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神戸モーツァルト研究会 第 224 回例会 2012 4 1 1 チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品 チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品 チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品 チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品 Allegro molto, Del Signore Giovane Wolfgango Mozart Allegro molto, Del Signore Giovane Wolfgango Mozart Allegro molto, Del Signore Giovane Wolfgango Mozart Allegro molto, Del Signore Giovane Wolfgango Mozart ヨハンネス・ライゼラー筆写、シュテルツィング ヨハンネス・ライゼラー筆写、シュテルツィング ヨハンネス・ライゼラー筆写、シュテルツィング ヨハンネス・ライゼラー筆写、シュテルツィング 1780 1780 1780 1780 年の楽譜帳から 年の楽譜帳から 年の楽譜帳から 年の楽譜帳から 野口秀夫 1.はじめに 1.はじめに 1.はじめに 1.はじめに 犬輔:新聞で見たんだけど、チロル[正しくはティロール]でモーツァルトのクラヴィーアのための アレグロ・モルト ハ長調が発見され、2012 3 23 日にモーツァルト住家のタンツマ イスターザールでモーツァルトのピアノフォルテを用いてフローリアン・ビルザークによ り初演されたそうだ 注1 。最近このような発表が続くね。 2006 10 月のクラヴィーアのた めのアレグロ ハ長調 注2 Allegro di Wolffgango Mozart と記載のある筆写譜] 2008 9 月のナン ト・スケッチ 注3 [モーツァルト自筆の Kyrie in d minor 及び Credo in D major のスケッチ] 、そして 2009 8 月のナンネルの楽譜帳 注4 No.50 の前奏曲 ト長調、No.51 のクラヴィーア協奏曲(断片)がモーツ ァルト作であるとの説]など以来だ。 鳥代:BBC ニュースサイトでは初演の画像を見ることが出来るわ 注5 Youtube では全曲も聴く ことが出来るのね 注6 。著作隣接権はどうなっているのかしら。 教授:モツァルテーウムのサイト 注7 ではドイツ語と英語によるプレスリレース 注8 、楽譜の第 1 ページのファクシミリ 注9 そして全曲の現代譜 注 10 がダウンロード出来る。まずはプレスリ レースを諸君らと一緒に読んでみよう。 犬輔:ふーん。チロルのレッヒ渓谷でチロリアン管楽団の楽長で教会の聖歌隊長、且つオルガニ ストでアウサーフェルンの校長先生の屋根裏部屋が最近取り壊され、そこに長い間忘れ去 られていた音楽コレクションがあることが浮上したんだって。それは 18 世紀後半から 20 世紀半ばにまで亘る様々な音楽ジャンルの数百曲の筆写譜や印刷譜の非常に興味深いコ レクションで、その中に 160 ページ以上からなるクラヴィーアのための手書きの楽譜集が あり、表紙には“シュテルツィング 1780 年”と書いてあるそうだ。 教授:シュテルツィングは南チロルに位置しており、今はイタリアのヴィピテーノだ。 鳥代:発見したのはインスブルックにあるチロル音楽研究所の音楽学者 Univ.-Doz. Mag.art. Dr.phil.ヒルデガルト・へルマン=シュナイダーで、彼女のデイリーワーク中に見つかった と書いてあるわ。教授、この人の肩書きは日本語でどう訳すのですか。 教授:大学教授 Universität-Dozent、芸術マギスター Magister artibus、哲学博士 Doctor Philosophieのことだ。日本やアメリカの学位とは制度が異なるから直訳以上の翻訳は不可能だ。 2.楽譜表記の意味解釈 2.楽譜表記の意味解釈 2.楽譜表記の意味解釈 2.楽譜表記の意味解釈 犬輔:件の曲はアレグロ・モルト ハ長調のクラヴィーア小品で作曲者名が Del Signore Giovane Wolfgango Mozart となっている。Del di+il ですから英語の of the あるいは by the ことですね。 Signore [シニョーレ] は英語の Mr のこと、 giovane [ジョヴァーネ] は英語の young のことですよ。“若い方のヴォルフガンゴ・モーツァルト氏の”という意味ですね。 教授:プレスリリースでもそう説明しているが、イタリア出身の私にはそのイタリア語は奇妙に 思われる。まず、signore が英語の mister の意味で giovane が英語の young の意味だと レッヒ渓谷 シュテルツィング (現ヴィピテーノ) アウサーフェルン /ロイテ ラッテンベルク

チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラ …mozart.music.coocan.jp/224.pdf神戸モーツァルト研究会 第224 回例会 2012 年4月1日 1 チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品

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神戸モーツァルト研究会 第 224 回例会 2012 年 4 月 1 日

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チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品チロルで発見されたモーツァルトの知られざるクラヴィーア小品 Allegro molto, Del Signore Giovane Wolfgango MozartAllegro molto, Del Signore Giovane Wolfgango MozartAllegro molto, Del Signore Giovane Wolfgango MozartAllegro molto, Del Signore Giovane Wolfgango Mozart

ヨハンネス・ライゼラー筆写、シュテルツィングヨハンネス・ライゼラー筆写、シュテルツィングヨハンネス・ライゼラー筆写、シュテルツィングヨハンネス・ライゼラー筆写、シュテルツィング 1780178017801780 年の楽譜帳から年の楽譜帳から年の楽譜帳から年の楽譜帳から 野口秀夫

1.はじめに1.はじめに1.はじめに1.はじめに

犬輔:新聞で見たんだけど、チロル[正しくはティロール]でモーツァルトのクラヴィーアのための

アレグロ・モルト ハ長調が発見され、2012 年 3 月 23 日にモーツァルト住家のタンツマ

イスターザールでモーツァルトのピアノフォルテを用いてフローリアン・ビルザークによ

り初演されたそうだ

注 1

。最近このような発表が続くね。2006 年 10 月のクラヴィーアのた

めのアレグロ ハ長調

注 2

[Allegro di Wolffgango Mozart と記載のある筆写譜]、2008 年 9 月のナン

ト・スケッチ

注 3

[モーツァルト自筆の Kyrie in d minor 及び Credo in D major のスケッチ]、そして 2009年 8 月のナンネルの楽譜帳

注 4

[No.50 の前奏曲 ト長調、No.51 のクラヴィーア協奏曲(断片)がモーツ

ァルト作であるとの説]など以来だ。

鳥代:BBC ニュースサイトでは初演の画像を見ることが出来るわ

注 5

。Youtube では全曲も聴く

ことが出来るのね

注 6

。著作隣接権はどうなっているのかしら。

教授:モツァルテーウムのサイト

注 7

ではドイツ語と英語によるプレスリレース

注 8

、楽譜の第 1ページのファクシミリ

注 9

そして全曲の現代譜

注 10

がダウンロード出来る。まずはプレスリ

レースを諸君らと一緒に読んでみよう。

犬輔:ふーん。チロルのレッヒ渓谷でチロリアン管楽団の楽長で教会の聖歌隊長、且つオルガニ

ストでアウサーフェルンの校長先生の屋根裏部屋が最近取り壊され、そこに長い間忘れ去

られていた音楽コレクションがあることが浮上したんだって。それは 18 世紀後半から 20世紀半ばにまで亘る様々な音楽ジャンルの数百曲の筆写譜や印刷譜の非常に興味深いコ

レクションで、その中に 160 ページ以上からなるクラヴィーアのための手書きの楽譜集が

あり、表紙には“シュテルツィング 1780 年”と書いてあるそうだ。

教授:シュテルツィングは南チロルに位置しており、今はイタリアのヴィピテーノだ。

鳥代:発見したのはインスブルックにあるチロル音楽研究所の音楽学者 Univ.-Doz. Mag.art. Dr.phil.ヒルデガルト・へルマン=シュナイダーで、彼女のデイリーワーク中に見つかった

と書いてあるわ。教授、この人の肩書きは日本語でどう訳すのですか。

教授:大学教授[Universität-Dozent]、芸術マギスター[Magister artibus]、哲学博士[Doctor Philosophie]

のことだ。日本やアメリカの学位とは制度が異なるから直訳以上の翻訳は不可能だ。

2.楽譜表記の意味解釈2.楽譜表記の意味解釈2.楽譜表記の意味解釈2.楽譜表記の意味解釈

犬輔:件の曲はアレグロ・モルト ハ長調のクラヴィーア小品で作曲者名が Del Signore Giovane Wolfgango Mozart となっている。Del は di+il ですから英語の of the あるいは by the の

ことですね。Signore[シニョーレ]は英語の Mr のこと、giovane[ジョヴァーネ]は英語の youngのことですよ。“若い方のヴォルフガンゴ・モーツァルト氏の”という意味ですね。

