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― 9― 【総  説】 老化に伴う腎尿細管障害におけるSirt1-オートファジー経路の役割 久米真司 1) , 前川聡 1) , 古家大祐 2) 1) 滋賀医科大学・内科学講座・糖尿病腎臓神経内科 2) 金沢医科大学・内科学講座・内分泌代謝制御学 要約 高齢化社会を背景として、慢性腎臓病を有する患者人口が増加している。一方、カロリー制限は 様々な生物種において寿命延長をもたらし、哺乳類においては、動脈硬化や悪性疾患、腎病変など、 加齢に伴い増加する疾患の発症予防効果を発揮する。そこで、新たな抗老化治療の可能性を見出 すために、カロリー制限による抗老化に関わる分子機構の解明が進められてきた。近年、ヒスト ン脱アセチル化酵素(Sirt1 )、また細胞内浄化機構であるオートファジーが、カロリー制限に伴う 寿命延長効果に重要な役割を果たしている事が示された。その後、これらの各臓器における生理 的役割が徐々に明らかとされ、様々な疾患に対する治療標的としての可能性が報告されている。 我々もSirt1 依存的なオートファジー活性調節が、カロリー制限による抗腎老化に必須であること を見出した。そこで本稿では、 Sirt1- オートファジー経路の役割を中心に、カロリー制限による腎 保護効果に関して概説する。 キーワード:加齢腎、Sirt1 、オートファジー、ミトコンドリア、低酸素 基礎老化研究 35(1);9 15,2011 認されるまでになった[5] 。さらに、加齢に伴い増加する 動脈硬化、悪性疾患、慢性腎臓病などの発生率も、カロ リー制限により抑制されることが示されている[6,7] 基礎研究の結果からは、カロリー制限による抗老化、組 織保護効果の背景には、酸化ストレスの軽減、ミトコン ドリア機能保持が関与している可能性が報告されている [7] 。よって、カロリー制限が示す抗酸化ストレス作用、 ミトコンドリア保護機構の解明が、抗老化をもたらす新 たな治療標的の解明につながるものと考えられる。 インスリンシグナル/IGF-1 、各種ホルモン( 成長ホル モン、ステロイドホルモン) forkheadproteinfamily mTOR といった様々な分子機構が、カロリー制限による 寿命延長に関わりうる[8] 。更に近年、Silentinforma- tion regulator2(mammalian homolog: Sirt1 ) が、カ ロリー制限による寿命延長に不可欠である抗老化分子と して新たに同定された[9] 。当初、 Sirt1 NAD + 依存性ヒ ストン脱アセチル化酵素として同定されたが、その後、 この分子はNAD + 濃度を介した細胞内の代謝センサーと して働き、ヒストン以外の核内転写因子に対する脱アセ チル化活性を介し、様々な臓器における代謝制御、スト レス応答をもたらしうる事が明らかとなってきた( 1)[10] 。一方、カロリー制限とミトコンドリアに関する 研究から、ミトコンドリアバイオジェネシスならびに オートファジーといった、ミトコンドリア機能調節機構 の異常が、加齢に伴う疾患の発症に関与することも示さ れ始めている[11,12] 。このようにカロリー制限に関わ る研究から見出されてきた分子、あるいは細胞内分子機 構の異常は老化に関わる疾患の原因として注目され、そ 1. はじめに 腎臓は老化に伴い組織障害、機能障害を呈する臓器の 一つであり、高齢化社会を背景として、慢性腎臓病を有 する患者人口が増加している[1,2] 。よって、加齢に伴う 腎障害の発症機構ならびに抑制機構の解明が望まれてい る。 ミトコンドリア機能異常に起因した酸化ストレスの増 大は、老化に伴う臓器障害の一要因と考えられている[3] この事実は多くの基礎研究の結果から導き出されている が、実際の臨床の場において、抗酸化薬投与による抗老 化効果は十分に示されていない。つまり、酸化ストレス を標的として抗老化を達成するためには、一度産生され た酸化ストレスの除去だけでは不十分であり、加齢に伴 い生じるミトコンドリア機能異常の発症機構を解明し、 酸化ストレスの産生を抑制する新たな治療法を確立しな ければならない。 カロリー制限により寿命が延長する。この事実は、 1934 年に初めてMcCay らの行ったラットを用いた研究 結果により示された[4] 。その後、カロリー制限と寿命延 長、抗老化に関する研究が精力的に進められ、その効果 はサル( rhesusmonkey ) といった高等哺乳類においても確 連絡先:〒520-2192 滋賀県大津市瀬田月輪町 滋賀医科大学 内科学講座 糖尿病腎臓神経内科 Tel: 077-548-2222 FAX: 077-543-3858 e-mail: [email protected]

