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東京大学農学部では2013年より、ガイダンスやオープンキャンパスで学生に資料を配布する際に使用する手提げバッグの素材として、ポリ乳酸製の不織布(テラマック)を採用しました。そのきっかけは、地球環境への配慮とともに、バイオマス研究を推進する専攻を有する学部として、その成果の一端をアピールできることにありました。岩田教授から当協会の猪股顧問を通じてユニチカ株式会社の今村氏が協力し、教務課の宇都宮氏、真田氏にとって理想的なバッグが完成した経緯について、東京大学農学部弥生キャンパスにてお話をうかがいました。
右から東京大学大学院農学生命科学研究科生物材料科学専攻 高分子材料学研究室 教授岩田 忠久 氏
東京大学農学系教務課学生支援チーム真田 圭太郎 氏
同 チームリーダー宇都宮 栄次 氏
ユニチカ株式会社今村 高之 氏
(左は日本バイオプラスチック協会 猪股 勲 顧問)
これからの時代を担う若者たちに配付するバイオプラスチック製のバッグを産学連携にて完成
東京大学農学部×ユニチカ株式会社
ポリ乳酸製不織布手提げバッグ
お話をうかがった方々
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業務改善の一環として出た農学部アピールのためのアイデア
BPJ:本年度から農学部では、資料を入れて学生のみなさんに
配布付する手さげバッグの素材にポリ乳酸製の不織布(図1)
を採用されました。今回、採用に至った経緯をお聞かせいただ
けますか。
真田:昨年の秋ごろ、本年度の教務課の業務改善につい
て話し合っていたなかで、学生に資料を配布する際に使う
袋を変更しようということになりました。大学のオープンキャ
ンパスや学内のガイダンスなどでたくさんの資料を配布する
のですが、今まで使っていたマチつきの紙封筒では、学生
が持ち運びにくい、封入準備をしている段階からすでに破
れることも多く扱いにくい、封入作業に時間がかかるという
問題があったためです。本学他学部や他大学では、不織
布のバッグを使っている例が多く、バッグであればそのよう
な問題も解決するのではないかと考え、農学部でもバッグ
を作りたい、ということで検討を始めました。
そのときに、教務課の職員の一人が、環境配慮の面か
らバイオプラスチックでバッグを作れないかと思いつきまし
た。本学部では岩田先生を専攻長とする生物材料科学専
攻にてバイオマスの基礎研究や素材開発を行っていること
から、農学部の広報にもなってよいだろうということになり、
さっそく、岩田先生にご相談しました。先生がすぐにバイオ
プラスチック協会を通じてユニチカの今村様をご紹介くださ
いまして、今回、製作を実現することができました。
宇都宮:3月の卒業式・学位記授与式では卒業・修了生が
学位記を入れるバッグとして700枚程度、5月の進学ガイダ
ンスでは1~2年生に農学部の広報資料を配布付するのに
300~400枚程度、8月にはオープンキャンパスで大学を見
学に来る高校生やご家族に各種資料を入れて500枚程度
配付します。
配付機会はこのように複数回あり、配布対象者は大学
内外含めて幅広いので、多くの方々に農学部の成果の一
端を知っていただけるのではないかと考えています。
岩田:バイオマスの研究に携わっている者として、こういう話
を持ちかけてもらえたことは、非常にうれしかったですね。
バイオプラスチックを使った製品として一般に認識され、実
際に手で触れられるものが今はまだ少ないのが現状です。
実は新幹線の座席のヘッドカバーやティーバッグなどに使わ
れていたり、携帯電話やプリンターの部品に使われるなど
身近に実用化されているのに、一般の人はほとんど知りま
せん。普及のためには宣伝が必要なわけですが、その対
象として、これからの時代を担う若者たちに知ってもらい、
広めてもらうのは非常によい取り組みだと思います。ぜひ実
現してもらいたいと思って話を進めました。
BPJ:バッグができあがるまでに苦労された点はありますか?
