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1 【目次】 はじめに 1.商標の構造 (1)商標法の構造 (2)商標の機能 (3)商標の構造 2.商標の本質 (1)商標の本質的部分 商標機能消尽論 Study on the Principle which makes out the Exhaustion of a Trade Mark 川上 正隆 要約 商標とは「もの」、「機能」、「権利」の三階層構造で構成されていると考えられる。すなわち、 第一階層は標章を付して使用状態にある商品・役務といった「もの」であり、第二階層は「も の」の「使用」により自然発生する機能(「自他識別機能」、「出所表示機能」、「品質保証機能」、 「広告宣伝機能」であり、第三階層は人為的規律たる「商標権」である。 本来、商標の本質的部分は商標の機能であると考える。なぜならば第二階層への侵害は不法 行為の成立となり、不法行為への補完として第三階層の商標権が規律されているからである。 しかし商標権侵害を論じる商標機能論では、機能侵害の有無を権利侵害の判断要素としてい る。本来保護すべきは商標権ではなく商標である。したがって、権利侵害のみを論じる商標機 能論は商標保護論としては不十分である。必要なことは商標機能への侵害の有無による商標侵 害の判断であり、すなわち「客体に従属する機能が消滅すれば商標(権)侵害は成立しない」 という商標機能消尽論である。 そして、機能消尽を知的財産機能消尽論として展開するのが今後の研究予定である。機能侵 害は商標のみならず不正競争防止法の商品等表示にも検討された判例がある。つまり商標の機 能とは商標に限らず、商標を含む商品等表示という領域へ運用されているが、それは商品等表 示のが「もの」と「機能」の二層構造であり、本質が第二階層の機能であることに由来する。 さらに商標と同じ標識法領域である商品等表示だけでなく、創作法領域たる発明や著作物も機 能を有すると考えられる。それは、商品等表示の判例でコンピュータゲームの動的画面など、 創作法の保護範囲と重複するものについて機能論からの保護を判示しているからである。この ことからの仮説として、知的財産はすべて、「もの」、「機能」そして場合により「権利」とい う構造からなっており、知的財産の本質および保護法益は「機能」ではないかという問題提起 を行い、今後の研究課題とするものである。 *青山学院大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻博士後期課程院生。

商標機能消尽論 - Activities商標機能消尽論 3 1.商標の構造 (1)商標法の構造 商標とは「自己の商品又は役務と他人の商品又は役務とを識別する標識」1)と解説され

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商標機能消尽論

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【目次】はじめに1.商標の構造 (1)商標法の構造 (2)商標の機能 (3)商標の構造2.商標の本質 (1)商標の本質的部分

商標機能消尽論Study on the Principle which makes out

the Exhaustion of a Trade Mark

川上 正隆*

要約商標とは「もの」、「機能」、「権利」の三階層構造で構成されていると考えられる。すなわち、

第一階層は標章を付して使用状態にある商品・役務といった「もの」であり、第二階層は「もの」の「使用」により自然発生する機能(「自他識別機能」、「出所表示機能」、「品質保証機能」、

「広告宣伝機能」であり、第三階層は人為的規律たる「商標権」である。本来、商標の本質的部分は商標の機能であると考える。なぜならば第二階層への侵害は不法

行為の成立となり、不法行為への補完として第三階層の商標権が規律されているからである。しかし商標権侵害を論じる商標機能論では、機能侵害の有無を権利侵害の判断要素としてい

る。本来保護すべきは商標権ではなく商標である。したがって、権利侵害のみを論じる商標機能論は商標保護論としては不十分である。必要なことは商標機能への侵害の有無による商標侵害の判断であり、すなわち「客体に従属する機能が消滅すれば商標(権)侵害は成立しない」という商標機能消尽論である。

そして、機能消尽を知的財産機能消尽論として展開するのが今後の研究予定である。機能侵害は商標のみならず不正競争防止法の商品等表示にも検討された判例がある。つまり商標の機能とは商標に限らず、商標を含む商品等表示という領域へ運用されているが、それは商品等表示のが「もの」と「機能」の二層構造であり、本質が第二階層の機能であることに由来する。さらに商標と同じ標識法領域である商品等表示だけでなく、創作法領域たる発明や著作物も機能を有すると考えられる。それは、商品等表示の判例でコンピュータゲームの動的画面など、創作法の保護範囲と重複するものについて機能論からの保護を判示しているからである。このことからの仮説として、知的財産はすべて、「もの」、「機能」そして場合により「権利」という構造からなっており、知的財産の本質および保護法益は「機能」ではないかという問題提起を行い、今後の研究課題とするものである。

*青山学院大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻博士後期課程院生。

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 (2)商標機能消尽論3.商品等表示にみる機能 (1)不正競争防止法の商品等表示にみる機能 (2)判例にみる商品等表示の機能 (3)商品等表示の構造4.今後の展開:知的財産の構造モデルおよび知的財産機能消尽論の検討 (1)創作法への機能論の展開 (2)イノベーションモデルとしての知的財産の構造モデル

はじめに

 商標が付された真正商品の並行輸入あるいは真正商品の購入後に当該真生商品の商標を付して小分け販売する行為など、商標権者により市場へ正当に商品が投下された後に商標権侵害が問題となる場合がある。 この問題を検討する考え方として「商標機能論」がある。商標権侵害の実質的違法性を構成するのは商標の機能への侵害であり、機能を侵害しない場合は形式的に商標権侵害に該当しても実質的違法性を欠いて商標権侵害が否定される、として商標の機能への侵害の有無により商標権侵害の判断を行うものである。 しかし、商標権という権利は商標法により人為的に取り決められた規律である。それに比して機能とは自然発生するものである。商標を使用する者にとって商標権侵害は重要な問題であるが、より深刻な問題は商標に対する侵害、すなわち商標が付された商品や役務が侵害を受けることである。なぜならば商標権が規律される以前から商標は存在しており、例えば「高島屋」や「三越」の屋号は江戸時代より使用されているが、商標権という人為的規律たる商標法が制定されたのは明治時代以降である。しかし法の規律たる商標権がなかった時代であっても、屋号の使用者はそれらを商標として保護して、模倣者を排除する努力を行ってきた。それはその商標に化体する機能は自然発生するからである。それ故に現在においてもそれらの屋号はブランドとして確立しているのである。つまり商標権が存在しなくても商標の保護は必要であり、そして実際に行われてきたのである。 このように、商標権とは関係なく商標保護は成立する。そこで商標権の存在を前提とした商標保護論である従前の商標機能論に対し、商標に自然発生する機能に注目し、機能からみる商標の保護論の検討を行い、そこからさらに標章法領域あるいは創作法領域という知的財産全体の保護論の展開を試みるのが本論である。

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1.商標の構造

(1)商標法の構造 商標とは「自己の商品又は役務と他人の商品又は役務とを識別する標識」1)と解説されているように、商標を付した商品やサービスを市場に投下することにより、商標の使用者

(事業者)が自己と他者とを区別して、自己の商品やサービスに需要者を誘導するための表示である。 この商標について、商標法では 2 条 1 項 2)にて「文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれらの結合又はこれらと色彩との結合」たる「標章」を、商品あるいは役務について「業として」使用するものであると定義している。 そして「使用」については 2 条 3 項 3)にて定義しているが、商品又は役務に「付する」ことが求められる。さらに 2 条 5 項 4)にて商標権が付与された「登録商標」を定義している。 つまり法の定義で商標とは、視覚的な表示たる「標章」、そして標章を商品あるいは役務に付して業として使用する「商標」、さらに権利が化体した「登録商標」の三層構造から成っているのである。

(2)商標の機能 商標法では商標について前述のとおりに定義しているが、「商標の機能」は法で規定さ

1) 小野昌延・三山俊司『新・商標法概説』(青林書院、2009 年)7 頁。2) 商標法 2 条 1 項「この法律で『商標』とは、文字、図形、記号若しくは立体的形状若しくはこれら

の結合又はこれらと色彩との結合(以下「標章」という。)であつて、次に掲げるものをいう。」と定めたうえで、次の各号を規定する。1 業として商品を生産し、証明し、又は譲渡する者がその商品について使用をするもの 2 業として役務を提供し、又は証明する者がその役務について使用をするもの(前号に掲げるものを除く。)

3) 商標法 2 条 3 項「この法律で標章について『使用』とは、次に掲げる行為をいう。」に続けて、次の各号の行為が定められている。1 商品又は商品の包装に標章を付する行為  2 商品又は商品の包装に標章を付したものを譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、又は電気通信回線を通じて提供する行為  3 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物(譲渡し、又は貸し渡す物を含む。以下同じ。)に標章を付する行為 4 役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物に標章を付したものを用いて役務を提供する行為  5 役務の提供の用に供する物(役務の提供に当たりその提供を受ける者の利用に供する物を含む。以下同じ。)に標章を付したものを役務の提供のために展示する行為  6 役務の提供に当たりその提供を受ける者の当該役務の提供に係る物に標章を付する行為  7 電磁的方法(電子的方法、磁気的方法その他の人の知覚によつて認識することができない方法をいう。次号において同じ。)により行う映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為  8 商品若しくは役務に関する広告、価格表若しくは取引書類に標章を付して展示し、若しくは頒布し、又はこれらを内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為(下線は筆者による)。

4) 商標法 2 条 5 項「この法律で「登録商標」とは、商標登録を受けている商標をいう。」

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れておらず、講学上の概念である 5)。 商標とは「事業者が自己の商品・役務を他人の商品・役務と区別するために、自己の商品・役務に使用する標識」6)であり、その自己と他人を区別する識別力 7)から発生する機能として「自他商品識別機能」があると解されている。この機能について立法者側は「商標は自他商品識別をその本質的機能としていると考えられる」8)と捉えており、講学上も「商標にとって識別力があるということは、その存在にとって本質的なものである」との指摘している 9)。 そして商標には、自他商品識別機能から派生したものとして、「出所表示機能」、「品質保証機能」、「広告宣伝機能」の三大機能があると解されている。 「出所表示機能」10)とは、「同一の商標を付した商品又は役務は、いつも一定の生産者、販売者又は提供者によるものであることを示す機能」11)であり、「商標が社会的認識を得るに従い、商標に信用(goodwill /グッドウィル)」12)が形成されて生ずる機能であると説明されている。ただし、「有名商標等にあっては、消費者はその商品の製造業者が何人であるかはむしろ知らない場合が多く、商標により商品の品質を信用して購入するのが通例で

5) この点について、講学上「機能」と称されるようになったのは現行法からである。例えば「性質」(田中鉄二郎『商標法要論』(巌松堂書店、1911 年))あるいは飯塚半衛『無体財産法論』(巌松堂書店、1940 年))、「特性」(永田菊四郎『工業所有権論』(冨山房、1950 年))、「目的・作用」(豊崎光衛『工業所有権法』(有斐閣、1960 年))とも称されていた。

 その後「機能」と称させるのは Rudolf Callmann, The law of unfair competition and trade-marks, Chicago Callaghan & Company, 1950 にて ”Function of a trade-Mark” と説明された影響が大きく、日本商標研究会編『日本商標大事典』(中央社、1959 年)では「商標の機能」として Callmann を紹介しており、以後「機能」が一般的になったと思われる。

6) 平尾正樹『商標法第一次改訂版』(学陽書房、2006 年)5 頁。7) 「標章が需要者に、何人かの業務にかかる商品又は役務であることを認識させる力のあることを、通

常「識別力」」(小野ほか・前掲注 1) 109 頁)ということから、自他商品識別力とも言う。旧法(大正10 年法)では 1 条 2 項にて「登録ヲ受けクルコトヲ得ヘキ商標ハ文字、図形若ハ記号又ハ其ノ結合ニシテ特別顕著ナルモノナルコトヲ要ス」として「特別顕著性」を要件としていた。解釈としては「取引上世人の注意を惹起する程度に特別顕著でなければならぬ。即ち、商標は世人の注意を喚起し、他人の商標との混同を避くる程度の顕著性を有することを要する。之を商標の特別顕著性又は甄別力と云ふ。」(永田菊四郎『工業所有権論』(冨山房、1950 年)261 ~ 262 頁)である。現行法では特別顕著性の言葉は使用されておらず、自他商品識別力も講学上の解釈である。しかし、3 条 2 項では「需要者が何人かの業務に係る商品又は役務であることを認識できるもの」と規定しており、立法側の意図として「本条 2 項は、いわゆる特別顕著性の発生の規定である。前述のように 1 項各号に掲げる商標は自他商品又は自他役務の識別力がないものとされ」(特許庁編『工業所有権法逐条解説第 18 版』(発明協会、2010 年)1203 頁)として特別顕著性と自他商品識別力を同じものとして扱っている。講学上も「本法にいう自他商品(役務)識別力とは旧法の特別顕著性を意味するものである」(網野誠『商標第 6 版』(有斐閣、2002 年)174 頁)としている。

8) 特許庁・前掲注 7)1193 頁。9) また、「商標の本質は、自己の営業に係る商品を他人の営業に係る商品と識別するための標識として

機能することにあり、この自他商品の識別標識としての機能から出所表示機能、品質保証機能、広告宣伝機能が生ずるものである。」(東京地判昭和 55 年 7 月 11 日判例時報 977 号 92 頁(テレビまんが事件))との判示もある。

10) Callmann では “Indication of Origin and Ownership”。11) 古関宏『商標法概論』(法学書院、2009 年)3 頁。12) 小野ほか・前掲注 1)57 頁。

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ある。このように商標の出所表示機能は、相対的には、その重要度を減じつつある」として品質保証機能に重きを置く考え方がある。13)

 「品質保証機能」14)とは、「同一の商標を付した商品又は役務は、いつも一定の品質又は質を備えているという信頼を保証する機能」15)であると説明されている。そして、法目的 16)たる「業務上の信用」および「需要者の利益」のために事業者は「同一商標が需要者に品質を保証するものとして捉えていることを十分認識し、商品の品質の維持改良をはかり、品質保証を果たすことに努めなければならない」17)という事業者に対する積極的行為が期待できるため、「事業者にとってもこの期待を裏切らなければ商品が売れ、役務が利用されるということですから、この品質保証機能は商標のうちで最も重要な機能である」18)との意見がある。 「広告宣伝機能」19)とは、「広告に使用することにより、その事業者の商品又は役務であることを需要者・消費者に伝え、商品又は役務の購買・利用を喚起させる機能」20)と説明されている。つまり、「需要者は商標を記憶し、商標自体に一定のイメージを思い浮かべ、その商標を付した商品・役務に対し愛着さえ覚えたりすることがあるが、このような商品のいわゆる「声なき商人」として営業上大きな力を有する」21)というものである 22)。 しかし広告宣伝機能は、需要者に商標を訴求する程度が必要であり、「すべての商標が

13) 網野・前掲注 7)79 頁。14) Callmann では “Guarantee Function”。15) 古関・前掲注 11)3 頁。16) 商標法 1 条「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持

を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。」。17) 小野ほか・前掲注 1)58 頁。18) 平尾・前掲注 6)8 頁。19) Callmann では “Advertising Function”。20) 古関・前掲注 11)3 頁。21) 小野ほか・前掲注 1)58 頁。22) Callmann は “The advertising function is much more substantial than the guarantee function, and

the latter may even be eliminated without destroying or otherwise affecting the former.”(Rudolf Callmann, The law of unfair competition and trade-marks Volume 3, Chicago Callaghan & Company, 1950, pp. 984-985.)としており、経済が成長した社会における広告宣伝機能の重要性を説明している。この点について、「各企業の技術水準が平均して商品の品質に実際上の差異がなくなった今日、経済上の競走は、商品の品質の良否よりも、むしろ商標の良否によっておこなわれる傾向にある」(商標研究会編『日本商標大事典』(中央社、1959 年)79 頁)と Callmann の解説がされている。

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備えている機能ではなく、いわゆる著名商標が備えている機能」23)と説明されている。24)25)

(3)商標の構造 前述の商標法の定義および商標の機能から、商標とは以下のような三階層構造であると考えられる。すなわち、商標とは、「もの」、「機能」、「権利」の三層構造のインプルーブメントモデルとして構成されているのである。

①第一階層:もの 第一階層は商標の基底であり、この階層がなければ商標が存在しない、物理的な階層である。 商標とは商標法 2 条の定義にあるとおり、標章を付した商品・役務を業として使用するものである。商標が存在するためには、何らかの「もの」(商品・役務)の存在が必要である。ものに標章が付されて使用される(市場に投下される)ことにより、商標となるのである。 一方、標章が付されていないもの(無印のもの)のみを相当程度使用しても決して商標

23) 平尾・前掲注 6)9 頁。24) もっとも、商標の三機能については同時に発生するものではなく、「識別機能が土台にあり、自他

の商品や役務における出所表示機能が長く発揮されるほどに、その上に品質保証機能、さらには広告機能が発揮される」(小野ほか・前掲注 1)55 頁)との指摘がある。また、「現行商標法が、出所識別機能ばかりではなく、こうした品質保障機能、宣伝広告機能といったものを直接、保障しているのだという合意があるとすれば、話が違ってくる」(田村善之『商標法概説第 2 版』(有斐閣、2000 年)4頁)として法の直接の保護対象ではないとする説もある。

25) 判例でみると、大審院判大正 11 年 12 月 18 日大審院民事判例集 1 巻 765 頁(業平八ッ橋事件)では、上告理由に「既ニ此ノ明瞭ナル區別ヲ有スルコトハ二者各特別顯著ノ特徴ヲ具備スルニ因ル」として「特別顕著」が使用されている。特許庁決昭和 28 年 4 月 9 日審決公報 115 号 61 頁(マクニン事件)では、「外観称呼において全然別個の商標名となり、自他識別せられて、彼此混同誤認の虞がないことも明らかな事実である。」として「自他識別」が使用されている。東京高判昭和 33 年 11 月 25 日行政事件裁判例集 9 巻 11 号 2450 頁(ビタコーラ審決取消訴訟事件)では、「本件各商標における「ビタ」「VITA」と「コーラ」「COLA」、引用各商標における「COCA」と「COLA」との間に、商標のもつ自他識別力においてさような差異のあるものとは解することができない。」として「自他識別」が使用されている。「機能」という文言としては、東京高判昭和 34 年 3 月 3 日行政事件裁判例集10 巻 3 号 482 頁(ユニバーサル審決取消訴訟事件)は、「元来特別顕著でない商標が永年の使用によつて特別顕著性を具えるに至るためには、それが我国の取引社会において相当期間にわたり、かつ相当の範囲にいて、その者の営業にかかる商品を表彰するために使用された事実を必要とする解すべきであることは、元来取引において自他の商品を区別することに商標の機能が存する事実にかんがみ、当然である。」とし、東京高判昭和 34 年 7 月 30 日行政事件裁判例集 10 巻 7 号 1366 頁(728TEX 審決取消事件)は「本件商標は、自他商品識別のはたらきを十分になし得るものと解せられる。」として

「自他商品識別機能」を判示している。さらに大阪高判昭和 40 年 9 月 29 日判例時報 440 号 38 頁(セロテープ事件)は「商標法において、特に類似の範囲にまで商標権の効力が及ぶものとされるのは、取引過程において、登録商標の有する出所表示機能、自他商品識別力がそこなわれることを防ごうとするがためにほかならない。」と、東京高判昭和 40 年 11 月 25 日判例タイムズ 191 号 217 頁(トップモード審決取消訴訟事件)は、「その全体が品質表示の標章化して、商標の重要使命である出所表示の機能を喪失するに至るものと認めざるを得ないところであつて原告の右主張は採用できない。」として明確に機能を判示している。

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とはならない。また、ものに標章を付したとしても、それを一切使用しない(市場に投下しない)のであれば、やはり商標とは認められない。 つまり、商標の第一階層とは標章が付されて何らかの使用状態 26)にある「もの」であり、その「もの」は無体物たる標章が使用されるための媒体である。そしてこの場合の「もの」とは商品という有形物たる物および役務という標章を付して行われるサービスやビジネスを指す 27)。 その上で第一階層では「使用」が重要である。なぜならば、商標法は「使用」を求めているからである。それは 2 条の定義で標章が使用により商標となるのみならず、そもそも商標法の法目的 28)で保護の主体としているのは「商標を使用する者」29)であり、保護を受けるのは「商標権」の使用者ではなく「商標」の使用者である。 そして、標章が使用により商標となるというだけでなく、第一階層である「もの」の使用により「機能」が発生し、商標の第二階層が構成されるのである。

②第二階層:機能 現行法で、商標法 2 条により標章が付された「もの」が使用されて商標となると規定されている。そして商標は機能を有する。この「商標の機能」が第二階層である。 第二階層は「商標」および「機能」の複合体であるが、まず重要なことは、「商標」となることで、「もの」が「知的財産」へと移行するのである。それは知的財産基本法 2 条1 項 30)の定義に「商標」は列記されていることからも明らかである 31)。なぜ財産として認められるのか、それは標章を使用して商標とした商標使用者の努力に由来する 32)。 次に、使用により生ずる「機能」である。標章は機能を有しない。したがって機能が発生すれば「標章の機能」とは言わず「商標の機能」と称されるのである。もっとも、古く

26) この場合の「使用状態」とは、商標法 2 条 3 項の定義のように使用されているか、あるいは使用ができる状態になっていることを指す。

27) 「もの」という概念は商標法に表れており、既にみた商標法 2 条 1 項では「次に掲げるもの」、「使用をするもの」として、標章が付される対象を「もの」と規定している。

28) 商標法 1 条「この法律は、商標を保護することにより、商標の使用をする者の業務上の信用の維持を図り、もつて産業の発達に寄与し、あわせて需要者の利益を保護することを目的とする。」(下線は筆者による)。

29) 「商標を使用する者は商品や役務の提供に係る物品等に一定の商標を継続的に使用する」(特許庁逐条・前掲注 7)1181 頁)として、法目的では継続的な商標の使用が明確に求められている。

30) 知的財産基本法 2 条 2 項「この法律で「知的財産」とは、発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む。)、商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報をいう。」(下線は筆者による)。

31) 商標とは異なり、「標章」は知的財産基本法 2 条 1 項に列記されていない。すなわち「標章は商標を含む広い概念であり、逆にいえば商標は標章の中で一定の者が商品又は役務について使用をするという特殊な要件が加わったもの」(特許庁逐条・前掲注 7)1186 頁)なのである。

32) もっともこの点をしてインセンティブ論による商標論を論じようとするのではなく、本論は自然発生する機能による知的財産の保護という立場である。

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は「高島屋」や「三越」のように商標法がない江戸時代 33)にも、ある種の表示が現在で言うブランドとして確立しており、当時より今で言う商標の機能が存していることは明確である 34)。つまり商標の機能は標章の使用により原始的に自然発生するのである。したがって法の規律により定められるものではなく、講学上解釈されるものとなる 35)。 このように、第一階層「もの」が使用された結果、標章が「商標」となり「機能」が自然発生する。その機能が第二階層を構成するのである。そして自然発生の効果として、人為的な取り決めではない機能は「権利期間の定め」という人為的規律に関係なく永続的に存在することができる。 一方、法の規律がないことで法による存在が保障されてはおらず、機能は状態としては不安定である。特に「使用」が前提であるため、継続的使用が行わらなければ、発生した機能が薄れるあるいは消滅するという可能性がある。つまり機能とは使用に伴う「状態的事実」なのである。そのため、機能が生じた商標を人為的に維持する手段として「商標権」が規律されたのである。そしてそれが第三階層を構成するのである。

③第三階層:権利 商標に人為的に権利を付与したものが「商標権」である。それは商標の機能とは異なり、自然発生したものではなく、商標法という規律による人為的取り決めである。その規律により第二階層である知的財産に権利が付与されて、第三階層である知的財産権へと移行するのである。 商標権は自然発生する機能とは違い、権利の発生には人為的手続きが必要である。すなわち、商標登録出願(商標法 5 条)、審査(同 14 条)を経て、設定登録により権利が発生する(同 18 条)、といった人為的手続きが法により規律されている 36)。そして商標権は、不法行為による損害賠償請求に加え、差止請求(商標法 36 条)を規定することにより、

33) この時代、すなわち「明治維新前、商標の保護は諸藩における領主専売制と、幕府の株仲間政策により維持されていた」(特許庁『工業所有権制度百年史上巻』(発明協会、1984 年)48 頁)とあるように、市場参入制限および同業者による不正行為の抑制という施策により商標は保護されていた。

34) この点について、例えば「江戸時代には競業者が存在し、多数の同種の商品が出回ったことで、この時代の商標は単に広告標識としてだけではなく、自他商品の識別標識として作用し、商品の出所を表示した。このように、自他商品識別標識としての商標は、経済取引の発展に伴って江戸時代ごろから取引界において必然的に使用されはじめたのである」(特許庁百年・前掲注 33)131 頁)との説明がある。

35) この点について、旧法では「使用」について条文上明確な要件とはなっていないが、旧法 1 条では特別顕著性を要件としており、使用により特別顕著性が自然に生ずるものであるということを前提としている。そして特別顕著性は自他識別力であり、そこから自他識別機能が導かれる。

36) 知的財産権は自然発生するものではなく、人為的取り決めである。そのため例えば権利の付与の手続き(特許権の審査には商標権とは異なり出願審査請求が必要である)や権利の始期(特許権は特許出願時、商標権は登録時)あるいは権利期間(特許権は 20 年間、商標権は 10 年間)などが各々の権利によって異なることも当然であり、もし知的財産権が知的創作物の創造により当然に発生するという自然権論では説明がつかないのである。

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独占的な排他権たる絶対権とされている 37)。つまり立法趣旨として「商標権者は指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利及び他人のその使用を禁止、排除する権利を有する」38)ものとして規定しており、他者の行為を禁止、排除するという強い権利により構成されているのである。 そして、権利は法の規律による付与であるため、永久に存続するものではない。商標権の存続期間は 10 年間という期間の定めがあり、その後に権利を維持する場合は更新登録の申請が必要である(商標法 19 条)。であるならば法制度が変わらない限り、更新を繰り返せば永続的に権利が維持できるようにもみえる。しかし第一階層、第二階層と同様、第三階層でも「使用」が前提となっている。つまり、商標権という「権利」の点で、我が国商標法は、商標法 18 条にて「登録主義」39)を採用していると同時に、3 条により「使用主義」40)も採っている。権利が付与のために登録という手続を経ると同時に、「使用」が求められるのである 41)。さらに 50 条 42)にて継続して 3 年以上使用していない登録商標に対する不使用取消審判請求が規定され、あるいは 51 条 43)にて商標権者の、そして 53 条 44)にて使用権者の不正な使用に対する商標権の取消審判請求が規定されている。つまり法は商標権の維持のために継続的かつ正当な「使用」を要件とすることで絶対権が不当に強固とならないような調整を図っている。

37) 商標法 25 条前文「商標権者は、指定商品又は指定役務について登録商標の使用をする権利を専有する。」。

38) 特許庁逐条・前掲注 7)1296 頁。39) 登録主義とは「商標制度において商標権の成立を登録の事実にかからせている場合」(小野ほか・

前掲注 1)99 頁)である。40) 使用主義とは「商標権の成立を使用の事実に基づいて認める場合」(小野ほか・前掲注 1)99 頁)

である。41) 商標法 3 条 1 項柱書「自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲

げる商標を除き、商標登録を受けることができる。」(下線は筆者による)。42) 商標法 50 条 1 項「継続して三年以上日本国内において商標権者、専用使用権者又は通常使用権者

のいずれもが各指定商品又は指定役務についての登録商標(書体のみに変更を加えた同一の文字からなる商標、平仮名、片仮名及びローマ字の文字の表示を相互に変更するものであつて同一の称呼及び観念を生ずる商標、外観において同視される図形からなる商標その他の当該登録商標と社会通念上同一と認められる商標を含む。以下この条において同じ。)の使用をしていないときは、何人も、その指定商品又は指定役務に係る商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」(下線は筆者による)。

43) 商標法 51 条 1 項「商標権者が故意に指定商品若しくは指定役務についての登録商標に類似する商標の使用又は指定商品若しくは指定役務に類似する商品若しくは役務についての登録商標若しくはこれに類似する商標の使用であつて商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは、何人も、その商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。」(下線は筆者による)。

44) 商標法 53 条 1 項「専用使用権者又は通常使用権者が指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であつて商品の品質若しくは役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをしたときは、何人も、当該商標登録を取り消すことについて審判を請求することができる。ただし、当該商標権者がその事実を知らなかつた場合において、相当の注意をしていたときは、この限りでない。」(下線は筆者による)。

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 このように、商標とは、第一階層である標章が付されたものが、使用により商標となり機能が生じて第二階層に移行し、さらに権利が付与されて商標権となり第三階層に移行するのである。そして各々の階層は独立しているのではなく、権利の放棄や取消などで第二階層に戻る、あるいは不使用による機能の消滅で第一階層に戻る、という一連の双方向系譜の流れの中に存在している。つまり三層構造は商標というカテゴリの中におけるインプルーブメントモデルなのである。

図 1:商標の三層構造モデル

2.商標の本質

(1)商標の本質的部分 自然発生する商標の機能は人為的取り決めである商標権とは異なる存在である。それ故商標の機能の発生は商標権に依拠しておらず、出願中の商標、あるいは出願をしていない商標にも機能は発生する。したがって、「商標の機能」であって「商標権の機能」とは称さない。つまり、「もの」に標章が付された第一階層が使用された結果、機能が生じ第二階層となり、「自他識別機能」とそれに付随する三大機能が発動する。であるならば「機能=第二階層」こそが商標の本質的部分であると考えられる。 それについて「侵害」という基軸で検討してみる。まず、第一階層である「もの」への侵害であるが、例えば、ものが商品という有体物の場合は当該物の搾取などの物理的な侵害であり、財産権の侵害である。しかし、それは第一階層の構成要素に対する侵害ではありものの商標に対する侵害ではない 45)。商標の侵害とは、先行者が商品の使用により機能が生じた商標に対して、後行者がその商標と商標同一あるいは類似の標章を付した商品を使用することにより、先行商標の機能を侵害することである 46)。つまり侵害行為のために本来の使用により生じた商標の機能が著しく害されることとなる。すなわち、「希釈化/dilution」(他社が同一・類似の標章を使用することにより本来の使用者の商品が持つ出所

45) 強盗が商店から商品名が商標登録してある商品を盗んだとしても、それは商標権の侵害ではない。刑法 235 条(窃盗)などの問題である。

46) 先行者の使用している商品とはまったく異なる種類の商品やあるいは役務に当該商標を使用する場合もあるが、この場合は後述する不正競争防止法 2 条 1 項 2 号の問題である。本項では、商標侵害について論じているため、対象は先行者が使用している商品(商標法でいう指定商品と同一・類似)であり、使用していない種類は商標ではないため、ここでは論じない。

第三階層:商標権

第二階層:商標の機能

第一階層:標章を付したもの

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表示機能が薄まる)、「汚染/ pollution」(同一・類似の標章が付された商品が粗悪品であるために本来の商品の品質保証機能も傷つく)、「ただ乗り/ free ride」(同一・類似の標章を付すことにより本来の商標の広告宣伝機能にただ乗りする)ということで、いずれも先行する本来の商標使用者の機能構築努力を破壊する侵害行為である。 これは役務という無体物でも同様である。役務という第一階層は有体物ではないため摂取という行為は生じえない。起こりうるのはビジネススキームの真似などである。この場合、標章が付されていない役務そのもの(荷物の配送や飲食物の提供サービス)については、誰でもが行うことができる。したがって多くの事業者がそのようなサービス(役務)を行っているが、それは商標の侵害ではない 47)。しかし宅配サービスや飲食提供サービスを行う者は、それに何らかのサービス名称を冠している。それは標章を付してサービスを行うこと(つまり標章を使用すること)により生ずる機能、すなわち「自他識別機能」および「出所表示機能」、「品質保証機能」、「広告宣伝機能」によって、他者との差別化やサービスの保証、あるいは自社サービスの知名度の向上を図るためである。仮に後行者が先行者の商標と同一・類似の名称を使用してサービスを実施すれば、やはり商標の機能は侵害される。したがって役務における商標の侵害とは商品の場合と同様に、第二階層に対する侵害であり、使用により商標の機能が生じた役務に対して他者がそれと同一・類似の標章を冠した役務を使用することである。そしてそのため「希釈化」、「汚染」、「ただ乗り」により商標の機能が著しく侵害される、つまり先行する本来の先行者の機能構築努力を破壊する侵害行為である。 第二階層への侵害に対しては、一般不法行為(民法 709 条)という規律が存在する。しかしながらこの規律だけでは商標(知的財産)を十分に保護することは困難である。不法行為は損害賠償が原則であるが、知的財産の保有者である先行者の事業規模よりも侵害行為を行う後行者の方が事業者としての規模が大きい場合、損害賠償を払ったとしても侵害者が市場を支配するおそれがある。この場合、侵害者の市場参入を防ぐために、事業規模の小さな側にとって効果的な手法は差止めである。それ故に、侵害から商標を保護するためには、排他権という差止請求権を規律し、商標権を絶対権とする必要がある。つまり、第三階層の権利とは、第二階層の機能を保護するための補完的規律と言える。したがって、商標権侵害は商標機能侵害を基底としているのである。

(2)商標機能消尽論 商標の機能と侵害について、従来は商標機能論すなわち「商標権侵害の実質的違法性を構成するのは商標の機能を害することであるとする考え方であり、この理論の下においては、形式的に商標権侵害に該当する行為であっても、この機能を害さない行為は実質的違

47) 商習慣あるいは道義上の問題は生ずる可能性がある。

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法性を欠くものとして侵害が否定されることとなる」48)として、商標の機能への侵害の有無を商標権侵害の判断要素とする考え方が通説である。 これは、第三階層に対する侵害の可否の判断として第二階層の検討を行うものである。しかし、第二階層(機能)に対する侵害が成立すれば商標侵害は成立する。その時点で不法行為が成立し得る。そしてその商標に権利が付与されている場合には、第三階層(権利)に対する侵害つまり商標権侵害となるのである。この構造からすると、侵害の上位概念は商標侵害であり、商標権侵害は商標侵害に含まれる概念である。つまり、権利侵害が生じなくても商標侵害は成立するが、機能侵害が生じなければ権利侵害は成立しないのである。商標および商標権の侵害成立要件を構成する第 2 階層の機能こそ、商標の本質的部分なのである 49)。 前述のように商標に権利が付与されている場合には商標権侵害となるが、それは商標法という不法行為法の特別法による規律であり基底となるものは不法行為法なのである。裏を返せば、不法行為が存在しなければ商標権侵害は成立しないのである。一方、不法行為が存在すれば商標権侵害は成立する。そして商標権として保護する対象とは商標の機能であり、これが商標の保護の対象なのである。 ではここで商標の機能と侵害との関係を整理する。侵害される客体は商標権が化体したもの、すなわち使用により商標の機能が発動したものであり、それは第一階層(もの)、第二階層(機能)、第三階層(権利)から構成されている。そしてこれに対する侵害は下記表のような四類型に分けることができる。

 第 1 類型は、機能侵害、権利侵害がともに生じていない場合、これはそもそも何らの侵害がないため商標の侵害とはならない。つまり「機能非侵害+権利非侵害=商標非侵害」という構図である。この場合はまったく侵害が生じていないので、本論であえて詳しく論じる必要はない。 第 2 類型は、機能侵害が生じているが権利侵害が生じていない場合である。これは、商標の機能が発動しているが商標権が設定されていない場合あるいは商標権が消滅した場合

48) 宮脇正晴「商標機能論の具体的内容についての一考察」立命館法学第 4 号(2003 年)878 頁。大阪地判昭和 45 年 2 月 27 日判例時報 625 号 75 頁(PARKER 事件)において「商標権が基本的には私的財産権の性質を有するとしても、その保護範囲は必然的に社会的な制約を受けることを免れないのは勿論であり、商標権属地主義の妥当する範囲も、商標保護の精神に照らし商標の機能に対する侵害の有無を重視して合理的に決定しなければならない」と判示された。

49) この点につき、「これらの機能が全く備わっていない商標は、いかにその商標の使用者がこれを商標として使用していても、商標としては価値がないに等しいから法律上の保護も受け得ない」(網野・前掲注 7)74 頁)との指摘がある。

第1類型 第2類型 第3類型 第4類型機能 非侵害 侵害 非侵害 侵害権利 非侵害 非侵害 侵害 侵害侵害 非侵害 侵害 非侵害 侵害

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である。この場合、前述のとおり不法行為による商標侵害が成立し得る。つまり「機能侵害+権利非侵害=商標侵害」という構図である 50)。 第 3 類型は、商標の機能は発動していないが権利侵害が生じている場合である。例えば既に商標として使用していないか、あるいは何らかの理由で商標の機能が消滅している状態である。権利濫用の抗弁あるいは不使用取消審判により商標権を無効とされる場合もある。また、「正露丸審決取消訴訟事件」51)のように主体ではない者が使用した結果、商標が普通名称化して本来の機能を喪失すれば、侵害とはならないこともある。つまり「機能非侵害+権利侵害=商標(権)非侵害」という構図である。 第 4 類型は、機能侵害および権利侵害がともに生じている場合である。これは知的財産侵害であり知的財産権侵害でもある。つまり「機能侵害+権利侵害=商標(権)侵害」という構図である。 この類型をみると、従前の商標機能論とは第 3 類型および第 4 類型のことを論じているに過ぎないことがわかる。すなわち権利が存在しているのは第 3 類型および第 4 類型であるが、商標機能論では「形式的に商標権侵害に該当する」が機能を侵害していない場合は第 3 類型となる。第 4 類型では権利を実質的に侵害しているのである。判例でも「マグアンプK事件」52)では「商標権者以外の者が権限なく登録商標に類似する商標を、指定商品と同一の商品それ自体に直接付することは勿論、商品それ自体に直接付さなくとも、商品との具体的関連において、商標としての出所表示機能及び品質表示機能等の自他識別機能を果たす態様で「使用」することは、たとえば当該商品が商標権者の販売にかかる真正商品であったとしても、商標権者の登録商標の使用権の専有を侵すことになる」として第 4類型を、「フレッドペリー事件」53)では「(1)当該商標が外国における商標権者又は当該商標権者から使用許諾を受けた者により適法に付されたものであり、(2)当該外国における商標権者と我が国の商標権者とが同一人であるか又は法律的若しくは経済的に同一人と同視し得るような関係があることにより、当該商標が我が国の登録商標と同一の出所を表示するものであって、(3)我が国の商標権者が直接的に又は間接的に当該商品の品質管理を行い得る立場にあることから、当該商品と我が国の商標権者が登録商標を付した商品とが当該登録商標の保証する品質において実質的に差異がないと評価される場合には、

50) 不正競争防止法 2 条 1 項および 2 項も成立し得るが同法については後述する。51) 最高判昭和 49 年 3 月 5 日判例タイムズ 269 号 204 頁(正露丸審決取消訴訟事件)にて「これらの

語は、おそくとも本件商標の登録当時、なんら出所表示力のない、本件医薬品自体の一般的な名称として国民の間に広く認識されていたものというべきであり、したがつて、ごく普通の書体で「正露丸」の文字に「セイロガン」の文字を振り仮名のように付記したにすぎない本件商標は、その指定商品中の本件医薬品に関しては、商品の普通名称を普通に用いられる方法で表示したにすぎない標章であり」として原審(東京高判昭和 46 年 9 月 3 日判例タイムズ 269 号 204 頁)を維持している。大幸薬品は当時「正露丸」を商標登録していたが(登録番号第 545984 号)商標管理の不徹底により普通名称化したとされた。

52) 大阪地裁平成 6 年 2 月 24 日判例時報 1522 号 139 頁(マグアンプK事件)。53) 最高判平成 15 年 2 月 27 日判例時報 1817 号 33 頁(フレッドペリー事件)。

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いわゆる真正商品の並行輸入として、商標権侵害としての実質的違法性を欠くものと解するのが相当である。」として第 3 類型を判示しているが、これらは商標権侵害に係る事案であり、したがって権利が存在しない第 2 類型には触れていないのである。しかし論ずべきは商標の保護であって権利侵害の有無ではない。第 1 類型から第 4 類型まで論じて、はじめて商標の保護を検討したことになるのである。 よって、商標権侵害ではなく商標侵害という観点で 4 類型をみると、商標侵害の成立には機能侵害が必要要件であるが、権利侵害は十分要件に過ぎないことがわかる。つまり機能が存するか否かにより商標(権)侵害の可否が定まるのである。機能が侵害されれば、権利が存しなければ不法行為が成立し、権利が存すれば商標権侵害となる。そのため商標権にも適用される権利消尽論において、「マグアンプK事件」や「フレッドペリー事件」のような問題が生ずるのである。それは、侵害の判断で消尽するか否かを論じなければならないのは、権利ではなく機能だからである。ここにこれを従前の商標機能論ではなく

「商標機能消尽論」と称することとする。「客体に従属する機能が消滅すれば商標(権)侵害は成立しない」という考え方である。 そしてなぜ第 2 類型が必要なのか、それは不正競争防止法における商品等表示の不正競争行為は第 2 類型を成立の根拠としているからである。

3.商品等表示にみる機能

(1)不正競争防止法の商品等表示にみる機能 前述のように、商標機能消尽は商標の三層構造モデルから導き出されたものである。ところで従前、自他識別機能およびそれに付随する三大機能はもっぱら商標についてのみ論じられており、他の知的財産ではほとんど論じられていない。しかし、知的財産の中で商標のみが機能を有している、とも言われていない 54)。であるならば商標以外の知的財産においても機能を論じることができるのではないか。そこでまず、標識法 55)という点で商標法と親和性のある商品等表示(不正競争防止法)における機能の検討を試みる。 不正競争防止法は権利付与による知的財産の保護ではなく、不正競争行為の禁止という行為規制による知的財産の保護を図っている。

54) Callmann も “The word trade-mark is used here in its broadest sense, including every mark used in trade-names, fancy words, descriptive words, pictures, figures, letters, dress labels, equipment, etc.”(Callmann・前掲注 22)p.974.)として “trade-mark” について幅広く解釈している。

55) 「知的財産法の保護対象を、人間の知的・精神的活動による創作物と営業上の標識と捉え、前者を創作法、後者を標識法と呼び、この両者を併せて知的財産法と呼んでいる」(中山信弘『特許法第 2版』(有斐閣、2012 年)12 頁)として、標識法を商標法および不正競争防止法の標識に関する部分とする分類の考え方がある。

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 旧法(昭和 9 年法)56)では 1 条 1 号 57)(商品主体混同行為)にて商品表示を、および 2号 58)(営業主体混同行為)にて営業表示を保護の対象としている。1 号では商標を、2 号では標章を含んでいる。1 号と 2 号の違いは、1 項が商品としての使用であり商標法 2 条 1項 1 号に相当する。2 項は標章のみで商標という言葉はないが、2 項が対象とするのは商品表示ではなく、営業主体としての表示であり、商標法 2 条 1 項で定義する商標としての使用ではない使用形態(名刺などの社名使用)を対象としているからである。しかしながら 2 項については「1 号が商品本位に規定し、対象を商品表示に限定するのに対し、本号はより広い営業本位に規定し、対象について営業表示というとらえ方をしている。同一行為が 1 号と 2 号の両者に跨る場合もあるが、単に役務を提供するにすぎないいわゆるサービス業務を行う営業にあては本号によって始めて本法の保護の対象となる」59)と解されており、1 号および 2 号で商品表示および役務表示を対象とする点で、商標の保護範囲は現行不正競争防止法と差異はない。 現行不正競争防止法では 2 条 1 項で 15 類型の不正競争行為が限定列挙されているが、商品等表示に関する行為は同項 1 号 60)(混同惹起行為)および 2 号 61)(著名表示冒用行為)である。両号にて商品等表示を保護の対象としているが、商品等表示は商標と標章 62)を含む概念である。そして商標および標章とは 2 条 2 項 63)および 3 項 64)により商標法と同じに定義されている。つまり、少なくとも商品等表示の構成要素である商標には前述の機能が

56) 昭和 13 年改正で 2 項が追加され、昭和 25 年改正で若干の条文改正があったため、本論では昭和25 年改正法を使用している。

57) 旧法 1 条 1 号「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル他人ノ氏名、商号、商標、商品ノ容器包装其ノ他他人ノ商品タルコトヲ示ス表示ト同一若ハ類似ノモノヲ使用シ又ハ之ヲ使用シタル商品ヲ販売、拡布若ハ輸出シテ他人ノ商品ト混同ヲ生ゼシムル行為」(下線は筆者による)。

58) 旧法 1 条 2 号「本法施行ノ地域内ニ於テ広ク認識セラルル他人ノ氏名、商号、標章其ノ他他人ノ営業タルヲ示ス表示ト同一若ハ類似ノモノヲ使用シテ他人ノ営業上ノ施設又ハ活動ト混同ヲ生ゼシムル行為」(下線は筆者による)。

59) 小野昌延『注解不正競争防止法』(有斐閣、1961 年)114 頁。60) 不正競争防止法 2 条 1 項 1 号「他人の商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品

の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。以下同じ。)として需要者の間に広く認識されているものと同一若しくは類似の商品等表示を使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供して、他人の商品又は営業と混同を生じさせる行為」(下線は筆者による)。

61) 不正競争防止法 2 条 1 項 2 号「自己の商品等表示として他人の著名な商品等表示と同一若しくは類似のものを使用し、又はその商品等表示を使用した商品を譲渡し、引き渡し、譲渡若しくは引渡しのために展示し、輸出し、輸入し、若しくは電気通信回線を通じて提供する行為」(下線は筆者による)。

62) 不正競争防止法の商品等表示の定義に「商標」だけではなく「標章」が含まれている意味は大きい。すなわち、商標権侵害の場合は、類似判断は商標の同一もしくは類似および指定商品・指定役務の同一もしくは類似という重畳的判断を行うが、不正競争防止法の場合は、先行の商品等表示使用者が使用していない商品・役務であっても後行者が使用すれば不正競争行為が成立し得る(2 条 1 項 1 号の広義の混同、あるいは 2 条 1 項 2 号の趣旨)。したがって不正競争防止法の類似判断は商標あるいは標章の同一類似のみとなる。

63) 不正競争防止法 2 条 2 項「この法律において『商標』とは、商標法第二条第一項 に規定する商標をいう。」。

64) 不正競争防止法 2 条 3 項「この法律において『標章』とは、商標法第二条第一項 に規定する標章をいう。」

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存在することになる。 しかし商品等表示は「人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう」と定義されており、商標を含む広い概念である。では商標以外の表示が機能を有するのか、という点であるが、機能を生ずるための「使用」については法の要件に内在されている。すなわち 2 条 1 項 1 号の要件たる「需要者の間に広く認識されている」および「著名な」とは、使用による結果であり、使用をしなければ周知性、著名性を獲得することはなく、むしろ相当継続的な使用を行わなければその程度には達しない。それは旧法における「広ク認識セラルル」も同様である 65)。 そして使用されている商品等表示に、商標と同様の機能が生ずることは立法者も認めている。すなわち「特定の表示の使用許諾者、使用権者及び再使用権者のグループのように、同表示の持つ出所識別機能及び顧客吸引力等を保護発展させるという共通の目的のもとに結束しているグループ等も含まれる」66)という立法者側の説明が商品等表示にも出所識別機能を有していることを明確に示している。そしてそれは講学上の解釈というよりも、判例から導かれた解釈である 67)。

(2)判例にみる商品等表示の機能 不正競争防止法の商品等表示に係る不正競争行為の裁判では、古くから商標の機能と同様の機能を商品等表示にも認めている。ではどのような商品等表示が機能を有しているのか、類型に分けて判例を検討する。

① 営業表示である標章あるいはシンボルマークに対しては、前述の「フットボール・シンボルマーク事件」68)は「アメリカンフツトボールのヘルメツトをかたどつた共通の図形からなる」30 種のマークであるが、それらの使用許諾を受けて使用する複数当事者は、

「特定の表示に関する商品化契約によつて結束した同表示の使用許諾者、使用権者及び再使用権者のグループのように、同表示の持つ出所識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を保護発展させるという共通の目的のもとに結束しているものと評価することのできるようなグループも含まれるものと解するのが相当である」として、マークが「出所識別機能」および「品質保証機能」を有するものであるとの判示をしている。 同様に「FIFAグッズ事件」69)は「「FIFAワールドカップサッカー大会」に関す

65) 先行者の使用により周知性、著名性を獲得した商品等表示を後行者が冒用等の不正に使用するという行為を不正競争行為と定めており、もともと先行して使用されている周知・著名表示がなければ後行者が不正行為を行う理由がないのである。

66) 経済産業省知的財産政策室編『逐条解説不正競争防止法平成 23・24 年改正版』(有斐閣、2012 年)52 頁。

67) 逐条解説は最高判昭和 59 年 5 月 29 日(フットボール・シンボルマーク事件)を根拠としている。68) 最高判昭和 59 年 5 月 29 日判例時報 1119 号 34 頁(フットボール・シンボルマーク事件)。旧法下

の事案である。69) 東京地判平成 12 年 12 月 26 日裁判所ウェブサイト(FIFAグッズ事件)。

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るエンブレム、マスコット及びFIFAトロフィー等」についてであるが、「原告所有の標章使用ライセンス事業において、右標章使用による商品の出所識別機能、品質保証機能、顧客吸引力維持機能を維持することに努めて今日に至っている」として、FIFAの各標章について「出所識別機能」および「品質保証機能」が存することを判示している。 さらに「ラヴォーグ青山事件」70)では、雑誌「VOGUE」の標章及びその関連標章について「CNAP社から上記商標権について専用使用権の設定を受けていること等からすると、原告アドバンスマガジンと原告日経コンデナストを含む「VOGUE」誌各国版の発行者及びCNAP社とは、「VOGUE」誌の発行によって原告標章 1 の持つ出所表示機能、品質保証機能及び顧客吸引力を保護発展させるという共通の目的のもとに結束した企業グループであるということができる。」として、標章「VOGUE」が

「出所表示機能」および「品質保証機能」を有すると判示している。 商標として登録されるのが難しい短い文字の組み合わせである標章として、「流通用ハンガー事件」71)は自社製品の流通用ハンガーに付された「JS」及び「RK」の表示であるが、「「JS」及び「RK」の表示は、いずれもローマ字の 2 字の組合せからなる、それ自体簡単な構成の標章であり、このような標章は、取引上も商品の記号・符号等として一般に採択、使用されているものであって、これを特定人の独占的使用にゆだねるのは相当でないから、特段の事情のない限り、商品表示としての自他商品識別機能ないし出所表示機能を有しないか、希薄な表示というべきである。しかしながら、そのような表示であっても、当該表示が独特の工夫をこらすなどして需要者に特別な印象を与えるものである場合や取引の実情、使用の事実等によっては、商品表示としての自他商品識別機能ないし出所表示機能を有するに至る場合もあり得る」として、本来は機能を有しない簡単な構成の標章であっても、使用によっては「自他商品識別機能」あるいは

