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プール学院大学研究紀要 第 58 号 2017 年,69 〜 83 発達障害学生の就労支援 ~ 就労移行支援事業所との連携〝キャンパスチャレンジ″の試み ~ 高 瀬 智 恵 1) 松 久 眞 実 1) 今 村 佐智子 1) 小 脇 智佳子 1) プール学院大学 学生支援センター 1)  Ⅰ . 問題の所在 1.発達障害学生の就労の問題 2016 年 4 月施行の「障害者差別解消法」により、大学においても発達障害をもつ学生に対して「合 理的配慮」の提供が義務化(私立大学は努力義務)され、よりいっそうの適切な教育的配慮が求め られるようになった。本学では、文部科学省の「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラ ム」(2007-2010)に採択されて以来、組織全体で学生の修学を支援するシステムを構築し、キャリ ア支援についても取り組みを行ってきたが、就労に関しては多くの課題が残されている(宋・松久・ 高瀬・小脇, 2015)。障害学生の卒業後の進路調査報告 (日本学生支援機構 , 2017)を元に 2015 年度 の卒業者(進学者を除く)に占める就職者の割合を障害別に算出すると、障害学生の内、「聴覚・言 語」は80.2%、「肢体不自由」は68.7%であるのに対して、「発達障害(診断書有)」は41.8%で、「視 覚障害」55.7%、「精神障害」48.1%と比べても低い。診断別に見てみると、「SLD (限局性学習症/ 限局性学習障害)」は46.7%、「ADHD(注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害)」は60.5%、「ASD (自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム)」は37.4%、「発達障害の重複」は38.6%となり、発達 障害学生の中でも ASD や重複の場合は、SLD や ADHD に比べて低く、就労に際しての課題の大き さが窺える。また診断のある発達障害学生(診断書有)数のうち、ASD の学生数は、64.9%であり、 発達障害学生に占める ASD の割合が高いことを示している。吉永(2010)や石井・篠田(2014)が 指摘するように、現状において、大学における発達障害学生の中核になるのは ASD の学生であり、 就労に際しても躓きやすい状況にあると考えられる。梅永(2015)は、ASD の就労について、ASD の対人関係やコミュニケーションのような能力に困難性を示すという特性から生じている問題が多 いとしている。その理由として、読み書きに課題があっても、そのようなスキルが必要とされてい ない職務での就労は可能となるが、我が国では仕事を行う上で対人関係やコミュニケーションの能 力を要求されることが多いことを挙げている。 ASDの特徴としては、(ⅰ)社会性の障害―他者との交流がスムーズにいかない状態(ⅱ)コミュ

発達障害学生の就労支援 - Poole · の卒業者(進学者を除く)に占める就職者の割合を障害別に算出すると、障害学生の内、「聴覚・言

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プール学院大学研究紀要 第 58 号2017 年,69 〜 83

発達障害学生の就労支援~ 就労移行支援事業所との連携〝キャンパスチャレンジ″の試み ~

高 瀬 智 恵1) 松 久 眞 実 1) 今 村 佐智子 1) 小 脇 智佳子 1) 

プール学院大学 学生支援センター 1)  

Ⅰ . 問題の所在

1.発達障害学生の就労の問題

 2016 年 4 月施行の「障害者差別解消法」により、大学においても発達障害をもつ学生に対して「合

理的配慮」の提供が義務化(私立大学は努力義務)され、よりいっそうの適切な教育的配慮が求め

られるようになった。本学では、文部科学省の「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラ

ム」(2007-2010)に採択されて以来、組織全体で学生の修学を支援するシステムを構築し、キャリ

ア支援についても取り組みを行ってきたが、就労に関しては多くの課題が残されている(宋・松久・

高瀬・小脇 , 2015)。障害学生の卒業後の進路調査報告 (日本学生支援機構 , 2017)を元に 2015 年度

の卒業者(進学者を除く)に占める就職者の割合を障害別に算出すると、障害学生の内、「聴覚・言

語」は 80.2%、「肢体不自由」は 68.7%であるのに対して、「発達障害(診断書有)」は 41.8%で、「視

覚障害」55.7%、「精神障害」48.1%と比べても低い。診断別に見てみると、「SLD (限局性学習症/

限局性学習障害)」は 46.7%、「ADHD(注意欠如・多動症/注意欠如・多動性障害)」は 60.5%、「ASD

(自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム)」は 37.4%、「発達障害の重複」は 38.6%となり、発達

