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高校世界史における「帝国主義」の授業開発 一「長い20世紀」論を手がかりに一 教科・領域教育学専攻 学籍番号MO9157B

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高校世界史における「帝国主義」の授業開発

  一「長い20世紀」論を手がかりに一

教科・領域教育学専攻

社 会 系 コ 一 ス

学籍番号MO9157B

藤  澤  亮  二

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目 次

序 章 本研究の目的と方法

   1.研究の動機と目的

   2 研究の対象と方法

p.1

第1章高校世界史における「帝国主義」の位置づけ

  第1節現行学習指導要領の近代史構成と「帝国主義」

   1,現行学習指導要領の近代史構成

   2.現行学習指導要領における「帝国主義」の扱い

  第2節新学習指導要領の近代史構成と「帝国主義」

   1。新学習指導要領の近代史構成

   2,新学習指導要領における「帝国主義」の扱い

  第3節  「帝国主義」に関する先行授業実践の分析

   1.先行授業実践の概要

   2.先行授業実践の分析

   3.国立教育政策研究所「高等学校教育課程実施状況調査」の分析

55

nrnF

p.18

p.30

第2章 歴史学における「帝国主義」研究の動向

  第1節歴史学における「帝国論」

   1.「帝国論」隆盛の背景

   2,高校世界史における帝国の定義

   3.歴史学における帝国主義の定義と歴史モデルの整理

   4.歴史学における帝国の理論化

   5.高校世界史に援用可能な帝国論

  第2節 歴史学における「帝国主義」概念の変遷

   1.帝国主義論それぞれの特徴

   2.帝国主義論の比較考察

   3.高校世界史に援用可能な帝国主義の理論

  第3節  「長い20世紀」論と「短い20世紀」論における帝国主義

p.59

p.59

p.76

p.85

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   1.「短い20世紀」論における帝国主義論

   2.「長い20世紀」論における帝国主義論

   3.「短い20世紀」論及び「長い20世紀」論の帝国主義の構造図

第3章  「長い20世紀」論に基づく「帝国主義」の授業開発

  第1節単元構成の原理

   1.高校世界史カリキュラムにおける「帝国主義」の位置づけ

   2.単元構成の視点と方法

  第2節 教材解釈

   1.帝国主義の時代の移民

   2.タイタニック号を教材化する視点

  第3節授業モデルの開発

   1.単元「帝国主義時代のタイタニック号」の授業モデルの開発

   2.教授資料

終 章 結論と今後の課題

   1.研究の成果

   2.今後の課題

附 記

p.99

p.99

p.105

p.113

p.150

p.155

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教科・領域教育学専攻

社会 系 コ 一 ス

学籍番号MO9157B

藤  澤  亮  二

高校世界史における「帝国主義」の授業開発

  一長い20世紀論を手がかりに一

序章 本研究の目的と方法

ここでは,研究の動機と目的,研究の方法を示し,研究の概要を明らかにする。

1.研究の動機と目的

 本研究に至った根本的な動機は,筆者自身が高校世界史において,帝国主義に関する授

業の困難さを常々実感していたことにある。「帝国主義」という概念の理解が高校生にと

って非常に困難であり,具体的で豊かなイメージを形成し難い面があるのではないかと考

えていた。

 筆者はこれまで高等学校の教壇に立ちながら,なんとか生徒が興味関心を強く持って,

わかりやすく理解し,イメージ豊かに自分なりの帝国主義像を描き出せることはできない

かと試行錯誤してきた。そして平成19年には勤務校において研究授業を実施し,ICTを

活用して難解な概念をわかりやすく理解できるような工夫を試みた,しかし,ICTの活用

だけでは教科書や参考書の知識をただ図形化してわかりやすくしたり効果的な提示ができ

るだけであって,難解な概念を真に具体化したり豊かな歴史イメージを抱かせることには

っながらず,根本的な解決には至らなかった。筆者は高校教員として,帝国主義について

さらに研究の視野を広げ,高校生が帝国主義をどのような視点から捉えることができるの

か,検討を重ねていかなければならないと痛感していた。

一1

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 平成20年,高等学校学習指導要領が改訂された。この改訂で世界史Bでは,それまで

「近代の終わり」に位置づけられていた帝国主義が「現代の始まり」としての位置づけに

変更された。これは現代の始まりを従前の通り20世紀の初めと捉えるのではなく,第二

次産業革命によって劇的な変化がもたらされた19世紀の終わりと捉えようとする意図が

示されている。

 現行学習指導要領の時代区分はイギリスの歴史学者E.ホブズボームが唱えた「長い19

世紀」と対をなす「短い20世紀」論に拠っていだ[。元イギリス共産党員であった彼は,

フランス革命が始まった1789年から第一次世界大戦が始まった1914年までを「長い19

世紀」,1914年からソ連崩壊の且991年までを「短い20世紀」と区分した。ロシア革命の

年にエジプトで生まれ,オーストリア,ドイツ,イギリス,アメリカで生活したユダヤ系

知識人であるホブズボームにとってはマルクス主義こそ抜群の歴史学の方法論2であり,

「ロシア革命と共産主義を現代史にどう位置づけるか’3」が最大の関心事であった。

 この「短い20世紀」論にたてば,我々は新しい「21世紀」をもう20年近く生きている

ことになる。しかし,本当に「短い20世紀」は終わったのだろうか。社会主義の実現と

退潮を時代の区切りとする歴史の見方を変えれば,未だに「長い20世紀」が続いている

とみることもできるのではないだろうか。この「長い20世紀」論にたてば,その始まり

である帝国主義時代についても新たな視点が必要である。

 帝国主義については,かつてホブソンやレーニンらの理論が支配的であったが,冷戦構

造の崩壊により世界情勢が大きく変化した現代では新たな解釈の見直しが迫られている。

帝国主義時代の諸現象は,何か一つの要因のみで説明できるものではなく,複数の要因が

複雑に絡み合って形成されたものであり,具体的には国民国家の形成,大規模な工業化や

企業の巨大化,人やモノの国際的移動,人々の意識の変化といった現象として捉えること

ができるN。また帝国主義の時代を近代の終わりと位置づけ,19世紀の延長と見なす考え

方は,日本の歴史学でもかなり早い段階で批判されていだ5。

 さらに帝国主義概念の見直しとともに登場したのが,帝国論ないし帝国化の概念である。

ネグリとハートの『〈帝国〉グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』“(1によっ

て注目された帝国論は,人間の歴史に通時的に適用し得る帝国の概念や特質を多様に理論

化しようとする。

 しかし,我が国では長くマルクス主義の影響力が強かったこともあり,帝国主義を専ら

資本輸出や独占資本主義といった経済的な側面で特徴付ける見方が未だ優勢であり,世界

一2一

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史の教科書や授業内容も大きく変わってはいないのが実態である。新学習指導要領におけ

る帝国主義の位置づけの変更は,世界史の授業をどう変えるのだろうか。否,どのように

内容編成と教材選択を工夫すれば,「長い20世紀」論の趣旨を,現代世界の実態を生き生

きと高校生に理解させることができるのだろうか。

 以上のような問題意識の上に立ち,本研究では近年の帝国主義研究の動向を踏まえ,帝

国主義の時代を探究する新たな授業プランの開発を目的とする。

2.研究の対象と方法

 前述の研究目的を達成するためには,まず現在の高校世界史ではどのように近代史が構

成され,そのなかで帝国主義はどのように位置づけられているのかを把握するために新旧

学習指導要領を分析し,さらに帝国主義に関する先行授業実践を分析して,現在の教育現

場でおこなわれている帝国主義の授業の実態を明らかにする。これを第1章で述べる。

 次に第2章では,歴史学において帝国論及び帝国主義論がどのように展開されているの

かを整理したうえで,高校世界史に援用可能な理論を追究して「長い20世紀」論におけ

る帝国主義の基本的な視点を明らかにする。ソ連崩壊時とイラク戦争時に帝国論がブーム

となった背景には国民国家の虚構性・幻想性が明白になるとともに,ゆるやかな国家連合

としてのかつての帝国について再考する機運があっだ7。そして帝国論は現在の国際関係

・世界情勢の動向にあわせて活発に議論されているし*S,今後の世界の在り方を占ううえ

でも有益であろう。またマルクス主義を基盤とする帝国主義論も,レーニン以降様々な角

度から理論が積み重ねられており,高校世界史においても,その成果の一部を反映させる

ことができるのではないかと考える。

 それをもとに,第3章では「長い20世紀」論に基づいた帝国主義の授業プランを開発

する。授業開発にあたっては,難解な理論や概念をそのまま提示するのではなく,高校生

の目線に立ってわかりやすく理解できるように常に配慮したい。そのうえで高校生が興味

関心を強くかき立てられる教材を精選あるいは構築し,生徒自身がその教材を使って主体

的に歴史を考えることができるような授業開発を目指す。

一3一

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*1原田智仁編著『高等学校新学習指導要領の展開』明治図書,2010年,p.75

*2エリック=ホブズボーム『ホブズボーム歴史論』,ミネルヴァ書房,2001年,p.93

*3原田智仁「新しい世界史の方向性:学習指導要領改訂の特質」(『世界史のしおり』世

界史B特集号)帝国書院,2009年,p.4

*4木谷勤『帝国主義と世界の一体化』世界史リブレット,山川出版社,1997年

*5尾鍋輝彦『二十世紀』中央公論社,1977年,pp.8-10

*6アントニオ=ネグリ・マイケル=ハート『〈帝国〉グローバル化の世界秩序とマルチチ

ュー hの可能性』p5 以文社,2003年

*7杉山正明「帝国史の脈絡一歴史の中のモデル化にむけて」(山本有造編『帝国の研

究』名古屋大学出版会),2003年,pp.31-33

*8山下範久編『帝国論』講i談社選書メチエ,2008年

一4一

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第1章 高校世界史における「帝国主義」の位置づけ

 現在の高校世界史ではどのように近代史が構成され,そのなかで帝国主義はどのように

位置づけられているのかを捉えるために学習指導要領を分析する。さらに帝国主義に関す

る先行授業実践と国立教育政策研究所の調査を分析して,教育現場でおこなわれている帝

国主義の授業の実態を明らかにすることにより,高校世界史教育における現状と課題を把

握する。

第1節 現行学習指導要領の近代史構成と「帝国主義」

 本節では,平成元年版学習指導要領・現行学習指導要領・新学習指導要領を比較しっっ,

特に平成元年版と現行版の分析をおこなうことで,現行学習指導要領における世界史の近

代史構成と帝国主義の位置づけを整理して,現状と課題を明らかにする。

1,現行学習指導要領の近代史構成

 現行の高等学校学習指導要領は平成11年(1999年)に告示され,平成15年(2003年)

度の第1学年から学年進行で実施された。平成元年版学習指導要領より「社会科」から「地

理歴史科」と「公民科」に再編成され,制度面で大きな改革がおこなわれていたが,この

改訂では世界史A・B両科目ともに内容の精選,我が国との関連や地理的条件の重視,主

題学習の充実がはかられるなど内容面での大規模な見直しがおこなわれた。内容の精選と

しては,世界史Aにおいては近現代中心の科目であることの徹底と前近代史の内容の精

選,世界史Bにおいては従前の文化圏学習を改め,地域世界別の同時代史的構成を採用し

たことがあげられる。

 ここではまず,世界史A及びBの内容構成を平成元年版と現行版及び新学習指導要領

それぞれを比較して考察する。

一5一

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(1)世界史Aの内容構成比較

平戒元年版学習指導要領 現行学習指導要領 新学習指導要領

(1)諸文明の歴史的特質 (1)諸地域世界と交流圏 (1)世界史へのいざない

ア 文明と風土 ア東アジア世界 ア 自然環境と歴史

イ 東アジアと中国文化 イ 南アジア世界 イ 日本列島の中の世界の歴史

ウ南アジアとインド文化 ウイスラーム世界 (2)世界の一体化と日本

関西アジアとイスラム文化 エ ヨーロッパ世界 アユーラシアの諸文明

オ ヨーロッパとキリスト教文 オユーラシアの交流圏 イ 結び付く世界と近世の日本

化 (ア)海域世界の成長とユーラシア ウ ヨーロッパ・アメリカの工

(2)諸文明の接触と交流 (イ)遊牧三会の膨張とユーラシア 業化と国民形成

ア 2世紀の世界 (ウ)地中三三域とユーラシア エアジア諸国の変貌と近代の

イ 8世紀の世界 (エ)東アジア海域とユーラシア 日本

ウ B世紀の世界 (2)一体化する世界 (3)地球社:会と日本

エ 16世紀の世界 ア大航海1川代の世界 ア急変する人類社会

オ17・18世紀の世界 イ アジアの諸帝国とヨーロッ イ 世界戦争と平和

(3)19世紀の世界の形成と展開 パの主権国家体制 ウ 三つの世界と日本の動向

ア 19世紀のヨーロッパ・アメ ウ ヨーロッパ・アメリカの諸 工繍i桧への歩みと課題

リカ 革命 オ持続可能な社会への展望

イ 産業革命と世界市場の形成 エアジア諸国の変貌と日本

ウアジア諸国の変貌と日本 (3)現代の世界と日本

(4)現代世界と日本 ア急変する人類社会

アニつの世界大戦と平和 イ ニつの世界戦争と平和

イ アメリカ合衆国とソビエト ウ 米ソ冷戦とアジア・アフリ

連邦 力諸国

ウ 民族主義とアジア・アフリ 工地球三会への歩みと日本

力諸国 オ地域紛争と国際社会

工地域紛争と国際社会 力科学技術と現代文明

オ科学技術と現代文明

カ これからの世界と日本

 上記の比較から,平成元年版から現行版,そして新版への改訂で段階的に内容が精選さ

れていることがわかる。特に世界史Aは「近現代史中心の科目」であることを徹底し,

そのために前近代史の内容を減らすとともに「事件史より構造史を重視」した構成となっ

ている寧t。次に平成元年版と現行版の内容構成の構造図を示す。

一6一

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〈大項目〉 平成元年版学習指導要領「世界史A」の内容構成 〈世紀〉

(4)

(3)

工 地域紛争と国際社会オ 科学技術と現代文明 カこれからの世界と日本

イ アメリカ合衆国とソビエト連邦

    ア   ニ  っ  の  世

ウ 民族主義とアジア・アフリカ諸国

界 大 戦  と 平 和

ア 19世紀のヨーロッ パ・アメリカ

イ 産業革命と世界市場 の形成

ウ アジア諸国の変貌と 日本

オエウィア

オヨ1ロツパ

イ東アジア

工西アジアア

ウ南アジア風

1

文 明 と   土

20

(2)ア

(1)

 19

17 ・ 18

 16

 13

 8 2

〈大項目〉

(3)

(2)

現行学習指導要領「世界史A」の内容構成

オ 地域紛争と国際社会 力 科学技術と現代文明

工  地 球 社 会 へ の あ ゆ み と 日 本

ア 急変する人類社会 ウ 米ソ冷戦とアジア・アフリカ諸国

イ  ニつの世界大戦と平和

ウ ヨーロッパ・アメリカの諸革命 エ アジア諸国の変貌と日本

イ アジアの諸帝国とヨーロッパの主権国家体制

ア  大 航 海 時 代 の 世 界

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                                    東アジア

                                     海域

(1) 1 iK 1 VM±tfipt 1 ”’ 1 7Mfitpt 1 1-tll,9i!・ 1 1 8

〔佐伯眞人・澁澤文隆・原田智仁編著『高等学校学習指導要領の展開』明治図書,2000

年,P.20〕

一7一

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 世界史Aの時代区分に関しては,16世紀以降を近代として世界の一体化の起点におく

とともに,前近代史の内容が大幅に精選されている。平成元年版では「19世紀以降のい

わゆる市民革命や産業革命からを近現代史ととらえていたが,それではあまりにヨーロソ

バ中心ではないかとの批判」nがあったことや,近代世界システム論などの影響が改訂の

背景にあった。

 平成元年版では近代を19世紀とした(“短期の近代”“狭義の近代”)が,現行版では近

代の始まりを16世紀の大航海時代として,近代の成立と展開の時期を16世紀から19世

紀まで広げた(“長期の近代”“広義の近代”)。この目的は近代に占める欧米中心の歴史

観を相対化することと,前近代と近代との連続性や非欧米世界の主体性・多様性を強調す

ることにあった’「’。

 現代史の扱いに関しては,平成元年版では「まず国際関係を中心に20世紀史を概観し,

次に自由主義諸国,社会主義国,アジア・アフリカ諸国という三つの国家群ごとに主題史

的に理解させ,最後に現代の課題について考察させる構成」であったものから現行版では

「20世紀の特質を社会や文化の視点から考察して現代史への関心を持たせ,次いで政治

史を中心に概観し,最後に人類の課題について適切な主題を設定し,生徒に主体的に追究

させる」*4構成にあらためている。

一8一

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〈2)世界史Bの内容構成比較

平成元年版世界史B 現行版世界史B 新学習指導要領

(1)文明の起こり (1)世界史への扉 (1)世界史への扉

ア オリエント文明 ア 世界史における時間と空間 ア 自然環境と人類のかかわり

イ 地中海文明 イ 日常生活に見る世界史 イ 日本の歴史と世界の歴史のつな

ウ インド文明 ウ 世界史と日本史とのつながり がり

エ 中国文明 (2)諸地域世界の形成 ウ 日常生活にみろ世界の歴史

(2)東アジア文化圏の形成と発展 ア 西アジア・地中海世界 (2)諸地域世界の形成

ア遊牧民族の活動と東アジア世界 イ 南アジア世界の形成 ア 西アジア世界・地中海世界

の形成 ウ 東アジア・内陸アジア世界の形 イ 南アジア世界・東南アジア世界

イ 中国社会の変遷と隣接諸民族の 成 ウ 東アジア世界・内陸アジア世界

活動 (3)諸地域世界の交流と再編 工時間軸からみる諸地域世界

ウ 中華帝国の繁栄と朝鮮,日本 ア イスラーム世界の形成と拡大 (3)諸地域世界の交流と再編

(3)西アジア・南アジアの文化圏と イ ヨーロッパ世界の形成と変動 ア イスラーム世界の形成と拡大

東西交流 ウ 内陸アジアの動向と諸地域世界 イ ヨーロッパ世界の形成と展開

ア イスラム世界の形成 (4)諸地域世界の結合と変容 ウ 内陸アジアの動向と諸地域世界

イ イスラム世界の発展 ア アジア諸地域世界の繁栄と成熟 工 空間軸からみる諸地域世界

ウ 南アジア・東南アジア世界の展 イ ヨーロッパの拡大と大西洋世界 (4)諸地域世界の結合と変容

開 ウ ヨーロッパ・アメリカの変革と ア アジア諸地域の繁栄と日本

エユーラシアの東西交流 国民形成 イ ヨーロッパの拡大と大西洋世界

(4)ヨーロッパ文化圏の形成と発展 工世界市場の形成とアジア諸国 ウ 産業仕会と国民国家の形成

ア 東西ヨーロソバ世界の形成 オ帝国主義と世界の変容 工世界市場の形成と日本

イ ヨーロソバの変革:と大航海日割一覧 (5)地球世界の形成 オ資料からよみとく歴史の世界

ウ 17・18世紀のヨーロッパと世界 ア ニっの大戦と世界 (5)地球世界の到来

(5)近代と世界の変容 イ 米ソ冷戦と第三勢力 ア帝国主義と社会の変容

ア市民革命と産業革命 ウ 冷戦の終結と地球社:会の到来 イ ニつの世界大戦と大衆社会の出現

イ アメリカ合衆国とアメリカ文明 工国際対立と国際協調 ウ 米ソ冷戦と第三世界

ウ アジア諸国とヨーロッパの進出 オ科学技術の発達と現代文明 エ グローバル化した世界と日本

工 帝国主義とアジア・アフリカ カ これからの世界と日本 オ資料を活用して探究する地球世界

(6)20世紀の世界 の課題

ア ニっの大戦と世界

イ ソビ土ト連邦と社会主義諸国

ウ アメリカ含衆国と自由主義諸国

エ アジア・アフリカ諸国の民族運動

と独立

(7)現代の課題

ア国際対立と国際協調

イ 科学技術の発展と現代文明

ウ これからの世界と日本

一9一

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 世界史Bの変更点としてまずあげられるのは,世界史学習の入門編として「世界史への

扉」が新設されたことである。中学校社会科で世界史的内容のほとんどが削除され,高校

に入学してはじめて世界史に触れることになる生徒にとって,世界史を学ぶ意義や興味関

心を高めるもので,導入や動機付けをはかり,学習の態度を養うことを目的とするものと

なっている。この「世界史への扉」は,生徒の身近な事象を扱う可能性が高いため,近現

代史との関連性が強く,世界史B全体の内容構成にも大きな影響を及ぼす内容であり,教

員の工夫を大いに必要とするところでもある。

 また世界史Aと同様に内容面の精選がはかられている。世界史Bは世界の歴史の大き

な枠組みと流れを理解させる科目であることをふまえて,平成元年版の文化圏別通史学習

から地域別の同時代史的構成が採用され,世界史の流れを動態的に把握し,同時代の世界

の全体像をとらえることが目指されている’5。

 次の表は平成元年版と現行学習指導要領の世界史Bの内容構成を表している。

一10一

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〈大項目〉

(7)

(6)

平成元年版学習指導要領「世界史B」の内容構成 〈世紀〉

ア国際対立と国際協調 イ科学技術の発展と現代文明 ウ これからの世界と日本

イ ソビエト連邦と社会主@義諸国

@     ア   ニ

ウ アメリカ合衆国@と自由主義諸国

ツ  の  大  戦

エ アジア・アフリカ諸国の@民族運動と独立

ニ 世  界

工  帝 国 主 義 と ア ジ ア ・ ア フ リ カ

ア 市民革命と産業革命 イ アメリカ合衆国@とアメリカ文明

ウ アジア諸国とヨーロッパ

@の進出

20

)5(

)4(

ヨーロッパ

ウーイーア (3)

西  イ

ニソア  ア

ウ南τソア

工東西交流

(2)

東アジア

ウーイーア

Q/83-5

(1) イ 地中海文明 アオリエント文明 ウ インド文明 工 中国文明

〈大項目〉 現行学習指導要領「世界史B」の内容構成

(5)

工 国際対立と国際協調 オ 科学技術の発達と現 代文明

力本

〈世紀>

  21これからの世界と日

ウ 冷戦の終結と地球社会の到来イ 米ソ冷戦と第三勢力ア ニっの大戦と世界

オ  帝 国 主 義 と 世 界 の 変 容

ウ ヨーロッパ・アメリカの変革と国民形成 工 世界市場の形成とアジア諸国

イ ヨーロッパの拡大と大西洋世界 ア アジア諸地域世界の繁栄と成熟

20

(4)

(3)

(2)

(1)

イ ヨーロッパ世界の形成 ア イスラーム世界の形成

ア西アジア・地中海世界 イ 南アジア世界の形成

ウ 内陸アジア世界の動向と諸地域世界

ウ成

内陸アジア・東アジア世界の形

ア 世界史における時間と空間 イ 日常生活にみる世界史 ウ 世界史と日本史のつながり

 19

16一一18

 15

 13

5”一9

〔佐伯眞人・澁澤文隆・原田智仁編著,前掲書,p.45〕

11一

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 平成元年版の文化圏学習が見直されて新たに導入された「地域世界」の概念は,世界史

の空間的な枠組みとしては「文化圏」と共通する点が多いが,同時代史的な世界の全体像

が掴みにくいうえに前近代の諸文化圏の学習に時間を取られてしまい,近現代史を学習す

る時間が確保できない,といった問題点があった。そこで「地域世界」の概念を導入して,

その形成,交流と再編,結合と変容,地球世界の変容という四つの時代区分にしたがって

全体を構成‘することになった。

 また世界史A同様に世界史Bにおいても,それまで19世紀としていた近代の起点を大

航海時代まで引き下げ,近代の展開を16世紀から19世紀までに広げて,その間の世界の

歴史を一体的に捉えるようにしている。

(3)各学習指導要領近現代史構成の変遷

 学習指導要領ごとの世界史A・Bの内容構成からは,近現代の時代区分について次のよ

うな変遷があったことがわかった。まず平成元年版では19世紀のいわゆる市民革命と産

業革命からを近代としてとらえようとした。しかしこれはヨーロッパ中心の歴史の見方で

あるとの批判があり,その反省から現行版では16世紀以降を近代の始まりとして,世界

の一体化の過程を理解させることを重視した。新学習指導要領でも,近代の開始時期およ

び画期的事項は基本的に現行の時代区分を踏襲している。また,現代の開始時期について

は,平成元年版と現行版ともに第一次世界大戦を時代の画期としている。現代の開始時期

及び画期事項については次節で詳述する。学習指導要領ごとの近現代の時代区分をまとめ

ると,次の表のようになる。

平成元年版 現行学習指導要領 新学習指導要領

近代の開始時期一   一   一   一   一   一   一   一   一   一   一   一   一   一   一   ロ   一

謚咩I事項

 19世紀一   曹   一   一   一   一   一   一   一   薗   一   一   ■   ■   一   一   一   哺   一   ■   一   一

@市民革命と産業革命

 16世紀}   ,   一   冒   一   一   肩   一   噛   一   一   一   一   暉   肩   一   一   一   一   一   一

