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解説 大容量・高速ストレージ技術の 研究開発動向 宮下英一  石井紀彦 N HKでは,ハイビジョンや8Kスーパーハイビジョンなどの新しい放送メディ アの研究開発を進めてきた。放送メディアの進展に伴い,映像や音声の情 報量は飛躍的に増加し,これを記録するためのストレージ技術も進化を続けてい る。これまで放送用の記録には,磁気テープや光メモリーをはじめとしたストレー ジ技術が実用化されてきたが,さらなる発展に向けて,半導体メモリーや磁性細 線メモリー,ホログラムメモリーなどを用いた大容量・高速ストレージ技術の研究 開発が進められている。本稿では,まず各種のストレージ技術の特徴やそれらの 位置づけについて概説する。次に,当所で取り組んでいる映像用ストレージ技術 の研究開発について,その目的や開発状況を概説する。 1.はじめに 当所では,これまでハイビジョンや,2016年8月に試験放送が開始された超高臨場感 放送の8Kスーパーハイビジョン(以下,8K)といった放送メディアの研究開発を進めてきた。 さらに,空間像再生型立体映像などの新しいメディアの研究も進めている。放送メディア の進展に合わせて情報量も増加し,それに応じたストレージ技術が必要となる。現在, 多様なストレージ *1 が実用化されているが,放送のすべての場面で要求を満たす万能なス トレージは存在しない。このため,複数のストレージ技術を組み合わせ,総合的に要求を 満足させている。現在,主に使われているストレージは次のとおりである。 ① SRAM(Static Random Access Memory) *2 ,DRAM(Dynamic Random Access Memory) *3 ,フラッシュメモリー *4 に代表される半導体メモリー ② ハードディスク(HDD:Hard Disk Drive)や磁気テープなどの磁気メモリー ③ DVD(Digital Versatile Disc)やBlu-ray Discなどの光メモリー これらのメモリーの特徴を,容量とアクセス時間について整理して 1図に示す。1図のア クセス時間は,目的のデータにアクセスするために要する平均時間である。近年では, SRAMとDRAM,DRAMとフラッシュメモリーの間の速度差がコンピューターの処理性 能のボトルネックになっており,その間を埋めるような抵抗変化型メモリー(ReRAM: Resistive Random Access Memory) *5 や磁気抵抗メモリー(MRAM:Magnetoresistive Random Access Memory) *6 ,相変化メモリー(PRAM:Phase-change Random Access *1 本稿では,システム的な部分な ど上位概念を指す場合に「スト レージ」,個々の技 術などを指 す場合に「メモリー」という用語 を用いる。 *2 フリップフロップ等の順序回路 を用いてデータを記憶するRAM で,データ残留現象があるもの の,電力の供給が無くなると記 憶内容が失われる揮発性メモ リー。定期的なリフレッシュ(記 憶 保 持 動 作)が 不 要であるた め,「スタティック(静的)」と呼 ばれる。 *3 キャパシター(コンデンサー)に 電荷を蓄えることによりデータを 記憶するRAMで,電力の供給 が無くなると記憶内容が失われ る揮発性メモリー。定期的なリ フレッシュ(記憶保持動作)が必 要であるため,「ダイナミック(動 的)」と呼ばれる。 *4 電気的に一括消去し,再書き 込みができるようにした大容量 の半導体メモリー IC。小型・軽 量で衝撃に強く,電源を切って も内容が保存される不揮発性メ モリー。 *5 電圧印加による電気抵抗の変 化を動作原理とする不揮発性 半導体メモリー。 *6 巨大磁気抵抗効果(物質の電 気抵抗が磁場により大きく変化 する現象)を動作原理とする不 揮発性磁性体メモリー。 4 NHK技研 R&D No.160 2016.11

解説 大容量・高速ストレージ技術の 研究開発動向 - …4図 DRAMのメモリーセルの回路構成 5図 DRAMの容量変化のトレンド ワード線 キャパシター

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Page 1: 解説 大容量・高速ストレージ技術の 研究開発動向 - …4図 DRAMのメモリーセルの回路構成 5図 DRAMの容量変化のトレンド ワード線 キャパシター

解 説大容量・高速ストレージ技術の�研究開発動向宮下英一  石井紀彦

N HKでは,ハイビジョンや8Kスーパーハイビジョンなどの新しい放送メディアの研究開発を進めてきた。放送メディアの進展に伴い,映像や音声の情

報量は飛躍的に増加し,これを記録するためのストレージ技術も進化を続けている。これまで放送用の記録には,磁気テープや光メモリーをはじめとしたストレージ技術が実用化されてきたが,さらなる発展に向けて,半導体メモリーや磁性細線メモリー,ホログラムメモリーなどを用いた大容量・高速ストレージ技術の研究開発が進められている。本稿では,まず各種のストレージ技術の特徴やそれらの位置づけについて概説する。次に,当所で取り組んでいる映像用ストレージ技術の研究開発について,その目的や開発状況を概説する。

1.はじめに当所では,これまでハイビジョンや,2016年8月に試験放送が開始された超高臨場感

放送の8Kスーパーハイビジョン(以下,8K)といった放送メディアの研究開発を進めてきた。さらに,空間像再生型立体映像などの新しいメディアの研究も進めている。放送メディアの進展に合わせて情報量も増加し,それに応じたストレージ技術が必要となる。現在,多様なストレージ*1が実用化されているが,放送のすべての場面で要求を満たす万能なストレージは存在しない。このため,複数のストレージ技術を組み合わせ,総合的に要求を満足させている。現在,主に使われているストレージは次のとおりである。① SRAM(Static Random Access Memory)*2,DRAM(Dynamic Random Access

Memory)*3,フラッシュメモリー*4に代表される半導体メモリー② ハードディスク(HDD:Hard Disk Drive)や磁気テープなどの磁気メモリー③ DVD(Digital Versatile Disc)やBlu-ray Discなどの光メモリー

