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自己の生き方についての考えを深める 道徳の時間の在り方 -自己とつなぐ場面における発問及び交流活動の工夫を通して- 福岡市教育センター 道徳研究室 道徳の時間では,読み物の主人公の心情理解にとどまらず,児童が自己の 生き方についての考えを深めることが重要である。 本研究室では,道徳の時間の,展開の段階において自己とつなぐ場面を位 置付け,その中で登場人物の心情や行動の理由を問うキーワードを用いた発 問と,自己と他者,自己と道徳的価値観をつなぐための少人数による交流活 動の工夫を行った。このことにより,児童が自己と他者を相互に結びつけな がら,道徳的価値の理解を深めていくことができ,自己の生き方についての 考えを深めることにつながった。 平成 27 年度 研究紀要 (第985号)

自己の生き方についての考えを深める 道徳の時間の …道‐1 研究紀要 自己の生き方についての考えを深める 道徳の時間の在り方 -自己とつなぐ場面における発問及び交流活動の工夫を通して-

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道‐1

自己の生き方についての考えを深める

道徳の時間の在り方

-自己とつなぐ場面における発問及び交流活動の工夫を通して-

福岡市教育センター 道徳研究室

道徳の時間では,読み物の主人公の心情理解にとどまらず,児童が自己の

生き方についての考えを深めることが重要である。

本研究室では,道徳の時間の,展開の段階において自己とつなぐ場面を位

置付け,その中で登場人物の心情や行動の理由を問うキーワードを用いた発

問と,自己と他者,自己と道徳的価値観をつなぐための少人数による交流活

動の工夫を行った。このことにより,児童が自己と他者を相互に結びつけな

がら,道徳的価値の理解を深めていくことができ,自己の生き方についての

考えを深めることにつながった。

平成 27年度

研究紀要

(第985号)