蜊q海時代

 16世紀曹  ■  一  一  一  ■  冒  一  鴨  ■  一  一  昂  o  _  一  一  一  一  駒  _  _

@大航海時代

現代の開始時期一   一   一   一   一   〇   一   一   一   一   騨   一   一   幽   一   ■   ■

謚咩I事項

 20世紀初頭一  一  一  喩  一  藺  ■  一  一  一  騨  一  一  一  一  回  一  一  一  ■  ■  一

@第一次世界大戦

20世紀初頭冒  一  一  肩  一  一  一  一  r  9  一  一  一  一  一  一  零  一  冒  一  冒  胃

謌齊汾「界大戦

 19世紀後半一  冒  一  一  一  ■  一  一  鴨  ■  一  一  卿  曽  _  一  一  零  o  _  _  一

@帝国主義時代

(各学習指導要領を元に筆者作成)

一12一

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2.現行学習指導要領における「帝国主義」の扱い

 次に,これまで近代史構成について比較考察した結果をふまえ,現行学習指導要領にお

いて帝国主義がどのような位置づけにあるのかを考察するために各学習指導要領における

帝国主義の記述内容を比較する。ただし,平成元年版・現行版世界史Aでは大項目・中

項目ともに帝国主義の語は登場しない。内容説明の文章にも登場しないが,内容的に扱っ

ていると思われる項目を仮定して考察を進める。

(1)世界史Aにおける「帝国主義」の位置づけ

①大項目比較(世界史A)

大項目 説明文

成 (3)19世紀の世界の形 ヨーロソバによる世界支配,世界の一体化の過程とそ

元年

成と展開 れに対するアジアの対応などに着目させ,現代世界の形

版 成過程を理解させる。

(2)一体化する世界 16世紀以降の世界商業の進展と産業革命後の資本主

現 義の確立を中心に,世界の一体化の過程を理解させる。行版 その際,ヨーロッパの動向と日本などアジア諸国の対応

に着目させる。

(3)地球世界の到来 地球規模で一体化した構造をもつ現代世界の特質と展

新 開過程を理解させ,人類の課題について歴史的観点から

版 考察させる。その際,世界の動向と日本とのかかわりに

着目させる。

 三つの学習指導要領に共通しているのが「世界の一体化」の概念である。現行版では16

世紀以降を近代としているために,より具体的に年代が記述されて,世界商業と資本主義

という観点が明示された。

 平成元年版の通史的な構成は,現行版で構造史的な構成へと改訂された。これは,「特

定の国や一定の年代に限定されることなく,長期持続のシステムとしてその時代の意味や

構造について取り扱うもの’7」で世界の一体化を学ぶうえでは適切なものである。

一13一

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②中項目比較(世界史A)

平成元年版

現行版

中項目

ア19世紀のヨーロッパ・

アメリカ

イ産業革命と世界市場の

形成

ウアジア諸国の変貌と日

(2)

エアジア諸国の変貌と日本

(3)

ア急変する人類社会

ア急変する人類杜会

イ世界戦争と平和

説明文

 市民革命とその影響,諸国間の戦争と国際関係,近

代国家の成立,19世紀における諸民族国家の成立な

どに着目させ,近代国家の形成過程を理解させる。

 産業革命と技術革新,機械制工業,資本家と労働者

の形成,ヨーロッパ諸国による植民地の拡大,貿易活

動,資本主義化の中の農業,都市と市民生活・市民文

化などに着目させ,現代社:会の形成過程を理解させる。

 ヨー一mッパの進出期における日本を始めとするアジ

ア諸国家の状況,植忌地化の過程での抵抗や挫折,近

代化の過程でのアジアの伝統文化とヨーロッパ近代文

化の接触,19世紀のアジアの変貌などに着目させ,

現代世界の形成過程を理解させる。

 ヨーロッパの進出期におけるアジア諸国の状況,植

民地化や従属化の過程での抵抗と挫折,伝統文化の変

容,その中での日本の対応を扱い,19世紀の世界の

一体化とその特質を理解させる。

 輸送革命,マスメディアの発達,企業や国家の巨大

化,社会の大衆化と政治や文化の変容,公教育の普及

と国民統合などを扱い,20世紀という時代の特質を『

人類史的視野から把握させる。

 科学技術の発達,企業や国家の巨大化,公教育の普

及と国民統合,国際的な移民の増加,マスメディアの

発達,社:会の大衆化と政治や文化の変容などを理解さ

せ,19世紀後期から20世紀前半までの社会の変化に

ついて,人類史的視野から考察させる。

 帝国主義諸国の抗争とアジア・アフリカの対応,二

つの世界大戦の原因と総力戦としての性格,それらが

世界と日本に及ぼした影響を理解させ,19世紀後期

から20世紀前半までの世界の動向と平和の意義につ

いて考察させる。

一14一

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 前述したように平成元年版では19世紀以降を近代として,欧米史を中心とした詳細な

通史学習がおこなわれていた。そのため帝国主義は近代国家・現代社会・現代世界それぞ

れの形成過程を範囲として,三つの中項目にまたがっている。

 一方,現行学習指導要領では近代世界を「長期持続のシステムとしてとらえること(構

造的把握)で歴史事象を大きくまとめるように工夫」がなされ,世界の一体化について国

や地域ごとに個別に扱うのではなく,世界のシステムとして捉える視点がつくられている。

そのなかで,大項目(3)「現代の世界と日本」「ア 急変する人類社会」で扱われている

内容は社会史的なものであり,時代としては帝国主義時代の現象であるが,近代としてで

はなく現代のなかで扱われている。新学習指導要領では現象面だけではなく,帝国主義時

代そのものを現代の始まりとして構成し,20世紀の特質として人類史的視野から把握さ

せようとしている。これについては第2節で述べる。

 また現行版への変更点の一つが平成元年版にあった「市民革命」の語が消えたことであ

る。

 「我が国のこれまでの世界史教育では,産業革命と市民革命が近代世界成立の画期とし

て重視されてきました。特に,市民革命は市民(ブルジョワ)勢力によって達成された市民

社会樹立のための革命として規定され,専制的な絶対主義を打倒し,近代社会への移行を

実現したものとして理想化されました。そして,その例として,イギリス革命やアメリカ

独立革命,フランス革命が挙げられてきました。しかし,研究者によれば,市民革命なる

概念は日本独特のものであり,欧米諸国では用いられていないとのことです。これまで市

民革命の典型と見なされてきたフランス革命についても,’今日では,アンシャン・レジー

ム下の権力闘争こそ革命の本質であるとする評価や,ジャコバン派の革命独裁を民主主義

と相いれないものとして否定的にとらえるなど,多様な見解が提起されています。もはや

イギリス革命やアメリカ独立革命,フランス革命を一括して市民革命としてとらえること

には,疑問が呈されております。むしろ,それぞれの革命をその実態に即してとらえるこ

とがもとめられています。」*X

 近代世界を規定してきた「市民革命」の概念が訂正されたことは,教育現場で既成の概

念を無批判に用いることに対する警鐘でもある。唯物史観における発展段階論は多くの学

問の基礎となるものではあるが,教員は社会の変化や諸学問の成果など情報収集に努め,

一15.

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変化に柔軟に対応して,近代そのものの認識においても研究を深めていかなければならな

いと考える。

(2)世界史Bにおける「帝国主義」

①大項目比較(世界史B)

平成元年版

現行版

新版

大項目

(5)近代と世界の変容

(4)諸地域世界の結合

と変容

(5)地球世界の到来

説明文

 市民革命,産業革命,資本主義の発達など西欧近代の

もつ世界史的意義,ヨーロッパ諸国の進出に伴う世界の

変容などを理解させる。その際,現代世界に大きな影響

をもつことになるアメリカ大陸の歴史にも着目させる。

また,アジアの諸国の伝統,ヨーロッパ諸国によるアジ

アの植民地化,アジア諸国の動揺と近代化への動きなど

近代史の大きな流れを理解させる。

 アジアの繁栄とヨー一Uッパの拡大を背景に,諸地域世

界の結合が一層進んだことを把握させるとともに,主権

国家体制を整え工業化を達成したヨーロッパの進出によ

り,世界の構造化と社会の変容が促されたことを理解さ

せる。

 科学技術の発達や生産力の著しい発展を背景に,世界

は地球規模で一体化し,二度の世界大戦や冷戦を経て相

互依存を一層強めたことを理解させる。また,今日の人

類が直面する課題を歴史的観点から考察させ,21世紀

の世界について展望させる。

 世界史Aと同様,現行版では近代の始まりを平成元年版の19世紀から16世紀に引き下

げて,近代の世界の特質を構造的に理解するように構成されている。世界史Bの独自の視

点としては次の点が上げられる。

 「先行の内容(2)『諸地域世界の形成』,(3)『諸地域世界の交流と再編』の関係から

明らかなように,世界史を構成する基本単位として諸地域世界に着目し,世界史の歴史的

展開を諸地域世界のく形成〉,〈交流と再編〉,〈結合と変容〉という三つの大きな流れ

のなかでとらえようとしているJ ”’

16一

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 そのため,現行版では諸地域世界という視点に立って近代世界の構造を理解させるよう

な配慮が必要とされている。

②中項目比較(世界史B)

平成元年版

現行版

新版

中項目

工帝国主義とアジア・

アフリカ

オ帝国主義と世界の変

ア帝国主義と社会の変容

説明文

 19世紀後期からのヨーロッパ諸国によるアジア・ア

フリカの植民地化とアジア・アフリカの対応に着目さ

せ,19世紀後期から20世紀初期の世界の歴史の特色を

理解させる。

 ヨーロッパ諸国によるアジア・アフリカの植民地化を

めぐる競合とアジア・アフリカの対応を扱い,19世紀

後期から20世紀初期の世界の支配・従属関係を伴う一

体化と社会の変容を理解させる。

 科学技術の発達,企業・国家の巨大化,国民統合の進

展,帝国主義諸国の抗争とアジア・アフリカの対応,国

際的な移民の増加などを理解させ,19世紀後期から20

世紀初期までの世界の動向と社会の特質について考察さ

せる。

 現行版では,帝国主義は大項目(4)「諸地域世界の結合と変容」で扱われている。この

なかで帝国主義の現象としては第2次産業革命の進展による独占資本の形成及び欧米列強

による植民地獲得競争が着目された。また,交通・運輸・通信の急速な発達や,大規模な

移民など「ヒトやモノの移動」を切り口に近代世界を捉えようとする工夫も盛り込まれて

いるが,時代区分としては近代の終わりとしての位置づけであり,現代の始まりを告げる

現象としての意味合いではない。「帝国主義時代の世界の一体化は,欧米を中心とする資

本主義列強がその経済力と軍事力で世界を分割,支配することにより達成されたことを理

解させる」’]llというように,政治面・経済面を中心とする展開となっている。現行版世界

史Aの(3)「現代の世界と日本 ア急変する人類社会」で扱われた「輸送革命,マスメ

ディアの発達,企業や国家の巨大化,社会の大衆化と政治や文化の変容,公教育の普及と

一17一

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国民統合など」といった20世紀世界を社会史的な観点から考察させる内容は,世界史B

では比較的希薄である。

 また教材の選定や配列にあたっては,欧米中心の近代世界史像に対する反省から,「前

近代と近代との連続性やアジア諸地域の主体性・多様性に配慮し,この時期の世界がヨー

ロッパ近代を中心とした通史にならぬよう留意∫llする必要があるとされた。

(3)各学習指導要領における帝国主義の取り扱い

 学習指導要領ごとの帝国主義の位置づけをまとめると,次のようになる。まず,三つの

学習指導要領に共通しているのは世界の一体化のなかで帝国主義を捉えようとする点であ

るが,平成元年版では欧米中心かつ通史的な構成であり,システムとして捉える視点には

欠けていた。現行版では特定の国や一定の年代に限定することなく構造史的な構成へと改

訂されている。また歴史用語の見直しがおこなわれ,歴史研究の成果や社会情勢などへの

対応がみられる。

 帝国主義時代を社会史的な観点から考察させる内容は世界史Aではみられるが,時代

区分としては現代で扱われ,帝国主義時代そのものは近代の終わりに設定されている。世

界史Bでは社会史的視点がやや拡散し,扱いはやや少なく,政治・経済を中心とする展開

となっている。

一18t

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第2節 新学習指導要領の近代史構成と「帝国主義」

 平成18年以来,教育基太法・学校教育法の改正などの教育改革が推進され,平成20年3

月に幼稚園・小中学校新学習指導要領が,次いで平成21年3月に高等学校新学習指導要

領が公示された。いわゆる「ゆとり教育」に対する批判や,PISA(OECD生徒の学習到達

度調査)ショックなどを背景として,習得した基礎的,基本的な知識・技能を活用して課

題を見出し,解決するための思考力・判断力・表現力である「生きる力」の育成が掲げら

れた。これは平成17年に中教審答申で示された「知識基盤社会」という構造的な社会の

変化に不可欠な力である。ここでは前節の考察及び今回の改訂の背景をふまえて新学習指

導要領における近代史構成と帝国主義位置づけを整理して,現状と課題を明らかにする。

1.新学習指導要領の近代史構成

 平成20年1月,中教審は学習指導要領の改善について答申し,高等学校世界史に関し

ては以下のとおり具体的事項をあげている。

(世界史A)

 地図,年表,.資料などを活用し,地理的条件や日本の歴史との関連に一層留意しながら,

諸文明の特質と現代世界の形成過程を理解させるとともに,人類の諸課題を追究する学習

などを通して,現代世界に関する認識を深め,歴史的思考力を培うようにする。

(世界史B)

 地図,年表,資料などを活用し,諸地域の地理的条件や日本の歴史との関連に留意しな

がら,世界の歴史の大きな枠組みと流れを理解させ,文化の多様性・複合性に関する認識

を深めさせるとともに,適切な主題を設定して追究する学習を一一層重視して,世界史の学

び方や歴史的思考力を培うようにする。*12

 地図・年表・資料の活用及び日本史との関連を重視する点はABともに共通して,今回

の改訂で特に重視された点である。また世界史Aは現代史を中心に,世界史Bは世界の

歴史の大きな枠組みを理解させる点はこれまでの学習指導要領の流れを汲んだものといえ

                   一19一

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る。さらに世界史Aでは「人類の諸課題を追究する学習」,世界史Bでは「適切な主題を

設定して追究する学習1として教師が一方的に講義するのではなく,生徒が主体的に授巣

に参加して課題を追究するような工夫が求められている。

(1)世界史Aの近代史構成

次に新学習指導要領世界史Aの内容を示す。

2内容(1)世界史へのいざない

  自然環境と歴史,日本の歴史と世界の歴史のつながりにかかわる適切な主題を

 設定し考察する活動を通して,世界史学習の基本的技能に触れさせるとともに,

 地理と歴史への関心を高め,世界史学習の意義に気付かせる。

 ア 自然環境と歴史

   歴史の舞台としての自然環境について,河川,海洋,草原,オアシス,森林

  などから適切な事例を取り上げ,地図や写真などを読み取る活動を通して,自

  然環境と人類の活動が相互に作用し合っていることに気付かせる。

 イ 日本列島の中の世界の歴史

   日本列島の中に見られる世界との関係や交流について,人,もの,技術,文

  化,宗教,生活などから適切な事例を取り上げ,年表や地図などに表す活動を

  通して,日本の歴史が世界の歴史とつながっていることに気付かせる。

(2)世界の一体化と日本

  近現代世界を理解するための前提として,ユーラシアの諸文明の特質に触れる

 とともに,16世紀以降の世界商業の進展及び資本主義の確立を中心に,世界が一

 体化に向かう過程を理解させる。その際,世界の動向と日本とのかかわりに着目

 させる。

 ア ユーラシアの諸文明

   自然環境,生活,宗教などに着目させながら,東アジア,南アジア,西アジ

  ア,ヨーロッパに形成された諸文明の特質とユーラシアの海,陸における交流

  を概観させる。

 イ 結び付く世界と近世の日本

   大航海時代のヨーロッパとアフリカ,アメリカ,アジアの接触と交流,アジ

  アの諸帝国とヨーロッパの主権国家体制,大西洋世界の展開とアフリカ・アメ

  リカ社会の変容を扱い,16世紀から18世紀までの世界の一体化の動きと近世

  の一本の対応を把握させる。

 ウ ヨー一一・Mッパ・アメリカの工業化と国民形成

   産業革:命と資本主義の確立,フランス革命とアメリカ諸国の独立,自由主義

  と国民主義の進展を扱い,ヨーロッパ・アメリカにおける工業化と国民形成を

  理解させる。

 エ アジア諸国の変貌と近代の日本

   ヨーロソバの進出期におけるアジア諸国の状況,植民地化や従属化の過程で

一20一

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  の抵抗と挫折,伝統文化の変容,その中での日本の動向を扱い,19世紀の世界

  の一体化と日本の近代化を理解させる。

(3)地球社会と日本

  地球規模で一体化した構造をもつ現代世界の特質と展開過程を理解させ,人類

 の課題について歴史的観点から考察させる。その際,世界の動向と日本とのかか

 わりに着目させる。

 ア 急変する人類社会

   科学技術の発達,企業や国家の巨大化,公教育の普及と国民統合,国際的な

  移民の増加,マスメディアの発達,社会の大衆化と政治や文化の変容などを理

  解させ,19世紀後期から20世紀前半までの社会の変化について,人類史的視

  野から考察させる。

 イ 世界戦争と平和

   帝国主義諸国の抗争とアジア・アフリカの対応,二つの世界大戦の原因と総

  力戦としての性格,それらが世界と日本に及ぼした影響を理解させ,19世紀後

  期から20世紀前半までの世界の動向と平和の意義について考察させる。

 ウ 三つの世界と日本の動向

   第二次世界大戦後の米ソ両陣営の対立と日本の動向,アジア・アフリカの民

  族運動と植民地支配からの独立を理解させ,核兵器問題やアジア・アフリカ諸

  国が抱える問題などについて考察させる。

 工 地球社会への歩みと課題

   1970年代以降の市場経済のグローバル化,冷戦の終結,地域統合の進展,知

  識基盤社会への移行,地域紛争の頻発,環境や資源・エネルギーをめぐる問題

  などを理解させ,地球社会への歩みと地球規模で深刻化する課題について考察

  させる。

 オ 持続可能な社会への展望

   現代世界の特質や課題に関する適切な主題を設定させ,歴史的観点から資料

  を活用して探究し,その成果を論述したり討論したりするなどの活動を通して,

  世界の人々が協調し共存できる持続可能な社会の実現について展望させる。

 前節で示したとおり,新学習指導要領世界史Aの内容構成では,大項目「(1) 世界

史へのいざない」が新設され,中項目「ア 自然環境と歴史」「イ 日本列島の中の世界

の歴史」の二項目が設けられた。新学習指導要領『解説』によれば,この目的は「導入時

期の学習として,地理と歴史への関心を高め,世界史学習の意義に気付かせるためジ13と

して主題学習を想定したものとなっている。

 一方,現行の「(1)諸地域世界と交流圏」は全て削除され,大項目「(2) 世界の一体

化と日本」に前近代の内容を中項目「ア ユーラシアの諸文明」として組み込んで,前近

代と近代の歴史を一つの大項目のなかに構成することになり,現代史をより重視したもの

になっている。この理由について文部科学省では「学校現場では通史的な扱いになりやす

一21一

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かったので,近現代を重視する観点から思い切って削った(教育課程課)] 14としている。

 また16世紀の大航海時代ヨーロッパは,現行版までは独立した項目であったが,16世

紀から18世紀までを近世として捉えることにしている。そのため,現行版の大項目「(2)

一体化する世界」のなかの「ア 大航海時代の世界」と「イ アジアの諸帝国とヨーnッ

パの主権国家体制」は今回の改訂で「イ 結び付く世界と近世の日本」としてまとめて扱

うことになった。

 現代史を扱う 「(3)地球社会と日本」では,現代世界の基本的特徴が19世紀後期に出

現し始めることに着目して,「19世紀後期から現在まで,いわゆる“長い20世紀”を扱

い『地球規模で一体化した構造を持つ現代』の特質と展開過程を理解させようとしている。

19世紀後期から20世紀前半を,発達した科学技術や巨大化する企業・国家,大衆化する

社会などそれまでとは明らかに異なる人類社会が出現する時期とし,まずそうした社会の

変容をとらえた上で帝国主義の時代から現代までの政治・経済を中心とした歴史の展開を

理解する∫15構成となっている。

 新学習指導要領世界史Aの内容構成を構造図で示すと次のようになる。

〈大項目〉

(3)

(2)

新学習指導要領「世界史A」の内容構成

オ 持続可能な社会への展望

工 地球社会への歩みと課題

ウ 三つの世界と日本の動向ア 急変する人類社:会

イ 世界戦争と平和

ウ  ヨーロッパ・アメリカの工業化と国民形成 エ アジア諸国の変貌と近代の日本

イ 結び付く世界と近世の日本

ア ユーラシアの諸文明

<世紀・年代>

      21

      1970-

      1 945一一

     1 9t-20

      19

     16n“18

     前近代

(1) ア 自然環境と歴史  イ 日本列島の中の世界の歴史

〔佐伯眞人・澁澤文隆・原田智仁編著,前掲書,p,20をもとに筆者作成〕

 世界史Aの内容構成の特徴としては「文明史的な構成及び世界の一体化の過程を重視した構成」

をあげて,「前近代においても諸地域世界が決して孤立していたのではなく,相互の接触と交流を通

じて海域や内陸のネットワークを形成したことに触れるとともに,16世紀以降になると諸地域世界

一22一

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は交易や植民により結合の度合いを強め,19世紀以降は世界市場の形成により地球規模での構造的

一体化をもたらしていることを把握させる」*1‘’ために,世界史を動態的かつ構造的に把握できるよ

うに内容構成を工夫している点があげられている。

(2)世界史Bの近代史構成

次に新学習指導要領世界史Bの内容のうち,近現代史にあたる部分を示す。

(4)諸地域世界の結合と変容

  アジアの繁栄とヨーロッパの拡大を背景に,諸地域世界の結合が一層進展したこととともに,

 主権国家体制を整え工業化を達成したヨーmッパの進出により,世界の構造化が進み,社会の

 変容が促されたことを理解させる。

 ア アジア諸地域の繁栄と日本

   西アジア・南アジアのイスラーム諸帝国や東南アジア海域の動向,明・清帝国と日本や朝

  鮮などとの関係を扱い,16世紀から18世紀までのアジア諸地域の特質とその中での日本の

  位置付けを理解させる。

 イ ヨーロッパの拡大と大西洋世界

   ルネサンス,宗教改革,主権国家体制の成立,世界各地への進出と大西洋世界の形成を扱

  い,16世紀から18世紀までのヨーロッパ世界の特質とアメリカ・アフリカとの関係を理解

  させる。

 ウ 産業社会と国民国家の形成

   産業革命,フランス革命,アメリカ諸国の独立など,18世紀後半から19世紀までのヨー

  ロソバ・アメリカの経済的,政治的変革を扱い,産業社会と国民国家の形成を理解させる。

 工 世界市場の形成と日本

   世界市場の形成,ヨーロッパ諸国のアジア進出,オスマン,ムガル,清帝国及び日本など

  アジア諸国の動揺と改革を扱い,19世紀のアジアの特質とその中での日本の位置付けを理解

  させる。

 オ 資料からよみとく歴史の世界

   主題を設定し,その時代の資料を選択して,資料の内容をまとめたり,その意図やねらい

  を推測したり,資料への疑問を提起したりするなどの活動を通して,資料を多面的・多角的

  に考察し,よみとく技能を習得させる。

(5)地球世界の到来

  科学技術の発達や生産力の著しい発展を背景に,世界は地球規模で一体化し,二度の世界大

一 23

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戦や冷戦を経て相互依存を一層強めたことを理解させる。また,今日の人類が直面する課題を

歴史的観点から考察させ,21世紀の世界について展望させる。

ア 帝国主義と社会の変容

  科学技術の発達,企業・国家の巨大化,国民統合の進展,帝国主義諸国の抗争とアジア・

 アフリカの対応,国際的な移民の増加などを理解させ,19世紀後期から20世紀初期までの

 世界の動向と社会の特質について考察させる。

イ ニっの世界大戦と大衆社会の出現

  総力戦としての二つの世界大戦,ロシア革命とソヴィエト連邦の成立,大衆社会の出現と

 ファシズム,世界恐慌と資本主義の変容,アジア・アフリカの民族運動などを理解させ,20

 世紀前半の世界の動向と社会の特質について考察させる。

ウ 米ソ冷戦と第三世界

  米ソ両陣営による冷戦の展開戦後の復興と経済発展,アジア・アフリカ諸国の独立とそ

 の後の課題,平和共存の模索などを理解させ,第二次世界大戦後から1960年代までの世界

 の動向について考察させる。

エ グローバル化した世界と日本

  市場経済のグローバル化とアジア経済の成長,冷戦の終結とソヴィエト連邦の解体,地域

 統合の進展,知識基盤社会への移行,地域紛争の頻発,環境や資源・エネルギーをめぐる問

 題などを理解させ,1970年代以降の世界と日本の動向及び社会の特質について考察させる。

オ 資料を活用して探究する地球世界の課題

  地球世界の課題に関する適切な主題を設定させ,歴史的観点から資料を活用して探究し,

 その成果を論述したり討論したりするなどの活動を通して,資料を活用し表現する技能を習

 得させるとともに,これからの世界と日本の在り方や世界の人々が協調し共存できる持続可

 能な社:会の実現について展望させる。

 前節でも述べたが,世界史Bの近代史構成においては,近代の開始は現行版と同様に16世紀の大

航海時代からとなっている。16世紀以降の内容酒戒については「世界史A」と共通点が多く,世界

の一体化の動きを構造的に把握させる構成となっている。また,今回の改訂では主題学習が大項目ご

とに設定され,生徒が興味関心を強く持って,主体的に授業に参加することで歴史的思考力を培うよ

うな指導の実践が明示され,かつ徹底されている。

 近現代構成のなかでもっとも大きな動きが,大項目「(5)地球世界の到来」のなかの中項目「ア

帝国主義と社会の変容」である。この項目は現行学習指導要領においては,大項目「(4)諸地域世

界の結合と変容1の終わり,つまり近代の終わりに位置づけられ,現代の始まりは第一次世界大戦で

一24一

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あったが,今回の改訂で帝国主義が現代の始まりへと変更されている。序章でも述べたが,ロシア革