これらのメモリーの特徴を,容量とアクセス時間について整理して1図に示す。1図のアクセス時間は,目的のデータにアクセスするために要する平均時間である。近年では,SRAMとDRAM,DRAMとフラッシュメモリーの間の速度差がコンピューターの処理性能のボトルネックになっており,その間を埋めるような抵抗変化型メモリー(ReRAM:Resistive Random Access Memory)*5や磁気抵抗メモリー(MRAM:Magnetoresistive Random Access Memory)*6,相変化メモリー(PRAM:Phase-change Random Access

*1本稿では,システム的な部分など上位概念を指す場合に「ストレージ」,個々の技術などを指す場合に「メモリー」という用語を用いる。*2フリップフロップ等の順序回路を用いてデータを記憶するRAMで,データ残留現象があるものの,電力の供給が無くなると記憶内容が失われる揮発性メモリー。定期的なリフレッシュ(記憶保持動作)が不要であるため,「スタティック(静的)」と呼ばれる。*3キャパシター(コンデンサー)に電荷を蓄えることによりデータを記憶するRAMで,電力の供給が無くなると記憶内容が失われる揮発性メモリー。定期的なリフレッシュ(記憶保持動作)が必要であるため,「ダイナミック(動的)」と呼ばれる。*4電気的に一括消去し,再書き込みができるようにした大容量の半導体メモリー IC。小型・軽量で衝撃に強く,電源を切っても内容が保存される不揮発性メモリー。*5電圧印加による電気抵抗の変化を動作原理とする不揮発性半導体メモリー。*6巨大磁気抵抗効果(物質の電気抵抗が磁場により大きく変化する現象)を動作原理とする不揮発性磁性体メモリー。

4 NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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Memory)*7,強誘電体メモリー(FeRAM:Ferroelectric Random Access Memory)*8

の研究開発も盛んに進められている。さらに,フラッシュメモリーの大容量・低価格化が進み,SSD(Solid State Drive)*9として,HDDに代わってパソコンへの搭載が進んでいる。

放送での用途ごとに適したストレージの例としては,カメラ映像を収録する用途として,小型,低消費電力などの特徴を生かせるフラッシュメモリーが,編集用途としては大容量なHDDが,アーカイブ用途としては長期保存性に優れた磁気テープや光メモリーが,それぞれ利用されている。

本稿では,これらのメモリーの特徴や,ストレージの技術動向を解説するとともに,当所で研究を進めている映像用ストレージ技術について,その目的や開発状況を概説する。

2.各メモリーの特徴本章では,現在主流のメモリーについて,半導体メモリー,磁気メモリー,光メモリー

の3つのカテゴリーに分けて,それぞれの特徴などをまとめる。

2.1 半導体メモリー(1)SRAM

SRAMのメモリーセル*10は,2図に示すように複数のトランジスター回路で構成され,中央部の4つのトランジスターでデータを記録し,両端の2つのトランジスターで読み出しと書き込みを行う。SRAMの製造プロセスは,ロジック回路の製造プロセスと同一である。

SRAMは,通常,高速な演算用キャッシュメモリーとして用いられ,以下のような特徴を有する。・電源を供給している限り,記録を保持する・待機時の消費電力が小さい・読み出し,書き込みの動作がシンプルで高速動作が可能・1ビットの記録に6つのトランジスターが必要なため大容量化が困難

大容量化が困難という課題に対しては,半導体回路の配線の線幅を狭くする微細化により,メモリーセル面積の微小化が進められている。3図に,半導体分野の著名な国際

1図 各種メモリーの容量とアクセス速度

*7結晶と非晶質との抵抗変化を動作原理とする不揮発性半導体メモリー。*8強誘電体のヒステリシス(履歴効果)による正負の残留分極(自発分極)を動作原理とする不揮発性誘電体メモリー。*9フラッシュメモリーを使用して,ディスクドライブと同等のインターフェースを持ち,ディスクドライブとして動作する記憶装置。

メモリー容量(Byte)

1ns

1µs

1ms

1s

100s100k 1M 1G 1T 100T

アクセス時間(秒) 半導体メモリー

光メモリー

磁気メモリー

SRAMDRAM

フラッシュメモリー

HDD

磁気テープ

*10半導体メモリーにおいて,情報の最小単位である1ビットの情報(“0”または“1”)を保持するために必要な回路構成。

5NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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会議であるISSCC(International Solid-State Circuits Conference)で過去に発表された,SRAMのプロセスノード*11の逆数とメモリーセル面積の逆数を,発表年とともに示す。2012年にはプロセスノードは22nm,メモリーセル面積は0.09μm2であったが,4年後の2016年にはプロセスノードは10nm,メモリーセル面積は0.04μm2 1)と微小化が進んでいる。なお,このメモリーの容量は16MBである。

(2)DRAMDRAMのメモリーセルは,4図に示すように,電荷を蓄えるキャパシターと,読み出しと

書き込みを行うための転送トランジスターから構成され,キャパシターに蓄えられた電荷によりデータを記録する。キャパシターに蓄えられた電荷は時間とともに放電されるため,一定の間隔でデータを読んで書き戻すリフレッシュ動作が必要となる。メモリーセル構造が1トランジスター・1キャパシターで構成できるため,ビット当たりに必要なセル面積が小さく,他の半導体メモリーと比較して大容量化に適している。

3図 SRAMのプロセスノードとメモリーセル面積の進展

*11デバイスの特定部分の寸法を表しており,一般的にトランジスターのゲート配線の“幅”または“間隔”を指す。

1/プロセスノード(nm-1)

プロセスノード(nm)

30

20

10

0

0.04

0.05

0.1

0.02 0.04 0.06 0.08 0.1

50 25 20 12.5 10

1/メモリーセル面積(µm

-2)

メモリーセル面積(µm

2 )

20122013 2014

2015

2016

2図 SRAMのメモリーセルの回路構成

ビット線

ワード線

ビット線

6 NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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4図 DRAMのメモリーセルの回路構成

5図 DRAMの容量変化のトレンド

ワード線

キャパシター

ビット線(内部データ線)