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【総  説】

老化に伴う腎尿細管障害におけるSirt1-オートファジー経路の役割

久米真司1), 前川聡1), 古家大祐2)

1) 滋賀医科大学・内科学講座・糖尿病腎臓神経内科2) 金沢医科大学・内科学講座・内分泌代謝制御学

要約 高齢化社会を背景として、慢性腎臓病を有する患者人口が増加している。一方、カロリー制限は様々な生物種において寿命延長をもたらし、哺乳類においては、動脈硬化や悪性疾患、腎病変など、加齢に伴い増加する疾患の発症予防効果を発揮する。そこで、新たな抗老化治療の可能性を見出すために、カロリー制限による抗老化に関わる分子機構の解明が進められてきた。近年、ヒストン脱アセチル化酵素(Sirt1)、また細胞内浄化機構であるオートファジーが、カロリー制限に伴う寿命延長効果に重要な役割を果たしている事が示された。その後、これらの各臓器における生理的役割が徐々に明らかとされ、様々な疾患に対する治療標的としての可能性が報告されている。我々もSirt1依存的なオートファジー活性調節が、カロリー制限による抗腎老化に必須であることを見出した。そこで本稿では、Sirt1-オートファジー経路の役割を中心に、カロリー制限による腎保護効果に関して概説する。

キーワード:加齢腎、Sirt1、オートファジー、ミトコンドリア、低酸素

基礎老化研究 35(1);9崖15,2011

認されるまでになった[5]。さらに、加齢に伴い増加する動脈硬化、悪性疾患、慢性腎臓病などの発生率も、カロリー制限により抑制されることが示されている[6,7]。基礎研究の結果からは、カロリー制限による抗老化、組織保護効果の背景には、酸化ストレスの軽減、ミトコンドリア機能保持が関与している可能性が報告されている[7]。よって、カロリー制限が示す抗酸化ストレス作用、ミトコンドリア保護機構の解明が、抗老化をもたらす新たな治療標的の解明につながるものと考えられる。 インスリンシグナル/IGF-1、各種ホルモン(成長ホルモン、ステロイドホルモン)、forkhead protein family、mTORといった様々な分子機構が、カロリー制限による寿命延長に関わりうる[8]。更に近年、Silent informa-tion regulator 2 (mammalian homolog: Sirt1)が、カロリー制限による寿命延長に不可欠である抗老化分子として新たに同定された[9]。当初、Sirt1はNAD+依存性ヒストン脱アセチル化酵素として同定されたが、その後、この分子はNAD+濃度を介した細胞内の代謝センサーとして働き、ヒストン以外の核内転写因子に対する脱アセチル化活性を介し、様々な臓器における代謝制御、ストレス応答をもたらしうる事が明らかとなってきた(図1)[10]。一方、カロリー制限とミトコンドリアに関する研究から、ミトコンドリアバイオジェネシスならびにオートファジーといった、ミトコンドリア機能調節機構の異常が、加齢に伴う疾患の発症に関与することも示され始めている[11,12]。このようにカロリー制限に関わる研究から見出されてきた分子、あるいは細胞内分子機構の異常は老化に関わる疾患の原因として注目され、そ