「出所表示機能」が生ずる可能性について判示している。 商品表示であるマークと商品名について、「正露丸事件」72)は胃腸薬という商品に付されているマークと商品名について、「自他商品識別機能を有するのは「ラッパの図柄」

(及び原告の社名)のみ」として「自他商品識別機能」は認めたが、「正露丸」という言葉については「いずれも本件医薬品を指称する普通名称であって、商品の出所表示機能を有するものとはいえない」とマークは「自他識別機能」を有し、商品名は「出所表示機能」を有していないと判示した。

70) 東京地判平成 16 年 7 月 02 日判例時報 1890 号 127 頁(ラヴォーグ青山事件)。71) 東京高判平成 16 年 3 月 31 日判例時報 1865 号 122 頁(流通用ハンガー事件)。なお本件では、「『J

S』及び『RK』の表示が、独特の工夫等により需要者に特別な印象を与えるものということはできず、また、自他商品識別機能ないし出所表示機能を有するに至る格別の取引の実情、使用の事実等の特段の事情も認められないのであるから、結局、上記各表示は、商品表示としての自他商品識別機能ないし出所表示機能を有しないか、希薄なものというほかない。」として一審・東京地判平成 14 年 10月 22 日を取り消した。

72) 大阪地判平成 18 年 7 月 27 日判例タイムズ 1229 号 317 頁(正露丸事件)、大阪高判平成 19 年 10 月11 日判例時報 1986 号 132 頁にて同旨。

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② 色彩という色表示による商品表示について「戸車コマ事件」73)は、「戸車のコマの原料に、同会社の製品であるナイロン(「ニチレナイロン」)を用い、これに斬新なオレンジ色を着色(当時他社の車は殆んど黒色または鉄色)したナイロン戸車」として、表示としては色が特徴的な商品である。本事案は旧法の事件であるが、色彩と商品との関係について「もし、他人の商品はその色で知られ、その色の商品を見るものは誰でも他人の商品だと判断するに至つた(セコンダリーミーニング)場合とか、その色である旨の表示をすれば、誰でも直ちに他人の商品であると判断する(トレードネーム)など、その色が他人の商品と極めて密接に結合し、出所表示の機能を果たしているような特別の場合には、その商品に施された色ならびにその色である旨の呼名は防止法一条一号にいう

「他人の商品たることを示す表示」として不正競業から保護せられなければならない。したがつて、このような場合においては、他人の商品と同一または類似の商品に、他人の商品の色と同一または類似の色を施し、あるいはその色である旨の呼名を使用して他人の商品と混同を生ぜしめる者に対して、これに因つて営業上の利益を害せられる恐れのある者は、その行為の差止めを求める権利があると解するのが相当である。」として

「商品に施された色ならびにその色である旨の呼名」について「出所表示機能」が発生すること判示した。 これに対して「カプセル色彩事件」74)は「蓋をなす部分(キャップ)が概ね緑色で、蓋をされる部分(ボディ)が概ね白色で構成されたカプセルに薬剤が収められている。原告カプセルは、別紙原告標章目録 2 及び 3 記載のとおり、表面及び裏面とも銀色地のPTPシート(以下「原告PTPシート」という。)に収納されている」という胃炎・胃潰瘍治療剤であるが、「原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成は、医療用医薬品全体ではもちろん、胃潰瘍治療薬の中でも、顕著な特徴を有しているとはいえず、需要者においてこれを用いて商品を識別しているとはいい難いから、いかに多数の原告商品が販売されたとしても、原告カプセル及び原告PTPシートの色彩構成には自他商品識別機能ないし出所表示機能はなく、不正競争防止法 2 条 1 項 1 号にいう「商品等表示」には該当しないというべきである。」とし、相当多数の商品が販売されたとしても色彩構成について「自他識別機能」あるいは「出所表示機能」は生じないと判示している。

③ 多い類型として、商品形状や容器、包装という立体的表示がある。まず立体的な商品形態が機能を有するかについてであるが、「会計用伝票事件」75)では、

73) 大阪地判昭和 41 年 6 月 29 日判例時報 477 号 32 頁(戸車コマ事件)。旧法下の事案である。なお本件では、戸車のコマをオレンジ色にしている原告商品に対しては「他に特別の事情の認められない本件において、戸車のコマのオレンジ色をもつて、債権者の戸車の周知表示であると認めることはできない」として請求を却下した。

74) 東京地判平成 18 年 2 月 10 日裁判所ウェブサイト(カプセル色彩事件)。75) 東京高判昭和 58 年 11 月 15 日判例時報 1112 号 122 頁(会計用伝票事件)。旧法下の事案である。

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商品の形態について「本来的に商品主体の識別を直接目的とする氏名、商号、商標等の表示と同様に出所表示機能、自他識別機能を備えるものとして評価されるためには」として、商品等表示は「出所表示機能」および「自他識別機能」を有する場合があることを前提とした判示をしている。 「ドール用素材事件」76)でも、「商品の形態は、必ずしも商品の出所を表示することを目的として選択されるものではないが、商品の形態が他の商品と識別し得る独特の特徴を有し、かつ、商品の形態が長期間継続的かつ独占的に使用され、又は、その使用が短期間であっても商品形態について強力な宣伝等が伴う場合には、商品の形態が、商品自体の機能や美観等の観点から選択されたという意味を超えて、自他識別機能又は出所表示機能を有するに至ることがあり得る。」として、商品等表示として商品の形態が「自他識別機能」および「出所表示機能」を有する場合があることを判示している。 個々の商品形態でみると、家具という商品形状について「組立式押入たんす事件」77)

は、「商品の形態自体は本来商品の出所を表示するものではないけれども、ある形態が永年継続して排他的にある商品に使用され、または短期間でも強力に宣伝され、あるいはその形態が極めて特殊独自なものであるためその形態自体が出所表示の機能を備えるに至った場合には、これを商品表示のなかに含ませて差支えない。」として家具という商品形態でも使用により「出所表示機能」が生ずることを判示した。 バッグという商品形状について「シャネルバック事件」78)は、「商品の形態は、本来その商品が果たすべき実質的機能をよりよく発揮させ、あるいは美感的効果を高めるという見地から選択されるものであつて、その商品の出所を表示することを目的とするものではないけれども、その形態自体が二次的に出所表示の機能を有するに至つた場合には、これをもつて、不正競争防止法第一条第一項第一号にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」とみて妨げないものと解すべきである。」としてバッグという商品形態でも使用の態様により「出所表示機能」が生ずると判示した。 ギターについて「ギブソンギター事件」79)は、「原告は、わが国において一九七〇年代

76) 東京地判平成 16 年 11 月 24 日判例時報 1896 号 141 頁(ドール用素材事件)ただし被告商品の機能については否定している。知財高判平成 18 年 1 月 25 日裁判所ウェブサイトにて同旨。なお、本事案およびパネライ製品事件は同時期で判事も同じ(飯村裁判官)であるためか、判示が同じである。

77) 東京地判昭和 41 年 11 月 22 日判例時報 476 号 45 頁(組立式押入たんす事件)。旧法下の事案である。なお本件では、組立式押入たんすには「商品の形態が専らその技術的機能に由来するときは、商品表示と目することはできないものとしなければならない。本件についてこれをみるとき、原告製品の形態が専らその技術的機能に由来するものであることは前記認定のとおりであるから、これを不正競争防止法第一条第一号の商品表示とすることはできない」として請求を棄却した。

78) 東京地判昭和 53 年 5 月 31 日判例タイムズ 368 号 369 頁(シャネルバッグ事件)。旧法下の事案である。なお本件では、「原告製品の前記形態上の特徴が(仮にこれをいわゆる商品表示とみるとしても)、本訴提起時又は本件口頭弁論終結時において、原告の商品であることを示す表示として、原告主張のように我国の需要者間に広く認識されていたと認めるには到底十分でなく」として原告の請求は棄却された。

79) 東京地判平成 10 年 2 月 27 日判例タイムズ 974 号 215 頁(ギブソンギター事件)。

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前半ころから多数のレスポール・タイプが販売されてきた状況は、むしろ、当時のわが国において、原告製品一がきわめて著名であり、その形態が顕著に出所表示機能を有していたことを示すものである旨主張する。しかしながら、右のような状況の存在自体が、直ちに、需要者全体のなかで、原告専門品一の形態が周知になっていたことを認定し得る根拠にはならないし、原告がこれを放置して商品表示を獲得ないし維持する努力を怠った結果、商品表示を認めるに足りないことは前記認定のとおりである。以上のとおり、原告の前記各主張は理由がなく、原告製品一の形態が周知な商品表示としての機能を獲得していると認めるに足りない。」として、「出所表示機能」を有していないと判示した。 モデルガンについて「モデルガン事件」80)は、「商品の形態は、本来、商品の機能ないし美観を高め、あるいは商品を効率的に生産するといった観点から選択されるものであり、商品の出所を表示することを目的とするものではないが、一定の特徴的な形態がある商品のみに排他的に長期間継続して使用された結果、あるいは商品の特徴的形態に着目した大規模な宣伝広告等により、一般消費者に、一定の特徴的形態がある商品と結びつけて記憶されるようになったような場合には、商品の形態が二次的に、自他商品の識別機能を有するに至ることがある。」として、使用の態様によりモデルガンでも「自他識別機能」が生ずることを判示している。 時計について、「ロレックス事件」81)は、「ある商品の形態が極めて特殊で独特な場合には、その形態商品等表示性を認めることができるが、形態が特殊とはいえなくても、特徴ある形態を有し、その形態が長年継続的排他的に使用されたり、短期であっても強力に宣伝されたような場合には、当該形態が出所表示機能を獲得し、その商品の商品等表示になっていると認めることができる場合がある。」としたうで、原告商品について

「原告各製品の上記の各要素の組合せからなる全体の形態の出所表示機能は失われたとは認められない。」と判示してロレックスの時計に「出所表示機能」を認めている。 その他に、「配線カバー事件」82)では、配線カバーと「出所表示機能」について、「電路支持材パイラック事件」83)では電路支持材と「出所表示機能」について、「連結ピンガスカートリッジ事件」84)では工具と「出所表示機能」について、「交換ランプ事件」85)ではメタルハライド光源装置用の交換ランプと「出所表示機能」について判示している。 商品の形状のみならず商品の容器として、「ローソク包装箱事件」86)は、商品である

80) 東京地判平成 12 年 6 月 29 日判例時報 1728 号 113 頁(モデルガン事件)。81) 東京地判平成 18 年 7 月 26 日判例タイムズ 1241 号 306 頁(ロレックス事件)。なお腕時計の形状と

しては他にパネライ製品事件(東京地判平成 16 年 7 月 28 日判例時報 1878 号 129 頁判例時報 1339 号128 頁)でも「自他識別機能」あるいは「出所表示機能」について判示している。

82) 東京地判平成 1 年 12 月 28 日判例時報 1339 号 128 頁(配線カバー事件)。旧法下の事案である。83) 東京高判平成 14 年 5 月 31 日判例時報 1819 号 121 頁(電路支持材パイラック事件)。84) 大阪地判平成 19 年 4 月 26 日判例時報 2006 号 118 頁(連結ピンガスカートリッジ事件)。85) 東京地判平成 22 年 11 月 22 日(交換ランプ事件)。86) 大阪地判平成 9 年 11 月 27 日 LEX/DB(ローソク包装箱事件)。ただし原告の請求は棄却されている。

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ローソクをいれた箱について原告が「A 箱の基本的な色彩は、濃紺である。B 箱に表示される文字や図柄に使用される色彩は、白、赤、黄、青の四色である。C 箱を構成する六面のすべてが白枠で囲まれている。D 箱の正面は「窓あき」となっていて、収納したローソクが見える。」として包装箱が「出所表示機能」および「自他識別機能」を有していると主張した。 商品の見本について、「刺しゅう糸色番号事件」87)では、刺しゅう糸の色ごとに付された色番号という商品見本には「本件色番号は、つまるところ、単なる 4 桁の数字が色の種類に応じて付されているに止まるから、両者の対応関係には取引上の有用性が存在するものの、個々の色番号自体にいわゆる特別顕著性を認めることはできない」として

「自他識別力(特別顕著性)」あるいは「出所表示機能」は有していないと判示した。 ただし商品形状については、機能的に商品形状の変更が不可避な商品には機能が生じない場合もあり、「ルービックキューブ事件」88)では「出所表示機能」について同種の商品に共通してその特有の機能及び効用を発揮するために不可避的に採用せざるを得ない形態は、同号にいう「商品等表示」に該当しないと解すべきである。」との判示がある。 また、「シルバーアクセサリー事件」89)で、「本件立体的形状は、シルバーアクセサリーというデザイン及びブランドが重視される商品の形態そのものであり、その売上げに寄与すべきもっとも重要な部分であるから、その使用料率は、8%を下回るものではない。そして、商品本体に係る商品等表示の使用料は、出所識別表示機能又は品質保証機能を果たす商標の使用料とは別に算定されるべきである。」と判示しているように、商品等表示の果たす機能は商標の機能とは別の物であるとの考え方もある。

④ コンピュータゲームの画面が商品等表示として認められた事案もあり、「スペースインベーダ事件」90)では、「原告商品の受像機に映し出される前記インベーダーを主体とする各種影像とゲームの進行に応じたこれら影像の変化の態様は、それ自体、商品の出所を表示することを目的とするものではないが、遅くとも昭和五四年一月初めころには、取引上二次的に原告商品の出所表示の機能を備えるに至つたものと認められるのであつて、不正競争防止法第一条第一項第一号の規定にいう「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」として、そのころ我が国において周知になつたものということができる。」と判示してテレビゲームの変化する画像について「出所表示機能」を認めている。 さらに「ファイヤーエンブレム事件」91)でも、一審において「原告ゲームの商品表示の出所識別機能、品質保証機能及び顧客吸引力を害されるおそれがある者として不正競

87) 名古屋地判平成 15 年 7 月 24 日判例時報 1853 号 142 頁(刺しゅう糸色番号事件)。88) 東京地判平成 12 年 10 月 31 日裁判所ウェブサイト(ルーブックキューブ事件)。89) 東京地判平成 20 年 6 月 18 日 LEX/DB(シルバーアクセサリー事件)。90) 東京地判昭和 57 年 9 月 27 日判例タイムズ 477 号 82 頁(スペースインベーダ事件)。91) 東京地判平成 14 年 11 月 14 日裁判所ウェブサイト、東京高判平成 16 年 11 月 24 日裁判所ウェブサ

イト(ファイヤーエンブレム事件)。

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争防止法 2 条 1 項 1 号、2 号の「他人」に該当し、同法に基づく請求の主体となり得るのは、原告任天堂のみであって、原告イズはこれに該当しないというべきである。」と判示してゲーム「出所識別機能」および「品質保証機能」があることを認めている。控訴審では「商品等表示(人の業務に係る氏名、商号、商標、標章、商品の容器若しくは包装その他の商品又は営業を表示するものをいう。)」のなかで「ゲーム影像とその変化の態様は、「その他の商品又は営業を表示するもの」としてその商品等表示性を認められる場合があるが、それ自体が商品の出所表示を本来の目的とするものではないから、ゲーム影像及びその変化の態様が商品等表示と認められるには、当該ゲーム影像及びその変化の態様が、ゲームタイトルなどの本来の商品等表示と同等の商品等表示機能を備えるに至り、商品等表示として需要者から認識されることが必要であると解するのが相当である。」として、コンピュータゲームの影像及びその変化の態様には「商品等表示機能」があると判示している。

 このように、不正競争防止法の商品等表示に係る事案では様々な表示態様に商標と同様の機能が生ずることが判例上認められている。 この中で、①は未登録のマークあるいは標章であり、商標と同様の商品等表示である。②の色彩は、新しいタイプの商標の一つである。しかし「戸車コマ事件」は昭和 41 年であり、当時の商標とはまったく異なる概念である。③の商品形状は立体商標との親和性があるが、「組立式押入たんす事件」が昭和 41 年なのに対し、立体商標は平成 8 年の商標法改正により導入されたものであり、当時の商標とは異なる概念である。④のコンピュータ画面の映像は、新しいタイプの商標の一つである動きの商標あるいは商標法 2 条 1 項 7 号

「映像面を介した役務の提供に当たりその映像面に標章を表示して役務を提供する行為」との親和性があるものの、「スペースインベーダ事件」が昭和 57 年に対して 2 条 1 項 7 号は平成 14 年商標法改正での導入であり、やはり当時の商標とは異なる概念である。 つまり、不正競争防止法の商品等表示は商標と重複する部分(商標、標章)を除き、商標とは別個に機能の存在が認められてきたのである。

(3)商品等表示の構造 商標を包含した商品等表示も機能を有するということから、先に論じた商標の三層構造と同様に商品等表示も階層構造で構成されていると考えられる。そして、その構造と侵害行為への規律を併せると次のようになる。 すなわち、第一階層は「商品等表示となり得るもの」である。これは不正競争防止法 2条の商品等表示の定義と同様である。商標の第一階層と異なる点は、標章を付す、というだけでなく、標章を付さずともそれ自体が商品等表示となり得る商品形状などが含まれることである。そしてこの階層に対する侵害行為は商標の第一階層と同様である。 第二階層は、商品等表示の使用による機能の発生である。機能の発生は判例で認められ

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ている通りである。そして商品等表示は機能の発生により商標の構造と同様、第二階層で知的財産となる。ここで知的財産基本法 2 条 1 項の定義と不正競争防止法 2 条 1 項 1 号の定義が異なっているという問題が生ずる。知的財産基本法では標章や容器、包装を列挙していない。しかし「その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの」として、何らかの商品表示となり得るものを包含する定義となっているため、不正競争防止法の定義を含むものであると考えられる。そのため、第二階層に対する侵害の規律は不法行為

(709 条)が基底であるが、知的財産となったため、知的財産法である不正競争防止法が発動するのである。しかし、不正競争防止法の対象となっている商品等表示は、「周知」あるいは「著名」のものと限られる。したがってそれ以外の商品等表示は不法行為かあるいは別法による保護を求めざるを得ない。そこで不法行為法の特別法である商標法のルートができる。つまり知的財産となった商品等表示は第二階層において、不法行為から商標法、不正競争防止法に分岐するのである。それは商標に限らず商品等表示の本質も機能であり、その機能の保護のために商品等表示の態様により対応する規律が決まるためである。 そして商標ルートによる保護を受ける商品等表示は、商標権という第三階層へ進むが、それ以外の商品等表示は二層構造となる。これも機能が本質である所以であり、自然発生する機能が原則であり、権利は人為的取り決めで例外だからである。つまり標識法の領域は第一・第二階層が基本構造であり、第三階層は補完的な位置付けである。そのため商標法と不正競争防止法という異なる標識法を重畳検討しても構造モデルが成立するのである。 そしてこの構造から明らかなように、商品等表示に対する侵害行為の成立の有無は、商標と同様に機能が発生しているか否かである、つまり前述の商標機能消尽論は、商品等表示消尽論に拡大できるのである。機能が生じないあるいは消滅していれば第二階層は成立せず、知的財産とはならない。故に商品等表示判例でも機能が重要な論点となるのである。

図 2:商品等表示の構造モデル

4.今後の展開:知的財産の構造モデルおよび知的財産機能消尽論の検討

標章 その他の商品等表示

第一階層:商品等表示となり得るもの

不正競争防止法

不法行為

第二階層:商品等表示の機能

商標法

第三階層:商標権

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(1)創作法への機能論の展開 商標に始まり商品等表示の機能論という領域で論じていたのが以上の機能論である。だがそれは従前の商標機能論と同様、標識法の領域内での検討である。したがって、前述の構造はインプルーブメントモデルなのである。 しかし、知的財産の領域内で商品等表示だけが機能を有しているのだろうか。創作法の領域である発明や著作物などにも同様の機能が存在するのではないか。各々に客体が異なる知的財産であっても機能という本質が共通するであるのならば、知的財産の本質論を論じることが可能である。言わば「知的財産機能消尽」という仮説である。 その示唆は前述の商品等表示の判例にみることができる。すなわち、4 つの類型のうち、③の商品形状は、平成 5 年不正競争防止法改正で規律された商品形態模倣行為(2 条 1 項3 号)あるいは意匠法の領域である。④は昭和 60 年著作権法改正で導入されたプログラムの著作物の領域である。特に、旧法下の「他人ノ商品タルコトヲ示ス表示」においてコンピュータゲーム画面を含めたことは、表面的な表示を超えて商品等表示という本質的なものの意味に踏み込んだとも言える。つまり、不正競争防止法による機能論は古い時期から標識法の領域を超えて、知的財産領域へと拡大していたのである。 そのため、商品等表示の構造モデルから創作法への展開、すなわちイノベーションモデルの検討が今後の課題である。それには少なくとも二つの要素について、一つは「創作法の領域においても「使用」が求められる」であり今一つは「創作法の領域においても使用により標識法と同様か共通する機能が発生する」という点の検討が必要である。 「使用」であるが、商標は登録主義・使用主義と言われているが、創作法領域において使用主義は論じられてはいない。しかし、産業の発達 92)あるいは文化の発展 93)という知的財産法の法目的を達成するためには、客体である知的財産の使用(発明の実施や著作物の公表など)が伴わなければ不可能なのである。社会にとって有益な知的財産となるためには、社会において何らかの使用が必要である。使用をしていない権利行使では権利濫用やパテントロールの問題となる。さらに創作法は、場合により権利者よりも正当使用者を保護することもある。すなわち特許法では 79 条(先使用権)、80 条(中用権)、176 条(後用権)である。さらに権利者が使用をしていない場合は、83 条(不実施の場合の裁定実施権)、93 条(公益上必要な場合の裁定実施権)などの規定である 94)。著作権法にはこのような規定はないが、そもそも「著作権の侵害となるためには、著作物に依拠していることが必要である。別個独立してたまたま類似の著作物が創作されたような場合には、これ

92) 特許法 1 条「この法律は、発明の保護及び利用を図ることにより、発明を奨励し、もつて産業の発達に寄与することを目的とする。」(下線は筆者による)。

93) 著作権法 1 条「この法律は、著作物並びに実演、レコード、放送及び有線放送に関し著作者の権利及びこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所産の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、もつて文化の発展に寄与することを目的とする。」(下線は筆者による)。

94) 先使用権等は商標法にも規定があるが、裁定実施権の規定は商標法にはない。

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を利用しても著作権侵害とはならない」95)との説明のとおり、先願の特許出願にのみ権利が付与され当該発明を使用できる特許権とは異なり、著作権の場合は正当に創作をすれば同一・類似の複数の権利が混在して各々に利用ができ得るという相対的な権利なのある。 「機能」についてであるが、創作法領域において、例えば発明や著作物も機能を有すると考えられる。知的財産の創作者が、それをパブリックドメインとはせず自分だけのものとして使用できるのであれば、自他識別機能が発生するのである。なぜならば、創作者は費用や時間をかけて、既存の発明と同じものやありふれた著作物を創作するものではなく、必ず他者が成した創作物とは異なるものを創作する。この時点で創作物には自他識別機能が内在することとなる 96)。そしてその機能から生ずる出所表示機能、品質保証機能、広告宣伝機能のうち、創作法領域でも共通する重要な機能は「品質保証機能」であると考える。出所表示機能あるいは広告宣伝機能とは、標識として表示された結果として生ずるものである。もちろん、発明の名称や著作物の題号など、創作物の表示はある。しかし、製造過程の中間処理方法や機械内部に搭載されたコンピュータプログラムのように、それらが市場の表面には登場しない場合が多々ある。であれば出所表示機能や広告宣伝機能は発動しない。それに対して品質保証機能を共通機能とするのは、品質保証機能こそが知的財産に差止請求という排他性を求める根拠と思われるからである。なぜならば侵害者は特許製品や著作物の偽物の模倣を安易・安価に試みるため、侵害品は真正品に比して粗悪であることが大多数であり、侵害品が真正品よりも優れるような場合は皆無であろう。そして知的財産を使用する保有者にとって、侵害者による粗悪品の流通は自社の真正品に対する信用の失墜のみならず、市場そのものを縮小する恐れがある。したがって、市場から粗悪品

(侵害品)を排除する、それが差止請求の効果であり、その根拠は、真正品の「品質保証機能」によるのである 97)。「品質保証機能は商標の機能のうちで最も重要な機能である」98)

という指摘はまさにこの点を説明していると思われる 99)。であるならば、商品等表示の構造モデルで、機能が発動した第二階層において権利付与法ではない不正競争防止法による差止請求が認められる説明も可能である。知的財産権侵害は知的財産機能侵害を基底としており、第二階層において品質保証機能による差止請求が認められれば、権利を付与した

95) 田村・前掲注 24)48 頁。96) この点については商標などの商品等表示もまったく同じである。しかし、発明や著作物のように開

発費用や制作時間がかかるものについては、先行他者の創作物との重複回避や創作成果の自己独占性はより必要である。

97) この点については、特許法(現行法)制定時に工業所有権制度改正審議会が差止請求における廃棄除去請求に関して侵害品の「引渡し」を認めていたのに対し、立法過程でそれが削除されたことについて「立法側は粗悪品の恐れのある物を市場に流通させることを回避したかったのではないだろうか。」(川上正隆「特許法と差止請求」青山法学論集第 51 巻第 1・2 合併号(2009 年)517 頁)でも品質保証の観点からの問題提起をしている。

98) 平尾・前掲注 6)9 頁。99) 著作権法 20 条(同一性保持権)の規定も著作物に対する品質保証を求めている。また、不正競争

防止法 2 条 1 項 13 号は取引における商品・役務の品質保証を求めている。

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第三階層では差止請求が当然に認められるのである。100) 101)

(2)イノベーションモデルとしての知的財産の構造モデル このように創作法領域にも「使用」により「機能」が生ずるとすると、商品等表示に限らず、創作法領域も含めた知的財産全体が構造モデルでの説明が可能である。102)

 すなわち第一階層「もの」は発明や著作物などの知的に創られたものである。発明の場合は「物」や「方法」であり、著作物の場合は「思想又は感情を創作的に表現したもの」と言える。 第二階層は、その「もの」が「使用」により「機能」が発生する。発明の場合は「実施」であり、著作物の場合は「利用」である。機能が生ずることで、「もの」が「知的財産」となる。この段階で不法行為法による保護あるいは不正競争防止法による保護が可能となる。 そして一定の条件の下、第三階層である「権利」が付与される。特許権あるいは著作権である 103)。 このモデルは標識法領域内の縦方向のインプルーブメントモデルを、創作法領域という横方向に拡げるイノベーションモデルである。しかしこのモデルを構築させるには、第一階層である「もの」が知的財産の共通基盤として必要である。共通基盤から共通機能が自然発生するのである。したがって第二階層までは共通構造となり、それ以降は人為的規律として、権利付与ではない不正競争防止法、さらには権利では共通するものの各々の権利内容が異なる第三階層へと分岐するのである。 とすると第一階層の「もの」とは何かである。共通基盤たるものであるが、この点については「「知的財産法」の名の下に括られている法分野は多肢にわたっているが、これらに共通するのは、「財産的情報」を保護している点である」104)として、「情報」という考え

100) 例えばインクカートリッジ事件(最高判平成 19 年 11 月 8 日判例時報 1990 号 3 頁)は、使用済みのインクカートリッジであり機能を喪失し特許権だけが存する第 3 類型であったが、再生し使用したために機能が復元し第 4 類型となり特許権侵害が成立した、とすると権利消尽ではなく機能消尽の問題として考えることができる。

101) この点については、不正競争防止法の商品等表示では主として「出所表示機能」の判示が多く「品質保証機能」が必ずしも重視されていないこと。また、機能を論じた Callmann も “The importance of the guarantee function has been somewhat overestimated, while the function of advertisement still awaits full recognition and an adequate place in the law.”(Callmann・前掲注 22) p.974.)と指摘しており、今後さらなる検討が必要である。

102) なお、営業秘密について本論では論じていないが、「秘密管理性」、「有用性」、「非公知性」のうち、有用性は直接・間接の使用を前提とした要件であり、秘密管理による非公知という要件は、「秘密である」という品質保証を導くものであると考える。

103) この点については著作権は「思想・感情の表現という著作物を創作した者は、その創作物に対して自然権的な権利を有する」(中山信弘『著作権法』(有斐閣、2007 年)14 頁)という考え方もあるが、権利発生要件として方式主義を採用していた国が無方式主義に移行するなど、結局は人為的取り決めであり自然権ではないと考える。

104) 中山・前掲注 55)6 頁。

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方がある。商品等表示は需要者に対する情報であり、発明や著作物は創作内容を可視化した情報とも捉えられる。しかしすべての情報が知的財産となるものではなく、個人情報

(プライベートな情報で財産権ではなく人格権と考えられている)や公序良俗に反する情報など知的財産になり得ない情報もある。そのため「知的財産法とは、ある種の情報に対して権利を付与して保護する法制を中心に、その周辺領域を含んだもの」105)であり、「その整理は今後の学説の発展を待たねばならない」106)として未解決である。 しかし、知的財産たる情報とは、少なくとも「何らかの知性の塊」のはずである。つまり、現時点では知的財産の構造モデルは

 第三階層:Intellectual Property Right 第二階層:Intellectual Property 第一階層:Intelligence Thing

 とまでは言える。では知的財産の前段階の「Intelligence Thing」とは何か、その解明が今後の検討課題である。 以上

105) 中山・前掲注 55)6 頁。106) 中山・前掲注 55)6 頁。

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投資者救済に向けての金融商品取引法 185 条の 13 の活用

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【目次】はじめに

第1章 IHI 粉飾決算被害事件 第1節 双方の主張および決定要旨 第2節 問題の所在  1 課徴金調査の法的性格  2 検査報告書の法的性格 

投資者救済に向けての金融商品取引法 185 条の 13 の活用

Practical Use of Financial Instruments and Exchange Act Article 185-13 for Investors’ Relief

千代島 道生*

要約証券不祥事における投資者救済に関しては、金商法 1 条に投資者を保護する規定があるもの

の、まだまだ不十分であるといえよう。金商法 185 条の 13(事件記録の閲覧等)を、金商法上の損害賠償請求訴訟において活用できないものかと論じたものである。

金商法 185 条の 13 がはじめて適用された事例が、IHI 粉飾決算被害事件における東京地裁決定のみである。しかしながら、適用されたとはいうものの、一部は否認されている。

そこで、第1章において、IHI 粉飾決算被害事件とは如何なるものなのか、そして当該事件の問題の所在を、証券取引等監視委員会が行うところの課徴金調査の法的性格、および証券取引等監視委員会が課徴金調査の結果をまとめて作成した検査報告書の法的性格、さらには民事訴訟法 220 条 4 号ロ所定の除外文書における「公務員の職務上の秘密に関する文書」および

「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」とは如何なるものなのかを、IHI 粉飾決算被害事件の裁判例を中心に論じている。

次に、第2章において、筆者は、IHI 粉飾決算被害事件における東京地裁決定は、部分的ではあるが投資者救済に向けて、金商法 185 条の 13 が活用できる途を開いたものとして評価している。

今後、金商法 185 条の 13 を活用した投資者救済のためには、検査報告書の公開は最重要課題であり、このため、検査報告書の公開を前提とした抜本的見直しを行うべきであると論じている。

また、課徴金調査は任意調査といわれているが、金商法 205 条の 3 第 1 号により、事件関係人または参考人には罰則規定があるため、間接的には課徴金調査に応じることを強制されているので任意調査とはいえないと指摘している。

最後に、実際上、金商法 185 条の 13 の射程範囲に関して、立案担当者の考え、さらには独占禁止法 70 条の 15(事件記録の閲覧謄写等)を対比することにより、射程範囲がどこまであるのかを論じている。

*青山学院大学大学院法学研究科ビジネス法務専攻博士後期課程院生。

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  3 民事訴訟法 220 条4号ロ所定の除外文書   (1)公務員の職務上の秘密に関する文書   (2)公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの

第2章 金融商品取引法 185 条の 13 の活用 第1節 証券取引等監視委員会の調査権限および検査報告書の見直し  1 調査権限  2 検査報告書の見直し 第2節 イン・カメラ審理の必要性 第3節 金融商品取引法 185 条の 13 の射程範囲

おわりに

はじめに

 青山ビジネスロー・レビュー第 2 巻第 1 号において、投資者救済に関して金融商品取引法(以下「金商法」という。)185 条の 13(事件記録の閲覧等)を活用することを提案させていただいた。しかしながら、第 2 巻第 1 号においては、誌面の都合上詳細にわたって論じることができなかったこともあり、今回(第 2 巻第 2 号)は、金商法 185 条の 13 のみに焦点を当て、当該規定をもっと活用すべきであるとの立場から、再度詳細に論じることとした。 早いもので、「証券取引法等の一部を改正する法律」(平成 18 年法律第 65 号)および

「証券取引法等の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律」(平成18 年法律第 66 号)により、証券取引法の全部改正として 2006 年に成立した金商法が2007 年 9 月 30 日に完全施行されてから 5 年が経過した。その間、2008 年、2009 年、2010 年、2011 年、2012 年 1)と毎年改正が実施され、今日に至っている。金商法は、規制対象の複雑さはもとより不祥事の多発により、施行以来、毎年改正が繰り返えされてきている。難解といわれる金商法ではあるが、今日においては産業法の中核をなすまでに至ったといえよう。 2006 年改正による金商法のポイントは、金商法 1 条で示している通り、投資者の保護

1) 平成 24 年 3 月 9 日に、「金融商品取引法等の一部を改正する法律案」が第 180 回国会に提出され、同年 9 月 6 日に成立。改正法案の具体的内容は、①「総合的な取引所」の実現に向けた制度整備、②店頭デリバティブ取引等の公正性・透明性の向上、③適切な不公正取引規制の確保(課徴金制度の見直しとして、虚偽開示書類等の提出等に加担する行為に対する課徴金の適用、不公正取引に関する課徴金の対象拡大、課徴金の調査において違反者等に出頭を命ずる権限の追加。さらに、インサイダー取引規制の見直しとして、企業の組織再編に係るインサイダー取引規制の適用除外、具体的には事業譲渡による保有株式の承継についてインサイダー取引の危険性が低い場合は適用除外とし、また合併等の対価としての自己株式の交付に関しては新株発行と同様に適用除外とする。)(金融庁 <http://www.fsa.go.jp/> アクセス:2012 年 12 月 21 日)。

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に資することであった。すなわち、金商法 1 条の精神を受け、投資者を保護する条文が規定されることとなった。しかしながら、保護するといってもまだまだ不十分であることも事実であろう。 筆者が、金商法 185 条の 13 をテーマにした理由は、損害賠償請求訴訟で金商法 185 条の 13 の適用が認められた事例が、IHI 粉飾決算被害事件の 1 件に過ぎないからであった。課徴金適用事例が年々増加傾向にありながら、損害賠償請求訴訟において投資者が因果関係を立証することはまだまだ不十分であるといわざるを得ない状況の中で、証券取引等監視委員会(以下「証券監視委」という。)が課徴金適用にあたって収集した情報等が、何故金商法上の損害賠償請求訴訟に活用することができないのか不思議でならない。証券訴訟において、損害賠償請求訴訟の提起が低調であった一因として、損害賠償請求訴訟の原告となる投資者にとって、有価証券の虚偽記載の事実を立証するための証拠収集が困難であったことが挙げられよう。 したがって、証券監視委による調査、摘発等の強化という流れの中で、筆者は、金商法185 条の 13 の規定は、今後増加することが予想されるであろう課徴金審判事件の記録(以下「検査報告書」という。)を、投資者の損害賠償請求訴訟において活用することは可能であると考えており、今後、金商法 185 条の 13 を活用するにあたり、検討素材を IHI 粉飾決算被害事件とし、併せて民事訴訟法(以下「民訴法」という。)220 条 4 号ロに関連する裁判例を概観しながら、金商法 185 条の 13 の活用について論じていくこととする。 また、IHI 粉飾決算被害事件において、公務員の職務上の秘密に関する文書に関しての

「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるか否か」の判断に際し、民訴法 223 条 6項のインカメラ手続、すなわち、イン・カメラ審理 2)を採用して、民訴法 220 条 4 号ロの公務秘密文書の除外事由の有無の判断をした東京地裁決定は興味深いといわざるを得ない。

第1章 IHI 粉飾決算被害事件

 本件は、被告 IHI 社(旧石川島播磨重工)が、関東財務局長に対して提出した 2006 年9 月中間期半期報告書および 2007 年 3 月期有価証券報告書中において、重要な事項に係る虚偽記載があり、申立人らが流通市場または発行市場において、本件虚偽記載に係る情報を信用して、IHI 社の株式を取得したことにより損害を被ったとして、IHI 社に対して、流通市場で取得した申立人らは金商法 21 条の 2 および 19 条に基づき、発行市場で取得した申立人らは、金商法 18 条および 19 条に基づき、損害賠償請求訴訟を提起した事案である。 そして、本件は、内閣総理大臣および金融庁長官に対して、基本事件の当事者ではない

2) イン・カメラ審理とは、裁判所だけが文書等を直接見分ける方法により行われる非公開の審理をいう。イン・カメラ審理は米国の裁判所で実施されていた審理方式である。詳細は後述。

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相手方(国)が所持するところの、証券監視委が課徴金納付命令を発出するよう勧告を行った際の検討過程および検討結果を記載した書面である検査報告書について、民訴法220 条 4 号ロによる文章提出義務の有無が争点となった事案でもある。すなわち、証券監視委が課徴金調査の結果をまとめて作成した検査報告書が、民訴法 220 条 4 号ロ前段に規定する「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当するのかどうかが争われた事案である。 東京地裁は、検査報告書全体については、提出により、民訴法 220 条 4 号ロ後段に規定する「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがない」として、国に対して、一部を除いて提出するよう命令したのである 3)。 では、双方の主張を概観し、IHI 粉飾決算被害事件が提起したものが如何なるものなのか、また問題点等を詳細にわたり検証していくこととする。

第1節 双方の主張および決定要旨【申立人の主張】(1)本件文書は、基本事件の被告株式会社 IHI(以下「IHI」という。)に対する課徴金審判手続開始決定の根拠となる違反事実および課徴金計算の基礎となる事実を証する資料であり、原則公開で行われる審判手続(金商法 182 条)に提出され、利害関係人の閲覧または謄写の対象となり(金商法 185 条の 13)、公にされることが予想されていた文書であるから、公務員の職務上の秘密に関する文書ではない。

(2)IHI に対する課徴金手続は既に終了しており、IHI に対する課徴金手続について今後の公務の遂行への支障が生ずることはあり得ない。調査対象者の関心は情報が公開されるか否かに尽き、いかなる手続で公開されるかは関心の対象ではなく、調査対象者は課徴金審判手続等において、自己の氏名、聴取内容が公にされる可能性があることを認識している以上、他の手続で公にされることは任意の協力を躊躇させる理由にならない。IHI の役職員、監査法人関係者についても同様である。検査忌避等に対する罰則の適用が可能である以上、調査対象者が安易に検査忌避等をすることは考え難く、検査忌避等に対して積極的に告発をしないまま調査への影響を理由に文書の開示を拒否することは許されない。具体的な工事名については、既に IHI から明らかにされており、証券監視委から提出された2009 年 10 月 30 日付け回答書別紙の一覧表の項目番号 3 においても明らかにされている。取引相手先についても IHI により明らかにされている。課徴金審判手続等において公にされる可能性のある本件文書において、課徴金調査の潜脱が横行する可能性のある情報が記載されていることはあり得ない。

3) 東京地決平成 22 年 5 月 6 日金判 1344 号 30 頁。

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【相手方の主張】(1)公務員の職務上の秘密に関する文書であることについて 本件文書は、委員会が IHI および同社役員ならびに関係会社等から聴取した内容および徴求した資料に基づくものであり、国家公務員が課徴金調査事務に関して知ることのできた非公知の事項に関する文書というべきであり、これを公表することは、適正な課徴金調査事務の円滑な遂行に支障を来すおそれが高いなど、秘密として保護するに値するものであるから、いわゆる実質秘に該当し、「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たる。

(2)提出による公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあることについて 検査忌避等に対する罰則の適用は悪質な事例に限られ、課徴金調査が任意の調査として行われている以上、本件文書の提出によって、課徴金納付命令に関する場以外においてその内容が公開されることはないという調査対象者(本件の調査に協力した IHI および同社役員ならびに同社との取引先会社)の信頼が損なわれると、任意の調査に対する積極的な協力を得難くなることから、「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある場合」に該当し、本件文書の全体について文書提出義務はないというべきである。仮に本件文書全体については文書提出義務がないといえないとしても、少なくても、次の各部分については、

「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」場合に該当するから、開示対象から除かれるべきである。 ①本件文書中には、質問調査に応じた個人の氏名ならびに不適正な会計処理が行われていた具体的な工事名および取引相手先が記載されている部分が存在するところ、当該部分が明らかにされると、個人情報に関する個人の権利利益および法人の営業上の利益が害され、今後、調査対象となり得る者からの任意の協力が得られなくおそれがある。また、本件文書中には、IHI の役職員から質問調査において聴取した内容を引用している部分が存在するところ、当該部分が明らかにされると、課徴金納付命令に関する場以外において、その内容が公開されることはないという信頼が害され、今後、任意の協力を求めることが困難となり、公務の遂行に著しい支障が生ずることになる。 ②本件文書中には、課徴金調査の参考人である監査法人関係者に対して行った質問調査の内容を引用している部分が存在するところ、当該部分が明らかにされると、開示行政に関して全般的な協力関係にある委員会と監査法人間において、監査法人が有する課徴金納付命令に関する場以外において、その内容が公開されることはないという継続的な信頼が害され、今後の検査全般において任意の協力が得られなくなるなど、公務の遂行に著しい支障が生ずることになる。 ③本件文書中には、検査の端緒、検査経過等の課徴金調査手法に関する情報や、委員会の判断に関する情報が存在するところ、このような情報が知れ渡ると、課徴金調査の潜脱が横行し、課徴金調査の実効性が損なわれるおそれがある。

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【裁判所の判断】1.証拠調べの必要性について 一件記録によれば、本件文書は、本件届出書等に虚偽記載があり、IHI が金商法 172 条1 項、172 条の 2 第 1 項および第 2 項に違反する行為を行っていたとして、委員会が、内閣総理大臣および金融庁長官に対し、金融庁設置法 20 条 1 項に基づき、課徴金納付命令を発出するよう勧告を行った際の検討過程および検討結果を記載した書面であることが認められるところ、前記のような概要である基本事件における本件文書の証拠価値は相当に高いということができ、その取調べの必要性があるものと考えられる。

2.民訴法 220 条 4 号ロ所定の除外文書に該当するか否かについて(1)公務員の職務上の秘密に関する文書であるか否かについて 民訴法 220 条 4 号ロにいう「公務員の職務上の秘密」とは、公務員が職務上知り得た非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解され、公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく、公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって、それが本案事件において公にされることにより、私人との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると解される(最高裁平成 17 年(許)第 11 号同 17 年 10 月 14 日第三小法廷決定・民集 59 巻 8 号 2265 頁)。 一件記録およびインカメラ手続の結果によれば、本件文書は、委員会において実施した課徴金調査の結果をとりまとめた検査報告書であり、①委員会が、IHI および同社役員ならびに関係会社等から聴取した内容、提供を受けた資料からの情報等(以下「①の情報という。」および②委員会が、IHI について検査を開始するに至った端緒、検査経過、課徴金納付命令を発出するよう金融庁長官等に勧告するかどうかを決する検討過程に関する情報(以下「②の情報」という。)が記載されているものであり、かつ、委員会において機密として不開示として扱い、公表を予定していないものであることが認められる。①の情報にかかる部分は、IHI および同社役員ならびに関係会社等にとっての私的な情報、すなわち公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密にかかる情報であり、これが本案事件に提出されることにより、調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなることが認められる。また、②の情報にかかる部分は、行政内部の意思形成過程に関する情報であり、公表を予定していないものであるから、公務員の所掌事務に属する秘密が記載されたものであると認められる。 したがって、本件文書は、民訴法 220 条 4 号ロ所定の「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たると考えるのが相当である。

(2)提出により公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるか否かについて ア.相手方は、本件文書を提出することにより、調査に協力した関係者との信頼関係が損なわれ、今後、課徴金調査に対する協力が得られなくなることを理由に「公務の遂行に

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著しい支障を生ずるおそれがある」と主張する。 民訴法 220 条 4 号ロにいう「その提出により公共の利益を害し、または公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは、単に文書の性格から公共の利益を害し、または公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容から見てそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であると解される(前掲最決)。 一件記録およびインカメラ手続の結果によれば、本件文書には、①の情報が記載されているものであるが、これは後記ウの部分を除いては、各関係人から聴取した内容がそのまま記載されたり、引用されたりしているわけではなく、調査担当者がその判断により聴取内容を取捨選択してその分析評価と一体化させて記載したものであること、本件の課徴金調査は任意の調査として行われているが、調査対象者が、虚偽の報告や検査の忌避等を行った場合には罰則の定めもあること(金商法 205 条 5 号、6 号)が認められる。 そうすると、本件文書に記載された①の情報のうち、後記ウの部分を除いた部分は、これを提出することによって、調査に協力した関係者との信頼関係が著しく損なわれることになるとはいえないとし、今後、調査対象となる関係者から調査に対する協力を得ることが著しく困難になるということもできないから、上記の理由で本件文書の全体について、その提出によって公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在するということはできない。 イ.また、相手方は、本件文書中には、委員会の判断に関する情報が存在し、開示されると課徴金調査の潜脱が横行し、課徴金調査の実効性が損なわれることを理由として、

「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」と主張する。 一件記録およびインカメラ手続の結果によれば、本件文書には、②の情報が記載されているものであるが、このうち、課徴金納付の対象とするための法令条文の解釈、事案の条文への当てはめ、課徴金額の算定等は、委員会の公表した資料において既に明らかになっていることが認められる。 そうすると、本件文書に記載された②の情報のうち、後記エの部分を除いた部分は、これを提出することによって、委員会の判断が不当に拘束されるおそれがあるとはいえないし、課徴金調査が潜脱されたり、課徴金調査の実効性が損なわれるおそれがあるということもできないのであるから、上記の理由で本件文書の全体について、その提出によって公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが具体的に存在するということはできない。 ウ.インカメラ手続の結果によれば、本件文書中には、個人から質問調査において聴取した内容を引用している部分(別紙除外部分目録記載 3 の部分)および課徴金調査の参考人である監査法人関係者に対して行った質問調査の内容を引用している部分(別紙除外部分目録記載 4 の部分)があることが認められるところ、調査に協力した調査対象者としても、供述内容が引用されて課徴金納付命令に関する場以外において公開されることはないものと信頼していたと推認することができ、このような信頼関係が害されることは、今後

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の調査において任意の協力を求めることが著しく困難となり、公務の遂行に著しい支障が生ずることになるということができる。 したがって、本件文書中、別紙除外部分目録記載 3 および 4 の部分は、文書提出命令の対象とならない。 エ.インカメラ手続の結果によれば、本件文書中には、IHI にかかる課徴金調査について、検査の端緒および調査の経過を記載した部分(別紙除外部分目録記載 1 および 2 の部分)があり、これらの部分の記載内容から、委員会が調査を開始する端緒の事象、委員会の調査体制および調査手法に関する情報を得ることができることが認められ、委員会の判断に関する情報として、課徴金調査の対象としなかったことに関する情報を記載した部分

(別紙除外部分目録記載 5 の部分)があり、この部分の記載内容から、委員会が、課徴金調査の対象としない事象がどのようなものであるかに関する情報を得ることができることが認められる。 そうすると、これらの部分が開示されることにより、このような情報が広く知れ渡ることになれば、課徴金調査が潜脱され、課徴金調査の実効性が損なわれるおそれがあり、公務の遂行に著しい支障が生ずることになるということができる。 したがって、本件文書中、別紙除外部分目録記載 1、2 および 5 の部分は、文書提出命令の対象とならい。 オ.なお、相手方は、本件文書中の、不適正な会計処理が行われていた具体的な工事名および取引相手先が記載されている部分についても、開示されると、公務の遂行に著しい支障が生ずることになると主張しており、インカメラ手続の結果によれば、本件文書中には、かかる情報が記載されている部分が存在することが認められるものの、具体的な工事名および取引相手先については、基本事件において IHI が具体的な工事名、取引相手先を摘示して反論中であり(IHI の第 3 ないし 5 準備書面、第 7 ないし 9 準備書面および第 11準備書面)、また、委員会から提出された平成 21 年 10 月 30 日付け回答書別紙の一覧表の項目番号 3 においても明らかにされており、本件文書中の上記部分を開示することによって、取引先の利益を新たに害することはないのであるから、かかる部分は文書提出命令の対象となる。

3.以上によれば、本件申立てのうち、別紙除外部分目録記載の部分を除く本件文書については理由があるから、これを認容することとし、申立人らのその余の部分に関する申立てについては理由がないから、これを却下する。

 以上の通り、申立人の主張、基本事件の当事者ではない相手方(国)の主張、および東京地裁の決定要旨を概観してきたが、基本事件の被告であるところの IHI 社は、金融庁の原則公開で行われる審判手続において、課徴金賦課の虚偽記載を認める旨の答弁書を提出し、既に約 16 億円の課徴金を納付しているものの、一般株主からの損害賠償請求訴訟に

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おいては、「有価証券報告書等には虚偽記載はなかった」と反論しているのである 4)。 IHI 粉飾決算被害事件の構図は、一般株主が有価証券報告書等への虚偽記載があったことを明らかにするため、国が所持するところの検査報告書への文書提出命令の申立てを行い、東京地裁が一部を認容したというものである。すなわち、①証券監視委が課徴金調査の結果をまとめて作成した検査報告書が、民訴法 220 条 4 号ロ前段に規定する「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たるとされ、②検査報告書全体については、提出により、民訴法 220 条 4 号ロ後段に規定する「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは認められないとし、一部を除いて提出を認めたものである。 したがって、国が主張するところの民訴法 220 条 4 号ロ前段に規定する「公務員の職務上の秘密に関する文書」において、民訴法 220 条 4 号ロの提出免除事由は一部を除いて認容されなかったということである。検査報告書の一部を除いては、IHI 社の証言がそのまま記載されたり、引用されたりはしていなくて、調査担当者の判断により聴取内容を取捨選択して分析評価と一体化させて記載したものであると認定し、さらに課徴金納付勧告を妥当とする証券監視委の意思形成の判断過程は含まれていないと認定したうえで、文書提出を認めたものであると考えられよう。 また、東京地裁は、民訴法 220 条 4 号ロ後段に規定する「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは、単に文書の性格から公共の利益を害し、または公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容からそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であるとしたのである。また、このような判断をしたのは、当時の情報公開制度見直し機運が影響していたのではないかとも推測ができよう。 そして、注目すべきことは、IHI 粉飾決算被害事件において、東京地裁が、イン・カメラ審理を採用していることであろう。