1,000

100

10

1

0.11992 2000 2008 2016

容量(MB)/チップ※

5図にDRAMの容量変化のトレンドを示す。プロセスノードの微小化が進展するのに合わせ,年率で約1.4倍のペースで順調に大容量化している。1GBでは20nmのプロセスが採用されるに至っているが,微細化に伴ってキャパシターに蓄えられる電荷が減り,ノイズマージンの減少や各セル間の干渉など,安定的なデータ保持が大きな課題となっている。一方で,誤り訂正技術の導入により10nm以下のプロセスまでさらに微細化が進み容量が増加するとの見解もある2)。

DRAMのデータ高速化の進展を6図に示す。現在主流のDDR(Double Data Rate) 方式(GDDR5*12)による高速化は鈍化しており,限界が近いと考えられる。一方,大きな変革が2011年にあった。シリコン貫通ビア技術*13によりDRAMダイ*14を4層程度スタックして,メモリー帯域*15を広げたHBM(High Bandwidth Memory)が発表され, SK hynix,Samsungが製品化を進めている。SamsungはISSCC2016で8層スタック307GBps*16の技術3)を発表し,DDRに比べて飛躍的に性能を上げている。

(3)フラッシュメモリーフラッシュメモリーにはNAND*17型とNOR*18型があるが,ここでは主流のNAND型に

ついて述べる。7図(a)にNAND型フラッシュメモリーのセル構造を,同図(b)にNAND

*12グラフィックス向け高速メモリーの規格仕様「GDDR(GraphicsDoubleDataRate)」の第5世代。*13シリコン製半導体チップの内部を垂直に貫通する電極の作製技術。複数枚のチップを重ねて1つのパッケージに収める場合に使用する。*14トランジスターや配線などを作製したシリコンウエハーを切り離したもの。*151秒当たりの転送可能なデータ量。*161秒当たりの転送可能なデータ量をバイト数で表したもの。*17否定論理積。*18否定論理和。

※1個のメモリー IC。

7NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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型フラッシュメモリーの回路構成を示す。NAND型フラッシュメモリーは,MOSFET(Metal-Oxide-Semiconductor Field-Effect Transistor)のゲート絶縁膜に電荷を蓄積するフローティングゲート*19を作り,フローティングゲートへ電荷を注入して,電荷がある場合とない場合でしきい値電圧*20が変化することを利用して情報を記憶するメモリーである。7図(a)に示すように,MOSFETのソース-ドレイン間を流れるチャネル電流からしきい値電圧を判定することで,読み出しを行う。7図(a)の緑色の部分が,電荷を蓄えるためのフローティングゲートを表す。フラッシュメモリーへの書き込み,読み出しは,7図(b)のページと呼ばれる単位で,対象とするページに含まれるセルを連続的に選択することで行われる。セルの選択は,選択ゲートにより各ビット線の電圧を制御することで行われる。7図(b)のコントロールゲートは,ページへのデータの書き込み,読み出しを制御するために用いる。また,データの上書きを行うには,複数のページから構成されるブロックと

7図 NAND型フラッシュメモリーのセル構造および回路構成

*19どこにも電気的に接続されていないゲートで,電荷を蓄積しておく部分。*20ソース-ドレイン間の電流の大きさからオンとオフの状態が検出できるように設定された,オンとオフの境界となるゲート電圧。

チャネル電流

Si基板(p型)

絶縁体

ゲート

選択ゲート

コントロールゲート

SG1

選択ゲート

ソース線

SG2

CG1

CG2 ページ

ブロック

CG3

CGn-1

CGn

ビット線 BL1 BL2 BL3 BLm

フローティングゲート

ドレインソース n型 n型

(a)セル構造 (b)回路構成

6図 DRAMのデータ高速化の進展年

1,000

500

100

50

102010 2012 2014

GDDR5

HBM

2016

転送速度(GBps)

8 NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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呼ばれる単位で一括消去してから,再度記録を行う必要がある。8図に示すように,NAND型フラッシュメモリーの容量は,年率1.8倍程度の割合で増

加している。NAND型フラッシュメモリーの大容量化技術としては,1セルに記録するビット数の多値

化が進められている。2ビット/セルのMLC(Multi-Level Cell)-NANDが出荷量で市場の大半を占めているが,更なる低価格化を図るために,3ビット/セルのTLC(Tri-Level Cell)-NANDを採用したSSDが,Samsungをはじめとする複数のメーカーから製品化された。TLC-NANDは,記録速度や書き換え回数ではMLC-NANDに劣るが,コスト面で有利であるとともに,独自のNANDコントローラーにより従来と同等の信頼性を確保している。

さらに,Micron TechnologyはISSCC2016において,96GBの3D(3次元)NAND型フラッシュメモリー4)を発表した。このメモリーは,素子の3次元化と3ビット/セルのTLC-NANDにより,96GBの大容量を達成している。また,SamsungもISSCC2016において,プロセスノードを世界最小の14nmまで微細化した2D(2次元)NAND型フラッシュメモリーを発表した5)。

現在の8Kでは,転送速度と容量の点から,このフラッシュメモリーが記録媒体となっている。フラッシュメモリーの形状としては,小型カードタイプやSSDなどがあり,大きさや容量など,目的に応じて適した媒体が使用される。

(4)その他の半導体メモリーDRAMとフラッシュメモリーにはアクセス速度に大きな差があり,その性能差を吸収す

るために,ストレージクラスメモリー*21と呼ばれるメモリーが提案されている。ストレージクラスメモリーにはフラッシュメモリーほどの大容量性はないが,ランダムアクセスが速い抵抗変化型メモリー ReRAMや相変化メモリー PRAMがその候補として期待され,実用化に向けた研究が進んでいる。

さらに,DRAM並みの記録密度で,DRAM以下の消費電力を実現できるスピン注入型磁気抵抗メモリー STT-MRAM(Spin Transfer Torque Magnetoresistive Random Access Memory)*22の研究開発も進んでいる。

8図 NAND型フラッシュメモリーの容量変化のトレンド

*21コンピューターシステムにおいて,SSDとメインメモリー(DRAMなど)との間に位置するアクセス速度を備えるメモリー。

*22スピン注入磁化反転と呼ぶデータ書き換え技術を用いた磁気抵抗メモリー(MRAM)。

100

10

1

0.12000 20082004 2012 2016

容量(GB)/チップ

9NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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2.2 磁気メモリー磁気メモリーは,強磁性体へ磁気情報を記録することによりメモリーとして使用するも

