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85. ポリコーム群による標的特異性の解析 伊藤 伸介 Key words:ポリコーム,Tet1,PRC2,       DNA 脱メチル化 理化学研究所 免疫アレルギー科学総合研究センター 免疫器官形成研究グループ 緒 言 ポリコーム群は,エピジェネティック制御を介して発生,分化過程において細胞系譜の決定に重要な役割を果たす遺 伝子発現抑制複合体である.ポリコーム群が媒介する遺伝子発現抑制は,主に2つのタンパク質複合体によって樹立さ れる.すなわち,PRC2 (Polycomb Repressive Complex2) 複合体によるヒストン H3 の 27 番目のリジン(K27)のト リメチル化(H3K27me3)と PRC1 複合体による H3K27me3 の認識,ヒストン H2A の K119 のユビキチン化である. これらのヒストン修飾は,哺乳類において Hox 遺伝子群の抑制を介した前後軸形成,Ink4a 遺伝子座の抑制を介した 細胞老化制御,様々な転写因子の抑制を介した幹細胞の維持に寄与する.とりわけ,胚性幹(Embryonic stem: ES) 細胞においては2つの PRC 複合体の結合領域が詳細に解析されており,ゲノム全体のポリコーム群の標的遺伝子の特 徴が所属研究室を含む複数のグループにより報告されてきた.ポリコーム群標的遺伝子の特徴は,1) 発生や分化に重 要な役割を果たす転写制御因子である,2)1 kb 以上の長い CG ジヌクレオチドに富む領域(CpG island: CGI)を転写 開始点前後に伴っている,3) CGI は低 DNA メチル化状態を維持していることである.これまでに不明な点としては, 2つの PRC 複合体自体には DNA 結合活性が見出されておらず,生体内においてどのように標的遺伝子群に結合し, 遺伝子発現抑制を行っているかである.我々は,これまでにメチル化 DNA(5-methylcytosine: 5mC)の水酸化酵素で ある Tet1 がポリコーム群標的遺伝子の CGI を含むプロモーターに結合していることを見出し,Tet1 が何らかのメカ ニズムで PRC2 複合体を標的遺伝子に呼び込んでいることを報告した 1) .本研究では,Tet1 が PRC2 を標的遺伝子座 に呼び込む機構を明らかにすることを目的に,マウス ES 細胞における Tet1 の相互作用因子の同定を試みた. 方法および結果 E14 マウス ES 細胞をフィーダー無し条件下で LIF 入り GMEM メディウムで大量培養し,細胞を PBS で洗浄後に 回収後,核抽出液を Dignam 法により調製した.また,抗 Tet1 抗体をプロテイン G アガロースにクロスリンクして, 核抽出液と混ぜてコールドルームにて4時間インキュベーションした.その後,結合していないタンパク質を IP バッ ファーで洗浄して除き,Tet1 に結合する特異的なタンパク質を回収した.ネガティブコントロールとしてウサギ抗 IgG 抗体を用いて同様の免疫沈降を行った.免疫沈降サンプルを SDS-PAGE により分離後,ゲルを Sypro Ruby 染色 し,ネガティブコントロールと比較して Tet1 抗体免疫沈降サンプルにて特異的なバンドをゲルから切り出した.トリ プシン消化後,マススペクトル解析を行って Tet1に結合するタンパク質の同定を行った(図1).その結果,Tet1 と 共免疫沈降するタンパク質として,Sin3A,OGT,PARP1 を同定した.これまでの解析では Tet1 が直接的に PRC2 と結合することを示唆する結果は得られておらず,間接的に Tet1 が PRC2 を標的遺伝子座にリクルートする可能性を 考えている.そこで本研究にて同定された因子に着目して解析を進めた. 1 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)

上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)...上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 図1.ES細胞におけるTet1複合体の精製と同定. (A)

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Page 1: 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)...上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 図1.ES細胞におけるTet1複合体の精製と同定. (A)

