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1108 日本機械学会 18 回設計工学・システム部門講演会・2008.9.25-27 Copyright c 2008 社団法人 日本機械学会 工学解析モデリングのための知識管理フレームワークについての考察 Research on Knowledge Management Framework for Engineering Analysis Modeling 野間口 大 ( 大阪大 ) 田口 智祥 ( 大阪大 ) 藤田 喜久雄 ( 大阪大 ) YutakaNOMAGUCHI, OsakaUniversity, 2-1, Yamadaoka, Suita, Osaka 565-0871, JAPAN Tomohiro TAGUCHI, Osaka University Kikuo FUJITA, Osaka University Any engineering analysis model is indispensable to predict the behavior of a product for its rational evaluation and optimization. In the process of modeling engineering analysis, an engineer makes modeling idealizations or assumptions, which depend on a various factors of design, such as the kinds or types of products, the objectives of the engineering analysis or design time constraints. Because the knowledge of engineering analysis exists in modeling process, it is important to capture and manage the process. This research aims to develop the framework that captures and manages the process of modeling engineering analysis. This paper proposed a description format of modeling process called Engineering Analysis Modeling Matrix (EAMM). Three modeling levels, i.e., conceptual model, mathmatical model and computatinal model, and three modeling aspects, i.e., target objects, governing principles and behavior, are defined in order to describe modeling process. A modeling example of heater analysis shows the EAMM’s capability as a foundation of the management framework of engineering analysis modeling knowledge. Key Words : Knowledge Management, Design Knowledge, Modeling Process, Design Process, Engineering Analysis Model 1 緒言 製品設計開発においては,設計案を検討したり,製品性 能を評価したりする際に,物理現象に基づく数理的な解 析モデルを構築し,製品の物理的な挙動のシミュレーショ ンを行うことが不可欠である.解析モデリングを行うため には物理法則や数値解法に関する体系的な知識に加えて, モデリングの過程における適切な簡略化などに関する各 種のノウハウ的な知識が必要である.しかしながら,現状 では,後者のモデリング知識は設計者の暗黙知に依存す る状態に留まっていて,明示的には取り扱いの対象となっ ていない. 本研究では,解析結果とともに解析モデリングのプロ セスを記録し,モデリングにおいて用いられている知識 を獲得,管理するためのフレームワークの構築を目的と し,工学解析における設計者の思考プロセスを明示的に 記述するための様式として工学解析モデリングマトリク (EAMM; Engineering Analysis Modeling Matrix) を提案 する. 2 工学解析モデリング 2.1 設計における解析モデリング 設計における工 学解析は,ある設計案が要求機能を満たすような挙動を 示すであろうという設計者の予見を,解析モデルのもと でのシミュレーション結果によって裏付ける作業である. 本来,製品の挙動は様々な物理現象が複雑に関連する開放 系システムであるが,解析を行う際には製品の挙動のうち の特定の一部分に着目して閉鎖系の問題として解析モデ ルを構築する.つまり,シミュレーションによって製品に 関連する現象自体が明らかになるわけではなく,あくまで も解析モデルを構築する際に想定した物理現象の程度を 定量的に提示するに留まる.このため,解析対象の挙動を シミュレーションする上でどのような物理現象を考慮する のか,またその数理モデルを構築する際にどのような簡 略化を行うのか,といった種々の前提条件を適切に判断し たり管理したりすることが重要となる.それらの判断や 管理が十分でないと,解析結果の妥当性が損なわれるこ とになる.このプロセスこそがモデリングの知識である. 以上のことを踏まえれば,解析モデリングプロセスの明 示的な記録は,知識の共有・再利用に役立つだけでなく, 解析モデリングの検証やその妥当性を十分に検討すると いう観点からも重要である.しかし,現状ではそれを明示 的に記録する枠組みはなく,設計者による暗黙的な取り扱 いに留まっている. 2.2 設計における知識獲得プロセス 一方でそもそ も設計は,問題そのものを明確にしていきながら同時に その解を構築していくプロセスである.Sch¨ on はこのよう な悪構造問題としての設計に言及し,設計者の問題解決 のプロセスにおいては,問題の設定とそれに対する解の

工学解析モデリングのための知識管理フレームワークについての …syd.mech.eng.osaka-u.ac.jp/~noma/papers/DandS2008-1108.pdf · デルや計算手法に依存しない様式で記録するための統一

