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紙と電子書籍の併用モデルに関する研究 a research on combination model of paper and e-book 5115E012-8 田中陽菜 指導教員 長幾朗 教授 Haruna TANAKA Prof.Ikuro CHOH (概要) 今日では、文字、音声、動画、インタラクティブメディア等、様々なメディアが登場している.ひとつの情報 に対して複数のメディアを使い、それらを統合することにより、各メディアの強みが活かされ、よりその情報に対する興 味や理解が深まると考えられる.今回、特に書籍に注目し、中でも実用書や学術書等については、紙媒体と電子書籍を併 用する事により、新たな読書体験が得られると仮定した. 本研究では、実用書を対象として紙媒体と電子書籍を併用し、それぞれの媒体の強みを生かす事により、相互に効果を 生み出すモデルの構築を試みた.具体的には、プログラミング等の「行為を伴う学習」において、ユーザがより自然に作 業についてのメンタルモデルを形成できることを目的とした.電子書籍の課題として現行の紙媒体の仕様、いわゆるペー ジネーションの電子化に留まっているものが多々ある.そのため、前述の環境に即した現行の電子書籍、および電子デバ イスのユーザインタフェースのリデザインを試みた. 本提案の中での複合型電子メディアでは、動的なメディアである動画機能と、インタラクティブなメディアである関連 用語等の索引機能を付加し、一般的な電子書籍に比べ、動的な表現等を用いることでより電子の強みを活かしたものとし た.これを紙媒体と併用するモデルを提案し、評価実験を行った. キーワード:併用効果、メディアの相乗効果、電子書籍、インタフェースデザイン Keywords: combined effect, synergy of media, e-book, interface design 1. はじめに 「マクルーハン理論 電子メディアの可能性」 1 では、 「諸メディアがただそれぞれ自分の分野を開拓するなら、 互いに助け合い、よりいっそう豊かになる」とある.す なわち、複数のメディアを活用することにより、情報を より深く理解することができることを示唆している. 本研究では様々なメディアの中でも紙媒体と電子媒体 の書籍に注目した.電子書籍端末が普及する一方で、先 行研究では、紙媒体には電子媒体が持ち合わせていない 強みがいくつかあることが示されている.たとえば、小 林、池内の研究 2 によれば、文章理解において紙媒体は 電子書籍端末よりも優位性があることがわかっている. このような中で、紙媒体と電子媒体を併用しそれぞれ の媒体の強みを生かすことで、情報の受け取りに相乗効 果を生み出すようなモデルを考えた.また、併用モデル を前提として、電子媒体のユーザインタフェースを設計 した. 2. 提案する紙媒体と電子媒体の書籍の併用モデル 提案する併用モデルでは、各メディアの強みを引きだ し、相乗効果を生むことでユーザの読書体験を高め、新 たな情報取得の形態をつくることを目的とする. 図1 併用モデルのイメージ図 提案する併用モデルは以下の特徴を持っている. 1)電子媒体の機能:電子媒体の機能として、紙媒体では 実現できない、画像を押すと動画が流れる「動画機能」 と、単語を押すとその詳細情報がポップアップで表示さ れる「索引(アノテーション)機能」をつける. 2)役割の棲み分け:電子媒体は全体像の把握や詳細知識 の獲得、紙媒体は書き込みや記憶の定着と、媒体を併用 する際にそれぞれの役割を棲み分ける. また、今回具体的に併用モデルが目指すところとして、 料理やプログラミングによるアプリ制作等の「行為を伴 う学習」において、ユーザがより自然に作業についての メンタルモデル(mental model) 3 を形成できること、とした. 記憶の定着 情報の取得 併用することで、情報の受け取りに相乗効果を生み出す 動画 索引 書き込み (1)マーシャルマクルーハン, E・カーペンター:マクルーハン理論 電子メディアの可能性:平凡社ライブラリー:2003 (2) 小林亮太, 池内淳: 表示媒体が文章理解と記憶に及ぼす影響ー電子書籍端末と紙媒体の比較ー; 情報処理学会研究報告.2012, vol. 2012-HCL-147 (3) 海保博之,原田悦子,黒須正明:認知的インタフェース コンピュータとの知的付き合い方:新曜社:1995

