15
貢献主義と従業員のモチベーションの関係 はじめに 1.貢献主義とは 2.モチベーションに関する理論 3.貢献主義とモチベーション向上の関係 3.1 報奨制度アプローチ 3.2 企業文化アプローチ 3.3 職務設計アプローチ 3.4 業績管理と資源配分プロセスのアプローチ 4.Google 社の事例 おわりに はじめに 1993 年に富士通が他社に先がけて成果主義 を導入してから,20 年が経つ。成果主義は従来 の日本的経営慣行と正反対といえるものであ り,企業と従業員に大きな影響をもたらした。 それ故,成果主義に関連して,特に従業員のイ ンセンティブやモチベーションについての研究 が多数行われた。 成果主義の批判者として知られている高橋 (2004)の研究では,成果主義が外的(金銭的) 報酬のインパクトを大きくするとともに,内発 的動機づけ機能を低下させてしまうことが指摘 され,「成果主義が,仕事それ自体の面白さや, 楽しさをも奪ってしまう」ため,「成果主義の やっていることは最悪なのである。」と評価し ている (1) それに対して,成果主義は従業員のモチベー ション向上にプラス効果があると主張する学者 もいる。玄田・神林・篠闢(2001)による研究 では,主にホワイトカラー労働者を対象にして, 成果主義型の賃金制度だけ導入して,労働意欲 を向上させることはできないが,その導入が他 の働き方の変化を伴えば,労働意欲の向上につ ながると主張されている (2) 。他の働き方の変化 とは,「裁量範囲の増大」,「仕事分担の明確化」, 「能力育成の機会」の3つである。大竹・唐渡 (2003)は,ホワイトカラーにとどまらず,ブ ルーカラー労働者についても同様の結果が見出 されていると主張する。彼らの研究では賃金の 相対的水準において上位・中の上・中位・中の 下・下位と5段階に分け,上位及び中の上を「上 位グループ」,中位,中の下,下位を「下位グルー プ」と分類する。成果主義的賃金の導入により, 183 名城論叢 2013 年 11 月 高橋伸夫(2004)『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』,日経 BP社,170頁。 玄田有史・神林龍・篠闢武久(2001)「成果主義と能力開発:結果としての労働意欲」,『組織科学』34 ,18- 31 頁。

貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

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Page 1: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

貢献主義と従業員のモチベーションの関係

張 佳

目 次

はじめに

1.貢献主義とは

2.モチベーションに関する理論

3.貢献主義とモチベーション向上の関係

3.1 報奨制度アプローチ

3.2 企業文化アプローチ

3.3 職務設計アプローチ

3.4 業績管理と資源配分プロセスのアプローチ

4.Google 社の事例

おわりに

はじめに

1993 年に富士通が他社に先がけて成果主義

を導入してから,20 年が経つ。成果主義は従来

の日本的経営慣行と正反対といえるものであ

り,企業と従業員に大きな影響をもたらした。

それ故,成果主義に関連して,特に従業員のイ

ンセンティブやモチベーションについての研究

が多数行われた。

成果主義の批判者として知られている高橋

(2004)の研究では,成果主義が外的(金銭的)

