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第二句集『外套』全
(原著より抜粋)
(選挙の花火 昭和三十年)
選挙の花火蕗に響きて日本貧し
鯉幟国貧しくて読む国民
紙の上に落ちて濃くなる枇杷の汁
樹ごと微動し町工場の花柘榴
昆布噛みて疲れ易きは芥子濃きゆえ
雀も直線に飛ぶ青無花果の朝空は
水滴の如く蛍が壁くだる
眼のまわりに虻つけて牛こちら向く
糸みみず塑像のごとく雲育つ
溶接面上げて蟬きくまだ若年
蝙蝠みえぬほどの残業の灯濃くなる
向日葵は胸張るごとし種子充ちて
驟雨過ぎ泥鰌の笊に泡ふくるる
納涼映画に頭うつして席を立つ
捕虫網墓に立てかけ樹をうかがう
足を較べて病父笑ましむ蟬の昼
糊こわき浴衣で立てば闇包む
夜学終え校門と駅を人がつなぐ
夜業の炉を焔溢れて交替済む
霜を掃くや犬がスカートに首つつこむ
冬の坂花舗の鏡へ花の裏
鵙を遥か火になる枯葉に息吹きこむ
偏頭痛にて濠凍る写真みる
降誕祭前夜睡魔と闘いおり
(木の教会
昭和三十一年)
一月十七日急性腎炎のため慶応大学病院に入院す。三月六日全快退院八句
田川博氏の糞尿瓶へ寒く尿る
雪の日は湯気立つ水で廊下拭く
雪の朝病者が残す魚の骨
音楽を商品めきて雪へ流す
牛乳配達枯木の中で柩と会う
足に力入れて凩にものを乾す
冬の朝日看護婦は帽に髪押し込む
ま 退院し子供の足に纏かれ寝る
今日を生き残雪へ降る橋の塵
父を励ます雪に木の立つクレオン画
麦の穂を壷に挿し読むマルコ伝
裾に蒸気を拡がらせ発つ冬の汽車
気球も霞む病後の眼細むれば
四月風宝籤売の裾めくれる
火を吹く煙突夕べ鯉幟降す頃
古き墓の間焚火を煙らせたり
赤ん坊泣き遠き火の見に人廻る
珊々と踏切は鳴り花木苺
病後の身かるく汗ばみ雲雀きく
牛の咆哮切なく強し夏濤へ
遠く炉の火夏日が透る壜の山
風呂屋零時へ灯して麦の穂あかるし
不器用に雲雀昇天基地の空
母の日や教会の木の椅子に傷
長男研作幼稚園を了う
劇に出て鼠の役や卒業す
蠅生れて飛ぶペンテコステの聖日に
驟雨擦過夜の電髪に指没す
野は陽炎水あれば必ず子ら囲む
亀を売る青年が持つ孤独の眼
働らく夏腕に血管怒らせて
梅雨こまかく睫毛につきて馬瞬く
餡ぱんの臍こちら向き不遇の時
実梅仰ぎて心で犯す罪かぞう
物言いしのみに空梅雨胸明るむ
爪噛む癖日焼け長女に遺伝せり
口利けぬ父の作りし薔薇開く
螢狩より帰り子供の頭を打てり
桃の葉繁り早や葉間に実を隠す
作業衣踏んで洗う七夕竹の下
い
の
祈禱るとき木の教会を梅雨つつむ
枇杷もぐや今朝沈みいるガスタンク
雨滴の粒枇杷の毛に乗る未明かな
枇杷たわわ庭に冴えたる捕球音
長男研作東京教育大学附属小学校に入学す
三句
一年生で一番小さく芽木の下
鯉幟を描きて鯉に歯をかきおり
黒板に揃つて出て書く「こいのぼり」
青田の中に小さき緑蔭墓のため
