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63 キャリア発達に影響をおよぼす要因について 永 久 理 恵 *1 ・井 田 政 則 *2 Investigation on Factors Affecting to the Career Development NAGAHISA Rie and IDA Masanori Abstract The factors affecting to the career development were examined in light of the problem with young workers of their job quitting and hopping at early stage. The investigation was carried out with questionnaire given to 277 business persons working in several Japanese companies. We examined how the four major factors consisting of career development, i.e. organizational socialization, psychological variables of career self-reliance, behavioral variables of career self-relianceand meaning of work, were affected by learning by experiencepositive view of workand optimism, as the factors relating to personnel experience, characteristics and perception, and also by workplace supportand perceived organiza- tional support, as the factors relating to the relationship between organizations and individuals. The major findings were as follows:(1)The personal characteristic factors had larger effect on the career development than the relationship between organizations and individuals; (2)In particular learning by experiencehad major effect on all the elements of career development. It was therefore suggested that learning by experiencewas the most effective factor to promote the career development of young employees. [Keywords] career development,career self-reliance,learning by experience,meaning of work,positive view of work 問 題 若年層の離転職が目立つ。雇用開発センター(2011)が20代の社会人を対象に行った調査によると、大学・大学院卒 の男性の36.5%、同じく大学・大学院卒の女性の38.8%が転職経験者であった。しかも男性は平均 2 年4 カ月(28カ月) で最初の転職を経験し、女性は平均 2 年(24カ月)で最初の転職を経験していた。つまり、大学・大学院卒の約 4 割近 くが 3 年未満で転職をしている実態が明らかになった。 このような離転職はどういった契機によって生ずるのだろうか。同調査によると、離転職の契機は「給与・待遇への 不満、給与等の処遇」「労働環境の不満」の 2項目が上位であった。つまり「不満」という言葉が表すようにネガティブ な理由が離転職の契機となっていた。さらに契機として「自分のしたい仕事ができる職場に」「自分の希望する雇用形 態・勤務形態に」「より良い上司を得られる会社に」「よりキャリアアップが望める会社に」という項目が並ぶ。これら はステップアップを目指すポジティブな要素と捉えることができるいっぽう、現状への不満というネガティブな要素が 含まれているとも考えられる。続いて契機の項目には「社風が合わない」「会社経営方針に疑問」というネガティブな要 素が並ぶ。このように離転職の契機にはポジティブな側面とネガティブな側面がみられた。 さらに離転職に関する若年層の意識を概観する。日経新聞(2012)が学生1600名を対象に行った調査によると、「理想 の働き方は?」という質問項目に対して「 1 つの会社で長く勤めたい」は 6 割。残り 4 割は「職を変えてキャリアップ」 (22%)、「最初の会社をステップに独立」(10%)などと答えている。つまりこの4割の回答からは離転職へのポジティ *1 立正大学大学院心理学研究科応用心理学専攻修士課程 *2 立正大学心理学部教授

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キャリア発達に影響をおよぼす要因について永 久 理 恵*1・井 田 政 則*2

Investigation on Factors Affecting to the Career Development

NAGAHISA Rie and IDA Masanori

Abstract The factors affecting to the career development were examined in light of the problem with young workers of their job quitting and hopping at early stage. The investigation was carried out with questionnaire given to 277 business persons working in several Japanese companies. We examined how the four major factors consisting of career development, i.e. “organizational socialization”, “psychological variables of career self-reliance”, “behavioral variables of career self-reliance” and “meaning of work”, were affected by “learning by experience”,“positive view of work” and “optimism”, as the factors relating to personnel experience, characteristics and perception, and also by “workplace support” and “perceived organiza-tional support”, as the factors relating to the relationship between organizations and individuals. The major findings were as follows: (1) The personal characteristic factors had larger effect on the career development than the relationship between organizations and individuals; (2) In particular “learning by experience” had major effect on all the elements of career development. It was therefore suggested that “learning by experience” was the most effective factor to promote the career development of young employees.[Keywords] career development,career self-reliance,learning by experience,meaning of work,positive view of work

問 題 若年層の離転職が目立つ。雇用開発センター(2011)が20代の社会人を対象に行った調査によると、大学・大学院卒の男性の36.5%、同じく大学・大学院卒の女性の38.8%が転職経験者であった。しかも男性は平均 2 年 4 カ月(28カ月)で最初の転職を経験し、女性は平均 2 年(24カ月)で最初の転職を経験していた。つまり、大学・大学院卒の約 4 割近くが 3 年未満で転職をしている実態が明らかになった。 このような離転職はどういった契機によって生ずるのだろうか。同調査によると、離転職の契機は「給与・待遇への不満、給与等の処遇」「労働環境の不満」の 2 項目が上位であった。つまり「不満」という言葉が表すようにネガティブな理由が離転職の契機となっていた。さらに契機として「自分のしたい仕事ができる職場に」「自分の希望する雇用形態・勤務形態に」「より良い上司を得られる会社に」「よりキャリアアップが望める会社に」という項目が並ぶ。これらはステップアップを目指すポジティブな要素と捉えることができるいっぽう、現状への不満というネガティブな要素が含まれているとも考えられる。続いて契機の項目には「社風が合わない」「会社経営方針に疑問」というネガティブな要素が並ぶ。このように離転職の契機にはポジティブな側面とネガティブな側面がみられた。 さらに離転職に関する若年層の意識を概観する。日経新聞(2012)が学生1600名を対象に行った調査によると、「理想の働き方は?」という質問項目に対して「 1 つの会社で長く勤めたい」は 6 割。残り 4 割は「職を変えてキャリアップ」

