22
流水型ダムの歴史と現状の課題 誌名 誌名 水利科学 ISSN ISSN 00394858 著者 著者 角, 哲也 巻/号 巻/号 332号 掲載ページ 掲載ページ p. 12-32 発行年月 発行年月 2013年8月 農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センター Tsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research Council Secretariat

流水型ダムの歴史と現状の課題特集「流水型ダム J 角 13 (2006) は, I 将来のダムは一般には多目的と考えられるが,洪水軽減のみを役

  • Upload
    others

  • View
    2

  • Download
    0

Embed Size (px)

Citation preview

  • 流水型ダムの歴史と現状の課題

    誌名誌名 水利科学

    ISSNISSN 00394858

    著者著者 角, 哲也

    巻/号巻/号 332号

    掲載ページ掲載ページ p. 12-32

    発行年月発行年月 2013年8月

    農林水産省 農林水産技術会議事務局筑波産学連携支援センターTsukuba Business-Academia Cooperation Support Center, Agriculture, Forestry and Fisheries Research CouncilSecretariat

  • 流水型ダムの歴史と現状の課題

    角 哲也

    目次

    I はじめに

    E 夕、ム・遊水地における流水型ダムの位置付け

    E 流水型ダムの歴史と現状の課題

    1. 日本および世界における歴史

    2. 流水型ダムの現状と課題

    IV 流水型ダムにおける土砂動態

    I 流水型ダ、ムにおける土砂動態の考え方

    2 スイス・ Ordenダムにおける土砂動態

    3 日本とオーストリアの流水型ダムの比較

    4. 益田川ダムにおける環境影響

    V. おわりに

    1 .はじめに

    近年の環境に対する関心の高まりやコスト縮減に対する要請の増大を背景

    に,新しい形式のダムとして流水型ダムが注目されている(英語では Flood

    retention basin,独語では Hochwasser-ruckhaltebeckenと呼ばれる)。流水

    型ダムは,通常の貯留型ダムと異なり河床部に放流設備を有し,平常時には水

    を流下させ,洪水時にのみ貯留する洪水調節専用のダムである。平常時には水

    質の変化はほとんどない 魚類等の遡上・降下や土砂の流下など河川の連続性

    が確保しやすい,堆砂容量を最小限にすることができるなどの特徴があり,さ

    らに平常時には貯留域を公園等として一般利用も可能で、ある。 Lempとriere

    (京都大学防災研究所水資源環境研究センター教授)

    水利科学 No.332 2013

  • 特集「流水型ダムJ角 13

    (2006) は, I将来のダムは一般には多目的と考えられるが,洪水軽減のみを役割とし通常は完全に空虚で、100年間のうち数週間のみ湛水するダムが環境に

    適合するものとなるかもしれない。これらの設計は多目的ダムとは全 く異な

    り,同規模の貯水容量を有するダムよりもかなり経済的となる。」と述べてい

    る。本稿では,このような流水型ダムの分類,諸外国における歴史と現状の課

    題,さらには,日本における代表事例である島根県益田川ダムにおいて得られ

    た環境影響調査結果について考察を行う 。

    E ダム・遊水地における流水型ダムの位置付け

    流水型ダムは「遊水地」の一形態と考えられ,これらを類型化したものを

    図-1に示す。これから見えてくることは,流水型ダムは,設置される場所に

    伴う自然環境に対する配慮、は必要となるものの,中-下流部の優良農地を高い

    価格で、補償を行って設置するなどの社会環境に対する影響は限定的であり ,か

    つ,好適なダムサイトと規模を選定すれば,経済性,洪水対策としての速効性

    に優れると考えられる。

    ( 1)河道外遊水地 (周囲堤):河川の中・下流部に設置され,周囲を堤防で

    囲む必要があり,また,十分な洪水調節を行う貯水容量を確保するために複数

    箇所の設置が必要である。さらに,地権者が多数の場合は用地交渉に時間を要

    する可能性がある。土地については地役権を設定し 農地利用として継続する

    場合が多u、。

    (2)河道内遊水地(半周囲堤):河川の中流部に設置され,周囲をほとんど

    堤防で囲む必要があるが,場所は比較的自由に選択可能である。河川を横断す

    る構造物となるため,河川環境に対する一定の配慮が必要である。

    (1 )河道外遊水地(周回堤) (2)河道内遊水地(半周囲堤) (3)河道内遊水地(流水型ダム)(山間遊水地)

