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発作性寒冷ヘモグロビン尿症 3例の臨床的検討 塩田浩平 1) 、内田俊平 1) 、福本哲也 2) 、脇房子 2) 井出眞 2) 、大西宏明 2) 、和泉洋一郎 2) 、河内康憲 3) 1)高松赤十字病院 初期臨床研修医 2)高松赤十字病院 血液内科 3)回生病院 血液内科

発作性寒冷ヘモグロビン尿症 3例の臨床的検討 - …...自己免疫性溶血性貧血(AIHA)は年間発症率が100万人対1〜5人と比 較的稀な疾患とされており、その中でも発作性寒冷ヘモグロビン尿症

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発作性寒冷ヘモグロビン尿症3例の臨床的検討

塩田浩平1)、内田俊平1)、福本哲也2)、脇房子2)

井出眞2)、大西宏明2)、和泉洋一郎2)、河内康憲3)

1)高松赤十字病院 初期臨床研修医

2)高松赤十字病院 血液内科

3)回生病院 血液内科

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演題 : 発作性寒冷ヘモグロビン尿症3例の臨床的検討

所属 : 1)高松赤十字病院、2)回生病院

名前 : 塩田浩平1)、内田俊平1)、福本哲也1)、脇房子1)、井出眞1)、

大西宏明1)、和泉洋一郎1)、河内康憲2)

筆頭発表者のCOI開示

演題発表に関連し、開示すべきCOI関係にある

企業等はありません。

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Takamatsu Red Cross Hospital

緒 言

□ 自己免疫性溶血性貧血(AIHA)は赤血球膜上の抗原とそれに対する自己

抗体との抗原抗体反応の結果起こる溶血性貧血である。

□ 自己免疫性溶血性貧血(AIHA)は年間発症率が100万人対1〜5人と比

較的稀な疾患とされており、その中でも発作性寒冷ヘモグロビン尿症

(PCH)は2%と極めて稀な疾患である。大野良之 . 溶血性貧血 . 平成 11 年度報告書(特定疾患治療研究事業未対 象疾患の疫学像を把握するための調査研究班)2000: 31-88

今回、当院で経験した3例の発作

性寒冷ヘモグロビン尿症につい

て臨床的検討を加えて報告する。

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81歳 男性(身長 158.0cm 体重 50.6kg BMI 20.3)

息切れ、動悸、食欲低下、黒褐色尿

シェーグレン症候群、間質性肺炎、塵肺、脂質異常症

20XX年9月より、上記既往症にて当院呼吸器内科で入院

加療、10月末に退院し、以後、外来フォローされていた。

同年12月1日、妻の見舞いのため寒い中外に出た。12月

3日の呼吸器科外来受診時に食欲低下、動悸、黒褐色尿の

訴えあり、血液検査で強溶血所見を認めていたが、患者本

人の希望で入院しなかった。

その後、12月8日に労作性呼吸苦のため外来受診され、血

液検査でHb 5.7g/dLと著明な貧血を認めたため、同日、

当科紹介され精査・加療目的に緊急入院となった。

症 例:

主 訴:

既往歴:

現病歴:

症 例 1

Takamatsu Red Cross Hospital

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プラバスタチン、エプラジノン塩酸塩

酸化マグネシウム

なし

母が膵臓癌

なし

なし

内服薬:

アレルギー:

家族歴:

喫煙歴:

飲酒歴:

症 例

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体格:

vital sign:

全身状態:

頭頸部:

胸部:

腹部:

入院時身体所見

身長 158.0cm 体重 50.6kg BMI 20.3

体温 38.1℃、血圧 129/66mmHg

心拍数 95/min、SpO2 99%(室内気)

意識清明

眼球結膜黄染あり、眼瞼結膜貧血あり

頸部リンパ節腫脹なし

肺音清、呼吸音清、心音整、雑音なし

平坦・軟、腸雑音正常、自発痛なし

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入院時血液検査所見

WBC

RBC

Hb

Ht

MCV

MCH

MCHC

Ret

Plt

T.P.

Alb

T-Bil

D-Bil

ChE

AST

ALT

LD

ALP

γ-GTP

CRP

BUN

Cre

eGFR

Na

K

Cl

Ca

HBs Ag

HBs Ab

HBc Ab

HCV Ab

HIV Ag/Ab

梅毒(TPHA)

梅毒(RPR)

9870 /μL

173 万/μL

5.7 g/dL

15.7 %

90.8 fL

32.9 pg

36.3

8.2万/μL

25.6 万/μL

7.9 g/dL

3.6 g/dL

3.1 mg/dL

0.9 mg/dL

264 IU/L

59 IU/L

16 IU/L

1323 IU/L

272 IU/L

13 IU/L

1.13 mg/dL

22.5 mg/dL

1.26 mg/dL

42.7 mL/分

135 mEq/L

4.2 mEq/L

100 mEq/L

8.8 mg/dL

陰性

陰性

陽性

陰性

陰性

陰性

陰性

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補体価

寒冷凝集素

ハプトグロビン

(尿所見)

ウロビリ

尿潜血

U-Hb

U-Protein

U-Glucose

U-WBC

U-Bil

尿比重

26.6 CH50/mL

64 倍

2mg/dL

(±)

(3+)

0.2 g/dL

(2+)

(−)

(−)

(−)

1.012

尿中赤血球は陰性

入院時血液・尿検査所見

IgG(−)C3b(+)C3b+d(+)

D-Coombs

HAM試験

砂糖水試験

CD59+/55+

CD59+/55-

CD59-/55+

CD59-/55-

(1+)

(−)

(−)

