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高分子材料のスクラッチ特性の定量評価 1. はじめに 高分子材料あるいはプラスチック成 形品の用途拡大にともない,成形品表 面の意匠性という観点から,耐傷つき 性(スクラッチ特性)の向上が重要な 課題となっている.また,成形品表面 に形成される傷が強度低下の要因とな り得るという観点においても,スク ラッチ特性は重要である.材料のスク ラッチ特性は,剛体ピンを試料に押し 付けながら,水平移動させるスクラッ チ試験により評価される(図1).こ れまで,スクラッチ特性は「一定荷重 試験」により評価されてきたが,2006 年にアメリカ材料試験協会(American Society for Testing Materials),2008 年に国際標準化機構(ISO)において 「荷重増加試験」が標準化された (ASTM D7027-05,ISO 19252). 2.荷重増加型スクラッチ試験 (ISO/ASTM) 荷重増加型スクラッチ試験の主な特 長は,①スクラッチ特性を定量的に評 価できること,②スクラッチ挙動に及 ぼす荷重依存性を 1 回の試験で評価で きること,③少ない試験回数でスク ラッチ特性を評価できること,④スク ラッチ機構の解析に適していること, などがある. ISO/ASTM で は, 直 径 1mm の 球 状剛体ピンを用いて,スクラッチ速度 100mm/s で試験することが推奨され ている.その際,垂直荷重がスクラッ チ距離に対して線形的に増加される. したがって,可視傷の開始点,スクラッ チ損傷形態が変化する点の垂直荷重を 用いて,材料のスクラッチ特性を定量 的に評価できる.また,スクラッチ試 験中の水平荷重を計測することによ り,スクラッチ抵抗の荷重依存性(ス クラッチ摩擦係数:下記参照)を評価 することができる. ISO/ASTM に準拠した試験装置を 製造・販売しているメーカには,アメ リカの SMS 社 (1) ,国内のカトーテッ ク(株) (2) がある. 3. 評価事例 3.1 スクラッチ特性の定量評価 荷重増加型スクラッチ試験後のスク ラッチ表面の画像処理/顕微鏡観察に より,傷発生荷重/スクラッチ損傷形 態転移荷重を定量的に評価できる.3 種類のポリプロピレン(PP)射出成 形品のスクラッチ特性に及ぼすスク ラッチ速度の影響を検討した結果 (3) 以下に紹介する.PP成形品のスクラッ チ損傷形態は,低荷重側から,①うろ こ状模様(図2),②可視傷,③切削 モードへと変化する.測定例として, 可視傷発生荷重とスクラッチ速度の関 係を図3 に示す.これより,スクラッ チ速度の増加にともない,傷発生荷重 が低下することがわかる.すなわち, これは,スクラッチ速度が速いほど傷 が発生しやすいことを意味する.また, 3 種類の PP 成形品のスクラッチ特性 が定量的に評価できることもわかる. うろこ状模様開始荷重および切削モー ドへの転移荷重においても,同様の解 析が可能である. 3.2 スクラッチ摩擦係数 スクラッチ試験中の垂直荷重および 水平荷重データを用いて,次式からス ク ラ ッ チ 摩 擦 係 数(SCOF:Scratch Coefficient of Friction)を算出できる. SCOF =水平荷重 / 垂直荷重 図4 に PP 成形品(図3:PP-a)の スクラッチ摩擦係数のスクラッチ速度 依存性を示す.可視傷発生箇所に相当 するスクラッチ過程初期領域(スク ラッチ距離< 20mm)においては,ス クラッチ速度が速い場合,高いスク ラッチ摩擦係数が得られ,可視傷発生 荷重が低くなること(図3)と対応し ている.スクラッチ摩擦係数は,表面 損傷形態と直接関連する物理量である ため,スクラッチ機構解明に役立つ. 4. おわりに 本稿では,2008 年に ISO において 標準化された高分子材料のスクラッチ 特性評価手法,および同手法を用いた 測定例を紹介した.比較的新しい評価 手法であるため,これまでに公開され ている評価データは限られているが, 同手法の優位性,および評価結果の信 頼性/再現性は確認されている.高分 子材料のスクラッチ特性に関する研究 が活発に行われ,高分子材料のスク ラッチ機構に関する理解が今後ますま す深まり,ひいては優れたスクラッチ 特性を有する新材料が開発されること を期待する. (原稿受付 2009 年 9 月 14 日) 〔小滝雅也 京都工芸繊維大学〕 ●文 献 ( 1 )http://www.surfacemachines.com ( 2 )http://www.keskato.co.jp ( 3 )Aoki, N., Fujiwara, M. and Kotaki, M., Scratch Behavior of PP Injection Mold- ings, Asian Workshop on Polymer Pro- cessing ,(2008-8). 図1 スクラッチ試験略図 スクラッチ幅 スクラッチ速度 剛体ピン 垂直荷重 傷(スクラッチ) 試料 図 2 うろこ状模様(SEM 写真) 100 μm 0 20 40 60 80 100 0.0 0.2 0.4 0.6 0.8 1.0 10mms 100mms スクラッチ距離(mm) スクラッチ摩擦係数 100mms 10mms 図 4  スクラッチ摩擦係数のスクラッチ速度依 存性 0 2 4 6 8 10 1 10 100 スクラッチ速度(mm s) 傷発生荷重(N) ● PPa ○ PPb ◆ PPc 図 3 傷発生荷重とスクラッチ速度の関係 202 日本機械学会誌 2010.3 Vol.113No. 1096 ─ 62 ─

