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1 アリーナ大空間の施工について ~武蔵野の森総合スポーツプラザ新築工事~ 中澤 仁志 1 1 東京都財務局 建築保全部 施設整備第一課 (〒163-8001 東京都新宿区西新宿2-8-1) 武蔵野の森総合スポーツプラザは、、10,000人規模のイベント開催が可能な多目的アリーナ を有する運動施設である。工事着手後の不測の事態により工程が大幅に遅延したが、遅延回復 を図るため、大空間を有する特殊な形状の建築物の施工において、クリティカルとなる工程を 把握し、当該工程の短縮又はそれ以上の遅延を生じさせないため、品質及び安全を確保しつつ 関係者と調整し、様々な技術的工夫を行い工事を進めた。 キーワード 大空間施工,工程遅延回復 1. 武蔵野の森総合スポーツプラザについて 武蔵野の森総合スポーツプラザは、隣接する味の素ス タジアムと合わせて、多摩地域のスポーツ振興に貢献す るとともに、地域のにぎわい・活性化など、まちづくり にも貢献する施設として位置づけられ、整備を進めた。 一期事業として、武蔵野の森総合スポーツプラザ計画 地西側の補助競技場を先行整備し、2012年4月から「西 競技場」として開業している。 二期事業として整備したのが武蔵野の森総合スポーツ プラザであり、国際的・全国的な大規模スポーツ大会が 開催可能であり、イベント興行としても利用可能な多目 的アリーナ(メインアリーナ)のほか、サブアリーナ及 び屋内プールを有する施設として計画し、2014年2月に 着工し2017年3月にしゅん功した。 また、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大 会では、メインアリーナにおいて、バドミントン、近代 五種(フェンシング)及び車いすバスケットボールが開 催される予定である。 本稿では、武蔵野の森総合スポーツプラザの計画概要、 メインアリーナ大屋根鉄骨建方及びアリーナ内外装の施 工上の工夫について紹介する。 2. 計画概要 (1) 配置計画 メインアリーナ棟及びサブアリーナ・プール棟の2棟 構成とし(図1)、2棟の間にはメインアリーナホワイ エ入口になる3階レベルにデッキ広場を設け(図2)、 メインアリーナに来場する多くの観客のアプローチに対 西競技場 味の素スタジアム メインアリーナ棟 サブアリーナ・プール棟 -1 鳥瞰 -2 デッキ広場

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アリーナ大空間の施工について

~武蔵野の森総合スポーツプラザ新築工事~

中澤 仁志1

1東京都財務局 建築保全部 施設整備第一課 (〒163-8001 東京都新宿区西新宿2-8-1)