99.8%

0.01%

0.01%

0%

PNH血球検査

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入院時腹部CT検査

計測上、明らかな脾腫は認めなかった。

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Donath-Landsteiner試験

1 2 3 4 5 6

患者血清 ◯ ◯

患者血球 ◯ ◯ ◯

対照血清 ◯ ◯

対照血球 ◯ ◯ ◯

コントロール

1 2 3 4 5 6

◯ ◯

◯ ◯ ◯

◯ ◯

◯ ◯ ◯

コントロール

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0

200

400

600

800

1000

1200

1400

0

2

4

6

8

10

12

14

-3 0 3 6 9 12 15 18 21 24 27 30 33 36 39 42 45

Hb

入院経過日数

Hb T.Bil LD

Takamatsu Red Cross Hospital

0.8

1.6

2.4

3.2

4.0

4.8

LD

5.6

T.Bil

臨床経過

PSL 20mg 15 5入院

0.5mg/kg/day

D-L試験陽性

30→25mg

尿潜血

+++

++++++− −−

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当院で診断した発作性寒冷ヘモグロビン尿症

Age,Sex 主訴Hb

(g/dL)T-Bil/D-Bil(mg/dL)

LD(IU/L)

直接Coombs

81,M黒褐色尿

労作性呼吸苦5.7 3.1/0.9 1323 (+)

23,F発熱

黒褐色尿9.9 0.48/0.36 604 (ー)

62,F発熱

黒褐色尿10.9 2.15/0.21 901 (+)

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AIHAにおける溶血機序の違い

分類 温式AIHA 冷式AIHA

疾患 狭義のAIHA 寒冷凝集素症 発作性寒冷血色素尿症

溶血機序

自己抗体

検査所見

IgGのFc部分を認識する

マクロファージにより貪食

(血管外溶血)

寒冷刺激でIgM結合し、

補体活性化により溶血

(血管内溶血)

寒冷刺激でIgG結合するが、

加温刺激で補体活性化され溶血

(血管内溶血)

温式自己抗体(IgGが主、一部IgA/IgM)

直接Coombs(+)(IgG、(C3b))

Hb尿症、急性腎障害直接Coombs(+)(C4b、C3b、C3d)

寒冷凝集素(原則としてIgM、

IgA/IgGの報告あり)

Donath-Landsteiner抗体(原則としてIgG、IgMの報告あり)

矢冨裕、Pathogenesis of erythrocyte destruction in autoimmune hemolytic anemiaの表1より引用、一部改変。小澤敬也、「難治性溶血の診療ガイド 特発性造血障害の病態・診断・治療の最新動向」より一部引用。

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□ 梅毒性PCH、非梅毒性PCHに分類されるが、近年、梅毒性PCHは

稀となっている。

□ 近年は、小児のウイルス感染後、特発性発症例が多い。

□ 梅毒性PCHは駆梅療法によって溶血の軽減や消退をみる。

□ 非梅毒性PCHは保温療法による経過観察が主となる。クーリング

や冷たい飲み物は禁止する。輸血や輸液の温度管理も重要となっ

てくる。

※ PCHでは、ステロイドは一般に無効とされている。

発作性寒冷ヘモグロビン尿症(PCH)

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結語

発作性寒冷ヘモグロビン尿症の一例を経験した。

稀な疾患ではあるが溶血性貧血の患者を診た際に

は鑑別の一つとして重要である。

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P血液型、P抗原について

□ P血液型は、P1、P、Pk 抗原の組み合わせからなる。

表現型 P1抗原 P抗原 Pk 抗原 頻度

P1 型 + + − 31%

P2 型 − + − 69%

Pk 型 ± − +極めて稀

p 型 − − −

□ P転移酵素により、Pk → P と変わる。

□ P転移酵素欠損症は極めて稀であり、D-L抗体はほぼ全ての血球に感作す

ると考えてよい。

□ ちなみにP抗原はヒトパルボウイルスB19のレセプターであり、P抗原を

欠く人はこのウイルスに耐性があると考えられているが、極めて稀。

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気温(℃) 平均風速(m/s)

天気イベント

平均 最高 最低 昼間 夜間

12/1 13.3 17.1 6.3 12.5 雨時々曇 曇時々雨 外出(見舞い)

12/2 6.2 8.7 5.0 9.3 晴時々曇 晴

12/3 8.3 11.5 5.5 7.9 晴後曇 雨一時曇 外来、溶血所見

12/4 7.3 10.1 4.9 4.9 雨一時曇 雨

12/5 5.3 8.7 3.1 8.6 晴時々曇 晴

12/6 5.4 8.4 3.8 18.0 晴後雨、霰 晴

12/7 6.7 10.1 4.0 11.3 薄曇時々晴 曇時々晴

12/8 8.4 11.7 2.5 7.9 曇一時晴 晴一時曇 緊急入院

気象庁 各種データ・資料 過去の気象データより一部引用

高松の気象データ

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発作性寒冷血色素尿症(PCH)の位置づけ

分類温式抗体をもつAIHA

(37℃)冷式抗体をもつ

AIHA(0〜4℃)

疾患名 狭義のAIHA 寒冷凝集素症 発作性寒冷血色素尿症

自己抗体温式自己抗体

(IgGが主、一部IgA/IgM)

寒冷凝集素(原則としてIgM、

IgA/IgGの報告あり)

Donath-Landsteiner抗体(原則としてIgG、IgMの報告あり)

抗原 Rh抗原、glucophorin A I 血液型抗原 P血液型抗原

矢冨裕、Pathogenesis of erythrocyte destruction in autoimmune hemolytic anemiaの表1より引用、一部改変。小澤敬也、「難治性溶血の診療ガイド 特発性造血障害の病態・診断・治療の最新動向」より一部引用。

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考察

□ 発作性寒冷へもグロビン尿症の位置づけ

□ 溶血機序について