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FUJITSU. 63, 1, p. 38-43 01, 201238 あらまし 富士通はエンジニアリング業務を対象としたクラウドサービスをDaaS Desktop as a Service :シンクライアントからのリモートアクセス)形式で提供する。このサービスでは, 設計関連データのクラウド上での管理・運用のみならず,2次元・3次元CADを使ったモ デリング業務や,デジタルモックアップツールによるシミュレーション,更には地理的 に離れた設計者間のコミュニケーションの支援などを月額固定の従量制料金で提供する。 これらのサービスにより,お客様のグローバル拠点間の連携を含めたエンジニアリン グ業務を飛躍的に効率化させるとともに,お客様のパートナ企業とのデータ連携時にお ける情報漏えいなどのセキュリティや,パートナとの協業立上げに要する時間の短縮と いったニーズにも対応することを可能にした。 Abstract Fujitsu will provide Desktop as a Service (DaaS) (offers remote access from a thin client) as a cloud service that is specialized for engineering work. This service will allow engineers to manage and operate engineering data on the cloud. In addition, it will let them conduct 2D and 3D modeling and simulations using digital mock-up tools and help geographically disperse engineers to communicate. It will offer these benefits for a fixed monthly fee. These services will greatly improve the efficiency of global engineering, in ways including improving the linkage between our customersglobal bases. At the same time, it is a solution that will help prevent information leaks when sharing data with collaborative partners. It will make it possible to start collaborative work faster. 吉田義史   藤田雄佐 エンジニアリングクラウドの SaaS/PaaS SaaS and PaaS of Engineering Cloud

エンジニアリングクラウドの SaaS/PaaS - Fujitsu...40 FUJITSU. 63, 1( 01, 2012) エンジニアリングクラウドのSaaS/PaaS てしまう。このように,新しいものづくりスタイルにも解

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FUJITSU. 63, 1, p. 38-43 (01, 2012)38

あ ら ま し

富士通はエンジニアリング業務を対象としたクラウドサービスをDaaS(Desktop as a Service:シンクライアントからのリモートアクセス)形式で提供する。このサービスでは,設計関連データのクラウド上での管理・運用のみならず,2次元・3次元CADを使ったモデリング業務や,デジタルモックアップツールによるシミュレーション,更には地理的

に離れた設計者間のコミュニケーションの支援などを月額固定の従量制料金で提供する。

これらのサービスにより,お客様のグローバル拠点間の連携を含めたエンジニアリン

グ業務を飛躍的に効率化させるとともに,お客様のパートナ企業とのデータ連携時にお

ける情報漏えいなどのセキュリティや,パートナとの協業立上げに要する時間の短縮と

いったニーズにも対応することを可能にした。

Abstract

Fujitsu will provide Desktop as a Service (DaaS) (offers remote access from a thin client) as a cloud service that is specialized for engineering work. This service will allow engineers to manage and operate engineering data on the cloud. In addition, it will let them conduct 2D and 3D modeling and simulations using digital mock-up tools and help geographically disperse engineers to communicate. It will offer these benefits for a fixed monthly fee. These services will greatly improve the efficiency of global engineering, in ways including improving the linkage between our customers’ global bases. At the same time, it is a solution that will help prevent information leaks when sharing data with collaborative partners. It will make it possible to start collaborative work faster.

