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金沢学院大学紀要 経営・経済・情報科学・自然科学編 第13号 The Journal of Kanazawa Gakuin University Business Administration, Economics, Informatics and Natural Sciences No. 13 平成27(2015)年3月1日 March 1, 2015 中小企業における資金調達と財務分析に関する先行研究 本田 泰郎 The Prior Study on the Fund Raising and Financial Analysis in the Small Enterprises Yasuo HONDA

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金沢学院大学紀要

経営・経済・情報科学・自然科学編

第13号

The Journal of Kanazawa Gakuin University

Business Administration, Economics, Informatics and Natural Sciences

No. 13

平成27(2015)年3月1日

March 1, 2015

中小企業における資金調達と財務分析に関する先行研究

本田 泰郎

The Prior Study on the Fund Raising and Financial Analysis in the Small Enterprises

Yasuo HONDA

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中小企業における資金調達と財務分析に関する先行研究1)

本田 泰郎2)

The Prior Study on the Fund Raising and Financial Analysis in the Small Enterprises1)

Yasuo HONDA2)

要 約

これまでの企業財務の主要な研究対象は上場企業の資金調達と運用及び財務分析にあった。上場企業が研究の対

象となる主な理由は、その財務諸表が有価証券報告書により一般公開されているからである。他方、中小企業はそ

の閉鎖性により、一部を除いては財務情報がほとんど公開されていない。これにより、中小企業の資金調達と財務

分析に関する先行研究は僅少なものにとどまっている。本稿は、中小企業における資金調達と財務分析に関して蓄

積された先行研究をサーベイし整理することを目的としている。サーベイの結果、株主借入金等の区分という研究

の余地があることがわかった。

キーワード:中小企業の資金調達、中小企業の財務分析、負債と資本の区分、中小企業の会計、信用スコアリング

モデル

はじめに

日本の中小企業は、全企業数の99.7パーセントを占め、その雇用者数は労働人口の約7割にのぼる。また、中小

企業は産業の多様性から日本経済の活性化の原動力といった役割を担っており、中小企業の動向は日本経済に対し

て大きな影響を与えているということができる。この中小企業にとって、解決すべき課題として指摘されることは、

必要な資金を円滑に調達することが難しいということ、すなわち、中小企業の資金調達力の問題である。

これまでの企業財務の主要な研究対象は上場企業の資金調達と運用及び財務分析にある。上場企業が研究の対象

となる主な理由は、上場企業は有価証券報告書により財務情報が一般公開されているからである。他方、中小企業

はその閉鎖性により、一部を除いては財務情報がほとんど公開されていない。これにより、中小企業の資金調達と

財務分析に関する先行研究は僅少なものにとどまっている。

しかし、中小企業に資金を貸付ける金融機関側からみた中小企業貸付に関する先行研究は存在する。こうした現

状を踏まえ、中小企業における資金調達と財務分析に関する先行研究をサーベイし、今後の有望な研究領域を探る

ことが本稿の目的である。

1.中小企業の会計基準をめぐる近年の動向

ここではまず、中小企業の財務分析の基本となる、中小企業が準拠・依拠すべき会計基準及び会計原則に関する

先行研究をとりあげてみたい。

中小企業庁では、平成14年6月の「中小企業の会計に関する研究会」において、株式公開を当面目指さない商法

1):平成26年10月10日受付;平成26年10月25日受理。

Received Oct. 10, 2014 ; Accepted Oct. 25, 2014.

2):金沢学院大学大学院経営情報学研究科経営情報学専攻;Graduate School of Business Administration and Information Science, Kanazawa

Gakuin University.