報酬のインパクトを大きくするとともに,内発

的動機づけ機能を低下させてしまうことが指摘

され,「成果主義が,仕事それ自体の面白さや,

楽しさをも奪ってしまう」ため,「成果主義の

やっていることは最悪なのである。」と評価し

ている(1)。

それに対して,成果主義は従業員のモチベー

ション向上にプラス効果があると主張する学者

もいる。玄田・神林・篠闢(2001)による研究

では,主にホワイトカラー労働者を対象にして,

成果主義型の賃金制度だけ導入して,労働意欲

を向上させることはできないが,その導入が他

の働き方の変化を伴えば,労働意欲の向上につ

ながると主張されている(2)。他の働き方の変化

とは,「裁量範囲の増大」,「仕事分担の明確化」,

「能力育成の機会」の3つである。大竹・唐渡

(2003)は,ホワイトカラーにとどまらず,ブ

ルーカラー労働者についても同様の結果が見出

されていると主張する。彼らの研究では賃金の

相対的水準において上位・中の上・中位・中の

下・下位と5段階に分け,上位及び中の上を「上

位グループ」,中位,中の下,下位を「下位グルー

プ」と分類する。成果主義的賃金の導入により,

183名城論叢 2013 年 11 月

⑴ 高橋伸夫(2004)『虚妄の成果主義―日本型年功制復活のススメ』,日経 BP社,170頁。

⑵ 玄田有史・神林龍・篠闢武久(2001)「成果主義と能力開発:結果としての労働意欲」,『組織科学』34⑶,18-

31頁。

Page 2: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働

者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

について労働意欲が有意に向上している結果が

証明された(3)。

成果主義の動機づけの仕方,従業員のモチ

ベーションへの効果を巡って様々な研究が行わ

れているが,成果主義賃金制度に基づいて議論

されるものが大半である。賃金・評価制度を中

心に成果主義の改革が行われているのは確かだ

が,成果主義は賃金と評価だけに関わっている

わけではない。

本論文では,まず人件費削減のための「成果

主義」ではなく,人間中心(尊重)の経営とい

う理念に着目する「貢献主義」という概念を新

しく定義し,それが従業員のモチベーション向

上につながるかを明らかにすることを目的とし

ている。

1.貢献主義(4)とは

まず,なぜ貢献主義という概念を使用するか

について説明する。

日本において「成果主義」と呼ばれる人事制

度は,個人の短期的業績をベースにした評価・

処遇を行う人事システムのことを指すことが多

い。岡本(2003)によれば,成果主義とは「従

業員の顕在的な成果や結果に基づいて評価や処

遇を行うこと。……(中略)……具体的には,

目標管理による評価制度導入と,年俸制による

賃金制度の導入という形で導入されることが多

い」とされる(5)。根元孝ら(2007)は「年齢や勤

続年数に応じて職位や資格,そして賃金などが

上がっていく処遇制度である年功主義に対し

て,業績・成果を中心とした処遇制度は成果主

義と呼ばれている」と主張する(6)。また,野村

総合研究所(2004)は「人事評価や処遇決定に

際しては,必ず何らかの視点がベースに置かれ

ます。ここでいう視点とは,①年功・経験年数,

②職務内容,③保有能力,④行動(顕在能力),

⑤結果などのことです。成果主義とは,これら

の視点のうち⑤結果に着目する,あるいはこれ

に加えて④行動に着目する考え方です。」と主

張する(7)。定義の統一はされていないが,上述

のいくつかの定義から日本における成果主義に

対する理解とは,要するに,従業員の業績をポ

イントにして処遇することである。

ところで,成果主義人事制度に相当する英語

の用語として,“performance-based human re-

sourcemanagement”という表現が英語文献で

よく見受けられるが,成果という言葉は per-

formance に当てはまるだろうか。Perform-

ance は「 how well or badly you do some-

thing」(8)という意味で,成果は「その目的にか

なったよい結果」を指す(9)。Performance は成

果を生み出す行動・プロセスも含むので,成果

と訳すことは不適切である。日本における成果

主義はいわゆる結果主義だが,本来の成果主義

はそれと違うものといえる。それは久本の成果

第 14 巻 第 3号184

⑶ 大竹文雄・唐渡広志(2003)「成果主義的賃金制度と労働意欲」,『経済研究』54⑶,193-205 頁。

⑷ 類似の考え方や呼び方は桑畑英紀(2009)「『成果主義もどき』から『貢献主義』へ」(日経ビジネス電子版)と

山下徹(2011)『貢献力の経営』(ダイヤモンド社)に出ているが,本稿で論じている貢献主義はそのいずれにも依

拠していない。

⑸ 岡本康雄(編著)(2003)『現代経営学辞典(三訂版)』,同文館出版,265-266 頁。

⑹ 根元孝・茂垣広志(2007)『マネジメント基本全集別冊――マネジメント基本辞典』,学文社,137 頁。

⑺ 野村総合研究所(2004)『経営用語の基本知識』,ダイヤモンド社,104頁。

⑻ 『オックスフォード現代英英辞典』(第6版),939頁。

⑼ 『新明解国語辞典』(第四版),三省堂,681頁。

Page 3: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

主義の位置づけからも見られる。久本(2004)