道‐2

目 次

第Ⅰ章 研究の基本的な考え方

1 主題について ······················································ 道‐1

(1)主題設定の理由

(2)主題及び副主題の意味

2 研究の目標 ························································ 道‐3

3 研究の仮説 ························································ 道‐3

4 研究の構想 ························································ 道‐3

5 研究構想図 ························································ 道‐4

第Ⅱ章 研究の実際

1 実践例① ·························································· 道‐5

(1)授業(A小学校 第2学年)の基本構想 ·························· 道‐5

(2)本時授業の実際 ················································ 道‐7

(3)分析と考察 ···················································· 道‐9

2 実践例② ·························································· 道‐10

(1)授業(B小学校 第5学年)の基本構想 ·························· 道‐10

(2)本時授業の実際 ················································ 道‐12

(3)分析と考察 ···················································· 道‐14

3 実践例③ ·························································· 道‐15

(1)授業(C小学校 第5学年)の基本構想 ·························· 道‐15

(2)本時授業の実際 ················································ 道‐17

(3)分析と考察 ···················································· 道‐19

第Ⅲ章 研究の成果と課題

1 研究の成果 ························································ 道‐20

2 研究の課題 ························································ 道‐21

資料等 ································································ 道‐22

道‐1

第Ⅰ章 研究の基本的な考え方

1 主題について

(1) 主題設定の理由

ア 教育の動向から

文部科学省の道徳教育の充実に関する懇談会「今後の道徳教育の改善・充実方策について(報

告)」(平成 25年 12月 26日)では,「道徳の時間の指導が道徳的価値の理解に偏りがちで,例え

ば,自分の思いを伝え,相手の思いを酌むためには具体的にどう行動すれば良いかという側面に

関する教育が十分でない」ことが道徳教育の課題として挙げられている。その課題解決の方策と

して,道徳的価値を理解させるために,読み物の主人公の心情などを理解させるような授業だけ

でなく,自分と異なる考えに接する中で,自分の考えを深め,自らの成長を実感できるような交

流などの言語活動が必要とされている。

福岡市では,「新しいふくおかの教育計画」において,基本的な考え方1を「たくましく生き

る児童の育成」とし,重点施策を八つ設けている。その施策の中の一つに,豊かな心の育成を掲

げ,善悪の判断,他者の心情を推し量る気持ち,自分のよさについての自覚などの豊かな心は,

様々な体験を重ねる中で,価値判断の基準や感性・情操を培い,実感を伴ったものへと高めるこ

とが必要としている。

道徳の時間においては,読み物の主人公の心情理解にとどまらず,道徳的価値に関わる事象を

自分自身の問題として受け止め,他者の多様な考え方や感じ方に触れることで,自己の生き方に

ついての考えを深めることが重要である。

イ 児童の実態から

全国学力・学習状況調査(平成 25 年度)における福岡市の児童の状況は「人の気持ちがわか

る人間になりたい」と思っている割合が 92.4%,「学校のきまりを守っている」と思っている割

合が 89.6%となっている。また,自分自身を価値ある存在として意識できるという自尊感情も,

高い状況にある。しかし,これらの項目も全国上位県とは 3~5ポイントの差があり,福岡市が設

定した達成目標値(平成 30 年度)とも 3~4 ポイントの差がある状況である。このことから,道

徳の時間においては,自己や他者を大切にする心や社会に貢献しようとする態度を育むことが重

要であり,自己の生き方についての考えを深めることが求められている。

また,検証授業実施校の児童への道徳の時間についての意識調査で,「道徳の時間が好きですか。」

という質問に対して 85%以上の児童が好きと答えており,「道徳の時間に友達の思いや考えを聞

くことが好きですか。」という質問に対して 91%の児童が好きと答えている。しかし,「道徳の時

間で友達の考えを聞いて,考えが広がったり深まったりしたことがありますか。」という質問に対

しては深まったと答えている児童が 79%であった。このことから,交流の中で,他者の考えを生

かし,道徳的価値の理解を深めるまでに至っておらず,交流活動を工夫することで,他者の考え

に触れ,自分の考えを付加・修正・強化することができると考える。

教育の動向や児童の実態を受け,本研究では,自己の生き方についての考えを深める道徳の時

間の在り方を究明していきたい。そのために,展開の自己とつなぐ場面における発問及び交流活

動の工夫を行う。このことは,児童が道徳的価値を理解するだけでなく,友達と意見を交流する

ことで自分の問題として捉え,自分の生活をしっかりとみつめることにつながる。また,発達の

段階に応じて自分の生き方を考えたり見直したりすることができ,このことがよりよく生きるた

めの基盤になると考える。

道‐2

(2) 主題及び副主題の意味

ア 「自己の生き方についての考えを深める」とは

学習指導要領解説特別の教科道徳編で,道徳科の目標は「よりよく生きるための基盤となる道

徳性を養うため,道徳的諸価値についての理解を基に,自己を見つめ,物事を多面的・多角的に

考え,自己の生き方についての考えを深める学習を通して,道徳的な判断力,心情,実践意欲と

態度を育てる」と定められている。この中で,自己の生き方についての考えを深めることは,道

徳的価値の理解を基に,自己をみつめ,物事を多面的・多角的に考える過程で,同時に行われて

いるとされている。

このことから,自己の生き方についての考えを深めるとは,自己を見つめ,自己や他者の経験

や感じ方・考え方と関連させながら,道徳的価値について,自分の考えを付加・修正・強化して

いくことであると考えた。

イ 「自己とつなぐ場面における発問及び交流活動の工夫」とは

① 自己とつなぐ場面とは

道徳の時間には,導入・展開・終末の3つの段階がある。

本研究では展開の中に,さらに3つの場面を設定した。「自己とつなぐ場面」は,展開の

中の1つの場面として位置づけている。

―展開の段階の中の3つの場面―

・「自己をとらえる場面」 資料の人物の心情を共感的にとらえることで自己の考え方や

感じ方に気付く場面

・「自己とつなぐ場面」 道徳の時間にねらいとする価値について自己の経験や考え方・

感じ方(道徳的価値観)を関連させながら,他者と交流し,多

面的・多角的に追求する場面

・「自己をみつめ直す場面」その時間に深められた道徳的価値を生かして自己を振り返る

場面

自己とつなぐ場面では,資料の人物の心情に迫ることに偏らず,自己の経験も想起させな

がら,道徳的価値に迫っていく。このことにより,資料の人物の心情だけでなく,自己をみ

つめ直すことも同時に行うことができる。

② 発問の工夫とは

自己とつなぐ場面において,その時間にねらいとする価値に迫るための発問を設定するこ

とである。資料の人物の心情や行動の理由を問う,“なぜ・どうして”のキーワードを用い

た発問を行うことで,自己の経験や考え方・感じ方をもとにした道徳的価値観が表出される

と考える。また,ここで出てきた考えをもとに交流活動を仕組む。

③ 交流活動の工夫とは

自己とつなぐ場面において,資料の人物の心情や行動の理由を問う発問をもとに,道徳的

価値の理解を深めるための少人数による交流活動を仕組むことである。その手立てとして,

少人数グループの構成の仕方や,考えの変容が分かる道徳ノートを活用する。この交流活動

により,自己や他者の考え方・感じ方についての共通点や相違点に気付き,自分の考えを付

道‐3

加・修正・強化し,自己の生き方についての考えを深めていくことができると考える。

多様な考え方・感じ方について,赤堀博行氏は「道徳的価値のよさや意義などへの思いが

様々であったり,道徳的価値の実現の難しさなども同様に様々なとらえ方があったりする」

と述べている。このことから,道徳的価値の理解を深める上で,他者の意見を聞くことはと

ても重要であると言える。

2 研究の目標

自己とつなぐ場面における発問及び交流活動の工夫を通して,自己の生き方についての考えを深め

る道徳の時間の在り方を明らかにする。

3 研究の仮説

自己とつなぐ場面において,キーワードを用いて資料の人物の心情や行動の理由を問う発問を行い,

自己や他者の経験や考え方・感じ方(道徳的価値観)を基にした少人数による交流活動を通して,道

徳的価値の理解を深めれば,自己の生き方についての考えを深めることができるだろう。

4 研究の構想

本研究室では,自己の生き方についての考えを深める道徳の時間の在り方を究明するために,下記

のような手だての工夫を図る。

(1)自己とつなぐ場面における発問

〇 資料の人物の心情や行動の理由を問う発問 (キーワード なぜ どうして)

(2)自己とつなぐ場面における交流活動

道徳の時間における交流活動のねらい 交流の形態

低学年

【明確化】

・自分の考えがわかる。

・相手の考えがわかる

対話

グループ交流

全体交流

中学年

【共通点や相違点の明確化】

・自分の考えと似ているところを考えながら聞く。

・自分の考えと異なるところを考えながら聞く。

対話

グループ交流

全体交流

高学年

【相互補完】

・異なる意見から新たな考えを発見する。(付加)

・異なる意見から自分の考えを修正する。(修正)

・同じ意見から自分の考えを補強する。(強化)

グループ交流

異質グループ交流

全体交流

ディベート

交流の方法の工夫

低学年 話し方・聞き方の提示 自己や他者の考えがわかる道徳ノートや板書

中学年 自他の考え方を比較できる道徳ノートや板書 発達段階に応じた教具の活用

高学年 交流によって考えの深まりや広がりがわかる道徳ノートや板書の活用

道‐4

5 研究構想図

自己の生き方についての考えを深めた児童

現在の児童

問題意識・興味関心をもつ姿

よりよい自分になる

ことに意欲をもつ姿

自己をとらえる場面

自己 他者

自己とつなぐ場面

自己をみつめ直す場面

道徳的価値の理解

自分の考え

他者の考え

<発問の工夫>

○ 資料の人物の行動や心情の理由を問う

発問

自己をとらえた自分の考え

自己とつないだ

自分の考え

自己をとらえた他者の考え

道徳的価値の理解

道徳的価値の理解

自己とつないだ

他者の考え

少人数交流

道‐5

3 実践例①

(1) 授業(A小学校 第2学年)の基本構想

ア 主題名

B「友情,信頼」 低学年「友達と仲よくし,助け合うこと。」

イ 資料

「およげない りすさん」(『私たちの道徳 小学校1,2年生』文部科学省)

ウ 本時指導の立場

本主題の資料は,かめ,あひる,白鳥が池の中の島へ行こうとした際に,「一緒に連れて行っ

てほしい」と言うりすに,泳げないから駄目だと断ってしまうが,りすがいないまま遊んでも楽

しくなかったみんなは,次の日,りすを背中に乗せて,みんなで島に向かう,という話である。

本資料では仲間はずれにする側とされる側の双方の気持ちを考えることができ,友達と仲良く

遊ぶことのよさだけでなく,友達の気持ちを考える視点をもつことの大切さも深めることができ

ると考える。

本学級では,友達が困っていると,優しく声をかけたり,助けてあげたりする姿が多く見られ

る。しかし,困っていたら優しくする,助ける,ことはできていても,普段から友達とよりよい

関係を築き,お互いに友達を思いやって仲良くすることが十分できているとは言えない。

そこで,本時の指導にあたっては,かめの気持ちに焦点をあて,「だめ」といった後の気持ち

と背中に乗せて一緒に島に向かう気持ちを比べることで,仲間外れにするのではなく,自分とと

もに相手も大切にし,ともに仲良くすることが気持ちがよいことに気付かせたい。

そのためには,導入段階において児童に友達と仲良くしていて楽しい経験を想起させ,誰もが

仲良く過ごしたいと思っていることに気付かせる。

展開の自己をとらえる場面では,特にかめさんの気持ちを考えていく。りすさん抜きで遊んで

いる場面のかめさんの気持ちを,役割演技を通して考えさせることで,かめさんが仲間はずれに

したことを後悔している気持ちをおさえておく。自己とつなぐ場面では,次の日に一緒に遊んで

いる時に楽しい気持ちになっていることに共感させ,その後「どうしてかめさんはいい気持ちに

なったのでしょう。」と問い,4人組の少人数交流を仕組む。その際に,自分の考えと似ている

人,違う人,なるほど,と思った人で色をわけたシールを貼ることで,友達の考えと比べながら

交流が行えるようにする。交流を通して深まった考えを,全体交流で共有し,仲良くすることは

相手も自分も気持ちが良くなることに気付かせたい。自己を見つめ直す場面では,少人数交流や

全体交流を通して,より深められた道徳的価値をもとに,自己の生活を振り返らせる。

終末では,教師の幼いころの話を聞かせ,誰にでも友達と仲良くすることの気持ちよさや難し

さを感じていることに気付かせ,友達と仲良くしていきたいという意欲を育みたい。

エ 検証の視点

① 自己とつなぐ場面において,登場人物の気持ちの変化の理由を問う発問が,自身の道徳的

価値を表出するのに有効であったか。

② 自己とつなぐ場面において,少人数交流を行ったことは,道徳的価値の理解を深めること

に有効であったか。

オ 本時のねらい

自分だけではなく,相手も楽しく,ともに仲良く過ごすことが気持ちの良いことに気付き,友

達と仲良くし,互いに助け合っていこうとする態度を育てる。

道‐6

カ 展開

(2)本時指導の実際

〈導入〉

ここでは,普段の友達関係を想起させ,友達と仲良く楽しく過ごしたいという思いをもたせる

ことをねらいとしている。「友達といて楽しいことを教えてください。」と児童に問うと,「一

緒に勉強をすること」「ドッジボールをすること」「おにごっこをすること」と答えた。児童が

皆,友達と仲良く過ごしたいという思いをもっていることを確認し,本時のめあてにつないだ。

〈展開〉

ここでは次の3つの場面が中心である。

① 資料のあらすじをつかみ,かめさんの気持ちに共感させる,自己をとらえる場面。

② かめさんの気持ちの変化に気付き,なぜかめさんがいい気持ちになったのかを少人数交流を

通して考える,自己とつなぐ場面。

③ 深まった価値をもとに,自分の生活を振り返る,自己を見つめ直す場面。

①の自己をとらえる場面では,まず,「りすさんはおよげないからだめ」というセリフを児童に

動作化させ,仲間外れをしてしまったかめさんの気持ちに共感させた。つぎに,教師があひる役と

なり,役割演技を通して,遊んでいても楽しくないかめさんの心情を引き出した(資料-1,2)。

段階 学 習 活 動 と 内 容 手 だ て

導入

1 友達といて楽しい経験を想起する。

○ 友達と楽しく過ごした経験を想起させることで,誰もが仲良く過ごしたいと思っていることに気づかせる。

展開

2 資料を読み話し合う。 (1) 資料「およげない りすさん」の範読

を聞く。 (2)かめさんの気持ちを考える。 ○「りすさんはおよげないからだめ」といった

とき ・だってりすさんおよげないもん ・しょうがないよ ○ しまについて遊んでいても楽しくないとき ・やっぱり楽しくない ・りすさんのこと仲間外れにしたから (3)みんながどうしていい気持ちになったの