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1108 日本機械学会 第 18回設計工学・システム部門講演会・2008.9.25-27

Copyright c⃝2008社団法人 日本機械学会

工学解析モデリングのための知識管理フレームワークについての考察

Research on Knowledge Management Framework for Engineering Analysis Modeling

正 ⃝野間口 大 (大阪大 ) 田口 智祥 (大阪大 )

正 藤田 喜久雄 (大阪大 )

Yutaka NOMAGUCHI, Osaka University, 2-1, Yamadaoka, Suita, Osaka 565-0871, JAPAN

Tomohiro TAGUCHI, Osaka University

Kikuo FUJITA, Osaka University

Any engineering analysis model is indispensable to predict the behavior of a product for its rational evaluationand optimization. In the process of modeling engineering analysis, an engineer makes modeling idealizations orassumptions, which depend on a various factors of design, such as the kinds or types of products, the objectives ofthe engineering analysis or design time constraints. Because the knowledge of engineering analysis exists in modelingprocess, it is important to capture and manage the process. This research aims to develop the framework that capturesand manages the process of modeling engineering analysis. This paper proposed a description format of modelingprocess called Engineering Analysis Modeling Matrix (EAMM). Three modeling levels, i.e., conceptual model,mathmatical model and computatinal model, and three modeling aspects, i.e., target objects, governing principlesand behavior, are defined in order to describe modeling process. A modeling example of heater analysis shows theEAMM’s capability as a foundation of the management framework of engineering analysis modeling knowledge.

Key Words: Knowledge Management, Design Knowledge, Modeling Process, Design Process, Engineering AnalysisModel

1 緒 言

製品設計開発においては,設計案を検討したり,製品性

能を評価したりする際に,物理現象に基づく数理的な解

析モデルを構築し,製品の物理的な挙動のシミュレーショ

ンを行うことが不可欠である.解析モデリングを行うため

には物理法則や数値解法に関する体系的な知識に加えて,

モデリングの過程における適切な簡略化などに関する各

種のノウハウ的な知識が必要である.しかしながら,現状

では,後者のモデリング知識は設計者の暗黙知に依存す

る状態に留まっていて,明示的には取り扱いの対象となっ

ていない.

本研究では,解析結果とともに解析モデリングのプロ

セスを記録し,モデリングにおいて用いられている知識

を獲得,管理するためのフレームワークの構築を目的と

し,工学解析における設計者の思考プロセスを明示的に

記述するための様式として工学解析モデリングマトリク

ス (EAMM; Engineering Analysis Modeling Matrix)を提案

する.

2 工学解析モデリング

2.1 設計における解析モデリング 設計における工

学解析は,ある設計案が要求機能を満たすような挙動を

示すであろうという設計者の予見を,解析モデルのもと

でのシミュレーション結果によって裏付ける作業である.

本来,製品の挙動は様々な物理現象が複雑に関連する開放

系システムであるが,解析を行う際には製品の挙動のうち

の特定の一部分に着目して閉鎖系の問題として解析モデ

ルを構築する.つまり,シミュレーションによって製品に

関連する現象自体が明らかになるわけではなく,あくまで

も解析モデルを構築する際に想定した物理現象の程度を

定量的に提示するに留まる.このため,解析対象の挙動を

シミュレーションする上でどのような物理現象を考慮する

のか,またその数理モデルを構築する際にどのような簡

略化を行うのか,といった種々の前提条件を適切に判断し

たり管理したりすることが重要となる.それらの判断や

管理が十分でないと,解析結果の妥当性が損なわれるこ

とになる.このプロセスこそがモデリングの知識である.

以上のことを踏まえれば,解析モデリングプロセスの明

示的な記録は,知識の共有・再利用に役立つだけでなく,

解析モデリングの検証やその妥当性を十分に検討すると

いう観点からも重要である.しかし,現状ではそれを明示

的に記録する枠組みはなく,設計者による暗黙的な取り扱

いに留まっている.

2.2 設計における知識獲得プロセス 一方でそもそ

も設計は,問題そのものを明確にしていきながら同時に

その解を構築していくプロセスである.Schonはこのよう

な悪構造問題としての設計に言及し,設計者の問題解決

のプロセスにおいては,問題の設定とそれに対する解の

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提案を交互に繰り返しながら,問題に対する知識を得て,

解くべき問題とその解を試行錯誤的に決めていく必要が

ある,という指摘を行っている(1).

