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混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究 ─ 1 ─ 混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究 ──台北市における用途混合形態を事例として── 国際地域学研究科国際地域学専攻博士前期課程2年 黄  貞淵 国際地域学部国際地域学科教授 藤井 敏信 1.研究の背景 近代都市はモータリゼーションの発達と共に拡大・発展を重ねてきた。こうした流れの中 で都市計画は、集住する都市の将来のあり方をどうするかといった都市の本質論に依拠する のではなく、都市へのヒト、モノ、情報の集中を技術的にいかに制御するかに重点が置かれ、 従来土地利用とライフスタイルの様々な混合が見られた都市本来の姿を壊し、地域を特化さ せ、画一的で単調な地域へと変えてきている。そもそも都市計画の概念(斎藤義則、2000) は、①都市の人口は増え続ける②異質な要素は分離することが望ましい③場所性を超越した 近代都市モデルが存在する④都市の「中心」、「周縁」、「境界」が設定できる⑤都市は専門 家・行政が計画し、コントロールできる、ということをその前提とし、近代社会以降、欧米 先進国や日本・韓国を含むアジア諸国にもその概念が導入され、都市の再開発に応用されて きた。その実施の背景には①公害から居住環境を守り、②都市空間を産業にとってもっとも 合理的に利用したいという要求を満たすため(三村浩史、1978)であり、具体的な手法のひ とつが用途地域制度である。しかし、地域の用途区別は都市の形態のみならず、それまでに あった住民コミュニティの機能にも大きな変化をもたらしたと言える。つまり、用途地域制 度は全体の都市における計画ではあったが、地区の特性を活かした地区単位での実施には及 ばず、都市の本来の姿ともいえる職住・職工混合地域を解体する結果となった。しかしなが ら、近年こうした都市開発の反省からヨーロッパ等の国では持続可能な都市の形に着目した 旧市街地における再開発手法の見直しが行われ、高層ビルの建設の抑制や人が集まる都市デ ザインへの工夫が政策としても活発に取り入れるようになった。これに対し、アジア諸国を 含む多くの国では依然として、効率や機能中心の市街地再開発及び高い容積率を持つ高層マ ンションの建設が進行しているが、財政的な制約が大きくなる中で住民の生活環境への関心 の高まりを政策に反映させていくには、既存ストックを活用した持続可能な開発に着目した

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する …混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究 3 5.台北市の都市発展の概要

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混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究

─ 1 ─

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究 ──台北市における用途混合形態を事例として──

国際地域学研究科国際地域学専攻博士前期課程2年

黄  貞淵国際地域学部国際地域学科教授

藤井 敏信

1.研究の背景

 近代都市はモータリゼーションの発達と共に拡大・発展を重ねてきた。こうした流れの中

で都市計画は、集住する都市の将来のあり方をどうするかといった都市の本質論に依拠する

のではなく、都市へのヒト、モノ、情報の集中を技術的にいかに制御するかに重点が置かれ、

従来土地利用とライフスタイルの様々な混合が見られた都市本来の姿を壊し、地域を特化さ

せ、画一的で単調な地域へと変えてきている。そもそも都市計画の概念(斎藤義則、2000)