ので,古くから使われている。主としてハードディスク(HDD:Hard Disk Drive)と磁気テープの2つに分けられる。

(1)HDDHDDの世界出荷台数は,2010年に6億5,000万台を超えピークに達した後,微減を続

けており,2016年は4億6,500万台と予想されている。パソコン出荷台数の低減が大きな要因であるが,SSDを搭載するノート型パソコンの増加も影響している。一方,クラウ ド*23向けHDDのニーズは増加傾向にあり,特に大容量化への期待が大きい。このため高速化はほとんど進展せず,大容量化に向けた研究が集中的に進んでいる。HDDの容量変化のトレンドを9図に示す。年率1.6倍程度の割合で,容量が増えている。

HDDを大容量化するための新技術としては,次の3つの方式について研究が進められている。①瓦書き記録(Shingled Magnetic Recording)②熱アシスト記録③マイクロ波アシスト記録

①は,10図のように,従来型の記録ヘッドを用いてデータトラックの幅方向に重ね書き記録を行い,狭トラック幅のヘッドを用いて再生することにより,高密度記録を実現する技術である。重ね書きを行うため,重ね書き記録領域で上書きする場合は,SSDでの上書きと同様に,この領域のデータを一旦別のメモリー上に読み込んでからデータを書き換え,そのデータを重ね書き記録領域に再度書き込む必要がある。このため,ランダムアクセスには不向きの記録方式である。しかしながら,従来技術に近い記録方式であるため最も早く実用化され,2014年に製品が発表された。Seagate社からは,この記録方式を用いた容量8TBの3.5インチHDDが「Archive HDD」(商品名)として販売されている。

また,②と③はエネルギーアシスト記録方式と呼ばれ,原理的には書き込み時に,②ではレーザーにより媒体を昇温させることで,また③ではマイクロ波による磁気共鳴を用いる

9図 HDDの容量変化のトレンド

*23ネットワークを使用したデータ保存方法で,ユーザーは保存装置の場所を意識せずにどこからでもデータを保存できる。

10T

1T

100G

10G

1G

100M

10M

1M1960 20001980 2020

容量(Byte)/ディスク

10 NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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ことで,媒体の保磁力*24を一時的に下げて磁化情報を記録しやすくする方式である。エネルギーアシスト記録方式には,11図に示すように,「ヘッド磁界勾配による記録方式」*25

と「熱(マイクロ波磁界)勾配による記録方式」*26がある。熱アシスト記録に関しては,熱勾配による記録方式の方が,より高密度な記録が可能な方式として期待されている。一方,マイクロ波アシスト記録に関しては,マイクロ波を発生するスピントルクオシレーター(STO:Spin Torque Oscillator)*27の開発が進められ,一部試作も始められている。

(2)磁気テープ磁気テープストレージシステムは,膨大なデータを確実,かつ安価に保存できるため,バッ

クアップ用のシステムとして定着している。リニアテープシステムでは,16~32チャンネル*28

の多チャンネル磁気ヘッドをサーペンタイン*29走行させることによって数千トラック*30の記録を1/2インチ幅のテープ上で実現し,大容量と高速記録を両立させている。また,多くのシステムではデータのマイグレーション(データの移行)を容易にするために,1世代もしくは2世代前のカートリッジの読み取り互換性を確保している。さらに,LTFS(Linear Tape File System)*31と呼ばれるファイルシステムを導入し,ノンリニアに近いアクセスを実現している。主なテープシステムとしては,オープンシステムのLTO(Linear Tape-

10図 瓦書き記録の原理

11図 エネルギーアシスト記録の原理

*24磁化された磁性体を磁化されていない状態に戻すために必要な反対向きの外部磁界の強さ。*25比較的大きな領域で加熱(もしくはマイクロ波を印加)し,記録ヘッドの磁界勾配を用いて,外部磁界が保磁力以上となった場合に,磁化の向きが反転する記録方式。*26比較的に小さい領域で加熱(もしくはマイクロ波を印加)し,熱(もしくはマイクロ波磁界)の勾配により媒体の保磁力が変化し,外部磁界によって磁化の向きが反転する記録方式。*27直流電圧を加えることにより,周波数成分の急

きゅう

峻しゅん

なマイクロ波を発振できるナノメートルサイズの磁気抵抗デバイス(磁化の向きにより電気抵抗が変化するデバイス)。*281つのヘッドに記録再生するデバイスがいくつか付いており,その各デバイスに対応する記録データをチャンネルと呼ぶ。*29テープの走行方向に沿った一直線のトラック上にデータを記録する方式。信頼性を確保しやすく,テープの走行速度を速くできる。*30トラックは,データが記録されている記録単位。*31磁気テープ内のデータを,HDDやUSBメモリーなどのデータと同じように,ファイル単位で取り扱うためのファイルシステム。

記録ビット 記録ヘッド

再生ヘッド

記録ヘッド

レーザー(マイクロ波)スポット

レーザー(マイクロ波)スポット

記録パターン

記録パターン

記録ヘッド(a)ヘッド磁界勾配による記録

(b)熱(マイクロ波磁界)勾配による記録

11NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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Open)と,各社が独自規格で大容量・高信頼性を訴求しているハイエンド向けシステムがある。① LTO

LTOは,HP, IBM, Quantumの3社が中心となり統一規格を作成したシステムである6)。現在発売されているLTOの最新製品の規格は,2015年11月に発売された第7世代のLTO-7である。LTO-7の非圧縮時の記録容量と転送速度は,それぞれ6.0TB,300MBpsである。これらの値は,LTO-6に比べて記録容量で約2.4倍,転送速度で約1.9倍に高められている。② ハイエンド向けシステム

ハイエンド向けシステムには,OracleのT10000シリーズとIBMのTS11xx(IBM3592)シリーズがある。OracleのT10000Dは,記録容量が8.5TB,転送速度が252MBpsである。一方,IBMのTS1150は,記録容量が10TB,転送速度が360MBpsである。