障害学生の中でも ASD や重複の場合は、SLD や ADHD に比べて低く、就労に際しての課題の大き

さが窺える。また診断のある発達障害学生(診断書有)数のうち、ASD の学生数は、64.9%であり、

発達障害学生に占める ASD の割合が高いことを示している。吉永(2010)や石井・篠田(2014)が

指摘するように、現状において、大学における発達障害学生の中核になるのは ASD の学生であり、

就労に際しても躓きやすい状況にあると考えられる。梅永(2015)は、ASD の就労について、ASD

の対人関係やコミュニケーションのような能力に困難性を示すという特性から生じている問題が多

いとしている。その理由として、読み書きに課題があっても、そのようなスキルが必要とされてい

ない職務での就労は可能となるが、我が国では仕事を行う上で対人関係やコミュニケーションの能

力を要求されることが多いことを挙げている。

 ASD の特徴としては、(ⅰ)社会性の障害―他者との交流がスムーズにいかない状態(ⅱ)コミュ

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70 プール学院大学研究紀要第 58 号

ニケーションの障害―ことばの使い方の障害(ⅲ)想像力の障害と固執傾向―同じ状況へのこだわ

りが強く新しい状況に適応しづらいという 3 点について指摘されてきており(内山・水野・吉田 ,

2002;Wing, 1996 久保・佐々木・清水訳 1998)、知的な障害を伴わない場合であっても、就労に大

きな困難を示し、その困難さは、職業意識の形成から実際の求職活動、就職後の職場適応まで広範

囲にわたっている(石井・篠田 , 2014 ; 小川・柴田・松尾 , 2006 ; 土岐・中島 , 2009)。山根(2015)は、

ASD における継続した就労の難しさと関連する特性を項目ごとに評定した結果が 6 つの因子に収束

されたことを報告している。これらの 6 つの特性の、どこが障害そのものの個人差であり、どのよ

うな障害特性がある場合に、どのような二次的な就労上の困難さとして現れやすいのかを検討する

ことは今後の課題であるとしているが、ASD の障害特性と就労の困難さとの関連を示唆している。

 さらに、発達障害者の職業的自立を妨げる要因として「般化」「応用」ができないという指摘があ

る(梅永 , 2011)。教育機関での一定の枠組みの中で、努力し成果を収めることができた学生であっ

たとしても、職業生活では、より複雑な状況に臨機応変に対応することが求められる。また、ASD

児・者においては、不安障害の併存率が高いとの指摘も多い(岡本・三宅・永澤 , 2017 ; Steensel,

Bögels, & Perrin, 2011)。就職活動はこれまでの本人の修学経験とは質的に異なるため、未知の世界

に飛び込む不安を感じやすい(吉永 , 2010)。就職活動をする前からあきらめてしまうことも少なく

なく、自信のなさから早々に就職活動をリタイアしてしまうことも起こりうる(吉永 , 2010)。加えて、

就職しても職場に適応できず退職するものも多く ( 梅永 , 2011)、発達障害者にとっては、職業生活

維持も大きな課題となっている。齊藤 (2015)は、ASD の二次障害背景心性の一つとして、抑うつ

感や回避性を亢進させ、ひきこもりへの親和性を高めることを指摘し、一旦 ASD の不登校やひきこ

もりが生じると、それは遷延しやすく、各種の不安を背景心性とする非 ASD 性の場合に比して支援

が難しいと論じている。不登校や引きこもり、離職などで社会的活動から離れた人が就労、社会復

帰をすることは容易ではなく(山根 , 2011)、就労以前に精神医学的治療など解決すべき様々な課題

がある現状が存在する(土岐ら , 2009)。就労の困難は、社会参加の困難であり、社会的孤立を意味

する。二次障害が悪化することを予防する意味でも適切な就労支援は、重要な課題であると考える。

2.キャンパスチャレンジ

 本学では修学支援のゴールを卒業に留まることなく就労を見据えたものにする必要があると考え、

障害学生には、在学中から就労に関する情報を提供してきた。高瀬・奥村・今村・小脇・松久(2016)

