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Hokkaido University of Education Title Author(s) �, Citation �. �, 64(2): 77-85 Issue Date 2014-02 URL http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7316 Rights

考現学的アプローチによる造形遊びの実践報告 北海 …s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/bitstream/123456789/7316/...考現学的アプローチによる造形遊びの実践報告

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Hokkaido University of Education

Title 考現学的アプローチによる造形遊びの実践報告

Author(s) 阿部, 宏行

Citation 北海道教育大学紀要. 教育科学編, 64(2): 77-85

Issue Date 2014-02

URL http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7316

Rights

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北海道教育大学紀要(教育科学編)第64巻 第2号 JournalofHokkaidoUniversityofEducation(Education)Vol.64,No.2

平成26年2 月 February,2014

考現学的アプローチによる造形遊びの実践報告

阿 部 宏 行

北海道教育大学岩見沢枚美術教育研究室

Thepracticeofartisticplayby“KOGEN-GAKU”approach

ABE Hiroyuki

DepartmentofArtEducation,IwamizawaCampus,HokkaidoUniversityofEducation

概 要

本稿は,図画工作における「造形遊び」の題材の拡充を意図して,デジタルカメラを利用し

た「あれ顔?!」の実践を報告する。この題材は,く今 ここ〉を拠り所にした今和次郎の「考

現学」を源流にし,赤瀬川原平らによる「路上観察学」など,探索し行動する行為から生み出

される面白さを教材化したものである。

1 研究の背景と動機

(1)研究の発端

表現(1)「造形遊び」は,小学枚学習指導要領

の図画工作の表現領域に位置付いている。

この「造形遊び」は,行為を中心とした材料や

場所とかかわる造形活動である。子どもの主体的

で創造的な活動の「造形遊び」は現在,小学校全

学年で実施されている。

近年,「造形遊び」は子どもの生活圏に存在す

る自然材や人工材などの材料調達の困難さ,場所

の確保,安全面での配慮事項の徹底などから,活

動が停滞かつ硬直化し始めている現実がある。

これらの課題を受けて,特に小学校中学年及び

高学年の題材の拡充を考え,身の回りにある形や

色に着目させ,デジタルカメラを用いた題材の開

発に着手した。

はじめに

本稿では,小学校図画工作の題材の拡充を図る

ことを目的としている。

具体的には今和次郎の考現学的なアプローチ

と,その考現学を底流にした赤瀬川原平の路上観

察学的アプローチの手法を踏まえて,教材化した

実践である。身の回りの形や色に着目し,デジタ

ルカメラを利用した造形遊びの実践である。

研究の価値は,現在生きる人,後世に生きる人

が決めるものと考えている。私は,これまでも,

これからも「実践は研究である 研究は実践であ

る」の考えのもと,研究を進めている。

今回は直接,子どもと接する中で,その意を強

く感じ起稿することした。

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阿 部 宏 行

(2)教材化への道筋

①「造形遊び」からのアプローチ

題材の開発にあたっては,「造形遊び」の「材

料や場所」などの要件を充足しながらも,協同で

活動すること,身近であること,発展可能である

ことなどを重視して教材化を図った。

