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1 PEN October 2011 N E W S L E T T E R ISSN 2185 - 3231 Public Engagement with Nano- based Emerging Technologies October 2011 Volume 2, Number 7 PEN

ISSN 2185 - 3231 PEN · PEN October 2011 1 N E W S L E T T E R ISSN 2185 - 3231 Public Engagement with Nano-based Emerging Technologies October 2011

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  • 1PEN October 2011

    N E W S L E T T E R

    ISSN 2185 - 3231

    Public Engagement with Nano-based Emerging Technologies

    October 2011

    Volume 2, Number 7

    PEN

  • 2 PEN October 2011

    Table of Contents

    特別寄稿  速報 第 4 回 China NANO ……………………………………… 3

    連載 生物規範工学 第二回 Homo domesticus - 家畜化したヒト ……… 9

    海外動向 ……………………………………………………………………… 16

    短期集中連載 李仁植氏語る ④ …………………………………………… 20

    国内動向 ……………………………………………………………………… 23

    寄稿 「知財戦略とはなにか~発明研究所のすすめ」 第三回 ……………… 27

    速報 第 2 回 Korea-Japan R&D Collaboration Day ……………………… 30

    Cutting-Edge Technologies

        プレスリリースより ………………………………………………………… 31

        豊蔵レポートより ………………………………………………………… 43

        PE ヘッドラインより ……………………………………………………… 55

        MEMS 関連情報より …………………………………………………… 57

        台湾 ITRI レポートより …………………………………………………… 59

    イベント案内 …………………………………………………………………… 63

    編集後記 ……………………………………………………………………… 67

    Column コノシロ ………………………………………………………………………………………………… 22

    Column 被災地の人々の心に響いた MUSICMAN のライブ …………………………………………………… 19

    Column ミヤマカラスアゲハ ……………………………………………………………………………………… 15

    Cover:ノシメトンボ

    ノシメトンボは、アカネ属に属する大型のトンボです。おおよそ 10 センチメートル程度になり、翅の先端の帯状の褐色部分がよく目立ちます。ノシメトンボのノシは熨斗のことで、成虫の腹部の模様に由来します。人里で普通に観察できる種類であり、また比較的人を恐れないので、初心者向きの大変良い被写体です。初夏に飛び始めたノシメトンボも、11 月の声を聴くとそろそろ見納めです。

  • 3PEN October 2011

    特別寄稿

    速報 第 4 回 China NANO   (独)科学技術振興機構研究開発戦略センター 上席フェロー    産総研 特別顧問    田中 一宜

    1. 会議概要と背景

    2 年に 1 回、北京で開催されるナノテクノロジーの国際会

    議であり、日本で毎年 2 月に開催される Nanotech Japan

    や韓国で毎年 8 月に開催される Nano KOREA のような展

    示会主体のものとは明らかに異なる性格で、米国の材料科

    学会(MRS) のような位置づけと運営による世界的なナノ

    テクノロジー国際会議を目指している。今回そのことを確

    信した。2005 年の第 1 回、2007 年の第 2 回、2009 年

    の第 3 回に次いで 4 回目の開催である。私は第 1、2 回と

    今回、(独)科学技術振興機構(JST)では永野智巳が第 3

    回に出席している。

    会議の議長は Bai Chunli(白春礼)氏である。氏は、今

    回の組織主体で彼らが「ナショナルセンター」と呼ぶ国

    家 納 米 科 学 中 心(National Center for Nanoscience and

    Technology、NCNST)の理事長であり、かつ、2011 年 3

    月からは中国科学院(CAS)の総裁に就任し、ついに中国

    科学技術のトップの座についた。私が彼と初めて会ったの

    は 2002 年頃。2004 年の Asia Nano Forum(ANF) を設立

    した際に親しく話すようになった。会期中、超多忙である

    はずの彼が 3 度程顔を見せた。ナノテクノロジーにかける

    積極姿勢は明らかである。間隙をぬって、私は彼と会い、

    総裁就任のお祝いを述べ、NCNST の現状について簡単な

    説明を受けた。NCNST の現状については後述する。

    オープニングで会議の概要について Bai 氏から発表があっ

    た。40 カ国から 1000 人を超える参加者があり、招待講

    演者数は 128 人、パラレルセッション数は 10、ポスター

    論文が 900 件であった。NCNST は、2003 年 12 月に中国

    で最初に設立されたナノテクノロジー科学のナショナルセ

    ンター。ただし、単なるセンターという軽い響きの組織と

    は違い、CAS の総裁 Bai 氏が理事長を務める、言わば全中

    国の数多くのナノテクノロジー組織の頂点に立つエリート

    研究所である。その NCNST が今回の会議の単一オーガナ

    イザーということは、中国中央政府肝いりの国際会議だと

    言うことである。

    招待講演者として各国からのトップ研究者が揃えられ、会

    議の運営も参加登録を含め効率良く進められた。絶対的な

    特徴は、参加者の 95%までは大学院学生であり、女性が

    半分程度いて、各セッションでの質問はどんどん出るとい

    うことである。概して、講演者の英語の質は日本人以上で

    ある。若者の国際会議におけるマナーには大きな変化があ

    り、研究の質も確実に上がっている。研究の質の向上につ

    いては後述する。唯一、会場での携帯電話の呼び出し音は

    相変わらず。この不作法は困ったものだ。グラフェンのセッ

    ション、太陽エネルギー関係のセッションは常時立ち見の

    盛況であるが、他のセッションも招待講演の際には、どこ

    もほぼ満席の盛況。全米科学財団(NSF)の Mihail C.Roco

    氏、産総研の飯島澄男氏、韓国ナノテクノロジー幹部の

    JoWon Lee と HaiWon Lee の両氏とも会い、話す。Roco

    氏と飯島氏は、オープニングで第 1 回 China Nano Award

    を受賞した。

    International Conference on Nanoscience and Technology, China 2011

    会期:2011 年 9 月 7 ~ 9 日

    会場:中国北京 Chinese National Convention Center

    主催:National Center for Nanoscience and Technology(NCNST)