LTO,ハイエンド向けシステムともに,記録媒体としてバリウム・フェライトやメタル微粒子をバインダー(接着剤)とともに塗布した磁気テープが用いられる。磁気テープの大容量化は,高精度塗布技術,表面平坦化技術,高精度トラッキング技術などの進歩によるところが大きい。

2.3 光メモリーこれまで,光メモリーは音楽,映画等のパッケージメディアとして普及してきたが,光メ

モリードライブを搭載しないパソコンが増加し,さらには,インターネットによるコンテンツ配信が本格化しているため,市場が急速に縮小している。一方,温度・湿度の影響を受けにくいなどの優れた耐環境性を持ち,長期にわたって信頼性が確保される等の長所を有するため,アーカイブ用の保存媒体として注目を浴びている。しかしながら,光メモリーは記録容量もしくは記録密度の面で半導体メモリーや磁気メモリーに比べて劣っているため,以下で述べるように,大容量化に向けた規格化や研究開発が進んでいる。

(1)ディスク両面の使用による大容量化ブルーレイディスク(Blu-ray Disc™)には,片面単層25GB,片面2層50GB,片面3層

100GB,片面4層128GBと,4種類の規格が従来からあったが,2014年,Blu-ray Disc Association(BDA)において,新たに両面200GBのデータを蓄積できる両面ディスク(BD-DSD:Blu-ray Disc-Double-Sided Disc)の仕様が策定された7)。BD-DSDディスクは,数枚から数百枚のディスクを収納できるディスク・カートリッジに搭載するように設計されている。

(2)新たな規格SonyとPanasonicは2014年に,新たな光メモリーの規格としてArchival Disc(AD:アー

カイバル・ディスク)8)を策定した。記録容量は300GBで,基本光学系はBlu-ray Disc™と同じであるが,ディスクフォーマットと信号処理を変更している。ディスクフォーマットに関しては,グルーブ記録*32からランド&グルーブ記録*33に変更することで,トラック間ピッチを従来の2/3に縮めている。信号処理に関しては,狭トラックピッチ化によって生ずるトラック間クロストークを補償 する技 術とともに,高次のPRML(Partial Response Maximum-Likelihood)信号処理技術*34を用いて,大容量化と高い再生信号品質を実現している。

*32ディスクに切った溝の部分(グルーブ)を用いて記録再生する方式。*33グルーブだけでなく,ディスクに切った溝から残った山の部分(ランド)も用いて記録再生する方式。*34伝送符号に既知の相関を持たせて符号伝送するPR等化と,最さい

尤ゆう

(最も確からしい)データ系列を選んで再生するビタビ復号方式とを組み合わせる技術。

12 NHK技研 R&D ■ No.160 2016.11

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容量(Byte)

1,000

100

10

1

0.11G 10G 100G 1T 10T

転送速度(MBps)

従来方式の光メモリー

BD-DSD

AD

DVD

BD

超多層

ホログラム

(3)超多層記録パイオニアとメモリーテックは,記録層とサーボ用ガイド層(目的としたトラック上で正確

に記録再生するための案内溝を持った層)を別にした「サーボ層分離型多層ディスク構造」を採用し,8層の積層で片面256GB,両面で512GBのデータアーカイブ用大容量光メモリーを発表している9)。これまでの光メモリーの記録層内にあるトラックを無くし,案内溝専用のガイド層を設けることで,ディスクの構造を簡素化することに成功した。サーボ用光学系にレーザー(波長650nm),対物レンズ(開口数*350.60)が追加となるが,記録・再生に用いる光学系はBlu-ray Discドライブと同じ光学仕様であり,互換性を確保している。

(4)ホログラムメモリー10)

ホログラムメモリーは,元データを符号化して2次元バーコード状の画像(以下,ページデータ)を生成し,この画像で信号光を空間的に変調した後,信号光と参照光を重ね合わせることで生じる光干渉縞(ホログラム)をメディアに記録する。ページデータを媒体の同一箇所に多重記録(重ね書き)できるため,高密度・大容量化に有利であり,2次元のデータを一括して記録再生できるため,高速記録も可能である。さらに,媒体として,50年以上の保存寿命が期待できるフォトポリマーを使用するため,アーカイブ用ストレージとして注目されている。

東京理科大学,三菱化学,ナノフォトニクス工学推進機構,大日本印刷などで構成される研究グループは,2015年11月に,CDサイズのディスクに2TBのホログラム多重記録を可能とする「3次元クロスシフト多重方式」を発表した11)。これは,信号光と球面参照光を媒体の中で反応させて記録を行う方式であり,ホログラムの干渉縞の方向(角度)を変えて,ある規則性で膜厚中に拡散することにより,同一箇所にそれぞれ独立したホログラムを多重して記録することができる。また,ホログラムにより情報を記録した点から僅か10μmほど媒体をシフトさせるだけでクロストークが避けられることを確認しており,手軽に容量を増やすことができるという利点を持つ。

以上で述べた光メモリーの容量と転送速度を12図にまとめた。

12図 光メモリーの容量と転送速度

*35どの程度まで光を絞ることができるかというレンズの指標。

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3.映像用ストレージと当所の取り組み当所では,これまでハイビジョンや,2016年8月に試験放送が開始された超高臨場感

放送の8Kといった放送メディアの研究開発を進めてきた。さらに,空間像再生型立体映像などの新しい放送メディアの研究も進めている。これらの映像情報を記録するには,通常のストレージと同様に大容量化を進めることが必要であるとともに,記録再生の高速化が不可欠となる。記録再生速度が不十分であると,コマ落ちなどが生じて映像データを正常に記録再生することができない。とりわけ放送局内においては,映像データの品質を保持したまま編集などの作業を進めるため,一般家庭へ放送する映像データの数倍から数百倍の速度でデータを記録再生する要求に応えなくてはならない。

