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スカラー するか? 第1 さまざま KazumotoIguchi Research Laboratory(KIRL) 2012 9 26 1

スカラー波は存在するか? 第1部:既知のさまざま …スカラー波は存在するか?第1部:既知のさまざまな電磁場理論 井口和基 KazumotoIguchi

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スカラー波は存在するか?

第1部:既知のさまざまな電磁場理論

井口和基KazumotoIguchi Research Laboratory(KIRL)

2012年 9月 26日

1

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1 序

20世紀の科学技術の発展の根底にマックスウェル方程式の存在がある*1。マックスウェル

(James Clerk Maxwell)の仕事はアンペールやファラデーなどの多くの科学者たちの実験的発見無

くして成立し得なかった。マックスウェルは主にファラデーの研究に基づいてマックスウェル方程

式を導き出した;それを使って光と電磁波が同一のものであること、電磁波が横波であること、そ

して光と電磁波の伝播速度 cが同一であることを導いた。

その後ヘビサイドやギブズによってマックスウェルの最初の20個の微分方程式群が簡略化さ

れ、いわゆるベクトル表記の下で4つの微分ベクトル方程式にまとめられた*2。我々は現在それを

マックスウェル方程式と呼んでいる。

その一方で、ニコラ・テスラはさまざまな実験を行った*3。特に電磁波には縦波成分も存在する

ことを発見した。そしてそのアイデアを使ってさまざまな実験装置を生み出した。しかしテスラの

研究成果は軍事的利用の名の下に差し押さえられたと言われる。そしていま現在一般には利用不可

能な状況にある。

近年になってそのテスラの研究のリバイバルが起こっている*4。中でもテスラが実験的成功を収

めた送電線のない送電システムの研究が注目されている。この無送電線送電システムの背後にはテ

スラ波、すなわちスカラー波の存在なしには実現できないと考えられるからである。

そういう理由から、1990年頃になり、欧州の一部の研究者たちは再びマックスウェル方程式

を研究し、その拡張を試みるようになった。以上の研究についてはワサーの論文*5に見事にまとめ

られているから、そちらを参照してもらいたい。

マックスウェルは本来ヘルムホルツの完全流体における渦流の方程式から着想を得てマックス

ウェル方程式を導出したのだった。マックスウェル自身がそうしたように、マックスウェル方程式

の是非やその拡張を考える場合には、現在においてもその着想に舞い戻ることに意味があると思わ

*1 James Clerk Maxwell, On Physical Lines of Force. Part I. — The Theory of Molecular Vortices applied to MagneticPhenomena, London, Edinburgh and Dublin, Philosophical Magazine and Journal of Science, March (1861) pp. 161 –175; Part II. — The Theory of Molecular Vortices applied to Electric Currents, Philosophical Magazine, S. 4, 21, No. 140,April (1861) pp. 281 – 291, pp. 338 – 348; Part III. — The Theory of Molecular Vortices applied to Statical Electricity,Philosophical Magazine, April and May (1861) pp. 12 – 24; Part IV. — The Theory of Molecular Vortices applied toAction of Magnetism on Polarized Light, Philosophical Magazine, April and May (1861) pp. 85 – 95. James ClerkMaxwell, A Dynamical Theory of the Electromagnetic Field, Philosophical Transactions of the Royal Society (London),155 (1865) pp. 459 – 512.

*2 Oliver Heaviside, On the Forces, Stresses and Fluxes of Energy in the Electromagnetic Field, Philosophical Transsactionsof the Royal Society 183A (1892) 423. E. B. Wilson, Vector Analysis of Josiah Willard Gibbs – The Histry of a GreatMind, (Charles Scribner’s Sons, New york, 1991).

*3 Andre Waser, Nikola Tesla’s Radiations and the Cosmic Rays, (AW-Verlag, Einsiedeln, 2000); www.aw-verlag.ch,[email protected].

*4 Konstantin Meyl, Scalar Wave Effects according to Tesla, Annual Report on the Activities of the Croatian Academy ofEngineering (HATZ), (2006) pp.243–276.

*5 Andre Waser, On the Notation of Maxwell’s Field Equations, (AW-Verlag, Einsiedeln, 2000); www.aw-verlag.ch,[email protected].

2

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れる。そこで本論文の目的は、もし我々が流体を粘性流体であると考えたのであれば、どのように

マックスウェル方程式が修正されるべきかという観点から、マックスウェル方程式の拡張を行うこ

とにある。

そこで本論文では便宜上マックスウェル自らの微分方程式群を元マックスウェル方程式とぶこと

にし、我々が現在マックスウェル方程式と呼んでいるマックスウェル方程式を単純にマックスウェ

ル方程式と普通に呼んで区別することにする。

2 マックスウェルの電磁場理論

本章ではマックスウェルのオリジナルの研究 – 動的電磁場理論 – を紹介する*6。まずマックス

ウェルの最初のマックスウェル方程式、すなわち元マックスウェル方程式を紹介する。次にマック

スウェル以前の理論として、流体力学におけるヘルムホルツの渦理論を導入する。そして最後にこ

のヘルムホルツの渦理論を前提にしてマックスウェル自身がどのようなアイデアで電磁気学理論を

完成するに至ったのかについて考察する。

2.1 元マックスウェル方程式

マックスウェルは流体力学的アナロジーを使って、次のような方程式を導いた*7。マックスウェ

ルはベクトルを使わずに成分をそのままの形で記述したが、ここでは現代的なベクトル表記を使用

し、それらをより簡潔に表記しよう。本論文ではMKS単位系を使って表記しよう。cは真空中の

光速度である。

Jtot = J +∂D∂t, (1)

B ≡ µH = ∇ × A, (2)

∇ × H = Jtot, (3)

E = µ(v × H) − ∂A∂t− ∇φ, (4)

εE = D, (5)

σE = J, (6)

∇ · D − ρ = 0, (7)

∂ρ

∂t+ ∇ · J = 0. (8)

*6 1を参照。*7 1, 5を参照。

3

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ここでそれぞれのベクトルは次のような成分を持つ。それぞれの表式の一番最後の表記がマックス

ウェルがオリジナルの論文で使用した成分変数である。tは転置を意味する。

J = (Jx, Jy, Jz)t = (p, q, r)t, (9)

Jtot = (Jtotx , J

toty , J

totz )t = (4πp′, 4πq′, 4πr′)t, (10)

D = (Dx,Dy,Dz)t = ( f , g, h)t, (11)

H = (Hx,Hy,Hz)t = (α, β, γ)t, (12)

A = (Ax, Ay, Az)t = (F,G,H)t, (13)

E = (Ex, Ey, Ez)t = (P,Q,R)t, (14)

ρ = −e, (15)

φ = Ψ. (16)

そして透磁率 µ = µ、誘電率 ε = k、伝導率 σ = −1/ζ、ここで ζ は負性抵抗である。したがって、

元マックスウェル方程式は20個の未知関数に対する20連立微分方程式である。

2.2 ヘルムホルツの渦流理論

そもそもマックスウェル自身は元マックスウェル方程式を得る時にどのように考えたのかという

問題を考察する。マックスウェルはヘルムホルツの渦流理論に着想を得た。そこでまず最初にヘル

ムホルツの渦流理論を考察する*8。

流体中のある場所における流体の速度場を v(r, t)、その場所の流体密度を ρ(r, t)で表すとしよう。

まず連続の方程式は次のように記述される:

∇ · (ρv) = −∂ρ∂t. (17)

ここでもし ρ =一定であれば、∇ · (ρv) = v · (∇ρ) + ρ∇ · v = 0であるから、我々は

∇ · v = 0 (18)

を得る。この場合、流体中のある場所に加わる力 F は

F = ρ a = ρdvdt

(19)

で与えられる*9。

*8 例えば、柘植俊一、「流体の科学」(上)、(日刊工業出版、1994年)。ファインマン、レイトン、サンズ、「ファインマン物理学 IV電磁波と物性」、(岩波書店、1971年)。Kerson Huang, Statistical Mechanics, 2nd ed., (Wiley, NewYork, 1987).

*9 ddt を

DDt と書く場合もある。

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この力は流体の静水圧力 pや外力 ∇ϕや粘性力 fη 等の合力である。したがって、我々は

ρdvdt= −∇p − ρ∇φ + fη (20)

を得る。ここでは最後の粘性項を無視すると、時間の全微分はガリレオ変換によって移動するか

ら、我々は次式を得る:∂v∂t+ (v · ∇)v = −1

ρ∇p − ∇φ. (21)

ここでベクトル恒等式:

(v · ∇)v = (∇ × v) × v + ∇(

v2

2

)(22)

に着目する。ここで渦度 Ωを次のように定義する:

Ω ≡ ∇ × v. (23)

これを (22)に代入すると、

(v · ∇)v = Ω × v + ∇(

v2

2

)(24)

を得る。これを (21)へ代入すると我々は次式を得る:

∂v∂t+ Ω × v + ∇

(v2

2

)= −1ρ∇p − ∇φ. (25)

これは次のように書くこともできる:

∂v∂t+ Ω × v = −∇

(v2

2+

pρ+ φ

). (26)

この両辺の ∇×をとると、∇ × ∇ = 0であるから、右辺はゼロとなり、(23)を使うと、我々は

∂Ω

∂t+ ∇ × (Ω × v) = 0 (27)

を得る。こうして、(18)と (23)と (27)とを1組にして渦度の方程式が得られる。したがって、も

し渦度が与えられると、その回りの流体の速度が求められることになる。

2.3 マックスウェルの考え方

さてこの場合、流体中に渦流(例えば、渦糸)が生じた場合どのようになるだろうか?

