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キャサリン妃のドレスは、...おとぎ話に出てくるような馬車と騎兵 で乱れ舞うユニオンジャックや、列連隊、カラフルな軍服、大観衆のなか

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冒要義

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おとぎ話に出てくるような馬車と騎兵

連隊、カラフルな軍服、大観衆のなか

で乱れ舞うユニオンジャックや、列

庸者の華麗な帽子のスペクタクル。ロンドンの

ウエストミンスター寺院で、4月幼日に行われ

たウィリアム英王子とキャサリン妃の結婚式は、

英王室の圧倒的な貫禄や威光とともに、現代に

もなおアピールする新しい魅力を見せてくれた。

20世紀に起きた2度の世界大戦を経て、ヨー

ロッパの王室の多くは廃絶され、現在、王室を

存続させている国はイギリス、北欧三国、オラ

ンダなど、ごくわずかになった。生き残っても

小さな所帯になった王室も少なくない。王室行

事において、ノスタルジーまじりの憧れをかき

たて、心が躍るほどの格式と壮麗さを見せてく

れるような王室をもつのは、ほとんどイギリス

のみとなった。

権威や伝統の価値がなし崩しになりつつある

現代でもなお、イギリス王室が輝きを失わず、

その行事、とりわけロイヤルウェディングに、

世界中の関心が集まるのはなぜなのか?

その

理由のひとつを、ウエディングドレスに見た思

いがする。結婚を機に、「ケイト」あらため「ケ

ンブリッジ公爵夫人キャサリン」と呼ばれるこ

とになった新婦のウエディングドレスから、イ

ギリスの過去と現在と未来の物語がたっぷりと

あふれ出てくるのである。

多くの

「平民」

の結婚式と同じように、観客

キャサリン妃のドレスは、

「2 1世紀の女性」の自立の証

がもっともかたすをのんで見守る詰嬉式のハイ

ライトは、花嫁登場の瞬間である()

どんなドレ

スなのか?

「白いドレス」

に決まっているの

に、あれこれ想像して、ドキドキする。白いド

レスのバリエーションが、花嫁の数だけ存在し、

花嫁の数だけ異なる感動を人々に与える。考え

てみれば驚くべきことだ。しかも王族の場合、

そのドレスは妃なり女王なりを象徴する貴重な

一着として、永遠に歴史に残り、語り継がれる。

ロールスロイス・ファントムから現れたキャ

サリン妃のウエディングドレスは、一見、拍子

抜けするほど「シンプル」に見えた。Ⅴネックの

上半身はボディラインに添ってレースでつくら

れ、スカート部分の広がりもほどよく自然。ト

レーン(裾)は2・7メートルと短めで、キャサ

リン妃の妹のピッパひとりで十分に扱えるほど。

「拍子抜け」したのは、ほかでもない、無意識

のうちに、00年前の「世紀の華燭の典」と比較

していたからである。1981年1月29日。チ

ャールズ皇太子と結婚したときのダイアナ妃の

ドレスは、まだ記憶に鮮やかである。赤い絨毯

が敷き詰められた階段の、上から下まで覆いつ

くす8メートルほどのトレーンは、ロイヤルウ

エディング史上、最長だった。フリルとレース

をたっぷりあしらったシルクのドレスには、幸

運のシンボルとして、ブルーのリボンと、ダイ

ヤモンドをセットした18金の馬蹄が縫い込まれ

ていた。ちりばめられたマザー・オブ・パール

は1万個。ボリュームたっぷりのデコレーショ

ンケーキのようなドレスだった。15年経って、

彼女は離婚するが、その後、地雷撲滅キャンペ

ーンで訪れたサラエボで、地雷を踏んだ犠牲者

がつらい事故の記憶を話した時、「私の場合、

(地雷をふんだのは)