か考える。 ・りすさんが喜んだから ・みんなで仲良くしたほうが楽しい ・自分もりすさんもうれしいから 3 自分の生活について振り返る。 ・みんなで仲良くしたほうが楽しい。 ・自分も仲間外れにしてしまったことがあるけ

ど,みんなで遊んだほうが楽しかった。

○ 動作化を行い,かめさんの気持ちをとらえさせる。 ○ 仲間外れにしたかったわけではなく,自分たちの都合に合わなかったことだが,りすさんのことを仲間外れにしていたことに気付かせる。

○ 役割演技を通して,りすさんのことを思い出して,楽しく遊べていないことに気付かせる。

○ 心情の理由を問う発問を行うことで,本時のねらいとする価値,「友達となかよくする心」について考えさせる。

○ 4 人組の少人数交流を行い,他者理解,価値理解を深める。交流の際に色シールを使用し,自分の考えと友達の考えを比べながら聞かせる。

○ 道徳ノートに自分の考えと,少人数交流後の考えを書かせ,考えの深まりが見えるようにする。

○ 自己とつなぐ場面で一般化されたことをもとに,自分の生活を振り返らせる。

終末

4 教師の説話を聞き,友達と仲良くしていこうという意欲をもつ。

○ 教師の体験を聞くことで,仲良くすることの気持ち良さをより実感させ,これからの自分につなげさせる。

めあて ともだちとなかよくする心について考えよう。

自己をとらえる場面

自己とつなぐ場面

自己をみつめ直す場面

発問 どうしてかめさんはいい気持ちになったでしょう。

道‐7

資料-3 交流活動でシールを貼る姿

赤シール→同じ・似ている

青シール→違う・ちょっと違う

緑シール→なるほど・いいね・確かに

資料-4 シールの色と意味

役割演技を通して,かめさんはりすさんがいないことで楽しくない気持ちになっていることを確認

した。また,仲間外れをしたことによる,かめさんの気持ちの落ち込みに焦点をあてたかったため,

役割演技後に「だめと言ったことをかめさんはどう思っていますか。」という補助発問を行った。す

ると,「自分達が仲間外れにしたから楽しくない」という発言があった。

②の自己とつなぐ場面では,まず,次の日にりすさんと一緒にしまに遊びに行って,かめさんがい

い気持ちになったことを確認した。そして,前日のかめさんと次の日のかめさんの気持ちを比較し,

「どうしてかめさんはいい気持ちになったでしょう。」と発問をし,自分の考えを書かせた。児童の

書いた道徳ノートを分析すると大きく3つの価値に分類できた(表-1)。

A:自分(かめさん)がいい気持ちに なったから

B:みんなで遊べたから C:相手(りすさん)がいい気持ちに なったから

○ いいことをしたから。

○ 自分で考えて連れていけたから。

○ 言い過ぎたから。

○ あやまれたから。

○ りすさんとも行けたから。

○ りすさんも一緒のほうが楽しそ

うだから。

○ みんなで遊んだほうが楽しいか

ら。

○ りすさんも楽しいから。

○ りすさんが昨日悲しい顔をして

いたから。

○ りすさんも行ったら全員が楽し

いから。

その後,4人組の少人数グループを作り(生活班)意見を交流させ

た。少人数交流の際には,色のついた丸シールを使用し,聞いている

児童が発表した児童の道徳ノートにシールを貼るようにさせた(資料

-3,4)。少人数交流の際にシールを貼ることで,友達の考えと自分

の考えを比べながら聞く姿が見られた。シールを貼る際には,迷わず

貼る児童が多かったが,もう一度自分の道徳ノートを見直している姿

も見られた。

A児の道徳ノートを見ると,自分の考えを書かせた時点では,「自

分がいいことをした。」という自分主体の考えであったが,少人数交

流後に「りすさんがにこにこしているから。」という相手主体の考え

に変化していることが分かる(資料-5)。

B児の道徳ノートにおいても、「み

んなで楽しく遊んだほうが楽しいか

らだよ。」という考えが,少人数交流

後には,「りすさんが悲しい顔を前に

していたから。」という,相手のこと

を思う気持ちを含めた考えへと変化

していた(資料-6)。

少人数交流後の全体交流では,「り

すさんが喜んでくれていたから」とい

資料-2 役割演技の様子 資料-1 役割演技TC表

T:かめさん、どうして楽しくなさそうにしているの。

C:だってりすさんがいないから。

T:でもりすさんは泳げないからしょうがないよ。

C:でもりすさんは友達だから、一人にしちゃだめ。

資料-5 A児の道徳ノート 資料-6 B児の道徳ノート

C相手

B集団

C相手

A自分

表-1児童の道徳ノートから見た道徳的価値(同意見省略)