1. はじめに 腎臓は老化に伴い組織障害、機能障害を呈する臓器の一つであり、高齢化社会を背景として、慢性腎臓病を有する患者人口が増加している[1,2]。よって、加齢に伴う腎障害の発症機構ならびに抑制機構の解明が望まれている。 ミトコンドリア機能異常に起因した酸化ストレスの増大は、老化に伴う臓器障害の一要因と考えられている[3]。この事実は多くの基礎研究の結果から導き出されているが、実際の臨床の場において、抗酸化薬投与による抗老化効果は十分に示されていない。つまり、酸化ストレスを標的として抗老化を達成するためには、一度産生された酸化ストレスの除去だけでは不十分であり、加齢に伴い生じるミトコンドリア機能異常の発症機構を解明し、酸化ストレスの産生を抑制する新たな治療法を確立しなければならない。 カロリー制限により寿命が延長する。この事実は、1934年に初めてMcCayらの行ったラットを用いた研究結果により示された[4]。その後、カロリー制限と寿命延長、抗老化に関する研究が精力的に進められ、その効果はサル(rhesus monkey)といった高等哺乳類においても確

連絡先:〒520-2192滋賀県大津市瀬田月輪町滋賀医科大学 内科学講座 糖尿病腎臓神経内科Tel: 077-548-2222FAX: 077-543-3858e-mail: [email protected]

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の活性化による新たな治療標的の解明が進められている。 我々も加齢腎病変に対するカロリー制限の腎保護効果、その分子機構の解明を行った[13]。その結果、加齢に伴う腎での異常ミトコンドリア蓄積には、腎での低酸素状態に対するオートファジー活性の低下が関与し、この異常はカロリー制限により改善されることを見出した。また、それらの分子機構の解明から、抗老化分子Sirt1の活性化を介したオートファジー制御が、カロリー制限による腎保護効果に不可欠であることも明らかとなった。そこで本稿では、Sirt1-オートファジー経路の役割を中心に、カロリー制限による抗老化作用、腎保護効果に関わ

る分子機構に関し概説する。

2. 加齢性腎尿細管病変におけるミトコンドリア異常、酸化ストレス発生機構 加齢(24か月齢)マウスの近位尿細管細胞では、異常ミトコンドリア蓄積を伴う酸化ストレスの増大が認められた(図2、3)。また、酸化ストレスに関連したミトコンドリアDNA変異の頻度と腎機能障害の程度(血清シスタチンCの上昇)は強い正相関を示した(図2)。この結果は、尿細管細胞におけるミトコンドリア機能異常と腎機能障害との強い関連性を示しており、加齢に関連したミトコ

UCP2Foxo1

Foxo1Foxo3PGC1

Sirt1(NAD )

PGC1SREBP1cPPAR

Foxo1PPAR

PGC1MyoD

NF BMyoDIRS1/2Ptpn1

図1.脱アセチル化活性を介した抗老化分子Sirt1の全身代謝制御の役割: Sirt1は絶食時における各代謝臓器において、NAD+濃度依存性に様々な転写因子の脱アセチル化を介し、全身の糖脂質代謝を制御している。

図2.カロリー制限による加齢腎におけるミトコンドリアDNA異常の改善効果: (A, B)加齢腎でのミトコンドリアDNAにおける8‐OHdG含量ならびに欠失変異は有意に増加し、12か月間のカロリー制限により改善する。(C)ミトコンドリア遺伝子変異の頻度と血清シスタチンC値は正相関する。(文献13より改変)

A CB

DNA) NS

** **

A C

%WT)

WT)

B( 102)

**** **

OHdG

(%

(%W

ung

8O

g/mg

ged+

AL

ged+

CR

ged+

AL

D17

D17

Yo(ng

Ag

Ag Ag

C (mg/l)

D

Young 3**p<0.05

Aged+CR 12 24Aged+AL 24

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ンドリア異常の是正が、加齢性腎障害の治療標的と成りえる可能性を示すものであった。 「オートファジー」とは細胞内蛋白質やオルガネラの分解機構の一つである。細胞がある種のストレス(アミノ酸飢餓、異常蛋白質・異常オルガネラの蓄積)に晒されると、細胞内にオートファゴソームが形成される。その後、分解標的分子を集積したオートファゴソームはリソソームと融合し標的分子と共に分解される(図4)[14]。このように、オートファジーは飢餓時の細胞内栄養素のリサイクル、ならびに異常蛋白・オルガネラの除去といった細胞内恒常性維持、浄化機構としての役割を担っている。つまり、我々の検討で認めた加齢に伴う異常ミトコンドリア蓄積は、加齢腎における潜在的なオートファジー活性の低下を意味する。飢餓に加え、低酸素もオートファジーを惹起するストレスの一つとして知られ