は、①都市の人口は増え続ける②異質な要素は分離することが望ましい③場所性を超越した

近代都市モデルが存在する④都市の「中心」、「周縁」、「境界」が設定できる⑤都市は専門

家・行政が計画し、コントロールできる、ということをその前提とし、近代社会以降、欧米

先進国や日本・韓国を含むアジア諸国にもその概念が導入され、都市の再開発に応用されて

きた。その実施の背景には①公害から居住環境を守り、②都市空間を産業にとってもっとも

合理的に利用したいという要求を満たすため(三村浩史、1978)であり、具体的な手法のひ

とつが用途地域制度である。しかし、地域の用途区別は都市の形態のみならず、それまでに

あった住民コミュニティの機能にも大きな変化をもたらしたと言える。つまり、用途地域制

度は全体の都市における計画ではあったが、地区の特性を活かした地区単位での実施には及

ばず、都市の本来の姿ともいえる職住・職工混合地域を解体する結果となった。しかしなが

ら、近年こうした都市開発の反省からヨーロッパ等の国では持続可能な都市の形に着目した

旧市街地における再開発手法の見直しが行われ、高層ビルの建設の抑制や人が集まる都市デ

ザインへの工夫が政策としても活発に取り入れるようになった。これに対し、アジア諸国を

含む多くの国では依然として、効率や機能中心の市街地再開発及び高い容積率を持つ高層マ

ンションの建設が進行しているが、財政的な制約が大きくなる中で住民の生活環境への関心

の高まりを政策に反映させていくには、既存ストックを活用した持続可能な開発に着目した

─ 2 ─

居住環境が今後都市計画の大きなテーマになることは明らかである。都市化社会から都市型

社会への転換期において、住民の生活環境の向上を実現するためには都市全体を対象にして

いた現在の都市計画のもとでは困難であり、より細分化した地域管理とコンパクトシティの

概念が必要であるが、具体的な手法としては街区における用途の混合、つまり、「混住」が

持続可能な都市の重要なキーワードになると考えられる。

2.研究の目的

 以上を踏まえ本稿では、都市の成熟化に伴い都市発展において既存ストックの再開発が今

後の課題とされている台湾台北市の事例を取り上げる。台北市における都市開発の変遷や事

例の概要は後述するが、街区全体が平面かつ立体的の多様な混合を実現している。本研究で

は、街区管理を中心とした持続可能な地域開発の有効な事例として台北市を取り上げ、街区

を構成しているハード面(建物の用途混合の構成)とソフト面(住民の生活の満足度)とい

う側面から住民による当該地域の評価を分析する。今後の地域開発における用途混合の必然

性を明確にすることを目的とする。

3.研究方法

 対象地域は1989年8月台湾内政府が実施した「都市住宅区可相容使用用途と分類研究」報

告を先行研究として取り上げ、中から商業地域として指定されている地域を除く二つの地域

を選定した。台北市松山区民生東路(以下、町に当たる「里」名をとり民有里とする)と台

北市大同区延平北路(以下、鄰江里)の対象地域においては上記の報告書と比較するため、

①各建物の用途混合を把握し、②街区の建物の用途混合率の比較を行うことで地域の用途混

合の変遷過程を明らかにする。また、住民対象のアンケートを通して、①当街区構成する住

民の属性を明らかにし、②それぞれ構成員の用途混合地域への満足度を検証することで、③

用途混合を形成・維持している様々な要素を考察する。

4.用語の定義

 藤井敏信(2006)は「混住地域」を「住宅と他の用途の適度な混在が調和的な環境を形成

している地域」と定義し、ハード面では用途混合、ソフト面では多様な生活スタイルが混在

する空間としている。つまり、空間の形態としては、用途の混在または、用途混合地域に類

似しているが、本研究で示す「混合の特性」は、ハード面の混合の側面だけでなく、住民の

属性及び生活形態の要素を取り込んだ「職住近接」に視点をおいた空間であり、用途の混在

との相違点である。

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究

─ 3 ─

5.台北市の都市発展の概要

 1)台北市の形成過程

 台北市における都市活動は西側の淡水河から始まり、川沿いである現在の萬華区に最初の

市街地が形成され、台北城を含む、一帯が台北市の中心街区として盛んだ。その後日本総督

府による環境衛生や近代都市計画を目標とした「市区改正計画(1905年)」や「台北市区計

画(1932年)」、「台湾都市計画令(1936年)」が次々と公布され、道路や下水、住宅が整備・

開発されたことから、台北市の市街地は短期間で東側に拡大することになった。(図1参照)

日本統治時代は個々の都市において都市計画が行われた時期であるが、終戦後1964年までは

日本の都市計画法が継続して適用された。1967年台北市は直轄市に昇格し、士林、北投、木

柵などが台北市行政範囲に編入され、市域面積は66.7㎢から272.1㎢へと約4倍に拡大した。

(図2参照)現在、人口約260万人の台北市の都市構造は、台北駅を中心とする10㎞四方の中

心市街地には政治・経済・居住が高密度に集積し、人口密度は1~2万人/㎢以上である。

1970年代から台北全体の人口は増加から減少に転じており、人口減少地域が周辺部まで拡大

してきている。しかし、依然として台北市の中心部及び南東周辺部では人口増加が継続して

おり、この地域においては極めて高密度の市街地が形成されている。

図1.台北市における市街化区域の拡大の様子出典: 陳亮全「台湾の都市設計(アーバンデザイン)」(1998年都

市環境デザインセミナー第2回資料)

