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1 GIS -理論と応用 Theory and Applications of GIS, 2009, Vol. 17, No.1, pp.1-11 【原著論文】 大学入学による人口移動地図の研究 古藤 浩 Visualization of migration by university admission Hiroshi KOTOH Abstract: In this paper, we analyze the regional structure by using migration data of matriculates between prefectures. We analyze the data using the method of Huff’s model through three stages which differs in the way of setting unknown coefficients. Unknowns at the first stage are "Distance attenuation coefficient" and "Regional coefficients". "Regional coefficients" are proportional to their attractions. The distance attenuation coefficient is fixed at the second stage, and only regional coefficients are set to unknowns. At the third stage, regional coefficients are also set to given, virtual maps of matriculate’s migration is shown by the method of applying the multi-dimensional scaling method. School basic survey (1993-2007) is used for the data of the migration of matriculates. The number of matriculate’s migrations decreases in proportion to the distance. Because a lot of matriculates come from the self-prefecture, we focus it on this number. Finally, we analyze time series of virtual maps of matriculate’s migration. Keywords: ハフモデル(Huffs model, 仮想地図(virtual map, 学校基本調査データ (the data of school basic sur vey) 1.はじめに 本研究では,大学及び短期大学入学による都道府 県単位の人口移動データ(出身高校の所在地別・入 学した大学及び短期大学の所在地別入学者数デー タ)を用いて,入学行動からの地域構造を議論する. 多くの日本人にとって 18 歳前後の高等学校卒業 時は人生の最初の移動(転居)のタイミングである. 大学等入学は志望による移動なので,高等学校等卒 業者は大学の魅力とその所在地域の魅力によって入 学先を決めるだろう.つまり,移動の要因は大学の 質・立地地域の環境による魅力といえる. 地域振興策としての大学設立が 1990 年代後半以 降盛んだったのは,大学によって地域の魅力を引き 上げ,総じて経済等の面でも活性化させようという 考えだったと理解できる.年齢によって地域の魅力 は異なるかもしれないが,若者の選択結果は地域の 魅力の意味を考える上で重要である. 人口移動については国勢調査による都道府県単位 のデータが公開されているが,一般的な人口移動は 地域の魅力だけでなく,地縁・血縁・職場による転 勤命令など様々な要因が考えられ,その意味・構造 はより複雑である.また一般的な移動の要因には所 得格差・十分な雇用なども考えられる.比較して, 大学入学等による移動は地域の魅力を考察する上で より適当と考え分析対象とした. 本研究では,各都道府県の大学入学者にとっての 魅力を見積もると同時に,魅力がどの方向に強く効 いているかという地域構造も考え,それを仮想地図 によって視覚化する方法を提案する.また 1990 古藤:990 - 9530 山形市上桜田3 丁目4-5 東北芸術工科大学 デザイン工学部 E-mail[email protected]

大学入学による人口移動地図の研究 · アで5人以上の移動があり,全国規模の移動とわか る.なお,大検合格者の入学者は出身地が不明なの

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GIS-理論と応用Theory and Applications of GIS, 2009, Vol. 17, No.1, pp.1-11

【原著論文】

大学入学による人口移動地図の研究

古藤 浩

Visualization of migration by university admission

Hiroshi KOTOH

Abstract: In this paper, we analyze the regional structure by using migration data of

matriculates between prefectures. We analyze the data using the method of Huff’s model

through three stages which differs in the way of setting unknown coefficients. Unknowns at

the first stage are "Distance attenuation coefficient" and "Regional coefficients". "Regional

coefficients" are proportional to their attractions. The distance attenuation coefficient is fixed

at the second stage, and only regional coefficients are set to unknowns. At the third stage,

regional coefficients are also set to given, virtual maps of matriculate’s migration is shown by

the method of applying the multi-dimensional scaling method.

School basic survey (1993-2007) is used for the data of the migration of matriculates. The

number of matriculate’s migrations decreases in proportion to the distance. Because a lot of

matriculates come from the self-prefecture, we focus it on this number. Finally, we analyze

time series of virtual maps of matriculate’s migration.