ている。我々の検討では、加齢腎で低酸素状態が亢進するが、老化した腎尿細管細胞では低酸素刺激に対するオートファジー活性の低下が確認された(図3)。一方、12か月齢からさらに12か月間のカロリー制限(40%制限)を加えたマウスにおいては、腎尿細管細胞での低酸素に対するオートファジー活性が保持され、異常ミトコンドリアの蓄積、腎機能障害は有意に改善を認めた(図3)。これらの結果は、加齢性腎病変の進展機構の解明において、低酸素に対する近位尿細管細胞のストレス応答制御機構、オートファジー調節機構の解明が重要であることを示唆するものであった(図5)。 そこで、オートファジー制御関連分子に関する検討を行った。Bnip3蛋白は低酸素状態でのオートファジー惹起に不可欠な蛋白として知られているが[15]、加齢腎尿細管細胞では、低酸素刺激下でもBnip3発現は有意に低

Pimonidazole(低酸素) Bnip3

LC3(オートファジー)

電顕(ミトコンドリア)

3か月齢マウス

24か月齢マウス

(自由摂取群

)24か月齢マウス

(カロリー制限群

)

図3.カロリー制限による加齢腎におけるオートファジーの活性化: 若年マウス腎尿細管細胞では低酸素も認めず、ミトコンドリア障害は生じない(上段)。加齢マウス腎尿細管では低酸素状態でのBnip3発現、オートファジー活性が低下し、異常ミトコンドリアが蓄積する(中段)。12か月間のカロリー制限により加齢マウス腎尿細管細胞においても、低酸素状態でのBnip3発現、オートファジー活性は保たれ、ミトコンドリア形態は保持される(下段)。白色点状シグナルはオートファゴゾーム形成を示す。(文献13より改変)

図4.オートファジー活性化制御機構: 飢餓状態、異常オルガネラの蓄積が生じると、細胞質内オートファジー関連蛋白のカスケード経路の活性化が生じ、オートファゴゾームが形成される。分解物質、オルガネラを含むオートファゴソームはリソソームと融合し(オートリソファゴソーム)、リソソーム酵素で分解される。

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下し、カロリー制限行うことで、この発現量が回復する事が明らかとなった(図4)。この結果は、近位尿細管細胞におけるBnip3発現調節が、加齢性腎病変進展に関わる

分子機構として重要な位置を占めていること示唆していた。

図5.腎尿細管細胞におけるストレス応答: 低酸素というストレスに対し、尿細管細胞はストレス応答としてオートファジーを惹起するが加齢ではオートファジー活性が低下し、低酸素刺激に対する細胞の脆弱性が亢進する。カロリー制限によりオートファジー活性、ストレス応答が回復する。

3. Sirt1と加齢性腎病変との関わり 加齢に伴う腎病変の進展機構ならびにカロリー制限による抑制機構におけるSirt1の関与を検討した。加齢マウス腎において、Sirt1発現量は有意に減少していた。転写因子FOXO3aはSirt1脱アセチル化活性の基質の一つである[16]。加齢腎において、FOXO3aのアセチル化は亢進しており、発現量のみならずSirt1活性も加齢腎において有意に低下していることが示唆された。一方、Sirt1活性は、12か月間のカロリー制限により、加齢腎という老化臓器においても増強しうることが確認された。 加齢腎で認められたSirt1の発現低下が腎病変に及ぼす影響を検討するため、Sirt1ヘテロ欠損マウスにおける12か月齢での腎病変を検討した。12か月齢のワイルドタイプマウスでは加齢に伴う変化は認めず、Sirt1ヘテロ欠損マウスでは12か月齢という早期から、24か月齢マウスと類似した加齢性腎病変を呈し、尿細管細胞での異常ミトコンドリア蓄積、腎機能障害を認めた(図6)。さらに、Sirt1ヘテロ欠損マウスにカロリー制限を行ったが、加齢に伴うミトコンドリア異常、腎病変は改善されず、カロリー制限による加齢性腎病変の進展抑制効果にはSirt1が不可欠であることが示された(図6)。 また、これらマウス腎尿細管細胞において、異常ミトコンドリア除去機構であるオートファジーの検討を行った結果、Sirt1ヘテロ欠損マウスでは低酸素刺激に対す

