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現在の被差別部落をめぐる意識のあり方として、被差

別部落出身者であることを「意識しないでおこう」とす

るが「意識してしまい」、「差別はいけない」「自分は差

別しない」と考えながら、具体的状況におかれると、「差

別する可能性」を持ち、「結局差別してしまう」という

特徴が指摘きれている(堀口、’九七二/福岡、’九九二)。

特集

被差別部落に関する意識や人権意識が形成される過程について、被差別部落出身でない対象者の被差別部落との関わりに関する嘘活

史の聞き取り調森データから分析・検討をおこなった。その結果、次の知見を得た。①その人にとっての関与が高い場合には、意識の

形成・変化に大きな影響を及ぼす。②部落・部落問題に関わる領域は、職場、家庭、地域社会などの多重性を持ち、部落に関する意識は、

職場から家庭の領域へは影響を及ぼしやすいが、職場から地域社会、家庭から地域社会や職場へは影響を及ぼしにくい。

要約

被差別部落に関する意識と人権意識の形成過程

問題の所在

こうした意識のあり方は「意図的ではない差別」とも呼

べるものである。こうした意図的ではない差別は、人々

は、少なくとも自分では「差別はいけない」「差別しない」

「差別意識はない」などと考えているが、その人が置か

れた状況によっては、部落を排除・差別する行動を選択

するために生じると考えられる(益田、二○○○)。すな

わち、人々の「抽象的な意識」のあり方と、「具体的状

況での行動の選択」の間に不一致が生じており、部落に

対する明確なマイナス・イメージ、悪意、嫌悪感を必ず

益田圭

研究部
テキストボックス
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被差別部落に関する意識と人権意識の形成過程3