(22%)、「最初の会社をステップに独立」(10%)などと答えている。つまりこの 4 割の回答からは離転職へのポジティ

   * 1 立正大学大学院心理学研究科応用心理学専攻修士課程* 2 立正大学心理学部教授

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立正大学心理学研究年報 第 4 号

ブな意識が読み取れる。しかしこれはあくまでも学生対象の調査であり、実際に働き始めた新卒者の離転職にどの程度ポジティブな要素が起因しているかは不明である。いっぽう同調査で企業側の意識を尋ねたところ、採用したい人材が

「数年で退職し転職・独立する」と公言することに対して「プラスでもマイナスでもない」と答えた会社が35%あったものの、マイナス評価は61%あり、新卒新入社員の「数年で退職・独立」に対する抵抗感が根強いことを表している。 つまり企業側も新卒者の離転職には抵抗感があるにもかかわらず、実際には入社 3 年未満で大学卒新卒者の約 4 割が離転職をしている実情がある。その理由は概ねネガティブな要素が多く、実際に離転職の行動をとらないまでも同様にネガティブな思いを抱きながら就労している若年層の存在も考えられる。この実情は雇用する側にも、雇用される側にも決して喜ばしいものではなく、人的資源管理(human resource management)の面からみても日本企業にとってマイナスとなるものである。この実情、つまり「新卒者を中心とした若年層の早期離転職」が本研究の問題の出発点となった。 この若年層の早期離転職の理由として、入社前と入社後のさまざまなギャップが考えられる。つまり社会人として働くことの現実が見えないまま入社している若者が多いのではないだろうか。これは、文部科学省国立教育政策研究所生徒指導研究センター(2011)の「キャリア発達にかかわる諸能力の育成に関する調査研究報告書」でも明らかになっている。同調査によると、新入社員が仕事をしていく上で最も不安に感じるのは「仕事に対する自分の能力」であり、入社後に期待される能力や職務の実際が把握できない不安が大きいことを示している。さらに同調査ではこの実情に対して、学校におけるキャリア教育と企業等におけるキャリア形成支援を含めた現職教育・訓練プログラムとの接続が必要と提言している。つまり段階的なキャリア教育・キャリア育成支援によるキャリア発達の重要性を示唆している。従来、離転職意志については、組織社会化や組織コミットメント、キャリア・アダプタビリティなどとの関連性で研究されてきたが、今回はそれらの要素も含めてキャリア発達という大きな概念で若年層の早期離転職の問題をとらえていきたい。具体的にはキャリア発達に与える要因について探究をしていく。その要因を明らかにすることで、学校におけるキャリア教育と企業等におけるキャリア形成支援に活かせる施策を検討していきたい。 20世紀初頭のパーソンズの職業指導運動以来、キャリア発達に関する理論は多くの研究者が唱えてきた。このキャリア発達理論の系譜を益田(2011)は 4 つのアプローチに整理している。ここで言うアプローチとは、各研究者がキャリア行動を理解する際に何に注目するかを表したものであり、 4 つのアプローチは、( 1 )個人特性と仕事特性の適合によって職業選択を説明する「特性論からのアプローチ」、( 2 )個人差の中でも直接観察できない欲求や動因、無意識に着目する「精神力動からのアプローチ」、( 3 )生涯にわたるキャリア発達の解明に焦点を当てる「発達論からのアプローチ」、( 4 )新しい課題を乗り越えていく過程で発見や学習を行い成長を遂げる「学習理論からのアプローチ」である。 本研究ではこの中より「発達論的アプローチ」に立脚し、Schein(1978)のキャリア・サイクル・モデルに着目する。Schein(1978)はキャリアを組織と個人の相互作用としてとらえ、組織内でのキャリア発達をキャリア・サイクル・モデルとして理論化している。個人の人生には 3 つの領域があり、それぞれにサイクルがあるとした。 3 つの領域のサイクルとは、( 1 )生物学的・社会的なサイクル、( 2 )家族のサイクル、( 3 )仕事・キャリアのサイクルである。このうち 3 つめの仕事・キャリアのサイクルは、主として組織の中で営まれる職業生活にみられるサイクルであり、「組織と個人の相互受容の段階」「組織の中で確固とした立場を築く段階」「組織の中で指導者的役割を果たす段階」など、組織の中での関係性変化をともなうキャリア発達の様子が記述されている。このキャリア発達とは具体的に、①成長・空想・探求( 0 ~21歳)、②仕事の世界への参加と基本訓練(16~25歳)、③初期キャリア(17~30歳)、④中期キャリア(25~45歳)、⑤中期キャリア危機(35~45歳)、⑥後期キャリア(40歳~定年)、⑦衰えと離脱(40歳~定年)、⑧引退、の 8段階である(益田,2011)。そこで本研究では、企業に所属する就業者を対象にして、それら対象者の現在のキャリア発達に影響する要因を検討する。具体的には初期キャリアから中期キャリア危機前の方々を対象とする。 では、初期キャリアから中期キャリア危機前のキャリア発達とは、具体的にどのように測られてきたのだろうか。従来の研究では、「組織社会化」の尺度で初期キャリアの発達を測るものが多い。高橋(2002)によれば「組織社会化」とは、「組織への新規参入者が、組織の規範・価値・文化を習得し、期待されている役割行動を遂行し、職務遂行上必要な技能を獲得することによって組織に適応すること」と定義され、組織参入前にキャリアに関する現実的吟味を始める「予期的社会化」と、特定の組織に参入した時点から始まる「組織内社会化」の 2 つの段階に大別される。また、この「組織内社会化」は、組織参入後 5 ~10年程度の初期キャリアの終了とともに終わるとされる(益田,2011)。竹内・竹内