    後援:National Steering Committee for Nanotechnology

    協力:科学技術部、教育部、国家自然科学財団、中国科学院、中国科学技術協会

  • 4 PEN October 2011

    2.オープニングセッション

    Bai 氏の両脇には、Roco 氏と飯島氏が座り、中国科学技術

    関係の要人らがさらに横に伸びて並び、全体で 12 ~ 3 名

    のひな壇で開始。広大な plenary room に 1000 人以上の

    若者。巨大な看板、2 つのスクリーンと IT 機器、会場設

    営の人々の動きもキビキビしている。1984 年、CAS に招

    待されて初めて訪中した時に比べると隔世の感あり。中国

    のナノテクノロジーへの投資は、年間約 400 億円。ちな

    みに韓国は約 153 億円。オープニングの目玉は、今回を

    第 1 回として今後続く ”China NANO Award( 中国ナノ賞 )”

    という国際賞の創設。世界の偉大な ”NANO 貢献者 ” に授

    与するもの。第 1 回受賞者が、Roco 氏と飯島氏の 2 人。

    授賞式に引き続きそれぞれ 1 時間の基調講演が行われた。

    Roco 氏の話は何回か聴いているが、要約を以下に記す。

    ■この 10 年に進展したこと

    (1)科学技術としての進展がシステムに関するものに

    移行しはじめた(特に 2010 年度にその徴候)。今後は

    general-purpose technology へ移行していく。

    (2)Nanotech Safety へは現在、国家ナノテクノロジー戦

    略(NNI)全体の 15%を投資。今後、益々重要。

    (3)NNI の R&D User Facilities が充実した。Network for

    Computational Nanotechnology(NCN)は世界のナノテク

    ノロジー研究者に広く使ってもらっている。

    (4)NNI の Education Network も機能している。

    ■一方、過去 10 年に上手く進まなかったこと

    (1)Materials in Design (設計して作る材料技術)

    (2)Sustainable Development Projects

    (3)Social awareness of nano-EHS and nano-ELSI

    ■ Nanotechnology Signature Initiative として今後重点化

    されること

    (1)Sustainable Nano-Manufacturing

    (2)Nanoelectronics

    (3)Nanotechnology for Solar Energy

    ■具体的な要求として重視していること

    (1)Nanotech Systems Engineering Center の設立。

    (2)Public-Industry Complex の 形 成(Albany, Grenoble,

    TIA, etc.)

    (3)Solar Economy by 2015.

    最近、米国の話題は、科学技術政策局(OSTP)が発表し

    た ”Advanced Manufacturing Partnership” の一部として、

    材料基礎研究の成果が産業につながるまでの期間を従来の

    1/2 にするための ” Materials Genome Initiative” である。

    これは、材料の設計期間を短縮するなど、Roco 氏の指摘

    に対応するものでもある。

    飯島澄男氏の話はカーボンナノチューブ(CNT)を中心

    にしてグラフェンに及ぶ。飯島氏の講演内容については

    後述する。オープニングセッションにおけるもう 1 人

    の基調講演は、米国 Rice 大学の Naomi J. Halas 氏によ

    る ”Plasmonics advances and opportunities in nanoscale

    optics”。プラズモニクスは太陽電池への利用等、最近、再

    び盛んになってきている。Lunch time に彼女に会ったの

    で「素晴らしい話だった。ところでナオミというのは日本

    女性の名前と思うが」に、「Naomi はヘブライ人(つまり

    ユダヤ人)の名前だ」とのこと。Bai 氏は オープニングセッ

    ション終了前に会場を去った。

    3.NCNST の現状

    2003 年設立以来、現 CAS 院長の Bai 氏が強力にサポート

    してきた。現在も Bai 氏が NCNST の理事長である。実質

    の管理体制としては、主任の Chen Wang 氏が所長として

    全体を統括している。背が高く温厚な紳士である。副主任

    の Xing Zhu 氏にも会ったが、北京大学の物理学科教授で

    学長補佐も兼務している。大物が顔をそろえている研究所

    で、ナノに関するものは、材料、デバイス、プロセス、評価、

    標準、EHS など、総てのラボがあり、人材も、学生もトッ

    プレベルを集めていて小規模ながら理研を思わせる。130

    人の職員の中、111 人が研究者及び技術者。その内訳は、

    CAS の 3 人のフェロー、”CAS 100 talents Program” でグ

    ラントを受けている 11 人、教授 28 人、准教授 23 人、そ

    してシニア技術者達である。NCNST 独自の PhD プログラ

    ム(博士審査権)を持っていて、現在、141 人の学生(76

    人の博士候補者、60 人の大学院修士学生、5 人の海外か

    らの学生)、そして、12 人のポスドクが働いている。

    つまり、今回の会議に参加している 1000 人規模のうち、

    100 人以上が NCNST の大学院学生ということになる。所

    長の Chen Wang 氏も、参加しているのはほとんどが大学

    院生であり、ポスドクは多くないと言う。

    Bai 氏は 7 ~ 8 年かけて、NCNST を中心的な研究所に育

    成してきたが、一つの大きな科学技術戦略上の拠点として

    政治的な役割も持たせている。特に米国との関係を強化し

    ている。

  • 5PEN October 2011

    (1)米国国立がん研究所(NCI)と NCNST は過去、共同

    シンポジウムを開催してナノバイオ関連の国際人脈を形

    成。Bai 氏が中国側代表を務めている。NCI は米国国立衛

    生研究所(NIH)傘下。

    (2)Bai 氏は数年前に米国科学アカデミーの会員になっ

    ている。そして今回は、NCNST が組織主体である China

    NANO Award の 第 1 回 受 賞 者 の 1 人 と し て 米 国 の Mr.