は,年齢や勤続年数など年数のみで処遇する年

数主義,潜在能力と顕在能力を評価し,それに

基づき処遇する能力主義,そして個人の業績の

みに基づき処遇を行う結果主義の3つを定義

し,年功主義は年数主義と能力主義の中間に,

また成果主義は能力主義と結果主義の中間に位

置するものとした(10)。それをイメージして図に

示したものが図1である。この位置づけにおい

て,成果主義と,業績のみに着目する結果主義

とはきちんと区別されている。この位置づけか

らすれば,今日本企業に導入されている成果主

義は本来の成果主義ではなく,結果主義である。

次に,日本に成果主義が導入された理由を見

てみよう。

戦後の混乱期を経て,日本は 1958年末から

始まる「岩戸景気」を契機に高度経済成長の道

を歩むこととなる。この高度経済成長は 1971

年の「ドル・ショック」と 73 年の「オイル・ショッ

ク」で終焉を迎え,それ以降安定成長期に進む。

第1次高度成長後,日本経済と企業は国際競争

力をつけることが求められた。そのため,1969

年,日経連が年功制の打破を図って打ち出した

のが能力主義管理である。能力主義とは久本が

論述したように,潜在能力と顕在能力によって

評価する人事システムであるが,潜在能力につ

いて主観的評価が多く,能力評価が非常に難し

くて,結局,能力主義は年功主義的な運用に陥っ

た。

そこで,バブル崩壊後,1995年,日経連は徹

底的に年功主義からの脱出を目指し,「新時代

の『日本的経営』」を発表した。その中で,日経

連は日本企業を取り巻く環境変化を分析し,今

後の日本企業の雇用,賃金決定,福利厚生等の

あり方を示した。雇用の面では少数精鋭の徹底

を図って,「長期雇用と流動させる雇用者の組

み合わせ」が必要だと指摘した。賃金決定シス

テムにおいては,「経営計画に基づく総額人件

費管理の徹底化」を目的とし,「企業の支払い能

力を反映した賃金水準」の視点から賃金管理を

見直すべきだ,と指摘した。福利厚生面では,

効率化を図り,高齢化による負担増を抑制する

ために,バランスを図って,給付の範囲を見直

す必要があるとした(11)。日経連の提唱に応え

て,日本企業が行ったのはリストラクチュアリ

ングである。当時のリストラについて,守屋

(2005)は「全業種,あらゆる規模の企業のブ

ルーカラー労働者のみならずホワイトカラー労

貢献主義と従業員のモチベーションの関係(張) 185

⑽ 久本憲夫(2004)「成果主義化の現状と今後」,『クォータリー生活福祉研究』12⑷,1-15 頁。

年功主義

成果主義・年数主義・年齢や勤続年数 のみ

・能力主義・潜在能力と顕在 能力

・結果主義・業績のみ

図1 成果主義の位置づけ

出所:久本憲夫(2004)「成果主義化の現状と今後」,『クォータリー生活福祉研究』

12⑷,18-20頁より著者作成

Page 4: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

働者などの全労働者層,全管理者層が実質的に

削減される形で行われた。」と述べている(12)。

要するに,日本における成果主義は高齢化に伴

う人件費上昇の問題と,バブル経済崩壊などの

経済状況悪化への対策として導入されたもので

あった。

しかし,日経連は報告書の中で,日本的経営

の特質は終身雇用,年功序列,企業内組合といっ

た制度や慣行ではなく,その運用を支えた「人

間中心(尊重)の経営」と「長期的視野に立っ

た経営」であることを強調して,日本企業はそ

の2つの理念に基づいて,直面している課題に

挑戦して改革していくべきだ,ということも指

摘した。私見によれば,人間中心(尊重)の経

営というのは,「ヒト」を中心に考える経営であ

る。カネ,モノより従業員個々人のニーズなど

に対応できる組織を築くことが大切である。従

業員個々人の貢献を公平に評価・反映して,処

遇したり,また,各人の意志による育成やキャ

リア開発などを行うことである。それが貢献主

義である。

図2のように,貢献は仕事内貢献(仕事の内

容)と仕事外貢献(部下や後輩への教育とチー

ムワークへの協力)から成る。貢献主義は人事

システムとして,配置制度,賃金・評価制度,

昇進制度,キャリア開発など諸制度に関わる。

(図3)配置される部署や分配される仕事に

よって異なるので,採用・配置制度は従業員の

貢献できる内容(仕事内容)とつながっている。

貢献度がどれくらいあるか,それに合わせてど

う処遇するかという貢献度の反映は賃金・評価

制度に関連する。昇進制度は,会社に貢献した

人に,より貢献でき,より責任が大きい仕事を

与えて,いわゆる貢献できる内容を拡大する。

もちろんそれに従って処遇を上げる。また,仕

事と自分の能力が一致していない場合は,貢献

内容(仕事内容)が変更できる制度,いわゆる

キャリア開発制度に関わる。

バブル経済崩壊後の業績悪化対策として運用

されている成果主義の代わりに,日経連が提唱

した人間中心(尊重)の経営という視点に立っ

て運用するのは貢献主義である。両者は処遇の

第 14 巻 第 3号186

⑾ 日本経営者団体連盟(1995)『新時代の「日本的経営」――挑戦すべき方向とその具体策』,新・日本的経営シス

テム等研究プロジェクト報告,3-12頁。

⑿ 守屋貴司(2005)『日本企業への成果主義導入――企業内「共同体」の変容』,森山書店,43頁。

貢献

仕事外 仕事内

部下・後輩ヘの教育

チームワークへの協力

仕事内容

図2 貢献の中身

出所:著者作成

貢献主義

貢献内容(採用・配置制

度)

貢献度反映(賃金・評価

制度)

貢献内容変更(キャリア開発制度)

貢献拡大(昇進制度)

図3 貢献主義の全体像

出所:著者作成

Page 5: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

ポイントが一つは業績(仕事の結果)で,もう

一つは貢献度(仕事内の貢献と仕事外の貢献)

である。両者の関係を図に表すと,以下のよう

になる。

一言でいえば,貢献主義とは従業員の貢献度

によって処遇し,人事諸制度に連動する全般的

な人事システムである。次章では,この定義に

基づいて貢献主義と従業員のモチベーション向

上の関係を考察する。

2.モチベーションに関する理論

人間の動機づけについて歴史上数多くの研究

が残されている。マズローの欲求階層理論は人

間の欲求を①生理的欲求,②安全・安定性の欲

求,③所属の欲求,④尊厳の欲求,⑤自己実現

の欲求の5段階に分け,下の段階の欲求が満た

されると,上の欲求段階に進むと主張した(13)。

マグレガーはマズローの欲求階層論をもとにし

ながら,性悪説の X理論と性善説の Y理論を

構築した(14)。X理論というのは,人間が仕事嫌

いなのは生まれつきで,できるだけ仕事したく

ないといった特性を持っているので,「アメと

ムチ」のような外部からの強制的な管理手法が

必要だという観点である。その逆に Y理論と

いうのは,人間は生まれつき仕事が好きで,自

己実現のため自ら努力するといった特徴を持っ

ていて,「自己統制」のような自主性尊重の経営

手法が妥当だという観点である。また,ハーズ

バーグは従業員が仕事への満足の動機づけ要因

と仕事への不満の衛生要因が別々に存在すると

主張する動機づけ・衛生理論(あるいは二要因

理論)を展開した(15)。この3つは初期の古典と

みなされることが多い。これらの初期理論に基

づいて近年多くの理論が発展してきたが,ハー

バード大学教授ニティン・ノーリア(N it in

Nohria)とポール・R・ローレンス(Paul R.

Lawrence)(2002)は DRIVEN―How Human

Nature Shapes Our Choicesの中で,「対象者を

直接観察した結果にのみ基づいていた」マズ

ローなどの学者の理論及び神経科学や生物学,

進化心理学などの学術分野等の研究成果を総合

して,人間が4種類の「欲動」に駆られると指

摘している(16)。その4つの「欲動」とは,「獲得

への欲動(drive to acquire)」,「絆への欲動

(drive to bond)」,「理解への欲動(drive to

貢献主義と従業員のモチベーションの関係(張) 187

仕事結果成果主義

貢献主義

図4 貢献主義と成果主義の関係図

出所:著者作成

⒀ Abraham H. Maslow, Motivation and Personality, second edition, Harper&row, 1970. 小口忠彦訳(1991),『人

間性の心理学(第7版)』,産能大学出版部,56-72頁。

⒁ DouglasMurrayMcGregor, The Human Side of Enterprise, New York, McGraw-Hill, 1960. 高橋達男訳(1970),

『企業の人間的側面(新版)』,産能大学出版部,38-66 頁。

⒂ Frederick Herzberg, The Managerial Choice : To Be Efficient and To Be Human, DowJones-Irwin, 1976. 北野

