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差別と差別意識・偏見についての研究動向...77 差別と差別意識 偏見についての研究動向「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が昨年一

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Page 1: 差別と差別意識・偏見についての研究動向...77 差別と差別意識 偏見についての研究動向「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が昨年一

差別と差別意識 偏見についての研究動向77

「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が昨年一

二月六日に発効した。部落問題に関していえば、実態的差

別はかなりの改善を見たが、心理的差別についての改善は

不十分であることを基本認識として、その解消にむけて教

育・啓発の推進を図るための法である。

かって、同和対策審議会答申は「心理的差別」を「人々

論文

「人権教育・啓発推進法」は「人権教育」と「人権啓発」について、同法運用上の定義付けを行った。しかし、「差別」・「差別意識」・

「偏見」については、用語は一般流布しているが確定した定義はない。また、同対審答申が提起した「心理的差別」の概念の妥当性はかねてより

物議を醸してきたところである。本稿では、「差別」・「差別意識」・「偏見」の概念規定についての従来からの研究の流れを整理し、心理学研

究の立場からの所見を述べて、今後の人権教育実践のありかたを探りたい。

一はじめに

差別と差別意識・偏見についての研究動向

の観念や意識のうちに潜在する差別であるが、それは言語

や文字や行為を媒介して顕在化する」と定義し、「たとえ

ば、言葉や文字で封建的身分の賤称をあらわして侮蔑する

差別、非合理な偏見や嫌悪の感情によって交際を拒み、婚

約を破棄するなどの行動にあらわれる差別である」と例示

した。この定義は妥当なように見えて実は問題をはらんで

いる。というのは、心理学の観点からは、①人の観念や意

識の内に潜在するのは「差別観念・差別意識」であって差

別ではない、差別は行動である、②「観念や意識のうちに

八尾

研究部
テキストボックス
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Page 2: 差別と差別意識・偏見についての研究動向...77 差別と差別意識 偏見についての研究動向「人権教育及び人権啓発の推進に関する法律」が昨年一

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「差別」という用語は明確な定義なしに一般に流布して

いるが、差別対象の多様性や人権概念の拡大が、普遍的な

定義づけを困難にしている。今までに試みられた定義は、

属性の差異を前提として、それぞれ、不平等、不利益、人

権侵害のいずれかに力点をおいてのものである。

以下に国連人権文書が必要に迫られてした定義、日本の

なお、「観念」は「観念論」や「観念的」の「現実を超

えた」というニュアンスではなく、「考え方や意見」とい

う通俗の意味で用いられている。であるなら、「非合理な

偏見」は「不合理な偏見」の誤用であろうと思われる。

「非合理」は近代合理主義に対置して、「神の摂理」などの

ように「合理・不合理を超越した」というニュアンスをも

った、通俗を超えた用語だからである。

筆者はかって本紀要で、差別の心理について論じたこと

があ麺・今回は差別と差別意識・偏見についてその後の考

究を述べてみたい。

潜在する」ものが「顕在化」するとは限らな、〉、③一一一一□語や

文字や行為は、差別対象という刺激の結果であり、意識は

それを媒介するものである、からだ。

一一差別(□一m。「一「ゴ一コ日一○コ)

まず、国連差別防止・少数者保護小委員会(現人権推進

擁護小委員会(弓ケ①の58日目のの一・コ・二sの勺『CB9

[一・.四目勺『。〔の目・ロ・〔函巨曰自宛一m頁切))の「個人に

(3)

帰することのできない根拠に基づいた有害な区別」との定

義二九四九)がある。

また、「人種差別撤廃条約」(一九六二の第一条一項で

は、「この条約において『人種差別」とは、人種、皮膚の

色、世系または民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆ

る区別、排除、制限または優先であって、政治的、経済的、

社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における

平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、共有し、又

は行使することを妨げまたは害する目的または効果を有す

るものをいう」と人種差別を定義している。

同様に、「女性差別撤廃条約」二九七九)、「ILO第一

一一号条約」二九五八)などの人権関連諸条約にも、そ

れぞれが撤廃をめざす差別対象ごとの定義がある。それら

の定義は「~に基づく区別、排除、制限又は優先」ないし

同義の文言で結ばれる。

法令が「差別」をどのような文脈で使用しているかなどに

ついて概観してみる。

1国運人権文書にみられる定義

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差別と差別意識・偏見についての研究動向79

「日本国憲法」二九四六)にも、「差別」(第一四条)、

「差別待遇」(第一六条)が定義なしに用いられ、第一四条

では、「法の下の平等」の対立概念として位置づけられて

いる。また、「教育基本法」でも第三条(教育の機会均等)