は、就労移行支援事業サービスを利用し、障害者枠での就労を果たしているケースについて報告し

ている。就労移行支援事業所では、就労体験を含む体験的な実習を通して、アセスメント、ジョブマッ

チング、ジョブコーチングのすべてに渡って、相談と訓練の一体的な支援を継続的に実施している。

支援を受けながらの就労は、就活、就労、職業生活維持のために、専門的なスタッフの継続した支

援を受けることができるという安心感につながる。また、雇用する企業にとっても、どのような支

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71発達障害学生の就労支援

援をしたらよいのかの助言を得たり、トラブルが生じた際の対応について相談したりできる場があ

るという良さがあり、発達障害学生、企業双方にメリットがあると考えられる。

 梅永(2015)によれば、発達障害者の就職後の職場定着には、「適切なジョブマッチング」と「職

場の理解を促進する」ことが必要であり、そのためには、雇用契約を行う前に実際に企業で働いて

みる企業実習が有効である。実際の職場での実習は、「般化」や「応用」の苦手な発達障害者にとって、

仕事の内容だけではなく、職場の環境を含めて適・不適を見極めることを可能とする。また、企業

の同僚・上司にどのような支援が必要かを具体的にリアルタイムで伝える機会となり、職場理解の

促進、職業生活への移行を円滑にすると考えられる。ASD の青年の就労結果と職業リハビリテーショ

ンサービスとの関連について検討した Chen, Sung & Pi(2015)の報告では、在学中の職能的、職業

的トレーニング、職場体験サービスは効果があり、学校から仕事へのスムーズな移行を促進する支

援は最も重要であるとし、青年が学校を離れる前に、必要な移行トレーニングを開始する必要性に

ついて考察している。また、就労後も職場での支援が受けられるサービスの重要性についても論じ

ている。

 しかし、吉永(2010)が指摘するように、大学における支援体制の現状から見て、高等学校や高

等専門学校のように、雇用先と直接的な関係を保って就職につなげていくことは、大学におけるキャ

リアサポートの枠外にあり、雇用後の継続的な支援に応えるための体制にも限界がある。就労後も、

職務内容、職場内の異動、人的な環境等の変化が予想される。また、職場に慣れ、仕事がある程度

できるようになると、本人の能力を過大に評価されることが心理的なストレスにつながる可能性も

ある。小川ら(2006)の報告でも、職場から評価を得て昇進したことが引き金となり離職に至った

結果、相談機関につながったケースが見られる。Keel, Mesibov & Wood(1997)は、TEACCH に

よる ASD の支援付き雇用プログラムの成功には、広範囲で長期的な支援が必要であることに言及し

ている。このように、ASD の人が職業生活を続けていくためには、就労後も変化に対応できる継続

した支援が必要とされる。就労移行支援事業所は、就労後の職業生活維持のための継続支援も行っ

ており、離職を予防するセイフティネットとしての役割を果たす「安全基地」となることが期待で

きる。

 本学では、2015 年度から就労移行支援事業所 NPO 法人クロスジョブとの連携による「キャンパ

スチャレンジ」という取り組みを始めた。「キャンパスチャレンジ」とは、従来卒業後に行っていた

就労移行支援事業所の利用を、在学中から行うというものである。高瀬ら(2016)は、在学中から

自分の特性に合った職業訓練や就活支援を受けることができるキャンパスチャレンジのメリットと

して、次のような点を挙げている。発達障害学生の中には、4 回生になり、他の学生が就活に励む期

間、悶々と悩みながらも一歩も踏み出せない場合や、面接に何度も落ちることで挫折体験を積み重

ねてしまう場合が多く見受けられるが、キャンパスチャレンジの取り組みによって、そのような失

敗体験を防ぐことができる。また、継続的な就労支援や雇用を前提とした企業実習が可能な就労移

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72 プール学院大学研究紀要第 58 号

行支援事業所の利用を在学中から実施する「キャンパスチャレンジ」の試みは、発達障害学生にとっ

て、就労に必要なスキルを身につけるためにも、障害を受容し自己理解を育むためにも、さらには、

職場定着を図り、職業生活維持のためにも有効であることが考えられる。

 山根(2011)は、ASD の青年を対象として復学・復職を目的としたデイケアプログラムの試行

から、診断や特性が共通していても個々の違いが大きいことを報告している。実際の社会的適応や

就労の障壁となっている特性は必ずしもすべての ASD に共通ではなく、またその特性の強弱につい

てもかなりの個人差が見られる(山根 2015)。また、同じ ASD 青年のための自己特性理解支援プロ

グラムに参加していても、その理解についても個人差があり、その差は障害の重症度や認知能力の

違いだけでないとし、支援プログラムの提供に当たっては個別性への配慮が必要であることを指摘