道‐8

った意見が多くでた(資料-7)。これは,自分主体ではなく,相手の気持ちに焦点を当てた意見であ

り,本時のねらいに即している。りすさんが楽しくない気持ちでいると,かめさんも楽しくないこと

が分かり,仲良くすることでお互いに気持ちよく過ごせることに気付かせることができた。このこと

を本時の道徳的価値として,一般化して位置づけた。

③の自己をみつめ直す場面では,まず,自分の道徳ノートをみつめ返すように指示をした。「自分

もこんなことを考えたりしたことがなかったかな。」と問いかけ,振り返りを書かせた。4パターン

に分かれるような書き方となった。代表的なものを以下に示す(資料-8)。

〈終末〉

教師が幼い頃の友人関係の話を行った。教師がやっぱり1人でも悲しい思いをしていると楽しく

なかったという話をすることで,みんなで仲良くしていきたいという思いを培うことができた。

(3)分析と考察

ア 発問の工夫

自己とつなぐ場面において行った発問「どうしてかめさんはいい気持ちになったでしょう。」

に対して,「A:自分がいい気持ちになったから」と考えた児童は 59%,「B:みんなで遊べた

から」と考えた児童は 25%,本時のねらいである「C:相手がいい気持ちになったから」と考

えた児童は 16%であった(資料‐9)。資料に基づいた登場人物の心情の理解のみで考えると,

BやCの考えが多く出ることが予想される。しかし,59%の児童はAのように考えていた。こ

れは,登場人物の心情理解から離れ,児童の持つ道徳的価値観に照らし合わせて考えられた結

果であると言える。よって,この発問は,児童の持つそれぞれの道徳的価値観が表出するのに

有効であったと言える。

しかし,Bの考えを見ると「りすさんも一緒のほうが楽しそうだから」「みんなで遊んだほ

うが楽しいから」など,考えを分類することが難しい記述があった。これは,低学年の発達段

階においては,「なぜ」と理由を問うことが心情を問う発問よりも難しかった可能性が考えら

れる。低学年において理由を問う発問を行う際には,理解が容易である文言や,記述のさせ方

本時で表出された道徳的価値 割合

A:自分(かめさん)がいい気持ちになったから 59%

B:みんなで遊べたから 25%

C:相手(りすさん)がいい気持ちになったから 16%

資料-9 児童の考えの割合

資料-7 全体交流での考え 資料-8 自己をみつめ直す場面における児童の道徳ノート

仲間外れにしてしまっていたことを振り返る記述

相手のことも考えて,仲良くできたことを振り返る記述

自分が仲間外れにされた時の気持ちを振り返る記述

これからの生活に意欲をもつ記述

道‐9

資料-10 座席表で示す児童の考えの変化

に検討の余地がある。

イ 交流活動の工夫

少人数交流を経た後の児童の考えを見ると,「A:自分がいい気持ちになったから」という自

分主体の考えではなく,「C:相手がいい気持ちになったから」という相手に対する思いをふく

らませている児童の割合が増加した(資料-10)。これは,本時に達成したい道徳的価値の理解が

深まったと言える。アで述べたように,「B:みんなで遊べたから」という価値については,低

学年の実態として,どちらの思いが強いか文章から汲み取ることが難しかった。しかし,少人数

交流を経て,児童の考えは自分主体の考えから,相手や集団主体への考えと変化したと言える。

このことから,自己とつなぐ場面において少人数交流を行うことは,道徳的価値を深める上で有

効であると言える。

また,Cの相手がいい気持ちになったから,

という考えに気付くことができた割合は 47%,A

からBのように,価値の理解が深まった児童を合

わせると,72%の児童が少人数交流を経て,本時

のねらいとする価値に迫ることができた。少人数

交流を行うことで,一部の発言した児童のみの意

見で,道徳の時間を引っ張っていくのではなく,児童が相互に関わりあって,考えを深めること

ができた。よって,少人数交流を行うことは,自己と他者をつなぎながら道徳的価値の理解を深

めるのに有効である。

低学年の交流活動を活性化させる手立てとしてシールを用いた。少人数交流においてシールに

よる相互評価を行うことで,低学年においても,自ずと自分の意見と友達の意見を比べながら聞

くことができていた。シールは,1 種類だけでなく,複数の種類を貼ってよいこととした。青の

シール(自分とちがう考え)を貼った割合は 58%,「なるほど」「たしかに」と思ったという緑

のシールの割合は 148%にもおよんだ。友達の考えを共感的に聞くことができていたと考えられ

る。一方,赤のシール(自分の考えと似ている)を貼った児童は 182%にとどまり、自分の考え

と似ているという認識をあまり持たないことが明らかになった。赤シールよりも青シールや緑シ

ールを貼る割合が高かったことから,少人数交流により,自分とは違った考え方や感じ方に気付

くことができたと考えられる。

ウ 自己とつなぐ場面の設定について

アで述べたように,児童は登場人物の心情だけでなく,自己の道徳的価値観を中心として道徳的

価値の理解を深めることができた。また,イで述べたように,児童は交流活動を通して,自己と

他者をつなぎながら,道徳的価値の理解を深めることができた。このように,児童は資料から離

れ,自己とつなぎながら道徳的価値の理解を深めることができたと言える。

また,展開の自己をみつめ直す場面において児童が,仲間外れにしてしまったこと,されたこと,

仲良くできたこと,これからの生活への意欲など,それぞれの視点から自己の振り返りを行った

ことは,児童一人一人が本時を通して自己の生き方についての考えを深めた結果であると言える。

よって,自己とつなぐ場面を設定することは,児童が自己の生き方についての考えを深めること

に有効であると言える。

道‐10

3 実践例②

(1) 授業(B小学校 第5学年)の基本構想

ア 主題名

A「正直・誠実」 高学年「誠実に,明るい心で生活すること。」

イ 資料

「手品師」 (「小学校道徳 5 あすをみつめて」日本文教出版)

(『私たちの道徳 小学校5・6年生』文部科学省)

ウ 本時指導の立場

本主題の資料「手品師」は,主人公である手品師が,大劇場のステージに立ちたい気持ちを捨てき

れずに悩むが,男の子との約束を守り,たった 1人の小さなお客様を前にして,次々と素晴らしい手

品を演じるという内容である。

あまり売れない手品師は,大劇場のステージに立てる日を願い,日々,腕をみがいていた。ある日,

道にしゃがみこんでいる小さな男の子に手品を披露すると,男の子は明るさを取り戻し,明日も来る

と約束した。しかし,その日の夜,友人から連絡があり,大劇場に出られるという話を聞き,大劇場

に出るか,男の子との約束を守るか,2つの感情で迷ってしまうが,男の子との約束を守り,次の日,

男の子の前で手品を披露する,という筋である。ここでは,ずっと願っていた大劇場のステージに立

つか,明日もきっと来る,と伝えた男の子との約束を守るかと迷った末に,男の子との約束を守るこ

とを決心した手品師の心情の流れを中心に考える活動によって,自分の欲求ばかりを優先するのでは

なく,誰に対しても,どんなことでも誠実に行うことが大切であり,その結果得られる心の安定や満

足感によって明るい心で生活できるよさを捉えることができると考える。

本学級の児童は,男女ともに明るく楽しく生活し,相手のよさを認め合い,お互いに協力し合うこ

とができている。しかし,友達の言動や考えに流されたり,自分に都合が悪いことがあると正直に話

さなかったりすることもある。また,自分の思いを優先し,無責任な態度をとることも見られる。こ

れは,自己中心的であり,周りのことを考えて行動する力が乏しいからであると考える。

そこで,本時学習において,葛藤場面に出会ったときに,自分や他者に対して誠実に行動すること

が自分の生活をよりよくするということに気付かせ,誠実な心を育てることが必要であると考えた。

そのために,まず,導入では,これまでの生活でうそをついたり,ごまかしたりしなくてよかった

と思った経験について話し合い,誠実に行動することについて,手品師の生き方から考えることを伝

える。その後,話の内容をつかみ,挿絵を見ながら,主人公の手品師の心情の迷いに気付かせる。次

に,自己をとらえる場面では,ずっと願っていた大劇場のステージに立つか,明日もきっと来る,と

伝えた男の子との約束を守るかの心情の迷いを共感的にとらえさせ,考えを交流させる。この際,ハ

ート図を用い,大劇場に行くか,男の子のところに行くか,どちらの気持ちが強いのかを表し,考え

の理由について考えをもたせる。そして,考えの交流を通して,友達に考えの違いに気付かせる。自

己とつなぐ場面では,葛藤の後,男の子のところに行くことを決心した手品師の心情の理由を問い,

考えを書かせる。その理由が男の子の視点で書かれているか,手品師の視点で書かれているかで分類

し,多様な考え方に触れ,多面的・多角的に追究するために考えの異なるグループでの少人数交流を

させる。そして,自己をみつめ直す場面では,少人数交流後,全体交流をし,「男の子との約束を守

ることが男の子のためだけでなく,自分のためになる。」という道徳的価値に気付かせ,これまでの

自分の生活を振り返り,これからの自己の生き方について考えさせる。

最後に,終末では,再度「誠実」という言葉の意味をおさえ,誠実に生きていこうとする意欲をも

道‐11

たせたい。

エ 検証の視点

① 自己とつなぐ場面において,手品師が男の子のところに行くことを決心した心情の理由を問う発

問は,自身の道徳的価値観を表出するのに有効であったか。

② 自己とつなぐ場面において,少人数交流を行ったことは,道徳的価値の理解を深めるのに有効で

あったか。

オ 本時のねらい

その場しのぎでうそを言ったり,ごまかしたりせず,うそやいつわりのない誠実な心をもって行動

しようとする心情を育てる。

カ 展開

段階 学 習 活 動 と 内 容 手 だ て

導入

1 誠実な心について話し合う。

めあて

○「誠実に生きる」ことを,うそやいつわりのない行動をすることとし,その経験について考えさせることで,め

あてにつなぐ。

展開

2 それぞれの場面の手品師の心情やその理由について考える。

(1)迷いに,迷ってしまった手品師の気持ちを話し合う。

大劇場に行く

・ ずっと夢見ていたことだから,大劇場に行きたい。

・ 大劇場で手品を成功させて,暮らしを楽にしたい。

男の子のところに行く

・ 先に約束をしたことだから,その約束を守らなければならない。

・ 悲しそうな男の子を元気づけてあげたい。

(2)迷いに,迷った末に,男の子のところに行くことを決心した手品師の心情の理由を話し合う。

男の子の視点

・ 男の子との約束を守らないといけないから。

・ 男の子を悲しませたくないから。

・ 男の子がかわいそうだから。

手品師の視点

・ 大劇場に行っても,約束を守らなかったことで,自分の気

持ちがすっきりしないから。

・ 約束を守ることで,男の子のためにもなるし,これからの自分のためになる。

3 これまでの自分の生活を振り返り,これからの自己の生き方について考える。

・ 今までは自分がしたいこと先に考えてしまっていたけど,

これからはどんな約束も守りたい。

・ 相手のことを考えることが自分のためになるから,いつも相手のことを考えたい。

○ 資料を読み,手品師の人柄や落ち込んでいる男の子の

様子をおさえる。

自己をとらえる場面 ○ 問題場面から,手品師の心情の迷いをとらえさせ,そ

れぞれの考えに気付かせる。

○ どのくらいの割合で手品師が迷っているのかを,「男の子のところに行く」気持ちを赤,「大劇場に行く」気

持ちを青で,ハート図を使って表現させる。

○ 表出された心情を分類・整理し,視覚的にとらえやすい構造的な板書をする。

自己とつなぐ場面 ○ 心情の理由を問うことで,それまで異なる考えをもっ

ていた児童も同じ立場で考えさせる。

○ 心情の理由を問う発問をし,ねらいとする価値にせまらせる。

(手品師の心情の理由を問う発問)