しも伴わないものとしてとらえるべきであろう。

こうした「意図的ではない差別」に対しては「差別は

いけない」「差別は悪いことである」という知識を注入

するタイプの啓発活動では、その効果に限界がある。な

ぜなら「差別はいけない」「差別は悪いことである」と

いう知識は、抽象的な意識を変えることはできても、「具

体的状況での行動の選択」を変えることができるとは限

らないからである。こうした「意図的ではない差別」に

対して効果的な啓発活動をおこなうためには、差別意識

や偏見を構造的に理解することが必要であり、人々が具

体的な状況においてどのように部落を排除・差別する行

動を選択していくのかということを検討することが重要

である(益田、’九九九)。そして、人々の「具体的状況

での行動の選択」における「差別する可能性」を減らし、

「結局差別してしまう」ことをなくす、つまり「意図的

ではない差別」の克服のために、これまであまり重視さ

れてこなかった反差別に結びつく意識のあり方や、差別

に気づき、立ち向かうことのできる意識のあり方、言い

換えれば、人権感覚とも呼べるものが、どのように形成

されているのか、またどのように形成されうるのかとい

うことを検討することが重要である。

こうした問題意識に基づいて、「部落問題に対する意

社会心理学における態度変容の研究で、ペティとカシ

オッポ(勺の[q伜○四:gP」腸。)は、「精綴化見込みモ

識形成調査(’’○○○年一一月~’一○○一年三月、部落解

放・人権研究所こがおこなわれた。この調査では、被差

別部落に関する広範な意識の形成過程を把握し、人々が

生活していくなかで、部落に対して、どのような出会い

があり、その時どのような感情を持ち、どのような心理

的葛藤を経験したのか、そして、どのような意識のあり

方が人権感覚に結びつき、そうした意識はどのように形

成されていくのかということを明らかにするために、調

査対象者の誕生から現在に至るまでの生活史についての

聞き取りがおこなわれた。

本稿では、この調査結果に対して、部落・部落問題に

対する関与、意識領域の多重性という二つの枠組みから

分析を試み、分析の結果から啓発への提言をおこないた

いと思う(詳細は、部落解放・人権研究所編『部落問題に

対する意識形成調査研究報告書』[二○○’一一年三月]参照)。

1部落・部落問題に対する関与

二分析の枠組み

部落解放研究Nol5620042

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この研究は、社会心理学における態度変化の実験室レ

ベルの研究ではあるが、「意図的でない差別」には、「抽

象的な意識」と「具体的状況での行動の選択」との不一

致が関係していることを考えれば、態度の持続性、その

後の情報による影響の受けにくさ、態度と行動の一貫性

デル(plgB目○二口【の言・・9三○・の|)」を提唱している。

このモデルは、人々が説得的なメッセージを受けたとき

に、どれだけそのことについて精級化する、すなわち、

そのことを深く考える見込みがあるかによって説得のさ

れ方が異なるという考え方が基本となっている。精綴化

の見込みがある場合には、態度変化に持続性があり、そ

の後の情報に影響されにくく、行動との一貫性を持つ中

心的態度変化(囚[ご[目の、宮口、のSRCEmpBの8口目一【。E[の)

が生じ,精綴化の見込みがない場合には、態度変化が一

時的で、その後の情報に影響されやすく、行動を予測し

にくい周辺的態度変化(胃冒qのS自用目。Eggのロ円冨‐

の日-8巳の)が生じる。そして、精級化がなされるため

には、精綴化の動機と能力が必要であるとし、精級化の

ための動機の一つとして、その問題に対する「関与

(三く。|この曰の貝)」、すなわち、その問題がどれほど自分と

関わりが深いものであるのかが影響すると考えたのであ

る。

産業・組織心理学の分野には、多重コミットメント

(日巨一[亘の8日目目の貝)という概念がある(宛の一sの【、.

$忠)。これは組織に所属する人々が、複数の組織、上司、

同僚、顧客などさまざまな対象に対してコミット(帰属)