利信訳(1978),『能率と人間性』,東洋経済,85-98 頁。

⒃ Nitin Nohria, Boris Groysberg, Linda-Eling Lee, Employee Motivation : A Powerful New Model Harvard Busi-

ness Review July 2008. ダイヤモンドハーバード・ビジネス・レビュー編集部 /編訳(2009)『動機づける力―モチ

ベーションの理論と実践』ダイヤモンド社,41頁。

Page 6: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

comprehend)」,「防御への欲動(drive to de-

fend)」である。欲動はモチベーションの源泉

で,従業員のモチベーションを高めるには4つ

の「欲動」を満たす必要がある。しかも「モチ

ベーションの各指標の数値が最大化するのは,

概して4種類の欲動すべてが満たされている時

である」(17)。また,ニティン(2008)は Em -

ployee Motivation A Powerful New Modelの中

で,4種類の欲動を満たすには,てこ入れすべ

き組織上の急所を指摘して,4つの欲動に対応

して,それぞれ「報奨制度」,「企業文化」,「職

務設計」,「業績管理と資源配分プロセス」があ

ると指摘する。

「獲得欲動」とはいつも目標や個人経験,人間

価値を捜し,手に入れ,コントロール,維持し

たいという欲動である。それは具体的な面

(Eros or regular goods)と抽象的な面(Thy-

mos)からなる。具体的な面とは食物,衣服,

部屋など人間の生理的欲求を満たすものを指

す。精神的な面とは社会的階層のステータスや

レコグニションを与えることである。しかもそ

の欲動は相対的である。すなわち,いつも自分

自身が所有しているものと他人を比較しなが

ら,満足を得る。企業ではそれを手っ取り早く

満たす手段は報酬制度である。成績の優秀者と

劣る者を如何に区別するかがポイントである。

「絆の欲動」とは,組織や集団に所属し,そこ

でメンバーとチームワークを作りたいという欲

動である。「職場では,社員たちがその組織に

属していることを自慢に思えばモチベーション

は向上」する(18)。企業にとって,友好な人間関

係を促進する企業文化を形成することは絆の欲

動を満たす上でもっとも効果的な方法である。

「理解への欲動」とは,自分を取り巻く世界の

意味を理解したいという欲動である。「自分の

力が試され,成長し,学習につながる仕事を与

第 14 巻 第 3号188

⒄ 同上,42頁。

⒅ 同上,46 頁。

図5 4種類の欲動に対応するアプローチ

出所:ダイヤモンドハーバード・ビジネスレビュー編集部(2009)『動機づける力―モチベー

ションの理論と実践』,ダイヤモンド社,55頁。

Page 7: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

えられると,モチベーションが高まる」(19)。そ

ういう欲動を満たすには,面白みややりがいを

感じられるような職務設計が必要とされる。

「防御への欲動」とは,外敵から自分の所有す

るものを守ろうとすることである。それは有形

の財産のみならず,無形のビジョンや信念も含

まれる。また,損害を被る恐れがあると予想す

るだけで防御への欲動を損なうことになる。一

方,防御への欲動が満たされる場合は安心感に

つながる。企業において,「業績管理と資源配

分が,公正で信頼性が高く『見える化』されて

いれば,防御への欲動が満たされる」(20)。

3.貢献主義とモチベーション向上の関係

ニティン・ノーリアらの研究は4つの欲動が

満たされる場合に従業員のモチベーションが向

上することを明らかにした。また,企業として

の4つのアプローチも挙げられた。以下に,貢

献主義が従業員のモチベーションを向上させら

れるか否か,4つのアプローチから分析する。

3.1 報奨制度アプローチ

ニティン・ノーリアは,報奨制度というアプ

ローチのポイントを3つに分けている。①成績

が優秀な者,平均的な者,劣る者の間で,はっ

きり差をつけること,②業績連動型の報奨制度

を導入すること,③競合他社並みの給与を支払

うこと,である。言い換えれば,きちんと個々

人の貢献を区別し,その貢献に個々人の報酬を

連動させることが重要である。また,報酬は同

業界では同水準でないといけない。

前述したように,貢献主義は個々人の貢献を

区別するシステムであること贅言を費やすまで

ない。貢献主義では,貢献の大きさに応じた「公

正」を求める。ここで,優秀な者,平均的な者,

劣る者ではっきり差をつけると言っても,従業

員に差をつけることが目的ではなく,貢献度を

正確に測って,それに合わせて処遇することこ

そ目的であることをもう一度強調したい。貢献

度を明確にして,報酬や昇進などを連動させる

のはまさに貢献主義の特徴であるため,そうい

う意味では,貢献主義が報奨制度アプローチで

従業員のモチベーションを上げることが期待で

きる。

評価結果が報酬と連動すると言ったら,金銭

的な傾向が強いと思われるが,実際に,報酬と

いってもお金のことばかりではない。日本で

は,成果主義が金銭的報酬に特化して着目する

ことへの批判をよく耳にする。日経連は「人間

中心(尊重)の経営」の維持を提唱したが,バ

ブル崩壊や,グローバル化による世界的競争の

激化,特に発展途上国の台頭により,コストダ

ウンの問題が日本企業に迫ってきた。そこで,

日本企業は製造コストは無論,人件費にも手を

入れた。その節目で成果主義を導入した。逆ピ

ラミッドの大半を占めていた中高年層の人件費

を減らそうとして,成果で賃金を決めるという

方法を採用した。それにもかかわらず,成果や

業績を測る基準をまず作ることがなかった。集

団で仕事をし,チームで評価するのは日本の慣

行だったが,仕事内容さえ個人で明確にしてい

ないのに,個人の成果や業績を評価するのは無

理である。たとえそれはできても,成果や業績

が出やすい仕事もあり,成果の出にくい仕事も

ある。その成果だけで評価するのが妥当である

か否かも疑われる。

前述したように,高橋は外的(金銭的)報酬

のインパクトの増大が内発的動機づけ機能を低

下させると批判した。そこで,企業における報

貢献主義と従業員のモチベーションの関係(張) 189

⒆ 同上,47 頁。

⒇ 同上,53頁。

Page 8: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

酬について考えてみよう。企業における報酬は

まず金銭報酬と非金銭報酬に分けられる。さら

に,金銭報酬には直接報酬(賃金,賞与)と間

接報酬(法定福利,退職金)があり,非金銭報

酬には仕事(やりがい,成長感,仕事の面白み),

労働環境(職場の人間関係,施設などの充実等)