● 吉田義史   ● 藤田雄佐

エンジニアリングクラウドのSaaS/PaaS

SaaS and PaaS of Engineering Cloud

FUJITSU. 63, 1 (01, 2012) 39

エンジニアリングクラウドのSaaS/PaaS

ま え が き

近年のものづくり市場においては,グローバル化に伴う商品仕様の多様化や,市場ニーズの変化にいち早く対応するため,商品企画から提供までの期間短縮,更には商品開発コストの削減など,解決すべき課題が多岐にわたる。このような状況の中で,日本のものづくり企業は,エンジニアリング業務のグローバル化や,パートナ企業との協業・分業,ODM(Original Design Manufacturer)化を加速させている。このような動向の中で,情報漏えいや,設計者間のコミュニケーションミスによる手戻りといったリスクも増大してきている。これまでは,これらのリスクに対し,エンジニアリングデータの一元管理と,遠隔地(海外)からのリモートアクセス,CAD ASP(Application Service Provider)といった方法が試みられてきたが,従来のリモートアクセスの技術では巨大なエンジニアリングデータに対して,遠隔地からインタラクティブに操作することは,現実的ではなかった。本稿では,巨大なエンジニアリングデータに対するリモートアクセスを可能にしたクラウドコンピューティング基盤技術と,その上で提供する各種サービスについて,ものづくりスタイルの動向と課題,今までの取組み,あるべき姿を可能にした基盤技術,エンジニアリングクラウドの提供価

ま え が き値,今後の取組みといった切り口で述べる。

ものづくりスタイルの動向と課題

日本の現地法人数(製造業)の推移を図-1に示す。アジアにおける日系企業の海外現地法人数は年々増加し,2008年5865社(対前年比1.9%伸長)で,特に中国へは7年間で約2倍に伸びている(2001年1393社⇒2008年2917社)。さらに,2011年3月に発生した震災・原発問題以降,日本企業の海外移転は加速することが予想されている。(1)

産業のグローバル化が進むのは,安価な労働力を求めて労働賃金の安いASEAN諸国で製造を行うという理由だけではない。近年では中国やインドといった巨大な市場に対して,現地嗜

好をより敏感に取り入れるため,商品デザインや外装設計を現地で行う動きが広まっている。更には,特定の分野で高度な技術を持ったパートナ企業と契約し,製品の特定部分をそのパートナ企業に委託し,自社リソースの選択と集中を図る動きが活発化している。このような事情を反映して昨今では,設計・製造まで委託するODMといった形をとる企業が増えてきている。しかし,その結果,いくつかの課題も浮き彫りになってきている。一つ目は,セキュリティの課題である。海外の拠点やパートナ企業と協業するために,ベースとなる設計データを開示して,相手先に設計・製造

ものづくりスタイルの動向と課題

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1000

2000

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7000

2001年

社数

2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 2008年

出展:日本経済産業省2009年度実績 海外事業活動基本調査結果概要

中国

アジア

図-1 日本の現地法人数(製造業)の推移

FUJITSU. 63, 1 (01, 2012)40

エンジニアリングクラウドのSaaS/PaaS

てしまう。このように,新しいものづくりスタイルにも解決すべき課題は山積みである。

今までの取組み

前章で述べた課題を解決する方法として,各ITベンダが取り組んだ方法の一つが,以下のようなCAD ASPによるエンジニアリングデータの集約とアクセスである。(1) セットメーカの設計基準を反映させたCAD環境やCADデータをデータセンターに集約。

(2) 海外拠点やパートナ企業には,CAD ASP方式でアクセスし,設計作業を実施。この方式では,設計データを,海外拠点やパートナ企業に渡す必要もないので,情報漏えいのリスクも抑えることができ,また,セットメーカ側の設計基準を作り込んだ設計環境をリモートアクセスで使ってもらうことにより,設計基準も時間をかけずに遵守してもらうことが可能となる。しかし実際には,数十Mバイトを超える巨大な

3次元CADデータに対して,インタラクティブにアクセス可能なリモートアクセスツールが存在しなかったため,この方式によるODMは広がらな

今までの取組み

を委託するが,そこから設計データが流出するリスクが存在すると言われている。(2) 情報漏えい事故の被害状況を見ると,内部犯罪の場合の被害が最も大きいことが分かる。情報漏えい原因別の1件あたりの漏えい人数を図-2に示す。二つ目は,コミュニケーションに時間と手間がかかることである。特定のオプション品や,現地仕様品の設計・製造を現地のパートナ企業に委託する場合など,日本の設計者や製品開発責任者が,現地設計者とデザインレビューを実施する必要が生じる。しかし,地理的に離れているので,TV会議やメールでの情報交換になるが,3次元CADなどのエンジニアリングデータは,データサイズも大きく,このような方法では,情報共有することは難しい。結果的に,人がデータを持って移動するケースが多い。三つ目は,ODMと協業契約が成立しても,実際の設計を開始するまでには時間がかかるということである。エンジニアリング業務には,会計原則のような業界標準がなく,各社のノウハウとして,固有の基準やツールを所有している場合が多い。その場合,ODM側に,セットメーカの設計基準に準拠した設計環境を作るだけでも,時間がかかっ