Keywords: ハフモデル(Huff’s model), 仮想地図(virtual map), 学校基本調査データ (the data of

school basic survey)

1.はじめに 本研究では,大学及び短期大学入学による都道府県単位の人口移動データ(出身高校の所在地別・入学した大学及び短期大学の所在地別入学者数データ)を用いて,入学行動からの地域構造を議論する. 多くの日本人にとって18歳前後の高等学校卒業時は人生の最初の移動(転居)のタイミングである.大学等入学は志望による移動なので,高等学校等卒業者は大学の魅力とその所在地域の魅力によって入学先を決めるだろう.つまり,移動の要因は大学の質・立地地域の環境による魅力といえる. 地域振興策としての大学設立が1990年代後半以降盛んだったのは,大学によって地域の魅力を引き

上げ,総じて経済等の面でも活性化させようという考えだったと理解できる.年齢によって地域の魅力は異なるかもしれないが,若者の選択結果は地域の魅力の意味を考える上で重要である. 人口移動については国勢調査による都道府県単位のデータが公開されているが,一般的な人口移動は地域の魅力だけでなく,地縁・血縁・職場による転勤命令など様々な要因が考えられ,その意味・構造はより複雑である.また一般的な移動の要因には所得格差・十分な雇用なども考えられる.比較して,大学入学等による移動は地域の魅力を考察する上でより適当と考え分析対象とした. 本研究では,各都道府県の大学入学者にとっての魅力を見積もると同時に,魅力がどの方向に強く効いているかという地域構造も考え,それを仮想地図によって視覚化する方法を提案する.また1990年

古藤: 〒990 -9530 山形市上桜田3丁目4 -5 東北芸術工科大学 デザイン工学部 E-mail:[email protected]

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代以降の十数年の時系列的な変化も概観する.それは地域の魅力の考察に援用できると同時に,大学にとっては募集活動の地域的重点をどこにどのような順序で置くかのウェイト設定の補助資料となるだろう.

 具体的な方法としては,大学入学者数の分析の枠組みとして冪型ハフモデルを導入し,未知数の与え方が異なる3段階の方法で推定を行い分析する.詳しい手順やその意味は3.3.節で説明するが,第三段階では,地域の魅力を所与とし,多次元尺度構成法を応用して大学等入学時における移動を最もよく表すような仮想地図を作成し,時系列的に分析する.93年以降の18歳人口の減少と平行して大学の数が増加していく期間を対象と決め,学校基本調査(1993~2007)のデータを用いた.一般の人口移動と同様に,大学入学時の人口移動人数も距離に応じて減少するので,大学入学による人口移動を分析できる可能性を石川(1994)は指摘している. 一方,大学等での募集対策のために,大学入学者数を考えるときは入学者の総数をある程度正しく推測・予測することも重要である.総数を考える場合,人数が最も多いのは同県内進学者数なので,県内々の移動(入学)人数にも注目する必要がある.そこで,本研究では内々移動のデータの扱いも重視する.

2.大学進学による移動の概況 まず,学校基本調査で公表されている大学・短期大学進学による都道府県間の人口移動の状況を,2007年度入試を中心に簡潔に説明する.大学・短期大学入学者数は1992年度入試の79万6千人から,2007年度入試には69万8千人に減少した.短期大学の四年制大学化の流れを受けて大学への入学者数は増加し続け,1992年度入試では大学の占める比率が68 .5%だったのが,2007年度入試では,大学が61

万4千人と87 .9%を占めるようになった.その経年的な傾向は図1に示される.大学・短期大学進学率の上昇のため1993年度から数年間は少子化傾向下でも入学者数は横ばいだったが,1998年度入試以降は年平均で9600人の減少が続いている. 2007年度入試での都道府県間の入出人数を散布

図で表すと図2になる.ここで点線は転出と転入が等しい場合を示す.点線よりも上に位置するならば大学入学で人口が増えていることを意味する.出身者の多い順に東京都,大阪府,神奈川県,愛知県,埼玉県,兵庫県,千葉県の順になる. 全体的傾向として大学入学によって,地域から大都市圏に移動する傾向がわかる.流入傾向が特に顕著なのは東京都・京都府である.また,大都市の近郊は大学進学者が多いが,大学も多いため入学者数も多く,兵庫県や千葉県など,出入人数がほぼ等しい傾向が読み取れる. ここで[入学者数]/[出身者数]の値が大きい都道府県ほど,外から多くの学生を引きつけているので直感的に魅力のある地域と考えられよう.その値の上位・下位5県は表1に示され,大都市圏が上位

0

300000

600000

900000

2991 9194 91

96 9198

2000

2200 02

04 0206

入試年度(西暦)

数者

学入

大学 短期大学

0

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40000

60000

80000

100000

120000

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0 20000 40000 60000 80000

出身県

県学

入学県 南関東 京阪紳

東京

千葉

福岡

兵庫

埼玉

愛知

神奈川

大阪

京都

北海道

図1 大学・短期大学入学者数の変遷

図2 大学・短大入学による人口移動(07年度入試)

