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観光開発は様々に定義づけし,また,多様な視 座からの把握が可能である。しかし,基本的には, 観光と開発という二つの基本概念から成る混成語 である。したがって,ここでは,この二つの概念 の検討とその相関性の検討から始めて,観光開発 に対する十分な論議の布石とする。観光文献と開 発文献との間では,ほとんど関連づけがなされて いないため,まず,こうした検討を行うことが重 要である。次いで,ここでの全体的な構成が概観 されることになる。 観光は様々な定義づけがなされているが,基本 的にレジャーやレクリエーション目的で旅行する 人々の,旅行と一時的滞在に起因する関係及び現 象と考えられている。どの程度旅行の別形態(例 えば,ビジネス,健康や教育目的など)を観光に 含めるべきかは,研究者によって異なるものの, 観光は広範なレジャー領域の一端を構成するとの 認識が次第に強まってきている。地理学的な意味 では観光と他のレジャー活動(例えば,テレビを みるといった在宅活動や,映画館に行ったり,公 園を散歩したりする都市内部での活動)との基本 的相違は旅行要素の有無である。最小旅行距離を 基準とする研究者もいるが,一般的に観光は少な くとも居住地や出発地から一泊以上離れることを 要件とする。出発地から目的地へのツーリスト移 動に起因する空間的相互作用は,観光に固有の明 示的特徴であり,その主題は地理学的分析に十分 役立つものである。 旅行特性と滞在特性もまた,幅広いモノとサー ビスに対する需要とその提供によって特徴づけら れる。観光地という意味において,これらは五つ に大分類できる。すなわち,アトラクション,交 通,宿泊施設,支援施設とインフラである。アト ラクションはツーリストが特定の場所を訪れるよ うに支援し,交通サービスはツーリストに訪問を 可能にさせ,宿泊施設と支援施設(例えば,店舗, 銀行,レストラン)はツーリストがそこにいる間 彼らが快適に過ごせるようサービスを提供し,イ ンフラはこれらすべての基本機能を底辺で支える。 このようなサービスの多くは,目的地,出発地, あるいは,その双方と結びつきをもつツアー・オ ペレーターによって結合・提供されるが,ツ アー・オペレーターは交通や宿泊施設,さらに, 見物やレクリエーション活動なども含む,パッ ケージ・ツアーを旅行者に提供する。このような パッケージ旅行商品と(あるいは)個人旅行商品 の販売は,出発地や需要地に位置する旅行代理店 を通じて行われる場合が多い。 したがって,単一の観光商品やモノ,サービス というのでなく,これらの総合によって観光成果 は測定される。むしろツーリストは,旅行時に多 様な要素から成る経験をし,そのうちのいくつか は有形のもの(AからBへの輸送,宿泊施設,購 入したみやげものなど)であり,いくつかは無形 のものである(島での夕暮れの楽しみ,スリル溢 れる急流下り,芸術作品の鑑賞,フランス・レス トランにおける質の高いサービスの堪能など)。 観光,開発と観光開発 ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳) 翻訳 39

ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

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Page 1: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

観光開発は様々に定義づけし,また,多様な視

座からの把握が可能である。しかし,基本的には,

観光と開発という二つの基本概念から成る混成語

である。したがって,ここでは,この二つの概念

の検討とその相関性の検討から始めて,観光開発

に対する十分な論議の布石とする。観光文献と開

発文献との間では,ほとんど関連づけがなされて

いないため,まず,こうした検討を行うことが重

要である。次いで,ここでの全体的な構成が概観

されることになる。

観 光

観光は様々な定義づけがなされているが,基本

的にレジャーやレクリエーション目的で旅行する

人々の,旅行と一時的滞在に起因する関係及び現

象と考えられている。どの程度旅行の別形態(例

えば,ビジネス,健康や教育目的など)を観光に

含めるべきかは,研究者によって異なるものの,

観光は広範なレジャー領域の一端を構成するとの

認識が次第に強まってきている。地理学的な意味

では観光と他のレジャー活動(例えば,テレビを

みるといった在宅活動や,映画館に行ったり,公

園を散歩したりする都市内部での活動)との基本

的相違は旅行要素の有無である。最小旅行距離を

基準とする研究者もいるが,一般的に観光は少な

くとも居住地や出発地から一泊以上離れることを

要件とする。出発地から目的地へのツーリスト移

動に起因する空間的相互作用は,観光に固有の明

示的特徴であり,その主題は地理学的分析に十分

役立つものである。

旅行特性と滞在特性もまた,幅広いモノとサー

ビスに対する需要とその提供によって特徴づけら

れる。観光地という意味において,これらは五つ

に大分類できる。すなわち,アトラクション,交

通,宿泊施設,支援施設とインフラである。アト

ラクションはツーリストが特定の場所を訪れるよ

うに支援し,交通サービスはツーリストに訪問を

可能にさせ,宿泊施設と支援施設(例えば,店舗,

銀行,レストラン)はツーリストがそこにいる間

彼らが快適に過ごせるようサービスを提供し,イ

ンフラはこれらすべての基本機能を底辺で支える。

このようなサービスの多くは,目的地,出発地,

あるいは,その双方と結びつきをもつツアー・オ

ペレーターによって結合・提供されるが,ツ

アー・オペレーターは交通や宿泊施設,さらに,

見物やレクリエーション活動なども含む,パッ

ケージ・ツアーを旅行者に提供する。このような

パッケージ旅行商品と(あるいは)個人旅行商品

の販売は,出発地や需要地に位置する旅行代理店

を通じて行われる場合が多い。

したがって,単一の観光商品やモノ,サービス

というのでなく,これらの総合によって観光成果

は測定される。むしろツーリストは,旅行時に多

様な要素から成る経験をし,そのうちのいくつか

は有形のもの(AからBへの輸送,宿泊施設,購

入したみやげものなど)であり,いくつかは無形

のものである(島での夕暮れの楽しみ,スリル溢

れる急流下り,芸術作品の鑑賞,フランス・レス

トランにおける質の高いサービスの堪能など)。

観光,開発と観光開発

ダグラス・ピアス内藤 嘉昭(訳)

翻訳

39

Page 2: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

このような経験は,目的地やそこへの往復の途上

で多くなされるものである。みやげものなどのモ

ノは,家にもって帰るために購入されるが,ツー

リストが要求するモノやサービスの多くは,それ

が提供・生産されるその場所で消費されている。

この程度の差こそが,観光と他の多くの経済活動

(製造業や農業など)とを区別しているのである。

また,生産の場における消費ということも,観光

が有するインパクト・パターンに影響を及ぼす。

このように多様なサービスが,出発地から目的

地までの間に様々な次元で模索・提供されるため,

観光は多面的活動であり,地理学的には複合的活

動となる。さらに,大抵の場所では送り出し(出

発地)と受け入れ(目的地)の両方の機能をもっ

ているため,どのような国や地域でも多くの出発

地や目的地を抱えることになる。

結果的にこうした要素の大半は,テュロの複合

的な出発地―目的地モデルに集約される。図1.1

(省略)に示した三国システムのそれぞれにおい

て,テュロは供給と需要,また国内(ないし域内)