    Nanotechnology である Roco 氏を選んだ。両国のナノテ

    クノロジーに関する政策上のキーパーソンがエールを交換

    した形になった。

    (3)”Nanoscale“ と い う 国 際 学 術 誌 を Royal Society of

    Chemistry(RSC)と NCNST の共同編集で発刊。最初の

    official impact factor は 4.11 とかなり高い。Bai 氏がアジ

    ア地域の Regional Editor である。これは、米国 MRS が

    MRS Bulletin を、また米国 APS が Phys. Rev. Lett. を持つ

    ように、China NANO を MRS 型の国際会議にしようとす

    る戦略に見える。それを運営する組織が NCNST である。

    4.Scientific Program から

    グラフェン関係では実に多くの中国内外からの招待講演と

    論文が発表された

    - Young Mee Lee (韓国成均館大学)“ CNT and Graphene

    in Electronics ”

    - Zhongfan Liu (北京大学)“ Controlled CVD Growth and

    Photochemical Engineering of Graphene ”

    - Jin Zhang ( 北 京 大 学 )“ Graphene Surface Raman

    Scattering” など多数。

    ITO と異なり、グラフェンは曲げに対しても抵抗は変化し

    ないので flexible 基板、Printed Electronics の思想に合致。

    いかにして、大面積で高品質のグラフェン膜を作るか、が

    鍵である。そのための Cu などの金属基板の選択、触媒効果、

    カーボンの solubility が問題である。半導体として使うに

    はバンドギャップオープニングと制御が重要だが、多層に

    する、リボン状にしてサイズを変える、あるいは単結晶大

    面積技術の確立などが議論された。昔の中国ではあり得な

    かった極めて精緻なナノ計測を利用した物性議論が、国内

    有力大学の教授クラスの人達から報告されるようになって

    いる。Graphene-enhanced SERS などはその好例である。

    エネルギーとナノテクノロジーという立場で優れた招待講

    演あり

    - Yi Cui ( ス タ ン フ ォ ー ド 大 学 )“ Nanomaterials and

    Devices for Energy Transformation and Storage ”

    この話は spectacular で、まとめ方も素晴らしかった。ナ

    ノ材料の視点で、デバイスにおける光子、電子、イオン

    の挙動を manage する具体的な技術、デバイス構造、背

    景 の 物 理 が 話 さ れ た。Nanocone solar cell / 光 反 射 防

    止・吸収係数増大・電子の再結合防止、あるいは a-SiH の

    nanodome 太陽電池、エネルギー貯蔵として電池における

    イオン伝導改善のための Si ナノワイヤ作製。10 数年前に

    JRCAT で金山敏彦グループが Si ナノ柱を作ったが、その

    柱を結晶方位を変えて成長させ、イオンのチャネル断面積

    を変えるなど、実にナノ技術らしい基礎研究である。この

    あたりは日本の得意とするところだが、今、このようなしっ

    かりした仕事が日本にあるのか、気になるところ。

    名古屋大学の Eiji Yashima さんの分子設計

    - Eiji Yashima(名古屋大学)“ Functional Helical Polymer

    as chiral materials ”

    素晴らしい分子デザイン力と AFM イメージの美しさが印

    象的。プレゼンテーションも良かった。

    NCL の研究成果を一部公開

    5 年 前 に、 米 国 の 標 準 技 術 研 究 所(NIST)、 国 立 が ん

    研 究 所(NCI)、 食 品 医 薬 品 局(FDA) の 共 同 プ ロ ジ ェ

    ク ト と し て 設 置 さ れ た 電 子 工 学 と バ イ オ の 学 際 的 な

    Nanotechnology Characterization Laboratory(NCL、フレ

    デリックの軍施設内にある)の成果の一部が発表された。

    - Piotr Grodzinski (NCI)“ Cancer Nanotechnology

    - Opportunities and Challenges - View from the NCI

    Alliance for Nanotechnology in Cancer ”