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に位置した一方,多くの下位県は,その県の魅力不足というより近隣の大都市圏中心部への流出による結果とも見える.多くの入学者を引きつける地域はどこから引きつけているのかも考える必要がある. 距離が伸びるに従い入学の可能性は下がると考えられるので,重力モデルにあてはめ,【入学可能性=県 iから県 j への入学者数に占める([県 i出身者全数×県 j入学者全数]の平方根)】と【距離】の関

係を3県に注目して図3に示すと,県によって距離による減衰傾向は異なるとわかる.すなわち北海道は傾きが大きく東京はより緩やかである.また100km以上では同じ距離でも10倍以上の差があり,出身地と入学地の関連構造は複雑と考えられる. データは47都道府県間の行列になり,データ数は2209(=472)となる.大学・短大入学による都道府県間の移動人数のヒストグラムは図4になる.71%の都道府県ペアで10人以上,84%の都道府県ペアで5人以上の移動があり,全国規模の移動とわかる.なお,大検合格者の入学者は出身地が不明なので分析対象外とした(例えば,2007年度入試での入学者数のうち1万8千人強(入学者全体の2 .6%)は大検合格者である).

3.モデル3.1.基本とするモデルについて ハフモデルとは,客が店舗を選択する確率を,店舗の魅力と客と店舗間の距離によって説明する立地分析のための数理モデルである(Huff, 1966).そのアナロジーを大学入学に応用する. 適用にあたっての問題は二つあると考えられる.それは,(1)「店舗の魅力」と「大学とその地域の魅力」に同じ考え方を適用してよいのか,(2)全国規模の移動である大学入学を地域レベルの店舗競争の説明に使われるハフモデルが適当か?という点である. (1)については,入学人数(率)が距離に応じて減衰する(例えば図3)ので,重力モデルなど空間相互作用モデルが適用可能と考えられること,入学志願して行動が起こされることから始点制約型のハフモデルが適当と考えられた.なお,後述するが,店舗の床面積などで定義される「魅力」が大学では何になるのかという問題もある.(2)については全国規模の観光旅行行動の説明などでもハフモデルの適用が可能であることが報告されている(例えば三浦,2004;本間 ・栗田,2006)ことから,大学入学行動でも可能という仮定で進めた. モデルを設定するに当たって,各都道府県の大学総和としての魅力と地域の魅力(街の魅力など)を併せた概念を「県の魅力」と定義する.次に進学者

0.001

0.01

0.1

1

10 100 1000 10000

距離

性能

可学

北海道 東京都 静岡県

km

図3 入学可能性の距離減衰(2007年度入試)

図4 �都道府県間のペアの移動人数のヒストグラム�(2007年度入試)

70

86

102

68

91

279

957

453

90

13

0 200 400 600 800 1000 1200

0

1

2

3

4

5-9

10-99

100-999

1000-9999

1万人以上

都道府県ペア数

表1 [入学者数]/[出身者数]

上位5都道府県 下位5県京 都 211% 茨 城 47%東 京 196% 静 岡 45%神奈川 130% 長 野 42%大 阪 123% 三 重 41%福 岡 117% 和歌山 32%

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出身県と進学先候補地との距離と候補地の魅力によって決まる県間の引力を定義する.県 iから県 j

への大学入学者数は,各県の県 iへの引力の総和を分母,県 jの県 iへの引力を分子とする確率で与える. まず,記号を次のように定義する.  m:県の数(=47)  Sj:県 jの魅力(>0)  dij:県 iから県 jへの距離   fi j:県 i出身の進学者を県 jの大学が引く力  nij:県 i出身者の,県 jの大学への入学者数  a:距離に関する減衰係数(>0)本研究では冪型のハフモデルを基本とする.すなわち県 i出身の進学者を県 jの大学が入学させようとする引力を

         f S dij j ij= -a (1)

とし,県 iの出身の進学者が県 jの大学に入学する確率を次の式(2)のように与えるモデルである.

        p

f

fij

ik

k

m

ij

1

=

=

t

! (2)

県 i出身の進学者数を oiとするならば,県 iから県jの大学への入学者数推定値 は以下となる.

        n o pij i ij=t t

未知数の推定は,ロジットモデルの枠組みを使い,同時確率の最大化(最尤推定法)によっておこなう(土木学会編,1995).すなわち尤度関数 Lならびに対数尤度 lnLを以下のように定義し,対数尤度関数lnLの最大化をおこなう.尤度関数 Lおよび,目的関数 Fは式(3)のようになる.

  max ln ln

ln

L p

F L n p

nS d

S d

ij

n

j

m

i

m

ij ij

ji

ij

k ik

k

m

j ij

ji

11

1

ij

=

= =

=

==

-

=

-

a

a

t

t

%%

!!