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112 金沢学院大学紀要「経営・経済・情報科学・自然科学編」 第13号(2015)

上の小会社を念頭に「中小企業の会計」をとりまとめた1。そして、この「中小企業の会計」を引き継ぐものとし

て、平成17年8月に民間4団体(日本税理士連合会、日本公認会計士協会、日本商工会議所、企業会計基準委員会)

により、「中小企業の会計に関する指針」(以下、『中小会計指針』という)が策定・公表され、平成18年4月に

は、会社法施行等に対応した『中小会計指針』の改正が行われた。その後、若干の改正を経て、『中小会計指針』

は現在に至っている。

しかし、『中小会計指針』に関しては、その普及状況が芳しいものではなかったことから、平成23年2月に、中

小企業庁と金融庁の共同事務局のもとで「中小企業の会計に関する検討会」が設置された。そして、平成24年2月

に「中小企業の会計に関する基本要領」(以下、『中小会計要領』という)が公表された結果、現在の中小企業が

準拠・依拠すべき会計基準及び会計原則は『中小会計指針』と『中小会計要領』の二つとなっている2。

上記の『中小会計指針』の先行研究に関しては、武田(2006)がある。この研究は、わが国の会計制度領域を、

最も基礎に商人の会計領域、その上に株式会社一般の会計領域、最上位に株式会社の中でもとりわけ規模の大きな

金融商品取引法適用会社の会計領域という三つの階層から成り立っていることを示した。さらに、最新の会計手法

や会計技法を必要とする国際会計基準(国際財務報告基準)が接する場面は、最上位の領域であり、証券市場を場

として資金調達を行う大会社、とりわけ国際資本市場で活動する国際企業であるとした。そして、会計制度として、

この三つを結びつけるものが「一般に公正妥当と認められるところのもの」、すなわち、「公正性」であるとして

いる。武田(2006)によれば、この「公正性」という概念は、それぞれの属性の差により異なる公正概念が存在し、

商法・会社法・金融商品取引法の目的に照らしてみても明らかであるとし、「シングル・スタンダード」でなけれ

ば、この「公正性」を保てないということはないと述べている3。これは、わが国の中小企業会計制度に関して、

「シングル・スタンダード」と「ダブル・スタンダード」について述べられたはじめての文献であると思われる。

次に『中小会計要領』の先行研究に関しては、河�・万代(2012)がある。この研究は、武田(2006)を基に、わが国の会計制度が、「公開企業・大企業の会計制度」と「中小企業の会計制度」とに二分化される傾向にあるこ

とを指摘している。また、このような二分化の根底にあるものは、大企業と中小企業の属性の相違であることを指

摘している。彼らは、『中小会計指針』は「トップダウン・アプローチ」を指向しているのに対し4、『中小会計

要領』は「ボトムアップ・アプローチ」を指向しているとし5、『中小会計要領』が中小企業の身の丈に合った会

計ルールとされるのは、それが中小企業の属性を重視した会計基準であるからに他ならないとしている。

2.中小企業おける財務分析の利用実態・有用性

2-1 統計資料データ

中小企業が利用するための財務分析に関して、先行研究はほとんど無く、現状は上場企業の財務分析手法を中小

企業に当てはめるだけで中小企業を分析しているようである。その分析結果を、中小企業の財務指標に当てはめ、

同業平均値との比較を行うことが現状であり、使用される中小企業の財務指標に関しては、主要なものとして二つ

が存在している。

一つは「BAST」である。BASTは「TKC経営指標(BAST : Business Analyses & Statistics by TKC)」を昭和50年

から毎年発行してきた。この経営指標は、TKC会計人が毎月継続して実施した「巡回監査」と「月次決算」によ

り作成された会計帳簿から、そのまま誘導された「決算書」を基礎データとして使用している。平成26年版におい

ては、収録法人数は約22万2千社であり(全国の法人の約8.8%)、1,012業種に及んでおり、その黒字決算割合は

47.2%(平成25年版では46.5%)となっている。この指標は、TKCシステムを2年以上継続利用している中小・

中堅企業(年商100億円以下)の経営成績と財政状態を分析したものであるが、個別企業の決算書は開示しておら

ず、同業種同規模の3社以上の決算書を合算し、その平均値を優良企業、黒字企業、黒字企業(中位数)、欠損企

業の分類体系により表示している6。

もう一つは、「中小企業の財務指標」である。従来から、中小企業の経営活動を財務面から定量的に捉えたもの

として中小企業庁は「中小企業の経営指標」及び「中小企業の原価指標」を作成していたが、データソースの信頼

性向上等の観点から見直す必要が生じたため、指標のデータソースを CRD(中小企業信用リスク情報データベー

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113本田:中小企業における資金調達と財務分析に関する先行研究