教授:プレスリリースでもそう説明しているが、イタリア出身の私にはそのイタリア語は奇妙に

思われる。まず、signore が英語の mister の意味で giovane が英語の young の意味だと

レッヒ渓谷

シュテルツィング

(現ヴィピテーノ)

アウサーフェルン

/ロイテ

ラッテンベルク

神戸モーツァルト研究会 第 224 回例会 2012 年 4 月 1 日

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すると、“by the Mr young Wolfgango Mozart”となり、“若い方のヴォルフガンゴ・モー

ツァルト氏の”と言うには語順がおかしい。一歩譲って signore をもう一つの意味

gentleman(文字通りの意味は lord)に解釈すると“by the gentleman young Wolfgango Mozart”となり“若い紳士ヴォルフガンゴ・モーツァルトの”と言うにも語順がおかしい。

現代英語であれば“by Mr Wolfgango Mozart, Junior”となるであろう。しかし、18 世

紀のヨーロッパでは junior や senior に相当する言葉は使われなかったんだ。だからやや

こしくもあるんだが、英語、ドイツ語、イタリア語にはそれぞれの定型があった。英語は

the elder や the younger で、ドイツ語では der alte や der junge だ。そしてイタリア語で

は il Vecchio[イル・ヴェッキオ]や il Giovane[イル・ジョヴァーネ]となるんだ。ということ

から正しくは“Del Signor(e) Wolfgango Mozart il Giovane”だよ

注 11

犬輔:そうか。別の例で申し訳ないけど、ドイツ語の翻訳で“チェルニーン老人”

注 12

というの

を見ておかしいなと思っていたんだ。1726 年生まれだから亡くなったときの年齢は 51 歳

だったんですからね。これは“年上の方の”とか“父親の”とか訳すべきなんだ。

鳥代:それはともかく、私の理解は異なるわ。Giovane は写し間違いよ。正しくは Giovanni[ジ

ョヴァンニ]ではないかしら。ドイツ語で Johann[es]、モーツァルトのファーストネームよ。

だから“Del Signor(e) Giovanni Wolfgango Mozart”が正解よ。

教授:確かにイタリアでマルティーニ神父などによってモーツァルトが Giovanni、Joanni、Gio.そして Giov.と呼ばれているが、この 4 例はすべて 1770 年だ。それ以外は J. G. Wolfgang MozartというJohann Gottliebを縮約した形が使われていた

注13

。それゆえ、今回Giovanniという形で使われていたとしたら、きわめて稀なケースに属することになる。

犬輔:いずれにしても、楽譜のタイトル表記のイタリア語が不正確なのから見ると、筆写した人

はよっぽどの素人だったんだ。

鳥代:そうよ。ヒルデガルト・へルマン=シュナイダーによれば、筆写したのはヨハンネス・ラ

イゼラーというラッテンベルク/チロルで 1765 年に生まれた医師の息子よ。彼はザルツ

ブルクでウニフェルジテーツ・ギムナジウム(ハイスクール)に入学し、また 1778 年か

ら 1780 年までザルツブルクの少年聖歌隊員だったそうよ。彼はカペルハウスで集中的に

音楽の手ほどきを受け、大量に曲を写し取った後、その手稿譜をシュテルツィングに必携

として[vade mecum]持ち帰った違いないと言っているわ。

犬輔:そうか、1780 年にはまだ 15 歳の少年なんだね。

鳥代:プレスリリースによれば、「まだ高校生のこの少年筆記者は、ザルツブルクで厳格な学術

的な監督――レーオポルト・モーツァルト自身の可能性もある――の下で作品を筆写した。

したがって、間違いや不正確な記述をすることが許されなかったはずなので、作曲家名を

モーツァルト“ジュニア”[ドイツ語のプレスリリースでも”junior”という単語を使っている]としてい

るのは信頼に値する」と言っているわね。

犬輔:変なイタリア語を誰も訂正しなかったことについてはどう説明するんですかね。

鳥代:それに、全曲をザルツブルクで筆写したのなら、何故表紙に“シュテルツィング 1780年”という記入をしたのでしょうか。シュテルツィングに帰ってきてから筆写した曲も含

