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海洋科学技術センター試験研究報告 第37号 JAMSTECR, 37 (March 1998) 呼吸シミュレータの開発 竹内 弘 次*1 岡本 峰雄*1 山囗 仁 士*1 白根 義和*l ダイバーに疲労をもたらす要因に,潜水呼吸器を用いて呼吸することにより生じる 呼吸負荷がある。海洋科学技術センターではこの呼吸負荷の軽減を目指し,その一環 として「呼吸シミュレータ」を開発した。本装置は呼吸にかかわる因子を任意に設定 した上で人工的呼吸を再現することが可能であり,ヒトがパニックを起こしたときの ような極限状態の呼吸も再現できる。本装置と以前開発した「呼吸モニタリング装置」 とを併用することで,様々な呼吸器を用いた場合の呼吸抵抗や呼吸仕事量を無人で測 定することができる。この測定データから,各呼吸器の性能を定量的に比較評価する ことが可能となる。本シミュレータはNPD (Norwegian Petroleum Directorate) 呼吸器無人性能評価基準の規定も満足できるように設計されている。この規定が再現 できることを確認するための予備試験を行ったところ,要求性能を十分満たすことが 実証された。 キーワード:潜水呼吸器,呼吸負荷,呼吸抵抗,呼吸仕事量,P-Vループ, 極限状 態の呼吸,呼吸モニタリング装置 Development of a Breathing Simulator Hirotsugu TAKEUCHI*3 Mineo OKAMOTO*3 HitoshiYAMAGUCHI*3 Yoshikazu SHIRANE*4 One of the most important factors that effect divers is fatigue due to the respiratory load caused by using an underwater breathing apparatus (UBA). JAMSTEC is studying ways to reduce the respiratory load, and has developped what they call a "Breathing Simulator". The simurator is able to produce artificial breathing by means of determinate parameters of breathing (breathing rate, tidal volume, and fraction of carbon dioxide, temperature and relative humidity in the expired gas, etc.). Using the "Breathing simurator" with the "Respiratory Monitoring System" what we had developed, a resistence to breathing and work of breathing caused by using various types of UBAs can be measured without the need of the subject.Being there from the measurements, the property of each UBA can be evaluated quantitatively in point of easy or not to breath. *1 *2 *3 *4 海域開発・利用研究部 日本酸素株式会社 Coastal Research Department Nippon Sanso Corporation

呼吸シミュレータの開発...呼吸抵抗と呼吸仕事量が挙げられる。呼吸抵抗は口腔内 と呼吸空間との差圧として定義されるものであり,静的

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Page 1: 呼吸シミュレータの開発...呼吸抵抗と呼吸仕事量が挙げられる。呼吸抵抗は口腔内 と呼吸空間との差圧として定義されるものであり,静的

海洋科学技術センター試験研究報告 第37号 JAMSTECR, 37 (March 1998)

呼吸シミュレータの開発

竹内 弘次*1

岡本 峰雄*1

山 囗 仁 士*1

白 根 義和*l

ダイバーに疲労をもたらす要因に,潜水呼吸器を用いて呼吸することにより生じる

呼吸負荷がある。海洋科学技術センターではこの呼吸負荷の軽減を目指し,その一環

として「呼吸シミュレータ」を開発した。本装置は呼吸にかかわる因子を任意に設定

した上で人工的呼吸を再現することが可能であり,ヒトがパニックを起こしたときの

ような極限状態の呼吸も再現できる。本装置と以前開発した「呼吸モニタリング装置」

とを併用することで,様々な呼吸器を用いた場合の呼吸抵抗や呼吸仕事量を無人で測

定することができる。この測定データから,各呼吸器の性能を定量的に比較評価する

ことが可能となる。本シミュレータはNPD (Norwegian Petroleum Directorate) の

呼吸器無人性能評価基準の規定も満足できるように設計されている。この規定が再現

できることを確認するための予備試験を行ったところ,要求性能を十分満たすことが

実証された。

キーワード:潜水呼吸器,呼吸負荷,呼吸抵抗,呼吸仕事量,P-Vループ,極限状

態の呼吸,呼吸モニタリング装置

Development of a Breathing Simulator

Hirotsugu TAKEUCHI*3Mineo OKAMOTO*3

Hitoshi YAMAGUCHI*3Yoshikazu SHIRANE*4

One of the most important factors that effect divers is fatigue due to the respiratory load

caused by using an underwater breathing apparatus (UBA). JAMSTEC is studying ways to

reduce the respiratory load, and has developped what they call a "Breathing Simulator".