武蔵野の森総合スポーツプラザは、、10,000人規模のイベント開催が可能な多目的アリーナ

を有する運動施設である。工事着手後の不測の事態により工程が大幅に遅延したが、遅延回復

を図るため、大空間を有する特殊な形状の建築物の施工において、クリティカルとなる工程を

把握し、当該工程の短縮又はそれ以上の遅延を生じさせないため、品質及び安全を確保しつつ

関係者と調整し、様々な技術的工夫を行い工事を進めた。

キーワード 大空間施工,工程遅延回復

1. 武蔵野の森総合スポーツプラザについて

武蔵野の森総合スポーツプラザは、隣接する味の素ス

タジアムと合わせて、多摩地域のスポーツ振興に貢献す

るとともに、地域のにぎわい・活性化など、まちづくり

にも貢献する施設として位置づけられ、整備を進めた。

一期事業として、武蔵野の森総合スポーツプラザ計画

地西側の補助競技場を先行整備し、2012年4月から「西

競技場」として開業している。

二期事業として整備したのが武蔵野の森総合スポーツ

プラザであり、国際的・全国的な大規模スポーツ大会が

開催可能であり、イベント興行としても利用可能な多目

的アリーナ(メインアリーナ)のほか、サブアリーナ及

び屋内プールを有する施設として計画し、2014年2月に

着工し2017年3月にしゅん功した。

また、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大

会では、メインアリーナにおいて、バドミントン、近代

五種(フェンシング)及び車いすバスケットボールが開

催される予定である。

本稿では、武蔵野の森総合スポーツプラザの計画概要、

メインアリーナ大屋根鉄骨建方及びアリーナ内外装の施

工上の工夫について紹介する。

2. 計画概要

(1) 配置計画

メインアリーナ棟及びサブアリーナ・プール棟の2棟

構成とし(図1)、2棟の間にはメインアリーナホワイ

エ入口になる3階レベルにデッキ広場を設け(図2)、

メインアリーナに来場する多くの観客のアプローチに対

西競技場

味の素スタジアム

メインアリー ナ棟 サブ アリー ナ・プ ルー棟

図-1 鳥瞰 図-2 デッキ広場

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応するとともに、広場に面してサブアリーナ・プール棟

内にカフェとして使用できるスペース等を配置し、賑わ

いの創出を図った。

また、デッキ広場から味の素スタジアムへつながるブ

リッジを設け、両施設の連携の強化を図った。

(2) メインアリーナ

国際的なスポーツ大会及び最大収容人数10,000人以上

のイベント空間としても利用可能なアリーナとして計画

し、競技面は約4,900㎡、バスケットボールが4試合同

時に実施可能な広さである。

床の耐荷重は、コンサートイベント等にも対応するた

め、5t/㎡とし、壁はフットサルにも対応するため、

金属仕上とした。

天井高は天井吊りフック下までの高さを20m以上確保

した。

天井からは5m×10mの大型映像装置を配し、音響及

び照明は、ラインアレイスピーカ、LED照明とした。

空調については、競技面の壁及び観客席床に吹き出し

口を設けて居住域空調とし、中間期には屋根面の換気窓

から自然換気が行えるよう計画した。

(3) サブアリーナ・プール

サブアリーナは、大規模スポーツ大会時に、メインア

リーナの補完的な役割を担うとともに、広域的な大会の

開催や、団体・個人の利用が可能なアリーナとして計画

し、競技面は約1,800㎡、バスケットボールが2試合同

時に実施可能な広さである。

プールは、50mプール(8コース)を計画した。

水球、シンクロナイズドスイミング、幅広い年齢層の

水泳教室等に対応するため、水槽内に水深調整可能な可

動床(水深0m~3m)を導入した。

また、プールを2分割して25mプール×2として使用

できるよう、可動壁を導入した。

(4) 外装計画

メインアリーナ棟は止水ラインとなるステンレス屋根

の外側に約1,400枚の三角形のアルミパネルを配し、外

装仕上とした。

アルミパネルは白及び黒を基調とし、太陽光パネル、

緑化パネル及び窓を効果的に配置し、デザイン性に富ん

だ外装となっている。なお、三角形のパネルの組み合せ

は、森の葉の重なりをイメージしたものである。(図3)

対するサブアリーナ・プール棟の外装仕上はコンクリ

ート打放し仕上となっており、広場に面して曲線的なカ

ーテンウォールを配するなど、メインアリーナとあわせ

て全体的に落ち着いた色合いで、視覚的に変化のある外

観となっている。(図4)

3. アリーナ大空間の施工について

着工後、地中障害物の処理や記録的大雨による敷地内

冠水等の予期せぬ事態により、土工事及び基礎工事が大

幅に遅延し、全体工程の見直しが必要となった。

その見直しの中で、建築工事と設備工事のクリティカ

ルな工程を把握し、各受注者、工事監理者及び監督員間

で情報共有し、毎週進捗状況を確認ながら、スケジュー

ルを厳守するよう調整・工程管理を行い、遅延の回復を

図った。

本工事における工程管理上の重点管理項目は、次の点

であった。

・鉄骨屋根建方(全体が一つの屋根で覆れている建物→

屋根の早期着手が必須)

・アリーナ基礎・床躯体完了(高圧線引込ルートがアリ

ーナピットを経由するため→受電の時期に影響)

以上の重点管理項目を踏まえ、工期短縮という観点か

ら、大屋根鉄骨建方工事、アリーナ内装工事、アリーナ

外装工事で行った取組及び安全衛生活動について紹介す

る。

(1) 大屋根鉄骨建方工事における取組

メインアリーナの平面形状は、短辺方向77~83m×長

辺方向約110mで、長辺方向に緩やかな曲率を持ち、中央

が膨らんだ形状となっている。このアリーナを最大短辺

図-3 メインアリーナ棟 図-4 サブアリーナ・プール棟

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図-5 鉄骨建方ベント残置工法

長さ約100m×最大長辺長さ約150mの長円形の屋根架構が

覆っている。屋根架構は建物形状に馴染みやすい鉄骨パ

イプトラスを用いた架構である。

屋根鉄骨トラス建方においては、鉄骨自重による水平

力を柱に負担させないよう、屋根トラスのジャッキダウ

ン後にトラスと柱の接続を行う必要があり、接続後、屋

根仕上工事を行うことになる。

しかし、屋根トラスに所定の水平変位を生じさせるた

めには、長辺方向及び短辺方向トラスフレームを全て組

みあげる必要があり、それまでは屋根仕上工事ができな

い。

そこで、屋根トラスの建方の手順を検討し、屋根ト

ラス建方と屋根仕上工事を同時に行えるよう、次のとお

り、建方の工夫を行った。(図5)