し、それらを両立したり、どれかを優先すべきかという

ことに、日々対処しながら生活しているという考え方で

ある。こうした考え方を組織場面からより広い日常生活

場面へと拡張すれば、人々は、仕事、家族、組織、地域

に注目したペティとカシオッポの精綴化見込みモデル

は、分析の枠組みとして有用なものである。なぜなら、

本稿での分析の目的は、部落や部落問題に関わる意識が

どのように形成され、どのように行動に結びつくのかを

明らかにすることであり、抽象的な意識の変化だけでは

なく、具体的状況での行動の選択に影響しうる人々の、

その後も持続し、行動と一貫性を持つ態度の変化に注目

するためである。したがって、分析の第一の枠組みとし

て、中心的態度変化をもたらし、その人の意識に強い影

響をもたらすと考えられる「関与」という概念を用いて

部落や人権問題に対する関与と意識の関係を検討してい

きたい。

部落・部落問題に関わる意識領域の多重性

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5被差別部落に関する意識と人権意識の形成過程

社会など無数の対象に対して、さまざ

コミットしているということができる

こうした多重コミットメントという考え方からすれ

ば、人々がさまざまな対象に多重にコミットして生活し

ているということは、人々の意識における領域が多重で

あり、それらの領域はある部分は重なり合い、ある部分

は独立しているものであり、それらの領域は人々に葛藤

や両立を求めるものであると考えられる。つまり、人々

には仕事、家族、組織、地域社会といった、さまざまな

生活領域があり、人々の意識もこうした生活領域に対応

した多重性を持つと考えられるのである。

こうした意識の多重性を想定することは、部落・部落

問題に関わる意識を検討する上で非常に重要である。な

ぜなら、意図的でない差別において、抽象的な意識にお

いては「差別はいけない」「差別しない」と考えながら「具

体的状況での行動の選択」においては「差別する可能性」

を持つ一つの原因は、「具体的状況での行動の選択」が、

仕事、家族、組織、地域社会といった、それぞれの領域

特有の人間関係、役割、規範、「常識」などといった背

景的文脈によって強い影響を受けるためである。したが

って、本稿の分析の第二の枠組みとして、人々の意識領

域の多重性という概念を用いて、反差別に関わる意識を

さまざまな形態で多重に

二○○○年一一月~二○○一年三月に部落解放・人権

研究所によっておこなわれた「部落問題に対する意識形

成調査」において、部落問題との関わりや部落問題に対

する意識を中心に、誕生から現在に至るまでの生活史を

一人の調査対象者につきおよそ二~三時間程度で自由会

話形式で聞き取ったものである。

「部落解放・人権大学講座」(講座運営委員会および部

落解放・人権研究所主催)の比較的最近の修了生に調査

協力を依頼、同意が得られた三○数名の中から、年齢、

性別、職業構成にできるだけ偏りがないように留意しつ

つ部落出身ではない八名を抽出した。対象者の性別は男

性六名、女性二名であり、年齢(当時)は三○歳代二名、

四○歳代三名、五○歳代三名、職業は民間企業五名、行

政関係三名である。

中心に検討していきたい。

2分析に用いたデータ

1調査対象者

三調査の概要

部落解放研究NO15620042

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まず、今回の聞き取り対象者の中で、一九五○年代半

ばに生まれてから現在に至るまで、関西の農村部の部落

に隣接した地域に居住しているDさんについて検討して

みたい。Dさんは小学生の頃、実際に部落周辺を通った

際にものをせびられるという経験をしている。こうした

経験は、現実生活の中での経験であり、当然自分自身に

非常に関わりが深く、非常に関与が高い。このため、こ

うした経験は、部落が「怖い」という意識を形成する大

きな要因となっている。もちろん、こうした意識は、も

のをせびられるという経験単独で成り立っているもので

はなく、親や周囲の人々からの「なんか違うところや」

という部落に対する排除・回避のメッセージとあいまっ

て部落に対する回避の意識を形成していると考えられる

の花筐ドーllll

「なんか違うとこや」というのは小さいときから親や

周りから言われていますし、実際に小学校に行くとき

はそこを通りますが、帰りにつかまえられて、「持って