図1 製作したポリ乳酸製手提げバッグと中に封入する説明書き
7No. 50 2013
真田:採用が決まる前の段階では、コストとロットの問題が
ありました。
他大学などでもよく使われているポリプロピレン製の不織
布バッグと比べると、ポリ乳酸製のバッグを作るには倍近い
費用がかかるとのお話でした。大学としてはなるべく安く備
品を調達しなければならないので、それでは実現が難しく
なります。
またポリ乳酸の場合、加工前の状態で素材を長期保存
することができないため、1ロールを卸したらすべて使い切
らなければならず、最低でも8,000~9,000袋を作らなけれ
ばならないと言われました。われわれが必要なのは年間
1,500枚程度ですので、大幅に余ったらどうストックすればよ
いのかが課題になりました。
これらについて今回は、ユニチカ様に大変お力添えをい
ただきまして、おかげさまで問題を解決することができました。
今村:バイオ素材が普及しにくい理由の一つに、ロットが小
さいとコストがかかる点があると思っています。
今回のお話については、バイオマス素材の研究をされて
いらっしゃる東京大学農学部さんに採用していただくことは
当社にとっても喜ばしく、インパクトがあるだろうということで
社内の承諾を得まして、投資をするつもりでコスト面の努力
をさせていただきました。今後、こうしたバッグを大量受注
できた場合を想定した金額設定で、3,000枚分の小ロットで
生産をお受けしました。
生産に至るまでの懸念と理想のデザイン
真田:製造段階での懸念事項としては、耐久性と色があり
ました。
使い捨てでなく再利用できるバッグにしたいと考えたので
すが、ポリ乳酸は「生分解性」であるというのが気になり、ポリ
プロピレン製のものと比べ耐久性は劣るのではないかと不安
をもちました。しかしこの点は岩田先生から、ポリ乳酸はノー
トパソコンの筐体や自動車の内装材などの耐久性が求めら
れる部分にも採用されていて十分な性能をもつ素材だとお墨
付きをいただいたので、安心して進めることができました。
またサンプルを見せていただいたところ、素材そのままの
白色では中が透けてしまうのが気になりました。この点は、
全面にプリントをしていただくことで解決できました。
宇都宮:私もバイオプラスチックがこんなにしっかりしたもの
だとは知らなくて、驚きました。「生分解性」という言葉を聞く
と、たとえばこのバッグをタンスのなかに1年間しまっていた
ら、バッグが分解して跡形もなくなるのではないか、そこま
でいかなくても、バッグがボロボロになってしまうのではない
か、そんなイメージをもっていました。
BPJ:「生分解性」と聞くとそういうイメージをもたれがちですね。
濡れたところに長期間さらされたりすれば、確かに分解するかも
しれませんが、タンスのなかにしまっている分には1年で劣化す
るようなことはありません。
バッグの形や大きさについてはどのように決まったのですか?
宇都宮:まずは卒業式・学位記授与式での配付を予定して
おりましたので、B4判の学位記をきれいに入れられるように、
卒業式・学位記授与式での様子
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B4より少し大きいサイズにしました。これだとA4判の配布資
料をたくさん入れても形が崩れません。マチをつけることも
考えたのですが、学位記など、物を入れたときにきれいに
見えないのが気になり、マチなしの形にしました。
真田:たとえばオープンキャンパスに来られる生徒さんたち
は、各学部から複数の資料をもらいますが、持ちきれなく
なった場合、おそらく小さなバッグを大きなバッグのなかに入
れて荷物をまとめることが多いのではないかと思います。農
学部の名前が外側に見えた状態でみなさんに持って歩い
てもらいたいので、そういう意味でも大き目のサイズにしてお
くと都合がいいと考えました。
また、使い捨てにしてしまうのではなく、ぜひ再利用してい
ただきたかったので、繰り返し使ってもある程度耐えられる
作りになるようお願いしました。
今村:重い資料を入れても耐えられるよう、底を受ける形状
で作りました。脇部分は縫うことも考えたのですが、すべて
バイオプラスチック素材のみでできたバッグにするため、熱
圧着しています。
岩田:熱圧着だけですか。しっかりしていますね。
真田:できあがりは非常にしっかりとしており、素材も手触り
が良く、とても気に入りました。学生に教科書を入れて使っ
てもらっても良いのではと思っています。プリントする色もい
くつかご提案いただいた中で、服に合わせやすく街で持ち
歩いても違和感がないようにと、ベージュでお願いしました。
BPJ:ユニチカではポリ乳酸を使ってこのようなバッグを作った
ケースは他でもあるのですか?