The simurator is able to produce artificial breathing by means of determinate parameters

of breathing (breathing rate, tidal volume, and fraction of carbon dioxide, temperature

and relative humidity in the expired gas, etc.).

Using the "Breathing simurator" with the "Respiratory Monitoring System" what we had

developed, a resistence to breathing and work of breathing caused by using various types of

UBAs can be measured without the need of the subject. Being there from the measurements, the

property of each UBA can be evaluated quantitatively in point of easy or not to breath.

* 1

* 2

* 3

* 4

海域開発・利用研究部

日本酸素株式会社

Coastal Research Department

Nippon Sanso Corporation

Page 2: 呼吸シミュレータの開発...呼吸抵抗と呼吸仕事量が挙げられる。呼吸抵抗は口腔内 と呼吸空間との差圧として定義されるものであり,静的

The simulator is also designed in order to be satisfied with evaluating the standards con-

trolled by NPD (Norwegian Petroleum Directrate). To confirm that the fucutions of the

simulator is in conformity to the rules of NPD, a preliminary experiment was carried out.

As a result, it could be proved that the properties of the simurator are able to muth our

expectations.

Key Words : Underwater breathing apparatus, Respirately ioad, Breathing resistance, Work

of breathing, P-VLoop, Breathing in an extreme situation, Respiratory

Monitoring system

1 はじめに

近年,潜水呼吸器は様々な種類のものが開発されてい

るが,いずれの潜水呼吸器を用いても,呼吸空間が狭い

ために呼気差圧・吸気差圧が生じ,さらに環境と等しい

圧力の高密度ガスを呼吸するため,大きな呼吸負荷が生

じる。この呼吸負荷は潜水中のダイバーに疲労をもたら

す要因の一つである。潜水呼吸器の呼吸負荷を軽減する

ためには,次の4段階の手順を踏んで系統的かつ総合的

な研究を行う必要がある。

① 潜水呼吸器を用いて呼吸することにより生じる

人体側負荷を定量的に把握する。

② 呼吸状態の変化に伴って生じる呼吸負荷変動を,

潜水呼吸器の種類別に定量的に把握する。

③ 潜水呼吸器による呼吸負荷を生じるハード上の

諸問題を解明する。

④ 潜水呼吸器の負荷軽減策を立案する。

筆者らは①の段階として「呼吸モニタリング装置」の

開発を既に終え1)2),高圧状態で呼吸するダイバーの呼

吸循環動態と,基本的な生体情報をリアルタイムで言t測・

監視し,事後に詳細な解析をする実験を繰り返し行って

きた。

次に③の段階として本稿で扱う「呼吸シミュレータ」

を開発した。本シミュレータは人工肺を用い,呼吸数,

一回換気量,呼気温度・湿度,呼気 C02濃度等を任意

に設定することができるものである。「呼吸モニ タリン

グ装置」と組み合わせて使用すれば,様々な呼吸器の性

能評価について,被験者を使用することなく過酷な実験

を実施することも可能である。

本稿では呼吸シミュレータの概要,運用手順の外,予