している(山根 , 2013)。キャンパスチャレンジを進めるにあたっても、個々に応じた支援方針や配

慮が求められる。

Ⅱ . 目的

 本研究では、「キャンパスチャレンジ」の取り組みを通して、大学と就労移行支援事業所とが連携

した発達障害学生への支援について考察し、支援の在り方について検討することを目的とした。

 本研究については、プール学院大学研究倫理規定を踏まえ大学の承認を得ている。

Ⅲ . 方法

 対象者は、入学時既に ASD の診断(診断当時は広汎性発達障害 Pervasive Developmental

Disorders:以下 PDD)を受けていた学生 2 名(A, B)である。これらの学生の面談、個別支援授業

等の記録をもとに、キャンパスチャレンジに至った経緯と、就労移行支援事業所と連携した支援に

ついて考察し、どのような支援が発達障害学生の就労に効果的であるかについて探った。

 尚、本研究の公表については、本人、保護者の同意を得ている。また、個人が特定されることが

ないように配慮している。

Ⅳ . キャンパスチャレンジの事例

1.就労に関わる支援システム

 本学では、担任の役割をするチューターと学生支援センターが中心となって、学内の各部署と連

携して全学的な支援体制による支援を実施している(宋ら , 2015; 高瀬ら , 2016)。学内の主な支援シ

ステムとして①居場所としての学生支援センター②ケース会議、本人や保護者との面談の継続③発

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73発達障害学生の就労支援

達障害学生対象の個別支援授業④障害者就労に関する情報提供の 4 点が挙げられる。

 就労に関しては、キャリアサポートセンター(一般学生対象)と月例の就労支援会議を開催し、

配慮の必要な学生に関する情報を共有している。また、障害者就労に関する情報提供の一つとして、

2012 年度より障害学生対象のキャリア説明会を実施し、2013 年度からは、就労移行支援事業所クロ

スジョブと連携して障害者枠での就労や就労移行支援事業所について紹介している。また、2014 年

度からは、このキャリア説明会で、クロスジョブを利用して就職した体験者の話を聞く機会も設け

ている。

 事例 A は、入学時より発達障害学生対象の個別支援授業(以下、個別支援授業)を受講したケースで、

事例 B は、入学時より保護者からの相談を受けていたケースである。A は、2 回生から 3 回生にか

けてとその翌年の 2 回、上記のキャリア説明会に参加していた。B は、保護者と共に1回生の時か

ら参加していた。尚、この説明会については保護者にも開催を知らせ同席できるようにしている。

2.キャンパスチャレンジの事例における支援の経過

【事例 A】

(1)キャンパスチャレンジに至るまでの経緯

1)入学まで

 A は、幼少時、言葉が遅く、エコラリアが見られ、両親以外と話すことが苦手であった。小 4 の時、

PDD と診断され、当時から支援機関での支援を受けていた。べたべたした感触、白玉だんごをこね

る感触を嫌う等の感覚過敏が見られ、同じ靴を履くなどのこだわりがみられたが、現在はほとんど

目立たなくなっている。ひたすらまじめで、他人にも優しく友達関係は良好であった。ただ自分のノー

トを丸写しされるなど、友達から利用されることはあった。入学時の保護者の話では、動作が大変ゆっ

くりで時間がかかり、プリントをめくる作業なども苦手であるとのことであった。高校では、試験

時間延長の配慮を受けていた。国語の長文の読み書き、特に未経験の事や文章を速く理解して説明

することが苦手だったようである。

2)入学後

 入学時に、支援の希望があり、入学当初から卒業まで週 1 回の個別支援授業を受講した。部活動

にも参加し、穏やかな態度や丁寧な物腰で友人関係は安定していた。認知面の特徴としては、情報

の処理速度に課題があることが発達検査から示唆された。不器用さはあまり目立たないが、作業が

比較的ゆっくりしていることや質問などに答えたり書いたりすることに少し時間がかかるなど、日

常生活の面からもその課題は推測された。家庭環境は、両親ともに温かく包み込むような態度で接

しておられ、兄弟とも仲が良い様子が見受けられた。

 個別支援授業での話し合いの中で、学科の授業で行ったグループでのプレゼンテーションについ

て感想を語った際、グループメンバーの一人が急にスクリーン画面を指し示すという動作をしたら

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74 プール学院大学研究紀要第 58 号

しく、予定になかったことなので困ったと話していたことがあった。メンバーの取った行動は、よ

り分かりやすくするための工夫として、通常よくあることである。しかし、A にとっては予定外の

ことで、戸惑いながらも、なんとか状況に合わせてその場を乗り切ることができたようである。A は、

まじめで周りとトラブルを起こすこともなく、順調に大学生活を送っているように見えたが、状況