    ナ ノ 粒 子 を が ん に 送 達 す る た め の 条 件 は、Safety +

    Targeting + Selectivity であり、その例の 1 つが、Folic

    Acid-conjugated Silica-modified Au nanoparticles である。

    これらの成果は NCL で生まれたもので、すでに患者の協

    力も得ながら研究が進んでいる。

    5.Mihail C. Roco 氏との話

    短い滞在だったが、Roco 氏とは時間を惜しんで話した。

    会 議 前 日 の Welcome Reception で Ball Room へ 行 っ た

    ら、遠くで Roco 氏が手を振っている。10 人掛けの円卓が

    100 卓ほど Ball Room 一杯に並んでいる広大な空間で良く

    わかったものだと思った。このときは、挨拶だけにして、

    NCNST の所長の Chen Wang 氏と中国国家自然科学財団の

    主任研究員 Sishen Xie 氏とも握手。明日時間を見て意見交

    換を約束。Opening の前にも日米の近況について立ち話。

    その後も、ランチの後、朝食時など数回話す機会があった。

    (1)Roco 氏は基調講演で、いくつかの統計を紹介した。

    そのなかに、学術論文誌へのナノテクノロジー論文年間掲

    載数の推移が各国別に示されているスライドがあった。そ

  • 6 PEN October 2011

    こに 2008 年から 2010 年の 3 年間について日本は完全な

    横ばい ( 下がり気味 ) で他の主要国から取り残されたよう

    なグラフがあった。彼は 「この理由について私は分からな

    い」 と講演中に説明。それを私に訊いてきた。私は次のよ

    うに説明した。総合科学技術会議(CSTP)が領域重点型

    から課題解決型に舵を切ることについては 3 年前から議論

    があり、象徴的な領域として「ナノ」を切る姿勢がはっき

    りしていた。それが民主党になって、さらに科学技術政策

    は迷走し、いまだに実質的な過去 10 年の総括さえ実施さ

    れていない。我々の独自の定量的調査によれば「ナノテク

    ノロジーの投資効果は他の領域に比較してかなり希望を持

    てるもの」であったにも拘わらず、である。一つには、こ

    のような中央の姿勢が関係しているだろう。もう一つ重要

    視しているのは、2000 年に入って、国立研究所、国立大学、

    と相次いで法人化されマネジメントが大きく変わったこと

    の影響である。とくに、組織や個人の評価を毎年定量的に

    実施している影響として、長期的な視野が失われ短期成果

    主義に走る傾向が顕著である。この様なマネジメントがど

    のような効果を生み出したのか 10 年間の注意深い分析評

    価が必要だろう。その一部が彼の示したグラフに関係して

    いるとしたら恐ろしいことである。

    (2)NNI についての私の質問は「2011 年以降の議会によ

    る reauthorization が難航していると聞く。その後どうなっ

    ているのか」。Roco 氏は「確かに厳しい時間を過ごしたが、

    現在ようやく良い方向に動き始めた。オバマ大統領は元々、

    pro-science ではない。そのなかでエネルギー省の Steven

    Chu 長官は苦労している。やや arrogant で political になっ

    たが、十分に合理的な方法で科学技術政策を推進している

    といえる」。 Nanotech Systems Engineering Centers は全

    米で 3 つ要求していてすでに approve されているそうで

    ある。「大学はよほど自己の文化を変えていかないとセン

    ターは成功しないだろう」と彼のコメント。

    (3)Bai 氏は CAS の総裁になってすぐ、幹部を連れて

    Roco 氏を訪問し、NSF との関係をさらに緊密にしたいと

    申し入れたそうである。米中間の協力には、政治的な制限

    がいくつかあるが、今後多面的に進むだろう。NCNST の

    前述の活動はそれを如実に語っている。

    6. 飯島澄男氏とグラフェンの話

    今回は、飯島氏と合計数時間も話し込んだ。日本にいると

    なかなかこのような時間を取れないが、外国では、意外と

    それが可能である。昨年は、ハノイで(独)物質材料研究

    機構(NIMS)理事長の潮田資勝氏とやはりゆっくりと話

    し込む時間があった。飯島氏とは久しぶりだったので、レ

    セプション後に、ホテルのロビーでマルガリータを飲みな

    がら談笑。炭素系ナノ材料の権威が話してくれた韓国と日

    本を中心とするグラフェン事情である。

    飯島氏は韓国の私立大学である成均館大学先端ナノテクノ

    ロジー研究所の Dean を務めているので事情に詳しい。成

    均館大学は韓国の私立大学では延世大学・高麗大学に次い

    で有名な大学だそうで、サムスンとも関係が深く、韓国国

    内では最も質の高いグラフェン研究を実施しているし、研

    究開発資金も取ってきている。Geim と Novoselov の両氏

    がノーベル賞をもらったが、コミュニティ内部では、もう

    一人もらっても良いと考えられていた人がいて、それが米

    国 Columbia 大学の Phlip Kim 氏(韓国出身 ) だそうであ

    る。この Philip Kim 氏が成均館大学に肩入れしているとの

    こと。

    韓国もシンガポールも、グラフェンの研究開発に対して

    数年間 300 億円程度の大きなプロジェクトを起こしたが、

    日本では遅れている。しかし、つくばイノベーションアリー

    ナ(TIA)の傘下の技術研究組合単層 CNT 融合新材料研究

    開発機構(TASC)が今年補正で 5 億円を獲得、次年度も

    経産省は出すと言っているようである。飯島氏は、産総研

    新炭素センター内の長谷川氏(DLC を研究)に、大面積グ

    ラフェンの作製に絞って挑戦させている。TASC には、東

    芝、帝人、カネカなどの企業が参加してグラフェンを研究。

    カネカでは人材として村上氏をパナソニックからリクルー

    ト。彼は昔、ERATO の吉村パイ電子プロジェクトで吉村

    進氏の下でシート状グラファイトを研究していた。その関

    係でカネカは村上氏にグラフェンの研究を進めさせている