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キャリア発達に影響をおよぼす要因について

(2004)は、「組織社会化」を媒介にして、組織社会化戦術の組織適応に対する影響を分析している。この分析では組織適応として「組織コミットメント」「モチベーション」「転職意思」を結果変数としている。その結果、組織に関する社会化は、組織への積極的意欲や目標や規範、価値観の受容度を高め、転職意思を抑制させることを明らかにした。この結果を踏まえ、今回はキャリア発達の一側面として「組織社会化」を取り上げる。この「組織社会化」を測定するために、竹内・竹内(2004)の組織社会化尺度より12項目を利用する。 さらに本研究では、キャリア発達の一側面として「キャリア自律」を取り上げる。堀内・岡田(2009)はキャリア自律が、仕事のやりがいや充実感、自己のキャリアに対する肯定的評価と今後のキャリアの見通しを高め、キャリア充実感を促進することを明らかにしている。すなわちキャリア自律は、中期キャリア段階の「組織の中での明確なアイデンティティを確立し長期キャリア計画を作る」という課題について、その発達度合を測るものとしてとらえることができる。堀内・岡田(2009)は、この「キャリア自律」を、「キャリア自律心理」と「キャリア自律行動」に分けて尺度を作成している。そこで、「キャリア自律」を測定するために、堀内・岡田(2009)の「キャリア自律心理要因尺度」より24項目、「キャリア自律行動要因尺度」より22項目を利用する。 また桐井・岡田(2011)は「仕事の意味づけ」を「現在の仕事にやりがいと自己充足を持つことや将来への継続性を見出すこと」と定義した。本研究では、この「仕事の意味づけ」も中期キャリア段階の発達を測るものとしてとらえ、キャリア発達の一側面として取り上げる。具体的には桐井・岡田(2011)の「仕事の意味づけ尺度」より19項目を利用する。 広狭さまざまな意味に使用されてきたキャリア発達だが、以上のように本研究では、キャリア発達を測定するために、

「組織社会化」「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」「仕事の意味づけ」の 4 要因を取り上げる。これらの要因はいずれも、企業組織に入りさまざま仕事を経験することにより変化していくとされ、キャリア発達の度合いを示すことが出来ると考えたからである。 つぎに、キャリア発達に影響をおよぼす要因として、( 1 )個人の経験・特性・意識要因と、( 2 )組織と個人の関係性要因の両側面に着目する。なぜならば、キャリア発達研究はこれまで、( 1 )個人の視点にたつ職業指導・カウンセリング、( 2 )組織の視点にたつ組織と個のキャリア形成という観点から研究されてきたことをふまえたからである。 まず、本研究では( 1 )個人の経験・特性・意識要因として、「経験学習」「ポジティブ労働観」「楽観性」を取り上げる。正木・岡田(2010)は、20代の若年就業者が職業的アイデンティティを確立するには、積極的に学ぶ機会を探索して、他者との関係性を通して深く内省する経験学習の重要性を示している。つまり、職業的アイデンティティをキャリア発達としてとらえれば、個人の経験要因である「経験学習」は、キャリア発達に影響をおよぼす要因と考えられる。そこで個人の経験学習を測定するために、正木・岡田(2010)が開発した「経験に基づく学習尺度」14項目を用いる。また森田(2007)は、ポジティブな労働観と職務満足感との関連を調べ、組織への定着志向を検討している。そこで本研究では、ポジティブな労働観もキャリア発達に影響をおよぼすと考え、森田(2007)の「ポジティブな労働観尺度」を利用する。さらに Seligman & Schulman(1986)は、保険の営業職を対象に研究を行い、楽観性と仕事のパフォーマンスの間に有意な正の関係性があることを示している。楽観性とパフォーマンスが関連するのであれば、キャリア発達にも何らかの影響を与えるであろうと考え、この要因も取り上げる。「楽観性」を測る尺度は、中村(2000)の「楽観主義尺度」より 7 項目を利用する。 いっぽう、( 2 )組織と個人の関係性要因として、「職場支援」と「組織個人関係(以下、POS と略)」を取り上げる。竹内・竹内(2011)は、組織社会化過程における職場での社会的交換関係の構築の重要性を述べている。彼らは新規参入者と上司・同僚間のコミュニケーション機会を意図的に増やすことによって、新規参入者の組織適応を促進することが可能になると考察した。また中原(2010)は、職場内での上司や同僚からの支援がメンバーの能力向上にかかわることを明らかにした。以上のことを踏まえ、職場内での上司や同僚からの支援というかかわりが、キャリア発達に影響を与えるであろうと考え、この要因を取り上げる。測る尺度は、中原(2010)により、職場で人が他者から受ける支援として作成された「職場支援尺度」14項目を用いる。益田(2010)によれば、POS(Perceived Organizational Support)とは、組織が自分の貢献をどの程度評価しているのか、自分の幸福に対してどの程度配慮してくれるかについての個人の知覚を表す概念であり、個人と組織との間の関係性要因であると位置づけている。さらに益田(2010)は、POS がキャリア発達とキャリア意思決定(特に組織退出に関する)に対してどのような影響をおよぼすのかを検討し、この POS