紙と電子書籍の併用モデルに関する研究 - intermedia...紙と電子書籍の併用モデルに関する研究 a research on combination model of paper and e-book 5115E012-8田中陽菜

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  • 紙と電子書籍の併用モデルに関する研究

    a research on combination model of paper and e-book

    5115E012-8 田中陽菜 指導教員 長幾朗 教授

    Haruna TANAKA Prof.Ikuro CHOH

    (概要) 今日では、文字、音声、動画、インタラクティブメディア等、様々なメディアが登場している.ひとつの情報に対して複数のメディアを使い、それらを統合することにより、各メディアの強みが活かされ、よりその情報に対する興

    味や理解が深まると考えられる.今回、特に書籍に注目し、中でも実用書や学術書等については、紙媒体と電子書籍を併

    用する事により、新たな読書体験が得られると仮定した. 本研究では、実用書を対象として紙媒体と電子書籍を併用し、それぞれの媒体の強みを生かす事により、相互に効果を

    生み出すモデルの構築を試みた.具体的には、プログラミング等の「行為を伴う学習」において、ユーザがより自然に作

    業についてのメンタルモデルを形成できることを目的とした.電子書籍の課題として現行の紙媒体の仕様、いわゆるペー

    ジネーションの電子化に留まっているものが多々ある.そのため、前述の環境に即した現行の電子書籍、および電子デバ

    イスのユーザインタフェースのリデザインを試みた. 本提案の中での複合型電子メディアでは、動的なメディアである動画機能と、インタラクティブなメディアである関連

    用語等の索引機能を付加し、一般的な電子書籍に比べ、動的な表現等を用いることでより電子の強みを活かしたものとし

    た.これを紙媒体と併用するモデルを提案し、評価実験を行った. キーワード:併用効果、メディアの相乗効果、電子書籍、インタフェースデザイン Keywords: combined effect, synergy of media, e-book, interface design

    1. はじめに

    「マクルーハン理論 電子メディアの可能性」1 では、

    「諸メディアがただそれぞれ自分の分野を開拓するなら、

    互いに助け合い、よりいっそう豊かになる」とある.す

    なわち、複数のメディアを活用することにより、情報を

    より深く理解することができることを示唆している.

    本研究では様々なメディアの中でも紙媒体と電子媒体

    の書籍に注目した.電子書籍端末が普及する一方で、先

    行研究では、紙媒体には電子媒体が持ち合わせていない

    強みがいくつかあることが示されている.たとえば、小

    林、池内の研究 2 によれば、文章理解において紙媒体は

    電子書籍端末よりも優位性があることがわかっている.

    このような中で、紙媒体と電子媒体を併用しそれぞれ

    の媒体の強みを生かすことで、情報の受け取りに相乗効

    果を生み出すようなモデルを考えた.また、併用モデル

    を前提として、電子媒体のユーザインタフェースを設計

    した.

    2. 提案する紙媒体と電子媒体の書籍の併用モデル

    提案する併用モデルでは、各メディアの強みを引きだ

    し、相乗効果を生むことでユーザの読書体験を高め、新

    たな情報取得の形態をつくることを目的とする.

    図1 併用モデルのイメージ図

    提案する併用モデルは以下の特徴を持っている.

    1)電子媒体の機能:電子媒体の機能として、紙媒体では

    実現できない、画像を押すと動画が流れる「動画機能」

    と、単語を押すとその詳細情報がポップアップで表示さ

    れる「索引(アノテーション)機能」をつける.

    2)役割の棲み分け:電子媒体は全体像の把握や詳細知識の獲得、紙媒体は書き込みや記憶の定着と、媒体を併用

    する際にそれぞれの役割を棲み分ける.

    また、今回具体的に併用モデルが目指すところとして、

    料理やプログラミングによるアプリ制作等の「行為を伴

    う学習」において、ユーザがより自然に作業についての

    メンタルモデル(mental model)3を形成できること、とした.

    記憶の定着情報の取得

    併用することで、情報の受け取りに相乗効果を生み出す

    動画索引 書き込み

    (1)マーシャルマクルーハン, E・カーペンター:マクルーハン理論 電子メディアの可能性:平凡社ライブラリー:2003

    (2)小林亮太,池内淳:表示媒体が文章理解と記憶に及ぼす影響ー電子書籍端末と紙媒体の比較ー;情報処理学会研究報告.2012, vol.