    とのこと。ちなみに吉村氏は、私の学科の 1 年後輩であり、

    松下東研(のちの松下技研)に 5 年間私とオーバラップし

    て在籍していた。

    飯島氏によると成均館大学でも、中国の大学と同様、論文

    が Nature 誌や Science 誌に採択されたら研究者に報奨金

    として現金 500 万円が支給される。中国の例では、南京

    大学で 1 万元、江南大学で 5 万元というのが 4 年前に私

    が直接聞いた話であった。

    大面積グラフェンについては、最初に Cu の上に作製した

    テキサス大学の Rodney S. Ruoff 氏の貢献が大きいと言う。

    Cu は Carbon の solubility が低いのがみそ。産総研の飯島

    センターでは、長谷川氏がさらに基板温度を低温にして

    solubility を下げるという。

    China NANO Award の副賞は 2000 ドルだったそうである。

  • 7PEN October 2011

    15、6 年前に私がいただいた Mott Award の副賞と同じと

    は、意外と渋ちんではないか。

    7.JoWon Lee 氏との話

    韓 国 の "Mr. Nanotechnology" JoWon Lee 氏(Hangyang

    Univ.)は今回テラレベルナノデバイス国家プロジェクト

    が終了し、招待講演者として参加。8 日の朝食時、私のテー

    ブルにやってきていろいろと話した。

    (1)「韓国では世界に例を見ないような強力な科学技術政

    策の決定機構を設定したが、うまく動き始めているか」の

    私の問いに対して、即座に、「私はそうは思わない」と言

    い放った。「上手くいくはずがない。すでに、大統領との

    間に、別のチェック機構を介在させようとの動きがある。

    科学技術に関してあのような大きな予算権限を与えたこと

    に対して各省が大きな反発。いずれ遠くない時期に元に戻

    るだろう」。

    (2)グラフェンの将来性については。「そう大きなインパ

    クトは残せないだろう。透明導電膜がいいところではない

    か。サムスンは今、細野 TAOS に注力している。デバイス

    としては、単層で大面積単結晶を作ることが難しいだろ

    う。」Multi-layer なら可能性があるかも知れないが、半導

    体としての使われ方には限界があるだろう。透明電極なら

    ば、多結晶で大丈夫。

    (3)「NanoKOREA では韓国の基礎研究のレベルが確実に

    上がっている」との私の感想に対して「日本はなぜ元気が

    ないのだ。教育の問題とも聞いているがお前はどう考えて

    いる?」と訊いてきた。私は日ごろ感じていることを彼に

    素直に話した。「教育は最も大事な問題だが、より本質的

    な問題が背景にあるだろう。日本はアジアの中では、戦後、

    近代資本主義を信奉して経済大国と言われるまでに成長し

    た市場経済の成功者であり、良くも悪くも物質文明の成熟

    した社会である。グローバル競争のなかで、社会の変化は

    人のライフサイクルよりも短時間に目まぐるしく変わり、

    その速さに人は付いていけない。結果、家族という単位は

    壊れ、固有文化も失われていく。物質的には豊かになった

    ものの格差はますますひどくなり、自殺者も出る。しかし、

    韓国の高齢者の自殺率や少子化の程度は、日本よりも高い

    ことを知っているか?また、中国の年間暴動数は 5 年前は

    5 万件~ 8 万件だったが、最近は 30 万件と報告されている。

    韓国、中国は、近い将来、急成長した分だけ大きな問題を

    抱えるだろう」。JoWon Lee 氏は「韓国は昔、社会が二層

    に分かれていて、それなりの安定があった。両班(やんば

    ん)とその下の層である。朝鮮戦争以後はまったく消え去っ

    てしまった」とコメント。昔のほうがよかったというニュ

    アンスに聞こえた。

    8.会議雑感

    会場、滞在ホテルと周辺の環境

    今回の会場は、4 年前の Beijing International Convention

    Center とは違って、3 年前のオリンピック以後に周辺

    を整備して一気に作られたと思われる Chinese National

    Convention Center という巨大な建物である。この会場に

    2 階でつながっているホテルが InterContinental Beijing

    Beichen Hotel。米国流の室内レイアウト、効率の良い

    サービス、室内プールまで完備。「鳥の巣」と呼ばれるオ

    リンピック陸上競技場を中心にして Beijing International

    Convention Center の反対側にある。片側 3 車線の道路が

    整備され、周辺はオリンピック公園などに囲まれて新しい

    巨大なビルが空間を贅沢に使って並ぶ。堂々とした国際都

    市の風貌。しかし、淀んだような空気はあまり変わらない。

    4 年前には 10 分歩くと目が痛くなったが、その時よりは

    かなり改善されている。

    Registration Desk にて

    On-site Registration の看板の出ているデスクに行き、大

    学院学生と思われる小柄な女性に登録の手続きをお願い

    した。登録費 500 ドルと Banquet 費 40 ドルを併せて支

    払った後、ホテルの部屋に帰ってからプログラムを見たら

    Banquet は最終日 9 日の夜であることがわかる。私は、9

    日に帰国するので Banquet には出られない。デスクに引き

    返し、ダメモトで「40 ドルは払い戻してくれるか」と登

    録をしてくれた女性に聞いてみたら、ニッコリ笑って払い

    戻してくれた。私の中国における諸経験からすると NO を

    予想していたが、若い女性の態度も含め、洗練されたマナー

    に感心した。建物や道路ばかりでなく、少なくともこの会

    議のスタッフの応対振りも確実に改善されている。

    レセプションとランチ

    歓迎レセプションは、通常、Banquet とは違い、軽いス

    ナックとワインなどの飲み物を用意した立食形式が多い。

    今回は、レセプションも毎日のランチも、広大な空間をも

    つ1階の Ball Room にて中華料理と西洋料理のバイキング

    方式で行われた。つまり、各料理が長いテーブルに用意さ