を知る上での貴重な資料となっている。しかし,

風俗画との違いは,科学的で分析的な考察がある

かどうかである。「考現学」と銘打つ根底には,

この科学的で分析的な側面をもたせることに,そ

の意義を見いだしている。

また,この「考現学」の対象となるものが,あ

らゆる生活に関する「物(もの)」ある。たとえ

ば「洋服の破れる個所」「露天大道商人の人寄せ

がかり」「下宿住み学生持ち物調べ」など極めて

多種多様である。その調査から得られた情報を絵

入りのグラフや図といった視覚的なまとめ方もユ

ニークである。

何より重要なのは,対象そのものや研究物を何

かに役に立てるための研究ではないことである。

研究すること・したことが,「役に立つ・立た

ない」を判断基準にするのではなく,それを超え

て「今ここにあるもの」を自らの判断で対象とし,

自らの表現方法で表すことが重要なのである。

行為そのものを楽しむ,活動のプロセスに意味

をもつ「造形遊び」に通ずるところがある。

②[共通事項]からのアプローチ

平成23年実施の学習指導要領図画丁作において

新たに[共通事項]が設定された。

高学年の[共通事項]は,「ア 自分の感覚や活

動を通して,形や色,動きや奥行きなどの造形的

な特徴をとらえること」「イ 形や色などの造形

的な特徴を基に,自分のイメージをもつこと」と

なっている。

この[共通事項]における「形や色」「造形的な

特徴をとらえる」「自分のイメージをもつ」こと

を踏まえて題材開発を図った。

また,身の回りに存在する形や色に関しては,

次に述べる「今 ここ」を大切にした「考現学」

に源流を求めた。

(2)「行為による造形活動」からのアプローチ

昭和52年の文部省小学校学習指導要領に初めて

「造形遊び(当初は造形的な遊び)」が新設された。

その誕生の源になったと言われる大阪を舞台に

「行為の美術教育」を展開された。

この「行為の美術教育」は「明日に役立たない

美術教育」2)ともいわれ,大阪教育大学で花篤賓

に師事した教員で結成された「Doの会」が主体

となっていた。その中心には,後の文部省の図画

工作の教科調査官となった板良敷敏や大阪教育大

学に赴任した岩崎由紀夫らがいた。

この「行為の美術教育」は,「造形活動は行為

に発し,行為に終わる。色や形による表現は,今

日風化しているといえる。美術教育は現実に立ち

向かう力を培うことであり,色や形で子どもを縛

るものではない。」「活動の無目的,色や形に対す

る無制限,そこに子どもが興味や関心を見いだし,

環境や物に目を向けさせることができる。」など,

「行為」や「興味・関心」をもととしていた。3)

2 先行研究からのアプローチ

(1)「考現学」からのアプローチ

「考現学」の誕生は,今和次郎(1888-1973)

による。考古学に対して,現代風俗あるいは現代

世相に関する研究を「考現学」1)と呼んだもので

ある。

考現学には,考古学が過去の人類の物質的遣物

を研究対象にしていることと対して,対抗的な意

味合いをもって呼んでいる。また,考古学と同様

に方法の学としてあり,対象は眼の前に見えるも

のである。

今和次郎は,考現学を社会学の補助学として,

とらえているが,その手法は,美術的な見地から

も学ぶべきものが多い。

今和次郎の市井の物に対する深い愛情ととも

に,姿を的確にとらえる描写力は必見に催する。

江戸時代などの風俗画などと同様に,庶民の生活

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考現学的アプローチによる造形遊びの実践報告

この「行為による造形活動」は,「造形遊び」

と同様に,行為を手段化するのではなく,目的化

するところに結びついている。

これらには,教育の主体性の回復,人間教育へ

の転換の視点が「造形遊び」の根底を流れている。

ことから名付けられた。

この表現を支えているのが「カメラ」である。

カメラによって,記録として保存されるとともに

鑑賞される対象となるのである。身近にあるもの

が,鑑賞物として多くの人へ伝わるのである。

ここでいう記録として保存される「写真」には,

ロラン・バトルの くそれは=かつて=あった〉 と

いうような奇妙な感情をひき起こされる場所や対

象物が写しだされる。7)