    2012-HCL-147

    (3) 海保博之,原田悦子,黒須正明:認知的インタフェース コンピュータとの知的付き合い方:新曜社:1995

  • 3. 動画と索引を埋め込んだ電子書籍「複合型電子メディア」

    前述の併用モデルを前提として、動画や索引を埋め込んだインタラクティブな電子書籍である「複合型電子メ

    ディア」を作成した.データの形式として国際標準フォ

    ーマットである EPUB形式 4を採用した。ソフトは iBook

    Autherを用いて電子書籍を作成した.

    4. 併用モデルの提案とその評価

    本研究では具体的な事例として、併用モデル(1)では料

    理の手順書を、併用モデル(2)ではアプリケーション制作

    の学習書を題材にした.初心者層(与える作業課題に対

    しての知識や経験が全くあるいはほとんどない人)を対

    象に、紙媒体のみ使用した場合に比べて、電子媒体を用

    いて動的な表現を付加することによる効果を検証した.

    ここでは併用モデル(2)を取り上げる.併用モデル(2)の

    複合型電子メディアには、「動画」「索引」「タグ」の3つ

    の機能がある.

    図2 併用モデル(2)における複合型電子メディアの機能

    動画機能は、作業の過程など言語化の難しいものを動

    画で表示している.索引(アノテーション)機能はコードを

    要素に分解し、単語をタップするとその詳細情報がポッ

    プアップで表示されユーザは簡単に参照することができ

    る.また、動画と紙媒体には「タグ」という色のついた

    ●印があり、同じ作業段階を対応させるこれにより紙媒

    体と対応する部分を直感的にわかりやすくした.

    評価実験では、実際の行為を伴う学習(今回はプログラミングを題材にする)において、紙媒体と電子媒体を併用

    することによる効果を検証した.具体的には swift言語を用いて簡単なアプリケーションを作成する作業過程にお

    いて、紙媒体単独使用条件(P条件,Paper条件)と、紙媒体

    と電子媒体を併用する条件(C条件,Combination条件)を比較して、読書体験にどのような影響を及ぼしているかを、

    20 代の被験者 16 名(男性 10 名、女性 6 名)を対象に調査

    した.評価項目は客観評価(タスク達成度と作業時間)と主観評価(5件法と SD法)である.

    図3 被験者の様子

    被験者に簡単なアプリケーションを作成する過程であ

    る process1,process2 の2つの作業を行ってもらった.それぞれの作業はより細かいタスクに分かれており、その

    達成率を「タスク達成度」とした.

    図3 タスク達成度(%) 図4 作業時間(分)

    表1 タスク達成度(%)と作業時間(分)

    結果、process1, process2ともに P条件(紙単独使用)に対

    し C 条件(紙電子併用)の方がタスク達成度は向上した.作業時間についても、process1, process2ともに C条件の

    方が短縮し、効率が上がっていることがわかる.特に

    process1については統計的な有意差が認められた. また、主観評価についても、「効率」「使用感」「興味」

    「理解」の4つのすべての項目について、5 段階評価の

    平均が P条件より C条件の方がより高い結果を得た.

    図5 5段階評価の平均結果(N=16)

    実験結果より、紙と電子媒体を併用することは、紙単

    独で使用する場合と比較して、より高い読書体験や作業

    効率の向上が期待できると考えられる.

    併用モデルに関する肯定的意見として、「電子は作業を

    効率的に行うのに役立ったが、紙は理解を深めるために

    使うことができる」等、目的に応じた使い分けによる効

    果を述べるものや、「動画によりイメージが湧きやすくな

    った」「索引により概念がわかりやすくなった」等の動画

    や索引機能の効果が挙げられた. 一方で、複数の媒体を用いることについての煩雑さや、

    記憶しやすいのは紙であり併用により紙を使用する機会

    が減ってしまうことへの懸念等が否定的意見として挙げ

    られた.これらは今後の課題となる.

    効率 使用感

    興味 理解

    (4)川崎堅二,土岐義恵:電子書籍で生き残る技術;オーム社.2010

    (5) 藤治仁,徳弘佑衣,小林加奈子,小林由憲:これからつくる iPhoneアプリ開発入門〜swiftではじめるプログラミングの第一歩〜: SB ク

    リエイティブ:2016