1関与がもたらす影響

四分析の結果

Dさんにとって非常に関与が強い現実生活の中で形成

されてきた部落に対する「怖い」「なんか違うところや」

という意識は、長い間Dさんの意識の中に存在していた

ようである。Dさんが企業に勤めることになり、職場で

人権研修を受けた際にも「抽象的な意識」では、研修の

内容を受け入れていても、子どもの頃から形成されてき

た「怖い」「なんか違うところ」という意識は、変容し

ていなかった。

だから、研修で聞いている部分と「現実はいろんな

ことがまだまだあるんや」という所で差を感じて。「そ

んなこと言ってたって、現実のここらへんが変わらん

かぎりはまだまだやで」という感じで考えていたと思

います。

しかし、Dさんが、会社で啓発課(企業によって名称

が異なるが、企業が特定されることを避けるため、以下、人

権啓発セクションを「啓発課」と統一する)課長に任命さ

れてからは、職場の人権意識を高めるための方法を積極

的に模索し、家庭や地域でも人権について積極的に考え

るようになった。こうした意識の変容は、啓発課課長と

いう職場での役割がDさんにとって非常に関与が高いも

のであったからだろう。

るもんかせ、鉛筆かせ」と言われた経験もあります。

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被差別部落に関する懲識と人権意識の形成過程7

朝礼なんかにいって、順番に一言ずつ話をしたりも

.ありますが、その時も一つ人権問題を織り交ぜるとか。

昼ご飯一緒に食べるときでも、研修に行った時の話を

したりとか、折に触れてみんなが入りやすいようにと

いうか。あんまりがちんとやったら身構えるので、例

えば、ご飯を食べたりコーヒーを飲んだりの雑談の中

入れたら、本人の反応も。啓発課がなんか言ったら構

える人もいますが、逆にそういう所だったらしようも

ない話をしますよね、で、こっちも話できます。「お前

L」んなん言うけどちょっとおかしいぞ、こうちゃうか」

と。あんまり言ったらアレですが、そこらへんは見な

がら。できるだけ何かの度にちょこちょこ言ってます。

Dさんと同じように、非常に関与の高い職場での役割

によって大きく意識が変化したと考えられるのがEさん

とHさんである。Eさんは、五○歳代前半で、近隣の市

には部落が存在するが、市内には部落を抱えていない市

で育っており、子ども時代に部落の近くを通って遊びに

行ったりしているが、部落というものが現実の生活世界

の中に入ってくることはなかった。このように、部落に

対しては非常に関与が低く、中学生時代に『破戒』を読

んでも、部落に対する現実的な意識が形成されることは

なかった。会社に入社した後も、映画や講演会などの人

椎啓発を一蛍けたとき、会社がかつて「部落地名総鑑』を

職入したということを聞いたとき、Eさん自身の結幡に

際して両親が結婚相手に聞き合わせをおこなうといった

際にも、部落問題を現実のものと受け止めることはなか

った。こうしたEさんの部落に対する関わり方を大きく

変えたのが、啓発課課長への人事異動であった。Eさん

は、この人事異動によって、部落問題に対して前向きな

姿勢で取り組むことになる。こうした姿勢は、研修方法

の見直し、社内での人権マニュアルや研修パターンの作

成など、さまざまなアイデアとなっている。

Hさんは五○歳代の前半で、生まれてから高校時代ま

で東北で過ごし、同和教育の経験がなく、部落との接点

は、歴史の中で身分制度について学んだことと、中学生

か高校生の時に『破戒」を読んだことである。『破戒』

を読んだのも文学作品の一つとして読んだものであり、

部落問題に関しては非常に関与が低く、ほとんど印象を

残していない。それまで部落と接点を持たなかったHさ

んが、部落と直接関わるようになるのは、大学を出て企

業に勤め、関西のある都道府県に転勤になった際である。

Hさんが初めて訪れた当時の部落は、まだ劣悪な環境に

あり、差別的な言動を見聞きもしたが、Hさんが部落に

対して強い差別意識を持たなかったのは、Hさんの仕事

部落解放研究 Nol5620042

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に対する関与が非常に強く、公平に扱うべき部下や、仕

事上の顧客として、部落と接していたためであろう。

つぎに、おそらく現在まで部落問題に強い関与を持た

ずに生活してきたGさんの事例を検討してみよう。Gさ

んは三○歳代前半で、九州で過ごした小学生時代にGさ