図2.台北市の行政区域出典: 李宜晉「台北市における総合計画の計画内容変遷に関する研究」

1995年日本建築学会計画系論文集 第475集 pp129-138

─ 4 ─

 2)台北市における居住形態の特性

 台北市における居住形態は高密度中高層集合住宅が多く、集合住宅の立地地区や地区特性

によって混合の程度は異なるものの、全般的に住宅と施設の立体的な用途混合が進んでい

る。台湾の伝統的な建物の様式として騎楼と街屋があげられるが、近年の台北の都市空間に

おいても受け継がれており、特徴でもある。騎楼はいわゆる、アーケード空間を指し、強い

日差しや雨などから人(客)を守る役割果たす。騎楼は中国の福建省を中心とする南地方の

住宅様式であったため、福建省からの移住の多い、台湾にも広く建てられるようになったと

される。また、商店街を中心に近隣との共同壁をもって連続的に建てられた街屋は1階~3

階建てで職住近接を実現しており、台湾の都市を構成している建物の原型ともいえる。戦後、

農村人口の都市部への流入やアメリカの影響等により、建物は中高層化し、平面図や構造は

変わったものの、建物に居住と非居住施設が共存する形態はほとんど変わっていない。集合

住宅の一部分が施設として利用されることにより、通勤や買い物への利便性はもちろん、ま

ちには活気があり都心居住の一つのモデルとみることができる。

 台北市の居住の特性としては①台湾の中でも共同建て分譲積層集合住宅が普遍化した都市

であること、②空間的基本指標については、容積率が300%、戸数密度が300戸/haを超えて

いること、③1990年代以降は1戸当たり面積の拡大と高層化及び建築率・戸数密度の縮小の

傾向がみられることがあげられる。また、持家率が80%に達しており、持家率が非常に高い

のも特徴である。

 3)現在の住棟形態の類型

 戦後の台北市では、急激な人口増加による住宅不足と住環境悪化が深刻だったため行われ

た不良住宅の建て替え事業は主に住棟を平行に配置する形態が多かったが、①道路などの公

共スペースの私有化、②交通事故等の危険性、③死角スペースに住み着く浮浪者問題、等が

浮き彫りになった。また、同時期に近隣住区論やスーパーブロック計画を参考にしながら、

オープンスペースを住棟が囲むような配置計画が採用され、それ以降、様々な類型が登場す

るようになった(図3)。

 住棟の階数については、4~7階が中心であるが、15階以上(民間は20階以上)も見られ

その形は多様である。また、1990年法律が改正される前は1階と屋上階に関して、それぞれ

の購入した住民の専用スペースとされ、予め家賃や分譲価格が高く設定されていた。このス

ペースは居住者の任意による、改造または改・増築することが認められた。対象地域である

鄰江里では一部古い建物を中心に増築または、屋上を改築した建物が見られる。

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究

─ 5 ─

類型

概念図

公共

民間

1)〔平行+直交〕型 2)〔平行+縦列〕型 3)〔平行+直交+縦列〕型

単独型平行型

単純平行型 平行推移型

22.6%

13.7%

複合型

平直型1)

35.5%

15.3%8.9%

33.3%

30.9%

19.3%

9.5%

平縦型2)

11.3%

6.7%

平直縦型3)

8.9%

3.2%2.5%

21.0%

28.4%

一部斜交型

8.1%

12.6%

自由分散型

7.3%

1.8%

縦列型

5.6%

4.6%

図3.台北市集合住宅の住棟の類型 出典:朱政徳(2003)