出展:NPO日本ネットワークセキュリティ協会2010年情報セキュリティインシデントに関する調査報告書

盗難

ワーム・ウィルス

管理ミス

バグ・セキュリティホール

紛失・置忘れ

そのほか

誤操作

目的外使用

不明

不正な情報持出し

設定ミス

内部犯罪・内部不正行為

不正アクセス

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20 000

40 000

60 000

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100 000

120 000

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図-2 情報漏えい原因別の1件あたりの漏えい人数

FUJITSU. 63, 1 (01, 2012) 41

エンジニアリングクラウドのSaaS/PaaS

かった。

あるべき姿を可能にした基盤技術

今回富士通は,前章で述べた巨大な3次元CADデータに対しても,リモートでアクセス可能な仮想デスクトップ環境での高速表示技術「RVEC(レベック:Remote Virtual Environment Computing)」を開発した。従来は3次元CADを遠隔地からストレスなく操作するためには,40~ 60 Mbpsのネットワーク帯域が必要と言われていたが,RVEC(レベック)を利用することにより1~ 2 Mbpsの帯域で操作することを可能にした。また,エンジニアリングクラウドのユーザにクラウド上の仮想環境を割り当てたり,各ユーザの権限に応じて参照できる情報をコントロールしたりする,クラウドアクセスマネージメントツール(Eクラウドマネージャ)も合わせて開発した。これらの取組みにより,利用者は既存のアプリケーションやCADツールを,Webアクセス可能な形に改修することなく,そのままクラウド上に移行し,Eクラウドマネージャを通して,従来と同じオペレーションで利用することを可能にした。

あるべき姿を可能にした基盤技術

繰返しになるが,これらの先端技術のブレークスルーにより,セットメーカはエンジニアリングデータの一元化と,海外拠点やパートナ企業からの3次元CADに対するリモートアクセスが可能となった。

CAD ASPのときには実現できなかったもくろみが,DaaS形式のクラウドサービスという形でようやく実現を見たのである。

エンジニアリングクラウドの提供価値

次に,実際にエンジニアリングクラウドを適用する場合のユースケースと,それぞれの提供価値を紹介する。● 効率的なグローバルODM連携・想定ユーザ:ODMと連携する製造業・ニーズ:設計情報漏えい防止 :連携業務の早期立上げ・ソリューション:PaaS(基盤技術)上述のようなケースでは,図-3に示すように,エンジニアリングクラウドのPaaS環境を,グローバルODMの作業場所として活用することができる。多くの場合,セットメーカはそれぞれの商品開発に際してすべての機能を自社設計するのではな

エンジニアリングクラウドの提供価値

現状

今後(SaaS)

設計委託会社(中国,タイ,ベトナム,インドネシアなど)

CADライセンス

CADライセンス

CADライセンス

CADデータ

CADデータ

CADデータ

データ流出のリスクあり。

契約後の作業の立上げに

時間がかかる。

PDM

PDM

富士通IDC (PaaSコンテナ)

CADライセンス

CADライセンス

CADライセンス

設計委託会社

シンクライアント

データ流出のリスクなし。

CADライセンスを設計委託会社に 貸し出すか,相手に購入してもらっている。 ライセンス不足による業務への影響あり。

契約後の作業の立上げに

時間がかからない。

必要な期間,必要な数だけCADライセンスを使用でき,

ライセンス不足による業務影響なし。

2015年度には約8600社の日本の製造業のお客様が海外シフト

必要ライセンス数

所有/SaaS

SaaS

セットメーカ(日本)

セットメーカ(日本)

シンクライアント

シンクライアント

(中国,タイ,ベトナム,インドネシアなど)