第2節 問題の所在 IHI 粉飾決算被害事件において問題にすべきことは、IHI 社が課徴金納付命令に対しては異議の申し立てをすることもなく、被害者からの損害賠償請求訴訟に対してだけ粉飾決算を否認しているという二重構造にあるのではないだろうか。IHI 社が、課徴金調査時において粉飾決算がなかったと主張していたのであれば、このような事態になることもなかった筈であろう。IHI 社のこのような姿勢に対しては不可解極まりなく、さらには被害者等が不信感を抱くことは当然のことである。 そこで、東京地裁決定における重要問題が如何なるものかにつき提示することにしたい。大きく分類すると、①課徴金調査の法的性格、②検査報告書の法的性格、③民訴法 220 条4 号ロ所定の除外文書の規定である。

4) IHI 粉飾決算被害事件弁護団 <http://www.ihi-higaibengodan.jp/>(アクセス:2012 年 6 月 6 日)。

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1 課徴金調査の法的性格 金商法 177 条(報告の徴取及び立入検査)は、課徴金にかかる事件の処分のための調査権限を規定した条文である。課徴金調査は裁判所から令状を得て行う強制調査ではなく、対象者の協力を得て行う任意調査であるとされるが 5)、この理由は課徴金制度が金銭的な行政上の措置であるからであろう。また、課徴金調査に伴う検査権限は、金商法 190 条 2 項が規定する通り犯罪捜査のために認められたものではない。ただし、刑事訴訟法 239 条 2 項において、公務員にはその職務上知り得た犯罪については、これを告発する義務が課されていることから、行政上の目的で行った検査の結果、たまたま犯罪の端緒を把握した場合には告発するか、あるいは犯罪捜査の権限を有する部署に情報を伝達する必要があるとされている 6)。 したがって、金商法 190 条 2 項が規定する通り、当該検査権限は、課徴金賦課等の行政目的のために認められた行政調査権限である 7)。同条 2 項に規定する検査は、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を有するものではないため、裁判所からの令状が要求されておらず、検査の相手方に自己負罪拒否特権が認められていないとしても、憲法 35 条 1 項および 38 条 1 項には違反することはないと解するべきであろう 8)。 他方、犯罪捜査を目的として、同条 2 項に規定する検査を行った場合には、その調査は違法というべきであり、このようにして得られた資料は刑事訴追のために使用することはできないというべきである。 以上のことから、課徴金調査の法的性格は明らかに行政調査であるということができよう。また、課徴金調査は、行政調査としての法的性格において証券検査と共通するものであり、証券監視委の「証券検査に関する基本指針」(2012 年 7 月)の趣旨は課徴金調査に

5) 前掲注 3)。河本一郎=関要監修『逐条解説証券取引法』(商事法務、2008 年)1396 頁、ただし対象者は受忍義務があると解されている。

6) 河本=関・前掲注 5)1458 頁。7) 河本=関・前掲注 5)1458 頁。8) 最大判昭和 47 年 11 月 22 日刑集 26 巻 9 号 554 頁。当該事案は、所得税法違反事件で、いわゆる「川

崎民商事件」と呼ばれているものである。最高裁は、所得税法(昭和 40 年法律第 33 号による改正前のもの)63 条、70 条 10 号に規定する検査は、もっぱら所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であって、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないと判示した。そして、最高裁は、憲法 35 条 1 項に関して、当該手続、すなわち、同 63 条、70 条 10 号に規定する収税官吏の検査は、刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が、憲法 35 条 1 項による保障の枠外にあることにはならないと判示した。また、憲法 38 条 1 項による保障は、純然たる刑事手続以外においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にはひとしく及ぶものであると判示した。

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も該当するといえよう 9)。 とはいうものの、事件関係人および参考人には調査協力義務があり、これらの者が金商法 190 条 1 項に基づく調査に協力しない場合には別途罰則が規定されている。金商法 205条の 3 第 1 号において、金商法 177 条 1 号の規定による事件関係者または参考人は受忍義務に違反して、陳述をせず、虚偽の陳述をし、または報告をせず、もしくは虚偽の報告をした者は 20 万円以下の罰金に処せられる。また、同条 2 号の規定による検査を拒み、妨げ、または忌避した者は、金商法 205 条 6 号により 6 月以下の懲役もしくは 50 万円以下の罰金、または併科に処せられる。このようなことから、これらの者は調査協力しなければならない状態にあるといえよう。 このような状況からして、課徴金調査は果たして任意調査であるといえるのであろうか。以上の罰則の威嚇により間接的に調査を受諾することを、これらの者は強制されていることからして、任意調査ではなく行政上の強制調査というべきであろう 10)。

2 検査報告書の法的性格 前述の通り、検査報告書は、内閣総理大臣および金融庁長官に対し、証券監視委が課徴金納付命令を発出するよう勧告を行った際の検討過程および検討結果を記載した書面である。このことは、IHI 粉飾決算被害事件において東京地裁も認容しているところでもある。そして、東京地裁は、IHI 粉飾決算被害事件における検査報告書の証拠価値は、相当に高いものであることも認容している。 では、検査報告書の法的性格とは如何なるものであろうか。はっきりしていることは、証券監視委の職員、すなわち公務員が作成した重要書類であることは間違いないことである。IHI 粉飾決算被害事件から推測できるように、証券監視委の考えは、あくまでも検査報告書は内部資料として作成したものであり、外部への公開を前提として作成されたものではないとし、如何なることがあっても公開すべきではないとの立場にある。証券監視委は、何故公開することを拒否するのであろうか。証券監視委は、今後の課徴金調査の信頼性確保を維持することのみに終始し、検査報告書を投資者救済に活用することなどは全く感じられないことである。仮に、今後公開することが想定されるのであれば、証券監視委としては記載内容等の転換を図る必要性に迫られることになろう。 東京地裁は、検査報告書が民訴法 220 条 4 号ロ前段に該当するか否かにつき、「公務員の職務上の秘密に関する文書」に当たると考えるのが相当であると認定している。その理

9) 松尾直彦「証券取引等監視委員会と情報伝達規制のあり方」商事法務 1979 号(2012 年)20 頁。松尾直彦氏は、この中で、調査官の心構えとして、①適正な手続の尊守(適切な手続に基づきその権限の行使を行うよう常に留意して調査を遂行)、②信用保持(常に品位と信用を保持するよう努め、調査遂行に当たって知り得た秘密を漏らしてはならない)、③実態の把握(常に穏健かつ冷静な態度を保ち、相手方の説明および答弁を慎重に聴取し、正確な実態を把握して事実を解明するように努めなければならない)に留意する必要があると指摘する。

10) 宇賀克也『行政法概説Ⅰ 行政法総論』(有斐閣、2011 年)148 頁。

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由として、民訴法 220 条 4 号ロ前段が規定している「公務員の職務上の秘密」とは、「公務員が職務上知りえた非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解され、公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく、公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって、それが本案事件によって公にされることにより、私人との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれると解される」と判示し、最高裁平成 17 年(許)第 11 号同 17 年 10 月 14 日第三小法廷決定・民集 59 巻 8 号 2265 頁 11)を引用した形となっている。 以上のことから、検査報告書は、「公務員の職務上の秘密に関する文書」であると解することが妥当というべきであろう。

3 民事訴訟法 220 条 4 号ロ所定の除外文書 2001 年法律第 96 号による改正後の民訴法 220 条 4 号ロは、公務文書(公務員または公務員であった者がその職務に関し保管し、または所持する文書)の提出義務を一般義務化する一方、公務員が守秘義務を負うべき実質秘に係る事項を記載した公務秘密文書を除外文書とする旨規定している 12)。 民訴法 220 条 4 号の趣旨は、文書を所持する当事者または第三者の文書提出義務の範囲について規定したものである。文書の証拠としての重要性に鑑み、民事訴訟における真実発見を図るため、民訴法は 220 条以下で文書提出命令の制度を用意し、強制力をもって民事訴訟における証拠資料に供する途を設けたものである 13)。 立案担当者は、民事訴訟における文書提出命令制度の拡充を図った「民事訴訟法の一部を改正する法律」14)に関して、公務員または公務員であった者がその職務に関し保管し、または所持する文書の提出義務の範囲およびその提出義務の存否を判断するための審理手続等について、行政情報公開制度 15)との整合性にも配慮した新たな規律を設けたものであ

11) 当該事案は、金沢労働基準監督署において作成された災害調査復命書のうち、行政内部の意思形成過程に関する情報に係る部分は民訴法 220 条 4 号ロ所定の文書に該当するが、労働基準監督官等の調査担当者が職務上知ることができた事業者にとっての私的な情報に係る部分は同号ロ所定の文書に該当しないとされた事例である。

12) 東京地決平成 18 年 9 月 1 日金判 1250 号 14 頁。13) 菊井維大=村松俊夫原著『コンメンタール民事訴訟法Ⅳ』(日本評論社、2010 年)372 頁。14) 「民事訴訟法の一部を改正する法律」は、平成 13 年法律第 96 号として、2001 年 6 月 27 日に国会

で成立、同年 12 月 1 日に施行。15) 行政文書の開示請求制度を新たに創設することを目的とした「行政機関の保有する情報の公開に関

する法律」は、1999 年 5 月 14 日に国会で成立し、2001 年 4 月 1 日施行。行政情報公開法に基づく行政情報公開制度は、国民主権の理念にのっとり、行政文書の開示を請求する権利につき定めること等により、行政機関の保有する情報の一層の公開を図り、もって政府の有するその諸活動を国民に説明する責務を全うされるようにするとともに、国民の的確な理解と批判の下にある公正で民主的な行政の推進に資することを目的とし(行政情報公開法 1 条)、行政機関の長による行政処分として行政文書の開示・不開示の処分を行う制度であるから、民訴法上の文書提出命令制度とは趣旨・目的を異にするものである。深山卓也ほか「民事訴訟法の一部を改正する法律の概要(上)」ジュリスト 1209 号

(2001 年)108 頁。

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ると説明している 16)。 民訴法 220 条 4 号は、文書提出義務を一般義務化し、提出義務が認められるかどうかは同号に規定されている除外事由の有無によって決することになる。 裁判所は、検査報告書が「公務員の職務上の秘密に関する文書」であるか否かについて、監督官庁の意見について相当の理由があると認めた場合には文書提出命令の申立てを却下することができるが、相当の理由があると認めるに足らないと判断した場合には、民訴法220 条 4 号ロの該当性の審理・判断をすることになる。 前述の通り、民訴法 220 条 4 号ロは公務秘密文書を規定するものであり、2001 年民訴法改正により、新たに導入されたものであり、対象文書が①公務員の職務上の秘密に関するもの(公務秘密性要件)で、②その提出により公共の利益を害し、または公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの(公共利益侵害・公務遂行阻害性要件)は、文書提出義務からは除外されている 17)。 公務秘密性要件に該当するためには、①公務員が職務上知り得た秘密であること、②非公知の事項であること、③実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものであることを満たす必要がある。

(1)公務員の職務上の秘密に関する文書 前述の通り、検査報告書が「公務員の職務上の秘密に関する文書」であるか否かについて、東京地裁は、民訴法 220 条 4 号ロに規定する「公務員の職務上の秘密」とは、公務員が職務上知りえた非公知の事項であって、実質的にもそれを秘密として保護するに値すると認められるものをいうと解され、公務員の所掌事務に属する秘密だけでなく、公務員が職務を遂行する上で知ることができた私人の秘密であって、それが本案事件において公にされることにより、私人との信頼関係が損なわれ、公務の公正かつ円滑な運営に支障を来すこととなるものも含まれと解されるとしている(最高裁平成 17 年(許)第 11 号同 17年 10 月 14 日第三小法廷決定・民集 59 巻 8 号 2265 頁)。すなわち、前掲最決は非公知性と要保護性を要求する実質秘説に立っているといえよう。 前掲最決は、公務員の職務上の秘密には公務員が職務上知り得た私人の秘密も含まれるが、職務上の秘密に当たるのは、公務の公正かつ円滑な運営に支障をきたすことになるものに限られるとした。 前掲最決後の下級審裁判例として、基本事件の当事者ではない国が所持する公正取引委員会(以下「公取委」という。)が作成した調査対象者の供述調書につき、民訴法 220 条4 号ロ前段の「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当するとされた事例がある。東京地裁は、「本件談合についての独占禁止法違反事件は、公開の手続である審判手続に至

16) 深山ほか・前掲注 15)102 頁。17) 菊井=村松・前掲注 13)394 頁。

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ることなく勧告審決がされ、課徴金納付命令に対しても審判手続開始の請求がされていないのであるから、本件各文書に記載された内容は、公取委の職員が職務上知り得た非公知の事項であって、実質的にも秘密として保護に値するものというべきである」とし、本件各文書は、民訴法 220 条 4 号ロ前段に規定する「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当すると解するのが相当であると判示している 18)。

(2)公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの 前掲最決は、「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」とは、単に文書の性格から公共の利益を害し、または公務の遂行に著しい支障を生ずる抽象的なおそれがあることが認められるだけでは足りず、その文書の記載内容から見てそのおそれの存在することが具体的に認められることが必要であるとあとした上で、「調査担当者が職務上知ることができた(中略)被告会社にとって私的な情報」については、(a)聴取内容がそのまま記載・引用されているわけではないこと、(b)調査担当者には強制的権限があり、罰則もあるとことから、公務遂行支障性が具体的に認められるとはいえないとした。(a)(b)何れかが欠ければ直ちに公務遂行支障性が否定されるわけではないであろうが、(a)については、聴取内容がそのまま記載・引用されていること、聴取に応じた者が誰であり、どのようなことを供述したかが直接明らかになることから、関係者の信頼を著しく損ない、公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあると認められやすいと考えられる 19)。 前掲最決後の下級審裁判例として、基本事件の当事者ではない国が所持する、公取委が作成した調査対象者の供述調書につき、民訴法 220 条 4 号ロ後段の該当性を否定した事例がある 20)。当該事例に関しては、東京地裁は、独占禁止法違反事件の調査過程で得られた供述人の供述調書について証拠調べの必要性を認め、併せて証拠調べの必要性が認められた供述調書が民訴法 220 条 4 号ロ所定の文書に該当しないとし、すなわち、本件各文書は

「公務員の職務上の秘密に関する文書に」該当するが、現段階において本件各文書を開示しても、いわゆる独占禁止法違反事件の調査について関係者等の協力を得られなくなるなど具体的に公正取引委員会の審査義務や審査活動に著しい支障を生ずるおそれがあると認められず、本件各文書の提出が「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるとはいえない」とした。その理由として、東京地裁は、「独占禁止法は、審判が開始された場合には、原則として審判は公開され(同法 61 条 1 項)、その事件記録は利害関係人において閲

18) 前掲注 12)。19) 東京地決平成 22 年 5 月 6 日金判 1344 号 30 頁。20) 前掲注 12)。当該事案は、五洋建設談合に関する公正取引委員会文書提出命令事件の第一審決定で

ある。相手方(国)が所持する公正取引委員会の職員が五洋建設の従業員から五洋建設が行った談合につき供述を聴取した上で作成した供述調書および五洋建設が公正取引委員会の報告命令に基づき公正取引委員会に対して本件談合につき報告した文書に関して、民訴法 220 条 4 号による文書提出義務の有無が問題となったものである。

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覧又は謄写を求めることができることが制度上予定されているのであるから(同法 70 条の 15)、審査官の行う調査に応じ、任意に自己の知り得た事実等を供述する者は、当該事件について任意に供述した事実及びその内容が、将来にわたっても、決して他に開示されることはないとの信頼を前提に供述を行っているものとは解されないこと、公正取引委員会には、事件について必要な調査をするために、事件関係人又は参考人に出頭を命じて審尋し、又はこれらの者から意見若しくは報告を徴することなどの処分をする権限が認められ(同法 47 条)、これらに応じない者は 1 年以下の懲役又は 300 万円以下の罰金に処せられることとされていること(同法 94 条)、(中略)現段階において本件各文書を開示したとしても、それによって、今後、これらの独占禁止法違反事件の調査について、関係者をはじめとする国民の協力を得られなくなるなど具体的に公正取引委員会の審査業務に著しい支障を生ずるおそれがあるとは認めがたい等を挙げている。 すなわち、東京地裁は、関係者をはじめとする国民の協力を得られなくなるかどうか、今後の公務の遂行に具体的な支障をきたすかどうか等について詳細に検討した上で、「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」の有無を判断している。 本決定は、民訴法 220 条 4 号ロ後段の「公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」との要件に当たるかどうかについて具体的に示したものであるといえよう。

第2章 金融商品取引法 185 条の 13 の活用

 事件記録の閲覧等を規定する金商法 185 条の 13 は、「利害関係人は、内閣総理大臣に対し、審判手続開始の決定後、事件記録の閲覧若しくは謄写又は第 185 条の 7 第 17 項に規定する決定に係る決定書の謄本若しくは抄本の交付を求めることができる。この場合において、内閣総理大臣は、第三者の利益を害するおそれがあるときその他正当な理由があるときでなければ、これを拒むことはできない」と規定する。すなわち、金商法 185 条の13 は、審判手続開始の決定後、利害関係人の事件記録の閲覧・謄写権および決定後における決定書の謄本・抄本の交付請求権に関する規定である。利害関係人には、当事者的立場にある者、すなわち指定職員、被審人・代理人の他、違反行為および審判手続に関し、法律上の利害関係を有する者を含むものと解されている 21)。具体的範囲に関しては、民訴法 91 条 2 項、刑事訴訟法 46 条等、類似する条文の運用状況等も斟酌しながら画定されるべきであるとされている 22)。では、金商法 185 条の 13 の創設された趣旨とはいかなるものであるのか。また、立案時、立案担当者は実務上どのようなところまで射程範囲を想定していたのであろうか。

21) 河本=関・前掲注 5)1436 頁。22) 河本=関・前掲注 5)1436 頁。

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第1節 証券取引等監視委員会の調査権限および検査報告書の見直し 前述の通り、証券監視委の調査は強制調査ではなく任意調査であるといわれているが、果たしてそうであろうか。また、検査報告書は損害賠償請求訴訟ではなくてはならないものであり、金商法 185 条の 13 の活用においては必要不可欠なものである。

1 調査権限 証券監視委は、監督機能と検査・監視機能の組織的分離の結果として、検査・監視を独立して専門的に行ういわゆる 8 条委員会の行政機関 23)であり、所掌事務は狭く、行政権限は強いといわれている 24)。また、監視委員会は、検査・監視活動に集中できる点で、効率的かつ実効的な行政機関であるとも評価されている 25)。もとより、証券監視委は、金融庁設置法 8 条により、①金商法、②投資信託および投資法人に関する法律、③資産の流動化に関する法律、④社債・株式等の振替に関する法律、および⑤犯罪による収益の移転防止に関する法律の規定により、その権限に属する事項を処理する機関である。そして、証券監視委は、金融庁設置法 20 条 1 項により、同法 8 条の規定に基づき、検査、報告もしくは資料の提出命令、質問もしくは意見の徴取または犯則事件の調査を行った場合において、必要があると認めるときは、その結果に基づき、金融商品取引の公正を確保するため、または投資者の保護その他の公益を確保するため行うべき行政処分その他の措置について、内閣総理大臣および金融庁長官に勧告することができる。 このように、証券監視委は、組織的には検査・監視機能のみを有するにとどまり、業者の開業監督権限(登録等)ならびに業者に対する行政処分権限(業務改善命令・業務停止命令等)は有していない。すなわち、金融庁への行政処分の勧告権のみしか有していないのである。わが国における監督機能と検査・監視機能の組織的分離は、検査が監督の手段であることからすると、国際的には珍しいとされる 26)。 次に、証券監視委の課徴金事件の調査権限に関しては、不公正取引に関するものとして、金商法 177 条に、「内閣総理大臣は、第 173 条第 1 項、第 174 条第 1 項、174 条の 2 第 1 項、第 174 条の 3 第 1 項又は第 175 条第 1 項(同条第 9 項において準用する場合も含む。)若しくは第 2 項の規定による課徴金に係る事件について必要な調査をするため、当該職員に、次に掲げる処分をさせることができる、①事件関係人若しくは参考人に質問し、又はこれらの者から意見若しくは報告を徴すること、②事件関係人の営業所その他必要な場所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査すること」と、報告の徴取および立入検査に関して規定している。本条の趣旨は、内閣総理大臣に、課徴金に係る事件について必要な調査を

23) 国家行政組織法 8 条に基づく合議制機関である審議会等である。公正取引委員会は 3 条委員会であり、国家行政組織法 3 条に基づく合議制機関である。

24) 松尾・前掲注 9)17 頁。25) 松尾・前掲注 9)17 頁。26) 松尾・前掲注 9)17 頁。

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するための調査権限を与えることにある。当該権限は、金商法 194 条の 7 第 1 項により、金融庁長官へ委任されている。そして、当該権限は、金商法 194 条の 7 第 2 項 8 号により、金融庁長官から証券監視委へ委任されている。このことから、本条における当該職員とは、証券監視委の職員となる(ただし、金商法 194 条の 7 第 2 項ただし書において、報告または資料の提出を命ずる権限は、金融庁長官が自ら行うことを妨げないとしている)。 なお、本条の規定は、課徴金の対象となる違反のうち、不公正取引に関する事件に限定した調査をするために必要な行政調査権限を有しているのである。具体的には、担当職員が、事件関係人もしくは参考人に質問し、またはこれらの者から意見もしくは報告を徴すること、事件関係人の営業所その他必要な場所に立ち入り、帳簿書類その他の物件を検査することが許され、これによる検査の忌避、虚偽陳述等については罰則がある(金商法205 条、205 条の 3)。当該権限は、証券監視委に委任されている(金商法 194 条の 6 第 2項 7 号)。 開示規制を対象外にしているのは、開示規制に関しては金商法 26 条において規定する検査権限があるため、金商法 177 条において重ねて検査権限を規定する必要はないとされている 27)。 なお、証券監視委の組織上の問題もさることながら、検査報告書とも関係するものと考えられるが、証券監視委の運営上の課題として透明性の確保が挙げられよう。具体的には、第一に、証券監視委は、課徴金調査に関する基本指針ならびにマニュアルを策定・公表をしていないことである。第二に、証券監視委が委員長による事実上の独任制機関であってはならないことである。証券監視委の独立性は、合議制機関である証券監視委の合議により意思決定されなければならない。第三に、摘発機関である証券監視委の情報発信は、証券監視委が、行政権限を活用して、公的に収集した情報を自らの方針に合わせて取捨選択をし、一方的に行われる可能性が否定できないことである。第四に、証券監視委は、金融商品取引業者等や上場会社等に対して、インサイダー情報や法人関係情報の管理等の情報管理態勢の適切な整備・運用を求めていることから、国家公務員の守秘義務に基づき、自らの情報管理を律することが求められることである 28)。 そして、証券監視委の職員は、前述の通り、課徴金調査が任意調査であるといわれるが、金商法 177 条 1 号(報告の徴取及び立入検査)、194 条の 7 第 1 項・2 項 8 号(金融庁長官への権限の委任)により、事件関係人に対して質問等を行うことができる。また、金商法205 条の 3 第 1 号により、事件関係人または参考人は、罰則規定があるため、前述の通り、間接的には課徴金調査の応じることを強制されていると見るべきであろう。IHI 社が課徴金調査において虚偽記載事実を認めた背景には、罰則金額は僅かであるが金商法 205 条の3 第 1 号の存在があったことではないかと推測できる。課徴金額は約 16 億円と高額では

27) 三井秀範編『課徴金制度と民事賠償責任 ―条解証券取引法―』(金融財政事情研究会、2005 年)101 頁。

28) 松尾・前掲注 9)19 頁。

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あったが、IHI 社は東証 1 部上場企業でもあり、罰則よりも行政上の金銭的処分である課徴金を選択した方が得策と判断したものと考えられよう。 何れにしても、IHI 社が課徴金納付命令を受け入れたということは、課徴金調査において虚偽記載の事実を認めたということであり、被害者心理からすれば、損害賠償請求訴訟において、証拠としての検査報告書の提示を求めることは自然なことであろう。

2 検査報告書の見直し 松尾直彦氏が指摘している課徴金調査に関する基本指針やマニュアルを早急に策定し、IHI 粉飾決算被害事件においても、東京地裁が一部提出することを決定していることからも、検査報告書は、損害賠償請求訴訟において提出することが今後あり得るとの前提で、公取委同様に公表に向けて、ガイドライン・通知通達を含めた形で早急に対応すべきであろう 29)。 証券監視委は、金商法 1 条後段に規定する「もって国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする」の精神を真摯に受け止めていただきたい。証券取引において、とりわけ一般投資者は、上場企業の情報収集に関しては限界があることである。ましてや、有価証券報告書等の虚偽記載を発見することは極めて困難なことである。証券市場の健全性・公正性の図るため、さらには証券市場への一般投資者の参加を増やしていくためにも、投資者救済は必要不可欠なことである。一般投資者は、証券市場が安心・安全であること、さらには証券監視委が、証券不祥事における投資者救済に向けての支援態勢を整備していれば、一般投資者の証券市場への参加は増えていくものと考えている。 このためにも、証券監視委作成の検査報告書は見直すべきであろう。要は、被害者が、損害賠償請求訴訟において、証拠書類として如何なる場合においても裁判所へ提示できる内容にしておけばいいのである。課徴金調査時において、国は、裁判所から検査報告書の提示要請があれば、それに従わなければならないと、事前に課徴金調査の対象関係者へその旨伝えておけば済むことではないだろうか。 ただし、検査報告書が民訴法 220 条 4 号ロ前段に規定する「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当する文書であることを前提にして見直しを行い、同号ロ後段に規定する

「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがないもの」に抵触しないような内容にしなければならない。証券監視委に対して、検査報告書が内部資料であるとの考え方を即刻修正することを願う次第である。 今後、証券監視委の透明性を高めるためにも、証券取引における投資者救済のためにも、是非とも検査報告書の抜本的見直しを行うべきであろう。そのようにすることで、金商法185 条の 13 の活用が期待できるのである。

29) 松尾・前掲注 9)18 ~ 19 頁。

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第2節 イン・カメラ審理の必要性 イン・カメラ審理は民訴法 223 条 6 項に規定され、裁判所が除外文書に該当するかどうかを判断するため必要があるとした場合は、文書の所持者に提示させ、提示された文書を裁判所だけが見ることができる。その理由として、立案担当者は、除外文書に該当するか否かを迅速かつ的確に判断するためには、裁判所が文書の記載内容を直接閲読して判断することがもっとも確実であることから設けたものであると説明している 30)。 IHI 粉飾決算被害事件においてイン・カメラ審理が採用された。筆者の知り得る限り、金商法の損害賠償請求訴訟では初めての試みであろう。今回の東京地裁決定に至った経緯として、このイン・カメラ審理が間接的に影響しているものと考えている。東京地裁は、イン・カメラ審理によって、検査報告書を緻密かつ繊細に調べ上げ、IHI 社に関して検査を開始するに至った端緒、検査経過、課徴金納付命令を発出するに当たっての検討過程等が記載されているとものであると認定し、検査報告書が如何に重要な文書であるかを示し、そこから結論を導き出し、決定に至っている。このことから、今後の金商法上の損害賠償請求訴訟において、検査報告書に関してイン・カメラ審理が採用されていくものと考えている。今回の IHI 粉飾決算被害事件におけるイン・カメラ審理の採用は、今後の金商法上の損害賠償請求訴訟において大きな前例を作ったものとして評価したい。 もともと、米国の情報公開訴等で行われる同様な審理がイン・カメラ審理(in camera inspection)と呼ばれていたこともあり、わが国の民訴法 223 条 6 項規定する手続も米国と同様であっため、わが国においてもイン・カメラ審理と呼ばれている 31)。 わが国においては、民訴法 223 条に、文書提出義務の存否を審理するための文書の提示制度として、イン・カメラ審理が規定されている。イン・カメラ審理とは、裁判所が文書提出義務の有無を判断するために、文書保持者に文書を提示させ、裁判官が見分けする非公開の審理手続である。要するに、裁判官だけが非公開で当該文書を見ることにより判断することになる。裁判官が、当該文書提出を拒否する事由があるかどうかを判断するため必要があると認めるときには、当該文書を裁判所に提示させることができる。ただし、何人も提示された当該文書の開示を求めることはできない。 2001 年民訴法改正により公務文書の提出義務が一般化され、民訴法 220 条 4 号ロにより公務秘密文書が除外事由として規定され、除外事由の有無につき、裁判所は民訴法 223条 6 項で規定するイン・カメラ審理を利用して判断できるようになった 32)。 もっとも、旧民訴法 223 条 3 項においても、裁判所が除外文書に該当するか否かを判断する必要がある場合においては、文書の所持者に対して文書の提示をさせることができ、何人も、その提示された文書の開示を求めることができないものとするとした、イン・カ

30) 深山卓也ほか「民事訴訟法の一部を改正する法律の概要 ―公務文書を対象とする文書提出命令制度―」NBL719 号(2001 年)11 頁。

31) 中野貞一郎『解説新民事訴訟法』(有斐閣、1997 年)55 頁。32) 「判批」金判 1344 号(2010 年)31 頁。

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メラ審理規定を設けていた。しかしながら、2001 年民訴法改正により、民訴法 223 条 6項に、「公務文書」も一般義務としての文書提出義務の対象とされたことに伴い、申立てがなされた公務文書が除外文書に該当するか否かを判断する場合にもイン・カメラ審理を採用できることにした。 なお、刑事事件関係書類等に関しては、イン・カメラ審理の対象とはされていない。その理由は、刑事事件関係書類等は、裁判所が文書の記載内容を閲読しなければ除外文書に該当するか否かの判断をすることができない類型のものではないと考えられているからである 33)。 イン・カメラ審理の要件としては、民訴法 223 条 6 項において、「文書提出命令の申立てに係る文書が第 220 条 4 号イからニまでに掲げる文書のいずれかに該当するかどうかの判断をするため必要があると認める」とされている。220 条 4 号ホは対象外である。すなわち、一般義務に係る除外事由を判断するための文書閲読の必要性が要件とされたものである。この理由は、除外事由の判断が文書の閲読なしには困難な場合がある一方、その文書が開示されてしまうと除外事由を設けた趣旨が没却されるということによるものである。すなわち、除外事由との関係によるものである 34)。 学説においは、イン・カメラ審理の利用は、他の手段では目的が達成できない場合に限定する見解(補充性論)が存在している 35)。しかしながら、法文上は、裁判所が必要と認める場合にイン・カメラ審理をすることができ、広く裁判所の裁量を認める規定になっており、法の趣旨が補充性を求めるものであれば、より限定的な規定になっていたものと考えられよう 36)。 したがって、イン・カメラ審理を行うかどうかは、それが除外事由の判断のため、「必要と認められるかどうか」で決まることになる 37)。ただし、イン・カメラ審理の必要性については、他の手段等の関係で、受訴裁判所にしか判断できないと考えられることから、受訴裁判所の裁量的な判断に委ねられるものとされる 38)。 イン・カメラ審理は、五洋建設談合に関する公取委文書提出命令事件第一審決定においても採用されている 39)。

33) 深山卓也ほか「民事訴訟法の一部を改正する法律の概要(下)」ジュリスト 1210 号(2001 年)179頁。

34) 菊井=村松・前掲注 13)463 頁。35) 奥博司「文書提出命令⑤―イン・カメラ手続」大系(3)207 頁。36) 菊井=村松・前掲注 13)467 頁。37) 菊井=村松・前掲注 13)467 頁。38) 菊井=村松・前掲注 13)467 頁。39) 前掲注 12)。

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第3節 金融商品取引法 185 条の 13 の射程範囲 金商法 185 条の 13 前段の趣旨は、利害関係人に事件記録の閲覧・謄写と、金商法 185条の 7 第 4 項に基づく課徴金納付命令等の決定書の謄本・抄本の請求を認めることで、課徴金の納付に関する手続や課徴金納付命の原因となる事実について、情報収集を可能にすることにあるとされている 40)。 立案担当者によれば、立法趣旨は、審判において被審人が適切に防御権を行使するためには、審判手続の内容を正確に知ることは必要なことであるので、被審人が審判記録を閲覧・謄写できるようにすることは必要なことであると説明されている。また、違反行為によって損害を被った者も、併せて審判記録を閲覧することにより、適切な損害賠償請求権の行使が可能となるので、事件の被害者に対しても審判記録の閲覧・謄写権を認めることも必要なことであると説明されている 41)。 被審人にとっては、本条前段の権利を行使することにより審判手続の内容を正確に知ることができるので、防御権を適切に行使することが可能となる。一方、事件の被害者は、本条前段の権利を行使することにより、後日、被審人などを被告として損害賠償請求訴訟を提起するか否かの判断または損害賠償請求訴訟の訴訟活動に必要な資料を収集することが可能となる 42)。 本条後段の趣旨は、内閣総理大臣が利害関係人による本条前段の権利行使を拒否できるのは、権利行使を認めることにより第三者の利益を害するおそれがあるときや、その他の権利行使を拒否することに正当な理由がある場合に限られることを明確化することにあるとされる 43)。 利害関係人が本条前段の権利を行使するためには、適宜の方法により利害関係を疎明する必要があると解されている。これに対して、内閣総理大臣は、権利行使を認めることにより第三者の利益を害するおそれがあることなど権利行使を拒否することに正当な理由があることを示せば、利害関係人からの請求を拒否することができる。 前述の通り、IHI 粉飾決算被害事件においては、検査報告書の一部を除外して、検査報告書の提出命令をしている。とりわけ、検査報告書の提出にあたって、民訴法 223 条 6 項のイン・カメラ審理および民訴法 220 条 4 号ロの公務秘密文書の除外事由が大きく関わっていることが分かる。裁判官が、イン・カメラ審理により検査報告書の重要性を認識し、裁判官の目で全部提出か一部提出かの裁量ができたことである。このことから、IHI 粉飾決算被害事件の東京地裁決定は画期的なものといえるであろう。 今後、金商法上の損害賠償請求訴訟等が増大していくことが想定されることから、IHI

40) 神田秀樹=黒沼悦郎=松尾直彦編『金融商品取引法コンメンタール4 ―不公正取引規制・課徴金・罰則―』(商事法務、2011 年)435 頁。

41) 三井・前掲注 27)141 頁。42) 神田=黒沼=松尾・前掲注 40)435 頁。43) 神田=黒沼=松尾・前掲注 40)435 頁。

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粉飾決算被害事件における東京地裁決定は、行政上の課徴金手続と民事上の裁判・手続とを相互に関連させる上で重要な裁判例であるといえよう。また、行政情報を民事上の損害賠償請求訴訟に活用する途を開いたものであり、さらには投資者保護を図ろうとした裁判所の態度は大いに評価すべきであろう。 一方、金商法同様に、独占禁止法上においても、独占禁止法 70 条の 15 において、事件記録の閲覧謄写等の規定を設けている。すなわち、「利害関係人は、公取委に対し、審判手続が開始された後、事件記録の閲覧若しくは謄写又は排除措置命令書、課徴金納付命令書、審判開始決定書若しくは審決書の謄本若しくは抄本の交付を求めることができる。この場合において、公取委は、第三者の利益を害するおそれがあると認めるときその他正当な理由があるときでなければ、事件記録の閲覧又は謄写を拒むことができない」と規定している。 しかしながら、公取委は通達を発し、勧告審決などの確定審決が存在する違反行為に係る損害賠償請求訴訟が提起された場合には、受訴裁判所の文書送付嘱託に応じて勧告審決等に事実認定の基礎とした資料等を提出する運用を行っておるが(以下「公取委資料の提供等」という。)44)、何故、証券監視委は、金商法上の損害賠償請求訴訟において、公取委と同様に資料等の提出の運用ができないのであろうか。 公取委資料の提供等においては、冒頭に「独占禁止法第 25 条に基づく損害賠償請求訴訟制度の有効な活用を図るため、また、独占禁止法違反行為を原因とする民法第 709 条に基づく損害賠償請求訴訟等に資するため、裁判所又は訴訟当事者から求めがあった場合の資料提供等」を、以下の要領で行うものとするとしている。具体的には、①命令 45)又は違法宣言審決 46)が確定した後の資料提供と、②命令又は違法宣言審決が確定する前の資料提供に区分し、①に関しては、審判手続が開始されずに、命令が確定した場合には、被害を受けたとする違反行為に係る排除措置命令書および納付命令書の謄本または抄本を提供するとしている。また、審判手続が開始された後、命令等が確定した場合には、上記資料のほか、独占禁止法 70 条の 15 の規定による求めがあれば、事件記録(審判手続に提出された書証等)の閲覧または謄写に応ずるとしている。②に関しても、違反行為の被害者等から損害賠償請求訴訟を提起するために必要であるとして、資料提供等の求めがあったとき、または、提訴後、原告(被害者)もしくはその代理人から資料提供等の求めがあったときには、排除措置命令書、納付命令書または審決書の謄本もしくは抄本を提供するほか、独占禁止法 70 条の 15 の規定による求めがあれば、事件記録の閲覧または謄写に応ずるとしている 47)。証券監視委にはこのような通達等は存在していない。

44) 公正取引委員会 <http://www.jftc.go.jp/> (アクセス:2012 年 12 月 19 日)(独占禁止法違反行為に係る損害賠償請求訴訟に関する資料の提供等について、平成 3 年 5 月 15 日事務局長通達 6 号)。

45) 排除措置命令または課徴金納付命令をいう。46) 独占禁止法 66 条 4 項の審決(審判請求に対する審決)をいう。47) 前掲注 44)。

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投資者救済に向けての金融商品取引法 185 条の 13 の活用

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 何れにしても、証券監視委の検査報告書と公取委の供述調書および報告文書等は、民訴法 220 条 4 号ロ前段の「公務員の職務上の秘密に関する文書」に該当することは動かせない事実であることなので、金商法上の損害賠償請求訴訟に関して、証券監視委の検査報告書を活用する場合には、民訴法 220 条 4 号ロ後段の「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがあるもの」に軸足をおき、被害者の損害賠償請求訴訟の拡大を図っていくべきであろう。IHI 粉飾決算被害事件において東京地裁は、検査報告書の全部ではないが、「別紙除外部分目録記載の部分を除く本件文書については理由があるから、これを認容することとし、申立人らのその余の部分に関する申立てについては理由がないから、これを却下する」として、証券監視委の検査報告書について相当な精査を行い、かなり具体的な説明を行っていることが伺える。 したがって、金商法上における損害賠償請求訴訟に関しては、部分的ではあるが投資者救済に向けて、金商法 185 条の 13 が活用できる途が開かれたと評価できよう。

おわりに

 以上の通り、金商法上の損害賠償請求訴訟において、投資者救済に向けて、金商法 185条の 13 をもっと活用すべきであるとの観点から、IHI 粉飾決算被害事件を検討素材とし、併せて五洋建設談合に関する公取委文書提出命令事件等の事例を取り上げて論じてきた。違反行為に係る損害賠償請求訴訟に関しては、公取委は通達を出しており、証券監視委よりは前向きな姿勢であるようにうかがえる。証券監視委が投資者救済を真剣に考えているのであれば、検査報告書の重要性に鑑み、公取委同様に、通達・ガイドライン等によりもっと柔軟に対応しても支障はない筈である。 証券監視委は、証券市場の番人として果たしてきた功績は大きいと誰しもが認めているところであるが、この功績とは検査・監視機能を指すものであり、いわゆる証券市場への規制強化としての功績である。他方で、証券市場の番人として検査・監視機能を通じて証券市場を規制強化してきたことで証券監視委の存在を周知徹底させることはできたが、投資者救済の面では十分な対応をしてきたと果たしていえるのであろうか。 確かに、証券監視委の証券市場への規制強化は、証券市場の透明性を高め、公正性にも大きく寄与するところでもあるが、一歩間違えば市場活性化を削ぐことにもなりかねないことも事実である。 証券監視委に要請したいことは、金商法 1 条後段の「もって国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする。」との精神を真摯に受け止めていただきたいことである。すなわち、検査報告書は公務文書であることは疑いのないところであるが、検査報告書の提出に関しては、証券監視委の柔軟な対応を望みたいことである。投資者の損害賠償請求訴訟の切り札として、検査報告書は必要不可欠であると考えている。検査報告書を証券監視委の内部資料としてではなく、損害賠償請求訴訟に積極的に活用する途を開

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いていくべきではなかろうか。そうすることにより、金商法 1 条の精神が生かされることになり、ひいては証券市場の活性化に結びつくことになると確信している。 規制強化と証券市場の活性化を、どのように両立させていくかは極めて難しい問題でることも事実である。しかしながら、証券監視委の投資者救済として側面が加われば、証券市場の規制強化と証券市場の活性化の両立に関して、証券監視委の存在価値がますます高まっていくことにもなるであろう。 IHI 粉飾決算被害事件における東京地裁決定は、基本事件の当事者でない国が所持するところの、証券監視委が課徴金調査上作成した検査報告書について文書提出義務を認め、さらには民訴法 220 条 4 号ロの「公務員の職務上の秘密に関する文書」および「その提出により公共の利益を害し、又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれがある」に該当するか否かにつき、金商法上はじめて具体的に示したものとして大いに参考になるであろう。

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馴れ合い訴訟と更正の請求 -国税通則法 23 条1項と同2項の関係について-

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【目次】第1章 序論(問題の所在)第2章 裁判例の分析 第1節 はじめに

第2節 裁判例(課税標準、税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決等ではな

馴れ合い訴訟と更正の請求 -国税通則法 23 条 1 項と同 2 項の関係について-

An Another Approach to the Interpretation of “Judgements (and Settlements)” under Article 23(2)(i) of the Act on General Rules for

National Taxes:Focusing on the Case of Collusive Actions

馬渕 泰至*

要約国税通則法(以下「法」という。)23 条 2 項 1 号(以下「2 項 1 号」という。)は、更正の請

求期間(5 年)が経過した後も、申告の基礎となった事実関係についての判決や和解により、更正の請求ができるものと規定している(いわゆる後発的理由による更正の請求)。

もっとも、納税者が課税を免れる目的で馴れ合い訴訟により判決や和解を取得した場合など、課税庁は、同号の「判決」、「和解」に該当しないとして、更正の請求を認めておらず、かかる課税庁の判断を支持する裁判例も多い。

しかし、裁判所が関与して作成された判決、和解である以上、同号の「判決」、「和解」に該当しないと判断することは許されるのであろうか。その法的根拠も不明である。

思うに、更正の請求は、課税庁に更正処分という職権発動を促す制度であり、更正の請求を受けた課税庁は、更正処分をするか否かの必要な調査を行い、更正処分を行うか、更正すべき理由がない旨の通知をするという仕組みになっている。

ここで、課税庁は、更正の請求の適法性(形式的要件)と理由の有無(実体的要件)を判断しており、更正の請求の手続は、更正の請求が適法であるか(形式的要件)を判断する手続と、更正すべき理由があるか(実体的要件)を判断する手続を内包しているものと評価できる。

法 23 条の条文構造をみても、同条 2 項は後発的理由による更正の請求の形式的要件のみを規定したものと認められ、後発的理由による更正の請求の実体的要件は同条 1 項を準用している。

すなわち、同条 2 項 1 号に規定する「和解」、「判決」は後発的理由による更正の請求の形式的要件であるから、その内容の客観性、合理性を問うべきではなく、裁判所の関与のもと有効に成立した「判決」、「和解」であれば、本号の「和解」、「判決」に該当するというべきである。

そして、「判決」、「和解」の合理性、客観性については、実体的要件である同条 1 項の「課税標準等または税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあり、税額を過大に申告していたと認められる」か否かの判断において考慮すべき事項となる。なお、課税庁が実体的要件を調査、判断する際、判決や和解に拘束されることはない。

よって、馴れ合いの有無、「判決」、「和解」の合理性など、本来、同条 1 項において判断すべき問題を、同条 2 項 1 号の「判決」、「和解」の解釈において処理している実務には問題がある。

*弁護士、2010 年青山学院大学修士(ビジネスロー)。

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いと判示した裁判例) 1 神戸地方裁判所平成 19 年 11 月 20 日判決(裁判例①) 2 大阪地方裁判所平成 11 年 1 月 29 日判決(裁判例②) 第3節 裁判例(客観的、合理的根拠を欠くと判示した裁判例) 1 東京高等裁判所平成 10 年 7 月 15 日判決(裁判例③) 2 東京高等裁判所平成 3 年 2 月 6 日判決(裁判例④) 3 名古屋地方裁判所平成 2 年 2 月 28 日判決(裁判例⑤) 4 仙台地方裁判所昭和 51 年 10 月 18 日判決(裁判例⑥) 第4節 上記裁判例①乃至⑥の分析第3章 法 23 条 2 項 1 号の理論的枠組みの再検討 第1節 法 23 条 2 項 1 号の「判決」、「和解」の解釈 ~借用概念~ 1 はじめに 2 借用概念について 3 「判決」、「和解」の解釈 4 目的適合説の問題点 第2節 更正の請求の意義 1 はじめに 2 更正の請求制度の意義 3 更正の請求の手続の分析 第3節 後発的理由による更正の請求における要件の検討 1 要件の検討 2 小括 第4節 前記裁判例の整理 1 はじめに 2 裁判例①について 3 裁判例②について 4 裁判例③について 5 裁判例④について 6 裁判例⑤について 7 裁判例⑥について第4章 まとめ

第1章 序論(問題の所在)

 国税通則法(以下「法」という。)23 条 2 項本文は、「納税申告書を提出した者又は第25 条の規定による決定を受けた者は、次の各号の一に該当する場合には、同項 1)の規定にかかわらず、当該各号に掲げる期間において、その該当することを理由として同項 2)の規

1) この「同項」とは、第 1 項の意味である。2) 同上。

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馴れ合い訴訟と更正の請求 -国税通則法 23 条1項と同2項の関係について-

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定による更正の請求をすることができる」と規定し、同項 1 号(以下「本号」という。)では、「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決(判決と同一の効力を有する和解その他の行為を含む。)により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき。その確定した日の翌日から起算して二月以内」と規定し、後発的理由による更正の請求について定めている。 そもそも更正の請求とは、納税者が自らの申告により確定させた税額が過大であり、あるいは還付金相当税額が過少であることなどを法定申告期限後に気付いた場合、法定申告期限から 5 年以内に限り 3)、納税者側からその変更、是正のため必要な手段をとることを可能ならしめて、その権利救済に資することを目的とした制度である 4)。 そして、後発的理由による更正の請求は、申告時には予知し得なかった事態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより、さかのぼって税額の減額等をなすべきこととなった場合、更正の請求の期間を経過していたとしても、これを課税庁の一方的な更正の処分にゆだねることなく、一定期間は納税者の側からもその更正を請求しうることとして、納税者の権利救済の途をさらに拡充した制度である 5)。 特に本号は、申告の基礎となった事実関係について、事後的に紛争が生じ、その後、判決が言い渡され、または、裁判上の和解(以下「和解」という。また、判決と和解を併せて「判決等」という。)が成立した場合、判決等確定後 2 ヶ月間に限り、納税者の側から、課税庁に対し、当該判決等に従った内容の更正の請求をすることを認めた規定である。 もっとも、判決等があれば当然に更正の請求が認められる訳ではない。 例えば、納税者が、課税を免れる目的で馴れ合い訴訟により判決等を取得し、当該判決等に基づき更正の請求を行った場合、課税庁は、当該判決等が本号の規定する「判決」、

「和解」には該当しないとして、更正の請求を認めておらず、かかる課税庁の判断を支持する裁判例も多数存在するのである 6)。 しかし、上記見解は、借用概念との関係である疑問が生じる。 つまり、上記判決等が馴れ合い訴訟によるものであったとしても、裁判所が関与して作成された判決等であり、判決等として有効に成立している以上、本号の規定する「判決」、

「和解」に該当しないと判断することは許されるのであろうか。仮に許されるとした場合、その法的根拠はどこにあるのであろうか。 特に、他の法律分野で用いられている概念が租税法の分野でも用いられている場合(い

3) 平成 23 年の国税通則法改正(「経済社会の構造の変化に対応した税制の構築を図るための所得税法等の一部を改正する法律」(平成 23 年法律第 114 号)。平成 23 年 12 月 2 日公布。)前は、更正の請求ができる期間は法定申告期限から原則 1 年以内であった。

4) 荒井勇ほか『国税通則法精解』(第 12 版、財団法人大蔵財務協会、2007)325 頁。5) 荒井ほか・前掲注 4)328 頁。6) 仙台地判昭和 51 年 10 月 18 日訟務月報 22 巻 12 号 2870 頁、東京高判平成 10 年 7 月 15 日訟務月報

45 巻 4 号 774 頁など。

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わゆる借用概念 7))、法的安定性の見地から本来の法分野における意義と同じ意義で解釈すべきという統一説の立場からすれば、本号の「判決」、「和解」も、民事訴訟法 250 条の

「判決」、同法 267 条の「和解」と同義に解さなければならず、本号の「判決」、「和解」のみ、同法 250 条の「判決」、同法 267 条の「和解」と別意に解するのは便宜的であり、法解釈の統一性、法的安定性を害する危険性が生じる。 また、民事訴訟は当事者主義が採用されており 8)、審理は当事者の申立によってのみ開始され、審理の対象も当事者の申立によって決定されるなど、裁判所は当事者の申立に拘束される。また、当事者は自由に申立の取下げ、請求の放棄・認諾、和解をすることができるものとされているのである(処分権主義)。さらに、審理の場面においても、当事者が事実、証拠を口頭弁論に提出する権限と責任を持ち、裁判所は当事者の提出した事実や証拠によってのみ判断をなしうるのである(弁論主義)。 かかる民事訴訟において、当事者の意向が強く影響するのは当然であり、その意味で判決等が馴れ合いか否かの判断は極めて曖昧な判断とならざるを得ないのである。 そもそも、更正の請求は、課税庁に更正処分という職権発動を促す制度であり、国税通則法によれば、適法な更正の請求があった場合、課税庁は、更正処分をするか否かの必要な調査を行い、更正処分をする必要がある場合には更正処分を行い、更正処分をする必要がない場合には更正すべき理由がない旨の通知をするという仕組みになっている(法 23条 4 項)。 すなわち、更正の請求の手続には、更正の請求が適法であるか(形式的要件)を判断する手続と、更正すべき理由があるか(実体的要件)を判断する手続の二つの手続を内包していると評価できるのではないだろうか。 とすれば、租税法における借用概念について、本来の法分野における意義と同義で解釈する立場をとった場合、民事訴訟法上の「判決」、「和解」があれば、本号の「判決」、「和解」として、更正の請求の形式的要件を満たしているものと考えるべきであり、課税庁は、法 23 条 4 項に基づき必要な調査を開始し、更正処分をする必要がある場合には更正処分を行い、更正処分をする必要がない場合には納税者に更正すべき理由がない旨の通知をすべきではないのかと思料する。 そこで、本稿では、本号による更正の請求を否定する裁判例を取り上げ、その内容を分析し、加えて更正の請求の法的性質、判決の法的性質を検討し、借用概念の考えと整合性の取れた本号の理論的枠組みを再検討し、本号の「判決」、「和解」の意義を明らかにしたい。