青田ゆく汽車に白扇の音せわし
鷺の飛ぶ青田も午後の灼けきびし
工場の便所に裸の肩見えカマス匂う
海に太陽錆びし鉄管に圧潜み
裏から飲屋見えて夜涼の旅始まる
蠅交尾して空港の菊に乗る
秋風やほのかに揺るる鐘の舌
光太郎の詩バスで唱われ雲海越す
稲の中雀追うため黒き旗
灯が強くなるまで遊ぶ時惜しむ
仁丹を歩廊にこぼす寒き朝
子と共に楽譜を読むと白息す
逃げし音の如く父より逃げしもの
物言えぬ父の頭を刈る暖き冬
寿ぐ日パンに沈める乾葡萄
ひとむらコスモス野は枯れ急ぎ河光らせ
樹を白く塗粧せり商クリスマス
聖前夜の硝子の中に稲荷鮨
鼻赤く枯野を背にす傘直し
(神の話
昭和三十二年)
卵積むとき白息を静かにす
不遇にて買う水仙は月の色
梅ふふむ海を埋立つ青写真
春の水に砥石の裾は屈折す
傘をぴんと張つて干す庭鶯来
厚きジャケツ填まる修道尼の袖口
紅梅の幹に通うは神の血か
木の芽どき風船の口みだらなり
神の話を聞きし足にて氷滑る
寒柝のうしろに蹤きぬ湯の帰り
紙箱の中に聖樹の星填める
寒い艀の上で谺がすれちがう
暗い早春土蔵の壁に山かぶさる
尾を固く巻きし犬ゆき峡の桜
しし
法華太鼓籠にさざえの肉うごき
納豆売りが春眠さます磯の道
桜貝燈台のガラス緑濃く
春寒の鹿泪ぐむ海の公園
造路機械梅雨で休めば直ぐ銹びだす
胡桃の芽緬羊の耳は毛に埋まる
冬の旅黄味偏れる茹卵
予備校が揚ぐるバルーン枯れし空
心暗きとき雪片の白く降る
桜おそし雲おりて峡青く見ゆ
湯上りの眼鏡曇らせ山の桜
山の湯の桜の下で嬰児ゆする
風船逃げ緬羊が嘗める女の手
蝶は寄る道に落ちたる菜屑にも
小鳥の餌を売つて食う店孔雀草
こ
痣の娘も単語暗記す梅雨のバス
額の花を提げて舗道の雨に映る
初燕内臓模型子と眺むる
湖の太陽暑し真黒な犬の乳首
夜桜に着く噴水の頭が見えて
雨の桜駅に積まるる鳩の籠
火夫容れて休む汽缶車蝶に囲まる
鶯高く雲のへり飛び田水沸く
心弱る日々百日草の勁き花
海濁り頂灼ける墓の石
マスカットが始めての子へ買つて笑む
朝顔駅に向かつて開きひよこの声
金木犀口利けぬ父馬のごとし
食後の葡萄クレーンは肱張つて休む
き
夏帽を手に被せている小さき遺児
木枯の足場秩序を作る声
瞼赤き梟飼わる瀧の音
林檎たわわ雪嶺までの光る距離
冬の管楽器の輪の中に首入れて吹く
胡桃充ち迷路の如き肉蔵す
稲妻の豊かなる夜の峡の稲
相撲せし子を抱いて寝る冬隣
ぱん
汽車と蝶少年の麺麭長くもつ
草刈より帰る二人目が池に映り
薔薇の実やリルケは今も筆若し
稲妻が濡らしし巌に虫ひそむ
朝靄とすれちがう山の牛乳屋
オートンヌ
仏語で秋長女横向きにお下げ編む
唐芥子朱き道行く滝めざし
葱畑に冬を働らく紺いきいき
菊へまぢかに耳向けて読むパスカル伝
蒲公英の綿毛が欠けて雪嶺成る
朝凩牛乳花のごと届く
あわ
外は雪鍛造音に息併す
木の実降る遠くで甘く死が呼ぶ日