がある。(図6)

貢献主義はトータルな人事システムで,報酬

はもちろん,昇進,教育,キャリア開発等人事

管理のすべてにつながっていて,金銭報酬のみ

ならず,非金銭報酬の面においても,手法が様々

ある。キヤノンのように仕事ベースの役割等級

制度(職務と職責が個人単位で定める制度)を

導入する企業が増えているが,そうした仕事内

容を明確化している会社では仕事内容の充実に

いろいろな工夫ができる。

実は何主義であろうが,それは評価基準が違

うだけで,報酬手段とは全く関係ない。金銭報

酬,非金銭報酬のいずれに偏るか,両方のバラ

ンスをどううまくとるかは企業次第である。

3.2 企業文化アプローチ

前述したごとく,「絆の欲動」とは組織や集団

に所属し,そこでメンバーとチームワークを作

りたいというものである。企業にとって,友好

な人間関係を促進する企業文化を形成すること

は絆の欲動を満たす上でもっとも効果的な方法

である。ニティン・ノーリアは「社員の間に信

頼と友情を育むこと,協力とチームワークを大

事にすること,ベスト・プラクティスの共有を

奨励すること」といった施策が良好な人間関係

づくりに有効であると指摘している(21)。田中堅

一郎(2009)は「日本企業においては成果主義

人事施策が従業員のパフォーマンス向上の要因

として機能するためには,それが職場での共同

的な雰囲気と両立するときであること」(22)と類

似の意見があった。しかし,成果主義は個人主

義で,個人業績で評価すると,個人の業績を上

げることばかり考えて,他人の手助けをする暇

はないし,そういう気持ちにならない。チーム

第 14 巻 第 3号190

< 同上,55 頁。

= 田中堅一郎(2009)「成果主義的人事施策の浸透が従業員のパフォーマンスを促進するには何が必要か」,『日本

大学大学院総合社会情報研究科紀要』(10),237 頁。

トータルリワード

金銭報酬 非金銭報酬

直接報酬

月例賃金賞与

インセンティブ

法定福利法定外福利退職金制度

間接報酬 仕事 労働環境

やりがい成長感

仕事の面白み社会的認知

職場の人間関係職務遂行上の裁量機器・施設などの

充実柔軟な勤務形態

図6 報酬全種類

出所:田代英治(2010)「成果主義の目的は仕事間・部門間の相乗効果」,『先見労務

管理』48(1385),20頁。

Page 9: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

ワーク強化どころか,むしろ阻害する存在にな

る。友好な人間関係を醸成する企業文化の形成

も難しいという意見が多数存在している。

ところで,友好な人間関係とは喧嘩しないこ

とだろうか? 他の誰かの考えていることがわ

からなければ,推測に頼るので,間違いがあっ

てもおかしくないが,話し合いがその誤りを解

消し,より一層認知の過程を正確に査定できる

ため,「会話は関係を発展させ,維持させる重要

な道具となる。」とダック(1998)は指摘した(23)。

山口(2008)は,人間は自分を肯定しようとす

る感情を持っており,自分の考え方や行動が正

当だと思うし,自分の利益を優先するので,組

織のために自分を犠牲しようと考えないのが普

通だ,ということを明らかにした(24)。日本企業

はメンバー間にトラブルが起きないようにする

組織マネジメントをしたが,異なる個性を持っ

ている人々が集まり,一緒に行動すれば葛藤が

避けられないと言える。そこで,葛藤が生じな

いような組織マネジメントではなく,葛藤が

あっても適切に対処するマネジメントを考える

べきである。オオブチら(1994)は,日本人は

葛藤が苦手で,「回避」の行動を選択する障壁を

明らかにした(25)。それに対して,山口(2008)