備性能試験結果の一部について報告する。

10

2 呼吸シミュレータの概要

2.1 開発のコンセプト

潜水呼吸器の性能を定量的に表すための指標として,

呼吸抵抗と呼吸仕事量が挙げられる。呼吸抵抗は口腔内

と呼吸空間との差圧として定義されるものであり,静的

な呼吸負荷と考えてよい。一方,呼吸仕事量は,呼吸抵

抗P と肺容量V(呼吸により肺に入ったガス量)とを連続

的に積分した値として求められ,PV値と呼ばれている

(図1)。呼吸仕事量は,ヒトが呼吸に要したエネルギー

を表す数値であり,潜水呼吸器による呼吸がヒトにどの

程度の疲労をもたらすのかを明確に示す指標となり得る。

以前開発した「呼吸モニタリング装置」は,実際にヒ

トが呼吸器を装着して呼吸したときの呼吸仕事量を計測

することができる装置である1)2)゜

筆者らはこの装置に

より,ヒトにかかる呼吸負荷のデータを蓄積することが

できた。

しかしながら,潜水呼吸器として重要なのは,濳水中

のダイバーが何らかの原因でパニックを起こしたときの

ような,極限状態での呼吸負荷である。ヒトが呼吸器を

装着して極限状態の呼吸を再現することは不可能である。

そこで,ヒトに代わって極限状態の呼吸が再現できる装

置,すなわち「呼吸シミュレータ」の開発を行うに至っ

たわけである。

肺 容 量 V( 呼 吸 に より 肺 に 入 っ た ガ ス 量 )

呼 吸 仕 事 量P V

呼吸抵抗P( 口腔内圧 と呼吸空 間との差圧 )

図1 呼吸仕事量の定義(P-Vループ)

JAMSTECR, 37 (1998)

Fig. 1 Definition of work of breathing measured

from Pressure-Volume-loop

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ところで潜水呼吸器性能評価については様々な方法が提

案されていたがか7},近年NPD(Norwegian Petroleum

Directrate)により,無人での性能試験項目や評価基

準8)が作成されている (表 1~ 3)。本シミ ュレータはこ

の基準による性能評価も行えるように設計されている。

本シ ミュレータの仕様について次に述べる。

表 1 NPDによる潜水呼吸器の無人評価基準

Table 1 Summary of guideline for evaluation of breathing apparatus by NPD

試験圧力

空気またはそれに準ずるガス O. 10. 30, 60msw

ヘリウム ・空気またはそれに準ずるガス 0, 50. 100. 200. 300, 400rnsw

試験水温 50C+2'C

呼吸抵抗 +1.5kPa以内, (最大許容範囲…:f:2.5kPa)

分時換気量(RMV) 15.0, 22.5, 40.0, 62.5, 75.0. 90(L/ min)

呼吸仕事量(W) W(J)=k十(f.RMV)

ここで180msw以浅, RMV=15-75L/minで、はK=0.5J/L,f=0.02

ただ しRMV= 90L/ rninではW孟5J/L

表 2 潜水呼吸器試験時の試験条件 表3 COa吸収剤を用いる潜水呼暖器の試験条件

Table 2 Test conditions for performance test of UBA Table 3 Test conditions for perfomance test of UBA using C02 absorber

RMV 一回換気量 呼吸回数 RMV C02添加量

[L/イrninJ

15.0

22.5

40.0

62.5

75.0

90.0

JAMSTECR, 37 (1998)

[L/回] [回/rnin] [L/rnin]

1.0 15 15.0

1.5 15 22.5

2.0 20 40.0

2.5 25 62.5

3.0 25 75.0

3.0 30 90.0

表4 呼吸シミュレータ主要目

Table 4 Principal particulars of breathing sirnurator

最大一回換気量

最大呼吸気流量

最大呼吸回数

呼吸相比

:5L

: 20L/sec

: 60回/rnin(ただし一回換気量2Lのとき)

: 1 : 0.5 ~5.0 (吸気量 :呼気量)

最大許容口腔内圧:150cmH20 (ただし水槽の深度を含む)