85. ポリコーム群による標的特異性の解析

伊藤 伸介

Key words:ポリコーム,Tet1,PRC2,      DNA 脱メチル化

理化学研究所免疫アレルギー科学総合研究センター免疫器官形成研究グループ

緒 言

 ポリコーム群は,エピジェネティック制御を介して発生,分化過程において細胞系譜の決定に重要な役割を果たす遺伝子発現抑制複合体である.ポリコーム群が媒介する遺伝子発現抑制は,主に2つのタンパク質複合体によって樹立される.すなわち,PRC2 (Polycomb Repressive Complex2) 複合体によるヒストン H3 の 27 番目のリジン(K27)のトリメチル化(H3K27me3)と PRC1 複合体による H3K27me3 の認識,ヒストン H2A の K119 のユビキチン化である.これらのヒストン修飾は,哺乳類において Hox 遺伝子群の抑制を介した前後軸形成,Ink4a 遺伝子座の抑制を介した細胞老化制御,様々な転写因子の抑制を介した幹細胞の維持に寄与する.とりわけ,胚性幹(Embryonic stem: ES)細胞においては2つの PRC 複合体の結合領域が詳細に解析されており,ゲノム全体のポリコーム群の標的遺伝子の特徴が所属研究室を含む複数のグループにより報告されてきた.ポリコーム群標的遺伝子の特徴は,1) 発生や分化に重要な役割を果たす転写制御因子である,2)1 kb 以上の長い CG ジヌクレオチドに富む領域(CpG island: CGI)を転写開始点前後に伴っている,3) CGI は低 DNA メチル化状態を維持していることである.これまでに不明な点としては,2つの PRC 複合体自体には DNA 結合活性が見出されておらず,生体内においてどのように標的遺伝子群に結合し,遺伝子発現抑制を行っているかである.我々は,これまでにメチル化 DNA(5-methylcytosine: 5mC)の水酸化酵素である Tet1 がポリコーム群標的遺伝子の CGI を含むプロモーターに結合していることを見出し,Tet1 が何らかのメカニズムで PRC2 複合体を標的遺伝子に呼び込んでいることを報告した 1).本研究では,Tet1 が PRC2 を標的遺伝子座に呼び込む機構を明らかにすることを目的に,マウス ES 細胞における Tet1 の相互作用因子の同定を試みた.

方法および結果

 E14 マウス ES 細胞をフィーダー無し条件下で LIF 入り GMEM メディウムで大量培養し,細胞を PBS で洗浄後に回収後,核抽出液を Dignam 法により調製した.また,抗 Tet1 抗体をプロテイン G アガロースにクロスリンクして,核抽出液と混ぜてコールドルームにて4時間インキュベーションした.その後,結合していないタンパク質を IP バッファーで洗浄して除き,Tet1 に結合する特異的なタンパク質を回収した.ネガティブコントロールとしてウサギ抗IgG 抗体を用いて同様の免疫沈降を行った.免疫沈降サンプルを SDS-PAGE により分離後,ゲルを Sypro Ruby 染色し,ネガティブコントロールと比較して Tet1 抗体免疫沈降サンプルにて特異的なバンドをゲルから切り出した.トリプシン消化後,マススペクトル解析を行って Tet1 に結合するタンパク質の同定を行った(図1).その結果,Tet1 と共免疫沈降するタンパク質として,Sin3A,OGT,PARP1 を同定した.これまでの解析では Tet1 が直接的に PRC2と結合することを示唆する結果は得られておらず,間接的に Tet1 が PRC2 を標的遺伝子座にリクルートする可能性を考えている.そこで本研究にて同定された因子に着目して解析を進めた.

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 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)

Page 2: 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)...上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 図1.ES細胞におけるTet1複合体の精製と同定. (A)

図 1. ES 細胞における Tet1 複合体の精製と同定.(A) 核抽出液(NE)を調製し,ラビット IgG 抗体あるいは Tet1 抗体と混合し,免疫沈降を行い,Tet1 抗体を用いたウェスタンブロットによって Tet1 の免疫沈降を確認した.(B) 精製した複合体を銀染色により検出し,Tet1 抗体特異的なバンドを切り出した.マススペクトル解析により相互作用因子の同定を行った.矢印はTet1 に特異的なバンドを示している.この結果により,Sin3A,OGT,PARP1 を同定した.

