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1 COMSOL Multiphysics ® による連成解析 稲垣祐一郎 今井隆太 佐久間優 Multiphysics simulation using COMSOL Multiphysics Yuichiro INAGAKI Ryuta IMAI Masaru SAKUMA 有機 EL、燃料電池、リチウムイオン 2 次電池、半導体プロセスなど、先端的ものづくりに係る物理現象 は、単一の物理のみならず複数の物理現象が相互作用することが多く、そのシミュレーションにおいても、 複数の物理現象を考慮しなければならない場合が多い。COMSOL Multiphysics は、そのような連成解析と 呼ばれるシミュレーションを簡便にかつ柔軟に実現することのできるプラットフォームである。本稿では、 COMSOL Multiphysics の概要について簡単に紹介するとともに、当社で計算したいくつかの事例について 報告する。 (): 連成解析、強連成、有限要素法、MATLAB ® 1 はじめに 有機 EL、燃料電池、リチウムイオン 2 次電池、半 導体プロセスなど、先端的ものづくりに係る物理現 象は、単一の物理のみならず複数の物理現象が相互 作用することが多く、そのシミュレーションにおい ても、複数の物理現象を考慮しなければならない場 合が多い。例えば、モーターの解析においては、電 流の分布、磁石から生まれる磁場、ローターに掛か る回転力、ローターの回転運動を考慮することが必 要になる。この他にも、熱応力と振動・疲労の連成、 パワーデバイスにおける回路-伝熱の連成、電装品 EMC 対策に必要な回路-電磁波連成、リチウムイ オン電池の電流-伝熱連成など、連成解析が必要に なる問題は枚挙に暇がない。 COMSOL Multiphysics 1) は、米国 COMSOL 社によ り開発された連成解析を効率良く行うための統合的 プラットフォームであり、現在バージョン 4.1 がリ リースされている。多くの物理現象は偏微分方程式 で記述することが可能であるが、 COMSOL Multiphysics は、ユーザーが偏微分方程式の形を指定 するだけで、ソフトウェア内部で自動的に有限要素 法のスキームに従って行列表現に展開し、計算を行 う非常に汎用的な枠組みをベースにしており、幅広 い範囲の物理シミュレーション、さらには連成解析 に対応することが可能となっている。また、有限要 素法計算で一般的に必要となる形状モデリング、 CAD データの読み込み、メッシュ生成、計算実行、 ポストプロセッシングまで数値計算に必要なコンポ ーネントが一体化されており、 COMSOL Multiphysics で一貫して解析を行うことが可能とな っている。 また、相互作用の強い連成現象に対しても、全て の現象に対する方程式を一体化した行列で表現する 強連成と呼ばれる手法により、短時間で高精度に計 算できることが特徴の一つとなっている。さらに、 MATLAB と連携することが可能となっており、ユー ザが手軽に機能拡張を行い、独自の解析機能を組み 込むことも可能である。 以下では、COMSOL Multiphysics の機能概要につ いて説明するとともに、当社で手がけたいくつかの 解析事例について報告する。 2 COMSOL Multiphysics の概要 前述した様に、COMSOL Multiphysics は、偏微分 方程式を有限要素法のスキームにより行列展開し計 算する機能をベースとしており、ユーザーが偏微分 方程式を定義して計算を行うことが可能となってい る。但し、物理シミュレーションにおいて頻繁に使 用される以下の方程式についてユーザーの利便性の みずほ情報総研 技報 Vol.3 No.1 34

COMSOL Multiphysics による連成解析 · 呼ばれるシミュレーションを簡便にかつ柔軟に実現することのできるプラットフォームである。本稿では、

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Page 1: COMSOL Multiphysics による連成解析 · 呼ばれるシミュレーションを簡便にかつ柔軟に実現することのできるプラットフォームである。本稿では、