○ 自己の生き方にせまる発問をし,自分の生活とつなげて考えをもたせる。

(これまでの自己の生き方にせまる発問)

○ ワークシートに自分の考えを書かせ,それをもとに「男の子の視点」の考えを黄,「手品師の視点」の考え

を緑で色分けして示させ,異グループで少人数交流させる。

○ 交流後の自分の考えを書きまとめ,全体交流する。

自己をみつめ直す場面 ○ 交流したことを基に,児童の考えを一般化し,そのことについて自分の生活を振り返らせる。

終末

4『私たちの道徳』の「明るく楽しい毎日を過ごすために」を読み,これからの生活への意欲をもつ。

○ 道徳的価値を自分なりに発展させていくことの思いや課題をもたせる。

(2) 本時指導の実際

〈導入〉

ここでは,「誠実」という言葉の意味をおさえ,誠実に行動する手品師の生き方について考えること

誠実な心について考えよう。

手品師が男の子のところに行くことを選んだのはなぜでしょう。

自分の考えの理由を,これまでの自分の経験と合わせて考えましょう。

道‐12

資料‐1 ハート図で考える様子

資料‐4 少人数交流での意見交換

資料‐2 ハート図をもとに発表する様子

資料‐3 少人数交流の様子

を伝え,学習のめあてを把握する活動が中心である。

まず,「誠実という言葉の意味を知っているか。」と児童に問い,挙手をさせると,34人中5人の挙

手に留まった。児童にとって聞きなれない言葉であるため,『私たちの道徳』を用い,誠実とは自分の

良心に,真っすぐ向き合い,行動することと伝え,「誠実な心について考えよう。」というめあてにつ

なげた。

〈展開〉

ここでは,次の3つの場面が中心となる。

① 大劇場に行くか男の子のところに行くかで迷っている手品師の心情について,ハート図をもとに

考えをもたせ,考えを交流する自己をとらえる場面。

② 迷いに迷った末に,男の子のところに行くことを決心した手品師の心情について,心情の理由と

その根拠を合わせて考えをもたせ,異なる考えをもつ3~6人での少人数交流後,全体交流をし,

道徳的価値の一般化を行う自己とつなぐ場面。

③ 一般化した価値をもとに,これまでの自分を振り返る自己をみつめ直す場面。

①の自己をとらえる場面では,話の内容をつかませ,大劇場に行くか男

の子のところに行くかで迷っている手品師の葛藤に気付かせた。その際,

そのときの手品師の心情を考えさせるために,大劇場に行く(青)か男の

子のところへ行く(赤)か,どのくらいの割合で迷っているかをハート図

で表させ(資料‐1),自分の考えを発表させた(資料‐2)。

ここでは,「男の子を喜ばせたいが,自分の将来の方が大事。」などの

(青)の気持ちが強い考え,「夢も大切だけど,約束を守らないといけな

い。」などの(赤)の気持ちが強い考えが出た。この場面での手品師も同

じように様々なことを考え,葛藤していることに気付かせることができた。

②の自己とつなぐ場面では,男の子のところに行くことを決心した手品

師の心情に対する自分の考えを,自己の経験や考え方・感じ方と関連させ

るために,心情の理由とその根拠を学習プリントに考えを書かせた。

その後,他者の多様な考え方・感じ方に触れ,多面的・多角的に追究す

るために,心情の理由が男の子の視点(黄)か手品師の視点(緑)かで考

えを分け,異なる考えをもつ3~6人で少人数交流をさせた(資料‐3,

4)。異なる考えを伝え合うことで,自分が気付かなかった考えに気付く

ことが目的であり,少人数交流後に再度,交流後の自分の考えを書かせた

(資料‐5)。

(少人数グループをつくった後)

C1:自分の考えは約束をしたのに男の子のところへ行かなかったら,男の子が悲しむと思うからです。そう考えた理

由は,自分だったら先に男の子と約束をしたから,最初に約束した方を優先したいと思うからです。

C2:私は男の子の方が先に約束したから後から来た大劇場への電話は断ったと思います。そう考えた理由は,先に約

束したのに,待ち合わせで待ってても来なかったらいやだと思うからです。

C3:お母さんが帰ってこないし,男の子にうそをつきたくないからだと思います。

(同じグループ3人の考えを伝え合った後)

C2:○○さんは「うそをつきたくない」と考えて,○○さんは「男の子が悲しむ」と考えていて,「約束を守る」だ

けじゃなくて,私が考えていなかったことに気付いていて,すごいなと思いました。

道‐13

資料‐6 少人数交流前後の児童の考えの変容

A児,B児の道徳ノートには,それぞれ男の子の視点で書かれた考えが書かれていたが,少人数交流

後,他者の考えである手品師の視点での考えが加わっている。学級全体を見ると 32人中 13人に考えの

付加が見られた。また,同じ考えでも,他者の考えを加え,強化されているものもあった(資料‐6)。

その後の全体交流では,少人数交流後の自分の

考えとして,「男の子の気持ちが明るくなるから。」

のような男の子の視点での考えと,「うそをつい

たと思われたくない。」のような手品師の視点で

の考え,「男の子と約束したし,今頃がっかりし

ているだろうな,とずっと後悔してしまうから。」

のような両方の視点での考えが出された。

③の自己をみつめ直す場面では,全体交流で出

てきた「男の子ががっかりしていると思い,ずっ

と後悔してしまうから。」という考えから,後悔

するのは手品師で,「後悔しないように,自分の心をごまかさず,男の子のことを思って行動したこと

が手品師にとっての誠実である。」ということに気付かせ,道徳的価値として一般化し,位置づけた。

その後,これまでの自分の生活を振り返るために,「これまでの自分(生活)はこうだったから,こ

れからの自分(生活)はこうしたい。」という振り返りの書き方を伝え,振り返りをさせた。「これま

では,2つの約束をしそうになったとき,とても迷っていたけれど,これからはどちらが大切か,優先

かよく考えて行動したい。」というような,学習のねらいにそった児童の考えが見られた。

〈終末〉

ここでは,展開の段階における活動を通して児童に気付かせた道徳的価値について,再度「誠実」と

いう言葉の意味をおさえ,誠実に生きていこうとする意欲をもたせる活動が中心である。私たちの道徳

にある「明るく楽しい毎日を過ごすために」の読み物資料を使い,誠実に生きることの大切さを伝えた。

「あやまちや失敗は,だれにでも起こることで,その場しのぎが,周囲の信頼を失わせ,後悔をしてし

まう。」「こうしたことを乗り越えるために大切なことを考えて行動しよう。」と児童に伝え,これか

らの生活への意欲をもたせ,学習を終えた。

資料‐5 少人数交流前後の児童の道徳ノート

(A児の道徳ノート) (B児の道徳ノート)