    図 1 遊水地の形と流水型夕、ム

    水利科学 No.332 2013

  • 14

    多目的(貯留豊富)ダム

    ゲート調節ダム

    図 2 貯留型ダムと流水型夕、ムの模式図

    (3)河道内遊水地(流水型ダム):河川の中・上流部に設置され,河川両岸

    の地形を利用することにより,設置する構造物はコンパクトとなる。 一方,水

    深(水圧)が大きくなるため,設置場所は地形・地質条件を考慮するととも

    に,河川を横断する構造物となるため,河川環境に対する配慮が必要で、ある。

    設置される場所が山間河道になることから,I山間遊水地」と呼ぶことができ

    る。

    次に,貯留型ダムとの比較を行ったものを図-2に示す。一般的な治水・利

    水容量を有する貯留型の多 目的ダムには,洪水調節をゲート調節で行うもの

    と,ゲート調節を行わない自然調節方式のものがある。後者はゲートレスダム

    (=穴あきダム)と呼ばれ,これまでにも,管理の確実性および省力化を図る

    目的で,小流域の中小のダムに数多く採用されてきた。これに対して,意欲的

    な計画・設計の考え方として,ゲートレスの放流設備を河床高レベルまで下げ

    て,土砂や魚類移動の連続性などの改善を図ることが可能であり,堆砂容量も

    必要最小限度とすることができる。これが流水型ダムである。

    水利科学 No_332 2013

  • 特集「流水型ダム」 角 15

    m.流水型ダムの歴史と現状の課題

    1. 日本および世界における歴史

    流水型ダムの歴史は古く. 16世紀にはイランで山岳河川の自然狭窄部をアー

    チ型に締め切る治水夕、、ムが建設されている(写真一 1(a))。また18世紀にフラ

    ンスのロアール (Loire)川に設置された Pinayダム (1711)は, 河道に設置

    された大きなスリットダムで、洪水を自然に調節するとともに,冬季・春季の洪

    水時に湛水地内に肥沃な土壌堆積をもたらし湛水による農作物の損失に比較

    して収穫量の増加が顕著で、,農民にも歓迎されたことが記録されている(写

    真一 1(b))。ちなみに,このダムは,下流に建設された Villerestダムの湛水

    地内に位置したことから 1984年に廃止・撤去されている。

    米国における代表的な流水型ダムに,オハイオ州の MCD(Miami

    Conservancy District)が建設した DRYダムがある。この主任技師であった

    A.E.Morgan (1878-1975) (後の TVA(テネシー河開発公社)初代代表)は,

    Dayton市の治水対策に GreatMiami ;11に5つの治水専用ダム(1918-1922) を建設した (Morgan1951)。彼は,これらを DRYダムと呼び,その建設に

    当たってフランスのロアール川の Pinayダムを参考にし,湛水地内は農地や飛

    行場として有効利用されている(写真一2)。米国では,ニューヨークナト|の

    Mount Morrisダムやカリフォルニアナト|の Pradoダム. Seven Oaksダムなど

    乎軍国

    (a) Shah Abbasiダム

    写真一 1 (a) Shah Abbasiダム (イ ラン)(b) Pinayダム(フランス) (角 2008a)

    水利科学 No.332 2013

  • ιリー

    Taylorsvil1eダム

    写真 2 オハイオ州 Dayton市と DRYダム (Taylorsvilleダム) (米国) (角

    2008a)

    写真一3 Ordenダム(スイス) (左の拡大写真洪水吐き呑口部) (角 2006)

    が代表事例としてあげられる(角 2008a. 吉田 2008. 天野 2008. 奥田ら

    2009)。

    欧州では,スイスの Ordenダム (1971)が流水型ダムの代表例である。め

    ずらしいアーチ式であり,湛水地内はスイスらしく牧草地として利用されてい

    る(写真-3) (角 2006)。また,オーストリアの Styria州には. Graz市を

    中心とする流域の洪水対策として,都市部に流れ込む支川を中心に. 1960年代

    から現在までに 100箇所以上の小規模分散型ダムが建設されている。多くはア

    ースフィルダムで¥底部洪水吐き部のみコンクリート構造となっている。洪水

    水利科学 No.332 2013

  • 特集 「流水型ダムJ角 17

    写真一4 Stullneggbachダム(オーストリア)(角 2009)

    200

    '8150

    番100Q)

    t:. Switzerland

    Small dams

    • Japan ::KAustria

    Mediumdams

    Tateno

    Tatsumi

    Seven Oaks • Large dams

    Asuwagawa

    MountMorris

    • ~ 50 凸 つchbach1 恐…

    FtrchRae 必く ヨビ fnizt 0

    0.01

    |FWKUa缶ldfbna凶cMhRaesmudblegrE i l 抑料[seHxhU・VGedeamLaonctko・円wE-toPn目T・d-・aoHyb1nu0-Ff円flem出waeon od 0.10 1.00 10.00 100.00