に「すべて国民は、…教育上差別されない」とある。

「男女雇用機会均等法」(一九七二)では第二章第一節

「女性労働者に対する差別の禁止等」に「男性と差別的取

扱いをしてはならなど(第六条、第七条、第八条)との

「世界人権宣言」(一九四八)や「国際人権規約」(一九

六六)、「子どもの権利条約」二九八九)その他の人権関

連文書では定義なしに「差別」が使われている。その際、

「人種、皮膚の色、性、言語、宗教、政治上その他の意見、

国民的若しくは社会的出身、財産、門地その他の地位又は

これに類するいかなる事由による」や、あるいはそれに類

する文言が「差別」の修飾語として付加されている。

したがって、国連文書にみる差別の定義は「個人の属性

に基づいた有害な区別、排除、制限又は優先」とまとめる

ことができよう。ただし、個々の条約の適用範囲を明確化

するための定義と学術上の定義は区別されなければならな

レコ。

2日本の法令にみられる「差別」

表記があり、「人権擁護施策推進法」二九九六)ではその

目的を定めた第一条と同法の提案理由に「不当な差別」と

の文言が見られる。いずれの法令にも、憲法と同様に差別

の定義はない。

「同和対策審議会答申」二九六五)は「近代社会にお

ける部落差別」を「|口に言えば市民的権利、自由の侵害

に他ならない。市民的権利、自由とは、職業選択の自由、

教育の機会均等を保障される権利、居住および移転の自由、

結婚の自由などであり、これらの権利と自由が同和地区住

民にたいしては完全に保障されていないこと」と定義した。

これは、朝田が提起した部落差別の基本命懸の「差別の本

質」の影響を受けている。

答申はさらに、差別の発現形態を「心理的差別」と「実

態的差別」とに分類し、「心理的差別」を本稿冒頭のよう

に定義付けた。また、「実態的差別」については「同和地

区住民の生活実態に具現されている差別」とした。

この分類は、その後の「地域改善対策協議会意見具申」

である「今後における啓発活動のあり方について」(’九

八四)や、「同和問題の早期解決に向けた今後の方策の基

本的なあり方について」二九九六)でも引用・踏襲され

3「同和対策審議会答申」にみる差別の定義

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差別は、①法制度や社会システム、②差別行動、③被差

別者の生活実態、から検証する必要がある。

法制度上の差別は、公務員採用における国籍条項や民法

親族編にみられる事実婚の女性や婚外子に対する差別、法

律婚破綻時の女性のみに課せられる侍婚期間などなどの合

法的差別がつとに指摘されているところである。社会シス

テム上の差別は、社会の仕組みや社会の成員の意識に残存

する封建性、封建意識である。具体的には、差別性の強い

法制度を是認する社会の意識や家意識、家父長意識、男性

優位の文化、職業に対する貴賎観、民族的排他性などなど

である。

差別行動の主体は、⑦公権力の行使者、①社会的権力

(企業・メディア・地域有力者など)の行使者、⑥私人、に

分類できる。公権力の行使者による差別は、差別的な法制

度に対して遵法的であるがゆえのものと、公権力を嵩に着

て己を高みにおくゆえの差別がある。社会的権力の行使者

による差別は、企業の雇用、昇進や処遇についての差別的

な企業内規則・企業内制度や社会規範に忠実である場合

と、企業内の地位や社会的地位を背景にした個人の差別行

た○

4その他の差別の分類

為である。メディアでは差別報道や差別煽動が含まれる。

私人間の差別は同対審答申が「心理的差別」の定義に例示

したものに類する行為である。また、「心理的差別」には

「私人間の差別」だけではなく、公権力・社会的権力を背

景とした個人の行動も含まれる。それらの行動は心理的に

は、差別対象を見下す、遠ざける、あるいはその両方に分

類できる。

G・W・オルポートは、偏見対象に対する否定的行動を

そのレベルによって、①誹誇、②差別(回避)、③隔離、

(5)