欠席 A →A+ A → A B → C

A → A A → A C → C A → C A →A+ 欠席

A → C B → C A → A A →A+ A → C A →A+

A →A+ A →A+ A → C A → C A → C A →A+

A → A A → A A →A+ C →C+ A → C A → C

A → C A → A A → C A →A+ A →A+ B → C

A:男の子の視点 B:手品師の視点 C:両方の視点

道‐14

3) 分析と考察

ア 発問の工夫

「手品師が男の子のところに行くことを選んだのはなぜでしょう。」と発問し,その場面の手品師

の心情の理由について考えを書かせた。その結果,男の子の視点での考えが 27人,手品師の視点

での考えが3人,両方の視点での考えが2人おり,全員が自分の考えをもつことができた。これは,

考えに違いはあるが,心情の理由を問うことで,全員が男の子のところにいくことを決心した手品

師の立場に立って考えていることができたということである(資料‐7)。

このことから,自己と他者をつなぐ場面において,手品師が男の子のところに行くことを決心し

た心情の理由を問う発問は自身の道徳的価値を表出するのに有効であったと考える。

A:男の子の視点 B:手品師の視点 C:両方の視点

○ 男の子の悲しい顔を見たくない

から。

○ 男の子と先に約束したから。

○ 男の子との約束が大事だから。

○ 男の子にうそをつかれたと思わ

れたくないから。

○ 夢がかなっても、うそをつくこと

は悲しいから。

○ 男の子が元気をなくすし,自分も

すっきりしないから。

○ 男の子を元気づけたいし,うそを

つきたくないから。

イ 交流活動の工夫

手品師が男の子のところに行くことを選んだ理由について,男の子の視点,手品師の視点,両方

の視点で考えを分類し,3~6人の考えが異なるグループをつくり,それぞれの考えとその根拠に

ついて,少人数交流をさせた。これは,少人数交流の中で,児童は自分の考えを伝え,自分と異な

る考えを聞くことで,男の子と手品師の両方の視点での考えに気付き,道徳的価値についての理解

を深めることが目的であった。しかし,少人数交流後の児童の考えを見ると,少人数交流で考えが

変わり,両方の視点で考えたりした児童(付加・修正)が 15人,少人数交流前と同じ視点で考え

た児童(強化)が 17人(資料‐6)で,道徳的価値の理解を深め,全体交流の前に少しでも多く

の児童に「両方の視点」での考えを広がったというには不十分であった。

授業後のアンケートでは「友達の考えを聞いて,考えが広がったり深まったりしたことがありま

すか。」「自分と違う考えの友達と少人数交流をしてよかったと感じますか。」という問いに対し

て「はい」「どちらかといえばはい」と答えた児童が 34人中それぞれ 33人,30人いる(資料‐8)

ことから,これまでの少人数交流のよさを生かしながら,人数構成,同質・異質グループでの交流

や,少人数交流の際の話し合いの視点のもたせ方などに改善しなければならないと考える。

アンケート項目 はい・どちらかといえばはい どちらかといえばいいえ・いいえ

友達の考えを聞いて,考えが広がったり深まったりしたことがありますか。 33人 1人

自分と違う考えの友達と少人数交流をしてよかったと感じますか。 30人 4人

ウ 自己とつなぐ場面の設定について

自己とつなぐ場面において,手品師の心情の理由を問う発問を行うことで,児童が自己の経験や考

え方・感じ方と関連させ,全員が自分の考えをつくることができた。また,異なる考えをもつ少人数

による交流活動を行うことで,他者の考えを取り入れ,道徳的価値の理解を深めることができた。

このことから,自己とつなぐ場面を設定することで,児童が自己の生き方についての考えを深める

ために有効であると考える。

資料‐8 授業後のアンケート結果

資料‐7 道徳ノートに書いた児童の考えの例

道‐15

3 実践例③

(1)授業(C小学校 第5学年)の基本構想

ア 主題名

B「友情,信頼」 高学年「友達と互いに信頼し,友情を深める。」

イ 資料

「ミレーとルソー」(「ゆたかな心 5」光文書院)

(『私たちの道徳 小学校5・6年生』文部科学省)