6.対象地域の概要

図4.調査地区の位置

 台北市大同区延平北路鄰江里地区は淡水河沿いの旧市街地にあり(図4)、淡水河の水を

利用した織物や園芸が中心産業として発達した。現在は、バイクや自動車整備所が多く入っ

ている。調査地区の約0.076㎢には2,818人が居住している。孔子廟や迪化街などが同区に立

地しており、歴史保存地区として指定されている。一方、松山区民生東路地区(民有里)は

台北市の中心部にあり、1980年代の台北市による区画整理事業後移住または入店した住民が

多い。調査地区は面積約0.165㎢に3,989人が居住している。金融特区として指定されている

敦化北路沿いには多数の銀行が立地しており、地下鉄木柵線の民生国中駅も隣接している。

事業当初から道路や公園などが整備されており、利便性などの理由からオフィスなどが目立

つ。

7.用途混合地域における住民の評価

 台北市における延平北路地区(鄰江里)、松山区民生東路地区(民有里)を順にみていく。

 1)調査期間:1回目─2008年6月20日~2008年7月2日

        2回目─2008年8月9日~2008年8月17日

─ 6 ─

 2)調査方法: 1回目はハード面での調査を中心に、調査地区の建物を構成している施設

の業種や住居などの用途を看板や郵便受け等から判断し記録した。2回目

の調査で住民とテナント等の非居住者を対象にアンケート質問用紙を配布

し、集計を行った。

7-1.対象地区の居住環境の概要

7-1-1.鄰江里地区

図5.調査対象地域(太線枠)の建物配置図(2002年現在)出典:台北市開創都市と土地研究室

17

1階建て

91

2階建て

71

3階建て

94

4階建て

72

5階建て

413

7階建て

1

8階建て

4

15階建て

9

空地

6階建て

数字は棟数

図5-1.調査対象地域の建物の階数別分類376住棟対象、現地調査記録を基に筆者作成

0%1F 3F 5F 7F 9F 11F 13F 15F

居住施設

非居住施設

20%

40%

60%

80%

100%

図5-2.鄰江里地区の階数別混合比率1283のユニットを対象、現地調査記録を基に筆者作成

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究

─ 7 ─

 鄰江里は、淡水河沿いや延平北路などの大通りには5階建て~7階建ての住商(または住

工)混合の建物が、地区の中心は主に純宅使用の2階~4階建ての建物が集中している。近

年、建物更新の再開発が進み、15階建てのマンションが立地するようになった(図5、図5

-1)。一方、戦前後に建てられた2階建ての住工混合の建物を中心に老朽化が指摘されて

いる中、当市の淡水河沿いの開発計画に当該地区の一部が対象地区として指定されており、

近未来型都市をテーマにした計画が出されている。

 当該地域における純住宅用途として使用されているのは全体(371棟)の64.2%、商店や

工業施設が混合している建物は35.6%であり、特に2階からは用途の混合の割合が著しく減

少しているものの、建物の1階には約40%に近い割合で施設が入っていることが見て取れる。

当該地域において高層ビルとはここ2、3年に完工した15階建てのマンション2棟が全てで

あるが、そのうちの1棟は全て住宅専用として、もう1棟は1階のみ3店舗が入店している。

(図5-2)。既述した通り、当該地区は1階における用途混合が非常に高く、4階建ての建

物がもっとも多い。また、マンションを含めた5階建て以上の建物は全て住居用途で使用し

ていることが分かる。地区全体の住居と非住居(商店等の施設)の混合率1は住居88%、非

住居は12%である(1283ユニット対象)。施設別から見ると、オフィス、食堂のほか道路沿

いにバイク・自動車販売店や修理所が集中しており、地区の特性が現れる(図5-3)。

15.6%

業務

金融

飲食

小売

サービス

旅館業

工業

娯楽・スポーツ

教育

医療

宗教

その他

0.0%

9.7%

14.9%

9.1%

0.0%

26.6%

1.3% 1.3% 0.0% 0.6%

20.8%

図5-3.鄰江里における施設別ユニット比(非居住施設を種目別に分類─154ユニット対象)現地調査をもとに報告者作成

分類 施設別業務 事務所、会社等金融 銀行、保険会社等飲食 レストラン、喫茶店、ファストフ

ード等小売 雑貨、食料品、コンビニエンス、パ

ン屋、薬屋、本屋、宝石店、家具等サービス クリーニング店、美容院、エステ

ック、レンタルビデオ、不動産、外国語スクール等

娯楽 ゲームセンター、カラオケ、PUB等工業 機械部品製造、溶接、修理等教育 保育所、幼稚園等医療 診療所、医院等宗教 廟、教会等その他 倉庫、パーキングエリア、空き家、

