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熊本大学薬学部 医療薬剤学分野 丸山 徹 酸化ストレス疾患と育薬 平成21年度 大阪大学薬学部 卒後研修会 「薬物治療の最前線」 酸化ストレスと肝疾患 酸化ストレスと高血圧 酸化ストレスと神経疾患 生命活動を維持するために約430 L/day の酸素を消費する Introduction →生体内でのエネルギー産生、感染防御などを行うために 使われている バランスの崩壊 酸化ストレス 数% 活性酸素種(ROS) NO スーパーオキシド(O 2 ・‐ ) ヒドロキシラジカル(HO ) 過酸化水素(H 2 O 2 ) 次亜塩素酸(HOCl) 一酸化窒素(NO)など Introduction 肝臓の機能 ・胆汁の産生 ・脂質、タンパク質などの代謝 ・解毒作用 代謝の過程で多量の活性酸素種(ROS)を産生する 酸化ストレス状態に陥りやすい!! 酸化ストレスは様々な肝疾患と深く関与している 肝臓における酸化ストレス 肝細胞 Kupffer細胞 反応性に富むROSの産生 ・ミトコンドリアによる脂肪酸のβ酸化 ・小胞体によるアルコール、薬剤の代謝 peroxisomeによる脂肪酸のβ酸化 酸化ストレス 状態 サイトカイン (TNF-α) Kupffer 細胞 活性化 炎症 酸化ストレス 肝疾患と酸化ストレス ・非アルコール性脂肪性肝炎 (NSAH) FFA 中性脂肪として蓄積 ミトコンドリア 小胞体 peroxisome ROS 産生 酸化ストレス 状態 C型肝炎 HCV HCV増殖 Core蛋白(HCV蛋白) 障害 酸化ストレス 状態 FFA:遊離脂肪酸

酸化ストレスと肝疾患 酸化ストレス疾患と育薬 酸 …熊本大学薬学部 医療薬剤学分野 丸山 徹 酸化ストレス疾患と育薬 平成21年度 大阪大学薬学部

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Page 1: 酸化ストレスと肝疾患 酸化ストレス疾患と育薬 酸 …熊本大学薬学部 医療薬剤学分野 丸山 徹 酸化ストレス疾患と育薬 平成21年度 大阪大学薬学部

熊本大学薬学部医療薬剤学分野

 丸山 徹

酸化ストレス疾患と育薬

平成21年度 大阪大学薬学部 卒後研修会

「薬物治療の最前線」○ 酸化ストレスと肝疾患○ 酸化ストレスと高血圧○ 酸化ストレスと神経疾患

生命活動を維持するために約430 L/day の酸素を消費する

Introduction

→生体内でのエネルギー産生、感染防御などを行うために  使われている

バランスの崩壊

   酸化ストレス  

数%

活性酸素種(ROS)NO

スーパーオキシド(O2・‐)

ヒドロキシラジカル(HO・)過酸化水素(H2O2)次亜塩素酸(HOCl)一酸化窒素(NO)など

Introduction

肝臓の機能

・胆汁の産生

・脂質、タンパク質などの代謝

・解毒作用

代謝の過程で多量の活性酸素種(ROS)を産生する

酸化ストレス状態に陥りやすい!!

酸化ストレスは様々な肝疾患と深く関与している

肝臓における酸化ストレス肝細胞

Kupffer細胞

反応性に富むROSの産生

・ミトコンドリアによる脂肪酸のβ酸化・小胞体によるアルコール、薬剤の代謝・peroxisomeによる脂肪酸のβ酸化

酸化ストレス状態

サイトカイン(TNF-α)

Kupffer細胞

活性化炎症

酸化ストレス

肝疾患と酸化ストレス・非アルコール性脂肪性肝炎

(NSAH)

脂肪

FFA

中性脂肪として蓄積

ミトコンドリア

小胞体

peroxisomeROS産生

酸化ストレス状態

・C型肝炎

HCV

HCV増殖 Core蛋白(HCV蛋白)