まず1本の非常に細長い渦糸が存在すると仮定する。渦糸の場所における圧力を p0 とする。そ

こから渦糸の垂直方向に半径 rの円周上の場所の回転速度を vとする。この場所における流体の圧

力を動径方向では p1 とし、渦糸に平行な方向では p2 とする。すると、

p1 = p0 +12ρv2, (28)

p2 = p0 +14ρv2. (29)

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したがって、その場所において渦糸と垂直方法と平行方向の圧力差は次式で与えられる:

p1 − p2 =ρ

4v2 (30)

が生じると考えることができる。ここでは、渦糸に垂直方向の圧力 p1 は圧縮力であり、渦糸に水

平方向の圧力 p2 は張力である。流体は渦糸の軸にそって引っ張られて伸長し、軸に垂直な方向に

押されて縮むことを意味する。

次に、マックスウェルはたくさんの渦糸が平行に隣接している状況を考える。そしてそれらを渦

媒質と見なした。この場合も渦媒質中のある場所における圧力差は次のように記述できる:

p1 − p2 =µ

4πv2. (31)

ここでは µは流体の密度 ρに対応する。つまり、ヘルムホルツの渦流理論に従えば、渦ができるこ

とにより、その回りに速度場が誘起される。そのために渦に垂直な方向と渦に平行な方向とで圧力

差が生まれる。これが渦流の回りのストレスを生み、エネルギーを与える。

マックスウェルは、磁場を形作っている磁力線(すなわち現代の言葉で言えば、磁束)は流体中

に生じた一種の渦糸のようなものだという作業仮説を設けた。このように磁力線1本を渦糸1本で

あると考えると、磁力線の回りで一種の圧力差が生じる。これがこの場所にある種の力を加えると

考え、この力を導いたのである。

この力を求めるために、渦糸の集団の中にある静水力学的圧力 pに相当するものとして −p1 を

とる。この負符号は圧力が内部への圧縮力であると考えていることを示している。そして磁力線の

方向からの方向余弦を (l,m, n)とすると、速度場の成分は v = (vl, vm, vn) = (vx, vy, vz)と書けるか

ら、次の応力分解を得る:Pi j ≡

µ

4πviv j − p1δi j (32)

すると、媒質中のある場所に作用する力 F = (X,Y,Z)は次式で与えられる:

F = ∇·↔P . (33)

ここでテンソル↔P= (Pi j)と定義した。このことから、このタイプのテンソルはマックスウェルの

ストレス・テンソルと呼ばれる。

これを成分ごとに微分して整理すると、最終的に次式を得る:

F =m4π

v +µ

8π∇v2 +

µ

4πΩ × v − ∇p1 =

µ

(mµ

v +12∇v2 + Ω × v

)− ∇p1. (34)

ここでm ≡ ∇ · (µv), (35)

Ω = ∇ × v (36)

のように定義した。この式とヘルムホルツの渦流理論の結果 (25)との類似は明らかである。

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さて、マックスウェルはこの流体の速度場に対応するものは磁場 H であり、磁気誘導の場 Bを

B = µH と定義した。そして渦度 Ωを電流 J と考えた。すると、(34)と (35)と (36)は次のように

書ける:

F =µ

(mµ

H +12∇(H2) + J × H

)− ∇p1, (37)

m ≡ ∇ · (µH) = ∇ · B, (38)

µJ = ∇ × (µH) = ∇ × B. (39)

マックスウェルはこのような具体的な考察を駆使して徐々に (1)–(8)の元マックスウェル方程式

にたどり着いたのである。

3 マックスウェル方程式

本章では、元マックスウェル方程式から、いわゆるマックスウェル方程式がどのように得られる

のかを学ぶつもりである。そしてマックスウェル方程式で記述される電磁場は横波しか存在し得な

いこと、その伝播速度は光速度 cと一致することを説明する。最後にマックスウェル方程式が誘電

体(例えば、電子気体)を通過する時には縦波を取り得ることを説明する。

3.1 現代のマックスウェル方程式

元マックスウェル方程式は非常に複雑な20元20連立微分方程式系である。そこで元マックス

ウェル方程式を簡略化する試みがヘビサイドとギブズによって行われた*10。

まず (1)を (3)に代入して、

∇ × H =∂D∂t+ J. (40)

(4)はファラデーの磁電誘導方程式 (µ = const.):

E = v × µHµ=const.→ E = µ(v × H), (41)

と電場のベクトル・ポテンシャルによる表現:

E = −∂A∂t− ∇φ. (42)

からなる。(2)と (42)の rotをとって結びつけると、

∇ × E = − ∂∂t

(∇ × A) = − ∂∂t

(µH)µ=const.→ ∇ × E = −∂B

∂t. (43)

これはファラデーの電磁誘導の方程式である。(2)の divより

∇ · (µH) = ∇ · (∇ × A) = 0µ=const.→ ∇ · B = 0. (44)

*10 2を参照。

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こうして6個のマックスウェル方程式を得る:

アンペアの法則: ∇ × H =∂D∂t+ J, (45)

ファラデーの法則: ∇ × E = −∂B∂t, (46)

ガウスの法則: ∇ · D = ρ, (47)

磁気単極子の非存在: ∇ · B = 0, (48)

D = ε0E + P = εE, (49)

B = µ0H + M = µH. (50)

これらの組が今日我々がマックスウェル方程式と呼んでいるものである。

3.2 マックスウェル方程式は横波の方程式である

この現在のマックスウェル方程式は基本的に真空中では横波成分しか持たない。これを証明しよ

う。この証明はすでに古典的であり、さまざまな教科書*11に書かれている。これは次のようにして

行われる。

真空中では電荷が存在しない。したがって、ρ = 0, J = 0とおける。また ε = ε0, µ = µ0。

ところで、我々がローレンツ・ゲージの条件:

∇ · A + 1c2

∂φ

∂t= 0 (51)

を採用する場合、ゲージ変換:

A′ = A + ∇χ, φ′ = φ − ∂χ∂t

(52)

により、いつでも φ′ = − ∂χ∂t と選ぶことができる。この場合、φ = 0。それゆえ、我々は

E = −∂A∂t, (53)

B = ∇ × A (54)

を得る。これらをマックスウェル方程式に代入すると、波動方程式:(∇2 − 1

c2

∂2

∂t2

)A(x, t) = 0, (55)

∇ · A(x, t) = 0 (56)

*11 例えば、砂川重信、「理論電磁気学」、(紀伊国屋書店、1973年)pp. 185–187. D. J. Griffiths, Introduction toElectroDynamics, (Prentice Hall, Englewood Cliffs, 1989), pp. 354–358. J. D. Jackson, Classical Electrodynamics,(John Wiley & Sons, New York, 1975), pp. 222–223.

8

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を得る。(56)をクーロン・ゲージの条件と呼ぶ。

(55)を満たすように、Aを波数 kを持つ平面波で展開する、

A(x, t) = e(1)ak ei(k·x−ωt). (57)

これを (57)に代入すると、∇ · A(x, t) = i(k · e(1))ak ei(k·x−ωt) = 0 (58)

となる。それゆえ、k · e(1) = 0 (59)

が得られる。したがって、Aの偏りの方向 e(1) は波の進行方向 kと直角となることがわかる。

そこで (57)を (53)と (54)に代入すると、

E = iωe(1)ak ei(k·x−ωt), (60)

B = i(k × e(1))ak ei(k·x−ωt) ≡ ie(2)ak ei(k·x−ωt) (61)

を得る。これから、我々はe(1)⊥ k, e(2)⊥ k, e(1)⊥ e(2) (62)

を証明できた。したがって、マックスウェル方程式で記述される波動は横波しか存在しない。

3.3 マックスウェル方程式が縦波を持つとき

では、マックスウェル方程式が縦波を持ちうるとしたらどのような場合だろうか? 最も簡単で

よく知られた場合は、電磁波が導体中に入射し、プラズマ振動を生じる場合である。

電子を多く持つ誘電体や導体の中では分極 Pが生じる。したがって、我々は

D = ε0E + P = εE (63)

を必要とする。この分極 Pは最も簡単な自由電子ガスを基にした計算で求めると

P = − ne2

mω2 E (64)

となる。ここで、mは電子の質量、eは電子の電荷、nは電子密度、そして ωは電磁波の周波数で

ある。また、ε ≡ εrε0、ここで ε0 は真空の誘電率であり、εr は比誘電率である*12。したがって誘

電率 ε(ω)は次のようになる:

ε(ω) = 1 − ne2

ε0mω2 = 1 −ω2

p

ω2 (65)

ここで ωp はプラズマ周波数:

ωp =

√ne2

ε0m(66)

*12 例えば、C. Kittel, Introduction to Solid State Physics, (John Wiley& Sons, New York, 1996), pp. 272-273.

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である。

電場の波動方程式は∂2D∂t2 = c2∇2E (67)

となる。これをフーリエ変換すると、E ∝ ei(k·x−ωt) となり、

ε(k, ω)ω2 = c2k2 (68)

を得る。

さて、(68)から次のことが解る。

(1) εが実で正の場合、ω、kは実となる。したがって、横波電磁波が c′ = c√εの位相速度で

伝播する。

(2) εが実で負の場合、kは虚数となり、波動は 1/|k|で減衰する。(3) εが複素数の場合、ωは実で、kが複素数となり、波動は減衰する。

(4) ε = ∞の場合、外力なしにも系が応答することを意味し、ε(k, ω)の極は媒質の自由振動

を定義する。

(5) ε = 0の場合、εの零点で、縦波の分極波が伝播することを意味する。

プラズマ中の横波について考察しよう。まず (68)から

ε(ω)ω2 = ω2 − ω2p = c2k2. (69)

もし ω < ωp であれば、ε(ω) < 0となり、k2 < 0となるから、kは虚数となる。したがって、この

場合には、波動は伝播しない。

一方、ω > ωp の場合、ω2 = ω2

p + c2k2 (70)

となり、横波の電磁波がプラズマ中で伝播する。

次にプラズマ中の縦波について考察しよう。誘電関数の零点は縦波の周波数を定めることから、

ε(ωL) = 0 (71)

が ωL を決定する。この場合、D ≡ ε0E + P = 0. (72)

したがって、自由電子ガスモデルの場合では、

ε(ωL) = 1 −ω2

p

ω2L

= 0 (73)

より、ωL = ωp (74)

10

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を得る。この場合、実際には電場 E は電子ガスの変位 uと比例する:

E = neu. (75)

これを変位 uの運動方程式 nm d2udt2 = − ne

ε0E に代入すると、我々は

d2udt2 + ω

2pu = 0, ωp =

√ne2

ε0m(76)