④身体的攻撃、⑤絶滅、のように段階的に考えた。誹誇と

は差別扇動、侮辱などであり、差別表現もこれに含めるこ

とができる。回避は差別対象を避けることであり、就職差

別・結婚差別(身元調査)、入居差別が含まれる。隔離は

生活機会からの締め出しである。アパルトヘイトや居住地

域の制限がその典型である。身体的攻撃は、チマチョゴリ

の朝鮮学校女子生徒に加えられた暴行などが顕著な例であ

る。絶滅は民族浄化などの集団的抹殺である。関東大震災

時の朝鮮人虐殺もその例に含まれる。

差別の存在意義をその機能などから検討すれば、①偏見

(ロの)且一口の)の存在、②利害・搾取機能(の〆ロ|・一国三○コ

【目の二○コ)、③分断・支配機能(□の:|の⑫のくの『目・の

【目。二・二)、④秩序維持(・aの『曰四目の。:。の{5,三・コ)、

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差別と差別意識・偏見についての研究動向81

例示部分が主として私人による差別行為を示しているこ

とからも、「心理的差別」は「差別意識・偏見起因型差別」

を述べようとしたことは明らかである。杉之原らのように、

あうり、゚ ̄

同対審答申の心理的差別の定義部分は差別意識について

述べたものであり、例示部分が心理的差別である。意識と

行動とを峻別するなら、定義部分の「差別」は、差別への

傾性を意味して「差別性」とでもするのが妥当であったろ

う。差別意識と差別には因果関係はないが高い相関関係が

⑤文化・イデオロギー、があげられる。後に述べるように、

偏見には心理的安定機能(ロ⑫罵声○一・m-8-⑫[:|の[目?

(5コ)がある。

偏見の研究はオルポートに代表される。利害・搾取機能

は朝田の第二命題に象徴される。分断・支配機能は、日本

の朝鮮半島支配と朝鮮人蔑視が該当する。秩序維持機能は、

社会の仕組みに排除や格差づけのシステムが組み込まれて

いるとする社会階層論である。家父長制論もこれに該当す

る。また、文化・イデオロギーレベルでは、人種主義、反

ユダヤ主義、貴賎観、浄穣観などがあげられる。

心理的差別との命名は誤りとまで

三心理的差別と差別意識・偏見

はいえない。

同対審答申のいう心理的差別を差別意識そのものととらえ

(6)

るのも妥当ではない。

心理学では意識と行動は峻別されている。深層心理学で

は行動を決定するのは無意識であり、行動理論は意識や無

意識の主観性を排除している。

社会学の立場から偏見と差別の因果関係を否定したのは

R・K・マートンであ蓮が、社会的学習理論でいう統制の

位置(-.2⑫。{8コ[8|)の場依存性([一の’1号ロのp-

qgnの)が大きい日本文化では、差別意識・偏見と差別行

動とを分けて考える意味は大きい。差別意識・偏見はあっ

ても外的規制や自己統制が働けば差別はしない。これには

同和教育・人権啓発の成果も関係している。また、差別意

識・偏見がなくても周囲に同調して差別することがある。

臨床教育学では、いじめの加害者にやむを得ず同調する加

担者の存在が問題になる。加担者は事後的にいじめの対象

に対して偏見を抱くことがあっても、いじめの時点までは

被害者に対する格段の思いはないことが多い。無知ゆえの

差別表現も偏見のない差別といえよう。

「差別意識」と「偏見」は同義語のように用いられるこ

四差別意識と偏見

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「差別意識」は朝田の第三命題である「社会意識として

(8)