船白く過ぐ海苔粗朶の遠き沖
寒くもみ手し来る葬儀屋のベレー帽
(富士の白扇
昭和三十三年)
次の結滞を待つやはげしき枯れの中
映画のビラの眼鋲で刺されつ強き霜
頭重き冬の日ことに神は近し
ひ
鉄板踏む鳩や煙霧の隅暾ざす
うつむく停年者を送る拍手と白息で
鼻強くかむ見えざるものに執着し
外套の中で輪ゴムを爪はじく
スクールバスへ走つて小さく吾子白息
不随意の指拈華のごとし遊ぶ父
歩廊で商い寒気を防ぐネッカチフ
海苔が填まつたガラスで直す髪形
子が乗りて田の薄氷を白めたる
ロードローラー往復す喪の家の前
老萌す土筆の胞子地へ降る夜
青き五月の熱帯魚槽を泡上る
闇米売行く連翹も葉交りに
道が遊び場海棠玩具めきて咲く
黒い鯉幟硝子の中に蜂狂う
基督者死刑囚の菫の押花少女の蔵
喪家へ矢印落花の道と共に曲る
芽木耀るや富士の白扇遠泛び
蓮華田に着き白鷺が翅たたむ
逝く春父の無償の愛の手紙束
蒲公英の絮が着きたる鹿の背
罪のごとく瘤負つて駱駝緑蔭に
胸隆き少女へ象の鼻彎曲
鬼灯市天狗の面が雨を享く
厨楽し泣くキャベツ押しつけて刻む
被爆地の雨を溜めたる枇杷の臍
いぼ
植木市へ疣のさわれる子の手引く
田の形千差万別桃太る
朝顔と消え組織が忘る停年者
炎天を来て死に近き友を怖る
踏まれたる蟻が鬚振り生きている
花石榴隣り合い憎みあい事務をとる
午前白くはや鶏頭の酔つた茎
春の蔬菜カタログ読みて旅に出たし
数珠を売る身延の町に銀河濃し
水音や芭蕉へ隠る天の川
野分の川海へ刺さりて濁しけり
卓布涼しパセリー落し墨こぼす
頭重し焚火を過ぎて振り返る
坂の秋犬が犬見る眼の真剣
氷鋸く音教会の木の椅子へ
苗代の濃き短冊へ人の影
昏れる広島刺青に添えし氷片に
身延のダリヤ雨傘ついて尼僧たち
枯野ゆく汽車に狩猟家の肱枕
日を吸つて鳶の輪を入れ冬田あり
坂に橙血を出しし犬主婦に蹤く
川寒しネオンの裏でビル明るむ
枯木が支え雲に追込む朝日の尻
静かなる獅子の瞬き年つまる
海澄んで茶の花を翔んでくるもの待つ
(ネロの首
昭和三十四年)
雫育ち梅を映して枝を離る
ぶどう棚は芽を用意せり緊まる天
帰る人聖樹に触れて星を揺らす
靴に映る火色美し暖炉鳴る
マスク厠に落しそのまま棄てゆきし
物云へぬ父の風邪声あわれなり
痒い胴水底へ摺り春の鯉
炭引きて汚す紅梅の下の土
桃咲けり皿にこつてり餡の山
眠つて通過冬の高炉に灯の鈴生り
晩く水飲む厨に光る芹の束
母と並んで坐る木の椅子復活祭
初蝶を見し目つぶつて神見えず
夕花菜雨をさそいて遠き城
職安の門でくびれて花下の列
夾竹桃羅馬に残るネロの鞭
南瓜の蔓棕櫚に登つて樹頭に花
金木犀父のベレーへ蜂近づく
虫の原にアドバルーンの萎む角
昼は燃えし鶏頭の辺に虫襖
…五月より七月にかけ社用にて米、英、スエーデン、独、ベルギー、仏、伊、
スイス等を旅行す…
ハワイ
明けやすき椰子が葉乱し林なす
ニューヨーク二句