ス:Credit Risk Database)に変更し、「中小企業の財務指標」として新たに作成された。CRDは、平成13年3月に

中小企業に対する金融を円滑にすることを主眼に、我が国で初めて信用情報として国の主導の下で創設された大規

模データベースであるとされている。CRDの収集データは、中小企業の財務指標を作成するため、必要となる中

小企業法人の決算書を格納していること、当該内容が今後の財務指標の構築において信頼性が向上する可能性が高

いこと、効率性の観点からも有用性が高いと想定されること等の利点があるといわれている7。

以上の BASTと CRDは、我が国における中心的な中小企業の統計資料データとなっている。しかし、中小企業

が利用するための財務分析ではなく、中小企業を分析対象とした財務分析の利用実態・有用性の先行研究に関して

はどうであろうか。これに関して、先行研究は存在する。主要な研究は中小企業のデフォルトに関するものが多い。

中小企業のデフォルト確率と、金融機関による融資との関係を明らかにする研究である。

2-2 信用スコアリングモデル(倒産確率モデル)

財務数値を用いた企業分析の手法を倒産予測に応用した初期の研究としては Altman(1968)が挙げられる。ま

た、わが国においては、白田(2003)の企業倒産予知モデルがある。白田(2003)は上場企業を対象としているが、

財務数値を用いた企業分析の手法で倒産企業の特徴をモデル化してきた従来の主流研究に、企業行動と財務数値と

の関係を加えている。さらに白田(2003)は経済変動と財務数値との関係にも注目し、個々の財務数値の持つ意味

を十分に吟味・検討しながら倒産予知モデルを開発した。

これらを基礎にして、齋藤・橘木(2004)は、中小企業に関して、何が企業倒産の予兆となるかを検証し、つい

で倒産危機を迎えた企業がどのような努力をすることで倒産を回避させるのか、またどのような努力が裏目に出や

すいかを検証している。データセットは、社団法人中小企業研究所が2002年に実施した「事業再挑戦に関する実態

調査」と「経営上の困難の克服に関する実態調査」の個票データである。前者は廃業企業の経営者に対して行われ

たもので、後者は前者と同一の質問を倒産していない企業経営者に対して行ったものである。具体的には、倒産危

機を迎えたときにどのような対策をとったかについての説明変数を中心に倒産分析モデルを作成している。説明変

数に関しては、企業の特徴に関して、財務諸表のデータのみならず、借入先や担保・保証の状況、また下請け企業

か否か、経営者に就任した経緯はどのようなものか、といった様々な観点からのデータを使用している。倒産した

か存続したかの2値モデルに加えて、倒産と倒産回避後の企業の健全性を合計4レベルに分けたモデルや、倒産し

た企業の負債総額を推計するモデルを分析し、より倒産と倒産回避について連続的な観点から分析している。結果

として、倒産危機に直面した時に経営改善の努力を行う企業ほど倒産しにくいこと、及び一時的な資金繰りの対策

をした企業ほど倒産しやすくなることが確認されている。

また、福田ほか(2004)によれば、デフレ下で発生した中堅・中小企業の倒産の原因及びそのコストを、非上場

企業の財務データやその取引先企業の健全性指標から倒産確率を推計することによって定量的に評価している。彼

らは資本金1億円以上の非上場企業の倒産確率を、個別企業の財務データだけでなくその取引関係に注目すること

によって、プロビット・モデルから推計している。その結果、倒産確率を推計する段階では、倒産確率に対して、

実質債務残高、営業利益、実質利払額、特別損失といった財務変数に加えて、メインバンクの健全性や取引先企業

の破綻情報が倒産確率に対して有意な影響を及ぼすことが確認できるとしている。さらに、企業ごとに倒産確率及

びデフォルトコストを算出し、それらの積を積み上げて非上場企業の期待デフォルトコストに与える影響を分析し

てみると、一般物価の影響は上場企業よりは大きいものの、依然としてマイルドなものであると報告している。一

方で、メインバンクや取引先企業の体力低下においては、中堅・中小企業の倒産確率に与える影響が大きいとも報

告している。

さらに、渡辺(2005)、胥・鶴田(2006)においては、どちらも CRDのデータを用いていることが特徴的であ

る。渡辺(2005)は、中小企業のうち破綻企業の財務特性・経営指標がどういう数値になった時に企業が破綻する

のかを研究した。これによれば、借入依存度がある一定のレベルを超え、売上高支払利息割引率が2.6~2.7%に達

すると倒産リスクは急激に高まるとの研究結果を報告している。胥・鶴田(2006)は、連続2期債務超過かつ経常

赤字に陥った中小企業が法的破綻にいたるまでの存続期間の決定要因を分析している。とりわけ、中小企業の債務

構成に注目し、企業間信用と銀行融資の比率やその動きが法的破綻のタイミングに与える影響について明らかにし

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114 金沢学院大学紀要「経営・経済・情報科学・自然科学編」 第13号(2015)