の差別観念」という用壷叩にみられるように、社会の意識や

文化に組み込まれたものである。『広辞苑」第五版は「社

会意識」を「社会の成員が共通に持つ思考・感情・意志の

総体。慣習・道徳・イデオロギー・階級意識など」として

いる。しかし、「社会意識(の。n国-8口⑫QCP⑫ロの⑫⑫)」や

類義語の「集合意識(8一一の、ごくの8コ⑫、一・口のロ①の⑫)」は社

会学的社会心理学(の。、一・一・m-8-⑫。Q四一℃⑫胃面・’○国)で

は用いることがあっても、心理学的社会心理学(ロ里:。‐

一・四8-⑫CD区ロの望呂○一・m望)ではほとんど用いられるこ

とはない。G・W・オルポートの兄で、社会心理学者の

F・Hオルポートは、成員個々の心理を超えた固有の心性

(9)

としての社会意識の存在を否定している。彼によると「社

会心理学は個人心理学の一分野」であり、社会意識はその

社会成員の意識の最瀕値である。

文化にはその文化圏に存在する人の潜在記憶のなかに埋

め込まれるという側面がある。潜在記憶とは、過去経験に

とが多いが、厳密には以下のように区別される。とはいう

ものの、「差別」についての明確な定義ができない以上、

「差別意》座についても確定した定義付けは困難である。

1差別意識

ついての想起意識をともなわない記憶のことであり、日常

のとりとめもない会話や、とっさの反応に顕れるものであ

る。偏見文化が潜在記憶の中に埋め込まれた場合、人はそ

れを意識することはまれである。ユング心理学に集合的無

意識(8一一の。ごくの目8コのC一・房)という概念があるよう

に、個人の心の深層に社会的・集合的な力動が存在するこ

とは否定できない。しかし、それとて無意識の世界のこと

であって、「差別意識」は意識の世界の問題である。

さて、「差別意識」は差別の存在を前提として生まれた

日本特有の用語であるが、「その差別対象に対する差別を

是認、正当化する意識の流れ」との一応の定義ができる。

「差別意識」は個人意識としてよりも、差別対象への集団

意識・社会意識に傾斜した概念である。また、A・メンミ

は、思想・信条化した差別意識を「差別主義」と称して、

「現実上の、あるいは架空の差異に普遍的、決定的な価値

付けをすることであり、この価値づけは、告発者が己の特

権や攻撃を正当化するために、被害者の犠牲をも顧みず、

(川).

己の利益を目的として行うものである」としている。

日本でも朝田以後、差別意識の構造論的研究が行われて

きた。

朝田の「社会意識としての差別観念」を補完するのは、

〈川)

八木晃介の「布置構造論」である。八木によれば、社〈云意

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差別と差別意識・偏見についての研究動向83

江島修作は個人の差別意識を、三つのレベルに層化され

(肥)

た一つの構造をもつものとしている。一二つのレベルとは、

誤った知識が基盤となる表層的な価値レベル、歪んだ感情

が基盤となる中層的なシンポルレベル、感性が基盤となる

深層的な集合心性レベルである。

野口道彦は差別対象に対する態度に忌避的態度(対象集

団との接触をさける態度)と敵対的態度(能動的・攻撃的

な性質をもつ態度)があるとし、それらは対象をカテゴリ

ヵルにとらえて多様性や差異に気が付かない態度と、対象{旧)

に対するネガーアィブなイメージから形成されるとしている。

小森哲郎は、差別意識は、感情・知識・認識・態度の四

領域それぞれの相互作用であるとし、人権啓発は、①内な

る差別感情を自覚して、②人権問題に正しい知識をもっと

識としての差別観念の布置構造は以下のようである。

差別意識には差別的実態が反映されている(反映論)。

支配階級による差別思想の積極的な注ぎ込みが存在する

(注入論)。社会体制が変化しても先行する時代の思想・文

化・意識は生き残る(意識の相対性独自論)。また、社会

的な差別の存在構造を、差異を差別に転換する「共同主観

的感性構造」と、中流意識幻想、管理社会型競争原理、能

力主義などの「近代資本制市民社会型差別意識」とに求め

ている。

ともに、③問題の認識を深め、④問題解決のための行動の

準備性である態度の変容を促すまでに至るべきものである

(川)