7) 金子宏『租税法』(第 17 版、弘文堂、平成 24 年)112 頁、水野忠恒『租税法』(第 5 版、有斐閣、2011)23 頁。

8) 上田徹一郎『民事訴訟法』(第 6 版、法学書院、2009)21 頁。

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第2章 裁判例の分析

第1節 はじめに まず、最初に後発的理由による更正の請求を認めなかった裁判例を分析、分類してみる。 比較的新しい裁判例、先例的意義を有する裁判例、典型事例として論文等で頻繁に取り上げられる裁判例を中心に 6 つの裁判例を取り上げ、検討したところ、裁判例は大きく分けて、①課税標準、税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決等ではないとして更正の請求を認めない裁判例と、②課税標準、税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決等ではあるが、客観的、合理的根拠を欠くとして更正の請求を認めない裁判例に分類することができた。 また、更正の請求を認めない理由としては、Ⓐ本号の「判決」、「和解」に該当しないと判示する裁判例と、Ⓑ単に更正の請求には理由がないと判示する裁判例に分類することができた。 なお、後発的理由による更正の請求の有効性を判断する裁判例において、「判決」か

「和解」かによってことさら異なる理論構成をしたり、異なる理由付けを述べた裁判例は見あたらなかったので、「判決」と「和解」を区別せずに分類する。 また、本号による更正の請求に「やむを得ない理由」という明文にない要件を付加している裁判例も存在するが、本稿の目的とは異なるので、本稿では検討しない 9)。

第2節 裁判例(課税標準、税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決等ではないと判示した裁判例)1 神戸地方裁判所平成 19 年 11 月 20 日判決 10)(裁判例①)

(1)事案の概要 相続人らが、被相続人の養子と主張する表見相続人を被告として養子縁組無効確認訴訟を提起し、勝訴した。 そこで、相続人らは、表見相続人に対する相続回復請求権を相続財産に含め、相続税の申告をした。 その後、相続人らは、表見相続人を被告として、相続回復請求訴訟を提起したが、表見相続人には十分な支払い能力がなかったことから、やむを得ず、請求額を大幅に減額して和解をすることになった。 そこで、相続人らは、本号に基づき、更正の請求をして、相続税の一部還付請求をした

9) 最判平成 15 年 4 月 25 日は、通謀虚偽表示により遺産分割をして相続税申告を行った後、当該遺産分割の無効判決が確定し、本号による更正の請求を行った事案において、「法 23 条 1 項所定の期間内に更正の請求をしなかったことにつきやむを得ない理由があるとはいえないから、同条 2 項 1 号により更正の請求をすることは許されない」と判示している。訟務月報 50 巻 7 号 2221 頁、森冨義明「判批」判タ 1154 号(2004)246 頁、原審福岡高判平成 13 年 4 月 12 日訟務月報 50 巻 7 号 2228 頁。

10) 堀口和哉「判批」税務事例 41 巻 6 号(2009)12 頁。

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ところ、課税庁から更正の理由がない旨の通知処分を受けた。(2)判断の理由(抜粋) 「『和解』とは、遺産の範囲又は価額等の申告に係る税額の基礎となった事実を争点とする訴訟等において、当該事実につき申告における税額計算の基礎とは異なる事実を確認し又は異なる事実を前提とした裁判上の和解をいうものと解すべきである。」 「本件和解は、B(表見相続人)がX1ら(相続人ら)に対しA(被相続人)の遺産のうち 3100 万円を和解金名目で返還し、X1らは、その余の相続回復請求権を放棄することを内容とするものであり、Aの遺産の範囲及びその価額等につき、相続開始に遡って、B及びX1らのした相続税の申告と異なるものであったことを確認し又はこれを前提とするものではない。」 「したがって、本件和解は、通則法 23 条 2 項 1 号の『和解』に該当しないというべきである。」

(3)裁判例の意義 本裁判例は、本号の「和解」の要件につき、①申告に係る税額の基礎となった事実(遺産の範囲、価額等)を争点とする訴訟等で、②申告時の税額計算の基礎となる事実と異なる事実を確認(前提と)した「和解」と定義付けた。 そして、本件訴訟の争点は遺産の範囲ではなく、逸失した遺産の返還にあり、和解内容も逸失した遺産の一部の返還を受け、残部を放棄するという内容であり、法 23 条 2 項 1号の「和解」には該当しないと判示した。

2 大阪地方裁判所平成 11 年 1 月 29 日判決 11)(裁判例②)(1)事案の概要 被相続人の所有する土地について、被相続人と借地人(三徳)は連名で、土地の無償返還届出書を提出していた。 その後、被相続人が亡くなり、相続人は、当該土地について、借地権が存在しないことを前提として自用地価額で評価し、相続税の申告を行った。 その後、相続人が、借地人(三徳)を被告として、土地明渡し請求訴訟を提起したが、当該訴訟において、借地権は存在し、さらに、明渡しに際しては立退料を請求することができる旨の和解が成立したため、相続人は、相続税の申告における当該土地の評価は借地権価額とすべきとして、本号に基づく更正の請求を行ったが、課税庁から更正の理由がない旨の通知処分を受けた。

(2)判断の理由(抜粋) 「当該和解の内容が、将来に向かって新たな権利関係等を創設する趣旨のものであって、

11) 大阪地判平成 11 年 1 月 29 日税資 240 号 522 頁。

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従前の権利関係等に異動を来すものでないと認められるときは、右の規定 12)にいう『和解』には該当せず、これに基づく更正の請求は理由がないというべきである。」 「本件和解に前回のような確認条項が設けられたのは、将来に向かって、三徳が支払った 2000 万円を権利金として取り扱うこと、そのことを前提として、三徳が本件土地を明け渡す際には、立退料の支払を請求することができることを新たに合意する趣旨に出たものと解するのが相当である。」 「そうすると、本件和解は、本件相続の時点における本件土地の評価の基礎となった事実関係に遡って異動を来すものではないから、国税通則法 23 条 1 項 1 号にいう『和解』には該当しないというべきである。」

(3)裁判例の意義 本裁判例は、和解の内容が、従前の権利関係等に異動を来すものではなく、将来に向かって新たな権利関係等を創設する趣旨のときは、本号の「和解」には該当しないという前提の下、本件和解が、将来に向かって借地権に関する権利金の取扱い、立退料の請求について合意したものに過ぎず、従前の権利関係等に異動を来すものではないとの理由で本号の「和解」には該当しないと判示した。

第3節 裁判例(客観的、合理的根拠を欠くと判示した裁判例)1 東京高等裁判所平成 10 年 7 月 15 日判決 13)(裁判例③)

(1)事案の概要 相続人が相続税の申告を行った後、訴外第三者(川橋)から、被相続人に 2 億 1000 万円を貸し付け、相続人も連帯保証していたとの理由で訴訟を提起され、相続人は何ら攻撃防御することなく、訴外第三者(川橋)の請求を全部認容する判決が言い渡された。そこで、相続人が、本号に基づく更正の請求を行ったところ、課税庁から更正の理由がない旨の通知処分を受けた。

(2)判断の理由(抜粋) 「申告後に課税標準等又は税額等の計算の基礎となる事実について判決がされた場合であっても、当該判決が、当事者が専ら納税を免れる目的で、馴れ合いによってこれを得たなど、その確定判決として有する効力にかかわらず、その実質において客観的、合理的根拠を欠くものであるときは、同条 2 号 1 号にいう『判決』には当たらないと解するのが相当である。」 「別件判決は、控訴人がもっぱら相続税の軽減を図る目的で、川橋とのいわゆる馴れ合い訴訟によって取得したものであると認めざるを得ず、その確定判決として有する効力のいかんにかかわらず、その実質において、客観的、合理的根拠を欠くものとして通則法

12) 国税通則法第 23 条 2 項 1 号。13) 東京高判平成 10 年 7 月 15 日訟務月報 45 巻 4 号 774 頁、中根治美「判批」税研 18 巻 3 号(2002)

191 頁、伊藤浩視「判批」税務事例 31 巻 3 号(1999)18 頁。

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23 条 2 項 1 号の『判決』には該当しないというべきである。」(3)裁判例の意義 原審では、もっぱら相続税を免れるため馴れ合い訴訟によって得た判決と認めることはできないとしつつも、相続税申告時に借入金を控除することは可能であり、申告後に予想し得なかった事由が生じたとは認められないとの理由で本号の「判決」に該当しないと判示した。 これに対し、控訴審である本裁判例は、実質において客観的、合理的根拠を欠く判決は本号の「判決」には該当しないという前提の下、本件判決について、書証、経緯、訴訟行為の不自然性などを指摘し、もっぱら相続税の軽減を図る目的で取得した馴れ合い訴訟判決であると認定して、本号の「判決」には該当しないと判示した。

2 東京高等裁判所平成 3 年 2 月 6 日判決 14)(裁判例④)(1)事案の概要 昭和 58 年 7 月 19 日に売買契約を締結し、同年 8 月 9 日、代金の支払い、本件物件の引渡しが行われた事案につき、その後、裁判上の和解によって、所有権移転時期を平成元年とする旨確認された。 そこで、本号に基づく更正の請求を行ったが、課税庁から更正の理由がない旨の通知処分を受けた。

(2)判断の理由(抜粋) 「裁判上の和解により、事後的に、前記認定と異なる内容の右合意を成立させても、前記認定のとおり、原告が昭和 58 年 8 月 9 日に本件物件の引渡しをし、本件物件の売買代金として 13 億円の支払いを受け、その利益を原告が享受している事実に変わりがないのであるから、本件事業年度の課税関係を既往に遡って修正すべきものではない。」 「国税通則法 23 条 2 項 1 号には、一定の要件のもとに、申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決又は和解により、その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときは、更正の請求をすることができる旨定めている。しかし、本件のように、客観的事実と明らかに異なる内容の事実を確認する和解がなされたときにまで同条項の規定を適用するのは、不当な租税回避を認める結果を招き、相当でない。」

(3)裁判例の意義 客観的事実と明らかに異なる内容の事実を確認する和解で本号の適用を否定したが、

「和解」に該当しないとまでは判示してない点に特徴がある。

14) 東京高判平成 3 年 2 月 6 日税資 182 号 297 頁、原審東京地判平成元年 11 月 14 日税資 174 号 600 頁。

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3 名古屋地方裁判所平成 2 年 2 月 28 日判決 15)(裁判例⑤)(1)事案の概要 原告は、譲渡所得の減税措置があるとの説明を受け、土地を売却することにしたところ、減税措置はなく、短期譲渡により多額の所得税が課せられてしまった。 そこで、原告は、買い主を被告として、売買契約の錯誤無効を理由に土地の返還請求訴訟を提起した。当該訴訟において和解交渉は難航したが、最終的には、本件売買契約を合意解約し、和解期日に改めて売り渡すという和解が成立した。なお、和解期日による売買は長期譲渡として低い税率が適用されることになる。 原告は本号に基づく更正の請求を行ったところ、課税庁から更正の理由がない旨の通知処分を受けた。

(2)判断の理由(抜粋) 「たとえ裁判上の和解の条項中に納税申告者の権利関係等を変更する旨の記載がされていたとしても、それが、専ら租税負担を回避する目的で実体とは異なる内容を記載したものであり、真実は権利関係等の変動がないような場合には、右規定の趣旨に照らし、当該更正の請求は更正すべき理由がないとして棄却されるべきものと解するのが相当である。」 「本件和解の条項中の本件売買契約解約の記載は、原告と末永桂子との間に真実の権利変動がないにもかかわらず、専ら租税負担回避の目的でされたものであるから、本件和解に基づき法 23 条 2 項 1 号の規定によってされた本件更正の請求につき、更正すべき理由がないとしてこれを棄却した本件処分は適法というべきである。」

(3)裁判例の意義 専ら租税負担を回避する目的で実体と異なる和解を成立させた場合の当該和解に基づく更正の請求について、更正すべき理由がないと判示した。「和解」に該当するか、更正の請求自体の適否については言及せず、単に更正すべき理由がないと判示している点に特徴がある。

4 仙台地方裁判所昭和 51 年 10 月 18 日判決 16)(裁判例⑥)(1)事案の概要 原告個人の所有する土地上に原告法人名義の建物を建築したところ、借地権贈与が認定されたので、原告個人と原告法人は、建物の所有権者を原告個人とする即決和解を成立させ、本号に基づく更正の請求を行ったが、課税庁から更正の理由がない旨の通知処分を受けた。

(2)判断の理由(抜粋)

15) 名古屋地判平成 2 年 2 月 28 日訟務月報 36 巻 8 号 1554 頁、名古屋高判平成 2 年 7 月 18 日税資 180号 85 頁、最判平成 3 年 2 月 13 日税資 181 号 911 頁、高梨克彦「判批」シュト 356 号(1991)1 頁。

16) 仙台地判昭和 51 年 10 月 18 日訟務月報 22 巻 12 号 2870 頁、藤原淳一郎「判批」ジュリ 656 号(1978)149 頁。

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 「右条項にいう『和解』とは、その立法趣旨に照らして、当事者間に権利関係についての争いがあり、確定申告当時その権利関係の帰属が明確となっていなかった場合に、その後当事者間の互譲の結果権利関係が明確となり、確定申告当時の権利関係と異なった権利関係が生じたような場合になされた和解を指すと解すべきであるから、起訴前の和解の場合にも右と同様に解するのが相当である。したがって、右のような場合ではなく、専ら当事者間で税金を免れる目的のもとに馴れ合いでなされた和解など客観的・合理的根拠を欠くものは右条項にいう『和解』には含まれないものと解すべきである。」 「本件起訴前の和解は、原告らが原告会社と原告阿部との間に真実の所有関係の変動がないのにかかわらず、専ら多額の法人税を免れる目的のもとになされたものであるから、これをもって国税通則法 23 条 2 項 1 号にいう更正の請求をなし得る『和解』とは言えないこととなる。したがって、被告の原告らに対する各更正すべき理由がない旨の通知処分は適法であったというべきである。」

(3)裁判例の意義 本号の「和解」は、確定申告当時の権利関係と異なった権利関係が生じた場合になされた和解を意味し、専ら当事者間で税金を免れる目的のもとに馴れ合いでなされた客観的・合理的根拠を欠く和解は本号の「和解」には該当しないとして、本件和解も専ら多額の法人税を免れる目的の和解であり、本号の「和解」には該当しないと判示した。裁判例③と同様、客観的合理的根拠の基準を採用している。

第4節 上記裁判例①乃至⑥の分析 以上のとおり、裁判例①及び②は、課税標準、税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決等ではないとして更正の請求を否定している。 また、裁判例③乃至⑥は、課税標準、税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決等ではあることは認めつつも、不当な租税回避目的であり、客観的・合理的根拠を欠く、あるいは客観的事実・実体と異なるとして更正の請求を否定している。 さらに、裁判例①乃至⑥の中でも、裁判例①②③⑥は、本号の「判決等」には該当しないと判示しているが、裁判例④は、本号を適用するのは相当でないと判示し、裁判例⑤は、本件更正の請求につき、更正すべき理由がないと判示しており、同じ結論ではあるが、理由付けは微妙に異なっている。

第3章 法 23 条2項1号の理論的枠組みの再検討

第1節 法 23 条 2 項 1 号の「判決」、「和解」の解釈 ~借用概念~1 はじめに 後発的理由による更正の請求の理論的枠組みを考えるにあたって、まず、本号の「判決」、「和解」をどのように解釈すべきかを検討する必要がある。

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 なぜなら、本号の「判決」、「和解」について、租税法独自の観点からの解釈が許されるとすれば、判決等の該当性を事案に即して個別的妥当性の見地から判断すれば足りるからである。

2 借用概念について 他の法分野で用いられている概念が租税法の分野でも用いられている場合、他の法分野から借用しているという意味で借用概念と呼ばれ 17)18)、借用概念の解釈については、概ね独立説、統一説、目的適合説の見解に分かれている 19)。 独立説とは、租税法が借用概念を用いている場合も、それは原則として独自の意義を与えられるべきであるとする見解をいう。 統一説とは、法秩序の一体性と法的安定性を基礎として、借用概念は原則として私法におけると同義に解すべきであるとする考え方をいう。 目的適合説は、租税法においても目的論的解釈が妥当すべきであって、借用概念の意義は、それを規定している法規の目的との関連において探求すべきであるとする考え方をいう。 わが国における借用概念の考え方は、ドイツの租税法解釈論の影響を強く受けてきた。そして、ドイツでは、従来、統一説の立場が支持されてきたが 20)、近時、目的適合説に移行しつつあると評価されている 21)。 この点、わが国でも統一説と目的適合説が有力に主張されてきた。 たしかに、目的適合説の重視する徴収確保の要請、税負担の公平な配分の要請は否定できないものの、課税庁が独自に解釈、判断できるものとすれば、課税庁に広汎な課税裁量を認めることになってしまい、法秩序の一体性、法的安定性を欠き、租税法律主義に違反する危険性が生じる。 よって、法的安定性、法秩序の一体性、租税法律主義の重要性に鑑みると、借用概念は原則として私法における概念と同義に解すべきと考える(統一説)。そして、徴収確保の要請等の観点から新たな問題が発生した場合には、それは法解釈ではなく、立法によって対処すべき問題と考える。 なお、統一説の立場も、私法における概念と別意に解すべきことが租税法規の明文またはその趣旨から明らかな場合は別意に解すべきと考えられており 22)、その限度において目的適合説に近接していると評価できる。

17) 金子・前掲注 7)112 頁、水野・前掲注 7)23 頁。18) 借用概念の対概念として、他の法分野で用いられておらず、租税法が独自に用いている概念を固有

概念という。金子・前掲注 7)112 頁。19) 金子宏「租税法と私法-借用概念及び租税回避について」租税法研究 6 号(1978)1 頁。20) 金子・前掲注 19)6 頁。21) 谷口勢津夫「借用概念と目的論的解釈」税法学 539 号(1998)105 頁。22) 金子・前掲注 6)113 頁。

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 この点、判例も、利益配当という概念につき、「所得税法中には、利益配当の概念として、とくに、商法の前提とする、取引社会における利益配当の観念と異なる観念を採用しているものと認むべき規定はないので、所得税法もまた、利益配当の概念として、商法の前提とする利益配当の観念と同一観念を採用しているものと解するのが相当である(抜粋)」と判示し 23)、また、不動産という概念についても、「地方税法には、不動産取得税賦課の対象となる不動産の定義は、特に示されていない。しかし、民法八六条は動産、不動産の区別を定めた基本的な規定であって、動産、不動産の観念は、特段の事由の認められない限り概ね右民法の法条に定められるところに従うものと解するを相当とし、前記地方税法にいう不動産も、特段の事由の認むべきものがないから、右と同様に解すべく」と判示し 24)、統一説の立場をとっているものと認められる。

3 「判決」、「和解」の解釈 本号の「判決」、「和解」の解釈についても、借用概念の統一説の考えからすれば、民事訴訟法 250 条の「判決」、同法 267 条の「和解」と同義に解さなければならないことになる。 とすれば、裁判官の言い渡しによって有効に成立した「判決」、調書に記載され、確定判決と同一の効力を有することとなった「和解 25)」は、本号の「判決」、「和解」に該当することになる。

4 目的適合説の問題点 前記裁判例③⑥は客観的合理的根拠を欠く判決等は本号の「判決」、「和解」には該当しないと判示しており、目的適合説による解釈をしているようにも思えるので、「判決」、

「和解」について目的論的に解釈することの可否、当否についても検討する。 この点、本号の「判決」、「和解」には合理的客観的根拠が必要であり、その判断は、本号の趣旨・目的に照らしてなされるべきであり、口頭弁論期日に出頭しないなどの訴訟対応(外形的事実)のほか、当該訴訟の当事者の関係、当該訴訟がどのような目的で提起されたか、また、当該訴訟における訴訟物が納税額の負担を免れる目的のために作出されたものであるかなどの観点から検討されるべきとの見解がある 26)。 そもそも、既述のとおり、目的適合説の考え方自体、支持できないものであるが、仮に目的適合説の立場をとったとしても、「判決」、「和解」という概念を客観的合理的根拠の

23) 最判昭和 35 年 10 月 7 日民集 14 巻 12 号 2420 頁。24) 最判昭和 37 年 3 月 29 日民集 16 巻 3 号 643 頁。25) 本号の規定する「判決と同一の効力を有する和解」には、裁判上の和解のほか、訴え提起前の和解

を含み(民訴 275 条)、「その他の行為」は民事調停(民調 16 条)、家事調停(家調 21 条)をいう。武田昌輔監修『DHC コンメンタール国税通則法』(第一法規出版)1441 の 4 頁。

26) 関野和宏「国税通則法 23 条 2 項 1 号に基づく更正の請求と判決の既判力の関係」税務大学校論叢53 巻(2007)398 頁。

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基準に従って目的論的に解釈するのは極めて難しい作業であり、その結果、恣意的、便宜的な判断とならざるを得ないであろう。 なぜなら、当事者主義が採用されている民事訴訟法においては、審理は当事者の申立によってのみ開始され、審理の対象も当事者の申立によって決定され、申立の取下げ、請求の放棄・認諾、和解など、訴訟上の地位の処分も当事者は自由にすることができるものとされている(処分権主義)。 さらに、審理の場面においても、当事者は必要な事実と証拠を口頭弁論に提出する権限ないし責任を負担し、裁判官は当事者が主張した事実に拘束され、当事者が提出した証拠によってのみ判断をなしうるものとされている(弁論主義)27)。 このように、当事者主義を採用している民事訴訟において、判決等に当事者の意向が強く影響するのは、原理原則上、当然のことであり、その意味で判決等が馴れ合いか否か、判決等の内容に客観的合理的根拠があるか否かの判断は極めて曖昧な判断とならざるを得ないからである。 実務の観点から考察しても、民事訴訟を提起する目的は、単に権利を実現するためだけではなく、損金処理のため、時効完成を防止するため、コンプライアンス遵守のためなど多様であり、それらが併存する場合もあって、さらには、成立する判決等を取り巻く周辺事情、背景も様々であり、一見して不合理な内容の判決等であったとしても、他の事情を加味すると合理性が認められる場合も多々あり、一慨に合理性、客観性を判断するのは極めて困難な作業なのである。 特に、実務で有用な解決方法である和解は、様々な要因(敗訴リスク、コスト、早期解決、回収可能性など)を考慮した上で、相互に譲歩して成立させるものであり、当事者が譲歩する内容は多様かつ柔軟であり、かかる和解内容について客観的合理的根拠があるか否かの判断は事実上不可能と言わざるを得ない。実際、和解が成立している以上、そこに一定の合理性は認められるはずであるし、そもそも実体的真実を発見するのが目的とされていない民事訴訟において内容の客観性は重視されていないのである 28)。 以上のとおり、訴訟対応(外形的事実)、当事者の関係、訴訟の目的などの客観性、合理性を検討して、目的論的に本号の「判決」、「和解」の該当性を判断するという手法は、恣意的、便宜的な判断を招来し、法秩序の一体性、法的安定性を害する危険性が生じ、許されないというべきである。

第2節 更正の請求の意義1 はじめに

27) 上田・前掲注 8)176 頁、318 頁。28) 上田・前掲注 8)27 頁。民事訴訟の目的は、紛争の法的解決、私法秩序の維持、権利保護などにあ

るとされている(多数説)。これに対し、刑事訴訟の目的は、人権保障を全うしつつ事案の真相を明らかにして刑罰法令の適正かつ迅速な適用実現にあるとされている(刑事訴訟法 1 条)。

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 では、有効に成立した「判決」、「和解」として、本号の「判決」、「和解」に該当する以上、課税庁は「判決」、「和解」の内容に拘束され、常に後発的理由による更正の請求を認めなくてはならないのだろうか。 更正の請求の意義及び手続、判決等との関係について検討してみる。2 更正の請求制度の意義 更正の請求制度(以下、後発的理由による更正の請求と区別するため、「通常の更正の請求」ということもある。)は、納税者が自らの申告により確定させた税額が過大であり、あるいは還付金相当税額が過小であることなどを法定申告期限後に気付いた場合、法定申告期限から原則 5 年以内に限り、納税者側からその変更、是正のため必要な手段をとることを可能ならしめて、その権利救済に資することを目的とした制度である 29)。 そして、後発的理由による更正の請求制度は、申告時には予知し得なかった事態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより、さかのぼって税額の減額等をなすべきこととなった場合、更正の請求の期間を経過していたとしても、これを課税庁の一方的な更正の処分にゆだねることなく、一定期間は納税者の側からもその更正を請求しうることとして、納税者の権利救済の途をさらに拡充した制度である 30)。 すなわち、後発的理由による更正の請求制度は、帰責事由のない納税者の権利救済を補完する制度であり、通常の更正の請求の例外ということができる。 沿革について付言すると、更正の請求制度は、申告納税制度と表裏の関係にあることから、同制度の導入と同時に導入されたのであるが 31)、当初は個別の課税実体法の中に規定されているに過ぎなかった。昭和 37 年、国税通則法が制定されるにあたり、更正の請求制度も一般的な制度として規定されるに至ったのである。 その後、個別の課税実体法で定められていた後発的理由による更正の請求も、昭和 45年の国税通則法の改正において、一般的な制度として規定されることになった 32)。

3 更正の請求の手続の分析(1)更正の請求の手続 既述のとおり、更正の請求は、納税申告を行った納税者が、課税庁に対し、減額更正という行政処分の発動を求める制度であり、課税庁としては、納税者から適法な更正の請求があったときは、請求にかかる課税標準等または税額等について必要な調査を行い、その結果、更正の請求に理由があると認めるときには更正を行い 33)、更正の請求に理由がない

29) 荒井・前掲注 4)325 頁。30) 荒井・前掲注 4)328 頁。31) 最初は、昭和 21 年に施行された戦時補償特別税法及び財産税法において規定された。32) 武田・前掲注 25)1424 頁。33) 納税者から適法な更正の請求がなされた場合、課税庁には調査義務があり、調査の結果、申告の誤

りが明らかになった場合、課税庁は合法性の原則により更正義務が発生する。金子・前掲注 8)73 頁、669 頁。

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と認めるときには更正すべき理由がない旨を納税者に通知しなければならないものとされている(法 23 条 4 項)。 とすれば、更正の請求を受けた課税庁は、更正の請求の適法性(形式的要件)と理由の有無(実体的要件)を調査、認定する必要があり、かかる手続を分析的に考察すると、更正の請求は、更正の請求が適法になされているかどうかという形式的要件を判断する手続と、更正すべき理由があるかどうかという実体的要件を判断する手続の二つの手続を内包していると評価できるのである 34)。 これは、民事訴訟において、裁判官が原告の請求に理由があるかないかを判断する前提として、訴えに訴訟要件 35)を備える必要があり、訴訟要件が備わっている訴えに対しては、請求理由について審理され、「請求認容」、「請求棄却」という本案判決が言い渡されるのに対し、訴訟要件を欠く訴えに対しては、請求理由についての審理はなされず、単に「訴えの却下」という訴訟判決(いわゆる門前払いの判決)が言い渡されるのと同様に捉えることができる 36)。

(2)上記見解を示唆する裁判例 この点、判決等の客観性、合理性が争点となった裁判例ではないが、横浜地裁昭和 60年 7 月 3 日判決 37)において興味深い指摘がなされている。 事案としては、原告(法人)が、不動産売買契約による譲渡益等を計上した事業年度より後続の事業年度において当該売買契約を解除し、所有権移転登記抹消登記手続請求訴訟を提起し、判決を取得し、本号に基づき、後発的理由による更正の請求を行ったケースにおいて、課税庁が更正の理由がないとした事案である。 かかる事案に対し、以下の判示がなされた。 「通則法 23 条 2 項 1 号によれば、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により、その事実が当該計算の基礎となったところと異なることが確定したときは、その確定した日の翌日から起算して 2 月以内に、同条 1 項の更正の請求をすることができる旨定められているところ、本件解除によって右計算の基礎となった本件売買契約が遡ってその効力を失うことになるから、本件解除を原因とする本件売買契約に基づく所有移転登記の抹消登記の訴えもまた、右計算の基礎となった事実に関する訴えに当たるものと解するのが相当である。 そして、前記認定事実によると、右訴えを認容する判決が確定したのは昭和 53 年 3 月28 日であって、本件各更正の請求は右確定の日の翌日から 2 か月以内になされているこ

34) 松澤智「判批」ジュリ 1167 号(1999)134 頁。35) 民事訴訟の訴訟要件としては、管轄、当事者能力、当事者適格、二重訴訟の禁止、訴えの利益など

がある。上田・前掲注 8)200 頁。36) 更正をすべき理由がない旨の通知について、理論的には却下に相当する場合と棄却に相当する場合

があるという指摘あり。碓井光明「更正の請求についての若干の考察」ジュリ 677 号(1978)64 頁。37) 横浜地判昭和 60 年 7 月 3 日行集 36 巻 7・8 号 1081 頁。控訴審は東高判昭和 61 年 11 月 11 日行集

37 巻 10・11 号 1334 頁。

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とが明らかであるから、右各更正の請求は、手続上適法になされたものということができる。 前記のような手続上適法な更正の請求がなされた場合において、右請求がその申告に係る税額が過大であるなどの通則法 23 条 1 項各号に掲げる実体的要件を満たしていないときには、税務署長は、更正すべき理由がない旨をその請求をした者に通知することになる。そして、通則法は、『国税についての基本的な事項及び共通的な事項』を定めているところ、これを更正の請求についていえば、税法の基本的な手続に関して定めているにとどまり、課税の実体的要件である納税義務者、課税物件、帰属、課税標準、税率等については、所得税法、法人税法などの各租税実体法がこれを定めているのであって、通則法の関知するところではないから、通則法 23 条 1 項各号に掲げる税額の過大等の実体的要件が満たされているか否かということについても、右租税実体法の定めるところによるものと解さざるを得ない。 したがって、更正の請求が手続上適法になされ、租税実体法の規定に照らし、税額が過大であるなどという場合には更正の請求が認められることになるが、課税標準、税額等に変動のない場合には、更正の請求も認められないことになる。 したがって原告の法人税の場合においても、通則法 23 条 2 項所定のいわゆる後発前事由が満たされたときには、当然に更正の請求が許される旨の主張は、採用することができない。」 上記裁判例は、法 23 条 2 項所定の後発的理由が満たされたとしても、更正の請求が手続上適法となるにとどまり、当然に更正の請求が認められる訳ではなく、更正の請求が認められるためには、さらに法 23 条 1 項各号に掲げる税額の過大等の実体的要件を充足する必要があり、その判断は各租税実体法の定めるところによるものとして、形式的要件と実体的要件を明確に区別して判断している。 本裁判例の論理構成はまさに、更正の請求には、更正の請求が適法になされているかどうかという形式的要件を判断する手続と、更正すべき理由があるかどうかという実体的要件を判断する手続の二つの手続を内包しているという見解と合致するものである。 ちなみに、本裁判例では、法人税の期間損益計算を理由に、売買契約締結時の事業年度の課税関係に何ら影響は及ぼさないとして、実体的要件の欠缺を理由に原告の請求を棄却している。

(3)通常の更正の請求の要件の検討 以上の見解を前提に、法 23 条 1 項が規定する通常の更正の請求の要件を検討してみる。まず、形式的要件としては、

①請求日が法定申告期限から 5 年以内であること 38)

38) その他、贈与税および移転価格税制に係る法人税についての更正の請求ができる期間は 6 年(相続税法 32 条 2 項、租税特別措置法 66 条の 4 第 16 号)、法人税の純損失等の金額にかかる更正の請求ができる期間は 9 年(法 23 条 1 項)にそれぞれ延長されている。

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②課税標準等 39)もしくは税額等 40)の計算が租税法の規定に従っていなかったことまたは当該計算に誤りがあることを理由とする更正の請求であること 41)

が挙げられる。 また、実体的要件としては、

③課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあったことにより、税額を過大に申告していること 42)

が挙げられる。 よって、更正の請求日が法定申告期限から 5 年以上経過していたり、納税申告書に記載した税額が過大であった原因が特例の適用の有無に関わるときは、形式的要件の欠缺となり、更正すべき理由がないことになる。これは、民事訴訟における訴え却下の訴訟判決と同様と解することができる。 他方、調査の結果、納税申告書に記載した課税標準に間違いがなかった場合や、税額の計算に誤りがなかった場合などは、実体的要件(事実関係)の不存在により、更正すべき理由がないことになる。これは、民事訴訟における請求棄却の本案判決と同様と解することができる。

(4)後発的理由による更正の請求の要件の検討 つぎに、本号に規定する後発的理由による更正の請求の形式的要件を検討してみる。 形式的要件としては、

①判決等が存在すること②判決等が確定した日の翌日から2ヶ月以内の更正の請求であること 43)

③納税申告にかかる課税標準等または税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えの判決であり、判決等により異なる事実が認定されたこと

が挙げられる。 そして、本号の形式的要件を充足した場合、法 23 条 2 項本文は「同項(1 項)の規定に関わらず、当該各号(2 項各号)に掲げる期間において、その該当することを理由として同項(1 項)の規定による更正の請求をすることができる」と規定していることから、更正の請求自体の実体的要件は第 1 項に根拠を求めることになり、第 1 項と同様に

39) 課税標準等とは、「課税標準」、「課税標準から控除する金額」、「純損失等の金額」をいう(法 19 条1 項、同 2 条 6 号イないしハ)。

40) 税額等とは、「納付すべき税額」、「還付金の額に相当する税額」、「納付すべき税額の計算上控除する金額または還付金の額の計算の基礎となる税額」をいう(法 19 条 1 項、同 2 条 6 号ニないしヘ)。

41) ここでは、更正の請求の理由が「課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っていなかったことまたは当該計算に誤りがあること」である必要がある。すなわち申告時に適用しなかった所得計算の特例、免税の措置等の適用を理由とする更正の請求を排除する趣旨である。

42) 法 23 条 1 項 1 号は税額を過大に申告した場合、同 2 号は純損失等の金額が過少であったか、純損失等の金額があるのに納税申告書に記載しなかった場合、同 3 号は還付金の額が過少であったか、還付金にあたる税額があるのに納税申告書に記載しなかった場合を規定している。

43) 判決が確定するためには控訴期間、上告期間を経過する必要があるが、和解は和解期日において即日確定するので、注意を要する。

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④課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあったことによって、税額を過大に申告していること

が実体的要件となる。 ここで注目すべきは、本号においては①ないし③によって後発的理由による更正の請求の形式的要件のみを規定し、形式的要件を充足する場合には法 23 条 1 項に戻って、④の実体的要件を検討すべきという条文構成をとっている点である。 すなわち、後発的理由による更正の請求は、通常の更正の請求の形式的要件である「①請求日が法定申告期限から 5 年以内であること、②課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っていなかったことまたは当該計算に誤りがあることを理由とする更正の請求であること」が、「①判決等が存在すること、②判決等が確定した日の翌日から2ヶ月以内の更正の請求であること、③納税申告にかかる課税標準等または税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えの判決であり、判決等により異なる事実が認定されたこと」という要件に変更されているが、実体的要件は通常の更正の請求と同一なのである 44)。 換言すれば、本号では特別の更正の請求の形式的要件のみを規定し、実体的要件は法23 条 1 項で規定していることから、本号の形式的要件を充足したとしても、当然に更正の請求が認められる訳ではなく、法 23 条 1 項の実体的要件を充足する必要があるのである 45)。 よって、そもそも判決等が存在していなかったり、更正の請求日が判決等が確定した日の翌日から 2 ヶ月以上経過していたり、納税申告にかかる課税標準等または税額等の計算の基礎となる事実に関する訴えでなかったり、判決等により異なる事実関係が認定されなかった場合には、形式的要件が欠缺し、更正すべき理由がないことになるが、借用概念の統一説の立場からすれば、民事訴訟法 250 条の「判決」、同法 267 条の「和解」があれば、上記②の要件は満たすことになる。 他方、調査の結果、納税申告書に記載した課税標準の前提となった事実関係に誤りがなかった場合には実体的要件が欠缺し、更正すべき理由がないことは、通常の更正の請求と同様である。 次ぎに、本号の上記要件を具体的に検討していく。

第3節 後発的理由による更正の請求における要件の検討1 要件の検討

(1)判決等が存在すること(形式的要件) 借用概念の統一説の立場からすれば、本号の判決等は、民事訴訟法 250 条の「判決」、同法 267 条の「和解」と同義であり、裁判官の言い渡しによって有効に成立した「判決」、

44) 武田・前掲注 25)1441 の 2 頁。45) 関野・前掲注 26)385 頁。

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調書に記載され、確定判決と同一の効力を有することとなった「和解」であれば、本号の判決等に該当することになる 46)。その場合、課税庁が判決等の内容に拘束されるか否かが問題となるが、かかる問題は実体的要件の検討において検討する。 なお、この点、刑事訴訟の判決が本号の「判決」に含まれるか否か問題となるが、消極に解すべきである。 なぜなら、統一説の立場においても、租税法上の概念が私法上の概念と別意に解すべきことが租税法の明文またはその趣旨から明らかな場合には別意に解すべきと考えられている。そして、本号の趣旨が申告時に予知し得なかった事態その他やむを得ない事由がその後において生じた場合における納税者の救済制度である点に鑑みれば、本号の「判決」もやむを得ない事由による「判決」であることが必要となる 47)。 そして、刑事訴訟の判決は、形式的、類型的にみて、納税者を救済すべきやむを得ない事由があるとは認められないので、本号の「判決」に刑事訴訟における「判決」は含まれないと解すべきである 48)。

(2)判決等が確定した日の翌日から 2 ヶ月以内の更正の請求であること(形式的要件) 判決等の確定時期についても、借用概念における統一説の立場からは民事訴訟法上の判決等の確定時期と同一に解すべきであり、判決については控訴・上告期間経過後等に確定し、和解は和解期日において確定するので 49)、当該確定日の翌日から 2 ヶ月以内に更正の請求を行う必要がある。 なお、この点、判決が確定したとしても判決に基づいた経済的成果が実現しない限りは担税力がないとして、「確定」を経済的成果の実現と考える見解もある。 しかし、上記見解は借用概念における統一説の考えに違反するのみならず、経済的成果の実現という概念は多義的な解釈が可能となり、基準として曖昧に過ぎるので支持できない 50)。

(3)納税申告にかかる課税標準等または税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えの判決であり、判決等により異なる事実が認定されたこと(形式的要件)51)

 まず、訴えが「課税標準等または税額等の計算の基礎となった事実」に関する訴えである必要があるが、当該事実とはどのような事実を意味するのか。 この点、課税要件事実のみと考える見解(課税要件事実説)と、課税標準等または税額

46) 武田・前掲注 25)1441 の 4 頁。47) (注 9)参照。もっとも、「やむを得ない事由」を個別具体的に判断すると、目的適合説と同様の結

論となり、筆者の指摘した目的適合説の問題が生じるおそれがあるので、「やむを得ない事由」の要件は形式的、類型的に判断すべきではないだろうか。

48) 最判昭和 60 年 5 月 17 日税資 145 号 463 頁も同旨。49) 民事訴訟法 285 条、同 313 条、同 267 条(控訴権・上告権の放棄によっても確定する。同 284 条、

同 313 条)。50) 関野和宏・前掲注 26)389 頁。51) 判決によって法令解釈が変更された場合は法 23 条 2 項 3 号、同施行令 6 条 5 号により、後発的理

由により更正の請求を行うことになる。

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等の算定に関連を有する事実をも含むとの見解(課税標準関連説)が対立するが、「課税標準等または税額等の計算の基礎となった事実」という文言から限定的に解釈すべきものとは認めにくく、むしろ納税者の救済という本号の趣旨からすれば、計算の基礎となっていれば広く「訴え」に含めるべきであり、課税標準等または税額等の算定に関連を有する事実を含むと解すべきである。 この点、最高裁昭和 57 年 2 月 23 日判決 52)は、青色申告の承認取消の処分取消も法 23条 2 項による更正の請求ができる旨判示しており、課税標準等および税額等の算定に関連を有する事実も含む課税標準関連説の立場をとっているものと評価できる 53)。 つぎに、課税標準等の算定に関連を有する事実について、判決等により異なる事実が認定される必要があるが、それは和解条項、判決主文のみならず、判決の理由中の判断における認定でも足りるのであろうか。 ここで、民事訴訟における訴えとは、原告が裁判所に対して、被告との関係での権利を主張し、その当否につき、審理・判決を要求する行為をいい、かかる訴えにおいて審理・判決の対象となる権利・法律関係のことを訴訟物と呼ぶ 54)。 そして、民事訴訟では、訴訟物についての判断が判決主文によって示されるが、判決理由中の判断はその前提問題に過ぎず、判決の効力も判決主文(訴訟物)にしか及ばないものとされている 55)。 したがって、判決等により異なる事実が認定されたというためには、判決の理由中の判断における認定では足りず、訴訟物たる権利・法律関係についての認定、または訴訟物たる権利・法律関係を直接基礎付ける事実についての認定である必要がある 56)。

(4)課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあって、税額を過大 57)に申告していること(実体的要件) つぎに、実体的要件の検討に入る。 本号の形式的要件を充足したからといって、当然に更正の請求が認められる訳ではなく、更正の請求が認められるためには、さらに法 23 条 1 項に定める実体的要件を充足しなければならない。 すなわち、課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあって、税額を過大に申告していたという事実そのものが要件として必要とされているのである。

52) 民集 36 巻 2 号 215 頁。53) 金子・前掲注 7)744 頁、関野・前掲注 26)389 頁。54) 上田・前掲注 8)129 頁、155 頁。55) 確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有する(民事訴訟法 114 条 1 項)。56) 関野・前掲注 26)393 頁。57) 納付すべき税額を過少に申告している場合は修正申告を行うことになる(法 19 条)。その意味では、「請求内容が納付すべき税額の減額を求めるものである」という要件も更正の請求の形式的要件として考えることはできる。

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 ここで、まず判決等の既判力について検討する。なぜなら、課税庁が判決等の判断内容に拘束されるとすれば、課税庁としては、判決等の内容に従い、当然に更正の請求を認めるべきという結論になるからである。 そもそも既判力とは、法的安定要求、紛争の一回的解決要求から認められる法的効力であり、確定判決等の判断内容の後訴での通用力ないし基準性をいう 58)。判決等に既判力が生じると 59)、当事者は既判力のある判断内容に反する申立や主張は許されなくなり、また、後訴において裁判所は、既判力で確定された判断内容に拘束され、かかる内容を前提として審理・判決をしなければならなくなる。 そして、既判力の客観的範囲については、民事訴訟法 114 条 1 項において「確定判決は主文に包含するものに限り既判力を有する」と規定していることから、訴訟物たる権利・法律関係についての判断に限られるものとされ(和解の場合は和解条項全般)60)、既判力の基準時(時的限界)については、判決が事実審の口頭弁論終結時までに提出された事実や証拠に基づき、事実審の口頭弁論終結時における権利・法律関係を判断するものであることから、事実審の口頭弁論終結時(和解の場合は和解成立時)とされる。 また、既判力の主観的範囲については、既判力が当事者主義の訴訟構造の下、自己責任原理に基づく訴訟追行結果であることからも、既判力に拘束される範囲は、手続保障要求が充足されている当事者のみであり、手続保障要求が充足されていない第三者にまで既判力は及ばないとされている。 すなわち、確定判決等の通用力である既判力については、事実審の口頭弁論終結時(和解の場合は和解成立時)における訴訟物たる権利・法律関係の判断についてであり、それは当事者間にのみ及ぶものと解されているのである。 とすれば、課税庁が判決等の内容に拘束されるか否かについては、そもそも、既判力の及ぶ内容は、事実審の口頭弁論終結時(和解の場合は和解成立時)における訴訟物たる権利・法律関係の判断内容に過ぎず、更正の請求の原因となった過去の権利・法律関係にまで遡るものではなく 61)、さらにその既判力が及ぶ範囲も当事者のみであって、課税庁に及ぶことはないのであるから、二重の意味で課税庁は判決等の内容に拘束されないということができる。 そうすると、課税庁は独自の調査により、課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあって、税額を過大に申告していたかという

58) 上田・前掲注 8)462 頁。59) 訴訟上の和解に確定判決同様の既判力を認めるべきかについては見解の対立が著しいが、本稿では、

判決と和解を同列に論じている関係上、既判力肯定説を前提とする。上田・前掲注 8)431 頁。60) この点、前訴で当事者が主要な争点として争い、かつ、裁判所がこれを審理して下したその争点に

ついての判断には後訴においても通用力を認めるべきという議論がある。これを争点効理論という。新堂幸司『新民事訴訟法』(第 4 版、弘文堂、2008)669 頁、上田・前掲注 8)480 頁。

61) 和解条項において過去の法律関係を合意した場合、過去に遡って既判力が及ぶか問題となりうるが、いずれにしても課税庁に既判力は及ばないので、本稿では検討しない。

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事実認定をすれば足りるのである。その場合、後発的理由による更正の請求の原因となった判決等は、単に調査、認定における一資料に過ぎないことになるのである(もちろん、判決等が事実認定における有力な資料になることを否定するものではない)。

2 小括 以上から、後発的理由による更正の請求の要件を整理すると以下のようになる。まず、㋐標準等または税額等の算定に関連を有する事実に関する訴えの㋑判決または和解において、㋒訴訟物たる権利・法律関係またはそれを基礎付ける事実関係について納税申告時と異なる認定がなされた場合(理由中の判断は含まれないという趣旨)に、納税者は、㋓当該判決または和解が確定した日の翌日から2ヶ月以内の期間であれば、本号に基づく更正の請求をすることができる。 上記要件を欠く場合、課税庁は、形式的要件の欠缺を理由として、法 23 条 4 項に基づき、納税者に対し、更正すべき理由がない旨の通知をすることになる。 そして、適法な更正の請求があった場合、課税庁は、法 23 条 4 項に基づき必要な調査を行い、調査の結果、㋔課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあり、税額を過大に申告していたと認められる場合、同項及び同24 条に基づき更正処分を行うことになる。 他方、判決等の内容が実際の法律関係、事実関係と異なっていたり、納税申告時の法律関係、事実関係に影響を及ぼさないものと認められる場合、課税庁は、実体的要件の欠缺を理由として、法 23 条 4 項に基づき、納税者に対し、更正すべき理由がない旨の通知をすることになる。 なお、課税庁は、事実関係、法律関係の調査において、判決等の内容、既判力に拘束されることはなく、独自に調査して認定することができる。 また、その後の異議申立、審査請求、税務訴訟においても、更正の請求の原因となった判決等の内容に拘束されることなく、独自に上記要件の該当性が判断されることになる。

第4節 前記裁判例の整理1 はじめに 前記裁判例①ないし⑥の事案を、本稿における理論的枠組みを前提として整理した本号の適用要件㋐ないし㋔にあてはめてみる。

2 裁判例①について 裁判例①は、相続回復請求訴訟における和解に基づく更正の請求の事案である。 当該事案は、裁判例①も判示するように、当該訴訟の争点は遺産の範囲ではなく、逸失した遺産の返還であり、遺産の返還を一部放棄するという和解を成立させているが、当該訴訟は㋐標準等または税額等の算定に関連を有する事実に関する訴えには該当しないので、

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形式的要件が欠缺することになる。 この点、裁判例①は、本号の「和解」に該当しないと判示しているが、本号における

「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の記となった事実に関する訴え」についての「和解」ではないという意味では、本稿の考え方と整合する裁判例であり、支持できる内容である。

3 裁判例②について  裁判例②は、相続人が、相続した土地について無償返還届出書が提出されていたことから、当該土地には借地権の負担がないものとして相続税の申告をしたが、その後の土地明渡請求訴訟において、借地権の存在を認める内容の和解が成立した事案である。 そして、裁判例②は、無償返還届出書は借地権の効力に影響を及ぼすものではなく、本件和解は、従前の権利関係等に異動を来すものではなく、借地権に関する今後の条件について合意したものに過ぎないので、本号の「和解」には該当しないと判示した。 たしかに、裁判例②の判示するとおり、本件和解が借地権に関する今後の条件について合意したものに過ぎない場合は、㋐標準等または税額等の算定に関連を有する事実に関する訴えの㋑判決または和解ではあるものの、㋒訴訟物たる権利・法律関係またはそれを基礎付ける事実関係について納税申告時と異なる認定がなされた場合には該当しないことから、本号における「その申告、更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の記となった事実に関する訴え」についての「和解」ではないといいうる。 しかし、納税者としては、借地権が存在しないものとして納税申告を行っており、本件和解において借地権の存在が認められたのであるから、単なる借地権に関する今後の条件について合意をしたのではなく、借地権の存在という㋒訴訟物たる権利・法律関係またはそれを基礎付ける事実関係について納税申告時と異なる認定がなされた場合に該当するというべきではないだろうか。この点で裁判例②の判示理由には若干の疑問が残る 62)。 もっとも、㋒が認められるとしても、実体的要件である㋔課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあり、税額を過大に申告していたと認められる場合に該当するか否かは別途検討する必要がある。

4 裁判例③について 相続人が相続税の申告を行った後、第三者から被相続人に対する 2 億 1000 万円の貸付について訴訟を提起され、請求認容の判決が言い渡された事案である。 裁判例③では、本件判決がもっぱら相続税の軽減を図る目的の馴れ合い訴訟によって取得したものであるから、その実質において、客観的、合理的根拠を欠くものとして本号の

62) 納税者が借地権の存在を認めつつ、無償返還届出書が提出されていることから自用地価額で評価しなければならないと考えていたり、無償返還届出書を理由に将来借地権を消滅させることができると考えていた場合には、従前の権利関係等に異動を来すものではなく、㋒の要件が欠缺することになる。

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「判決」には該当しないと判示した。 しかし、既に検討したように裁判所において有効に成立した判決である以上、㋑判決または和解に該当しないと解釈すべきではない。 本件判決が、㋐標準等または税額等の算定に関連を有する事実に関する訴えの㋑判決または和解であり、本件判決において、㋒訴訟物たる権利・法律関係またはそれを基礎付ける事実関係について納税申告時と異なる認定がなされた以上、㋓当該判決または和解が確定した日の翌日から2ヶ月以内に更正の請求がなされていれば、本号の形式的要件は充足しているというべきである。 その場合、本号の実体的要件である㋔課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあり、税額を過大に申告していたと認められる場合に該当するか否かを課税庁が独自に調査、認定することになるが、そこで、本件判決の書証、経緯、訴訟行為の不自然性、その他の証拠の不存在などを理由に 2 億 1000 万円を借り入れた事実を認めず、課税標準等の計算に誤りはなく、税額を過大に申告していた事実は認めらないとして、実体的要件の欠缺を理由に更正の請求を否定すべき事案であったと考える。

5 裁判例④について 裁判例④では、所有権移転時期について客観的事実と異なる和解をした事案につき、不当な租税回避を認めることはできないとの理由で、法 23 条 2 項の適用を否定した。裁判例④の結論自体は妥当であると考えるが、同項の適用を否定した根拠が明らかではない。 本件の場合、形式的要件は充足するが、実体的要件である㋔課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあり、税額を過大に申告していたと認められる場合には該当しないと端的に判示すれば足りたのではないだろうか63)。