今村:使い捨てのバッグをご依頼いただいたことはあるので
すが、このように丈夫で繰り返し使うことを想定したものは
なかったですね。使い捨ての場合はもう少し薄くても良い
のですが、今回はご要望に合わせて少し厚めの布に仕立
てています。
バイオマス利用の啓蒙と言葉のイメージがもつ影響
BPJ:このバッグは、農学部でバイオマスの研究をされている成
果が、目で見る形で現れた一つの例になるかと思うのですが、
岩田先生が学生さんを指導されるにあたって、こうした取り組み
をどのようにとらえられていますか?
岩田:学生の関心を集めるにあたって、実物を見せるのは
大きな意義があります。たとえばバイオマスの化学に関する
講義では、口頭で理念を語るだけでは学生にはなかなか
伝わらないので、私はいつも実際のバイオプラスチック製品
を持って行き、見せて、触らせて、ほかの石油系プラスチッ
ク製の製品と比べさせたりしています。こっちの方がやわら
かいとか、シャリシャリ音がするとか、素材感を実感した上
で、だからもっとこういった素材を開発する研究が求められ
るんだよなどと話します。
3月の卒業式でこのバッグを配付したときには、各専攻の
先生方がポリ乳酸製であることを学生たちに説明していま
したが、それぞれ関心をもっていたようでした(図2)。
BPJ:実物を見せるのは大切なのですね。先ほど若い学生の
みなさんへの啓蒙はバイオマス利用の普及のためにも重要と
のお話がありましたが、バイオプラスチックについての認知や
興味を広げるにあたって、先生のお考えをお聞かせいただけま
すでしょうか。
岩田:バイオプラスチックを生分解性素材として強調するの
か、植物由来として強調するのかで、製品のイメージはガ
ラッと変わってきますね。
若い人たちはとくに言葉のイメージに瞬間的に反応する
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ので、シンプルな表現が重要です。「バイオマスプラスチッ
ク」という言葉の印象が漠然としている一方で、「生分解性
プラスチック」という言葉は、説明しなくても字面を見るだけ
で分解機能があることがイメージされやすく、非常に強い
印象を与えます。
たとえばオープンキャンパスに来る高校生に対して、ポ
リ乳酸製の使い捨てのコップでジュースをふるまったとしま
す。このコップは「生分解性プラスチック」でできているよ、
持って帰って土に埋めてみてごらん、と言うと、「生分解性」
という言葉から土に帰るイメージをパッととらえて、感心して
持って帰るでしょう。
一方、このバッグに対して「生分解性」という言葉を使っ
てしまうと、教務課のみなさんも感じられたように、使い捨て
でもろいイメージが先行し、生徒さんたちも「先生、じゃあこ
のバッグはしばらくしたらボロボロになっちゃうの?」と聞いて
きます。耐久性をイメージさせたければ、「植物由来」と説
明をした方がいいでしょう。
同じポリ乳酸製の製品であっても、用途によって言葉をき
ちんと使い分けていくことが、啓蒙にあたっては重要だと思
います。
今村:業界全体として今は、生分解性でなく植物由来とし
て打ち出す方向に変わってきていますね。
BPJ:生分解の機能も非常に重要ではあるのですが、その機
能が求められる分野は非常にニッチで大量生産には結び付き
にくいことから、企業活動として、植物由来であるという面を強
調した製品作りが中心になってきた現状があると思います。今
は生分解性のないバイオベースプラスチック製品の方が中心
になってきています。協会としても、バイオマス資源を利用した
プラスチックとして「バイオマスプラマーク」、生分解性をもつプ
ラスチックとして「グリーンプラマーク」と、2つの方向性で普及
活動を行っています。
岩田:バイオプラスチックで、石油ベースのポリエチレンやポ
リプロピレンとまったく同じ性能のものを作ろうとすると、どう
してもコストの問題になりますね。石油系プラスチックの代
