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CMC を介した社会的スキルと孤独感との関連性 CMC の社会的ネットワークを介した社会的スキルと孤独感との関連性 五十嵐 祐(IGARASHI, Tasuku (名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士前期課程) キーワード:CMCComputer-Mediated Communication)、孤独感、社会的スキル 問 題 近年のインターネットの普及はめざましく、社会心理 学の分野でもコンピュータを介したコミュニケーション Computer-Mediated Communication; CMC)に関する多 くの研究が行われている。しかし、CMC の利用が心理的 健康に与える影響を検討した研究は少ない。 本研究では、心理的健康の指標のひとつとして、孤独 感に注目する。孤独感は、言語的、非言語的なコミュニ ケーション能力である社会的スキルと負の相関を示すこ とが明らかにされてきた(Jones, Hobbs, & Hockenbury, 1982 )。このことから、対面状況( Face-to-Face; FTF)に おける社会的ネットワークの形成には社会的スキルが必 要とされ、形成された FTF の社会的ネットワークは、孤 独感を低減する役割を果たしていることが予測される (仮 説1)。 一方、非対面状況での文字コミュニケーションを主体 とする CMC では、非言語的手がかりが伝達されない。 非言語的手がかりは、印象の形成や親密性の維持に重要 な役割を果たしていることが明らかにされている Argyle, 1972; 和田, 1993 )。また、CMC ではメッセー ジに対する即時的な反応が必要とされないため、FTF りも自分の考えをまとめやすいという特徴をもつ(古川, 1993 )。よって、社会的スキルが CMC の社会的ネットワ ークの形成に与える影響は、 FTF の社会的ネットワーク よりも弱いことが予測される。 ただし、非言語的手がかりが伝達されない CMC の社 会的ネットワークでは、相手に対する親密度を深められ ず、心理的な満足感を高められない可能性がある。しか し、長い時間をかけてお互いに接触を重ねることによっ て、 CMC においても社会的ネットワークの親密度を高め られることが指摘されている( Schmitz & Fulk, 1991)。ま た、匿名性などの CMC の特徴を生かした社会的ネット ワークを未知の相手と形成することで(McCormick & McCormick, 1992 )、自己開示などを含めた親密なコミュ ニケーションを行うことも可能であると推測される。つ まり、CMC の社会的ネットワークも FTF の社会的ネッ トワークと同様に、心理的な満足感を高め、孤独感を低 減させることが考えられる。 したがって、社会的スキルは CMC の社会的ネットワ ークの形成に強い影響を及ぼさないが、形成された CMC の社会的ネットワークは、孤独感を低減させる役割を持 つことが予測される(仮説2)。また、社会的スキルの不 足はネガティブな自己評価や劣等感と関連することから (相川, 1992 )、社会的スキルが社会的ネットワークを介 さずに、孤独感に直接影響を与えることも予測される(仮 説3)。 そこで本研究では、 Fig.1 に基づき、社会的スキルが社 会的ネットワークを介して孤独感に影響を与える過程を、 FTF CMC で比較検討することを目的とする。 Fig.1 社会的スキルから孤独感への影響過程のモデル 方 法 調査時期 2000 年7月~8月 調査対象者 インターネットを日常的に利用している 人々を調査の対象とするために、インターネット上の電 子掲示板およびメーリングリストで、調査への協力を要 請した。最終的に、Web ページに設置された質問フォー ムに回答した 164 名(男性 93 名、女性 71 名)を、分析 の対象とした。 質問フォーム ①孤独感尺度:改訂版 UCLA 孤独感尺度 邦訳版(工藤・西川 , 1983 )を用いた。 ②社会的スキル 尺度 KiSS-18 (菊池, 1988 )を用いた。 FTF の社会的 ネットワークの測定:過去6ヶ月間に、直接会う・電話・ 手紙のいずれかで重要な話をした既知の友人を、 「現在の 環境の友人」「昔の友人」のカテゴリー別に想起させ、そ の人数を回答させた。次に、思い浮かべた友人たちとの 平均的な接触の頻度を「1. 月に1度以下」「2. 少なくと も月に1度」「3. 少なくとも週に1度」「4. ほとんど毎 日」の4段階でカテゴリー別に回答させた。最後に、そ れぞれの社会的ネットワークが自分にとってどれくらい 重要であるかを、「1. たいへん重要である」「2. 少し重 要である」「3. あまり重要でない」「4. 全く重要でない」 の4段階でカテゴリー別に評定させた。 CMC の社会的 ネットワーク(既知の相手)の測定:過去6ヶ月間に、 電子メールや電子掲示板、チャットなど、 CMC で重要な 話をした既知の友人を、「現在の環境の友人」「昔の友人」 のカテゴリー別に想起させ、相手の人数、 CMC による接 触の頻度、 CMC の関係の重要度を、 FTF の場合と同様に - ++ + - - 社会的ネットワーク(FTF) 孤独感 社会的スキル 社会的ネットワーク(CMC)