を得る。したがって、この時、導体中を電子の粗密波が電磁場の縦波成分として伝播する。

以上を簡単にまとめると、次のようになる。D = ε0E + P = εE を考えたとき、D = 0となる可

能性は、(1) ε = 0か (2) E = 0の場合である。前者の場合は、E = El, Et = 0となり得る場合であ

り、後者の場合は、El = 0, E = Et となり得る場合である。すなわち、ε(ω) = 0となる ωが存在す

るとき電磁場 E はその周波数 ωの縦波のみを持ち、ε , 0のとき、E は横波のみを持つということ

である。

マックスウェル方程式を考える限り、この種の特別の状況以外では縦波は存在し得ないので

ある。

4 マックスウェルによるマックスウェル方程式の拡張

マックスウェル方程式を拡張するという試みはすでにさまざまなものがなされている。ワサー

の論文*13でそういうもののいくつかが見事にまとめられている。しかしながら、それらの中でも

最も興味深いものは、マックスウェル自身によるマックスウェル方程式の拡張である。ここでは、

マックスウェル自身が拡張した結果と、その時に利用したハミルトンのクォータニオン代数を説明

する。

4.1 ハミルトンのクォータニオンの導入

マックスウェルはまず1つの4元ベクトルを次のように定義する:

A = a + ib + jc + kd. (77)

ここで、i, j, k はハミルトンのクォータニオン (quaternion) である。クォータニオンは以下の関係

式を満足するものとして定義される:

i2 = j2 = k2 = i jk = −1, (78)

i j = k, jk = i, ki = j, i j = − ji, jk = −k j, ki = ik. (79)

このハミルトンのクォータニオンを使って、マックスウェルは3次元空間内の任意のベクトルを

B = iB1 + jB2 + kB3. (80)

*13 5を参照。

11

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のように定義した。そして、∇を以下のように定義した:

∇ = i∂

∂x1+ j∂

∂x2+ k∂

∂x3. (81)

マックスウェルは20世紀の数学でいう全微分 d/dxと偏微分 ∂/∂xの区別はしなかった。ここで

は現代的な表記を使用する。

ハミルトンのクォータニオンの代数は次のように行われる。Aの他に4元ベクトル Bを

B = a′ + ib′ + jc′ + kd′ (82)

と定義する。すると、積 AB ≡ (a + ib + jc + kd)(a′ + ib′ + jc′ + kd′)は直接にかけ算してハミルト

ンのクォータニオンの性質を使ってまとめると、以下の結果が得られる:

AB = p + iq + jr + ks, (83)

ここで

p = aa′ − bb′ − cc′ − dd′, (84)

q = ab′ + ba′ + cd′ − dc′, (85)

r = ac′ − bd′ + ca′ + db′, (86)

s = ad′ + bc′ − cb′ + da′. (87)

4.2 マックスウェルの拡張

これらの記法を使い、S と V という作用を次のように定義する:

S .A = S .(a + ib + jc + kd) = a, (88)

V.A = V.(a + ib + jc + kd) = ib + jc + kd. (89)

つまり、作用 S はクォータニオン Aに作用してスカラー部分を取り出す演算、作用 V はベクトル

部分を取り出す演算である。

マックスウェルはクォータニオン表記とハミルトンのクォータニオン代数を用いて、マックス

ウェル方程式の20個の微分方程式を拡張したのである*14。それらは以下のようにまとめられる。

B = V.∇A, (90)

E = V.vB − 1c

A − ∇Ψ, (91)

F = V.vB + eE − m∇Ω, (92)

B = H + 4πM, (93)

*14 J. C. Maxwell, A Treaste on Electricity &Magnetism, Vol. 1&2, (Dover, New York, 1893).

12

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4πJtot = V.∇H, (94)

J = CE, (95)

D =1

4πKE, (96)

Jtot = J +1

4πD, (97)

B = µH, (98)

4πe = S .∇D, (99)

4πm = S .∇M, (100)

H = −∇Ω. (101)

ここで Aのような記法はクォータニオン Aの時間偏微分を表す。

これらがマックスウェル自身によるマックスウェル方程式のクォータニオン表記である。ここで

注目すべきは、これらの微分方程式群の中に、磁気質量 (magnetic mass)mと磁気ポテンシャル場

Ωが含まれていることである。磁気質量とは、現在の磁気単極子 (magnetic monopole)の持つ磁荷

(magnetic charge)密度のことである。そして磁気ポテンシャル Ωは磁気単極子に作用する。

この方程式にある思想は電荷には電場が作用し、磁荷には磁気ポテンシャル勾配が作用すると考

えていることである。そして、電気分極 D = ε0E + Pに対応するものとして、M = B− ε0H を考え

ていることである。このことから分かるように、マックスウェル自身は磁気単極子の存在を想定し

ていたものと思われる。

このマックスウェル自身によるマックスウェル方程式の拡張はその後まったく忘れ去れてしまっ

た。おそらくクォータニオン代数という数学的にかなりやっかいな数学を利用したためだと思われ

る。同時にマックスウェル方程式の方がより扱い易いという利便性からそちらの方が用いられるよ

うになったからである。また、磁気単極子の問題は、後に20世紀になってディラックが量子電気

力学の立場から再考するようになるまで忘れ去られたのである。

4.3 ハミルトンのクォータニオンの行列表現

ハミルトンのクォータニオン代数には非常に面白い性質がある。それは、ハミルトンの定義式

(78) と (79) を満足する数 1, i, j, k を4行4列の行列で表現できるということである。しかしなが

ら、この表現は一意ではなく、さまざまな表現の仕方が存在する。この状況はディラック行列をさ

まざまに表現できることに対応している*15。

*15 F. Constantinescu and E. Magyari, Problems in Quantum Mechanics, (Pergamon Press, New York, 1991). 日本語訳:コンスタンチネスキュ・マギアリ「量子力学演習(上下)」、(共立出版、東京、1974)。

13

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ここでは、1例として我々は以下のような組を選ぶことができる。

1 ≡

1 0 0 00 1 0 00 0 1 00 0 0 1

, i ≡

0 0 1 00 0 0 −1−1 0 0 00 1 0 0

, (102)

j ≡

0 1 0 0−1 0 0 00 0 0 10 0 −1 0

, k ≡

0 0 0 10 0 1 00 −1 0 0−1 0 0 0

. (103)

これらがハミルトン代数を満足することは直接に計算で確かめることができる。

この行列表現を使うと、(77)のクォータニオン A = a + ib + jc + kd は次のように書くことがで

きる:

A = a + ib + jc + kd ≡

a c b d−c a d −b−b −d a c−d b −c a

. (104)

同様にクォータニオン B = a′ + ib′ + jc′ + kd′ を次のように定義する:

B = a′ + ib′ + jc′ + kd′ ≡

a′ c′ b′ d′

−c′ a′ d′ −b′

−b′ −d′ a′ c′

−d′ b′ −c′ a′

. (105)

すると、Aと Bの積 ABを計算することができる。

AB ≡ p + iq + jr + ks ≡

p r q s−r p s −q−q −s p r−s q −r p

(106)

とおくと、実際に ABを計算して次の結果を得ることができる:

p = aa′ − bb′ − cc′ − dd′, (107)

q = ab′ + ba′ + cd′ − dc′, (108)

r = ac′ − bd′ + ca′ + db′, (109)

s = ad′ + bc′ − cb′ + da′. (110)

これはハミルトンのクォータニオン代数を使った結果 (84)–(87)と一致する。

これらの行列表現とは異なる形のものは、例えば、ワサーの論文*16に見ることができる。ワサー

は、次のように拡張した。まずパウリ行列:

σx =

[0 11 0

], σy =

[0 −ii 0

], σz =

[1 00 −1

](111)

*16 Andre Waser, Quaternions in Electrodynamics, (AW-Verlag, Einsiedeln, 2000); www.aw-verlag.ch, [email protected].

14

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を使い、ハミルトンのクォータニオン 1, i, j,kを次のように定義する:

i = iσz =

[i 00 −i

], j = iσy =

[0 −ii 0

], k = iσx =

[0 ii 0

], 1 = iσx =

[1 00 1

]. (112)

そして、これらの中の 1, iを次のように置き換える:

1 =[1 00 1

], i =

[0 −11 0

]. (113)

すると、以下のようなクォータニオンの行列表現が得られる:

1 ≡

1 0 0 00 1 0 00 0 1 00 0 0 1

, i ≡

0 −1 0 01 0 0 00 0 0 10 0 −1 0

, (114)

j ≡

0 0 1 00 0 0 1−1 0 0 00 −1 0 0

, k ≡

0 0 0 −10 0 1 00 −1 0 01 0 0 0

. (115)

ここでは、虚数 iとクォータニオンの 1, i, j, kを区別するために便宜的に 1, i, j,kを使用した。以上の行列表現を使えば、マックスウェルが行った結果を行列代数により導くことが可能であ

る。また、数学的には同等と言えるが、ハミルトン代数はディラック代数による表現も可能なよう

に、ハミルトンのクォータニオンをディラック行列を使って書き表すことも可能である。これにつ

いては、田邊一郎の文献が参考になる*17。

5 マックスウェル方程式の拡張(スカラー波を持たない場合)

本章ではマックスウェル方程式の拡張に関するこれまでに知られた理論のうちで、特にその理論

の中に陽にスカラー波(縦波成分)を持たない理論のいくつかを紹介する。その代表的なものとし

て、ヘルツ理論、ディラック理論、ハーマス理論を取り上げる。これらの理論はスカラー波を持つ

場合への土台となる。

5.1 ヘルツの拡張

ヘルツ (Heinrich Rudolf Hertz) はマックスウェル方程式の拡張を試みた*18。しかし当時におい

てすでに多くの学者たちから批判されてこの拡張は忘れ去られた。

ヘルツはマックスウェル方程式中の ∂/∂tを全微分の d/dt(= D/Dt)に置き換えたのである。

ddt=∂

∂t+ v · ∇ (116)

*17 田邊一郎、「スピノールによる特殊相対性理論と電磁気学」、(山本三省堂、愛媛県新居浜市、1997年9月30日):www4.justnet.ne.jp/ ichirota/.