んが遊びにいった地域に近寄らない方がよいと父親から

言われている。この地域が部落であったかどうかははっ

きりしないが、Gさんの中では部落であるという印象で

あったOGさんは、当時、部落に対して高い関与は持っ

ておらず、部落は貧しい、環境の悪いところであり、避

けるべき所であるという漠然としたイメージが形成され

る。こうしたイメージは、その後も続く。解放大学講座

のフィールドワークで訪れた部落も、Gさんにあまり強

い印象を残していないようである。

う-ん、バツと見は、わかんないな、という感じで

したね。ただ、やっぱり、事前に、やっぱり説明とか、

解大のなかで話を聴いて、昔のイメージっていうのを

思い浮かべると、ひどいとこ、やったなと。そういう

苦しい生活をしいられていたんだろうな、というのは

イメージとして、こう浮かびますけれど。パッと見た

瞬間は、ぼくは、きれいになってんな、きれいやな、

という。確かに、何も一一一一口わんやったら、このまま消え

ていくんじゃないかな、という意見もわかるな、と思

いましたけれどもね。

つぎに、Aさんの事例を検討してみたい。Aさんは大

阪生まれで現在も大阪に居住する三○代半ばの公務員の

男性である。住居近くには部落があったが、小学校・中

学校と部落を校区に含まない学校に通っていた。Aさん

が最初に部落に対する「うるさい」「怖い」というイメ

ージを形成するのは、両親や近所の人々の話からである。

Aさんの部落に対する漠然としたイメージは、Aさんに

とって非常に関与が高いと思われる小学校三・四年生の

時のいじめの体験によって部落に対する排除や忌避とは

異なった意識へと変容する。部落の人々は、「強い」「発

言力がある」人たちであり、いじめにあっていたAさん

にとっては、ある種のあこがれに近いものであった。

ぼく、小学校三年生四年生の時って、結構、クラス

で「いじめられっ子」やったんです。毎日のように、

行ったら、三人か四人おりましたけれども、いじめら

れるというか、嫌がらせされるというか、していたん

ですけれども、その時に、ま、近所の人が、よく噂し

ていた同和地区の人、けつこう怖いで、とか聞いてい

たから、その時に、自分の意識の中で、自分が同和地

区やったらいじめられへんのかな、というふうな差別

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9被差別部落に関する意識と人権意識の形成過程

意識があったのは、間違いなく、その時はありましたね。

(部落を避けようという意識について)それはなかっ

たですね。不思議と。不思議というと、おかしいので

すが。みんな、そんな「避けよう」とか言う人が多い

んですけれども。

そして、こうした部落に対するイメージをさらに変容

させていくのが、小学校五年生の担任の先生との出会い

である。この先生がAさんの部落に対する意識に強烈な

インパクトを与えたのは、Aさんにとって非常に関与の

高かったいじめという問題に対するこの先生の対応が非

常に誠実だったことが大きな要因となっていると考えら

れる。

たまたま、ぼくの場合、小学校五年生に担任になら

れた先生が、女性の方だったんですけれども、詳しく

は忘れたんですけれども、旦那さんが、おつれあいの

人が地区の人やったのか自分が地区の人やったのか、

忘れたんですけれども、まあ要は住まれていて、その

関係で道徳の時間なんかに、『にんげん』という教科書

を使って、同和問題をかなり力を入れてやられたんで

す。だから、その時に、ワシという、かなり強烈なイン

パクト受けた。まあ、その先生、同和問題以外にも、

人種差別とかも、かなりやられていました。「アンネ・

フランクの日記」読まれたこともありますし、そうい

う人権教育というんですかね、かなり力を入れておら

れましたんで、その時が一番間近に受けましたね。

また、小学校五年生の担任の先生との出会いは、Aさ

んの部落問題自体への関与を高めたと思われる。こうし

た関与の高さが、Aさんが大学生時代に同和教育に関す

る授業を受けて、部落に対する意識を自ら整理すること

にも役立っている。大学の教職課程での同和教育に関す

る授業は、多くの人が履修するが、必ずしも受講生の意

識を変えるとは限らない。しかし、Aさんはこうした授

業の中で、非常に親しみを感じていた近所の人々の部落

に対する意識を冷静に見つめることができた。これは小

学校五年生の担任の先生との出会いが、Aさんの部落に