の変化に臨機応変に対応するには通常よりも努力を要していることが、このエピソードからも窺え

た。また、新しいことに取り組む際、疲労を伴う様子も見られた。 

 個別支援授業では、1 年次は、まず大学生活に慣れることを目的に、個別支援授業を受けている学

生グループで、大学生活や授業の課題で困っていることについて話し合い、その解決策や方略法を

考えたり、休みの日の過ごし方について交流したりするなどの活動に取り組んできた。2 年次は、3

年次以降の専門課程を見据えて、本人が苦手と感じていたメモを取る力や文章を書く力を伸ばす学

修支援を中心に取り組んだ。3 年次からは、さらに文章を書くことに慣れるために、メールで日記を

書き個別支援授業受講のメンバー同士交流した。そのことで、文章を書くことが習慣になり、文章

を書くことへの抵抗が減少してきた。それに加えて、スケジュール管理をできるようにする取り組

みも行った。3 年次は、1,2 年次に比べて授業の課題の内容も変化し量的にも増加する。学期末に提

出課題や試験準備に追われることのないように、見通しを持って計画を立てる力をつけることを目

的とした。

 就労に関しては、高校時から郵便局の年末アルバイトの経験はあったものの、他のアルバイト経

験はなかった。大学入学後は、2 回生末の春休みに、外部機関の障害者対象職業体験プログラムに参

加した。3 回生からは週 1 回(4 回生は週 2 回)の学内アルバイトにも携わった。2 回生から 3 回生

にかけての春休み時に障害学生対象のキャリア説明会に参加し、クロスジョブに通って就職した先

輩の話を聞いた。その感想には、「実習や訓練をすることで、自分の苦手なことや得意なことが分か

る。」「最初は、ゆっくり正確にしてもよいが、徐々にステップアップをしていかなければならない

ことが分かった。」と述べられており、仕事ではある程度のスピードが求められることを理解したよ

うであった。それに加えて、人間関係のトラブルを乗り越えた経験談から、「仕事内容だけではなく、

人間関係の面も見ておかなければならない。」ということも印象に残ったようであった。翌年春休み

のキャリア説明会では、「企業見学や実習を通して働いていける場かどうかを見分ける。」「自分の得

意なこと、苦手なことについて実習先に伝える。」「作業のスピードを上げるために記録表を作り次

に活かす訓練をする。」等、より具体的な事柄が書かれていた。その後、クロスジョブの見学や体験

実習を経て、クロスジョブの利用を開始した。

(2)キャンパスチャレンジの実施

1)1 週間の流れ

 週3回クロスジョブを利用し、週2日、大学で授業を受けたり部活動で活動したりした。長期休

業等大学の授業のない時は、週 5 回利用した。

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75発達障害学生の就労支援

2)クロスジョブの取り組み

①事業所での訓練

 クロスジョブでは、軽作業、パソコン入力、事業所内での実務的な体験学習、清掃(事業所ビル・

店舗)、ビジネスマナーのグループワーク、ハローワーク訪問(スタッフ同行)、施設外就労(週 1

〜 2 時間、近くの事務所・スポーツジム)等の訓練が実施された。

②スタッフとの面談

 クロスジョブでは、1 〜 2 週間に 1 回、1時間の振り返り面談が実施された。

③企業実習に向けての「サポートブック」

 スタッフとの定期的な振り返り面談を元に、自分の「得意なこと」「苦手なこと(速く作業するこ

とが苦手な事や複数の指示があった場合、優先順位をつけることが苦手等)」を整理し、自分なりに

工夫していることと、配慮してもらいたいことについて「サポートブック」にまとめた。

④企業見学・実習

 企業見学8ヵ所、企業実習2ヵ所(3 回)の実施を経て、卒業して3ヶ月後に就職した。

⑤大学とクロスジョブとのケース会議(1 回)

3)大学でのサポート(個別支援授業・メール日記での日々の振り返り)

 4 回生時の週 1 回の個別支援授業では、1 学年下の 2 人のメンバーとともに、毎回、1 週間を振り

返る時間を設けた。スケジュール管理能力の向上を目的として、1 週間に受けた授業内容のレジュメ

(エクセルで作成)を各自用意し報告するようにした。4 回生の A の報告は、クロスジョブで取り組

んだことと、卒論の進捗状況についてが中心となった。他の 2 人のメンバーに対して、今後の参考

になるようにという視点からの報告も多かった。メール日記についても、4回生になるとクロスジョ

ブでの新しい体験について書かれていることが多く、「実際にやってみると同じ作業を長時間するの

は大変なことだと感じた。」「たくさんの指示を聴かないといけないので、メモが必要だと感じた。」等、

その時々の自分の状況を客観的に見て工夫し改善しようとする姿勢が窺えた。

 また、1 週間の過ごし方として、大学の課題やクロスジョブでの実習を頑張った週末に、好きな音

楽のイベントに参加したり、家族や友達と楽しい時間を過ごしたりというリズムができるようになっ

ていった。

(3)キャンパスチャレンジを実施して(アンケートから)