るオートファジー活性が低下し、カロリー制限によっても回復を認めなかった(図6)。この結果から、加齢に伴うオートファジー活性低下にSirt1発現の低下が関与し、カロリー制限によるオートファジー活性に回復にSirt1が不可欠であることが示唆された。

4. 低酸素刺激でのオートファジーにおけるSirt1の役割 我々の検討でも示されたように、Bnip3蛋白の発現誘導は低酸素刺激に伴うオートファジー誘導に不可欠である。そこで、Sirt1が腎低酸素状態でのBnip3発現誘導に関与しうるかを検討した。結果、12か月齢のSirt1ヘテロ欠損マウスの腎尿細管細胞において、低酸素に伴うBnip3発現は有意に減少し、その発現低下はカロリー制限によっても回復を認めなかった(図6)。これらの結果は、腎低酸素条件下において、Bnip3発現誘導にSirt1活性が不可欠であることを示している。 低酸素刺激に暴露された腎尿細管細胞において、脱アセチル化酵素Sirt1が如何にBnip3発現を調節し、オートファジーを誘導しうるのかを、培養近位尿細管細胞を用い検討した。結果、腎における転写因子Foxo3aの活性が、インスリンシグナルによるリン酸化とSirt1による脱アセチル化のバランスにより制御されており、その活性化が低酸素条件下でのBnip3発現誘導に必須であるこ

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とが明らかとなった。加齢で亢進する腎インスリンシグナルの亢進は、Foxo3aのリン酸化(不活性化)をもたらし、Bnip3発現、低酸素条件下でのオートファジーを抑制する。このオートファジー抑制はミトコンドリア酸化ストレスの増大をもたらし、細胞死を誘導する(図7左)。一方、

カロリー制限を行い、インスリンシグナルが抑制され、Sirt1が活性化した状況では、Foxo3aは脱リン酸化、脱アセチル化され、転写活性が増強する。結果、低酸素条件下でのBnip3発現、オートファジー活性が増強し、酸化ストレス軽減に繋がることが明らかとなった(図7右)。

野生型

Sirt1

+/-

(自由摂取群

)S

irt1

+/-

(カロリー制限群

)

Pimonidazole(低酸素) Bnip3

LC3(オートファジー)

電顕(ミトコンドリア)

図6.カロリー制限によるオートファジー活性化におけるSirt1の役割: 12か月齢野生型マウス腎尿細管細胞では低酸素に対するBnip3発現オートファジー活性が保持され、ミトコンドリア障害は生じない(上段)。12か月齢Sirt1ヘテロノックアウトマウス(Sirt1+/‐)腎尿細管では低酸素状態でのBnip3発現、オートファジー活性が低下し、異常ミトコンドリアが蓄積する(中段)。6か月間のカロリー制限によってもSirt1+/‐腎尿細管細胞では低酸素状態でのBnip3発現、オートファジー活性は回復しない(下段)。白矢頭:白色点状シグナルはオートファゴゾーム形成を示す。(文献13より改変)

図7.加齢腎におけるオートファジー抑制分子機構(左図): 過剰なインスリンシグナルは転写因子Foxo3aの核内移行を抑制し、オートファジー活性を抑制する。結果生じた酸化ストレスにより活性化され、アセチル化されたFoxo3aはアポトーシス誘導遺伝子発現を誘導し細胞死をもたらす。カロリ制限によるオートファジー活性化機構(右図): カロリー制限下ではFoxo3aは核内に局在し、Sirt1による脱アセチル化をうけ、オートファジー関連遺伝子、細胞周期制御遺伝子の発現を誘導し、細胞修復・保護をもたらす。