観光と国際観光とを区別している。B国で発生し

た観光需要の一部は(おそらくその大半は),B

国の観光施設が充足することになり,その残りが

A国とC国に回ることになろう。それと同時にA

国からの需要の一部はB国(とC国)に流れるの

で,A国は国際旅行者の送り出し地であると同時

に,国際目的地にもなっている。これとは対照的

にC国では国内観光及びA国,B国からのツーリ

ストは受け入れているものの,国際需要はC国か

らは発生していない。C国は第三世界及び厳しい

国際旅行規制が敷かれているソビエト・ブロック

諸国の典型であり(訳注:テュロの著名なこのモ

デルは,ソ連崩壊前の1980年の発表である。ピア

スの本論も1989年に発表されたものである),そ

こにおける生活水準は一般的に国際観光を生じる

には不十分である(そこでの旅行の大半も少数の

エリート階級が享受している)。

しかしながら,現実の世界では観光の境界は,

必ずしもはっきりと区画されるわけではない。例

えば,供給サイドではツーリストが利用する施設

やサービスは,ツーリスト用につくられたり,デ

ザインされたりしているかもしれないが,それは

別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。

ディズニーランドのようなアトラクションからリ

ゾート・ホテル,スキー場へのアクセス道路まで,

特に観光目的でつくられた施設は多様である。本

来の機能からツーリストも利用できるように変更

されたものもあり,例えば,農業用の小屋が別荘

になったり,古い運河や水路がレクリエーション

用ボート場に改修されたりしている。他の事例で

は観光が本来の活動を補足,充足している場合も

あり,例えば,ワイン醸造業者がツーリストにセ

ラーを公開したり,ゴシック教会が信仰をもった

人々と同じくらい好奇心をもつ人々を惹きつけた

りしている。あるいは,ツーリストが他の旅行者

と宿泊施設や交通機関を共有する場合もあろうし,

基本的に住民に供されるためのインフラやサービ

スを利用する場合もあるだろう。

観光は極めて多様な環境において発達してきた。

近代的マス・ツーリズムは,西欧や北米,あるい

は,最近では日本のような工業国家の富裕層の間

に起源を発する。観光はまた東欧諸国の間にも著

しい進展がみられ,アジア,アフリカ,ラテン・

アメリカ,南太平洋,カリブ諸国といった開発途

上国では重要な部門になりつつある。このように

観光は西側自由主義諸国で,また,中央統制の社

会主義体制下でも,大型産業経済の比較的小さな

一部門として,あるいは,小途上国の牽引産業と

して,発達を遂げてきた。同様に観光は様々な自

然環境の中で発達を遂げてきた。例えば,太平洋

上の低地国やヨーロッパ・アルプスの真中で,ま

た,イギリス湖水地方の田園部や地中海岸沿いで,

というようにその発達してきた環境は多様である。

今日観光が世界中でかなりの経済的・社会的重

要性を有する,と考えられるようになったことは,

ほぼ疑いをいれない。1986年世界観光機関

(WTO)では,国際ツーリスト到着者数をおよ

そ3億4千万,国際観光収入は1,150億ドルと推

計している。また,大抵の西側先進国では,国内

ツーリスト数は国際ツーリスト数よりも数倍大き

文化情報学 第13巻第1号(2006)

40

Page 3: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

いのが一般的である。

観 光 研 究

観光は過去20年の間に様々なディシプリンから,

研究者(増加傾向にある)によって考察されてき

た。しかし,観光研究に関しては,広く認められ

たインターディシプリナリーな領域がまだ確立さ

れておらず,特定のサブ・ディシプリンと位置づ

けられる知識体系は,地理学,経済学,経営学,

社会学,人類学などのディシプリンからもなかな

か出現してこない。

ピアスは観光地理学を構成する主要素として,

次の6分野を指摘している。すなわち,供給の空

間的パターン,需要の空間的パターン,リゾート

の地理学,ツーリスト移動・フローの分析,観光

の影響,それにツーリスト空間のモデルである。

最近の各国における論調をみると,国によって扱

う主題は相当異なり,観光文献もいまだにかなり

断片的なままである。最近では特定地域に対する

主な調査,観光の影響,方法論的問題及び観光の

空間構造といった研究によって構成されている。

経済学,経営学,マーケティングの分野では,

観光に関する萌芽的研究がかなり早くから現れて

いたが,その後10年間の当該分野に関する文献に

は,広がりも統一性もみられない。例えば,ブー

ムズとビットナーは,観光産業とは厳密にサービ

ス産業であるが,「わずかな例外を除けば,経営

学的文献や経営学的研究,それに経営学的教育で

は,そのどれもが製造活動や製造問題に焦点を当

てている」。観光研究に対する経済学者からの貢

献には,グレイによる測定手法,費用便益分析,

資源配分,観光開発における公共財産の利用方法

といったものがある。観光による国際収支効果は,

国際観光の経済問題を扱ったAnnals of Tourism

Research (vol. 9, No. 1)特別号での主要課題で

あった。

観光社会学の極めて有益な考察の中で,コーエ

ンは観光について次の八つの主要な社会学的考え

方を指摘している。すなわち,商業化されたホス

ピタリティとしての観光,大衆化した旅行として

の観光,現代的なレジャー活動としての観光,伝

統的巡礼の現代版としての観光,基本的な文化

テーマの現れとしての観光,文化変容過程として

の観光,エスニック関係の類型としての観光,そ

して,新植民地主義形態としての観光である。次

いでコーエンは,観光の社会学的研究は四つの基

本事項領域に「自然に落ち着く」と示唆している。

すなわち,ツーリスト,ツーリストと地域住民と

の関係,ツーリスト・システムの構造と機能,そ

して観光の帰結である。グラバンによれば,人類

学者はホスト住民に対する観光の影響調査と並ん

で,ツーリスト自身に対する研究にも焦点を当て

ている,と言う。グラバンは,観光の概念を儀式

と遊びと捉えている。

観光の影響は,以上のようなまったく異なる研

究から派生した,最も共通するテーマである。そ

して,研究者の素養に依拠しつつ経済的,社会的,

文化的,環境的問題に対して様々な評価がなされ

ている。また,それぞれのディシプリンでは,観

光の構成の仕方について独自の視座をもっており,

例えば,地理学者は観光の空間構造に,社会学者

や人類学者は社会関係に,そして経済学者は経済

的特性に重点をおいている。

開 発

「開発の意味」に関する最近の考察では,開発

の多様性と開発に付与される様々な解釈とが強調

されている。ウェルチは開発とは「正確な意味を

欠いた術語になってしまった」とし,「我々が使

う言葉の中でも相当意味の曖昧な術語の一つであ

る」とのフリードマンの言を引用している。開発

に関して唯一絶対の定義がないのは,多様なディ

シプリンで術語が様々に用いられ,利用法も時間

の経過に伴い変わってきている(特にここ30年の

間)ということにもよる。

こうした曖昧さは大抵「開発」という術語の用

法が,過程と状態の双方に言及するという部分に

起因する。開発分野における初期研究の中には次

ダグラス・ピアス・内藤:観光,開発と観光開発

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Page 4: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