黒い鳩老人汗し公園に
製缶会社のネオンが涼し墓の裾
セントポール二句
永き日のシャツを乾かし傍で書く
水打ちし芝へ栗鼠来る駒鳥来る
大西洋機上
夕焼の雲の上にて名刺交す
ロンドン
隠れん坊の子を青く染め緑蔭あり
ベルギー五句
麦秋の家族を統べて農機械
芥子尽きて蕗が埋める城の裾
牧場へ蘺したたか萌えて谷を越す
麦秋の野芥子は似たりゴッホの地
麦秋の野を緊めて立つ古砦
スイス六句
麦秋の芥子は血のごと野に滴たる
耕耘機に蹤いて犬馳せスイスの野
麦秋の地平を容れて薔薇の門
葡萄の芽天を模索すスイスの野
蒲公英の絮レマン湖へ向いて発つ
雪嶺の下蜜蜂の箱ならぶ
藁塚作り止めず金星灯つても
怒る朝溝も氷つて歯のごとし
い
笛が率て霜の体操跳躍から
卵に血ひとつ点為し寒に入る
(三角の蓮華田
昭和三十五年)
翅畳み樹脂に刺さりて山の蝶
湯上り夫婦ピンポンを見る早咲桜
昼花火球根の根が壜充たす
連翹が雲雀の道を遠くせり
辛夷咲くや痛いほど子に優しくす
春の月走つても子に負ける齢
跼んで退る穂麦の中の紺絣
紫雲英田にひらひら振う牛の耳
昼花火サボテン園に強い影
遠くに辛夷水中潜る櫂の先
後肢もて仔豚を下げぬ菫の道
昼花火撮影モデル落馬せり
山焼くや沖へ光つて汐路見ゆ
麦秋の丘を刻んで団地成る
氷塊を鋸が往き来す蟬時雨
春昼の空鉄骨に微分さる
蓮華田踏む変容という事ありや
へり
燥く冬崖に金なす笹の縁
手鞠つく傍に水仙貧血す
夜学生容れて母校の枯木秀づ
くち
手鏡に刈田映して唇作る
おびこう
帯鋼走る殺気と熱気の辺に汗す
おどし
危機を肩に古い鎧の赤威
狭き空に電波充満蠅生る
一花ごと自分を大切にと菫押す
鴉鳴き谷に青紫蘇香を放つ
金魚屋の手鼻燥いた山の町
遠い山の墓に人見え蟬の壁
かきつばた
傷心は母の遺伝か杜若
滴りや群れて背が出る山の鯉
泉声やふやけたような鯉の色
三角の蓮華田何を為すべきか
創始者の銅像梅の中に凍て
雪の坂留守の葬儀屋で電話鳴る
ひ 残雪や刻々に生く木を鋸いて
水郷五句
壁にけら暗き水行く機動音
対岸の枯葦をゆく灯の輪あり
北斗星水路網なす稲舟に
人声を水が伝えつ十日月
刈葦に寄せ遊船の暗き階
澄み昏みナイターは灯の盤掲ぐ
陽をふふむ風が通れり浮葉の上
剃刀の刃が落ちて浮く冬の水
晒粉はセクスの匂い冬老いざれ
遊園地冬ざれて剥げ木馬の眼
サボテンの棘埃を載せて白き冬
菊畑の正しき四角富士の下
歯科医の台に頭据えられ梅を見る
(氷湖
昭和三十六年)
一月五日から二月六日まで社用にてアメリカへ旅行す
ニウヨーク州の氷湖
にて
三句
氷湖へ集う日曜家族夕焼す
眠れぬ夜万の枯木の眠る息
まがね
鳥発つて氷湖傷つく鉄の刃
ある雪の朝、ニウヨークにて
五句
手袋を書物に挟む雪の朝
黒人の子と引率教師雪に跳ね
黒人の掌に霰数顆やハレムの中
仕える宿命黒人雪に唾を吐く
雪の汽車滑る少女の瞬きに
ウェーキ島十句