(3)「路上観察」からのアプローチ

(手対象について

赤瀬川原平(1937-)は,著書『路上観察学入

門』4)の「2 街が呼んでいる」の章で,考現学

が発生したのが関東大震災以後のことであり,そ

れまで秩序通りに積み重なっていた物件が全部地

べたに並んだのを目の当たりにしたことから始

まっていると述べている。被災直後の街は用や無

用,美的な建造物とがらくたなどが,すべて均等

に混在し,無用と美的など全ての物が等価になる

ということである。

これは,美的なものを「美術」として価値づけ

ていたものからの転換あり,概念の崩壊でもある。

これは,鶴見俊輔(1922-)が,著書『限界芸

術論』5)でいうように,美的経験の対象となるも

のが,日常的な世界から脱出し完結したもの捉え

られているが,広い意味で美的経験をとらえ,芸

術作品とは無関係に存在する。街並みを見ること

も,空を見ることによっても起こり得ることとに

も通じている。

鶴見は,対象となるものは,街や巾井の生活に

あり,自分の回りの世界にあることを「限界芸術」

という言葉を用いながら論を展開している。

(卦歩くこと・探すことについて

次に,この路上観察の大切なことには「歩く」「探

す」というよさがある。

歩くという行為は,視点が変わる,多角的に視

線が移動することが挙げられる。普段見慣れた場

所においても,意識の外にあったものにも,意識

が加わるということである。

探すという行為には,探索すること,思索する

ことが同時に行われる。ある形や色を探索したと

しても,目的に応じたものが直線的に見出させる

ものはない。寄り道しながら,無駄と思われる行

動にも,色々なものに目を向け,その形や色の面

白さやものの持つ魅力や不思議さを感じ取ってい

る。

歩いて探す対象は,無用の長物に限定される訳

ではない。不思議に見えるもの,面白いものもあ

る。荒俣宏は著書『アラマタ美術誌』で,街の建

こでえ 築物にある左官職人の手による漆喰装飾(鎧絵)

を取り上げながら「失われた装飾アート」と称し

て,街を散策にて見付ける楽しさを書いている。8)

子どもの世界においても,通学路で発見できる

「物」や居住周辺の「物」など,生活圏に対象を

見いだすことができる。

不思議な「物」,変わっている「物」,面白い「物」

などが全て対象となる。

(卦方法について

路上観察(「超芸術トマソン」6)の第一号となっ

たのは,「第一物件 新宿区四谷本塩町旅館祥平

館の純粋階段(俗に言う四谷階段)」である。

ここでいう超芸術とは「不動産に付着していて

美しく保存されている無用の長物」を指す。トマ

ソンとは,当時(1982),読売ジャイアンツに所

属していた4番バッター(ゲーリー・トマソン)

であったが,高額の所得でありながら三振を繰り

返し,役に立たないが大切に保存していたという

(動鑑賞対象としての意識化について

私たちの生活には,形や色が欠かせない。私た

ちは形や色から情報を選択し判断して生活を営ん

でいる。その選択や判断は,ほとんど無意識に行

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阿 部 宏 行

ているのは「Feeling-Thinking-Doing」である。9)