6 裁判例⑤について 裁判例⑤は、長期譲渡の所得税率適用を受けるため、売買契約を合意解約し、和解期日において改めて売買した事案について、真実の権利変動はないとの理由で更正すべき理由はないと判示している。 裁判例⑤の結論は妥当であると考える。理由について明確ではないが、実体的要件である㋔課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあり、税額を過大に申告していたと認められる場合の欠缺を理由として「更正すべき理由はない」と判示しているとすれば本稿と同様の理論的枠組みであり、その理由も支持

63) 本件は税法上の特別な問題ではなく、単なる事実認定において更正の請求 23 条 2 項は理由がないと判示すれば足りるとの見解もある。松澤・前掲注 34)135 頁。

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できる。

7 裁判例⑥について 裁判例⑥は、借地権の贈与認定を防ぐため、建物所有権者を変更する内容の即決和解を成立させた事案について、専ら当事者間で税金を免れる目的のもとに馴れ合い訴訟でなされた和解など客観的・合理的根拠を欠くものは右条項にいう「和解」には含まれないと判示している。 しかし、既述のとおり、裁判所において有効に成立した和解である以上、㋑判決または和解に該当するというべきである。 本件和解が、㋐標準等または税額等の算定に関連を有する事実に関する訴えの㋑判決または和解であり、本件判決において、㋒訴訟物たる権利・法律関係またはそれを基礎付ける事実関係について納税申告時と異なる認定がなされた以上、㋓当該判決または和解が確定した日の翌日から2ヶ月以内に更正の請求がなされていれば、本号の形式的要件は充足しているというべきである。 もっとも、本件においては、借地権の贈与認定を防ぐため、建物所有権者を変更する内容の即決和解を成立させいるのであるから、本号の実体的要件である㋔課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあり、税額を過大に申告していたと認められる場合には該当せず、実体的要件の欠缺を理由に更正の請求を否定すべき事案であったと考える。

第4章 まとめ

 以上のとおり、更正の請求には、更正の請求が適法になされているかを判断する形式的要件と、更正すべき理由があるかを判断する実体的要件が存在し、課税庁による更正の理由がない旨の通知も、形式的要件の欠缺を理由とする通知と実体的要件(事実関係)が存在しないことを理由とする通知が存在することを明確に区別する必要がある。 そして、法 23 条 2 項は後発的理由による更正の請求の形式的要件のみを規定した規定であり、後発的理由による更正の請求の実体的要件は同条 1 項に規定されている。 とすれば、本号に規定する「和解」、「判決」も更正の請求の形式的要件の一つなのであるから、その内容の客観性、合理性を問うべきではなく、あくまでも形式的に判断されるべきである。よって、借用概念の統一説の立場からすれば、裁判官の言い渡しによって有効に成立した「判決」、調書に記載され、確定判決と同一の効力を有することとなった

「和解」であれば、本号の「和解」、「判決」にも該当するというべきである。 そして、「判決」、「和解」の内容の合理性、客観性については、実体的要件である「課税標準等もしくは税額等の計算が租税法の規定に従っておらずまたは当該計算に誤りがあり、税額を過大に申告していたと認められる」か否かという判断において考慮される問題

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に過ぎない。 本稿で紹介した裁判例の結論は概ね支持できるものであるが、その理由付けは、形式的要件と実体的要件を混同していたり、「判決」、「和解」を目的論的に解釈しているものなど支持できないものが多い。中には形式的要件と実体的要件を区別して判示している裁判例も存在するが、それは客観性、合理性を備えた判決等に基づく更正の請求の事案における裁判例に過ぎない。 本稿で示した理論的枠組みは、客観性、合理性を備えていないいわゆる馴れ合い訴訟による判決等に基づく更正の請求の場合にも広く及ぼすべきであろう。 以上

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第二次納税義者の権利救済とその実効性-平成 18 年最高裁判決の検証とその後の課題-

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【目次】序論第1章 平成 18 年最判前の権利救済の検証 第1節 権利救済に係る主要判例の検証 第2節 権利救済に係る学説の検討第2章 平成 18 年最判における権利救済の実効性 第1節 1 審及び原審の判旨と最高裁判断

第二次納税義者の権利救済とその実効性 -平成 18 年最高裁判決の検証とその後の課題-

Toward More Accessible Judicial Relief for Secondary Taxpayers:Considering the 2006 Supreme Court Decision

髙橋 ちぐさ*

要約第二次納税義務者が、主たる納税義務に係る争訟を行う場合として問題となるのは、主たる

納税義務に無効原因に至らないが取り消し得る瑕疵が存する場合である。これについては、さらに、次の二つの場合が想定し得る。すなわち、①第二次納税義務者が、主たる納税義務の違法を理由に、主たる納税義務の取消訴訟を提起する場合と②第二次納税義務者が、主たる納税義務の違法を理由として、第二次納税義務の納付告知処分の取消訴訟を提起する場合である。

この二つの権利救済の方法について判例や学説の立場は、大きく分かれているが、本論文では、原理原則に立ち戻り、誰しもが日本国憲法 32 条において定められている裁判を受ける権利を有することを大前提として、第二次納税義務者についても行政による権利・利益の侵害があった場合に争訟の場で争う機会が与えられるべきであるという立場から学説・判例を検証し、合理性がありかつ最も実効性を有する権利救済の方途を導き出すべく、論旨を展開する。

1章では、第二次納税義務制度の趣旨を概観し、権利救済についての問題提起を行う。次に第2章において主要判例である昭和 50 年最判と平成 3 年最判を取り上げ、これらの判決の問題点を分析する。さらに、この判例当時の学説を、通説といわれる第二次納税義務者の権利救済に消極的な見解とこれに積極的な見解に分けてそれぞれの理論構成を確認する。 次章において平成 18 年最判を検証し、主たる課税処分の瑕疵に対する原告適格等と出訴期間等の起算日について検討し、昭和 50 年・平成 3 年最判との相違点とこの判決の射程範囲を明らかにする。その上で、平成 18 年最判が出した権利救済の方法である主たる納税義務の取消訴訟で直接争う方法の問題点を明らかにする。 最終章において、平成 18 年最判の少数意見を確認し、納付告知処分の取消訴訟で主たる納税義務の瑕疵を争う方法を検討する。まず、これを認めないとしていた消極説が根拠としていた公定力と納付告知処分の法的性質について検討し、次に二つの理論構成である違法性の承継を認める考え方と客観的にあるべき主たる納税義務を争う方法とをそれぞれ検討し、真に実効性のある権利救済の方法としての結論を導き出す。

*税理士、2011 年青山学院大学修士(ビジネスロー)。

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 第2節 争点の検証 第3節 過去の主要判例との相違点と判決の射程範囲 第4節 判決後の問題点 第5節 小括第3章 納付告知処分の取消訴訟で争うことの合理性と実効性 第1節 平成 18 年最判における少数意見の検証 第2節 合理性の検証 第3節 違法性の承継の可否と実効性 第 4 節 客観的にあるべき主たる納税義務を争うという方法結論

序  論

1 はじめに 第二次納税義務者の権利救済に関する問題は古くから学者間で議論されており、その多くは昭和 50 年の最高裁判決 1)を受けて論じられたものである。当該判例は、第二次納税義務者が主たる納税義務の瑕疵を、第二次納税義務の納付告知処分の取消訴訟において争うことについて、その原告適格性が否定されたものであり、その判旨は、その後の第二次納税義務に係る判決又は裁決において引用され、いくつかの例外を除き、原告の請求をことごとく退けることとなる、その基となった重要判決である。 この判決から 30 余年経った平成 18 年の最高裁判決 2)において、主たる納税義務に係る取消訴訟につき第二次納税義務者に原告適格を認め、その不服申立期間の起算日を、主たる納税義務者に課税処分が送達された日の翌日ではなく、第二次納税義務者に対し納付告知処分がされた日の翌日と解すべきであると判示し、第二次納税義務者の権利救済がより実効性が伴うものとなる判決として注目を集めた。その判決の中で、補足意見として裁判官の一人がかつての昭和 50 年最高裁判決に言及し、第二次納税義務者が自らの納付告知処分の取消訴訟において、主たる納税義務の瑕疵を争うことができないとした当該判決は取り消されるべきであると主張した。この裁判官の提言内容は、第二次納税義務者の権利救済に係る学説において賛否それぞれの意見をもって常に議論の対象となってきたものである。この提言を受けて最高裁判決の流れが変わるのか否か、今後の裁判の動向に注目が集まる今、改めてこの問題を研究することに大きな社会的意義を見出すものである。なぜなら国税通則法は 1962 年に制定以来、実に 50 年振りに大規模改正が行われたものの、かねてからの懸案である第二次納税義務制度の法整備はいまだ行われておらず、根本的な見直しの論議の必要性を強く感じるからである。

1) 最判昭和 50 年 8 月 27 日民集 29 巻 7 号 1226 頁。2) 最判平成 18 年 1 月 19 日民集 60 巻 1 号 90 頁。

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第二次納税義者の権利救済とその実効性-平成 18 年最高裁判決の検証とその後の課題-

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 本論文においては、この平成 18 年最判の権利救済の実効性を検証した上で、もっとも合理性・実効性の伴う第二次納税義務者の権利救済の方途について、独自に検討を試みた上で、原理原則に立ち戻り、誰しもが日本国憲法 32 条において定められている裁判を受ける権利を有することを大前提として、第二次納税義務者についても行政による権利・利益の侵害があった場合に争訟の場で争う機会が与えられるべきであるという立場から学説・判例を検証し、合理性がありかつ最も実効性を有する権利救済の方途を導き出すべく、論旨を展開する。

2 問題の所在 第二次納税義務制度の問題点の多くは、国税通則法に何らの規定も設けられていないこと、そして国税徴収法においても若干の規定があるにとどまり、解釈上不明確な点が多いことに起因している。中でも第二次納税義務者の権利救済に係る問題は、第二次納税義務者に対する納付告知の性質や主たる納税義務者との関係性が必ずしも明確化されていないことから、その解釈上支障をきたすことがしばしばであった。 第二次納税義務者が、主たる納税義務に係る争訟を行う場合としては、まず主たる納税義務が無効又は不存在の場合があげられる。第二次納税義務の成立にあたっては、主たる納税者の租税債務、すなわち「主たる納税義務の存在」が前提となっている以上、この課税処分が無効又は不存在である場合には第二次納税義務は成立し得ないことはあきらかであって、第二次納税義務者がこれを主張し無効等確認訴訟を提起し得るのは当然である。判例 3)もこれを認め、大勢の学説も支持していることから本論文ではこれに言及しない。 問題となるのは、主たる納税義務に無効原因に至らないが取り消し得る瑕疵が存する場合である。これについては、さらに、次の二つの場合が想定し得る。すなわち、第二次納税義務者が、主たる納税義務の違法を理由として、 ① 主たる納税義務の取消訴訟を提起する場合 ② 自らの納付告知処分の取消訴訟を提起する場合である。 このうち①の「主たる納税義務の取消訴訟を提起する場合」については、行政事件訴訟法 9 条に定める原告適格の範囲が論点となり、この権利救済が実行可能なものとなるかどうかは、不服申立期間の起算日をどの時点に持ってくるかによって、大きく変わってくる。従来の学説でも、第二次納税義務者の権利救済を図る方法としてその原告適格を認めるという説が大半を占めていたが、昭和 50 年最判前後に展開された議論の中には、それを認めるとしながらも、不服申立期間の起算日は主たる課税処分が主たる納税義務者に対して送達された日の翌日以外は認められない 4)とするものがあり、これではまったく実効性が

3) 前掲注 1)他多数。4) 吉良 実「第二次納税義務と主たる納税義務の関係(2・完)」税法学 257 号 25 頁。

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伴わない机上の空論となってしまう。何故なら、第二次納税義務者は、自らに納税義務が降りかかってくることを知り得るのは、第二次納税義務者に対して納付告知がされてからであり、主たる納税義務者に対して課税処分がなされた日をもって不服申立期間の起算日とした場合、事実上権利救済の道は閉ざされるからである。 一方の②「第二次納税義務の納付告知処分の取消訴訟を提起する場合」については、同18 年最判における泉裁判官の補足意見において、認められるべきであると提言されたものであり、従来の学説は賛否が分かれて存在している。 次章において、過去の判例や学説の分析を通じて、その当時の権利救済の実態を検証する。

第 1 章 平成 18 年最判前の権利救済の検証

第1節 権利救済に係る主要判例の検証 この節では第二次納税義務者の権利救済に関わる議論のそもそもの始まりでありその後の裁判において大きく影響を及ぼした昭和 50 年最高裁判決と主たる納税義務の課税処分に対する取消し訴訟の原告適格が初めて認められた平成 3 年最高裁判決の 2 例を取り上げ、分析を試みることによって、判例の立場・変遷を明らかにする。1 昭和 50 年最判

(1)事案の概要 Xは、法人税法の同族会社である株式会社A商店(以下、「A 社」という。)の代表取締役であり、かつ、当該同族会社の判定の基礎となる株主であった。Xは自己所有の土地及び建物をA社に使用させていたが、A社は当該土地建物を、A社の事業遂行上不可欠な財産として使用していた。 A社は昭和 35 年 6 月に、昭和 31 年度分及び 33 年分の法人県民税と法人事業税についてY県税事務所長から更正処分を受けたが滞納状態にあった。 A社は当時既に自社の財産をすべて処分し解散していたため、滞納税額を徴収することができないこと、A社は法人税法 7 条に規定する同族会社であり、Xはその判定の基礎となる株主であること、XがA社に貸与していた土地および倉庫はA社の事業の遂行上欠くことができない重要財産であること等を根拠として、Y県税事務所長はXに対し、地方税法 11 条の 6 第 2 号 ( 共同的な事業者の第二次納税義務 ) 所定による第二次納税義務者として納付告知をした。Xは上記のYの主張に対して、そもそもA社は当該年度に事業所得がなかったと主張し、A社の課税処分に瑕疵があるとして、納付告知の取り消しを求め提訴した。 1 審 5)は、法人県民税に関する部分については請求を棄却し、法人事業税については、

5) 岡山地判昭和 42 年 3 月 29 日行集 24 巻 10 号 1066 頁。

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A社の所得の存在を認めることができないのであるから、その部分についてのXに対する納付告知処分は「違法というべく取消しを免れない。」としてXの請求を一部認容したが、原告・被告がそれぞれ敗訴部分につき控訴した原審 6)は、法人県民税についての判断は 1審を支持し、法人事業税に関する部分については、第二次納税義務者に対する納付告知処分の実質は、主たる納税義務の徴収手続の 1 つにすぎず、課税処分と滞納処分との間に違法性の承継が認められない以上、第一次納税義務者に対する課税処分の瑕疵をその理由とすることはできないとして、Y県税事務所長の本件納付告知処分の適法性を認め、Xの請求を全面的に退けた。Xはこれを不服として最高裁に上告した。

(2)判 断 第二小法廷は、国税徴収法及び地方税法に定める第二次納税義務者に対する納付告知は、形式的には独立の課税処分であるけれども、実質的には、第二次納税義務者を本来の納税義務者に準ずるものとみてこれに主たる納税義務についての履行責任を負わせるものにほかならないのであるから、主たる課税処分等により確定した主たる納税義務の徴収手続上の一処分としての性格を有しており、第二次納税義務者は主たる納税義務について本来の納税義務者と同様の立場に立つものというべきであって、主たる課税処分等が不存在又は無効でないかぎり、主たる納税義務の確定手続における所得誤認等の瑕疵は第二次納税義務の納付告知の効力に影響を及ぼすものではなく、第二次納税義務者は、納付告知の取消訴訟において、確定した主たる納税義務の存否又は数額を争うことはできない、と判示して上告を棄却した。 最高裁の当該判旨は、第二次納税義務者について、本来の納税義務者とは納税主体を異にする別個独立した存在であるという説を採らず、一般に第二次納税義務制度の趣旨とされる租税徴収制度調査会答申 7)を引用し、第二次納税義務者について、本来の納税義務者の納税上の責任を有する者としての立場と当該義務が本来の納税義務の補充的に課される義務であることを重視したものである。

(3)検 討 最高裁で争点となるべきは、第二次納税義務者の納付告知処分の取消訴訟において主たる納税義務についてその発生の基礎となる所得の存否又は数額についての認定誤りが、無効原因に至らない程度の瑕疵であった場合、第二次納税義務者がそれを理由として自己に対する納付告知の取消しを求めることができるかということであった。 本件判旨では、納付告知の性質を主たる納税義務の徴収手続きの一つに過ぎないとしているが、その根拠は、第二次納税義務とは主たる納税義務者の財産につき徴収不足が生じ

6) 広島高判昭和 48 年 10 月 15 日判タ 304 号 190 頁。7) 昭和 33 年 12 月租税徴収制度調査会答申第三の一の 1 「第二次納税義務制度のあり方」。

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た場合に専らその徴収を確保するために補充的に課せられるためのものであるから、主たる納税義務の徴収手続きの一環としてみて差し支えないということであろうが、これは第二次納税義務者と主たる納税義務者の間に密接な親近性が存在すること、すなわち両者の実質的な一体性が前提条件である。しかしあらゆる第二次納税義務者が主たる納税義務者と常に親近性・一体性を有し同一人格に準ずると断定するのはあまりにも強引過ぎる。確かに本件は、地方税法 11 条の 6 に定める「共同的な事業者の第二次納税義務」が課せられた事例であり、第二次納税義務者は同族会社の代表取締役で、同族会社の判定株主である。一方滞納者である主たる納税義務者は、当該同族会社であり両者は実質的に一体と目されて差し支えない関係性を有しているといえる。佐藤繁氏は、本件の最高裁判例解説 8)

で「主たる納税義務の存否等についての第二次納税義務者の訴権利益は、主たる納税義務者によっていわば代理されている」としているが、一方で「およそいかなる者でも立法が第二次納税義務者として定めさえすれば、当然に争訟の機会を与えなくてもよいとしているものではない。」として、本件の射程範囲がすべての第二次納税義務者に当てはまるものではないことを示唆している。しかし本判決においては、その射程範囲に言及しなかったことにより結果的に主たる納税義務者との関係性はまったく区別されることなく、あらゆる第二次納税義務者の訴権利益を損なうことになったことを鑑みると、当該判旨が第二次納税義務者の権利救済に対して与えた負の影響は計り知れない。

2 平成 3 年最判(1)事案の概要 訴外会社Aは昭和 58 年 5 月 31 日の株主総会で解散決議をし、昭和 59 年 1 月 23 日に清算を完了、同年 6 月 21 日に清算完了の登記を行っている。A社は、本件事業年度の法人税につき確定申告を行ったところ、税務署長Yは右申告に対し昭和 59 年 6 月 30 日付けで更正処分及び過少申告加算税賦課処分(以下「本件課税処分」という)を行った。A社はこれを不服として異議申立及び審査請求をしたがいずれも棄却された。そこでA社の清算人であるXは、国税徴収法 34 条(清算人等の第二次納税義務)所定の第二次納税義務者として納付告知処分を受けるおそれがあるとして、本件課税処分の無効確認を求める主位的請求と取消を求める予備的請求を行った。 第 1 審判決は、主位的請求につき、行訴法 36 条に規定する「当該処分又は裁決に続く処分により損害を受けるおそれがある者」に該当するとして、無効確認訴訟における原告適格を認めた上で本件課税処分に重大かつ明白な瑕疵はないとして請求を棄却した。予備的請求については、課税処分の法的効果が本来的には第二次納税義務者に及ばず、主たる納税義務の確定の結果第二次納税義務者が履行責任を負担しなければならない危険を負うのはいわば主たる課税処分確定の反射的結果に過ぎないとして、第二次納税義務者は行訴

8) 佐藤 繁「判解」『最高裁判所判例解説民事篇(昭和 50 年度)第 1 版』(法曹会、1991)409 頁。

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法 9 条にいう「法律上の利益を有する者」に当たらず、原告適格は認められないとした。Xはこれを不服として控訴した。

(2) 判 断 高裁は、無効等確認訴訟について原告適格を認めた 1 審を支持し、さらに予備的請求である取消訴訟においても「第二次納税義務者の救済のために、主たる課税処分等そのものに対して第二次納税義務者が取消訴訟を提起することができるものと解するのが相当であり、この理は、第二次納税義務を課されるおそれがある者が現実に納付告知を受けるまでの間においてもこれを別異に解する要をみない」として第二次納税義務者の原告適格を認めた。しかし出訴期間の起算点については、主たる課税処分に対する時機に遅れた取消訴訟の提起を許すことが、徴税の安定と能率を害するおそれがあることを考慮すると、主たる課税処分が主たる納税義務者に告知された時をもって基準とするのが相当であるとした。さらに原告適格が認められたことから原審において主たる課税処分につき実体判断を行った結果、主たる課税処分は適法であるとしてXの請求を棄却した。Xはこれを不服として上告したが、最高裁は原審を支持し棄却した。

(3)検 討 本件判決において、初めて第二次納税義務者に主たる課税処分の取消訴訟における原告適格が明確に認められ、またそれを納付告知処分前の第二次納税義務を受けるおそれがある者についても同様と判断された。この点について前述の昭和 50 年判決では原審で言及しているものの最高裁では明確に判断を示していなかった。 しかし本件判決のような立場で、第二次納税義務者の権利救済に係る問題が解決されることになるかというと、その点には大いに疑問が残る。本件判決は、主たる納税義務者と第二次納税義務者の関係を同一視し、納付告知処分の性質を主たる課税処分の徴収手続き上の一処分であるとして納付告知処分の取消訴訟で主たる納税義務を争うことを否定した昭和 50 年最判の立場を踏襲した上で、主たる納税義務そのものの取消訴訟の原告適格を認めたものであり、出訴期間の起算点について「徴税の安定と能率を害するおそれがあることを考慮」して、主たる納税義務者に告知がされた時を基準とするとしている点からも第二次納税義務者への権利救済が進んだとは考え難い。既述の通り、第二次納税義務者は、主たる課税処分がなされたことを納付告知処分があるまで知らない可能性が少なくないのであるから、本件判決のごとく主たる課税処分時を起算点とすると出訴期間を徒過してしまうことになりかねず、権利救済の実現可能性は、現実には極めて低いと言わざるを得ない。 一方で、第二次納税義務者が主たる課税処分を争う場合の原告適格に関する行政事件訴訟法 9 条及び 36 条の要件に関する判断を示したという点では評価できる部分もある。この判決の延長線上に後述の平成 18 年最判があるのは間違いないと思われる。

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第2節 権利救済に係る学説の検討  昭和 50 年最判前後の学説の傾向を分析すると、第二次納税義務者が自己に対する納付告知の基となった主たる納税義務の瑕疵を争うことについての争訟手段は、明らかなる無効の場合を除き、基軸となるのは、第二次納税義務者が、主たる納税義務の取消訴訟を直接提起するか、または自らの納付告知処分の取消訴訟において、主たる納税義務の瑕疵を争うか、そのどちらかに大別できる。これらについて否定・肯定の組み合わせと、否定あるいは肯定をする根拠の違い等でさらに分類される。また、別の側面から見ると、第二次納税義務の権利救済に消極的な見解と積極的な見解とに分かれているということもできる。消極説の場合は、主たる納税義務の取消訴訟を直接提起する方法を支持し、積極説の場合は第二次納税義務者の納付告知処分の取消訴訟において争う方法を支持する見解を示している。もちろん大まかなこの分類にそぐわない学説 9)もあるが、大局的にみてこのように分類しても差し支えないと解する。 消極説は、納付告知処分の取消訴訟で主たる納税義務の瑕疵を争うことについて否定する考えが根底にあり、しかしそうすると第二次納税義務者が主たる納税義務の瑕疵をまったく争い得なくなり、これは妥当でないことから主たる納税義務の取消訴訟において直接争うことを認めようとするものであり、昭和 50 年最判は、この主たる納税義務を直接争うことについて明確に認める判断は下していないものの、この消極説に立っていると解することができる。消極説の理論根拠は、昭和 50 年最判に見られるように主たる納税義務者と第二次納税義務者の人格を同一とみなす、いわゆる一体説 10)に依拠している。 消極説が納付告知処分の取消訴訟で主たる納税義務を争うことを否定する学説の代表的な見解は、主たる納税義務者に対する課税処分と第二次納税義務者に対する告知処分とは

9) 例えば第二次納税義務者は主たる納税義務の瑕疵を一切争うことができず、第二次納税義務の固有の瑕疵しか争えないとする見解として、「主たる納税義務者に対する課税処分はそれを最も熟知しているところの主たる納税義務者がこれを争うに最も適しているのであり、また、主たる納税義務の取消によって常に第二次納税義務が縮減されるものではないことからも第二次納税義務者に主たる納税義務の取消訴訟につき原告適格を認めることは疑問がある」(深谷和夫「判批」国税速報第二 661 号

(1974)6 頁)があるが、第二次納税義務者に対して納付告知された金額は、主たる納税義務の滞納税額を基にしている以上主たる納税義務の取消は、第二次納税義務の縮減と密接に関わっている。

10) 第二次納税義務者と主たる納税義務者との間には親近性があり、また形式上第二次納税義務者の財産となっていたとしても、実質は主たる納税義務者の財産であると認定できるというもの、すなわち第二次納税義務者の独立性は認めず、第二次納税義務者と主たる納税義務者をほぼ一体視する考え方をいう。

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別個の処分であって、納付告知処分は、違法性の承継を認めることはできない 11)ものであり、また、主たる納税義務者に対する課税処分には公定力があるから、第二次納税義務者がその告知処分の抗告訴訟において主たる納税義務者の課税処分の違法を争い得ないとする 12)ものである。これは、伝統的な行政法学の考え方に由来しているといえよう。行政処分に公定力が認められている根拠について田中教授は、「個々の具体的な法規に基づいてではなく、行政法全体の構造に基づく。」とし、「行政権の行為にこのような特殊の効力が認められるのは、(中略)組織として行動する行政権の、法律に基づき法律に従ってなす行為であるために、(中略)相手方を拘束するだけでなく、他の国家機関も第三者も、これを尊重すべきものとすること」13)によって、行政目的が実現するのであるとしている。この田中教授を代表として展開する行政法の伝統的見解が昭和 50 年最判とその前後の学説に大きく影響を及ぼしている。 この消極説では、納付告知処分の取消訴訟において、主たる納税義務の瑕疵を争えないとしながらも、それに代わる争訟手段として直接主たる課税処分の取消訴訟を提起する原告適格を有するとしているが、その出訴期間の起算点は、あくまでも主たる納税義務者と同様に課税処分の通知があった日の翌日であるとする見解が多数説である。しかし第二次納税義務者には主たる課税処分の通知はされないのであるから、出訴期間は徒過する可能性が高く、結果として権利救済の実効性は著しく低い方途といえるものである。消極説の主張の根拠は「第二次納税義務の制度の趣旨から、主たる納税義務者と第二次納税義務者との間の行為が課税庁に対して詐害行為となるような場合を主として想定している」ため、

「たとえ第三者であっても多くの場合主たる納税義務者に対する課税処分を知り得る立場にいるもの」であることを主張する 14)。しかし第二次納税義務は詐害の事実を前提とせずに発生するものであるから、制度の趣旨 15)を曲解した主張であると解する。すべての第二次納税義務者が主たる納税義務者自身と同様に、主たる課税処分の存在を知っているとは考えられない。しかしこの見解は、結局平成 3 年最判まで影響を及ぼすこととなったのは前述の通りである。

11) 伝統的な違法性承継理論である。違法性の承継の代表的見解としては、田中二郎教授の「先行処分が違法であることを理由として、後行処分の取消の訴えを提起することができるかが問題となるが、先行処分と後行処分とが相結合して一つの効果の実現をめざし、これを完成するものである場合(例えば、農地の買収計画が違法なことを理由として、それに基づく買収処分の違法を主張する場合のごとし)には、原則として、積極的に解すべきであり、先行処分と後行処分とが相互に関連を有するとはいえ、それぞれ別個の効果を目的とするものである場合(例えば市町村議会における予算の議決と市町村税の賦課、又は租税の賦課処分と租税滞納処分のごとし)は、消極的に解すべきであろう。」

(田中二郎『新版 行政法 上巻[全訂第 2 版]』(弘文堂、1983)327 頁)とする見解がある。12) 吉良 実・前掲注 4)25 頁、藤原淳一郎「判批」ジュリスト 528 号(1973)161 頁、大崎 満「主

たる納税義務の瑕疵と第二次納税義務者の争訟手段」税務大学校論叢 9 号(1975)185 頁、今井文雄「判批」判例時報 804 号(1976)129 頁など。

13) 田中二郎『行政法総論』(有斐閣、1957)103 頁。14) 大崎 満・前掲注 12)201 頁、吉良 実・前掲注 4)25 頁など。15) 三木教授は、「いわば租税徴収の便宜のための制度」であると位置付けている。三木義一「第二次

納税義務-『徴収不足額』説からの実務への批判を中心として-」租税法研究 15 号(1987)58 頁。

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 一方の積極説は、第二次納税義務者の権利救済の方法として、納付告知処分の取消訴訟において、主たる納税義務の瑕疵を争い得ると主張している。積極説の法理論構成は、伝統的な行政法学と対極的に租税債務関係説 16)に基づき、「納税義務は行政権と無関係に租税要件の充足により成立しているのであり、租税賦課処分および租税徴収処分はともに右の納税義務を具体化・現実化するための一連の手続きとみることができる」17)のであるから、違法性の承継は認められるという見解に立っている。その上で、納付告知処分の取消訴訟において第二次納税義務者が主たる納税義務を争い得るか否かの問題は「違法性の承継の問題ではなくて、実は第二次納税義務の租税要件(租税構成要件)自体の瑕疵をめぐる問題である」とした上で、「第二次納税義務も、各本条に規定する租税要件の充足によって成立する。そして第二次納税義務納付告知処分によりそれが具体的に確定する。」とし、そうであるとすると、「実定法的に主たる納税義務のあり方自体が第二次納税義務成立の租税要件を構成している」のであるから、それゆえ、「第二次納税義務者は自己の第二次納税義務成立自体にかかわる問題として主たる納税義務の違法性(括弧内略)を主張しうるものと解さなければならない。」としている。 同じ意見を汲むものとして、「実体法レベルからみて、主たる納税者の租税債務の客観的範囲それ自体が第二次納税義務成立の構成要件に組み込まれている。それ故、第二次納税義務者は自己の第二次納税義務の範囲それ自体の問題として主たる納税者に対する課税処分の違法性を争うことができると解されよう。」18)とする見解がある。 これらの積極説 19)が唱えられたものの、昭和 50 年最判で納付告知処分の取消訴訟において第二次納税義務者が主たる納税義務の瑕疵を争うことを認めない判断が下されて以降、権利救済に係る判例の傾向は変ることなく、平成 3 年最判に至っている。 平成 3 年最判は、主たる納税義務の瑕疵を第二次納税義務者が直接争い得ると判断した初めての最高裁判決であったため、第二次納税義務者の権利救済が一見進んだかのように見えるが、平成 3 年判決はその判旨を見る限り、第二次納税義務者の権利救済につき昭和50 年判決の立場をそのまま踏襲したもので、昭和 50 年最判において明確に判断しなかっ

16) ドイツにおいて伝統的な行政法学説は、租税法律関係を国又は地方公共団体が優越する権力の主体として人民に対する命令服従の関係として特徴付けられるもの(租税権力関係説)としていたのに対し、租税債務関係説は、租税法律関係を公法上の債権債務関係としてとらえる考え方である。北野弘久『税法学原論[第 6 版]』(青林書院、2007)238 頁。また谷口教授は、「租税債務関係説は、法律の定める課税要件の充足によって納税義務が成立するものとし、課税要件法を、国民の納税義務を創設する権限を税務官庁に付与する授権法・手続法としてではなく、国と国民との間の租税債権債務を規律する実体法として性格づける考え方であり、租税権力関係説と比較すると、納税義務の成立について税務官庁の創設的な行為が介入する余地を認めない点に、その特徴がある」と説明している。谷口勢津夫「納税義務の確定の法理」芝池義一=田中治=岡村忠生編『租税行政と権利保護』(ミネルヴァ書房、1995)62 頁。

17) 北野弘久・前掲注 16)304 頁。18) 三木義一「第二次納税義務の法的性格の再検討~租税債務関係論の具体的展開の一素材として」税

理 20 巻 8 号(1977)144 頁。19) 他に積極説を唱えるものとして、水野武夫「第二次納税義務」北野弘久編『日本税法体系・第 1

巻』(学陽書房、1978)175 頁以下。

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第二次納税義者の権利救済とその実効性-平成 18 年最高裁判決の検証とその後の課題-

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たが、原審では、第二次納税義務者が主たる納税義務の瑕疵を全く争い得ないとするのは相当でなく、主たる課税処分の取消訴訟における原告適格は肯定すべきである旨を述べているのであるから、判例は昭和 50 年最判から平成 3 年最判まで変らず消極説の立場をとっていることがわかる。

第2章 平成 18 年最判における権利救済の実効性

第1節 1 審及び原審の判旨と最高裁判断1 1 審及び原審の判旨 本件は、知人が代表者を務める A 社から同社の保有株式の譲渡を受けた X が、A 社に対する法人税課税処分 20)に基づく同社の滞納国税につき平成 14 年 6 月 8 日に国税徴収法39 条(無償又は著しい定額の譲受人等の第二次納税義務)に基づく第二次納税義務の納付告知を受けたため、それから 2 ヶ月以内である同年 8 月 6 日に A 社に対する本件課税処分に対する異議申し立てをしたところ、国税通則法 77 条 1 項所定の不服申立期間を経過した後にされた申立であることを理由に却下の決定をうけ、さらに審査請求に対してもこれを却下する裁決を受けたため、本件裁決の取消を求めた事案である。 1 審 21)では、第二次納税義務者が主たる課税処分に対して不服申立をする場合の不服申立の起算日は、主たる納税義務者に通知された日(平成 14 年 4 月 3 日)ではなく第二次納税義務者に納付告知がされた日(同年 6 月 8 日)であるとして本件裁決を取消した。 1 審では、不服申立期間の起算日のみが争点とされたのに対し、税務当局の控訴による高裁 22)では、第二次納税義務者が主たる課税処分の取消を求める不服申立適格を有するかどうかについても争点とされた。高裁の判旨では、昭和 50 年最判を引用し「第二次納税義務者の納付告知は、主たる課税処分により確定した主たる納税義務の徴収手続き上の一処分としての性格を有するもの」であり、「主たる納税義務を争う第二次納税義務者の訴権は、本来の納税義務者によっていわば代理行使されているものとみて、主たる納税義務については、本来の納税義務者に主たる課税処分についての不服申立の途が与えられている以上、徴収手続きの段階では第二次納税義務者が別途これを争うことはできないもの」であるから「本件異議申し立ては、不服申立適格のない者によってされた不適法な申立てというべき」として原判決を取消し、Xの請求を棄却した。Xは、この判決を不服として上告した。

2 最高裁の判断

20) 平成 14 年 4 月 3 日にA社に通知がされたもの。当該課税処分は、A社のXに対する株式の譲渡が低額譲渡であり時価との差額が寄付金に当たるとして、なされたものである。

21) 東京地判平成 16 年 1 月 22 日判例時報 1903 号 18 頁。22) 東京高判平成 16 年 6 月 15 日判例時報 1936 号 72 頁。

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 最高裁は、争点につき下記の通り判示し、原判決を破棄した。(1)争点 1 不服申立適格 「違法な主たる課税処分のよって主たる納税義務の税額が過大に確定されれば、本来の納税義務者からの徴収不足額は当然に大きくなり、第二次納税義務の範囲も過大となって、第二次納税義務者は直接具体的な不利益を被るおそれがある。」とし、「第二次納税義務者は、主たる課税処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれがあり、その取消によってこれを回復すべき法律上の利益を有するというべきである。」とした。また「納付告知によって自ら独立した納税義務を負うことになる第二次納税義務者の人的独立性を、すべての場面において完全に否定し去ることは相当でない。特に本件で問題となっている国税徴収法 39 条所定の第二次納税義務者は、本来の納税義務者から無償又は著しく低い額の対価による財産譲受等を受けたという取引相手にとどまり、常に本来の納税義務者と一体性又は親近性のある関係にあるということはできない」のであるから「本来の納税義務者との一体性を肯定して両者を同一に取り扱うことが合理的であるということはできない。」として主たる課税処分につき国税通則法75 条に基づく不服申立てをすることができると判示した。

(2)争点 2 不服申立期間の起算日 この点につき、「第二次納税義務を確定させる納付告知があるまでは、不服申立ての適格があることを確実に認識することはできないといわざるを得ない。その反面、納付告知があれば、それによって、主たる課税処分の存在及び第二次納税義務が成立していることを確実に認識することになるのであって、少なくともその時点では明確に『処分があったことを知った日』ということができる。そうすると、国税徴収法 39 条所定の第二次納税義務者が主たる課税処分に対する不服申立をする場合、国税通則法 77 条 1 項所定の『処分があったことを知った日』とは、当該第二次納税義務者に納付告知(納付通知書の送達)がされた日をいい、不服申立期間の起算日は納付告知処分がされた日の翌日であるとするのが相当である。」と判示し、本件における不服申立の手続きは適法であるとしてXの主張を支持した。

第2節 争点の検証1 原告適格(不服申立適格)の有無 第二次納税義務者が、主たる課税処分の瑕疵を直接争うことが認められるかどうかが、本件の最大の争点のひとつであった。この点について平成 50 年最判は判断を下していないが、学説では前述の通り、第二次納税義務者が納付告知処分の取消訴訟で主たる課税処分の瑕疵を争うことを認めないとする消極説が、その代わりとなる権利救済の方法として、直接に主たる課税処分の瑕疵を争う原告適格(不服申立適格を含む。以下「原告適格等」という。)を認める見解を示しており本件判旨と同様、「行政事件訴訟法 9 条は、処分の取

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消し訴訟の原告適格を処分の相手方にのみ限定せず『取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者』と定めていて、第三者でもその処分の取消しを求めるにつき『法律上の利益』を有するかぎり、取消訴訟を提起できることになって」いるのだから、「主たる納税義務者が違法な確定行為により過大に確定した場合には、その確定により主たる納税者からの徴収不足額は当然過大となり、結局第二次納税義務の範囲も過大となり、結局第二次納税義務者は直ちに不利益を受けることになる」。したがって、第二次納税義務者は、「そのような主たる納税者に対する違法な確定行為(課税処分)の取消しを求める『法律上の利益を有する者』に該当する。」23)としている。 また田中二郎教授も、第二次納税義務者が主たる納税義務者に対する賦課処分に対し不服申立てをすることができるかどうかについて、「多少問題がないではないが、積極的に解するのが、救済制度の趣旨からいって妥当であろう。」24)と述べている。 行政事件訴訟法 9 条 1 項にいう「法律上の利益を有する者」に該当するか否かについて、一般に「法律上の利益を有する者」とは、「法律上保護された利益説」と「法的保護に値する利益説」に大別される。「法律法上保護された利益説」とは、法の意図が国民の利益の保護にあれば出訴は許されるが、国民の利益の保護ではなくもっぱら公益目的のための規制に過ぎないと解される場合は、違法な処分により処分の相手方ではない第三者がいかに重大な不利益を被ってもそれは反射的利益の侵害であって、出訴は認められないとするものである。しかし、当該処分の根拠とされる法令の規定の文言から法律上の利益の有無を判断することは容易ではなく、近年の学説では「法的保護に値する利益説」すなわち、処分の違法を争う者が、その効力を否認するにつき実質的な利益を持つ限り、そしてその不利益が直接的かつ重大である限りにおいては、それが法律上保護された利益であれ事実上の利益(反射的利益)であれ、広く訴えの利益を有するとする説が強調されるようになり、判例にも影響を与えつつあった。このような中で、平成 16 年の法改正により新たに行政事件訴訟法 9 条 2 項が新設され、「処分又は裁決の相手方以外の者」について同条 1項が定める法律上の利益の有無を判断する場合の基本的な判断基準が定められ 25)、より原告適格が認められる対象が拡大された。 このような背景の下、本件最高裁判旨では明確に「第二次納税義務者は、法律上保護されるべき利益を侵害されるおそれがある」と言及しその原告適格を肯定しているが、原審では、すべての第二次納税義務者は主たる納税義務者との一体性が恒常的に強いものであるとの前提の下で、「第二次納税義務者の訴権は主たる納税義務者に代理行使されている」とし第二次納税義務者の原告適格を否定する判断を下した。しかし本件のように「主たる納税義務者と取引関係や親族関係等の法的関係の全くない第二次納税義務者」の場合は、形式上のみならず実質的にも独立した別人格であるのだから、訴権利益が主たる納税

23) 吉良・前掲注 4)26 頁。24) 田中・前掲注 13)302 頁。25) 牛島 仁他『行政法総論』(ぎょうせい、2006)287 頁。

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義務者に代理行使されているとは到底言えずその論旨には無理がある。よって、原審を覆し、第二次納税義務者に原告適格を認めた本件最高裁判決は、妥当である。

2 出訴期間(不服申立期間)の起算日 消極説においては、「主たる納税義務者と第二次納税義務者との間の親近性から考えると、第二次納税義務者が納付告知の送達があるまで主たる納税義務者に対する課税処分があったことを知り得ないとする批判には賛成できない。」26)という考え方が根強く、平成 3年最判もこの立場を崩していない。また、立法論上、第二次納税義務者の救済のために、出訴期間等の特例ということも考えられるべきではないかという見解に対して、「主たる納税者自身は出訴期間の経過等によって取消訴訟等を提起できなくなっているのに、第二次納税義務者だけがそのような特例によって、主たる納税者に対する課税処分の取消訴訟等を提起できるというのも、誠におかしなことであり、加えて上記のような不合理な結果を生ずることにもなるので、かかる特例を認めることには疑問がある」27)として納付告知処分があった日の翌日を起算日とすることに懐疑的な意見がある一方、この意見に対し、

「違法な行政処分は、処分の相手方の権利ないし法律上の利益を害さない限り、相手方がこれを争わずもはや出訴期間が経過した後においても、行政庁みずからこれを取り消しうるのであって、決しておかしくはない。同様に主たる納税義務者がこれを争わず、同人との関係では確定していても、第二次納税義務者がこれを争い、行政庁みずからがこれを取消し、又は争訟手続により裁判所がこれを取消す判決をしたからといって、元来違法な行政処分が取消されるのであるから、何ら不合理とはいえない。」28)と反論する意見が出ていた。 そもそも、国税通則法 77 条 1 項に定める「処分があったことを知った日」とは、処分があったことを現実に知った日をいい、抽象的な知りうべかりし日を意味するものではない 29)。当事者である主たる納税義務者に対しては課税処分の通知書を送達した日の翌日から不服申立期間が進行するのが当然であるが、この通知書は第二次納税義務者になる可能性がある者に送達される仕組みにはなっていないのであるから、おそらく平成 3 年最高裁判決のように、第二次納税義務者に対しても主たる課税処分の通知があった日の翌日を不服申立の起算日とするのであれば、第二次納税義務者が主たる課税処分の取消訴訟を提起しようとしたときに、既に不服申立期間及び出訴期間を徒過している場合が殆どである。これでは、実質的に第二次納税義務者は争訟等において争う機会が失われ、本件地裁の判旨にあるように憲法上の裁判を受ける権利を奪うものとなりかねない。 したがって、第二次納税義務者について「処分があったことを知った日」とは、第二次

26) 大崎・前掲注 12)201 頁。27) 吉良・前掲注 4)25 頁。28) 今井・前掲注 12)132 頁。29) 最判昭和 27 年 11 月 20 日民集 6 巻 10 号 1038 頁。

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納税義務に納付告知がされた日、すなわち納付通知書が送達された日の翌日とした本件における判断は妥当である。

第3節 過去の主要判例との相違点と判決の射程範囲 昭和 50 年判決・平成 3 年判決と本件を比較すると、明らかに第二次納税義務者と主たる納税義務者との関係性の解釈と納付告知処分の法的性質の解釈が変化したことが見て取れる。昭和 50 年判決では、第二次納税義務を「本来の納税義務者と同一の納税上の責任を負わせても公平を失しないような特別の関係になる第三者に対して補充的に課される義務」と定義づけ、その第二次納税義務者に対する納付告知は、「主たる課税処分等により確定した主たる納税義務の、徴収手続き上の一処分としての性格」としている。平成 3 年判決はこの昭和 50 年判決をそのまま踏襲する立場をとっている。これが本件最判においては、第二次納税義務制度の趣旨からみれば、第二次納税義務者は本来の納税義務者と同一の納税上の責任を負わせても公平を失しないような特別な関係ということになるが、その態様は様々であるから「納付告知によって自ら独立した納税義務を負うことになる第二次納税義務者の人的独立性を、すべての場面において完全に否定し去ることは相当ではない。」とした。さらに本件は国税徴収法 39 条所定の第二次納税義務者であるのだから、

「常に本来の納税義務者と一体性又は親近性のある関係にあるということはできない」として第二次納税義務者の独立性に言及している。また不服申立期間の起算日について、平成 3 年判決においては、「主たる課税処分に対する時機に遅れた取消訴訟の提起を許すことが、徴税の安定と能率を害するおそれがあることを考慮すると、主たる課税処分が主たる納税義務者に告知がされた時をもって基準とするのが相当」であるとしていたのに対し、本件最判では、主たる納税義務者と常に一体性を有するとは限らないのであるから、「第二次納税義務を確定する納付告知があるまでは、不服申立ての適格があることを確実に認識することができない」として不服申立期間の起算日は納付告知がされた日の翌日であるとしている。このように、第二次納税義務者の独立性が明確に認められたのは、最高裁の判例において初めてのことであり、これによって判例の立場が消極説から積極説に完全に移行したとまではいえないとしても、大いに評価されるものである。 この背景には、平成 16 年改正行政訴訟法 9 条 2 項が増設され、原告適格が拡大され

「法律上の利益」の解釈が広がったことに起因しているとの見方が多い。そのこともあるいは関連しているかもしれないが、この相違をもたらしているのは、課せられた第二次納税義務の内容、すなわち滞納者である主たる納税義務者と第二次納税義務者との関係性に大きく所以するものと考える。 昭和 50 年判決では、地方税法 11 条の 6(徴収法 37 条)に定める「共同的な事業者の第二次納税義務」が課せられたのであるが、この場合の主たる納税義務者は同族会社であり、第二次納税義務者は当該会社の代表取締役であり、同族会社の判定の基礎となる株主である。また、平成 3 年判決では、徴収法 34 条に定める「清算人等の第二次納税義務」

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が課せられたが第二次納税義務者は、解散した法人すなわち主たる納税義務者の清算人という立場であった。両判決とも主たる納税義務者と第二次納税義務者との関係性はかなり密接であったことは否めない。一方、本件は、徴収法 39 条所定の「無償又は著しく低い額の対価による譲受人等の第二次納税義務」が課せられた事例であるが、第二次納税義務者が代表を務める法人は、主たる納税義務者のグループ会社であるという事実はあるにしても、あくまでも株の譲渡をした法人と株を譲り受けた個人としての関係に過ぎない。この関係に密接な一体性を見出すのは困難である。従って、本件により第二次納税義務者に主たる納税義務者の原告適格が認められ、不服申立期間の起算点を納付通知書が送達された日の翌日とする判決が出たのは、主たる納税義務者との関係を別人格と認めるに資するからこそであったといえる。そのことは、本件最高裁の判旨で争点に係る判断において、

「国税徴収法 39 条所定の第二次納税義務者は、主たる課税処分につき国税通則法 75 条に基づく不服申立をすることができるものと解するのが相当である。」「国税徴収法 39 条所定の第二次納税義務者が主たる課税処分に対する不服申立をする場合、(中略)不服申立期間の起算日は納付告知がされた日の翌日であると解するのが相当である。」(下線筆者)と射程範囲を明確にしていることから明らかである。そう考えると、今後第二次納税義務者が主たる納税義務を争う場合にすべての第二次納税義務者に本件判旨が適用されるわけではなく、第二次納税義務の内容、主に主たる納税義務者との関係性について個別具体的に判断されるものと解される。

第4節 判決後の問題点1 主たる納税義務が申告により確定している場合 本件原審の中で、主たる納税義務が申告によって確定した場合には第二次納税義務者はこれを争い得ないにもかかわらず、課税処分によって確定した場合のみこれを別異に解することは均衡を失するという指摘する部分がある。これに対し最高裁は、申告により確定した主たる納税義務を第二次納税義務者が争う方法がないからといって違法な行政権の行使による権利侵害まで争う方法を否定するものではないとして高裁判決を破棄した。この最高裁の判断は正しいとしても、第二次納税義務者が、申告により確定した主たる納税義務の瑕疵を直接争えないという事実は残る。なぜなら、申告は納税義務者自らの行為であり行政処分ではないのであるから、申告内容に瑕疵があったとしても申告の取消しを求める訴訟を提起することはできず、これを減額是正するのは訴訟ではなく更正の請求(国税通則法 23 条、地方税法 20 条 9 の 3)でしか為し得ない。しかし更正の請求をすることができるのは、申告書の提出者に限られていることから、第二次納税義務者はすることはできない。もしも主たる納税義務者たる申告の提出者が更正の請求をしたとして、その請求が通ればもちろん、仮に課税庁が理由のない旨却下をしたとしても、それは課税処分であるからその課税処分に対し第二次納税義務者が不服申し立てを提起するという方法により申告内容を是正する余地は残されていると考えることもできるが、更正の請求をするかど

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うかは主たる納税義務者の意思決定に委ねられる事となり、徴収法 39 条の第二次納税義務者のように主たる納税義務者と常に一体とはいえない場合は特に、権利救済の方途としては不安定であることは否めない。また課税庁が申告内容について増額更正の必要を認める場合、本来は更正処分がなされ、その内容に不服がある場合は、第二次納税義務者も不服申立を提起することができるのであるが、実務上多くの場合更正処分は行われずに修正申告が慫慂され、納税義務者はそれに従い申告を行っている現状からすると、その修正申告に対して第二次納税義務者が自らの意思で減額是正をする方途はないのであるから、第二次納税義務者の権利保護は大いに危ぶまれる。

2 主たる納税義務者が自らの取消訴訟で敗訴している場合 主たる納税義務者がすでに自らの取消訴訟で、その納税義務の瑕疵を争った結果敗訴し、主たる納税義務者本人はもはやこれを争う余地はない場合、同じ主たる納税義務の取消訴訟を第二次納税義務者が再度提起することが可能であろうか。これは既判事項に対する拘束力(既判力)の問題であるが、この既判力には、①時間的限界(事実審の口頭弁論終結時後に生じた事由に基づきその法律効果の変更消滅の主張は妨げられない。)②物的限界