 OGT は N-acetylglucosamine Transferase であり,ヒストン H2B を含め様々なタンパク質をグリコシル化し,転写や複数の生命現象を制御することが報告されている.そこで,Tet タンパク質による 5mC の水酸化活性と,OGT のグリコシル化活性が転写制御において同じ経路で機能しているのではないかと推測される.この点に関して,5mC の水酸化産物である 5hmC (5-hydroxymethylcytosine) のヒドロキシル基が OGT によってグリコシル化されるか検討を行ったが,DNA のグリコシル化を支持する結果は得られなかった(図 2).Tet-OGT の結合に関して,標的遺伝子座へのリクルートにおける相互依存関係の可能性を推測し,今後クロマチン免疫沈降法等によって検証していく必要がある.

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Page 3: 上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013)...上原記念生命科学財団研究報告集, 27 (2013) 図1.ES細胞におけるTet1複合体の精製と同定. (A)

図 2. Tet1 による 5mC の連続的酸化と,酸化産物の運命.Tet1 は 5mC を連続的に酸化し,5hmC,5fC,5caC を合成する.5hmC は OGT によるグリコシル化され得る水酸基をもっている.5fC と 5caC は塩基除去修復機構により処理されて DNA 脱メチル化は完了する.

 Sin3A はヒストン脱アセチル化酵素を含む転写抑制複合体のサブユニットであり,PRC2 と協調してポリコーム標的遺伝子の転写抑制に貢献していることが示唆される.事実,Tet1 は Sin3A 複合体と相互作用し,PRC2 のゲノム上の局在と高確率で一致することが報告された 2).今後,Sin3A 複合体のヒストン脱アセチル化酵素の標的が H3K27 なのか等,Tet1-Sin3A の結合の意義と PRC2 のリクルートへの関与を詳細に解析する予定である. PARP1 は nicotinamide adenine dinucleotide (NAD +) を基質として,poly (ADP-ribose) を標的タンパク質に結合し,DNA 損傷応答および修復,クロマチン修飾,転写制御等,多種の生命現象において重要な役割を果たしている.DNA 脱メチル化反応に際し,Tet1 による 5mC のメチル基の連続的酸化反応後に塩基除去修復機構が関与することが示唆されている.よって,Tet1-PARP1 の相互作用が Tet による 5mC と酸化反応と塩基除去修復反応を共役していることが示唆される.この可能性に関しては更に解析して明らかにしたい. 以上のように,Tet1 の結合因子を複数同定したが,直接的に Tet1 が PRC2 を標的遺伝子座にリクルートすることを支持する結果を得られていない.しかしながら,本研究結果により,Tet1 と相互作用する因子によってクロマチンの修飾変換(グリコシル化,ヒストン脱アセチル化,PAR 化や DNA 脱メチル化)がおこり,PRC2 が結合し易い環境を整備している可能性が推測された.今後,詳細な実験をおこなうことによって明らかにしていきたい.

共同研究者

本研究の共同研究者は,理化学研究所生免疫アレルギー科学総合研究センター免疫器官形成研究グループの古関明彦グループディレクターである.最後に,本研究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝いたします.

文 献

1) Wu, H., D'Alessio, A. C., Ito, S., Xia, K., Wang, Z., Cui, K., Zhao, K., Sun, Y. E. & Zhang, Y. : Dual functions ofTet1 in transcriptional regulation in mouse embryonic stem cells. Nature, 473 : 389-393, 2011.

2) Williams, K., Christensen, J., Pedersen, M. T., Johansen, J. V., Cloos, P. A., Rappsilber, J. & Helin, K. : TET1and hydroxymethylcytosine in transcription and DNA methylation fidelity. Nature, 473 : 343-348, 2011.

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