ている。分析結果として、総負債に占める企業間信用の割合が高いほど法的破綻に陥る確率が高まること、負債に

占める企業間信用の割合は法的破綻数年前から大幅に減少している傾向がみられ、かつ、企業間信用の減少率が大

きい企業ほど、経営不振に陥ってから法的破綻にいたるまでの存続期間は短くなること、一方で、銀行借入の動き

は企業の存続期間に影響を与えないことを報告している。これらの結果は、企業間信用の特徴において、①無担保

債権を有する債権者は、取引先企業が法的破綻に陥るとより大きな損失をこうむるため、担保債権者である銀行と

比べると企業間信用を供与する取引企業は事前に企業の信用情報を、より迅速に獲得しようとするインセンティブ

を持つ。②取引先企業は他の業者とのネットワークが存在するため、銀行よりも債務者である企業の信用情報を低

いコストで早く獲得できる。③一般的に取引先企業の数は多く、残高維持や債権放棄といった債権者同士の私的な

交渉は困難である、との三つの特徴に整合することから、企業間信用の比率が高い企業ほど法的破綻に陥る可能性

が高く、かつ、存続期間が短くなるとも報告している。

これらの他に、枇々木ほか(2009)は、信用スコアリングモデル(倒産確率モデル)において、企業の業歴の有

効性を確認した。また、藤井・竹本(2010)においては、中小企業の大規模財務データに基づくデフォルトリスク

評価のモデルを構築し、デフォルト確率の推定とその期間構造に関する実証分析を行っている。具体的には、代表

的な財務変数及びマクロ経済変数を用いた多期間ロジットモデルにより実証分析を進めている。この研究も CRD

データを使用し、結果として、①業種によりモデルの説明力に違いがみられること、②デフォルト確率に与える影

響の大きさを比較すると、流動性(現預金/総資産比率)やカバレッジ(売上総利益/支払利息)が重要な変数と

なっていること、③財務諸表にもとづいて2年後、3年後のデフォルト確率を推定すると、統計的に有意な結果が

得られたこととの三つの報告をしている。

直近の研究においては、安西ほか(2012a)が、スコアリングモデルによる倒産判別力が高く、コンサルティン

グに活用できる2指標を利用した経営状態判別モデルを提案し、その有用性を検証した。安西ほか(2012b)では、

企業の問題点と改善策の判断に適した簡易倒産予測モデルの提案とその有用性を考察した。また、枇々木ほか

(2012)においては、日本政策金融公庫が保有する54万件の小企業についてのデータを用い、信用スコアリングモ

デルにマクロファクターを加味し、推定デフォルト確率の精度の改善効果を検証している。

3.中小企業における財務特性

中小企業の財務特性に関する先行研究には、鹿野(2006;2007)がある。この研究も CRDデータを用い、わが

国の中小企業の財務面での特性を明らかにしている。これによれば、わが国の中小企業は、低い株主資本比率と高

い借入依存度が特徴であり、オーナー経営者の家計と会社財務には一体性があるとしている。具体的には、わが国

の中小企業が、法人税法上の留保金課税逃れのため、会社は赤字・累損だが、オーナー社長の家計は潤沢であるこ

とを指摘している8。

また、今・斉藤(2009)は、わが国の中小企業の企業利益率が上昇すれば、長期借入金比率は上昇するという仮

説をたて、法人企業統計調査個票データを用いて実証している。この結果、今・斉藤(2009)は、中小企業が資金