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5. Sirt1ならびにオートファジーの腎臓におけるその他の役割 近年、Sirt1の腎線維化における役割が明らかとなった[17]。マウスにおける片側尿管結紮(UUO)モデルは腎線維化モデルとして用いられるが、Sirt1ヘテロ欠損マウスにおいてUUOモデルを作成すると、野生型マウスに比べ、有意な線維化ならびにアポトーシスの悪化示すことが明らかとなっている。 腎臓は低酸素刺激に対し、エリスロポイエチンを産生し赤血球数を調節することで、全身の酸素代謝を制御している。近年、Sirt1がエリスロポイエチン産生に関わる転写因子Hif2αの脱アセチル化を介した活性化をもたらし、低酸素状態でのエリスロポイエチン産生を亢進させる事が報告された[18]。腎臓におけるSirt1は腎臓局所における低酸素に対する尿細管細胞のストレス応答のみならず、エリスロポイエチン産生を介した全身の酸素代謝制御も担っている。 我々の教室の検討では、Sirt1は酸化ストレスによるアポトーシスをp53の脱アセチル化を介し抑制すること[19]、また、サイトカインTGFβによるアポトーシスをsmad7の脱アセチル化を介し抑制することを明らかとしている[20]。メザンギウム細胞のアポトーシスは糸球体疾患の硬化病変の形成に関与している事が示唆されており、その抑制は糸球体硬化病変抑制に寄与する可能性が考えられる。 糸球体上皮細胞では、若年マウスにおいて、すでに恒常的オートファジー活性が認められ、加齢とともにその活性は低下する [21]。この加齢に伴う糸球体上皮細胞におけるオートファジー活性異常は、糸球体上皮細胞の機能異常、数的減少をもたらし、蛋白尿発症に関与しうる。

6. おわりに カロリー制限が、加齢や代謝異常に関わる様々な疾患に予防的に働くことは周知の事実であるが、その分子機構は未だ完全に明らかにされたとは言えない。老化に伴う近位尿細管細胞におけるオートファジー活性の低下は、ミトコンドリア異常をもたらし、腎障害の進展因子としてはたらく。また、カロリー制限による腎保護効果にはSirt1-オートファジー経路の活性化によるミトコンドリア保護が関与しうる。これらの結果は、臓器の老化に関わる分子機構の解明に一歩近づいたのみならず、Sirt1-オートファジー経路の活性化によるミトコンドリア保護、酸化ストレス産生の減少を標的とした抗老化治療の可能性を示唆している。今後、腎臓のみならず他臓器における検討も必要であるが、Sirt1-オートファジー経路の活性化が、慢性腎臓病を含む老化関連疾患における新たな治療標的となることを期待している。

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The role of Sirt1-dependent autophagy in age-associated renal tubular damage

Shinji Kume1), Hiroshi Maegawa1), Daisuke Koya2)1)Department of Medicine, Shiga University of Medical Science

2)Division of Endocrinology and Metabolism, Department of Internal Medicine, Kanazawa Medical University

 High prevalence of chronic kidney disease in the elderly patients is a health problem worldwide. Calorie restriction (CR) promotes life-span elongation in various species and decreases the incidence of age-associ-ated diseases such as atherosclerosis, cancer and also kidney disease in human subjects. Thus, to identify the molecular mechanism underling CR-mediated renoprotection may suggest the new therapeutic target for the prevention of chronic kidney diseases in the elderly patients. Based on the results from recent studies aiming to reveal the mechanism underlying CR-mediated life-span elongation in the lower species, both Sirt1 and autophagy have been identified as anti-aging factors. Growing evidences suggest that these fac-tors are involved in the pathogenesis of age-associated and metabolic diseases also in mammals. Also, our recent study has shown the renoprotective role of Sirt1-dependent autophagy in the kidney of aged mouse, which highlighted a new role of the Sirt1-autophagy axis on cellular adaptation to aging process. In this re-view, we would like to discuss about the role of Sirt1-dependent autophagy on CR-mediated renoprotection against aging. Key words:aged kidney, Sirt1, autophagy, mitochondria, hypoxia