替をめざすことも必要ですが、次の大きなターゲットとなる
のは、石油がなくなる時代を見据えて、現在使われている
プラスチックの性能を超えるものをバイオマスから創造する
ことだろうと思っています。
また、トウモロコシ以外のバイオマス原料を開発すること
は、まさにわれわれ農学部の仕事です。再生可能な森林
資源や農林水産廃棄物などをバイオマス原料に、いかに
プラスチックに変えていくかも、10~20年後の大きな課題で
す。現在、ポリ乳酸の原料として使われているトウモロコシ
は、プラスチック専用に作られている非可食原料なので食
糧問題には関係ないのですが、「トウモロコシを使っている」
という言葉のイメージが先行して誤解されやすいことを考
えると、言い訳を並べなくても心配されずに使える原料を
図2 卒業式に手提げバッグを持つ卒業生たち
バッグを持つ真田氏
10 No. 50 2013
開発することは必要だと思います。
BPJ:言葉のイメージは大きいのですね。
岩田:そう思います。
また、普及を広げるにあたっては女性の影響力がとくに
大きいと考えています。家庭の主婦の方々によく理解しても
らえれば、必ずお子さんに伝えてくれます。いかにわかりや
すい言葉で伝えるか、手で触れられるものを用意できるか、
理解をいただける方法を考えていかなければと思っています。
そういう意味でも、こうして目に見える製品を作っていくこ
とは大切だと思いますね。
今後の取り組みについて
岩田:一つ思ったのは、バッグ自体に「植物由来のプラスチッ
クでできています」とか、何かひとこと印字しておいてもらえ
ればよかったですね。中に説明の紙を1枚入れることにし
ているけれど、入れる手間もかかるし、気づかずに捨てら
れてしまうかもしれない。控えめに製品ロゴが入っています
が、それがバイオマス素材の製品名だとは学生には伝わら
ないのではないでしょうか。
今村:あまり大学でお使いになるものに企業色を出すのもい
けないかと思って、社内でも議論しまして、製品のマークだ
け直前にご相談して入れさせていただきました。
真田:そうですね、それが採用後の最大の課題です。わ
れわれもこのバッグを通じて農学部の研究成果の一端をア
ピールしたいし、ご協力いただいたユニチカ様としても自社
の製品を広く宣伝したいとお考えなのではないかと思いま
した。両者の利益を最大限生かす方法として、バッグへの
印字を考えたのですが、バッグの作成自体が納期ギリギリ
で動いており、印字する文章が決まらず間に合わなかった
もので、急遽、中に説明書きを入れることをご相談して、ユ
ニチカ様にご用意いただいた次第です。
岩田:製品名を出さなくても、植物でできていますといった
文章であれば企業色を出すことにはならないでしょうし、ぜ
ひ次回は、検討してもらいたいですね。
BPJ:バイオマスプラマークの使用もご検討いただければ幸いです。
ところで、今後、他学部でもこのバッグの利用が広がる可能
性はありそうでしょうか?
宇都宮:備品の調達などは学部ごとに別々に行っています
ので、このバッグを見て他の学部がどう反応するかはわか
らないのですが、もし問い合わせがあったら、ユニチカ様に
ご対応いただけることをご紹介するつもりです。
岩田:8月のオープンキャンパスで学生さんたちが農学部の
バッグを持ってまわっているのを見て、他学部の先生方が
興味をもってくれたらいいなと思いますね。
BPJ:コストとロットのことを考えれば、他学部もまとめて注文さ
れて、印刷だけそれぞれ変えて作るといいですね。
真田:今回3,000枚作りましたので次は再来年分の発注に
なると思います。産学連携の取り組みとして非常に意義が
あると思いますし、コスト面さえ折り合いがつけば、次回も
ぜひお願いしたいと考えています。
今村:われわれとしても、今回の経験をベースに、このよう
な大学などへの手提げバッグ製作の取り組みを広げること
によって、次回ご依頼いただくときにはもう少しコストを下げ
られればと思います。
BPJ:本日はありがとうございました。