図-3 グローバルODM連携

FUJITSU. 63, 1 (01, 2012)42

エンジニアリングクラウドのSaaS/PaaS

このように,エンジニアリングクラウドでは,CADなどの設計ツールだけでなく,設計者の作業効率を支援するサービスも提供する。

今後の取組み

現在,エンジニアリングクラウドは,特定のお客様のデータをセキュアに管理するために,プライベートクラウドの方式を採用し,お客様ごとに独立した環境を準備している。今後は,地域の企業団体や,共通の目的を持った企業グループ向けに,より効果的なサービスを提供していくために,次のようなサービスを準備する。(1) クラウドのサーバ資源やCADライセンスを特定のグループ企業間で共有するパブリッククラウド環境の提供。

(2) 共通部品DBやノウハウDBの提供。また,エンジニアリングクラウド上で提供するアプリケーションの品揃えを拡大するために,ISV(Independent Software Vendor)との連携も充実していく。

む  す  び

エンジニアリングデータは,設計・製造といったPLM(Product Life cycle Management) 軸 での活用のみならず,マーケティング,販売,物流,保守といったSCM(Supply Chain Management)軸からも活用されるようになってきている。富士通は今後,エンジニアリング分野のクラウドコンピューティングを考えるに当たり,業務軸拡大の動向にも対応し,必要な連携サービスを企画・提供していく所存である。

参 考 文 献

(1) 経済産業省:第40回海外事業活動基本調査結果概要-平成21(2009)年度実績-.

http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kaigaizi/ result/result_40.html(2) NPO 日本ネットワークセキュリティ協会:2010年情報セキュリティインシデントに関する調査報告書.

http://www.jnsa.org/result/incident/2010.html

今後の取組み

む  す  び

く,特定のオプション品や,特殊な先端技術は,その分野が得意なODMに委託し商品化コストの削減と,開発期間の短縮を図る。しかしその協業の多くが,短期契約によるもので,セキュアに,かつ短期間で協業環境を構築する必要がある。そこで,エンジニアリングクラウドのPaaS環境を,ODMの作業環境として活用することで,セキュアな設計環境を,委託作業ボリュームや委託期間に合わせて,短期間で用意することが可能になる。● 設計者間のコミュニケーション効率改善・想定ユーザ:分担設計する製造業・ニーズ:コミュニケーションの効率化 :ノウハウの蓄積と再利用・ソリューション:SaaS上述のようなケースで,設計者間のコミュニケーションを阻害している要因と,それを解決するための機能を紹介する。(1) CADデータへの複数人のアクセス・操作拠点間で実際のCADデータを操作しながら,コミュニケーションを取りたいが,一般的な会議ツールでは,3次元CADのような大きなデータを扱えないという問題がある。これを解決するために,エンジニアリングクラウドではクラウド上の一つCADデータに対して複数人でのアクセス・操作を可能にしている。これにより,実際のデータを操作しながらデザインレビューなどの打合せが可能となる。(2) TV会議の音声を文字データに変換拠点間の会議では,TV会議システムなどを使うため,その場で会話内容や指摘事項の確認が行いにくく,後日,認識の違いなどが発生するケースがある。これを解決するために,TV会議の音声を,文字データに変換する機能を提供する。これにより,誤認識の抑止のみならず,指摘事項の効率的な蓄積と再利用が可能になる。(3) 文字変換されたデータの翻訳海外との会議では言葉の壁があり,特にエンジニアリング業務では専門用語が多く,的確に通訳できる人が少ない。これを解決するために,上記(2)で文字変換さ

れたデータを同時に相手国言語に翻訳し,TV会議の画面にテロップ表示する機能を提供する。

FUJITSU. 63, 1 (01, 2012) 43

エンジニアリングクラウドのSaaS/PaaS

吉田義史(よしだ よしふみ)

民需ビジネス推進本部PLMビジネスセンター 所属現在,PLMビジネス領域の新規ソリューションの企画・立上げに従事。

藤田雄佐(ふじた ゆうすけ)

民需ビジネス推進本部PLMビジネスセンター 所属現在,エンジニアリングクラウドの基盤設計に従事。

著 者 紹 介