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研究情報子ども社会研究8号ノ"I""αI"/C"ノdSr"d)',Vol.8,Jllnc,2()02:128-136
育児不安の構造
一子育て支援の基盤として-
深 谷昌志
1、子育てが大変な時代
少子化に歯止めがかからない。合計特殊出生率が2.0なと§はとても望めないにしても、1.5
も現実味を持たない数値になり始めている。東京などの都市部では、1.0を割ることに危機感
を抱かなくなった。
現在、多くの大学では混乱の中で行き先の見えない改組を試みている。受験生に人気があ
りそうになると、国際、福祉、コミュニケーション、心理のように新しい学科があちこちに
林立する。
大学のそうした状況の底流にあるのは、少子化による受験生の減少であろう。
筆者は大学人なので、大学の危機を少子化と結びつけて考えるが、ファミレスの売上停滞
や旅行業の顧客減少、結婚式場の不振などの背景にも、少子化が絡んでくる。
そうした見方をすると、少子化傾向が続く限り、日本の景気回復は期待できないように思
われる。少子化はそれだけ深刻な社会問題だと思うのだが、少子化を克服しようという動き
が乏しいように思う
少子化の背景は多様で論じ始めれば、それだけで何冊かの著作が必要となる。社会制度と
しての結婚の意味が薄れ、非婚化の傾向が強まっている。それと同時に、社会参加をする女
性が増え、そうした女性にとって、子どもが仕事の妨げになる感じがする。特に、職業と育
児との両立はただでさえきびしいが、欧米などと比べ、育児の負担を軽減する施策が遅れて
いる。そのため、両立の困難さを考え、働く女性の中には、出産に踏み切れない女性が少な
くない。加えて、家制度が崩れ、自分の老後を子どもに託す慣習も薄れている。そうだとす
れば、無理に子どもを育てることはないという気持になる。そうした状況から、結婚したと
しても、子どもを持つことに懐疑的な風潮が広まる。
子育て支援というと、働く母親への支援が説かれる。育児休業制を完全保証すると同時に、
休業期間の延長や休業期間の有給化などが当面の課題になる。そして、零歳児保育の充実や
保育時間の延長、子どもが病気の時に扱う保育施設の設置などの施策がとられてきた。
現在でも、そうした取り組みに遅れを感じるが、その反面、職業と育児との両立を保証す
れば、少子化に歯止めがかかるかと問われると、否定的な気持が強い。
(ふかや・まさし東京成徳短期大学)
128
育児不安の構造:深谷
子育て支援にあたって、大事なことは、「子育て」が大変な時代になったという認識を強
く持つことであろう。子育ての大変さは今も昔もそれほど変りはない。というより、既成の
離乳食品が普及せず、おしめを洗う洗濯機がない。それだけでも、現在より育児が大変であ
ったのが分かる。しかし、現在と比べると、生活することが大変な時代だった。冷蔵庫も電
子レンジもなく、スーパーもコンビニもない。ファミレスなど聞いたことがない。育児だけ
でなく、衣食住のすべてが大変だった。そうした中で、育児は、大変さに含まれる一領域で、
育児がことさら大変ということはなかった。
見方を代えると、この半世紀に、家庭電化製品の普及や商品流通の拡大を背景として、家
事の合理化が進んだ。伝統的な意味での主婦的な仕事は軽減された。しかし、育児は合理化
できないので、昔ながらの大変さを保っている。その結果、家事の負担が軽減された分だけ、
育児の大変さが突出する感じになる。
さらにいえば、母親を取り巻く環境は、21世紀を迎えて、人工的な快適さに包まれている。
しかし、出産や育児のメカニズムは、古代とさして変っていない。少なくとも、子どもは昔
と同じ状況で生まれてくる。昔と変らない出生の条件と21世紀に住む母親の環境とのギャッ
プが育児不安の背景に認められる。
もちろん、かつての社会では、拡大家族の中で生活していたので、嫁と姑のような面倒な
人間関係が認められたが、孤立した形で育児をすることはなかった。
それに対し、現在の母親は核家族の中で生活しているので、子育てを相談できる人が少な
い。しかも、身近で子育てを見聞きする体験に欠けるので、夜泣きや発熱、下痢など、子ど
ものこまかなことが、母親の不安を増幅する。
そう考えてくると、育児不安は働く母親の問題というより、現在の母親全般に広まってい
る状況なのではないか。そこで、現在の母親にとって、子を産み、育てることの意味をあら
ためて確かめることにした。
2,子育ての大変さ
こうした問題意識に立って、平成12年から、3年間にわたって育児不安の調査を実施した[
①調査対象=小学校低学年の母親と父親、②調査地域=育児不安に地域的な偏りが予想され
るので、都市(800サンプル)の他に、農村部(300サンプル)に調査対象に加えた、③国際比