    Reservoir Capacity (106m3)

    図-3 世界の洪水調節専用(流水型)ダムの諸元比較 (Sumiet al. 2011)

    吐き魚道として粗石の配置や明かり導入など工夫されている (写真-4) (角

    2009,角ら 2010)。同様な小規模分散型ダム群はドイツ南部の Neckar)11流

    域にも見られる (Giesecke,2000)。

    日本における実績は,主として昭和初年代から50年代にかけて都道府県の土

    地改良事業として建設された中小規模の農地防災ダムがある。近年では,河床

    部に放流設備を有し,平常時には流水の貯留を行わず流入水とほぼ同じ水質が

    維持されることや,魚類等の遡上・降下や土砂の流下などの河川の連続性を確

    保しやすいことなどの環境面の特徴が注目され,国土交通省所管の直轄及び補

    助事業のダムとしては,島根県益田川ダム (2005)(中村 2008) に続き,鹿

    児島県西之谷ダム (2012),石川県辰巳ダム (2012) などが建設され,今後も

    水利科学 No.332 2013

  • 18

    流水型ダムの特徴と課題

    図-4 洪水調節専用(流水型)ダムの特徴と課題 (Sumiet. al. 2011)

    増加する傾向にある。これら諸元を比較したものが図-3であり,スイスやオ

    ーストリアのダム群と日本の農地防災ダムが小規模として類似し,主主田川ダム

    などは大規模な米国のダムに対して中規模のダムと位置付けられる CSumiet

    al. 2011)。

    2. 流水型ダムの現状と課題

    日本および世界では,こうした流水型ダムの先例が見られるものの,通常の

    貯水型ダムとは異なる特性を有し 図-4に示すような課題が残されている。

    この中では,河床部の常用洪水吐きおよび跳水式j威勢工の改良,貯水池内の土

    砂動態と堆砂管理,湛水地や下流河川の生態系管理,水質管理および流木など

    による閉塞対策 (スクリ ーン)などが重要である。

    筆者らは,2009年に 2回にわたりオーストリア Styria州の流水型ダム群を

    調査(角 2009,角ら 2010)するとともに, 2010年 8月に Styria州の責任

    者である RudolfHornich氏を招聴して「流水型ダムに関するワ ークショッ

    プ」を開催した。これまでの議論やガイドライン CSteiermark-Information

    16, Hochwasser-ruckhalte anlagen Planung, Bau und Betrieb, 1992) を通じ

    て得られたオーストリアの流水型ダムの特徴のうち 日本における今後の計

    画・設計・管理に参考にすべき事項を整理すると以下のとおりである。

    水利科学 Nu.332 2013

  • ( 1) ダムの管理・安全対策

    1) 河床部放流設備

    特集「流水型!ダムJ:角 19

    オーストリアの流水型ダムでは,洪水時にゲートによる流量調節を行うか行

    わないかにかかわらず,全てのダムでゲートが設置されている。流量調節を行

    う場合には,ダムからの放流量を一定に保つようにフロートと回転機構を組み

    合わせた自然開閉式ゲートを底部洪水吐きに設置している。これにより,底部

    洪水吐きの断面積を大きくし,平常時の土砂流下や魚類の移動など河川の連続

    性への影響を小さくするとともに,洪水初期の不必要な洪水カットを防止し

    洪水調節容量を有効に活用することができる。

    2) 流木などによる河床部放流設備の閉塞対策

    流木等による放流設備の閉塞防止対策として,オーストリアのダムでは,全

    てのダムで放流設備の呑み口にスクリーンが設置されている。スクリーンの間

    隔は 15~50cm 程度,スクリーンの設置範囲は,河床部放流設備呑み口だけ,

    堤体中央部までに比べて,堤体上部まで覆っている場合が最も多い(スイスの

    Ordenダムも同様)。なお,それでも河床部放流設備が閉塞した場合に備え

    て,バイパス水路や底部洪水吐きの上部に開口部を設けて,貯水位上昇時に水

    が流れ込むなとeのパックアップ機能を設置しているダムがある。また,上流河

    道部には,銅製スリットダム形式の流木止め施設が設置されている。

    (2) 環境への配慮

    1) 掘り込み式の減勢工

    日本のダムではエンドシルを有する跳水式(水平水町き式)減勢工が多く採

    用されており,生物の移動について課題が残されている。これに対して,オー

    ストリアのダムでは,跳水式減勢工の場合でも,河道を掘り込み,段上がり式

    としている例が見受けられる(米国の DRYダムでも採用(図-5) (角

    2008b) )。益田川ダムでは減勢池の半分程度の掘り込み構造としているが必ず

    しも十分とは言えない。河道の掘り込みを行っている場合,平常時にはダム上

    下流でフk面が水平に連続し,生物の移動が容易となる。なお i成勢池に土砂が堆積する場合があるが,洪水時は流水により土砂が流下するため,河床部放流

    設備が閉塞することはない。今後の課題は,十分な減勢効果と土砂の安全な通

    過が確保できるコンパクトな形状を求めることであり, Kantoushら (2010)