のような指摘もある。

開発は一般的に過程,すなわち,社会変化の特

殊形態と考えられてきた。しかし,開発はまた状

態や現状でもある。社会が開発あるいは未開発と

呼ばれるときはいつも,我々はその現時点での状

態を指している。同様に,開発が第三世界の主要

目標とされるとき,その意味するところは最終状

態であって,過程ではない。したがって,「開発」

という単語を単独で使う場合でも,それは旅行の

目的地と旅行自体とに言及しているのである。

フリードマンによる開発:

開発とは「進化的」過程を示唆し,積極的な含

意がある――もちろん,開発はいつも人類,社会,

国家,経済,技術「の中の」何か特殊なものであ

る――「低」「高」「均衡」といった語と結びつく

ことも多い:すなわち,過少,過多あるいは適正

である――ここからは開発には構造があり,話者

がこの構造はいかに開発「すべきか」について,

ある種の考えを有していることが示唆される。

我々はまた,開発を変化の過程,あるいは,変化

の入り混じった過程と考える傾向にある。また,

このような過程は明確に説明できるよう,ある程

度の合法性を有しているか,少なくとも十分に規

則的なものである。

ロストウは開発事例を過程として捉えたが,こ

れは最も広く引用されているものの一つであり

(普遍的に受け入れられているわけではないが),

経済成長を5段階に確認している。すなわち,伝

統的時期,過渡期,飛躍期,成熟期,そして高度

大量消費期である。さらに,社会や国家はこの段

階に応じて分類が可能であり,これは国家が追求

する経済成長への自然な道程であると説いている。

開発状態に関する文献の多くは,いかにその状

態を測るかに焦点が当てられてきた。スミスは,

「開発とはしばしば経済状態であると考えられて

きた」そして「開発を測定する最も一般的な方法

は経済指標―一人当たりのGNPである」とする。

この分野の議論は,こうした測定法が開発の指標

として適切かどうか,また,もしも不適切である

ならば(次第にそのように認識されつつあるが),

それを代替・補完する社会指標は何か,という部

分を中心に展開している。この結果,幼児死亡率

やタンパク質摂取量といった測定法を含め,社会

経済的指標についての極めて広範な文献が提起さ

れている。

開発の技術的定義が欠如していることに対する

要求もある。スミスは開発を「福祉の向上」と主

張し,「開発とは誰が何をどこで得られるかに関

して,よりよい状態でいられること」と示唆する。

かつてグレは開発についての三つの主要目標を,

生命体の維持,自尊心,自由(それぞれ広い定義

だが)と確認している。

このように開発に対する解釈を押し広げること

によって,過程と状態の双方の点において,経済

成長という狭い考え方から離れ,広く経済的関心

から社会的関心までを包括するようになり,過去

20年間で術語の定義が急拡大するようになった。

しかし,それによって以前の定義が完全に顧みら

れなくなった,というわけではない。開発は依然

ある分野では経済成長という意味だけで理解され

ている。

開発概念の変遷を明示するのに,マボガンジェ

はシアーズによる二つの初期研究を引用している。

まず,シアーズは次のように指摘する。

国家による開発に関する問題点は三つある。貧

困に対してどのような対処をしているか。失業に

対してはどうか。また,不平等に対してはどうか。

この三つがすべて高次元で対処されているのであ

れば,疑いもなく当該国は開発段階にある。

8年後にシアーズは付加的要素として自立の重

要性を強調している。

このアプローチでは「開発計画」は今後,総合

的な成長率や,あるいは,新しい配分パターンに

すら主眼をおくことはなくなるだろう。最重要な

目標は,(�)成長産業部門における成果並びに

その所有形態,(�)外貨を節約する消費パター

ン――,(�)研究と交渉のための制度的役割,

(�)文化的目標(例えば,一カ国,あるいは,

それ以上の大国への文化的依存を軽減する)。

文化情報学 第13巻第1号(2006)