まれていると考えなくてはいけないわね。

3.作曲者名表記の妥当性3.作曲者名表記の妥当性3.作曲者名表記の妥当性3.作曲者名表記の妥当性

鳥代:ところで、Wolfgang でなくて Wolfgango とあるのはイタリア語読みなのでイタリアで作

曲された曲だということになるのでしょうか。

教授:いや、以前にも言ったことがあるが、モーツァルト自身が自筆譜に書いた署名の多くが

Wolfgango Amadeo Mozart だったことは知っておくべきことだ。アヴェ・ヴェルム・コ

ルプス K.618 もそうなんだよ。ただし、Amadeo が入りだしたのは 1770 年以後であるか

ら、Wolfgango Mozart の形はほとんどがその以前に使われており、モーツァルト自身で

は K.23, K.38, K.43, K.46d, K.65, K.61b, K.117 に、レーオポルト・モーツァルトの代理

署名では K.6, K.7, K.8, K.15a, K.35, K.51, K.50 に使用され、1770 年以降はモーツァル

トによる K.166, K.181, K.195 の 3 例に Wolfgango Mozart が出てくるだけだ

注 14

犬輔:ということは、もしモーツァルトの真作であれば、作曲は 1769 年以前に絞られますね。

鳥代:それは不正確だわ。例外の 3 例の 1773~1774 年を考慮に入れて絞るべきよ。

教授:それよりも、この作曲者表記の妥当性を揺るがすもっと重要な例がある。

犬輔・鳥代:えっ、何ですか、それは?

教授:この手稿譜選集には 136 曲が収録されており、当該曲は 12-14 ページにあるんだが、そ

のすぐあと、及びさらに後ろの方に、父レーオポルト作曲の本物のクラヴィーア作品『朝

と晩(Der Morgen und der Abend)』(1759 年刊)からの 3 曲がある

注 15

。その作曲者名が“Del

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Signore Mozart”、“Del Signore Mozart”そして“Del Signore Eberlin”注 16

なんだ。そ

う、ライゼラー少年は作曲者名を間違えて書いている場合もあるということだ。

犬輔:なるほど。ますます「間違いや不正確な記述をすることが許されなかったはず」と言う根

拠がなくなりますね。

教授:もっと驚くことがある。今回発見された曲と同じ曲が既にヨーゼフ・ツェートグルーバー

という人により 1999 年に発見されていた。それは 1800 年頃の筆写譜で表題はアレグロ、

作曲者はブリクシと書いてあるというんだ

注 17

鳥代:ブリクシってフランティシェク・クサヴァー・ブリクシ(1732-1771)のことですね。

教授:そうだ。スイスのFrauenkloster St. Johannの図書館に番号Ms.5720で所蔵されている。

鳥代:あら、その手稿譜は複数の作曲家の曲集で 12 sonatas, 8 minuets, 5 divertimenti, 4 Allegro, 1 Andante, 1 minuet with 10 variations and various dances から成っていて、

Brixi の曲は 157 ページから 167 ページに亘る 4 曲だから

注 18

、そのうちの1曲だけにモ

ーツァルトの曲が混在したというのは考えにくいわね。もし、この 4 曲すべてが実はモー

ツァルトの曲であるということが分かったので、ということなら納得しますけれど…。

教授:プレスリリースというものはこのような疑わしい情報には一切触れないようにするのが習

わしだから仕方ないが、モツァルテーウムのプレスリリースの素晴らしいところは、研究

者向けには資料を惜しげもなく提供してくれていることだ。冒頭で述べたダウンロードに

ついても然り、参照サイトの案内も然りだ。

4.当該楽譜集の特徴4.当該楽譜集の特徴4.当該楽譜集の特徴4.当該楽譜集の特徴

教授:シュテルツィングの楽譜帳には次の作曲家のクラヴィーア曲が採取されている。姓のアル

ファベット順に Anton Cajetan Adlgasser、Domenico Alberti、Johann Christian Bach、Magnus Dagn、 Georg Augustin Holler、Johann Anton Kobrich、Vincenzo Manfredini、Joseph Christian Willibald Michl、Leopold Mozart、Franz Xaver Anton Murschhauser、Anton Ferdinand Paris、J. Sandbichler、Matthias Sandel、Giannangelo Antonio Santelli、Johann Franz Xaver Sterkel、Antonio Terzi、Georg Christoph Wagenseil、その他 anonymus である。