判断できない引用: 陳世明「集合住宅の混合利用に関する研究」

(1994)

─ 8 ─

7-1-2.民有里地区

図6.調査対象地域(太線枠)の建物配置図(2002年現在)出典:台北市開創都市と土地研究室

数字は棟数

1

1階建て

19

11階建て

171

4階建て

219

5階建て

1

7階建て

1

12階建て

5

14階建て

6階建て

図6-1.調査対象地域の建物の階数別分類264住棟対象、現地調査記録をもとに筆者作成

0%1F 3F 5F 7F 9F 10F 11F 12F 13F 14F2F 4F 6F 8F

居住施設

非居住施設

20%

40%

60%

80%

100%

図6-2.民有里地区の階数別混合比率1868ユニット対象、現地調査記録を基に筆者作成

23.6%

業務

金融

飲食

小売

サービス

旅館業

工業

娯楽・スポーツ

教育

医療

宗教

その他

7.3%

14.3%

25.5%

7.7%

2.5% 1.4% 0.0%1.6% 2.0% 2.5%

11.6%

図6-3.民有里における施設別ユニット比(非居住施設を種目別に分類─440ユニット対象)現地調査をもとに報告者作成

分類 施設別業務 事務所、会社等金融 銀行、保険会社等飲食 レストラン、喫茶店、ファストフ

ード等小売 雑貨、食料品、コンビニエンス、パ

ン屋、薬屋、本屋、宝石店、家具等サービス クリーニング店、美容院、エステ

ック、レンタルビデオ、不動産、外国語スクール等

娯楽 ゲームセンター、カラオケ、PUB等工業 機械部品製造、溶接、修理等教育 保育所、幼稚園等医療 診療所、医院等宗教 廟、教会等その他 倉庫、パーキングエリア、空き家、

判断できない引用: 陳世明「集合住宅の混合利用に関する研究」

(1994)