調達の安定性を重要視するため、中小企業は資金調達リスクを回避できる長期負債を選択するのであると解釈して

いる。

4.中小企業における負債と資本の区分

我が国の中小企業は資本が脆弱であるため、法人経営者でもある株主からの借入金(いわゆる株主借入金)は、

中小企業にとって重要な資金調達の手段であると言われている。また、このような借入金は金融機関からの借入で

はないため、中小企業にとってはある時払いの催促なしとしての性格が強く、その本質は極めて資本金に近いとい

うことが言える。このような、中小企業における負債と資本の関係、若しくはその区分に関する先行研究はほとん

ど無い。しかし、疑似エクイティ貸付に関しては、多胡(2004)がある9。この研究は、金融機関側からみた中小

企業向け貸付は二つあり、この二つは全く異質のものだとしている。一つは、事業にかかわるキャッシュ・フロー

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115本田:中小企業における資金調達と財務分析に関する先行研究

からの返済を見込む通常の貸付であり、もう一つは長期運転資金などの実質的に一定水準の金額が長期固定的に貸

付されているものであるとしている。この借入金の性格として、前者は純粋な返済義務のある負債であるのに対し、

後者は資本金のような性格であるとするが、その明確な分類は行われていないとしている。

また、中小企業における負債と資本の関係に関して、種五(2009)においては、会計上の観点からではなく税法

上の観点から株主借入金を考察している。この研究は、株主借入金を原則として負債として認識しつつも、一定の

条件を満たした株主借入金を税法上の資本とみなすことで、株主借入金から発生した支払利息の損金算入を制限す

ることができるとしている。これにより、法人所得における支払利息を用いた恣意的経理によって、法人所得金額

を不当に減額させることを防止することが可能であるとしている。

このサーベイにより、中小企業における株主借入金と資本金の関係、その本質及び区分に関する研究が存在しな

いと思われる。このことから、株主借入金が他人資本であるのか、それとも自己資本であるのかという問題が提起

できる。株主借入金の区分の問題は、中小企業の資金調達及び財務分析に大きな影響を与えるため、株主借入金の

区分という研究の余地がある。

5.中小企業の粉飾決算の可能性

わが国の中小企業は資本が脆弱であるがゆえに、わずかな経済変動等により債務超過に陥りやすく、資金繰りが

行き詰まりやすいと言われている。中小企業の生命線は資金調達であることから、中小企業は自社の財務諸表を粉

飾してでも資金調達を行う傾向にあるとも言われている。

粉飾決算に関する先行研究は、上場企業に関するものであるが、須田ほか(2007)がある。この研究は、会計方

針の変更と監査人の交代に注目することや、非裁量的利益(=当期純利益-裁量的発生高)を計算し、非裁量的利

益と実際の報告利益を比較する等、五つの注目点を用いて実証分析している。

中小企業の粉飾決算に関する先行研究は見当らないのであるが、中小企業財務諸表の信頼性に関して、河�(2013)がある。河�(2013)によれば、中小企業は計算書類の信頼性が十分に担保されているとは言い難く、また、信頼性保証の普及も十分ではないとしている。よって、このような状況を鑑みれば、外部専門家による中小企