較=育児不安は社会によって意味が異なると思われるので、ソウル、台北などで、比較調査
を実施にした(各800サンプル)。
今回は、枚数の制約があるので、国際比較調査や農村調査の結果や父親のデータを割愛し
て、都市の母親に焦点をしぼって、主要な結果を紹介したい。
l)子育ての大変さ
(1)子育ての大変な時期
子育てで「大変だった」のは「3ヶ月」までで、「大変さ」は「直後」の52.5%から「3ケ
129
子と・も社会研究8号
表1子育ての大変さ
楽
小計
て楽
ルー〃も
かな
り楽
大変
小計
とても
大変
かなり
大変
やや
大変
1931335
7496159
112333
0803922
4344496
1138414
の、1人民』11かり戸り旬』
11上11ワムワムリムqJ
生まれた直後
1カ月後
3カ月後
半年後まで
1歳まで
l~2歳の頃
3歳ころ
5218135
2018668
5542221
4951749
RJ川哉QJEJワム⑪011
つ』巾。?』川咄川咄?』44
1691789
9105321
1221111
4627456
q〕nonU2〉ワムno戸U
qJワムワム-k1人勺11
表22,3歳の頃の気持
とてもかなり小計ややあまり全然
気晴らしをしたい
体力的に疲れた
うまく育つかが不安
精神的に疲れた
子どもにイライラ
夫が非協力的
786258
175761
211111
781221
789954
122223
884160
4678571
943625
555421
211111
偶Uワ』QJnoワー。J
ワjqJnU11QUqJ
川面ワ。旬○qJワムワム
026856
012005
333342
月」の41.1%となる。その後は大変さが減って、半年後には「大変さ」と「楽さ(「楽しさ」
にも通じるが)が拮抗し、その後、楽の割合が高まる。そうした意味では、「育児の大変さ」
は半年まで、厳密にいえば、3ヶ月までが一区切りとなる。特に、半年くらいまで、「夜泣
き」(27.1%)、「とても」「かなり苦労の割合」や「授乳、」(223%)、病気(21.9%)などに苦
労している母親が多い。
子どもが成長するにつれて、子育ての物理的な大変さは減ってくることはたしかだが、そ
の後も、心理的な大変さは残る、子どもが3歳になった時、育児の連続で、「気晴らしをし
たい」(47.6%)「体力的に疲れた」(33.2%)と感じている者が3割以上に達すると同時に、
「うまく育つが不安」(309%)と不安な気持の母親も少なくない。(表2)
(2)母親になったのはプラスか
子どもが生まれると、子ども中心の生活を送らざるをえない。当然のことだが、心身とも
に疲労が増す。そうした状況を母親はどう感じているのか。調査結果によると、「母親にな
ったのはう。ラス」と思っている割合は、「とても」の52.6%に「かなり」の33.7%を含めて、
86.3%に達する。そして、「母親になったのは「ややプラス」が12.2%となる。「母親になっ
たのがマイナス」と感じているのは「かなり」にl.2%に「とても」の0.4%を含めて、1.6%
にすぎない。したがって、圧倒的に多くの母親が、苦労が多いが、母親になってよかったと
感じているのが分かる。
そして、母親になって、「自分の時間がとれない」(「とても」「かなり」で662%)、「おしやれ
130
育児不安の構造:深谷
表3母親になってからの変化
とてもかなりあまり全く
プラス面たくま しくなった
がまん強くなった
毎日が楽しく
人の気持が分る
マイナス面自分の時間がない
おしゃれをしない
ストレスが増えた
精神的なゆとりなく
【I67811河137
64758649
3211111
9JワI戸0QJ(u〉ワムかりウー
qJワI川殼ワム-1口汽〕(u》11
11ワムリムり乙勺○qJ旬○RJ
51051061
96608633
44564343
66779754
01101925
表4子どもが3歳位の頃、不安な気持
とてもわりとあまり全然
育児の連続で疲れる
子どもの反抗にイライ
子どもが散らすので嫌に
子どもが育たないと不安
育児でどうしたよいか迷う
子どもが煩わしくイライラ
子どもを考えると面倒に
子どもがかわいくない
61812354
32044107
3332221
34674907
90925127
45455563
56439374
61463253
1111225
79295676
05566411
1
ができない」(52.1%)などがあるものの、「「たくましくなった」(86.2%)、「我慢強くなった」
(70.7%)と思っている者が多い(表3)。
大づかみにすると、子育ては大変だが、楽しかったし、自分にとってもプラスだったとい
うのが母親の気持ちのように見える。「母親になってよかった」が約9割に達するという結
果は、予想をはるかに上回った。出産前後に仕事をやめ、育児に専念する形になるので、そ