!!!

(3)

3.2.距離の与え方について 一部の例外を除き,各県への大学入学者数で比率が最も高いのは自県出身者なので,大学入学の分析では,県内々移動による入学者数の推計が重要である.募集活動等の補助としても使える結果を得るため,近県への移動を含め,実人数をなるべく正確に推定できるモデルとしたい.そのため,内々距離や近県間の距離の与え方を次のように工夫する.内々距離を決める要因には,県の形状や人口分布,大学の分布状況など様々に考えられるが,ここでは領域間平均距離の概念(栗田・腰塚,1988)を活用する. ここで使う方法は,各県が県庁所在地を中心とする(真の面積と)等面積の円であると仮定し,その場合の面対面の領域間平均距離(一次近似)による方法である.すなわち大学進学者と大学は県内にまんべんなく分布していると考えた距離を用いた.距離を求める県 i,jの面積を zi,zj,県庁所在地間の直線距離 dijをとすれば,以下のように与えられる.

  内々: z45

128.

i

1 5r,  県間:d

dz z8

ij

ij

i j+

+r

(4)

県間距離の第二項は直線距離 dijが大きくなるのに反比例して小さくなる.言い換えれば直線距離が近いほど第二項の効果が強く出る.なお,面対点(県庁所在地)の平均距離も計算できるが比較の結果として式(4)の利用を決めた. 当然のことながら県の形状や人口分布の偏りによって近似式の妥当性が異なる.本研究では未知数推定の第三段階で,県の面積も未知数とすることでこの問題に対応する.内々距離を面積のみによる数式で推定すること自体には飛躍が残るが,この式によって内々と近隣県間の距離をより適切に扱い,かつ第三段階では適切な面積を逆算で求めようというのが式(4)の導入目的である.

3.3.分析の手順 本研究の最終的な目的は各県の位置を未知数として仮想地図を作成して地域的な関係を吟味することにあるが,そこに到る前段を二つおき,三段階に分析を進める. 未知数の候補は Sj,dij(各県の位置・面積に依存

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する),aが挙げられるが,引力の値は個別には魅力によってでも,距離(及び a)によってでも決めることができる.そのため,全てを同時に決定すると,どの係数の影響がどのように出ているかの解釈が難しくなる.また,局所最適解に収束しやすい. 対して,県共通の係数を設定すると仮想地図の経年変化での考察が容易になるなど利点が多い.また第三段階では魅力を過去の平均値で与えるが,それは,魅力が不明な未来の大学入学による移動傾向の推定を可能にするという利点もある. 第一段階では県 jの魅力 Sjと減衰係数 aを未知数として,その変化を分析する.次に第二段階では未知数をSjのみとしてその弾力性を確認する.第一,第二段階での各県の位置は物理的な値で進める.そして第一,第二段階の結果から年度にかかわらず共通とする Sjと aの値を決め,第三段階での仮想地図の作成をおこなう. 観点を変えて述べるならば,第一段階と第三段階では未知数が全く異なるので,二つの見地から大学入学による人口移動の考察材料を与えるともいえる. 計算は逐次二次計画法を用いた.なお,第一・第二段階での非線形最適化の大域的な最適性は源馬(2007)で示されている.

4.分析結果4.1.第一段階:未知数は魅力 Sjと減衰係数 a

 第一段階は県 jの魅力 Sjと減衰係数 aを未知数として式(3)を分析する.すなわち式(3)で

         ( , ( , ))max F S j 1 46j =a …

とする.なお,魅力は県間での相対値なので,全都道府県の合計値を100に固定して推定した. 計算は1993年度,96年度,99年度,2001年度~2007年度の入試データで,大学・短期大学を併せておこなった.まず,距離減衰係数 aの様子は図5になり,1 .8~1 .9強の範囲で少し上昇傾向となった.つまり遠方にはあまり行かなくなりつつある. 次に県の魅力の係数 Sjを図6に示す.魅力の高い県での順序は13年間で大きな変化はなく,東京,北海道,神奈川,千葉,埼玉,愛知の順となるが東京,神奈川など大都市圏の魅力が大きくなりつつある傾向が見られる.また北海道はハフモデルの結果では高い魅力があるという結果になったが,その魅力は低下傾向にある.距離減衰係数が大きくなる傾向の中,魅力が上昇すると言うことは,近隣の県から確実に集める傾向に変化しつつあるのかもしれない. 表1に見た入学人数の各県の差し引きでは京都が高い魅力を持つように考えられたが,ハフモデルでは7番目に位置した.表1との相違の意味を北海道や京都府で考えれば,北海道は魅力があるが短い距離では他に行き先がないため道外からの入学者が少