    水市J科学 No.332 2013

  • 20

    l 150m

    図-5

    Mainreservoir

    I I

    P閣官dsheets

    Maltlr総即oir In官。undSB

    [m h,悼t

    図-6 掘り込み式の跳水式減勢工の水理模型実験 (Meshkatiら, 2012, 2013)

    や Meshkatiら (2011, 2012, 2013) によって設計手法を確立するための水理

    模型実験が進められている(図 6)。なお, Kashiwai (2000)が指摘するよ

    うに,流水型ダムのi威勢工は土砂流下に対する摩耗対策が重要となる。

    2) 魚、道の機能を持つ放流設備

    ダムの堤高がそれほど高くない場合には,洪水調節に伴う満水時の河床部放

    流設備内の流速もそれほど大きくなく,桟粗度や床面に石を張ったり,ステッ

    プ状の水路としたりすることにより平常時の流速を遅くし,魚、道としての機能

    を確保することができる。また,放流設備の上部を極力開放することにより,

    水利科学 Nu.332 2013

  • 特集「流水型ダムJ角 21

    太陽光を取り入れて,より自然な環境を創造することができる。

    3) 湛水地内の河川景観の保全と有効活用

    ダム堤体の設計に際して,可能な場合には ダム建設後もダム建設前の蛇行

    河川の形態をできるだけ残せるようにダム軸や放流設備の平面線形を工夫する

    ことにより,より自然な環境を創造することができる。また,湛水地内に樹林

    が生育している場合には,その樹林を伐採することなく残置することにより,

    生物の生息環境を確保する。特に,旧河道および、これに添った河畔林の維持

    や,湛水地内へのピオトープの設置なども有効で、ある。

    N. 流水型ダムにおける土砂動態

    1. 流水型ダムにおける土砂動態の考え方

    流水型ダムにおける貯水池内の土砂流入・堆積・排出過程は図-7のような

    プロセスで進むと想定される(角ら 2012)。

    すなわち,通常状態から洪水ハイドロが立上がってくると,上流河道よりさ

    まざまな粒径の土砂が湛水地内に流入してくる (A)。さらに流量が増加すれ

    ば,ダム底部に設置された常用洪水吐きによって洪水流量がカットされて湛水

    が開始され,上流河道と湛水地部で、土砂掃流力のギャップが生じて土砂堆積が

    始まる。特に,大きな洪水時には一時的に堆砂量が増大するものと考えられ

    る。洪水ピーク後には,湛水された水の排水が開始され (B),回復した掃流

    力によって一時的に堆積した土砂の再移動が始まりダム下流に自然排砂される

    (c)。しかしながら,このタイミングでは上流河道からの供給流量が減少して

    おり,細粒土砂は排出されるものの,一定規模以上の粗粒土砂は排出されずに

    湛水地内に取り残される可能性がある。

    このような流水型ダムの土砂動態に関しては 一般的な貯水型ダムとの違い

    を明らかにする必要があり, Sumi (2008)はこれらを表-1のように整理し

    た。これらの実態を明らかにしていくためには 諸外国における長期間の管理

    実績を分析することが有益で、あり 特に 日本国内の農地防災ダムの実績に加

    えて,同様に土砂生産の多いヨーロッパの事例が参考になる。

    水利科学 No.332 2013

  • 22

    (C)

    図一7 流水型ダムの土砂流入・堆積・排出過程(角ら 2012)

    2. スイス・ Ordenダムにおける土砂動態

    スイスの Ordenダムでは,建設前に貯水池内の堆砂・排砂過程に関する縮

    尺1140の水理模型実験が行われており,黒部川の出し平ダム・宇奈月ダムにお

    けるフラッシング排砂と同様に,堆砂面内に自然に形成される河道(水みち)

    に沿って侵食が進むことが指摘されていた(写真 5 (a))。この場合,図-7のような縦断方向に加えて横断方向の侵食特性が重要でらあり,特に貯水池内に

    河道が広い部分があると,その部分の両岸に堆積土砂が侵食されずに取り残さ

    水利科学 No.332 2013

  • 特集「流水型ダム」 角 23

    表-1 貯水型ダムと流水型ダムの土砂動態の比較 (Sumi2008)