ウ 本時指導の立場

本主題は,相手の立場を考え,お互いに信頼し学び合って,友情を深めようとする心情を育てる

ことをねらいとしている。相手の立場や気持ちを考え,理解し合えたとき,人と人は信頼で結ばれ,

お互い認め合うことができるようになる。このような信頼関係で結ばれた関係が友情であるととら

えている。そこには損得の感情はなく,相手の成長を願い,互いに励まし,高め合い,自分にでき

る協力を惜しまないという関係であることが必要である。真の友情とは,こうした相互に変わらな

い信頼があってこそ成り立つものであり,相手に対する敬愛の念がある。人生においてかけがえの

ない友人をもつことは,豊かな人生を送るうえで大切なことの一つである。そしてその根底にある

のが「真の友情」を求める心にあるのだと考える。高学年になると,交友関係も広がってくる。そ

して自分を理解してくれる友達を求めるようになり,親しい友達を作りたいという思いも出てくる。

しかし,その関係はまだ,「何となく楽しい」ものであったり,ちょっとした行き違いから関係が

崩れてしまったりすることが多い。そこで真の友情を育むためには,相手の立場や心情を理解する

という信頼関係のもと,互いに協力し,高めあうことが大切であることに気付かせたい。そして,

そうした友人関係に憧れ,自分も本物の友情を育みたいという心情を養いたいと考え,本主題を設

定した。

本学級の児童たちは,基本的に仲がよく,学級の中で一緒に勉強したり係活動をしたり遊んだり

して,親しく交わっている。最近になって特定のグループ化が見られるようになってきた。「友達」

は多いが,お互いに信頼し合っている友達,いわゆる「親友」の関係にいたっている子は,ほとん

どいない。一方で,自然教室や運動会に向けての練習・本番を通して,みんなで力を合わせ頑張る

ことの大切さを感じてきていている。また互いに励まし合ったり,助け合ったりするような姿も見

られるようになってきた。今まで単なる遊び相手の友達から,自分を理解してくれる友達へと求め

るものが変わってくるこの時期に,本主題を取り上げ,本当の友情とは何かを考えさせたい。お互

いに相手をかけがえのない存在として大切にしていくことで,信頼し合って友情を深めることにつ

ながることに気付かせたい。

本時の指導にあたっては事前に,ミレーやルソーの絵に親しませ,その絵が表現しようとしてい

たことやその時代背景についてある程度説明しておく。導入では,ミレーとルソーの2枚の絵を提

示し,作品のすばらしさを味わわせ,登場人物への興味や関心を高めるようにする。実は二人は友

達だったことを知らせ,本時のめあてにつないでいく。

展開の自己をとらえる場面では,ルソーの気持ちを中心に追っていく。ミレーとルソーの立場や

状況を丁寧におさえる。ミレーを励ます姿やパンをそっと置いていく場面からルソーのミレーに対

する気持ちに迫らせる。自己とつなぐ場面では,「なぜ買いたいのは自分だと言わなかったのか」

という発問をし,ルソーの行動の裏に隠れている思いを考えさせる。その後自分の経験を基に意見

を交流させ,価値理解・他者理解・人間理解を深めるようにする。自己を見つめなおす場面では,

道‐16

高まった道徳的価値から今までの自分を振り返っていく。

終末では,『私たちの道徳』を使って,相手の立場を考え,信じ合うことの大切さについて深め,

今後の生活への意欲につなげる。

エ 検証の視点

① 自己とつなぐ場面において,ルソーが絵を買った行動の理由を問う発問が自身の道徳的価値観

を表出するのに有効であったか。

② 自己とつなぐ場面において,少人数交流を行ったことは,道徳的価値の理解に有効であったか。

オ 本時のねらい

相手の立場を考え,信頼し合って,友情を深めようとする心情を育てる。

カ 展開

段階 学 習 活 動 と 内 容 手 だ て

導入

1.ミレーとルソーの絵を見て,感じたことを

発表する。

○ ミレーとルソーの2枚の絵を提示し,作品

の良さを味わわせ,登場人物への興味や関心

を高めるようにする。そして二人は友達だっ

たことを知らせ,めあてにつなぐ。

展開

2 資料「ミレーとルソー」を読んで,話し合

う。

(1)ミレーを励ましているときのルソーの気持

ちを考える。

・自信をつけてほしい。

・一緒にがんばりたい。

・彼の才能を信じている。

(2)頼まれて買いに来たというルソーの気持ち

を考える。

・ミレーを喜ばせたかったから。

・ミレーのプライドを傷つけたくないから。

・ミレーに絵を描き続けてほしい。

3 学んだ道徳的価値から自己を見つめ直す。

・相手の立場を考えて行動できていなかっ

たな。

・私もこんな友達ができるように,相手を

信じたり,助けたりしたい。

○ ミレーとルソーの立場,その時代背景を丁

寧におさえることで,ルソーの気持ちをふく

らませる。

○ 心の矢印を板書し,二人の心の向きを視覚

的に板書する。

○ 道徳ノートに自分の考えを書かせる。

○ ルソーの行動の裏に隠れている思いを多面

的・多角的に追求することでミレーを思う心

の大きさに気づかせる。

〇 グループで交流をし,他者理解・価値理解・

人間理解を深める。

○ 再度心の矢印を板書し,二人の心が強く向

き合ったことに気付かせる。

○ 自己とつなぐ場面で一般化された道徳的価

値から自己を見つめなおすようにする。

○ 日常生活の行動のなかにも,相手を思う気

持ちや信じる心があることに気づかせる。

終末

4『私たちの道徳』の「互いに信頼し,学び合

って(P72)」を紹介し,これからの生活への

意欲をもたせる。

○ 道徳的価値を自分なりに発展させていくこ

との思いや課題を持たせる。

めあて 友達を思う心について考えよう。

自己をとらえる場面

自己とつなぐ場面

自己をみつめ直す場面

なぜルソーは,買うのは自分だと言わなかったのだろう。

道‐17

資料-1 登場人物の色分けと心の矢印

資料-2 ミレー「接木をする農夫」

(2)本時指導の実際

〈導入〉

まず,授業を行う2週間前から,廊下にミレーやルソーの絵を8枚掲示しておき,図工の鑑賞の時

間をとって親しませ,その絵の表現方法やその時代背景について,ある程度説明しておいた。本時の

導入では,掲示していたミレーとルソーの絵のうち2枚を提示し,作品について触れ,二人への興味

や関心をもたせた。「実は二人は友達だったんだよ。」と伝えると,児童から驚きの声があがった。

「二人がお互いをどう思っていたのか考えていこう。」と伝え,本時のめあてにつなげた。

〈展開〉

ここでは,次の3つの場面が中心となる。

① ミレーを励ましているときのルソーの気持ちを考える自己をとらえる場面

② ミレーの絵を買ったのは,実はルソーだったことから「行動の理由」を考え,グループで交流

する自己とつなぐ場面

③ 全体交流をもとに「相手の気持ちや立場」「相手を信じる心」といった児童が考えたことを道

徳的価値とつないで一般化し,これまでの自分を振り返る自己をみつめ直す場面

自己をとらえる場面では,資料を読んだ後,二人の対照的な立場

と時代背景をおさえた。挿絵の二人の風貌が似ているため,挿絵や

発言,行動を色分けして板書し,どちらのことを示しているのかを

分かるようにした。次に「ルソーが励ました言葉には,どんな気持

ちがあるのだろう。」という発問では「君の絵はすばらしい。」「一

緒にがんばりたい。」といった発言をしている。ルソーの励ましか

ら,村じゅうを歩き回ってスケッチをしたミレーの行動をおさえる

ことで,「心の矢印」を使って,二人の心が向き合っていることを

視覚的に板書した(資料-1)。

自己とつなぐ場面では,まずルソーが「君の絵を買いたい人がい

る」と言って選んだ,この資料の鍵となる「接木をする農夫」を額

に入れて掲示した(資料-2)。その額に入った絵を担任が大切に扱

う様子を見せることで,ルソーが嘘をついてまで買った絵が大切に

されていることを感じとれるようにした。次にミレーの絵を買った

のは,実はルソーだったことを知った場面において,「なぜルソー

は,買いたいのは自分だと言わなかっただろう」と発問した。児童

はルソーのとった行動の裏にある思いを道徳ノートに書いていた。

その後グループになり,自分達の考えを交流した(資料-3)。考え

を伝え合ったり質問し合ったりして,「なるほど」「確かに」と思

ったところは,道徳ノートの「友だちの考えを聞いて」の欄に書か

せた。児童の書いた道徳ノートを見ると大きく3つの価値に分類で

きる。

資料-3 グループ交流

A:ミレーの立場を考えている B:ミレーの絵の才能を信じている

C:ミレーを大切に思っている (D:自己とつないで書いている表現)

児童の道徳ノートから見た道徳的価値

道‐18

(A 児) (B 児)

A 児の道徳ノートには,「A:ミレーの立場を考えている」「C:ミレーを大切に思っている」の

二つの道徳的価値が見られるが,友達との交流後では,新たに「B:ミレーの才能を信じている」の

価値が加わっている。B 児の道徳ノートには,ABC の3つの道徳的価値を既に書いているが,交流

後には A の道徳的価値が強化されている(資料‐4)。

学級全体を見ると,31人中 19人に

考えの付加が見られた(表-1)。また

B 児のように,交流後に自分と同じよ

うな考え(強化)を書いている児童 31

人中 11人だった。その後,友だちとの

交流で加わったり深まったりしたとこ

ろを発表した。再度心の矢印を使って

確認したところ,二人の心の矢印は太

くなり,ある児童は「最初からルソーの心の矢印は太かったのではないか」と発言していた。

自己をみつめ直す場面では,交流で出た児童の発言をもとに,道徳的価値とつないで一般化し「相

手の気持ちや立場を考えて」という言葉をキーワードと

して板書した(資料‐5)。

児童の道徳ノートには,「相手の気持ちや立場になって」という道徳的価値とつなげた自己を見つ

めている姿が見られた(資料‐6)。

〈終末〉

児童の道徳ノートの内容だけでは「思いやり・親切」の道徳的価値に流れるため,「相手の思いや

立場を考えてとった行動をしたことでこんな(ミレーやルソー)関係になれるのだろうか」と投げか

けた。『私たちの道徳』にある「互いに信頼し,学び合って」(P72)を紹介し,「相手の立場や思

いをずっと考えて行動することが本当の友情を築いていくことになる」ということを押さえた。

AC

AC

AC

ABC

BC

ABC

未回答

AC

AC

A

A

AB

AB

ACD

ACD

AB

ABC

ACD

ACD

A

ABC

AD

AD

A

ABC

BC

ABC

A

AC

A

AC

C

BC

A

AC

AB

AB

A

AC

CD

ABCD

AB

AB

ABC

ABC

BC

ABC

AB

AB

BC

ABC

AC

ABC

A

AC

A

AC

AC

ABC

AC

ABC

表-1 道徳ノートから見た道徳的価値〈座席表〉

資料-4 A児 B児の道徳ノート

資料-5 TC記録

(心の矢印を全体で確認後)

T:実は続きがあります。(この後のルソーとミレーのエピソードを紹介)

T:ルソーはミレーを思う心ってどんな心?

C:うそをついてでも喜ばせたい (大切にしたい心)

T:なるほど,ルソーはミレーの何を考えていたんだろう。

C:気持ちや貧しさ(立場)

T:(児童の言葉をキーワード通して板書)

T:みんなにも友達の気持ちや立場を考えて行動したことってないだろうか。

(自己を見つめなおす場面へつなぐ)