としている。

柴谷篤弘は、構造生物学の立場から、人は生まれつき遺

伝子の中に差別意識が組み込まれているとの差別本性論を

(鳩)

主張し、その後、差別と抗う遺伝子の存在も考鱈えられると

つけ加えている。

偏見は、「予断(口の」且、曰の三)に基づき、特定の個人

や集団に対して、合理的根拠なしに非寛容的、非好意的、

非理性的に嫌悪感や敵対感を覚える状態」で、さまざまな

差別行動の背景に存在する感情次元・認知次元の概念であ

る。しかし、本来的には、過度のカテゴリー化(8房、。‐

ュ目[一○コ)、誤った関連づけ(一一一Emoq8『『の一口二・コ)や、

ステレオタイプ(呉の『の。[旨の)などと同様に、認知バイ

アス(8m己〔一くのケ白②)を表わす個人に傾斜した概念であ

る。「社会的偏見(⑫。、旨一口の]penの)」という用語がある

が、「社会的に獲得した偏見」という意味であったものが、

人権研究の過程で転化して「社会に広範に存在する偏見」

という意味をもつようになった。

偏見の取得と形成について、J・ハーディングらは、合

2偏見

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84

理性、正義、人間らしい心情、の三つの理想規範からの逸

(脈)

脱ととら、えている。また、オルポートは、発達段階を追っ

て、同調・社会化・後年の学習をあげて、後年の学習では、{府)

人は自己の利益にかなう形で偏見を取得するとしている。

ここではその他の偏見形成仮説について述べてみよう。

欠損仮説(□の(一口(ごposの⑫一⑫)は、アングロ・サクソ

ン民族以外は人類学上、形質的な進化、文化的な発達の中

途段階にある存在であるとする考えであり、大航海時代以

後のヨーロッパ植民史、奴隷貿易史を正当化してきた。発

展途上国との文化の違いに優劣を持ち込もうとする文化進

化論、自文化中心主義(のSponの口目⑫日)として、形を

変えて生きている。しかし、文化人類学(2’23-

菖呂『obClC亀)などの文化相対主義(2一目『四一『の一四‐

二三⑫日)では、すべての文化の間には優劣はなく、それぞ

れの文化に独自の価値観やものの考え方があり、西欧文化

が文化的発展の到達点ではないと考えられている。

精神力動的過程(□里:○s目日一npRCnの②の)からの研

究は、偏見は心理的内部要因に基づくとする。まず、防衛

規制(』①[の胃の曰の。冨己印日)によって偏見が生じる。主

要なものは、自己の抑圧された衝動や好ましくない特徴の

他者への投影(ロ『。]の、二・コ)である。心の中の怒りや欲求

不満(〔目⑫[『:。ご)を身代わり(⑫8℃①、○日)となる他

者にぶつけ、偏見をもつことによって解消するとの、フラ

ストレーション・攻撃・置き換え理論(〔2m[日二目

口隠『の⑫⑰一・ロロー⑫b一四、の曰の昌呂の。ご)もこの視点による。

社会状勢に対する不安感が少数民族や外国人に対する偏見

を増幅させるのもこのメカニズムである。

偏見は性格の個人差によるとの視点もある。幼児期の育

てられ方や社会的影響などにより偏見との親和性に個人差

が生じる。親から厳しすぎるしつけを受けたり、愛情を受

けずに生育した者は権威王義的性格(山巨昌・『旨『一目□の[,

⑫。:一一口)の傾向が強く偏見をもちやすい。この性格の者

は、基盤に自分に対する無力感があるために、権威や力を

判断の基準にし、弱者は強者に従うべきだとする性向があ

る。さらに、そのような自己であることに葛藤を生じる機

会の少ない状況を作るために、他の権威主義的な者と結び

ついて偏見を強化する傾向がある。権威主義的性格の度合

いの大きい者とそうでない者とでは、抑圧の強度の差だけ

でなく、外面化(投射)対内面化、因習固守対誠実さ、権

力志向対愛情志向、硬直性対柔軟性という顕著な対比をみ

ることができる。

社会的学習理論(印・同国一一の四目ごmSの。ご)では、社会

化(⑰。、一四一一N四二○口)の過程で社会的偏見が伝達されて個人

的偏見が形成されると考えられている。親から与えられる

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85差別と差別意識・偏見についての研究動向言語的(ぐの『9-)・非一一一一口語的(己・ロくのHg|)な刺激によ