呼吸波形 :三角波, 正弦波,及び任意波形

cα添加

呼気温度

呼気湿度

環境庄力

環境ガス

:呼気の 4%添加/添加なし切 り換え

:最大40'C

:最大100%RH

:最大深度500m相当

:高圧He-Oa,またはN2一02

[L/minJ

0.6

0.9

1.6

2.5

3.0

3.6

11

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2.2 仕様

呼吸シミュレータの主要目を表4に示す。

呼吸シミュレ}タはヒトの代わりに人工的な呼吸を再

現する装置である。本シミュレータは,以下のパラメー

タを設定することにより,任意にかつ一定に呼吸を再現

することができる。

① 呼吸回数

1分間当たり何回呼吸させるかを決定するパラ

メータ。 1-60回/分の範囲で設定することがで

きる。

② 呼吸相比

吸気時間と呼気時間との比を決定するパラメー

タ。呼気時間/吸気時間を0.5-5.0の範囲で設定

することカfできる。

③ 一回換気量

呼吸 1回当たりの換気量を決定するパラメータ。

1 ---5 L/回の範囲で設定することができる。

④ 呼吸波形

呼吸の形態を決定するパラメータ。「三角波J

または「正弦波Jを選択できる。「三角波Jでは

呼吸ガス流量一定のもと吸入・排出を繰り返し,

「正弦波」では流量を正弦的に変化させながら吸

入・排出を繰り返す。

「三角波J及び「正弦波jの場合は,常に吸入

または排出のどちらかの動作を行うが, r息こら

えjを再現するために本シミュレータでは「任意

波形Jの設定も可能である。

⑤ COa添加の有無

呼気ガス中へのC02添加の有無を決定するパラ

メータ。 CO2添加「ありJと設定した場合は,呼

気ガス中に換気量の 4%分が自動的に添加される。

③ 呼気ガス温度・湿度

呼気ガスの温度と湿度を設定するパラメ ータ。

温度は最高で400C,湿度は最高で100%に設定す

ることができる。

呼吸シミュレータは潜水呼吸器の性能評価を目的とし

て設計されているため,高圧下での使用が可能である。

また呼吸器を装着させた人頭部を水槽で囲うことにより,

水中で、の呼吸を再現することもできるc

2.3 構成ユニット

呼吸シミュレータの系統図を図 2に示す。

本シミュレータは次のユニットから構成される。

① 人工肺部

② 人頭モデル及び気道

③温度・湿度制御ユニット①(チェンパー内用)

④温度・湿度制御ユニット②(チェンパー外用)

⑤ 呼吸シミュレータ制御部

⑥ XYレコーダ

以下これらユニットについて概要を述べる。

呼吸モユタりング猿置

間…附畠:量一

流……墨一

:

;

口昌也

炭酸ガス

• 9 e

' , ' a

' 口腔内圧(p)信号

一回守

p-信

庄一作

内一隻

腔一気グ

ロい換一旦…

x

却即

勘仰工入

ー用

動二

駆タ一

吸二

呼モ一

図2 呼吸シミュレータシステム系統図

Fig.2 Flow diagram of breathing simurator

12 JAMSTECR, 37 (1998)

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2.3.1 人工肺部(写真 1)

人工目市はシリンダとピストンからなる。ピストンは日乎

吸駆動用モーターにより往復動を行い,呼吸を再現する。

ピストンの移動速度及び位置は 各々呼吸ガス流量及び

換気量として外部に出力される。またシリンダ胴部外側

にヒーター,シリンダ上部内側にヒーターとウォーター

パス(水ポンプから適宜註オくされ,常時湿潤状態を保つ。)

が設置されており 呼気ガスの加温・加湿に供する。

2.3.2 人頭モデル及び気道(写真 1)

人頭モデルにはSCUBA潜水器のレギュレータ,口鼻

マスク,ハードハット,ヘルメット等,様々な潜水呼吸

器を装着させることができる。

人頭モデルの気道には,呼吸ガス通気管,呼気ガス温

湿度測定用通気管, C02添加管,口腔内圧測定用通気管

が備えられている。呼吸ガス通気管は適切な呼吸抵抗を

確保するように設計されている。また呼吸ガス通気管の

外周にはヒーターが設置されており,呼気ガスの加温が

実行される。

呼気ガス温湿度測定用通気管は呼気ガスの温度・湿度

を測定するための管で,温湿度計測センサーが設置され

ている。

C02添加管は呼気ガス中にC02を添加するためのもの

である。

口腔内圧測定用通気管は呼吸抵抗(口腔内圧)を測定

するために使用する配管である。

2.3.3 温度・湿度制御ユニット①(チェンバー内

用)(写真 1)