 キャンパスチャレンジを振り返って、A は、学業と就活の両方に集中でき、学業を優先しつつク

ロスジョブでの職業訓練ができて、とても充実した日を過ごせたと感じていると述べている。しかし、

訓練と卒業論文作成の両立については、思ったよりも困難に感じたようであった。卒業論文の締切

の 3 ヶ月前からは、家に帰ったらすぐに卒業論文を書くことと、クロスジョブのスタッフに相談し

スケジュールを調整することで乗り切ることができた。

 卒業時に実施したキャンパスチャレンジに関するアンケートの「クロスジョブに行って良かった

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76 プール学院大学研究紀要第 58 号

こと、役に立ったと思ったこと」の設問に対しては、「スタッフはとても親切で困ったことは相談で

きる。」「どのようなプログラムで訓練して就職につなげるか一緒に考えてスケジュールを立ててく

れる。」「ハローワークで一緒に求人検索をしてわからないことがあれば、すぐに質問できる。また、

面接にも同行してもらえるので安心できる。」「企業の見学や実習に行って、自分に合う職場を探せ

る。」等を挙げていた。「大学の支援で良かったこと、役に立ったと思ったこと」の設問では、「スタ

ディスキル(個別支援授業)でメモを取る練習をして良かった。」「文章を書く練習をしていたので

企業を応募する理由や自己PRの文を考えるのが楽だった。」と述べている。

(4)考察

 A は、入学前に既に診断を受けており、幼少期から支援を受けてきた学生であったことから、一

見スムーズに就労支援につながったように見える。しかし、その背景には、入学時からの修学支援

で培ってきたスキルが重要な役割を果たしたと考えられる。A は、入学当初、メモをすることや、

自分の経験を言葉にしたり、文章に書いたりして表現することが苦手であった。そこで、個別支援

授業で文章力向上のための取り組みを積み重ね、日々の出来事をメール日記として書き留めること

に継続的に取り組んできた。A にとって、文章力をつけることは、次のような点で有意義であった

ことが推測される。第一に、体験をフィードバックし次に活かしていく力が育成され、就労移行訓

練の促進につながった。第二に、学業と就労移行訓練を両立させるための重要な要素となった。キャ

ンパスチャレンジに取り組む 4 回生は、学業では卒業論文に向けて励む時期でもある。それまでに、

文章を書くことへの抵抗を少なくし苦手意識を払拭できたことは大きい。第三に、計画的な生活態

度を培うことにつながった。A は、日々の振り返りから、様々な状況に対して自発的に工夫して対

処するようになった。困難に思われることもあらかじめ準備し、計画的に物事に臨む習慣がついた。

これらのことは、将来の職業生活を支える意味でも意義があることであり、文章力向上は、その一

助となったと考えられる。文章力は、学業上必要なスキルであり、社会人としても基本的に必要と

されるスキルであるが、育成には時間がかかる。入学当初から、将来を見越して必要と思われるス

キルに焦点化して取り組みを積み重ねてきたことが、就労移行支援にスムーズにつながったと考え

られる。

【事例 B】

(1)キャンパスチャレンジに至るまでの経緯

1)3 回生まで

 B は、小 5 で ADHD、中 1 で PDD の診断を受けていたが、高校まで、特別な支援は受けていなかっ

た。大学入学後も、保護者からの相談はあったものの、本人からは個別な支援の要請はなく、学業

上は全く問題なく大学生活を送っていた。そのため、日常的には、必要なことの連絡を除いて、学

生支援センターのスタッフとの特別な関わりはなかった。しかし、クラスメートとのトラブルに巻

き込まれそうになったことがあり、外部講師を招いた授業では、全体の中に入ることができずに退

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77発達障害学生の就労支援

出したこともあったため、学内の関連部署で情報を共有し見守ってきた。

 就労に関しては、高校の時からアルバイトや就労体験の経験はなかった。3 回生から 4 回生にかけ

ての春休みに実施した障害学生対象のキャリア説明会には保護者とともに参加した。その時の感想

には、「これから就職活動に向けてどうすればよいのかを考えてきたが、自分が何をしたらよいのか、

どんな職業に向いているのかが分からず、またそれに向けてどのようなことをすればよいかが分か

らず困っていた。」と書かれていた。また、「自分一人だけがなやんでいるんじゃない。」という言葉

も見られた。しかし、この説明会後も、就職に関しては一般就労を望んでいた。

4)4 回生から

 新学期が始まり、周りの 4 回生の学生が就活で忙しくなった頃、学内のキャリアサポートセンター

に頻繁に相談に行くようになった。また、同じ頃、合同企業説明会に参加はしたものの全体の場に

入れなかったり、具体的に話を聞くことができなかったりと、実質的には参加困難だったようである。

キャリアサポートセンターのスタッフを通して学生支援センターにつながり、本人との面談に至っ

た。面談では、自分がどんな職業に向いているのかが分からないことや、働きたいとは思っているが、

アルバイト等の経験もなく不安であるという気持ちが話された。また、他の学生が就活に励んでい

る中、自分自身は何もできていないという焦る気持ちも語られた。就活開始以前に既に挫折体験を

味わい不安が高まっている状態であることが推測された。そこで、就労移行支援事業所について再

度紹介し、就労体験を含む体験的な実習ができること、得意なことや苦手なことを確かめながら向

いている仕事や職場を探すことができること、その間スタッフによる継続した支援を受けられるこ

と等を説明した。このままでは、悩んでいるだけで実際には何も進まないまま不安のみが増幅する

恐れがあることから、一度見学してみることを勧めてみたところ同意に至った。その後、見学、体

験実習を経てキャンパスチャレンジを開始することとなった。

(2)キャンパスチャレンジの実施

1)1 週間の流れ

 クロスジョブの利用は、4 回生前期週 2 回、夏休み、後期週 4 回、春休み週 5 回と、本人の不安な

気持ちに寄り添い、徐々に利用日を増やしていった。

2)クロスジョブの取り組み

①事業所での訓練

 クロスジョブでは、軽作業、パソコン入力、事業所内での実務的な体験学習、清掃(事業所ビル・

店舗)、ビジネスマナーのグループワーク、ハローワーク訪問(スタッフ同行)、施設外就労(近く

の店舗・企業で週 1 〜 2 時間の実務)等の訓練が実施された。

②スタッフとの面談

 クロスジョブでは、1 〜 2 週間に 1 回、1時間の振り返り面談が実施された。

③企業実習に向けて「サポートブック」

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 スタッフとの定期的な振り返り面談を元に、自分の「得意なこと」「苦手なこと(見落としのミス

が多いことや頼みごとをされると、できない内容でも引き受けてしまう等)」を整理し、自分なりに

工夫していることと、配慮してもらいたいことについて「サポートブック」にまとめた。

④企業見学・実習

 企業見学5ヵ所、企業実習3ヵ所を経て卒業前の3月に就職が決まった。

⑤大学とクロスジョブとのケース会議(3 回)

3)大学のサポート(支援センターでの継続的面談)