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次いでマボガンジェは彼独自の5番目の定義を

紹介する前に,開発という語を用いた四つの主な

手法を指摘している。

1.経済成長としての開発

マボガンジェは第二次世界大戦後の初期では,

開発は経済成長という点で狭義に解釈されており,

「生産に携わる人間よりも製品の増産」に優先順

位が与えられていたとする。この開発途上国にお

ける一般的記述は,輸出生産と二重経済の出現と

に集約されていた。

2.近代化としての開発

後に社会的重要性が組み込まれるようになる。

「開発は依然経済成長という点ではあるが,近代

化として描かれる社会変化のかなり広い過程の一

部とみなされるようになってきた――近代化とし

て開発を強調するのは,――いかに個人に対して

財貨志向の行為と価値観とを説くかである」。教

育は社会変化の不可欠の一面とみられているが,

近代化にはまた消費という次元の意味もある。す

なわち,「近代的であるということは,一般的に

先進工業国で生み出される類のモノやサービスを

消費しようと努めることである」。

3.分配的公正としての開発

1960年代後半までに関心は次第に,社会変化と

経済変化の利益を誰が享受しているのか,あるい

は,していないのかという部分に向けられるよう

になっていった。

開発は単に一人当たりの所得の上昇でみられる

だけでなく,より重要なこととして,大衆間にお

ける貧困レベルの低減――社会正義としての開発

に寄せる関心という点でみられるようになってき

て――最重要な三つの問題点が提起されるように

なった。すなわち,政府によってその国民に対し

て提供されるモノとサービスの性格。様々な社会

階層に対してこうした公共財が利用できるかとい

う点。そして,開発の負担(外的影響と定義され

る)をいかにこうした階層間で共有するかという

点,である。

後者の要素は概念を拡大させた重要な部分であ

り,誰が利益を享受するかだけでなく,開発に伴

う大気汚染,水質汚染といった外的影響に関して,

これを誰が負担するのかという点をも組み入れて

いる。地域開発計画は,分配的公正に対する重要

な戦略として出現している。

4.社会経済的変革としての開発

この解釈はマボガンジェによれば,「分配の問

題と社会的公正とは,生産と分配を支配する強力

なメカニズム抜きに解決できるものではない,と

マルクス主義者が主張している」と説明される。

この解釈は本質的には,資本主義的「生産様式」

(真の〈物質〉社会を生産,再生産するのに必要

な要素,活動,そして社会関係)に対する批判で

ある。「生産様式のあらゆる側面が基本的に変化

すれば,広範囲な変化が誘発されることになる。

すなわち,様式の変革のみならず,社会階級の相

対的重要性も,やがては変化することになるだろ

う。このような社会経済的変革こそ,真に開発を

構成するものである」。この解釈は開発と非開発

との相関関係を強調しており,開発の進んだ大都

市は「非開発」周辺地域の犠牲の上に豊かさを築

き上げているとする。したがって,従属論と密接

なつながりがある。

5.空間的再編成としての開発

マボガンジェ自身は開発の空間的次元を強調し

ている。「空間形態は社会関係のパターンを物理

的に認識することであるという意味において,空

間的再編成は開発と同義にみられている」。この

ように,新しい生産過程を可能とする社会関係の

パターンを必要とするならば,一国における都市

と農村双方の空間構造の再編成が要求される。マ

ボガンジェは「特定の目標の達成に向け他よりも

大きな貢献をするには,ある種の空間的処理が必

要である」という考え方を提唱している。また,

開発にかかわる時間の要素と規模の重要性とを強

調している。

ここで議論されている開発文献は,その大部分

が開発途上国に焦点を当てている。しかしながら,

開発は先進国でもやはり発生する。上記で提起さ

れた問題の多くは,地域開発に関するより特定の

文献の中で議論されてきている。例えば,ユイル

ダグラス・ピアス・内藤:観光,開発と観光開発

43

Page 6: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

らの指摘によれば,ヨーロッパにおける地域政策

には,三つの顕著な局面がある,と言う。第一期

には,第二次世界大戦直後は経済成長に力点がお

かれていたが,「いかにパイが空間的に分配され

るかという問題よりも,国全体のパイを増やすこ

とのほうがはるかに重要だとみられていた」。

1950年代後半から1970年代初期にかけての第二期

には,地域開発の全盛期と位置づけられる。これ

は,拡大する経済的繁栄に伴い,社会経済的指標

を用いた多数の研究で見出された,地域的不均等

から出現した均衡と社会的公正に対する関心が発

生したためである。今日に最も近い第三期は,

1973年~74年のエネルギー危機以降多くのヨー

ロッパ諸国において経済が一般的に下降した時期

で,関心は再度全国的なパイの分配方法よりもそ

の規模に向けられることになった。ユイルらは

「要するに,1973年以降の地域刺激策は,好まし

くない環境におけるまさに強化策の一つであっ

た」。

フランスの事例ではこうした様々な局面は,戦

後のいくつもの5カ年計画における重点の変化に

みることができる。最初の三つの計画(1947~53,

1954~57,1958~61)は基本的に復興と基幹産業

の近代化とを目指したものであった。第4次

(1962~65),第5次(1966~70),第6次(1970

~75)の各計画は「経済及び社会開発計画」になっ

ている。1962年には初めて社会的,地域的次元が

加わることになった。しかし,第6次計画までに

経済成長が再び主流となるが,「経済発展のため

に,社会的優先権を犠牲にすべきではない」とさ

れた。第7次計画(1976~80)は最重要活動計画

(Priority Action Programmes)の下での小規模

事業への移行が特徴であり,第8次計画(1981~

85)は社会主義政権による地方分権化の動きを反

映している。

次いで開発は数多くの意味を帯びるようになる。

過程と状態の双方に言及して用いられ,また,狭

義の経済的特徴から広義の社会的価値を経て,自

立といった一般的特徴にいたるまで,その特徴は

幅広く位置づけられる。一般的に狭義の経済的効

用から離れて,それ以外の特徴を有するように変

化していった。しかし,グレによって示唆された

過程と状態とのつながりは,必ずしも明確に系統

づけられたものではない。なぜなら,開発状態は

開発を発生させる過程に起因するものだからであ

る。

観光と開発

開発文献は観光を無視するのが一般的であり,

前節で提起した特定の問題点に関しては言及する

ことがあっても,開発という広義の文脈の中で観

光研究を位置づける研究者はほとんどいない。例

えば,過去30年間に多くの途上国において観光の

経済的,社会的重要性が増大し,開発戦略を適用

する事例も増大しているにもかかわらず,前述の

開発文献における考察では,観光に言及したもの

は皆無である。この点で観光は,開発研究者が他

のサービス部門を無視してきたのと同じように扱

われてきたのであるが,これは開発に関わる議論

の多くが農業社会から工業社会への過渡期につい

ての部分に終始しており,第三次産業を無視した

ものであることによる。

しかしながら,こうしたパターンにも例外があ

り,そのいくつかは地中海における低開発の議論

にみられる。例えば,シュナイダーらは観光を近

代化の一側面と捉え,ツーリスト行動を地域住民

が模倣することを「従属地域における歪んだ大都

市の生活様式と経済的従属の問題が合体したも

の」との描写で指摘している。シアーズによれば,

西欧から南地中海諸国へのツーリストの遠心的フ

ローは,両地域間の中心―周辺関係の顕現の一つ

であるとされる。

観光と経済開発理論との直接的結びつきは,初

期の観光論文の中に何点かみられる。それらはほ

とんど引用されることもなく,また,流布するこ

ともなかったものもあるが,広く引用されている

二点の観光文献(Bryden, Tourism and Develop-

ment , Cambridge University Press, New York,

1973; de Kadt, Tourism, Passport to Development?,

文化情報学 第13巻第1号(2006)