このユニットは呼気ガス温湿度指示計,呼気ガスへの

C02添加制御装置を有している。温湿度指示計は,人頭

モデル気道の呼気ガス通気管に設置されている温湿度計

測センサーにより計測された値を指示する。

C02添加は流量調整弁により呼気ガス量の 4%分を定

量供給するように制御されている。

2.3.4温度・湿度制御ユニット②(チェンバー外

用)(写真 2)

呼気ガスの加温・加湿調整と呼気ガス温湿度指示の役

割を担っている。加温・加湿調整は人頭モデル気道及び

人工肺部に設置されたヒーターの温度と,人工肺部に設

置されたウォーターパスへの注水量をダイヤルにて調節

することにより実行される。 呼気ガス温湿度指示は2.3.

3節に記したユニットの指示計と全く同じ値を示す。

JAMSTECR, 37 (1998)

2.3.5 呼吸シミュレータ制御部(写真 2)

2.2節に示したような呼吸パラメータを設定し,呼吸

動作の開始・終了等の信号を出力するユニット。また,

呼吸動作に関わるデータ(換気量,呼吸気温度・湿度・

C02濃度など)をフロッピーまたはハードディスクに保

存することができる。

2.3.6 XYレコーダ(写真 2)

P-Vループをリアルタイムで描画させるユニット。

P値には人頭モデル気道内の口腔内圧測定用通気管に圧

力センサーを設置し 計測された値を用いる。またV値

は,人工肺ピストンの位置信号(換気量の信号)を用い

る。

2.4 呼吸シミュレータの運用手順

呼吸シミュレータを動作させ,潜水呼吸器の性能評価

をするまでの一連の流れを以下に示す。

2.4.1 呼吸パラメータ設定

シミュレータを構成する各装置聞の電気結線,ガス配

管の連結をし,温度・湿度制御ユニット①,温度・湿度

制御ユニット②,及び呼吸シミュレータ制御部の電源を

投入する。呼吸シミュレータ制御部のコンピューターの

モニターにはメインメニュー画面(図 3)が表示され,

メニューの「パラメータ変更Jを実行することにより,

呼吸パラメータ設定画面に切り替わる。ここでは呼吸回

数,呼吸相比,一回換気量,呼吸波形,及びC02添加有

無といったパラメータの設定ができる。

2.4.2 呼吸波形の作成

前述のとおり,本シミュレータでは正弦波,三角波の

外にも簡単な波形を作成することができる。波形の作成

はメインメニューの「波形の作成Jを選択し,呼吸一周

期を描くことにより実行される(図 4)。作成した波形

はフロッピーまたはハードディスクに保存でき,必要な

ときに読み込んで、使用することができる。

2.4.3 呼吸動作の実行

メインメニューの「実行Jを選択すると,ピストン位

置が原点に自動復帰した後,呼吸が開始される。呼吸中

はモニターに呼吸波形の移動軌跡が表示される(図 5)。

13

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写真 1 呼吸シミュレータのチェンパー内機器 右:人工肺部,人頭モデル及び気道 左 :1.晶度・湿度制御ユニット①

Photo 1 Breathing sirourator inside diving simurator. Right: tvおchanicallung, Head model and Trachea

Left : Temperature and relative humidity control unit 地t1

写真 2 呼吸シ ミュ レータのチェンパー外機器右:温度・湿度制御ユニット② 中 :XYレコーダ 左 :呼吸シ ミュレータ制御部

Ph叫 02 Breathing simurator outside diving simurator. Right: Temperature and relative humidity control unit ;.)0.2

:V1iddle : X-Y Recorder Left: Breathing simurator control unit

2.4.4 データ処理

呼吸シミ ュレータ動作に関わるデータ

気温度 ・湿度,呼気中C02濃度etc.)