1981年7月29日だっ

たわ」と言って周囲を大笑いさせている。今思

えば、飾るが勝ちのお子様向け砂糖菓子を思わ

せるドレスは、イノセントな(「現実」を知ら

ない)当時のダイアナ妃の立場を、おのずと表

していたのかもしれない。

そんな記憶と比べてしまうから、まったく対

照的にあっさりとして見えるキャサリン妃のド

レスが、ほぼ的年かけて確固たる絆を築いた上

で結婚を決めた「21世紀の女性」である彼女の、

自立した意志の証であるように見えてくる。

しかし、一見、シンプルに見えるドレスなの

だが、細かく見れば見るほど、こめられた意味

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ウエディングドレスは、イギリスの

王室の伝擬を物語る

を知れば知るほど、観客のエモーションをかき

たてていく工夫が凝らされていることがわかる。

レースにはイギリスを構成する四つの国を象徴

する植物の刺繍が縫い込まれている。イングラ

ンドのバラ、スコットランドのアザミ、アイル

ランドのクローバー、そしてウェールズのラッ

パスイセン。

各国を代表する植物の刺繍から連想するのは、

現エリザベス女王の戴冠式のドレスである。女

王は、26歳のとき、「連邦の人々との結婚式」

リス連邦における

「結合の要」

とみ

なした、女王自身の提案

だった。さらに、ウエデ

ィングドレスの歴史をたど

ると、女王の先祖に同様の刺繍をほ

どこしていた妃がいたことがわかる。

こと戴冠式にお

いて、ノーマ

ン・ハートネル

がデザインした

ドレスを着たが、

そのドレスには

連邦を象徴する

植物が刺繍され

ていた。右記の

植物に加えてカ

ナダのメープル、

インドの蓮など

も。自らをイギ

年にエドワード7世と結婚した、デンマークの

アレグザンドラ王妃である。妃が着た贅沢なホ

ニトンレースのウエディングドレスには、バラ、

クローバー、アザミの刺繍がほどこされていた。

植物の刺繍は、英王室のドレスに連なる伝統と

もいえる。

また、キャサリン妃のドレスに用いられたレ

ースは、イギリスが誇る世界最古のレースメー

カ1、クルーニーレースのもの。「イギリスの

最高峰」を自ら着ることで、国内のレース産業

の発展を後押しするという役割も担っている。

この姿勢は、「白いウエディングドレス」

伝統の開祖となった、ヴィクトリア女王を思い

起こさせる。18歳で女王に即位し、20歳で自ら

アルバート公にプロポーズして結婚を決めたヴ

ィクトリアは、1840年の結婚式において、

金銀でごてごて装飾した従来のウエディングド

レスの伝統を廃し、アイヴオリーホワイトのド

レスを選んだ。先祖の過剰ぶりとはきっぱりと

一線を画し、無垢と純粋を表現するとともに、

人々が真似をしたくなるようなドレスを着るこ

とで自国産業の技術発展を後押ししたい、とい

う女王の意図を反映したドレスだった。目論見

は当たり、白いウエディングドレスは、国民の

間で大流行し、現在は世界の主なトレンドとし

て定着している。ヴィクトリア女王はその後も、

王室御用達制度をフルに使い、あらゆるジャン

ルの最高級製品に「イギリスの最高峰」

のお墨

付きを与えることで、自国産業の発展に多大な

貢献をしたのである。

さて、そんなふうに過去の鉾々たるロイヤル

ウーマンたちの記憶までもよみがえらせてしま

うキャサリン妃のドレスだが、デザインしたの

ヴィクトリア女王が詰婚した1840年ごろの

サテンのウエディングドレス

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)一書タ-●一一一一〇-‾‾‾

翠‾二一

昭和34年4月10日、虫太子明仁

斑1三と美常子址のロイヤルウェデ

ィングによって、I↑心中にミッチ

ーブームか巻き起こった

ロイヤルウェディングは、英国でも

日本でも、多くの市民が寿ぐ

ほ、英国ブランド

「アレクサンダー・マックイ

ーン」

のデザイナー、サラ∴バートンである。

NYタイムズに、このようなコメントを載せて

いる。「イギリスのクラフソマンシップ

(熟練

.