このような高速の記録再生が可能なストレージ技術の実現を目指して,当所では3つの研究を進めている。本特集号の報告では,これら3つの研究として,フラッシュメモリーの高速化を目指した研究,超高速な磁気メモリーを目指した研究,高速・大容量なアーカイブ用光メモリーを目指した研究のそれぞれについて,その詳細を紹介する。本章では,各研究の概略を簡単に紹介する。

3.1 スーパーハイビジョン記録用メモリーパックの研究半導体メモリーは,消費電力が小さく,小型化が可能で,高速に記録再生できるといっ

た特徴を有する。特に,電源供給を切っても記録を保持できる不揮発性のフラッシュメモリーは,カメラからの映像を記録するカード状のストレージとして,ハイビジョンや4K記録用に各社から市販されている。

NAND型フラッシュメモリー(7図)は,素子単位では他の半導体メモリーよりも書き込みが遅い。しかし,書き込みと読み出しをページと呼ばれる単位(8~16kB程度)で同時に行う構造とすることにより,メモリーチップ内部で書き込みと読み出しを並列に動作させることが可能となり,HDDや光メモリーに比べて大幅に高速な記録再生を実現できる。8Kのような速い転送速度の映像記録を,着脱可能なサイズのストレージで実現するためには,記録再生速度の観点から,フラッシュメモリーを用いたメモリーパックが最適である。このため,当所ではフラッシュメモリーを用いた8K記録用メモリーパックの開発を行っている。

NAND型フラッシュメモリーは,構造的に,上書き記録を繰り返すことでメモリーセルに物理的ダメージが加わるため,書き換え回数が増えると読み出しエラーが増加していくという短所がある。そのため,同じ場所に何回も上書きしないような工夫が,書き込み制御の技術に施されている。また,上書きする際は,複数のページから成るブロックと呼ばれる単位で消去を行い,再度書き込むという手続きが必要となる。特に上限容量近くまでデータを書き込んだ状態で,ページより小さいファイルをランダムに書き込む場合に記録速度が最も大きく低下する。このため,記録再生速度は他のメモリーに比べて高速であるが,映像データの記録においては,速度の変動が非常に大きいことが問題となる。

また,8Kのような高精細映像は転送速度が非常に速いため,実用的な時間の記録を非圧縮で行うことはストレージのサイズの観点から現実的ではない。そのため,編集作業などで支障が出ない程度にデータを圧縮してから記録する。しかし,例えば1/6に圧縮した後であっても転送速度は2.4GBpsと大きな値であり,取りこぼしなく映像を記録するためには,フラッシュメモリーの速度低下を極力招かない制御技術が求められる。そこで,書き込みブロックサイズの最適化などを行い,最低転送速度が確保できるような制御を

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“記憶セル”

電子

e 電極

S

N磁気モーメント

電子

半導体メモリー

“0”

“1”

磁気記録

e

電極

電子が物理的に移動

電子はその場で自転方向を変えられる

⇒超高速記録の可能性

e

e

S

N

e

行っている。本節で述べた研究の詳細については,本特集号の報告「8Kスーパーハイビジョン記録

のためのSSDを用いた高速映像記録技術の開発」を参照していただきたい。

3.2 可動部のない超高速メモリーの研究2.2節の(1)で述べたHDDはその名のとおり,堅いディスク上に堆積された磁性体

薄膜を媒体として使用している。このディスクが高速回転し,磁気ヘッドが半径方向に動くことにより,高速な頭出しと記録再生を実現している。このときのディスク回転速度は最大15,000rpm(revolution per minute)であるが,回転機構の固着を防ぐために,継続してディスクを回転させておくのが一般的である。このような動作をさせるために,HDDは情報の記録再生を行っていない待ち受け時にも電力を消費する。また磁気ヘッドがディスク直上を僅か10nm程度の距離で浮上しているため,振動などにより接触して壊れるヘッドクラッシュ*36など,機械的・物理的な故障が発生することがある。

そこで,機械的に可動な機構を排除し,媒体に記録された磁気情報を電気的に移動させることにより高速な記録再生を行う磁性細線メモリーの研究を行っている。可動部がないメモリーとしては,2.1節の(3)で述べたフラッシュメモリーが挙げられるが,1ビットを記録するのに要する時間はナノ秒程度*37である。これに対して,磁性細線を用いたメモリーでは,原理的に数十ピコ秒から100ピコ秒と1~2桁高速となることが期待できる12)。この違いは13図に示すように,それぞれの物理現象に起因する。つまり,フラッシュメモリーでは,電荷の物理的移動に伴う記録であるが,磁気記録では磁石のN極とS極との向きを変えること,すなわち磁石を構成している電子の磁気モーメント*38の方向をその場で変えることで情報を記録する。磁性細線はハードディスクにおけるデータトラックを抜き出して直線状に伸ばしたような構造であり,ハードディスクの大容量をそのままに数百倍の高速化を図ることが期待できる。磁性細線メモリーの応用用途としては,インテグラルフォトグラフィー方式などの立体映像の記録が考えられる。

*36その他にも,ベアリングの故障,アライメント(位置合わせ)の狂いなど,回転系に起因するエラーがある。

*37フラッシュメモリーの書き込み速度は1ページ数百マイクロ秒程度であるが,並列書き込みを行うことで,見かけ上,ナノ秒オーダーの記録を実現している。

*38磁気情報の元になる磁石の強さ。S極からN極を向く方向と大きさを持つベクトルで表される。

13図 半導体メモリーと磁気記録の原理の比較(電子の動きの違い)

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磁性細線を媒体として利用するには,磁性細線中に磁区*39を形成する技術や,形成した磁区を高速移動させる技術の開発が必要である。磁区を形成する最もシンプルな方法は,ハードディスクの記録ヘッドを用いて局所的に強い磁界を印加する方法である。磁界が印加された部分では,その磁界の方向に沿うようにN極およびS極を持つ磁区を磁性細線中に形成できる。さらに,磁性細線の長さ方向に電流を流すと,磁性細線の内部にある磁壁*40が電子の注入方向に移動する。このとき,細線中の複数の磁壁が同時に等距離を移動すれば,磁区がそのままの状態で移動したことに等しい。この磁壁の移動は,細線中を流れる電流の密度があるしきい値を超えたときに発現する。