(判決主文に表現された判断に限り生ずる。)③人的限界(原則として当事者間にのみ生じ、第三者には及ばない。)という 3 つの限界がある 30)。第二次納税義務者は、この③の第三者に該当し既判力は及ばないとの見解も取れるが、伊藤教授は、平成 16 年の改正により行政事件訴訟法 9 条 2 項の原告適格の範囲が拡大されたのであれば、それに応じて既判力の主観的範囲も拡大される(民事訴訟法 115 条 1 項 2 号 31)の解釈による)から、第二次納税義務者はさらにもう一度主たる納税義務について争訟を提起することはできないとしている。一方で、「行政処分について複数の原告適格を有する者がいる場合、原則として、各別に取り消し訴訟を提起することができ、いずれかの訴訟における勝訴判決に従って処分が取り消されれば、その効果は当然他の者にも及ぶことになるが、いずれかの訴訟において当該原告が敗訴したとして、その既判力は他の者に及ぶわけではない」32)として第二次納税義務者により再度提訴することを認める考え方もある。しかし、第二次納税義務者が再度提訴し、仮にこれに勝訴した場合、主たる納税義務者との関係においては既に確定している主たる課税処分が、第二次納税義務者との関係においてのみ取消されるという結果となり、不自然さは拭い切れない。 だが、主たる納税義務者が自らの取消訴訟により敗訴した場合、その既判力は第二次納税義務者にも及ぶと解すると、第二次納税義務者の権利が救済される道は閉ざされる。

30) 伊藤義一「判批」税務事例 38 巻 10 号(2006)7 頁。31) 民事訴訟法 115 条 1 項(確定判決等の効力が及ぶ者の範囲)は「確定判決は、次に掲げる者に対し

てその効力を有する。」としたうえで、その 2 号に「当事者が他人のために原告または被告となった場合のその他人」を定める。

32) 川神 裕「判批」ジュリスト 1330 号(2007)97 頁。

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3 その他の検討事項(1)納付告知処分前の場合 平成 3 年最判の場合、主たる納税義務の取消訴訟の原告適格が認められたのは納付告知前の第二次納税義務者であり、「第二次納税義務を課せられるおそれがある者」にすぎなかった。この裁判では、不服申立ないし出訴期間の起算点について「主たる課税処分が主たる納税義務者に告知がされた時をもって基準とするのが相当」とされたため問題化しなかったが、今後、納付告知処分前の第二次納税義務者については平成 18 年最判において認められた「納付告知がされた日の翌日」とすることはできずに、不服申立期間の起算日をいつにすべきか判断に窮しないかという疑問が生ずる 33)。

(2)国税通則法 77 条 4 項の「処分があった日」 国税通則法 77 条 1 項の「処分があったことを知った日」の解釈を「納付告知がされた日」とした根拠は、主たる納税義務者に対する課税処分があったときにすべての第二次納税義務者がその事実を知り得る訳ではなく、納付告知があって初めて知る場合あるということであろうが、同条 4 項にいう「処分があった日」とは、本来の納税義務者に対して主たる課税処分が通知された日を指すことになるものと解される 34)。これは、あくまでも主たる課税処分を争うのである以上致し方ないことである。同項の趣旨は、処分を知っていたか否かにかかわらず、1 年の不服申立期間を定めることにより課税関係の早期安定を図ることにあるとすれば、納付告知前であったために第二次納税義務者が主たる納税義務に対する処分を知らなかったとしても、異なる解釈をすることは難しいのではないか。ただし、同項但し書きにおいて「正当な理由があるときには」不服申立期間徒過後においても不服申立が認められるとされているので、本来納税義務者に対して主たる課税処分が通知された日から 1 年を徒過した後でも不服申立は可能になる。しかし、「正当な理由」として認められるか否かは解釈に委ねられることになるため、確実性に劣る難がある。

第5節 小括 この章で確認した通り平成 18 年判決は、第二次納税義務者の独立性を認め、第二次納税義務者の権利救済がより実効性の伴うものとなるための 1 歩を前進したとみてとれるものの、権利救済の道が完全に開けたと考えるのは早計である。前節で、主たる納税義務の取消訴訟で直接争うことの問題点を論じたが、権利救済の実効性の観点からは課題は少な

33) だが、仮に国税通則法 77 条 1 項の「処分があったことを知った日」を条文の文言通りに解釈し、納付告知前の第二次納税義務者の不服申立の起算点を「実際に知った日」とすることができれば、この問題は解決できる可能性がある。その場合、原告が主張した「知った日」について課税庁に意義があれば、課税庁がその旨を立証すべきである。

34) 川神・前掲注 32)138 頁。

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いとはいえない。もちろん、平成 50 年最判が取り消されない以上、第二次納税義務者の納付告知処分の取消訴訟において主たる納税義務の違法を争うことができない現状では、主たる納税者に対する課税処分の取消訴訟において第二次納税義務者に原告適格を認め、さらに不服申し立て期間の起算日を納付告知があった日の翌日とすることは現時点における最良の方法ではある。しかしもっとも懸念されることは、第二次納税義務者の権利救済は、主たる納税義務者に代わってその取消訴訟で主たる納税義務の瑕疵を争うことで充分であるといえるだろうかということである。第二次納税義務は保証債務などと違い、独立した納税義務であるにもかかわらず自らの取消訴訟で争うことに制限を加えられるのは不自然ではないだろうか。本件では、判旨とは別に少数意見として泉徳治裁判官がこの点について問題提起をしている。 次章においてまずこの少数意見を検証し、その提言どおり昭和 50 年判決が取り消され、納付告知処分の取消訴訟で主たる納税義務を争うことが認められると仮定した場合、その根拠となる理論構成はどのようものであるべきかを検討する。

第3章 納付告知処分の取消訴訟で争うことの合理性と実効性

 この章では、学説において積極説が主張してきた第二次納税義務者の権利救済の方法である、納付告知処分の取消訴訟で争うことについて合理性と実効性を検討する。まず、平成 18 年最判の少数意見で示された泉裁判官の主張を検証する。次に消極説が納付告知処分の取消訴訟で争うことを否定する根拠として用いていた伝統的な行政法学に基づく公定力の問題と、違法性の承継が認められないとする主張を否定するために、納付告知処分の法的性質について検討し、これによって納付告知処分の取消訴訟で争うことの合理性を明らかにした上で、もっとも実効性が担保される権利救済の方途を考える。

第1節 平成 18 年最判における少数意見の検証 泉徳治裁判官は、平成 18 年最判について多数意見の結論には同調するものの、その理由を異にするものとして以下の見解を述べた。

 「第二次納税義務者の納税義務と、本来の納税義務者の納税義務とは別個独立のものである。したがって、第二次納税義務者は自己の第二次納税義務の成立自体にかかわる問題として、納付告知処分の内容に組み込まれた主たる課税処分の違法性を、独自に争うことができるというべきである。主たる課税処分の公定力は、第二次納税義務者が自己に課せられた納税義務、すなわち第二次納税義務を争うために、その要件の一部を構成する主たる課税処分の違法性を主張すること妨げるものではない。換言すると、第二次納税義務者は、独自に、納付告知処分取消請求の中で主たる課税処分の違法性を主張することができると解すべきである。」「そうすると、第二次納税義務者は、自己の法的

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利益を守るため、主たる課税処分の取消自体を請求するまでの必要がなく、主たる課税処分の取消訴訟の原告適格を有しないというべきである。」「(しかし、納付告知処分の取消訴訟において、確定した主たる納税義務者の存否又は数額を争うことができないと判示した昭和 50 年最高裁判決が変更されない以上)第二次納税義務者に主たる課税処分の取消訴訟の原告適格を認めるべきである。」

 泉裁判官が納付告知処分の取消訴訟で第二次納税義務者が主たる課税処分の違法性を主張することができるとした根拠について意見の中では明確には述べられていない。「主たる課税処分の公定力は、第二次納税義務を争うために主たる課税処分の違法性を主張することを妨げるものではない。」としている点からすると違法性の承継が認められるとする考え方であるのか、あるいは「納付告知処分の内容に組み込まれた主たる課税処分の違法性を独自に争い得る。」としていることから、客観的にあるべき主たる納税義務について争うとする考え方に近いのではないか、どちらとも考えられる。 根拠がいずれにせよ、泉裁判官の最も主張するところは、第二次納税義務者に独自に納付告知処分取消訴訟において主たる課税処分の違法性を主張する方途を開かせることで、そのために昭和 50 年最高裁判決は変更されるべきであるということである。これは昭和50 年判決に敢えて触れないということで結果的に当該判決の結論を維持する立場に留まった多数意見と異なる点である。 さらに泉裁判官は、もしも昭和 50 年判決が取消された場合には、第二次納税義務者は主たる課税処分そのものを争うための取消訴訟の原告適格は有しないとしている。両方が認められるとする学説 35)もあるが、前節で検討したように、主たる納税義務の瑕疵を直接争うことについて問題点があることを考慮すると、両訴訟を二本立てで認める特段の必要性があるとは考えられず、逆に両訴訟を認めることにより、両訴訟それぞれにおいて同じ違法事由を主張し判断が異なるなどの矛盾抵触が生じることへの懸念は拭い切れない。

第2節 合理性の検証1 公定力の及ぶ範囲 公定力についての概念規定は存在せず、その適用範囲は解釈に委ねられているといえる。意義について、「国家行為の公定力とは公共関係に於いては国家の意思行為が其の関係を決定する力を有し、其の行為が正当の権限ある機関によって取り消されるか又はその無効を確認せらるる迄は常に適法なることの推定を受け、其の相手方たる人民の側に於いて其の効力を否定することのできないことを請ふ。」36)とされている。昭和 50 年判決の判断の

35) 川神 裕氏は、両訴訟の併存を認める見解もあり得ないではないとしている。しかしその場合は同じ違法事由を両訴訟で重複して主張させないなどの調整が必要であると述べている。川神 裕「判解」

『最高裁判所判例解説民事篇平成 18 年度(上)』(法曹会、2009)105 頁。36) 美濃部達吉『公法と私法』(日本評論社、1935)121 頁。

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基礎となっているのは、課税処分の違法性は滞納処分には承継されないとする公定力の理論を根拠とするものであった。すなわち伝統的な公定力理論 37)からいえば、主たる課税処分が取消されない限り、別訴においてその処分内容(課税標準や税額など)を争うことは許されないということである。これを第二次納税義務の場合に当てはめると、課税処分には行政処分としての公定力が認められ、権限のある行政庁の取消があるかあるいは一定の行政争訟手続きによって争われ、その結果国税不服審判所なり裁判所なりによる取消があって始めてその効力を失うことになるのであるから、その取消が無い以上、主たる納税義務者に対する課税処分の課税標準なり税額なりを争うことはできないということになる 38)。 これ対して三木教授は、「租税法律関係においては実体法の構成要件に即した特有の法理が形成されるべきであり、実体法上主たる納税者の租税債務の客観的範囲が構成要件に組み込まれている以上、一般行政上の公定力はそもそも問題にならない。」39)としている。また、公定力の及ぶ範囲について、「主たる課税処分の公定力とは、(主たる)納税義務の存否・額の判断について生ずるものであり、それが主たる納税義務者に対して及ぶことは当然である。しかし、右処分の公定力が自己に対する納付告知を争う第二次納税義務者にまで及ぶと考えることはおそらく不当であろう。かりにこれを肯定するとすれば、そのような公定力を伴う主たる課税処分に対しては、第二次納税義務者が適時に不服を主張しうる機会を制度上設定しておくべきはずである。(それがないということは)第二次納税義務者に対しては主たる課税処分の公定力が及ばない 40)」とする意見がある。 行政行為一般における公定力の制度的根拠は、①行政行為の早期実現、②行政法関係の安定性の維持、③行政行為の効果の統一的決定の確保、④行政行為に対する信頼性の保護などに求められている 41)。租税法律行為もまた行政行為として上記の要請をうけるとしても、租税法律行為は、法律上の課税要件を充足することによって当然に成立し、行政庁

37) 違法の行政行為も、当然無効の場合は別として、正当な権限を有する機関による取消のあるまでは、一応、適法の推定を受け、相手方はもちろん、第三者も、他の国家機関もその行政行為の効力を無視することができない効力をいう。」(最判昭和 30 年 12 月 26 日民集 9 巻 14 号 2070 頁)この判例を支持する田中教授は、「公定力の意義及び公定力の認められる根拠等については、学説上異論が多いが、私は、公定力の意義は右のように解するのが正当であり、その根拠は、行政庁の判断を尊重し、広告訴訟の形式によってのみこれを争うことができるものとする立法の主旨にこれを求めるべきものと考える。」としている(田中・前掲注 13)132 頁)。さらに、「行政権の行為にこのような特殊性が認められるのは、これらの行為は、単なる私人がその自由な意志に基づいてなす行為とは異なり、組織として行動する行政権の、法律に基づき法律に従ってなす行為であるため…」とも述べている(田中・前掲注 13)103 頁)。

38) 吉良・前掲注 4)26 頁。同様の意見としては、「課税処分が取消されない以上それは有効に存在しているのであって、第二次納税義務者との関係においても有効に存在している課税処分を否定することはできない。」がある(図子善信 「第二次納税義務者の権利救済について」税務大学校論叢 26

(1996)41 頁)。39) 三木・前掲注 18)143 頁。40) 小早川光郎 「判批」ジュリスト 583 号(1975)161 頁。41) 牛島ほか・前掲注 25)64 頁。

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(課税庁)と納税者は、これにより、私法上の金銭をめぐる債権債務の関係を形成する(租税債権債務関係説)という立場からみると、両者の関係は、両者ともに課税要件に拘束される点から、対等な関係であるとも解される。したがって、過度に行政庁が権力を主張する考え方を租税法律行為に厳格に適用することに違和感を禁じ得ず、ことに主たる納税義務の瑕疵を納付告知処分の取消訴訟で争う第二次納税義務者に対して公定力は及ばないと解する。

2 納付告知処分の法的性質 消極説の立場をとってきた昭和 50 年最判及び平成 18 年最判の原審は、納付告知処分の法的性質を主たる納税義務の徴収処分であるとしている。そしてこの考えは主たる課税処分と徴収処分である納付告知処分には違法性の承継は認められないから、納付告知処分の取消訴訟で主たる納税義務の瑕疵を争い得ないとする主張につながる。次節で違法性の承継の可否を判断するに先立ち、納付告知処分の法的性質が徴収処分であるのか、または独立した課税処分の性質を有するとみるかを検討する。 平成 18 年判決で、原審と最高裁は異なる判断を下した。原審は昭和 50 年最判を踏襲し、第二次納税義務者の独立性を認めない立場であり、納付告知処分の性質ついては「納付告知は、主たる納税義務の徴収手続き上の一処分としての性格を有する」と判示している。一方最高裁は、第二次納税義務者の独立性を認める判断を下したが、納付告知処分の法的性質について、従来の「徴収処分」であるとの表現を用いず、第二次納税義務者は、「納付告知によって自ら独立した納税義務を負うことになる」として独立した課税処分であることを示唆している。このように、納付告知処分の法的性質の解釈は、第二次納税義務者の権利救済の有り様にも大きく影響を及ぼすものであることが判る。 第二次納税義務を課すためには、国税徴収法 32 条 1 項に基づき納付通知書による告知をしなければならないと定められているが、この第二次納税義務者に対する納付告知処分の法的性質の解釈について判例・学説ともに見解が分かれている。 国税徴収法基本通達 32 条(第二次納税義務の通則)の 2 項(告知)によると、納付通知書による告知とは「抽象的に成立していた第二次納税義務を具体的に確定する性質を有するもので、形式的には独立の課税処分である(大阪地判昭和 37 年 3 月 23 日、名古屋地判昭和 42 年 11 月 21 日、最判昭和 50 年 8 月 27 日参照)と同時に、実質的には、主たる課税処分等によって確定した主たる納税義務の徴収手続き上の一処分としての性格を有する(最判昭和 50 年 8 月 27 日参照)」ものである。 学説では、この通達を支持するものとして「主たる納税者の納税義務の履行を担保する意味での第二次納税義務であり、徴収手続き上の技術的な一処分と考えるべき性質のものである。」42)とする考え方や、「納付告知処分手続きは、主たる納税義務者の確定した租税

42) 大島恒彦「第二次納税義務の法律的性質と時効」税法学 160 号(1964)12 頁。

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を徴収するという目的のための手段であって、租税債権の確定とは、段階的に異なる別の行政目的実行のための手続きである。」43)との意見がある一方、これに反対する考え方として、「第二次納税義務の納付告知は、第二次納税義務者に新たな別個の租税債務を発生させるものであり、課税処分と解することができる。それが主たる納税義務者にとって、徴収手続き上のものであるとしても、第二次納税義務者に対して課税処分であることが、否定されるものではない。」44)とする意見がある。 判例では、昭和 50 年最判以前のものの中には、滞納処分ではなく賦課処分であるとするもの 45)もある一方、前述の平成 3 年最判をはじめとして最近の判例でも 「右納付告知により具体的に発生する第二次納税義務は、すでに確定している主たる納税義務者の納税義務を保管するものに過ぎず、これと別個独立に発生するものではない。(中略)右納付告知は、ただその義務の発生を知らしめる徴収のための処分にほかならない。」46)として昭和50 年最判が踏襲されている。 一般的に納税義務は、法律もしくは条令に定められている課税要件を具体的に充足することにより抽象的・客観的に成立 47)し、法律の定める租税構成要件の充足によって成立した納税義務の内容を、納税義務者または課税庁が確認する行為を経て確定される 48)49)。条文上は国税通則法 15 条・16 条、同施行令 5 において、課税要件を満たす事実が存在することによって成立し、特別の手続きを要しないで納付すべき税額が確定する国税を除き、申告や賦課処分によって具体的に確定するものと定められている。当該規定において、ほとんどすべての租税の納税義務の成立・確定の時期が具体的に記されているが、しかし第二次納税義務については何らの記載もされていない。この国税通則法に記載がないという事実をもって、そもそも法は課税上第二次納税義務者に独立の人格を与える趣旨をもっていないと断ずる向きもあるが、同法 1 条の目的において「国税についての基本的な事項及び共通的な事項を定め、税法の体系的な構成を整備し、かつ国税に関する法律関係を明確にする」と定めているのであるから、同法内で除かれている場合を除き、すべての国税の納税義務に関しては同法の定めが適用されることが相当であるはずである。同法 15 条 3項において「特別の手続きを要しないで納付すべき税額が確定する国税」として列挙されている国税の中に記載がないのであるから、第二次納税義務は、何らかの手続きを要する

43) 大崎・前掲注 12)186 頁。44) 図子善信『租税法律関係論-税法の構造-[初版]』(成文堂、2004)146 頁。45) 大阪地判昭和 37 年 3 月 23 日集 19 巻 3 号 506 頁。46) 最判平成 6 年 12 月 6 日 民集 48 号 8 号 1451 頁。47) 三木 義一「第二次納税義務の再検討」『現代税法と人権』(勁草書房、1993)84 頁。48) 図子・前掲注 44)159 頁。49) 北野弘久教授は、納税義務の確定について、具体的納税義務は租税要件の充足により抽象的に成立

した納税義務額を具体的に確定するための特別の手続きを経ることによって成立するものであるとし、租税用件の充足があっただけでは、原則として納税義務関係の内容はいまだ抽象的であり、課税権者としては現実的に徴収権の行使はなしえず、徴収権は、納税義務関係の内容が具体的に確定してはじめてこれを行使しうるとしている(北野弘久『税法学原論〔第 6 版〕』(青林書院、2007)260 頁)。

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国税であると解釈するほうが自然であり、そうである以上第二次納税義務は同法 16 条 1項に定める税額の確定方式である申告納税方式か賦課課税方式のいずれかに分類されることになる。第二次納税義務が同条同項 1 号に定める申告納税方式ではないことは明らかであるため、必然的に 2 号に定める賦課課税方式(納付すべき税額がもっぱら税務署長等の処分により確定する方式)により確定する納税義務であるということができる。第二次納税義務が税務署長等の課税処分により確定する納税義務であるとすると、第二次納税義務者に対する納付告知は同法 32 条 3 項の賦課決定の通知と同様の法的性質を有するものということができる。 以上のことから第二次納税義務者に対する納付告知は、課税処分であると位置づけられる。

第3節 違法性の承継の可否と実効性 第1節で検証した少数意見における提言どおり、仮に昭和 50 年最判が取消され第二次納税義務者に対する納付告知処分の取消訴訟において主たる課税処分の瑕疵を争うことができるとされた場合、その理論構成は二つ考えられる。第一には、いわゆる「違法性の承継理論」にその根拠を求めるものである。学説ではこれまで見てきたとおりこれを否定する消極説が通説といわれてきた。第二には、主たる納税義務そのものを争うのではなく、客観的にあるべき主たる納税義務を争うという考え方である。前者についてはこの節で、後者については次節でそれぞれ検討する。

 第二次納税義務者に対する納付告知処分の法的性質は前節において検証したように課税処分であると解するが、昭和 50 年最判では「第二次納税義務の納付告知は、主たる課税処分等により確定した主たる納税義務の徴収手続き上の一処分としての性格」と断じ、主たる課税処分と納付告知処分はそれぞれ一応別個の法律的効果の発生を目的とする独立の行為であるから、通説的見解(=田中説 50)・筆者注)に従う限り、違法性の承継を認めることは難しいと最高裁調査官解説に記されている 51)。また学説 52)においても違法性の承継を認めない考え方の根拠として、この通説が疑う余地のないものとして論じられている。しかしあたかも盲目的に唱えられているこの田中説の「目的を同じくする相連続して行われる複数の行政行為については違法性の承継が認められ、別個の法律的効果の発生を目的

50) 田中・前掲注 13)。51) 佐藤・前掲注 8)406 頁。52) 例えば、「課税処分と滞納処分との間には違法性の承継が認められないとするのが通説といえよう

から、このこととの対比においても課税処分と告知処分との間に違法性の承継を認めることはできない。」(三好 達「第二次納税義務に関する一、二の問題」三好 達他編『会社と訴訟』(有斐閣、1969)869 頁)、「元来主たる納税者に対する課税処分(確定行為)と、第二次納税義務者に対する納付告知処分とはあくまでも別個の課税処分であり、かつその両者の間にはいわゆる違法性の承継が認められる先行・後行の関係にある行政処分とも解されない…」(吉良・前掲注 4)26 頁)などがある。

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とする独立の行為である場合には違法性の承継が認められない」とするその判断基準がなぜ絶対的なものと成り得るのかまで言及するものは少ない。 「目的を同じくしているか否か」は見る側面によって変化するのではないか。例えば、課税処分・徴収処分・滞納処分は、各々租税債権債務が発生し消滅するに至るまでの段階的な行為といえる 53)。つまり徴収処分を行うためにはその前提として課税処分の行われていることが必要であり、また滞納処分を行うためにはその前提として徴収処分の行われている必要がありその意味では上記三者の行政処分は先行、後行の関係にあるといえるが、課税処分は、課税要件を充足することによって抽象的に発生・成立している納税義務の内容を実現することを目的として行われる行政処分であり、徴収処分は自主的納税を促すことによって納税義務の内容を実現することを目的として行われる行政処分であり、滞納処分は納税義務の内容を強制的に実現することを目的として行われる行政処分であり直接の目的は異なっているとの見方もできるが、しかしこれら三者の処分が一つの手続きを形成する行政処分ではないと断言できるだろうか。これらは一方で租税を徴収するという終局的な目的のために行われる段階的な行政処分54)という側面をもっているのであるから目的は一つの行政処分ともいえるわけで、「目的を同じくしているか否か」という部分に重きを置くといずれの解釈も可能となり、判断基準としてはあまりにも曖昧なものといえるのではないだろうか。 そもそも違法性の承継理論は、明治・大正期において先行行為に十分な提訴をする機会が与えられていないという背景があった時代に、美濃部達吉教授により唱えられたものである 55)。それが田中説では、その前提が承継されぬまま、形式基準のみを違法性の承継理論として打ち出したのだと福井氏は述べる 56)。 「実定法的根拠の明確でない違法性の承継理論が、相当程度広く流布していることの背景には、田中説による美濃部説の不正確な継承が大きく影響していると思われる。」という。「田中説の致命的な問題点は、先行行為の処分性の有無と先行行為の違法を後行行為で主張させることの可否との関係について、美濃部説における切迫した必然性を十分に認識しないまま、行政訴訟制度が完全に転換された後にも、漫然と形式的基準としてこれを承継し、違法性の承継理論という実定法的根拠のない独自の理論を打ち立ててしまったこ

53) 吉良 実「判批」シュトイエル 79 号(1968)16 頁。54) 同様の意見として「納付通知書の告知によって課税処分としての効果と納税の告知としての効果が

生じているのである。したがって、課税処分と徴収処分とは同一処分によって行われることがあるほど一体化した処分であって、両処分の連続性が重視されるべきである。」がある(三木義一「第二次納税義務の法的性格の再検討~租税債務関係論の具体的展開の一素材として」税理 20 巻 8 号(1977)144 頁)。

55) 「それらの行為がある単一な効果を目標として行われる連続した行為であり、其の双方の結合によってある法律上の効果を完成する場合では、前の行為の違法性は当然後の行為にも承継せられ、遵って前の行為が違法であることを理由として、後の後行行為に対して行政訴訟を提起することができる。」

(美濃部達吉『公法判例体系上巻』631 頁)。56) 福井秀夫「土地収用法による事業認定の違法性の承継」碓井光明ほか編『政策実現と行政法』(有

斐閣、1998)251 頁。

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とである。」と厳しく批判し、さらに「違法性の承継理論の実質的な意義は、先行行為に対する直接の争訟手段を利用することができなかった私人の権利利益の保護を充実させることにこそあるというべきであるから、違法性の承継を認めるべきか否かの判断に際しては、先行行為に対する争訟手段、いいかえれば先行行為の段階における私人の救済手段がどの程度充実しているかということが重要な要素になるというべきであろう。」57)としている 58)。これは直接的には、土地収用法における事業認定とその後の収容裁決における違法性の承継の有無について論じられたものであるが、これはそのまま主たる課税処分と第二次納税義務者に対する納付告知処分との間の違法性の承継が認められるかという論点と置き換えることが可能である。先に見た平成 18 年最判事件のように、主たる納税者と第二次納税義務者の関係性が一体とは言い難く、第二次納税義務者の訴権利益が主たる納税義務者によって代理されているとは言えない場合、その権利救済の必要性は、同一目的説を堅持することによって得られる先行行為の早期確定と徴収の確保の要請に勝るものであり、違法性の承継は認められると解するべきである 59)。 この違法性の承継を根拠として納付告知書処分の取消訴訟が認められるとした場合、もっとも実効性の伴う権利救済の方法といえるかという点については、しかし問題点はある。違法性の承継を根拠とするということは、先行行為である主たる課税処分の違法を後行行為である課税処分たる納付告知処分の取消訴訟で訴えることであり、すなわち第二次納税義務者が争うのは更正決定等により具体的に確定した主たる課税処分そのものであるから、前節で確認した主たる納税義務が申告により確定した場合やすでに敗訴が確定した場合等の問題点が依然として残ることになる。

第4節 客観的にあるべき主たる納税義務を争うという考え方 第二次納税義務者の納付告知処分の取消訴訟において主たる納税義務に係る違法性を争うことを認める場合のもうひとつの根拠として、申告、決定、更正等により確定した主たる納税義務それ自体について争うのではなく、第二次納税義務者の納付告知の要件の中に組み込まれている客観的にあるべき主たる納税義務について争うという考え方がある。 第二次納税義務者へ納付告知が行われるべき要件とは、①主たる納税義務者の租税債務

57) 福井・前掲注 56)255 頁。58) 同様の意見として、「告知処分は徴収手続上の処分であるとはいえ、第二次納税義務者という別個

の人格に対して新たな納税義務を発生させる処分であって、これに先行する課税処分は、(中略)第二次納税義務者に送達されることはないのである。したがって、違法な課税処分がなされた場合でも、第二次納税義務者の課税処分のなされたことすら知らないことがあり(中略)このような場合にこそ違法性の承継理論を適用させるべきである。」(小沢義彦「判批」税務弘報 21 巻(1973)号 361 頁)とするものがある。

59) 他に違法性の承継が認められるとする見解として、「租税確定手続の違法性は、租税徴収手続には承継されない。しかし、滞納処分を組成する各行政処分は、租税債権の強制的満足という目的を達成するための一連の行為であるから、先行行為の違法性は後行行為に承継されると解すべきである。」 

(金子宏 『租税法(第 15 版)』(弘文堂、2010)698 頁)とするものがある。

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の存在、②主たる納税義務者が①につき滞納状態にあること、③主たる納税義務者の財産につき徴収不足であることという 3 つの共通要件に加えて、国税徴収法 33 条~ 39 条の各条に定める個別用件のいずれかに該当することである。そして①の主たる納税義務者の租税債務の数額に基づき徴収不足額を限度として第二次納税義務を負うべき金額が定められることになる。この場合の基礎となる主たる納税義務の数額は、申告ないし課税処分によって具体的に確定された租税債務ではなく、あくまでも客観的事実及び法の適正な解釈・適用のもとに本来生ずべき主たる租税債務である 60)。つまり実体法的にあるべき主たる納税義務の存在が第二次納税義務成立の構成要件となっているのであるから、違法な課税処分や誤った申告によりこの客観的にあるべき主たる納税義務と実際に納付告知された金額が異なる場合、その差額部分は第二次納税義務の構成要件自体の瑕疵であり、これは、すなわち納付告知処分の瑕疵であると解することができる。したがって第二次納税義務者は自らの納付告知処分の取消訴訟においてその瑕疵を争うことができるのである。 「抽象的な第二次納税義務は、具体的な主たる納税義務などに基づいて発生するのではなく、主たる納税義務者の抽象的租税債務およびこれを具体的に確定する申告または処分の存在などを要件として発生するものということになる。」として「告知にかかる納税義務に見合うべき主たる納税義務者の抽象的租税債務の一部または全部の不存在は告知の瑕疵として、その取消理由となりうるものと解することができる。」61)とする見解に対し、

「具体的納税義務は、すなわち抽象的納税債務の内容となっているものであって、抽象的納税義務と具体的納税義務とは別個の存在ではないのである。(中略)確定した納税義務の内容と、抽象的な納税義務の内容とは一致するものとして取り扱われる。62)」との反論があるが、一致しない場合があることは「たとえば増額更正処分ができることや、訴訟で具体的納税義務を超える抽象的納税義務の成立の事実の立証によってそれを下回る税額の確定処分が適法とされる例があることなどからも明らか」63)であるから、この批判は的を射ているとは言えない。 客観的にあるべき主たる納税義務を争う場合、あくまでも争われるのはすでに確定した主たる課税処分ではないため、主たる納税義務の瑕疵を直接争う場合の問題点として検討した、申告により確定した場合や既に敗訴が確定した場合においても、第二次納税義務者は自らの納付告知処分の取消訴訟の出訴期間(不服申立期間)内においては争うことができる。また、確定した主たる課税処分が取消されていない以上その公定力が及び、別訴において第二次納税義務は争えないのではないかという論議とももはや無縁となる。 従ってこの論理構成こそが、実効性を有し、かつ合理的な権利救済の方法といえる。

60) 北野弘久 「判批」民商法雑誌 75 巻 6 号(1977)967 頁。61) 三好・前掲注 52)868 頁。62) 吉良・前掲注 4)28 頁。63) 水野・前掲注 19)177 頁。ほかに同様の意見として小早川・前掲注 40)161 頁。

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結 論

1 まとめ 第1章において、第二次納税義務制度を概観し、第二次納税義務者の権利救済につき問題提起を行った。 第2章において権利救済に係る過去の主要判例を検証した上で、当時の学説と判例の係わりを検討した。 第3章において平成 18 年最高裁判例を検証し、その判決の意義と課題を確認した。意義は、第二次納税義務者の独立性が初めて最高裁の場で認められ、実効性の伴う形で権利救済がなされた裁判であるということであり、課題は、当該判例で認められた権利救済の方法である主たる納税義務者の取消訴訟において第二次納税義務者に原告適格を認めるという方法だけでは、主たる納税義務が申告により確定している場合や既に主たる納税義務者により取消訴訟が提訴されており敗訴が確定している場合等において不合理な側面が生じ、第二次納税義務者の争訟手段としては不十分であることを検証した。 第4章において、納付告知処分の取消訴訟で主たる納税義務の瑕疵を争うことの合理性と実効性を検討した。まず平成 18 年最高裁判決の少数意見を検証し、次に公定力の及ぶ範囲と納付告知処分の法的性質について解釈をした。これは、納付告知処分の取消訴訟で主たる納税義務の瑕疵を争うことについて消極的な見解の根拠となっている論点である。納付告知処分の法的性質については、第二次納税義務は、国税通則法 15 条 3 項において列挙される「特別の手続きを要しないで納付すべき税額が確定する国税」に含まれていないことから、税務署長等による確定を要する国税、すなわち賦課課税方式により確定する納税義務と類推され、そうであるとすると第二次納税義務者に対する納付告知は、同法32 条 3 項の賦課決定の通知と同様の法的性質を有するということになり、課税処分であると結論付けた。その上で、納付告知処分の取消訴訟で争う方法として、違法性の承継の可否とその実効性を検討し違法性の承継は認められると解するが、実効性の上で問題が生じるため、第二次納税義務者が自らの納付告知処分の取消訴訟において、客観的事実及び法の適正な解釈・適用のもとに本来生ずべき主たる租税債務について争うことこそが、合理性、実効性に適した権利救済の方法であると結論付けた。

2 終わりに 第二次納税義務者の権利救済に係る問題として、その争訟手段は論議をされてきたものの長らく閉塞状態にあった。平成 18 年最判を受けて権利救済の方向へ舵が取られつつあるのか期待をもって判例の動向を注視しているが、最近の判例・裁決の特徴として徴収法

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第二次納税義者の権利救済とその実効性-平成 18 年最高裁判決の検証とその後の課題-

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39 条に定める第二次納税義務者の範囲が拡張される傾向にある 64)ことが気になる。課税庁が第二次納税義務者の対象範囲を厳格に定める傾向が続くのであれば、今後更に主たる納税義務者と一体性を認めることができない第二次納税義務者の存在が増すことになり兼ねず、早急に昭和 50 年最判は取り消されるべきである。 また、それに関連して、この第二次納税義務者の権利救済の問題は、最終的には解釈により対処していくのではなく国税通則法の改正を視野に入れた立法措置が必要ではないかと考える 65)。ただし第二次納税義務制度の趣旨と今日における第二次納税義務者の多様性を考えると一律に明定することは容易ではなく、今後更なる議論が必要であると思われる。なお、取消訴訟が提起された結果、第二次納税義務者の主張が認められた場合、その判決の影響は主たる納税義務にどのように及ぶかという懸念が生ずる。納付告知処分の取消訴訟において、納付告知の要件に組み込まれた客観的にあるべき主たる納税義務について争った場合は、確定している主たる納税義務とはあくまでも別個に争われたものであり、既に確定している主たる納税義務には影響を及ぼさないものと解される。しかし主たる納税義務の取消訴訟において主たる課税処分の瑕疵を争った場合は、主たる納税義務そのものが減少し、または消滅したと解されるため当然に主たる納税義務者に影響が及ぶものと考えられる。これは例えば、主たる課税処分が申告により確定した後に、課税庁が自ら減額更正をすることが可能であるのだから、第二次納税義務者が提訴しこれにより違法が認められた場合、主たる納税義務者の税額が適法に改められることに合理性はあると解する。 (了)

64) 例えば最判平成 21 年 12 月 10 日民集 63 巻 10 号 2516 頁では、遺産分割協議は、国税徴収法 39 条にいう第三者に利益を与える処分にあたり得るとされ、また、平成 22 年 3 月 9 日裁決(未公開)タインズ F0-1-351 では、滞納者が多額の債務を抱えていた状況下で、毎月高額の保険料を払い込んでいた行為は、請求人に異常な利益を与えるための積極財産の減少行為として、国税徴収法 39 条の無償譲渡等の処分に当たるとされた。

65) 川神・前掲注 32)104 頁は、本来の納税義務者との強い一体性を認めることのできない第二次納税義務者の場合と一体性の強い第二次納税義務者の場合とで争訟の方法を変えて明文化する方法について言及している。検討の余地があると思われるが、一体性の有無の判断はやはり解釈に委ねられることになろう。

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【目次】Ⅰ.はじめにⅡ.貸株取引の概要と問題の所在 1.日本の貸株市場と貸株取引の概要 2.米国等の貸株取引の沿革と法的構成 3.貸株取引の法的構成と課税問題の所在

貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について-その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-

Consideration of Taxation on Stock Lending

笠原 一郎*

要約株式市場の本来的な目的は、株式の取引における流動性を提供することにより、公正な価格

形成を図ることにある。株券を貸借する取引(貸株取引)も、この流動性の供給を補完する手段の一つとなっている。しかしながら、本邦の貸株取引の取引規模は欧米等に比して、相当に小さい。本邦においてこの取引が広まらない要因として考えられるのは、法令等のインフラストラクチャーの未整備、特に、貸株取引にかかる課税関係について、確立された見解がないこともまた事実である。すなわち、課税の法的安定性と予測可能性の欠如が、この貸株取引拡大の阻害要因の一つとしての挙げられるものではないかと思われる。

本研究では、まず貸株取引の法的構成・法形式を分析し、この取引にかかる課税の実務と行政通達等で示されている税務の視点から課税関係を検討する。さらに、貸株取引の取引対象たる「株券」「株主」について会社法の側面から、その法的性質を検討する。こうした検討をとおして、貸株取引の課税主体(貸し手と借り手)、すなわち、税法上の帰属に関する整理を行う。その上で、貸借対象たる株券の支配の所在という経済的な実質を考察することによって、実質的・最終的なリスク移転と究極的なコントロール権の所在、経済的な支配をもつものを課税主体とするべきとの考え方を検証を行ってみる。こうした検証から貸株取引における帰属・主体の実態を租税法の考え方から咀嚼することで、実務における蓋然性の高い課税処理、安定的な実務に資することを可能としたいと考えた。

さらに、貸株取引の課税関係について、先行的な事例研究また判例等の積み重ねがあり、かつ、この取引にかかる税法面での整備も進んでいる米国の状況を研究することで、実質的リスクの所在という側面からみた課税主体・帰属の確定という考え方を補完することが出来るのではないかと考える。

本稿 ** では、以上の考察を通して、貸株取引における課税処理の法的安定性と予測可能性を向上させることで、本邦における貸株取引の実務を安定させ、取引の活性化と拡大に少しでも寄与することができればと考えている。

*金融機関執行役員、2012 年青山学院大学修士(ビジネスロー)。**本稿は修士論文(2012 年 3 月)を圧縮したうえで、加筆・修正し取りまとめたものである。

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Ⅲ.貸株取引等にかかる課税関係の考察 1.貸株取引の契約形態について 2.貸株取引における配当等権利にかかる課税取扱い 3.実質所得者課税の原則と貸株取引にかかる所得帰属Ⅳ.米国における株式関係の課税と貸株取引にかかる課税問題について 1.米国における株式等の課税取扱い 2.米国連邦最高裁 Provost 判決 3.米国における貸株取引の課税(内国歳入法 1058 条の整備) 4.貸株取引課税にかかる最近の裁判Ⅴ.まとめ -結びに代えて-

Ⅰ.はじめに

 我が国における株券 1)の貸借取引は、有価証券の貸借契約の形式よる金融取引の一種であると言われ、一般的には、民法 587 条を根拠とする消費貸借の契約形態をとる「貸株取引」2)と呼ばれている。この有価証券の消費貸借契約は、現代社会において重要な消費貸借契約である金銭の利息付き消費貸借契約と並び、実務的には重要な存在の契約 3)とされている。日本においては、これとは別に、同様の経済効果を持つ「信用取引」と呼ばれる金融商品取引法等により定められたルール 4)に従って行われる取引がある。 このような株券を貸し借りする取引、特に個別銘柄の株券を指定して貸借する取引は、市場に流動性 5)を供給し、株券の流通市場 6)の本質的な目的である有価証券の公正な価格

1) 「社債、株式等の振替に関する法律」の一部施行(いわゆる「株券電子化」の実施 2009 年 1 月)により、株式の有価証券としての有効性を表彰する券面である「株券」は不発行化している。ここで貸株取引の対象である上場企業が券面に券面発行していた “ 株券 ” そのものの効力は失われてはいるが、本稿では、特に支障がない限り、一般に通用している「株券」の呼称により表記することとする。

2) 本稿では、株券を対象とする有価証券の貸借契約による取引、買戻し条件付売買契約による取引を包括して「貸株取引」ということとする。

3) 道垣内弘人『ゼミナール 民法入門』(第 4 版、日本経済新聞社、2009 年)157 頁。4) 金融商品取引法第 156 条の 24 により定義されるが、取引の形式は同法第 161 条の 2 により、実務上

は証券取引所規程、証券金融会社規程等により制度的にルール化されている。5) 「市場流動性とは、金融資産の取引が容易であるかどうかの度合いを表すものであり、『流動性が高

い』とは、金融資産が大きな価格変動を伴うことなく、短時間に低コストで大量の取引ができることを意味する。」(王京穂「債券の市場流動性の把握と金融機関のリスク管理への応用」日本銀行ワーキングペーパー(2011 年)1 頁。

6) 「金融商品取引所にその株券が上場されている株式会社のことを一般に「上場会社」という(金融商品取引法第 24 条 1 項 1 号参照)。上場会社の発行する株券は、金商法における有価証券の一つにすぎない(同法 2 条 1 項 9 号・17 号)ともいえるが、上場会社は経済社会において重要な役割を果たしている。」(松尾直彦『金融商品取引法』(有斐閣、2011)9 頁)。

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の形成の実現 7)をするための手段の一つと言われている。日本では株券を貸し借りする取引は、信用取引を中心に行われていたが、国際化の影響など急速に変化する株式市場、金融市場に適応しつつ、個人取引が中心である信用取引とは別に、いわゆるプロの投資者間の取引である貸株取引が徐々ではあるが広まっており、その取引の実態は年々変遷してきている。一方において、その取引規模は欧米等に比較して小さい。その要因の一つとして、貸株取引にかかる課税の取扱いに関する見解が確立されていないこと、すなわち、侵害規範たる税法には不可欠な課税関係の法的安定性と予測可能性の欠如があるのではないかと思われる。 日本において貸株取引は、消費貸借契約とされ、個別取引の条件は各契約の条項に基づき課税の取扱いがなされている。この取引では、議決権の存在に表象される株券の持つ特殊性、すなわち株券にかかる受取配当金の取り扱い(二重課税の調整)やコーポレート・アクション(株式分割等)の処理、株券特有の問題が存在する。この問題にかかる課税処理については行政解釈通達等でも示されていない。なお、貸株取引市場の参加者が主として証券業者、法人投資家等の法人であることから、本稿では、法人税法における課税関係のアプローチから検討することとしたい。 こうした貸株取引を取り巻く課税問題の存在の根底にあるものは、この取引において誰が真実の株券の帰属者となるのか、すなわち「オーナーシップ」の識別が「いかにあるべきか」との問題があり、「課税に係る明確な取り決めが構築されていない」との指摘もなされている。この課税に関する問題は日本のみならず、米国においても「貸株取引」にかかる課税の諸問題における最初の連邦最高裁判決(1926 年)8)以降も、その帰属の在り方を中心に議論が続いていたが、2005 年にはこの問題に係る内国歳入法による法整備が図られ、その取扱いは明瞭となったとはされている。 本稿では、侵害規範とされる租税法 9)の基本原則の一つである租税法律主義の、その中心概念たる予測可能性と法的安定性の観点から、貸株取引の法形式と実務の取り扱いを認識したうえで、この取引の課税取扱いを明瞭化するため、課税関係をどのように整理していけばよいのかという問題意識をもって、貸株取引を取り巻く内外の議論を踏まえ、その法構成と課税関係のあり方を考察することとしたい。

7) 金融商品取引法第 1 条(法律の目的)は「…有価証券の発行及び金融商品等の取引等を公正にし、有価証券の流通を円滑にするほか、…金融商品等の公正な価格形成等を図り、もって国民経済の健全な発展及び投資者の保護に資することを目的とする。」としている。

8) Provost v.United States, 269 U.S.443 (1926)。9) 金子宏『租税法』(第 16 版、弘文堂、2011 年)108 頁参照。

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Ⅱ.貸株取引の概要と問題の所在

1.日本の貸株市場と貸株取引の概要(1)貸株市場の沿革 日本における貸株は、第 2 次大戦後の株式市場の再開後の 1951 年に、米国のマージン取引(証拠金取引)に範を取って導入された信用取引の制度 10)により供給されるものであった。その後も、高度経済成長期を通じて、上場企業の多くは株式の相互持合いがなされており、貸株に出回る株数は少なく、貸株のほとんどは、この信用取引の制度における

「信用売り」から供給されるもの 11)であった。 こうした日本における貸株取引については、この「信用取引」制度の枠組みに納まらない貸株ニーズに対応するため、1997 年 6 月、証券取引審議会 12)は『証券市場の総合的改革-豊かで多様な 21 世紀の実現のために-』を公表し、このなかで株式市場の整備の一環として「貸株市場の整備」を提言した。この提言を受けて日本証券業協会は、貸株取引の実務的な取扱いルール 13)として「株券等の貸借取引の取扱いに関する規則(制定 1998年)」を定めたことで、従来の個人取引を中心とする「信用取引」制度に加え、証券業者 14)間において貸株取引が本格的に実施されることとなった。

(2)貸株市場の市場規模と現状 日本における貸株市場の規模は、最近の公表資料 15)によれば、上場銘柄に関しては貸付

10) 「信用取引制度が始まった当初(1951 年)、日本では十分な流動性を供給できる金融・貸株市場も存在していなかったことから、信用取引供給に伴う証券業者への資金・株券の供給源は、金融商品取引法第 156 条の 24(現行)による免許を受けた証券金融会社の「貸借取引」に拠っていた。」(日本証券経済研究所編『図説日本の証券市場 2010 年版』〔金子晶宗〕(日本証券経済研究所、2010 年)64 頁)。

11) 1976 年大蔵省(当時)は証券金融会社に対し、遠隔地間売買取引等の受渡しに伴い必要となる株券にかかる有価証券貸付業務を認可し、限定的な貸株は行われていた。

12) 大蔵大臣の諮問機関。13) 植月貢『貸株市場入門』(東洋経済新報社、2005 年)37 頁参照。14) 従来の「証券会社」は、金融商品取引法第 28 条における第一種金融商品取引業者となったが、本

稿では米国におけるそれを含め「証券業者」と表記し、また、金融商品取引法第 5 章における金融商品取引所は「取引所」と表記する。

15) 日本証券業協会が公表する「株式貸借取引残高(週末)2011 年 9 月 30 日報告分」実績より。当該データは信用取引制度を伴わない株券貸借取引(相対取引)で、協会員による日本法を準拠した貸借契約等により行われた取引の週時データである。

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残高 36,610 億円、借入残高 35,428 億円(2011 年 9 月末、金額ベース)16)となっている 17)。このような日本の貸株市場規模に比して、米国のそれは、2010 年の報道記事 18)によれば、貸出実行額ベースでは 1.9 兆ドル(約 140 兆円)規模 19)と報じられている。また、貸株調査会社 “Data Explorers” の Market Data20)によれば、2011 年 3 月推定で、米国での貸株可能額ベースで 7 兆ドル(約 600 兆円)であり、貸付実行額は 1.4 兆ドル(約 110 兆円)、2 万以上の Stock-lending programs を結ぶことで日々の取引は 9 百万件に達しており、欧州の貸株市場の貸株可能規模は 3.8 兆ドル・貸付実行額は 1.1 兆ドルに達しているとされる。 この米国・欧州の貸株市場の規模は、その絶対額のみならず、日本と米国・欧州の株式市場時価総額 21)に占める割合からしても、非常に大きな差がある。その根底には、特に、貸株取引における実務では、配当の二重課税の調整方法 22)に端的に現れる課税の取扱いの不明瞭さがあるのではないかと思われる。

2.米国等の貸株取引の沿革と法的構成(1)米国の貸株取引の沿革 米国における貸株取引の歴史としては、1960 年代には、受渡不履行や空売りをサポートするバッックオフィスの業務としてレンディング(貸株取引)が行われていた 23)と言われており、また、日本証券経済研究所編『図説 アメリカの証券市場』24)によれば、米国の貸株市場は企業のヘッジニーズに対応するため、1970 年代には既に取引が始まってお

16) 貸付額と借入額とはその金額が大きく違っているが、ダブルカウント要因以外の差額要因としては、「借入額から売却(空売り)分および自己保管分を控除」したものと、「貸付額から自己保有分による貸出分を控除」したものと考えられる。

17) 日本証券業協会の株式貸借取引残高(週末)は、協会員間の貸借取引の繰り返しによるダブルカウントにより、実態のポジション以上に数値上の残高が膨らんでいる可能性を指摘しているとする(宇野淳他『日本株レンディング市場の実証分析』(日本証券アナリスト協会、2009 年)24 頁。)。一方、このデータは、海外ブック(国外の貸し手・借り手との国内株券を対象とした貸株取引分)での貸借分が含まれておらず、また、集計対象が証券会社(協会員)のみであり、信託銀行等のストリートサイド以外の数字が含まれておらず、貸株市場の市場規模の正確な捕捉は困難であると言われている。

18) Stock-lending trade body overhauls board, Financial News, Dec. 17, 2010。19) Financial News・前掲注 18)の記事によれば、2008 年秋のリーマン・ショック以前には、3.6 兆ド

ル(300 兆円)規模であったとされている。20) Data Explorers 社は、Stock-lending の仲介およびマーケットの専門調査会社。21) 株式市場時価総額比較(2011 年 3 月 日本経済新聞等より):米国市場 13 兆ドル(日本市場の 5.6

倍)、欧州市場 8 兆ドル(日本市場の 3.5 倍)、日本 2.3 兆ドル。22) 「配当の二重課税の問題については、金融所得課税の一体化が達成されたとしても解消されるもの

ではなく、依然として、二重課税への配慮は必要である。」(「金融取引税制のあり方に関する検討ワーキング・グループ報告書」日本証券業協会(2007 年)5 頁)。

23) 三木まり「機関投資家と株券貸借取引」証研レポート No.1612(2002 年)11 頁参照。24) 日本証券経済研究所編『図説アメリカの証券市場』(日本証券経済研究所、2009 年)292 頁〔金子

昌宗〕参照。

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り 25)、その後、1981 年の従業員退職所得補償法(ERISA)26)の改正により米国の年金基金が有価証券の貸出しを行えるようになったことから市場は拡大し続け、株券の供給量が増加した 27)ことによる。さらに実務的には、こうした法令改正や規制の緩和を受けて 1998年に SIFMA 標準契約書が整備されたことで、株券レポ取引を含む貸株取引の市場規模は一層拡大することとなった。