塩つぽいベッド夜暑く海は哭き
明け易き海より声は荒御魂
大宿蟹隠るる草の廃砲座
珊瑚礁の海青み底に廃戦車
荒海や遊魂来る汗の夢
汗の帽脱る一握の戦死塚
戦史聞く銃痕砲座虹の中
外人シャツで荒海に向き物抛る
廃戦車を埋めて作れる道草蒸す
珊瑚礁へ船首刺さつて日本艦
春の水郷
六句
土堤の山羊菫の花へ耳こする
松の花犬も扁舟に客の顔
舟で運ぶ嫁入道具真菰の芽
足繁く土堤の霞ふみサイクリスト
忍び足で水路ゆく舟蝶が蹤く
春田行く無口の人に釣のバッヂ
春来る摺餌の深き緑より
落花の路鳶職が子を溺愛す
陽が粘り括り桑縄ほどく刻
つが 番
い鴨風呂敷に乗る夫婦の尻
農夫乗せ麦の絨毯梅に尽く
天道虫縁伝う缶ビール飲む
蕗は花に耕耘機洗う山の水
山菫毛根尺余人造湖
満員のバスで逃げたる山の蟹
山火事の音の上ゆく風船あり
醒め切らぬ目で連翹の垣に沿う
物の芽や宿直室に煮える湯気
朝日得て城も辛夷も白耀く
旅で持つ沈黙は金春田見て
寝る前に新婦の日記遅桜
梨の花の下を跼んで土均らす
釘の如く老いて耕す蓮華田を
楽器になる板は幸福花は過ぎつ
雪嶺を見て耕して長命す
颱風前豆腐屋の湿気道に出ず
行春や水に沈める薔薇の棘
渡舟の中で耳ふるう牛虹の中
湯ざめせり落花はげしく水に降り
二階の部屋八重桜より蜂が来る
鯉幟影は花菜を滅多打ち
薔薇挿して鉛筆の香を愛すなり
己が活けし薔薇へ礼してわが少女
緑の五月口を叩いて欠伸しずむ
赤ん坊の頭ふやふや苗代見す
箱根六句
木漏れ陽に犬は寝ね百日草は立つ
驟雨過の緑が煽り崖暗む
干梅に塩きらきらと強羅の日
錆の如き枯紫陽花へ山の音
蟬の息浴湯に女屈折す
切れそうな薄の葉抱く赤蜻蛉
お
ゴルフ場へのし餅形の靄降りたり
金魚売の日焼奥眼に死の灰降る
ラッパ練習堤に挙げた大きな月
羽蟻手に止めて小さき救待つ
政治を怒る夏ベレー裏地の旗模様
先へ寝し妻いびき立て梅雨深む
冷えたジュース一口飲んで子にやる母
夏終る線路に飛んだ麦稈帽
日曜大工へ静かに重し黄のダリヤ
秋の行楽女が取つた知恵の席
名月へ頭出したり栗の虫
犬が来て泉を飲めり移る鵙
炎透けて運河へ夏の暮色来る
脚折れし犬になつかれ朝顔垣
串を壺に店開けしばかり月の運河
伊豆五句
松の花磯の白波横走る
山のように草負つて細き尿する
雨の伊豆鴉つかまり稲しなう
修羅落し稲田を刺さんばかりなり
霧に育ち名の無き草も凛と張る
日は強し機関車に挿す薔薇一枝
秋夜湯にあごまで浸る未生の如
雪晴れの雀を放つ葎あり
陸橋に遠き海見る涼しい眼
(白い隙
昭和三十七年)
ひび
ま
沖寒く海苔卷の間の白い隙
口中にカレーがほてる夜寒かな
拙劣に夜寒火起す独りもの
葱畑後ろの山は雪装す
武装して猟師厠を出で来る
妻が押す稲車今悪路出づ
すすき
銀の薄煙の中が子の遊び場
十一月七日より九日まで会社二十年勤続記念に許されて妻と蒲郡、名古屋、篠島、伊良湖に二泊三日の