り早期に獲得され内面化された偏見は内的準拠枠(ご房『‐

目一円の〔の『2,の[『四日の)となり、内面化にまで至らない偏

見は外的準拠枠(の浜〔の【目一席の{の【の月の〔日日の)となる。

交流分析(〔【:⑫:[一・目一口目一所一切)の理論でいえば、偏

見は一一一つの自我状態、すなわち、(ロ閂の日)、④(且巨一〔)、

。(n頁一旦)の自我境界(の、○日目:ご)が弱い幼少期

に、④が@から汚染(8.白目目二・コ)された状態であ

るといえる。すなわち、親や社会から取り入れた価値観や

規範を現実的に検討することなく受け入れることによって

偏見が形成される。いずれにしても、人は生まれながらに

して偏見をもつのではなく、社会化を通して社会規範とし

ての偏見を伝達され、他者に同調することにより偏見を形

成する。マスメディアも偏見の社会的伝達に関与する。

集団間接触における葛藤や競争などの社会的相互作用の

メカニズムの視点から偏見をとらえる考えもある。複数民

族国家内での競争関係や支配Ⅱ抑圧関係にある民族間や、

政治的・経済的に対立する国ぐにや民族同士のように、立

場・勢力・役割による集団間の相違が偏見を生むとの現実

的葛藤理論(円の回一一の〔一,8コ〔一冒岳の。ご)である。オルポ

ートの接触理論(8口目。[SのCq)によれば、分離され

た集団間の葛藤により引き起こされた偏見は、それらの集

団のメンバー同士を、①平等な立場で、②相互依存的な関

係を作り、③平等主義的な雰囲気あるいは制度のもとで、

④共通の目標を達成する、という四つの条件を備えて接触

させれば低減するとされている。

行動の場理論(冒一。sの。こ)によれば、偏見は学習

(|のロ目冒、)によって獲得される。場の認知構造の分化で

ある学習によって偏見が人格の内奥部にまで達していて

も、差別行動として外顕化するとは限らないのは先述の通

りである。行動は現在の場の事態に規定され、過去の経験

は間接的にしか影響を与えない。すなわち、乳幼児期以来

の歴史的因果(亘⑫[18一目巨困一一口)としての偏見の学習

過程より、対人・対社会関係での動機付けなど、現在の場

の体系的因果(⑫]⑫〔の曰目n8E⑫、一一ご)が差別行動にと

ってより関係性が密であるとする立場をとる。

認知心理学(8瞥宣くのロ⑫胃ヶ○一・国)では、偏見は人

びとが社会的認知(⑫。、一口-8,コ三・コ)を行う過程で自然

に獲得するもので、避けることのできない心理的傾向であ

るとする。人は、知覚(□の『、のロ二目)、注意(四【【のロ[一・コ)、

理解(:」日の[:」一口、)、記憶(曰の曰。ご)、検索

(の①貝呂)、表象(『の□『①の自白[一・コ)のそれぞれの段階ご

とに、自身の関心や必要性に応じて選択的知覚(の①|の。’