障害

酸化ストレス状態

※FFA:遊離脂肪酸

Page 2: 酸化ストレスと肝疾患 酸化ストレス疾患と育薬 酸 …熊本大学薬学部 医療薬剤学分野 丸山 徹 酸化ストレス疾患と育薬 平成21年度 大阪大学薬学部

肝疾患と鉄沈着

NASHC型肝炎

hepcidin

トランスフェリン受容体

鉄 鉄沈着

フェントン反応

ROS産生

酸化ストレス状態

酸化ストレスとⅡ型糖尿病

・NASHTNF-α

多量のFFA門脈

Kupffer細胞

肝臓へ流入

TNF-αFFA

インスリン抵抗性Ⅱ型糖尿病

・C型肝炎

Kupffer細胞

酸化ストレス状態

TNF-α

酸化ストレスと肝癌

C型肝炎

HCV

酸化的DNA障害を出発点にした遺伝子の変異+

酸化ストレスによる発癌に向かうシグナル伝達促進

酸化ストレスは肝癌発症の重要な因子である

酸化ストレス状態

まとめHCV

免疫的腫瘍監視能低下

感染

樹状細胞リンパ系細胞

機能低下

(NK細胞  )

(HCV特異CTL )

感染

肝細胞

酸化ストレス

持続感染

鉄沈着

生活習慣飲酒

肥満

インスリン抵抗性(糖尿病)

持続炎症

肝硬変

発癌 !発癌 !

図1

○ 酸化ストレスと肝疾患○ 酸化ストレスと高血圧○ 酸化ストレスと神経疾患

生産系

Introduc)on

Superoxidedismutase(SOD)

KatalaseThioredoxin

ReactiveOxygenSpecies(ROS)

消去系

バランスの不均衡により酸化ストレス状態におちいる!!

酸化ストレス

高血圧

ROS産生 心機能障害

酸化ストレスによる高血圧発症

高血圧によるROS産生メカニズム

酸化ストレスによるROS産生メカニズム

酸化ストレスと高血圧との関り

Page 3: 酸化ストレスと肝疾患 酸化ストレス疾患と育薬 酸 …熊本大学薬学部 医療薬剤学分野 丸山 徹 酸化ストレス疾患と育薬 平成21年度 大阪大学薬学部

酸化ストレスによる高血圧発症

Ca2+ポンプ

:Caイオン

 buthionine sulfoximine(BSO)グルタチオン合成酵素阻害薬

平滑筋収縮

血管収縮

H2O2 H2O

還元型グルタチオン

酸化型グルタチオン

O2‐

SOD

血圧

酸化ストレスが高血圧発症に関与

ROSが高血圧の発症に関与している!?

酸化

弛緩

Fig. 1A, 1B, 高血圧によるROS産生メカニズム

Fig. 1A Fig. 1B

B平滑筋細胞 内皮細胞

A :ストレスあり:ストレスなし

血管血管平滑筋内皮細胞

血液

せん断応力=内部摩擦

伸展張力

このROSはNADPH oxidase 阻害薬のdiphenyliodonium(DPI)の前処置によって抑制

血管ストレスの増加はNADPH oxidase活性を介した

ROSを産生する

Fig. 2 酸化ストレスによるROS産生メカニズム

酸化ストレスによりNADPH oxidase活性を介した

ROSを産生する

Ex vivoH2O2

血管に添加

PKC c-SrcP13K

GEF

上皮成長因子受容体 (EGFR)

GTPRac

GDPRac

Gq

Angiotensin Ⅱ AT1

Fig. 2 ROS

ROS

小括

高血圧

血管ストレスの増加血管収縮など

ROS

Angiotensin ⅡNADPH  oxidase

EGFRc-Src

生産系

Superoxidedismutase(SOD)

KatalaseThioredoxin

ReactiveOxygenSpecies(ROS)

消去系

バランスの不均衡により酸化ストレス状態におちいる!!

酸化ストレス

高血圧

ROS産生 心機能障害

酸化ストレスと内皮機能障害 ー 動脈硬化病変

酸化ストレスと心不全

酸化ストレス ー 内皮機能障害と左室拡張機能障害

酸化ストレスと心機能障害

酸化ストレスと内皮機能障害 ー 動脈硬化

血管ストレスアンジオテンシン Ⅱ上皮成長因子受容体

 etc. ROS

喫煙高血圧糖尿病

高コレステロール血症

動脈硬化

障害

相関性

動脈硬化の発生機序

ROS

VCAM ‐ 1

ICAM ‐ 1

MCP ‐ 1

NO

内皮細胞

動脈硬化の悪化!!