命からソ連崩壊までを,いわゆる“短い20世紀”と規定したのがE.ホブズボームであり,現行版は

その時代区分で現代史を構成していた。しかし社:会主義の退潮が明らかとなった現在では政治イデオ

ロギーに縛られない歴史の見方が必要であろうし,「資源エネルギー問題,地球環境問題,民族問題

などの今日的諸課題について,その起源に立ち返りながら歴史的に考察することが求められている。」

*17

サこで現代世界の特徴が出現し始めた帝国主義時代を現代の始まりとする“長い20世紀”の概念

によって20世紀の歴史を解釈し,それを通じて新しい21世紀の在り方を考察することも可能にな

ると考える。帝国主義の扱いの詳細については後述する。

 新学習指導要領世界史Bの内容構成を構造図で示すと次のようになる。

〈大項目〉

(5)

新学習指導要領「世界史B」の内容構成

オ 資料を活用して探究する地球世界の課題

工 グ ロ 一 バ ル 化 し た 世 界 と 口 本

ウ 米 ソ 冷 戦 と 第 三 勢 力

イ 二 つ の 世 界 大 戦 と 大 衆 仕 会 の 出 現

ア 帝 国 主 義 と 世 界 の 変 容

<世紀>

   21

 20

19後半

(4)

ウ 産業社会と国民形成の形成 工 世界市場の形成と日本套’1tこり・  み 鯉、 の

イ ヨー一一 mッパの拡大と大西洋世界 ア アジア諸地域世界の繁栄と日本

(3)

(2)

ア成

イスラーム世界の形

  ]一一一一

イヨーロッパ世界の形成

エ  i生目  、一=

q

ア西アジア・地中海世界イ 南アジア世界の形成

工   、 日    、

ウ 内陸アジア世界の動向と

    諸地域世界

ウ 内陸アジア・東アジア世

  界の形成

 19

16一一18

 15

 13

5一一9

(1) ア 自然環境と人類のかかわり イ日本の歴史と世界の歴史のつながり ウ 日常生活にみる世界史

〔佐伯眞人・澁澤文隆・原田智仁編著,前掲書,p.45をもとに筆者作成〕

一25一

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2.新学習指導要領における「帝国主義」の扱い

(1)世界史Aにおける帝国主義の位置づけ

 前述したように,新学習指導要領世界史において帝国主義は大項目「(3)地球社会と日本」のなか

で扱われるようになった。まず中項目「ア 急変する人類社会」で現代仕会の基本的特徴である科学

技術の発達や企業・国家の巨大化,国際的な移民の増加,マスメディアの発達など地球規模で.一体化

した構造をもつ現代世界の特質を理解させ,19世紀後期から20眈紀前半までの社会の変化について

人類史的視野から考察させることとしている。

 新学習指導要領『解説』は,この中項目アについて次のように詳細に解説している。

 ここでは,19世紀後期から20世紀前半までの世界を扱い,科学技術の発達や高度化を背景とし

た社:会の急激な変化を理解させ,それ以前とは性格の異なる新しい社会が出現したことについて人

類史的視野から考察させる。

 まず,欧米や目本では,19世紀後期から20世紀初期にかけて第二次産業革命が進行し,産業構

造が大きく変化することによって企業が巨大化し国家の役割が1・曽大したことに着目させるととも

に,公教育が普及し国民統合が進展したことを理解させる。

 次に,ヨーロッパから南北アメリカやオセアニアへの大規模な移住がみられたことや,中国や南

アジアからも大量の移民労働者が世界の労働力市場に供給されたことを理解させる。また,鉄道・

船舶の改良や自動車の登場によって人や物の移動の範囲が拡大し,移動の速度や移動する量が増す

とともに,電信・電話などの通信手段,雑誌等の出版物,新聞・ラジオなどのマスメディアという

新たなコミュニケーション網が発達したことにも着目させる。

 また,このような社会の変化を背景として,欧米や日本に大衆社会が出現し,普通選挙権の拡大

により大衆の政治参加への道が開けたことを理解させるとともに,かつては貴族など一部の人々だ

けが享受していた芸術や娯楽が大衆化していったことにも触れる。このような社会を可能にしたの

が,大量生産・大量消費社会の登場による新しい生活様式の確立であったことに気付かせる、Hl

 ここでは「科学技術の発達や高度化を背景とした社会の急激な変化」は19世紀後期,すなわち帝

国主義時代に進展した現象であること,そして企業の巨大化や移民,情報化や大衆社会の出現など社

会史的な事象を扱うことによってこの時代を理解させる方針が明示されている。

 さらに中項目「イ 世界戦争と平和」では,「帝国主義諸国の抗争とアジア・アフリカの対応」の

一26一

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なかで帝国主義を理解する展開となっている。帝国主義諸国の抗争は,現行版までは直接触れられて

はこなかったが,今回の改訂では内容として明記されている。

 新学習指導要領『解説』では,この中項目イのなかで帝国主義に関して次のように触れている。

 ここでは,19世紀後期から20世紀前半までの世界を扱い,帝国主義諸国の抗争とアジア・アフ

リカの対応,二つの世界大戦を中心に理解させ,国際政治の動向と平和の意義について考察させる。

 まず,欧米諸国は工業製品の市場や資本の輸出先,資源確保のためにアジア・アフリカなどに進

出し,軍事力を背景に植民地獲得や勢力圏拡大の競争を繰り広げたことを理解させる。欧米諸国の

進出に対して,アジア・アフリカでは,次第に民族意識が醸成され,各地で様々な対応が起こった

ことを理解させる。日本に関しては,日清戦争,日露戦争がこのような世界情勢の中で行われたこ

とに着目させるとともに,この時期に近代産業が成立したことや不平等条約の改正に成功したこと

にも触れる。

 ここでは政治・経済面から帝国主義の時代を理解する展開となっていて,後述する世界史Bの記

述と共通する部分が多い。またこの時代における日本の役割を明確にしている点が特徴的である。

(2)世界史Bにおける帝国主義の位置づけ

 前述したように,新学習指導要領では帝国主義の位置づけが従前の「近代の終わり」か

ら「現代の始まり」に変更された。現行版・新版の学習指導要領それぞれの帝国主義につ

いての記述は前節で示したが,中項目の記述で「列強による植民地化獲得競争とアジア・

アフリカの対応,世界の一体化と社会の変容」について触れている現行版に対して,新版

ではこれに加えて「科学技術の発達,企業・国家の巨大化,国民統合の進展,国際的な移

民の増加」など社会史的事象が盛り込まれている。次に現行版・新版それぞれの学習指導

要領『解説』を比較する。

一27一

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現行学習指導要領『解説』

 ここでは,19世紀後期から20世紀初期にか

けての列強の世界分割をめぐる競合と,アジア

・アフリカの対応を扱い,帝国主義時代の世界

の一体化と社会の変容を理解させる。

 まず,19世紀後期の欧米では,重化学工業部

門を中心として第2次産業革命が起こり,企業

の集中と資本の集積により独占資本の形成が進

んだことを把握させるとともに,工業製品や資

本の輸出先を求めてアジア,アフリカ,オセア

ニアなどに進出し,植民地獲得や勢力圏拡大の

競争を繰り広げたことを理解させる。また,交

通・運輸・通信の急速な発達が世界の一体化を

促し,世界各地で社会が急速に変容したことに

着目させる。特に,19世紀後半には,人口の急

増を背景にして,ヨーロッパから南北アメリカ

やオセアニアへの大規模な移住が見られたこと

や,中国や南アジアから大量の移民労働者が世

界の労働力市場に供給されたことをとらえさせ

る。

 次に,アジア・アフリカ諸国の多くが欧米列

強によって植民地ないし半植民地化される中で,

日本がいち早く近代的諸制度を取り入れて国力

を増強し,不平等条約の改正に成功するととも

に,列強の一員としてアジアへの勢力の拡張に

加わったことを把握させる。他方,列強の支配

を受けた諸国では,次第に民族意識が覚醒し,

ロシア第一革:命や日露戦争を機に各地で民族の

解放・独立を目指すナショナリズムの運動が展

開されていったことを把握させる。このように,

帝国主義時代の世界の一体化は,欧米を中心と

する資本主義列強がその経済力と軍事力で世界

を分割,支配することにより達成されたことを

理解させる。*19

新学習指導要領『解説』

 ここでは,19世紀後期から20世紀初期まで

の世界を扱い,工業化の進展に伴う国家・社会

の変化を理解させ,帝国主義時代の世界の動向

と社会の特質について考察させる。

 まず,19世紀後期の科学技術の発吐〃,欧米

諸国において重化学工業部門を中心とした」二業

化の進展を促し,人々の生活を急速に変容させ

たことについて考察させる。そして,欧米諸国

では,第二次産業革命の進展によって,企業に

よる寡占化と資本の集中・集積が進んだことを

把握させる。その結果,欧米諸国が工業製品や

資本の輸出先を求めて世界各地に進出し,同時

に国家の予算規模を拡大し軍事力を強化すると

ともに植民地や勢力圏の獲得競争を繰り広げた

ことを理解させる。このような動きの中で,欧

米諸国では,公教育や軍隊制度を通じて国民意

識が醸成されたことに着EIさせる。美た,それ

らの諸国の支配を受けたアジア・アフリカでは,

次第に民族意識が覚醒し,各地で民族の解放・

独立を目指すナショナリズムの運動が展開され

ていったことを理解させる。

 日本に関しては,日清戦争,日露戦争がこの

ような世界情勢の中で行われたことに着目させ

るとともに,この時期に近代産業が成立し,不

平等条約の改正に成功したことにも触れる、,

 また,世界的な労働力の必要性が,交通・運

輸・通信の急速な発達とあいまって,人々の国

際的な移動を急速に拡大させていったこ、ヒに着

目させる。19世紀後半には,ヨーロッパからア

メリカやオセアニアへの大規模な移住が見られ

たことや,中国や南アジアなどから移民労働者

が大量に世界の労働力市場に供給されたことを

理解させる。また,この時期,日本でも,ハワ

イやアメリカへの移民が始まったことに触れる。

*ユlI

一28一

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 冒頭で,現行版の「列強の世界分割をめぐる競合と,アジア・アフリカの対応」という

文言が新版では削除され,「工業化の進展に伴う国家・社会の変化を理解させ」という文

言に替わっている。ここかち「帝国主義;支配・被支配の関係」といった構図よりも,「社

会の変化」に視点を移している印象を受ける。

 現行版では第2次産業革命の進展による独占資本の形成及び欧米列強による植民地獲得

競争といった記述にみられるように,経済的・政治的な面から帝国主義を捉えている。ま

た,「交通・運輸・通信の急速な発達」や,「移民」など「ヒトやモノ」の移動を切り口に

近代世界を捉えようとする工夫がなされている。

 これに対して新版では,「科学技術の発達」が工業化や人々の生活の変容をもたらした

という新たな視点が設けられている。もちろん第2次産業革命による欧米列強の植民地争

奪について触れられている点は現行版と同じであるが,「欧米諸国では,公教育や軍隊制

度を通じて国民意識が醸成されたことに着目させる」としてより国民国家や国民意識の形

成を具体的に考察させる内容となっている。さらに植民地支配によるナショナリズムの展

開に触れるなど,一元的な歴史の見方を克服して,世界の一体化が完成していく展開を捉

えさせる視点は現行版から継続されている。

 次に日本の取り扱いについては現行版の「列強の一員としてアジアへの勢力の拡張に加

わったことを把握させる」が新版では削除されるなど記述は少なくなっているが,近代化

して「不平等条約の改正に成功」した日本について触れるという点は変わっていない。

 現行版ではこのあとにナショナリズムの展開について触れられているが,新版ではここ

で前述の「交通・運輸・通信の急速な発達」や,「移民」など「ヒトやモノ」の移動につ

いて触れられるなど記述位置に若干の異同が見られる。

 さらに現行版では「帝国主義時代の世界の一体化は,欧米を中心とする資本主義列強が

その経済力と軍事力で世界を分割,支配することにより達成されたことを理解させる」と

締めくくっているのに対して新版ではこの文言は完全に削除されている。帝国主義の位置

づけの変更は,現代の捉え方そのものに変更が加えられていることを指し示している。

一29一

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第3節  「帝国主義」に関する先行授業実践の分析

 ここでは,これまでに発表・公表された帝国主義に関連する高等学校世界史の授業実践を収集して

分析し,さらに国立教育政策研究所がおこなった「高等学校教育深程実施状況調査」の結果から,

高校世界史における帝国主義の授業の現状と課題を明らかにする。

1.先行授業実践の概要

(1)鈴木顕定「オオカミと先住民と子ども一帝国主義の時代一」’21

 鈴木氏は帝国主義時代を「資本制世界システムによる世界の一体化が完成する時代」で

あると捉えているが,これまでの授業の骨子(下表)では「システムの中枢における『豊か

な』社会がシステムの周縁の人々の搾取と犠牲の上に成り立っているというしくみと,そ

こから生まれる対立の構図は提示できるとしても,システムのll=枢と川縁に人々がどう連

帯し共生できるのかといった展望はひらけてはこない」ため,「帝国主義を支える価値観

の把握とそれを乗りこえる方向を示す」ことをねらいとして6時間の授業を提案している。

〔授業の骨子〕

①帝国主義のしくみ

②システムの中枢  階級対立が激化するが,「多くの社会問題を解決するためには,

 植民地の開発あるのみ」(ジョセブ=チェンバレン)という論理による侵略政策,中間

 層の出現,民主的諸改革により,労働者階級も体制内化する。

③システムの周縁

 中枢の諸国による従属化・植民地化に対して,さまざまな階級の人々が,それぞれ改

 革や抵抗・革命を試行錯誤する。

④中枢の諸国間の対立と中枢の諸国に対する周縁の人々の民族運動が重なり合い,国際

 的緊張が高まり,第一次世界大戦にいたる。

一30一

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1時間目 荒廃の獣(人間とオオカミ 1)

T 『シートン動物記』びオオカミ王ロボを紹介し,アメリカの人々と連邦政府によるオ

 オカミ全滅の事実とその歴史経過を説明。

T なぜ,合州国の白人はオオカミを全滅させたのか。

S 人間や家畜を襲うから。

T オオカミの食料源であったバイソンを人間が乱獲したことによる,やむを得ない生存

 手段であった。パリー=ロペス*によれば,度を超したオオカミに対する殺鐵の背景には,

 オオカミ殺しが「荒野の開拓を象徴する行為」であり,オオカミこそ「進歩を脅かすも

 の」という考えがあった(セオドア=ローズヴェルトは「荒廃の獣」と呼んだ)。

*高名なネイチャー・ライター。著書に『オオカミと人間』(草思社,1984)オオカミを通

して人間の獣性を追究。

2時間目 聖なる獣(人間とオオカミ 2)

T 白人から狼と同じイメージを持たれていたのはどんな人々だろうか。

S インディアン。

T 白人によるオオカミとインディアンの同一視は植民地時代の早くから形成されきたこ

 とが資料から推察できる。白人はインディアン征服のためにバイソンを絶滅させたが,

 オオカミは頑強に抵抗した。

T インディアンは白人のことをどう考えていたのだろうか。

T 1870年生まれのスー族の酋長レッド=:フォックスは,インディアンは決して不必要な

 自然破壊や動物の殺鐵をしなかったのに「野蛮」という言葉を向けられ,「自分自身を

 教養の高いキリスト教徒であると思い込んでいる人々の実際の振る舞いに当惑を感じさ

 せられる」と述べている。

T インディアンは白人のことをどう考えていたのだろうか。

T オオカミはクマやピューマなどの動物とともに神話に登場する。インディアンは生き

 物の相互依存に深い理解を持ち,「オオカミが宇宙と一体であるkうに自分もまわりの

 環境と一体となることを願った」。

T 次の文中の空欄にはどんなことが書いていると思う?

一31一

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「両者がたいへんよく似ているように思われたので,彼ら〔白人の植民者〕はインディ

アンとオオカミを,同様なやり方で扱いはじめた。オオカミのために毒入りの肉を用意

し,インディアンには天然痘の病菌で汚染された毛布を与えた。オオカミのねぐらを襲

い,幼獣を探し出して殺し,インディアンの子供を取り上げて,[======]をした。

※答えは保留したまま進む。

3時間目 福祉と進歩のために

T 帝国主義時代に,オオカミやインディアンのように白人が野蛮だと考えていたのはど

 んな人々だろう。

S アジアやアフリカの人々。

T アメリカ合州国のフィリピン侵略を例に考えよう。マッキンリー大統領はフィリピン

 併合を「神の恵み」による「フィリピン人民の福祉と進歩」と正当化した。侵略に対

 する抵抗にはインディアンの時と同様「皆殺し作戦」がとられ,20万とも60万とも

 言われる死者を出した。

T インディアンと違ってフィリピン人には安い労働力として使われるための公立学校制

 度が導入された。工業と自治の面での「改善」という目的のほか,「民衆の沈静化」の

 ために「教育による平定化」が進められた。

T 2時間目の答えは「宣教師の建てた学校に送り,再教育」が入る。

4時間目 強制収容所としての学校

T 白人はインディアンに対してはどのように支配したのだろうか。合州国政府は土地付

 与法を定めて自営農化をはかり,義務教育も始めて同化政策に転換した。これらの政

 策は結果としてさらにインディアンの土地を奪い取り,インディアン社会解体に拍車

 をかけた。現在でもこれらの政策は続いている。

T インディアンにとって学校は強制収容所と同じ意味を持つという。私たちにとって学

 校は当たり前の存在だが,学校のない社会の人々にとって学校はどう見えるのだろう。

 南米のマチゲンガという村の学校を紹介した資料からは,①点数で評価するという考

 えがない,②時計がないので授業時間はいいかげん。③いじめられつ子もいないしハ

 ンディキャップを負った子も対等に扱われる。

一32一

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T 私たちの学校では数量で評価することがあたりまえなので,ハンディキャップを負っ

 た子供たちを切り捨ててしまえるのかもしれない。

5時間目 小さな野蛮人の文明化

T マークートゥエイン『トム=ソーヤーの冒険』は公教育制度が広まりつつある時代に出

 版された。

T 合州国ではなぜ公教育制度が成立したのだろうか。

S 19世紀半ばの労働者の様子を示す資料からは,「決められた時間を機械のように休ま

 ず働く」仕事ぶりはうかがえない。「アメリカ国民教育の父」ホレース=マンは教育が

 高収益の固定資本に類似しており,教育のための課税は有利な投資であると主張した。

 学校が制度化されていく契機は「工業的な刺激を教え込む」ことにあった。学校制度

 は合州国の労働者に対する「平定策」としての役割を負わされていた。

6時間目 トム=ソーヤー宣言

T 資料「マーク=トウェインの帝国主義批判」には,各民族には固有の価値観があると

 いう認識と,白人社会を支える「数量化された価値観1への疑問,そして放量化でき

 ない価値観に支えられた社会への共感と愛着がある。

            ※筆者註:上記1~6時間の授業は全て筆者が加筆・修正した。

以上,6時間の授業を表にまとめると次のようになる。

1 「荒廃の獣(人間とオオカミP)」

合衆国におけるオオカミ絶滅の歴史経過から白人のオオカミ観を理解ウせ,白人の思想について考えさせる。

2 「聖なる獣(人間とオオカミQ)」

白人のオオカミとインディアンに対する認識の比較から,白人の人種マや自然に対する見方・考え方について考察させる。

3 「福祉と進歩のために」 アメリカのフィリピン征服から白人のアジア・アフリカ観を理解さケ,公立学校制度が有色人種支配にどう関わっていたを考察させる。

4 「強制収容所としての学校」 公教育制度が果たした歴史的な役割について理解させ,さらに学校の

カ在やその在り方についても考察させる。

5 「小さな野蛮人の文明化」 合衆国における公教育制度成立の背景から,学校制度が帝国主義時代

フ社会で果たした役割について考察させる。

6 rトム=ソーヤー宣言」 資料「マー=トウェインの帝国主義批判」から民族固有の価値観を理

�ウせ,白人社会を支える「数量化された価値観」を考察させる。

一33一

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 6時間の授業全体が,世界システム論の中核一周辺の関係を基底として,白人による有

色人種支配という側面から帝国主義時代を支える論理と価値観を把握させる展開であり,

支配一従属の関係を社会面で掘り下げ,強調したものとなっている。

 1・2時間目の授業で紹介されたオオカミに対する白人の憎悪ともとれる感情は,古代

ゲルマンや中世ヨーロッパの社会などの影響を推測させ,興味深い。中世ヨーロッパ社会

など,他の授業にも援用できる可能性がある。3・4時二目の授業で公教育がインディア

ンやフィリピン人たちに果たした役割について考察させることは,帝国主義の時代に公教

育制度が発達してきた歴史的背景を捉えさせる適切な題材である。5時間目の学校制度の

普及は工業的な発展を背景としていたという視点は帝国主義時代を理解する上でも示唆に

富んだものである。ただし,内容がやや抽象的に過ぎて,高校生にはやや難解かもしれな

い。ここはもう少し噛み砕いてわかりやすくする工夫が必要であろう。6時間目ではマー

ク=トウェインの帝国主義批判をもってこれまでの5時間のまとめとしている。白人の価

値観への疑問と非白人社会への共感からの批判を示すことによって,生徒に帝国主義時代

から始まり現代社会にも続く矛盾や問題点を解決する方向性を指し示している。

 全体的に「帝国主義時代の価値観把握とそれを乗りこえる方向を示す」という目標は概

ね達成されているように思われる。最後に鈴木氏はこの授業が「帝国主義時代のまとめで

あると同時に20世紀の歴史への序」であり,「20世紀の歴史は帝国主義を覆し,乗りこ

える価値観と思想が中枢と周縁でどう創造されていくかを柱に据えることになる。1と結

んでいる。帝国主義を過去の一・時代として扱うのではなく丁丁の出発点として見直し,そ

の上で中核一周辺の関係を覆し,乗りこえるための価値観と思想はどうあるべきかを考え

させようとしている。これは現代の始まりとしての帝国主義時代を捉えようとする点にお

いて,本論文のテーマと合致している。

 また世界システム論によって同時代的に世界を把握し,その時代に生きた人々の考え方

や意見を相対化して考えさせよう工夫が特徴的である。ただし,世界システム論が高校生

の教育に果たして有効なのか,西欧中心的ではないかといった教育現場の議論もある。’22

一34一

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(2)佐藤信弥「『アメリカを動かすのは,私だ』アメリカの帝国主義成立とモルガン財閥ゴ3

 佐藤氏は「南北戦争後,経済力を発展させ巨大金融資本が成立していく過程を,モルガ

ン財閥の例を通して,アメリカ合衆国の帝国主義の成立過程をとらえたい。」として次の

授業を提案している。

 授業の展開

〈アメリカの財閥>

T アメツカの財閥にはどんなものがあるだろうか。

S ロックフェラー財閥。

T 他にもフォード,メロン,デュポンなどがある。モルガン財閥は知っている?。

S くわしくは知らない。

T モルガンは,他の財閥の企業にも多額の投資をおこなっている。これらの財閥の多く

 が19世紀から20世紀の初めにかけて,成長した。

S モルガン財閥は銀行みたいで変わっている。

T 財閥の成立過程は製造企業を出発点にしているものと金融業を出発点としているもの

 という二つの系統に分けられる。モルガン財閥を例に,アメリカの帝国主義成立の歴史

 について考えてみたい。

〈モルガン財閥の成立とアメリカの帝国主義成立過程>

T モルガン財閥成立過程の説明(起業から鉄道大連合の組織まで)

S モルガンは資金調達をどのような方法でおこなったのか。

T モルガン財閥が投資銀行となっていく過程を説明(相手企業に資金融資後,相手企業

 の株式発行を引受て利益をあげるマーチャント=バンカーから,それがさらに巨大化し

 て相手企業に役員を派遣して経営に参加する投資銀行へ)。

S なぜモルガンは鉄道会社を投資先に選んだのだろう。

T 南北戦争直後は大きな資金を必要とする産業は鉄道しかなく,金融業者は距離を求め

 て鉄道に投資した。モルガンは主要幹線鉄道の65%を支配していた。

S モルガンが鉄道以外の産業に投資を始めるのはいつから?

T 20世紀初頭にカーネギースティールを買収,企業合同によって,当時のアメリカの

 製鋼生産高の66%をしめるUSスティールを設立した。

一35一

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S それは銀行資本と産業資本が結合して金融資本が誕生したということですか?