対する関与を高めていたからではないだろうか。

これまで検討してきたように、具体的な行動の選択ま

で影響する、部落に関わる意識の形成や変化には、その

問題に対する関与の高さが非常に重要である。関与の高

い場合には、部落に対する排除・回避の方向であれ、反

差別の方向であれ、部落に対する意識に大きな影響を及

ぼし、具体的状況における行動の選択にも影響している

のである。

部落解放研究N01562004.2

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10

まず、前節でも検討したDさんは会社で啓発課課長に

任命されたことをきっかけに、部落問題に対する意識に

大きな変化を見せる。会社という領域での部落に対する

Dさんの意識の変化は、会社という領域だけでなく、家

庭、地域社会という領域での部落に対する意識にも変化

を及ぼしている。地域では、地区懇談会(部落問題理解

のための社会啓発活動の一つとして行われる、地域における

小集団での懇談会)に会社を早退して出席し、家庭では

配偶者や子どもと部落問題について語るという具体的状

況での行動の選択の変化が現れている。

人々の部落に関わる意識は、すべての領域において一

様というわけではなく、その人々が生活する、職場、家

庭、地域社会、友人などさまざまな領域で異なる様相を

見せる。それぞれの領域では、それぞれの人間関係が存

在し、その領域での役割、その領域での規範、また常識

などもさまざまであり、人々が部落や部落問題に対して、

どのような意識を形成し、どのような行動をとるのかも、

それぞれの領域におけるこれらの要因によって規定され

る。ここではこうした領域の多重性について検討してい

く。 2部落に対する意識に関わる領域の多重性

会社は五時半までで、通勤に二時間近くかかりますか

ら。だから早退して帰ったり、どこかへ出かけてその

まま帰るとかになります。ですけどそういう時は意識

して、昼から休んででも出るようにはしています。

(部落問題が家族の話題になることについて)はい、

それは多いと思います。自分の子どもなんかにも、上

は中学生ですから、「今日、お父さんはこんなことをし

て、こんな話をして」という話はするようにしています。

こうした変化はEさんにも見られる。啓発課課長とな

ることで、会社という領域で積極的に研修パターンや人

権マニュアルの作成に意欲を燃やすという意識の劇的な

変化が生じ、職場での変化は、家庭という領域での行動

の変化をももたらしている。

しかし、こうした会社という領域での意識の変化が、

必ずしも他の領域での劇的な変化をもたらすとは限らな

い。Dさんの場合、生まれ育った地域社会は、部落と隣

接し、部落を回避しようとする背景的文脈が強いために、

地域社会での啓発に対しては「あまりボンと突出したこ

とは言いません」ということになってしまうのである。

(隣接する部落から転入してきた人も同じ町名になっ

私なんかも会社で仕事をしてたら出られないんです。

(地区懇談会について)平日の七時ぐらいですから、

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11被差別部落に側する意識と人権意識の形成過程

ているのは)住所上です。だけどつき合いはまったく

ありません。

(地区懇談会の内容に関して)僕らも今までそんなこ

とはなにも思ってなかったのですが、こういうこと(啓

発課課長として啓発)をやりだしたらいろんなことが

見えてきます。「もうちょっとなんか」とか、「そんな

こと言って」とか。でもその場であまり言ってもしか

たがないといったらおかしいんですが、そういう面も

あるのであまりボンと突出したことは言いませんが。

つぎに、反差別の意識を持ちながら、ある領域におい

ては、具体的な行動として反差別の行動をとることがで

きなかったという事例を検討してみたい。Bさんは五○

歳代前半で、関西の部落と隣接した地域で中学校時代ま

で過ごす。その後、教員となり、糾弾会出席をきっかけ

に明確な反差別の意識を形成し、部落、解放運動と関わ

っている。こうした明確な反差別の意識を形成している

Bさんであるが、同僚の教員の差別的発言に対して、そ

の差別性を指摘できないという経験をする。

でもね、最近、糾弾会に行く前に、メモしとかなあか

んよ、って言った先生ね、その先生が別の場面でね、

前後どうだかわからないですけど、ある男の同僚のこ

とをさしてね、あの人x具差別的内容》以下でも同様)

