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1 ポストゲノム技術を活用した麹菌グルタミナーゼの機能 改変と食品製造への利用 研 究 期 間 キッコーマン株式会社 平成14年度~16年度 Ⅰ.3ヶ年の研究成果の要約 1.技術開発課題の目的 醤油の品質に重要な役割を果たしている麹菌グルタミナーゼは発現量が低く、安定性に 欠けるなどの欠点があり、改良が望まれてきたにもかかわらず、その分子生物学的研究は遅 れている。そこで、ポストゲノム技術を用いて麹菌グルタミナーゼ遺伝子の網羅的な解明およ び発現の解析を行うとともに、高濃度の食塩が存在する醤油諸味中でも長期間安定に作用 する酵素に改変する技術開発を行う。同時に食品産業への利用を検討する。 2.担当者 (1) キッコーマン株式会社 研究本部 松島健一朗、伊藤考太郎(第1研究部) 田頭栄子(農林水産特別研究員) (2) 独立行政法人食品総合研究所 柏木豊(応用微生物部糸状菌研究室長) (3) 大分大学 森口充瞭(工学部教授) 3.研究の実施場所 キッコーマン株式会社 研究本部 独立行政法人食品総合研究所 応用微生物部 大分大学 工学部応用化学科 4.要約 [方法] Cryptococcus 属酵母が生産する耐塩性・耐熱性グルタミナーゼ(CnGahA)の分子生物学 的研究から醤油麹菌 Aspergillus sojae にも類似の一次構造を持つグルタミナーゼ AsGahA)が存在することを見出した。ポストゲノム技術を利用して遺伝子の機能解析を

ポストゲノム技術を活用した麹菌グルタミナーゼの機能 改変 …...3. ランダム変異により耐塩性が向上した麹菌グルタミナーゼGahA を取得したが、耐塩性

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    ポストゲノム技術を活用した麹菌グルタミナーゼの機能

    改変と食品製造への利用

    担 当 機 関 名 研 究 期 間

    キッコーマン株式会社 平成14年度~16年度

    Ⅰ.3ヶ年の研究成果の要約

    1.技術開発課題の目的

    醤油の品質に重要な役割を果たしている麹菌グルタミナーゼは発現量が低く、安定性に

    欠けるなどの欠点があり、改良が望まれてきたにもかかわらず、その分子生物学的研究は遅

    れている。そこで、ポストゲノム技術を用いて麹菌グルタミナーゼ遺伝子の網羅的な解明およ

    び発現の解析を行うとともに、高濃度の食塩が存在する醤油諸味中でも長期間安定に作用

    する酵素に改変する技術開発を行う。同時に食品産業への利用を検討する。

    2.担当者

    (1) キッコーマン株式会社 研究本部 松島健一朗、伊藤考太郎(第1研究部) 田頭栄子(農林水産特別研究員) (2) 独立行政法人食品総合研究所 柏木豊(応用微生物部糸状菌研究室長) (3) 大分大学 森口充瞭(工学部教授)

    3.研究の実施場所

    キッコーマン株式会社 研究本部 独立行政法人食品総合研究所 応用微生物部 大分大学 工学部応用化学科

    4.要約

    [方法] Cryptococcus 属酵母が生産する耐塩性・耐熱性グルタミナーゼ(CnGahA)の分子生物学

    的研究から醤油麹菌 Aspergillus sojae にも類似の一次構造を持つグルタミナーゼ(AsGahA)が存在することを見出した。ポストゲノム技術を利用して遺伝子の機能解析を

  • 2

    行うとともに、グルタミナーゼ高生産麹菌を作製し、調味料製造への効果を調べる。

    CnGahA と AsGahA の比較研究から耐塩性獲得のメカニズムを解明し、麹菌グルタミナーゼに耐塩性を付与する技術開発を行う。また、麹菌のゲノム解析の進展に伴い、

    Micococcus luteus 由来のグルタミナーゼに相同性を有する酵素 AoGls を新たに見出したので、その機能解析を行い、応用性を検討する。

    産官学連携の麹菌ゲノム解析コンソーシアムにより解明された麹菌ゲノムシー

    ケンスを利用し、麹菌におけるグルタミナーゼ遺伝子の網羅的な研究を行う。

    [成果]

    1. 麹菌グルタミナーゼ(AsGahA)は一次構造では Cryptococcus 属酵母由来のグルタミナーゼと同様に amidase motifを持ち、基質特異性ではアスパラギナーゼ活性を示すが、γ-グルタミルトランスペプチダーゼ活性はないという全く新しいタイプのグルタミナーゼファミリーであることがわかった。ゲノム解読データからさらに 3 つのホモログを見出し、そのうち 1 つにグルタミナーゼ活性を確認した。

    2. 麹菌グルタミナーゼ(AsGahA)を Pichia pastoris で発現させると耐塩性が付与されることがわかった。大量の糖鎖が結合したためと思われる。

    3. ランダム変異により耐塩性が向上した麹菌グルタミナーゼ GahA を取得したが、耐塩性のある C. nodaensis グルタミナーゼとのキメラでは耐塩性酵素は得られなかった。

    4. Micrococcus 由来グルタミナーゼに相同な遺伝子 gls を新たに見出し、グルタミナーゼ活性を持つことを確認した。Gls 型グルタミナーゼは細菌をはじめ広く分布しているが、真菌類では初めての報告である。AoGls を大腸菌で発現させ、精製したのちに諸性質を検討した結果、耐塩性があることが判明した。

    5. 醤油醸造用に育種されたプロテアーゼ高生産麹菌 A.sojae AS-1 株に Cryptococcus 由来グルタミナーゼ遺伝子(CngahA)を導入した麹菌を作製し醤油の試醸を行ったが、ピログルタミン酸量の低減は認められたものの、グルタミン酸量に効果はなかった。