 B は、クロスジョブの利用を開始するようになってからも、クロスジョブでの状況を定期的に学

生支援センターに報告に来ていた。クロスジョブに通う交通機関の選択など心配なことをその都度

相談していた。特に、実習に際しては、家からの距離や通い方、服装に至るまで、平常とは違う対

処が必要とされることがプレッシャーになるようであった。話をする中で、角度を変えて考えるこ

とができ、選択肢も増えることから、気持ちが落ち着くようであった。実習に行ってみると、苦手

と思っていたことを意外に楽しいと感じたり、得意と思っていたことでもミスが多いことに気づい

たりと、体験してみて分かることが多く、「働く」ことを具体的にイメージできるようになっていった。

その結果、他の学生と同じ時期、新年度4月に就職することができることとなった。

(3)キャンパスチャレンジを実施して

 キャンパスチャレンジに取り組んだことで、当初からの本人の目標であった「大学卒業と同時に

就職する」ことが実現できた。B は、それまで、アルバイトや就労体験プログラムの経験がなかったが、

クロスジョブに通い始めて「働く」ことに対して少しずつイメージできるようになり、「自分にもで

きる」という自信につなげていった。また、クロスジョブ内で他の利用者とのつながりも広がり、リー

ダー的役割を果たす機会ができたことも自己肯定感を高めたと考えられる。

 卒業時に実施したキャンパスチャレンジに関するアンケートでは、「クロスジョブに行って良かっ

たこと、役に立ったと思ったこと」の設問に対して、「自分がどんな仕事、職種がしたいのか、向い

ているのかが少しずつ分かってきた。」「他の利用者との交流を持つことができ、コミュニケーショ

ン力がきたえられた。」「実習によって自分が〝こういうこともできるんだ″〝こういうことはできな

い″というのが、少し分かってきた。」等を挙げていた。「大学の支援で良かったこと、役に立ったと

思ったこと」の設問では、「相談できる場所(新しい居場所、アドバイスしてくれるところ)ができ

た。」と述べている。

(4)考察

 B は、3 回生までは、学生支援センターで直接支援することはなかったが、入学以来保護者との連

携は継続しており、障害者就労についての情報提供は行ってきた。また、チューターを始め学内の

各部署とは必要に応じて情報を共有していた。それらのことが、本人が必要性を感じ始めたタイミ

ングで、即座に支援を開始することにつながったと考えられる。B にとって、就職は、まさに「未

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79発達障害学生の就労支援

知の世界」であり、不安感を高める大きな要素となったことが推察される。しかし、既に診断は受

けてはいても、高校まで特別な支援を受けた経験がなく、大学入学後も学業においては躓くことな

く過ごしてきたことから、支援を受けることに抵抗を持っていた可能性がある。B にとっては、支

援を受けること自体が「未知の世界」であり、不安の要因となる新奇な事象であったことが推測さ

れる。変化を恐れることから不安になりやすく、環境の変化に対応しにくい B にとっては、就労移

行支援事業所に通うこと、企業見学や企業実習、その一つ一つが大きなハードルとなったようであ

るが、事業所に通い始めると、自発的に大学の学生支援センターに相談のため訪ねて来るようになっ

た。不安を感じたときに、相談する場があることや、話すことで問題を整理できることが大きな支

えとなったと考えられ、B にとっては、キャンパスチャレンジは、支援要請スキルを身につける機

会にもなった可能性がある。変化を恐れる気持ちを受けとめつつ、不安の要因となる問題に対処す

ることを支援することで、B 自身が個々の問題を一つ一つ解決できたことが、自分にもできるとい

う自信につながったと考えられる。また、就職を決める雇用前実習の前後で、クロスジョブと大学

とのケース会議を 3 回実施したが、不安の強い B にとっては、両方の支援者と支援プロセスを共有

できる場として効果的だったと推測される。

Ⅴ . 総合考察

 A は、修学支援の延長として、就労移行支援につなげることができた事例である。入学当初から

個別支援授業で、将来を見越して必要と思われるスキルに焦点化して取り組を積み重ねてきたこと

が、就労支援において活かされ、自己理解を深めることにもつながったと考えられる。B にとって、

修学支援の必要性は少なかったものの、キャンパスチャレンジの体験は、支援要請スキルを身につ

ける機会になったと推測される。本人の支援要請スキルの醸成と、それにタイミングよく応じるこ

とで、二次障害の悪化を防ぐことが可能となったと考えられ、就労支援と並行して、変化を恐れる

気持ちを受けとめつつ、不安を取り除くことを支援する大学のサポートが就労移行を促進すること

になったと考察される。キャンパスチャレンジを通して就労移行支援事業所と連携することのメリッ

トとして次のような点が挙げられる。

 まず、在学中に、継続した体験的な訓練と、体験を通した気づきが得られることという大きなメ

リットがある。就労移行支援事業所では、週 1 〜 2 回の学内アルバイトや外部機関の短期的な就労

体験プログラムで得られる体験を遥かに上回る、継続した体験とその振り返りの機会がある。体験

後の振り返りを積み重ね、自分の得意な事や苦手なことを整理することで自己理解の深化につながっ

たと考えられる。

 さらに、二次障害が起こる前に支援開始が可能なことである。就労においても早期支援が重要で

あると考えられる。それは、ASD 等の発達障害学生にとっては、新奇な状況に不適応を起こしやす

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いからである。教育機関という構造化された環境の中では順応できていても、就活・就労等のスト