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COMSOL Multiphysics®による連成解析

稲垣祐一郎 今井隆太 佐久間優

Multiphysics simulation using COMSOL Multiphysics

Yuichiro INAGAKI Ryuta IMAI Masaru SAKUMA

有機 EL、燃料電池、リチウムイオン 2 次電池、半導体プロセスなど、先端的ものづくりに係る物理現象

は、単一の物理のみならず複数の物理現象が相互作用することが多く、そのシミュレーションにおいても、

複数の物理現象を考慮しなければならない場合が多い。COMSOL Multiphysics は、そのような連成解析と

呼ばれるシミュレーションを簡便にかつ柔軟に実現することのできるプラットフォームである。本稿では、

COMSOL Multiphysics の概要について簡単に紹介するとともに、当社で計算したいくつかの事例について

報告する。

(キーワード): 連成解析、強連成、有限要素法、MATLAB®

1 はじめに

有機 EL、燃料電池、リチウムイオン 2 次電池、半

導体プロセスなど、先端的ものづくりに係る物理現

象は、単一の物理のみならず複数の物理現象が相互

作用することが多く、そのシミュレーションにおい

ても、複数の物理現象を考慮しなければならない場

合が多い。例えば、モーターの解析においては、電

流の分布、磁石から生まれる磁場、ローターに掛か

る回転力、ローターの回転運動を考慮することが必

要になる。この他にも、熱応力と振動・疲労の連成、

パワーデバイスにおける回路-伝熱の連成、電装品

の EMC 対策に必要な回路-電磁波連成、リチウムイ

オン電池の電流-伝熱連成など、連成解析が必要に

なる問題は枚挙に暇がない。 COMSOL Multiphysics 1)は、米国 COMSOL 社によ

り開発された連成解析を効率良く行うための統合的

プラットフォームであり、現在バージョン 4.1 がリ

リースされている。多くの物理現象は偏微分方程式

で 記 述 す る こ と が 可 能 で あ る が 、 COMSOL Multiphysics は、ユーザーが偏微分方程式の形を指定

するだけで、ソフトウェア内部で自動的に有限要素

法のスキームに従って行列表現に展開し、計算を行

う非常に汎用的な枠組みをベースにしており、幅広

い範囲の物理シミュレーション、さらには連成解析

に対応することが可能となっている。また、有限要

素法計算で一般的に必要となる形状モデリング、

CAD データの読み込み、メッシュ生成、計算実行、

ポストプロセッシングまで数値計算に必要なコンポ

ー ネ ン ト が 一 体 化 さ れ て お り 、 COMSOL Multiphysics で一貫して解析を行うことが可能とな

っている。

また、相互作用の強い連成現象に対しても、全て

の現象に対する方程式を一体化した行列で表現する

強連成と呼ばれる手法により、短時間で高精度に計

算できることが特徴の一つとなっている。さらに、

MATLAB と連携することが可能となっており、ユー

ザが手軽に機能拡張を行い、独自の解析機能を組み

込むことも可能である。 以下では、COMSOL Multiphysics の機能概要につ

いて説明するとともに、当社で手がけたいくつかの

解析事例について報告する。 2 COMSOL Multiphysics の概要

前述した様に、COMSOL Multiphysics は、偏微分

方程式を有限要素法のスキームにより行列展開し計

算する機能をベースとしており、ユーザーが偏微分

方程式を定義して計算を行うことが可能となってい

る。但し、物理シミュレーションにおいて頻繁に使

用される以下の方程式についてユーザーの利便性の

みずほ情報総研 技報 Vol.3 No.1

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ために予め定義されている。 ・ PDE モード

一般微分方程式による汎用モデリング(対流・拡

散、熱伝導、ヘルムホルツ方程式。ラプラス方程式、

ポアソン方程式が定義済み) ・ 音響モード 静止流体の時間調和解析と固有周波数解析 ・ 流体力学モード

ナビエストークス方程式による非圧縮定常、非定

常の層流の解析 ・ 対流・拡散モード

対流拡散の定常、非定常解析 ・ 電磁気学モード

静電場、電流分布、静磁場(2D)、交流の調和解

析(2D) ・ 伝熱モード

対流と伝熱に関する定常、非定常解析 ・ 構造力学モード

平面応力、平面ひずみの定常・非定常・固有振動

解析 ・ 最適化・感度モード

最適化計算と感度解析 ・ 変形メッシュモード ・ 流体-熱相互作用モード

電流とジュール発熱の既定連成 ・ 流体-伝熱相互作用モード

流体と伝熱の既定連成

また、上記の物理に対応した偏微分方程式の他に、

最適化計算や感度解析を行う機能、ALE(Arbitrary Lagrangian-Eulerian)法を用いたメッシュ変形計算機

能も標準で提供されている。 さらに、上記の基本構成に加えて、AC/DC、構造

力学、化学反応、伝熱、RF、音響、流体力学、地球

環境、MEMS、プラズマなど各専門分野向けに特化

した機能拡張を行うモジュール群がオプションとし

て提供されている。 3 解析事例

以下では、当社で行った連成解析モデリングの事

例として、トポロジー最適化機能を使った整流板設

計の事例、固体高分子形燃料電池のモデリング事例

を簡単に紹介する。

3.1 大規模めっき計算

めっき処理を行う際には、めっき槽の中に、めっ

き処理を行う対象、めっき液、アノード電極を入れ、

めっき対象とアノード電極の間に電圧をかける。図

1に、銅めっきの場合の典型的な概念図を示す。銅

めっきの場合、めっき液として硫酸銅を用いること

により、溶液中の銅イオンがめっき処理対象表面に

析出することになる。 従って、めっき処理を解析するには、めっき液中

の静電場(Laplace 方程式)と電流密度(電場に比例)