    ダム形式 貯水型ダム 流水型ダム

    計画堆砂.til 流入土砂量のほぼ全長に対する 洪水貯留後の水位低下時におけ

    100年分の容量を用意 る定期的な自然、排砂により,タム堆砂量は限定される

    流砂の連続性 貯水池回転率と土砂粒径による 貯水池回転率7 土砂粒径および

    に対する影響 ものの,一般に土砂捕捉率は 貯水池形状によるものの, 一般

    80-90% に土砂捕捉率は10-20%

    j弱71

  • 24

    図-8 オーストリア ・Styria州の流水型ダム

    程度であ り,堆積土砂の粒径は,残された高い部分に細粒分が,侵食された水みち部分に粗粒分が認められる。これは大規模な洪水時には,貯水池内にさま

    ざまな粒径の土砂が流入して比較的横断方向に一様に堆積したのち,侵食により水みちが形成されて細粒分から順次下流に運ばれて粗粒化しているのに対して, 高い部分は洪水後の状態がそのまま保存されているためと推察される。

    3. 日本とオーストリアの流水型ダムの比較

    オーストリアの Floodretention basin流水型ダム群は,流域の特性に応じた小規模分散型と位置付けられ,図-3に示すように規模的に 日本の農地防災ダムとも類似点が多い。Styria汁|の流水型ダムの所在地を図-8に,これまでに調査を行ったダムの諸元を日本の流水型ダムと比較したものを表-2に示す。

    白井ら (2011)は,これらの調査に基づき,ダム上下流の土砂の連続性の観点から, 直上流河川と直下流河川の河床材料の関係を図-9のように整理した。このうち,河床材料が上下流でほぼ同等となっている場合には土砂の連続性が概ね確保されているものと考えることができる (図-9中の網掛け部)。これに対して,下流河川の河床材料の方が小さいダムあるいは大きいダムでは,土砂の連続性が確保されていない可能性がある。その理由としては,下流の河床材料の方が大きい場合は,湛水地内の地形・勾配,放流設備の設置標高や調節率などによ り,流入土砂の粒径のうちの多くが堤体直上流に堆積し,堤体下流まで流下しにくくなっていることが考えられる。一方,下流の河床材料

    水利科学 No.332 2013

  • 特集「流水型ゲム」 角 25

    表-2 調査対象ダムの諸元(白井ら 2011)

    u¥水 洪水調節 洪水調節 計画洪水

    番号 ダム名 迎式 竣工年Mタヒ~7内"J 従長

    面積 容i正 地面積(m) (m) 流入l正放流却 調節率

    (km勺 (千 mヨ) (ha) (m'/s) I (m'/s)

    コンクリートアースタム

    1 IBarndorf ba【h (Erddamm 1996年 5.8 163 3.6 90.2 5.2 20.9 1 1 0.952 und

    Betonmauer)

    アースダム2 Dobelbach (Erddamm 2008年 9.5 241 13.3 249.4 11. 18 26 5 1 0.808

    homogen)

    3 Felbcrbach アースダム 1994年 7.5 24日 3.8 59.3 3.43 17.3 2.2 0.873

    4 I Gabria¥hbach コンクリート 2α)8年 9.15 84 1. 16 15.6 0.42 11 1.9 0.827 アースダム

    5Gabnachbach 2

    アースダム 2008年 71 220 2.2 26.2 1. 15 15 2.5 0.833

    6 1 Labuchbach コンクリート

    2似)9年 12.3 145 4.3 152.4 3.93 20 3.5 0.825 アースダム

    Lafnizt~

    7 I Reinbcrgwicw アースダム 1995年 18.9 185 162 1100.0 15 160 67 0.581 scn

    遮水式

    8 Lafnizt- アースダム 2006年 17.5 12日 43.3 376.0 6.7 83 43 1 0.482 、ザaldbach (Erddamm

    mil Dichtung)