    れ、人は1列に並んでそれをピックアップし、100 卓はあ

    る 10 人掛けの円卓に自由に座り食するのであった。料理

    のラインは、6 列くらい用意されているのでそれほど待つ

    こともなく、円卓も自由に選べた。食べ物が豊富なので、

  • 8 PEN October 2011

    この時間帯は幸せでにぎやかである。圧倒的な数の学生が

    いるから、ランチ時は、12 時に行くと会場はすでにいっ

    ぱいである。エネルギーにあふれていてうらやましい限り

    である。この会場で、招待講演者の筑波大学の重川氏や

    カリフォルニア大学のカリフォルニアナノシステム研究所

    (CNSI)の教授 Paul S. Weiss 氏にも会った。

    中国の大学院学生たち

    China NANO 2011 の主役は大学院生たちである。1000

    人規模の若い人たちが各セッション会場で懸命にメモを

    取ったり、スライドを写真に撮っている。グラフェンや太

    陽電池のセッションは立ち見の盛況で、講演後の質疑も活

    発である。95%は若い人たちで、女性も半分近くいるだ

    ろう。日本と何が違うか。幹部以外に、ほとんど私のよう

    なシニアが居ない、女性が多い、質問をよくする、という

    点である。900 のポスター発表のほとんどが大学院学生の

    ものと聞いた。

    今回強い印象を受けたのは、若い人たちの基本マナーであ

    る。私が「グラフェン」の会場に入ったとき、ドア近くま

    で立ち見の人で一杯であったが、私を見て、2、3 人の若

    者が立ってきて私に「席を空けるから座れ」と言うのであ

    る。顔を知らない中国の若い人からそのような親切を受け

    たことはないし、最近では日本の学会でもそのような経験

    はないので、本当に驚いてしまった。学会中に、何回もこ

    のようなことがあり、お陰で私は混んでいる会場でも立ち

    続けることはなかった。衣食足りて礼節を知る、とは中国

    の言葉でしたね。

    興味をもって、今回は若い人たちに何回か質問をして彼ら

    と交流した。彼らの半分は英語がたどたどしかったが、半

    分はきちんとした英語を話した。そのなかで最も印象に

    残ったのは、東華大学の大学院修士コース在学中の Wen

    Zhang さんという女子学生である。コーヒーブレイクで

    クッキーとコーヒーを持って小さな立食テーブルに行った

    ら、彼女がコーヒーを飲んでいた。「話してよいか?」と

    聞くと「あなたはとても親切だ」という。「なぜ?」「友達

    以外で私に話しかけてくれた最初の人だから」。彼女は繊

    維関係のナノテクノロジー研究をしているが博士課程には

    進まない。進む方向をまだ絞る気になれないのだそうだ。

    目を輝かせながらにこやかに話す。「将来の夢は?」の陳

    腐な問いには直接答えず、「私は一人娘なので、両親も祖

    父母も私に期待をかけていて、私は何か立派な人になら

    なくてはならないというプレッシャーをいつも感じてい

    る。中国の一人っ子政策は間違っている。」と政府を批判。

    China NANO の幹部は決して政府批判をしないが、若い人

    たちは自由である。日中の文化の話を 10 分ほど楽しんだ

    あと、彼女は私に「なぜ、そんなにいつまでも働くのか?

    もっと自分の人生を楽しんでもよいのではないのか?」と

    聞いてきた。“That’s the question I keep asking myself” が

    私の答え。彼女は最後に「私と話してくれてありがとう。」

    と言い、私に名刺をくれた。翌日、ポスター会場で彼女を

    見かけた。ポスターの準備中だった。私に気がつくと屈託

    のない笑顔で私に手を振った。

  • 9PEN October 2011

    1.はじめに

    子供の頃から家の外で過ごすことが好きだった。母が「も

    う夕飯の時間だからおうちに入りなさい」と呼びに来るま

    で外で遊び、泥だらけの体を洗わないと家に入れない。遊

    び相手は、もちろん近所の子供たちだったが、学年を超え

    た遊びの輪は、知らず知らずのうちに少年たちに自然への

    接し方を教育していたのだと思う。飛蝗釣りには、バッタ

    はいらない。糸と短い棒があればいい。蜻蛉釣りには、ト

    ンボを糸につけて飛ばすのもいいが、糸の両端に小石を

    結んで、クルクルと空中に放り出すのも有効だ。オニヤン

    マが糸に絡まって落ちてくる快感!ザリガニ釣りには糸だ

    けもって出かけて、途中で蛙をつかまえて皮を剥ぎ餌にす

    る。皮を剥がれたカエルは、あたかも何もなかったかの如

    くピョンピョンと跳ぶ。自分たちの巣(隠れ家)を作るに

    は太い枝で枠を組み上げたのちに、風雨を防ぐことができ

    る松の葉を壁材にするといい。石を飛ばして何回水面の上

    を滑らすことができるかを競うときには、石の形と大きさ

    の選別と、水面への投入角度が重要だ。長じてからこれら

    の遊びを思い返すと、理にかなっている所作であることに

    驚きを覚える。

    そんな楽しいことは、すべて別々の能力をもった友達から

    教わったり、高い能力をもつ者の仕草を傍でじっと見て物

    まねすることで覚えたりしたのだ。そこには伝承文化があ

    り、その文化は子供たちの中で改変され、新しい文化が構

    築されていた。

    2.生命の誕生と「食う・食われる」の関係

    地球は 46 億年前に誕生した。それからおよそ 8 億年を経

    て生命の祖先ができた。地球の地殻がもっている元素が、

    重量比で酸素(O)、ケイ素(Si)、アルミ(Al)、鉄(Fe)

    であるのに対して、生命を構成している元素のそれは、酸

    素(O)、炭素(C)、水素(H)、窒素(N)である。生命

    は、地殻に存在している元素の比率とは異なる元素比率に

    することを選んだ。生命は、これらの素材を用いて有機物

    と呼ばれる高分子を造り上げ、それらを組み合わせて複雑

    な形をなしている。38 億年前の生命がどのように誕生し

    たかは諸説あるところだが、とにかく生命誕生後は、「生

    命は、生命から誕生する」とされる。生命の連続性を考え

    ると、我々のご先祖様は、原核生物と呼ばれる1μ m 程

    度の大きさの、細胞膜で囲まれた単純な構造物ということ

    になる(この単純な仕組みさえ人は十分に理解できていな

    いが…)。

    生命誕生後の最大の出来事は、シアノバクテリア(藍藻)