T 帝国主義を経済から見た場合,金融資本の成立が最大条件であり,多くの財閥が銀行

資本と手を結んで世界的な経営戦略を始めたのが20世紀の初めであった。

S 政治や外交の面で帝国主義を示す出来事はあったのですか?

T 1898年の米西戦争が代表的でフィリピン・グアム・プエルト=リコを獲得し,世界再

分割にのりだしていく。

S モルガン財閥のその後の歴史は?

T 初代モルガンは1913年になくなり,息子が後をついでゼネラルモーターズを買収す

るなど発展した。現在財閥の中心はモルガン=スタンレー,モルガン=ギャランティ,バ

ンカーズ=トラストという三つの金融機関で,各企業を支配・結合している。

〈授業のまとめ〉

モルガン財閥の歴史がアメリカ帝国主義の歴史である。初代モルガンがクリーブランド

大統領を屈服させた資料から19世紀末から20世紀初頭にかけての巨大金融資本がアメリ

カ帝国主義の支えとなっていた。現在もモルガン財閥は巨大多国籍企業を支配し,アメリ

カ政府の支えとなっている。

※筆者註=授業の展開及び授業のまとめは全て筆者が加筆・修正をおこなった。

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一36一

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 モルガン財閥の歴史をアメリカ帝国主義の歴史ととらえ,具体例を用いることで抽象的

な概念である帝国主義時代のイメージを生徒が実感をもって形成する展開となっている。

政府を自在に操るほど巨大な力を持った帝国主義時代の財閥は,今日の多国籍企業の雛形

であり,現代社会における企業の存在と社会に与える影響について,帝国主義時代の財閥

と比較考察することも可能であろう。

 佐藤氏の授業では帝国主義時代の考察が経済面のみであり,政治面・社会面への広がり

がほとんどない。帝国主義時代の巨大金融資本が当時のマスコミにどのように報道されて

いたのかがわかる資料や,現代の巨大多国籍企業と比較した資料などをあればより生徒の

理解が深まり,「長い20世紀」をとらえることができると考える。

(3)綿引弘「帝国主義と帝国主義戦争」’24

 綿引氏は帝国主義の授業のための資料として幸徳秋水,レーニン,セシル=ローズ,ア

メリカの膨張主義についてそれぞれの資料を紹介し,そのねらいと扱い方を提示している。

ここでは資料は割愛して,「資料のねらいと扱い方」のみ次に示す。

国幸徳秋水の「二十世紀之怪物帝国主義」

 1910年の大逆事件で処刑された幸徳らが1901年に発表したもので,帝国主義研究とし

ては世界的にも最も早いものの一つであった。

回レーニンの「帝国主義論」

 帝国主義のもっとも広い意味では古代ペルシア人国家,アレクサンドロスの国家,ロー

マ帝国,イスラーム帝国,神聖ローマ帝国,16世紀のイスパニアの国家活動などがあげ

られる。これらと19世紀後半の欧米列強の植民地獲得などの現象が類似しているところ

がら帝国主義と呼んでいる。

 帝国主義という名称はディズレイリの言葉「帝国主義的団結」から生じたものといわれ

る。幸徳やホブソン以来帝国主義研究がなされてきたが,レーニンの「帝国主議論」に示

された定義が現代まで基本的なものと見なされている。レーニンは弾圧を避けるため政治

・社会面での叙述を避け,経済面に重点を置いた分析をせざるを得なかった。

一37一

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回セシル=m一ズの帝国主義的領土拡大構想

 「できれば月や星までイギリスの植民地にしたい」と発言したセシル== m一ズは典型的

な帝国主義者で,南アのアパルトヘイトも彼の帝国主義的政策の延長である。

巨]アメリカの膨張主義

 19世紀後半から帝国主義政策に転じたアメリカ上院議員A=J=ビーバリッジの演説。彼

やセシル=ローズが望んだ帝国主義的膨張策は必ず植民地獲得や再分割をめぐる帝国主義

戦争を生む。

       ※筆者註:資料のねらいと扱い方は全て筆者が加筆・修正をおこなった。

 綿引氏はこのほか展開の工夫として,帝国主義を擁護する思想どして「文明化の使命論」

を取り上げ,日本のODAにもこの思想があるという批判を紹介して日本の外国援助の在

り方を考察する提案をしている。また「関連するエピソード」としてドイツの作家エーリ

ヒ=ケストナーの,1945年4月8日の日記の記述「18世紀は季節戦争 19世紀は前線戦

争20世紀は全体戦争」を紹介している。

 資料の提示とそのねらい・扱い方を授業案であるが,資料を順番に扱っていけば授業が

展開されるしくみになっている。まず帝国主義の概念について触れ,具体的な例としてセ

シル=m・一一ズと米国上院議員の言葉から,帝国主義国家では戦争が不可避であることを考

察させる展開となっている。

 幸徳秋水は帝国主義について独自の批判的分析を展開し,今なお多くの研究者による発

表が続けられていることや,レーニンによる『帝国主義論』は現代においても最大級の帝

国主義概念の根拠であることがこの授業案には示されている。またアメリカ上院議員A=J=

ビーバリッジの演説は,19世紀末から20世紀初頭にかけて,世界再分割に乗り出したア

メリカ帝国主義の一面を象徴した具体的な資料である。

一38一

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(4)中山義昭「帝国主義と世界大戦の時代(その1)」’25

 中山氏によれば,帝国主義の時代の授業は「独占資本成立・金融寡頭制,資本の輸出な

どの経済的特徴から入り,ついでヨーロッパ諸国の動き,世界分割とそれに伴う抵抗を扱

うのが一つの方法であった」が,帝国主義の時代は「世界分割の完了から再分割のための

戦争が準備される時代」であり,「体制に抵抗する側を抑圧,分断,懐柔することによっ

て成立する」として以下の20時間の授業プランの要旨を提示している。

1)スーダンのマフディー国家とベルリン会議

 アフリカの人々の意志とは無関係に列強による分割がおこなわれた。

2)「20世紀は1900年から始まる?」 一 日本人学徒の見た1900年の世界

 独皇帝の意志で20世紀の開始とされた1900年は世界再分割開始を告げる事件が多発。

3)「赤い夕日に照らされて」 一 日露戦争

 日露戦争は帝国主義時代の特徴を明確に示す戦争であった。

4)働く農民に土地を 一 メキシコ革命(1910~17年)

 サパタの「アヤラ綱領」は,アシエンダ制廃止と土地分配を示し,憲法に結実した。

5)サラエボの銃弾

 ユーゴの民族問題を整理するのは難しいが,帝国主義との関連で見直す必要がある。

6)「われわれは祖国を見捨てない」 一 第一次世界大戦と社会主義者

 第2インターは大戦が勃発するとそれまでの態度を翻し,戦争賛成の立場に立った。

7)「三つの約束」 一 パレスティナ問題の起源

 イギリスの「二枚舌外交」が,パレスティナ問題を生み出した。

8)「パン・平和・自由・土地」 一 1917年のロシア革命

 ①ロシアは帝国主義の矛盾がもっとも集中的に現れた

 ②革命を指導するボリシェヴィキの存在。

 ③ロシア民衆の要求を実現しようとしたボリシェヴィキとレーニンが権力を掌握。

 ④レーニンは西欧諸国での社会主義革命を期待した。

9)「独立万歳」 一 三・一独立運動(1919年)

 日本の植民地支配の実態と独立運動の展開,弾圧を批判した日本人。

10)「ウィルソンか,レーニンか」 一 ベルサイユ体制

 ウィルソンの14ヵ条とベルサイユ体制の特徴(①ロシアに敵対する体制,②ドイツσ)犠

牲で資本主義を再編,③アジアの独立は無視)

一39一

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11)「オンリー・イエスタディ」 一 アメリカの繁栄(1920年代)

 1920年代のアメリカの繁栄と世界恐慌

12)「八つのテスト」 一 1930年代の世界

 ①日本の満州占領,②独の再軍備宣言,③伊のエチオピア侵略,④独のラインラント進

駐,⑤スペイン内戦,⑥盧溝橋事件,⑦独の填併合,⑧独のチェコ併合 以上の8回のテ

ストにソ連はすべて断固として反対したが,西欧民主主義国は責任を回避した。

13)「なぜエチオピアに学ぼうとしないのか」 一 中国の抗日統一戦線

 朱徳は国民党の兵士に対しエチオピアの例にならおうと呼びかけ,西安事件が起こる。

14)「ノー・パサラン(奴らを通すな)」 一 人民戦線とスペイン内戦

 スペイン内戦はファシズムと民主主義の国際的な対決の場であった。

15)「二つの裏切り」 一 ミュンヘン協定と独ソ不可侵条約(授業例)

16)恐怖のアウシュビソツ 一 ポーランドの悲劇

 ポーランドは第二次大戦で人口(3400万)の18.50/。(628万)の死者を出した。

17)黒人兵は別の場所に埋めよ 一 第二次世界大戦とアフリカ

 第二次世界大戦ではアフリカの黒人も労役を課されたり,兵士として参加させられた。

18)「戦争の正しい終結を求める」 一 ユーゴのパルチザン

 ユーゴでは独力でパルチザンが独軍を撃退したが,連合国による分割が話されていた。

19)原爆はなぜ投下されたか 一 ヤルタ・ポツダム・原爆

 原爆投下は冷戦の最初の大作戦であったという指摘と,日本支配下の人々の認識

20)「われわれは日本から独立を奪い返した」 一 ベトナム独立宣言

 ベトナムの独立宣言にかかれた大戦末期の飢饅

     ※筆者註:20時間の授業プランの要旨は全て筆者が加筆・修正をおこなった。

15)の授業例では「宥和政策」を英訳することにより詳細な意味を考えさせ,ミュンヘン

会談の詳細な歴史的背景と具体的な経過からミュンヘン会談での宥和政策がチェコスロヴ

ァキア国民にとっての裏切りであったこと,また独ソ不可侵条約が反ファシズムのために

戦っていた人々への裏切りであったことに気づかせるという展開となっている。

 冒頭で「帝国主義は世界再分割のための戦争が準備される時代」である述べているとお

り,上記20時間の授業プランのほとんどが第一次世界大戦から第二次世界大戦終結まで

の戦争や反乱・対立を扱ったものである。授業で扱う歴史事象の説明が中心で,帝国主義

一40一

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とは何かといった概念的説明は明示されていない。また帝国主義を世界の一体化のなかで

構造的に捉えたり,社会史的な現象面から捉えたものはなく,国家から民衆の政治的な動

きに注目した授業である。1時間目でマフディーの乱(1885年)について触れているので,

帝国主義の開始年代は19世紀末という認識をうかがうことができる。

(5)家長知史「帝国主義と世界大戦の時代(その2)」’2‘’

 家長氏も同様に,帝国主義から第二次世界大戦までの21時間の授業を以下の通り構成

している。

[第1時]1インチといえども取らなければ一帝国主義

 19世紀末からの帝国主義の時代は20世紀の歴史に大きな影響を与えて今日にいたる。

[第2時]帝国主義列強の内と外(1>一イギリス・ドイツ・フランス

 帝国主義時代の英・独・仏の国内状況,とりわけ労働者の動きと対外的な行動はどうか。

[第3時]帝国主義列強の内と外(2)一アメリカ・ロシア

 帝国主義時代の米・露の国内状況とりわけ労働者の動きはどうか。

[第4時]神はアフリカ地図をイギリス色に塗りつぶすことを認めてくれる。

 帝国主義列強によるアフリカ・太平洋地域の分割・支配,それに対する抵抗と抑圧。

[第5時] 「脱亜」をめざず日本と半植民地化される清

 日本が資本主義発展と列強による清の分割支配,および清国内の動き。

[第6時]日露戦争を見るアジアのまなざし

 日露戦争とその影響および戦後目本の朝鮮に対する動きとアジアの民族運動。

[第7時]民主化を求める民衆 一 第1次ロシア革命とアジアの民族運動

 第1次ロシア革命とはどんな革命か。この革命はアジア諸国にどんな影響を与えたか。

[第8時]だれもが愛国者に 一 第一次世界大戦

 第一次世界大戦の原因となった帝国主義列強の対立と,戦争を防ごうとする動き。

[第9時]すべての権力をソヴィエトヘ 一 ロシア革命どドイツ革命

 帝政ロシアの崩壊と社:会主義国家建設の革命およびドイツで起きた革命。

[第10時]ヴェルサイユ体制とワシントン体制による新秩序

 ヴェルサイユ体制およびワシントン体制の具体的内容と国際連盟が掲げる理想と理実。

[第11時]第一次世界大戦後の混乱と相対的安定 一 戦後の欧米諸国の動向

 戦勝国英・仏・独・伊・米と革命後のロシア,敗戦国ドイツそれぞれの状況。

一41一

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[第12時]第一次世界大戦とアジアの民族運動

 第一次大戦がアジアの民族運動に与えた意味と列強のアジア諸国に対する動きおよび民

族運動の展開。

[第13時]世界恐慌の衝撃とアメリカの対策

 大恐慌が起きた原因と人々の生活,およびアメリカの対策。

[第14時]世界恐慌の波及とイギリス・フランスの対策

 大恐慌に対してイギリス・フランスはどんな対策を打ち出たか。

[第15時]世界恐慌と日本の中国侵略

 第一次大戦後の日中関係と日本における大恐慌の影響および日本の中国侵略。

[第16時]世界恐慌とナチズムの台頭

 独における大恐慌とナチスの台頭。

[第17時]世界恐慌とナチスドイツとファシストイタリアの侵略

 世界恐慌のさなのナチスとファシスト政権による対外侵略および両者の結びつぎ,

[第18時]ソ連の光と影と反ファシズムの動き

 恐慌期におけるソ連の経済的発展と政治的ゆがみ,1930年代の反ファシズムの動き。

[第19時]ファシズムVS.反ファシズムの戦い(D 一 二次世界大戦の開始

 ヒトラーのヨーロッパ征服計画と具体化および日・独・伊の関係と独ソの関係。

[第20時]ファシズムvs反ファシズムの戦い(2) 一 アジア太平洋戦争の開始

 日中戦争の泥沼化と日本による東南アジア侵略,それを牽制するABCD包囲陣。アジア

 太平洋戦争の展開とアジア支配。

[第21時]ファシズムvs,反ファシズムの戦い(3) 一 第二次世界犬戦の終結

 1942年以降の戦局の転換とファシズム諸国家の支配地域での抵抗運動,連合国の反攻

 と大戦の終結。

        ※筆者註:21時間の授業の要旨は全て筆者が加筆・修正をおこなった。

一42一

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 第8時の授業例では第一次世界大戦勃発時のヨーロッパ各国の国民意識を象徴的に示

し,当時の労働者や青年のとった行動を問題提起した。展開としては次の通りである。

1)第一次世界大戦にいたる列強間の対立の構図を理解する。

2)戦争を防ぐ動きとして第2インターナショナルを取り上げ,その変遷をたどる。

3)戦争の具体的展開の整理と理解。映画(『西部戦線異状なし』)で戦闘の実感と青年たち

 の心象から戦争の実態を考えさせる。

 家長氏の帝国主義の開始は19世紀末とはっきりと認識されている。授業内容は中山氏

と同様,21時間の内容・テーマが簡単に述べられているだけで具体的な帝国主義につい

ての概念は説明されていない。全体的に政治史中心であり,帝国主義列強→世界再分割→

世界戦争という段階論的な帝国主義の概念が反映された内容と考えられる。テーマに統一

されたものはなく,毎回異なるテーマでおこなわれているが,民衆の動きや庶民の立場,

支配に抵抗する人々の目線で帝国主義の時代をとらえようという工夫がなされている(第

2, 3, 4, 8, 13時)。

(6)三木健詞「人種・民族問題を扱った近現代史学習一『帝国主義開始期の世界と日本』ゴ27

 三木氏は人種・民族問題を取り上げた意義として,この問題が近現代史全体に関わる背

景であることを挙げ,その解決のための「共生社会」の教材開発を目指している。

 まず帝国主義時代の人種・民族問題をとりあげる意義としては次の三点を挙げている。

 ①人種・民族間題が「文明と野蛮」「支配と従属」などの歴史的負荷を負った近現代史

  全体に関わる背景となっている。

 ②日本における人種・民族問題に目を向け,世界規模での課題として認識を深める。

 ③相互依存関係が深まるほど差別や排除のない関係を目指す生き方が求められている。

 次に世界史Aの教科書(平成十一年度版の九社十冊)における帝国主義の定義を分類し,

共通点を探り,帝国主義の開始時期やその特徴を世界システム論とホブズボームの著作か

らとらえ,歴史研究の成果から帝国主義時代の対外拡大と国民統合が抑圧・差別を通じた

ものであったこと,学術研究の進展が差別の合理化と対外拡大の正当化を促したことを,

それぞれ具体的事例を挙げて明らかにしょうとしている。授業開発の視点・学習内容は,

人種・民族差別の歴史とそれに対する「民族共生」の未来に据えて設定している。

一43一

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 帝国主義の定義については世界システム論に依拠して「資本主義の急速な発展を背景に

して欧米諸国を中心に世界全体が支配=従属関係を伴って構造化(=重層化)された段階1

が帝国主義時代であり,ホブズボームのいう「『一八七〇年代から第一次世界k戦直前ま

では資本主義諸国の経済的・軍事的地位を,公式の征服・併合・統治に現そうとする系統

だった試みの時代』がもっとも包括的に時代を現している」として,この時期を帝国主義

開始期と捉え,またこの時期に「国家」「民族」意識の顕在化も指摘している。

 さらに人種・民族問題の解決を目指す生き方として「民族共生」を掲げ,人種・民族の

違いを積極的にとらえ,差別を克服することの大切さを感じられる授業開発の視点・学習

内容を以下のように設定している。

 ①「民族共生」を困難にしてきた歴史的制約を捉える視点

  …世界システムのなかでの人種差別・民族差別観形成

 ②当時の差別観を身近に捉える視点

  …万国博覧会の植民地集落展示,新聞にみる差別観

 ③歴史的制約のなかで「民族共生」を目指した文化人の生き方を身近に捉える視点

  …英の女性旅行家キングズレーによるアフリカ侵略批判,柳宗悦による朝鮮侵略批判,

   ドレフユス事件に果たしたゾラの役割

 ④現実の日常生活で「民族共生」を意識させる視点

  …留学生を交えて差別についての話し合い

単元構成

翻学習内容 現代との関連 国家・民族と差別 「民糊司の視点

帝国主義の時代と 人・ものを通しての 相百依存関係 欧米諸国とアジア・アブ

第 ぱ~ 世界の一イ掴ヒ・構造 の深まり リカ地域の支配=従属僕

1 (作業的羊習〉 化 係

● ↓

2 政治・経済・鞠的な力

聯 ↓

万国博覧会からみた 欧米諸国での万博の 産業文明と大 植民地集落展示での人種 力関係の不均衡を正当

繊歴史的役割 衆社会 差別・民族差別 化する潮ll

第 ・資本主義発展 人種・民族の違いの優劣

3 ・植田地支配拡大 化を正当化

時 (社会幽ヒ論・:文明化¢使

命論)

一44一

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分割されるアフリカ  1強によるアフリカ アフリカの民 ・物理的暴力による「文 ・宗教を拠り所こ抵抗

の人々 分劃と抵抗・批判 族(音防知紛争 明化」の名の植民地化 →アフリカ諸民族の

第 ・恣意的な境界固定→民 醗4

鱒・イギリス女1勤指稼

時 による帝国主義反対

論→アフリカ文勧の

尊重

欧米の国家に生きる ・アメリカの移民俳 人種対立と移 国民国家の完成と少数民 ・国家のなカの嘘↓・」

第 人々 斥運動 民排斥の動き 族の排除 の尊重

5 ・フランスでのドレ ・差別をただす正義の

時 フユス事1牛 越

東アジアの民族主義 明治時代日本の対外 日本の対朝鮮 日本の対外拡大とナショ ・柳宗悦の帝国主義批

と日本 拡大と朝鮮・中国で ・中国観 ナリズム→朝鮮・中国へ 判

第 の民族主義磯湯 在日韓国・朝 の差別観・曽幅 →朝鮮文化への眉慕

6 鮮人の存在 朝鮮・中国での抵抗→ナ ・「人類館事件」

時 ショナリズム高揚 一掴内・海外の二重構

造の差弓三三

人種・民族問題と私 韓国・ルーマニアの 現代世界の人 ・多民族国家での差別 今日「民族共生」に必

第 たち 在日留麹謡吾る本 種差捌・民族 ・民族教育の功罪 要な条件を考える

7 (留学生を交えた話 国・日本での人種・ 差別 ・日本の外国人差別

時 し合の 民話題

第1・2時…統計資料のグラフ化・作図の作業的学習

第3時…VTR(NHKスペシャル「映像の世紀第一集」の一部)視聴とワークシート学習

第4時…国境線と民族分布の地図を使ってアフリカ分割や抵抗運動,キングズレーのアフ

    リカ観を読み取る学習

第5時…アメリカの移民排斥運動とドレフユス事件

第6時…漱石と魯迅の自国像,柳宗悦の主張,人類館事件を読み取る学習

一45一

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第7時…留学生を交えた質疑応答(※留学生は国際理解振興フォーラムより派遣)

 【学習内容の位置づけ】(○数字は上記単元構成の時間を示す)   ⑦「民族共生」を考える

                                  (留学生を交えた話し合い) ①②帝国主義構造理解(作業的学習)一一一一一一一一一一一一一一・一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一一〉

     ・一世界の一体化→                          ◇相互依存関係の一

構  造  化

支配u従属関係

先進欧米

(英仏独米)

/7 1 Xy K.

x

日・東欧(露)

tアジア・アフリカ・

 ラテン=アメリカ

資本主義の急速な発展

L雛二二        (ナショナリズム・民族差別形成)

   抑圧 差別     抑圧 差別

     J l S④アフリカ分割と抵抗 朝鮮・中国侵略と抵抗

 層の深刻化

◇各地で人種・民族

 問題顕在化

◇日本・在日韓国・

 朝鮮人にかかわる

 問題・在日外国人

 増加

A1870

0091

A1910

◇植民地独立・国民

 国家各地に

    A

   現在

三木氏の授業実践の特徴は次の通りである。

1.人種・民族問題を取り上げた意義として,この問題が近現代史全体に関わる背景で

 あることを挙げ,その解決のための「共生社会」の教材開発を目指している。

2.帝国主義時代に人種・民族問題がうまれたとして教科書を分析して帝国主義の定義

 を分類,共通点を探り,そのうえで自らの定義を世界システム論とホブズボームの著

 作から捉えている。

3.歴史研究の成果から,帝国主義時代の対外拡大と国民統合が抑圧・差別を通じたも

 のであったこと,学術研究の進展が差別の合理化と対外拡大の正当化を促したことを

 それぞれ具体的事例を挙げて説明している。

4.授業開発の視点・学習内容を人種・民族差別の歴史とそれに対する「民族共生」の

 未来に据えて設定している。

t46一

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(7)増井宏明「帝国主義と世界の変容」’2s .

 増井氏は単元の目的を「19世紀以降の世界の一体化を構造的に説明する帝国主義の理

論に基づく総合的理論,批判的に吟味・検証しながら探究させる」として,全6時間の授

業を開発している。単元目標は「理論的知識1」としてヨーロッパ諸国によるアジア植民

地化の背景と経過の発見・吟味・検証,「理論的知識2」として資本主義列強の植民地拡

大・維持のための植民地政策の発見・吟味・検証,「上位の理論的知識」として「19世紀

以降の世界の一体化とは,資本主義列強が,他の地域を植民地化・半植民地化して,それ

を拡大し維持したため,人・物・金が世界規模で移動するようになった」を発見・吟味・

検証することとしている。

 増井氏が取り入れている歴史学的研究成果や理論は,本研究において重要な参考文献と

重なっているものが多い。世界的な移民の動きや貿易量の増大,インドの鉄道分布などか

ら帝国主義時代の特徴を引き出すことによって帝国主義の支配=被支配の関係を明らかに

する展開となっている。結果としてこうした工夫が,多少なりとも帝国主義時代の社会や

人々の様子を映し出すことに貢献していると考えられるが,授業の視点はあくまでも帝国

主義列強と植民地の関係にあり,人やモノの移動はその支配・従属関係を明らかにするた

めの資料であって,現代世界の始まりとしての帝国主義をとらえる「長い20世紀」論の

視点ではなく,従前の「短い20世紀」論にたっ帝国主義の授業であるといえる。

 評価基準・指導計画・構造図は次に示す。

一47一

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評価規準

ア 歴史的事象への関心・意 イ 歴史的な思考・判断 ウ 資料活用の技能・表現 エ 歴史的事象についての

欲・態度 知識・理解

○現代社会の諸問題の背景 O l9世紀以降の世界の一 ○ さまざまな資料を適切に O19世紀以降の世界の一体

の一つとして,19世紀以降の 体化を説明する総合的理論 活用して,19世紀以降の世 化を説明する総合的理論を,

世界の一体化への関心を高め を,批判的に吟味・検証して 界の一体化に関する総合的 理解している。

意欲的に追究しようとしている。 いる。 理論を批判的に吟味・検証

○当時の他の植民地や他の し,その結果を正しく説明して

資本主義列強にも関心を広 いる。

げ,意欲的に追究しようとして

いる。

指導計画

時 学習過程 観点 評価規準 評価方法

ア イ ウ 工

・導入 19世紀前後から20世紀にかけての貿易額や移民数 質疑応答

事実的知識の提示 ○ の推移を示す資料から19世紀後半以降の世界の一 行動観察

1 体化の事実を読み取っている。

・学習課題の設定 ◎ 19世紀以降の世界の一体化に関心を持ち,その理 行動観察

由を追究しようとしている。

・学習問題と仮説の設定1 ○ 資本主義列強が植民地を求めた理由を考察してい 質疑応答

る。 行動観察

C ◎ 資料から,植民地の条件として最も適した地域がア 質疑応答

2 ・検証 ジアであったことを読み取っている,

・まとめる ○ ○ 資本主義列強が植民地を求めた理由をまとめてい 質疑応答

る。 行動観察

0 ○ アジアの植民地化により,人・物・金の動きについて 質疑応答

考察している。 行動観察

・学習問題と仮説の設定H ○ 資本主義列強が植民地支配を維持・拡大できた理 質疑応答

由を考察している。 行動観察

◎ 資料から,インド鉄道が列強の鉄道と異なり工業発 質疑応答

3 展につながらなかったことを読み取っている。

◎ 資料から,列強のコスト削減要求が,植民地のモノカ

4 ・検証 ルチャー経済化を進めたことを読み取っている。

・まとめる ○ ○ 資本主義列強が植民地支配を維持・拡大できた理 質疑応答

5 由をまとめている。 行動観察

資本主義列強の植民地支配の維持・拡大による人・ 質疑応答

○ ○ 物・金の動きについて考察している。 行動観察

・学習課題のまとめ ◎ ◎ 19世紀から,特にその後半以降から尺・物・金が動 質疑応答

6 くようになった理由をまとめている。 ホストテ

スト

一48一

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【構造図】

19世業り降㏄界の

佐口化とけ

りム.