    m:力式

    9 Ligistbach アーチダム

    1996年 23.2 9418.41 159.5 2.051 29.8 3.6 0.879 (cBhotsgmmaglleewr) i

    10 1 Sauhaltbach アースダム 2001年 3.5 140 0.8 14.0 1. 76 8 1 1 0.875

    11 I Stullncggbach アースダム 2000年 17.9 140 31. 8 202.4 3.7 49 21 1 0.571

    12 益出川:ffr力式コンク

    2006年 48.0 169 87.6 6500.0 54 950 640 0.326 リートダム

    13 外桝沢近力式コンク

    1961年 22.5 169 7.5 994.0 13 35 25 1 0.276 リートダム

    14 レン滝ill力式コンク

    1968年 37.7 170 14.1 186.8 23 65 33 1 0.491 リートダム

    15 河内m力式コンク

    1963年 24.0 781 9.2 759.0 13 93 281 0.703 リートダム

    16 松尾取カ式コンク

    1963年 17.0 64110.1 349.0 10 106 44 1 0.586 リートダム

    17 小匠主力式コンク

    1959年 35.9 137 40.0 74引).0 53 730 01 1. 000 リートダム

    18 嵯峨谷主力式コンク

    1957年 34.6 961 16.8 828.0 7 219 100 0.545 リートダム

    19 大峠主力式コンク

    19ぽ)年 23.2 671 5.5 239.0 3 80 151 0.813 リートダム

    20 lf6尾野主力式コンク

    1引;6年 35.0 951 11. 7 750.0 9 180 301 0.833 リートダム

    水利科学 No.332 2013

  • 型車

    混体直下流の河床材料

    26

    川土

    い山粘

    “付

    jJ!体重上流の河床材料

    流水型ダムの堤体直上流と直下流の河床材料(白井ら 2011)

    図-9

    の方が小さい場合は,その原因は明らかではないが,下流i可道の勾配や,Ligistbachのように,湛水地内に堆積した土砂を掘削し,堤体の直下流に置き土をしている影響,また,ダム下流の支JIIからの土砂供給などの影響が考えられる。

    益田川タムにおける環境影響

    表-2に示した日本の流水型ダムのうち,土砂動態について詳細に検討された事例は非常に限られている(鈴木ら 2008, Sakurai et aL 2009,自ら2009)。益田川ダムは日本の流水型ダムの代表事例であり,角ら (2012)は,これを明らかにすべく,特に,濁水と土砂動態に着目して現地調査を行った。調査場所を図一10に示す。ダムの上下流に連続濁度計(JFE-Advantec社製)を設置しまた, ICタグを埋め込んだ磯(コンクリートブロ ックで模擬, 小(6臼nmx 50mm x 40mm) ,大 (lOOmmx 80mm X 70mm) )を湛水地内に設置して,洪水後の移動状況を経時的にモニタリングした。

    ダム堤体から上流600m区間までの現地堆積土砂の粒度分布を図一10に示す。流水部の平均粒径 5~50mm (最大粒径100~200mm) に対して,堆積部は2~ 4mm (最大粒径40~100mm) と粒径が細かくなっており,また,流水部・堆積部ともに,ダムに近づくに従って粒径がやや細くなっている。 これ

    水利科学 No.332 2013

    4.

  • 特集「流水型ダム」 角 27

    は,図-7の (B)から (C)の過程で水みちが形成され, (B)の過程で堆積

    した土砂の中から粒径の細かいものだけが下流に再移動していることを示唆し

    ている。

    2010年の濁度観測結果を図-llに示す。観測期間中に複数回の洪水が発生

    し, 1,000ppm程度の濁度がダムを通過している。年聞を通じた変化では,流

    入量の少ない時期 (5-6月, 8-10月)には上流側の濁度に対して数 ppm

    上昇する時期が見られるが,いずれも 10ppm以下であり,濁水長期化のレベ

    ルではない。図 IIの下に,7/12-18の洪水時の詳細データを示すが,洪水に

    伴う濁水が流入して貯水位が数 m上昇し その後若干の遅れ時間でダム下流

    に同等かやや小さい濁水が流下していることがわかる。

    100 90

    80

    ミ~ 70 忌60fm 50

    器40明書 30 興費 20J-'ーー一一戸、

    10 0

    0.01 0.1 1 10 100 1000 粒径(mm)

    図 10 益田川ダムにおける土砂動態の現地調査 (角ら 2012)

    水利科学 No.332 2013

  • Turbidi町 (ppm)10曲。

    1.0田

    100

    28

    10

    2010/10

    ;千fトト卜卜R町M叩…拘刷刷酬nfall(m~川I(4ο

    Turbidity(ppm) Wa'悼rLev剖 (EL.m)1.2曲。 ι42.0

    士il ムrV、伽….1 1 ~:.~ ご ll"'-. t"'-. Jtf - '--ι|二::~ I伐"- I "-,曜.___ー |ぷ

    l.¥ il ~、37.0 13、___v _r‘'tJ曹、OOAι36.0

    7/12 7/13 1ハ4 7/15 7/16 7/17 7/18

    図 11 益田川ダムにおけるダム上下流の濁度変化 (2010年)

    2010/9 2010/8 四lOn2010/6 2010/5 2010/4

    個別獄料の移動贋箆

    ~0.1 5

    流向:: :ロ

    0 02 0.3 0.4 0.5 0.6 観測基準点からの距離(叩)(ずムから)

    商大川叩

    箇所所

    問問問

    制村鳳允皐免

    畑山掛醐

    1

    1

    11+ー

    0.1

    2012)