Feelingは感情や情緒を内包し,興味が喚起さ

れ意識化された行動を示している。Thinkingは

問題を焦点化し発想や構想する行動である。

Doingは発展のある行動を表している。この3点

を授業づくりの視点とした。子どもの姿で言うと

「感じて,考えて,行動する」という一連の動き

である。

この「あれ顔?!」の活動は,「行為すること」

に価値があるといえる。

次に,「発見する」に意味がある。身の回りに

ある形や色から「顔」を見いだすことを考えると,

石川毅の『芸術教育学への道』の「5芸術と体験」

で,子どもの「芸術教育における創作とは,子ど

もたちに芸術創作の体験をさせることではなく,

彼らの固有な生と世界を徹底して肯定すること」

われている。前述の超芸術トマソンのように,「無

用の長物」として意識を向けてみると「無用の階

段」,「無用の看板」,「無用の突起物」などが,い

ろいろ存在していることに気付く。

空に浮かぶ雲も,天井のシミも,木々の節も,

その形や色から顔に見えたり,動物に見えたりす

る。

子どもにとって,「物」も,イメージを広げる

ことで「生あるもの」として,立ち現れてくる。

子どもの世界を十分楽しむ観点からも題材を構築

することを考えた。

3 造形遊びの拡充

昭和52年の小学校学習指導要領図画工作に「造

形遊び(当初は造形的な遊び)」が1.2年に新

設された。これは,幼稚園との円滑な指導の充実

や遊びのもつ教育的な側面を活用する目的で設置

された。平成元年には,1年生から4年生までに

拡大し,平成10年からは,全学年に拡大して現在

も表現の領域の一翼を担っている。

並べる,積む,組み立てるなど,材料を操作し

ながら,想像をふくらませ,自分でつくりたいも

のを決め,実現するもので,活動そのものに重点

がおかれている。

しかし,新設から40年近くになるが現実には,

「造形遊び」は,定着したと言い難く,その間題

点として,場所の確保や材料の収集の問題,活動

中の評価の困難さなどがあり敬遠されている。未

だに「造形遊び」の意義に不信をもつ教員がいる

など課題を多く抱えている。

(下線筆者)とし,その上で「鑑賞行為は物の形

成には関与しない。しかし,生や世界の発見ない

し現れを果たすものとしての体験に直結してい

る。」10)という。これは,見る行為を通して,「呼

び覚まされる」イメージは,鑑賞を超えて,それ

自体創作であると言っている。

この実践での「顔」は,「物」としての顔を鑑

賞するのではなく,子どもにとって,一つの人格

をもった「もの」であり,それらを構成する世界

(イメージ)さえ,創作に等しいといえるのであ

る。

見る行為を通して,立ち現われてくる「顔」は,

イメージを構成し,さらに「顔」との対話によっ

て新たな世界をつくりだされるのである。子ども

は自分の物語をつくりだすのである。

(1)第4学年 題材名「あれ顔?!」

この実践は,岩見沢市立教育研究所との連携事

業として,市内学校に出向いて指導する「出前授

業」の一環として行われたものである。本年度は,

市内小学校3校からの要請を受けて,授業を行う

こととした。

4 実践報告(小学校)