業監査を何らかの形で構想する必要があるとしている10。

6.中小企業の資金調達

最後に、中小企業の資金調達に関する先行研究である。中小企業が発行する私募債に関する研究に林(2007)が

ある。この研究は、長野県諏訪地方6市町村において発行された私募債を対象として分析し、中小企業の業績と私

募債発行の関連性を把握することに主眼が置かれている。結果として、私募債発行企業は、主要な財務指標の数値

が相対的に大きい企業であることが確認できるが、中小企業の私募債による資金調達は依然として一部の企業に限

定的であることを実証している。また、中小企業の資金調達実態に関して、植杉ほか(2009)がある。この研究は、

データが乏しい中小企業金融の現状を正確に知り、金融危機に端を発する深刻な景気後退下における中小企業の資

金調達環境を把握するために、企業向けアンケートの調査概要報告をまとめたものである。この調査は、どのよう

な点で中小企業の資金調達が厳しくなっているかを調査している。この調査は、中小企業の資金調達の実態を知る

うえで有用であると思われる。

視点を変え、金融機関側からみた中小企業への資金貸付に関する先行研究をサーベイしてみると、福田ほか

(2006)がある。この研究は、非上場企業の企業間信用の決定要因を推計した場合、借入金と企業間信用との間に

は有意な負の関係があり、銀行借入が少ない企業ほど企業間信用を多く受け入れているという代替関係があること

を確認している。しかし、不良債権比率や株価といったメインバンクの健全性の悪化は、借入企業と主要仕入先企

業のいずれのメインバンクであっても、企業間信用に対して有意な影響を及ぼすとしている。この結果は、取引銀

行の健全性の悪化が、銀行貸出だけでなく企業間信用も収縮させ、デフレ下の日本経済における中堅・中小企業の

活動を大きく制約した可能性を示唆するものであるとしている。

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116 金沢学院大学紀要「経営・経済・情報科学・自然科学編」 第13号(2015)

金融機関の貸出手法の先行研究としては、小野(2007)がある。この研究は、リレーションシップ貸出の再構築

とトランザクション型貸出の浸透が、伝統的な銀行貸出以外の代替的な資金調達手段を提供するとともに、企業が

信頼できる貸出金利の相場を形成するとしている。さらに、トランザクション型貸出に限れば、市場型間接金融と

の親和性が高いことから、借入条件について市場によるチェック機能が働きやすいと報告している。この他に、中

小企業への貸出手法について、定性分析(ソフト情報)の重要性を検証した、加納(2008)がある。また、小野(2011)

では、中小企業向け貸出に関する内外の実証研究を貸出形態別に分析した。その結果リレーションシップ貸出に関

する実証研究の多くは、いまだリレーションシップ貸出が企業パフォーマンスの改善に結びついているかを検討し

ていないことを述べている。さらに、クレジット・スコアリング貸出等の新しいトランザクション貸出に至っては、

実証研究が緒に就いたばかりであり、今後の研究蓄積が必要であるとしている。

おわりに

本稿では、中小企業における資金調達と財務分析に関する先行研究をサーベイした。第1節の中小企業の会計基

準においては、『中小会計指針』と『中小会計要領』が存在し、それぞれの企業属性研究が行われていた。第2節

の中小企業における財務分析の利用実態・有用性に関しては、BASTと CRDの二つのデータベースが存在してい

た。また、中小企業の財務数値を用いることで、中小企業の信用スコアリングモデル(倒産確率モデル)を推計す

る研究が多数存在している。第3節の中小企業の財務特性に関しては、中小企業の財務数値を用いて中小企業の財

政実態及び資金調達の動向を研究したものがあった。第4節の中小企業における負債と資本の区分に関しては、金

融機関借入の疑似エクイティ化に関するものと、税法上からみた株主借入金に関する研究が確認された。第5節の

中小企業の粉飾決算の可能性では、中小企業財務諸表の信頼性保証に関する研究が存在する。第6節の中小企業の

資金調達では、中小企業の私募債発行、中小企業の銀行借入と企業間信用との関係及び金融機関の貸出手法に関す

る研究が存在していた。

様々な角度から先行研究をサーベイした結果、信用スコアリングモデル(倒産確率モデル)等、金融機関側から

の視点による中小企業に対する研究が多いことがわかった。これに対し、中小企業側からの視点による研究は非常

に少ないようである。特に、中小企業における負債と資本の区分に関しては、株主借入金と資本金との関係、その

本質及びその区分に関する研究はなかった。つまり、株主借入金が他人資本であるのか、それとも自己資本である

のかという問題は未だ研究されていないということである。したがって、疑似エクイティを軸とした金融機関借入

金と株主借入金等を考察する研究の余地があるのではないかと考えられる。

[注記]