資料―6 TC表

資料-6 児童の道徳ノート

相手の気持ちを考えて

相手の立場になって

道‐19

A:ミレーの立場を考えている B:ミレーの才能を信じている

○貧しい生活から救ってあげた

かった。

○自分が買うといったら同情し

たと思われたらいやだから。逆

に悲しませてしまうかも。

○ミレーは逆にルソーの心配を

してしまうと思ったから。

○自分の絵を買ってくれるとい

う人が現れたらとても自信が

つくから。

○絵を描くのをやめてほしくな

かったから。

○君の絵がすばらしいことを伝

えたいから。

C:ミレーを大切に思っている D:自己とつないで書いている

○ミレーの喜ぶ顔が見たかった

から。

○ミレーが辛いのは耐えられな

かったから。

○ミレーが何より大切な存在だ

ったから。

○私だったら友達が買ってくれ

たら「私のために買ってくれた

んだ」と思い,遠慮する。

○私もやっぱり喜ばせたい。

○自分がミレーならやっぱり無

理はさせたくないと思う。

(3)分析と考察

ア 発問の工夫

「なぜルソーは,買いたいのは自分だ

と言わなかったのだろう」という行動の

理由を問いかけたことで,ワークシート

には 31人中 30人が道徳的価値にせまっ

た内容が書けていた。またDのように「わ

たしなら」といった自己とつないだ表現

をしている児童が 31人中4人見られた

(表-1)。ABC の内容を見ても,自己

の生活経験から学んだであろう内容だっ

た(表‐2)。

これらのことから,検証の視点①のルソーが絵を買った行動の理由を問う発問が,自身の道徳的

価値観を表出するのに有効であったと考える。

イ 交流活動の工夫

検証①の行動の理由を考えた後,グループで考えを交流した。表-1に見られるように,31 人中

19人が交流後に価値の視点が付加されていた。また資料-4の B 児のように自分と似たような考え

を書き加えている児童が,未回答を除く残りの 11 人だった(強化)。またワークシートには,特

に印象に残った友達の考えのみを書かせたが,表-1の座席表のグループを見てみると,どのグル

ープにおいても ABC の価値が交流の中で出てきたことが分かる。児童がルソーの気持ちを多面的・

多角的に追求し,ルソーのミレーを思う心の大きさに十分共感することができた。それは,他者理

解・人間理解・価値理解にもつながったと言える。

これらのことから,自己とつなぐ場面において少人数交流を行ったことは,道徳的価値の理解を

深めるのに有効であったと考える。

ウ 自己とつなぐ場面の設定について

アで述べたように,行動の理由を問う発問をしたことで,自身の道徳的価値観を中心として道徳

的価値の理解を深めることができた。また,イで述べたように,交流活動を通して自己と他者をつ

なぎながら,道徳的価値の理解を深めることができた。自己をみつめ直す場面では,資料の内容が

崇高であるため,児童の日常に結びつかないのではないかと考えた。そこで,資料-5の TC 記録に

あるように,児童から出たルソーの気持ちを道徳的価値とつなぎ「互いの気持ちや立場を考えて」

と分かりやすく一般化しまとめた。自己の経験を想起したり,これからの自分を思いめぐらせたり

して,道徳ノートに書いた児童は 31人中 27人いた(資料-6)。これは自己とつなぐ場面で道徳

的価値の理解を深めることができた結果、自己をみつめ直す場面においても意識が途切れることな

く考えることができたのではないかと考える。

よって,自己とつなぐ場面を設定することは,児童が自己の生き方についての考えを深めること

に有効であると言える。

表-2 児童の道徳ノートから抜粋したもの(同意見省略)

道‐20

第Ⅲ章 研究の成果と課題

1 研究の成果

道徳の時間において,展開の中に自己とつなぐ場面を設定し,発問や交流活動の工夫を中心とした実

践的な研究を進めてきた。これにより,下記のような成果がみられた。

(1) 自己とつなぐ場面における発問

A校では「およげない りすさん」の資料を用い,「なぜかめさんはいい気持ちになったのでし

ょう。」と発問をすることで,本時のねらいである,自分だけではなく相手も楽しく,ともに仲良

く過ごすことが気持ちの良いことに気付かせることができた。

B校では「手品師」の資料を用い,「なぜ,男の子のところに行くことに決めたのでしょう。」

と発問することで,本時のねらいである,男の子のところに行くことが,男の子のためだけでなく

自分のためになることに気付かせようとした。この発問により,男の子との約束を選んだ手品師の

立場に立ち,考えをもたせることができ,その後の異質グループでの交流につなぐことができた。

C校では「ミレーとルソー」の資料を用い,「なぜ,ルソーは買いたいのは自分だと言わなかっ

たのだろう」と発問することで,本時のねらいである,相手の立場を考え,信頼し合うという道徳

的価値に気付かせようとした。この発問により,自己の道徳的価値観をもとにした考えを引き出す

ことができた。

これらのことから,自己の経験や考え方・感じ方をもとにした自分の考えを持たせ,その時間の

ねらいとする道徳的価値に迫るために,資料の人物の心情や行動の理由を問う,“なぜ・どうして”

のキーワードを用いた発問を行ったことは有効であったと考える。

(2) 自己とつなぐ場面における交流活動

A校では,考えの広がりや深まりが見られた児童が 80%であった。また,低学年においては交流

の際に,3色のシールを用いることで,友達の考えと聞き比べながら,考えることができた。

B校では,異質グループでの少人数交流を行い,自分と異なる考えを聞くことで,考えが付加・

修正・強化が見られた児童が 75%であった。

C校では,61%が交流後に価値の視点が付加され,残りの 35%が価値の視点の深まり(強化)が

見られた。

これらのことから,自己とつなぐ場面において少人数による交流活動を行ったことは,自己や他

者の考え方・感じ方についての共通点や相違点に気付き,自分の考えを付加・修正・強化し,自己

の生き方についての考えを深めることに有効だったと考える。

(3) 自己とつなぐ場面の設定

(1),(2)より,自己とつなぐ場面を設定することで,以下のような成果が見られた,

① 資料の人物の心情や行動の理由を問う,「なぜ・どうして」というキーワードを用いた発問

をすることにより,考える視点が焦点化され,ねらいに沿った道徳的価値観を引き出すことが

できた。

② 自己の経験や考え方・感じ方をもとに少人数交流を行うことで,道徳的価値を多面的・多角

的に考え,道徳的価値の理解(価値理解・人間理解・他者理解)を深めることができた。

このことから,自己の生き方についての考えを深めることにつながったと言える。

(4) その他の手だて

○ 板書の工夫としては,ハート図や心の矢印等を使うことで,児童が資料や人物について共感的

に理解した考えを視覚化でき,道徳的価値を多面的にとらえることにつながった。

道‐21

○ ワークシートの工夫としては,低学年において,少人数交流の際に考えを聞き合った他者に対

してシールを貼ることで,自己の考えとの比較を明確にすることができた。

高学年においては,少人数交流後の自分の考えの変容を書かせることで,考えが付加・修正さ

れ,より自己の生き方についての考えを深めることにつながった。

2 研究の課題

○ 少人数交流では,他者の考えのよさに気付き,ねらいとする道徳的価値をとらえさせることが

できた。さらに道徳的価値を深めるためには,資料に応じたグループ構成や話し合いの進め方の

改善を図る必要がある。

○ 児童が自分の考えをつくる際に,自己の経験や考え方・感じ方とどのように関連させて考えた

かを見取る手だてが十分ではなかった。考えの根拠を明らかにする発問の仕方や道徳ノートの書

かせ方の改善を図っていく必要がある。

○ 資料として『私たちの道徳』を活用したことで,今後の道徳の時間の取り組みの在り方を示す

ことができた。さらに『私たちの道徳』を読み物資料として取り扱う際の提示の仕方,書き込み

部分の活用方法など幅広い学習展開を開発する必要がある。

道‐22

参考文献

1 文部科学省 小学校学習指導要領解説道徳編 東洋館出版社 (平成 20年)

2 文部科学省 小学校学習指導要領解説

特別の教科 道徳編 文部科学省ホームページ (平成 27年)

3 赤堀 博行 道徳授業で大切なこと 東洋館出版社 (平成 25年)

4 赤堀 博行 道徳教育で大切なこと 東洋館出版社 (平成 22年)

5 押谷 由夫・柳沼 良太 道徳の時代をつくる 教育出版 (平成 25年)

6 堺 正之・林 忠幸 道徳教育の新しい展開

-基礎理論をふまえて豊かな道徳授業の創造へ-

東信堂 (平成 21年)

7 佐藤 幸司 道徳授業成功の極意 明治図書 (平成 27年)

8 錦折 圭之介 初等教育資料 東洋館出版社 (平成 27年)

9 道徳と特別活動編集委員会 道徳と特別活動 文渓堂 (平成 27年)

10 道徳教育 道徳教育第683号 明治図書 (平成 27年)

研修員

後藤 明彦 (野多目小学校教諭) 宮崎 麻世 (東月隈小学校教諭)

森山 亮 (草ヶ江小学校教諭)

研究指導者

堺 正之 (福岡教育大学教授) 窪 淳朗 (研修指導員)