犬輔:プレスリリースでは彼らを「北イタリア、チロル、バイエルンからザルツブルク、ヴィー

ン地域にかけての当時の著名な作曲家」だと紹介している。ぼくは 17 人の作曲家のうち

8 人の曲を聴いたことがあるけど、今やマイナーな作曲家が多いですね。ザルツブルクで

勉強中の 1778 年から 1780 年に彼はいろいろな楽譜帳から抜粋して筆写したんでしょう。

鳥代:そのような孫引きであるとすれば、作曲家名の妥当性も然ることながら、楽曲の筆写の正

確性・忠実性も問われなくてはいけないわね。

教授:2012 年 9 月出版予定の『モーツァルト年鑑 2012 年(Mozart Jahrbuch 2012)』[出版予定期日が

守られたことがない出版物で、先日 2007/8 年版がやっと発刊されたばかり]に Das Allegro molto in C "del Signore Wolfgango Mozart" im Klavierbuch "Sterzing 1780"というタイトルでヒル

デガルト・へルマン=シュナイダーの論文が記載されるそうだから

注 19

、そこで論じられる

だろう。

犬輔:論文タイトルに Giovane が無いのは意図的でしょうか。

教授:うっかり漏らしたミスプリントであることを望むね。

5.作品の特徴5.作品の特徴5.作品の特徴5.作品の特徴

犬輔:プレスリリースには次のように書かれています。「モーツァルトはアレグロ·モルトのテン

ポ、ハ長調を選択し、84 小節の長さのソナタ形式としており、音域はクラヴィコードに

合わせてある。この曲はソナタ形式の領域で自分自身を主張するモーツァルトの最初の主

要な試みである可能性があり、比較的高いレベルの作曲技法で書かれている。原曲の日付

は、モーツァルトが 11 歳の頃、1767 年前後であろう。それは、ロンドンのスケッチブッ

ク(1764、クラヴィーア表記で様々な草稿を含む KV15a-15ss)にこだまする期間であり、

そのあと、ほとんど十年後に、最初のクラヴィーア·ソナタ KV279(ミュンヘン 1775)が続く。前奏曲のようなアレグロ・モルトの始まりはクラヴィーア·ソナタ KV279 の冒頭

小節を強く彷彿とさせる。アレグロ·モルトの第 1 小節と第 2 小節はウルリヒ・ライジン

ガーによってナンネルの楽譜帳からモーツァルトのアレグロ ト長調[No.50 の前奏曲]とし

て帰結された曲と(移調されてはいるが)瓜二つである。アレグロ·モルトは、テーマの

形成、作曲上の設定および和声、そして他のモーツァルトのクラヴィーア作品に繰り返し

神戸モーツァルト研究会 第 224 回例会 2012 年 4 月 1 日

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見られる多くの構成要素を持っている。作曲上のディーテイルはモーツァルトの完璧な楽

曲の一般的な特性との矛盾をほとんど示さない[この文章はドイツ語のプレスリリースにはなく英語

の方のみにある]。現在の学術的知識によれば、したがって、ヴォルフガング·アマデーウス·

モーツァルトの本物のソナタ楽章とみなされなければならない。」

6.楽譜の保管場所6.楽譜の保管場所6.楽譜の保管場所6.楽譜の保管場所

教授:手稿譜は地域の文化的資産を保管・保持するグリューネス・ハウス博物館(チロルのロイ

ッテ所在)[Grünes Haus - Museum Reutte, Reutte]によって購入された。これはチロル州政府

文化省の資金調達を介して可能になったという。

7.まとめ7.まとめ7.まとめ7.まとめ

鳥代:まだ聴き込んでいないけれど、クラヴィーア・ソナタの楽章と言うより練習曲のような気

がするわ。誰かの練習用に作曲されたのではないかしら。

犬輔:2006 年 10 月のアレグロ ハ長調や今回のアレグロ・モルトの共通点は、ザルツブルク縁

[ゆかり]のクラヴィーア練習用の楽譜帳に残っていた曲だということですからね。もし、

この曲がモーツァルトの真作であるとすれば、オリジナルは誰かのクラヴィーアの楽譜帳

に綴じられてしまったために、父レーオポルトの手元には残されなかったということで、

その誰かの楽譜帳から直接、あるいは間接的にライゼラー少年が筆写したということが考

えられます。でも筆写の際に生じる情報の伝達間違いの有無は過小評価できませんね。

教授:ナンネルの楽譜帳 No.50 と似すぎていることも、むしろ疑わしく思われる。K.279 とも

似ていると言うが、同時期のクラヴィーア曲で似ている曲はそれら以外にはない。なにも

結論を急ぐことはない。もっと聴きこんでから更なる判断することとしよう。

注:

注 1:CNN.co.jp 『新発見のモーツァルトのピアノ曲演奏、オーストリア生家で』3 月 24 日(土)14 時 21 分配信:.