(2)米国の貸株取引の規制と法形式 米国における貸株取引の方式としては、最近ではオンデマンド(個別銘柄)方式やエクスクルーシブ(複数銘柄)方式などの取引形態に加え、資金の運用・調達を目的としたエクイティ・レポ取引が取引の主流 28)と言われている。 このオンデマンド(個別銘柄)方式・エクスクルーシブ(複数銘柄)方式と呼ばれる取引形態は、日本における個別の銘柄の貸し借りを行う貸株取引(SC 取引)に相当する取引であり、エクイティ・レポ取引と呼ばれる取引形態は、日本のそれと同様に資金の運用・調達を目的とした株券レポ取引(GC 取引)に相当する取引である。この資金調達を目的としたエクイティ・レポ取引は 1997 年の FRB 証拠金規則である Regulation T の変更が行われたことで誕生した 29)ものとされる。なお、オンデマンド方式などの個別銘柄取引のニーズとしては、企業のヘッジニーズへの対応や、いわゆる「Short Sell(空売り)等のための売却株券の「源泉」としてのものであり、すなわち、借入ニーズがある証券業者が他の証券業者や機関投資家から当該個別銘柄を調達するために行う貸株取引30)であり、Margin Transaction の一つとして、FRB 証拠金規則(Regulation T)および証券取引所法(The Exchange Law -1934)により規制されている。

3.貸株取引の法的構成と問題の所在(1)貸株取引の法形式等 日本における貸株取引については、日本証券業協会が雛形とした「株券貸借取引に関する基本契約書」をもとに太宗の取引が行われている。この貸株取引の法形式は、貸出者から借入者に貸与の目的物たる貸借対象株券が交付され、借入者はその目的物たる貸借株券を消費(貸借株券の売却-空売りの決済株券としての利用、他へ転貸にかかる譲渡担保として「消費」利用)したうえ、同種・同等・同量の他の代替物を返済すればよいとされる

25) 米国の Short Selling の根拠規則である FRB 証拠金規制(Regulation T)の当初制定が 1933 年、同じく証券取引所法(The Exchange Act)制定が 1934 年であり、さらに、貸株取引の課税(Stamp Tax)についての Provost 最高裁判所判決(269 U.S.443 (1926))があったことからすると、米国において貸株取引の課税問題についても、1915 年前後からは存在していたものと考えられる。

26) Employee Retirement Income Security Act of 1974.27) 三木・前掲注 23)12 頁参照。28) 『アメリカの証券市場』・前掲注 24)292 頁参照。29) 三木・前掲注 23)12 頁参照。30) K.M. Morris &V.R.Morris ,Guide to understanding Money & Investing, Dow Jones 48 (2000)。

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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-

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消費貸借契約 31)と解されている。民法は、消費貸借契約における同種・同等・同量の「同等」について規定していない。そこで、貸株取引では、株券特有の「権利」である配当金や株式分割その他の権利については、別途に契約書上に条項を設けて、現実の取扱いを定めている。貸株取引における課税関係を考える場合、その取引対象物たる株券においてその課税主体がどこにあるのか、すなわち、貸し手と借り手の権利の本質的帰属を考える必要があると思われる。さらに株券には名義という形式的な要件が存在しており、消費貸借契約取引の効力と名義と株主そして実質帰属者との関係の整理することで、貸株取引の課税問題にかかる考察の一助になるものと考える。

(2)配当・分割新株式等の処理ⅰ)貸株取引における配当等にかかる会計処理 有価証券の消費貸借契約等の会計処理は、日本公認会計士協会「金融商品会計に関する実務指針」32)27.77.に規定されている。ここでは「有価証券の消費貸借契約等は、借り手に売却又は担保という方法で自由に処分できる権利を与え、貸し手に貸し付けた有価証券の使用を拘束するから、貸し手は有価証券を貸し付けている旨及び貸借対照表価額を注記する」として、「借り手は自由処分権を有するから、自己保有部分と担保差入部分とに区分し、その旨及び貸借対照日の時価を注記する」としている。この会計処理指針では、貸し手は貸し付けた有価証券の使用を拘束されるものの、その所有権を完全に移転しているとは認識しておらず、貸し手にはこの貸付けた有価証券を貸借対照表上に計上させたまま、貸付けの事実等を注記するにとどめている。ここでは貸付有価証券にかかる返還請求権が貸し手に留保されていることを認識させているものと考えられる。ⅱ)雛形契約書における配当金・権利処理条項 このような実務指針はあるものの、貸株取引は貸付者と借入者との当事者間の相対の取引であり、基本的にその取引条件は当事者間での私契約によるものであり、上記の雛形契約書においては配当金等の権利の授受に関する条項が策定されている。そこでは「借入者は貸借対象株券につき、その貸借期間中に利益の配当又は新株式の割当てがなされた場合、当該配当金相当額又は当該割当相当額の新株式(又は相当額の金額)を貸出者に対し返還するものとする」とされており、株券そのものの貸借はなされていても果実については貸借されていないという観点 33)から、「その果実」は貸出者に返還するとしている。しかしながら、貸出者に返還するものとしては、当該配当金「相当額」又は当該割当「相当額」の新株式であり、果たして確定的に「果実について貸借されていないという観点」によっ

31) 同契約について民法 587 条は「消費貸借は、当事者の一方が種類、品質及び数量の同じ物をもって返還することを約して相手方から金銭その他の物を受け取ることによって、その効力を生ずる」と規定している。

32) 日本公認会計士協会『金融商品会計に関する実務指針』(会計制度委員会報告第 14 号、2011 年最終改正)参照。

33) 植月・前掲注 13)43 頁参照。

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ても良いものだろうかという疑義が生じる。この果実については、貸借がされてはいないという観点から問題を考えた場合、所得の帰属がどこにあるのかという議論、すなわち貸借された株券とその果実の本質的帰属についての検討が必要と考えられる。ここでは貸株取引における課税関係にかかる議論、その課税要件を明確化の観点からも貸借株券についての税法上の帰属にかかる整理が必要と考えられる。租税法の基本原則としての租税法律主義の中心的な考慮要素である予測可能性 34)を確保するため、この整理と所得帰属にかかる関係法令・通達等および判例等を踏まえ考察してみることとする。

Ⅲ.貸株取引等にかかる課税関係の考察

1.貸株取引の契約形態について(1)雛形契約書の法的性質の検討ⅰ)消費貸借契約の見方 貸株取引の雛形契約書は、同種・同等・同量の他の代替物を返済すればよいとされる。この消費貸借契約では目的物は借入者に移転し、借入者の返還債務のみからなる片務契約 35)であるとされている。これを貸出者からみれば、貸付した物(目的物)と同種・同等・同量の物の返還を求める権利(返還請求権)を持つ 36)ことになる。この返還請求権―借入者の返還債務の目的たる同種・同等・同量の他の代替物に対等するものとして、この雛形契約書は同銘柄・同数量の株券としている。しかしながら上述したように「同等」について規定されていない。そこで株券特有の「権利」である配当金や株式分割その他の権利については、別途、条項を設け、実務の取扱い(例えば、金銭換算処理、すなわち新株権利処理戻し金として貸し手に返還する取扱い等)を規定している。 なお、従前、無記名式有価証券の貸借がなされた場合、これが消費貸借か、賃貸借かが問題となったことがある 37)。判例 38)は、消費貸借契約とすべき法理・実験則はないとして借りた物それ自体の返還が必要とされる賃貸借と判じている。一方、学説としては、消費貸借契約と解するものが有力である。貸株取引では、借入れた株券を空売りの決済に充当するために利用することや他への貸付け、そして資金調達の担保としての利用が想定され

34) 佐藤英明「租税法律主義と租税公平主義」金子宏編『租税法の基本問題』(有斐閣、2007 年)55 頁、58 頁参照。

35) 藤岡康宏ほか『民法Ⅳ-債権各論』(第 3 版補訂、有斐閣、2009 年)103 頁参照。36) 雛形契約書では、貸し手が返還日を指定する “ リコール ” 条項が定められており、このリコールが

行われる場合、通常、返済受渡しの指定日の 5 営業日前の正午までに借り手に対し通知がされることとしている(植月・前掲注 13)157 頁以下参照)。

37) 能美善久編『論点体系 判例民法5 契約1』(第一法規、2009 年)261 頁 によれば、「有価証券の貸借を賃貸借と解した場合、所有権は貸出者にあり、貸出者の債権者はこれに強制執行することができるが、消費貸借と解した場合、所有権は借入者に移転し、貸出者の債権者による強制執行は認められない。」と説明されている。

38) 大審院第二民事部明治 34 年 3 月 13 日判決大審院民事判決録縮小版(新日本法規、1972 年)第 2巻 1049 頁。

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ており、借り入れた株券それ自体の返還することは難しい。そのため借り手は、同種・同等・同量の株券を返還することにより返還債務を履行することから、この取引の法的性質は消費貸借契約 39)と解することが自然であろうと考える 40)。ⅱ)譲渡担保の見方 ところで消費貸借契約たる貸株取引で貸借対象株券の帰属を考える場合、貸し手には株券の返還請求権があり、その効力と名義そして税法上の実質帰属者との関係整理が必要となろう。一方において、この貸株取引を資金の融通取引と捉え、取引対象たる株券を資金取引の担保の目的物とし、その所有権を移転させる形式による譲渡担保取引 41)と捉える 42)

こともできよう。この場合、貸株取引の対象となる譲渡担保財産すなわち担保株券の帰属(資金取引における債務者〔担保権設定者〕=担保株券の貸し手、債権者〔担保権者〕=担保株券の借り手)が問題となる。こうした債権担保の目的で財産権を移転する担保方法は一般的に譲渡担保(いわゆる広義の譲渡担保)と呼ばれる 43)。なお、貸株取引そのものではないが、売買の法形式をとる債券レポ取引の法的性質について、その取引実体や、経済的実質からみて、その法的性質は譲渡担保取引に似た取引とする見方 44)がある。 このような譲渡担保に供された資産の実質的な所有権の帰属に関しては、国税不服審判所平成 17 年 1 月 31 日裁決 45)は「法形式上、資産の譲渡とされる譲渡担保契約において債権が担保権者に移転しているとしても、担保設定者が元利金の収益権を保持し、債務の履行により債権が復帰することになっている等、その譲渡が担保を目的として形式的になされたことが明らかである場合、所得を生ずべき債権の譲渡はなかったと解すべき。」との考え方 46)が、譲渡担保の帰属に係る課税関係を整理するための一つの方法と思われる。

39) 我妻栄 = 有泉亨ほか『我妻・有泉コンメンタール民法 総則・物件・債権』(第 2 版追補版、日本評論社、2011 年)1084 頁によれば、「消費貸借においては、借主は、目的物の処分機能を取得し―目的物の所有権は借主に移転し―、これを処分した後に借りた物と同種・同等・同量の物を返還すべき点にある。」と説明されている。

40) 民法 587 条(消費貸借)では、消費貸借は要物契約として規定されているが、判例・通説では、諾成による消費貸借契約は成立するとされている。現在、債権法改正議論のなかで、この消費貸借の成立に関する要物性の見直しが論点とされており、これを法定化(デフォルト・ルール化)した場合、

「消費貸借を諾成契約とすると、契約成立後、目的物の引渡し前の時点で、一方で貸主には貸す権利と貸す債務が、他方、借り主には借りる義務と借りる権利が発生する」ことに由来する様々な問題が指摘されている(松尾善紀ほか「連載/債権法改正の争点 12 消費貸借」ジュリスト 1439 号(2012 年)81 頁)。

41) 水田耕一『銀行員のための民商法入門』(第 3 版、金融財政事情、1990 年)182 頁では「譲渡担保の設定は、当事者間の契約により効力を生じる(民法 176 条)」と説明している。

42) 岩原紳作(司会)「金融商品取引法セミナー(第 15 回)不公正取引の規制(1)」ジュリスト 1410号(2010 年)81 頁において、三井秀範金融庁企業開示課長は、住友信託銀行レポ訴訟における当該債券レポ取引を「譲渡担保取引」であるとの認識を示している。

43) 品川孝次「譲渡担保の意義・機能」金融・商事判例 737 号(1986 年)6 頁では、「譲渡担保の内容等について、法律に何ら規定されているところがないので、当事者は、設定契約において原則として自由にその内容を定めることができる」としている。

44) ジュリスト「金商法セミナー(第 15 回)」・前掲注 42)、〔三井秀範発言〕。45) 国税不服審判所平成 17 年 1 月 31 日裁決裁決事例集 69 号 153 頁。46) 評釈として、三木義一『逆転裁決例 精選 50PART Ⅱ』(ぎょうせい、2007 年)119 頁参照。

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(2)貸株取引のリスクの所在 上述のとおり、貸株取引は一般的には消費貸借契約 47)との認識がされており、取引ごとの申出・確認と取引の内容を記載した書面である個別取引明細書を交付することによる形態である。貸株取引の実務では、その取引の目的により SC 取引であるのか、GC 取引であるのかを区分して約定管理をしている。貸株取引は貸し手が株券を貸し出し、借り手がその株券の処分権を取得し、これを消費したうえで、この株券と同種・同等・同量の株券を返還する取引である。こうした貸借取引において期間中に貸借対象の株券の発行体がデフォルト(いわゆる「銘柄破綻」)した場合 48)、借り手が返還すべき「対象」はデフォルトした発行体の株券である。ここで、銘柄価値の減価に対しては値洗い 49)、すなわちマージン・コールにより基準担保金額と貸し出し株券の価値均等が図られ価格変動リスクはカバーされる。一方、貸株取引はその返還「対象」が返される先は貸し手であり、貸株取引における「対象株券」にかかる究極のリスク所在は貸し手にある取引形態であるといえよう。

2.貸株取引における配当等権利にかかる課税取扱い(1)法人税法第 23 条(受取配当等の益金不算入) 法人税法第 23 条では、内国法人が配当等の額を受けるときは、その配当等の額が株式等(株式、出資又は受益権)に係る配当等の額の法人税法上の取扱いについて、当該配当等の額の百分の五十に相当する金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、益金の額に算入しない旨《受取配当等の益金不算入》50)を定めている。 この受取配当等の益金不算入は、我が国の法人税法では所得税の前払いとの考えから、

47) 藤岡・前掲注 35)103 頁は、消費貸借意義・法的性格として「借り受けたものの所有権を借主が取得して消費できる点で、借主が借りたもの自体を一定期間保管して利用できるにすぎない賃貸借や使用貸借と相違する。」と説明している。

48) 貸株取引におけるリスクは、銘柄破綻リスク以外に相手先破綻(信用リスク)が想定されるが、信用リスクに対してはマージン・コール、クリアリングシステム等による信用補完のほか「一括清算法」の制定により当該リスクの軽減措置がなされている。

49) 植月・前掲注 13)88 頁では、「『値洗い』とは、株価の変動で発生する現金担保金額と基準担保金額の過不足をチェックすること」と説明している。

50) 渡辺淑夫『法人税法(平成 22 年度版)』(中央経済社、2010 年)181 頁以下によれば、この《受取配当等の益金不算入》の制定趣旨の説明を「制度が法人税法に設けられているのは、もっぱら企業課税の根本的な思想にかかわりのある問題である。… わが国の法人税制はシャウプ勧告に基づく昭和25 年(1950 年)の大改正以来、法人は究極のところ個人株主の集合体であって、法人税は株主に課税されるべき所得税の前取りとして課税するといういわゆる『株主集合体説(=法人擬制説)』の考え方に立脚しているといわれる」と述べ、「法人税法第 23 条により、法人株主の段階における受取配当金について非課税とすることによって、配当が法人間を移転している限り、法人税の課税を当初の配当原資に対するものにとどめ、これにより個人株主段階における最終的な調整が有効に機能するようにしている。」と解説している。

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同一の所得に対する二重課税 51)を調整する措置 52)として、法人の受取配当等については一定の要件のもとで一定割合を所得金額の計算上、益金の額に算入しないこととしている。このいわゆる二重課税排除のための調整措置では、その対象となる受取配当等とは、法人が受取る株式等に係る配当等の額とされている。 一方で、法人税法第 23 条は、益金不算入の対象となる法人が受取る株式等に係る配当等に関して、当該法人が株主たる地位を明示的に示してない。このため「法人税の課税主体となるべきものが備えるべき要件というきわめて重要な点が課税当局の通達や見解という法令以外のものによって決められて」53)おり、この課税主体となるべきものの要件についても、実務は法人税基本通達 54)による取扱いがなされている。ⅰ)法人税基本通達3-1-1(名義株式等の配当) この法人税基本通達3-1-1(名義株式等の配当)は、法人が役員、使用人等の名義をもって所有している名義株式等の配当も法人税法第 23 条《受取配当等の益金不算入》に規定する配当等の額に含まれるとされている。この通達の策定経緯として、従前の商法で規制されていた法人の自己株式の取得制限(平成 13 年改正により撤廃)により、法人が役員・使用人の借用名義等で自己株式を所有していた実情があり、この名義株に対する配当の問題に対応するための取扱いがなされたものである。この株主に対してその地位に基づいて供与されるものは、いわゆる蛸配当や商法(会社法)上違法な配当であっても、その実質に着目して、従来から法人税法上は配当等として取扱われてきた 55)と説明されている。すなわち、この通達では名義株等について生ずる配当等はその名義人ではなく、その株券の真の所有者であるものに帰属する 56)としている。 こうした法人による役員・使用人への借用名義等にかかる課税処分についての訴訟事案がある。最高裁判所はその判決 57)において「(増資新株割当の取得による経済的利益とい

51) 武田昌輔『立法趣旨法人税法の解釈』(財経詳報社、1993 年)49 頁参照。52) 水野忠恒『租税法』(第 5 版、有斐閣、2011 年)315 頁では、「法人税の仕組みのあり方は、法人の

配当政策の決定をも撹乱する。法人利益を留保することにより配当二重課税が回避出来ることになり、法人税が配当政策にも影響を与えるとされる。」と指摘されている。また、草野耕一『金融課税法講義』(商事法務、2010 年)210 頁、217 頁では、期待収益率と二重課税に影響される内部収益率から求められる数理計算により「(配当二重課税による)非効率な投資を誘発するおそれが実証される。」としている。

53) 宮崎裕子=岩崎友彦「新会社法下の租税法」商事法務 1774 号(2006 年)50 頁。54) 伊藤義一『税法の読み方 判例の見方』(改訂新版、TKC 出版、2010 年)28 頁以下では、この法人

税基本通達を含む国税庁における「通達」は、行政庁内部での解釈を示すに留まり、納税者をなんら拘束するものではないのは当然であり、通達そのものは税法の法源ではないというべきではあるが、通達に従い、長い間繰り返し採用されてきた取扱いが実際上果たしている役割は、大きいといわざるを得ない」と課税実務における「通達」の位置づけを示している。

55) 小山真輝編『法人税基本通達逐条解説』(税務研究会出版局、2006 年)331 頁参照。56) 国税不服審判所平成 6 年 2 月 23 日裁決裁決例集 47 集 97 頁は、所得税法上の裁決であるが「配当

所得とされる法人からの利益の配当、剰余金の分配は、株主である地位に基づいて受ける分配金と解されている。また、この場合における株主とは、単に株主名簿に登載されている名義株主ではなく株式を取得した実質上の株主と解されている。」としている。

57) 最高裁昭和 41 年 6 月 24 日判決民集 20 巻 5 号 1146 頁。

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う)隠れていた資産価値の計上は、当該事業年度において資産を増加し、その増加資産額に相当する益金を顕現するものといわなければならない。」と指摘した上で、重役等への借用名義等を取得先と増資新株割当にかかる経済的利益の帰属が当該会社にあるものと判示している。さらに、名義貸与者(他人)名義による株式の引受けにおいて、当該新株券の株主となるのは名義貸与者か名義借用者かを争った裁判では、最高裁判所 58)は「株式の引受けおよび払込みについては、一般私法上の法律行為と同じく、真に契約の当事者として申込みをした者が引受人としての権利を取得し、義務を負担するものと解するべきである。」と判示している。ⅱ)法人税基本通達3-1-2(名義書換え失念株の配当) 一方において、法人税基本通達3-1-2(名義書換え失念株の配当)では、法人が、その有する株式を譲渡した場合において、譲受人が名義書換えをしなかった失念株にかかる利益の配当の額は、株主たる地位にもとづいて受けたものでないから、法人税法第 23条《受取配当等の益金不算入》に規定の適用はないとしている。このような同法第 23 条にかかる実務の適用を提示する法人税基本通達3-1-2は、名義書換え失念株にかかる配当については、実態的に「株主たる地位によるものでない」59)ことを事由として、益金不算入の規定を適用することは出来ないとしており、実質主義的な考え方からのアプローチによる解釈をしているものと考えられる。

(2)株主、株主たる地位および配当の検討 上記の基本通達にいう益金不算入の規定の対象とされる利益の配当の「株主、株主たる地位」とは何か、について同法第 23 条は「内国法人が配当等の額を受ける」としており、株主、株主たる地位が何であるかは具体的に示されていない。この「株主」の概念は民商法等の私法(会社法)で用いられているものを借用した概念 60)であると考えられている。 このような租税法における民商法等他の法分野から借用した概念 61)については、おおむね「統一説」、「目的適合説」、「独立説」といった学説があり、現在では、統一説が通説と

58) 最高裁昭和 42 年 11 月 17 日判決民集 21 巻 9 号 2448 頁。59) 小山・前掲注 55)333 頁では、「名義書換えを失念した株式にかかる配当(いわゆる失念配当)は、

もともと一種の不当利得のようなものであって、株主たる地位に基づいて正当に受けた利益の配当とはいえない」と解説している。

60) 金子・前掲注 9)108 頁では、「租税法が用いている 2 つの概念のうちの一つとして、他の法分野で用いられている概念を、他の法分野から借用しているという意味でこれを借用概念と呼ぶ。」と説明されている。

61) 借用概念についての論点としては、いわゆる住友信託銀行レポ訴訟において、所得税法 161 条 6 号の「貸付金(これに準ずるものを含む。)で当該業務に係るものの利子」の概念の捉え方についての議論となり、裁判所は当該レポ取引を法形式等の観点から「売買」と認識し「貸付金の利子」にあたらないとしたが、平成 21 年税制改正においては、利子(政令で定める利子を除き、債券の買戻又は売戻条件付売買取引として政令で定めるものから生ずる差益として政令で定めるものを含む。)」と、下線部分が追加変更された。この改正で所得税法本則においては、この訴訟の判決とは全く反対方向の法改正がなされている。

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され、目的適合説が有力説 62)とされている。金子宏教授は「(租税法を)私法との関連で見ると、納税義務は、各種の経済活動ないし経済現象から生じてくるのであるが、それらの活動ないし現象は、第一次的には私法によって規律されている」と論じ、「私法上におけると同じ意義に解するのが、法的安定性の見地からは好ましい」63)との見解をとっている。この見解は、法令趣旨の適合に含みを残しつつ、原則として法的安定性と予測可能性の見地から、統一説の立場をとっているものとみられる。ここで、具体的に「株主」にかかる借用概念の適用を考えた場合、そもそも借用されている私法(会社法)における株主概念にかかる見解が分かれている 64)状況に、この問題の本質が内在している 65)と思われる。 また、民商法等他の法分野における概念とその税法へ適用に関し、宮崎裕子教授の「法人税の課税が私法上の法律関係に即して行われるべきであるとしても、また租税法の規定は私的取引法を前提としそれに基礎を置いているとしても、そのことは、課税の対象となる所得の範囲、性質、年度帰属などの決定にかかる課税の基本ルールが私法上のルールに依存して決められることを意味するわけではない。」66)との意見は合理的であろう。この説を本件の問題にあてはめて考えた場合には、租税法がいわゆる侵害規範にあたるため、法解釈の厳格性が要請されている 67)こと、すなわち、租税法が国民に対する納税の義務を具体化する規定であり、法的安定性を確保する必要性が高い 68)法規であることを考慮したうえで、課税と私法上の法律関係の整理が必要と考える。 そこでまず、この「株主」の概念に関する民商法-会社法における株式と株主の関係を考察してみる。伊藤靖史教授は「会社は社団法人であり、構成員すなわち社員が存在する。株式会社の社員は特に株主と呼ばれる」として、さらに「株式会社の特徴は、その社員すなわち株主の地位が、株式という、細分化された割合的単位の形をとることである」69)と説明している。また、会社法は株主に関する条項である同法第 105 条にて「株主はその有する株式につき、剰余金の配当を受ける権利・残余財産の分配を受ける権利・株主総会における議決権その他この法律で定める権利を有する」と、株主の権利について定めている 70)。

62) 酒井克彦『ステップアップ租税法』(財経詳報社、2010 年)13 頁、54 頁参照。63) 金子・前掲注 9)110 頁以下参照。64) 酒巻俊雄=龍田節編『逐条解説 会社法 第 2 巻 株式・1』(中央経済社、2008 年)57 頁参照。65) 渡辺徹也「税法における配当の概念」商事法務 No.1974、45 頁(2012 年)において、「配当の概念

に関し税法と会社法の関係等について、税法における配当の概念が単に会社法からの借用のみではない旨」の整理が示されている。

66) 宮崎=岩崎・前掲注 53)46 頁参照。67) 金子・前掲注 9)108 頁参照。68) 木山泰嗣『租税法 重要「規範」ノート』(弘文堂、2011 年)31 頁参照。69) 伊藤靖史ほか『会社法』(有斐閣、2010 年)62 頁参照。70) 神田秀樹『会社法入門』(岩波新書、2008 年)36 頁は、「株主は、会社におけるカネを出すヒトで

あり、事業の所有者でもある。その株主の地位を『株式』と呼ぶが、株式というのは不思議な仕組みである。株式とは、株式会社における出資者である株主の地位を細分化して割合的地位の形にしたものであり、それは、多数の者が株式会社に参加できるようにするためもの法的技術である。」と株主と株式の関係を説明している。

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 また、会社法において株主とは、株式会社の社員すなわち株主たる地位が、株式という細分化された割合的単位の形をとり、会社に対する持分により、会社との関係で様々な権利(主に「自益権」と「共益権」)を有するもの 71)との説明がされている。そして、貸株取引等の私法契約における取引により、自益権と共益権の乖離 72)という状況の出現を、会社法は予定しているものではないのではないかと思われる。その影響は、株主が会社から経済的利益を受ける権利を自益権というが、その自益権を規定する会社法第 105 条 1 項、同第 453 条にいう剰余金の配当 73)(利益の配当)を受ける権利において顕著に現れることとなる。租税法は、株主の意義について、その対象たる自益権(経済的利益を受ける権利)に着目することは当然であるが、一方で、会社法は株主の意義を自益権と共益権のふたつの意味を認識 74)せざるを得ないところに来ているように思える。こうした状況において租税法がこの会社法が新たに持たざるを得ない状況を認識することは難しいであろうし、株主とその意義から発する議論が混乱することとなる一因があろうと考えられる。 さらに株主の名義に関して会社法は「株主とその持株等に関する事項を記載・記録するため、株式会社に作成が義務付けられた帳簿」75)として「株主名簿の意義」76)を定め、「譲渡の対抗要件そして権利の推定について株券の占有により株式についての権利を適法に有するものと推定される」と定めている。ここで龍田節教授は「株主の資格と実質上の権利が一致しないことがある。名義書換え未了の株主が株主名簿上の株主に対し、配当金や株主割当の新株などの引渡しを請求することができるか否かについては見解が分かれる」77)

と、そもそも会社法の解釈においても、名義上の株主の資格と実質上の権利の所在にかか

71) 伊藤ほか・前掲注 69)63 頁参照。72) 議決権行使の観点から共益権と自益権とが乖離している状況における貸株取引の存在については、

井上聡「共益権と自益権との乖離(Empty Voting)」岩原紳作=小松岳志編・会社法施行 5 年 理論と実務の現状と課題〔ジュリスト増刊〕(有斐閣、2011 年)12 頁以下において、会社法が予定していない Empty Voting の問題を論考している。

73) 平成 18 年度税制改正では、「利益の配当」を「剰余金の配当」に変更する等の会社法上の用語および概念の変更に伴う技術的改正がなされている。会社法第 453 条は「株式会社は、その株主に対し剰余金の配当をすることができる」と定めている。これは「会社法は利益性の未処分利益のみならず、資本性の会社財産の払戻しが含まれることを明確にするため『利益の配当』ではなく、利益性と資本性の双方の概念を含む『剰余金の配当』という用語が用いられている。」(小山真輝「配当に関する税制の在り方」税大論叢 58 号(2009 年)38 頁)とされるが、本稿では、利益性の概念による配当を念頭に議論を進める。

74) 東京地裁平成 19 年 4 月 17 日判決判例時報 1986 号 23 頁では、「法令の用語の意味について」、まず、「当該法文自体および関係法令全体から解釈すべき」としているが、それでも「用語の意義を明確に解釈できない場合には、立法の目的、経緯、法を適用した結果の公平性、相当性等の実質的な事情を検討の上、解釈するのが相当」とし、それでも「明確に定義されておらず、借用概念であるともいえない場合であっても、その用語の意味は、言葉の通常の用法に従って解釈されるべき」と示している。

75) 会社法第 126 条、同法第 133 条。76) 江頭憲治郎『株式会社法』(第 3 版、有斐閣、2009 年)194 頁。77) 酒巻=龍田・前掲注 64)16 頁。

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る問題 78)の存在が指摘されている 79)。 この名義書換え失念株にかかる利益(株式分割後の株券と配当)の帰属について最高裁判所 80)は、「本件(分割)新株式は上場株式であり代替性を有するから,被上告人(株式の名義人)の得た利益及び上告人(名義書換え失念者)らが受けた損失は,いずれも本件株式分割により増加した本件新株式と同一の銘柄及び数量の株式である」として、名義書換え失念者に対して、不当利得制度の趣旨である「法律上の原因ないし正当な理由を欠く財産取得の場合、公平の観念に基づいて,受益者にその利得の返還義務を負担させる」ことから、「本件新(分割)株式の売却代金及び配当金の合計金相当額を不当利得として返還すべき義務を負う」と判じて 81)いる。ここで、その法的性質を「売却代金及び配当金の合計金相当額」としたことからすれば、この対象物は配当金相当額と考えることができる。他方で「株式の代替性」からもたらされる「同一の銘柄及び数量の株式」による「不当利得の返還」としていることからすれば、配当そのものと考えうる余地はあろう。

(3)配当の概念の検討 金子宏教授は、配当等の意義にかかる借用概念の解釈について、株主優待金に関する配当等の該当性に関する裁判から「特に議論が集中し沸騰したのは、租税法と私法との関係をめぐってであり、借用概念の解釈については、見解は一致していない。判例は、借用概念という言葉こそ用いていないが、株主優待金に関する一連の裁判以来、私法からの借用概念について、私法におけると同じ意義に解する傾向がある。」82)と解している。この解釈に関する田中二郎博士の意見は「租税法の中に利子・配当等の所得について規定しているが、そこに定義的に規定されているもの以外のものであっても、実質的に見て、利子・配当等に準ずる性質をもつもの(いわゆる株主優待金等)は、その実質的性質に応じて、利子・配当等として、課税の対象とすべき場合があるであろう。」83)として、統一説に理解を

78) 奥村宏「株主とは誰のことか」証研レポート No.1647(2008)8 頁は、経済的側面(株式所有と会社支配)から、真の株主についての議論として「究極の所有者としての個人は、(株券を実際運用するのは機関投資家であり)自分の資産でどのような会社の株式を所有しているのかわからない、このようなものがはたして真の株主か」と指摘している。

79) 株主の意義にかかる租税法と会社法(商法)の違いについて、金子宏、中里実ほか「金子先生に聞く第 1 回」法律時報 84 巻 4 号(通巻 1045 号)72 頁(2012 年)において金子・竹内論争(準備金の資本組み入れに伴う 2 項みなし配当課税)が紹介されており、ここで佐藤英明教授は「商法の先生方は、例えば 100 株のうち 1 株は、会社財産全部のうち 100 分の 1 を持っているとお考えになるので、資本金か準備金かというような仕切りがどう変わっても 1 株の価値は変わらない…。我々(税法学者)は1 株を資本金に対して 100 分の 1 を持っていると考えるので、資本金の部分が増えるのは株の価値は増えましたねと説明する…」と述べている。

80) 最高裁平成 19 年 3 月 8 日判決民集 61 巻 2 号 479 頁。81) 神田秀樹『会社法』(第 12 版、弘文堂、2010 年)103 頁では、失念株の司法判断に関し、譲渡当事

者間においても譲渡人が株主であるとした判決(最高裁昭和 35 年 9 月 15 日判決民集 14 巻 11 号 2146頁)について、会社・株主間の関係と譲渡当事者間の関係を混同したものとして、学説の強い批判を浴び、近時の、最高裁平成 19 年 3 月 8 日判決民集 61 巻 2 号 479 頁に至った経緯が説明されている。

82) 金子宏「租税法と私法」租税法研究第6号(1978 年)3 頁。83) 田中二郎『租税法』(第 3 版、有斐閣、1990 年)126 頁。

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示したうえで実質的な性質に応じて課税の対象とすべきとする目的適合説も包含した見解を示している。一方において、水野忠恒教授は「租税法と私法における借用概念から導く解釈からもありうるが、会社法自体、剰余金の配当の定義をおいていないのであるから、社会通念に従うのが妥当である。…やはり、社会通念として会社法の計算手続きから分配されるものを配当とみるべきであると思われる。」84)として、会社法において明確な定義が置かれていない剰余金(利益)の配当について主に社会通念を根拠として説明している。しかしながら、配当に関する社会通念として、法形式による会社法と経済実態を重視する金融取引の双方において、果たして、認識を一致することはできるのであろうか。 ここで配当には、「私法上確保とした概念があるわけでなく、配当概念の根本的な問題として、株式とは何かが自明ではない」85)とされており、さらに租税法において課税の対象とすべき「配当」の定義と概念については、いくつかの判例で示された見解がある。最高裁判所昭和 35 年 10 月 7 日判決 86)を検討してみる。この裁判は、いわゆる株主相互金融会社がその株主に対し優待金名義で支払った金員が所得税法上の利益の配当にあたるか否かを争った事案であるが、最高裁判所は判決において、利益の配当の概念について「商法自身が『利益の配当』の概念を実質的に予定しているのであることを前に述べたが、しからば商法の予定する利益の配当とはいかなるものであろうか」として、「株式が利益配当を受けるということは、株式会社において本質的なものである。しかして、株式会社が株式を発行しこれを株式たらんとする者に引受けさせ払込を受けるということは、企業活動のための資本を社内に求めたものであって社外から資金を求める借入金等と区別されなければならない。されば、会社が、株主に対してその出資に対する対価として会社の資産を交付したときには、その性質は、借入金に対する利子の支払ではなく、常に利益の配当であるとされなければならない。…損益取引にもとづかないで会社が株主に対しその株主たる地位において会社の資産を無償で交付するときは、減資の手続によって資本を払戻し、または残余財産の分配をする場合を除き、すべて利益の配当であるとされなければならない。」と解し、「株式会社における利益の配当とは、商法においても『株主が株主たる地位において資本の払戻によらず会社資産を会社から交付を受けることをいう。』ものと理解することができ、この概念に、そのまま所得税法上の利益の配当の概念とも一致するものである」と判示している。 この判示において、利益の配当について、所得税法上の利益の配当の概念は商法上の株式会社における利益の配当の概念とも一致するとしている。この商法における利益の配当の概念に関し、会社と株主との間に会社事業遂行上の取引、いわゆる、損益取引は利益の

84) 水野・前掲注 52)175 頁。85) 岡村忠生ほか『ベーシック税法』(第 6 版、有斐閣、2011 年)133 頁〔岡村忠生〕。86) 最高裁昭和 35 年 10 月 7 日判決民集 14 巻 12 号 2402 頁。

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配当でないことは当然ではあるが、これ以外には「株主が株主たる地位において」87)資本の払戻によらず会社資産を会社から交付を受けることとしている。ここで判示は「株式会社が株式を発行しこれを株式たらんとする者に引受けさせ払込を受ける」すなわち「資本主たる」ものを「株主」としているものとされる。 このような配当と株主をめぐる会社法の議論から考えると、租税法における配当の所得帰属に関する限り、法形式によることも、また、水野教授が指摘する社会通念を根拠に置くことも難しく、経済上の実質から見る方法にも合理性があるのではないかと思われる。

(4)貸株取引における配当金、株式分割等の権利にかかる検討 貸株取引における配当金等処理の検討を行う前に、信用取引において支払われる配当金等の処理の課税実務を見てみる。基本的に当該処理では、法人税基本通達3-1-7(信用取引に係る配当落調整額)によっており、「信用取引において支払われる配当金等は、配当落調整額として法人税法第 23 条《受取配当等の益金不算入》に規定する配当等の額には含まれない」として、実務上、信用取引における配当金等の処理は、原則としては配当落調整額による調整をおこない、投資者の選択により配当金相当額による処理をおこなうことでルール付けされている。これは信用取引における譲渡損益の計算が、原則として、配当等の権利価値相当分を価格(信用建値)に含めて調整(加減算)することで処理する方法に拠っていること 88)に由来するものと考えられる。 一方において、貸株取引に関しては、法人税法第 23 条にかかる株式に係る配当等の権利処理等について通達等の実務的な指針は出されておらず、原則的には個別の貸借契約においての取り決めに拠っている。ただし、実務上は、貸株取引における配当金の処理については、上記の信用取引における配当金相当額による処理を援用している。 ここで、信用取引における配当金の処理が、その根底に信用取引は売買類型であり、その損益計算は売買差額(譲渡所得)であり、配当金の処理もこれに含めて計算していることを論拠としていることを考えれば、貸株取引については、これが消費貸借契約であり、そこには売買による譲渡損益を生じさせるものではないものである。このため貸株取引の配当等処理について、現行の実務として慣習化している信用取引の取扱い援用に関しては、疑問が残るところである。 さらに、貸株取引では株券に関する権利、所謂、コーポレートアクションのうち、株式

87) 酒井克彦『所得税法の論点研究』(財経詳報社、2011 年)93 頁は、「利益の配当と株主等の地位」について、東京地裁昭和 25 年 4 月 25 日判決の「本来ならば一時所得を構成するような所得であっても、株主等が法人からその株主等たる地位に基づいて供与を受けた利益は、配当所得と解すべき」との判旨を、「妥当な判断」としたうえで、「株主等たる地位に基づいて分配されるということこそ強調すべき」としているが、ここでは「株主等の地位」が何を根拠にしたものであるかを示した説明はされていない。

88) 法人税法第 61 条の 2 第 20 項は、信用取引にかかる株式の売付けまたは買付けの決済にかかる損益は、〈信用建値〉と〈対価の額〉の差額により処理する取扱いを定めている。

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の分割等新株に係る処理が必須となるが、従前(平成 13 年法改正まで)は、株式の分割は株式配当とされ、これにかかる税務の処理に関しては、利益の配当に含まれるか否かの問題として学説上の争い 89)があった。しかしながら、現在では、会社法第 183 条および同法第 184 条にいう株式の分割(以下、「株式分割」という。)90)は、会社財産には変動を来たさないことから、課税関係も生じないとされている。 ここで、課税関係を生じないとされる株式分割が、貸株取引が行われている途中で行われた場合の当該株式分割による新株にかかる実務処理と課税との関係で見ると、貸付期間中に新株式の割当がなされた場合、貸出者は権利期末日に当該株券を「売却したことと同じ経済効果となり、当然損益の発生と簿価の変動を計上しなければならない」されいることに対し、他方において、税法における定着した解釈である株式分割は、各株主の持分

(割合的利益)に変動を与えない限り、課税関係を生じないとされていることで、実務と租税の解釈との間にズレの顕在化をもたらしているのが現状であろう。

3.実質所得者課税の原則と貸株取引にかかる所得帰属 法人にかかる課税における実質課税主義の原則については、法人税法第 11 条 91)において「資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属」について「単なる名義人であつて、その収益を享受せず、その者以外の法人がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する法人に帰属する」と定めている。一方において、租税法律主義の原則すなわち課税にかかる法規定の形式性の観点からすれば、実質課税の原則を過度に重視することには問題があるとも言われており、現実に実質所得者課税の適用について幾多の裁判例がある。 本稿では、貸株取引における課税対象者の帰属の問題を考えるため、所得の帰属に関する学説と判例、また、振替法下における有価証券の消費貸借である貸株取引と類似した法構成となる預金債権、具体的には、その名義と実質所有者にかかる利子所得の帰属に関する判例を考察する。さらに貸株取引における所得の帰属を整理する前提となる株主の名義と株主の地位についての会社法等における検討をしたうえで、これらの検討の射程の範囲の整理を含め、貸株取引における実質所得者の課税関係について検討してみる。

89) この争いについて、金子・前掲注 9)195 頁は、「平成 2 年の商法改正によって、株式配当の制度が廃止されるまで、それ(株式配当)は配当として課税された(平成 13 年の年度改正までは、利益積立金額の資本等への組み入れがみなし配当として課税されたため、結果的には同じであった。現行法のもとでは、株式分割からは配当所得は生じないと解されている)。なお、株式の分割(会社法第 183 条、同第 184 条)は、各株主の持分(割合的利益)に変動を与えない限り、課税関係を生じないというのが、現行所得税法の定着した解釈である。」と説明している。

90) 会社法第 183 条 1 項は「株式会社は、株式の分割をすることができる」としており、伊藤ほか・前掲注 69)119 頁は、「株式の分割とは、既発行の株式を分割してそれよりを多い数の株式にすることであり、各株主の保有株式数を一律・按分比例的に増加させる行為であり、会社財産には変動を生じさせない。」と述べている。

91) 所得税法においては、法人税法第 11 条と同趣旨規定が同第 12 条にて定められている。

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(1)実質所得者課税の原則 法人税法における実質所得者課税の原則について、金子宏教授は同法第 11 条と同旨の規定を定めている所得税法第 12 条における問題として「課税物件の帰属について特に問題になるのは、名義と実体、形式と実質とが一致しない場合である」と指摘している。さらに株式の帰属における名義とその実質保有の判断について「旧行政裁判所の判例においても、所得の帰属について名義より実体を重視しようとする考え方の現れである」92)と述べている。このような実質課税主義の基本原則について、酒井克彦教授は「所得が誰に帰属するかを定めるに当たっては、名義の如何を問わずその実質に従って判断すべきであるという所謂『実質課税主義の原則』は、従来から所得税課税に当たってとられてきた基本原則であった」93)と説明している。こうした実質課税の原則の法理が機能するのは、実質的な租税負担能力に応じた課税による租税負担の公平を実現すべく、立法上の考慮はもとより、税法の解釈適用においても、外見上の法形式にとらわれることなく、法的・経済的実質に即した課税関係を構築することにある 94)とされる。 一方、北野弘久教授は、この実質所得者課税の原則について「租税の公平負担という見地からすれば、課税の対象となる課税物件の実現又は帰属に関し、その形式又は名義に捉われることなく、その経済的実質に着目し、現実に担税力を有するものと認められる者に対して課税するのが当然の原則でなければならない」として「『実質課税の原則』なる概念は、理論的には租税負担公平原則の特殊税法学的表現である」95)と解している。さらに北野教授は「いわれるところの『実質課税の原則』の具体的内容が科学的につきとめられなければならない。つまり、いかなる『形式』に対し、いかなる『実質』が、この原則の具体的内容を構成するかを論定することなしに、単に抽象論的に一般論的にこの原則のあれこれを論じても生産的な成果を引き出すことが出来ない」96)と、実質課税の検討について課税事案にかかる具体内容の科学的な分析と議論の必要性を説諭している。 ここで実質所得者にかかる課税実務については、所得税法では同法第 12 条にかかる所得税基本通達 12 - 1《資産から生ずる収益を享受する者の判定》によりその適用の範囲が示されていると思われる。この行政による解釈通達は、「(所得税)法第 12 条の適用上、資産から生ずる収益を享受する者が誰であるかは、その収益の基因となる資産の真実の権利者がだれであるかにより判定すべきである」として、「それが明らかでない場合には、その資産の名義人が真実の権利者であるものと推定する」としている。すなわちこの通達においては、第一義的に「収益を享受する者」とは「その収益の基因となる資産の真実の権利者」をもって判断することとしているものの、その真実の権利者を「法律的な権利

92) 金子・前掲注 9)161 頁。93) 酒井・前掲注 62)13 頁。94) 大淵博義『法人税法解釈の検証と実践的展開』(税務経理協会、2009 年)113 頁参照。95) 北野弘文『税法学原論』(第 6 版、青林書院、2007 年)125 頁。96) 北野・前掲注 95)126 頁。

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者」であるのか「経済的な権利者」であるかを示してはいない。そして、これが不明な場合、初めて「資産の名義人」を「権利者であるものと推定する」としており、この通達は

「所得の帰属について、名義より実体を重視しよう」とする課税庁の考え方を映したものであろうかと思われる。 実質所得者課税の原則にかかる要件事実に関して、谷口勢津夫教授は「実際に所得の人的帰属を判定する場合、法律的な事実であれ経済的な事実であれ、できるだけ客観的かつ明白な事実に即して事実認定を行わなければならない」として、「税務上の事実認定規範ないし手続法の観点からみた私法の意味を踏まえ、実際の事実認定に即して所得の人的帰属の判定について考察してくると、実質所得者課税規定の文理解釈としては、「単なる名義人」は法律上(私法上)の名義においてのみ権利の主体として表明されている者を意味し、「収益を享受する者」は法律上(私法上)真実に収益を収受する権利を有する者として蓋然的様相を呈している者を意味すると解すべきである」97)と解し、所得の帰属に関する事実認定に際する、名義においてのみの権利と真実に収益を収受する権利とに整理にしている。 実質所得者課税にかかる所得の帰属の関係にかかる裁判所の判断として、「誠備グループ脱税事件」の控訴審判決 98)が出されている。本件では、証券外務員たる被告人に顧客が資金を提供して、その資金を株式売買等で運用して利殖して貰い、提供した資金の一割の金員を貰う契約をし、その約定どおりの金員が支払われている。東京高等裁判所は、この取引を「売買一任勘定取引ではなく出資契約ではないかと解される余地がある」取引と見ている。さらにこうした取引について、裁判所は「所得税法一二条、法人税法一一条は、

『資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律を適用する』と規定し、いわゆる実質所得者課税の原則を定めているところ、前記のとおり所得が何人に帰属するかは、それが何人の収支計算の下に行われたか、すなわち、その取引によって得られる利益は誰が収受し、生じた損失は誰が負担するのかということを基準として判断すべきである」と判じている。すなわち、課税上の所得の帰属は、利益の収受先と生じた損失が負担は誰が負担するのかということを基準にすべき 99)との考え方、ここでは、収益と損失「リスク」の所在先にあるとの見解を示しているものと考えられる。

(2)実質所得者課税原則からの考え方の整理 所得概念の捉え方の方法論として、所得の意義の実質的・経済的な捕捉の方法、すなわち所得概念の経済的把握という考え方…自由に処分しうる経済的利得の取得ないし発生を

97) 谷口勢津夫「所得の帰属」金子宏編『租税法の基本問題』(有斐閣、2007 年)193 頁。98) 東京高裁平成 2 年 4 月 20 日判決判例時報 1352 号 3 頁。99) 水野・前掲注 52)298 頁参照。

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もって所得の実現があったものとする考え方がある。そして、行政通達における名義より実体を重視しようとする考え方、判例における課税上の所得の帰属についての考えの一つである利益の収受先と損失が生じた場合の負担先、すなわちリスクの所在先にあるという見解もある。このように考えると実質所得者の判断においては、法律的帰属を主体としつつ、支配・占有そして経済的結果による所得の実現とその実現のためのリスクの所在を視野に入れることも考えるべきであろう。 貸株取引について、株式の貸し手と借り手との間において、その貸借対象株式の経済的利益と損失が生じた場合のリスクの所在がいずれにあるのでろうか。それは貸株取引の法形式と取引実態における実質的なリスクの留保状況、さらに株式の名義(議決権)の移転と株主の概念という様式状況を踏まえれば、帰属の主体は最終的なリスクの保持者、すなわち、蓋然的には貸し手の側にあるという様相になるのではないかと整理できる。

Ⅳ.米国における株式関係の課税と貸株取引にかかる課税問題について

1.米国における株式等の課税取扱い 米国における法人の有価証券取引-有価証券の売却または交換-の課税関係については、

「投資目的で保有されている株式、債券等の有価証券は、資本資産に分類され、それら資産の売却または交換に伴い認識する損益は、資本損益(キャピタルゲインもしくはロス)として扱われ、損益の実現は、証券取引所における取引については、実際の取引日

(transaction date= 約定日)」100)とされている。ここで「この株式等有価証券の売却等処分に伴い実現された損失は、通常、認識し控除をとることができるが、売却日の前後 30 日間に実質的に同一の株式等有価証券を再取得した場合には、損失の認識は認められ」ないこととされ 101)、これは買換え(wash sales)の特例といわれている。 また、法人の受取配当金に係る税法上の取扱いとしては、法人が法人に対して株主の地位に基づく資産の分配を行う場合、基本的には、a. 配当金とされる分配額は総益金に算入する。b. 配当金とされない分配額は、資産の売却または交換から生じる利益とする等。とされている。ここで配当金の意義として、配当金とは、法人が株主に対して行う資産の分配のうち、(a)1913 年 2 月末以降に蓄積された E&P(earning and profit)、(b) 当該年度のE&P で、当該年度の E&P の金額は問わないものとされ、その年度の E&P がその年度で行われる分配額以上の場合の分配額全額は受取配当金とされる。 この法人が受領する受取配当金に関しては、日本と同様に、法人間配当おける二重課税の調整措置が取られている。具体的には、受取配当金の特別控除として、配当受領法人は米国で課税対象となる米国内法人からの配当を受領し、配当受領法人による配当支払い法

100) 伊藤公哉『アメリカ連邦税法』(第 3 版、中央経済社、2005 年)161 頁。101) 伊藤・前掲注 100)162 頁。

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人の株式の所有株比率に応じて益金不算入割合が決められている 102)。当該措置の概略としては、保有期間 46 日以上の株式からの配当で、①株式保有率が 20%未満の場合は 70%、②同比率 80%未満の場合は 80%、③同比率が 80%以上の場合は 100%が、それぞれ益金不算入 103)とされている。 これら受取配当金の益金への算入時期については、「株主の要求により現金またはその他の資産が無制限に株主に属しえる時期」であるとされており、従って、配当決議日ではなく配当支払開始日に受取配当金は益金に算入 104)されることとなるとされているが、例えば、株式が配当金議決日および配当支払開始日以降に売却された場合は売り手の益金に算入される。また、買い手が配当込みの価額で株式を購入する場合でも、配当金に相当する金額を配当受領時に株式の取得価額から控除できない。株式の買い手が配当を受領する法的権利もなく、また実際に受領していない場合でも、配当の受領者とされる場合がある 105)とされることから、配当の帰属時期である「株主の要求により現金またはその他の資産が無制限に株主に属しえる時期」の問題が必然的に潜在するものと考えられる。すなわち、ラスコーリニコフ教授が、2005 年の論文 106)(以下、「ラスコーリニコフ論文」という。)の冒頭において「Tax Owner-ship(租税上の帰属)は税法における最も基本的概念の一つであるものの、そこには著しい混乱が存していた」と述べている問題であろう。 このような米国における課税主体の帰属に係る問題について、米国における貸株取引にかかる租税上の帰属について問題となった最初の最高裁判決である Provost 判決(貸株取引に係る印紙税負担の帰属をめぐるもの)と、現状の取扱いを定めた内国歳入法 1058 条