うしたことへの悔いが残るのではと予想したが、そうした気持があるにせよ、母となった喜
びは悔いを上回るものがあるのであろう。
2)育児不安の強い人.弱い人
(1)育児不安の尺度化
子どもが生まれてしばらくは充分な睡眠がとれず、育児に不慣れということもあって生理
的にも'L、理的にも大変だが、3歳位になると、いくらか負担感は薄れていく。しかし、それ
でも不安が少なくない。
育児不安という時、子どもが何歳の頃の不安を重視するかが問題になるが、0歳では、不
安を持つのはあたり前だし、6歳頃になれば、特別の事情がなければ、不安は減っていよう。
そこで、上の子どもが3歳位の時期を選んで、母親の不安感を問題にすることにした。
育児不安とは、育児をしている母親が不安に感じる気持であろうが、ここでは、操作的に、
表4に示した項目を使って、不安感を確かめることにした。
1コ1上ゾ上
子と。も社会研究8号
この8項目を、それぞれ、「とても」をl、「全然」を4として、加算すると、粗点が8か
ら32までに分布する。そこで、母親を、①「育児不安の強い群」(8点から20点)24.5%、②
「中程度群」(21点から25点)50.2%、③「弱い群」(26点から32点)24.8&のように3分した。
(2)育児不安の強いタイプ
こうした分類を使って、育児不安が強い層と弱い層とを拾い上げると、以下のような8項
目の特性が浮かんでくる。
I、状況的に-
①母親になる実感を持てない(表5)
表5の結果の解釈はむづかしが、数値だけを追いかけると、妊娠から分娩まで、母親にな
る気持が強かった者は育児不安が弱い。逆に、母親になることに喜びを感じられなかった者
は育児不安が強いとなる。待ち望んでいた出産だと、育児不安が低いが、母になることへ不
安があると、育児にも影響が及ぶように思われる.
②夜泣きなど子育てに苦労(表6)
育児不安が強い母親は、夜泣きや授乳なと・に子育てに苦労した者が多い。
③子育てが楽しくない(表7)
育児不安が強い層は「子育てが楽しい」とは思えない者が多い。当然のことながら、子育
表5母親になる実感×育児不安
育児不安が 強い中程度弱い
妊娠がわかった時
胎動を感じた時
産声を聞いた時
子どもを抱いた時
初めて授乳
子どもが笑った
子どもが話した時
、、、、℃、、
1234578
1951590
1459930
2356666
3158117
1334505
2497776
*
******
*******
11弓I句044J4けI44
4518109
3577887
「とても感じた」測合*<0.01**<0.001***<0.0001
表6子育ての大変さ×育児不安
育児不安が 強い中程度弱い
夜泣き
授乳
発熱などの病気
入浴
離乳食
アレルギー疾患
オムッなど
0805820
9197622
3321111
1729667
4928996
212
****
******
*******
J4利1○ム〃0〆り〃4、U
1776983
211
「とても」「かなり」苦労した割合*<().01**<0.001***<0-0001
132
育児不安の構造:深谷
表7子育てが楽しい×育児不安
とても
楽しい
かなりややあまり全然
楽しくない
育児不安強い
中程度
弱い
408
055
114
749
724
133
511
808
551 **
4,00
200
012
121
1
**P<O_()01
表8母親になってからの変化×育児不安
育児不安が 強 い 中 程 度弱い
精神的なゆとりがない
ストレスが増えた
おしゃれをしなくなった
自分の時間がない
友だちが減った
73446
62974
55333
83453
54082
34444
、、、、、
12345
*****
*****
54261
73023
1212
「とても」「かなり」そうの',li1合**P<0.001
表9職業の有無×育児不安
育児不安が 強い中程度弱い
専業主婦
パートタイム
フルタイム
091
924
221
146
026
555
983
049
222
P<0.05
てが楽しいと思えると、育児不安が少ない。
④母親になってよかったと思えない(表8)
育児不安が強い層は、「子育てで時間がとれなくなった」や
母親になったことの否定面を感じている者が多い。
「ストレスが増えた」などと
Ⅱ、属性的に
⑤専業主婦(表9)
職業の有無と育児不安との関連を確かめると、表9の通りとなる。フルタイムの母親は。
仕事と育児との両立に苦しむから、育児不安が高いのではと思っていた。しかし、この結果
によると、育児不安が高いのは専業主婦であった。
⑥退職の気持(表10)
⑤と関連するが、出産前後に退職した人の場合、それをと、う思うのかと育児不安との関連
を、表10に示した。仕事をやめることに不満がなく、満足していた母親の32.5%は育児不安
ユ33
子-ども社会研究8号
表10仕事をやめた時の気持×育児不安