・トラス中央に、あらかじめ鉄骨+仕上荷重分のムクり

をつける。

・屋根トラス+仕上材の荷重受けとして、スパン中央及

び端部に仮設架台(ベント)を設置し、トラスフレー

ムを全て組みあげるまで残置する。

・トラスフレーム構築後、中央ベントで鉄骨自重分を順

次ジャッキダウンし、端部に水平変位を生じさせる。

・端部ベントをジャッキダウンし、屋根トラスと柱を接

続する。

これにより、屋根仕上の早期完了、内装仕上の早期

着手が可能となった。

(2) 内装工事における取組

アリーナ天井工事は、ステージ足場等を設置して行う

方法もあったが、電気工事において高圧線引込ルートが

アリーナ床下のピットを経由していたため、アリーナ床

躯体を早期に完了させる必要があった。

そこで、アリーナ天井作業と下部基礎躯体工事が同時

に施工できるよう、屋根鉄骨に固定吊足場及び移動式吊

足場を設置して天井作業を行うこととした。(図6)

足場には、鋼製板、幅木、2段手すり(ネット付)及

び水平ネットを設置し、落下防止に努めた。

さらに、天井工事は南から北、基礎工事は北から南と、

上下作業にならないよう作業を行った。

移動吊足場

固定吊足場

図-6 天井吊り足場

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図-7 各部納まりの検討

図-8 貫通ファスナー部水張り試験

(3) 外装工事における取組

アリーナの壁面を覆うのは、約1,400枚のアルミパネ

ルの外装である。壁面は複雑な曲面形状を有していたた

め、パネルの形状、風圧力等の荷重条件が全て異なって

いた。

一方、仕様書では耐風圧性、変形追従性、防水性、風

切り音対策等の要求性能を定め、工事段階で性能検証を

行うこととしていたが、検討パターンが膨大で、品質検

討に多くの時間がかかることが想定された。

そこで、受注者はBIMを活用し、パネルの割付、各

所納まりを検討し(図7)、さらに、3Dモデルから2

D制作図の作成も自動化してパネルの製作ミスを防ぎ、

品質確保と工期短縮を図った。

具体的には、耐風圧性能については、BIMモデルと

連動したパネル強度全数検討を行い、アルミパネル枠材

断面等を決定した。

変形追従性については、層間変位追従性を確保するた

めのパネル目地幅、アングルピースのクリアランス計算

を自動的に行うプログラムを開発・実施した。

防水性、風切り音対策については、パネル取付ファス

ナーがステンレスシーム溶接屋根(防水層)を貫通する

部分の水張り試験(図8)及びアルミパネル実物大模型

による風洞実験を行い、細部の納まり・形状を決定した。

(4) 安全衛生活動

工期短縮を図った上でも、品質及び安全を確保するこ

とは重要である。特に不適正な作業を行い、重大事故を

起こしてしまっては本末転倒である。

本現場では、監督員、工事監理者が毎週現場巡回を行

い(図9)、その際、受注者を同行させ関係者による意

見交換を行い、受注者の安全意識、管理体制等のレベル

アップを図った。

全受注者が集まる総合定例会では、巡回時の指摘事項、

他現場での事故例等を周知し、情報共有した。

また、受注者の取組みとして、リーダー会(職長会)

が主体的に安全衛生活動を行った。

具体的には、安全委員会、環境美化委員会、体操委員

会及び企画・広報/駐車場管理委員会を設置し、現場巡

回、声掛け運動、現場の清掃、安全標語の募集・掲示等

を行い、作業員の連帯感の醸成、安全に対する意識の向

上を図った。

5. おわりに

着工後の不測の事態により、工程は最大で4.5月程度

の遅延が生じたが、品質を確保しつつ、最終的には遅延

を1.5月まで短縮することができた。

受注者の技術力に助けられながらも、受注者、工事監

理者と密に打ち合わせを行い、早期に問題点、調整事項

を洗い出し、安全・品質・工程を総合的に判断して、問

題解決を図った。また、運営など使い勝手上確認が必要

な事項は、オリンピック・パラリンピック準備局と調整

を行い、関係者と連携して無事にしゅん功を迎えること

ができた。

積極的に現場に赴くなど、関係者とのコミュニケーシ

ョンを密に取り、情報を共有して工事を進めることが重

要であると痛感した。

本工事で得た知識・経験を組織へフィードバックさせ、

ノウハウや技術の継承を図っていきたい。

図-9 発注者現場安全パトロール