    6. CngahA を導入した麹菌は醤油麹において分泌発現していることがわかった。そこで、醤油麹を水抽出して得られた酵素液で小麦グルテンの分解を行ったところ、品質の優

    れた調味液が得られた。本菌株を用いることにより、耐熱性グルタミナーゼを増強させ

    た新たな酵素剤の開発が可能となった。 [事業化の見通し]

    耐熱性グルタミナーゼ遺伝子を導入した麹菌を用いて、新しい調味料を製造する技術

    開発の見通しはできた。しかしながら、麹菌グルタミナーゼの耐塩性変異株を取得し、セ

    ルフクローニング株として麹菌を育種するという目標には到達できなかった。異種グルタミ

    ナーゼ遺伝子を導入した組み換え麹菌を事業化する社会的状況にはなく、事業化に必

    要な期間は想定できない。 [特許出願]

    1.特願 2002-370553 新規なグルタミナーゼ及びグルタミナーゼ遺伝子 2.特願 2002-374182 耐熱性グルタミナーゼ及び耐熱性グルタミナーゼ遺伝子 3.特願 2004-148623 酵素混合物及び調味料

    以上

  • 3

    Ⅱ.3ヶ年の研究成果の本文

    1.技術開発課題の目的

    (1) 麹菌グルタミナーゼの食品製造への利用

    醤油醸造において原料蛋白質はプロテアーゼやペプチダーゼによって分解されるが、遊離

    したグルタミンは非酵素的反応で呈味性のないピログルタミン酸になる。これを防ぐために

    は諸味中でよく作用する安定なグルタミナーゼが必要であるが、現在の麹菌が作るグルタミ

    ナーゼでは不十分であり、安定性、耐塩性に優れたグルタミナーゼの開発が望まれている。

    このようなグルタミナーゼが開発できれば、うま味成分であるグルタミン酸含量が高い、付

    加価値の高い醤油や蛋白質分解調味料を効率よく、低コストで生産することが可能になる。

    (2) 耐塩性酵素を作製する技術の開発

    本課題では、麹菌グルタミナーゼをより実用性の高いものにするために、高濃度の食塩が

    存在する醤油諸味中でも長期間安定に作用する酵素に改変するための技術開発を行う。酵素

    の耐塩性に関する研究は少なく、学術的にも興味深い。また、食品加工では腐敗防止のため

    食塩が存在する環境で酵素を作用させることが多く、耐塩性酵素を作出する技術が開発でき

    れば、その波及効果は大きい。

    (3) 麹菌のゲノム解析成果の利用

    麹菌では全ゲノム解析および EST 解析が行われ、網羅的な解析を特徴とするポストゲノム

    研究が可能となった。本課題では、グルタミナーゼ遺伝子の発現制御機構をこれらの技術を

    用いて解明し、最適な発現条件を「製麹」に応用する。このような手法は麹菌の様々な酵素

    に応用可能であり、コストダウンや品質向上につながるものと期待している。

    3 技術開発課題の内容

    (1) 技術開発の実施に必要な事業

    ア 基礎となる試験研究の概要及び技術開発の目的

    1) C. nodaensis から耐塩性・安定性に優れたグルタミナーゼの遺伝子をクローニングし、パ

    ン酵母および麹菌で発現させた。(2001年度日本生物工学会)

    2) C. nodaensis グルタミナーゼ遺伝子に相同な配列を麹菌のESTライブラリーに見出し、cDNA

    全長をクローニング、酵母及び麹菌で発現させ、グルタミナーゼ遺伝子であることを確認し

    た。(特許出願済み)