出か

うになったことで

【なぜそういえるのか.、】

層 ‘

列彊が他の坦域を

化して.そ

一窪

し維持したた

坐か

て移動するようになったから

【なぜ資本主義列強は他地域の植民地化を行ったのか,】

o資本主義列強は,植民地化により,自国を製品輸出国,植民地を製品市場,原料供給地にして,利益を上げることができるから。

《下位の理論

 的知識1》

【なぜ資本主義列

強は植民地を拡大

し維持できたのか二】

資本主義列強は,植民地支配を正当化する論理を背景に,植民地側の経済負担を利用して植民地のモノカルチャー経済化を進め,政治的・経済的優位性

を維持したから,

《上位の理論的知識》

《下位の理論

 的知識2》

【なぜ資本主義列強は製品市場・原料供給地を必要としていたのか.】                 【人・物・金の移動】

1)大量生産を行う産業革命期だったから.t

D資本主義列強は,製品市場・ 原料供給地を必要としていた から.〈植民地の必要性〉

2)アジア地域は,製品市場とし て有望であったから,  〈製品市場としての適合性〉

3)アジア地域は,原料供給地と しての自然条件に適合してい たから。

 〈原料供給地としての適合性〉

4)資本主義列強は近代軍事技 術・集権的な国民国家体制・ 生産性の高い資本主義国家 体制により,アジア地域より圧 倒的に優位な立場にあったか ら,<軍事的・政治的・経済的 優位性〉

5)列強の植民地支配は,植民 地を原料・食料供給地に特化 させ,工業化につながる発展 を抑制したから.<原料・食料 供給地への特化〉

【なぜアジア地域は製品市場として有望だったのか.t】

2)アジアは人口密集地域だったから,

【なぜアジア地域は原料供給地として適合していたのか.】

3)綿花・インド藍など原料・に熱帯性洋物が多かったから,

【なぜ資本主fiC列強はアジア地域よりも優位な立場にEt})つたのか.】

4)一1資本主義列強は火砲の破壊力向上など軍皐=技術が進  歩していたのに対して,アジア側は旧来の技術であった  から。〈軍事面〉

4)一2資本主義列強は近代国民国家への移行期で,強力な  集権国家体制を築きつつあったのに対して,アジアの各  王朝は,皇帝専制の下で,衰退期に入っていたから。〈

  政治面〉

6)列強と半植民地化した国との 不平等条約や戦争賠償金 は,半植民地化した国の発 展を大きく阻害するものであ つたから,〈関税協定と利権 供与による発展抑制〉

4)一3資本主義列強は,資本主義国家体制の下で交易圏の  拡大・工業化の開始により経済面が増大していたのに対

  して,アジアの各王朝は,旧来の伝統的な手工業中心  で経済力が停滞したままであったから,〈経済面〉

【なぜ植民地支配は植民地側の発展を阻害したのか,】

5)一1植民地支配により,植民地は支配国へ多額の支払いを

  しなければならなかったから。

5)一2支配国は植民地に製品を販売するため植民地の産業発

  展を阻止するか,支配国の資本の支配下に置いたから。

5)一3植民地での港湾整備や鉄道建設は,支配国への原料・  食料輸送,製品輸入を見物進ずるものであり,植民地の  開発や[業化を促すものttはなかったから

か “、、ノ 三糸・  立層全 ・王 1の   岸1霊  一の

6)一1関税の低率固定化と商業活動自由化は列強に対する貿

  易赤字をもたらしたから。

6)一2戦争賠償金支払いのための借款は,資本主義列強への  利権供与と利潤をもたらし,利権開発に伴う利益は国外  へ流出したから。

s}. ]

【なぜ19世紀後半以降に植民地のモノカルチャー経済化が進

み 定ヒされたのか

7)一1交通・通信手段の発達は,人・物・金の移動を容易にし  て,植民地の原料・食料供給地・製品市場としての価値  を高めたから.

7)19世紀後半からの①交通・ 通信手段の発達,②列強によ る大規模な資本輸出,③植民 地の拡大は,植民地のモノカ ルチャー経済化をもたらした か一.〈モノカルチャー経済化 〉

8)植民地支配が植民地支配層 の生活安定化と富裕化をもた らした結果,彼らの統治への 協力が得られたから,〈植民 地支配層の統治協力体制の 確立〉

7)一laスエズ運河開通や汽船・鉄道の広がりは,輸送価格  と時間を低下させ,安全性を高めた。

7)一1b通信の発達は,利益獲得に有利な情報を列強にも  たらした。

7)一1c安価な穀物を植民地に依存したため生活できないヨ  ーロッパ農民の合衆国への大量移住が起きた,

7)一2列強からの資本輸出による開発で,一次産品の産業構  造に固定化されていったから,

7)一2a列強での独占資本の形成は,大規模な資本輸出を  容易にした.,

7)一2b列強間のコスト削減競争は,より安価な食:料・原料を

  生み出すプランテーション経営や鉱山経営を促し  た。

7)一3植民地の拡大は,列強が植民地ごとに利益率の高い特  定商品を生産させることを可能にしたから.

【なぜ植民地支配層による統治への協力が得られたのか,】

8)一1間接統治のしくみは,伝統的首長や領主の地位と生活 を保障するものであったから,

8)一2商品作物く間の頸上統培治やに鉱よ山る八双営支は 配,層一部温の植民地側流通業者を富裕化させたから,          〈世界市場化に伴う新支配層の形成〉

【なぜ植民地の人々は支配正当化を受け入れたのか,】

9)支配国側と植民地側双方に 支配正当化の論理を受け入 れさせることができたから,〈 支配正当化の論理の注入〉

9)一1植民地側では,文明化されていないことによる支配正 当化の論理を受け入れたから,

【なぜ支配国の人々は支配正当化を受け入れたのか,】

9)一2支配国側では,白人優位の人種差別による支配正当 化の論理が広まったから。:社会進化論の広.ヒり〉

t49一

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2.先行授業実践の分析

 これまでに収集・分析することができた以上の先行授業実践が,

重点をおいているか,またそれぞれの特徴を次の表にまとめた。

どの分野の帝国主義に

実践者 経済面 政治面 社会面 特  徴

①鈴木 0 ○ ◎ 世界システム論による考察,思想・社会制度の視点

②佐藤 ◎ ○ 現代の多国籍企業との比較

③綿引 ○ ◎ 「文明化の使命」とODAについて

④中山 ○ ◎ 世界再分割のための戦争準備期間としての帝国主義

⑤家長 ◎ ○ 労働者の動きに注目

⑥三木 ○ ○ ◎ 帝国主義の開始期や定義を歴史学から援用,人種民族問題に焦点

⑦増井 ○ 0 ◎ 帝国主義時代の支配・被支配の関係を人やモノの動きから説明

先行授業実践比較分析表(0;授業で扱われている分野,◎・=重点がおかれている分野)

 以上の授業実践を分析した結果,①のように世界システムとしての帝国主義を捉える視

点を取り入れた授業や③・⑥のように帝国主義を現代世界の問題と結び付けて考えさせる

授業などが見られたが,帝国主義の概念そのものの理解についてはほとんどが経済面に重

点がおかれ,資本主義の最終段階として規定されていた。また⑦のように帝国主義研究の

成果を意欲的に取り入れたものもあるが,経済決定論的な見方を排除して,帝国主義を近

代の終わりとしてではなく現代の始まりとしての視点で構成された授業は見られなかっ

た。

一50一

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3.国立教育政策研究所「高等学校教育課程実施状況調査」の分析

 国立教育政策研究所は平成15年度と17年度に「高等学校教育課程実施状況調査」をお

こなつだユ9。この中で,学習内容に関する意識について生徒と教師それぞれに質問紙によ

る調査が実施され,その結果が公表されている。ここでは,その調査結果から帝国主義に

ついて生徒と教師がそれぞれどのような意識を持っているのかを把握する。

 調査にあたって,学習内容の領域は年度ごとに次の項目が設定された。

(平成15年度)

(1)オリエント文明 (2)地中海文明 (3)インド文明 (4)中国文明 (5)遊牧民族の

活動と東アジア世界の形成 (6)中国社会の変遷と隣接諸民族の活動 (7)中華帝国の繁栄

と朝鮮,日本 (8)イスラーム世界の形成 (9)イスラーム世界の発展 (10)南アジア・

東南アジア世界の展開 (11)ユーラシアの東西交流 (12)東西ヨーロッパ世界の形成

(13)ヨーロッパの変革と大航海時代 麟)17・18徴紀のヨ・ve・uaッバと世界 〈15>市町革

命と産業革:命 (16)アメリカ合衆国とアメリカ文明 〈17)アジア諸購と灘一ロッパの進出

 (18>帝国主義とアジア・アブ SJカ (i9>二つの大戦と世界 (20)ソビx拳連邦と社会

空義諸蟹 (21)アメリカ合衆国と自由主義諸国 (22>アジア・アフリカ諸国の民族運動と

独立 (23)国際対立と国際協調 (24>科学技術の発展と現代文明 (25)これからの投界と

日本

(平成i7年度)

(D世界史における時間と空間についての主題学習(時計,暦,世界地図,都市地図など

の変遷や意義の追究) (2)日常生活に見る世界史についての主題学習(衣食住,家族,

余暇,スポーツなどの変遷の追究) (3)世界史と日本史とのつながりについての主題学

習(人,物,技術,文化などについての接触・交流の追究) (4)西アジア・地中海世界

の形成(西アジア・地中海世界の風土,オリエント文明の盛衰,イラン人の活動,エーゲ

文明,ギリシア・ローマ無明) (5)南アジア世界の形成(南アジアの風土,インダス文

明,アーリや人の進入以後の文化,社:会,国家の発展) (6)東アジア・内陸アジア世界

の形成(東アジア・内陸アジアの風t,中華文明の起源と秦・漢帝国の成立と発展,遊牧

国家の動向,唐帝国の発展と東アジア諸民族の活動) (7)イスラーム世界の形成と拡大

(アラブ人とイスラーム帝国の発展,トルコ系民族の活動,アフリカ・南アジアのイスラ

一 51

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一ム化)tt (8)ヨーロッパ世界の形成と変動(ビザンツ帝国と東ヨーnッパの展開,西ヨ

ーロッパの封建社会,都市の発達と王権の伸長) (9)内陸アジアの動向と諸地域世界(契

丹・女真と宋の抗争やモンゴル帝国の興亡と諸地域世界や日本び)変動) (10)アジア諸地

域世界の繁栄と成熟(明・清帝国と朝鮮や日本との関係,東南アジア海域世界とイスラー

ム世界の動向) (1.1)霧・一ロッパの鉱大』と大掻洋雛界、〈ルネサンス蕊宗教改革,薪航路の

開拓,、童権国家体:制め成立,大薦洋貿易)、ゴ窺2)断r導ッノ郵・:アメ,甥力の変革と麗疑形成

篠業革鼠ソランヌ革命.アメジカ諸翻め独立な拭霊S縫紀後業がらゴ緯盤総に演ナて

のヨ添麺ッパ㌧アメリカの経済的.政治的変革) (1分髭鼻憲勝の」膨成とアダァ諸国1撹

殿霜場鐙形成遡一諏ッパ諸籔砂アジ響遜断添慕轡ン,,f、嘉ガル蓋溝帝圏及び購本などア

ジア諸購の動揺と敗革) (播}帝国:主義と世界の変容(M・・一R「ッパ諸飼によるアジア・ア

ブ;凝力⑳植民地化をめぐる競合とアジア・,アフリカの灘応〉、〈垂分蒲つの太戦と徴界〈二

つの大戦と総力戦,mシア革命とソヴィ器ト連戦の成:立,大衆祉会め出規と全体主義,盤

界恐慌と資本主義の変容,アジアの民族選動など〉 〈16)米ソ冷戦と第三勢力(米ソ冷戦

の展開,アジア・アフリカ諸国の独立と紛争,.平群共存の模索と多極梅の三男〉 (韮7)冷

戦の終結と地球社会の到来〈市場経済の選暦年量東回諸爆⑳欝欝噴霧冷戦の縷績、ソヴィ

エ腱邦の解体,.アジア経済の急野鼠、地域統合の進罪な齢’ぐ韮3羅灘牽盤と麟際協調

についての主題学習、(核兵器闘題,』人種も甲掛糊題.、1第ご次世界大戦後め主婆な愚際紛争

などの歴史的観点からの追究1 (韮9>科学技衛の発選と環代文瞬《情報化,’:.先螺鼓徳の登

違,、環境平門などの歴史的観点からの追究〉・「「〈2のこれからの燈界ξ黒本ノ(菌際政治,世

界経済,境野文明など,人類の楽面する諜題の歴吏約観点かちの遽究)

一52一

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 以上の領域のうち,近現代に属する質問項目(平成15年度は質問(13)~(25),平成17年

度は(ll)~(20),上記網掛け部分)を抜き出して次の表にまとめ,比較した。

(生徒対象)

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16> (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25)

よく分かった 34.9 30.8 31.2 31.0 19.3 2L3 33.7 22.5 25.0 19.4 24.0 20.2 19.9

よく分からなかった 39.2 41.7 41.0 38.5 48.6 46.3 34.1 42.3 375 44.6 39.9 40.1 40.8

〈平成17年度〉 (1D (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

よく分かった 一 一 24.6 24.9 17.0 19.3 24.3 2L9 20.1 21.2 16.3 17.1

よく分からなかった一 『 39.5 39.2 46.0 41.9 35.6 37.6 37.6 37.0 39.6 38.6

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25)

好きだった 39.9 34.0 30.3 30.6 18.9 20.2 33.5 22.8 25.1 19.2 26.1 22.3 22.4

きらいだった 33.0 35.8 37.9 34.5 43.5 42.3 31.4 37.6 33.3 395 34.2 34.7 35.2

〈平成17年度〉 (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

好きだった 一 一 30.6 28.9 18.6 20.5 25.7 22.6 20.8 22.4 18.7 20.3

きらいだった 一 一 33.8 34.0 39.3 36.4 3L5 33.6 33.4 32.0 32.9 32.1

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (2D (22) (23) (24) (25)

役に立つ 19.9 20.3 23.5 22.3 14.9 20.2 37.6 28.9 32.4 27.5 38.8 37.4 39.1

役に立たない 50.1 48.8 45.5 44.0 49.1 45.2 31.3 35.9 3L5 36.3 28.7 27.3 26.6

〈平成17年度〉 (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

役に立つ 一 一 20.2 255 19.2 21.3 31.8 30.7 31.5 38.6 35.7 39.7

役に立たない } 一35.8 31.4 34.5 32.1 23.9 24.6 23.4 20.0 20.5 18.6

※実際の選択肢は「ふだんの生活や桂会生活の中で役にたつと思った」「役に立つと思わ

なかった!という文言になっている。

一53t

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以上の調査結果について,帝国主義に関する内容領域が近現代のなかで相対的にどのよ

うな位置づけにあるのかを把握するため,さらに順位付けをおこなった。

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) q7) (18) q9) (20) (21) (22) (23) (24> (25)

よく分かった 1 5 3 4 13 9 2 8 6 12 7 10 11

よく分からなかった 10 5 6 ll

1 2 B 4 12 3 9 8 7

〈平成17年度〉 (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

よく分かった 一 }2 1 9 7 5 4 6 5 10 8

よく分からなかった『  

4 5 1 2 10 7 7 9 3 6

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) (17) (18) q9) (20) (2D (22) (23) (24) (25)

好きだった 1 2 5 4 13 11 3 8 7 12 6 10 9

きらいだった 12 6 4 9 1 2 13 5 11 3 10 8 7

〈平成17年度〉 (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

好きだった 一 一1 2 10 7 3 4 6 5 9 8

きらいだった 一 一4 3 1 2 10 5 6 9 7 8

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25)

役に立つ 12 10 8 9 13 11

3 6 5 7 2 4 1

役に立たない 1 3 4 6 2 5 10 8 9 7 11 12 13

〈平成17年度〉 (ll) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

役に立つ 一 『9 7 10 8 4 6 5 2 3 1

役に立たない 一 一1 4 2 3 6 5 7 9 8 10

一54一

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 上記の結果を見ると,近現代の内容領域において「よくわからなかった」「きらいだっ

た」の順位がもっとも上位にあるのが平成15年度では(17)アジア諸国とヨーロッパの進

出,平成17年度では(13)世界市場の形成とアジア諸国(世界市場の形成,ヨーロッパ諸

国のアジア進出,オスマン,ムガル,清帝国及び日本などアジア諸国の動揺と改革)とな

っている。これらは「きらいだった」でもワースト1の結果であり,特に日本人にとって

イスラーム世界に対する認知度の低さ,興味関心の乏しさが顕れているといえる。そして

「よくわからなかった」「きらいだった」が平成15・17年どちらも二位に位置するのが「帝

国主義」である。生徒にとってイスラーム世界と同様に帝国主義は遠い世界の事象なのだ

ろうか。

 では,教師にとって帝国主義はどんな印象なのだろうか。前出の国立教育政策研究所は

同じ内容領域ごとに教員対象の調査をおこなっている。生徒と同様,近現代の内容領域で

の調査結果を次に抜き出した。

(教員対象)

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25)

理解しやすし・ 52.7 25.7 90.9 36.0 7.2 19.3 23.0 12.2 23.0 10.9 ll.7 25.0 14.6

理解しにくし・ 3.6 33.5 9」 10.5 52.4 38.9 24.1 42.2 24.4 36.8 39.0 16.3 23.3

※生徒にとって

〈平成17年度〉 (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

理解しやすい 一 一 49.8 33.9 10.4 21.3 29.0 17.4 14.2 38.9 17.1 155

理解しにくい 一 一9.4 20.7 49.7 42.8 27.6 42.4 45.1 61.1 23.4 24.3

※生徒にとって

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25)

持ちやすい 74.1 38.9 28.0 535 12.2 30.7 65.2 18.3 44.7 19.5 42.2 34.6 37.9

持ちにくい 0.5 14.7 24.0 10.8 42.9 2L6 3.7 40.9 18.9 43.1 18.8 28.8 26.2

※生徒が興味を

〈平成17年度〉 (ID (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

持ちやすい 一 一 67.7 72.6 16.8 33.4 62.2 4L3 37.0 49.3 42.3 36.9

持ちにくい 一 }5.4 5.9 46.8 28.4 10.2 23.9 29.0 19.4 3L5 35.9

※生徒が興味を

一55一

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 以上の調査結果について,生徒と同様に,帝国主義に関する内容領域が近現代のなかで

相対的にどのような位置づけにあるのかを把握するため,さらに順位付けをおこなった。

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (2D (22) (23) (24) (25)

理解しやすい 2 4 1 3 13 8 6 10 6 12 11 5 9

理解しにくい 13 6 12 11

1 4 8 2 7 5 3 10 9

※生徒にとって

〈平成17年度〉 (11) (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

理解しやすい 一 一1 3 10 5 4 6 9 2 7 8

理解しにくい 一 一10 9 2 4 6 5 3 1 8 7

※生徒にとって

〈平成15年度〉 (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20) (21) (22) (23) (24) (25)

持ちやすい 1 6 10 3 13 9 2 12 4 ll 5 8 7

持ちにくい 13 10 6 11

2 7 12 3 8 1 9 4 5

※生徒が興味を

ぐ平成17年度〉 (1D (12) (13) (14) (15) (16) (17) (18) (19) (20)

持ちやすい 一 一2 1 10 9 3 6 7 4 5 8

持ちにくい 一 一10 9 1 5 8 6 4 7 3 2

※生徒が興味を

 教員対象の調査をみると,やはり日本にはなじみの薄いイスラーム世界について,生徒

の理解がしにくく,また興味を持ちにくいという教員側の印象・判断は生徒の結果と同じ

である。ところが帝国主義については生徒の印象とは違って,教員側の見通しはやや的外

れである。

 以上の結果から,生徒にとって帝国主義に関する内容領域は,他の内容領域に較べて相

対的に難解であり,それがゆえに好きではないという印象を受け,さらに役には立たない

と考えられていることがわかる。そして生徒が受ける印象・判断を教員は適切に把握でき

てはいないということも明らかである。

一56一

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*1佐伯眞人・澁澤文隆・原田智仁編著『改訂高等学校学習指導要領の展開 地理歴史三

編』明治図書,2000年,p.11

*2同上書,p.19

*3同上書,p.30

*4同上書,p」9-20

*5同上書,p.11

*6同上書,p.44

*7佐伯眞人・原田智仁・澁澤文隆・朝倉啓爾編著『高等学校新学習指導要領の解説地理

 歴史』学事出版,2000年,p.35

*8同上書,p.39

*9佐伯眞人・澁澤文隆・原田智仁編著,前掲書,p.71

*10文部科学省『高等学校学習指導要領解説地理歴史編』実教出版,1999年,p.65

*11佐伯眞人・澁澤文隆・原田智仁編著,前掲書,p.71

*12中央教育審議会『幼稚園、小学校、中学校、高等学校及び特別支援学校の学習指導要

領等の改善について(答申)』,2008年,pp.81-82

*13文部科学省『高等学校学習指導要領解説地理歴史編』2009年,p.4

*14伊豆倉哲「世界史にも日本史,地理の視点」『内外教育2009年4月10日 第5901

号』時事通信社,p.4

*15原田智仁編著『高等学校新学習指導要領の展開地理歴史科編』明治図書,2010年,p.22

*16文部科学省『高等学校学習指導:要領解説地理歴史編』2009年,p.12

*17原田智仁編著,前掲書,p.76

*18『高等学校新学習指導要領解説地理歴史編』文部科学省,2009年,p.20

*19『学習指導要領解説地理歴史編』文部科学省,1999年,p.65

*20『学習指導要領解説地理歴史編』文部科学省,2010年,p.42

*21千葉県高等学校教育研究会歴史部会編『新しい世界史の授業一地域・民衆からみた歴

史像一』山川出版社,1992年,pp176-187

*22 小田中直樹『世界史の教室から』山川出版社,2007年,pp.152-154

一57一

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*23千葉県歴史教育者協議会世界支部会『たのしくわかる世界史IOO時間(下)』あゆみ出

版,1986年,PP.86-89

*24綿引弘『100時間の世界史一資料と扱い方』地歴社,1992年,pp.150-i51

*25歴史教育者協議会『近現代史の授業づくり世界史編』青木書店,1994年,pp.104-111

*26同上書,ppl12.119

*27歴史と地理(516)山川出版社,1998年,pp.27-36

*28広島県立教育センターHP 指導案例集

  http:f/www.hiroshima-c.ed.jp/web/an/h/syafH 18historyshido-masui.pdf

*29国立教育政策研究所「高等学校教育課程実施状況調査 ペーパーテスト調査集計結果

及び質問紙調査集計結果」(平成15年度・平成17年度)