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が「転職の意思」におよぼす影響は負の影響、つまり関係性が良いほど「転職の意思」が抑制されるという影響関係を示している。そこで本研究でも、この POS がキャリア発達に影響するかどうかを検討する。尺度は益田(2010)が測定に使用した、「組織個人関係(POS)尺度」 4 項目を利用する。 以上のように本研究では、キャリア発達を構成する「組織社会化」「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」「仕事の意味づけ」の 4 要因が、個人の経験・特性・意識要因としての「経験学習」「ポジティブ労働観」「楽観性」、および組織と個人の関係性要因としての「職場支援」「POS」からどのような影響を受けるのかを検討する。

方 法1 .調査方法 全国の民間企業等に勤務する男女を対象に2011年11月下旬から12月にかけて無記名式の質問紙調査を行った。対象者の年代は18歳からキャリア中期の危機を迎える35歳以下とした。雇用形態は正社員もしくは契約社員とし、派遣社員は除いた。その企業に直接雇用され、その企業のみで就業している社員とした。また従業員規模も転職経験もこだわらなかった。調査依頼は友人、知人など個人的な人間関係を通じて行った。対象となる人へ直接お願いするだけではなく、大規模な職場ではキーマンとなる人から周囲への依頼をお願いした。調査の偏りを防ぐため、同じ事業所内では20名程度を最大依頼人数とした。さらに12月上旬のみ、REAS(リアルタイム評価支援システム)を活用し同内容のウェブ調査も同時に実施した。

2 .質問紙の構成 次の尺度を用いた。全て 5 件法で回答を求めた。⑴ 「職場支援」:中原(2010)の「上司から受けている支援」14項目、「職場の同僚から受けている支援」14項目の計28

項目。中原(2010)は、職場で人が他者から受ける支援に関して、「業務支援」「内省支援」「精神支援」の下位尺度を作成した。「業務支援」は「自分にはない専門的知識・スキルを提供してくれる」など 6 項目、「内省支援」は「自分を振り返る機会を与えてくれる」など 3 項目、「精神支援」は「精神的な安らぎを与えてくれる」など 5 項目、合計14項目であった。また中原(2010)は、最初に日常業務において最もかかわりを大切にしている人を選んでもらい、その上でその人はどのようにかかわっているかを質問した。本調査では特に職場の上司と同僚に限定して、それぞれ「日常業務においてあなたが上司から受けているかかわりについてお聞きします」、「日常業務においてあなたが職場の同僚(先輩、同期、後輩)から受けているかかわりについてお聞きします」という教示文を提示した。

⑵ 「経験学習」:正木・岡田(2010)の「経験に基づく学習尺度」14項目。正木・岡田(2010)は、調査協力者がどのように職業経験から学んでいるかを尋ねるため、Hall(2002)の「経験に基づく学習」の 5 つの下位概念(①学習機会の追求、②失敗からの学習、③批判への寛容さ、④フィードバック(以下、FB と略)の追求と活用、⑤環境への幅広い知識の追求)を基に、独自作成した15項目で調査を実施した。その結果、2 因子を作成した。 1 つは「仕事上、重要な分野の最新動向を追いかけている」など 8 項目の「機会の追求」因子と命名され、 2 つめは「他者の批判を受け入れ、そこから学ぶ努力をしている」など 6 項目の「FB の受け止め」因子と命名された。この合計14項目を採用した。職場の関係性がキャリア発達に与える影響は大きいといわれているが、周囲からのかかわりを本人がどのように生かすのか、環境に対するとらえ方や働きかけの違いによって、キャリア発達のみならず能力向上にも差が出ると思われ、本人特性の中にこの尺度を含めた。

⑶ 「楽観性」:中村(2000)の「楽観主義尺度」より 7 項目。合計12項目の中よりフィラ―項目 4 つと因子負荷量の低かった 1 項目を削除し、合計 7 項目によって測定した。

⑷ 「ポジティブ労働観」:森田(2007)の「ポジティブな労働観尺度」より 8 項目。森田(2007)は、若年層を中心として仕事そのものの楽しさや仕事の中での能力発揮を求める「やりがい志向」が強くなっている世論調査を受け(厚生労働省,2004)、ポジティブな労働観に注目し尺度を作成した。その際、「労働自体を遂行する際には、好奇心の充足、能力発揮や能力向上の実感、に代表される『おもしろみや楽しみ』といったポジティブな感情が生じるものである」という意識をポジティブ労働観と命名した。「労働観」という語句は「労働」という概念そのものを意味することになる。尺度は、仕事もしくは仕事をしている人に対する見方を問う項目として案出された10項目を用い、因子負荷