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CMC を介した社会的スキルと孤独感との関連性

CMC の社会的ネットワークを介した社会的スキルと孤独感との関連性

五十嵐 祐(IGARASHI, Tasuku) (名古屋大学大学院教育発達科学研究科博士前期課程)

キーワード:CMC(Computer-Mediated Communication)、孤独感、社会的スキル

問 題 近年のインターネットの普及はめざましく、社会心理

学の分野でもコンピュータを介したコミュニケーション

(Computer -Mediated Communication; CMC)に関する多

くの研究が行われている。しかし、CMC の利用が心理的

健康に与える影響を検討した研究は少ない。

本研究では、心理的健康の指標のひとつとして、孤独

感に注目する。孤独感は、言語的、非言語的なコミュニ

ケーション能力である社会的スキルと負の相関を示すこ

とが明らかにされてきた(Jones, Hobbs, & Hockenbury,

1982)。このことから、対面状況(Face-to-Face; FTF)に

おける社会的ネットワークの形成には社会的スキルが必

要とされ、形成された FTF の社会的ネットワークは、孤

独感を低減する役割を果たしていることが予測される

(仮説1)。

一方、非対面状況での文字コミュニケーションを主体

とする CMC では、非言語的手がかりが伝達されない。

非言語的手がかりは、印象の形成や親密性の維持に重要

な 役 割 を 果 た し て い る こ と が 明 ら か に さ れ て い る

(Argyle, 1972; 和田, 1993)。また、CMC ではメッセー

ジに対する即時的な反応が必要とされないため、FTF よ

りも自分の考えをまとめやすいという特徴をもつ(古川 ,

1993)。よって、社会的スキルが CMC の社会的ネットワ

ークの形成に与える影響は、FTF の社会的ネットワーク

よりも弱いことが予測される。

ただし、非言語的手がかりが伝達されない CMC の社

会的ネットワークでは、相手に対する親密度を深められ

ず、心理的な満足感を高められない可能性がある。しか

し、長い時間をかけてお互いに接触を重ねることによっ

て、CMC においても社会的ネットワークの親密度を高め

られることが指摘されている( Schmitz & Fulk, 1991)。ま

た、匿名性などの CMC の特徴を生かした社会的ネット

ワークを未知の相手と形成することで(McCormick &

McCormick, 1992)、自己開示などを含めた親密なコミュ

ニケーションを行うことも可能であると推測される。つ

まり、CMC の社会的ネットワークも FTF の社会的ネッ

トワークと同様に、心理的な満足感を高め、孤独感を低

減させることが考えられる。

したがって、社会的スキルは CMC の社会的ネットワ

ークの形成に強い影響を及ぼさないが、形成された CMC

の社会的ネットワークは、孤独感を低減させる役割を持

つことが予測される(仮説2)。また、社会的スキルの不

足はネガティブな自己評価や劣等感と関連することから

(相川, 1992)、社会的スキルが社会的ネットワークを介

さずに、孤独感に直接影響を与えることも予測される(仮

説3)。

そこで本研究では、Fig.1 に基づき、社会的スキルが社

会的ネットワークを介して孤独感に影響を与える過程を、

FTF と CMC で比較検討することを目的とする。

Fig.1 社会的スキルから孤独感への影響過程のモデル

方 法 調査時期 2000 年7月~8月

調査対象者 インターネットを日常的に利用している

人々を調査の対象とするために、インターネット上の電

子掲示板およびメーリングリストで、調査への協力を要

請した。最終的に、Web ページに設置された質問フォー

ムに回答した 164 名(男性 93 名、女性 71 名)を、分析

の対象とした。

質問フォーム ①孤独感尺度:改訂版 UCLA 孤独感尺度

邦訳版(工藤・西川 , 1983)を用いた。②社会的スキル

尺度:KiSS-18(菊池, 1988)を用いた。③FTF の社会的

ネットワークの測定:過去6ヶ月間に、直接会う・電話・

手紙のいずれかで重要な話をした既知の友人を、「現在の

環境の友人」「昔の友人」のカテゴリー別に想起させ、そ

の人数を回答させた。次に、思い浮かべた友人たちとの

平均的な接触の頻度を「1. 月に1度以下」「2. 少なくと

も月に1度」「3. 少なくとも週に1度」「4. ほとんど毎

日」の4段階でカテゴリー別に回答させた。最後に、そ

れぞれの社会的ネットワークが自分にとってどれくらい

重要であるかを、「1. たいへん重要である」「2. 少し重

要である」「3. あまり重要でない」「4. 全く重要でない」

の4段階でカテゴリー別に評定させた。④CMC の社会的

ネットワーク(既知の相手)の測定:過去6ヶ月間に、

電子メールや電子掲示板、チャットなど、CMC で重要な

話をした既知の友人を、「現在の環境の友人」「昔の友人」

のカテゴリー別に想起させ、相手の人数、CMC による接

触の頻度、CMC の関係の重要度を、FTF の場合と同様に

-++

+-

-社会的ネットワーク(FTF)

孤独感社会的スキル 社会的ネットワーク(CMC)