磁性細線をメモリーへ応用するための課題としては,(1)磁性細線に適した材料の探索,(2)磁区の移動開始に必要な電流密度の低減,(3)磁区の移動を維持するのに必要な電流密度の低減,(4)磁区の移動速度の向上,(5)磁区の安定な停止,が挙げられる。

磁性細線に利用できる材料は,磁化*41が細線に対して垂直方向に向き,かつ磁化が小さい材料から選ぶ。最も一般的な材料はコバルト/ニッケル積層膜であるが,コバルトとニッケルは構成原子がどちらも強磁性体であるため,磁化が大きく,(3)および(4)を解決することは難しいと考えられる。そこで,当所では,(3)と(4)の両立を図るために,安定な垂直磁化膜であるコバルト(強磁性体)/パラジウム(常磁性体)積層膜を磁性細線に使用している。この材料系と磁気ヘッドを用いた記録再生実験を行い,磁性細線のメモリー用途への可能性を示した。詳細な実験内容については,本特集号の報告「磁性細線メモリーの磁区形成・駆動・再生動作の原理実証」を参照していただきたい。

3.3 スーパーハイビジョンアーカイブ用ホログラムメモリーの研究NHKは,2014年度末時点で,ニュース636万2,000項目,番組89万1,000本におよぶ映

像を保有している。これらの素材はNHK内部で使用するのみならず,2010年からは大学などの研究者に開放して学術的に利用してもらうなど,その利用価値は高まっている。貴重な番組を長期にわたって保存するためには,耐環境性に優れ,信頼性が高く,かつランダムアクセスが可能なストレージ技術が必要である。光メモリーはこれらの要件を満たす有力な候補ではあるが,近年,大容量化が進んでいない。光メモリーの大容量化は,主に光の短波長化とレンズの開口数拡大*42により急速に進められてきたが,Blu-ray Discにおいて青紫色レーザーと0.85の開口数が採用されて以降は落ち着いていた。その後,大きく分けて2つの方向性で光メモリーの大容量化が検討されている。1つ目の方向性は,Blu-ray Discの技術をベースとして,BD-DSDのようにディスクの両面を使用したり,Archival Discのように狭トラックピッチ化する進め方であり,2つ目の方向性は,ホログラムメモリーなど,全く異なった方式を新規に採用する手法である。

後者のホログラムメモリーでは,ディスクの同じ場所にデータを多重して記録する多重記録による大容量化が期待されている。多重記録は主に以下に示す5種類の方式があり,これらを単独もしくは合わせて使うことができる。・角度多重・波長多重*43

・シフト多重・ペリストロフィック多重*44

・位相コード多重*45

この中で最も一般的に使われるのが,角度多重方式である。この方式は,参照光の角度を変化させてデータを多重記録するもので,ガルバノミラー*46による高精度・高速な角

*41磁区中の磁石の向きと強さ。

*42開口数がCDでは0.45,DVDでは0.6,Blu-rayでは0.85と大きくなってきた。通常のレンズでは1が最大。

*43波長を変化させて多重記録する方式。*44角度多重したあと,さらに記録媒体を極回転させて多重記録する方式。*45参照光の位相のパターンを変化させて多重記録する方式。*46磁界中にコイルを宙づりにして,電流に応じて角度が変わることを利用したミラー。

*39磁性細線中で磁石の向きがN極もしくはS極のように単一にそろった領域。*40磁性体の磁区構造において,互いに異なる磁石成分(N極もしくはS極)を持つ磁区と磁区の間にある,原子の磁気モーメントが少しずつ連続的に反転する遷移領域。

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*47光線が同じ光路を記録時と再生時に逆方向に進むよう設計した光学系。記録時に光学系で発生したひずみは,再生時に逆方向に進むことにより補償される。*48再生時に入射する参照光の波面を変化させて,ひずみを補償する技術。

参考文献

1) T.Song,W.Rim,S.Park,Y.Kim,J.Jung,G.Yang,SBaek,J.Choi,B.Kwon,Y.Lee,S.Kim,GKim,H.Won,J.Ku,Ss.Paak,E.Jungle,S.SunghoandK.Kim:“A10nmFinFET128MbSRAMwith Assist Adjustment System for Power, Per formance, and AreaOptimization,” D.Tech.PaperISSCC2016,pp.306-307(2016)

2) JEITA半導体部会:“国際半導体技術ロードマップ2013年版の日本語訳,” http://semicon.jeita.or.jp/STRJ/ITRS/2013/ITRS2013_PIDS.pdf

度制御による高速な記録再生が可能という特徴がある。一方,シフト多重方式は,データを角度多重方式ほど規則性なく,媒体中に拡散させ

て記録する方式である。この方式にはさらにさまざまな手法があり,例えば,レンズを用いて参照光を球面波として記録する手法や,参照光にランダム位相マスクを入れて記録する手法などが研究されている。シフト多重方式では,シフト多重という言葉が示すように,記録した後に媒体を少しずらすことにより,次のデータを多重して記録することができる。このとき,媒体の連続的移動が可能なので,今までの光メモリーと親和性を高くできるという特徴がある。他に,参照光と物体光を同軸で媒体へ導入するコアキシャルホログラフィックメモリーと呼ばれるシフト多重方式もある。

これらのさまざまな多重記録方式がある中で,当所では研究の対象として,媒体の可換性(記録媒体を取り外し,持ち運べること)や高速な記録再生速度を念頭に,異なる装置間での互換性が高く,機械精度マージンを広くすることができる角度多重方式を選択した。角度多重方式では,光学系のひずみをキャンセルできる位相共役光学系*47を採用できる,媒体の収縮を角度や波長で補正できる,といった利点もある。角度や波長で補正を行う場合,媒体の収縮・膨張には線形だけでは表せない体積変化が含まれるが,当所では波面補償技術*48を用いることで安定的にデータを読み出す手法を独自に開発した。さらに,2次元のページデータを扱うために,従来にはない2次元画像処理技術や誤り訂正技術などの導入を検討し,圧縮した8K信号のリアルタイム再生に成功した。これにより,今後のホログラムメモリーの実現の可能性を示した。このメモリーの詳細な特性については,本特集号の報告「ホログラムメモリーの安定再生技術」を参照していただきたい。