旅行
十二句
畦を焼き深き曇りに火色見す
妻起す富士の真下の菊畑
菊花展と天主を結ぶ飛行雲
伊良湖を包む日矢荘厳に船揺るる
路に来る鶺鴒と取り立ての鯛の刺身
つわ 石
蕗の坂負い網の中で鯛はねる
冬暖き島の旅館で手を出し寝る
海岸灯つて島暖かく機動音
したたか老い石蕗の島から島をみる
前掛で栗磨き皿に盛る少年
菊花展へ埃ともない遠足来
砂吹く西風石蕗はぱつちり童のごと
巡回の灯の輪を遠くから聖樹へ
銭落ちし音の喚び出す聖夜楽
環状線餅つく家の見下さる
さなか
礼拝の
中の暖炉つぎ足さる
木に居る子供ら小さい湾に鷗集め
(人生読本
昭和三十七年)
靴屋の鏡に靴と映つた冬の貌
部長の批判独り牡蠣喰う隣卓に
枯野の灯を囲む光の棘あたらし
愛うするる靴下継ぎもなくなりて
枯野駅を発つ車掌のみ首を出し
貨車の扉で加減乗除や萌ゆる土
土より芽物言えぬ父に猫なつく
竹挿して芽ぐむもの待つ山ふところ
百葉箱遠くに麦の畝ととのう
畦塗りの引きし田水に雨刺さる
山遠のき春田拡がる上り汽車
消防士整列燕地をかすめ
五月祭緑のペンキすぐなくなる
犬交る街へ向けたり眼の模型
母子草灯火に光る夜を大切に
杉の葉に長く蜂おり怠ける日
連翹の光が立てり雨の朝
傘の主婦に犬濡れて蹤く桃の村
諏訪湖三句
湖水開き花火師の自転車突堤に
苗代造りの一家切株に魔法瓶
ぬさ
いくさ
苗代造り幣白く諏訪の戦神
小梅線清里へ
十二句
燕が突つ切る汽車の蒸気濃し
明け易く山の倒影信濃の田
羊歯の葉が捧ぐ高原の太陽を
囀りの中で自炊のキャベツいたむ
ま
昼花火郭公の間を狂わせつ
遠郭公ゲエテのような眼欲し
滝に来て紋白蝶のひき返す
白樺の柵より子負う
高駅
まなこ
井戸で洗面濡れた眼へ青八つ岳
遅き藤滝はそこより激ち落つ
しょいこ
草刈女の背負籠へ落ちし双つ蝶
選挙の連呼遠き植田へ声とどかせ
囲われて駱駝は遠き藤をみる
今日の危機負い薔薇のアーチの強く反り
魔法瓶泣いて短夜の稿苦し
戦中作家鉛筆嘗めて藤の句を
青葡萄客ある隣の灯妬まし
蝌蚪の眼のごとくやさしく子に対す
働く駅夫梅雨の合羽は雲の色
人に逢わざりし短夜を読み埋む
夕立前すれ違うコック
カレーの香
薄羽かげろう人生読本に居睡れる
鳥の眼の如き種子もち梨の芯
鳳仙花鶏の如くに汚れ立つ
ピーマンの青き拳や核戦争
子と野球葡萄の蔓を擦つた球
疲れて帰り牡丹包みし紙解かず
夾竹桃運河に映り歯が痛し
鵙の声真似土竜の土を足で踏む子
鵙が奏でて桃色の沖遠くあり
コートの石炭角は濃く溜り曼珠沙華
立てば墓見ゆる窓あり冬籠
茶の花や医やすという語傷のため
鵙に似た打鋲音より枯れはじむ
手紙焼く炎を消して年も果つ
神ありと決めし眼で読む冬の星
雪嶺を截つて硝子を露が下る
(使徒行伝 昭和三十八年)
読み初めの使徒行伝へ鳥語和す
老父
物云えず新年を祝ぎ失禁す
神を讃う寒夜五人の聖歌隊