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究

─ 9 ─

 民有里は、住宅街中心は4階~7階建てのマンションタイプの住棟が、大通りには5階建

て以上大手銀行オフィスやホテルが並ぶ(図6、図6-1)。道路沿いにある8階建て以上

はほぼオフィスまたはホテル、研究所等の専用建物として使われているため、ユニット別に

分類した結果、8階以上において非住居施設が占める割合が非常に高いが、地区全体として

は各住居棟に居住以外の多様な施設が混在しており、特に1階の施設の混合率は80%を上回

る。(図6-2)。当地区において純住宅用途使用の建物は262棟中19.3%で、非住居施設が

混在している建物が8割を占めている。施設別から見ると、オフィス等の業務が23%の他

に、レストランや食堂、コンビニなどの小売・サービス業が4割を占めており、住民のみな

らず、「業務」従事者へのサービスも提供していると考えられる(図6-3)。各棟は居住者

のための出入口とは区別されており、建物は各棟の管理組合によって管理され、メンテナン

ス等を行っている。この地区は台北市による区画整理事業が先行されたため、道路や公園な

どのインフラ整備が整っている。

8.居住環境に対する住民意識調査

 ここでは前節で述べた建物の用途の混在を踏まえながら、対象地域における住民の意識調

査を順に見ていく。

 1)アンケート質問用紙配布期間

   鄰江里:2008年8月18日~2008年8月24日:300部

   民有里:2008年8月23日~2008年8月29日:300部

 2)質問紙回収:鄰江里:199部    民有里:190部

8-1.アンケート調査からみる住民環境意識

8-1-1.住民の属性及び移住理由

住民の属性 鄰江里 民有里年齢 50~59歳 40~49歳

同居人数 4人 3人学歴 高校卒業 大学以上収入 4万元以下 4万元以下職業 商業 商業職務 従業員 従業員

居住年数 10年以上 10年以上

表1.対象地域の住民の属性(アンケート調査結果から)*回答数がもっとも多かった項目を記入

─ 10 ─

 対象地域の住民は7割近くの住民は当該地域で10年以上居住している。移住してきた住民

を対象に移住理由を聞いたところ、新市街地の民有里での回答は「周辺環境」がもっとも多

く(図7-1)、住民ヒアリングの際も利便性や生活環境と共に、周辺環境への評価は非常

に高かった。一方、鄰江里地区も同様に利便性や生活環境を高く評価しているが、「近隣関

係」の項目が非常に高いのが特徴である。ヒアリングでは、結婚した子どもや親戚が同地区

に居住していると答えた住民も見られたが、その理由として①親や親戚の繋がりで近隣関係

を構築している、②結婚などで台北市周辺の郊外地域にと、一旦親元を離れた子世代が自分

たちの子供の教育のために台北市に戻る際、実家周辺または実家に戻る子世代が多いこと、

があげられる。居住環境への満足度は両地域共に「満足」や「普通」が9割前後しており、

特に民有里では5割以上の住民が満足していることが分かる(図7-2)。

鄰江里

23.5%

環境

37.4%

治安

20.3%

0.5%

利便性

1.1%

近隣関係

1.6%

教育施設

7.5%

生活環境

8.0%

その他

公園

民有里

47.8%

周辺環境

22.0%

1.3%6.3%

利便性

1.9%

近隣関係

15.1%

教育施設

5.7%

生活環境

その他

公園

図7-1.当該地域に移住してきた理由

鄰江里

不満14% 満足

29%

普通57%

図7-2.居住環境への満足度

民有里

不満1%

満足50%

普通49%

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究

─ 11 ─

8-1-2.居住環境への不満の理由

 居住環境への不満として図7-3でみるように、「駐車スペースの不足」をもっとも不満

な項目として挙げている。台湾における駐車スペースの不足問題が非常に深刻であることが

見て取れる。台湾では日本のように決まった場所への駐車が義務付けられているのではなく、

大通りを除く、住宅や商店の付近や路上駐車には厳しい制約は特にない。また、台北市の多

くの住宅が集合住宅の形態をとっているため、日本の一戸建て住宅よりもはるかに人口密度

が高く、集合住宅が各棟に設けている地下駐車場の数が追いつかない状態である。旧市街地

の鄰江里の場合、民有里のように民間ディベロッパーによる集合住宅は少なく、共同の壁を

持って連立している「街屋」形態が多いため、住宅に駐車場を設けることは非常に難しいと

いえる。

 居住環境において必要だと思っている項目(図7-4)については、両地域とも利便性や

駐車スペースの確保をあげている。この結果では、各々の地区が抱えている問題が伺える。

旧市街地では空気や公害、安全性といった生活環境要素をもっとも必要としているが、新市

その他

公共施設の未整備