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キャリア発達に影響をおよぼす要因について

量が .4に満たなかった 4 項目を除いた 6 項目で作成した。本調査ではこの 6 項目に加え、因子負荷量の低かった「どんな仕事にでも、おもしろさを見つけられるものだ」「仕事を好きになれるかどうかは、本人の心がけしだいだ」という項目も採用し、合計 8 項目とした。追加をした理由は、この 2 項目が労働観を問うわかりやすい質問と判断したからである。何のために働くのか、という労働観は働く意識や行動に関与すると思われる。そのため、その労働観を問うことのできる 2 項目を追加した。

⑸ 「POS」:益田(2010)の「組織個人関係」の 4 項目。Eisenberger ら(1986)が作成した POS の尺度は36項目ある。海外では POS の研究が盛んに行われているが日本ではまだ行われていないのが現状である。今回は益田(2010)がEisenberger ら(1986)の尺度を参考に測定した、「会社は従業員を大切にしていると思う」「会社は私を正当に評価してくれると思う」「様々な面から会社は私を支えてくれる」「この会社は自分を育ててくれると思う」の 4 項目を採用した。

⑹ 「キャリア自律心理」:堀内・岡田(2009)の「キャリア自律心理要因尺度」より24項目。堀内・岡田(2009)はキャリア自律を構成する心理的要因として、「職業的自己概念の明確さ」「主体的キャリア形成意識」「職業的自己効力感」の 3 つを想定して研究を行い、 4 因子を作成した。第Ⅰ因子は「仕事で困ったことが起きても、たいていのことなら打開策を考えることができる」など 9 項目で構成され「職業的自己効力感」と命名された。第Ⅱ因子は「これからキャリアをより充実したものにしたいと強く思う」など 7 項目で構成され「主体的キャリア形成意欲」と命名された。第Ⅲ因子は「自分はどんな仕事をやりたいのか明らかである」など 5 項目で構成され「職業的自己概念の明確さ」と命名された。第Ⅳ因子は「キャリア形成は、自分自身の責任である」など 4 項目で構成され「キャリアの自己責任自覚」と命名された。25項目の中より因子負荷量が .45以下だった 1 項目を削除し、合計24項目を採用した。

⑺ 「キャリア自律行動」:堀内・岡田(2009)の「キャリア自律行動要因尺度」より22項目。堀内・岡田(2009)はキャリア自律の具体的行動として、「仕事への主体的取組み」「ネットワーキング活動」「継続的な学習」「環境変化への適応行動」の 4 つを想定して研究を行い、 3 因子を作成した。第Ⅰ因子は「新しい知識・技術を積極的に学ぶようにしている」など10項目で構成され「キャリア開発行動」と命名された。第Ⅱ因子は「新しい環境や状況にも、わりあい早くなじんで対応している」など 6 項目で構成され「職場環境変化への適応行動」と命名された。第Ⅲ因子は「自分の価値観やポリシーを持って仕事に取り組んでいる」など 9 項目で構成され「主体的仕事行動」と命名された。25項目の中より因子負荷量が .45以下だった 3 項目を削除し、合計22項目を採用した。

⑻ 「組織社会化」:竹内・竹内(2004)の「組織社会化」より12項目。竹内・竹内(2004)は、Chao ら(1994)で作成された34項目から構成される社会化尺度の中から因子負荷量及び日本の社会的文脈を勘案して選択した18項目を用いて調査を実施した。その結果、 2 因子が確認された。第Ⅰ因子は「私は職務が必要とする任務(作業)を習得している」などの 6 項目で、職務に関する社会化を意味するものであり、Haueter ら(2003)において課業(task)次元に分類されるものと考えられた。したがってこの因子を「課業次元」と命名した。第Ⅱ因子は「自分の会社における目標は私の目標でもある」などの 8 項目で、組織目標、価値や歴史、政治に関する項目で構成されていた。これらの項目は組織社会化の中で、組織に関する次元を意味しており「組織次元」と命名された。因子負荷量を考慮して、それぞれの尺度から 6 項目づつ、合計12項目を採用した。

⑼ 「仕事の意味づけ」:桐井・岡田(2011)の「仕事の意味づけ」より19項目。桐井・岡田(2011)は、仕事の意味づけを「現在の仕事にやりがいと自己充足を持つことや将来への継続性を見出すこと」と定義し、 4 つの因子を作成した。第Ⅰ因子は「私は、自分のしていることにあまり自信がもてないほうである」などの逆転項目、 6 項目から構成される「仕事遂行の有能感」。第Ⅱ因子は「私は、今の自分の役割に満足しているほうである」など 6 項目から構成される「役割満足感」。第Ⅲ因子は「今自分がしていることは、将来の仕事のために役立つ」など 4 項目から構成される

「将来への連続感」。そして第Ⅳ因子は「仕事が自分に合わなくても、経験のため仕事を続ける」など 4 項目から構成される「継続の重視感」だ。この20項目の中から因子負荷量が .45以下だった項目を削除し、合計19項目を採用した。