この題材の根拠となっているのは,一つに「行

為」が挙げられる。

これは先の大阪教育大学の出身者による「Do

の会」から発信された「行為による造形活動」で

ある。

この「行為による造形活動」の教材のもとになっ

80

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考現学的アプローチによる造形遊びの実践報告

(手平成25年度岩見沢市内3校での実践

・平成25年9月4日(水) 岩見沢市立日の出小

学校 4年生 70名 2学級合同

・平成25年9月6日(金)岩見沢市立第二小学校

4年生 32名

・平成25年9月9日(月) 岩見沢市立幌向小学

校 4学年 54名 2学級合同

る工夫を加えた。

(卦「あれ顔?!」の実際

2時間目に「あれ顔?!」の課題を提示した。

はじめにグループごとに子由性ペンで画用紙の目

をつくり,透明粘着テープを裏側に付ける。校内

にある形や色を探し,画用紙の目を付けて顔にす

る。その顔をデジタルカメラで撮影する。各班が

撮影した「顔」をテレビモニターで鑑賞し合う流

れである。

題材名「あれ顔?!」表現(1)造形遊び2時間扱い

第1時 身の回りにある形や色を探し,デジタ

ルカメラで撮影し,鑑賞し合う。

第2時 身の回りにある形や色をもとに,顔を

つくり撮影し,鑑賞し合う。

■▼-

▼l

この授業は,先の諸要素を鑑み題材化したもの

ある。授業時間は2時間続き(90分)とした。

準備として,各班に1台デジタルカメラを用意

した。また,各班は(4~5名程度)で構成した。

はじめの15分ほどは,校内にある形や色を班ご

とに探してデジタルカメラで撮影する活動を行っ

た。

これは先の[共通事項]との関連から,身近にあ

る「形や色」をとらえることと,デジタルカメラ

の撮影に慣れること,協同で話し合いを進めるこ

と,それぞれが撮影する経験をもつことなどを主

眼とした。

撮影した形や色を発表する交流会では,撮影し

た形や色などから該当の班の意図を他姓は予想す

幌向小学校 顔をみつけて撮影する児童

2013・9・9

見付けた「顔」を鑑賞し合う際には,「見付け

た顔の名前」「見付けた顔の特技や性格」につい

ても考えさせ発表することとした。

これは,身の回りにある「物」が,生き物のよ

うに変わる様を感じ取る「時」であり,「場(ここ)」

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旬∵†

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日の出小学校 見つけた「顔」を発表する児童

2013・9・4 第二小学校 校内の形や色を探索する児童

2013・9・6

81

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阿 部 宏 行

であることをより深く感じ取ることを意図してい

る。

例えば,水道の蛇口に目をつけて顔を表した子

どもたちは,「じゃじゃ-くん」という名を付け,

「特技は水を出すことで,性格はみんなにやさし

い」など思い思いに名付けるようにした。

5 考 察

(1)題材に関すること

(手図画工作の課題

この実践研究を始める以前から,図画工作の題

材や指導に関して課題を感じている。

それは,学習指導要領も含め,「平成」の声を

聞いて「新しい学力観」「生きる力」「学力の法的

根拠」「絶対評価による子どもの見取り」など,

時に整理され,時に修正されて今に至っている。

しかし,指導観が「昭和」のままのように感じる

ことがある。

それは毎年,年間指導計画の踏襲によって,「消

防車の絵をかく」「授業時数をはるかに超えた指

導過多の児童画展用の絵」など,指導観が変わら

ぬまま流れている現実があるからである。

このことが高学年の「図工離れ」の要因となっ

ているわけではないが,現実には「図工離れ」は

顕著になっている。

高学年では,絵をかくこと,ものをつくること

が,課題の消化となったり,教師の指示に従うも

のという意識をもったり,始めてきている時期と

なっていることと無関係ではない。

な工夫を加えることができる。

現在も図画工作の題材に関しては,「造形遊び」

に限らず,様々な方面から開発が進められている。

学校数育と社会教育との接点を意図した美術館と

の連携ヤアーテイストとのワークショップなども

全国各地で展開されている。しかし,学校教育の

実践場面においては,日常的には遠い存在であり,

題材の広がりにまで進んでいない。

子どもの視点で,題材の幅を広げることを考え,

「身近であること」「子どもの目線でできること」

を考え,本実践を行った。3校の実践であったが,

題材の拡充の可能性を見いだした。

(2)美的経験の対象

今回,考現学からのアプローチを行うことで,

市井にあるもの(子どもの身近な環境にあるもの)

に,多くの美的経験を呼び覚ますものがあるとと

もに,散策という行動を伴う活動によって視点が

変わり新たな発見があることなど多くのことを学

んだ。

子どもにとって美的経験の対象は身の回りに当

たり前のようにある。これらをデジタルカメラと

いう手段を用いて,友だちと情報を共有するとこ

ろに,新たな発見があり,共感が生まれる。

石川は著書『芸術術教育への道』で,美の対象

に関して「…がある,という存在は,く…〉 とい

うものが,感覚的で,現実的な,そして,具体的

な物がそこに在ることによって意味を持っている

存在のことである。このような くがある〉 ことの

優位性は,我われの周囲にあることにおいて既に

意味を持っているということを意味する。従って,

芸術に関していえば,何か,芸術であることを求

めて深刻になる必要はなく,既に在ること=

readymadeそのことが芸術になる」11)と述べて

いる。

身の回りのもの全てが対象になり得るし,その

基準は,個々に決められるのである。これは大人

にも子どもにも当てはまる。宮坂は,著書『「造

形教育」という考え方』で石川の く…がある〉 を

子どもの美の基準と造形教育の関連させて「造形

(卦変わらぬ指導観

教師側の都合で絵の指導などに図画工作の時数

が費やされる傾向があり,「造形遊び」の実施に

支障をきたしている傾向にある。また,「造形遊び」

の題材の選択や開発に困難を感じていることも背

景にある。

ここにも指導観が前年度踏襲など,変化に戸惑

いを感じる教師像が浮かび上がる。

図画工作における題材開発は,教師の創造的な

営みである。材料の選択や指導方法などいろいろ

82

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考現学的アプローチによる造形遊びの実践報告

教育を く…がある〉存在ととらえ直せば,く美の

基準は自分の中にあるのだ〉 と思っている子ども

たちは大変助かる」12)としている。

自分で主体的に決め行動することが,造形教育

の根底にある。

の師匠や先輩の芸を「ぬすむ」に近いものとして

いる。

図画工作において,子どもの主体的な活動は,

生命線である。教科目標の「つくりだす喜び」は,

主体的な活動が前提となっている。また,表現(1)