このことは設計における解析モデリングにおいても同

様である.解析モデリングにおいて物理現象に関する体

系的な知識が必要となることはもちろんであるが,その

上で,本来は開放系システムである設計対象を,解析可能

な閉鎖系の問題として捉えなおす必要がある.そこでは

モデリングにおける視点の設定や境界条件の設定,設計

の段階に応じた簡略化の程度を判断するためにある程度

の試行錯誤が不可欠であり,モデリングに関する知識はこ

の試行錯誤の過程で獲得されるものである.

2.3 課題 工学解析モデリングのための知識管理フ

レームワークを構築するために取り組むべき課題を以上

の内容を踏まえてまとめると次の 2点に集約される.

(1) 工学解析モデリングプロセスの統一的記述様式

2.1項で述べたように,解析モデリングの過程では解析

対象となる箇所やその範囲,考慮する物理現象,条件設定

など適切に判断する必要がある.これらを特定の解析モ

デルや計算手法に依存しない様式で記録するための統一

的な枠組みが必要である.

(2) モデリングプロセスにおける試行錯誤の管理

2.2項で述べたように,設計のための工学解析モデリン

グにおいては試行錯誤が不可欠である.その過程で生成

される複数の案を管理し,必要に応じてモデルを切り替

えて比較検討を行えるようにしておく必要がある.

3 工学解析モデリングプロセスのモデル

3.1 工学解析モデリングマトリクス 本研究では

工学解析モデリングプロセスの統一的記述様式として,

EAMM(Engineering Analysis Modeling Matrix)を提案する.

これは解析モデリングの視点を横軸に,モデルの抽象レベ

ルを縦軸にとって,モデリングプロセスをマトリクス平面

に形式化したものである.EAMM により,特定のモデル

や計算方法に依存しないレベルで工学解析における設計

者の思考プロセスを明示的に記述することが可能である.

また試行錯誤の中で生成される複数の解析モデルは,複数

の EAMM 平面の切り替えによって管理される.このよう

な試行錯誤プロセスを管理する枠組みとして,著者らのグ

ループでは DRIFTと呼ぶシステム (2)(3)を開発しており,

EAMM を DRIFTに統合することによって解析モデリン

グプロセスを管理することが可能となる.このシステム

の詳細については別報で紹介する.

図 1に EAMM の概要を示す.本節の以下の各項ではそ

れぞれの記述内容について述べる.

3.2 解析モデリングの視点 設計対象の挙動を調べ

る際に設計者は,まずその挙動を調べる領域である対象

空間を決め,その空間に働く支配則を決定し,その下で

何らかの計算を行うことにより対象の振舞いを予測する.

governingprinciples

pattern of modeling process

target objects behavior

conceptualmodel

mathematicalmodel

computationalmodel

calculation

envisioning

calculation

discretization

envisioningenvisioningenvisioningenvisioning

discretization

simplificationinterpretation

interpretation

(1)

(2)

(3)

Fig. 1 Engineering Analysis Modeling Matrix

このことを踏まえれば,解析モデリングプロセスには対

象空間,支配則,挙動の 3つの視点があると考えられる.

(1) 対象空間 (target objects) 設計案は,設計対象

を構成する部品やサブシステム,およびそれらの形状な

どの属性情報によって記述される.解析モデリングにおい

ては,まずこれらの情報を取捨選択して,設計対象の中で

解析に関連する部分を決定する必要がある.本研究では,

解析の対象となっている設計対象の特定の部分とその属

性情報を対象空間と呼ぶ.

(2) 支配則 (governing principles) 設計案の挙動を

調べるにあたり,対象空間の中で支配的な物理現象を見極

めておく必要がある.本研究ではこれを対象空間におけ

る支配則と呼ぶ.

(3) 挙動 (behavior) 対象空間における設計対象が,

支配則の下で示す振舞いである.

3.3 解析モデルのレベル 2.1項で述べたように,設

計における工学解析は,ある設計案が要求機能を満たすよ

うな挙動を示すであろうという設計者の予見を,解析モデ

ルのもとでのシミュレーション結果によって裏付ける作業

である.つまり解析には,定性的なレベルで予見を行う段

階と数理的なレベルで計算を行う段階があることになる.