一58一

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第2章 歴史学における「帝国主義」研究の動向

 歴史学の最先端では帝国論及び帝国主義研究がどのように展開され,どのような成果を

あげてきたのかを概観する。そのなかからどのような研究成果を高校校世界史の教育内容

に活かすことができるのかを考察して,近現代史の授業に援用可能な理論を明らかにする。

第1節 歴史学における「帝国論」

 本節では,帝国論が近年盛んになった背景を整理して,高校世界史における用法と定義

を把握したうえで,歴史学において帝国論研究がどのように展開され,どのような成果を

あげてきたのかを考察して,高校世界史に援用可能な理論を明らかにする。

1.「帝国論」隆盛の背景

(1)ネグリとハートのく帝国〉

 『〈帝国〉グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性』の著者の一人,アン

トニオ=ネグリが講演のため来日直前に,逮捕歴を理由に事実上の入国拒否にあい来日を

断念したという事件が起きたのは2008年3月のことであった。ネグリがマルクス主義の

学者であり,過去に活発な政治運動を繰り広げていたという経歴や,イタリアでの受刑歴

などから入国拒否の原因と真相について様々な憶測がなされたが,この件が大きなニュー

スとなったのも,彼とマイケル=ハートとの共著が世界的な反響を呼んでいたことに他な

らない。

 湾岸戦争の衝撃のなかで生まれたその著書の中で,ネグリとハートは国民国家にかわる

新たな主権形態としてのく帝国〉概念を提起した。この〈帝国〉は脱中心的で脱領±:的な支

配装置であり,彼らによれば現代世界におけるアメリカの地位が特別なものであることを

認めながらもく帝国〉ではないとする。彼らの唱える〈帝国〉は,資本主義のネットワークあ

るいはそのシステムとでも捉えるべきものであった*1。

 ネグリとハートの著書は,2001年9,月ll日におきた同時多発テロ事件の直前に出版さ

れたこともあり,その後のイラク戦争へと続く一連の経過のなかで,世界的な反響を呼び,

一59一

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特にアメリカ合衆国では爆発的な売れ行きを示したという。

 他方,ネグリとハートとは異なる文脈で強大な軍事力と経済力で世界各国の紛争に介入

し,情報の一元的統制によって世界を事実上支配するアメリカを帝国ととらえる議論も盛

んになった*2。政治学者の藤原帰一は,アメリカ合衆国を「自由な空間を外部に広げるこ

とは,内政干渉どころか自由の拡大であり,無謀な権力行使ではなく使命の実現だ」*3と

批判し,「自由と民主主義を広げる」という大義名分でデモクラシーを強制する帝国であ

ると指摘する。

(2)「帝国論」の現在

 ネグリとハートによって盛んになった「帝国論」はその後,歴史学や社会学以外にも政

治・経済・文化など様々な分野や場所で,多種多様な文脈で語られ,論じられてきた。こ

うした状況について,歴史学者の山下範久氏は次のように述べている。

 「帝国」という主題が今日,もっとも頻繁に結び付けられるのは,現代の世界システム

におけるアメリカの位置だと言ってよいだろう。冷戦の終焉によって,アメリカは唯一の

超大国となった。圧倒的な軍事力を持ち,自国通貨を基軸通貨とするアメリカが世界に占

める特権性はもとよりであるが,とりわけ二〇〇一年九月一一日の同時多発テロ事件以降

の一国主義的な対外政策をもってアメリカの帝国化(あるいはもともとアメリカは帝国的

な国家だったという歴史の見直し)を示唆する議論は急増した。この背後にあるのは,冷

戦の終焉が世界を一極化させ,その帰結としてパワーの唯一の中心とそれ以外とのあいだ

の非対称的な関係が強化されたという現状認識である。*4

 ウォーラーステインに直接師事していた唯一の日本人である山下氏は,「帝国」(以下,

カッコを省く)についての議論が世界の一極化あるいは多極化の状況についてなされると

き,つまり冷戦後の世界について語られる場合には帝国という言葉には定義が不在であり,

これを第一の水準としたとき,グローバリゼーションを国民国家の変質と見なしてポスト

国民国家の統治を古典的な帝国の再来と考える視角を第二水準,グn一バリゼーションを

市場や人権といった価値のグローバルな共有と結び付け,統治の正当性の根拠の(再)普遍

主義化に世界の帝国化を見いだす視角を第三の水準とそれぞれ規定したうえで,第三の水

準を起点にして現代における帝国について述べている。*5

一60一

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2.高校世界史における帝国の定義

 帝国とはそもそもどんな意味なのだろうか。常識的には「皇帝の統治する国家 広辞苑」

(第五版)であり,複合的な意味合いはない。筆者自身のこれまでの授業経験を振り返って

も,歴史教育の現場ではさほど深く考えずに使われているのではないかと感じる。

 そこで高校世界史の教育内容の中で帝国の語がどのように使われているのかを検証し

て,言葉の定義について考察する。検証には『詳説世界史改訂版世界史B』(山川出版

社,2008年)を使用する。

(1)アッシリアとアッカド

 最初に登場する帝国はアッシリアである。紀元前2000年頃北メソポタミアに興り,小

アジアとエジプトを結ぶ中継貿易によって栄えたアッシリアは前15世紀には一時ミタン

ニ王国に服属するが,その後独立を回復して前14世紀頃には西アジア世界の強国として

台頭した。前9~前8世紀には大規模な軍事遠征を繰り広げて西アジア全域に進出し,征

服地の住民を強制移住させるなど強圧的な政策をおこなっている。鉄製の武器や戦車・騎

兵隊などで編成された軍隊は,その暴虐さから諸民族に恐れられ,前7世紀前半には全オ

リエントが征服された。アッシリア王は政治・軍事・宗教の最高指導者を兼ね,強大な専

制君主であった。国内を州にわけ,駅伝制を設け,各地に総督をおいて統治した。

 最盛期にはメソポタミア・シリア・パレスチナ・小アジア南東部・イラン西部までを直

接間接に支配して,一時はエジプトまで版図に入るなど西アジア広域に帝国として君臨し

た。

 大図書館建造で有名な前7世紀のアッシュールバニパル王の治世の後半から国力は衰退

し,前612年に新バビロニアとメディアの連合軍により帝国の首都ニネヴェを攻略されて

滅亡した。急速な衰退は被征服民に対する抑圧が過酷すぎたとも考えられている。

 以上のような歴史を持つアッシリアの君主は「王」であり,最盛期のアッシュールバニ

パルも「皇帝」という称号を使っていたわけではないし,現在「皇帝」の称号を冠して呼

ぶこともない。したがってアッシリアが帝国と呼ばれる理由は,メソポタミアから小アジ

アやイランまで広大な複数の地域を支配したことにあると考えられる。

 古代オリエント史のなかで「広大な」あるいは「複数の」地域を支配した国をアッシリ

アと近い年代を探すと,前24世紀頃にメソポタミア南部のシュメール人の都市国家を征

一 61

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服したアソカドをあげることができる。この国が支配したのは南北メソポタミアからシリ

アにかけてと考えられているが,山川の教科書には「広大な領域国家」と表現され,アッ

カドに対しては帝国はおろか「王国」の名称も与えられていない。他社の教科書あるいは

参考書・問題集などには「アッカド王国」と表現されることもあるが,「アッカド帝国」

という表現は見あたらない。メソポタミア統一時のアッカド王サルゴンももちろん「皇帝」

ではない。

 高校世界史の教科書の中で,王国ないし領域国家と呼ばれるアッカドと,その最盛期の

状態を指して帝国と呼ばれるアッシリアとの違いは「広大な支配領域」であり,当然その

領域の住民に対する支配であるが,明確な基準があるわけではなく,イメージの表現,あ

るいは他の国や王国との対比の中で便宜的に用いられているとも考えられる。

(2)その他の世界史上の帝国

 この後の世界史にはアッシリア崩壊後の4王国分立時代から回ったアケメネス朝ペルシ

ア,それを倒したアレクサンドロス帝国など,古代史には数多くの帝国が登場する。その

なかでもっとも多くの内容を扱う帝国は古代ローマ帝国であろう。紀元1世紀以降のロー

マでは絶対的な権力と権威を持つ皇帝が,ヨーロッパからアジア・アフリカにまたがる広

大な領域とそこに住む多数の民族を支配し,世界帝国をもって任じた。ローマ帝国の後喬

であるビザンツ(ビザンティン)は,13世紀はじめに第4回十字軍に一一時滅ぼされ,ニケ

ーア帝国として存続した。帝国を再興した後も支配規模を大幅に減少させて末期には小ア

ジアの一部を支配する小国家になっていたが,過去の栄華によって滅亡まで帝国として存

在している。

 ビザンツ帝国を圧迫したブルガール人が建てた国も「(第1次・第2次)ブルガリア帝国」

という名称で登場する。『山川世界史小辞典(改訂新版)』によれば,ブルガリア君主は当

初内陸アジアの遊牧国家の君主の称号であるハーン(汗)を使用していたが,9世紀後半

にキリスト教化したときから王(クニャス),10世紀の初めからは「ローマ人とブルガリ

ア人の皇帝(はじめはギリシャ語のバシレウス,後にスラヴ語のツァール)にして専制君主」

が用いられている。1908年に独立した「ブルガリア王国」と呼ばれる近代ブルガリアで

も独立後の君主の称号は皇帝(ツァール)であった。

 ブルガリアの例で言えば王国か帝国は為政者の政治的選択にかかっていると見ることが

できる。これは13世紀初めに第4回十字軍によってつくられたラテン帝国や,1897年に

一62一

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国号を大韓帝国として皇帝の称号をもちいた朝鮮にも同じことが言える。

 一方中国史でも,秦・漢・晴・唐・宋などが広大な領域を支配した帝国と呼ばれている。

特に13世紀のモンゴル帝国は史上最大の帝国として特筆され,副教材などでも興味付け

の扱いが非常に多い。中国史における「皇帝」,内陸アジアの「ハーン」については後述

するが,中国史・内陸アジア史においても「広大な支配領域」が帝国概念の構成要素であ

ることは明らかである。

 メソアメリカ文明ではアステカが帝国と呼ばれることもあるが,アステカ文明,アステ

カ王国の呼称が多い。アンデス文明ではエクアドルからチリ北部までの約4000kmの領域

を支配したインカ帝国が15世紀から1世紀間存在したが,こちらはインカ文明と称され

ることの方が少ない。

 イスラーム世界では8世紀のアッバース朝から「イスラーム帝国」の呼称が用いられ,16

世紀に最盛期を迎えたオスマン帝国は,アジア・アフリカ・ヨーロッパの三大陸にまたが

る大・帝国として君臨した。14世紀から16世紀初めまで首都に中央アジアから西アジアに

建設されたティムール帝国は「ティムール朝」と称されることもある。16世紀にはイン

ドにムガル帝国が登場する。ここでも共通しているのは「広大な支配領域」であると言っ

てよいだろう。

 アフリカで帝国として登場するのはエチオピアである。ただし帝国としての呼称は中央

集権化した19世紀半ば以降である。アクスムやマリなどは概して王国としての呼称が多

いが帝国と呼ばれることも稀にある。いずれも「広大な支配領域」があったことは間違い

ないであろうが,他の地域と較べると帝国の呼称は少ないと言える。ほかに8世紀から19

世紀半ばに中部アフリカに存在したカネム帝国があるが,教科書の記述にはない。

 ローマ帝国分裂後のヨーロッパでは5世紀にフン人の王アッティラが形成した国も大帝

国と記述されている。その後,西ローマ帝国の復活を宣言したカールのフランク王国も帝

国と表現される。さらにオットーの戴冠後に東フランク王国が「神聖ローマ帝国」と呼ば

れるようになる。

 近代以降のヨーロッパでは1648年のウェストファリア条約で北西ドイツ地方に領土を

獲得したスウェーデンに「バルト帝国」との呼称が付されている。イギリスが広大な海外

植民地を支配すると「植民地帝国」という形容が現れる。1876年にはイギリス国王が皇

帝を兼任するインド帝国が成立する。このほかヨーロッパからアジアに拡大したロシア帝

国やハプスブルク(オーストリア=ハンガリー)帝国,ウィーン体制下にポルトガルの王子

一63一

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が帝位について独立帝国となったブラジルがある。1871年にはドイツ帝国が成立してい

る。

 第一次世界大戦後には皇帝が支配する文字通りの帝国の多くが崩壊し,第二次世界大戦

後は大英帝国が終焉を迎え,ナチス第三帝国は滅亡,大日本帝国は崩壊した。

 以上,高校世界史の教科書に登場する帝国には厳密な共通事項はない。要素として多い

のは「広大な支配領域」と「為政者による政治的選択」である。

3.歴史学における帝国主義の定義と歴史モデルの整理

 歴史学では帝国をどのように定義しているのだろうか。歴史学者の杉山正明氏は帝国や

その関連する言葉の意味や用法,語源などを整理した上で帝国のパターンをいくつかの観

点から類型化し,何をもって帝国と呼ぶべきなのかについて考察している*6。そこで杉山

氏の論考をもとに,歴史学における帝国に関連する語句の定義と歴史モデルを以下に整理

する。

(1)帝国の訳語

 まず,帝国は日本語にどのように翻訳されたのだろうか,.もともと「命令,統治,支配」

を意味するラテン語のインペリウム(imperium)に由来し,「インペリウムをふるう人」と

いう意味のインペラトル(imperator)がロマンス語やケルト語に伝播して現在の英語emperor

となった。emperorが統治する国がempireとなる。

 一方,漢字の帝国は和製で中国古典・古文献には登場しない。字義において「帝」は地

上で唯一の支配者を意味し,「国(國)」は西周・春秋時代の都市国家を意味した。

 帝国の語が日本に登場するのは江戸後期で,オランダ語のケイゼレイク(keijzerrij k)の訳

語として普及し,英語の英語のemperorなどとも連結した。オランダ語のケイゼルkeijzer,

すなわち独語カイザーkaiserはロシア語のツァーリUaPbなどバルト・スラブ系の言語

における用語と同じく,ラテン語のカエサルcaesarに由来するゲルマン語にもとづき,王

を意味するケーニヒKonigを超えた至高の存在を指すため,「王」ではなく「帝」と訳し

たらしい。オランダ語のレイクrijkすなわち独語のReichは,いわゆる神聖u一マ帝国(独

語Heiliges Romisches Reich,ラテン語Sacrum Romanum lmperium)にもとづき,シュタート

StaatやラントLandなどといった分国・領邦の上位にある統合体を指した。

 江戸期に来日したオランダ人は将軍を世俗的なケイゼル,天皇を精神的なケイゼルとみ

一64一

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なし,大名の大きなものを独語KonigにあたるKoningと見なしていた。すなわち,江戸

期の日本は神聖ローマ帝国とよく似た構造と見られていた,明治期の学者・知識人も特に

帝国の表現に異を唱えることはなくimperialismも帝国主義の訳で固定化した。

 日本は明治22(1889)年大日本帝国憲法を定めて,自ら帝国であると宣言した。当時,帝

国はプラスイメージでやや晴れがましい程度の国号であったというが,当時隣国の朝鮮王

朝は清国の従属国としての立場を否定し,独立国家として再出発するため,高宗が皇帝と

して即位し「大韓帝国」と名乗るという国家の生き残りの方法の一つであったと言える。*7

(2)皇帝を意味する語

 紀元前221年に戦国時代を統一した秦王政は,従来の王に代わる称号としてみずから皇

帝と名乗った。その由来は,三皇五帝をあわせる空前の存在にして,皇皇(煙煤)と光輝く

上帝に自らを擬iして,地上のすべてに優越する絶対者・権威者たることを示すことにあっ

た。続く漢でも「王のなかの王」として「皇帝」号が使われ,儒家的な君主観からの「天

子」の称号も兼備した。

 ローマと中華における「皇帝」は,その名称の起こりや観念的な意味合い,両帝国がほ

ぼ同時期に存在したなどの共通点があり,それぞれの文化世界で伝統意識や価値体系の起

点とイメージされた。一方でそれは,人類史に占める西欧史と中国史の大きさを示すもの

であり,それ以外の地域の歴史の軽視に他ならない。ここで杉山氏は次のように述べてい

る。

 ・やはりヨーロッパと中華地域に,知識・認識・目線のいずれにおいてもひどく傾いた

かたちで,人類史のストーリーが組み立てられてきたことは否めないだろう。反対に,両

者の間にある広大な中央ユーラシアやイスラーム中東地域については,人類史の再構成に

不可欠の固有で独自の文明形態や多様な文化・価値の体系を作り出しているにもかかわら

ず,それがかならずしも正当には認識・評価されにくく,またそれぞれ大変な質量の研究

蓄積がありながら,それらが十分には活かされないままに,全体としてはいちじるしくバ

ランスを欠いた理解・叙述がなされてきたと言わざるを得ない。*8

 ヨーロッパ・中国以外の地域で「皇帝」に相当する語としては,中央アジアで用いられ

たカガン(ハーン),古代イランの「シャー」があるが,モンゴル帝国の他,突豚や柔然,

一65一

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ウイグルもその実態やカガン号使用の両面から帝国と呼ぶことは可能であろう。モンゴル

時代にイラン方面を支配したフラグのイル=ハン国第七代君主ガザンはハンの称号と同時

に「イスラームの帝王」と自称している。

 イスラーム世界のカリフとスルタンは,普通「皇帝」とは訳されないが,俗権の最高権

力者を「皇帝」とするならば,教権が政治的権力をともなう形の「カリフ」は「皇帝」に

近似する。スルタンはもともと権威や権力などを意味し,武力によって権力を得た君主を

指した。1055年にトゥグリル=ベクが最初にスルタンとしてセルジューク朝を創始して以

降,イスラーム世界には中小の俗権指導者から地方権力者までが一様にスルタンを名乗っ

たが,スルタンには特に決まった定義はなく,イスラームを奉じる支配者一般を指した。

カリフは1258年にモンゴル帝国によってアッバース朝が滅ぼされたときにいったん消滅

したが,マムルーク朝において復活し,オスマン帝国がこれを受け継いで】8世紀以降は

スルタンがカリフを兼ねるスルタン=カリフ制がおこなわれた。デリー=スルタン王朝もそ

の領域の広さをみると帝国と呼ぶことが可能である。

 古代インドの諸王朝も一種の「帝権」であったが,クシャトリヤにはバラモンの聖法を

変更する権限はないとされた。インドの多宗教・多文化の大小地方王侯・権力者を支配し

たのが外来のムガル「皇帝」であったが,イギリスによる「インド帝国」がその地位に取

って代わった。*9

一66一

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(3)類型化の基準

以上の帝国・皇帝の語の定義をふまえると,歴史上の帝国はどのように類型化すること

ができるだろうか。杉山氏は類型化の基準・目安を次のようにあげている。

(1) 単一の超越的な権威・権力を持つとされる君主・指導者のもとに,異種の臣民

スちが下部単位の氏族や集団・共同体などをこえて包摂される政治的統合体

(2) 同一の君主・王権・象徴のもとに,複数の地域権力・政治体が合一もしくは連

gする政治状態

(3) 単一の国家・王国・政治体をこえて,ゆるやかに地域と地域をむすびつける多

ウ複合型の広域の連合体

(4) なんらかの理念・思想・価値観・宗教などのもとで,人種・民族・地域や,時

ノは文明圏の枠さえもこえて広域にひろがりゆく政治体・もしくは疑似政治体

(5) 大小複数の王国・在地権力や多様な地域・民族などをよりあわせたSuper

rtate。単一の中央機構もしくはそれを補う複数の権力体からなる統合力を持つ

(6) 中央権力とその他の国家・地域権力・民族集団などとの間に,なんらかの支配

齧蜴x配,もしくは統制一従属,中心一周辺などの関係が存在している状態

(7) 中小の地域・国家・社会をこえて,大空間における時にゆるやかな,時には緊

翌オた交流・交易などの関係や連携を推進・演出する政治・経済・文化機構

(8) 本国とは別に,おもに海外に植民地・属領・自治領・などの付属地・遠隔領・

�ム地をもち,その全体がゆるやかにむすびつく広域国家システム

(9) 近隣もしくは周辺・遠隔の国家・地域に対して,強制的・独善的・威圧的な支

zをふるう覇権国家

(10) 強力な軍事・パワーなどをそなえ,その力の裏付けのもとに,国際的な関係,

ァ度・機構の形成を主導し,かつは世界規模の国際秩序を築く超大国。

 高校世界史に登場する帝国を容易にあてはめて考えることができるのは(1)~(5)と(IO)

である。(Dは古代エジプト王国,バビロン王国,二二以後の前漢など,(2)はアッシリア,

古代イラン帝国,古代インド王朝,中国の西周,遼(西遼含む),金,西夏,セルジューク

朝,ホラズム,ティムール帝国などトルコ=イスラーム系諸国家,同君連合のイスパニア,

ポーランド=リトアニア,複合君主制時代のイギリスなど,(3)はスキタイ,丁丁,三蹟国

一67一

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家,エフタル,突蕨など遊牧民国家とその拡大型国家群,(4)はウマイや朝,前半期のア

ッバース朝,中世ローマ教皇権など,(5)はローマ帝国,モンゴル帝国,清朝の後期,オ

スマン帝国などで,神聖ローマ帝国はローマ帝国の理念を継承したが,叙任権闘争後の実

態は統合力・中央機構が極めて乏しく,杉山氏は神聖ローマ帝国がこれに当てはまるのか

どうかは,すべての帝国論のポイントの一つであるとしている。

 (8)は16世紀以降のスペイン帝国を先駆として,イギリス帝国・フランス帝国など,(9)

について杉山氏は実例がないとしながら「かってのソ連や現在・今後・将来のアメリカが

妥当するか」と投げかけているが,今日においては,むしろ大規模な人口や広大な市場,

安価な国内労働力を背景とする経済の優位性を武器に,強圧的な領土要求や他国の外交政

策への介入をおこなう現在の中国こそ第一候補としてあげられるのではないだろうか*】o。

(10)は古代ローマ帝国,後半期のモンゴル帝国,近現代のイギリス帝国など。

 このように,帝国類型化の大雑把な基準から,広範囲の地域世界を統合する多種類の人

間・地域・生活圏からなる混成体という共通点があげられる。また専制国家・権力という

イメージはそう強くないことがわかる。

一68一

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(4)規模による類型化

 帝国が抱える領土の規模によって類型化を試みると次のようになる。杉山氏は「帝国の

規模は,その内実や性格までをも著しく規定する」と述べている。

(1)

(2)

(3)

(4)

(5)

世界帝国(World Empire)

大洋航海が可能となった15世紀後半を境に大きく状況は異なり,世界史にはア

フロ・ユーラシア世界史の時代と地球世界史の時代という二段階があったと言

うこともできる。15世紀以前においてはモンゴル帝国,それ以降ではイギリス

帝国がこれに当てはまる。

「文化世界」「文明圏」単位の大帝国(Great Empire)

前者はアケメネス朝ペルシア,アレクサンドロス帝国,ローマ帝国,秦漢帝国,

階唐帝国など古代に顕著である。後者はティムール帝国,オスマン帝国,中期

以降の大回帝国,ロシア帝国・ソヴィエト連邦など。これらは複数の「文化世

界」「文明圏」を束ねるほどではなく他を圧倒する大帝国というわけではない。

中小規模の帝国(Lesser Empire)

ビザンツ帝国,神聖ローマ帝国,北魏,北宋,南下,クシャーナ,エフタル,

二二,ウイグル,遼,金,西夏,ホラズム==シャー朝,シュリーヴィジャヤ,

古代インド諸政権などで,各文明圏や文化世界では大帝国でも,人類史レヴェ

ルでは中小規模である。

帝国と王国の旧

いずれとも決めにくい存在で,吐蕃や第一次(681年建国)・第二次ブルガリア

国(1187年建国)など。紛れもない帝国が,衰微・分裂などして王国程度に縮小

する典型としては,300年の大王朝とされがちの唐,アッバース朝があげられ

る。

地域型と横断型

近代以前の帝国は地域と密着しているために,ほとんどが地域型である。横断

型が登場するのはモンゴル帝国からで,陸海の組織化と地域・文明圏を貫いた

視野と交流の形成は人類史のほか帝国史に格別な意味を持つ。19世紀末の帝国

主義時代はモンゴル時代からの脈絡で考えなければ十分に理解しにくい。

一69t

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 以上から,近代以降の帝国には陸・海を組織化し地域世界を貫く視野と交流の形成がみ

られるという点で,近代以前の地域密着型帝国との間に決定的相違があり,その画期は13

世紀のモンゴル帝国である,ということがわかる。また,帝国を通時代的に分析するには

単に領土の広さだけでなく,その帝国が位置する地域世界の文化状況や隣接地域の帝国の

状況,地域世界と人類史レベルでの比較など,多面的な視角が必要であり,歴史学の範囲

を超えるものと考えられる。杉山氏は「…歴史学研究と政治学・法制史学・経済学・経営

学・社会学・人類学など社会科学二二分野との協働を不可欠とする総合的テーマ」として,

人類史の見地からのアブV一一チがより一層求められると述べている。*H

(5)帝国の時代順の展開

 前述したように高校世界史に登場する最初の帝国は前8世紀のアソシリアであるが,そ

の後の帝国史をどのように区切ることができるだろうか。杉山氏は前14世紀頃のヒッタ

イトや前11世紀頃のアッシリア,般や西周など,中東や中華地域に素朴な帝国の時期が

存在したとしたうえで,帝国史の画期を次のように述べている。*且2

第一の

画 期

第二の

画 期

第三の

画 期

第四の

画 期

第五の

画 期

第六の

画 期

前6世紀半ばのアケメネス朝ペルシア帝国。ダレイオスー世の帝国経営シス

テムや方式はアレクサンドロスを通じてローマへと伝えられ,以後の人類史

における国家・帝国の基本形となった。

6世紀末から7世紀初めの階唐帝国とイスラーム帝国。西方ではイラン帝国

の伝統を吸収してイスラーム帝国が急速に形成し,東方では遊牧帝国の三三

と農耕社会を基盤とする漢という二つの異なる源流を合体させた。

13世紀のモンゴル帝国。

16世紀のスペイン帝国,ハプスブルク帝国,ロシア・オスマン・ムガルと

いった帝国が並立。第一次大戦までその枠組みが並存した。

「長い19世紀」の全体。この間にフランス革命とナポレオン帝国を経てヨ

ーロッパ列強の角逐と世界分割がおこなわれ,1860-1870年前後には米・

日・独・懊・仏・伊などで国家再編と枠組変動がおこり,新たな帝国が出現

した。第一次大戦で新旧諸帝国は大きく入れ替わり,米・ソが浮上した。

「短い20世紀」ではなく,2001年9月ll日を体験した現時点では文字通

り20世紀末まで。

一70一

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 第一の画期とするアケメネス朝はローマや漢よりもかなり早い段階で典型的な帝国のシ