が回避がその場しのぎになっても,葛藤を解決

するにはほど遠くなるので,それより「問題直

視」すべきだと指摘した。そして「回避するの

ではなく,問題を直視しあう態度をメンバーが

共有することでチームワークは育まれ,より高

品質なものへと発達していくことになります。」

とも述べている(26)。要するに,トラブルがない

組織より,トラブルがあってもうまくコミュニ

ケーションを通じて解決することによってチー

ムワークが育まれるのである。

年功主義は山口(2008)が指摘したように,

従業員の間のトラブルを避けるようなマネジメ

ントだった。日本企業といえば,集団主義や

チームの和が思い浮かぶが,それを強調しすぎ

ると,集団の意志が優先され,個人の意見や意

志が軽視されるようになる。また,「和」を破っ

てはいけないから言われることを聞き,それに

従い行動すればよいという消極的なチームワー

クへの協力(自らチームのために行動,協力す

る考えは積極的なチームワークへの協力)が存

在する。いずれも見せかけの友好的な人間関係

である。すでに述べたように,友好的な人間関

係は人々の個性,考えを重視して,コミュニケー

ションを通じて本音を吐きあえるものである。

開元(2005)は成果主義を活用する 10 社の人

事部門と 1500人程度の従業員を対象とする調

査に基づいて,「手続き的公正を構成する各要

素に対する評価が高まれば,従業員の公正感が

高まる(公正仮説)」と「従業員の認識する公正

感が,成果主義に即した方向での行動変化を促

進する(行動仮説)」を提起した(27)。定量的に分

析して行動仮説を検証した結果から,「成果主

義の浸透によって阻害されると予想された他者

との協力,チームワークといった行動も同時に

促進されること」が明らかになった。田中堅一

郎(2009)の研究では,「成果主義的人事制度と

チームワークを醸成する雰囲気とは相反するも

のではなく,『両立』すること」が示されて,開

貢献主義と従業員のモチベーションの関係(張) 191

> S. Duck. (1998)HUMAN RELATIONSHIPS 3rd edition, Sage. 和田実訳(2000)『コミュニケーションと人間関

係』,ナカニシヤ出版,110-111頁。

B 山口裕幸(2008)『チームワークの心理学』,サイエンス社,82-87 頁。

C Ohbuchi, k., &Takahashi, Y. (1994) Cultural styles of conflict management in Japanese and Americans : Passiv-

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Page 10: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