レス負荷のかかりやすい状況では、不安が高まり適切な対処ができなくなるなどから、失敗体験を

重ねてしまう恐れがあり、二次障害を悪化させる引き金となりやすい。他の学生が就活を始める時

期に、キャンパスチャレンジで自分にあった就活ができることで、二次障害の悪化が起こる前に適

切な就労支援を開始することができるという大きなメリットとなったと考えられる。

 加えて、スキル向上のために、教育機関と就労支援機関で連続した取り組みができることが挙げ

られる。ASD を始め発達障害学生は不器用さや複数の作業の同時並行が苦手であるなどの課題を

持っている場合が多い(小川 , 2005)。また前述の梅永(2011)も指摘するように、「般化」や「応

用」が苦手な発達障害の学生にとっては、スキルを習得したり、向上させたりするには、一定の期

間が必要となる。スキルによっては、獲得や向上が望めない場合もあり、代替手段を使う方略やス

キルを身につけることが必要な場合もある。修学支援の段階で、個別支援授業等を実施し、就労を

見据えたスキルに焦点化させて、時間をかけて取り組んでいくことが必要であり、就労支援の場では、

その培ったスキルを活かすことができる。教育機関と就労支援機関で連続した取り組みを行うこと

で、長い期間をかけてスキルを育てることを可能とし、スキルの習得や向上に向けた取り組みとそ

れを通した自己理解の期間を保証することにつながると考えられる。また、大学と就労移行支援事

業所とで支援プロセスを共有できることも大きなメリットとなる。就労支援で具体的になった個々

の課題と、その背景を多角的に捉え、大学でも個別支援授業や定期的な相談時に支援することができ、

さらなるスキルの向上を図ることが可能となる。

 吉永(2010)が指摘するように、ASD の学生に対する支援を大学が主体的に行っていくことは難

しく、学外の関連諸機関との包括的な連携体制が必要である。キャンパスチャレンジもその一つの

形態と解釈される。キャンパスチャレンジを成功させるための、キーポイントの一つは、早期支援

開始あるいは、早期支援開始ができるための基盤づくりであると考えられる。SOS をキャッチする

システムや、個々のケースに応じた修学支援

をベースに、早期から就労に関する情報提供

を行っていくことが大切であり、そのための

不可欠な要素として、学内の支援体制づくり

が位置づけられよう。大学において就労を見

据えた適切な修学支援を充実させ信頼関係を

築き、必要な情報提供を行っていくことが、

就労について豊富なノウハウを持つ就労移行

支援事業所の取り組みに連続的に移行させて

いくことを可能にすると考察される(図 1)。

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Ⅵ . 今後の研究課題

 本研究で取り上げたのは、入学前に既に ASD の診断をうけていたケースであり、キャンパスチャ

レンジによって、二次障害の悪化を招くことなく就労支援につなげることができた事例である。し

かし、土岐ら (2009) が指摘するように、思春期までに ASD の診断を受け比較的適応の良い人たちに

おいても、学校卒業から就職への移行は容易ではない。発達障害学生、とりわけ ASD の学生の就労

移行については、様々な課題があり、就労につながることがより困難であることが予想されるケー

スも多く見受けられる。(ⅰ)支援の必要性を本人が自覚しにくく自己理解を進めにくいケース(ⅱ)

早期に診断されていても個別の支援につながっていないケース(ⅲ)青年期に診断され受容の問題

を抱えるケース等である。今後、これらのケースについての効果的な支援の在り方についての検討

が望まれる。それには、就労移行支援事業所等関係諸機関と連携して、ASD の個別性に応じた、包

括的長期的な支援の在り方についての研究をさらに進めることが、今後益々重要になってくると考

えられる。

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83発達障害学生の就労支援

(ABSTRACT)

Employment Support for College Students with Developmental Disabilities

- The Effort of “Campus Challenge” Coordination with Employment Transition Support Office -

TAKASE Chie 1) MATSUHISA Manami1) IMAMURA Sachiko 1) KOWAKI Chikako 1) 

Poole Gakuin University Student Support Center1)  

Students with developmental disabilities, especially ASD, can have difficulties finding

employment. In order to find work which appropriate to their characteristic traits, it can be useful

to utilize an Employment Transition Support Service while still enrolled at a collage. In this study,

we consider the modality of support by looking at the “Campus Challenge,” an effort aimed at

finding employment for enrolled students. Two students receiving support were selected and their

results were studied. We looked at the merits of receiving support while enrolled, and the following

points became apparent. First, through hands-on training, and reflection on that training, students

developed a deeper self-understanding. Second, it is possible to commence employment support

before the occurrence of a secondary disability. Additionally, because of extended cooperation with

the educational institution and the employment support institution, it is possible to plan out the

development and improvement of skills. To promote the start of early stage support, as with the

“Campus Challenge,” it is essential to create a support system for students with disabilities at the

college.

Key words : college students with developmental disabilities, employment support, coordination

with employment transition support office