結 果1 .回答者の属性 質問紙調査では237名、ウェブ調査では89名、合計326名の回答を得、この中より有効回答は277名であった(男性161

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立正大学心理学研究年報 第 4 号

名、女性115名、不明 1 名、平均年齢29.84歳、年齢範囲18歳~41歳、SD =4.10)。現在所属する企業での平均勤続年数6.08年、SD =4.08。転職経験者78名(28.26%)、部下のマネジメントを行っている管理職29名(10.51%)であった。業種は製造94名(33.9%)、商社11名( 4 %)、金融 8 名(2.9%)、卸・小売り 4 名(1.4%)、サービス62名(22.4%)、ソフトウェア・通信23名(8.3%)、マスコミ 4 名(1.4%)、運輸・倉庫 5 名(1.8%)、建設・不動産32名(11.6%)、官公庁・団体 7 名(2.5%)、その他27名(9.7%)であった。勤務先会社の規模は49人以下42名(15.2%)、50人~99人11名( 4 %)、100人~299人26名(9.4%)、300人~499人33名(11.9%)、500人~999人19名(6.9%)、1000人以上144名(52%)、不明2 名(0.7%)であった。職種は営業職59名(21.3%)、事務・企画職110名(39.7%)、研究開発職21名(7.6%)、技術・SE 職39名(14.1%)、技能職 5 名(1.8%)、専門職15名(5.4%)、クリエイティブ 5 名(1.8%)、その他23名(8.3%)であった。勤務先の地域は北海道・東北が 3 名(1.1%)、関東(東京都以外)30名(10.8%)、東京都207名(74.7%)、東海 6 名(2.2%)、近畿17名(6.1%)、九州・沖縄14名(5.1%)であった。

2 .各尺度得点の基本統計量 各要因における項目合計得点を項目数で除したものを要因得点とし、各要因の平均値・標準偏差・クロンバックのα信頼性係数を算出した(Table 1 )。α係数は楽観性要因がやや低い値(α= .666)であったが、他の要因は概ね高い値であった。特に「キャリア自律心理」(α= .913)「キャリア自律行動」(α= .926)は高かった。

3 .要因間の関係 つぎに要因間の相関係数を Tablel 2 に示した。「楽観性」を除き、各要因の間には正の相関が見出された。なかでも

「キャリア自律心理」と「キャリア自律行動」(r = .803, p<.01)、「経験学習」と「キャリア自律行動」(r = .712, p<.01)はかなり強い相関を示した。また「仕事の意味づけ」と「キャリア自律心理」(r = .627, p<.01)・「キャリア自律行動」

(r = .624, p<.01)、「組織社会化」と「キャリア自律行動」(r = .630, p<.01)も強い相関を示した。また「ポジティブ労働観」と「仕事の意味づけ」は、「楽観性」も含み他の全ての要因との間に有意水準 1 %で正の相関を示した。しかも他要因との相関係数は一番低い値で .22であり、比較的強い相関を示していた。「POS」は「楽観性」以外と相関が認められたものの、「職場支援」(r = .472, p < .01)以外は弱い相関であった。

Table 1  各尺度得点の基本統計量

Table 2  各要因間の相関

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キャリア発達に影響をおよぼす要因について

4 .因果モデルの検討 さらに個人の経験・特性・意識要因としての「経験学習」「楽観性」「ポジティブ労働観」、および組織と個人の関係性要因としての「職場支援」「POS」を説明変数、キャリア発達を構成する「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」「組織社会化」「仕事の意味づけ」を目的変数にして、重回帰分析をおこなった。その結果を Fig. 1 に示した。説明率(R 2 )は0.1%水準ですべて有意であった。とくに「キャリア自律行動」の説明率(R 2 )は .531と他の変数に比べて高い値を示した。 まず個人の経験・特性・意識要因としての「経験学習」「楽観性」「ポジティブ労働観」の 3 要因から、キャリア発達を構成する「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」「組織社会化」「仕事の意味づけ」の 4 つの変数に対して有意な正の係数が示された。なかでも「経験学習」は 4 変数すべてに0.1%水準で正の係数を示した。その値は「キャリア自律心理」(r = .483, p<.001)、「キャリア自律行動」(r = .657, p<.001)、「組織社会化」(r = .360, p<.001)、「仕事の意味づけ」

(r = .359, p<.001)と比較的高い値であった。同じく個人の特性要因である「楽観性」と「ポジティブ労働観」は、「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」「仕事の意味づけ」へ有意な正の係数を示したが、「組織社会化」への影響はみられなかった。いっぽう、組織と個人の関係性要因としての「職場支援」からは有意な係数がみられず、キャリア発達を構成する 4 変数に対して影響を与えていないことが示された。同じく関係性要因である「POS」が有意な係数を示したのは「仕事の意味づけ」(r = .483,p<.01)のみであった。この「仕事の意味づけ」に対しては全ての要因から正の係数が示されており、個人の特性要因のみならず、組織と個人の関係性要因からの影響を受けていることが示された。また「組織社会化」に正の係数を示した要因は、個人特性の「経験学習」のみであった。新規参入者の組織適応を測る「組織社会化」に対して、組織と個人の関係性要因である「職場支援」も「POS」も影響を与えていない結果となった。