元と同様の結果となった(28)。この二つの研究で

は,成果主義を「個人の短期的な業績をベース

に評価・処遇する人事システム」と定義し,検

討した。短期的な業績をベースに評価処遇する

人事システムがチームワーク行動を促進できる

のなら,仕事の結果のみならず,チームワーク

への協力や部下,後輩への協力まで評価の内容

に含む貢献主義は,良好な人間関係づくりに役

立つことが期待できる。

3.3 職務設計アプローチ

ニティン・ノーリアは職務設計について3つ

の行動を挙げている(29)。①「社内で具体的かつ

重要な役割を担うように職務設計する」,②「組

織に貢献しようという意識が高まるように職務

設計する」,③「従業員にとって有意義で,面白

みとやりがいを感じられるような職務設計をす

る」である。つまり,従業員に自分の仕事が企

業にとって不可欠なものだと思わせるのが非常

に大切なのである。

日本企業の場合,職務設計をするにあたって,

仕事内容を明確に決めることが非常に重要であ

る。ノーリアが指摘したように社内で具体的な

役割を担うように職務設計する必要がある。仕

事内容がはっきりわからない限り,責任感を持

つのは難しい。仕事や責任を明確に一人ひとり

に分けるのは,ミスや誤りの場合に犯人捜しの

意味があるが,それより,自ら重要性を認識す

ることが重要である。任された責任が重ければ

重いほど,重要性が高くなると考えられる。ま

た,職務・職責の範囲がわかれば,目標設定が

可能になり,従業員は自ら前向きに努力する方

向や道筋が明確になる。従来,仕事内容はそれ

程明確に定められてなかったので,うまくいっ

てもチームの成績,ミスがあってもチーム全体

の責任で,従業員各人にとっては責任感や自分

自身の重要性を認識しにくい。成果主義導入当

初も仕事範囲があいまいなままであったが,個

人単位で評価するのに,仕事の範囲さえ明確で

なければ,評価基準もあいまいになり,評価結

果も納得できない。

そこで日本企業において役割等級制度の台頭

が注目される。役割等級制度はアメリカの職務

等級制度に似ているシステムだが,微妙な違い

がある。キヤノンの役割等級制度を例にとる

と,キヤノンでは経営戦略に基づいて,各部門

のミッション,組織目標が策定され,それに基

づいて社員一人一人の役割が決まる。役割は図

7に示すように「職務」と「職責」からなる。

職務等級制度との違いは,「固定化した職務を

こなすだけではなく,組織の中に期待に応える

という意識を持たせるため職責(果たすべき責

任)を加えて『役割』という概念を導入」(30)し

たところである。

もちろん,職務と職責が明白な役割等級制度

を導入しても,必ずしも面白みややりがいのあ

る職務設計をしたとはいえない。ただし,貢献

主義は個人の貢献度によって評価を行うため,

職務や職責を明確に定めないと成り立たないこ

とが企業に認識されてはじめて,職務内容の充

実などが期待できるのではないかと考えられ

る。

3.4 業績管理と資源配分プロセスのアプローチ

1996年に社会経済生産性本部が 29 社に勤め

る 3126 人のホワイトカラー従業員を対象にし

た質問調査を行い,また翌年に従業員規模 1000

人以上の企業に働く中間管理職を対象にした質

第 14 巻 第 3号192

M 田中堅一郎(2009),前掲書,229-239頁。

N ダイヤモンドハーバード・ビジネス・レビュー編集部 /編訳(2009),前掲書,55 頁。

O 伊藤晃(2005)『キヤノンの人事革新がすごい』,あさ出版,29頁。

Page 11: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

問調査を行った。守島(1999)は,その2つの

調査に基づいて,「過程の公平性」という概念を

用いて,成果主義導入の施策を大きく二つに分

けて,一つは評価結果のフィードバック,もう

一つはその前段階としての評価基準もしくは評

価システムの公開で,それらの評価過程におけ

る情報公開が労働者の満足度にプラス効果があ

る,と主張する(31)。それは,「業績管理と資源配

分が公正で信頼性が高く『見える化』されてい

れば,防御への欲動が満たされる。」とニティ

ン・ノーリア(2008)が主張する観点と一致し

ている(32)。

このアプローチで最も強調されているポイン

トは「見える化」と「公正」である。つまり,

企業に対して貢献できるポイント,各ポイント

のウェートをだれでもわかるように,明確かつ

客観的に定めて,それに基づく評価プロセスや

結果を公開して,従業員に納得させることが重

要である。年功主義は勤続年数や学歴を主要な

評価基準にして,個人貢献のウェートを低く抑

えた。また,年功主義は評価基準を「見える化」

しているが,「公正」より「平等」が重要視され

た。これに対して,日本企業の成果主義は仕事

の成果のみを評価基準にとり入れていた。しか

し,貢献主義では,業績のみならず,従業員の

貢献度(前章で説明したように,仕事内貢献と

仕事外貢献がある)で評価される。貢献主義は

仕事をベースに,チームワークや部下への教育

重視などの点も配慮する人事システムであり,

そこで評価過程の情報公開がきちんと進めば,

貢献主義による従業員のモチベーション向上効

果が期待できると考えられる。

4.Google 社の事例

富士通での成果主義の導入が失敗してから,

アメリカのような個人主義の人事システムは日

本企業の風土に合わない,競争が激しくて逆に

従業員のモチベーションが下がるという批判の

声が多くなった。だが,GPTW(Great Place to

貢献主義と従業員のモチベーションの関係(張) 193

P 守島基博(1999)「ホワイトカラー・インセンティブ・システムの変化と過程の公平性」,『社会科学研究』50⑶,

81-100頁。

Q ダイヤモンドハーバード・ビジネス・レビュー編集部 /編訳(2009),前掲書,53頁。

役割役割 役割役割 役割役割

役 割役 割 成 果成 果

配置・昇進配置・昇進 育成・成長育成・成長

経営戦略

役割

部門目標

個人の役割 役割 役割

役割=職務+職責

役 割 成 果役割の遂行

配置・昇進

役割等級制度

人事アセスメント制度

人事評価制度

育成・成長賃金制度月例賃金昇給・賞与

図7 キヤノンの役割等級制度の全体像

出所:笹島芳雄(2008)『成果主義人事賃金IX―日本的展開に見る先進

8社の事例―』,社会経済生産性本部生産性労働情報センター,

43頁。

Page 12: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

Work)会社の働きがいのある会社ランキング

(日本版)では,Google 社は 2010 年から3年

連続で1位だった。Google 社は米国に本社を

置き,世界の 40 か国で 70以上のオフィスを設

置している。日本では東京,大阪に一ヶ所ずつ

ある。オフィスという扱いなので,人事面にお

いては全世界共通である。Googleジャパンの

人材募集を見てみると,人を採用し,入社後各

部門に配属する日本式の採用ではなく,職務ご

とに人材を採用するアメリカ式である(33)。

Googleジャパンではアメリカの職務ベースの

人事制度が採られている。そうしたアメリカ式

の会社が日本で人気があり,働きがいのある会

社のランキングでナンバーワンを取るというこ

とはアメリカのやり方が日本人に馴染まないこ

とに対する最も有力な反論になる。また,

Google 社はアメリカの職務賃金の賃金制度と

仕事ぶりをよく知っている同僚同士の目線を入

れる評価制度,貢献度の向上をサポートする諸

制度(20%ルール等)が充実している。Google

社は貢献主義の一例である。Google 社では次

の4つのアプローチでどのような措置を取って

いるかを紹介しよう。

①報奨制度はアメリカ式の制度であり,仕事

により賃金が異なる。Google では基本給さえ

同一金額ではない。「ベンチマークしたポジ

ションのMRP(マーケットレファレンスポイ

ント)を下回る社員については,業績評価と

CR(コンパレシオ)のマトリックスを用い,高

い業績の社員ほど短期間(2∼3回の評価サイク

ル)でMRPに到達できる設計になっている。」

と日本オフィス人事部長の吉田が語ってい

る(34)。ボーナスは個人業績と会社業績に応じて

変動する年次ボーナスであり,「個人の貢献度

合いそのものに基づ」いて支給する不定期ボー

ナス(製品開発や収益にどの程度貢献したかに

よって創業者ボーナスやスポットボーナスが支

払われる)もある(35)。また,Google 社は常に他

の会社の賃金と比較して,業界で高水準に止ま

るよう努力している。ここで強調したいのは,

Google 社ではただお金のみで従業員を報奨す

るわけではなく,福利厚生が良いことである。

おいしい食堂,アメニティ設備,娯楽施設の充

実,そして年に1回の社員旅行などがある。

Google 社は検索エンジンの開発会社として

よく知られているが,Google マップ,

YouTube など様々な人気ソフトウェアも開発

している。三行広告は会社の収入の源泉で,な

るべくより多くのユーザーが Google にアクセ

スしてもらうため,検索やマップ,たくさんの

無料コンテンツを開発した。それに関わる報奨

を社内環境に適応させなければならない。それ

は「20%ルール」(36)である。20%ルールとは「エ

ンジニアと開発者の勤務時間を二つに分けるも

のだ。時間の 80%を正式な給与の源となる割

り当てられたプロジェクトに割き,残りの 20%

を自身が選んだ個人的な研究に割く」(37)。大学

の研究室のように自主性をある程度維持するの

が Google 社のやり方で,エンジニアのニーズ

を把握して,個人で興味のあるプロジェクトに

勤務時間の 20%を費やすことを奨励する。こ

れはまさに前述したように非金銭的な報酬であ

第 14 巻 第 3号194

R Google ホームページ https : //www.google.co.jp/about/jobs/teams/ 2013 年6月3日アクセス

S 日本経団連出版(2008),『働きがいのある職場づくり事例集』,日本経団連出版,52頁。

T 同上,48 頁。

U Bernard Girard (2009) The Google Way : How One Company Is Revolutionizing Management as We Know It,