災害

景観

環境問題

公害問題

大気汚染

教育施設不足

公園不足

近隣関係

防犯問題

駐車スペース不足

移動が不便

外食が不便

買い物が不便

0%

10%

20%

30%

40%鄰江里

図7-3.居住環境において不満に思っている要素

その他

公共施設の未整備

災害

景観

環境問題

公害問題

大気汚染

教育施設不足

公園不足

治安

防犯問題

駐車スペース不足

移動が不便

外食が不便

買い物が不便

0%

10%

20%

30%

40%民有里

その他

都市景観

清潔な環境

良好な公共施設

安全性

無公害

きれいな空気

教育施設

公園休憩施設

近隣関係

防犯

駐車スペース

利便性

外食

買い物が便利

0%

10%

20%

30%

40%鄰江里

図7-4.居住環境において必要だと思っている要素

その他

都市景観

清潔な環境

良好な公共施設

安全性

無公害

きれいな空気

教育施設

公園休憩施設

近隣関係

防犯

駐車スペース

利便性

外食

買い物が便利

0%

10%

20%

30%

40%民有里

─ 12 ─

街地ではむしろ、都市景観や公園、買い物のアクセスの項目をあげている。ここで、居住環

境に対する意識の変化が起きていることが伺える。鄰江里の居住環境は北側に国内便の空港

が立地しており、昼夜問わず、飛行機が低高度で飛行しているため、騒音が絶えない。こう

した問題がそもそも起きていなかった民有里では、都市の景観やミドリといった自分の周り

の居住環境を取り込むような意識を持っていることが分かる。

8-1-3.用途混合地域に対する不満

 用途混合地域のデメリットを問う項目(図7-5)では、両地域とも「出入り口の混雑」

や「騒音・振動」、「劣悪な環境」をあげていた。鄰江里では、「騒音・振動」がもっとも高

い割合であるが、当該地域における不満などが関連していると考えられる。また、各地域と

も居住者用の出入口は別に設けられている場合が多いにも関わらず、「出入口の混雑」がも

っとも大きい割合を占めている理由としては図7-3であげている駐車スペースの問題との

関連が考えられる。また、商業が多く占めている民有里はごみなどの環境問題や防災問題な

鄰江里

20.3%

騒音、震動

19.6%

プライバシー問題

環境

異臭

道路の混雑

不動産価値の低下

道路上の危険性

防災問題

0.2%

4.3%

1.1%

6.5%

9.7%

14.2%

19.0%

5.0%

その他

出入り口の混雑

図7-5.用途混合地域に対する不満

民有里

14.8%

騒音、震動

19.9%

プライバシー問題

環境

異臭

道路の混雑

不動産価値の低下

道路上の危険性

防災問題

1.2%4.0%

1.4%

12.9%

8.4%6.6%

20.4%

10.5%

その他

出入り口の混雑

鄰江里

住商混合用途25% 純住宅用途

74%

純商業用途1%

図7-6.あなたの理想の用途地域

民有里

住商混合36.8%

純住宅用途62.6%

純商業用途0.6%

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究

─ 13 ─

どへの不満を示唆している。しかし、図7-6でみるように、混合地域への様々な不満を抱

えているものの、理想とする用途地域を問う質問に対し、用途混合の比率の高い民有里の方

が「住商混合」地域への居住を理想としている結果となった。

9.結論

 台湾台北市の居住環境における建物の用途混合と住民の満足度を見てきたが次のようなこ

とが考えられる。

 第一に、台北市の居住環境の形成時期による市街地

のプロセスが伺える。まず、旧市街地の鄰江里の場

合、住商工用途混合が道路沿いに並び、地区の中心は

居住機能のみを持つ住宅が集中している。これは、台

北市の旧市街地の空間形成の典型的な姿を見せてい

る。道路に面している建物は騎楼の設置が義務付けら

れ、商店または住宅が入る形になっている。台湾の街

屋の形式に類似した住商(工)混合の建物が多くみら

れ、住民もまた同建物または同地区の工場や整備所等の仕事に従事し、職住近接が実現され

ている(図.旧市街地の混住の類型参照)。一方、新市街地の民有里は、住商混合の建物が

地区を囲む大通りはもちろん、地区の中にも用途の混在が見られる。この場合は、店主やオ

フィス等の非居住施設の住民は他地域から働きにくるケースが多い。1994年までには住棟の

1階と屋上は購入した住民の任意で改造が可能であったため、店舗として改造し、賃貸物件

として使用している住民もいる。道路沿いのみならず、地区全体として一階に店舗やオフィ

スが入っているのは、台湾の伝統的な住宅が住商用途

混合の街屋の形態であったことの他に、上記で述べた

ような用途混合のメリットが働き、住民や他地区の住

民がまちを形成していると考えられる。(図.新市街

地の混住の類型参照)