ステムが始まっているとみれば,ローマや秦漢を帝国史の幕開けとするのは誤りである。

第二の画期は農耕国家と遊牧国家が合体した階唐,イランの伝統を吸収したイスラーム帝

国は,それ以前にはない新たな帝国の形式と見ることが出来る。第四の画期は近代の始ま

りと合致する。第五・第六の画期における杉山氏の考察は,「長い19世紀」の時代区分を

採用して画期としている。第一次世界大戦を画期としている点で杉山氏の時代区分は「短

い20世紀」に基づいていると言えるが,その終点は2001年9,月ll日の同時多発テロを

理由に,ソ連崩壊を時代の画期としていない。「長い20世紀」論に通じる視点だが,現在

は第七の画期であるとしている。

(6)近代以前と近現代の帝国の相違

 近代以前と近現代の帝国にはどのような相違点があるだうか。杉山氏は三点の相違点を

次のようにあげている。

 ①近代以前の帝国は,基本的に血統主義に立脚した君主制に基づいているのに対し,近

  現代の帝国は議会・代議制など「国民」「臣民」による意志決定に依拠する。国民国

  家を基盤に帝国が形成され,「国民帝国」「民主の帝国1も矛盾しない。

 ②近代以前の帝国は主に陸上に展開し,近現代の帝国は,海外領をもって帝国となって

  いることが多い。

 ③近代以前の帝国は「民族」形成以前であり人種主義の観念も希薄である。近現代の帝

  国は「民族」意識や人種主義が強烈に存在し,植民地の先住民を蔑視する観念はヨー

  ロッパの伝統となり,「文明化の使命」をもって植民地拡大の理由付けとした。

 杉山氏は上記の三点を除くと,近代以前と近現代の帝国は,基本的にはほとんどかわら

ないと指摘している。*13

 以上の分析からわかるのは,帝国の定義や類型化は想像以上に輻榛したものであるとい

うことである。杉山氏も「曖昧さこそが史上の『帝国』を通観した場合に浮かび上がる一

つの本質とさえいえるほどである」’14と述べている。言葉の便利な用いられ方からは想

像もできないほど多元的な意味合いを持ち,状況や意図によって変幻自在に意味をかえる

のが帝国という語であると言える。

一71

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4.歴史学における帝国の理論化

 次に,歴史学における帝国の理論化について考察する。前項で帝国を歴史的に類型化す

るためには数多くの要素が存在し,多様な領域にわたることが明らかとなったが,歴史学

では,この多様な帝国をどのように理論化しているのだろうか。ここでは山本有造氏の論

考をもとに帝国の理論を整理して,高校世界史に援用可能な理論を考察する。

(1)帝国を理論的に捉えるアプローチ

帝国を理論的に捉える社会科学的なアプローチは次のとおりである。

①政治学的アプローチ

  政治システムの社会科学的分析を試みたS.N.アイゼンシュタソトは帝国を理論的に

 とらえるために近代以前の「中央集権的官僚帝国」を世界システムとして析出し,帝

 国主義を近代国家形成の前提として把握した。すなわち帝国を前近代的現象とみなす

 ものである。

②経済的アプローチ

  ホブソン=レーニンは経済的発展段階論に依拠しつつ,資本主義の最高段階として

 の帝国主義段階にある国家を帝国と見なした。帝国を近代的現象として見なすという

 点において政治学的アプローチとは対照的ではあるが,帝国の存在をある特定の歴史

 的段階と結び付けて規定しようとする点で共通している。

(2)近年の帝国論の特色

 帝国を広く人類史の文脈で捉えようとする傾向をもつ,近年の代表的な帝国論として,

マイケル=ドイルとアレクサンダー=モティルの帝国論の要点を次に示す。

①マイケル=ドイルの帝国論

          図1国際間における権力行使の諸形態

権力行使の範囲(scope)

権力行使の負荷(weight) 対外+対内政策 対外政策

支  配

束縛(不平等な影響)

平等な影響

帝国(公式+非公式)

従属国相互依存

権圏立

 響

覇影独

[山本有造編『帝国の研究』名古屋大学出版会,2003年,p.6]

      一72一

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 ドイルによれば,帝国支配とは「国際間における非対称的な権力(power)の行使の一形

態」である。その第一は権力の及ぶ範囲(scope of power)で,これは権力の行使を受ける国

家ないし地域の対外政策のみに及ぶ権力と対内・対内政策の両面に及ぶ権力とに区別され

得るが,帝国は後者の行使によって特徴づけられる。帝国とヘゲモニー国家はこの点で区

別される。第二は権力行使をその負荷(weight of power)という観点から見た場合,そこに

は弱から強へ,影響一束縛一支配というスペクトラムがみられるが,帝国的関係は最も強

力な形態である「支配」的関係にあたる。一般的な従属国と帝国支配下の従属的周辺地域

との違いは,この束縛と支配の強度に起因する。このscope of powerとweight of powerの

二つの次元に着目して帝国を位置づけると図1が得られる。

 ドイルの帝国論は中核と周辺の関係のあり方,特に支配一丁支配関係の及ぶ範囲と強度

に力点をおいている。

②アレクサンダー・モティルの帝国論

 モティルによる帝国の定義は「集権的組織を持ち,領域的にまとまったコア(中核),お

よびこれと文化的に区別される人々が居住し,やはり領域的にまとまった複数のペリフェ

リー(周辺)から構成され,中核のエリートが周辺のエリートに対して独裁的な関係をなし

ている政体」であり,多民族国家と独裁的国家の特徴(図2)を持つ。

               図2多民族国家の諸形態

中核体(コア)の有無

行政単位の性格 あ り な し

文化的差異あり

文化的差異なし

 家

 下

国銀

 鋤

帝独

エスニックに基づく連邦

非独裁的多民族国家(連邦)

[山本有造編『帝国の研究』名古屋大学出版会,2003年,p.8]

 図2の公式に帝国を当てはめると,カナダや旧ユーゴはエスニックな行政単位は持つが

コアを持たないゆえにエスニックに基づいて棲み分けられた連邦であり,フランコのスペ

インやフセインのイラクは,コアは持つが文化的に区切られた行政単位を持たないために

独裁的多民族国家である。アメリカやスイスは非独裁的多民族国家(連邦)であると言える。

これに対して帝国は,広義の独裁的多民族国家であるが,極めて中央集権的であり,領域

的に分割され,文化的に多様性を持った国家である。それゆえ内部に集権・分断・差別が

一73一

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重なり合っていることを特徴としている。

③帝国論の新しい視座

 ドイル,モティルらによる帝国論の成果について,山本氏は「帝国の特質を操作可能な

少数の要素の組合せによって表示し,類似する他の実体との異同を通じて帝国を相対的に

定義するという明快な分析方法を提示」して,「帝国概念にまつわりつく時代性を剥ぎ取

り,それが現在においてすら存在することを証明した」と評価する。この分析方法は高校

世界史には難解に過ぎて援用は難しいが,現代にも帝国は存在し得るという視点は意義深

い。

 一方問題点として山本氏は帝国の「現代的」適応性を配慮するあまりに,本来目指した

ところの「通時的」適応性にやや欠ける点をあげている。例えばドイルの定義では,帝国

は国家間・国際関係の一形態に過ぎず,16世紀以降の「主権国家」成立以後のみを論じ

ている。そのため,あらためて「帝国性」の中身を吟味する必要性を指摘している。*15

(3)帝国の特性

 前項で杉山氏も述べているように,帝国の特性として「異民族を統治・統御する政治シ

ステム」としての機能がある。山本氏も「帝国は多民族的な政治共同体であり,文化・伝

統などの相違をもとに複数の行政域などに分割・階層化された,国民国家とは別の原理に

基づく国家システム」であるという。また帝国においては民族性に基づく複数の領域が「中

心と周辺」の関係に立ち,中心による「集権的な権力」による直接的な支配が一般的であ

るが,「分散的な権力による間接的支配」という説明もまた可能であるとしている。

 帝国的な支配と被支配の関係を山本氏は次の三つの要素で説明た。これを図3に示す。

中心(強力な中央統治機構を備える) 周辺(中央からの影響に弱い)

  中心と周辺を結合する惰力

(軍事・政治・経済やイデオロギー)

                  図3

山本有造編『帝国の研究一原理・類型・関係一』名古屋大学出版会,2003年)p」2をもとに筆者作成

一74一

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 帝国を維持するものとしてはその圧倒的経済力をあげ,「中央」主導のインフラ整備・

貨幣制度,貿易権の整備などは暴力装置として機能すると同時に「周辺」を引きつける力

を持つとする。

 また,帝国統合を正当化する基本理念・原理として「文明化の使命」論,「白人の責務」

をあげ,これに対抗するイデオロギー的動因としてアジア主義などを例に「抑圧への抵抗」

を核とした結合原理をあげている。

 以上のような帝国結合の力は中心から周辺に向けて発信されるものであるが,帝国の維

持と発展には周辺からの一定の支持と協力が必要であり,ホブズボームも「植民地帝国成

功の理由」と指摘している。*16

5.高校世界史に援用可能な帝国論

以上の帝国に関する定義や諸理論のなかから高校世界史に援用可能なものを考察する。

(1)高校世界史に援用可能な帝国の定義

 世界史の授業において,単に帝国や皇帝の意味を考えさせたり調べさせたりすることに

意義はあるだろうが,教科書に登場する帝国のうちから異なる地域世界を代表する帝国を

取り上げて比較考察させ,地域世界の全体像をイメージさせてそれを表現させたり,諸地

域世界の「皇帝」・「君主」と比較考察させ,調査結果を発表するなどの活動が考えられる。

例えば,イラン世界のシャーと,イスラーム世界のスルタンを比較して,その権威や伝統,

実例などを調べることで理解を深めたり,興味関心を高めたりすることが可能であろう。

 さらに歴史的思考力の育成を主眼にする場合は,例えば中央アジアで用いられたカガン

(ハーン)の称号と,西欧史や中国史の「皇帝」とを比較することで,世界史そのものの記

述が西欧史と中国に偏ったものであることに気付き,歴史を相対化してみるきっかけの一

つとなる可能性が考えられる。

(2)高校世界史に援用可能な帝国論の視点

 高度な理解力・思考力が必要と考えられる帝国論だが,高校世界史に援用可能と考えら

れるのが,帝国は現在においても存在するという視点である。現代の国家を帝国に当ては

めて,どのような類型が可能かを考察させたりするなどの活動が考えられる。ただし,生

徒の理解度は相当に高いものでなければ活動そのものが進まないであろうし,授業進度が

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ある程度進んでいなければならないなど制約も多いと考えられる。

(3)高校世界史に帝国論を援用する方法

 ややハードルは高いが,生徒自身が既習の知識を活かしてドイルやモティルの帝国の類

型に任意に帝国を当てはめて生徒同士で議論させるといった方法も考えられる。例えば「テ

ィムール朝はティムール帝国とも呼ばれるが,サファヴィー朝はなぜサファヴィー帝国と

は呼ばれないのか」「共和政時代のローマは帝国と呼ぶべきか」など生徒の素朴な疑問を

考察させるような,帝国の特質をある要素の組合せから帝国を相対的に定義するという分

析方法を導入すれば,生徒自らが思考をめぐらせながら帝国について理解を深めたり,歴

史のある段階や現代社:会が帝国的状況にあるのかどうかを自ら考えようとする契機となる

かもしれない。歴史を観る視座の一つとしての帝国論は,歴史的思考力を育てるための有

効な方法になり得ると考える。

第2節 歴史学における「帝国主義」概念の変遷

 帝国主義論も帝国論のひとつと考えれば,現在の帝国論はもともと帝国主義論から生ま

れ,成長発展していった理論と言うことができる。実際に多くの帝国論がいわゆるig世

紀後半の,狭義の帝国主義時代の現象を議論の出発点ないし批判の対象としている。ここ

では,歴史学におけるおもな帝国主義論の特徴をまとめ,諸理論がどう変遷したのかを考

察して,高校世界史に援用可能な帝国主義の理論を考察する。

1.帝国主義論それぞれの特徴

 帝国主義という言葉は古代ローマ帝国の政治制度とナポレオン1世のもとでおこなわれ

たフランスの対外進出に由来する。*17用語としていつ頃使用され始めたのかについては

ナポレオンが命名したという説や,イギリス議会でグラッドストンが保守党を批判する演

説のなかで使ったという説など諸説あるが,活字として記録が残っているのはフランス第

二帝政崩壊を伝えた1870年9月8日付けの新聞『デーリー・ニューズ』で,その意味合

いは「専制政治」と同義であった*18。はじめ帝国主義はイギリスの膨張政策と植民地の

関係のみを意味する言葉であったが,1884年*19以降のアフリカ分割にともなって使用範

一76一

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囲を広げ,他の諸列強のそれについて意味するにいたった.

 ここでは世紀末から今日までの,さまざまな帝国主義の諸理論を整理した木谷丁丁の論

考をもとに,それぞれの特徴をまとめる。世界システム論における帝国主義の扱いについ

ても簡単に触れる。*20

(1)ホブソンの帝国主義論

 イギリスの経済ジャーナリスト,J・A・ホブソンは,それまでもっぱら政治現象とみな

されてきた帝国主義の基礎に,商品輸出にかわり資本輸出をさかんにおこなう最近の資本

主義の変質(寄生化・腐朽化)があり,帝国主義の対外膨張の原動力はこの資本輸出および

それから利益をえる大金融業者や投資家の特殊利益であると主張した。

(2)レーニンの帝国主義論

 レーニンは資本主義の独占段階への移行,生産と資本の集中・集積を体系的にまとめた

著書『帝国主義論』のなかで帝国主義の経済的特徴を次のようにあげている*2且。

 (1)生産と資本の集積による独占の形成

 (2)銀行資本と産業資本との融合による金融寡頭制の成立

 (3)商品輸出にかわって資本輸出が増大

 (4)国際的なカルテルによる世界の分割

 (5)資本主義的強国による地球の領土二分割の完了

 彼はこの特徴によって,少数の列強が多数の植民地・従属諸国を従え,世界市場での支

配権をめぐりたがいに激しく争う世界システムとして帝国主義をとらえようとした。*22

(3)シュムペーターの帝国主義論

 合衆国の経済学者A・シュムペーターはその著書『帝国主義と社会階級』(1919年)で帝

国主義を近代社会に残存した封建的要素が対外膨張や風骨対立という環境の変化に応じて

息をふきかえした「隔世遺伝(アクヴィズム)」であるとして,政府の膨張主義や,政治家

や軍人の権力欲のあらわれなど,専ら政治的・心理的現象として説明した。

(4)自由貿易帝国主義論

イギリスの歴史家J・ギャラハーとR・ロビンソンは,帝国主義に「公式の」帝国主義

一77一

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(fbrmal imperialism)と「非公式の」,あるいは領土獲得より貿易の拡大を求める「自由貿易」

帝国主義(inforrnal imperialism, imperialism of freetrade)の二種を認め,19世紀のイギリス帝

国主義をこの二つのタイプの組み合わせから説明した。

 それまで帝国主義のはじまりは19世紀最後の四半世紀ととらえられ,それ以前の自由

貿易時代(1840~70年代)に人びとはむしろ植民地の拡張に反対であったとされていたが,

ギャラハーとロビンソンは大英帝国が海外に広大な版図を築いたのがむしろ自由貿易時代

だったことに注目し,段階による区別は成り立たない,と主張した。

 この視点は,帝国主義=独占資本主義という見方にっきまとう段階論からぬけだし,帝

国主義をより長期的な視野でみなおすことを可能にした。また帝国主義の現象があらわれ

るかどうかは,支配国だけでなく,しばしば植民地・従属地域の動きによって決まると主

張して,帝国主義研究のヨーロッパ中心主義的片寄りを克服する新しい方向を示した。

(5)門戸開放帝国主義論

 帝国主義は必ずしも植民地の獲得を意味しないという「自由貿易帝国主義論」の影響を

受けて,アメリカ合衆国の歴史家にも大きな影響を与えた。19世紀転換期以降のカリブ

海域での「棍棒外交」と対中「門戸開放」外交などの膨張政策を,「公式」帝国主義も交

えた「非公式」帝国主義の政策体系として「門戸開放帝国主義論」と名付けた。

(6)社:会帝国主義論

 19世紀末にケープ植民地相セシル・ローズは帝国主義を「胃の騎の問題」であるとし

て,その対外膨張を国内の緊張緩和と国民統合に有効である趣旨の発言をしたが,これを

一歩広げて帝国主義を一部支配層による国内資本主義社会の矛盾を国外に振り向ける政策

として説明したのが「社会帝国主義論」である。

(7)従属理論

 1960年代,世界資本主義を「中心」諸国対「周辺」諸国という二つのグループのあい

だの階層的(支配・従属をともなった)分業関係からなる一つのシステムと捉え,「中心」

が発展し工業化するのに対し,「周辺」はモノカルチャー化された農業地域として低開発

に陥るという「従属理論」が提唱された。これは資本主義を一国単位でとらえる従来の分

析視角・単位を全面的に切り替えた。また,帝国主義を「世界経済」が誕生した16世紀

一78一

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から脱植民地化の今日までの長い時間的スパンで捉え,帝国主義をヨーロッパ諸国が非ヨ

ーロッパ諸民族を奴隷化し従属させてきた長い歴史過程とみなして,より広いパースペク

ティヴのもとに見直すことを可能にした。

(8)新マルクス主義帝国主義論

 アメリカのマルクス主義者マグドブはレーニンの段階論を批判して,帝国主義について

次の五つの基本的命題を掲げた。

 (D資本の蓄積

 (2)世界システムとしての資本主義及びその構造と発展過程

 (3)資本主義の生産システムによる剰余価値の拡大

 (4)世界資本主義システムによる国際分業体制と経済的従属関係

 (5)資本主義の市場・価格及び金融メカニズムによる従属関係の再生産

(9)世界システム論における帝国主義論

 ウォーラーステインは帝国主義を資本主義の特殊な段階ととらえるのではなく,近代「世

界システム」における循環現象の一つと捉えた。例えば資本輸出の増減は国内生産コスト

の変動のバロメーターに他ならず,また20世紀後半の脱植民地化も19世紀のイギリスの

立場に20世紀にはアメリカが取って代わったという循環現象の現れであった。ウォーラ

ーステインの帝国主義についての概念は,基本的にホブソンやレーニンの姿勢を受け継ぎ

ながら,それを世界システムの一段階ではなく,繰り返し現れる循環運動とみなした。

一79一

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2.帝国主義論の比較考察

 ここでは帝国主義の諸理論が設定する時代範囲を比較してその傾向を分析する。また,

それぞれの理論の焦点及び特徴をまとめて比較考察して構造化を試みる。

(1)諸帝国主義論の時代範囲

 帝国主義の諸理論は帝国主義の時代範囲をどのように設定しているのか比較して,図5

にまとめた。

⇒繋鴫

「長い20世紀」論における帝国主義

ホブソン・レーニンの帝国主義

自由貿易帝国主義論(ギャラハー,ロビンソン)

従属理論の帝国主義(フランク,サミール=アミン)

新マルクス主義帝国主義論(マグドブ)

 1500 1600 1700 1800 1850 1900 1950 2000

 =LLi褒一一…一一一 @  麟二一 煎面1 1史                一_一一 」 _==曽===\==二=一===一二.==========一========一_____二=一=「「 世                                                    l

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1 (3)     1 (4) 1     (5).一

F〉=

_    _    _    _    _    一    一    一    一    一    一    一    一    一    一    一    一    一    一    一    一    一    『    『    一    一     一

Q      _      _      一      一      一      一      一       一      一      一      一      一      一      一 一         一         一         一

~灘出山ウ長い19世紀            ・闘 短い20世紀

         1789 1870 1914 1945 1989図5(木谷勤『帝国主義と世界の一体化』山川出版社,1997年,pp.6-25をもとに筆者作成)

 帝国主義を資本主義の変質と社会経済構造の特質から論じたホブソンとレーニンによれ

ば,その開始は20世紀前後であり,それ以前の20~30年間は帝国主義の準備期間である

としている。イギリスの歴史家ギャラハーとロビンソンによって唱えられた「自由貿易帝

国主義」では,それまで反帝国主義の時代と考えられていた1840~70年代の自由貿易全盛

                  一80一

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期にも帝国主義を適用できることを明らかにした。「従属理論」は帝国主義をヨーロッパ

による非ヨーロッパの従属化の歴史過程ととらえ,「世界経済」が誕生した16世紀から20

世紀末までの長い時間的スパンでとらえた。

 新マルクス主義帝国主義論の代表であるマグドブは帝国主義の展開・変遷過程を次の五

段階に区分した。

 (1)15世紀末~17世紀中頃=商業資本の勃興と世界貿易の急速な拡大

 (2)17世紀中頃~18世紀後半=商業資本の支配的勢力への拡大

 (3)18世紀後半~1870年代=産業革命に刺激された産業資本の勃興とその最終的勝利。

 (4)1880年頃~第一次世界大戦=独占資本の勃興とその勝利。地球上の領土分割と,そ

  の再分割をめぐる最初の世界戦争

 (5)第1維持世界大戦以降=対立する社会システムとしての社会主義の誕生。植民地の

  最終的独立・分立,多国籍企業の勃興

 以上のようにマグドブは帝国主義の展開を段階的にとらえ,第4段階を帝国主義の典型

あるいは頂点と見なしている。

 これに対して,帝国主義の時代を現代とする「長い20世紀」論においては,19世紀後

半以降から第二次世界大戦までとした。

一81

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(2)帝国主義論の比較考察

 以上をふまえて,それぞれの帝国主義論が設定する時代と主張の焦点・特徴ごとにまと

めて次の表に示し,さらに帝国主義論の構造化を次の図6に示した。

理論家 時代 焦点 特  徴

ホブソン 1860~1900

i短期

繍 英の対夕騰脹を資本の輸出と金融資本の関係から説明,所得の配分の不

マ衡が原因であると批糺

レーニン 1870~1914

i短期

繍 帝国主義は資本窪義の最高段階であり,社会主義革命の前夜であると予

セ。世界システムとして轍

シュムペーター 古代~近代

i長期

政治 帝国主義を嚥目的な膨張」と定義し,古f欄聯勺支配階級

フ1生向であると説明、

自由貿易帝国

蜍`論

1840~1914

i短期

政治・

J帝国主灘翻を自由貿易時代にも拡張植民堆狽1ゆ動きから帝国

蜍`を分析・説明、

門戸開放帝国

蜍`論

1900~

i短期

政治・

J米国史を帝国建嶽の歴史ととらえ米の対外政策を帝国主義政筆である

ニ主張,

社会調国主三論 1880~

i短期〉

政治・

J国内の矛盾を国夘こそらしたり,社会政策などの資金獲碍のための植民

n獲得と説汎

f礪唖論 16c~20c末

i長期

繍システム

世界資本主義を中心と周辺のF轡{扮業・16c以降の資本主義泄界f輔1

Dの展開の一コマと捉える。

新マルクス主義

骰綜蜍`論

15c末》

i長期

繍システム

帝国主義を資本主義膨張の本質とその動因の観点から罐脚勺にとらえた

世界システム論灘(長期1

繍システム

帝国主義を世界システム論における一段階としてではなく,循環現象の

黷ツとしてとらえた。

一82一

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16c

17c

18c

1800

!’v

1840

1850

1860

1870

1880

1890

1900

1910

1920

1930

1940

1950

ホブソン・レーニン

独占資本・金融資本の形成   i騒雰鶴簗宇

  t再分割をめぐる対立  t 世界大戦  t 社:会主義革命

自由貿易帝国主義

自由貿易による帝国主義の推進く非公式帝国主義〉

領士獲得による帝国主義の推進〈公式の帝国主義〉

門戸開放帝国主義論

社会帝国主義

政府・保守派による社会政策と対外拡張政策により国民の不満を緩和

棍棒外交・門戸開放宣言(アメリカ帝国主義)

16c

17c

18c

1800

.N.