強い中程度弱い育児不安か
とても残念
かなり残念
やや残念
かなり.とても満足
9635
1802
2223
no4玉ワー。O
1145
3554
9007
6051
4畑,』7』n乙
P<().()5
表11親との別居×育児不安
強 い 中 程 度弱い育児不安が
同居
同居でないが、近くに
遠くに別居
632
282
545
214
471
322
264
345
122
P<0.05
表12学歴×育児不安
育児不安が 強い 中程度弱い
高校卒
専門卒
短大卒
四大卒
8528
3638
2221
9555
4073
2222
3036
1397
5545
が低い。それに対し、やめるのが残念だった者は育児不安が強く、46.9%に達する。
⑦親と別居(表11)
親との同居と育児不安との関連をたしかめると、表11のような結果が得られる。親との同居と育児不安との関連をたしかめると、表11のような結果が得られる。親と同居
していると、不安が高まらないが、別居していると、不安が高まる。一人きりで育児をして
いるとささいなことでも不安になるが、親と同居していれば、親は育児の先輩なので、安,L、
して育児の相談ができる。それだけに、不安が低くなるのであろう。
その他の項目で、統計的に有意な差は認められなかったが、差がないことにも意味がある
ので、学歴と育児不安との関連をたしかめてみよう。表12が示すように、学歴と育児不安と
の間にほとんど関連が認められなかった。ということは、高校卒は育児不安が高い、あるい
は、大学卒は育児不安が低いというような関連は少ないように見える。
ただし、育児の諸項目を学歴と関連させると、以下のような数値が得られる。そして、四
大卒の母親が育児に苦労している状況が浮かんでくる。特に、乳児の頃、大変さを感じてい
る。大学で学んだことは育児に関連はない。それだけに高学歴の母親は当惑しながら、初め
ての育児を行なっていたのであろう。
134
育児不安の構造:深谷
表13育児の諸相×学歴
平均高校専門短大囚大
生まれた直後子育ての大変さ(とても)
3カ月後子育ての大変さ(とても)
半年後授乳の苦労(とても・かなり)
2,3歳の頃疲れた(とても・かなり)
〕42.()47』98
3011
3223
699?』
3982
3113
6037
0716
3122
3().6
}9.3
24.1
29.9
72
0334
○○
○は蚊人仙
表14自分の性格×育児不安
育児不安が 強い中程度弱い
忍耐強い
頑張れる
子どもが好き
細かいことを気にしない
戸hUワーnV〈u平
戸0.川哉44戸0
勺』旬。リム-1
0937
0135
4432
**
***
****
○0nUハリ44
CO八Uかりno
44行、行0J4
「とても」「かなl)」そうの'ili'lfT*
子ども社会研究8号
としたことでも不安が増す。残念ながら、高学歴や職業経験といったキャリアは育児に全く
役立たない。他の面で活躍していた女性は、育児でも同じレベルの行動をとろうとするが、
思うようにいかない。その結果、育児にあせりを感じ、不安を増すことになりかねない。
不慣れな育児でも、相談できる身内や仲間がいれば、育児の不安を解消できる。しかし、
核家族で身内も少なく、仲間もいない場合、母親は孤立し、育児不安が強まる。②の孤立が
不安を増幅する要因となる。
それでも、育児が短期間で終わるなら、不安を解消される。多くの母親は出産直後が大変
と覚悟している。しかし、2年そして3年と、育児が続くと、疲労が蓄積されて、不安が広が
る。③の連続が、育児の不安を強める要因となる。
2)ネットの広がりや夫の関与が鍵
育児不安は最初の子どもが3歳頃までの一過性の不安定な心の状態であろう。そうだとす
ると、その期間に、孤独による不安が蓄積されるのを除去することが大事になる。それだけ
に、夫などの育児関与があれば、それだけでかなりの救いになる。実際に、関与しなくとも、
夫が妻の育児に関,L、を持ち、声をかけるだけでも母親の救いになる。祖父母が声をかけるこ
とも有効であろう。そうした身内を欠く場合でも、情報のネットワークがあるだけでも、精
神の安定を保てよう。
そうした意味では、若い母親を孤立させないための方策の実施が望まれよう。それと同時
に、育児の不慣れが不安の底流のあることを考えると、親的な体験を積ませることも、遠回
りではあるが、不安解消の一助となるように考えられる子どもは家庭に生まれるが、その子
どもは、その家庭だけでなく、未来の社会の担い手になる。見方によれば、子育ては未来社
会の担い手を育てる重要な働きである。子育てが私的な営みであることはたしかだが、その
反面、社会的な営みでもあるので。そうした社会的な視点に立って、子育てを税制的に優遇
する、児童手当を大幅に増額するなど、子育てをしてよかったと思えるような対策が必要で
あろう。
136