    3) 提案者は提携している食品総合研究所とともに麹菌ゲノムプロジェクトに参加し、ESTおよ

    びゲノムの解析を行った。

    4) これまでの麹菌グルタミナーゼに関する研究は酵素学的研究を中心に行われており、分子

    生物学的研究は遅れている。本技術開発の第一の目的は、麹菌ゲノム解析情報を基にポスト

    ゲノム技術を活用して、麹菌におけるグルタミナーゼ遺伝子を網羅的に解明することである。

    5) 目的の第二は麹菌グルタミナーゼと耐塩性を有するC. nodaensis グルタミナーゼとの構

  • 4

    造上の比較から酵素に耐塩性を付与する技術を開発し、麹菌グルタミナーゼに耐塩性を付与

    することにある。さらには、これら技術開発によって耐塩性を付与された麹菌グルタミナー

    ゼ遺伝子を麹菌で発現させ、醤油用調味料を製造することを目的にしている。

    提携研究機関では

    1) 糸状菌より多くのセルラーゼを単離し、それらの性質の比較検討を行い、Pichia pastoris

    を用いた分泌生産システムを利用し、その効率的分泌生産を行い、組換え酵素蛋白質の性質

    を解明した。

    2) 糸状菌セルラーゼに対してセルロース結合ドメインを付加したキメラ酵素遺伝子を作成し、

    P. pastorisによる発現系を用いて生産したキメラ酵素蛋白質の性質を検討した。

    3) Micrococcus luteusから耐塩性グルタミナーゼ遺伝子を単離し、諸性質の検討、耐塩性機

    構の研究を行った。

    4) 麹菌グルタミナーゼに耐塩性付与技術を開発するために、P. pastorisにおいて麹菌グルタ

    ミナーゼ遺伝子の発現改良システムを開発した。

    イ 技術開発の内容

    実施年度 技 術 開 発

    項目 14 15 16技 術 開 発 の 内 容

    1. 麹菌グルタミナーゼの

    機能改変に関する研究

    酵母における発現系構築

    構造と機能に関する研究

    耐塩性変異取得

    酵素精製、性質検討

    2.麹菌グルタミナーゼ遺伝

    子のポストゲノム研究

    paralog の取得、発現

    paralog 酵素の機能解析

    遺伝子発現制御機構

    3.麹菌グルタミナーゼの利

    用に関する研究

    麹菌グルタミナーゼ遺伝子 AsgahA の機能解析と

    機能改変を行う。

    AsgahA遺伝子をS.cerevisiaeとP.pastorisに導

    入し、大量発現系を構築した。P.pastoris で生産

    した酵素は耐塩性が高くなった。

    ランダム変異により、高濃度の食塩が存在下でも

    安定に作用するグルタミナーゼを取得した。

    麹菌ゲノム解析の結果、gahA 以外にも相同遺伝子

    gahB、glsを見出し、各々グルタミナーゼ遺伝

    子であることを確認し、特許出願した。

    glsを E.coli で大量発現させ機能解析を行っ

    たところ、耐塩性を有していることが分かった。

    8 種のグルタミナーゼ遺伝子を網羅的に発現解析

    し、7種が醤油麹で発現していることを確認した。

    機能改変したグルタミナーゼの効果を確認する。

  • 5

    C.nodaensis 遺伝子によ

    る形質転換と応用実験

    野生型遺伝子による麹菌

    の形質転換と応用実験

    変異型遺伝子による麹菌

    の形質転換と応用実験

    Cryptococcus 由来の耐塩性 CngahA 遺伝子を A.

    sojae に導入し、タンパク質分解調味液を試験製

    造した。

    AsGahA 及び CnGahA をそれぞれ発現する酵母を使

    用し、耐塩性耐熱性の違いによる調味液製造への

    効果を比較した。

    耐熱性又は耐塩性を増強した変異グルタミナー

    ゼ遺伝子を導入した麹菌で醤油様調味料を試験

    製造する予定であったが、変異株の取得が遅れた

    ため実施できなかった*。

    * 耐熱性又は耐塩性を増強した変異酵素の取得(項目 1)が困難を極めたため、計画・資源配分の見直

    しを行い、実施項目の追加(ランダム変異など)したことにより変異株の取得に成功したが、応用実験に

    は至らなかった。

    ウ 技術開発の実施結果

    1) 麹菌グルタミナーゼの機能改変に関する研究

    ① 麹菌グルタミナーゼ遺伝子 gahA の機能解析

    我々はこれまでに Cryptococcus 属酵母由来耐塩性グルタミナーゼ(CnGahA、CaGahA )の分子生

    物学的研究を通して、これに類似した遺伝子を麹菌 A. sojae 及び A. oryzae に発見し、それぞれ

    AsGahA 及び AoGahA と命名した。本グルタミナーゼ GahA は amidase motif を持つなどユニークな構

    造をとっていたことから、これまでに報告された麹菌グルタミナーゼや他生物起源のグルタミナーゼ

    と性質が異なることが予想された。そこで、酵素を精製し、諸性質の検討を行った。AsgahA cDNA を

    PCR で増幅し、pAP ベクターの麹菌アミラーゼ遺伝子のプロモーターPamy 及びターミネーターTamy

    の間に挿入した後、麹菌 A. oryzae RIB40 に導入して、グルタミナーゼを高生産する形質転換体を

    得た。この高生産菌を 30L ジャーファーメンターで培養、集菌した後、酵素の可溶化、3種類のカラ

    ム処理を行い、単一バンドまでに精製した。

    精製酵素の諸性質を表1

    にまとめた。AsGahA はゲル

    ろ過と SDS-PAGEによる分子

    量測定から 2 量体と推測さ

    れ、37%の相同性がある

    CnGahA の3量体とは異なっ

    ていた。また、耐熱性及び

    耐塩性(食塩存在下での相

    対活性)は Cryptococcus

    由来グルタミナーゼに比べ

    非常に劣っていた。

    本酵素は菌体表面に局在し、γ-グルタミルトランスペプチダーゼ活性を持たないが、アスパラギ

    ナーゼ活性を示し、既知の麹菌グルタミナーゼ(GtaA)とは異なることが分かった。CnGahA と AsGahA

    表1 麹菌グルタミナーゼの性質と比較

    AsGahA CaGahA CnGahA

    起源 A. sojae C. albidus C. nodaensis分子量 135,000 187,000 270,000耐熱性* 0% 90% 100%至適温度 50℃ 70℃ 70℃耐塩性** 10% 53% 70%

    * 60℃、30分処理後の残存活性** 20% NaCl存在下での相対活性

    表1 麹菌グルタミナーゼの性質と比較

    AsGahA CaGahA CnGahA

    起源 A. sojae C. albidus C. nodaensis分子量 135,000 187,000 270,000耐熱性* 0% 90% 100%至適温度 50℃ 70℃ 70℃耐塩性** 10% 53% 70%