「造形遊び」は,「遊び」のもつ教育的な意義を

活用するところにある。他者と互いに影響し合う

造形活動において,「学び」が成立しているので

ある。

本実践から「造形遊び」を通して学びの意味を

考えることになった。子どもは「勉強」という意

識で活動しているのではなく 「学び=遊び+勉

強」をして活動していたと考える。

(3)学びと遊び

幼児期の遊びは,学びである。砂場で友だちと

遊んでいるときも,社会性を身に付けたり,創造

的な行為から創造性を育んだりしている。他にも,

「遊び」という活動を通して,砂と土の違いや特

性を感覚で学ぶのである。図式すると「学び=遊

び」である。

小学校に就学すると,遊びから勉強の分離が起

こり,「勉強=学び-遊び」となる。/ト学校で教

科指導が確立すると著しく分離が加速化する。や

がて,勉強は教科学習にわかれ,互いに関連なく

能力は育成されていく。

本来,学びは知らず知らずに身に付いている

ような「学んでしまっている」という考え方にあ

る。私たちは「教えられたもの」だけが身に付く

とは考えていない。例えば,自転車に乗ることが

できた状態で考えると,補助者が,自転車を支え,

ペダルを回すことを教えたとしても,主体的に

なって失敗を繰り返しながらも補助者なしで自転

車に乗ることができた時のことである。この時に,

自転車に乗れるという技能が身に付いたのであ

る。一度,乗れるようになった身体は,乗れなかっ

た状態には戻れないということが「身に付く」と

いうことである。

このような体験的な身に付け方には,何より「主

体」が本人にあるということである。主体的な行

動であることで,意欲が高まり,困難に対しても

乗り越えようとする意志が働くのである。

もし,その対象となるのが,他人の技(わざ)

であれば,見よう見真似でやってみようとするこ

とであったり,対象が材料であれば試行したりす

ること【積極的な模倣】と呼べるものである。

佐伯肝は著書『まなびほぐしのデザイン』13)の

中で,「まなびどり」と呼び,芸道でいうところ

おわりに

図画工作の授業においては,子どもの資質や能

力を育成することにねらいがある。それは 「造

形への関心・意欲・態度」「発想や構想の能力」「創

造的な技能」「鑑賞の能力」の4観点である。

これらは,能力を別々に育成するものではない。

「つくりだす喜び」を有した授業には,これらの

資質や能力が十分に働いている。

そのためには,「題材」の質の向上が欠かせない。

題材の中に,子どもの資質や能力が働くこと,つ

くりだす喜びがあること,主体的な活動が保障さ

れることなどが満たさされていなければならな

い。

子どもは自分自身の意志と考えで活動する中

で,発想を広げたり,構想を深めたりして,創造

的な技能をもとに工夫してつくり,実現する喜び

を得るのである。

図画工作で育てたい資質や能力を題材に埋め込

むことである。子どもは主体的に絵をかいたり,

つくりたいものをつくったりしながら,資質や能

力を身に付けていくことである。

本題材は,よい学びであったと思える。それは

「探す」「歩く」「意味付けする」「表現する」といっ

た一連の活動は,発見の喜びがあり,考える楽し

さがある。

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阿 部 宏 行

このことを谷口幹也は「芸術と生活が交わる

Marginalな場所において,私たちが“生’’を感

じ見いだすことに気付くことができる」14)と記述

している。

生活世界で多様なものやことに出会えること,

今,生きている世界が面白くて魅力的な世界であ

ることを経験することこそ重要なのである。

今ここにいる自分が,生きていることの喜びを

感じることが,自由で自律した人間の形成につな

がると考える。

2006 p16

13)刈宿俊文・佐伯肝・高木光太郎『まなびほぐしのデザ

イン』東京大学出版会 2012 佐伯肝pp301-307

14)谷口幹也『美育文化 2012 Vol.62No.4図工孝現学』

芙育文化協会 2012.7 p33

(岩見沢校准教授)