No Starch Press. 三角和代・山下理恵子訳(2009)『ザ Googleウェイ―Google を成功へ導いた“型破り”な戦略』,

ゴマブックス株式会社,78-85 頁。

Z 同上,79頁。

Page 13: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

る。

②企業文化の面では,Google 社は IT企業で

あるのでネットワークを活用している。部門間

の壁をなくすように,ネットワーク上に様々な

コミュニケーションツールを準備している。例

えば,製品のプロトタイプを先に社内で従業員

たちに評価してもらう。それはすべて強制では

なく,製品を使ってもフィードバックしなくて

もよいが,ユーザー視点でのフィードバックが

多い。また,Google 社には同僚同士でプロジェ

クトを査定する制度もある。20%ルールで誕生

するプロジェクトがそのチーム以外の従業員の

査定を受ける。新しいプロジェクトを採用する

かどうかの決定や,結成しているプロジェクト

の観察など,従来会社のトップ管理者が行って

いる部分を従業員同士で行う。エンジニア同士

でよくコミュニケーションをとり,製品の品質

向上にも役立つ。これによって,同僚の仕事振

りに対して,「ピアボーナス(peer bonus)」を

送ることが可能である(38)。同僚同士で評価する

ことはないが,Google では 360 度フィードバッ

ク評価制度で,同僚にフィードバックを依頼す

る場合がある。

以上の2つの面からみれば,Google では従

業員同士のコミュニケーションが重視されてい

る。仕事以外では,年に1度の社員旅行も「普

段接する機会の少ないGoogler同士の交流の場

を創出する」ためとされる(39)。さらに,「チーム

オフサイト」があり,それは「多くが業務と関

係ないチームビルディングを目的としたお遊

び」である(40)。「Google は今でも,起業間もな

い会社のようなオープンな文化,つまり社員全

員が積極的に貢献し,アイデアや意見を自由に

交換できる雰囲気を失わないよう努めていま

す。週1回の全社(TGIF)ミーティングでは

(メールやカフェでもしていますが),社員が

ラリーやサーゲイをはじめとする役員たちに直

接,会社のことを何でも質問しています。オ

フィスやカフェは,部署を問わず社員同士の交

流がしやすいように設計されており,仕事のこ

とでも遊びのことでも,白熱した会話が聞こえ

てきます。」とGoogle カルチャーを紹介してい

る(41)。

③職務設計については Google のホームペー

ジで各チームの紹介が少し行われている。そこ

で目につくのは「最」や「革新」などの言葉で

ある。例えば,エンジニアリングに対して「最

大の技術的難問に取り組んで,何百万人に影響

を与えます。」と記述しているし,どの会社にも

ある財務チームには「天文学的数字の難問に対

し,革新的解決方法を生み出して,Google のビ

ジネスを円滑に進めます。」と説明している。

それは Google が従業員に使命感を持たせるこ

とを重要視しているためである。前に少し触れ

たが,Google では広告販売で利益を得るので,

人がアクセスすればするほど利益が上がる。そ

のため,Google は次から次へと新しい無料の

サービスを開発する。ただ無料のみならず,最

高のソフトウェアを目指して開発している。そ

のため,Google のエンジニアは無論,従業員全

員がその目標に向かって努力する。Google人

は自分の仕事に使命を感じている。また,前述

したように,20%ルールで人々が自分の興味深

いプロジェクトを立ち上げ,参加する。

④ Google はすべてのプロセスを公開するこ

とは前にも述べたが,ネットワークで情報を

貢献主義と従業員のモチベーションの関係(張) 195

[ 日本経団連出版(2008)前掲書,48 頁。

\ 同上,51頁。

] 同上,同頁。

^ Google ホームページ:http://www.google.co.jp/about/company/facts/culture/ 2013 年 6月 10 日アクセス

Page 14: 貢献主義と従業員のモチベーションの関係ホワイトカラーでは上位グループと中位の労働 者について,ブルーカラーでは上位労働者のみ

シェアしている。プロダクトのプロトタイプも

先に社内で使用して,評価してもらう。20%

ルールで誕生する各プロジェクトも同僚同士で

査定する。評価する際に上司に送る同僚の

フィードバックの内容は本人にも公開する。

以上,Google におけるニーティン・ノーリア

が指摘した4つのアプローチの施策を紹介した

が,いずれも斬新なものである。アメリカ式の

人事制度にしても,4つのアプローチから従業

員のモチベーション向上に向かって制度を設計

すれば効果が見られる。

おわりに

日本における成果主義というのは,改革が徹

底したものではなく,従来の制度の上に成果主

義の賃金・評価制度をくっつけただけのところ

が多い。特に,高齢化による人件費高騰やバブ

ル経済崩壊に対応するために,人件費削減の手

段として使われている。しかし,環境がどれだ

け変化しても,人間中心(尊重)の理念を決し

て忘れてはならない。いつも潮流の先頭に立っ

ているアメリカにおいても,まさにそれを企業

に取り入れようと取り組んでいる。Google 社

はその一例である。人間尊重には個性を持つ従

業員に個別対応できることが重要である。本論

文は以上のように,人間中心(尊重)の経営を

図る本来の成果主義を新たに貢献主義と名付

け,それをトータルな人事システムとして捉え

て,報奨制度,企業文化,職務設計,業績管理

と資源配分プロセスの4つのアプローチから貢

献主義が従業員のモチベーション向上につなが

ることを明らかにした。Google の事例は貢献

主義が従業員のモチベーション向上を可能にす

ることを証明している。

従業員のモチベーションを向上させると,生

産性が高まることは言うまでもない。会社はマ

ネできないものを求めているが,製品などより

人材面におけるマネが最も難しい。働きがいの

ある会社は人材確保ができ,企業の持続的発展

が実現できる。

成果主義は年功主義を打破するために日経連

によって提唱されたが,結局,人件費のかかる

中高年層のリストラ等といった会社業績悪化へ

の対応策として運用された。ここから,企業の

目的と運用方法によって効果がまったく違う方

向に行くということがわかった。貢献主義もそ

の運用方法によって,従業員のモチベーション

向上に役立つか否かに分かれていくことが予想

できる。それ故,従業員のモチベーション向上

に向かって,貢献主義を4つのアプローチから

具体的にどう設計すればよいのかが問題となる

が,それは今後の課題である。

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