4.むすび本稿では,大容量・高速ストレージ技術として,半導体メモリー,磁気メモリー,光メ

モリーの技術動向を述べ,放送に応用することを目指した3つの研究を紹介した。これらの研究は用途別に分類しているが,実用化の時期はそれぞれ異なる。「8Kスーパーハイビジョン記録のためのSSDを用いた高速映像記録技術の開発」は比較的実用化が近い。一方,「スーパーハイビジョンアーカイブ用ホログラムメモリーの研究」には,大容量を実現する媒体の開発,フィードバック制御などを入れた波面補償の高度化,高速かつ高度な信号処理技術,媒体の駆動技術等,さまざまな課題がある。さらに,「磁性細線を使った可動部のない超高速メモリーの研究」は,磁性細線中に磁区を形成・駆動・検出する原理実証を終えたにすぎない段階である。今後,すべての研究が実用化に結び付くように,課題の克服を着実かつスピード感をもって進める所存である。

最後に,本特集号を通して,大容量・高速ストレージ技術の実現に向けたさまざまな取り組みにご理解を頂ければ幸いである。

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3) K.Sohn,W.Yun,R.Oh,COh,SSeo,M.Park,DShin,WJung,S.Shin,J.Ryu,HYu,JJung,K.Nam,S.Choi,J.Lee,UKang,YSohn,JChoi,C.Kim,S.JangandG.Jin:“A1.2V20nm307GB/sHBMDRAMwithAt-SpeedWafer-Level I/OTestSchemeandAdaptiveRefreshConsideringTemperatureDistribution,” D.Tech.Paper ISSCC2016,pp.316-317(2016)

4) T.Tanaka,M.Helm,T.Vali,R.Ghodsi,K.Kawai,J.Park,S.Yamada,F.Pan,Y.Einaga,A.Ghalam,T.Tanzawa,J.Guo,T. Ichikawa,E.Yu,S.Tamda,T.Manabe,J.Kishimoto,Y.Oikawa,Y.Takashima,H.Kuge,M.Morooka,A.Mohammadzadeh,J.Kang,J.Tsai,E.Sirizotti,E.Lee,L.Vu,Y.Liu,H.Choi,K.Cheon,D.Song,D.Shin,J.Yun,M.Piccardi,K.Chan,Y.Luthra,D.Srinivasan,S.Deshmukh,K.Kavalipurapu,D.Nguyen,G.Gallo,S.Ramprasad,M.Luo,Q.Tang,M. lncarnati,A.Macerola,L.Pilolli,L.Santis,M.Rossin,V.Moschiano,G.Santin,B.Tronca,H.Lee,V.Patel,T.Pekny,A.Yip,N.Prabhu,P.Sule,T.Bemalkhedkar,K.UpadhyayulaandC.Jaramillo:“A768Gb3b/cell3D-Floating-GateNANDFlashMemory,” D.Tech.PaperISSCC2016,pp.142-143(2016)

5) S.Lee,J.Lee,I.Park,J.Park,S.Yun,M.Kim,J.Lee,M.Kim,K.Lee,T.Kim,B.Cho,D.Cho,S.Yun,J.Im,H.Yim,K.Yim,K.Kang,S.Jeon,S.Jo,Y.Ahn,S.Joe,S.Kim,D.Woo,J.Park,H.Park,Y.Kim,J.Park,Y.Choi,M.Hirano,J. Ihm,B.Jeong,S.Lee,M.Kim,H.Lee,S.Seo,H.Jeon,C.Kim,H.Kim,J.Kim,Y.Yim,H.Kim,D.Byeon,H.Yang,K.Park,K.KyungandJ.Choi:“A128Gb2b/cellNANDFlashMemoryin14nmTechnologywithtPROG=640μsand800MB/sI/ORate,” D.Tech.PaperISSCC2016,pp.138-139(2016)

6) http://www.lto.org/

7) ブルーレイディスクアソシエーション報道発表資料:“「ビッグデータ」のストレージに対応した,新たな両面ディスク仕様を発表,” http://www.jp.blu-raydisc.com/wordpress/wp-content/uploads/2011/07/081914BDA_Announces_DSD_FINAL2R_rc_PRAP_R2.pdf

8) ソニー報道発表資料:“業務用次世代光ディスク規格ArchivalDisc(アーカイバル・ディスク)を策定,” http://www.sony.co.jp/SonyInfo/News/Press/201403/14-0310/

9) パイオニア報道発表資料:“片面256GBの“データアーカイブ用次世代大容量光ディスク”を共同開発,” http://pioneer.jp/corp/news/press/index/1757

10) H.Coufal,D.PsaltisandG.Sincerbox,eds.:HolographicDataStorage,Springer-Verlag(2000)

11) J.Mori,Y. Ishibashi,S.Horiuchi,S.YoshidaandM.Yamamoto:“InvestigationofOpticalSystemofHolographicDataStorageUsingPhotopolymerMediumwithReflectivePlate,” Tech.D.ISOM2015,pp.94-95(2015)

12) C.Stanciu,F.Hnsteen,A.Kimel,A.Tsukamoto,A. Itoh,A.KirilyukandT.Rasing:“Ultrafast InteractionoftheAngularMomentumofPhotonswithSpins intheMetallicAmorphousAlloyGdFeCo,” Phys.Rev.Lett.,Vol.98,No.20,pp.207401.1-207401.4(2007)

宮みや

下した

英えい

一いち

1987年入局。宮崎放送局を経て,1990年から放送技術研究所において,デジタルVTR,垂直磁気記録,スーパーハイビジョン記録装置の研究に従事。現在,放送技術研究所テレビ方式研究部上級研究員。博士(工学)。

石いし

井い

紀のり

彦ひこ

1993年入局。同年から放送技術研究所において,光通信用デバイス,光メモリー,ホログラムメモリーの研究に従事。現在,放送技術研究所新機能デバイス研究部上級研究員。博士

(工学)。

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