「実践は研究である 研究は実践である」のも

と,実践から子どもを理解し,私自身の成長の糧

とする。これからも「教育」を生業として,大学

に身をおくものとして,何ができるのか考えつつ

研究を進めていきたい。

研究は「学び」である。

参考文献及び引用文献

1)今和次郎『考現学入門』筑摩書房1987 p358

2)武藤智子・金子一夫『「造形遊び」の発生についての

歴史的研究(3)-「行為の美術教育」-』茨城大学教育学

部紀要(教科科学)第54号(2005) p3954

「昭和39年(1964)に大阪教育大学に赴任した花篤賓に

師事した学生たちが卒業後「Doの会」(1978の『教育美

術』第39巻11号に宣言文が掲載されている。大阪児童美

術のF部会が前身)を結成し,「行為の美術教育」を展

開した。」

3)辻田嘉邦・叔良敷敏・岩崎由紀夫・今西柴『造形遊び

指導と展開のポイトン』日本文教出版1982 p2

4)赤瀬川原平・藤森照信・南伸坊『路上観察学入門』筑

摩書房1993 p79

赤瀬川原平,藤森照信,南伸坊による座談会(司会

松田哲夫)

5)鶴見俊輔『限界芸術論』筑摩書房1999 p12

6)赤瀬川原平『超芸術トマソン』筑摩書房1987

7)浅井俊裕『拡散する美術 ~写真を語るということ』

求龍堂 2013 p61

8)荒俣宏『アラマタ美術誌』新書館 2010 p89

9)辻田嘉邦・叔良敷敏・岩崎由紀夫・今西柴『造形遊び

指導と展開のポイント』日本文教出版1982 p3

10)石川毅『芸術教育への道』勤草社1992 pp48-49

11)同 p21

12)宮坂元裕『「造形教育」という考え方』日本文教出版

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考現学的アプローチによる造形遊びの実践報告

参考資料

○〔苗適事項〕琶瑚叩知事伺○

(金歯工僻潤転潔 幌向小で図画工件授業

由教大の阿部准教授指導

詭鱈転鮨讐難絹

轍年 月日(.)

JJ飯 1t醐敗輌

3嘲報い 観り・轍)

㍗ ′鴻録朝顔軌嘩如~

裁物併しl:東1喝晦恕㌍疎ほt叶う 包

阿部進数授の出前授業に夢中で取り組む児童たち

ある様々な色や形を集

め、グループ同士で発

表。身近にあるものに

表情を作ることにも挑

戦した。

市立教育研究所の活

動の表。昨年度まで

は遠隔授業で実施して

いたプログラムのひと

つで、今回は2時間分

を償った出前講座とし

て、阿部さんが授業を

新聞記事から

空知プレス

2013・9・14

担当した。

この日の授業は「あ

れ琴・!」をlTマに

活動。4年生54人が10

のグループに分かれ、

校内にある赤やマルな

どの色、形を描いた阿

部さんの「璧ごをデ

ジカメでパチリ。グル

ーZ」とに発表し、指

令を当てるゲームも大

いに盛り上がった。

このあと、阿部さん

は子どもたちに「学校

にある、おもしろい顔

を探せ」と新たな指令

宅真っ白い職に目を

措いて、校内にあるテ

レビや育欄、ピアノな

どを素材に「面白い翠

を創造し、写真に積っ

てみよ一言軍昇。

子どもたちは、目を

輝かせながら「目はこ

本実践学習指導案 第4学年 題材名「あれ顔?!」

んな感じかな」 「あそ

こで、こんな風にした

らイイかも」とグル1

Z」とに、笑顔を浮か

べながら夢中で取り組

んでいた。

同校では「こうした

援業は初めてだが、創

造という魔性を今後の

授業でも生かしていき

たい」としている。

【新田一芭

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