< http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20120324-00000011-cnn-int > 注 2:AFPBB News『神童モーツァルト 未発表の楽譜が初演奏される』 2006 年 12 月 29 日 20:13 :オーストリア

< http://www.afpbb.com/article/entertainment/music/2161062/1202043 >

注 3:野口秀夫『モーツァルトの真作はどれだ(ナント・スケッチとレ・プティ・リアン)』神戸モーツァルト研究会 第203 回例会(2008/10/5)

注 4:野口秀夫『モーツァルト作と判定されたナンネルの楽譜帳 No.50, 51 のクラヴィーア曲』神戸モーツァルト研究

会 第 210 回例会(2009/12/6) 注 5:BBC News Entertainment & Arts “Newly discovered Mozart work played for the first time Newly discovered

Mozart work played for the first time”, 23 March 2012.

< http://www.bbc.co.uk/news/entertainment-arts-17493329 > 注 6:sagaposzeretlek さん” L'inedito di Mozart: Allegro Molto (1780) - Florian Birsack fortepiano 23 marzo 2012

Salzburg”, 2012/03/27. < http://www.youtube.com/watch?v=4z128hnx7s0&feature=related >

注 7:Aktuelle Meldungen, 23.03.2012. < http://allegro.mozarteum.at/ > 注 8:Complete Press Release German. < http://coblitz.codeen.org/dme.mozarteum.at/objs/PM_DT_HSchneider20120323.pdf >

Complete Press Release English. < http://coblitz.codeen.org/dme.mozarteum.at/objs/PM_EN_HSchneider20120323.pdf >

注 9:Page one of the manuscript in facsimile. < http://coblitz.codeen.org/dme.mozarteum.at/objs/Allegro_WolfgangoMozart_ReproITMf_S1_hires.jpg >

注 10:Music Edition.

< http://coblitz.codeen.org/dme.mozarteum.at/objs/NOTEN_Edition_Hildegard_HerrmannSchneider.pdf > 注 11:Anne-Louise Luccarini “Newly discovered Mozart score”, March 26th, 2012, MozartForum Discussion.

< http://www.mozartforum.com/VB_forum/showpost.php?p=34555&postcount=19 >

注 12:邦訳書簡全集 IV 526 頁。 注 13:野口秀夫『本人、家族および一般ドキュメントにおけるモーツァルトのファーストネームの使われ方』神戸モー

ツァルト研究会 第 201 回例会(2008/6/1)

注 14:First names of Mozart in the autographs edited by Hideo Noguchi on September 2007 and corrected on 18 May 2008. < http://mozart.music.coocan.jp/name_in_autograph.pdf >

注 15:RISM: Ergebnisse 101–120 von insgesamt 136 für Freie Suche = A-RTgh.

< http://opac.rism.info/index.php?id=6&no_cache=1&L=0&tx_bsbsearch_pi1%5Bquery%5D%5B0%5D=A-RTgh&tx_bsbsearch_pi1%5Boffset%5D=100 > 注 16:RISM: Mozart, Leopold: Für den Mai in F-Dur

< http://opac.rism.info/index.php?id=6&no_cache=1&L=0&tx_bsbsearch_pi1%5Bquery%5D%5B0%5D=A-RTgh&tx_bsbsearch_pi1%5Boffset%5D=100&tx_bsbsearch_pi1%5Bid%5D=650012542 >

注 17:RISM: Mozart, Wolfgang Amadeus: Allegro molto in C-Dur. < http://opac.rism.info/index.php?id=6&no_cache=1&L=0&tx_bsbsearch_pi1%5Bquery%5D%5B0%5D=A-RTgh&tx_bsbsearch_pi1%5Boffset%5D=100&tx_bsbsearch_pi1%5Bid%5D=650012520 > 注 18:CH-MÜ, Ms A 3|2|-|1|4 (Ms.5711-5723).

< http://www.rism-ch.org/manuscripts/00000400003762 > 注 19:Herrmann-Schneider A 2011 p.X.

< http://opac.rism.info/index.php?id=6&no_cache=1&L=0&tx_bsbsearch_pi1%5Bquery%5D%5B0%5D=A-RTgh&tx_bsbsearch_pi1%5Boffset%5D=100&tx_bsbsearch_pi1%5Bid%5D=650012520 >

神戸モーツァルト研究会 第 224 回例会 2012 年 4 月 1 日

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(2012 年 4 月 1 日作成、2016 年 12 月 2 日改訂)