44

Page 7: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

Oxford University Press, Oxford, 1979)の中に

もみられる。最近の研究者の中にもわずかだが,

この点を正面から捉えた者もいる。

クラプフは萌芽的研究の中で,数多くの明確な

問題提起をしている。いずれが途上国であるか。

経済成長の性格とは何か。こうした途上国に対し

てはいかなる援助がなされるべきか。観光の果た

す役割は何か。クラプフはロストウのモデルに強

く依拠しつつ,ちなみにマス・ツーリズムは,大

量消費時代の一帰結であると述べている。次いで

彼は,観光が適切な援助形態であるのかどうか,

すなわち,多数の人々が最低限の生活もできない

ようなときに,豪奢な産業部門を開発するのが正

当化しうるのかどうかを問うている。そして,観

光は途上国においては「特殊機能」をもっている

と結論づけている。一連の「経済的要請」という

意味で彼が定義するその機能とは,すなわち,次

のとおりである。

・国家独自の自然資源の利用

・好ましい貿易条件による国際競争力

・必要とされる多くのモノとサービスを国内で供

給する能力

・国際収支の向上

・観光投資の社会的効用;雇用創出と波及効果

・均衡した成長

クラプフが強調したのは明らかに観光による経

済成長への貢献ということであり,この点に関し

て特定の機能を観光が有するという考え方は,

1960年代に広く支持され今日に至っているもので

ある。

1970年代前半にカッセは,「低開発国における

観光産業の開発理論」の出現について,記述して

いる。その点に関し彼は,施設とインフラへの限

られた投資から,他の経済部門へ移行可能な大型

資本を生み出す,観光による明確な効力というよ

うに要約している。本理論はまた観光の波及効果,

雇用創出,歳入と外貨獲得についても強調してい

る。しかし,カッセはこれらを当然視したわけで

はなく,二つの基本的問題点を提起している。す

なわち,観光開発の真のコストとは何か。また,

観光が他の経済部門に及ぼす直接的,間接的効果

とは何か。慎重に考慮すべき多くの要素とこうし

た問題に答えるのに必要とされるデータ不足を認

めつつも,カッセはアフリカの経験に依拠しつつ,

観光コストは一般に考えられているよりも大きく,

利益は小さいことを示唆している。彼はまたチュ

ニジアのベン・セーレムの研究を特に引用しつつ,

経済的議論を拡大して観光開発の社会的意義を論

じている。

広く知られたカリブにおける『観光と開発』と

銘打った研究の中で,ブライデンは同様の問題点

を提起し,それらをより詳細に実証している。そ

して,「本研究がカリブにおける観光開発の進行

を背景に,明らかな経済的事例を提供したものと

は言い過ぎであろう」と結論づけている。しかし,

「現�

状�

に�

お�

け�

る�

観光開発の有効性に関する極めて

深刻な疑念は,確かに提起されている」。後者の

部分は重要である。と言うのも,観光開発は多様

な形態を成し,その影響は開発する環境によって

左右される,ということをブライデンは最初に認

識した一人だからである。特に,カリブにおける

観光の有効性に関する彼の結論は,外資の高さと

それに伴う利益の国外への還流,同様にその結果

としての外国人雇用率の高さ,インフラとインセ

ンティブの提供に関わる政府関与の現実的コスト,

に求められることを指摘している。

ヴァン・ドーンはこの考え方をさらに進めて,

「観光は国家が到達した多様な開発段階という視

座を離れては考えられない」としている。次いで

彼は社会開発と経済開発の各水準を結びつけて一

つの類型を提唱しているが,これはフォースター

とグリーンウッドによる,社会的影響の研究に派

生する観光開発の水準や豊かさと福祉の基準に基

づいたものである。この潜在的に極めて有用な類

型は,残念ながら経験的な実例について詳述も説

明もしていない。それはまた,観光開発の段階と

社会経済的開発の水準との関係に派生する問題も

回避している。すなわち,観光は国家における社

会的繁栄と経済的繁栄の水準にどの程度貢献した

のか。どの程度観光開発の段階は,一般的な経済

ダグラス・ピアス・内藤:観光,開発と観光開発

45

Page 8: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

条件や社会条件に依存するのか,というような問

題には触れていない。

だが,ヴァン・ドーンは,開発理論では観光の

影響評価を考慮に入れなければならない,と示唆

し,次のように続ける。

観光のいかなる影響も,それが雇用増加であれ,

文化的アイデンティティ認識の低下であれ,ある

いは,健康施設の貢献であれ,開発理論を重視す

ることに対しては明�

確�

な�

評価をしなければならな

い。大抵の研究は,ただ絶�

対�

的�

概念(開発理論に

おいて二つの主流を成す考え方のうち,直観に基

づく次のいずれかのもの;すなわち,伝�

統�

的�

理論

か近�

代�

的�

理論か)に依拠しているにすぎない。

ヴァン・ドーンは伝統的理論を「経済的,社会

的,文化的変容が結合した,その帰結として西欧

型社会を構築すること」とみている。こうした変

容は当該国の内的特徴によって規定され,低開発

への解決法は投資や役割,規範,価値観にあると

みられている。クラプフによって説かれた観光開

発に対する理由づけは,本理論に則ったものであ

る。ヴァン・ドーンによれば,開発理論における

「主演女優」は,従属論ないし中心―周辺理論で

あり,そこでは外因という点から経済開発におけ

る水準の多様性が説明されている。ここでの「中

心的論点は,先進国では自発的に成長するのに対

して,途上国では先進国に由来する成長パターン

を示すことになる,というものである」。この考

え方を支持する事例は文献の中でヴァン・ドーン

が引用しているが,そうした文献も上記論点につ

いては直接的な言及をしていないのが一般的であ

る。

地理学者のうち,近代的開発理論の意味で観光

分析を系統化した者も何人かいる。ヒルズとラン

ドグレンによれば,「地理学理論の観点からみて

国際観光の主な特徴は,中心―周辺のパターンで

あり,――周辺は――遠心的プロセスによる従属

的作用を受け,ツーリストという目に見える物理

的商品だけでなく,同時に強力でとらえがたい階

層性ももたらされる」。ブリットンの考え方は非

常に直截的で,「開発議論の中で観光研究を堅固

に位置づける」としている。この議論とは従属論

である。「従属は歴史的な条件付けの過程(途上

国内部における経済的,社会的下部構造の機能を

変える)として概念化されている。この条件付け

によって同時に現地経済の解体と,対外マーケッ

トの需要充足化への動きが促される――」。

その中の一つが国際観光マーケットである。国

際観光の機能と太平洋における事例調査を通じて

ブリットンは,次のように結論づけている。すな

わち,「国際観光産業は外資系企業のもつ商業力

ゆえに,周辺観光地に対して開発様式(先進国に

従属性,脆弱性を強要する)を押し付けることに

なる」。

政治学者は観光の別の側面と従属論とを検証し

ているが,著名なのがカリブにおける事例である。

フランシスコは,カリブとラテン・アメリカ諸国

におけるアメリカ人の観光活動と対米政治的従属

性との関連性を調査し,次のように結論づけてい

る。「観光における経済依存の結果――歪んだ経

済開発や国外への利益流出,国内での社会的不

満・憤りが出現する。しかし,その結果として,

国際レベルでの政治的従属が発生するわけではな

い」。観光と文化的従属の問題については,エリ

スマンが言及しているが,「文献では,散漫で

往々にしてとりとめのない意見に基づく絶対的理

論を扱うだけである」と指摘する。次いで四つの

最も一般的な絶対的理論―通貨浸透説,商品化,

大衆への魅力,そして,黒人奴隷制度―がカリブ

の様々な研究に関連して概説・例示されている。

それぞれの限界はエリスマンが見出しているが,

商品化と大衆への魅力との結びつきが,今後の研

究の最も生産的方法であろうと結論づけている。

観光と開発に関するその他の社会的,文化的側

面は,Tourism, Passport to Development?(de

Kadt 1979)にまとめられている。開発に対する

姿勢の変化を概説し,観察の結果得られた社会的,

文化的問題の重要性を強調した後,著者は次のよ

うに指摘している。すなわち,「こうした社会的

変化はもちろん,雇用や収入といった重要な物的

効果と同時に,影響を受ける人々が観光開発の過

文化情報学 第13巻第1号(2006)