考 察1 .経験学習の重要性 本研究では「新卒者を中心とした若年層の早期離転職」を問題ととらえ、この問題に対してキャリア教育や企業内で

Fig. 1 キャリア発達に対する重回帰分析結果

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立正大学心理学研究年報 第 4 号

のキャリア育成支援を検討するために、「キャリア発達」に影響をおよぼす要因について探った。具体的にキャリア発達を構成する「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」「組織社会化」「仕事の意味づけ」の 4 要因が、個人の経験・特性・意識要因としての「経験学習」「楽観性」「ポジティブ労働観」、および組織と個人の関係性要因としての「職場支援」「POS」からどのような影響を受けるのかを検討した。 結果として、キャリア発達には、「職場支援」や「POS」といった組織と個人の関係性要因より、「経験学習」「楽観性」「ポジティブ労働観」といった個人の経験・特性・意識要因が良い影響を与えていることが示された。とくに「経験学習」は「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」「組織社会化」「仕事の意味づけ」のすべてに対して良い影響を与えていた。正木・岡田(2010)による「経験に基づく学習尺度」には、「仕事上、重要な分野の最新動向を追いかけている」などの「機会の追求」因子と、「他者の批判を受け入れ、そこから学ぶ努力をしている」などの「FB の受け止め」因子が含まれていた。この「機会の追求」因子には「失敗しても、そこから教訓を学んでいる」という項目も含まれており、どのような機会も自分の成長に転換しようとする貪欲な意識と行動が窺える。また失敗を恐れずにチャレンジする姿勢も考えられる。さらに「FB の受け止め」因子からは、内省する力と素直さや謙虚さ、さらに自己をコントロールして他者と関係性を保つ力も窺える。つまりキャリア発達に良い影響をおよぼす「経験学習」とは、どんな機会も自分の成長の基にしようとする貪欲さ、失敗を恐れずにチャレンジする前向きさ、さらに内省する力や素直さと解釈できる。加えて積極的かつ自己を抑制できる他者との関係構築も必要となる要素である。こういった「経験学習」の要素は、キャリア教育に限らず、学校教育や家庭教育の場で基礎的に育んでいくことが求められるのではないだろうか。この要素が高まれば、キャリア発達のあらゆる要素が高まり、組織で前向きに頑張れる人材となることだろう。 では、その「経験学習」の要素が高まれば、具体的にどのようなキャリア発達の要素が高まるのだろうか。まず、キャリア自律が促進される。キャリア自律とは、「キャリア自律心理」の下位因子である「職業的自己概念の明確さ」「主体的キャリア形成意欲」「キャリアの自己責任自覚」「職業的自己効力感」、さらに「キャリア自律行動」の下位因子である

「主体的仕事行動」「キャリア開発行動」「職場環境変化への適応行動」といった要素が開発されていく。堀内・岡田(2009)は、キャリア自律がキャリア充実感を促進し、さらに組織のために進んで貢献しようとする「組織への情緒的コミットメント」を高めると検証している。つまりキャリア自律を高めることは、若年層の早期離転職防止に寄与するといえる。よって、就業者の「経験学習」の要素を高めることは、キャリア自律の発達、ひいては若年層の早期離転職防止に寄与すると解釈できる。また、この「経験学習」はキャリア発達の要素すべてと強い相関を示していた。とくに

「キャリア自律行動」との相関値が高かったが、これは「キャリア自律行動」の下位因子である「キャリア開発行動」の項目と、「経験学習」の項目に似たような要素が含まれていたことが一因と考える。 次に「経験学習」の要素が基礎的に高まれば、新入社員が組織に適応していく過程で必要となってくる「組織社会化」が促進される。若年層の早期離転職に強く関連すると思われる「組織社会化」。この「組織社会化」を促進するためには、学校でのキャリア教育によってキャリアに関する現実的吟味を始める「予期的社会化」を高める必要性と、組織参入後の OJT によって「組織内社会化」を高める必要性が一般的に考えられるが、それと同時に個人の特性要因である

「経験学習」要素を高める重要性も検証されたと解釈できる。とくに今回の結果では、「組織社会化」に影響を与えていた要因が「経験学習」のみであったことが特徴的である。必要と思われる「職場支援」からは影響が示されていなかったのである。このことからも「経験学習」の重要性が認識できる。さらに「経験学習」は「仕事の意味づけ」を促進していた。この「仕事の意味づけ」の下位因子は、「仕事遂行の有能感」「役割満足感」「将来への連続感」「継続の重視感」という項目が並ぶ。これらの項目も離転職に寄与すると考えられ、「経験学習」要素を高め「仕事の意味づけ」を促進することが、離転職防止に働きかけると解釈できる。 以上の結果から、若年層の早期離転職問題に対処するためには、「経験学習」の要素を学校教育や家庭教育で基礎的に高め、さらにキャリア教育の場や企業のキャリア育成支援の場で接続的に高めていくことで、キャリア発達を促進していくことが望まれる。そうすることで、おのずとキャリア教育で必要とされている 4 領域「人間関係形成能力」「情報活用能力」「将来設計能力」「意思決定能力」、および企業が採用選考にあたって重視する「主体性」(文部科学省国立教育政策研究所生徒指導研究センター,2011)も高まると考えられる。 ではこの「経験学習」はどのように高めていけるのだろうか。正木・岡田(2011)の研究では、初期キャリアの段階での職場における関係性からの影響を検証している。その関係性の中でも、指導力や推進力を発揮する「指導性」と自