さらに解析的な解が求められない場合に,数値解を求め

るための離散的なモデルを構築する段階がある.これら

を踏まえ本研究では,解析モデルの抽象レベルとして概

念モデル,数理モデル,計算モデルの 3つを定義する.な

お,これは,米国機械学会「計算固体力学における検証と

妥当性確認のための指針」(4)における定義とも対応する

ものである.

(1) 概念モデル (conceptual model) 解析を行うに

あたり,設計者がモデリング対象の構造や物理現象を頭の

中で理解して,対象の振る舞いを定性的に予見する段階

2

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が存在する.このような設計者の推論により得られる定

性的なモデルを概念モデルと呼ぶ.概念モデルレベルの

記述は数式ではなく,自然言語によって行う.

(2) 数理モデル (mathematical model) 物理現象は

多くの場合,力学や電磁気学等の理論に基づいて,常微

分方程式や偏微分方程式など,解析対象の空間や時間に

関する数学的な表現を用いて記述される.数理モデルは,

そのような各種の理論に基づいて概念モデルの記述内容

を物理現象の数学的表現によって記述するものである.

(3) 計算モデル (computational model) 非線形の偏

微分方程式など,数理モデルの多くは解析的に解くこと

ができないものであるため,その解を求めるためには対

象の空間や時間を有限な幅で離散化して離散化方程式を

導く必要がある.計算モデルは,数理モデルの解を数値的

に求めるための離散的なモデルである.

3.4 EAMM における 9つのセル 3.3節で述べた 3

つのレベルのそれぞれに 3.2節の 3つの視点があるため,

図 1に示すように EAMM には 9つのセルがあることにな

る.以下にそれぞれに対応する記述内容を説明する.

(1) 対象空間の概念モデル 解析を効率的に行うた

めには,必要最小限の解析領域を決める必要がある.その

最初の段階では物理現象に関連する実体やそれらの間の

関係を「3つの穴が並んでいる」「突起がある」といった

ような定性的なレベルで理解している.このような解析

対象の定性的な理解が対象空間の概念モデルである.

(2) 対象空間の数理モデル 解析対象の数理モデル

を構築する際には,実際の形状を簡略化したモデルが用

いられる.例えば構造解析では,力学的に重要でない細部

の形状を無視したり,比較的薄い板厚のものを「シェル」

として扱ったり,あるいは,その長さが太さに対して十分

大きな棒状の形状を「はり」として扱ったりする.このよ

うに簡略化された形状モデルが対象空間の数理モデルで

ある.

(3) 対象空間の計算モデル 解析対象の空間および

時間を離散化したものが対象空間の計算モデルである.基

本的には,数理モデルにおいて連続的に表現されていた

対象空間を,格子や有限要素によって分割し離散表現とし

たものである.その具体的な内容は,支配則の数理モデル

から計算モデルを構築する際に行う離散化の手法に応じ

て異なる.例えば,差分法では,未知関数の値を定める格

子点 (差分点)によって対象空間を表現する.また,有限

要素法では,対象空間を単純形状の要素 (有限要素)に分

割し,その要素の形状,および要素の節点によって対象空

間を表現する.

(4) 支配則の概念モデル 解析対象の振舞いを支配

する物理法則を定性的に記述するモデルである.例えば,

熱膨張現象に関する支配則の概念モデルは,「金属材料や

複合材料などのほぼ全ての材料は温度変化が生じると膨

張あるいは収縮し,その伸びは温度上昇量に比例する」と

0V0.005V0.01V0.015V

(a) Conceptual behavior model

(b) Mathematical behavior model

(c) Computational behavior model

electric current

Fig. 2 Behavior models of electric current

なる.また熱伝導現象を取り上げた場合,その支配法則で

あるフーリエの法則の概念モデルは,「ある位置の断面に

単位時間当たり流入する熱量は,その点における温度勾

配に比例する」などのように記述できる.

(5) 支配則の数理モデル 支配則の数理モデルは物

理現象を支配する物理法則の数学的表現であり,解析の対

象となる空間内で成立する支配方程式,その領域の境界

上で未知関数が満足すべき境界条件および初期条件から

構成される.