    * 60℃、30分処理後の残存活性** 20% NaCl存在下での相対活性

  • 6

    の性質を比較すると、耐熱性では 60℃、30 分間の処理で、AsGahA は完全に失活するのに対し

    CnGahA の活性には全く影響しなかった。また、高濃度食塩(20% NaCl)存在下での反応性も CnGahA

    が非存在下での70%の活性を維持するのに対し、AsGahAは 10%と非常に阻害されることがわかった。

    このように麹菌グルタミナーゼは安定性、耐塩性ともに非常に劣っており、機能改変の必要性が改

    めて確認された。

    ②メタノール資化性酵母 Pichia pastoris における麹菌グルタミナーゼ遺伝子 gahA の発現

    蛋白工学技術を用いて麹菌グルタミナーゼの安定性を向上させるためのスクリーニング系

    を構築することを目的として、酵母 Pichia pastoris におけるグルタミナーゼ遺伝子 gahA の発

    現を検討した。まず、麹菌グルタミナーゼ遺伝子 AsgahA を酵母発現プラスミド pHILD2 及び

    pPIC9 (Invitrogen)に連結し、AsgahA を酵母アルコールオキシダーゼ(AOX1)プロモーター

    下流に直接連結した発現ベクターpHILD-AsgahA、及び AsgahA の分泌シグナル領域を酵母

    α-factor 分泌シグナルに交換し酵母アルコールオキシダーゼプロモータ下流に連結した発現

    ベクターpPIC-AsgahA の 2 種の酵母発現ベクターを作製した。これをエレクトロポレーショ

    ン法によって、P. pastoris GS115 株 (His-) (Invitrogen)導入した。

    得られた形質転換株をメタノール存在下にて培養し、培養上清におけるグルタミナーゼ活性を測

    定した。その結果、AsgahA形質転換株はいずれも培養開始24時間後から酵素活性を示し、48時間

    後において最大の活性を示したのち、急速に酵素活性が低下した。一方、CngahA 形質転換株は、

    時間の経過と共に活性が上昇した。

    AsGahA 生産形質転換株の培養上清を限外ろ過膜にて濃縮し、SDS-PAGE を行った結果、AsgahA

    を麹菌で発現させた場合の分子量より大きい約 116kDa の蛋白質バンドが検出された。N 末端アミノ

    酸配列は A-A-I-P-N-G-Q-T-L-S-と麹菌で生産させた AsGahA と一致したので、Picha 酵母によって

    生産された麹菌 AsGahA は P. pastoris の分泌系によってシグナルペプチドが認識、切断され、菌

    体外に分泌生産されることが明らかとなった。また、酵母によって生産された蛋白質の脱糖鎖処理を

    行った結果、SDS-PAGE にて単一の鋭いバンドが得られ、分子量は麹菌で発現させた場合の分子量

    と同じ約 67kDa に低下した。この結果から、

    Picha 酵母では GahA 蛋白質に比較的大き

    な糖鎖付加が行われていると予想された。

    酵母により生産された酵素について食塩存

    在下における活性を測定したところ、AsGahA

    は食塩 2%にて急激に活性が低下するが 16%

    までは極めて緩やかに活性が低下した。

    CnGahA は食塩 8%までほぼ安定であるが、

    10%以上では徐々に活性が低下した(図1)。

    ③ キメラ酵素作製による耐塩性付与の検討

    麹菌グルタミナーゼAsGahAとC.nodaensisグルタミナーゼ CnGahAとの相同性は全体としては 36%

    だが、amidase motif を含む中央部分の相同性は 62%と高い。そこで、相同性の低い領域に安定性

    増強に関する情報が含まれている可能性があると考え、AsgahA及び CnghAのおよそ 1/3ずつをシャ

    ッフリングしてキメラ酵素遺伝子 6 種類を作製し、S. cerevisiae INVSc を形質転換した。形質転換

  • 7

    株の培養上清、菌体について、グルタミナーゼ活性を測定したが、AsGahA および CnGahA のキメラ酵

    素の酵素活性は認められなかった。

    ④ランダム変異体による耐塩性付与の検討

    AsGahA のランダム変異による機能改変を行うための簡便かつ高効率なスクリーニング系を構築す

    るために、酵母 S. cerevisiae と P. pastoris の宿主-ベクター系を用いて、AsgahA 遺伝子の発

    現を比較検討した。②で述べたように P. pastoris で発現させた AsGahA は耐塩性が向上していた

    ので、S. cerevisiae を宿主としたスクリーニング系の構築を行い、ランダム変異により安定性が向

    上した酵素の取得を試みた。

    ランダム変異の導入は、GeneMorph Random Mutagenesis Kit (Stratagene)により行った。鋳型

    DNA 量を 30ng、3ng、0.3ng の範囲で変化させ、PCR 産物をアガロース電気泳動にて精製し、T4

    ligase にて酵母発現ベクターpYES2 に連結した。Ligase 反応物で大腸菌 DH5α株を形質転換し、

    得られた形質転換コロニー菌体を集菌して、プラスミドを抽出した。組換えプラスミドを、S.