硝子負い寒波の天を映しゆく
寒や爆音歯をむき水漬く犬の屍
新年の夕焼沈む坂の果
きんきんと寒し買初めにミレー伝
猫との会話で始まる雪の日の婢
籾殻より白眼を剥きぬ寒卵
息白く吐きてテレビは賊たおす
裸体操枯木を百の声透り
かつぎ屋の空いた右手に椿の枝
貨車が通る立体交差辛夷咲き
汽缶車の笛が珍らしく手鞠止む
夕凍みて廊に守衛は鍵鳴らす
鰯雲が空のそばかす没日後
茎立や虐げていねば心緩ぶ
罪のごとホースで縛し糞尿車
肥満しており外套へこぼす飯
山湖眩ゆく白鳥へ抛るパンの耳
種鶏頭を抜いて携う厳しく老い
冬晴の感謝で始む祈の語
単車の鏡をつぎつぎと去り冬木なり
兎箱へ冬木より落つ
後の葉
鶺鴒の来ている工場不況つづき
伊豆の旅
(一)八句
白沙に逼り緑濃く揚る波の裏
変電所に白の氾濫麦二寸
史蹟古り雨滴びつしり麦の畝
光る山傘さして少年麦を踏む
桜に早く傘の少年田を横ぎる
農夫鋤振る花菜がそこを明るくし
紅梅や古りゆくものに我自身
種子蒔く少年反射炉は立つ山裾に
伊豆の旅
(二)五句
連翹の光束あまた海暗く
桜花一片紛るる暗き竹林に
ぐみの花に降り出でて沖はがね色
海荒るる日花大根まで舟引き上ぐ
捕虫網数多仕入れし山の店
椿で道草し分度器を落したり
風が割る森祭太鼓の弾み出づ
笑いが生む水輪のごとき汗の皺
卓にパン焦す春暁は灯が強く
洋弓の的の真上に雪の富士
暖房車に柏戸のいる茶畑添い
棒のように赤ん坊を抱き花冷えに
潮来・鹿島・銚子
新宿より水郷一号にて佐原へ
三句
膝の窪みに咲かす冷凍蜜柑の房
鉄道が割りて蔭がち蟬の森
青田風強く吹き髪の根が痛し
鹿島の海
十一句
削氷機の氷塊廻す海の紺
くらげ
海月の肉渚に寒く盛り上る
海浜学校の制し切れずに逸る旗
林間学校の強い木漏れ日誰ねらう
脚のぞく砂丘のテント風胎み
海より帰る子浮輪に入つて道歩く
潮つめたし足裏の砂を奪い退く
南風へ舟出ガソリン砂に注ぎこぼし
鳩の羽拾う蜩の森背負い
積乱雲沖に伸び上り乳のぞく
土間に西瓜累々とおき農婦妊む
銚子四句
巌に散らばる黄帽の児童ら笛で呼ぶ
上
る波透きて昆布の躍る見ゆ
海に潜り麦稈帽は岩に置く
教師と子の訛の対話磯遊び
暖かし猫につきたる子の刈毛
春惜みかつ犯人の捕縛まつ
霧ふかき朝の残置灯森のふち
山の日に感光したる黒フィルム
夏の星トルソが残つた教室に
使いつつ直す歯信仰のように
北で日蝕捕えしという涼しき日
株価暴落眼の下涼しくメンソラ塗り
蠅がねらう干鱈の二等辺三角形
祝花の菊みな前向けてあるはいやし
海側の片肘を焼く小さき旅
手花火を百日草へ降らせけり
鍵穴より百合が匂へり日曜日
朝顔へ陽を遮つて発つ帆あり
朝顔がひよこを隠す出勤前
朝顔の紺へ落せる雀の語
朝顔みつつかくしの中の鍵たしかむ
祭で買いし吹矢をすぐに木に試す
風強し逃げる綿菓子箸で追う
新聞少年の日団地のうらへ鵙迫る
刈田を歩く農夫の歩幅解放され