例えば熱伝導現象を取り上げた場合,フーリエの法則

のメンタルモデル「ある位置の断面に単位時間当たり流

入する熱量は,その点における温度勾配に比例する」の数

理モデルは,位置を x,単位時間当たりに流入する熱量を

q(x,t),温度勾配を ∂u∂x として,

q(x, t) = −λ∂u∂x

(1)

と書け,これを用いると熱伝導方程式

∂u∂ t

= λ∂ 2u∂x2 (2)

を得る.これにコーシー (Cauchy)データなどの初期条件,

ディリクレ (Dirichlet)条件などの境界条件を与えることで

熱伝導現象の数理モデルが得られる構図になっている.

(6) 支配則の計算モデル 支配則の計算モデルは物

理法則の数理モデルの数値解を得るための離散的近似表

現である.今日,数値解法のうち有効な手法には,差分

3

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法 (Finite Difference Method, FDM),有限要素法 (Finite

Element Method, FEM),境界要素法 (Boundary Element

Method, BEM)の 3つがあり,用いる手法によってモデ

ルの具体的な内容が異なる.例えば差分法においては,数

理モデルを差分近似して支配方程式を書き替えて近似を

行う.前述の熱伝導方程式 (2)は,空間の離散化によって

dudx

(x) ≈ u(x+h)−u(x)h

(3)

のように十分小さい hに対して平均変化率で近似され,さ

らに

tk = tk−1 +∆t,(k = 1,2,3, ...) (4)

のように時間を離散化することで

uk+1j −uk

j

∆t= λ

ukj+1−2uk

j +ukj−1

h2 (5)

のような差分方程式が導かれる.この差分方程式が熱伝

導現象の計算モデルの一例である.

(7) 挙動の概念モデル 挙動の概念モデルは解析対

象の振る舞いを定性的に表現したものである.例として,

図 2に示すような片側き裂つき平板を流れる定常電流の

解析を考える.解析に先立って設計者は平板の中を電流は

亀裂を回り込むように流れ,亀裂先端に近づくほど電流

密度の値が大きくなる,などの振舞いを予見しているは

ずである (図 2(a)).このような予見が振舞いの概念モデル

である.このモデルは振舞いの数理モデルの計算結果と

の整合性を確認することによって検証され,必要に応じて

更新される.

(8) 挙動の数理モデル 挙動の数理モデルは支配則

の数理モデルの解である.平板内の定常電流の解析の例

では,図 2(b)のような等電位線として与えられる電圧値

分布が振舞いの数理モデルとなる.数理モデルの解析解

が求められない場合には,計算モデルの数値解に対して

ポストプロセッシングを行い,離散的な値を連続なものと

して解釈を加えることによって求める.

(9) 挙動の計算モデル 挙動の計算モデルは支配則

の計算モデルの数値解である.図 2(c)に示すように平板

を要素分割して得られた電流密度のベクトル分布がこの

解析の振舞いの計算モデルである.

3.5 解析モデリングにおける操作 EAMM 上の各

カテゴリの間には「簡略化」「離散化」「予見」「計算」「解

釈」といった操作が定義される.

(1) 簡略化 必要な精度や計算時間の制約などに応

じて,複数の現象が複雑に絡み合う実際の問題を,その本

質を損なわない範囲でできるだけ簡単なモデルにする操

作である.簡略化は対象空間と支配則に対して行われる.

前者の操作には,次元の縮小,対称性の利用,領域の切り

出し,省略単純化,構造置換がある.後者の操作には,微

小効果要素の無視,領域の限定,焦点化,環境との絶縁,

集中要素近似,集中定数化,線形化,変動が小さい変数の

定数化などがある.

(2) 離散化 非線形の偏微分方程式など解析的に解

くことができない数理モデルの解を数値的に求めるため

に,数値解法を前提として対象問題の空間および時間の

変数を離散化する操作である.対象空間および支配則の

両者に対して行われる.

(3) 予見 設計者は解析に先立って,まず解析対象

の全体像を思い浮かべてその可能な振舞いを定性的に予

測しておくことが重要である.この対象の挙動あるいは

振舞いを予測する行為を「予見」と呼ぶ.

3.6 解析モデリングプロセス 工学解析における設

計者の思考プロセスは EAMM 上の各カテゴリへの記述の

プロセスに対応する.そのパターンとして図 1(1)~(3)の

3つが挙げられる.ただし実際のモデリングプロセスにお

いては,これらのパターンが複合的に繰り返されること

になる.