 第二に、こうした地域における居住環境の課題とし

て、「駐車スペース不足」や「騒音・振動」、「環境問

題」等が挙げられるが、一方では「生活環境の充実」

や「利便性」、「良好な周辺環境」を求め当該地域に移住しており、居住環境への満足度も非

常に高い。特に、住民の満足度は新市街地の方が高く、同様に理想とする用途地域も「住商

用途混合」の割合が高い。また、用途混合地域への不満要素として「騒音・振動」「環境」

「出入口の混雑」など様々なデメリットをあげていながらも、用途混合に対する満足度や理

想が非常に高いことは興味深い点である。

住居

住居

住民

非居住施設

住民

住居

住民

非居住施設

住民

旧市街地の混住の類型

住居

住民

住居

非住民

非居住施設

非住民非居住施設

非住民非居住施設

住民住民

非居住施設

住民非住民

住民

新市街地の混住の類型

住民

─ 14 ─

 第三に、住民のコミュニティ活動に関するヒアリング調査からは、地域が職住近接の形態

をしている旧市街地における、当該住民による活発な参加がみられ、また当地域の住民の厚

生(高齢者のためのボランティア活動や教育活動等)を対象とした活動が中心として行われ

ている。一方、新市街地では、地域住民のボランティアによる公園管理や小規模のフェステ

ィバルのような親睦を目的とした行事は存在するものの、通勤者である非住民の参加は少数

に過ぎないという。当地域における住民活動は、公園の管理等の様々なコミュニケーション

を通し、地域に望ましくない業種については反対運動を行っており、住民と非住民が地域の

管理を行っていることが分かった。

 第四に、地域住民の居住環境に関する満足度や不満要素から推察できる用途混合地域のメ

リットとして利便性をあげることができる。生活環境居住者の生活圏の側面から捉え、用途

混合のメリットである利便性が住宅と生活関連施設のネットワークによって実現されている

ことを検証した研究(陳世明、1997)で見るように、本研究の対象地域においても平日の生

活はほぼ徒歩圏内で済ませており(住民ヒアリング調査から)、住民が生活しやすいという

視点から「生活の質」を考えると通勤や買い物に数時間をかけている現代の多くの都市にお

いて、用途混合地域の有効性が伺える。

【謝辞】本研究は平成20年度井上円了記念研究助成金の研究助成を受けて実施したものである。本稿の作成にあたり、ご協力頂いた方々に深く感謝の意を表したい。

【参考・引用文献】黄健二・黄定國「都市住宅区可相容使用用途と分類研究」1989 台北市内政府李得全「台北市都市更新と規画」1991 台湾市政府都市発展局「社区規画師的過去・現在と未来」pp61-66黄武達編著「日治時代台湾都市発展地図集」2006 南天書局有限公司竹村牧男・松尾友矩編「共生のかたち」2006 誠信書房李宜晉「台北市における総合計画の計画内容変遷に関する研究」1995 日本建築学会計画系論文集 第475号 pp.129-138陳世明「混合集住からみた台北市の都市・建築管理こん制度」1993 日本建築学会学術講演梗概集 pp371-372朱政徳「台北市における大規模積層集合住宅の供給実態」2003 日本建築学会計画系論文集 第569号 pp161-168陳世明「住宅と生活関連施設の関係からみた台北市の都心居住の特性」1997 日本建築学会計画系論文集 第496号 pp73-80

1 本稿における住居と非住居の混合率は住居単位であるユニットを対象にしたもので、地区全体のユニット数から住居または、非住居施設数を算出したものである。 また、住棟の数は住所を記録したものであり、連立した建物であっても、一棟ではなく、同一住所=一棟としている。

混住の特性を活かしたまちづくりのあり方に関する研究

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A Case Study of Urban Planning in Taipei with a Reference to “Multi-Habitat”

HWANG, JungyeonFUJII, Toshinobu

 As developed along with motorization, modern cities have changed the previous nature

of “multi-habitat.”By multi-habitat Professor Fujii means the mixed land use conducted

by those who, either commercial or residential, are concerned with the local. Ignoring, or

even destructing, the original landscape of the local, modern town planners have altered

their cities into more specialized and monotonous area. They have also tended not to

consider a possibility for developing the “multi-habitat.”High-rise apartment buildings

are continuously built, and downtowns are reconstructed as a harmonized part of the

whole city planning. It is time to reconsider this line of town planning, since we have to

meet an increasing demand of residents for the improvement of their living environments,

although not able to have sufficient financial subsidies from the state. Because of this, it

can be crucial in future town planning how we can devise a new way for sustainable city

development, utilizing the legacies of “multi-habitat.”On this basis, this study examines

the “multi-habitat” in Taipei, where lands are used mixedly for residence, commerce and

industry. In doing so it shows a decisive factor in achieving the quality of “multi-habitat”

environments, examining its relation to the mixed use of lands.