(以下、「I.R.C.§ 1058」と表記する。)107)、そして最近の裁判例を簡単に概観し、その示唆するところを考えてみたい。

2.米国連邦最高裁 Provost 判決 108)

(1)事案の概要 この裁判は貸株取引に係る印紙税負担の帰属をめぐる訴訟であるが、その概要は次の通りである。 ⅰ)NYSE(ニューヨーク証券取引所)における、株式の「貸出し(lending)」と「借入れた(borrowed)」株式の「返済(return)」にかかる移転(transfers)は、1917 年と1918 年の内国歳入法典の規定が意味するところを包含した税務上の移転である。この規

102) 白須信弘『新版 アメリカ法人税法詳解』(中央経済社、2002 年)183 頁以下。103) 『図説 アメリカの証券市場』・前掲注 24)306 頁以下、なお同書によれば、個人に関しては、株式

会社の段階と株主の段階で二重に課税されることが原則とされており、1986 年以前には受取配当を$100 まで所得控除が可能とされたが、現在この調整措置はなくなっている。

104) 白須・前掲注 102)190 頁参照。105) 白須・前掲注 102)190 頁参照。106) Alex Raskolnikov, Contextual Analysis of Tax Ownership, 85 B.U. L.Rev.431 (2005).107) I.R.C.§ 1058(Transfers of securities under certain agreements).108) 269 U.S. 443(前掲注 8)参照)。

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定は、「すべての売却、売却予約もしくは売却に関する決済の覚書、または法令上の株式、株券の移転」については、1 株あたり 2 セントの印紙税を課税するものとされていた 109)。 ⅱ)NYSE の実務ルールの下においては、ブローカーには空売り(short sale)を行うに際して、それらの(空売りした)現物株券の引渡し決済が求められており、それらの現物株券については、「借入れ」に関する保証金の規定により、他のブローカーからの「借入れ」により充当しなければならない。 ここで、借入者と貸出者との間では、金利は払われるものの、借入者は、両者において締結された契約書(借入者が貸出者に差入れる契約)により、株式の「貸出し」にかかるプレミア(品貸料もしくは差額)を支払うこととなる。さらに、この契約書に基づく取引では、「借入者は貸出者に、ローンが継続している間、(配当金のような)全ての利得を与える取決めをしている。そして、貸出者は(課税評価のような経済的な)負荷の全てを負う契約となっており、ここで貸出者には(貸出し株式の)オーナーシップは残る。」ことになる。 一般的に、ブローカー同士の需給においては、彼ら相互の義務は借入れられた株式の貸出者への「返済」、すなわち同種・同量の株式返還により充足される。それらの株券は、借入者が買付けをしたり、借入れをしたり、もしくは、そのために調達したものである、とされている。

(2)判決の要旨ⅰ)貸出者による現物証券の物理的引渡しに関しては、借入者が空売り取引契約にかかる

受渡決済に充当する株券、それは買付者が受取ることになるが、その株券の権利と根拠のすべてについて認識している。

ⅱ)この事案において、借入者は、質権者、受託者でもなく、貸出者からの受寄者でもない、また、但書きの範疇として、現物株式について税務上の保証金から免除される条項のある取引は、資金融資のための担保有価証券となるものではない。

ⅲ)借入れられた株式の「返還」とは、すべてのオーナーシップにかかる付帯義務を貸出者に移転することである。そのオーナーシップには、貸付者に引渡された証券により表象される株式持分が含まれている。

ⅳ)その結果、「貸付(ローン)」と「返還」の双方に、「株式持分についての法的根源の移転」という意味での税務上の地位にかかる条項が含まれている。

ⅴ)そして、移転と認識される同一株券の引渡しとは、法令の定めに則った「株式持分も

109) 米国歳入法(1917/1918)では、株式の売却(売却等の株式の移転契約を含む)には 1 株当たり 2セントの印紙税(Stamp tax)が課されていた。貸株取引において、この Stamp tax を負担するのは、貸し手または借り手のどちらか?が問題となった訴訟である。米国 Stamp tax は、1981 年までにすべて廃止されている。ちなみに、日本の有価証券取引税は、1998 年に金融グローバル化推進のため廃止され、有価証券の移転に係る課税は、譲渡課税に集約された。

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しくは株券の引渡し」である。

 上記の判決要旨からすると、1926 年当時においては、既に米国最高裁で争われたように、貸株取引における取引実態を踏まえ、株券が貸出されている間も、帰属すなわち株券所有にかかるリスクは貸出者に残されていることから、配当等の権利についても貸出者に留保したままとすることを認めた取引であったものと考えられる。

3.米国における貸株取引の課税(I.R.C.§1058) 前述のように、米国における貸株取引については Tax Ownership をめぐっては長い議論と多くの判決例があった。しかしながら、現在では内国歳入法第 1058 条(以下、I.R.C.§1058 と引用。)においてその取扱いが示されている。その内容としては、この条文が示すとおり、貸株取引により Tax Ownership は移転するが(一定の要件が満たされる限り)その損益は不認識の扱い(Unrecognized)110)を受ける。すなわち、取引が決済されるまでは Tax Ownership の移転についての認識はなされてはおらず、認識が繰り延べられる、いわゆる Open Transaction の手当てがされている。 I.R.C.§ 1058 は次のように規定する。

(a)一般原則(General rule) 本条(b)項の要件を充足する契約書に従い(1236 条(c)項に定義される)有価証券を移転した納税者の場合には、このような契約書に基づく義務のために納税者が当該有価証券を交換するとき、または、当該納税者が移転した有価証券と同一の有価証券のために当該納税者がそのような契約書に基づく権利を交換するときは、いかなる利得または損失も認識されないものとする。

(b)契約要件(Agreement requirements) 本項の要件を充足するために、契約書は以下の各号((1)から(4))の所定事項を定めるものとする。⑴ 移転した有価証券と同種・同量の有価証券の譲渡人への返還を定めること。⑵ すべての金利、配当、その他諸権利に相当する金額については譲渡人に支払がなさ

れるべきことを要すること。そして、このような金額については、有価証券の所有者が譲渡人による有価証券の移転を開始し、譲渡人に同一の有価証券を返還して終了するまでの期間において、これを受け取る権利を与えられているものである。

⑶ 移転された有価証券における有価証券の譲渡人の、損失のリスク若しくは利得の機会を減少させないこと。

⑷ 財務長官が規則によって規定するその他の要件を充足すること。

110) 渕・前掲注 106)194 頁。

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貸株取引(株券貸借取引)の課税問題について -その契約等の形態と課税要件からの検討を中心に-

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(c)基準価額(Basis) (a)項において規定される納税者が取得している所有権は、この(a)項により規定されている取引においては、当該納税者によって移転された所有権と同じ基準価額を持つものとする。

 この I.R.C.§ 1058 についての課税当局の説明からすると、貸株取引の実務ではI.R.C.§ 1058 が要求する条件に適合し、不認識が適用される範囲は相当に限定されていると見られることから、如何に契約条項を適切に整理するかが問題となると思われる。

4.貸株取引課税にかかる最近の裁判等 2005 年の I.R.C.§ 1058 制定以降においても、貸株取引にかかる課税の問題は、幾つかの裁判で争われている。特に、I.R.C.§ 1058 における「貸株取引におけるオーナーシップと不認識」がその争点となっている租税裁判例として、Samueli 判決 111)と Anschutz112)判決があり、その他にも、I.R.C.§ 1058 に適合した貸株取引であるのか、真性の売却であるかを争った裁判例として Calloway 判決 113)がある。 これら最近の3つの貸株取引にかかる課税に関する裁判において、申立人(納税者)も課税庁もともに貸株取引の存在と Tax Ownership の判断にかかる論拠として、Provost判決およびラスコーリニコフ論文を引用している。例えば、Samueli 判決においては、貸し手は貸株取引により移転する株券のすべての利得と負荷の Ownership を保持し、そして必要に応じて契約を締結できる。こうした確立された法的取り扱いは、Provost 判決において判示されたものであるとしている。すなわち「株券の貸出・返済の取引において、株券の所有にかかるリスクは貸出者に残したまま、配当等については借入者に移転する」ことを内容とする貸株取引契約書の場合、「借入れられた株式の『返還』とは、すべてのオーナーシップにかかる付帯義務を貸付者に移転されるもの」として、その論証を構成している。 こうした最近の米国における裁判の判示から考えれば、貸株取引の Tax Ownership について直接的に言及はされていないとされる I.R.C.§ 1058 の現実の取引における適用範囲は定まってくるものであろう。例えば、貸株取引契約では①いつでも株券の返還が可能であり②配当等は直接に貸し手に払われ③時価の一定額以上の現金担保を受け入れ④一定以上の利率の利息を定期的に支払われることが契約条項に明示され、現実に取引が行われている場合、その取引は I.R.C.§1058 に適合したものであれば、そこに帰属主体は必然的に定まるものと思われる。

111) Samueli v. Commissioner, 132 USTC 4(2009).112) Anschutz v. Commissioner, 135 USTC 5(2010).113) Calloway v. Commissioner, 135 USTC 3(2010).

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Ⅳ.まとめ -結びに代えて- 

 貸株取引の問題を検討するうえでの前提としては、貸株取引が消費貸借契約の法形式により成立しており、この取引における課税取扱い(受取配当等)が不明瞭な現状がある。その根底には、貸借対象株券にかかる税法上の帰属整理が明確にされていない状況が考えられる。本稿では、貸株取引の法的構成と租税における関係について、関係法令・通達等および判例等を踏まえ考察した。 考察のアプローチの一つとして、貸株取引(消費貸借契約)における株券の受取配当等にかかる法人税法上(貸株取引の主体はプロ投資者:法人)の取扱い、すなわち受取配当等にかかる益金不算入の取扱いの整理から考えてみたところである。ここでは、その益金不算入の対象となる受取配当等の「受け手」は、概念的には「株主」であろうと考えうるが、租税法はその「株主とは何か」を明確には定めてはいない。判例、行政解釈通達等においても、会社法の概念を借用して「株主」「株主たる地位」としている。他方において、貸株取引など現実取引においては民商法領域の契約によって、株券の経済的利益とリスクを留保したままで株式の名義の移転取引(形式と実質の分離・相違)が行われてきている。 ここで租税法上の所得帰属の問題、すなわち株主の地位についての不透明性は、表面的には、近年の貸株取引など会社法が予定していない株券にかかる経済取引行為による「自益権」と「共益権」の乖離事象の出現による顕在化とも考えうるところである。そしてこのような現状を勘案すると、その根底にあるのは、株主の意義についての租税法と会社法の概念の違い、すなわち株主および株主の地位に関し、租税法からのアプローチである

「資本主たるもの」と、会社法におけるその概念である「割合的単位の持分で権利を有するもの」との違いが、貸株取引における所得の帰属に関する議論においても、その本質を構成する概念に由来しているのでないかと思える。 この取引においては実質所得者課税の問題が顕在化してくることになる。実質所得者課税の原則については、課税物件の法律上の帰属につき、その形式と実質が相違している場合には、法形式に則って帰属(実質所得者の判断)を判定すべきであるとする考え方と、経済上の帰属に即して課税物件の帰属を判定すべきと解する考え方がある。ここでは、所得概念の捉え方として、所得の意義の実質的・経済的な捕捉の方法、すなわち所得概念の経済的把握という見方、すなわち自由に処分しうる経済的利得の経済的な取得ないし発生をもって所得の実現があったものとする考え方は、課税上の所得の帰属は、リスクの所在先にあるという見解をもってできる。実質所得者の帰属の判断は、法律的帰属を主体としつつ、経済的効果による所得の実現と損失リスクの所在を視野に入れられるべきものであろう。 貸株取引のみならず民事法にもとづく取引においては法構成の形式性と経済的実質が相違する場面は様々に想定される。こうした場面において取引を租税がその取引を阻害させないためには、租税法律主義による納税者の予測可能性と法的安定性の確保が不可欠と考

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えられる。ここでは取引とその実務を構成する前提としての課税要件の明確化が必要ではないかと思われるところである。この課税要件を明確にするための考え方の基礎として、民法等の私法により規律される私法上の法取引を前提に構成される課税要件をもって、法律上(私法上)真実に収益を収受する権利を有する者、リスクを負担する者として契約により当事者間の意思が明確に示されているものについて、租税法上の所得の帰属に関する事実の認定にかかる判断をすべきであろうと考える。すなわち、貸株取引においては、株式の貸し手と借り手とにおける貸借対象株券の経済的利益と損失が生じた場合のリスクの所在がいずれにあるのか、そして、貸株取引の法形式と取引実態における実質的な支配権の留保状況と、株式の名義(議決権)の移転と株主の概念という様式状況においても、私法上の契約における帰属に関する取決めをもってすれば、蓋然的に判断されてくるのものではないかと考える。 米国においても Provost 判決以来、貸株取引に係る Tax Ownership の議論があったが、現状では I.R.C.§1058 により、貸株取引における Tax Ownership は、一定の要件が満たされる限り-契約書にその旨が記載されている限り-移転はするが、その果実については

「不認識」の扱いを受けるとして一応の決着を得ているとされている。実務においては近年の裁判例のように依然として混乱が少なくない。 日本においては、消費貸借の法形式により行われる貸株取引においては、特有(債券レポ取引等には無い「名義」の問題の存在等)の受取配当等の権利の帰属の判断、すなわち株主の地位たるものが、単に共益権の確保手段としての名義を論拠とするものであるのか、リスクの留保(私法契約による経済的利益の移転を含め)を論拠とするものであるのか、実質的所有等の議論を踏まえた整理が必要であろう。特に、貸株取引における実質的なリスクの所在が貸し手に留保されてこと、そして誰が究極的にコントロールしているか、経済的な支配の主体の実態をも勘案することで、例えば、一定の条件すなわち当事者間の意思の表示たる契約上の明記を条件として、税法上の帰属が貸し手にあることを前提に、課税処理がなされるべきであると考える。そして、こうした課税関係の明瞭性を求める試み、すなわち、貸株取引にかかる帰属と課税関係の整理は、金融取引の課税処理における法的安定性・予測可能性の高める観点からしても、合理性があるものと思われる。 こうした貸株取引における課税取扱いを明らかにしていくこと、すなわち、日本において貸株取引をとりまく法令環境の整備の一つとして、この取引の課税処理にかかる予測可能性と法的安定性を高めることが出来るのであれば、貸株取引の一層の拡大を促すことにつながろう。そして、この貸株取引の拡大によるマーケットへの株券の供与(流動性供給)が、地位の低下が危惧される日本の株式市場における流動性の向上、すなわち円滑な株式売買取引の活性化へ、延いては、株式市場の本来の目的である公正なる価格の発見性向上にいくらか寄与することになるものと考える。

以上

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資産の譲渡における二重利得法の検討 -収入金額の分割に関する近時の事例を踏まえて-

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【目次】はじめにⅠ 資産の譲渡における所得分類Ⅱ 二重利得法Ⅲ 収入金額の分割方法結びに代えて

資産の譲渡における二重利得法の検討 -収入金額の分割に関する近時の事例を踏まえて-

A Study of the Dual Gains Treatment in Transfer of Asset :Through Recent Cases about Income Partition

吉川 貴之*

要約一の資産の譲渡において二種類の所得に区分課税する方法が二重利得法である。二重利得法

は所得の実体に合致した課税方法であるが、明文化によらず解釈によって区分課税を行うことには実務上の混乱を招く可能性があることも指摘される。

ところで、この問題を所得税法 36 条における収入金額の分割方法の問題に置き換えてみると、一の資産の譲渡を経済的側面から二の所得に分類する手法が二重利得法といえる。しかし、例えば外国債券の譲渡において、債券本体の値上がり益と為替差益が区分課税されていないように、経済的側面から二の所得に分割する方法は実務上採用されていないように思われ、他方で法的側面から所得の分割が決定された事例があるように、実務上は法的側面が重視されているように見える。

したがって、現時点においては、二重利得法の目指す区分課税は、法的安定性と予想可能性の面からも、明文化により実現することが望ましいと考える。

*税理士、2010 年青山学院大学修士(ビジネスロー)。

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はじめに

 所得税法における所得分類の観点からは、一の資産の譲渡において二種類の所得に区分課税できそうな取引がある。この区分課税を法解釈によって実現しようとする方法が二重利得法である 1)。二重利得法の適用が考えられる典型的なケースは、土地の保有期間中に宅地造成を行った後に売却した場合に、譲渡所得と事業所得または雑所得に区分するというものである。 二重利得法についてはその適否をめぐっていくつかの研究が行われ、筆者も過去に研究対象として取り上げたテーマであるが 2)、本稿では、この問題を収入金額の分割方法の問題に展開し、最近の事例を題材として若干の検討を試みることとする。その理由は、二重利得法の目指す区分課税を、現実の法令に当てはめて実現するためには、所得税法 36 条の収入金額の解釈に踏み込まざるを得ないと考えたからである。 そこで本稿では、資産の譲渡における所得分類が法令上及び実務上どのように行われているかを確認し、二重利得法をめぐる諸論点を整理した上で、所得税法 36 条との関係で二重利得法の適用可能性について論じることとする。 本稿が今後の二重利得法の研究の一助になれば幸いである。

Ⅰ 資産の譲渡における所得分類

1 譲渡所得の意義 譲渡所得とは、資産の譲渡による所得をいう 3)。その本質は、「キャピタル・ゲイン、すなわち所有資産の価値の増加益であって、譲渡所得に対する課税は、資産が譲渡によって所有者の手を離れるのを機会に、その所有期間中の増加益を清算しようとするものである。」4)

 ただし、資産の譲渡のうち、次に掲げるものは、譲渡所得から除かれている 5)。① 棚卸資産 事業所得を生ずべき事業にかかる商品・製品・半製品・仕掛品・原材料その他の資産で棚卸をなすべきもの② 棚卸資産に準ずる資産

1) 二重利得法は金子名誉教授によって提案された方法である。金子宏「譲渡所得の意義と範囲―二重利得法の提案―」『課税単位及び譲渡所得の研究』有斐閣(1996 年 , 初出 1978 年 ~1980 年)113 頁~249 頁。

2) 拙稿「所得分類における二重利得法の再考」『租税資料館賞受賞論文集第 19 回下巻』租税資料館(2010 年)453 頁 ~507 頁。

3) 所得税法 33 条 1 項。4) 最判昭和 43 年 10 月 31 日訟務月報 14 巻 12 号 1442 頁。5) 所得税法 33 条 2 項。

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 不動産所得・山林所得または雑所得を生ずべき業務にかかる棚卸資産に準ずる資産③ その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡④ 山林の伐採または譲渡

 一般論としては、所有者の意思によらない外部的条件の変化に起因する資産価値の増加は譲渡所得にあたり、所有者の人的努力と活動に起因する資産価値の増加は事業所得または雑所得に該当するものと考えられる 6)。 また、譲渡所得については、資産の保有期間が 5 年を超えていたかどうかにより、長期譲渡所得と短期譲渡所得に区分しており、長期譲渡所得については、所得の 2 分の 1 のみを課税対象とする平準化の仕組みが採用されている。これは、長期間にわたり徐々に蓄積された資産の増加益が一挙に実現することにより、高い累進税率が適用されることに対する緩和措置といえよう 7)。 このように、一義的には「資産」の「譲渡」による所得を譲渡所得と定義しつつも、所得分類の上では、事業所得や雑所得等、別の所得に分類し、もしくは同じ譲渡所得であってもその課税所得の計算に差異を設けることで、担税力に則した課税体系を構築している。しかし、このような課税体系は、一の資産の譲渡であっても、所得分類において見解の相違を生じさせやすい面があることにも留意すべきである。

2 実務上の取扱い 前述のとおり、「資産」の「譲渡」による所得、そのすべてが譲渡所得になるわけではない。そうすると実務上の事案の処理においては、様々な解釈が行われやすくなり、非常に不安定な状況を作ることにつながる。そのような背景から、資産の譲渡においては、所得分類を円滑に処理するためのいくつかの通達が存置されている。特に土地の譲渡に関連する次に掲げる通達は、本稿で取り上げる二重利得法との関係で重要である。① 所得税基本通達 33 - 3 不動産を相当の期間にわたり継続して譲渡している者の当該不動産の譲渡による所得は、原則として事業所得または雑所得に該当するが、極めて長期間(おおむね 10 年以上)保有していた土地を譲渡した場合には、譲渡所得とする。 これは、例えば先祖伝来の土地等を譲渡した場合には、その譲渡が営利を目的として継続的に行われたものであっても、その所得の実質は保有期間中に生じた増加益に相当するものの実現であるということができるという趣旨に基づく取扱いである 8)。② 所得税基本通達 33 - 4 固定資産である土地等に区画形質の変更等(一定の小規模であるものを除く。)を行い

6) 金子宏『租税法 第 17 版』弘文堂(2012 年)226 頁。7) 金子・前掲注 6)222 頁。8) 後藤昇ほか『所得税基本通達逐条解説 平成 24 年版』大蔵財務協会(2012 年)187 頁。

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宅地等として譲渡した場合、または建物を建設して譲渡した場合には、棚卸資産または棚卸資産に準ずる資産の譲渡による所得として、その全部が事業所得または雑所得に該当するものとされている。 これは、宅地造成等の行為により固定資産である土地等が棚卸資産またはこれに準ずる資産に転化したと考えられることに基づく取扱いである 9)。③ 所得税基本通達 33 - 5(二重利得法に準ずる考え方を示した通達) 土地等の譲渡による所得が 33 - 4 により事業所得または雑所得に該当する場合であっても、極めて長期間(おおむね 10 年以上)引き続き所有されていた土地等であるときは、33 - 4 にかかわらず、区画形質の変更等による利益に対応する部分は事業所得または雑所得とし、その他の部分は譲渡所得とする。この場合、譲渡所得に係る収入金額は区画形質の変更等の着手直前における当該土地の価額とする。 これは、長期間保有していた土地等に宅地造成等の加工行為を加えた後に譲渡した場合の所得の実質は、保有期間中に生じた資産の価値の増加益が相当部分含まれているといえることから 10)、区分して課税することを明らかにしたものであり、二重利得法的な考え方を具体的に採用した通達と評される。 これらの通達の適否をめぐっては、いくつかの判例があり、次に検討する。

3 関連する判例3-1 松山地裁平成 3 年 4 月 18 日判決 11)

① 事実の概要 昭和 40 年以前に相続により取得した土地について、昭和 45 年ごろから宅地造成工事を行い、順次売却を行った。納税者は譲渡所得として申告したが、課税庁は通達 33 - 5 を適用し譲渡所得と事業所得に区分計算して課税処分を行った。② 裁判所の判断:二重利得法ないし通達 33 - 5 を支持 「土地等の譲渡が棚卸資産またはこれに準ずる資産の譲渡であっても、極めて長期間引き続いて販売目的以外の目的で所有していた土地等について、販売することを目的として宅地造成等の加工を加えた場合には、その土地等の譲渡による所得には、右加工を加える前に潜在的に生じていた資産の価値の増加益に相当するものが相当部分含まれていると考えられる。そこで、そのような場合には、右加工に着手する時点までの資産価値の部分に相当する所得を譲渡所得とし、その他の部分を事業所得または雑所得とするものが相当である。所得税基本通達 33 - 5 の規定もこのような趣旨を定めたものと解される。」 なお、控訴審(高松高裁平成 6 年 3 月 15 日判決 12))、上告審(最高裁平成 8 年 10 月 17

9) 後藤ほか・前掲注 8)188 頁。10) 後藤ほか・前掲注 8)190 頁。11) 訟務月報 37 巻 12 号 2205 頁。12) 税務訴訟資料 200 号 1067 頁。

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日判決 13))のいずれも原判決を支持し、棄却している。③ 評価 本事案は、二重利得法ないし通達 33 - 5 を是認した判例として有名である。本事例をどこまで拡張して適用できるかという問題は残るが、少なくとも事例によっては、二重利得法に則した解釈が可能であることを示している。

3-2 東京高裁平成 10 年 12 月 17 日判決 14)

① 事実の概要 納税者は、個人保有の絵画について、平成 3 年に 12 点を約 2 億 9 千万円で、平成 4 年に 15 点を約 2 億 7 千万円でそれぞれ売却し、その売却による所得を譲渡所得として申告したが、課税庁は雑所得に該当する課税処分を行った。 納税者側は通達 33 - 3 を類推適用し、少なくとも 10 年以上保有している絵画の売却による所得については譲渡所得に該当する旨、並びに通達 33 - 5 を類推適用し、長期保有の絵画の売却による所得のうち、継続的な譲渡を開始した時期までの間の増加益に対しては、譲渡所得として課税すべきとの予備的主張を行っている。② 裁判所の判断ア 通達 33 - 3 について(類推適用を否定)

「通達 33 - 3 の規定は、極めて長期間保有していた固定資産である不動産の譲渡による所得については、当該不動産の譲渡が継続的に行われているものであっても、その譲渡による所得の実質は、その譲渡資産を長期にわたり保有していた期間中に外部的条件に起因して蓄積した資産価値の増加益に相当するものの実現であり、かかる所得は臨時的に発生した所得とみるのが相当であることから、これを譲渡所得として取り扱う旨を定めたものであると解されるが、絵画の場合についていえば、当初の目的は何であれ、特定の者が一定の鑑識眼及び美術的な専門知識に基づき収集、保存した絵画を継続的に譲渡している者の当該絵画の譲渡による所得は、それが長期間保存されたものであっても、人的努力又は活動が加わって生じたものとみられるのであって、これを外部的条件だけで蓄積した資産価値の増加益の実現として他の絵画の譲渡による所得と区別し、その譲渡による所得を臨時的・偶発的なものとみるのは困難である。」イ 通達 33 - 5 について(類推適用を否定)

「これは土地の譲渡による所得についてのものであることは明らかである。」 なお、上告審(最高裁平成 11 年 6 月 24 日判決 15))も原判決を支持し、棄却している。③ 評価 本事案では、二重利得法ないし通達の採用が否定されている。ただし、通達 33 - 5 に

13) 税務訴訟資料 221 号 85 頁。14) 税務訴訟資料 239 号 528 頁。15) 税務訴訟資料 243 号 743 頁。

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ついて、「これは土地の譲渡による所得についてのものであることは明らかである。」と判示しているから、不採用とした理由は、専ら資産の種類に基づいており、二重利得法ないし通達 33 - 5 による解釈そのものを直接否定しているわけではないように思われる。ただし通達 33 - 5 の類推適用を否定したという意味で注目すべき事案といえる。

4 小括 以上、資産の譲渡における所得分類及び実務上の取扱いについて概観した。一義的には

「資産」の「譲渡」を譲渡所得と定義しつつ、限定列挙により事業所得、雑所得等他の所得に区分する道を残しているのが資産の譲渡による所得の最大の特徴である。譲渡所得の本質は、外的要因によるキャピタル・ゲインであるから、それに該当しない所得を排除する必要があり、このような所得分類の構造はその意味で有用である。 しかし、そのことは他方で 2 つの実務上の問題を惹起することになる。第一は、資産の譲渡について、単純に所得分類の見解の相違が生じることがある点であり、主に営利目的性について争われることが多い。第二は、一の資産の譲渡について、複数の所得分類に区分すべきかどうかという点で見解の相違が生じることがある点である。二重利得法ないし通達 33 - 5 という所得分類の方法は、まさに後者の問題に対処するための実務上の有力な解決策と言える。ただし、判例で取り上げたとおり、これらの解決策の射程については、未だ不明確であり、とりわけ二重利得法は、複数の所得分類への区分を法解釈により行おうとするものであるから、その適用の可否を数例の判例のみで確定することは困難であると考える。

Ⅱ 二重利得法

1 定義 ある収入があったとき、その収得に至った原因事実に基づき、通常はある収入に対して単一種類の所得が決定されると考えられるが、無数の経済取引の中には、その原因事実が複数存在することから、1 種類の所得として分類することが困難なケースもある。例えば、不動産取引業者が、その所有する土地を、所有期間の中途において区画形質の変更等を加えた上で譲渡した場合、所有目的の変更によって、その譲渡益の中には、外部的要因による価値の増加部分と、造成による価値の増加部分が混在することになる。 このように、その土地の所有目的の変更があった場合に、その譲渡益の中に性質の異なる 2 種類の所得が含まれていることを認め、そのそれぞれをその性質に応じて課税する方法を、金子名誉教授は二重利得法(dual gains treatment)と定義されている 16)。

16) 金子・前掲注 1)238 頁。

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2 二重利得法のメリット 二重利得法を適用する主なメリットとして次の 4 点があげられる。① 所得の実体に合致した課税方法であること 17)

② 納税者にとって課税上酷な結果を避けうること 例えば長期間にわたって所有してきた土地を譲渡するという場合に、利益の増加を図ってその土地に区画形質の変更等を加えたばかりに、譲渡益の全体を事業所得または雑所得として課税されるのは納税者にとって酷なことである 18)。③ 裁判所にとって事件の処理が容易になること 譲渡益の中に複数の所得分類の中から択一的に判定しなければならない場合には、裁判所は実際問題として、価値のウェイトの占有率等のファクターに基づき問題を解決しなければならない。このような割り切りによって得られる結果は、実体に合致しない不自然なものとなりやすいが、二重利得法の下ではこのような負担から解放される 19)。④ 経済的アプローチからの有効性 二重利得法によらない従来の課税方法では、土地を造成しようとする土地所有者のインセンティブを低下させ、土地の有効利用を損なうとして、経済的なアプローチから二重利得法の有効性を認める見解がある 20)。

3 二重利得法と所得税基本通達 33 - 5 の相違点 所得税基本通達 33 - 5 は、その内容から 33 - 4 の例外的な取扱いを規定しているものと位置付けられることから 21)、本通達に該当するケースに限り適用される特殊なルールであると解される。一方で二重利得法は立法論としてのみでなく、解釈論としても成り立つものと考えられている 22)。 また、保有期間についても通達では、おおむね 10 年以上としているのに対し、金子名誉教授は、長期・短期譲渡所得の分類に従い 5 年以上とすることが望ましいと提案されている 23)。

4 二重利得法の拡張 二重利得法は、専ら宅地造成型の土地の譲渡の事例に端を発して論じられてきているが、他方で拡張を試みる研究も見受けられる。一定の限界はあるものの、次の要件を満たす場

17) 金子・前掲注 1)238 頁 ~239 頁。18) 金子・前掲注 1)239 頁。19) 金子・前掲注 1)239 頁。20) 青野勝弘「土地譲渡と二重利得法」松山大学論叢 20 巻 2 号 164 頁 ~188 頁。21) 所得税基本通達 33-5 における「33-4 にかかわらず」という文言から、所得税基本通達 33-4 の例外

的取扱いと推定される。22) 金子・前掲注 1)241 頁で、「目的論的解釈ないし趣旨解釈としては、一定の範囲内で二重利得法の

適用が認められてしかるべきである。」と述べられている。23) 金子・前掲注 1)243 頁。

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合は土地造成型以外の類型にも二重利得法を拡張して適用することができるものとする提案がある 24)。① 一の資産の譲渡益(譲渡損失)に譲渡所得とすべき増加益(損失)と事業ないし雑所得とすべき利益(損失)が混在すること② 一の資産の譲渡益(譲渡損失)に平準化措置を要する長期譲渡所得の基因となる資産の増加益(損失)が含まれていること③ 所得区分の変更事由によって所得(損失)が実現していないこと④ 最終的に資産の譲渡により所得(損失)が実現したこと⑤ 資産の譲渡の時点では、譲渡所得、事業所得または雑所得の基因となる資産を譲渡したこと

5 二重利得法の問題点 二重利得法を検討する上では、その問題点についても無視することはできない。二重利得法を適用する場合の主な問題点を集約すると次のとおり整理できる。① 二重利得法の拡大適用による弊害 占部教授は、「一の資産譲渡により生じる所得を二種の所得に分類する場合は、山林所得のように明文化されている場合でなければ許されない。」と指摘をされている 25)。確かに将来的に解釈の拡大が図られた場合には、二重利得法を適用すべき経済取引の種類は増加し、実務上の混乱を招来することも想定されるといえるだろう。② 所得税法における所得分類との不整合 「わが国の所得税法は、10 種類の所得分類において異種の所得の混在を前提としており、所得の分類は二者択一的である。」という意見がある 26)。この点を検討するにあたっては収入金額を規定する所得税法 36 条の解釈の問題を避けることはできないと考えられるため、後述することにする。③ 変更時期及び時価認定の困難性 いつの時点をもって区画形質の変更等を認識するのか、そして区画形質の変更等の着手直前における「土地の価額」をどのような方法で測定するのかという問題がある。これらの問題について納税者の選択に委ねた場合には、個々の結論に相当の幅が生じることは不可避である 27)。④ 一般的な譲渡取引との課税の公平性の問題 一般的な土地譲渡取引においても、土地の保有期間中の外的条件によっては、当該所得

24) 中野浩幸「二重利得法の適用要件」商経学叢 55 巻 3 号(2009 年)98 頁。25) 占部裕典「土地の譲渡による所得区分 ‐ 所得税基本通達 33 ‐ 4,33 ‐ 5 及び二重利得法の検討」『租税法の解釈と立法政策Ⅰ』信山社(2002 年 , 初出 1996 年)32 頁。

26) 占部・前掲注 20)32 頁。27) 金子・前掲注 1)239 頁においても、「いつ目的が変更したと認定すべきか、そのときの土地の時価

をいかに評価するか等、いくつかの困難な問題があることは否定できない。」との指摘がある。

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のうち大半が純粋な土地相場の上昇により構成されるケースもあり得るし、場合によっては当該所得を上回る金額がそれであるケース(すなわち事業所得部分は損失となるケース)も理論的には想定される。すなわち、資産の譲渡取引というものは、区画形質の変更を伴う特殊なケースに限らず、その取引の本質から譲渡所得とそれ以外の所得が常に混在することを宿命としているように思える。その事実を前提としたうえで、区画形質の変更という時間軸により所得の種類を明確に区分できる場合に限って二重利得法を適用してよいのか、という疑問は当然生じるところである。すなわち、二重利得法により所得税法の求める担税力の違いに着目した所得分類を忠実に行おうとするのであれば、その適用範囲を一般の資産の譲渡取引にまで拡大しなければ課税の公平性が保たれないのではないかという問題がある 28)。⑤ 利益と損失の混在 二重利得法を適用すれば 2 種類の所得を認識することになるが、いずれの所得もプラスの所得とは限らない。いずれかまたはその両方がマイナスとなるケースも想定しなければならないし、さらにプラスとマイナスの所得が混在する場合の損益通算の問題を解決しなければならない 29)。そして損益通算できないという場合においては、二重利得法の適用がかえって納税者に過度な負担を強いる可能性もある。

6 小括 資産の譲渡による所得が、複数の所得に分類される余地がある前提において、二重利得法が実務上の効果的な解決策を提示していることに疑問の余地はない。しかし、前述のとおりいくつかの問題点がある。特に、「わが国の所得税法は、10 種類の所得分類において異種の所得の混在を前提としており、所得の分類は二者択一的である。」とする占部教授の指摘は、所得税法の根幹に関連する問題である。 そこで、次節において、所得税法との関係から二重利得法の適用可能性について検討を行うものとする。

Ⅲ 収入金額の分割方法の検討

1 二重利得法と所得税法の関係 前記のとおり、二重利得法は立法論としてのみでなく、解釈論としても成り立つ前提であるから、具体的に法令のどの部分の解釈が問題となるのかをまず明確にしなければなら

28) 占部・前掲注 20)34 頁においても、「二重利得法を採用するのであれば、いわゆる『二重』部分にも配慮する必要がある。」との指摘がある。

29) この問題を取り上げている論文として、中野浩幸「所得区分の変更を伴った譲渡損失に関する課税問題 - 二重利得法の拡張を通して -」『税に関する論文入選論文集 4 巻』納税協会連合会(2008 年)87頁 ~134 頁がある。

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ない。 二重利得法は、ある収入に対して複数の所得に区分するという考え方を実際の運用に適用する方法であるが、ある資産の譲渡が二重利得法の対象となりうる取引であるとして、直ちに「所得」を分類することは可能であろうか。法令に従うのであれば、所得税額の算出手順は、第一に収入を認識する手順があり、次にその収入が 10 種類のどの所得分類に係る収入に該当するかを判定し、その後に各所得分類ごとに規定された計算に基づき「所得」を確定させる、という手順を踏むはずである。そうすると、まず区分すべき対象は

「所得」ではなく「収入金額」ということになる。そのことは通達 33 - 5 において、「譲渡所得に係る収入金額は区画形質の変更等の着手直前における当該土地の価額とする。」と規定されているように、最終的に規定されている対象が「収入金額」であることからも理解できる。 ところで収入金額を規定している条文は所得税法 36 条であり、当該条文においては、収入時期は一般的に権利確定基準により判定されること、収入は「金額」により表わされることが明らかにされているのにとどまり、ある収入をいかなる単位で認識すべきか、ということについては何ら言及されていない 30)。 このことを踏まえると、二重利得法の問題は、所得税法 36 条における収入金額の認識単位もしくは分割方法についての解釈の問題に置き換えることが可能なように思われる。 以上のような考え方を前提として、ここではいくつかの事例を取り上げ、実際の収入金額の分割がどのような方法で行われているのかを検討する。

2 経済的分割方法2-1 概要 資産の譲渡についていえば、法的にあるいは実体上も二の資産であるものを譲渡した場合に、別個の取引として収入を認識し、各々に対応する所得分類に区分することについては、異論は生じないだろう(むしろいずれかの所得分類にまとめることは許容されないというべきである)。 二重利得法は、法的にあるいは実体上も一の資産であるものを譲渡した場合に、その資産の価値の構造を経済実質面から分析し、その結果、複数の所得分類から構成されていることが明白であるときに、一の収入金額を特定の基準をもって区分課税する方法であるといえる。いわば「経済的分割方法」を用いることではじめて二重利得法の目的とする所得計算を実現できるのである。 では、そのような「経済的分割方法」は実際に用いられているのだろうか。土地譲渡以外の例を取り上げて検討する。

30) 収入金額の概念について、「法人税法の益金や所得概念に比べると、さらに研究が進められるべきであると思われる。」との指摘がある。岡村忠生「収入金額に関する一考察」法学論叢 158 巻 5・6 号

(2006)231 頁。

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2-2 自己株式の取得 自己株式の取得により、売却株主である個人に交付された金銭等の額のうち、発行法人の利益積立金額を減額した部分の金額はみなし配当の金額となり 31)、みなし配当の金額以外の部分は、みなし譲渡収入の金額とされる 32)。 売却株主にとっては、株式を売却する対象者が発行法人であれ第三者であれ、外形的には資産の譲渡取引により得た所得であるから、その売却代金の全額が譲渡収入であると考えられるが、収入金額の経済的実質に着目して、発行法人の資本金等の額からの払い出しに該当する部分を譲渡収入とみなし、利益積立金額からの払い出しに該当する部分を配当収入とみなしている。 これは二重利得法と同様に経済的分割方法の考え方を具体的に法令に反映させた実例といえる。ただし、規定がなかった場合にも(もしくは当該規定は単なる確認規定として)、法解釈によって区分課税が成立し得るのかどうかは疑わしいと言わざるを得ない。

2-3 外国債券の譲渡損益 外国債券の譲渡に係る税務上の取扱いは国内債券と同じである。すなわち、特定の債券を除き、譲渡益は非課税、譲渡損はなかったものとされる 33)。 例えば取得時の価額 100 ドル×為替レート 80 円=円換算額 8 千円の債券を、価額 120ドル×為替レート 100 円= 1 万 2 千円で売却した場合、差益の 4 千円は全額非課税となるのが現行法に基づく取扱いである。そして、全額非課税になることについて、別段の定めを置いているわけではない。 ところが、差益である 4 千円の所得構成に着目すると、債券本体の売却益(120 ドル-100 ドル)× 100 円 34)= 2 千円と、為替差益 2 千円に分解することも可能のように思われる。この場合、二重利得法を適用すると売却益 2 千円のみが非課税、為替差益 2 千円については雑所得として課税されることになるはずである。

2-4 小括 以上、経済的実質面から 2 種類の所得に分割可能と思われる取引事例として自己株式の取得、外国債券の譲渡を取り上げた。いずれの事例においても、経済的側面からは二の収入金額に区分できそうであるが、何らの規定なく、法解釈により二重利得法を適用しているという事実はないといえる。

31) 所得税法 25 条 1 項 4 号。32) 租税特別措置法 37 条の 10 第 3 項 4 号。33) 租税特別措置法 37 の 15 第 1 項および第 2 項。なお、平成 25 年度税制改正の大綱によれば、金融

所得課税の一体化を進める視点から、公社債の課税方式の見直しが予定されている。34) 取得時の為替レート 80 円を用いることも考えられるがここでは言及しないこととする。

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3 法的分割方法3-1 概要 二重利得法のように、ある収入を経済的実質の観点から分割する考え方がある一方、税法は伝統的に私法上になぞらえて処理すべきという考え方が存する。 金子名誉教授は、「租税は、(中略)各種の私的経済生活上の行為や事実を対象として課されるが、これらの行為や事実は、第一次的には私法によって規律されており、租税法がこれらの行為や事実をその中にとり込むに当っては、これらを生の行為や事実としてではなく、私法というフィルターを通して―ということは私法を前提としそれを多少ともなぞる形でとり込まざるを得ない場合が多い。」35)と説明されている。 ここではそのような法的な見地に基づき収入金額が分割された事例を取り上げる。

3-2 国税不服審判所 平成 18 年 6 月 16 日裁決 36)

① 事実の概要 納税者は、平成 9 年にリゾートホテルの土地および建物の共有持分権、並びに施設利用権(登録料と保証金)を購入した。 その後、平成 15 年に納税者は共有持分権並びに施設利用権を解約し、土地および建物の売却代金と保証金の返還金を取得した。なお、共有持分権と施設利用権は契約上不可分一体の契約であり、いずれか一方が解除された場合、もう一方も解除されたものとすることになっていた。納税者は、共有持分権と施設利用権の解約は一体の資産の譲渡であり、土地および建物の売却代金と保証金の返還金の全額が譲渡収入であると主張した。② 審判所の判断 「〔1〕不動産の共有持分権は、共有という性質から課せられる制限があるほかは、自己の共有持分を自由に処分し、又は、共有者間の協議に基づき共有物の全部を使用・収益することができることから、独立した権利として法律上認められた権利であること、〔2〕本件共有持分権は、売買代金を完済することによって請求人に権利が移転されるのに対し、本件施設利用権は、登録料及び保証金を完済することによって生じるなど、各権利は、関連性のない義務を履行することによって取得されるものであること、〔3〕一般的には、売買契約に基づき取得する不動産の共有持分権は、独立した権利として市場流通性を有し取引の対象となるほか、これを有することのみをもって、本件施設利用権の有無にかかわらず、固定資産税などの負担が生じることが認められる。」 「これらを踏まえれば、本件共有持分権、本件施設利用権及び本件保証金返還請求権と

35) 金子宏「租税法と私法―借用概念及び租税回避について―」租税法研究 6 号(1978 年)1 頁。36) 裁決事例集 71 巻 246 頁。

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いう 3 つの権利は、法律上も事実上も不可分一体あるいは分離不可能なものとはいえないから、これらの権利が譲渡される場合においても、これらを 1 つの資産として譲渡所得の対象となる資産と取り扱うことは相当ではない。」 「法律上の権利の性質が異なること及び権利の取得要件となる事実が異なることからすれば、請求人の主張するような経済的価値のみから、これら 3 つの権利につき一体性を認めることは、所得税法第 33 条第 1 項のみならず、本件の事実関係の下では、物権法定主義にも反するおそれがある。所得税法第 33 条第 1 項にいう資産の譲渡があったと認められるのは、本件共有持分権のみであると解するのが相当である。」(下線は筆者)。③ 評価 本事案は、契約上一体不可分とされている資産の譲渡であっても、法律上分離可能なものであれば、それぞれ異なる収入として区分課税する方法を是認した事例である。いわば法的分割方法により二重利得法的な区分課税を支持したものとして注目される。他方で経済的価値のみの側面から、一体の収入とすることは所得税法第 33 条第 1 項(譲渡所得の意義)に反するとしていることも興味深い。

3-3 東京地裁平成 23 年 12 月 13 日判決 37)

① 事実の概要 納税者は、昭和 61 年にゴルフ場の預託金制ゴルフ会員権を 1900 万円(入会金 380 万円+預託金 1520 万円)で取得した。その後、平成 11 年、株主会員制度への転換に伴い、預託金 1520 万円のうち 920 万円は払い戻され、その残額 600 万円分の旧株主権と入会金380 万円を合計した 980 万円分の旧ゴルフ会員権を有することとなった。 しかし、平成 13 年にゴルフ場が会社更生法の適用を受け発行済株式全部を無償消却し、一定の手続きの下、会員に 1 株 28 万円で新株を交付した結果、納税者は新ゴルフ会員権を取得した。 納税者はこれを平成 17 年に 125 万円で譲渡し、その譲渡所得の金額の計算上、取得費を 980 万円として確定申告等を行ったが、所轄税務署長は、本件新プレー件に係る取得費を 130 万円に減額する更正処分等を行った。② 裁判所の判断(請求一部容認)

「株主会員制のゴルフ会員権は、ゴルフ場施設の優先的施設利用権(プレー権)、年会費等納入義務、ゴルフ場経営会社の株主権等の権利義務関係を内容とする包括的な契約上の地位であり、通常、ゴルフ場経営会社の株式を有することが上記優先的施設利用権を有する者となるための要件とされ、上記契約上の地位は当該株式に表章されるものとされ、その譲渡等の場面において一体的な権利として扱われている。しかしながら、それはあくまで、

37) 判例集未登載。事実の概要、裁判所の判断については、森稔樹「新・判例解説 Watch 租税法No.66」TKC ローライブラリー(2012 年)を参考にした。

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そのような会員契約上、包括的な権利(契約上の地位)として一体的に扱われているためにすぎず、優先的施設利用権等と株主権とは本来的に性質上不可分なものではないし、合意によってその関係を切り離すことも可能なのであって、ゴルフ会員権を構成する各権利の消長が常に一体として生ずるということにはならない。」

「本件更生手続後における本件ゴルフ会員権のうち、本件会社の株主権に関する部分は、そもそも法律上は優先的施設利用権(プレー権)を中核とするゴルフ会員権と別個独立の財産として観念し得る本件旧株式が一旦無償消却され、新たに付与された新株引受権の行使によって本件新株式を取得したという点において、その同一性が失われたということができるものの、その余の債権的契約関係については、その基本的な部分である優先的施設利用権(プレー権)及び年会費等納入義務には変更がない以上、当該債権的契約関係については、なお従来の法律関係が維持されている。」(下線は筆者)。

「本件ゴルフ会員権の取得費は、本件ゴルフ会員権を取得するために振り込んだ 1900 万円から、転換のために相殺された預託金 600 万円および支払いおよび支払いを受けた残余の預託金 920 万円を差し引いて得られた 380 万円であると解すべき。」③ 評価 本事案は、主として取得費の金額が争われた事例であるが、その判断の過程で優先的施設利用権等と株主権とは本来的に性質上不可分なものではないとの判断が示された点が注目される。別個の権利として区分できるものは、それぞれ別々の資産の譲渡があったものとして、課税関係を整理している。

4 小括 前記リゾートホテルに係る諸権利、もしくはゴルフ会員権の事例では、外形上一の資産の譲渡取引に見えるものであっても、法的もしくは事実上分割可能なものは、個々の取引に分割して検討し、各取引内容に則して、収入及び所得等を確定するという判断がなされている。このような法的な判断基準は、分割可能な資産を個々に譲渡した者と包括的に取引した者との公平性の見地からも理解しやすい 38)。 他方、外国債券の譲渡の事例で分かるとおり、たとえ経済的実質から異なる所得分類に分割可能であっても、法的もしくは事実上一体の資産の譲渡については、2 種類の所得に区分して課税する方法(すなわち二重利得法に準ずる課税方法)は採用されていないように思われる。自己株式の取得の事例では、実質的に配当所得に区分されるものでも、「配当とみなす」旨の別段の定めを置くことで二重利得法に則した区分課税を実現しているのであり、解釈により「配当」を導き出す手法は採用されていないのである。 また、外国債券の譲渡の事例において、債券本体の譲渡益と為替差益の区分課税を実現

38) 包括的に取引した資産の譲渡を一体課税とするならば、法的に別個の取引を恣意的に包括取引とすることで、容易に税負担を減らすことが可能となってしまう。

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するためには、税務上は為替変動のない債券の譲渡と為替取引に分解して処理する必要があるが、そのような取引関係の変更を税法独自の解釈論の中で行うことが可能なのか、という新たな問題を惹起することにもつながるだろう。 すなわち、法的にこれ以上分割できないという最小単位の資産の譲渡が行われ、しかしその譲渡による収入金額が、所得税法における所得分類の観点からは二の収入として分割可能であるとした場合に、二の収入を認識するためには、法的な不可分一体性を度外視し、二の取引があったものとみなす必要がある 39)。これは、私法上真正に成立した取引を税法独自の解釈をもって修正することが可能かという問題に帰結する。二重利得法を拡張し、一般化の道筋を見出すためには、この難題に対処する根拠を確立しなければならないであろう。 以上のことから、現時点においては、収入金額の分割方法としては、経済的分割方法よりも法的分割方法の方が税法により適合するように思われるのである。

結びに代えて

 本稿では、これまでの二重利得法をめぐる諸論点を確認した上で、所得税法 36 条における収入金額の分割方法の問題として整理を試みた。二重利得法は法解釈の問題であるから、結局は法的安定性と予測可能性の問題に突き当たることは避けられない。 二重利得法を無制限に認めることは、自由な解釈がおこなわれやすく、その結果として租税法律主義のそもそもの狙いである法的安定性と予測可能性がそこなわれる危険性のあることは否定できないだろう。 金子名誉教授は、「法的安定性ないし予測可能性の要請と徴収確保又は公平負担の要請とが対立する局面が生じた場合に、解釈によって解決するのと立法によって解決するのといずれが適当であるか。」という問題について、「法的安定性・予測可能性を犠牲に供するよりも、立法によって問題の解決を図る方が、2 つの要請を同時にみたしうるという意味で、より適当であるように思われる。」と論じておられる 40)。 このような伝統的な考え方を順守するならば、二重利得法の問題を生じさせるような取引については、その都度法令等により対処するのが、納税者並びに課税庁の双方にとって有益であると考える。 しかし、解釈論としての二重利得法の研究は、今後ますます複雑化する経済取引の中で、その有用性を失うものではない。

39) 自己株式の取得のケースでは、法的には配当でないものを、配当とみなす規定を別途置くことで、二重利得法に準じた区分課税を実現している。

40) 金子・前掲注 35)12 頁。