    cerevisiae INVSc株にエレクトロポレーションで導入した。得られた酵母形質転換株約 2000個の耐

    塩性を新しく開発した高感度スクリーニング法で測定した。(図2)。

    約 2000 個の酵母形質転換体のうち、グルタ

    ミナーゼ活性を示さないものが 95.9%であった。

    食塩無添加にて AsGahA と同等の酵素活性を

    有した 57 株について、20%食塩存在下の酵素

    活性を測定した結果、食塩無添加条件の酵素

    活性に対する相対活性が高い変異株 3 株

    (No.754、No.801、No.1318)を選択した。20%食

    塩存在下の相対活性は、No.754、No.801、

    No.1318 においてそれぞれ 65%、40%、41%

    であり、野生型株の 20%食塩存在下の相対 図3 ランダム変異導入株の相対酵素活性

  • 8

    活性 37%を越える活性を示した(図3)。

    選択された変異株の DNA 塩基配列を確認し、アミノ酸変異を特定した結果、No.754、No.801、

    No.1318について、塩基置換はそれぞれ 6、4、1カ所であり、アミノ酸置換はそれぞれ 4、2、1カ所で

    あった。No.754のアミノ酸置換は、L71M、S325T、H388N、G625Dの4カ所、No.801は、A93T、V251Aの

    2カ所、No.1318 は、A482S1カ所であった(図4)。

    2) 麹菌グルタミナーゼ遺伝子のポストゲノム研究

    ① 麹菌グルタミナーゼ遺伝子 gahA のパラログ遺伝子の取得

    麹菌ゲノム解析コンソーシアムによって、麹菌 Aspergillus oryzae RIB40 株のゲノムが解析され

    た。麹菌グルタミナーゼの網羅的な解析を目的に、ゲノム配列に対し gahA 遺伝子の相同性検索を

    行った結果、gahA に対し、アミノ酸レベルで 61~32%一致する 3 遺伝子を見出し、gahB、gahC、gahD

    と命名した。ゲノム解析データをもとにこれら遺伝子の cDNA を合成し、発現ベクターpYES2 に挿入し、

    酵母に導入したところ gahB のみにグルタミナーゼ活性が検出された。

    ② Micrococcus luteus 由来グルタミナーゼ遺伝子ホモログのクローニング

    麹菌ゲノム配列に対し ORF 予測、相同性検索を行った結果、Micrococcus luteus 由来グルタミ

    ナーゼ遺伝子glsに相同な遺伝子を見出した。gahBと同様に、cDNAを取得し、酵母に導入したところ、

    菌体内不可溶性画分にグルタミナーゼ活性を検出したので、この遺伝子を Aogls と命名した。

    Micrococcus 型グルタミナーゼ AoGls の機能解析を行うために、大腸菌での大量発現を試みた。

    H15 年度は酵素精製を容易にするため、C 末端に V5 エピトープ及びヒスチジンタグを融合した形で

    AoGlsを発現した。当所、発現量は少なかったが、発現ベクター、宿主及び、遺伝子誘導条件の検

    討を行った結果、Rossetta株を宿主とすることで、186 U/mgと最も高い比活性のものが得られたが、

    精製過程で失活するなどの問題が生じた。タグが原因と考え、H16年度はタグなしでAoGlsを発現す

    る pKAOGLs4 を作製し、E. coli Rosetta 株で酵素を生産した。SuperQ-トヨパール、グルタミンアフ

    ィニティー、Butyl-トヨパールにより、SDS-PAGE において一本のバンドを与える比活性 730(U/mg)を

    持つ酵素標品が得られた。精製した AoGls はこれまでに知られている A. oryzae MA-27-IM 株のグ

    ルタミナーゼと比較して至適温度、安定 pH、至適 pH はほとんど変わらなかったが、食塩の影響を受

    けにくく(図5、6)、耐熱性が約 10℃高かった(図7)。基質特異性を検討したところ AoGls は D-グル

    タミンに対しても L-グルタミンを基質にした時の 43%の相対活性を示し、D-及び L-アスパラギンには

    活性を示さなかった。また、L-グルタミンとヒドロキシルアミンを基質とした転移反応は触媒しなかった。

    図4 ランダム変異導入株のアミノ酸置換

  • 9

    AoGls の L-グルタミンに対する Km は 4.5mM、Vmax は 1,667 U/mg であった。D-グルタミンは AoGls

    による L-グルタミン加水分解反応を阻害した(Ki=0.35mM)。

    このように野生型の AoGlsに耐塩性が見られたが、Micrococcus型酵素と同様に C末端領域の切

    断により、さらに耐塩性が向上するか、セリンプロテアーゼによる限定分解、部位特異的変異による

    ストップコドンの導入という 2 つの方法により検討を行った。限定分解では4種類のセリンプロテアー

    ゼを用いた。約 50kDa の分子量を持つ AoGls をアルギニルエンドペプチダーゼ、エラスターゼ、リシ

    ルエンドペプチダーゼ及び、トリプシンを用いて限定分解したところ、それぞれ 40、40、35 及び、

    25kDaの分子量を持つ切断型 AoGlsが得られたが、耐塩性は野生型 AoGlsのそれとほとんど変わら

    なかった。

    次に、AoGls の C 末端側のアミノ酸残基である S299、L386、K412 及び、A430 で翻訳を終結させる

    ように PCR 法により終止コドン(TAA)を導入した。これらの PCR 産物をそれぞれ pET101D-TOPO 及び

    pKK223-3 にクローニングし、E. coli BL21 (DE3)もしくは Rosetta (DE3)を宿主として変異型酵素

    の生産を試みた。発現ベクターを pKK223-3、宿主を Rosetta(DE3)にしたとき封入体画分に変異型

    酵素を大量発現させることができた。しかしいずれの発現方法においても可溶性画分に活性を持つ

    変異型酵素を得ることができなかった。

    ③ 麹菌グルタミナーゼ遺伝子の発現調節機構に関する研究

    現在までに麹菌においてグルタミナーゼとして報告されている分子種は、我々が本課題で取り組

    んでいる GahA、GahB、Gls の 3 種類の他にも、2 種類(GtaA、Ggt)報告されている。さらに、ゲノム配

    列情報の相同性比較から複数個のグルタミナーゼホモログ(GahC、GahD、GtaB)が存在していると予

    測されている。麹菌ではなぜこのように多数のグルタミナーゼが存在し、それぞれがどのような働きを

    しているのか、さらには、どの遺伝子産物が醤油醸造で最も効果的に作用しているのかは大変興味

    深い問題である。これまでにいくつかグルタミナーゼ遺伝子が単離されているが、醤油麹での発現