高分子材料のスクラッチ特性の定量評価高分子材料のスクラッチ特性の定量評価 1.はじめに 高分子材料あるいはプラスチック成 形品の用途拡大にともない,成形品表

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Page 1: 高分子材料のスクラッチ特性の定量評価高分子材料のスクラッチ特性の定量評価 1.はじめに 高分子材料あるいはプラスチック成 形品の用途拡大にともない,成形品表

高分子材料のスクラッチ特性の定量評価

1.はじめに 高分子材料あるいはプラスチック成形品の用途拡大にともない,成形品表面の意匠性という観点から,耐傷つき性(スクラッチ特性)の向上が重要な課題となっている.また,成形品表面に形成される傷が強度低下の要因となり得るという観点においても,スクラッチ特性は重要である.材料のスクラッチ特性は,剛体ピンを試料に押し付けながら,水平移動させるスクラッチ試験により評価される(図 1).これまで,スクラッチ特性は「一定荷重試験」により評価されてきたが,2006年にアメリカ材料試験協会(American Society for Testing Materials),2008年に国際標準化機構(ISO)において

「 荷 重 増 加 試 験 」 が 標 準 化 さ れ た(ASTM D7027-05,ISO 19252).2. 荷重増加型スクラッチ試験(ISO/ASTM)

 荷重増加型スクラッチ試験の主な特長は,①スクラッチ特性を定量的に評価できること,②スクラッチ挙動に及ぼす荷重依存性を 1 回の試験で評価できること,③少ない試験回数でスクラッチ特性を評価できること,④スクラッチ機構の解析に適していること,などがある.

 ISO/ASTM では,直径 1mm の球状剛体ピンを用いて,スクラッチ速度100mm/s で試験することが推奨されている.その際,垂直荷重がスクラッチ距離に対して線形的に増加される.したがって,可視傷の開始点,スクラッチ損傷形態が変化する点の垂直荷重を用いて,材料のスクラッチ特性を定量的に評価できる.また,スクラッチ試験中の水平荷重を計測することにより,スクラッチ抵抗の荷重依存性(スクラッチ摩擦係数:下記参照)を評価することができる. ISO/ASTM に準拠した試験装置を製造・販売しているメーカには,アメリカの SMS 社(1),国内のカトーテック(株)(2)がある.3. 評価事例3.1 スクラッチ特性の定量評価

 荷重増加型スクラッチ試験後のスクラッチ表面の画像処理/顕微鏡観察により,傷発生荷重/スクラッチ損傷形態転移荷重を定量的に評価できる.3種類のポリプロピレン(PP)射出成形品のスクラッチ特性に及ぼすスクラッチ速度の影響を検討した結果(3)を以下に紹介する.PP成形品のスクラッチ損傷形態は,低荷重側から,①うろこ状模様(図 2),②可視傷,③切削

モードへと変化する.測定例として,可視傷発生荷重とスクラッチ速度の関係を図 3 に示す.これより,スクラッチ速度の増加にともない,傷発生荷重が低下することがわかる.すなわち,これは,スクラッチ速度が速いほど傷が発生しやすいことを意味する.また,3 種類の PP 成形品のスクラッチ特性が定量的に評価できることもわかる.うろこ状模様開始荷重および切削モードへの転移荷重においても,同様の解析が可能である.3.2 スクラッチ摩擦係数

 スクラッチ試験中の垂直荷重および水平荷重データを用いて,次式からスクラッチ摩擦係数(SCOF:Scratch Coefficient of Friction)を算出できる.  SCOF =水平荷重 / 垂直荷重 図 4 に PP 成形品(図 3:PP-a)のスクラッチ摩擦係数のスクラッチ速度依存性を示す.可視傷発生箇所に相当するスクラッチ過程初期領域(スクラッチ距離< 20mm)においては,スクラッチ速度が速い場合,高いスクラッチ摩擦係数が得られ,可視傷発生荷重が低くなること(図 3)と対応している.スクラッチ摩擦係数は,表面損傷形態と直接関連する物理量であるため,スクラッチ機構解明に役立つ.4. おわりに 本稿では,2008 年に ISO において標準化された高分子材料のスクラッチ特性評価手法,および同手法を用いた測定例を紹介した.比較的新しい評価手法であるため,これまでに公開されている評価データは限られているが,同手法の優位性,および評価結果の信頼性/再現性は確認されている.高分子材料のスクラッチ特性に関する研究が活発に行われ,高分子材料のスクラッチ機構に関する理解が今後ますます深まり,ひいては優れたスクラッチ特性を有する新材料が開発されることを期待する.

(原稿受付 2009 年 9 月 14 日)〔小滝雅也 京都工芸繊維大学〕

●文 献( 1 )http://www.surfacemachines.com( 2 )http://www.keskato.co.jp( 3 )Aoki, N., Fujiwara, M. and Kotaki, M.,

Scratch Behavior of PP Injection Mold-ings, Asian Workshop on Polymer Pro-cessing,(2008-8).

図1 スクラッチ試験略図

スクラッチ幅

スクラッチ速度

剛体ピン垂直荷重

傷(スクラッチ)

試料

図 2 うろこ状模様(SEM写真)

100 μm

0 20 40 60 80 1000.0

0.2

0.4

0.6

0.8

1.0

10mm/ s100mm/ s

スクラッチ距離/(mm)

スクラッチ摩擦係数

100mm/ s

10mm/ s

図 4 �スクラッチ摩擦係数のスクラッチ速度依存性

0

2

4

6

8

10

1 10 100スクラッチ速度(mm/ s)

傷発生荷重(N)

● PP-a○ PP-b◆ PP-c

図 3 傷発生荷重とスクラッチ速度の関係

202 日本機械学会誌 2010.�3 Vol.�113��No.1096

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