌漑地区レベル:頭首工取水量の変化

配水優先度が 最高の水田

860mm 660mm 860mm 820mm

配水優先度が 最低の水田

360mm 280mm 600mm 500mm

地区の平均 708mm 533mm 780mm 743mm

図25 適応策の相互比較

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