46

Page 9: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

程の適否を判断し,それを決定したまさしくその

結果である」。さらに,観光が様々な形態を成す

ことを彼は認識したが,そこでの論考ではある特

定の形態,すなわち,リゾート観光を基本的に

扱った。彼はこの点を明確に認識した数少ない研

究者のうちの一人である。

観 光 開 発

観光と開発との関連性を,前節で概観した方法

によって直接言及した研究者は,一般的に言って

例外である。前二節で提起した問題に言及した研

究の多くは,「観光の影響」という視点から述べ

られており,観光に関する文献ではこれまで最も

広範に確認されている。こうした研究は,観光に

よって発生した収入や雇用の問題,観光の発展に

よって誘発された社会的変化,観光計画の環境へ

の影響について考察しているのが一般的である。

これらの問題は観光の影響という視点から捉えら

れているが,影響についてはヴァン・ドーンが指

摘しているように,いかに定義しようと,開発と

いう広義の文脈において位置づけられることはな

いのが普通である。様々な理由から,大半の研究

はまた影響の限られた範囲だけに焦点を当ててお

り,網羅的,包括的であると認められるようなも

のはほとんどない。さらに,この影響に関する研

究は,影響を生じさせた過程には触れずにいる場

合が多い。研究者の多くは観光による影響につい

て,対象とする観光の類型や観光の発達の仕方を

考慮せずに説明している。1976年にアメリカ人類

学会が開催した観光と文化変容に関するシンポジ

ウムを要約して,ナッシュは次のように指摘して

いる。「ここでの論文は一般的に,ある変化を引

き起こす因子(観光や観光のある一面)について

の叙述や分析が不十分な傾向にある。我々はそれ

が何であるのかをつきとめるようにしなければな

らない」。

観光に関する知見や観光の発達の仕方,観光開

発の効果を見出すことが,ここで目指すところで

ある。本書では,過程と状態の双方から開発に焦

点を当てたり,過程から状態への流れを拡大する

ことに焦点を当てたりしている。つまりそれは,

過程としての観光開発という意味で観光が発達,

進展するその仕方に重点がおかれている。ある説

明では開発のより一般的過程を考慮しなければな

らないが,焦点は特定の部分におかれており,検

証したその特定部分とはすなわち観光である。こ

の点で観光開発は,ツーリストの需要を充足する

施設やサービスの提供や振興である,と狭義には

定義づけられる。しかしながら,観光はそれより

も広い意味での開発手段として,すなわち,ある

一定の最終段階や最終状態を達成するための過程

として捉えなければならない。いわゆる観光の影

響を再検討するのは,この意味においてである。

こうした影響がどの程度国家や地域,コミュニ

ティにおける開発に貢献するのだろうか。さらに,

過程と状態との関連性はどうか。観光の発達形式

に依存する地域では,開発状態への観光による貢

献はどの程度のものなのか。

ここでは観光開発の多様な側面を体系的に検証

することによって,これらを含めた様々な問題に

答えることを目指している。そして,諸要因の確

認によって,また,それらの一般的関連性の分析

によって,課題の一般的評価や基本的枠組み,あ

るいは,特定の問題に対処するための方法論を,

読者に提供することを試みている。検証すべき数

多くの基本的関連性と問題点とは,次の観光開発

モデルの概観によって敷衍,提起されることにな

る。

観光開発モデル

ミオセックのモデルは,時空を通じた観光地域

の構造的発展を描いているが,観光開発過程を最

も鮮明かつ明確に概念化している。フリードマン

の言を借りれば,それは発展的であると同時によ

く定義された構造である,と言う。ミオセックは

施設提供(リゾートと輸送ネットワーク)の変化

及びツーリスト,現地の意思決定者,ホスト住民

それぞれの行動や姿勢の変化を強調している。初

ダグラス・ピアス・内藤:観光,開発と観光開発

47

Page 10: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

期段階では(段階0と1)地域は孤立していて,

そこには開発の痕跡はほとんど,あるいは,まっ

たくみられない。ツーリストはその目的地に対し

てはぼんやりとした考えしかもっていない。他方,

現地住民に対し観光によって何がもたらされるか,

という考え方は両極端に分かれる。最初のリゾー

トの成功で開発が一段と加速されることになる

(段階2)。観光産業は拡大し,リゾートの複雑

な階層性と輸送ネットワークが次第に発達してい

き,その一方で現地住民による姿勢の変化で,観

光の完全な受け入れと企画管理の採択が行われる

か,あるいは,観光の拒絶ということさえ発生す

る(段階3,4)。他方,ツーリストは,地域が

提供しなければならないものに次第に気づくよう

になっていき,空間的特化も発生していく。さら

に開発が進むと,むしろ観光自体が本来のアトラ

クションよりも,今や訪問者を引き寄せるように

なっている,とミオセックは示唆する。このよう

な特性の変化によって,ツーリストはその他の地

域にも移動を開始するようになってゆく。

図1.3(省略)の観光開発の各段階は純粋な仮

説ではなく,地中海地域は本モデルで描かれた成

熟段階であるとする,経験的研究によって様々な

観光地域で実証されたものである。プロバンス海

岸は間違いなく極めて成熟した段階に達しており,

良好な発達を遂げむしろ実質的にほとんどの部分

が飽和状態に達している。密で高度に統合された

輸送網が確立され,観光が形成されてくると,そ

の地域の都市構造や経済構造をも支配するように

なってくる。マーケットの特化が発生し,宿泊施

設の多様化が著しくなり,リゾートと都市の階層

性が顕在化してくる。ラングドック・ルシヨンや

コスタ・ブラバ,コスタ・ブランカ,コスタ・デ

ル・ソルは開発の初期段階である。それぞれの

ケースによって様々なリゾートが発達し,同時に

輸送網も拡大を遂げてきた。その中には地域自動

車道も含まれるが,特にスペインの場合は国際空

港が整備され,まとまりのある地域構造が出現し

つつある。モロッコの地中海岸側はむしろ初期段

階にあり,ミオセックのモデルではおそらく第3

段階に位置づけられる。そこにおけるリゾート数

は,パッケージ・ツアー向けとして増えていた。

しかし,まとまったロケーションで階層性をもっ

た地域構造は,依然発達する可能性を秘めてはい

るものの,いくつかの孤立した観光地で経験され

た問題点からみて,それ以上発展する可能性は少

ないだろう。

観光開発の一般的枠組みとして,ミオセックの

モデルはいくつかの有益なポイントを含んでいる。

第一に,動態的要素を具体化していることであり,

時空を通じた地域開発を提示している。第二に,

そうした発展状況を概観していることである。す

なわち,ツーリストと地域住民との行動の変化が,

リゾートの成長と輸送網の拡張に関連する,と捉

えている。しかし,ミオセックが指摘するように,

それぞれ四つの要素は必ずしも急速に発達するわ

けではないので,観光が引き起こす多くの問題も

潜んでいる。肝要なのは,影響は開発との関連性

を有するという点であり,さらに重要なのは,特

定の影響が特定の開発段階と関連している,とい

うことである。開発過程の他の特徴は,モデルに

組み入れることも可能であろうが,あまり明らか

にされてはいない。活動によっては地域住民に帰

せられるものもある(例えば,必需品の提供とイ

ンフラの整備など)。しかし,実際の開発の手段

と主体とは明確ではない。誰が何の目的でいかに

リゾートを建設し,その結果がどうであったかは,

自問自答すべき根本的問題である。これと同様に,

リゾートの立地と階層性とに影響を及ぼす要因も

検討しなければならない。より一般的に言えば,

他の多くのモデル同様に,こういった開発が発生

する文脈がここでも見落とされている。モロッコ

の地中海岸側のように,観光は比較的何もない空

間に発達してきた。そして,スキー・リゾート用

に何もない場所をつくるべく,ディベロッパーは

積極的に更地を探してきた。しかし,観光は既存

の社会経済構造の中で発達するのが一般的であり,

ある種の都市階層及び輸送網が既にそこには見出

される。

別のモデルでは,ミオセックが指摘していな

文化情報学 第13巻第1号(2006)