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CMC を介した社会的スキルと孤独感との関連性

回答させた。⑤CMC の社会的ネットワーク(未知の相手)

の測定:④と同様の質問を、「ネット上の友人」というカ

テゴリーについて回答させた。

結 果 個人の社会的ネットワーク全体を分析の対象とするた

めに、FTF の社会的ネットワークと CMC の社会的ネッ

トワーク(既知)の人数については、それぞれ「現在の

環境の友人」「昔の友人」のカテゴリーの合計値を以降の

分析で用いた。また接触頻度、重要度の値は、合計値を

カテゴリー数(2)で割ったものを分析に用いた。CMC

の社会的ネットワーク(未知)については、「ネット上の

友人」のカテゴリーに対する回答値をそのまま分析に用

いた。よって、接触頻度、重要度の得点範囲はいずれも

1点から4点となる。社会的ネットワークの各変数の平

均、標準偏差、および各変数と社会的スキルとの相関を、

Table 1 に示す。

FTF の社会的ネットワークと2つの CMC の社会的ネ

ットワークの人数、接触頻度、重要度は、いずれも社会

的スキルと有意な正の相関を示していた。さらに、これ

らの変数に対する社会的スキルの説明力(R 2)も、全て

5%水準で有意であった。

次に、社会的スキルと社会的ネットワークが孤独感に

与える影響を明らかにするために、孤独感を従属変数と

し、社会的スキル、FTF の社会的ネットワークと2つの

CMC の社会的ネットワークの人数、接触頻度、重要度を

説明変数とする重回帰分析(一括投入法)を行った。な

お、社会的ネットワークの人数については、回答値を対

数変換した( log10(1+回答値))。また、説明変数間の多重

共線性を考慮し、社会的ネットワークの人数、接触頻度、

重要度のそれぞれについて、個別にモデルを設定して分

析を行った(Table 2)。

重回帰分析の結果、社会的スキルおよび FTF の社会的

ネットワークの人数、重要度は、孤独感に対してそれぞ

れ有意な負の効果を示し、接触頻度の効果も負の有意傾

向を示していた。しかし、CMC の社会的ネットワーク(既

知)と CMC の社会的ネットワーク(未知)の人数、接

触頻度、重要度は、いずれも孤独感に対して有意な効果

を示さなかった。また、社会的スキルから孤独感への直

接効果も有意であった。したがって、仮説1、3はほぼ

支持されたが、仮説2は支持されなかった。以上の結果

を模式図に示したものが、Fig. 2 である。

Fig.2 社会的スキルから孤独感への影響過程

考 察 社会的スキルは CMC の社会的ネットワークの形成に

影響を与えているが、形成された CMC の社会的ネット

ワークは孤独感に対して影響を与えていないことが示さ

れた。このことから、CMC の社会的ネットワークを形成

するのにも、FTF と同様に社会的スキルが必要とされる

が、CMC の社会的ネットワークを形成したとしても、FTF

とは異なり孤独感は低減されないことが示唆される。

社会的スキルが CMC の社会的ネットワークでも必要

とされたのは、手がかりの少ない CMC では未知の状況

に対して的確に対処する能力が求められるからだと考え

られる(篠原・三浦, 1999)。また、対人関係を進展させ

親密さを深めていくためには、自分のポジティブな態度

が相手にも伝わるように行動する必要がある(Levinger

& Snoek, 1972)。非言語的手がかりの伝達されない CMC

では、主に言語的手がかりを用いてコミュニケーション

が行われるため、ポジティブな態度が伝わりにくく、相

手との関係や親密さを深めることが困難になり、孤独感

を低減させるような関係を形成できないのだろう。今後

は、対人関係の質的な側面や付き合いの期間についても、

詳細に検討する必要がある。

人数 接触頻度 重要度 人数 接触頻度 重要度 人数 接触頻度 重要度

Mean 4.96 2.54 2.46 2.60 1.79 1.83 1.66 2.20 1.86SD (5.69) (0.94) (0.82) (4.24) (0.88) (0.84) (2.89) (1.52) (1.06)

 社会的スキルとの相関 .23** .25** .22** .31** .31** .28** .19* .24** .24**

Table 1 社会的ネットワークの人数、接触頻度、重要度の平均値、標準偏差、および社会的スキルとの相関 (n =164)

**p <.01, *p <.05

社会的ネットワーク

FTF CMC(既知) CMC(未知)

社会的スキル

社会的ネットワーク

FTFCMC・既知

CMC・未知

R 2

Adj. R 2

重要度

Table 2 孤独感に対する重回帰分析 (n =164)

従属変数:孤独感得点

説明変数

人数

モデル1

接触頻度

モデル2

**p <.01, +p <.10

β

-.56** -.55** -.56**

-.23**-.06-.05 .45**

モデル3

.44**

-.13+

-.08 .02 .39** .37** .43**

-.22**-.03-.04 .44**

+

+

+

-

-社会的ネットワーク(FTF)

孤独感社会的ネットワーク(CMC・既知)

社会的ネットワーク(CMC・未知)

社会的スキル