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Fig. 3, Table 3 酸化ストレスと心不全

プラセボ アスコルビン酸p

Baseline one month difference Baseline one month differenceAI(%) 28.0±7.4 27.5±6.7 -0.5 26.8±5.5 22.5±6.8 -4.3 0.03

Tr(msec) 138.5±10.2 138.1±8.9 -0.4 137.1±12.6 143.4±9.2 + 6.3 <0.01

圧波形=順行性成分 + 反射波成分

2型糖尿病患者へのアスコルビン酸の投与Table 3

 内皮機能障害

左室の後負荷      増大!!

増大

末梢側

反射波速度が

ROS

AI : 脈圧に占める反射波の割合 Ag/脈圧

Fig. 3

心不全

動脈硬化指標

Ag

Tr

動脈硬化動脈硬化

酸化ストレスが心不全の原因の一つ

圧波形の改善!!

()

bradykininのみ

bradykinin+ VitaminC

左室拡張機能障害

心不全患者の特徴

心筋組織の拡張機能が低下して、うっ血や  不整脈をきたす

治療方針を立てる際、この障害を評価すること  が臨床的に重要

モルモットの大動脈狭窄モデルを用いて・・・

また、同様のモデルを用いて・・・

心肥大 – 心不全の進行 ROS

Fig. 4NO

ROS

NO

左室拡張機能障害の機序の一部にROS – 内皮機能障害による圧負荷が関与

圧負荷!!

左室拡張機能障害の病態形成にROSが重要

Fig. 4  酸化ストレス ー 内皮機能障害と左室拡張機能障害

高血圧

血管ストレスの増加

ROS

Angiotensin ⅡNADPH  oxidase

EGFRc-Src

まとめ

血管収縮内皮機能障害動脈硬化

心不全左室拡張機能障害高血圧の病態形成に

酸化ストレスが重要

酸化ストレスを抑制する治療戦略

抗酸化薬が高血圧の治療に期待できる

スタチン系薬剤レニン – アンジオテンシン系

阻害薬ROS

ROS消去は降圧のみならず臓器保護においても有効であることが分かってきた

ROSと病態形成の関係の解明、臨床応用の有効性の証明が待たれる

しかし、心血管疾患の抑制に十分な効果があるかは検討課題

フェントン反応

Fe2+ + H2O2 →Fe3++OH++ ・OH

過酸化水素に2価の鉄が作用することで、OHラジカルを生成しその強い酸化力により有機物を分解する反応

3価の鉄でも反応は進むが、2価の鉄に比べてはるかに反応速度は遅くなる

Fe3+ + H2O2 →Fe2++ ・OOH + H+

○ 酸化ストレスと肝疾患○ 酸化ストレスと高血圧○ 酸化ストレスと神経疾患

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introducRon

GSH

SOD

脳・神経の防御機構

酸化ストレスを軽減、除去することが重要!

酸化ストレスが関与している神経疾患

 ・脳卒中(脳梗塞) ・Alzheimer 病 ・筋委縮性側索硬化症(ALS) ・Parkinson 病

1. 脳梗塞2. 筋萎縮性側索硬化症

今回

について説明する。

1.脳梗塞

脳動脈が閉塞し、脳を灌流する血流が減少、途絶することで、その灌流域に虚血が起こり、組織が壊死に至った病態。

脳卒中は日本人死因       第3位(12.6%)その死亡要因の60%を脳梗塞が占める。

脳梗塞

分類 症状  ・片麻痺

     ・失語症     ・意識障害

細胞死(アポトーシス)

神経細胞傷害機序

プロテアソームストレス

小胞体(ER)ストレス

ミトコンドリアストレス

フリーラジカル

脳梗塞(虚血状態)アラキドン酸代謝系活性化

虚血再灌流障害

ONOO‐, OH・

表3 虚血脳における酸化ストレス発生源とラジカル種(Chan, P. H. , JCBFM, 2001)

ラジカル消去薬(スカベンジャー)としてO2 ・ ‐, NO ・の消去薬ONOO‐ , OH・の消去薬が重要!!