やろって。んで、あの、お母さんが××でね、お父さ

んが××やねんて、言わはったことがあるんです。あ

たしは、そうですか、としか答えなかったんですけれ

ども、そうですかとしか、答えない自分がすつどい嫌で、

この人なに言うているねん、っていう思いがありつつ、

その場では、すっと受け流すしかできない自分が、す

つどい嫌でした。

このように、明確な反差別の意識を持つBさんであっ

ても、ある具体的場面では、反差別の意識と一貫した具

体的な行動の選択ができない場合も存在する。これは、

差別的発言をした同僚の教員との人間関係を含む領域に

おける背景的文脈が、発言の差別性を指摘することを妨

げさせた事例である。この事例からも分かるように、意

識の領域は多重性を持ち、それぞれの領域における具体

的な行動の選択に強い影響を及ぼすのは、その領域にお

ける人間関係、役割、規範、常識といった背景的文脈な

のである。

つぎに検討するCさんは四○歳代後半で、四国で高校

時代までを過ごし、関西の大学で解放運動と出会い、部

落と関わるようになる。その後、部落出身者と結婚、部

落内に居住している。現在は企業の啓発課に勤務してい

る。CさんもBさん同様、部落や解放運動との関わりが

部落解放研究NOl5620042

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12

一つは、もうちょっと働きたいんですが、明らかに

した場合、摩擦やトラブルなどの喧嘩がおきた時にや

めなくちゃいけなくなるじゃないかというのをすごく

持ってるんです。私の性格だと、わりとはっきりして

いるんで、なる可能性が。今だと避けて避けてというか。

あまり今までもトラブルはなかったんですが、友だち

の友だちから聞こえてきた話とかで、やっぱり差別的

な人もだいぶいるなと思ってるんで。その時に友だち

はそんなに差別しなくても、もっと周縁の人がいっぱ

いいて。

これまで検討してきたように、被差別部落に対する意

識というものは、一元的なものではなく、多一重性をもっ

たものである。それぞれの領域での具体的な行動の選択

は、その領域内での、役割、人間関係、規範、常識など

だと感じている。

深く、明確な反差別の意識が形成されている。こうした

Cさんであるが、勤務先の会社では部落に居住している

ことはオープンにしていない。これは、職場という領域

に差別を容認するような背景的文脈があり、何らかのト

ラブルがあった場合に退職に追い込まれるのではないか

という危機感があるためであり、こうした勤務先での具

体的状況での反差別的な行動の選択をCさんはマイナス

職務上の役割によって、部落や部落問題に対するかな

り劇的な意識の変化が生じており、具体的な行動の選択

でも変化が見られる。これは、会社で自分自身が受け持

つべき仕事というものがおそらく非常に関与の高いもの

であるためである。しかしその一方で、職場での人権研

修は必ずしも劇的な意識変化をもたらしてはいない。こ

れは、多くの人権研修が、自分自身の業務外のものであ

り、非常に関与が低いことが大きく影響しているためで

あろう。したがって、具体的な行動の選択において反差

別にむすびつく意識変化となるためには、その人の部落

問題や人権問題への関与が高いことが重要である。

しかし、当然のことではあるが、すべての人が職場に

おいて啓発担当者となることは不可能である。そのため、

それぞれの人の本来の業務内容に反差別の視点を導入す

の背景的文脈によって規定されており、ある領域での反

差別の意識が、必ずしも他の領域での反差別の具体的な

行動の選択に結びつくとは限らないのである。

1関与の高い形での啓発

五啓発への提一一一一口

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13被差別部落に関する意識と人権意識の形成過程

ることで、部落問題や人権問題に対する関与を高めるこ

とが重要となってくるであろう。このことは、Hさんが

部下や顧客である部落の人々と関わることで、差別的で

はない意識を強めていったことからも推測できる。した

がって、企業であれ行政であれ、職場での啓発では本来

の業務内容と密接に関わる形での啓発が有効であろう。

これまでの職場における啓発でめざましい成果が上げら

れていないとすれば、それは、職場での啓発の多くが一

般的で抽象的な内容で、啓発を受ける人たちにとって職

務とはあまり関係のないものとして受け止められていた

ために、具体的な行動の選択に結びつくような、中心的

態度変化をもたらすものではなかったことによるのでは

ないだろうか。現在、行政はもちろん、企業においても、

短期的な利益の追求だけではなく、長期的な視点に立っ

た人権・環境・共生といった視点が重要であることは認

知されてきている。こうした動向から考えても、本来の

業務内容に人権という視点を導入した啓発が必要なので

ある。

また、地域社会においても、関与の高い形での啓発を

行うことが重要である。地域社会においては、地域にお

ける安全性、快適性、子どもの教育などが、地域社会に

生きる人々にとっては関与の高い問題であろう。したが

①領域の多重性を認識することの重要性

今回の分析から、部落問題や人権問題に関する意識も、

人々が生活する、職場、家庭、地域社会などのさまざま

な領域による多重性を持っており、具体的な行動の選択

で反差別的な行動を選択するためには、それぞれの領域