1840

1850

1860

1870

1880

1890

1900

1910

1920

1930

1940

1950

図6(木谷勤,前掲書,pp.6-25をもとに筆者作成)

以上の比較から,帝国主義は一つの国民国家だけの現象としては存在し得ず,「世界シ

ステム」の現象として認識できるということ,またその現象は政治・経済・社会・思想・

科学文化などさまざまな領域に及び,そのどれか一つの強調ではなく,これらの構造的な

組合わせ,かつ相互作用の帰結ということは明らかである。

また,帝国主義時代の設定範囲はホブソンやレーニンなどが示した19世紀末から20世

紀初めとしてではなく,ヨーロッパによる世界の一体化が始まる16世紀から脱植民地化

が進む20世紀末までの長期的な現象と捉えるべきであるということである。これは「従

属理論」,「非公式」マルクス主義*23,「世界システム」論など,帝国主義時代の各局面で

の特徴とそれらの相互関係をいかにとらえるかで見解はかなり分かれるが,最近の帝国主

義論の多くが帝国主義を長期的現象とみなしている。

一83一

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 3.高校世界史に援用可能な帝国主義の理論

 ここでは,これまでの帝国主義理論の整理から,高校世界史でどのような理論や視角を

援用することができるのか,考察する。

(1)高校世界史における帝国主義理論の問題点

 これまでみてきたように,帝国主義には様々な理論が存在しており,一様ではない。た

だし,わが国では戦後,社会科学の分野でマルクス主義が支配的な影響力をふるっていた

ために,帝国主義の経済的側面だけに注目し,政治・経済・思想の諸領域にまたがる総合

的現象と捉える見方がなかった。また世界的な広がりとまとまりを持つ過程及び体制と捉

える視点も欠けていた。さらに現在では,ホブソンやレーニンの理論からウォーラーステ

インの世界システム論にいたるまで,西欧中心の歴史的見方であるという批判*24も少な

くない。

(2)帝国という空間の生産

 歴史学者の山室信一氏は,近代における帝国を,本国の政治・経済的矛盾を法的に本国

とは異なる空間を植民地として編入することより「空間的決着」をはかるシステムと捉え

た上で,次のように述べている。

 マルクス主義を含めて進歩史観や文明史観などの発展段階説を基底に構成されてきた人

文・社会諸科学は,空間的な「ヨーロッパの彼方」を,時間的な「ヨーロッパの昔日」へ

と置き換え,それによってヨーロッパやアジア,アフリカといった空間的差異をいったん

解消し,ただ一つのスペクトラムの中に配列し直す人類史像を提供した。それは地域的・

空間的な事物の差異を時間的差異に置き換えることによって,地球上に存在する異なった

文化や習俗の差異を統一的な基軸によって認識するという課題に答えてきたのである。*25

 山室氏は,こうした世界認識によって文明国は主権国に,未開の反主権国は植民地にな

しうるという空間区分が正当化され,「文明化の使命」という名目による植民地の拡張と

しての帝国形成を可能にしたとする。さらに,このような人類の歴史的展開における地域

的差異を発展段階の差異に読み替え,空間差を時間差に転化するという発想そのものは,

後進国や発展途上国という表現になり,GDP(国内総生産)という指標による序列化やIMF

一84一

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(国際通貨基金)やWTO(世界貿易機関)などのグローバル=スタンダードに適合するか否か

といった視点で生き残っていると指摘している。*26

 やや難解ではあるが,この「空間の生産」の理論によって現代文明の様々な事象を歴史

的に説明することが可能であり,帝国主義の理解にも大きな役割を果たすと考えられるた

め,生徒にわかりやすく提示して理解と思考を促す工夫が必要である。

(3)「長い20世紀」論に基づく帝国主義の視角

 現在でもなお帝国主義を専ら資本輸出や独占資本主義などの経済面だけでの現象と位置

づけ,記述している例は少なくない。また帝国主義の他にも理論中心・西欧中心に書かれ

た歴史事象は枚挙にいとまがない。しかし西欧中心の歴史的見方が批判され,イデオロギ

ー対立が終焉を迎えるとともに新たな世界情勢の展開がみられる現在,現代世界の新たな

見通しを得るためにも帝国主義についての見直しが必要である。

 西欧中心の歴史観や価値観そのものに生徒自身が気がつき,現代文明を相対化して考察

するためには,理論から歴史を語るのではなく,これまでの理論を批判的にふりかえった

うえで,人々の生活や社:会の現象面から現代の始まりとしての帝国主義を捉えることが必

要である。*27そのためにも「長い20世紀」論に基づく帝国主義の授業は意義があると考

える。

第3節  「長い20世紀」論と「短い20世紀」論における帝国主義

 ここでは,これまでに得た「長い20世紀」論と「短い20世紀論」それぞれの特徴を整

理して,それぞれに位置づけられる帝国主義がそれぞれどのような内容なのか,具体的な

歴史事象に触れつつ明らかにする。

1.「短い20世紀」論における帝国主義論

 まず,「短い20世紀」論では帝国主義はどのように取り扱われるのか,その内容を述べ

たうえで構造図を提示する。

一85一

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(1)「短い20世紀」論における帝国主義の特質

 第1章で述べたように「短い20世紀」論はフランス革命が始まった1789年から第一次

世界大戦が始まった1914年までを「長い19世紀」,1914年からソ連崩壊の1991年までを

「短い20世紀」と区分したホブズボームの時代区分に拠っているため,帝国主義の時代

は現代ではなく,「長い19世紀」に属している。またその時代区分は「短い20世紀」論

が社会主義の誕生と終焉を画期としているために,帝国主義は社会主義革命の前段階とし

て描かれる。従って,扱われる内容は経済に重点がおかれ,資本主義の発展や国民国家の

成立は資本輸出や独占資本,植民地獲得競争をその帰結として描かれる。社会・労働問題

は政治・経済的な視点で,「文明化の使命」などは政治的視点で描かれ,人間の生活レベル

で歴史を描き出すことは難しい。

 現行教科書の記述をもとに,高校世界史教育レベルでの「短い20世紀」論に基づく帝

国主義の特色をまとめると,次のようになる。教科書は『改訂版新世界史』『詳説世界史

B』『現代の世界史』(いずれも山川出版社)に依拠した。

Aイギリスでおこった第1次産業革命は綿工業から他の産業部門に広がり,交通革命も

 ともなって資本主義を確立した。やがて他の諸国も産業革命に突入しイギリスの優位は

 失われた。

B19世紀後半にはじまった第2次産業革命は,石油と電力を動力源として重化学工業・

 電機工業・アルミニウムなどの非鉄金属部門をうみだされ,イギリスにかわって合衆国

 とドイツが世界を先導するようになった。

C急速な工業化は工業労働者の数を増大させ,都市化を進める一方,農業や中小企業を

 圧迫して,人びとの生活基盤や環境を激変させた。

D技術革新による工業化が十分置すむまで,労働者に貧しい生活をしいたり,国民の一

 部を移民として国外におくりだしたりしたため,それに抗議して社会主義をめざす労働

 運動が勢力をのばした。

E原料の供給地や製品の販売市場は一国の枠をこえ,大型化した企業は巨額な資本を必

 要とし,銀行との結びつきを強め,商品だけでなく資本の輸出も開始した。

Fアメリカの独立革命は近代民主政治の基本原理を表明してイギリスからの独立を達成

 し,フランス革命は多様な社会層の複雑なからみあいのなかで,旧制度の廃棄と政治的

 発言力を有産市民層にもたらした。これら両革命は,近代市民社会の原理を提起するも

一86一

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 のであり,帝国主義における基本的原理であった。

G帝国主義政府は,社会主義や労働運動のもりあがりに対抗して,ナショナリズムをあ

 おり,海外進出によってえた富を,社会政策という形で多少とも国民に還元した。

H食生活の改善と公衆衛生の普及によって死亡率がさがり,人口が爆発的にふえたので,

 海外植民が奨励され,ヨーロッパから膨大な人びとが南北アメリカ・アフリカ・オセア

 ニアなどに移住した。

1帝国主義諸国では,やがて,国家や企業が労働条件改善をある程度認め,ヨーロッパ

 文明の優位(文明化の使命や白人の重荷)を強調すると,国民のあいだには帝国主義をう

 けいれる傾向もあらわれた。

J20世紀にはいると,列強は帝国主義政策の競合からイギリスなどの古くからの植民地

 保有国家と,ドイツなどの後発帝国主義国家陣営とにわかれて対立するようになった。

K植民地・従属地域は諸資源の供給地,資本輸出先とされ,地球全体が資本主義体制に

 組みこまれて,名実ともに世界の一体化が実現した。

L帝国主義国の圧力にさらされたイスラーム世界やインド・中国,あるいはラテンアメ

 リカ地域では,政治改革や社会・経済の近代化を推進して,外圧に対抗して自立しよう

 とする運動がおこった。

M 帝国主義諸国間の世界分割をめぐる対立と覇権争いはブロック間の戦争へと発展し,

 第一次世界大戦は長期化して工業生産を中心とした国民経済全体の動員という総力戦に

 突入した。

N 参戦各国では国民の協力をえられる政治・経済体制への転換が必要になり,これに対

 応できなかった専制体制のロシアで革命がおこり,レーニンらがかかげた社会主義とい

 う未来像は世界に衝撃をあたえた。

一87一

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(2)「短い20世紀」論における帝国主義の構造図

次の図7は「短い20世紀」論における帝国主義を構造化したものである。

                    ~近代                         現代~

一igww¥ 20wm半後紀世19

仏革命・米独立革命

   ゆ

主権国家体制成立

(政治的側面 )

国民国家 形成

殖産興業富国強兵

植民地獲得競争

社会保障政策文明化

の使命

資本主義の発展

   ゆ

第一次産業革命

(経済的側面 )

社会・労働問題  大規模        な移民

      第二次鑛暢ゆ産韓命

独占資本金融資本

世界分割をめぐる対立と民族主義運動

i>

社会主義革命

第一次世界大戦

図7

一88一

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2.「長い20世紀」論における帝国主義論

 次に「長い20世紀」論では帝国主義はどのように取り扱われるのか,その内容を述べ

たうえで構造図を提示する。

(1)「長い20世紀」論における帝国主義の特質

 第1章でも述べたとおり「長い20世紀」論に基づく新学習指導要領では,帝国主義の

時代は現代社会の誕生の場としての位置づけに替わった。そのため社会主義を時代の画期

として独占資本や資本輸出など経済面の現象のみを重視するする必要性はなくなり,現代

との関連の中で帝国主義時代の諸現象を考察する必要性が出てきた。そのためには経済面

と政治面以外にも,社会面や文化面など,社会史的な側面から帝国主義の時代にアプロー

チすることが有効であろう。

 ここでは社会史の立場から帝国主義時代にあらわれた諸現象について,工業化と国民統

合,グローバル化という三つの視点を軸に,高校世界史のレベルで簡単に述べる。

①マスコミの発達

  20世紀初めに大量に普及し始めていた新聞は,情報伝達という本来的な機能ととも

 に,革命運動へ人々を動員したり,帰属すべき共同体を想像させたり,あるいは他地域

 の経験から抽出されたモデルを提示したりする上で絶大な威力を発揮した。*28

②国民意識の発達

  第一次世界大戦勃発のきっかけとなったサライェヴォ事件から一か月の間,ヨーロッ

 パ諸国民の第ニインターナショナル傘下の各国社会党も含めて,事件が戦争に発展する

 とは思わなかった。しかし,受動的傍観者の立場を守っていた世論や独・仏の国民は,

 戦争の可能性が見えてきた7月になると急速に能動的態度に転じ,それまでにない行動

 を取り始めた。*29

③労働運動

  イギリスでは,1833年の児童労働法が8歳以下の児童の労働を禁止し,9歳から13

 歳までは1日8時間以内,14歳から18歳までは12時間以内,という決定をしている。

 フランスでは,8歳以下の児童労働が禁止されたのは1841年であったが,この法律では

 13歳以下の児童の夜間労働の禁止という条項もある。これらの決定には,当時の児童

 労働をめぐる想像を絶するようなひどい状態が透けて見える。*30

”89’

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④重化学工業の発展

 世紀末には,それまでになかった全く新しい産業も起こる。合成肥料,化学繊維,合

成薬品,爆薬,合成着色料などを製造する化学産業,電気関連の設備や商品を製造する

電気産業,石油で動く新しい内燃機関をそなえた車を製造する自動車産業などである。

*31

⑤巨大企業の出現

 19世紀後半には巨大な企業経営が出現していった。その背景には世界規模での事業

展開といった競争の激化があり,この時期の工業化においては巨額を技術革新に投資で

き,世界市場を相手にできる巨大企業が,その競争に参入して他に伍すことができたか

らである。ドイツでいうコンツェルン,合衆国でいうトラスト,そして日本の財閥のよ

うに企業の合同やグループ化が金融資本と連携して進行した。*32

⑥金融資本の台頭

 資本を集積した銀行による投資は,重大な位置を占めるようになった。世紀半ばまで

は一族経営による,もっぱら大企業や政府,王侯貴族などとの直接的な営業から成り立

つ事業銀行であったが,世紀の後半に台頭してきたのは新しいタイプの,株式形式によ

る銀行である。*33

⑦殖産興業と富国強兵

 経済覇権争いを展開する欧米各国は,自らの意図を貫徹するためには武力を持って,

世界各地に軍事展開した。「富国」という目的を追求するための「強兵」政策は,国家

財政に重い負担を課すものであったが,他方では,軍備拡張がさらに自国の工業化を促

し,工業化の進展がさらなる軍事強化を可能にする,という産国持ちつ持たれっのサイ

クルが一層強まった。*34

⑧情報化の進展

 地上の電信ケーブルは1830年代から40年代にかけてゆっくりと発展したが,海底電

信の敷設に初めて成功したのは1851年のイギリス海峡であった。初の大西洋横断海底

電線は1858年に開設され,インドとは1863年,オーストラリアとニュージーランドと

は76年に接続された。イギリスは1898年までに世界の海底電信のほぼ60%を所有した。

*35

一90一

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⑨科学技術の革新

  科学技術は経済の工業化とあい結びながら,原理的な考察においても,実用的な応用

 においても,18世紀までとは比較にならない大発展を経験した。学問の言説,科学の

 言説はそれぞれの領域内部においてのみでなく,社会秩序や価値規範形成においても重

 みを増していった。*36

⑩人口増加

  ロシアを含めたヨーロッパの総人口は1700年には1億あまり,そして1800年には1

 億9000万だったのが1900年には4億2000万へと急増した。世界の総人口に占める害lj

 合も,19世紀初頭には20%ほどであったものが世紀末には27%をしめるにいたったと

 みなされている。*37

⑪都市化

  人口の都市移動は産業化と不即不離の関係にある。世界で最初に産業革命を成し遂げ

 たイギリスでは鉄道の普及とも相侯って,19世紀初頭には人口の三分の一,1850年代

 には二分の一が都市に集中した。他の先進諸国で都市化が本格的に進行するのは20世

 紀に入って以降である。*38

⑫帝国内の人口移動

  帝国主義を推進し,帝国本国の生活・文化様式に植民地の人々を同化させることは帝

 国「臣民」としての同等の権利の他に,労働や教育の機会を与え帝国内での人口移動を

 促す側面を持っていた。*39

⑬海外への移民

  帝国主義時代には資本主義の拡大や鉄道・汽船による交通革命によって移民が本格的

 となり,19世紀中にはヨーロッパから非ヨーロッパ世界への移民の総数は概算で5500

 ~6000万人に達したといわれる。また,この時期のヨーロッパからの移民先にはヨー

 ロッパの植民地や自治領(オーストラリアやニュージーランド,南アなど)が加わった。

 *40

⑭植民地の形成と争奪

  国民国家が帝国へと変容して行くにあたって,その帝国建設は競争者が獲得したとき

 に生じるであろう損益と劣位におかれるときの恐怖心と,現在は価値がなくとも将来に

 おいて自らを優位にするかも知れないとの希望的観測とが相侯って,植民地獲得に拍車

 がかかったのである。*4二

一91

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⑮ヨーロッパ中心主義

 19世紀に入って西欧が産業革命の結果近代工業を発展させ西と東の技術=生産力格

差が開くにつれ,またヨーロッパ人が進歩や変化を善しとする価値観になじむにつれ,

停滞するアジアは次第に「野蛮」視され,西洋の「文明」によって救済されねばならな

い哀れむべき存在に変わった。*42

⑯議会制民主主義の拡大

 20世紀を迎えた時期には,ヨーロッパとアメリカ合衆国において,議会制民主主義

は国民の合意を取りつけるための重要な回路の一つとなっていた。しかしその回路から

は,ニュージーランドのような例外を除いて,依然として女性が排除されたままであっ

  *43た。

⑰公教育制度の整備

 19世紀初頭から2世紀の問に,教育は何よりもリテラシイ;読み書き能力の習得を

基本に普及し,国民の義務として定着した。学校教育の普及は文盲の一層に始まり,や

がては人々の思考の形態や行動様式を支配するようになり,教育機能は学校に独占され,

価値の制度化が精緻に仕組まれるようになった。*44

⑱「伝統の創出」

  「伝統」とは,当然のように遠い昔から受け継がれてきたものと思われている。だが,

今日「伝統」として認識されている慣習・風俗・象徴・儀i礼・制度などのなかには,実は案

外新しく,近代以降に創り出されたり,時には捏造されたりしたものが往々にしてある。

*45

⑲生平スタイルの変化

 19世紀半ばのロンドンやパリに始まったデパートという大型店舗の成功は,広い何

階もある店舗の中に,衣類や装身具,インテリア商品など,女性を主なターゲットとし

た新しい多様な商品を陳列し,実際に目の前にものを見せることによって消費の欲望を

かき立てるような仕掛けを,巧みに配置したところにあった。それを消費できる社会層

の幅が増大したという現実があった。*46

一92一

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⑳交通革命

 19世紀を通じて人間の移動や貨物の輸送を促進して,世界の一体化にもっとも貢献

したのは大陸での鉄道網の建設と大洋を駆ける大型汽船の活躍であった。鉄道の建設は

世界システムに組み込まれた周辺地域で特にめざましく,メキシコでは1876年の650

キロから1911年の2万4000キロに37倍も増加し,中国でも1900年前470キロにすぎ

なかった鉄道の延長は1913年には21倍の9858キロに急増した。*47

⑳スポーツの政治化

 近代スポーツは政治の延長という側面がはじめから備わっていた。クーベルタンがオ

リンピック開催を求めた背景には普仏戦争の敗北で傷ついたフランスの栄光の回復とい

う意図が隠されていた。また,第1回オリンピックに参加した約300人以上の選手の中

で,ヨーロッパ生まれでも合衆国生まれもでもない人は,チリ人とオ・一一・・ストラリア人の2

人だけだった。’48

(2)「長い20世紀」論における帝国主義論の構造図

以上の「長い20世紀」論における帝国主義の特色を構造化すると次のようになる。

磁の移動と移民

”i

二化の進展ズ脱

   /科学技術磁\

/概騨1 工業化 l

 I     X J       i

  金融資本    社会主義

     重化学工業

マスコミ   人ロ増加  伝統の創出

の難革命〔二二讐

植民地の分割

帝国内  国民意識移動

   スポーツの

   政治化

一93一

     生活スタイ\     ルの変化

国民  公教育制度

統舎  の整備

     議会民主

     主義の墜

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3.「短い20世紀」論及び「長い20世紀」論の帝国主義の構造図

 最後に,

示す。

「短い20世紀」論及び「長い20世紀」論の帝国主義を構…造化した図9を次に

000000000000

456789012345

888888999999

0ユ02

「短い20世紀論」に基づく帝国主義

〈経済的側面〉

自由貿易による対外膨張

独占資本・金融資本の形成

  t資本の海外輸出

〈政治的側面〉

無目的な膨張

社会政策と対外拡張政策による国民の不満を緩和

  世界分割の完了

    t 再分割をめぐる対立    主第一次世界大戦・ロシア革命

「長い20世紀」論に基づく帝国主義

〈社会史的側面〉

工業化●       ●       ・

ネ巨ヨ�蛛@1Z企ロp山門ミ

1展現主  義

国民統合怐@    ・     o

カ公議?ウ会 去ス目制

^制民C度主潔サ 大

グローoル化●      ●      9

譿Aモ�ッノサ地のフの移i分動W割と@ 移@ 民

ソ 連崩壊(199D

図9

 「短い20世紀」論の帝国主義は,自由貿易帝国主義の理論も加味して資本主義の最終

段階としての独占・金融資本の形成と資本輸出という経済的側面と,シュムペ一匹ー及び

社会帝国主義という政治的側面を軸に,世界分割・再分割をめぐる対立から世界大戦にい

たるという展開とした。

 一方「長い20世紀」論の帝国主義は,現代の始まりとしての視角に基づくとともに政

治・経済も含めた社会史的な側面から工業化・国民統合・グローバル化という視点で諸現象

を捉えている。

 帝国主義の時代をどの年代からに設定するかについては,「短い20世紀」論に基づく帝

国主義では自由貿易帝国主義論が主張する1840年代を,「長い20世紀」論に基づく帝国

主義では本格的な植民地獲得競争がはじまった1870年代を開始期とし,終了期はそれぞ

れ第一次世界大戦,第二次世界大戦とした。また,20世紀の時代区分は「短い20世紀」

論ではロシア革命からそれ崩壊まで,「長い20世紀」論では1870年代から現在までと設

                  一94t

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定した。

 なお,「長い20世紀」における帝国主義の構造図中,三つの視点(工業化,国民統合,

グU一バル化)の下位概念は三視点のいずれにも関係があり,相互に影響し合うものであ

るため,一応便宜的に区分したものである。

一95一

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*1アントニニネグリ,マイケル=ハート『〈帝国〉グローバル化の世界秩序とマルチチュ

ードの可能性一』以文社,2003年,pp。4-6

*2紀平英作『帝国と市民一苦悩するアメリカ民主政』山川出版社,2003年

*3藤原帰一『デモクラシーの帝国』岩波新書,2002年,p.30

*4山下範久『現代帝国論人類史の中のグローバリゼーション』NHKブックス,2008年,

pp.9-10

*5山下範久,同上書,pp」1-15

 山下氏は帝国を領域的な存在としてではなく,空間的な想像力の構造化として捉え,

「長い16世紀」のあとに現れた複数の帝国的秩序である「近世帝国」が19世紀前半まで

続き,それ以降,現在までの「長い20世紀」が終わったときに再び帝国状況が来ること

を予想する。そこで経済学者カール・ポラソニーの「大転換」の概念を導入するとともに

「人間の定義の変化」の可能性について述べている。定義の流動化に対する「ポラソニー

的不安」の分析が山下氏の論考の中心であるが,数百年から数千年に及ぶ長い人類史レベ

ルの視角は,高校世界史の射程からは離れている。

*6杉山正明「帝国史の脈絡」(山本有造編『帝国の研究一原理・類型・関係一』名古屋大

学出版会,2003年)

*7杉山正明,同上書,pp.38-42

*8杉山正明,同上書,p.45

*9杉山正明,同上書,pp.42-50

*10櫻井よしこ『異形の大国中国』新潮社,2010年

*11杉山正明,同上書,pp50-55

*12杉山正明,同上書,pp.64-66

*13杉山正明,同上書,pp.76-77

*14杉山正明,同上書,p.34

*15山本有造,同上書,pp5-10

*16山本有造,同上書,pplO-13

*17『ビクトリア現代新百科』1973年置PP.32-33

*18『世界大百科』平凡社,1972年,pp.152-153

一96一

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*19アフリカ分割の混乱を調停するため,ドイツ帝国宰相ビスマルクの提唱によりベルリ

ン会議が1884年11月~85年2月に開催された。この会議ではコンゴ地域での権益調整

の他に,アフリカ分割の原則が取り決められた。まず沿岸部の新規併合は後背地併合をも

意味すること,新規領土併合には列強への通告を必要とすることなどを取り決めた。同会

議後,列強は特定地域での相互の利害調整を図り,現地社会を無視したまま「分割」をお

こなった。

*20木谷勤『帝国主義と世界の一一体化』世界史リブレット,山川出版社,1997年

*21・レーニン『帝国主義』岩波文庫,1956年,p.144

*22木谷勤,前掲書,PP.8-9

*23木谷勤,同上書,p.26 木谷氏はソ連圏以外の教条主義的マルクス主義をこう呼び,

現在のマルクス主義はこれしかない,としている。

*24A・G・フランク『リオリエントアジア時代のグローバル・エコノミー』藤原書店,2000

*25山室信一「空間認識の視角と空間の生産」『岩波講座帝国日本の学知第8巻空間形

成と世界認識』岩波書店,2006年,p.6

*26山室信一,同上書,pp2-7

*27阿部謹也『社会史とは何か』 洋泉社,2009年

*28黒田卓「新聞の中のイラン立憲革命」『岩波講i座世界歴史23アジアとヨーロッパ』岩

波書店,1999年,p.84

*29木村靖二「公共圏の変容と転換」(『岩波講座世界歴史23アジアとヨーロッパ』)1999

年,pp.184-185

*30福井憲彦「ヨーロッパの世紀」(『岩波講座世界歴史18工業化と国民形成』)岩波書

店,1998年,P.34

*31福井憲彦,同上書,p.18

*32福井憲彦,同上書,pp.26-27

*33福井憲彦,同上書,p。26

*34福井憲彦,同上書,pp25-26

*35アンドリュー=ポーター『大英帝国歴史地図』東洋書林,1996年,pp153.154

*36福井憲彦,同上書,p5

一97一

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*37福井憲彦.}同上書,p。9

*38橋下良明「都市への民族大移動」『20世紀の定義[4]越境と難民の世紀』岩波書店,2001

年,P.220

*39山室信一,同上書,p.23

*40杉原薫「近代世界システムと人間の移動」(『岩波講座世界歴史19移動と移民』)岩

波書店,1999年,pp24-28

*41山室信一,同上書,p.22

*42木谷勤,同上書,p55

*43福井憲彦,同上書,p.39

*44松塚俊三「リテラシイから学校化社会へ」『岩波講座世界歴史22産業と革新一資本主

義の発展と変容』pp.245-246

*45工藤光一「国民国家と『伝統』の送出」『岩波講座世界歴史18工業化と国民形成』岩

波書店,1998年,p.187

*46福井憲彦,同上書,p。43

*47木谷勤,同上書,p,31

*48伊藤公雄「オリンピックの政治性」『20世紀の定義〔4]越境と難民の世紀』岩波書店,2001

年,PP.244-257

一98一