    解析は行われていなかった。そこで、醤油麹から全 RNA を採取する方法を新たに開発し、DNA マイク

    ロアレイあるいはリアルタイム PCR を用いて mRNA 量を測定した。

    まず、麹菌(AS-1 株)の培地組成の違い(醤油麹とフスマ麹)による各遺伝子発現量を A.oryzae

    の全ゲノム遺伝子配列が搭載されたマイクロアレイで比較した。各グルタミナーゼ遺伝子の蛍光色

    素の発色が低かったことから、発現量が全体的に低いことが予想された。特に本研究で明らかにし

  • 10

    た gah ファミリーと gls の発現量は低かった。醤油麹とフスマ麹とにおける発現量の差を比較した結

    果、培地の違いによる変化は見られなかった。

    次に三角フラスコで調製した醤油麹を用いて AS-1 株の製麹を行い、発現量の経時変化について

    調べた。培養開始後、16,24,32,40 時間の麹をサンプリングし、全 RNA を抽出した。ノーザン解析で

    は、どの遺伝子においても再現性ある結果が得られなかった。これは個々の遺伝子発現量が低いた

    めと考えられた。そこで、低発現の遺伝子でも検出可能なリアルタイム PCRを用いた遺伝子発現解析

    を行った。培養 24 時間後における各遺伝子の発現量を 1 とした相対量で示している。その結果、

    gahC 以外の全ての遺伝子が醤油麹で発現していることが明らかとなった。遺伝子発現パターンは以

    下のように分かれた。

    1)生育とともに発現量が増加する→gahB、gls、gtaA

    2)培養 24 時間をピークに減少する→alp、gahD

    3)培養 32 時間をピークにその後の発現量が変化しない→gahA、ggt

    3) 麹菌グルタミナーゼの利用に関する研究

    ① Cryptococcus nodaensis グルタミナーゼ遺伝子 CngahA で形質転換した麹菌の作製

    耐塩性グルタミナーゼを発現する麹菌が醤油製造に有用であるかを調べるために、耐塩性グルタ

    ミナーゼをコードする C.nodaensis 由来グルタミナーゼ遺伝子 CngahA の cDNA を麹菌の amylase

    promoter、terminator の間に挿入し、マーカー遺伝子との共形質転換により高プロテアーゼ生産

    麹菌 A.sojae AS-1 株に導入した。A.sojae に導入した。A.sojae AS-1 株はアミノペプチダーゼ活

    性がプロテアーゼ活性に比較して低いので、ロイシンアミノペプチダーゼ遺伝子 lapB も同時に導入

    した。図8に形質転換株の各種酵素活性

    を宿主株の活性に対する相対活性で示

    した。活性量の違いは染色体に挿入され

    た遺伝子のコピー数、挿入部位の違いに

    よるものと思われる。グルタミナーゼ活性、

    ロイシンアミノペプチダーゼ活性ともに宿

    主株の 4~10 倍に上昇した形質転換株

    を選択した。

    ② CngahA 形質転換株による醤油の試醸

    得られた形質転換株はコピー数や染色体組込み位置効果などによりグルタミナーゼ活性の強度

    が異なっていた。そこで独立した 3 株について醤油の試醸を行った。出麹分析でのグルタミナーゼ

    活性は宿主株と比較して 20-100 倍上昇していた。仕込み初期では高いグルタミナーゼ活性の効果

    により諸味中の遊離グルタミン酸量は顕著に高かったが、仕込み日数の経過とともに対照との差が

    なくなった。仕込み初期にグルタミナーゼ活性

    が高かったことから、グルタミンからピログルタミ

    ン酸への変換が阻害され、ピログルタミン酸含

    量は対照と比較して少なかった(表2)。耐塩・

    耐熱性グルタミナーゼの効果により醤油諸味

    中の遊離グルタミン酸量が増加すると期待した

  • 11

    が、劇的な効果は見られなかった。

    ③ 高温分解による植物蛋白質分解調味料への応用

    麹抽出液を酵素剤として蛋白分解に利用することは古くから検討されていたが、麹菌のグルタミ

    ナーゼの多くが菌体表面に結合するため麹抽出液中にはグルタミナーゼが少ないこと、麹菌グルタ

    ミナーゼは耐熱性に乏しく、分解時間の短縮や分解効率の向上のために高温下で分解する際には

    十分に機能できないなどの問題があった。そのため高いグルタミン酸含有物を得るには耐熱性のグ

    ルタミナーゼの添加が必要であった。本研究で得られた Cryptococcus 由来耐熱性グルタミナーゼ

    を高発現する麹菌のグルタミナーゼの局在性を調べた結果、液体培養では菌体表面に結合し、固

    体培養では菌体外に遊離した(図9)。菌体外に遊離したグルタミナーゼは耐熱性を保持していた。

    これらの結果は現行の酵素剤の問題点を改善する条件を満たすものである。

    そこで、これら形質転換株を用いて製麹し、水抽出して得られた酵素液を用いてグルテン高温分

    解を行った。その結果、耐熱性グルタミナーゼを添加しなくとも高いグルタミン酸含量のグルテン分

    解物が得られた(図 10)。以上の結果から、本菌株を用いることにより、耐熱性グルタミナーゼを増強

    させた新たな酵素剤の開発が可能となった。

    ④ 耐塩性変異グルタミナーゼを用いた製造試験

    麹菌グルタミナーゼの耐塩性、耐熱性変異株を取得し、これを用いて実用化試験を行う予定であ

    ったが、変異株の取得が遅れたために、実施できなかった。

    エ 考察

    1) 麹菌グルタミナーゼの機能改変に関する研究

    これまでの研究から、麹菌には複数の分子種のグルタミナーゼが存在することが予想され

    ていたが、遺伝子レベルで存在が明らかにされているのはグルタミナーゼ活性を示すγ-グ

    ルタミルトランスペプチダーゼ(gtaA)のみであった。我々は Cryptococcus 属酵母で見出

    した耐塩性グルタミナーゼ CnGahA の遺伝子をクローニングし、amidase motif を持つ、ユ

    ニークな酵素であることを明らかにするとともに、麹菌 EST ライブラリーの中に相同な遺伝

    子 AsgahA を見出した。

    図9 図 10

  • 12

    本課題において、AsgahA を麹菌において大量発現させ、精製、諸性質の検討を行い、麹

    菌 GahA がγ-グルタミルトランスペプチダーゼ活性を示さない、アスパラギナーゼ/グルタ

    ミナーゼであることを示した。麹菌グルタミナーゼを遺伝子レベルで明らかにした初めての

    例である。CnGahA と AsGahA の性質を比較すると、耐熱性では 60℃、30分間の処理で、CnGahA

    の活性には全く影響しないのに対し、AsGahA は完全に失活した。また、高濃度食塩(20% NaCl)