*18 Thomas E. Phipps, Jr., On Hertz’s Invariant Form of Maxwell’s Equations, Physics Essays 6/2 (1993), pp. 249–256.

15

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であるから、ガリレイ変換を施すことに対応する。したがって、ヘルツのマックスウェル方程式は

以下のようになる:

∇ × H =dDdt+ J =

∂D∂t+ (v · ∇)D + J, (117)

∇ × E = −dBdt= −∂B∂t− (v · ∇)B, (118)

E = −dAdt− ∇φ = −∂A

∂t− (v · ∇)A − ∇φ. (119)

ヘルツはここでの vをエーテル (Ether)の運動速度と解釈した。

5.2 ディラックの拡張

マックスウェル方程式は電場と磁場のとの間に非対称であるということはかなり前から知られて

いた。ディラック (P. A. M. Dirac)はマックスウェル方程式が電場と磁場に対して対称になるため

には、磁気単極子の存在を仮定する必要があることを認識した。そして磁気単極子は未だに発見さ

れていないが、それをあるものとしてマックスウェル方程式に組み込んだのである。

ディラックは次のように拡張した*19:

∇ × H =∂D∂t+ J, (120)

−∇ × E =∂B∂t+ Jm, , (121)

∇ · D = ρ, (122)

∇ · B = ρm, (123)

ここで J = ρv, Jm = ρmvである。ρm は磁荷密度(=磁気単極子の磁化密度)である。そして、

E = −∂A∂t− ∇φ − ∇ × C, (124)

B = −∂C∂t− ∇ϕ + ∇ × A. (125)

ここで ϕと C は、電荷に対する φと Aに相補的な、磁荷に対するポテンシャルとベクトル・ポテ

ンシャルを意味する。我々はそれらを磁気ポテンシャルと磁気ベクトル・ポテンシャルと呼んでお

こう。

(124)と (125)を (120)–(123)に使って整理すると、我々は以下の方程式群を得る:(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

A + ∇(∇ · A + 1

c2

∂φ

∂t

)= µJ, (126)

*19 5参照。J. D. Jackson, Classical Electrodynamics, (John Wiley & Sons, New York, 1975), pp. 251–260.

16

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− ∂∂t

(∇ · A) − ∇2φ =ρ

ε, (127)(

1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

C + ∇(∇ · C + 1

c2

∂ϕ

∂t

)= εJm, (128)

− ∂∂t

(∇ · C) − ∇2ϕ =ρm

µ. (129)

ここで注目すべきことは、これらの微分方程式は見事に電気ベクトル・ポテンシャルと磁気ベク

トル・ポテンシャルとに分離していることである。この意味では、ディラックの拡張は電荷と磁荷

に対して対称性をともなっていることがわかる。

さらに我々はローレンツゲージの条件:

∇ · A + 1c2

∂φ

∂t= 0 (130)

と類似の条件を磁気ベクトル・ポテンシャル C と磁気ポテンシャル ϕに対して課すことができる

だろう:

∇ · C + 1c2

∂ϕ

∂t= 0. (131)

(130)と (131)を (126)–(129)へ代入すると、我々は次の結果を得ることができる:(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

A = µJ, (132)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)φ =ρ

ε, (133)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

C = εJm, (134)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)ϕ =ρm

µ. (135)

5.3 ハーマスの拡張

ハーマス (Henning Harmuth)*20は1986年に1つの拡張を行った。彼らはディラックの仮定

における電流(電荷の流れ)と磁流(磁荷の流れ)をわき出し源のないものとみなす。すなわち

ρ = 0, ρm = 0、よって J = 0, Jm = 0と考える。そして、電流と磁流は電場と磁場にそれぞれ誘導

されたもの、すなわち、J = σE, Jm = sH であると考える。ここで s は特性磁気伝導度 (specific

magnetic conductivity)である。

*20 Henning F. Harmuth, Corrections of Maxwell’s Equations for Signals, IEEE Transactions of Electromagnetic Compati-bility EMC-28 (1986) pp. 250–258, pp. 259–266; ibid. EMC-30 (1986) pp. 420–421.

17

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このように考えると、我々は以下を得る:

∇ × H = ε∂E∂t+ σE = ε

∂E∂t+σ

εE = ε ∂E

∂t+

1τ1

E , (136)

−∇ × E = µ∂H∂t+ sH = µ

∂H∂t+

H = µ ∂H

∂t+

1τ2

H , (137)

ε∇ · E = 0, (138)

µ∇ · H = 0. (139)

ここで注意すべきは、普通のマックスウェル方程式には (137)の右辺第2項が存在しないことであ

る。この項はディラックの拡張における (121)に見るように磁気単極子の磁流に対応している。

(136)と (137)から我々は以下の電場の方程式を得る:

−∇ × (∇ × E) = εµ∂2E∂t2 + (µσ + εs)

∂E∂t+ sσE, (140)

あるいは、

−c2∇ × (∇ × E) =∂2E∂t2 +

(1τ1+

1τ2

)∂E∂t+

1τ1τ2

E, (141)

ここで c = 1√εµ, τ1 = ε/σ, τ2 = µ/sを使った。同様にして磁場方程式を得る:

−c2∇ × (∇ × H) =∂2H∂t2 +

(1τ1+

1τ2

)∂H∂t+

1τ1τ2

H. (142)

18

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6 マイルの拡張:縦波の電磁場を持つ場合

これまでに取り上げたマックスウェル方程式の拡張は、陽には電磁場の縦波成分(すなわち、ス

カラー波)を持たなかった。電磁場に縦波成分が存在し得るのはあくまで電磁場がプラズマと相互

作用した結果として現われる場合にすぎなかった。この章では一般的に電磁場が露に縦波と横波の

両方を持ち得るためにはどのようにマックスウェル方程式を拡張すべきかという問題を考察する。

この目的のためには、電磁場が伝播する真空を物理的媒質、すなわち何がしかの物理的実態とし

てとらえる古典的見方がある。この場合には、真空をエーテルの波打つ流体としてみる考え方と真

空を固体のような弾性体とみる考え方がある。前者はマックスウェルであり、後者はヘビサイドや

ギブズとその後継者たちである。そこでまずこれらの観点を学ぶことにする。

6.1 ファラデーの磁電誘導の法則と対流の方程式

ハーマスとは独立に1990年にコンスタンチン・マイルはマックスウェル方程式の1つの拡張

を行った*21。彼は我々が知るマックスウェル方程式はある種の近似にすぎず、より本質的な法則は

ファラデーの磁電誘導の法則にあるという立場から出発する。ファラデーの磁電誘導の法則とは、

ファラデーの電磁誘導の法則 [(46)を見よ]とは異なり、次式で表される:

E = v × B. (143)

これは単極発電機 (unipolar generator) の原理である*22。通常のモーターによる交流発電機は

ファラデーの電磁誘導の法則を利用している。これは磁場中のコイルを回転させてコイル内の磁

束の変化がコイルに電流を誘起する効果を使って交流を発電する装置である。一方、この単極発電

機は、金属円板を一定の磁場中に置き、金属円板の回転軸を磁場方向に一致するように回転させる

と、金属円板の中心部と周辺部との間に直流起電力が生じるという現象を利用するものである。マ

イルは電磁誘導法則より磁電誘導法則の方が先にあると考えるのである。

これと同様に対流の方程式 (equation of convection):

H = −v × D. (144)

を考える。

*21 Konstantin Meyl, Potentialwirbel, Indel Verlag, Villingen-Schwenningen Band 1, ISBN 3-9802542-1-6 (1990); ibid. 2,ISBN 3-9802542-2-4 (1992); Konstantin Meyl, Scalar Waves, Part 1(1996), Part 2(1998), Part 3(2002), INDEL Verlag,2003 (www.k-meyl.de); Faraday or Maxwell ?; Scalar Wave Effects according to Tesla, Annual Report on the Activitiesof the Croatian Academy of Enginneering (HATZ) in 2006, pp.243–276; Far Range Transponder, Proceedings of theRFID Eurasia Conference 2007, Istanbul IEEE+ies+Istanbul Technical University.

*22 D. J. Griffiths, Introduction to ElectroDynamics, (Prentice Hall, Englewood Cliffs, 1989), p.283.

19

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6.2 マイルのマックスウェル方程式の拡張

ここで (143)と (144)の ∇×をとると、ベクトル公式を使って以下のようになる:

∇ × E = ∇ × (v × B) = (B · ∇)v − (v · ∇)B + v(∇ · B) − B(∇ · v), (145)

∇ × H = −∇ × (v × D) = −[(D · ∇)v − (v · ∇)D + v(∇ · D) − D(∇ · v)]. (146)

さらに v = drdt であるため、

∇v = 0, ∇ · v = 0. (147)

これらを (145)と (146)へ代入すると、

∇ × E = −(v · ∇)B + v(∇ · B), (148)

∇ × H = (v · ∇)D − v(∇ · D) (149)

を得る。また ∂B∂t = 0、 ∂D

∂t = 0とすれば、

dBdt=∂B∂t+ (v · ∇)B = (v · ∇)B, (150)

dDdt=∂D∂t+ (v · ∇)D = (v · ∇)D (151)

が得られる。そして

∇ · B = ρm, (152)

∇ · D = ρe, (153)

と定義し、これらを全部 (141)と (142)へ代入すると、我々は次式を得る:

∇ × E = −dBdt− Jm, (154)

∇ × H =dDdt+ J. (155)

ただし

J = −ρev, (156)

Jm = −ρmv. (157)

のように定義した。ここでは ρe は電子(負の電荷)の電荷密度であることに注意する。普通のマッ

クスウェル方程式では ρは電荷密度を意味することと対照的である。したがって普通の表式で書け

ば、ρ = −ρe、あるいは電子の速度方向とは逆方向に電流が流れるということになる。磁気単極子

についても同様である。

20

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これらの式に J = σE, Jm = sH を代入すると、ハーマスの得た (141) と (142) に類似の次式を

得る:

−c2∇ × (∇ × E) =d2Edt2 +

(1τ1+

1τ2

)dEdt+

1τ1τ2

E, (158)

−c2∇ × (∇ × H) =d2Hdt2 +

(1τ1+

1τ2

)dHdt+

1τ1τ2

H. (159)

このようにマイルの理論はヘルツの理論とディラックの理論の両方の特徴を合わせ持っている。

6.3 マイルの波動方程式

マイルはさらにオームの法則 J = σE と電気変位 D = εE の関係から、E を消去すると、

J =Dτ1  (160)

を得る。マイルのマックスウェル方程式は電磁場に対して対称であるから、磁場に対しても類似

の、磁荷に対するオームの法則 Jm = sH と磁束と磁場の関係 B = µH が成り立つと考える。それ

ゆえ、次式:

Jm =Bτ2  (161)

が成り立つ。(157)と (161)を結びつけると、我々は

Jm =Bτ2= −ρmv = −v ∇ · B  (162)

を得る。これを (150)へ代入すると、

1τ2

dBdt= (v · ∇)

Bτ2= −v(v · ∇)(∇ · B). (163)

ここでは B ∝ Jm ∝ vであるから、vが1次元的な運動であれば、v = (v, 0, 0)とできる。これによ

り、結局我々は1τ2

dBdt= −||v||2∇(∇ · B), (164)

を得ることができる。この関係を (159)に使用すると、1/τ1 のある項を無視できるとすれば、次式

を得る:

||v||2∇(∇ · B) − c2∇ × (∇ × B) =d2Bdt2 . (165)

この発見法的導出に基づいて、マイルはもし v = cであれば、通常どおりに磁場の横波波動方程

式が得られ、もし v , cであれば、1つの新しい磁場の波動方程式が得られると考える。そしてこ

の場合、マイルはその左辺の第1項はスカラー波、すなわち磁場の縦波成分を表現すると考えたの

である。同様にして電場に対しても同じ型の波動方程式が得られる。

21

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7 ブレンデーレンとワサーの拡張:スカラー波の理論

本章ではマックスウェル方程式の中に陽にスカラー波を含み、その結果として縦波電磁波を持つ

場合を考察する。その場合の典型的な例としてブレンデーレンとワサーの理論を学ぶ。

7.1 バイクォータニオン代数の導入

ブレンデーレン (K. J. van Vlaenderen)とワサー (A. Waser)は、ハミルトンのクォータニオン代

数を拡張した、バイクォータニオン代数 (biquaternion algebra)を使うことにより、スカラー波がど

こからくるかを突き止めた*23。ここでいうバイクォータニオン代数 (biquaternion)とは、ハミルト

ンのクォータニオンの a, b, c, dを複素数に拡張したクォータニオンのことである。あとは全く同じ

代数に従う。

例えば、ブレンデーレンとワサーのバイクォータニオン代数ではミンコフスキー空間内の4次元

位置ベクトル X を以下のように表す:

X ≡ ix0 + i · x, (166)

ここで i = (i, j, k), x = (x1, x2, x3) = (x, y, z)、x0 = ct である。一方、普通のクォータニオン代数で

は、クォータニオンの係数はすべて実数として

X ≡ x0 + i · x (167)

と表すことになる。同様にして4次元微分演算子 ∇,∇∗ も以下のように表す:

∇ ≡ i∂

∂x0+ i · ∇, (168)

∇∗ ≡ i∂

∂x0− i · ∇, (169)

≡ −|∇|2 = −∇∗∇ = −∇∇∗ = 1c2

∂2

∂t2 − ∇ · ∇, (170)

ここで ∇ =(∂∂x1, ∂∂x2, ∂∂x3

)=

(∂∂x ,

∂∂y ,

∂∂z

)であり、はダランベーリアン (d’Alembertian)である。

さて、2つのクォータニオン X = x0 + i · xと Y = y0 + i · yがあるとすると、ハミルトンのクォータニオン代数により、我々は次の恒等式を得る:

XY = x0y0 − x · y + i · (y0 x + x0y + x × y). (171)

この恒等式は非常に有用であり、後々のハミルトンのクォータニオン代数やバイクォータニオン代

数などでこれを頻繁に使用する。

*23 K. J. van Vlaenderen and A. Waser, Generalization of Classical Electrodynamics to Admit a Scalar Field and Lon-gitudinal Waves, Hadronic Journal 24, (2001) pp. 609–628; Koen J. van Vlaenderen, A generalization of classicalelectrodynamics for the prediction of scalar field effects, arXiv:physics/030598v1 (2003).

22

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7.2 バイクォータニオン代数の電磁気学への応用

これらを電磁気学に応用するためには、電磁気学における3次元ベクトルをバイクォータニオン

表記する必要がある。3次元空間内のポテンシャル φとベクトル・ポテンシャル Aを4次元ベク

トルとしてバイクォータニオン Aとして表すと

A ≡ iφ

c+ i · A (172)

となる。同様に、電荷 ρと電流 J や力 F と力密度 Pをバイクォータニオン表記すると、

J ≡ icρ + i · J, (173)

F ≡ iPc+ i · F. (174)

さて、電磁ポテンシャル A の微分は、クォータニオン代数の恒等式 (171) を使うと次のように

なる:

∇A =(i∂

c∂t+ i · ∇

) (iφ

c+ i · A

)= −

(∇ · A + 1

c2

∂φ

∂t

)+ i ·

∇ × A +ic

∂A∂t+ ∇φ

. (175)

ここで

E = −∂A∂t− ∇φ, (176)

B = ∇ × A, (177)

S = ∇ · A + 1c2

∂φ

∂t(178)

と置くと、(175)は以下のようになる:

∇A = −S + i ·B − i

Ec

. (179)

これにもう一度 ∇∗をかけて、∇∗∇Aを計算する。(175)の φ/cを −S、Aを B− i Ec と見なして (175)

の代数を利用すると、

∇∗∇A = ∇ · B − ic

(∇ · E + ∂S

∂t

)− i ·

∇ × B − 1c2

∂E∂t+∇S − i

c

∂B∂t+ ∇ × E

. (180)

さらに∇∗∇A = −µJ = −µ(icρ + i · J) (181)

であるから、両辺の各係数を比較すると以下のような拡張されたマックスウェル方程式が得ら

れる。

拡張されたアンペアの法則: ∇ × B = µ∂D∂t+ J

+ ∇S = µJtot + ∇S , (182)

23

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ファラデーの法則: ∇ × E = −∂B∂t, (183)

拡張されたガウスの法則: ∇ · E = ρε− ∂S∂t, (184)

磁気単極子の非存在: ∇ · B = 0, (185)

D = ε0E + P = εE, (186)

B = µ0H + M = µH. (187)

これらを使って我々は (1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

A + ∇S = µJ, (188)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)φ − ∂S∂t=ρ

ε(189)

を得る。

7.3 従来の方法との比較

ところで以上の結果は別にハミルトンのクォータニオン代数やバイクォータニオン代数などを用

いずとも普通の4次元代数によって求めることができる。この場合、ポテンシャルとベクトル・ポ

テンシャルの4元ベクトル表記 Aα ≡ (i φc , A)や微分の4元ベクトル表記 ∂α ≡ (i ∂c∂t , ∇)を使うと、

∂αAα =(−S , B − i

1c

E)

(190)

が得られる。ここで

E = −∂A∂t− ∇φ, B = ∇ × A, S = ∇ · A + 1

c2

∂φ

∂t. (191)

さらに ∂α ≡ (i ∂c∂t ,−∇)を ∂βAβ にかけると、∂α∂βAβ よりを得る。これは量子電磁力学における電磁

場の4元ベクトル表示:Fαβ = ∂αAβ − ∂βAα (192)

を使うと、簡単に再現できる。この式の左から ∂α をかけて αの和をとるものと考えれば、

∂αFαβ = ∂α∂αAβ − ∂α∂βAα = ∂α∂αAβ − ∂β∂αAα, (193)

また∂αFαβ = µ jα (194)

であるから、∂α∂

αAβ − ∂βS = µ jβ, S = ∂αAα (195)

となる。これを普通の3次元ベクトル表記に直せば (188)と (189)が得られるのである。

24

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ここで我々が理解しなくてはならないことは、いわゆるローレンツ・ゲージ (S = 0) で現わ

れる量 S をゼロにするのではなく、それを1つの物理量と見なし、4次元時空で定義されるス

カラー波であると考えるということである。この場合には、スカラー関数 S (x, t) は物理量の1

つとして3次元の電場 E = (Ex, Ey, Ez) と組になり、4元ベクトルを作るのである。すなわち、

(S , Ex, Ey, Ez) = (E0, E1, E2, E3) ≡ Eα を1つの4元ベクトルと考えることができるということで

ある。

したがって、この観点から今一度昔の理論を見直すと、電磁気学の普通のやり方からも同等の

結果が容易く得られることが分かる。例えば、ディラックの拡張のところで取り上げた (126) や

(127)において、通常のローレンツ・ゲージの条件:S = ∇ · A + 1c2∂φ∂t = 0をとらないで、そのまま

の形で S = ∇ · A + 1c2∂φ∂t を用いれば、ただちに (188)と (189)の結果が得られるのである。それば

かりか、ディラックの拡張において、もし

U ≡ ∇ · C + 1c2

∂ϕ

∂t(196)

と定義すれば、(128)と (129)から次のような式が得られるのである:(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

C + ∇U = εJm, (197)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)ϕ − ∂U∂t=ρm

µ. (198)

7.4 ゲージ変換

ローレンツ・ゲージの条件 S = 0が成り立つと仮定される時は、マックスウェル方程式はゲージ

不変性が成り立つ。すなわち、マックスウェル方程式はバイクゥータニオン表示のゲージ変換:

A→ A′ = A − ∇∗Γ (199)

に対して不変である。ここで Γ = χである。これは普通の表記では以下のものである:

φ→ φ′ = φ − ∂χ∂t, (200)

A→ A′ = A + ∇χ (201)

なぜなら、バイクゥータニオン表示 A = icφ + i · Aと Γ = χを (199)に代入すれば、得られるから

である。

したがって、これから次の関係が得られる:

∇A→ ∇A′ = ∇A − ∇∇∗Γ = ∇A + Γ (202)

ここでは Γはスカラー関数であるから、スカラー波 S は以下のように変換する:

S → S ′ = S + ∇∇∗Γ = S − Γ (203)

25

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すなわち ∇A + S はゲージ不変である。したがって、これから得られるマックスウェル方程式も

またゲージ不変であることが示される。もし S = 0のローレンツ・ゲージの条件が要求される時、

Γ = 0が常に成り立つ。そしてこの場合には普通のマックスウェル方程式 A = µJ が成立する。

もう1つのタイプのゲージ変換は次のようなものである:

µJ → µJ′ = µJ − ∇∗Γ. (204)

ここで Γは任意のスカラー波である。これはカレント・ゲージ変換と呼ばれる。もし Γ = χととれ

ば、我々は次式を得る:

ρ→ ρ′ = ρ − ε∂χ∂t, (205)

J → J′ = J +1µ∇χ. (206)

7.5 スカラー波の役割

さて、ここでスカラー波 S の役割を見てみよう。その目的のためにまず (188)と (189)を次のよ

うに書き直しておこう: (1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

A = µJ − ∇S = µJ′, (207)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)φ =ρ

ε+∂S∂t=ρ′

ε(208)

これは電流 J と電荷 ρが電流–電荷のゲージ変換:

J → J′ = J − 1µ∇S , (209)

ρ→ ρ′ = ρ + ε∂S∂t

(210)

を受けたことを意味している。

まず (188)の両辺の ∇をとり、(189)の両辺の ∂∂t をとれば容易に分かるように、それらは次のよ

うになる: (1c2

∂2

∂t2 − ∇2)∇ · A + ∇2S = ∇ · (µJ), (211)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)∂φ

∂t− ∂

2S∂t2 =

∂ρ

∂t. (212)

(212)を c2 で割って、(211)と加えると、左辺はゼロとなるから、結局連続の方程式:

∇ · J + ∂ρ∂t= 0 (213)

が得られる。したがって、この連続の方程式は以下のようにゲージ変換を受ける:

∇ · J′ + ∂ρ′

∂t= ∇ · J + ∂ρ

∂t+

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

S =(

1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

S . (214)

26

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つまり、S が恒等的にゼロ (S = 0)であれば、いつも連続の方程式が成り立つ。すなわち、ローレ

ンツ・ゲージの条件が成り立つ場合は、いつでも連続の方程式が成り立つことになる。しかしなが

ら、仮に S がゼロでなくても、もし S が波動方程式:(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

S = 0 (215)

を満たせば、同様にいつも連続の方程式が成り立つことが分かる。

このようにして、スカラー波 S は必ずしもゼロである必要はないということが理解できるので

ある。

7.6 スカラー波と電磁場との関係

同様にして今度は (188)を時間で微分したものと (189)の ∇をかけたものを加えると電場の波動方程式が得られ、(188)の両辺の ∇×をとると、磁場の波動方程式が得られる:(

1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

E = −µ∂J∂t+ c2∇ρ

, (216)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

B = µ(∇ × J). (217)

ここで非常に興味深いことが分かる。まず S = 0, J = 0の場合、通常のマックスウェル方程式と

一致して、「電磁場は横波である」ことが分かる。しかし、S , 0の場合が成り立てば、必ずしもそ

うではないのである。これを見てみよう。

そこで S , 0, B = 0の場合に話を限って簡単にすると、電荷のない系 ρ = 0の場合には、(182)

と (184)から次式が成り立たなくてはならない:

1c2

∂E∂t+ ∇S = 0, (218)

∇ · E + ∂S∂t= 0. (219)

S , E はともに波動方程式: (1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

E = 0, (220)

(1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

S = 0 (221)

を満足するから、次のように展開できる:

E = E0ei(k·r−ωt), (222)

S = S 0ei(k·r−ωt). (223)

27

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ここで ω = kcである。(222)と (223)を (218)と (219)に代入すると、我々は以下の方程式を得る:

ω

c2 E = kS , (224)

k · E = ωS . (225)

したがって、この場合の電場 E は S の勾配の方向に比例する。すなわち「電場が縦波である」こ

とが分かる。これが電場とスカラー波との関係である。

同様にして磁場とスカラー波の関係も得ることができる。簡単のために、電場 E = 0とおく。こ

の場合、(182)から次式を得る:∇ × B = ∇S . (226)

磁場も (222)と (223)のように展開できる:

B = B0ei(k·r−ωt). (227)

これを (226)へ代入すると、k × B = kS (228)

を得る。このことから、磁場は電場とスカラー波といつも直交することが分かる。すなわち、「磁

場は横波である」ことが判明する。

このようにして、スカラー波が存在する場合、電場は縦波、磁場は横波として存在可能であるこ

とが分かるのである。

7.7 スカラー波と電磁場の力とエネルギー

電磁場が荷電粒子に及ぼす力、ローレンツ力、の密度は、バイクォータニオン代数によって以下

のように計算される。まず力のバイクォータニオンは、(174)を一般化したものから

F = J∇A ≡ iPc+ i · F (229)

である。この式のそれぞれのバイクォータニオンを用いると、以下の結果を得る:

F = J∇A = (icρ + i · J)(−S + i ·

[− i

cE + B

])= −J · B + i

c(J · E − ρc2S ) + i ·

[(ρE + J × B − S J) + ic

(ρB − 1

c2 J × E)]. (230)

(229)と (230)を比較すると、次の結果が得られる:

0 = J · B, (231)

P = J · E − ρc2S , (232)

F = ρE + J × B − S J, (233)

0 = ρB − 1c2 J × E. (234)

28

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同様に (181)から J = − 1µ∇∗∇Aが得られるから、これを (229)に使えば、

F = −1µ∇∗∇A∇A = −1

µ

(|∇|2A

)∇A (235)

を得る。これにバイクォータニオンの表式をそれぞれ代入して多少長い計算すると、次の結果を

得る:

µJ · E = − ∂∂t

[12

(1c2 |E|

2 + |B|2 + S 2)]− ∇ · (E × B + S E), (236)

µ(ρE + J × B − S J

)=

1c2

[E(∇ · E) + (∇ × E) × E

]+ B(∇ · B) + (∇ × B) × B

+S ∇S − ∇ × (S B) − 1c2

∂(E × B − S E)∂t

. (237)

ここで (237) には B(∇ · B) = 0 を使った。P = J · E − ρc2S は拡張されたジュール熱であり、

S = E × B + S E は拡張されたポインチング・ベクトルである。(236)の最後の項の sE の前の符号

が正であり、(237)の最後の sE の前の符号が負となっていることに注意すべきである。

これらはもちろんローレンツ・ゲージの条件 S = 0をとれば、通常のマックスウェル方程式の場

合の結果を再現する。その場合は以下のものとなる:

µJ · E = − ∂∂t

[12

(1c2 |E|

2 + |B|2)]− ∇ · (E × B), (238)

µ(ρE + J × B

)=

1c2

[E(∇ · E) + (∇ × E) × E

]+ B(∇ · B) + (∇ × B) × B

− 1c2

∂(E × B)∂t

. (239)

7.8 ブレンデーレン–ワサー理論のまとめ

このように、スカラー波 S の存在は、電磁場のエネルギー E、エネルギー散逸 P、ポインチン

グ・ベクトル S、ローレンツ力 F などに寄与する。これらをまとめると、以下のようになる:

E = 12

(1c2 |E|

2 + |B|2 + S 2), (240)

S = E × B + S E, (241)

P = J · E − ρc2S , (242)

F = ρE + J × B − S J. (243)

以上がブレンデーレン–ワサーのマックスウェル方程式の拡張理論の骨格である。この理論はス

カラー波の存在を明瞭に導き出している。ブレンデーレン–ワサー理論は、スカラー波の存在がど

のような物理的効果を導き出すことになるのかについても重要な帰結を提示している。しかし、そ

ういう問題は後々議論するつもりである。この段階ではブレンデーレン–ワサーの理論とマイルの

理論の直感的なマックスウェル方程式の拡張との間には直接の関係がなさそうに見える。次章では

この対応についてのヒントを与えてくれる理論を見ていこう。

29

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8 ポドガイニとザイミドロガの拡張:線形弾性論のアナロジー

2010年にロシアのポドガイニ (D. V. Podgainy) とザイミドロガ (O. A. Zaimidoroga) はマッ

クスウェル方程式にスカラー波を導入するための1つの拡張理論を提出した*24。2章で学んだよ

うに、マックスウェルは電磁気理論の構築の際に、真空をエーテル流の満ち満ちた流体であるかの

ように考えた。そしてヘルムホルツの完全流体の渦理論に基づいて理論を構築した。これに対し

て、ポドガイニとザイミドロガは、真空を一種の弾性体であると考えて、ラーメの線形弾性論に基

礎を置いたのである。線形弾性論はロシア科学アカデミーの十八番の1つの学問である。ランダ

ウ・リフシッツの教科書にも弾性論は相当に注意が向けられ、シリーズの1冊として出版されてい

る*25。この観点を学んでみよう。この理論はマイル理論とブレンデーレン–ワサー理論との関係の

在処をはっきりさせてくれるのである。

8.1 線形弾性論のラーメの弾性体方程式

線形弾性論の基本方程式はラーメの弾性体方程式 (Lame’s elastic equation)*26である。ラーメの

弾性体方程式は次式で与えられる*27:

ρ∂2u∂t2 = c2

l ∇(∇ · u) − c2t ∇ × (∇ × u). (244)

ここで ρ は弾性物質の密度、u は弾性媒質内の変位ベクトルである。cl と ct はそれぞれ縦波

(longitudinal wave)と横波 (transverse wave)の伝播速度である。

弾性体論では、一般に次の2つのテンソルが導入される。ストレス・テンソル σi j と弾性変位テ

ンソル ui j である。これはストレイン・テンソルとも呼ばれる。これらは次のように定義される:

σi j = λ ∇ · u δi j + 2µ ui j, (245)

ui j =12

(∂ui

∂x j+∂u j

∂xi

), (246)

ここで λと µはラーメ係数と呼ばれる。

ラーメの弾性体方程式 (244)はストレス・テンソル σi j と弾性変位 (strain)テンソル ui j を用いて

次のように書き表すことができる:

−ρ∂2u∂t2 + ∇·

↔σ= 0,  (247)

*24 D. V. Podgainy and O. A. Zaimidoroga, Nonrelativistic theory of electroscalar field and Maxwell electrodynamics,arXiv:1005.3130v1, 18 May 2010.

