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- 92 - 人間科学研究 Vol. 28, Supplement(2015) 修士論文要旨 【問題と目的】子どもの社交不安の改善には,認知行動的介 入が有効であり(Silverman et al., 2008),近年では,子 どもの認知的側面にも焦点があてられている(たとえば,加 計他,2008)。代表的な認知的介入である認知的再体制化技 法(以下, CR)の実践においては,ワーキングメモリなど の認知資源が一定程度必要であることが前提とされている Sheppes & Meiran,2008)。そのため,脅威的な状況に おいて,認知的負荷が過度にかかった場合, CRの効果が減 弱される可能性があると考えられる。この認知的負荷がか かりやすい特徴をとらえる個人差として,刺激を過度にネ ガティブにとらえたり,回避したりする罰への感受性を挙 げることができる(e.g., Adam et al., 2013)。罰への感受 性をもつ者は,刺激を過度にネガティブにとらえやすいた め,不安反応が生起しやすく,認知的負荷がかかりやすい ことが予測される。そのため,結果として, CRの効果は相 対的に低くなる可能性が推察される。一方で,解釈バイア ス修正訓練(以下, CBM)は,ネガティブな刺激ではなく, ニュートラルまたはポジティブな刺激に対する認知処理を 促進するという前提を有していることから(袴田・田ヶ谷, 2011),認知資源をそれほど必要としないと考えられる。し たがって,CBMは,一定程度の認知資源を必要とするCR に比べて,社交不安の低減に対して大きな効果をもたらす ことが推測される。そこで本研究では,従来のCRや社会的 スキル訓練(以下,SST)から構成される認知行動的介入 と,CBMの手続きをSSTに組み合わせる方法とを比較し, 子どもの罰への感受性の個人差が,社交不安の低減と社会 的スキルの向上に及ぼす影響を検討する。 【方 法】研究参加者 関東圏の公立中学校に在籍する中学 1年生125名のうち,回答に不備のなかった96名を分析対象 とした。その中から認知的介入(CRCBM)への参加に 同意した生徒をCRSST群(13名)とCBMSST群(15 名)に振り分けた。その他の生徒をSST群(68名)とした。 測度 ①罰への感受性:児童用 BIS/BAS尺度日本語版(小 関,2012), ② 解 釈 バ イ ア ス: ⒜ 解 釈 バ イ ア ス 質 問 紙 Vassilopoulos, 2009),⒝解釈バイアス測定課題(本研究 で作成),③社交不安: LSAS-CA 日本語版(岡島他,2008), ④社会的スキル:中学生用社会的スキル尺度(嶋田,1998) を使用した。 手続き 研究は,Fig. 1の手続きで実施された。 Fig. 1 研究実施の流れ 【結果と考察】認知的介入の群,罰への感受性の群,時期を 独立変数,社交不安得点を従属変数とした分散分析を行 なった結果,CRSST群の罰への感受性高群において,T 2からT 3にかけて社交不安が有意に増加していることが 示された(Fig. 2)。一方,CRSST群の罰への感受性低 群においては,T 2からT 3において社交不安が有意に減 少していることが示された(それぞれ,p = .04, .01)。以 上のことから,子どもの社交不安の低減において,罰への 感受性の高さという個人差が, CRSSTを組み合せた介入 を行なった場合に影響を及ぼすことが明らかにされた。一 方で,CBMSSTを組み合せた介入を行なった場合には, 顕著な社交不安の低減効果は示されなかったものの,罰へ の感受性は社交不安の変化に対しては影響しないことが示 された。したがって,子どもに対する認知行動的介入の適 用に際しては,子どものもつ罰への感受性を考慮したうえ で,介入技法を選択する必要があるといえる。 50.00 55.00 60.00 65.00 70.00 TimeTimeTime( L S A S - C A CR+SST+罰への感受性高群 CBM+SST+罰への感受性高群 SST+罰への感受性高群 * * p < .05 Fig. 2 認知行動的介入による社交不安得点の変化 解釈バイアス修正訓練の手続きを組み合わせた 社会的スキル訓練が児童生徒の社交不安に及ぼす影響 Effects of Social Skills Training combined with Cognitive Bias Modification of Interpretations Training on Social Anxiety among School Children 彩香(Ayaka Mori) 指導:嶋田 洋徳

解釈バイアス修正訓練の手続きを組み合わせた 社会的スキル ... · 2018-01-02 · (Sheppes & Meiran,2008)。そのため,脅威的な状況に おいて,認知的負荷が過度にかかった場合,CRの効果が減