    と呼ばれる原核生物が光合成を始めたことだ。光合成は、

    二酸化炭素と水を材料に、有機物を合成し酸素を放出する。

    それまで二酸化炭素が優位だった生命周辺の環境が、シア

    ノバクテリアが大発生した 20 億年ほど前に一変し、酸素

    優位の環境に改変されてしまった。生物が自ら地球環境を

    大きく変えてしまったのだ。その後、原核生物に比べて、

    長さで 10 倍、体積で 1000 倍も大きな真核生物が誕生し、

    およそ 5.4 億年前の「カンブリア紀の爆発」を迎える。多

    様な多細胞生物の出現である。

    生物学の教科書には、「ほとんどの動物の祖先がカンブリ

    ア紀に出現したと考えられ、この時代に多様性が増大した」

    と書かれていることが多い。私は、生物の多様性が高まっ

    たのは「当時出現した動物同士の相互関係が生じた」結果

    であり、訳もなく偶然、多様性が増大したのではないと考

    えている。動物は、従属栄養生物であると云われるように、

    他の生命体を食うことによって栄養を獲得している。他者

    の栄養に従属しているので、常に食い続けなければならな

    い。エントロピーは増大するという法則に反して個体や細

    胞の秩序性を維持するためには、良質のエネルギーが必要

    だ。常に食い続けるということは、自分自身も他者の餌に

    なる可能性が生じる。ここに「食う・食われる」という関

    係が生じ、その後、現在に至るまでその関係が続く。太陽

    から降り注ぐ光エネルギーを源として、自身でエネルギー

    を獲得することのできる独立栄養生物である植物を食べる

    動物たちがいる。その動物を食べ、栄養と呼ばれるエネル

    連載 生物規範工学 第二回

    Homo domesticus - 家畜化したヒト浜松医科大学 針山孝彦

  • 10 PEN October 2011

    ギーが各動物の間を移動するという「食物連鎖」がおこる。

    食物連鎖の中で生き残るためには、うまく餌を見つけ、敵

    からはうまく逃げることが必要だ。餌になる生き物からの

    反撃をいかにかわして怪我をしないでどのように食うか。

    そこで、性能の良い感覚器(センサー)と情報処理器(コ

    ントローラ)、そして効果器(アクチュエータ)が不可欠

    になった。性能の良い動きを獲得した動物は、種内競争を

    行うことにもなった。異性を獲得するための工夫を凝らす

    のだ。子孫を複製する方法として性が存在していることは、

    遺伝子の変化による形質の改変が起こりやすくなり、個体

    群がもつ遺伝子のバラエティーが増えることに繋がる。各

    個体は生死をかけて自身の遺伝子を残すことができるか否

    かの試合に参戦する。

    子孫を残すため、生き残るた

    めの行動は複雑になり、コン

    トローラは高度な演算処理が

    できるようになる。雄と雌は、

    自身がもつ情報処理能力を駆

    使して子孫繁栄のために努力

    する。しかし獲得形質は個体

    の遺伝子の改変を伴わないの

    で、努力を重ねた形質は子孫

    には伝わらない。たまたまもっ

    ていた遺伝子によって、ほん

    の少しだけ他の個体よりも有

    利な仕組みを表出できた個体の

    遺伝子が次世代により多く伝わ

    り、他の個体がもつ遺伝子はどうにか生き残るか、環境が

    厳しければ淘汰される。少しずつだが着実に情報処理能力

    は改変され次世代の個体ができる。繁殖は同一種の雌雄間

    でしか行うことができないので、繁殖に関わる行動は、同

    種内の異性および同性間で決まった行動様式をとるように

    なっていく。ときには雄は雌の気をひくためにより良い住

    まいを作り、食べ物をプレゼントしなくてはならない。よ

    くモテる雄と、眼力のある雌の子孫が残されるということ

    を世代に渡って繰り返すうちに、種独自の情報交換の仕組

    みが出来上がっていった。ミツバチはミツバチ同士、カエ

    ルはカエル同士、ヒトはヒト同士の情報交換が得意になり、

    他種の情報処理系を簡単には理解できない。それぞれの種

    内で情報処理の基本設計が決まっていってしまうので、異

    なった種間での情報の共有が難しくなる。結果として、同

    種の視線だけを気にして魅力的に見られるように振舞う努

    力をし、同種が構築した世界の中だけで生きることになる。

    生き残るための情報取得も重要な要素である。種特有の「視

    覚世界」の例として、ヒトにはまったく見えない紫外線を、

    昆虫はもちろん脊椎動物の魚やトカゲや鳥などが受容でき

    ることが挙げられる。ヒトには一色の白い花としか見えな

    いものでも、その花の蜜を吸う蝶やハチドリには紫外線の

    反射や吸収による複雑な文様が蜜のありかを知らせる道し

    るべ(蜜標)として機能する。多くの動物は紫外線を色情

    報として感じることができる。受容器レベルの種による違

    いを例として挙げたが、コントローラ自身も種によって異

    なっている。つまり、動物たちは、前述の進化の仕組みの

    結果、それぞれ種独自の情報処理によって、同じ環境を違

    う見方で見ているのだ。この種特有の情報処理に基づいて、

    ある個体が生息環境や種々の生物や仲間との相互関係の中

    に構築した情報世界を「環世界 1」という。ヤーコブ・フォ

    ン・ユクスキュルが提唱した概念である [1]。

    進化を繰り返した結果、各個体がもつ遺伝情報に従って作

    り上げられた身体の各部分、特に脳によって構築されてい

    る種特有の情報処理系によって、それぞれの個体が主体と

    して環境との相互作用の中に作っている環世界の総体の関

    わり合いが生物の世界だともいえる。

    それぞれの動物がもつ環世界の相互作用の中で、動物は、

    およそ 5.4 億年の歳月の間、絶えることなく続く、生死を

    かけた性能試験の中で、開発を進めることになった。その

    開発は、それぞれの種の環世界という情報世界だけにとど

    まらず、体の各所各部位に及んだ。

    3.ヒトの誕生と地球環境

    生命の 38 億年もの歴史の中で、ヒトの誕生という出来事

    は、ごくごく最近の出来事である。カンブリア紀のピカイ

    ヤと呼ばれる脊索動物からヒトに至る系譜には、それぞれ

    の時代を生きた動物たちの繁栄と絶滅の歴史も含まれてい

    図 1.現存する動物の多様な神経系