-

事-ミ一㌧も,

ご成婚当日には、白木魅、三越、松坂屋、松屋、そごう、大丸、高島屋、束

機、阪急、砂釣手lなどの百貨席による花他車もくりだした

職人の技術)

の最高峰を結集できた

ことをうれしく思います。アレクサ

ンダー・マックイーンの特徴は、対

極的なものを組み合わせて目を見張

るような美しきを生むところにあり

ます。私はその精神をふまえ、伝統

的なファブリックやレースワークを、

現代的な構築やデザインと結婚させ

ることで、キャサリン妃の美しいウ

エディングドレスを作ることができ

たと思います」

伝統と前衛の結婚というのはイギ

リスのお家芸でもあるが、その最良

の例をこのドレスに見ることができ

たわけである。国内の伝統産業と、斬新さで名を

馳せる現代の英国ブランド。19世紀からの英王

室の伝統と、21世紀を生きる女性の現実味ある

良識。さまざまな新旧が自然に「結婚」して、ク

ラシックかつ新鮮な品位が生まれ出たのだった。

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ダイアナ妃が不忠の事故で亡くなったバリのその喝所には

息子の筒姉をともに寓ぶかのような写真が供えられていた

ロイヤルウェディングで

貢ぎも堕を未来へ伝える

ーのなかに溶け込んでいた。いろ

いろあっても、家族は再構成し、

なんとかうまくやっていくことが

できる、というおだやかな良識と

寛容と未来への希望に包まれた光

のなかに、私たち一人ひとりが、ひそかに「自分

の物語」や「自分の未来」を映し出してみたくな

るようなヒューマンドラマが満ちあふれている

ことにはがならない。

贅沢な手間と時間と愛情と物語がふんだんにこ

められていたのである。豊穣な簡素。過去と現

在の

「よきもの」すべてがそこにある。伝椀と

は、ただ古いものを受け継いでいくことではな

く、「よきもの」を未来へと引き渡していくこ

と、という柔軟でゆるぎないイギリス的な意志

を、この上なく美しく表明するウエディングド

レスだったのである。

イギリスの一般家庭の現実の多くは、夫婦が

別居したり離婚したり再婚したり、義理の親子

関係ができたり解消されたり、と必ずしも円満

というわけではない。だからといって不幸なわ

けではない。ウエディングセレモニーでのロイ

ヤルファミリーは、そんな同時代の国民の現実

を反映していた。フィリップ・トレーシーの服

と帽子に身をつつんで笑顔で手をふるコーンウ

ォール公爵夫人カミラは、ごく自然にファミリ

寮だった。ダイアナ妃にとって結

婚は「地雷」だったかもしれないが、それがも

たらしたさまざまな経験が、彼女にとっては、

自分自身を徹底的に見つめ、眠れる可能性を開

花させるチャンスともなった。離婚後、慈善事

業に邁進して世界を飛びまわり、強さと美しき

と聖母のような慈愛で人々を魅了し、世界のス

ーパースターになった彼女は、誰もできないよ

うな壮絶で崇高な心の旅を経験することができ

たであろう。結婚は、喜びとともに苦しみにも

満ち、一人ひとりに異なる試練をもたらし、お

そらく最後までその意味がわからない、複雑で

不可解なものである。だからこそ、結果にかか

わらず、それぞれの結婚が貴重で価値があると

いうことを、イギリスのロイヤルファミリーは教

えてくれる。私たちがロイヤルウェディングと

それにまつわる物語に惹かれてやまない最大の

理由、それは「開かれた」英王室の過去と現在

中野香織(なかのかおり)

エッセイスト・服飾史家。1962年生まれ。東京大学文学部お

よび激怒学部学業,東京大学大学院総合文化研究科博士課程

単位取得。89年、94年英国ケンブリッジ大学客員研究員。現

在ファッション史、映画、イギリス文化史に関する評論、エッ

セイを中心とした執筆活動をおこなっている。2008年より明

治大学国際日本学部将任教授。薯割こ「モードとエロスと資本」

(集英社新書) 「ダンディズムの系譜 男が慣れた男たち」 (新

潮遠岱)、訳酎二ジャネット・ウオラク「シャネルスタイルと人

生』(文化出版局)など『英和ファッション用語辞典」 (研究社)

の監修もおこなう。