図6 県の魅力と変化

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

10.0

12.0

14.0

16.0

18.0

20.0

1992 1996 2000 2004 2008

神奈川

千葉

北海道

東京

埼玉

京都

大阪

愛知

図5 距離減衰係数α

1.50

1.60

1.70

1.80

1.90

2.00

39

91

49

91

59

91

69

91

79

91

89

91

99

91

00

02

10

02

20

02

30

02

40

02

50

02

60

02

70

02

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ない,京都府は魅力の効果以上に,人口の多い近県があるため県外からの入学者が多いという結果に結びついたという解釈が可能である. 2007年度入試での真の値と推定値との決定係数は0 .9782となり,その当てはまりの様子を図7に示す.最も目的関数値が悪かった2005年度入試での決定係数でも0 .9779だった.説明力が大きいように見えるが,都道府県個別に調べると,中小の県に関する移動ではかなりの誤差があることがわかった.人口規模が東京都の10分の1未満の県が出身地ベースで19県,入学県ベースで36県と,規模の分散が大きいことがその理由と考えられる. 2007年度入試で人数が2000人以上で100%を超える誤差を生じた県の組み合わせは,岐阜内々(2819

(真の値)→933(推計値,以下同)),埼玉→神奈川(2263→6355),三重内々(2402→980),埼玉内々(12021→6003)の四つだった.また1000人以上では12の組み合わせで100%を超える誤差がおきた.最も人数が多い組み合わせは東京内々で47808人(真の値)なので,それに比べれば影響は小さいが,各県の状況を個別に議論する場合にはこのずれは無視できない. 各県の魅力を社会指標などから外生的に与えられれば将来予測などに効果的と考え,人口や県内総生産,商業統計など10種類の指標と,国勢調査年に合わせた96,01,07の三カ年の結果との相関を調べた.しかし,社会指標と魅力の相関係数は最も高くても0 .901(小売業販売額)で,効果的に使えそうな指標は見つからなかった. 複数の社会指標を複合的に使って魅力をより高く説明することも可能だが,理由の説明が困難で,将来に敷衍する場合に問題が多い.一方,推計された魅力を年度間で比較すると,最も低い相関係数でも0 .983で非常に高い.魅力は10年程度では変化しないと仮定し,過去の魅力の平均を採用し,第二,第三段階の分析をすることにした.

4.2.第二段階:未知数は魅力 Sjのみ 年代を超えて比較する場合,aを固定した方が魅力の変化の議論が容易である.一方,減衰係数には

この20年間での増加傾向が見られる.距離減衰係数 aの値が大きいということは,県間が相対的に疎遠なことを意味するが,その傾向は第三段階で「仮想地図の大きさ」として表現される.ここでは図5

等を吟味し,aを中間的な1 .85に固定し,魅力 Sjのみを未知数として式(3)を計算した. その結果を図8に示す.距離減衰係数の変化の影響がなくなったため,図6に比べ魅力の変化は小さくなった.特に大都市圏での上昇傾向はそれほど

図7 ハフモデルの適用結果(対数尺)

×:100%以上の過剰(または過小)予測をした移動

図8 α=1.85での都道府県の魅力

1

10

100

1000

10000

100000

1 10 100 1000 10000 100000

真の値(人)

)人(

値定

推る

よに

ルデ

0.0

2.0

4.0

6.0

8.0

10.0

12.0

14.0

16.0

18.0

20.0

1992 1996 2000 2004 2008

神奈川

千葉

北海道

東京

埼玉

京都

大阪

愛知

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でもないということになった.ただし,北海道の低下傾向は図6同様といえそうである.なお,目的関数値は最適の場合に比べ少し悪化するが,各結果と比較して,最も悪くなる結果(2007年度入試)でも,残差の分散比 F=1 .101で F0 .005(2209,2209)=1 .116

から,有意水準1%で距離減衰係数の差の影響は有意ではないと検定できる.