48

Page 11: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

かったいくつかの論点を強調しており,その中で

最も著名なのが,開発過程における地域住民とそ

れ以外の者による参加程度という相関的問題,そ

れと時系列的なツーリストの動きの数量的変化と

その組み合わせ,である。

図1.2(省略)によれば,開発過程への管理と

関与は,地域・国家当局とディベロッパーとに任

されるようになるので,時系列的にみると地域住

民の参加が一般的に減少していくことが窺われる。

ヴァン・ドーンと同じ数種の研究や,アトラン

ティック・シティにおけるスタンスフィールドの

研究,ツーリストの類型化というプロッグとコー

エンの研究に依拠しつつ,バトラーは観光地の仮

説的発展に関するより複合的なモデルを考案した。

この発展的連続モデルでは,商品サイクル概念

に基づき6段階が確認されている。すなわち,探

査,関与,開発,強化,停滞,再生ないし衰退で

ある。最初の段階では訪問者用の施設も特に存在

せず,関与段階でそれは基本的に地域住民によっ

て提供されるが,開発段階では急速に地域住民に

よる関与と管理は減退していく。

現地住民によって提供される施設のうち,その

いくつかは消滅してしまうだろう。それは外部機

関による大型のより精巧を極めた最新施設が取っ

て代わるからであり,特に訪問者用宿泊施設にそ

れは顕著である。自然資源及び人文資源は特別に

開発・提供されるが,こうした元からあったアト

ラクションは人為的に導入された施設によって補

充を受ける――施設の立案と提供に対し地域的・

国家的関与が必要なのはほぼ疑いないが,ここで

もそれは現地住民の志向とは完全に合致しない可

能性がある。

観光産業による主要なフランチャイズとチェー

ンは,強化段階にいくまでに出現する。そして,

「被雇用者はマーケットの衰退に伴い,著しい低

価格で施設を購入することが可能になるため」,

現地住民の関与は衰退段階でのみ再び増大する。

ゴームセンによる国際海浜観光の時空開発モデ

ルでは,開発過程における地域的参加は時系列的

に減少せず増大することが示されている(図1.5

省略)。ゴームセン・モデルは海浜観光の歴史的

開発に関する研究に基づいており,特にヨーロッ

パ人の視点から捉えられている。すなわち,第1

周辺はバルト海とイギリス海峡両岸のリゾートに

言及している。第2周辺は南欧の海岸を含む。第

3周辺は北アフリカ沿岸とバレアレス諸島,カナ

リア諸島を含む。第4周辺はさらに遠距離目的地

で,西アフリカ,カリブ,太平洋,インド洋,東

南アジア,南米が含まれる。おおよその時期が,

各周辺における様々な開発段階に対してつけられ

ている。ミオセックやバトラー,ヴァン・ドーン

のモデルと異なり,かなり大まかな尺度ではある

が,図1.5(省略)は時間と場所が特定されてい

る。ゴームセンはまた,これに匹敵する周辺がア

メリカにおいても確認される,と示唆している。

ゴームセン・モデルによれば,初期段階の主導

権は外部ディベロッパーによってもたらされるが,

時間とともに地域的参加が増大する。いかなる時

点でも最外縁部は需要の創出だけでなく,施設の

開発(ハイランクのものが一般的)でも「大都市

の指導階層」に依存する,とゴームセンは主張す

る。歴史的にみると,第1周辺では「ブルジョワ

がツーリスト・エリートの一部を形成するだけで

なく,豪華なパレス・ホテルにも投資しており,

こうしたホテルは断崖の上や遊歩道沿いに急速に

建設が進められてゆく。上流階級用の別荘は,第

2周辺における初期的開発の一部として重要であ

る。第2周辺より外縁における近年の開発では,

外部資本と国際投資への依存もみられるが,こう

した地域での観光の大半は大型ホテルやグルー

プ・ツアーが特徴で,長距離と異国文化を体験す

る旅行が奨励される。

しかし,より一般的にみて社会経済的変容が進

行していくわけであるから,時間とともに需要に

も変化が発生し,休暇取得が別の社会グループに

も拡大していく。これによって,観光開発への地

域的参加が促されることにもなる。

初期段階では開放的であった周辺もより詳細に

みると,海浜における休暇取得者の間で中産階級

と下層階級との比率が――増加しつつある。これ

ダグラス・ピアス・内藤:観光,開発と観光開発

49

Page 12: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

もまた地域参加の一面にほかならい。移民とある

種の波及効果によって,地域住民も次第に個々の

活動に関与するようになっているが,主に二次的

であまり利益のない観光サービスに従事するにと

どまる。関係諸国の中には,社会経済的変化の一

般的傾向が,中産階級の育成をもたらしている場

合もある。そして,この中産階級も今や当該国で

の海浜観光に参加するようになりつつあり,そこ

では各自の財源と定められた休暇配分に応じて,

工業化社会から余暇の楽しみを受け入れることが

極めて重要になっている。このような範疇での事

例は,スペインや他の南欧諸国だけでなく,メキ

シコにおいてもみられるが,メキシコの場合多く

の海浜リゾートでの国内観光は,国際観光から引

き継いだものである。

テュロは階層の連続性という見地から,カリブ

における初期の国際観光開発を検討している。彼

は航空路線の発達を分析することで,過程を概説

しているが,そこでは様々な目的地は一連の三段

階を経ていくとする。

段階1:裕福なツーリストによる発見と国際級ホ

テルの建設。

段階2:「中上流階級」ホテルの開発(及びツー

リストによる往来の拡大)。

段階3:新しい目的地に抱く本来の価値観が消失

し,「中産階級」が訪問するようになり,

マス・ツーリスト時代が到来する。

他方プロッグは,階級ではなく様々なタイプの

旅行者の個性を強調している。一連の動機研究か

ら(基本的に冒険者か否かという),旅行者はサ

イコセントリズムからアロセントリズムに至るラ

インに沿って分布するのが一般的である,とプ

ロッグは示唆している。一方の極には「サイコセ

ントリックス;心配性で自己抑制的,冒険を好ま

ず,人生において事なかれ主義の立場をとる」が

ある。これとは対照的に,「アロセントリックス」

は自信に満ち,好奇心が強く,冒険を好み,外交

的である。プロッグによれば,彼らにとって旅行

とは,各自の探究心と好奇心とを表明する方法で

ある,とされる。両グループの旅行への関心と需

要とは異なるので,異なる旅行者グループが異な

る目的地を訪問することになろう。さらに,ある

目的地を目指す顧客層は進化していき,目的地は

様々な時点で様々なグループに魅力を投げかける

ものであること,を示唆している。目的地は「ア

ロセントリックス」により「発見」されるだろう

が,知名度が高まるにつれて発達し,より多くの

訪問者を誘致するようになる。例えば,「ミッド

セントリックス」の目的地の場合,「アロセント

リックス」にとって既にそこは魅力を失っている

ので,彼らは別の場所に移動することになるだろ

う。ツーリスト人口は一般的にこうした区分上に

分散していると言われているので,「ミッドセン

トリックス」にとって魅力があるということは,

すなわち,あまり異国的過ぎず,また,親しみや

すすぎないという段階に達したとき,当該地域は

最大数の訪問者を受け入れるようになる,と言え

る。しかし,この部分からはマーケットの減少と