[一くの□の『、:[一○コ)を行っていることが検証されている。

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86

偏見はそうした選択的知覚と認知対象のカテゴリー化

(8(のm・己囲二○コ)を出発点とする認知バイアス(8m己‐

〔一ぐの亘回⑫)である。カテゴリー化は認知過程での思考の節

約となるもので否定するべきものではない。過度の単純化

や誤った関連づけ(一一一巨⑪。ご8員の一目・ロ)が問題なのだ。

各カテゴリーの特徴として関連づけたものを固定的にとら

えて、以後そのカテゴリーに属するものとの出会いごとに

柔軟さを欠いた特徴付けをしてしまうという、否定的なス

テレオタイプが偏見の認知的側面である。とくに、否定的

な特徴は多数集団よりも少数集団に対して関連づけられや

すい。また、自己の所属する集団をひいき目に見る「内集

団偏向(旨曾・こロワ国の)」も起きる。社会的アイデンティ

ティー理論(⑫。、一四一己のロ[}ごgの。q)は、社会的カテゴ

リー化(⑰Ca四一s(の、。『一目三・コ)の過程で起きる自己高

揚バイアス(の⑦|{‐の昌自、の曰の貝亘口の)が所属集団に対

して外集団を低く評価させることによって偏見を生むこと

を指摘している。したがって、認知的複雑性(8目旨く①

8日□一の〆一ご)やあいまいさへの耐性(四日亘、巳ごSlの『‐

四月の)が低ければ偏見をもちやすいといえる。ステレオタ

イプは認知の経済性の問題であるが、いったん形成された

ステレオタイプは解消困難である。それは、①認知者自身

が気づかないほど自動的・無意識的に生起するので修正の

機会が少な廊一、②ステレオタイプに合致しない成員行動を

いくつか観察しても、それらの成員を例外として、さらに

亜種化してしまうことが多いので、既存のステレオタイプ

{⑱)

は往々にしてそのまま保存される、ことなどによる。

ステレオタイプには肯定的なものもあるが、偏見は差別

との関係からは、否定的な認知や感情である。当然のこと

として肯定的な差別も存在しない。特定の属性をもつ者に

対する優遇は、優遇されない者にとっての差別である。

すべての心理学的事態は何らかの心理学上の意味をも

つ。偏見もその例にもれない。金沢吉展がブリスリン

(、己⑫一貫一九八一)の所説から偏見の機能について述べ

(、)

るところに私見を加えれば次のようになる。

①功利的・適応的機能:偏見をもつことが自己や所属集

団にとって何らかの利益をもたらしたり、所属集団の偏見

に同調することで集団内での社会的な地位を守ること。②

自我防衛的機能:偏見をもつことで自己概念や自尊心を守

る機能。③価値観的機能:偏見をもつことで自分自身の価

値観を強化すること。④情報機能:未知のものとの出会い

に対する不安に対して、ネガティブな未確認情報が状況対

処に防衛的に機能すること。

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差別と差別意識・偏見についての研究動向87

個人レベルの差別意識・偏見はその個人の認知の問題で

ある。認知(8m二一二・口)と感情(員【の、()と行動

(すの目ごS『)は相互作用する。

ローゼンバーグとホブランドによれば、感情、認知、行

(則)