    機の移動形態、の調査結果を図-12に示す。礁は2011.6.3に16個設置し

    2011. 8.12 (第 l回調査)および2011.9. 13 (第 2回調査)に追跡調査を行い,

    2回目には左図に示されるように全体の約40%の試料が確認された。この間に

    発生 した洪水は65.6m31 s (71 1) と41.6m31 s (9/4) であり,湛水深は最大で

    4m程度である。全体的に礁はダム堤体に近づいてきていることがわかる。一

    図一 12の右図に全試料の移動状況を示す。図の横榛は試料の移動履歴を示

    水車l科学 NO.332 2013

    益田川ダムにおける磁の移動形態 (2011年) (角ら図-12

    方,

  • 特集「流水型ダムJ角 29

    し,図には,観測期間内の洪水で、発生した流量と河道形状から計算される掃流

    力も示している。試料(小)は 数100mにわたって流下しているものがある

    のに対し,試料(大)は0.3km付近で留まっている。これらの移動範囲は,

    掃流力の推定値とほぼ一致しており 図-7および図-10で考察した流水型ダ

    ムの湛水地内の土砂移動形態を反映する結果と考えられる。

    以上のように,一定粒径以上の磯の通過には課題があることが明らかになっ

    た。しかし,湛水地内は常時ドライであり,オーストリアのダムでも行われて

    いるように,必要に応じて掘削・置き磯として下流還元することが考えられ

    る。

    V. おわりに

    本稿では,流水型ダムの歴史と現状の課題,さらに,参考事例としてのオー

    ストリアのダム群の特徴とダム上下流の土砂移動変化,また, 日本の代表事例

    である益田川ダムにおける調査結果をもとに土砂動態について考察を行った。

    これらは以下のようにまとめることができる。

    ( 1)流水型ダムは「遊水地」の一形態と考えられ 設置される場所に伴う自然

    環境に対する配慮は必要となるものの 中・下流部の優良農地を高い価格

    で、補償を行って設置するなどの杜会環境に対する影響は限定的であり,か

    つ,好適なダムサイトと規模を選定すれば,経済性,洪水対策としての速

    効性に優れると考えられる。

    (2)流水型ダムの歴史は,イラン (16世紀)における大暗渠,欧州 (18世紀)

    における大型スリットなどの事例があり その後の米国の DRYダムに引

    き継がれている。オーストリアなどの欧州の Floodretention basinは,

    流域の特性に応じた小規模分散型と位置付けられ,規模的に日本の農地防

    災ダムとも類似点が多い。

    (3)流水型ダムの課題としては,河床部の常用洪水吐きおよび跳水式減勢工の

    改良,貯水池内の土砂動態と堆砂管理,湛水地や下流河川の生態系管理,

    水質管理および流木などによる閉塞対策(スクリーン)などが重要で、あ

    る。

    (4)流水型ダムにおいては,砂分以下は概ね通過するものと考えられるが,一

    定粒径以上の磯はダムを通過することが出来ず,そのままダム貯水池内の

    水車j科学 No.332 2013

  • 30

    特定の箇所に粒径に応じて分級作用を受けて貯留される可能性がある。し

    かし湛水地内は常時はドライであり,必要に応じて掘削を行って河川に

    置き磯として還元していくことが考えられる。

    (5)、流水型ダムの特徴である生態系の連続性を確保するためには,掘り込み式

    の跳水式減勢工とする方法が有効であり,十分な減勢効果を確保するとと

    もに,土砂の通過を確保するための水理設計手法の確立が必要で、ある。

    謝辞

    米国 DRYダムの現地調査に関して(一財)ダム技術センターの,オースト

    リア・ Styria汁|の流水型ダムの現地調査に関して(ー財)水源地環境センター

    の,また, i流水型ダムに関するワークショップ」について上記の両センターの協力を得た。さらに,益田川ダムの現地調査に関して,島根県および(株)

    建設技術研究所の協力を得た。ここに記して謝意を表す。

    参考文献

    Das Land Steiermark (1992): Hoch切asser-ruckhalteanlageη Planuηg, Bau und Betrieb, Steiermark-Information 16.

    Giesecke, J. (2000): Dams and Flood ControI-Systems of Detention Reservoirs in Southwestern Germany, Proc. of the 20th congress ICOLD, Q.77-R.8, Be引ng.

    Hornich R. (2011): U rban Flood Risk Management in Styria, Proc. of the InternationaI Symposium on Urban Flood Risk Management (UFRIM), Graz University of Technology, E-2.