*25 L. D. Landau and E. M. Lifshitz, Theory of Elasticity, 3rd ed., (Pergamon Press, New York, 1986).*26 A. E. H. Love, A treaste on the mathematical theory of elasticity, Vol.7 (3rd ed.) (Cambridge Univesrity Press, Cam-

bridge, 1927). (244)の数学形式の方程式は弾性体論では一般にラーメ方程式と呼ばれるが、ここでは数学における別の有名なラーメ方程式と区別するために、ラーメの弾性体方程式と呼ぶことにする。

*27 ファインマン、レイトン、サンズ、「ファインマン物理学 IV電磁波と物性」、(岩波書店、1971年)、第18章。

30

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あるいは

−ρ∂2ui

∂t2 +∂σi j

∂x j= 0. (248)

これを基にして cl と ct をラーメ係数 λと µで表そう。(245)を (248)に代入すると、我々は次

式を得る:

ρ∂2u∂t2 = (λ + µ)∇(∇ · u) + µ∇2u. (249)

これに恒等式:∇ × (∇ × u) = ∇(∇ · u) − ∇2u (250)

を代入すると、我々は次式得る*28:

ρ∂2u∂t2 = (λ + 2µ)∇(∇ · u) − µ∇ × (∇ × u). (251)

(251)を (241)と比べることから、縦波と横波の速度とラーメ係数の関係*29:

c2l =λ + 2µρ, (252)

c2t =µ

ρ. (253)

が得られる。この関係は非常に重要である。なぜなら、もし λ ≥ 0、µ > 0であれば、常に

cl =

√λ + 2µρ> ct =

õ

ρ(254)

が成り立つからである。つまり、縦波は横波より速いのである。

8.2 ラーメの弾性体方程式の縦波と横波の波動方程式への分離

さて、ここでラーメの弾性体方程式に潜む興味深い性質を見ておこう*30。一般に変位ベクトル u

は縦波成分 ul と横波成分 ut の重ね合わせとして記述できる:

u = ul + ut, (255)

ただし ul, ut は以下を満たさなければならない:

∇ × ul = 0, ∇ · ut = 0. (256)

(256)を (249)または (251)に代入すると、我々は次式を得る:

ρ∂2(ul + ut)∂t2 = (λ + 2µ)∇

(∇ · (ul + ut)

)− µ∇ ×

(∇ × (ul + ut)

)*28 26の p.293を参照。*29 これらは、ヤング率 Y とポアソン比 σ によって記述することもできる。その場合は、λ = Yσ

(1+σ)(1−2σ)、2µ = Y1+σ、

λ + 2µ = 2Y(1−σ)(1+σ)(1−2σ) のようになる。

*30 26の p.294を参照。

31

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= (λ + 2µ)∇(∇ · ul) − µ∇ × (∇ × ut). (257)

これを縦波と横波の2つの式に分離すると、

ρ∂2ul

∂t2 = (λ + 2µ)∇(∇ · ul), (258)

ρ∂2ut

∂t2 = −µ∇ × (∇ × ut). (259)

さらに (258)には両辺に ∇·をかけ、∇を前に出すと、

∇ ·[ρ∂2ul

∂t2 − (λ + 2µ)∇2ul

]= 0. (260)

一方 (259)は

ρ∂2ut

∂t2 = −µ∇(∇ · ut) + µ∇2ut (261)

となるから、これらから最終的に縦波と横波の波動方程式:

ρ∂2ul

∂t2 = (λ + 2µ)∇2ul = c2l ∇2ul, (262)

ρ∂2ut

∂t2 = µ∇2ut = c2

t ∇2ut (263)

を得ることができる。

このように、ラーメの弾性体方程式で記述される弾性波の縦波と横波の波動成分を見抜くことは

それほど難しくはない。特に波動を横波と縦波に再配列することは単純である。

8.3 ラーメの弾性体方程式の別表現

さて、ポドガイニとザイミドロガは、真空を一種の弾性体であるという仮定*31を採用する。この

仮定の下では、電磁場は真空中を伝播する一種の弾性波となる。こういう立場をとることにより、

我々はラーメの弾性体方程式と電磁場のマックスウェル方程式との間の関係を見つけたい。そこ

で、ポドガイニとザイミドロガは、横波成分と縦波成分を分離するために便宜的に次のような置き

換えを行った*32。

E = −∂u∂t, (264)

B = ∇ × u, (265)

W =c2

l

c2t∇ · u. (266)

*31 V. A. Dubrovskii, An elastic model of the physical vacuum, Akademiia Nauk SSSR, Doklady, 282, no.1, (1985), pp.83–88.

*32 彼らは CGS単位系で表しているが、本論文ではMKS単位系を使っているので、それに統一するために多少見た目の置き換えが異なる。

32

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これらを元のラーメの弾性体方程式に代入すると、次式が得られる:

1c2

t

∂E∂t+ ∇W − ∇ × B = 0. (267)

この方程式はラーメの弾性体方程式と等価である。表現の仕方を別のベクトルを使ったにすぎ

ない。

まず (264)の ∇×をとり (265)を使えば次式が得られる:

∇ × E = −∇ × ∂u∂t= −∂B∂t. (268)

次に (264)の ∇·をとり (266)を使うと、次式が得られる:

∇ · E = −∇ · ∂u∂t= −c2

t

c2l

∂W∂t. (269)

こうして以上の結果をまとめると以下のような微分方程式群が得られる:

∇ × B =1c2

t

∂E∂t+ ∇W, (270)

∇ × E = −∂B∂t, (271)

∇ · E + c2t

c2l

∂W∂t= 0, (272)

∇ · B = 0. (273)

これらはラーメの弾性体方程式の別表現であり、まったく等価な方程式群である。しかもこれら

はマックスウェル方程式に非常に似ている。マックスウェル方程式との違いは、W を含む項だけ

である。以下ではこの類似についてもう少し詳しく見ていこう。

8.4 ラーメの弾性体方程式とマックスウェル方程式との関係

さてラーメの弾性体方程式とこれまでに学んだ理論との関係を見てみよう。まず最初にマックス

ウェル方程式との関係を学ぶ。

方程式 (270)–(273)はマックスウェル方程式と非常に良く似ている。実際、非圧縮弾性体の場合

(∇ · u = 0)、スカラー波 W は

W =c2

l

c2t∇ · u = 0 (274)

33

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となるため、これを上の結果に代入すれば、我々は真空中のマックスウェル方程式の類似物を得る:

∇ × B =1c2

t

∂E∂t, (275)

∇ × E = −∂B∂t, (276)

∇ · E = 0, (277)

∇ · B = 0. (278)

ここでは当然電磁場に対応する E と Bは E = − ∂u∂t と B = ∇ × uで定義されている。

以上から、弾性体論における変位場 uはマックスウェル理論におけるベクトル・ポテンシャル A

に対応していることが分かる。

次に興味深いことは、連続体である弾性体が回転運動を行えない場合である。この場合は

∇ × u = 0であり、弾性体は液体や気体の場合に対応する。流体力学では、∇ × uは渦度 Ωに対応

するから、渦度がゼロ、すなわちΩ = ∇ × u = 0 (279)

の場合である。ラーメの弾性体方程式の場合では、この場合は (265)から B = ∇ × u = 0に対応す

る。すなわちマックスウェル方程式では磁場がゼロの場合がこれにあたる。この場合、(270)–(273)

から次式を得る:

1c2

l

∂E∂t+ ∇W = 0, (280)

∇ · E + c2t

c2l

∂W∂t= 0. (281)

これらは、ブレンデーレン–ワサー理論における (218) と (219) に類似のものである。ただしこ

のラーメの弾性体方程式の場合では、横波と縦波の速度が異なるが、ブレンデーレン–ワサー理論

では両者は一致している。すなわち、ct = cl = cである。それゆえ、(281)の左辺第2項の係数が

1となっている。これらのフーリエ変換により、この場合の電場は伝播速度 cl の縦波であること

が分かる。

8.5 ラーメの弾性体方程式とマイル理論との関係

次にポドガイニとザイミドロガのラーメの弾性体方程式の理論とマイル理論との関係を考察しよ

う。我々は6章でマイル理論を学んだ。そこではマイルは (165)の結果を得たが、その方程式から

はどうして縦波成分が存在するのか説明しなかった。ここではそれを議論しよう。なぜならドガイ

ニ–ザイミドロガ理論では、その点が明確になるからである。

まずマイルの波動方程式は以下のものである:

||v||2∇(∇ · B) − c2∇ × (∇ × B) =d2Bdt2 . (282)

34

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これと最初のラーメの弾性体方程式:

c2l ∇(∇ · u) − c2

t ∇ × (∇ × u) =∂2u∂t2 (283)

を比較しよう。これらが数学的には等価であることは明らかである。なぜなら H ↔ u, v↔ cl, c↔ct,

ddt ↔

∂∂t と見なせば良いからである。

8.2で学んだように、マイルの波動方程式から縦波成分と横波成分を直に見ることは難しいこと

ではない。全く同様のことを行えば良い。しかしここでは、ポドガイニ–ザイミドロガの理論の置

き換えに従って縦波と横波を判別できたように、マイルの波動方程式においても同様の置き換えを

試みる。それによって、興味深いことに、さらに変形されたマックスウェル方程式型の微分方程式

に帰着され、またマックスウェル方程式の数学形式に潜む仕組みを見ることができるからである。

例えば、(282)のような磁場の波動方程式を考える場合では、次のように新たなる場を定義する:

E = −∂B∂t, (284)

B = ∇ × B, (285)

W =v2

c2 ∇ · B. (286)