    存在下での反応性も CnGahA が非存在下での 70%の活性を維持するのに対し、AsGahA は 10%

    と非常に阻害されることがわかった。このように麹菌グルタミナーゼは安定性、耐塩性とも

    に非常に劣っており、機能改変の必要性が改めて確認された。

    シャフリング、ランダム変異により麹菌グルタミナーゼ GahA の機能改変を行うには変異

    遺伝子の効率的なスクリーニング系の開発が必要である。麹菌グルタミナーゼ遺伝子は大腸

    菌で発現せず(インクルージョンボディーになる)、麹菌では簡便な形質転換系が確立して

    いないため、メタノール資化性酵母 Pichia pastoris および Saccharomyces cerevisiae で

    の発現を検討した。

    Pichia 酵母で発現させた麹菌グルタミナーゼは意外にも耐塩性を示した。これは脱糖鎖

    処理の結果から示されたように Pichia 酵母特有の大量の糖鎖付加によるものと考えられる。

    糖鎖付加により耐塩性が向上するという初めての知見である。しかし、糖鎖の付加によって

    発現する酵素の性質が大きく異なるならば、宿主として不適切であるので、S.cerevisiae

    を宿主とする発現系を確立し、マイクロタイタープレートを用いたスクリーニング系を構築

    した。その結果、高濃度食塩存在下でも酵素活性を維持する改変グルタミナーゼの作出に成

    功し、これが4個のアミノ酸置換を有することを明らかにした。どのアミノ酸が高塩濃度下

    における安定化に寄与しているかは今後検討する予定である。

    しかしながら、AsGahA グルタミナーゼおよび CnGahA グルタミナーゼは活性中心の領域周

    辺の一次構造が類似していることから、キメラ蛋白質の作製など、両者の構造を比較するこ

    とにより、耐塩性に関与する構造が解明できるのではないかと当初考えていたが、キメラ酵

    素を得ることができなかった。キメラ遺伝子やランダム変異導入を導入したほとんどの変異

    体で酵素活性が検出されなかったことから、本酵素は変異導入による立体構造変化によって、

    活性が失われやすいことが推察された。さらなる構造と活性の相関に関する研究が必要であ

    る。

    2) 麹菌グルタミナーゼ遺伝子のポストゲノム研究

    我々が参加している産官学連携の麹菌ゲノム解析コンソーシアムによって明らかにされ

    たゲノム解読結果をもとに、麹菌グルタミナーゼの網羅的な解明を行った。gahA のパラロ

    グ探索の結果、gahB、gahC、gahD を見出したが、グルタミナーゼ活性を確認できたのは gahB

    のみであった。また、他の既知グルタミナーゼ遺伝子に相同な遺伝子の探索を行ったところ、

    Micrococcus luteus のグルタミナーゼ遺伝子に相同な gls を見出し、グルタミナーゼ活性

    を確認した。gls は gahA、gahB との相同性は全くない。gls は Micrococcus luteus をはじ

    め、Corynebacterium glutamicum、Bacillus subtilus、E.coli など多くのバクテリアに存

    在するアスパラギナーゼ/グルタミナーゼ型の酵素であるが、真菌類での報告は初めてであ

    る。M.luteus 由来の Gls のみが耐塩性であることが知られていて、各種微生物由来Gls

    の配列を比較すると N 末領域における相同性は非常に高いが、C 末側の相同性は低く、C 末

  • 13

    領域が耐塩性に関係している可能性がある。また、Micrococcus 型麹菌グルタミナーゼ

    (AoGls)はシグナル配列を持たないので、菌体内酵素と考えられる。大腸菌で発現、精製

    した AoGls は、16%食塩存在下でも食塩非存在下の約 60%の活性と高い耐塩性を示した。

    AoGls が醤油醸造に関与しているかどうかは不明であるが、このような耐塩性を持つグルタ

    ミナーゼが、菌体内でどのような機能を持つのか興味深い。あるいは、AoGls の分泌発現を

    検討するのもよいかもしれない。

    本課題で新たに見出した麹菌のグルタミナーゼ(およびホモログ)を含めグルタミナーゼ

    をコードすると思われる遺伝子が多数報告されている。しかし、実際の醤油醸造ではどの遺

    伝子がどのように作用しているかは未知のままである。その原因の一つに醤油麹から mRNA

    を取得することが困難であったことがあげられる。我々は醤油麹から効率よく mRNA を抽出

    する技術を新たに開発し、DNA マイクロアレイ、RT-PCR などによりグルタミナーゼ遺伝子の

    発現制御機構の解析を行った。活性が確認されていないホモログを含め、発現解析を行った

    8 種のグルタミナーゼ遺伝子のうち 7 種の発現を確認することができた。それらの発現パ

    ターンはさまざまであった。今回得られた結果だけでは、どのグルタミナーゼ遺伝子が醤油

    醸造に最も効果のあるグルタミナーゼ遺伝子であるかを推定することはできない。様々な培

    養条件での遺伝子発現量の測定や各遺伝子の破壊株を作製することにより、各グルタミナー

    ゼの醤油醸造への寄与率を明らかにすることにより、高グルタミナーゼ麹菌の育種や製麹工

    程の効率的な管理方法の開発などへと繋げていきたい。

    3) 麹菌グルタミナーゼの利用に関する研究

    Cryptococcus 由来グルタミナーゼ遺伝子で形質転換した麹菌により試醸した醤油の成分

    値は対照株と大差のないものであった。これは対照株に用いた AS-1 株が実用菌として育種

    されてきた株の一つで、タンパク質分解、グルタミン酸生成に優れた能力を有しているため

    と思われる。一方、形質転換した麹菌では大量のグルタミナーゼを菌体外に分泌するという

    知見は、酵素剤として様々な応用可能性を切り開くものである。実際、本課題において、形

    質転換した麹菌を培養した麹から水抽出して得た酵素剤により小麦グルテンを分解したと

    ころ、品質の極めて優れた分解調味液を得ることができた。酵素剤によるタンパク質分解は

    醤油醸造に比べ短時間に行えるので、今後様々な変異株を取得したときに、その能力を調べ

    る上で、非常に有用なシステムである。

    オ まとめと事業化の見通し

    1. 麹菌グルタミナーゼ(AsGahA)は一次構造では Cryptococcus 酵母由来のグルタミナーゼ

    と同様に amidase motif を持ち、基質特異性ではアスパラギナーゼ活性を示すが、γ-グル