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Page 1: 解釈バイアス修正訓練の手続きを組み合わせた 社会的スキル ... · 2018-01-02 · (Sheppes & Meiran,2008)。そのため,脅威的な状況に おいて,認知的負荷が過度にかかった場合,CRの効果が減

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人間科学研究 Vol. 28, Supplement(2015)修士論文要旨

【問題と目的】子どもの社交不安の改善には,認知行動的介

入が有効であり(Silverman et al., 2008),近年では,子

どもの認知的側面にも焦点があてられている(たとえば,加

計他,2008)。代表的な認知的介入である認知的再体制化技

法(以下,CR)の実践においては,ワーキングメモリなど

の認知資源が一定程度必要であることが前提とされている

(Sheppes & Meiran,2008)。そのため,脅威的な状況に

おいて,認知的負荷が過度にかかった場合,CRの効果が減

弱される可能性があると考えられる。この認知的負荷がか

かりやすい特徴をとらえる個人差として,刺激を過度にネ

ガティブにとらえたり,回避したりする罰への感受性を挙

げることができる(e.g., Adam et al., 2013)。罰への感受

性をもつ者は,刺激を過度にネガティブにとらえやすいた

め,不安反応が生起しやすく,認知的負荷がかかりやすい

ことが予測される。そのため,結果として,CRの効果は相

対的に低くなる可能性が推察される。一方で,解釈バイア

ス修正訓練(以下,CBM)は,ネガティブな刺激ではなく,

ニュートラルまたはポジティブな刺激に対する認知処理を

促進するという前提を有していることから(袴田・田ヶ谷,

2011),認知資源をそれほど必要としないと考えられる。し

たがって,CBMは,一定程度の認知資源を必要とするCR

に比べて,社交不安の低減に対して大きな効果をもたらす

ことが推測される。そこで本研究では,従来のCRや社会的

スキル訓練(以下,SST)から構成される認知行動的介入

と,CBMの手続きをSSTに組み合わせる方法とを比較し,

子どもの罰への感受性の個人差が,社交不安の低減と社会

的スキルの向上に及ぼす影響を検討する。

【方 法】研究参加者 関東圏の公立中学校に在籍する中学

1年生125名のうち,回答に不備のなかった96名を分析対象

とした。その中から認知的介入(CR,CBM)への参加に

同意した生徒をCR+SST群(13名)とCBM+SST群(15

名)に振り分けた。その他の生徒をSST群(68名)とした。

測度 ①罰への感受性:児童用 BIS/BAS尺度日本語版(小

関,2012),②解釈バイアス:⒜解釈バイアス質問紙

(Vassilopoulos, 2009),⒝解釈バイアス測定課題(本研究

で作成),③社交不安:LSAS-CA 日本語版(岡島他,2008),

④社会的スキル:中学生用社会的スキル尺度(嶋田,1998)

を使用した。

手続き 研究は,Fig. 1の手続きで実施された。

Fig. 1 研究実施の流れ

【結果と考察】認知的介入の群,罰への感受性の群,時期を

独立変数,社交不安得点を従属変数とした分散分析を行

なった結果,CR+SST群の罰への感受性高群において,T

2からT 3にかけて社交不安が有意に増加していることが

示された(Fig. 2)。一方,CR+SST群の罰への感受性低

群においては,T 2からT 3において社交不安が有意に減

少していることが示された(それぞれ,p = .04, .01)。以

上のことから,子どもの社交不安の低減において,罰への

感受性の高さという個人差が,CRとSSTを組み合せた介入

を行なった場合に影響を及ぼすことが明らかにされた。一

方で,CBMとSSTを組み合せた介入を行なった場合には,

顕著な社交不安の低減効果は示されなかったものの,罰へ

の感受性は社交不安の変化に対しては影響しないことが示

された。したがって,子どもに対する認知行動的介入の適

用に際しては,子どものもつ罰への感受性を考慮したうえ

で,介入技法を選択する必要があるといえる。

45.00

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社交不安(L

SA

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得点

CR+SST群+罰への感受性高群CBM+SST群+罰への感受性高群SST群+罰への感受性高群

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Fig. 2 認知行動的介入による社交不安得点の変化

解釈バイアス修正訓練の手続きを組み合わせた社会的スキル訓練が児童生徒の社交不安に及ぼす影響

Effects of Social Skills Training combined with Cognitive Bias Modification of

Interpretations Training on Social Anxiety among School Children

森  彩香(Ayaka Mori)  指導:嶋田 洋徳