これらを使うと、以下のような新たなるマックスウェル方程式型の方程式群を得ることができる:

∇ × B = 1c2

∂E∂t+ ∇W, (287)

∇ × E = −∂B∂t, (288)

∇ · E = −c2

v2

∂W∂t, (289)

∇ · B = 0. (290)

これらは、形式上はポドガイニ–ザイミドロガのマックスウェル方程式(すなわち、ラーメの弾性

体方程式)と等価に見えるが、マイルの波動方程式と等価なのである。なぜならここでの E, BはBを基に作られているからである。

前に学んだように、もし ∇ · B = 0であれば、すなわちここではW = 0であれば、系は横波し

か存在し得ない。そしてその横波の伝播速度は光速度 c である。しかし、もし ∇ · B , 0 であり、

B = 0、すなわち、∇ × B = 0の場合は、

1c2

∂E∂t+ ∇W = 0, (291)

∇ · E + c2

v2

∂W∂t= 0. (292)

これらのフーリエ変換から、ω = vk が得られる。したがって、この場合における Eは、伝播速度v の縦波である。それゆえ、E = − ∂B

∂t であるから、元のマイルの波動方程式の磁場もまた縦波と

なる。

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今度はマイルのもう1つの電場の波動方程式を調べてみよう。マイルの電場の波動方程式は以下

のものである:

||v||2∇(∇ · E) − c2∇ × (∇ × E) =d2Edt2 . (293)

この場合も次のように新たなる場を定義できる:

E′ = −∂E∂t, (294)

B′ = ∇ × E, (295)

W′ =v2

c2 ∇ · E. (296)

これらから我々は以下の新たなるマックスウェル方程式型の方程式群を得る:

∇ × H ′ = 1c2

∂E′∂t+ ∇W′, (297)

∇ × E′ = −∂B′

∂t, (298)

∇ · E′ = −c2

v2

∂W′

∂t, (299)

∇ · B′ = 0. (300)

したがって、∇ × E = 0(すなわち、B′ = 0)の場合、我々は次式を得る:

1c2

∂E′∂t+ ∇W′ = 0, (301)

∇ · E′ + c2

v2

∂W′

∂t= 0. (302)

ただしここでは、

W ′ =v2

c2 ∇ · E =v2

c2

ρ

ε, (303)

E′ = −∂E∂t. (304)

(303)と (304)を (301)と (302)に代入すると、我々は最終的に以下の方程式を得る:

1v2

∂2E∂t2 = ∇

2E, (305)

1v2

∂2ρ

∂t2 = ∇2ρ. (306)

これらは (220)と (221)に対応する波動方程式である。しかしこの場合の電場と電荷密度は速度 v

で伝播する縦波である。すなわち電荷の粗密波が速度 vで伝播する。ラーメの弾性体方程式の性質

cl > ct から、縦波の伝播速度 vは横波の伝播速度 cより大きい。すなわち、v > cであり得る。こ

の状況は3章で学んだ固体中のプラズマ振動の場合にいくぶん似ている。

このようにしてポドガイニ–ザイミドロガ理論を使えば、マイルの波動方程式が縦波と横波を持

つ場合を明確に証明できるのである。

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8.6 ラーメの弾性体方程式とブレンデーレン–ワサー理論との関係

ブレンデーレン–ワサー理論とポドガイニ–ザイミドロガのラーメの弾性体方程式の理論との対応

も非常に興味深い。まずポドガイニ–ザイミドロガのラーメの弾性体方程式の理論では、電磁場と

スカラー波を以下のように定義する:

E = −∂u∂t, (307)

B = ∇ × u, (308)

W =c2

t

c2l

∇ · u. (309)

そしてこれらから以下の形式のマックスウェル方程式が導かれる:

∇ × B =1c2

t

∂E∂t+ ∇W, (310)

∇ × E = −∂B∂t, (311)

∇ · E + c2t

c2l

∂W∂t= 0, (312)

∇ · B = 0. (313)

これに対して、ブレンデーレン–ワサー理論では、まず最初に電磁場とスカラー波を以下のように

定義する:

E = −∂A∂t− ∇φ, (314)

B = ∇ × A, (315)

S = ∇ · A + 1c2

∂φ

∂t. (316)

そしてこれらから以下のマックスウェル方程式が導かれる:

∇ × B =1c2

∂E∂t+ ∇S , (317)

∇ × E = −∂B∂t, (318)

∇ · E + ∂S∂t= 0, (319)

∇ · B = 0, (320)

ただし対応をより明確にするために便宜上 J = 0, ρ = 0とおいた。

以上から分かることは、ポドガイニ–ザイミドロガの理論における、変位ベクトル uとスカラー

波W に対応するものが、ブレンデーレン–ワサー理論における、ベクトル・ポテンシャル Aとスカ

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ラー波 S であるということである。ただし、スカラー波 S の中には外部ポテンシャル φの時間の

偏微分が含まれている。もしこれがなれば、対応はほぼ完璧である。しかしながら、ブレンデーレ

ン–ワサー理論においては、縦波 cl と横波速度 ct は同一の光速度 c がとられているが、ポドガイ

ニ–ザイミドロガの理論では縦波速度 cl は横波速度 ct より大きいという違いがある。

8.7 電磁場の横波成分と縦波成分の分離

ポドガイニ–ザイミドロガの理論の興味深いところは、普通の横波のクーロン場(横波の光子)に

加えてもう1つの縦波のクーロン場(縦波の光子)を加えて明確に電磁場の中の縦波成分と横波成

分の分離を試みていることである。

一般に従来のマックスウェル理論やその拡張である量子電磁力学では、クーロン場はスピンゼロ

の質量ゼロの光子の重ね合わせとして扱われる。この仮定は光速度 cを持つ波動方程式 Aµ = 0

とローレンツ・ゲージの条件 ∂µAµ = 0、すなわち:

A =(

1c2

∂2

∂t2 − ∇2)

A = 0, (321)

φ =(

1c2

∂2

∂t2 − ∇2)φ = 0. (322)

∇ · A + 1c2

∂φ

∂t= 0, (323)

を要請することと等価である。しかしながら、もし我々が、クーロン場は質量ゼロのスカラー波 Λ:

Λ =(

1c2

∂2

∂t2 − ∇2)Λ = 0. (324)

との重ね合わせからできているという仮定を行うことによって、もう1つの可能性を認めれば、電

磁場を縦波成分(スカラー波)と横波成分に分離して記述することができる。ここでは、ct = cl = c

としている。

これを見るために、以下のように横波電場 Et と縦波電場 El を定義しよう:

Et = −∇φ −∂A∂t, (325)

B = ∇ × A, (326)

El = −∇Λ, (327)

W =1c2

∂Λ

∂t(328)

これらから、横波成分に対して:

− 1c2

∂Et

∂t+ ∇ × B = 0, (329)

∂B∂t+ ∇ × Et = 0, (330)

∇ · B = 0, (331)

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縦波成分に対して:

1c2

∂El

∂t+ ∇W = 0, (332)

∂W∂t+ ∇ · El = 0, (333)

∇ × El = 0. (334)

が自動的に成り立つ。

真空中では J = 0, ρ = 0である。もし φ = 0とすれば、Et = − ∂A∂t であるから、クーロン・ゲージの条件 ∇ · A = 0を満たし、∇ · Et = − ∂∂t ∇ · A = 0。すなわち、k · Et = 0。したがって (329)–(331)

を満たす電磁場は横波であることが分かる。これは通常の電波や光の伝搬に対応する。この時の伝

播速度は光速度 cである。

これに対して、(332)–(334) は縦波の伝播を表している。それぞれを El = E0ei(k·x−ωt)、W =

W0ei(k·x−ωt) のようにフーリエ変換すれば、

−ωc2 E0 + kW0 = 0, (335)

−c2ω

v2 W0 + k · E0 = 0, (336)

k × E0 = 0 (337)

を得る。これより、E0 ∝ k, ω = vkであるから、電場は波動の伝播方向に振動しながら速度 vで伝

播することが分かる。

8.8 スカラー波のエネルギー保存則

(332)に El をかけ、(333)に W をかけることから、次式を得る:

1c2 El∂El

∂t+ El · ∇W = 0, (338)

c2

v2 W∂W∂t+W∇ · El = 0. (339)

これらを加えると、次式を得る:

12∂

∂t

(1c2 E2

l +c2

v2 W2)+ ∇ · (WEl) = 0, (340)

ここでは ∇ · (WEl) = El · ∇W +W∇ · El を使った。したがって、この方程式からスカラー波に対応

する電磁場のエネルギー密度 εEW と sEW が以下のように定義できる:

εEW =12

(1c2 E2

l +c2

v2 W2), (341)

sEW = WEl. (342)

これらはブレンデーレン–ワサー理論の (236)と (237)において横波電磁場 Et, Bをゼロにしたもの

に対応する。

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8.9 ポドガイニ–ザイミドロガ理論のまとめ

このように、ポドガイニ–ザイミドロガ理論はスカラー波を持つマックスウェル方程式の重要な

側面を捕らえていることがわかる。これには3つある。第1は、真空を弾性体と見なした場合、

ラーメの弾性体方程式とマックスウェル方程式は等価であるということ;第2は、その場合に縦波

(スカラー波)は真空の圧縮伸長の結果であり、縦波の速度は横波の速度(光速度)を超えること

ができるということ;第3は、仮に電磁場の縦波成分が存在したとしても、これは横波と独立して

存在することができ、それゆえ従来のマックスウェル方程式は電磁場の横波成分を記述する方程式

としてそのまま変わらないということである。

ここで注意すべき点は、ポドガイニ–ザイミドロガ理論の場合には、ローレンツ・ゲージの条件:

∇ · A+ 1c2∂φ∂t = 0を要請するために、電磁場の縦波を作り出すにはまったく新しい、未知のスカラー

場 Λを導入しなくてはならないが、ブレンデーレン–ワサー理論の場合には、ローレンツ・ゲージ

でゼロとする量そのものをスカラー場 S = ∇ · A + 1c2∂φ∂t とするために、新たなる未知のスカラー場

を要請する必要はないということである。

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