(換気量.呼吸

はフロッピーまた

またプリンタにで保存はハー ドディスクに保存できる。

データを印刷することも可能である。

14

2.4.5 呼吸抵抗・呼吸仕事量の計測

呼吸シミュレータ動作中,呼吸モニタリング装置には

呼吸抵抗(口腔内圧)信号と呼吸ガス流量信号が入力さ

れる争実験終了後,呼吸モニタリング装置の解析画面で

は呼吸抵抗と呼吸ガス流量のデータから, P-Vループ

及び呼吸仕事量が求められ,

評価ができる。

実験に用いた潜水呼吸器の

j A M S T E C R, 37 (1998)

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図 3 メインメ ニぷーの商面

Fig.3 Display of Breathing simtrator control unit (main menu)

図 4 呼吸波形作成画面

Fig.4 Display for drawing wave form of breathing

図5 呼吸動作追従両両(緑色の線で軌跡、を表示)

Fig.5 Display for following the tracks of breathing wave form

(The tracks a:re indicated with green line)

JAMSTECR, 37 (1998) 15

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3 呼吸シミュレータの予備性能試験

前述のとおり ,近年NPDにより潜水呼吸器の評価基

準が作成された。本シミュレータがこの基準を十分満た

すことを確認するための予備性能試験を実施した。

3.1 試験方法

試験条件を表5に示す。

具体的な確認事項は以下のとおり。

実験① 一回換気量の設定値 (NPD準拠)と実測

値との比較。

実験② 呼気ガス中C02濃度制御(約 4%)の確認。

実験③ 呼気ガス温度・湿度の制御能力の確認。

(人頭モデル気道内にて,呼気ガス温度約

400

C,湿度約100%に制御)

3.2 試験結果

実験①…一回換気量の設定値と実測値とを比較したも

表5 予備性能試験条件

のを,表6-1,6-2に示す。 C02添加を「あり Jに設

定した場合,一回吸気量は設定値より小さくなっているo

これはC02添加分を差しヲ!いて 意図的に吸気量を減ら

すよう制御されているためである。

設定値と実測値とのズレは呼吸回数が多くなるほど,

また一回換気量が多くなるほど大きくなっている。実際

に呼吸器性能評価試験を行う場合,この設定値と実測値

との差を考慮に入れて換気量を設定する必要がある D

実験②…C02添加制御能力を確認した結果を表 7に示

す。 呼気ガス中C02濃度はおおむね 4%に近い値に制御

されていることが確認された。

実験③…呼気ガス温・湿度制御能力を確認した結果を

表8に示す。人頭モデル気道内の呼気ガス温度はおおむ

ね40"Cに制御された。呼気ガス湿度は分時換気量が増え

るに従い低くなるが,ヒトの呼吸の極限条件(分時換気

量90L/min,一回換気量3.0L/回,呼吸回数.30回/min)

においても約90%の湿度は確保できことが確認された。

Table 5 Test condition for preliminary experiment of breathing simurator

大気圧下・ドライ環境

圧縮空気

①環境条件

②呼吸ガス

③潜水呼吸器

④呼吸条件

スクーバ用シングルホースレギ、ユレータ(解放式デ、マンド型)

呼吸波形…正弦波

呼吸相比… 1: 1.0

呼吸量

実験①,③… 22.5,40, 62.5, 75, 90L/min

実験② … 0, 10, 15, 20, 25, 30, 35, 40, 45, 50L/min

表 6(1) 一回吸気量及び一回呼気量の精度確認実駒吉果

(C02なし)

Table 6 (1) Result of preliminaly experimcnt to confirm

precision of tidal volume control by breath-

ing simurator. (without C02 injection)

設定値 実測値

分時換気量一回換気量呼吸回数一回吸気量一回呼気量

[L/min] [L/回] [回/min] [L/回] [L/回]

15.0 1.0 15 1.03 1.00

22.5 1.5 15 1.53 1.50

40.0 2.0 20 1.99 2.00

62.5 2.5 25 2.44 2.57

75.0 3.0 25 3.00 3.27

90.0 3.0 30 3.00 3.26

16

表 6(2) 一回吸気量及び一回呼気量の精度確認実験結果

(C02あり)

Tablc 6 (2) Result of preliminaly experiment to confirm

precision of tidal volume control by breath-

ing simurator. (injecting C02)

設定値 実測値

分時換気量一回換気量呼吸回数一回吸気量一回呼気量

[L/min] [L/回] [回/min] [L/回] [L/回]