4.3.第三段階:未知数は県の位置と面積4.3.1.仮想地図作成の目的関数の定式化 第三段階では県の面積と位置を変数として式(3)を求める.県の面積は内々距離や近県間の距離に大きく影響する.しかし,一ヵ年だけのデータで分析した場合,面積はその年の県内々入学を説明するアドホックなパラメータに近くなり,妥当性への疑問がおきるため,複数年度データで仮想地図を求める. 何年間をまとめるか決めるため,式(2)で与えた入学確率は年によってどの程度安定しているのかを調べる.2007年の入学人数と,2001年~2006年の入学人数の相関係数を比べたのが図9である.年が離れると徐々に入学人数の相関が弱くなってくることがわかる.図9を参考に3年程度の相違までは都道府県への入学確率はほぼ同じ値と判断し,第三段階の仮想地図作成では,3年間を統合して一つの大学入学仮想地図を作成することにした. 式(3)で,距離・面積の平方根を全て等倍しても入学確率の値は変化しない.つまり,式(3)による仮想地図はスケールフリーであり,長さは比較においてのみ意味をなす.ただ,基準があると比較が容易になるので,進学者の高校所在地・入学者数が共

に最も多い東京都と,二番目の大阪府の位置を固定し,原点を東京に,大阪の位置を東京との直線距離を用いて(- 400,0)と固定し仮想地図を作成した.これによって地図の比較も容易になる.推定での目的関数は,式(5)のように書ける.

( , , )

{ , , , },

{ , . , },

{ , , , },

,

( ) ( )

( ),

max ln ln

ln

F z x y L n p

nS d

S d

z z z z

x x x x

y y y y

d z

d x x y y

x x y y

Z Z i j

45128

8

.

ijl ij

jil

ijl

k ik

k

m

j ij

jil

iii

ij i j i j

i j i j

i j

1

1 2 47

1 2 45

1 2 45

1 5

2 2

2 2

g

g

g

!

= =

=

=

=

=

=

= - + -

+- + -

+

r

r

-

=

-

a

a

t

^ ^h h

!!!

!!!!

(5)  ※ lは年を表す.

   (xi,yi,zi):県 iの x座標,y座標,面積,i=46は大阪,i=47は東京とする

なお,4.2.節での議論により距離減衰係数 aは1.85

に固定する. 逐次二次計画法で計算したが大域的な最適解という保証がないので6種類の初期値からの結果を比較し,その中での最適な結果を選んだ.

4.3.2.分析結果 計算は1993年度-1995年度,1997年度-1999年度,2001年度-2003年度,2005年度-2007年度での大学入学データに適用しておこなった.図10に2007年での当てはまり傾向の図を示す.第一段階の図7の場合と比較して,特に数百人以上の移動に関しては説明力が上がっていることがわかる.実際,真の移動人数が2000人以上の組み合わせでは100%を超える誤差はなく,1585人の入学があった福岡県→東京都を709人と過小推計したのが最も大きな100%超の誤差だった.真の値が1000人以上での100%超の誤差は三つだった. 当てはまりの評価のため真の値と推定値間の決定係数,標準誤差,尤度比を表2に示す.なお,07年

図9 都道府県間大学入学人数の相関係数� (2007年に対する相関係数)

0.9980

0.9985

0.9990

0.9995

1.0000

2006 2005 2004 2003 2002 2001

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と05年,06年の大学入学者数の県間人数間(真の値)の決定係数は0 .9963で,対応する05 - 07年の推定による決定係数よりは高いが93年~03年の推定による値よりは低い.つまり,推定の精度としては十分なレベルと考える(真の入学人口移動数でも10%程度の年較差がおき,例えば鹿児島県内々の入学は2006年の3879人から2007年には3539人になった). 標準誤差は100人程度で,1/3程度のデータで100

人以上の誤差があることが示唆されるが,2007年のデータでの残差の分布状況を図11に示すと,残差が±50人の範囲に80%のデータが入っていることがわかり,全体としての当てはまりはよいが一部のデータで大きな残差があると解釈できる.他の年度でも同じような傾向だった. 最尤法による場合のモデルの検証には尤度比 t 2

(McFaddenの決定係数)がよく用いられる.それは本モデルの例では全ての都道府県の位置と面積を同じにしたときの目的関数値 Lに対する最大化した目的関数値 F

の比に着目したもので,

         /F L12 = -t:

と書ける.さらに変数の数 K(=137)による自由度の調整も施した尤度比は,データの数(=大学入学者数)を Nとおいて,

        N

N KLF12 = - -tr c m:

となる.尤度比は0 -1の間をとる値で1に近いほど適合度がよいことを示す.一概に比較できないが,交通計画の分野では0 .2~0 .4で十分高い適合度と判断されている(土木学会編,1995)ので,かなりよい当てはまり傾向と言えるだろう.