いう点も示唆される。プロッグによれば,「我々

はいかに段階的,あるいは,緩慢であっても,連

続的曲線を通じて観光地を視覚化できる。だが,

こうした場合,観光地として終わりに近づいてい

るという厳然たる事例があまりに多い。本来ツー

リストを魅了してきた質を商業化して失ったりす

るようなことがあれば,観光地は内部に破滅の種

を宿すことになるわけである」。そこでバトラー

は,発展段階におけるツーリストの成長を,ミッ

ドセントリックスのアトラクションという見地か

ら,マーケットをもとに拡大的に説明したのであ

るが,一方,停滞段階にある目的地はサイコセン

トリックの訪問者に依存することが多い。レイム

とホーキンスによれば,衰退は不可避なものでは

なく,適切なマーケティングによって回避するこ

とができる,と言う。マーケットごとの需要を限

定することで,また,こうした需要を観光的経験

という要素に変換することで,自分たちの構想を

具体化しようとする開発において,アトラクショ

ンの衰退を防ぐことが可能になる」。しかし,

マーケティングだけでは不十分である。「成功す

るには,観光開発は固有の特性と地域の需要,さ

文化情報学 第13巻第1号(2006)

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Page 13: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

らに,社会や消費者の志向にも対応していなけれ

ばならない」。レイムとホーキンスによれば,3

要素を考慮に入れなければならない,と言う。す

なわち,消費者,生産者,そして社会全般である。

観光開発の歴史からは,3要素が等しく重要で

あり,一つの要素でも常に別の要素に従属してい

るようであれば,多様な目標は達成されないとい

うことが示される。統制のとれていない観光開発

の事例は数多く,頻発する問題は最も魅力的な利

益さえも損ねてしまう。社会問題は地域住民(安

価な労働力として提供することを余儀なくされ

る)が顧客(その需要と行動は住民らの生活様式

とは相容れないものであることが多い)の姿勢に

反発するというようなかたちで出現する。不適切

なインフラと立案に起因する生態系の問題もまた,

統制のとれない一方的観光開発に固有のものであ

る。

上手な観光開発とは,アトラクションが住民と

訪問者の双方に,利便をもたらすものとして機能

することである。慎重に考えられた持続的開発と

は,大勢のよそ者の気まぐれと欲望とを地域に押

しつけるものではなく,目の肥えた顧客の需要を

充足するために,地域固有の質(それが社会的な

ものであろうと,文化的なものであろうと)を用

いることである。

次いでレイムとホーキンスは,望ましい開発の

選択肢のために一連の基準を提案している。

・経済的に可能か。

・社会的に共存可能か。

・物理的に魅力があるか。

・政治的に支持しうるか。

・相補的か。

・市場性があるか。

さらに,環境的に持続可能かという基準を付け

加えているが,これは観光開発に対する極めて有

効な普遍的質問だと考えられる。

要 約

ここで概観した様々なモデルと概念は決して網

羅的ではなく,観光開発の分野はいまだ強固な理

論的基盤で十分に支持されているとは言いがたい。

これらのモデルを統合した仮説の多くには矛盾が

みられ,過程では競合する説明もなされ,また,

高度な概念や理論を実証したものはほとんどない。

しかし,観光開発モデルの概観は,先にみた観光

と開発の議論と同様に,一連の重要な問題点を提

起しており,そのうちの多くは後続の章でさらに

検討することになる。

ミオセックのモデルによって基本的枠組みを構

築し,第2章では観光開発に関わる様々な要素を

さらに詳細に検討していくと同時に,多様な開発

主体の機能と役割を略述し,開発の背景にあるそ

の重要性を論じていく。次いでこうした要素は,

観光開発の様々な類型という議論の中でまとめら

れていく(第3章)。需給面については次の二つ

の章で検討する。第4章では観光旅行の動機を考

察し,また,需要に影響を及ぼす要素といかにそ

れらが開発と関わるのかを議論する。この部分は

第5章で補足されるが,ここでは観光の可能性に

関する評価手法の検討に入る前に,観光施設の分

布に影響を及ぼす要素や場所の選定について分析

する。観光の影響評価に関する一般的枠組みは第

6章で紹介するが,続いて観光が及ぼす経済的,

社会的,環境的影響のより詳細な検討とその評価

手法に関する検討を行う。こうした影響は,対象

地域における開発状態への貢献という観点から,

また,開発の様々な過程の帰結として理解される。

こうした影響と先に略述した過程という点から,

第7章では国家,地域,小域レベルでの観光計画

を考察する。このようなアプローチによって,パ

ターンや過程,問題点の普遍性を十分に評価し,

概念と技法とを広範に統合しつつ,各章を通じて

一般的な論点と原理とが,地理学的に様々な事例

によって概説される。本書では結論として,観光

開発の過程及び観光の開発に対する貢献を批判的

に検討し,さらに,将来たどりうる観光開発の方

向に影響を及ぼす要素についても考察することに

したい。

ダグラス・ピアス・内藤:観光,開発と観光開発

51

Page 14: ダグラス・ピアス 内藤 嘉昭(訳)€¦ · 別の目的で他の利用者に使われる可能性もある。 ディズニーランドのようなアトラクションからリ

〈訳 注〉

*この翻訳は,Douglas Pearce, Tourist Develop-

ment , Longman, Essex, England,1989.の第1章

分を訳出したものである。なお,原書は1994年の

reprint版を使用した。図表等割愛した部分もあ

るが,テキスト部分はそのまま翻訳してある。こ

の著作を執筆した当時の著者ピアスは,ニュー

ジーランドのカンタベリー大学(クライスト

チャーチ)に在籍していた。2000年からウェリン

トンのビクトリア大学に移り,そこで今でも教授

職にあって地理学をディシプリンとする観光系の

講座を担当している。著者及びその研究動向に関

する詳細は,ピアスのTourism Today ― a geo-

graphical analysis , 2nd editionの邦訳書である『現

代観光地理学』(内藤嘉昭訳)明石書店,2001年

の「訳者あとがき」を参照されたい。

ピアスには非常に多くの著作があるが,上記の

『現代観光地理学』はその代表作である。ここで

扱ったTourist Developmentも,観光研究の論考の

中では『現代観光地理学』と並んで,非常に多く

引用される文献の一つである。初版は上記のとお

り1989年であるから,いささか古くなってしまっ

た感は否めないが,その根底にある考え方自体は

今日でも古びてはいない。『現代観光地理学』と

対比的に読み比べてみると,かなり重なる部分が

あることに気づく。理論の重視などはその一つで

あるが,単なる事例研究の集積や初学者向けのテ

キストでない,こうした文献は世界的にも少ない。

Translation;

Douglas Pearce, Tourist Development

Translated by Naito Yoshiaki

文化情報学 第13巻第1号(2006)

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