における背景的文脈が重要であることが明らかになっ

た。こうした意識の多重性を考えると、一般的、抽象的

な啓発では、人々の部落や部落問題に対する抽象的な意

識には働きかけることができたとしても、さまざまな役

割、人間関係、規範、常識を持つ、それぞれの領域での

具体的な行動の選択には結びつきにくい。このことは、

これまでに述べてきたように、職場での人権研修が必ず

しも劇的な意識変化をもたらさず、具体的な行動にまで

変化を及ぼさなかった事例からも明らかである。

また、反差別的な意識を持ちながら、職場での反差別

って、地域社会においても、一般的、抽象的な啓発では

なく、その地域社会における具体的なまちづくりや地域

に開かれた学校づくりといった問題に、人権・共生とい

う視点を持ち込むことが、有効な啓発を行うために重要

なのではないだろうか。

2領域の多重性を念頭においた啓発

部落解放研究NbL15620042

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②職場における啓発の重要性

また、職場で啓発担当者となることによって、職場の

みならず家庭においても、それまで話題にしなかった、

部落問題や人権問題を話題にするようになったことから

もわかるように、職場という領域での中心的態度変化は、

家庭という領域でも反差別の具体的行動を導く可能性が

示唆されている。行政や企業で働く人は、家庭という領

域では父親や母親という立場であることが多い。つまり、

職場という領域での部落問題や人権問題に対する、反差

別の方向への意識の変化は、その人々の家族、とくに子

の具体的行動をとることが難しかったという事例、職場

や家庭で反差別的な具体的行動をとりながらも、地域社

会では極端な発言を差し控えるという事例からも、人々

のコミットする領域は多重性を持ち、それぞれの領域に

おける役割、人間関係、規範、常識などの背景的文脈が、

人々の反差別の具体的行動に大きく影響していることは

明らかである。したがって、啓発においては、職場での

人権研修であれば、その職場、地域での啓発であれば、

その地域社会といった、人々の行動の選択に変化をもた

らしたい領域を具体的に想定し、その領域の具体的な背

景的文脈を考慮した啓発が必要であろう。

③地域社会における啓発の重要性

これまでにも述べてきたように、職場や家庭で反差別

的な具体的行動をとりながらも地域社会では極端な発言

を差し控えるという事例や、部落に暮らし反差別の意識

を持ちながら職場ではそのことをオープンにすることが

できない事例から、職場と地域社会という二つの領域は、

かなり、相互の影響が小さく、浸透性が低いと考えられ

る。このことは、一般的に、これら二つの領域における、

それぞれの背景的文脈がかなり異なっていることからも

推測することができる。

どもたちの反差別の意識の形成に大きな影響をもたらす

であろう。このことは、今回の聞き取り対象者の多くが、

子ども時代に、家族や周囲の人々の会話や行動から、部

落に対する否定的なイメージを作り上げており、部落に

対する意識が子ども時代に形成されていたことからも想

像に難くない。そして、反差別の意識を持ちながら、職

場では反差別の具体的行動をとることが難しかったとい

うように、職場という領域における背景的文脈が、反差

別的な個人の具体的行動を妨げていることを考えても、

職場における部落問題や人権問題の研修は、非常に必要

性が高く、重要な意味を持っているのである。

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15被差別部落に関する意識と人権意識の形成過程

啓発に対する基礎研究としてわずかながらでも貢献する

ことができたのではないだろうか。今後も、こうした部

落や部落問題に対する意識、さらに人権問題や人権感覚

などに対する研究による知見が蓄積されることで、効果

的な啓発、施策へと結びついていくであろう。

がら、ある程度の知見を提供す

今回の聞き取り調査は、対象者が八人と非常に限られ

たものであり、したがって、分析から得られた知見を簡

単に一般化したものとすることはできない。しかし、こ

れまでほとんど行われてこなかった部落や部落問題に対

する意識の形成過程を検討・分析し、限定ざれたものな

また、地域社会では、それぞれの地域によって、その

地域の持つ背景的文脈も大きく異なり、企業や行政を職

場としない人々も数多く生活している。こうしたことを

考えれば、先に述べたように、職場における啓発が非常

に重要であるのと同時に、地域社会における啓発も非常

に重要となるであろう。そして、こうした地域社会にお

ける啓発では、その地域特有の背景的文脈に応じたもの

であることが望まれるのである。

一ハおわりに

分析し、限定されたも?

することができたことで、

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引用文献

福岡安則、’九九二『現代若者の差別する可能性』明石書店

堀口牧子、’九七八『現代日本の差別意識』三一新書

益田圭、一九九九「心理学領域における心理的差別への取り

組みlその現状と必要性l」部落解放・人権研究所編『部

落解放研究』第一三○号

益田圭、二○○○「差別に関わる心理的メカニズム」部落解

放・人権研究所編『部落解放研究』第一三五号

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