4.3.3.大学入学人口移動からの日本の構造 まず,4つの計算結果(1993 - 95年度,1997 - 99年度,2001 - 03年度,2005 - 07年度)での各県の面積を,真の面積との比で図12に,各県への進学者数の合計による残差の地域差を図13に示す.次に大学・短大入学の仮想地図を図15~図17に示す.ここで各県の円の面積は推定された面積と等しく,円の内側の黒丸の面積は県の魅力に比例する.面積が大きいことは,「自県が広い→自県が平均的に遠いので,県外に入学する傾向がある」ということを意味し,逆に黒丸が大きいことは「魅力があり入学者が多い」ことを意味する.これら二種の面積で非対称な大学入学での動きを表す.なお,新幹線経路を線で示す.比較のためこの描き方で同じ縮尺の(物理的な)日本地図も図14に示す. 図12にみる面積では南関東や北陸地方が実際の面積より大きくなり,また中国地方以西が実際より

表2 あてはめの結果

データ年度 決定係数 標準誤差 自由度調整済尤度比

93 -95年度 0 .9970 110 .98 0 .61897 -99年度 0 .9969 107 .61 0 .61001 -03年度 0 .9969 100 .84 0 .62405 -07年度 0 .9955 126 .11 0 .629

図10 ハフモデルの適用結果(対数尺)

 ×:100%以上の過剰(または過小)予測をした移動

図11 式(5)での残差の分布(2007年のデータ)

1

10

100

1000

10000

100000

1 10 100 1000 10000 100000

真の値(人)

)人

(値

定推

るよ

にル

デモ

0% 10% 20% 30% 40% 50% 60%

過小推定(200人~)

過小推定(150~199人)

過小推定(100~149人)

過小推定(50~99人)

一致または過小推定(0~49人)

過大推定(1~50人)

過大推定(51~100人)

過大推定(101~150人)

過大推定(151~200人)

過大推定(200人~)

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かなり小さめの傾向となった.北陸地方は多少遠くても近畿地方に入学することが多いので面積が広い(自県内にはそれほど入学しない)のではないかと考えられる.最も小さくなったのは沖縄県だが,県外に入学先を選ぶことが少ないと単純に言うこともできない.後述の仮想地図上では沖縄県は実際よりずっと本土に近く位置した.二つの結果を合わせれば「沖縄県から他県へはどの県にもまんべんなくある程度の人数が入学する傾向にある.ただし,自県に入学する確率は非常に高い」と解釈できる. 時系列にみると関東地方等は小さく,東北地方や中国地方以西は大きくなり,そのほかの県でも.徐々に真の面積に近づきつつある.大学進学率が上がると共に各県の物理的な大きさに比例した進学先の選択傾向になりつつあるように見える. 図13に示す残差の地域傾向では東京・京都・大阪への進学者数の過小評価がみられ,それはどの年度でも,多くの県からの進学者数で見られた.その分,他の県への進学者数は過大評価気味となった.それ以外の傾向は年によりまちまちだった. 図14~図17から,次のようなことが読み取れる.ⅰ 年度に関わらず,日本全体が C型に曲がった形

となった.遠距離が実際ほど効かない傾向といえる.北海道や沖縄県が関東に近く(=比較的高確率で関東の大学に入学する)なった.

ⅱ 富山・長野・新潟・山形は隣県関係にあるが大学入学から見るとかなり疎遠である.

ⅲ 図15より図17が全体として大きい.東京-大阪を基準とすると他の県間の進学率は全体に下がってきていることの反映と考えられる.また,これは第一段階で距離減衰係数 aが年代と共に増加傾向にあったことの反映とも言える.

ⅳ 地図の大きさを別とすれば,社会情勢の変化や少子化・大学進学率の上昇による入学行動の構造の根本的な変化:形の大局的な変化は見られない.

ⅴ 1999年度入試の時期より「こまち」(秋田新幹線)が開業しているが,2001年以降では秋田県が少し関東に向いて位置した.都心への交通の便がよくなることでのストロー効果の表れと考えられよう.

ⅵ 沖縄は九州よりさらに関東側に位置した.関東地方により入学する傾向にあるとわかる.