15.0 1.0 15 1.00 1.00

22.5 1.5 15 1.48 1.50

40.0 2.0 20 1.92 2.00

62.5 2.5 25 2.34 2.57

75.0 3.0 25 2.88 3.23

90.0 3.0 30 2.87 3.24

J A M S T E C R, 37 (1998)

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表7C02添加精度確認実験結果

Table 7 Result of preliminaly experiment to' confirm precision of C02 injection control by breathing simuralor

分時換気量 一回換気量 呼吸回数 C02添加流量 002濃度

[L/minJ [L/回] [回/min] [L/min] [%]

。 0.00 20 0.0 。5 0.25 20 0.372 3.7

10 0.50 20 0.816 4.1

15 0.75 20 1.19 4.0

20 1.00 20 1.63 4.1

25 1.25 20 2.00 4.0

30 1.50 20 2.44 4.1

35 1.75 20 2.89 4.1

40 2.00 20 3.41 4.3

45 2.25 20 3.78 4.2

50 2.50 20 4.22 4.2

表8 呼気温度 ・湿度制御精度確認実験結果

Table 8 Result of preliminaly experiment to confirm precision of temperature and relative humidity control by breathing simurator

分時換気量一回換気量 呼吸回数吸気a) 呼気b)

[L/min] [L/回] [回/min] 温度["C] 湿度[%] 温度["C] 湿度[%]

22.5 1.5 15

40 2.0 20

62.5 2.5 25

75 2.5 30

90 3.0 30

ヒーター設定値…シリンダ (HTl) : 500C 気道 (HT2) : 50t 喉頭 (HT3) : 70t

a)レギュレータ直前にて測定b)人頭モデル気道内にて測定

4 おわりに

以上,呼吸シミュレータの概要及び予備性能試験結果

について述べてきた。予備性能試験結果からは,本シミュ

レータがNPD基準に準拠した呼吸を再現することが十

分可能で、あることが実証された。

潜水呼吸器を肘いて呼吸した際に生じるi呼吸負術を軽

減させることは,ダイパーの作業効率.安全性を向上さ

せるために非常に有効である。特に今後潜水について特

別な訓練を受けていない研究者が,危険を伴うことなく

手軽に潜水を行えるように潜水技術を向上させる上で,

安全で優れた潜水呼吸器の開発は早急に進めなければな

らない。 今回呼吸シミュレータを開発し,潜水呼吸器の

JAMSTEC"R, 37 (1998)

22.8

22.5

22.4

22.5

22.2

31 38.2 100

33 39.6 100

34 39.2 98

36 40.7 95

38 41.5 90

性能評価試験を実施できる設備が整ったo 今後は既存の

潜水呼吸器について呼吸負荷のデータを取得,吟味する

ことより,理想、の潜水呼吸器のあるべき姿を探求 してい

きたい。

参考文献

1) H. Yamaguchi, M. Okamoto, Y. Shibata, K.

Demura, I. Oguro, and M. Mohri : Development

of Underwater Respiratory Monitoring System.

Proceedings of the 13th meeting of the UJNR

Diving Physiology Panel, 130・146.(1995)

2) 岡本峰雄 ・山口仁士 ・出村憲二・ 毛利元彦:呼吸

17

Page 10: 呼吸シミュレータの開発...呼吸抵抗と呼吸仕事量が挙げられる。呼吸抵抗は口腔内 と呼吸空間との差圧として定義されるものであり,静的

18

モニタリングシステムの開発.海洋科学技術センター

試験研究報告, 33, 65-76. (1996)

3) Grodski J. J. : External work of breathing of

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4) Evenson G. and J. K. Johansen:Divers breath-

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London, 23. (1981)

5) Caenegie A. L. : An engineering view of the

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London, 11. (1981)

7) Segadal K., D. M. Furevic and E. Myrseth:

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realistic, DIVETECH' 81, London, 13. (1981)

8) NPD: Guideline for evaluation of breathing

apparatus for use in manned underwater opera-

tions in the petoleum activities, 13, Norway.

(1991 )

(原稿受理:1997年12月10日)

JAMSTECR, 37 (1998)