    Kantoush S.A. and Sumi T. (2010): Inf1uence of stilIing basin geometry on f10w pattern and sediment transport at f100d mitigation dams. Proc. of the 9th FISC, The FederaI Interagency Sedimentation Conferences, Las Vegas, Nevada, 115一133

    Kaおslぬ出hi廿山山h、waヘInt臼erna抗tlω0叩naIworkshop on reservoi汀rsedimentation manageme叩n凶t,Toyama, pp. 69-77.

    LemperiとreF. (2006): The role of dams in the XXI century. Achieving a sustainable

    development target, Hydropoωer and Dams, Issue Three, 99-108

    Meshkati Shahmirzadi, M.E., Sumi T. and Kantoush S.A. (2011): Eco-Friendly Adaptation Design for StiI1ing Basin of Masudagaw丘 FloodMitigation Dam, Proc. of the InternationaI Symposium on Urban Flood Risk Management (UFRIM),

    水利科学 NO.332 2013

  • 特集「流水型ダム」 角 31

    Graz University of Technology, A-5.

    Meshkati Shahmirzadi, M.E., Sumi, T. and Kantoush, S.A. (2012): The Effect of In-

    ground Stilling Basin Geometry combined by Slit-type End-sill on Flow Pattern and Energy Dissipation below the Flood Mitigation Dams, Proc. of 18th Congress of the APD-IAHR,]りu,Korea

    Meshkati Shahmirzadi M.E. and Sumi T. (2013): Hydraulic Design of In同ground

    Stilling Basin under Submerged ]ump Conditions for Flood Mitigation dams, Journal 01 Japan Socieり01αvilEηgzneeγ5,Ser. B 1 (H ydraulic Engi町 ering),69 (4), I 79-I 84.

    Morgan, A.E. (1951): The Mi仰 U Cons四-uancy District, McGRA W-HILL BOOK COMPANY.

    Sakurai T., Aoyama T., Hakoishi N., Takasu S., Ikeda T. (2009): Evaluation of the

    impact of stream type f100d control dams on sediment management. Proc. of the 23rd congress ICOLD, Q. 89, Brasilia.

    Sumi T. (2008): Designing and Operating of Flood Retention Dry Dams in ]apan and USA. Proc. of ICHE Conference on Hydro-Science and Engineering, Nagoya,

    ]apan.

    Sumi T., Kantoush S.A. and Shirai A. (2011): Worldwide Flood Mitigation Dams: Operating and Designing Issues, Proc. of the International Symposium on Urban Flood Risk Management (UFRIM), Graz University of Technology, A-I0.

    天野邦彦 (2008)・DRYDAMが持つ自然環境への影響特性,ダム技術 No.264,3-14. 奥田晃久,池田 隆 (2008):米国における DRYDAMの治水計画,ダム技術 No.262,

    7-19

    奥田晃久,池田 隆 (2009):米国における DRYDAMと日本の流水型ダ、ム,ダム技術

    No.269, 3-13

    目 晋ー,竹内博熔,青嶋大悟,斉藤明郎 (2009)・洪水調節専用ダム(流水型ダム)の土砂流出特性に関する調査,ダム工学19(1), 29-40.

    白井明夫,岩見洋一,角 哲也 (2011):オーストリアと日本の流水型ダムの比較,ダ

    ム工学21(4), 272-277

    鈴木荘司,白井明夫,船橋昇治 (2008)・流水型ダムが有する特徴に関する研究一既存流水型ダムへのアンケート結果等を踏まえてー,平成19年度ダム水源地環境技術研

    究所所報,調査研究 6-1

    角 哲也 (2006):スイスにおける治水専用オルデンダムの水理設計と管理,ダム技術

    No.241, 3-16

    角哲也 (2008a):米国における洪水調節専用(流水型 (DRY)) ダム,ダム技術

    No.256, 20-34.

    水利科学 No.332 2013

  • 32

    角 哲也 (2008b) 米国における DRYDAMの水理的特徴,ダム技術 No.263. 37-45

    角 哲也 (2009)・オーストリアにおける流水型ダム,ダム技術 No.277. 1-13

    角 哲也,船橋昇治,白井明夫 (2010):オーストリアにおける流水型ダ、ム(続報).ダ

    ム技術 No.287. 16-28.

    中村議浩 (2008):益田川ダムの設計と施工,ダム工学18(2). 111-117

    角 哲也,石田裕哉,佐竹宣憲 (2012): lCタグを用いた流水型夕、ム貯水池内における

    土砂移動特性の把握,土木学会論文集 B1(水工学)Vol. 68. No.4. 1_1171-1_

    1176

    吉田 等 (2008):米国 DRYDAMの設計,施工上の特徴,ダム技術 No.259. 4-27.

    (原稿受付2013年5月28日,原稿受理2013年6月3日)

    水利科学 Nu.332 2013