を解くことになる。また、めっき対象の表面、アノ

ード電極の表面に対して、電流密度と表面内外の電

位差の関係式(分極曲線と呼ばれる)を境界条件と

して与える。分極曲線としては、Bulter-Volmer 方程

式や、その近似曲線である Tafel の式等が用いられ

る。めっき膜厚は、計算によって求まるめっき対象

の表面密度から、Faraday の法則によりめっき膜厚の

成長速度に換算することが出来る。また、例えば、

微細な穴が開いている場合などイオンの拡散が律速

になる場合には、拡散方程式との連成が必要になる

場合もあるなど、場合に応じて適宜必要な方程式の

追加が行われる。 実用の場面においては、めっきの膜厚の均一性を

高めるということが課題になることが多い。静電場

の特性から、めっき対象の表面に穴が開いている場

合、穴の奥まった部分に電場が入らず、めっき膜厚

が不足したり、逆に表面形状で尖った部分(極率の

大きい部分)に電場が集中し、膜厚が厚くなりすぎ

たりといった現象が起こる。 このような好ましくない現象を抑えるために、ア

ノード電極とめっき対象との間に絶縁板を配置して

尖った部分への電場集中を抑制したり、補助電極を

配置して余分な電場を吸収するといった工夫がなさ

れる。また、電流量、めっき時間、添加剤の選定な

どのめっき条件の最適化も行われる。以上のような

実用面での課題に対応して、シミュレーションに対

しては、このような絶縁板、補助電極の配置の最適

化、めっき条件の最適化が求められている。 図2に、自動車のフロントグリルに対する実際の

規模のめっき槽に対応した計算を行った例を示す。

めっき槽の中に、8 枚のフロントグリルが 4 枚ずつ 2列に吊るされ、その外側に 2 枚のアノード電極を配

置している。計算に必要なメッシュの生成は、

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COMSOL Multiphysics ではほぼ自動で行うことが可

能である。この計算の場合は、メッシュ数約 1000万となっており、必要メモリは 60GB程度、Intel Xeon 2.8GHz のマシン上で計算時間は 2360 秒であった。 図 2 では、めっき液中の電位分布を断面上に、フ

ロントグリル上には電流密度分布を示している。図

3 に、フロントグリルの一部を拡大した図(表面電

流密度分布)を示す。尖った先端部分に電流密度が

集中していること、フロントグリルの中央付近の奥

の方の電流密度が小さくなっていることなどの問題

が確かに生じていることが確認できる。 このような計算に、絶縁板や補助電極を配置し、

その形状や位置、角度等を最適化することにより、

上記の様な問題を生じない様にしていることが可能

となる。

図 1 めっき概念図 (銅めっきの場合)

図 2 めっき槽内電位分布

図 3 フロントグリル表面の電流密度

3.2 有機 EL 素子の光取り出し効率

光取り出し効率は有機 EL 素子内部で発生した光

のうち、外部に実際に光として取り出せるエネルギ

ーの割合であり、素子のエネルギー効率を表す代表

的な性能指標の一つである。素子を単純な平板積層

構造で作成した場合、層間の屈折率の違いで入射角

が大きい場合にスネルの法則に従って全反射してし

まい、外部に取り出せない成分が発生する。図 4 は、

この様な場合を再現した COMSOL による計算例で

ある。中心点で光が発生しているとした時の光の紙

面に垂直な方向の電場成分を示している。上下方向

に出ている光は一部に限られ、多くの成分は膜内に

全反射によりトラップされ左右に導波していくモー

ドになってしまっていることが分かる。

図 4 全反射により導波モードが発生する様子 このような導波成分を出来る限り小さくし、エネ

ルギー効率を向上するため、単純な平板多層膜構造

でなく、内部に回折格子を導入し、全反射を軽減す

ることにより外部に取り出せる光を多くすることが

試みられている 2)。 従来、このような光の伝播を解析するには、FDTD(Finite Difference Time Domain)法が広く用いられ

ている。FDTD 法は、比較的ソフトウェアのコーデ

ィングが容易であるため、フリーソフトも含めて早

い時期に普及した手法であるが、非定常計算(時間領

域計算)を行うことが前提であるため、定常状態を求

めるだけの計算や、周波数固定の場合の計算(周波

数領域計算)で済む問題にはオーバースペックとな

る場合があった。COMSOL Multiphysics の RF モジ

ュールには、非定常計算のみならず周波数領域、固

有モード計算が可能となっており、場合に応じて少

ない計算時間で結果を得ることが可能となっている。

めっき槽

V

めっき液(硫酸銅)

アノード電極

Cu2+

めっき対象

めっき槽

V

めっき液(硫酸銅)

アノード電極

Cu2+

めっき対象

尖端に電場集中

電場が入りにくい領域

尖端に電場集中

電場が入りにくい領域

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EL

COMSOL Multiphysics 5 COMSOL Multiphysics

TE (5(a))

( 5(b))

8%

5

MATLABCOMSOL Multiphysics

COMSOL Multiphysics MATLAB( 6)

6

3.3

7

2( 8)

7

2

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4 おわりに

以上の様に、COMSOL Multiphysics は、非常に多

機能かつ汎用的なシミュレーションプラットフォー

ムであり、現在でも頻繁なバージョンアップにより

機能が追加され続けている。現在までは、大学や国

立研究所等で使用されることが多かったが、今後も

引用文献 1) http://www.comsol.com/ 2) Lee et. al., Applied Physics Letters, 82(21) (2003)3779-3781. 「COMSOL Multiphysics 」は、COMSOL社の登録商

標です。

「MATLAB 」は、The MathWorks社の登録商標です。

のづくり現場での事例が増えることが予想され、更

なる発展が期待されている。

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