酸化ストレス軽減療法

ダントロレンエダラボン

脳梗塞治療薬

・筋弛緩薬、脳血管障害後遺症に伴う痙性麻痺

一般名  ダントロレン ,dantrolene    分子式   C14H10N4O5

 

 分子量    314.253   

作用機序

・小胞体(ER)からのCa2+放出を抑制することにより、アポトーシス経路を阻害する。

小胞体ストレス軽減による脳保護効果

脳梗塞治療薬

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一般名  エダラボン, Edaravone

分子式  C10H10N2O

分子量  174.20

・フリーラジカルを消去無害化して脳を酸化障害から保護する。・OH・のみならず酸化力の強い他のフリーラジカル(LOO・, ONOO‐)も消去。

・脂溶性、親水性を合わせもち、膜脂質の損傷を効果的に抑制。・神経細胞死 , 脳梗塞, 脳浮腫, 神経脱落症状を抑制する。

フリーラジカル消去薬

日本で唯一のフリーラジカル消去薬として脳梗塞急性期治療に用いられている。

小括(1)・酸化ストレスは脳梗塞の病態に深く関与している。・脳梗塞治療薬は酸化ストレスを軽減し、効果をもたらす。

プロテアソーム

ストレス

小胞体(ER)ストレス

ミトコンドリア

ストレス

フリーラジカル

エダラボン

Ca2+

ダントロレン

2.筋萎縮性側索硬化症

筋委縮性側索硬化症(ALS)原因     ・脊髄運動ニューロンの選択的障害        ・脊髄側索(上位運動ニューロン経路)の変性主症状   進行性の筋萎縮      手足の麻痺 、呼吸障害

酸化ストレスとALSとの関連報告・遺伝性ALS家系でCu/Zn SOD遺伝子に点突然変異が検出。・ALS脳においてglutathione peroxidase が正常よりも39.2%低下。

            H2O2                   H2OSOD

glutathione peroxidaseO2

・酸化ストレス

・神経栄養因子欠乏

ALS発症に酸化ストレスは関与している。

神経栄養因子VEGFとALSとの関連

神経栄養因子VEGF遺伝子のプロモーター部位をノックアウ トしたマウスではヒトのALSと同様の運動神経障害と四肢麻痺をきたす。

VEGF ・血管の成長と透過性を促進する物質。・細胞の虚血や低酸素状態で発現誘導される

細胞保護性神経栄養因子。

ALS発症とVEGFに関連がある。

ALSにおける酸化ストレス障害の機序

図4 ALSモデルマウス脊髄での低酸素負荷後の神経栄養 因子VEGF 蛋白の発現変化

BDNF(脳由来神経栄養因子)

Wt  : 正常マウス Tg   : 変異SOD遺伝子導入マウス    (ALSモデル)

O2濃度 8%

O2濃度21%

低酸素ストレス条件下ではTgでVEGFの基礎値以上の発現誘導は見られなかった。

酸化ストレスに対してTgではVEGFを介した脊髄保護反応がALS発病の以前から失われている。

酸化ストレス障害の機序としてVEGFの発現誘導低下が考えられる。

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VEGF脊髄保護反応低下

ALSにおける運動ニューロン死の機序

遺伝性ALS

Cu/Zn SOD遺伝子変異

Zn欠失型Cu/ZnSOD増加

小括(2)

運動ニューロン機能的傷害・死

酸化ストレス増大

まとめ

脳梗塞・ダントロレンはERストレス軽減による脳保護効果がある。・エダラボンはOH・を中心とした酸化ストレス抑制による脳保護効果がある。

筋委縮性側索硬化症(ALS)・ALS発症と酸化ストレスは深く関与している。・酸化ストレス障害の機序としてVEGF発現誘導低下が考えられる。

酸化ストレスを軽減、除去することが重要であり治療薬の開発、治療の方針となる。