(1) 予見を行うプロセス 解析を行う前には,設計

者がモデリング対象の構造や働きを頭の中で理解して対

象の挙動をある程度推論する段階が存在する.図 1(1)の

プロセスは,この概念モデルのみによる解析,つまり設計

者の頭の中の定性的理解による予見に対応する.以下の

ステップによって行われる.

(i) 概念モデルにおいて解析内容を決定し,対象となる

領域を設定する.

(ii) 概念モデルにおいて物理現象を設定する.

(iii) 概念モデルにおいて対象の振舞いを予見する.

(2) 数理モデルの解と概念モデル予見との整合性を検

証するプロセス 図 1(2)は物理現象の数理モデルを構

築し,簡単な計算によってその解を求めて設計のあたりを

つけるプロセスである.設計対象物の具体的な形状が明

確に定まっていない,設計の上流段階においては,解の精

度よりも複数の解の網羅的な検討が求められるため,設

計のおおよそのあたりを付けるという意味で,このよう

な単純な形状モデルによる解析が有効である.そのステッ

プは次のようになる.

(i) 概念モデルにおいて解析内容を決定し,対象となる

領域を設定する.

(ii) 概念モデルにおいて物理現象を設定する.

(iii) 数理モデルにおいて解析対象の空間形状を設定する.

(iv) 数理モデルにおいて支配方程式および境界条件・定

数を設定する.

(v) 数理モデルの解を求める.

(vi) 概念モデルにおける予見と数理モデルの解の整合性

を検証する.

(3) 計算モデルの解に基づいて数理モデルの解を求め,

概念モデル予見との整合性を検証するプロセス 図 1(3)

は,物理現象の計算モデルを構築し計算機を用いて解析計

算を行うプロセスである.多くの数理モデルはその解を

4

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heating tube

fluid flow

Fig. 3 Schematic view of heater

解析的に求めることができないため差分法,有限要素法,

境界要素法といった離散化手法を用いて計算モデルを構

築し,その数値解を求めことによって行う.そのステップ

は次のようになる.

(i) 概念モデルにおいて解析内容を決定し,対象となる

領域を設定する.

(ii) 概念モデルにおいて物理現象を設定する.

(iii) 数理モデルにおいて解析対象の空間形状を設定する.

(iv) 数理モデルにおいて支配方程式および境界条件・定

数を設定する.

(v) 計算モデルにおいて離散化方程式を立てる.

(vi) 計算モデルの解を求める.

(vii) 計算モデルの解を解釈して数理モデルの解を得る.

(viii) 概念モデルにおける予見と数理モデルの解の整合性

を検証する.

4 EAMM の記述例

本節では,EAMM によるモデリングプロセスの記述能

力の検証を図 3に示す加熱器の仮想的な設計例題を踏ま

えながら具体的に示す.この加熱器は,内部に配置された

加熱管によって,下部の入口から上部の出口に向かって流

れる水を加熱するものである.入口部での水の平均温度

は 293Kで,出口部の平均温度を 320K以上とすることが

仕様として与えられている.

4.1 概念モデル まず,容器出口の平均温度は管の

本数に依存するところが大きいと考え,管の本数につい

ていくつかの案を検討して,それぞれの出口温度を評価

することにする.

解析に先立ち,設計者は解析対象の振舞いを概念的に

理解する.出口温度の解析の対象となるのは加熱菅およ

び流水が存在している空間であり,支配則として熱源であ

る加熱管表面からの熱伝達現象,および浮力効果を考慮

した流れ現象を考える.これらの内容を考えた上で,設計

者は「出口の平均温度は管の本数に依存する」と考え,経

験則や過去の類似設計から「4~6本なら仕様を満たすは

ずだ」と予見した.このプロセスは図 4のように EAMM

における概念モデルのセルに記述される.

EAMM Form Engineering Analysis Modeling Matrix Form No. 1 Date.

Fig. 4 Conceptual model of a heater analysis

EAMM Form Engineering Analysis Modeling Matrix Form No. 1 Date.