なお,ここで挙げた傾向のうち,ⅰ,ⅱは人口移動や交通流の視覚化研究(例えば,人口移動で矢野

図12 仮想地図での面積と物理的な面積との比(物理的な面積を100%とおく)

図13 2007年度入試,進学先人数での残差の地域傾向(正が過大,負が過小推定,真の人数に対する比率)

0%

50%

100%

150%

200%

250%

森青

手岩

城宮

田秋

形山

島福

城茨

木栃

馬群

玉埼

葉千

京東

奈神

潟新

山富

川石

井福

梨山

野長

阜岐

静知愛

重三

賀滋

都京

阪大

庫兵

良奈

歌和

取鳥

根島

山岡

島広

口山

島徳

川香

媛愛

知高

岡福

賀佐

崎長

本熊

分大

崎宮

児鹿

縄沖

93-95年 97-99年 1-3年 5-7年

-10.0%

-5.0%

0.0%

5.0%

10.0%

15.0%

20.0%

道海

手 城

宮 秋

形 島

福 茨

城 木栃 群

玉 葉

千 東

川 井

山 長

阜 岡

静 愛

庫 良

奈 和

山歌

山 島

徳 香

知 岡

福 佐

分 崎

宮 鹿

島児

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(1991),通話で古藤・長谷川(2004))でも見ることができる.日本の普遍的な構造かもしれない.

5.おわりに 以上で大学・短大入学による人口移動を対象にその構造を視覚化する方法と,計算結果の吟味を終わる.本研究はハフモデルの枠組みでモデル化し,最尤推定法を用いて視覚化した.今回の同時確率の最大化による仮想地図の作成手法は,新しい試みとい

えよう.また視覚化で内々距離や近県間の距離の扱いに注目した点も特徴の一つである.ただ,十分な地域構造の理解には仮想地図だけでなく,減衰係数,魅力値,面積といった結果をすべて確認する必要があるので,解釈をより容易にするための方法を洗練する余地があるだろう. 本研究の仮想地図は各大学で募集戦略を考えるときに,どの地域に重点を置くべきか,新しい交通機関ができる時などに,その効果がどのように現れるかの推定・考察に利用できると考える.例えば図17と仮想地図からの知見ⅴから,宮城以南の県にとっての北東北での募集活動の重点のおきどころが,青森から秋田に変わったと言えそうである.なお,本手法そのものも,より一般的な地域構造およびその変化の考察にも援用できるだろう.

(a) 1997-1999 (b) 2001-2003

図14 物理的な日本地図

図15 大学短大入学の仮想地図(1993-1995)

図17 大学短大入学の仮想地図(2005-2007)

図16 大学短大入学の仮想地図

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謝辞 本研究の推進にご協力下さった筑波大学大澤義明先生,慶應義塾大学栗田治先生,静岡大学関谷和之先生,会津大学(故)出水田智子先生,貴重かつ重要な意見を下さった匿名の査読者の方に深く感謝いたします.

参考文献・資料石川義孝(1994)『人口移動の計量地理学』,古今書院.栗田治・腰塚武志(1988)「領域間平均距離の近似理論とその応用」,都市計画論文集,23,43 -48.

源馬耕一(2008):ハフモデルに対する制約付き最尤法の開発,静岡大学理工学研究科平成19年度修士論文.

古藤浩,長谷川文雄(2004)「逆算距離を利用した通話地図による日本の構造分析」.GIS-理論と応用,12(2), 165 -175 .

古藤浩(2006):大学入学人口移動空間の視覚化.オペレーションズ・リサーチ,51(4),224 -229 .

本間裕大・栗田治(2006)「複数目的地の同時決定プロセスを考慮した周遊行動モデルの構築 -国内観光流動データに基づく分析例-」,都市計画論文集,41

(3),187 -192

三浦英俊(2004)「交通インフラ整備が地域来訪者数増減に与える影響分析 -旅行者の移動にハフモデルを仮定して-」都市計画論文集,39(3),673 -678.

矢野桂司(1991)「空間的相互作用モデルの精緻化に関する研究 -日本の国内人口移動を例として-」日本都市計画学会学術研究論文集,26,517 -522.

土木学会編(1995)『非集計行動モデルの理論と実際』,土木学会

文部科学省(1993~2007)学校基本調査.〈http://www.

mext.go. jp/b_menu/toukei/001/index01 .htm〉Huff,D.L.(1964)“Defining and Estimating a Trading

Area”, Journal of Marketing, 28(3), pp.34 -38 .

(2008年4月19日原稿受理,2008年11月17日採用決定,2009年2月17日デジタルライブラリ掲載)

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