    タミルトランスペプチダーゼ活性はないという全く新しいタイプのグルタミナーゼファミ

    リーであることがわかった。ゲノム解読データからさらに 3つのホモログを見出し、そのう

    ち 1つにグルタミナーゼ活性を確認した。

    2. 麹菌グルタミナーゼ(AsGahA)と Cryptococcus グルタミナーゼ(CnGahA)の諸性質を比

    較したところ、AsGahA の耐熱性、耐塩性(高濃度食塩存在下での活性)が非常に劣ってい

    ることが明らかとなり、機能改変の必要性が改めて確認された。

  • 14

    3. 麹菌グルタミナーゼ(AsGahA)を Pichia pastoris で発現させると耐塩性が付与されることがわかった。大量の糖鎖が結合したためと思われる。

    4. ランダム変異により耐塩性が向上した麹菌グルタミナーゼ GahA を取得した。アミノ酸変

    異は 4ヶ所あり、どの変異が耐塩性に寄与するかは不明である。耐塩性のある C. nodaensis

    グルタミナーゼとのキメラでは耐塩性酵素は得られなかった。

    5. 麹菌ゲノム解析から、gahA ファミリーとは別に細菌由来グルタミナーゼに相同な遺伝子

    gls を新たに見出し、グルタミナーゼ活性を持つことを確認した。Gls 型グルタミナーゼは

    細菌をはじめ広く分布しているが、真菌類では初めての報告である。麹菌由来 Micrococcus

    型グルタミナーゼ(AoGls)を大腸菌で発現させ、精製したのちに諸性質を検討した結果、

    耐塩性があることが判明した。

    6. 醤油麹から mRNA を取得する技術を開発し、7種類のグルタミナーゼホモログ遺伝子の発

    現パターンを DNA マイクロアレイおよび RT-PCR で測定した結果、7 種類のうち 6 遺伝子の

    発現が確認された。

    7. 醤油醸造用に育種されたプロテアーゼ高生産麹菌 A.sojae AS-1 株に Cryptococcus 由来グ

    ルタミナーゼ遺伝子(CngahA)と麹菌由来ロイシンアミノペプチダーゼ遺伝子(lapB)を導

    入した麹菌を作製し、醤油の試醸を行ったところ、仕込初期でのグルタミナーゼの急速な蓄

    積とピログルタミン酸量の低減が観察された。しかし、仕込後期になると対照株でのグルタ

    ミン酸量も同レベルに達した。

    8. 従来、麹菌のグルタミナーゼは菌体に結合していることが知られていたが、前記形質転換麹菌は醤油麹において分泌発現していることがわかった。この形質転換株を用いて製麹し、

    水抽出して得られた酵素液により小麦グルテンの分解を行ったところ、品質の優れたグルテ

    ン分解物が得られた。本菌株を用いることにより、耐熱性グルタミナーゼを増強させた新た

    な酵素剤の開発が可能となった。

    9. 変異遺伝子で形質転換した麹菌を用いた調味料製造試験は、変異株取得が遅れたために実

    施できなかった。

    10. 耐熱性グルタミナーゼ遺伝子を導入した麹菌を用いて、新しい調味料を製造する技術開

    発の見通しはできた。しかしながら、麹菌グルタミナーゼの耐塩性変異株を取得し、セルフ

    クローニング株として麹菌を育種するという目標には到達できなかった。異種グルタミナー

    ゼ遺伝子を導入した組み換え麹菌を事業化する社会的状況にはなく、事業化に必要な期間は

    想定できない。

    カ 今後の問題点

    1. 耐塩性が向上した変異株を取得することはできたが、構造と活性の相関を検討するにいた

    らなかった。変異株の詳細な解析、立体構造解析を進める必要がある。

    2. 予備的な遺伝子発現解析の結果、グルタミナーゼ活性を示す多くの遺伝子が実際に醤油麹

    で発現していることが確認できた。どの遺伝子をコントロールすれば効率的な生産に効果が

    あるのか、今後の課題である。

    3. P. pastoris で発現した AsGahA および Micrococcus 型グルタミナーゼ AoGls が以外にも

    耐塩性を示した。これらの知見の利用、例えば Gls の分泌生産などを検討する必要がある。

  • 15

    4. 事業化にあたっては、耐塩性耐熱性グルタミナーゼ遺伝子を導入した麹菌を利用化するの

    か、酵素剤として添加したほうがいいのか、検討する必要がある。

    キ 特許出願、学会発表等

    (ア) 特許出願

    1.特願 2002-370553 新規なグルタミナーゼ及びグルタミナーゼ遺伝子

    2.特願 2002-374182 耐熱性グルタミナーゼ及び耐熱性グルタミナーゼ遺伝子

    3.特願 2004-148623 酵素混合物及び調味料

    (イ) 学会発表

    1.伊藤、小熊、小山 平成 14年度生物工学会大会

    2.松島、伊藤、小山 平成 14年度生物工学会大会

    3.伊藤、松島、小山 平成 14年度生物工学会大会

    4.Itoh, Matsushima, Koyama, 22nd FUNGAL GENETICS CONFERENCE (2003).

    5.伊藤、松島、小山 日本醤油研究所第 57回研究発表会

    6.増尾、吉宗、伊藤、松島、小山、森口 日本醤油研究所第 58回研究発表会

    7.田頭、伊藤、松島、小山、増田、柏木 日本農芸化学会 2004 年度大会

    8.増尾、吉宗、伊藤、松島、小山、森口 第 77 回日本生化学会大会

    9.増尾、吉宗、伊藤、松島、小山、森口 第 11 回日本生物工学会九州支部大会

    10.Kashiwagi, Tagashira, Itho, Matsushima, Koyama, and Masuda.

    The US-Japan Cooperative Program in Natural Resources 2004 Food and

    Agriculture Panel Meeting.

    (ウ) 論文発表

    1.Masuo, Ito, Yoshimune, Hoshino, Matsushima, Koyama, Moriguchi.

    Molecular cloning, overexpression, and purification of Micrococcus luteus K-3-type

    glutaminase from Aspergillus oryzae RIB40.

    Protein Express. Purif. 38(2) (2004) 272-278.

    以上