Fig. 5 Modeling process of analysing a heater by

considering symmetry of heat pipe arrangement

4.2 簡略化された解析モデルでの検討 次に概念モ

デルに基づいて数理モデルを構築する.設計の初期段階で

大まかな方向を見定めるために,管の本数についていくつ

かの設計代替案を検討したいので,計算時間が短くて済む

ようにある程度簡略化したモデルを構築する.ここでは,

加熱管の流れ方向で流水の流れ特性に変化がないこと,お

よび加熱管の流れ方向で温度分布がないことを仮定し,さ

らに対象性を利用して,図 5の数理モデル対象空間のセ

ルに示すような簡略化モデルを構築した.その上で流れ

5

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EAMM Form Engineering Analysis Modeling Matrix Form No. 3 Date.

‐入り口

‐出口

Fig. 6 Modeling process of analysing a heater on the

whole

現象と伝熱現象の連成問題として定式化し,境界条件な

どを設定して EAMM の数理モデルのセルに記述した.

数理モデルの数値解を求めるための計算モデルを構

築する.ここでは,汎用連成解析 FEM ソフトウェアで

ある COMSOL Multiphysics†1を用いて数値解を求める.

EAMM の計算モデルのセルには規定メッシュサイズや線

形系ソルバとして「UMFPACK」を用いることなど離散化

に伴う各種パラメータ設定が記述される.計算結果は本

来離散化された各要素に割り当てられた数値の集合となっ

ているが,ポストプロセッシングにより図 5の数理モデル

挙動のセルに示すようなコンター図を得た.さらにこの

結果を解釈して出口平均温度が仕様を満たしているかど

うかを判断する.この例では試行錯誤を繰り返した結果,

加熱管が 6本であれば仕様を満たすことが分かった.

4.3 より詳細な解析モデルでの検討 設計案の方向

性が決まったので,この案でのより詳細な検討を行うため

のモデルを作成する.図 6の概念モデルのセルにおいて,

対象空間、支配則は先ほどのモデルと同じであるが,「加熱

管全体のモデルで解析すればより詳細な検討が行える」と

いう予見に基づいた解析であるという意図が記述される.

数理モデルを構築する際には,対象性を考慮しない加

熱機全体の 2次元モデルを考える.COMSOLによる計算

モデルを構築し,計算を行った結果,出口平均温度が仕様

を満たしていないことが分かった.その理由として,加熱

管の間隔が狭すぎて水が流れにくくなっており加熱管か

らの伝熱がうまく行われていないことが予想された.

そこで加熱管の間隔を取るために図 7の概念モデル対

†1 COMSOL Multiphysicsは COMSOL社の登録商標である.

EAMM Form Engineering Analysis Modeling Matrix Form No. 4 Date.

Fig. 7 Modeling process of analysing alternative solution

of heat pipe arrangement

象空間セルに記述されているように加熱管を 2列配置と

する設計変更を行い,この設計案のもとでの挙動を解析

するための数理モデルおよび計算モデルを構築した.計

算を行った結果,仕様を満たしていることが確認できた.

5 結論

本研究で提案した EAMM により,従来,解析技術者が

暗黙的に行っていた工学解析モデリングプロセスを明示的

に記述できることが分かった.著者らのグループで開発し

ている知識管理型支援システム DRIFT(2)(3)に EAMM を

統合することにより,解析モデリング知識の管理フレーム

ワークの実現が可能である.このシステムの詳細につい

ては別報で紹介する.

文 献

(1) Schon, D. A.,The Reflective Practitioner . How ProfessionalsThink in Action, (1982), Basic Books Inc. [邦訳: ドナルド・ショーン, (佐藤,秋田訳),専門家の知恵.反省的実践家は行為しながら考える, (2001),ゆみる出版.]

(2) Nomaguchi, Y., Taguchi, T. and Fujita, K., “KnowledgeModel for Manageing Product Variety and its ReflectiveDesign Prosess,”Proceedings of ASME 2006 InternationalDesign Engineering Techical Conferences & Computers andInfomation in Engineering Conference, (2006), DETC2006-99360.

(3) Nomaguchi, Y. and Fujita, K.,“An Integration Framework forAdvanced Knowledge-based Design Supports - A Viewpointof DRIFT Paradigm -,”Proceedings of Design EngineeringWorkshop 2007 (7th IJCC Japan-Korea CAD/CAM Workshop),(2007), pp. 70-75.

(4) ASME V&V 10-2006., “Guide for Verification and Validationin Computational Solid Mechanics,” (2006), The AmericanSociety of Mechanical Engineers.

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