夕焼のあとの稲妻画廊にて
日曜画家曼珠沙華の沼を緑に塗る
稲妻やにわかに立ちし樹下の牛
削り立ての木に止り赤蜻蛉影赤し
鰯雲屑屋は踏んで嵩減らす
脱穀のおそき仕舞は月の出づ
匂いに鋭く冬の一日人嫌う
光が行き牛が蹤く葦枯れし中
夜に入つて秋雨強し肉は焼け
物云わぬ拡声器あり冬の壁
街切れて夜番の灯の輪木に遊ぶ
デパート売場で西鶴を買う年の暮
城山ダム予定地
六句
枯れ切つて通る者待ついのこづち
ダム予定地の落葉と走り新聞少年
山の葱笛のごとくに寒気溜め
移住者の
後のトラック芭蕉積む
冬日見る指の間を血色にして
磧で食事山百合の根を大切に置き
(雪の折檻
昭和三十九年)
一月の樹間緊つて鵙通す
輪飾りの裾噛んでいる朝寝の戸
婚礼の自動車と会う椿の坂
裏よりみる記念撮影枯芝に
雪の朝破魔矢を傘に添えて持つ
氷踏んであかつき駅の強い灯へ
水中を木の実が流れ鵙の晴
修道尼の吊鐘マント戸がはさむ
試練の冬吊革の手が祈りの手
傘に載る雨滴が透けて枯木混む
駅の屋根の角錐みれば春近し
透明に朝焼が消え椿の崖
薪割るは私用の力工事現場
凧の絵の武者に睨まれ同衾す
落凧へ走る少年糸に沿い
糸尽きて凧雪嶺の上になる
日向ぼこ老父の眼鏡日を聚む
北風当るビルに喰い込む強き灯あり
睡い欠伸より未明の枯木幾つも吐き
めつむ
外套も疲れ釦穴瞑らず
ブルドーザー匍匐して更け牡丹雪
眼のようなストーヴの火孔睡り来る
フォークダンスの冬夜つなぐ手胸の高さ
残雪へ灯の輪をあてて橋さがす
眠りの端を夜番が過ぎて雪消えず
外套男女睦む足下に弱き波
竹屋の影墓を貫ぬき日脚のぶ
花菜漬子は大島へ行く船中か
紅梅やすさまじき老手鏡に
獄死せし人の遺著売れ寒椿
辛夷咲き鉱物的に空ちぢまる
定置網の口桃の咲く陸に向く
伊東公園木下杢太郎文学碑
落椿沖に艦いて詩碑しずか
日に酔つて桜の上のペンキ工
雨はげし連翹は黄を溶かし出す
遠い桜緻密に嵌めて神の森
五月のみちのく
上野より青森へ。同行は妻と長女。四句
旅行で発つリュックに吊す麦稈帽
駅の夜桜別れの人の掌みな北向く
墓と共に住み開拓す春の山
測量の片手振る春樅の山
青森より八甲田山を経て十和田湖へ
六句
雪に傷みて育ちし橅の瘤隆起す
畸形の橅は雪の折檻八甲田山
主頂の紺は残雪のゆえ樅尖る
水芭蕉山頂の日は旋廻す
新婚者と滝を弾ませ観光バス
荒い雨音木の芽を急ぐ山上湖
男鹿半島遊覧
八句
男鹿包む霧が明るく晴れ萌す
地図の海の色菜の花の上に置く
巌あれば白波を置き男鹿の菫
桜貝さがす妻のうしろ手荒磯に
岩間に捕りしもの母に見す東風の中
妻と娘が使う鏡台芽木の中
馬を牽く馬子の威厳や蓮華道
耕馬いななくたびに辛夷の白は褪す
浮葉みるや水に映つて雲雀発つ
名言に一日鼓舞さる桐の花
氷問屋弔花でかこまる岬の町
畑に出て皮を脱ぐ竹灯台村
合歓の花今日休診の岬の医院
泳ぎのあと指輪の裏に水たまる