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キャリア発達に影響をおよぼす要因について

己の抑制に関する「自制性」が、「経験学習」を促進していることを明らかにしている。つまり「経験学習」の要素を高めるためには他者との関係性の重要性を示唆している。この結果を念頭に入れた上で、キャリア教育やキャリア育成支援の場での具体的な施策を検討していきたい。

2 .注目していきたいポジティブ労働観と仕事の意味づけ 要因間の関係では、「ポジティブ労働観」と「仕事の意味づけ」が全ての要因と正の相関を示していたことが特徴的であった。どちらも働く上での意識であるが、これらの意識がキャリア発達に関するさまざまな要因に何らかの影響を与えていることが考えられる。 森田(2007)によると、ポジティブな労働観は会社の経営状態の影響を受けにくい概念といえる。このことからも「ポジティブ労働観」は、キャリア発達や働く意識を検討する上で注目すべき概念であることが窺える。しかし森田(2007)の研究では、この「ポジティブ労働観」と「定着志向」との間には相関がなかった。また中高年群に比べて若年群はこの「ポジティブ労働観」が低かった。よって今後は「若年層の早期離転職」を問題とするならば、離転職意思との関連や年齢による差も検討する必要があるだろう。 また「仕事の意味づけ」は全ての要因と相関を示していただけではなく、重回帰分析の結果、個人の特性要因である

「経験学習」「楽観性」「ポジティブ労働観」、さらに組織と個人の関係性要因である「POS」からも正の影響を受けていた。つまり「仕事の意味づけ」を高めるためには、個人の特性要因だけではなく、組織と個人の関係性要因など、さまざまな要因が関与していることがわかった。桐井・岡田(2011)によると、「仕事の意味づけ」は、仕事の取組みや職業的アイデンティティから影響を受けていた。つまり「仕事の意味づけ」を高めるためには、学校でのキャリア教育や企業研修での教育だけでは不十分であり、日頃の主体的な仕事への取組み姿勢が重要であることを示していた。今後、キャリア発達を検討する上で注目したい「仕事の意味づけ」であるが、この「仕事の意味づけ」を媒介変数にして検討を重ね、さまざまな因果関係を明らかにしていく必要性がある。 どちらの意識も就労観にかかわることなので、キャリア教育の場から育んでいきたい要素である。キャリア教育の場では勤労観・職業観の形成を掲げているが、具体的に「ポジティブ労働観」と「仕事の意味づけ」にかかわる要素を含めることが効果的と考える。さらに企業内の OJT におけるキャリア育成支援でも、継続的にこれらの意識を高めていくことが望まれる。

3 .今後の課題 今回の研究では、キャリア発達に「職場支援」や「POS」といった組織と個人の関係性要因があまり影響を与えていない結果となった。個人の特性要因の重要性を示唆するものとなり、その結果にはひとつの意義があったが、組織と個人の関係性の検討がさらに必要であることも考えられる。なぜならば、今回のアプローチに活用した Schein(1978)のキャリア・サイクル・モデルは、個人のキャリア発達を組織とのかかわりを軸にとらえていることに特徴があり、組織内の個人の人的な関係性の発達モデルともいえるからである。また竹内・竹内(2011)は、新入社員に対する職場の上司・先輩・同僚のかかわりが、組織社会化促進には重要であることを明らかにしたが、今回の結果では「職場支援」が

「組織社会化」に影響を与えず、相関もそれほど高い値ではなかった。つまり、その重要性を検証できなかったのである。今後は「職場における関係性」について使用する因子や分析方法の再考を検討していきたい。 また今回はキャリア発達の一側面として、「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」「組織社会化」「仕事の意味づけ」の 4 要因を取り上げたが、相関分析によるとこれら 4 要因間で高い相関がみられた。この結果からは、「組織社会化」

「仕事の意味づけ」要因が媒介変数として働き、「キャリア自律心理」「キャリア自律行動」に影響していることも考えられる。今後、モデルを再検討して新たなモデルを構築する必要性があるだろう。もしくは各尺度の各項目を縦断して因子分析を行い、新たな要因を探ることも検討したい。キャリア発達は広狭さまざまな意味に使用されているが、新たな尺度づくりにより、キャリア発達の具体的な要素を検討していきたい。 さらに今回の結果でその重要性が明らかになった「経験学習」であるが、実際に使用した尺度の下位因子は「機会の探求」「FB の受け止め」の 2 種類、質問項目数は14であった。これだけで「経験学習」を構成する要因は十分であろうか。今後はさらに「経験学習」のあらたなる要因について検討をしていきたい。

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立正大学心理学研究年報 第 4 号

 今回の問題の出発点は「若年層の早期離転職」であった。その問題に対処するためには、今後は離転職意思との関連を検討する必要があるだろう。また年齢差や管理職か否かの違いで、意識や行動がどのように変化するのか、もしくはしないのか、その検討も必要と思われる。

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