動が態度(四三[こ□の)の一一一成分である。この場合の行動と

は、「行動の傾性」であり、「~したい、~しよう」と考え

る意識の流れである。この三成分からなる態度は、心理学

一般では「行動の準備性」とされる。

態度対象を独立変数、行動を従属変数とすれば、態度は

媒介変数である。媒介変数としての態度は、内潜的

(8くの耳)で不可視なものである。各種の態度測定スケー

ルや意識調査は、感情や認知や行動の傾性の言語的表明を

測定するものである。言語的表明はすでに行動である。表

情や仕草も心理学的には行動に属する。われわれが人の態

度について語るとき、言語的表明や神経学的反応から推測

的理解をしているに過ぎない。とりわけ、各種意識調査に

は「社会的望ましさ」がバイアスをかけることを忘れては

ならない。 五態度と行動

差別意識・偏見は、事実に基づいて形成されたものとい

うより、情動的側面が強いため、反証する事実によっては

修正されにくい。

差別意識・偏見の低減の課題としてオルポートは「人格

(”一一

構造的変容」と「社会構造的変革」をあげている。人格構

造的変容は人権教育に負うところが大きい。人格の変容に

ついて臨床心理学は、説得効果よりも当人の「気づき」に

よることが大きいと考えている。学習者に自己の差別意

識・偏見の気づきを促す人権学習は、オルポートの接触理

論、ロジャース,C、Rのバーソンセンタード・アプロ

ーチ(’九六二、アロンソン.E・のジグソー学習(一

九七八)をその先駆とする。また、デヴァイン(□のぐ亘。

己は偏見を個人的信念と集団的知識に分離してとらえ、

その克服の可能性を論じている。すなわち、社会化の過程

で、自分が属している文化で広く共有されている、ある集

団に対する否定的特徴を知識として必然的に獲得するが、

そのステレオタイプ的な知識を認めるかどうかの個人的な

信念は人によって異なっている。つまり、偏見の強弱は、

自動的に獲得するステレオタイプ的知識を個人的信念によ

六差別意識・偏見の克服への課題

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88

「人権教育のための国連一○年行動計画」は「知識・技

能の伝達、態度の形成」、「人権という普遍文化の構築」を

人権教育に要請している。|方、人権課題はあまりにも多

様であり、人権教育は普遍化と個別化の往復作業を必要と

する。そうした要請に応え得る人権教育の内容の創造が重

要であろう。筆者は人権教育の基底に、自尊感情・人間

観・社会観の育みを置いている。ILOの標語に震ご一

国P目一・シ一一口罠の荒のロ[》》がある。「すべての人は尊厳さと人

権において平等であり、個性と文化において異なる」との

意味であると把握している。

注グー、

2 、-ン

(1)

り受容あるいは拒否することによって決まってくる。そこ

で、ある集団に対する否定的な情報を抑制する個人的信念

を意識して強めるなどの操作により偏見は解消されるので

はないかと。

杉之原寿一も『月刊部落問題』兵庫県部落問題研究所、

九九九年四月号で同様の見解を述べている。

八尾勝、一九九四、「差別の心理を考える」『部落解放研

七おわりに

〆 ̄~

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7 -- 究

』九六号、部落解放研究所

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勺巨匡一同貝一○口のの回一の⑫三○・」①←c・〆閂ご・四・℃・国①.

部落差別の三つの基本命題(朝田理論)

第一命題部落差別の本質部落解放同盟第一六回全国

大会二九四一)

第二命題部落差別の社会的存在意義同

第三命題社会意識としての差別観念同第二○回全国

大会(’九六五)一一|命題の定式化は同第二六回全国大会

二九七二以後である

シ一一℃。『戸○三:]@m←『曰プのロ四目『の。(ロ『の]且一Do

omヨケ『己、、富シ・血ン巨一の。ご’三の⑪-2・原谷達夫・野村

明訳、’九六一『偏見の心理」培風館、ロロ・国‐」←

杉之原寿一、’九九九、「差別とは何か」『月刊部落問題』

四月号、兵庫部落問題研究所・弓.、‐呂

三の『(。P幻・【・『]①色.、○○日一s冒○ミロ嵩亘、Ca巳

、ご疫自5⑩・因『の①勺『①の⑫.森東吾他訳、一九六一、『社会

理論と社会構造』みすず書一房

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89差別と差別意識・偏見についての研究動向(8)(4)参照

(9)シ||ロ。『〔・司・四・.己塁『mRs』、ごso一・四一

、)メンミ.A、白井成雄・菊池昌美訳、一九七一、『差別

の構造』合同出版

(、)八木晃介、一九八○、『差別の意識構造』解放出版社

、)江嶋修作、一九八五、「差別意識の構造」『社会同和教育

変革期(つくりかえ豈明石書店

西)野口道彦、一九八一、「差別の意識構造」『部落解放一

七四』解放出版社

面)小森哲郎、一九八八、『差別意識の諸相』明石書店

(翌柴谷篤弘、一九八九、『反差別論」明石書店

(胆)J・ハーディング他、田村栄一郎訳、’九五七、「偏見

と人間関係」「社会心理学講座Ⅲ』みすず書房

(Ⅳ)前掲(5)弓・・山①、‐四国

地域の教育改革

一一識灘議職T鰯雲

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版誠前山信金掲内書沢へ隆房吉5 -久展、

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九九二、「異文化とつきあうための心理学』

九九六、「偏見解消の心理』ナカニシャ出

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カ』田寛i-qg岩出

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