1 ここでは、旧商法における商法特例法上の小会社(資本金1億円以下の株式会社、旧商法特例法第22条1項)を指す。また旧商

法は、現在、平成18年5月1日施行の会社法へと移行している。

2 以前までは、『中小会計指針』に基づき決算書を作成すれば、借入時における、信用保証協会の保証料が割引かれる制度が存在

した。しかし、『中小会計要領』が登場したことにより、『中小会計指針』の割引制度が廃止された。現在は、『中小会計要領』

に基づき決算書を作成すれば、信用保証協会の保証料が割引かれる制度が存在している。よって、現状での中小企業会計は、『中

小会計要領』に基づくものが多いと思われる。

3 「取引の経済実態が同じなら会計処理も同じになるべきである」という考え方が、シングル・スタンダードである。これと対峙

する考え方が、ダブル・スタンダードとなる。

シングル・スタンダード論には、日本公認会計士協会が深くこだわっているとされている。詳しくは、西川登「非公開中小会社

のための会計基準のあり方:中小企業庁・日税連・会計士協会の考え方の比較検討」『商経論叢』(神奈川大学)第39巻第2号(2003

年)、59-61頁を参照。

4 トップダウン・アプローチは、大会社会計基準から出発し、その簡素化によって中小会社会計基準を形成するアプローチである。

5 ボトムアップ・アプローチは、中小企業の属性を検討することから出発し、中小会社固有の会計基準を生成するアプローチをい

う。

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117本田:中小企業における資金調達と財務分析に関する先行研究

6 詳しくは、『TKC経営指標(BAST)』のホームページを参照。

7 CRD(Credit Risk Database)は、中小企業の経営データ(財務・非財務データ及びデフォルト情報)を集積する機関として、全

国52の信用保証協会を中心に任意団体 CRD運営協議会として平成13年3月にスタートした。設立の趣旨は、データから中小企業

の経営状況を判断することを通じて、中小企業金融に係る信用リスクの測定を行うことにより、中小企業金融の円滑化や業務の効

率化を実現することを目指すとしている。その後、会員、蓄積データも増え、中小企業の経営関連データを集積する金融インフラ

としての地歩が固まり、平成17年4月有限責任中間法人として法人格を取得した。さらに、一般社団法人及び一般財団法人に関す

る法律の施行に伴い、平成21年6月に名称を「一般社団法人 CRD協会」と変更した。CRDは2014年3月末において、200万社以上

の中小企業の財務諸表データを蓄積している。詳しくは、CRD協会のホームページを参照。

8 通常、会社から配当を受け取ると個人には所得税が課税される。この配当所得に対する課税を避けるため、同族会社では利益を

配当に回さず会社に留保する傾向にあった。こういう状態であると、配当を受け取る場合と受け取らない場合との間で課税の公平

が保てない。そこで、会社に留保した一定額以上の所得に対して、通常の法人税のほか留保金課税が課せられる。

9 「疑似エクイティ貸付」とは、金融機関側からみれば、形態はあくまでも貸出であるが、その実態は当該企業に対する資本投資

(エクイティ)に類似する性格を有している。つまり、本来企業が資本として備えていなければならないような資金であるにもか

かわらず、これを金融機関からの借入によって賄っているものであり、バランスシート上は資本金に準じる場所に位置している。

10 昭和61年5月に公表された「商法・有限会社法改正試案」において、中小会社の計算の適正を担保する制度として、「会計調査

人調査制度」が明示された。その後、法務省が、「商法・有限会社法改正試案」について各界に意見照会した結果、「会計調査人

調査制度」については賛成・反対に大きく意見が分かれたため、平成2年の商法改正時に、衆議院法務委員会において「会計専門

家による中小会社の計算の適正担保の制度について更に検討を進め、関係各位の理解を求めた上、速やかに立法上の措置を講ずる

こと」、また参議院法務委員会において「中規模以上の会社の計算については、会計専門家による適正な監査制度の法確立を図る

ため、早期に調査検討を行うこと」との附帯決議がなされた。こうした経緯を踏まえ、旧商法から会社法へと移行した現在は、会

計参与制度が存在する。

しかし、中小企業庁の調べによれば、株式会社約260万社のうち、会計参与設置会社はわずか2千社程度しかないとしている。

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