  • 11PEN October 2011

    た。鳥の先祖とされる恐竜の絶滅の後、哺乳動物が繁栄を

    はじめ、現存するツパイのような食虫目がおよそ 5000 万

    年前に活躍した。このモグラのような姿をした食虫目が、

    霊長目の先祖である。原核生物が生命の起源であることを

    先に述べたが、霊長目の直接の祖先はおどおどと臆病な、

    森に棲むごく小さな動物だったのだ。この生き物を始まり

    として進化をとげた現生の霊長目は、約 220 種あり、ヒ

    トはこの霊長目の一員ということになる。

    これまで、最古の人類(猿人)とされてきた 400 万年ほ

    ど前に誕生したといわれているアウストラロピテクス属よ

    りも、一層古い時代の化石人類としてアウディピテクス属

    が近年発見された [2]。エチオピアでアウストラロピテク

    スが発見された場所のすぐ近くから見つかったこの化石の

    主は、約 580 万年前から 440 万年前まで生息していたも

    のと推定され、身体的に大きな特徴をもつ。つまり、完全

    な二足歩行をして、犬歯は大きく退化していたのだ。完全

    な二足歩行は、プレゼントとしての食べ物を腕で抱えて運

    ぶため、犬歯の退化は同種内での体を張っての権力争いが

    縮小されたためと考えられている。つい私は「なるほど」

    と思ってしまう。彼女にプレゼントを運び、同性同士の殴

    り合いの喧嘩はしない平和主義者を演じる自分。笑顔や泣

    き顔など生まれながらにして獲得している顔の筋肉運動を

    使って表情を豊かにし、寡黙な性格を補う。系譜として

    の先祖であるアウディピテクスはすでに 500 万年も前に、

    その形質を身につけていたのかと思うと感慨を深くせざる

    をえない。

    その後、Homo 属が約 200 万年前に出現し、現存するヒ

    トの祖先は、およそ 20 万年前にアフリカの地に誕生した。

    アフリカに端を発したヒトは、その後世界中に広がって

    いった。そこまでが、生物学の一分野として研究が続けら

    れ、記載されていることである。

    4.Homo domesticus

    およそ 1 万年前に、ヒトは農耕をはじめた。農耕は、根栽

    農耕と穀物農耕の 2 つに大きく分けられる。根栽には穴を

    掘るための道具があればよいが、穀物農耕では広い面積を

    耕すために牛や馬などの使役動物と共に道具を用い、多く

    の人が協力する必要が生じる。根栽農耕による収穫物は傷

    みやすいが、穀物農耕による収穫物は長期の貯蔵に耐え運

    搬も可能である。穀物農耕の発達は、耕作以外の仕事に専

    心する者たちを養うことができるようになり、人口が集中

    する村や都市の形成を促した。穀物の豊作を祈る神官の役

    割が発達し、さまざまに分業化した人々による階層社会が

    誕生して都市社会全体が段階的に発展した。この穀物農耕

    による都市形成は、人類にとっての一大革命だった。長期

    保存ができる穀物は、都市の民の富であり、富を守るため

    に都市は城砦に囲まれ、その集団の中には文化が発展した。

    巨大な脳容量をもつヒトはもともと高い情報処理能力を備

    えているが、都市の中で役割を分業化することで各自が考

    え学ぶ時間が増え、世代から世代へと外面的・内面的な生

    活様式を伝承することによって高度な文化と変容していっ

    た。生物学的な「ヒト 2」から、文化を共有する「人」へ

    の変身である。

    敵や野生動物による侵害から自分たちを守るために都市や

    農作地の周辺には塀が作られ、その結果、安全な生活と食

    事が保障された。使役や食料として人の生活に直接役立つ

    牛や馬はもちろん、鳥や犬や猫などのペットとしての動物

    も飼育されようになった。これらの家畜動物は、塀の中で

    保護され餌を安定に与えられるので、食物連鎖のルールか

    らは外れることになった。家畜動物は人の保護なしに生存

    することはできない。

    あらためて、この 1 万年を過ごした結果としてのヒトの姿

    を見つめてみよう。自然の中で生きていたヒトであったが、

    現代人の誰一人として、自然そのままの中に入り、生活で

    きる者はいない。健康で強靭な肉体をもった者が、何日間

    生き延びることができるだろうか。私たちは、知らず知ら

    ずのうちに、塀の中でのみ生存できる動物になってしまっ

    ていたのだ。それぞれのヒトは、人の保護なしに生存する

    ことはできない。家畜動物は人間の手によって家畜化され

    たが、ヒトは人の手によって家畜化されたのだ。自らを自

    らの手で家畜化したという点では、150 万種存在するとい

    われる動物種の中の唯一の存在である。

    現代のヒトは、自らを家畜化した地球上唯一の動物である。

    Homo domesticus3(家畜化したヒト属)だ!

    5.産業革命が生み出したもの

    文化は、その後あたかも生命であるかの如くの進化を続け

    た。個体としてのヒトは、ハードとしてヒトが備えている

    情報処理装置の中に、時代の文化がコンピュータにソフト

    を組み込む様に入り込むのだ。文化を備えた個体は、周辺

    の仲間と共に新しい文化を作り上げるのだ。人は、生物と

    しての遺伝的に仕組まれた情報処理を基本として、人と人

    が接することで文化を成長させ、新しい文化を築きあげる。

  • 12 PEN October 2011

    数千年前からの歴史は明ら

    かだ。「農作物」そのものか

    ら「金」という姿に変わる

    ことにより、富の集中が一

    層深まった。ヨーロッパで

    は、ルネッサンスに代表さ

    れる学問芸術の広がりが起

    こった。学問の発達は、数

    学、物理、化学、工学とい

    う流れで進み、やがて集中

    した富を資本に産業革命が

    起こる。産業革命は、人々

    の暮らしを豊かにしたのと

    同時に、世界的に見ると人々

    の貧富の差の拡大や、国家

    戦略としての富への執着と

    争奪をもたらし、大規模な

    世界戦争をも誘引すること

    になった。豊かさは世界的

    な規模での人口増加を招い

    ている。その一方で、日本

    国内では、富を維持するた

    めの働き手としての人口増加が求められるようになってい

    る。2011 年 3 月に起こった大地震に続く原発事故は、産

    業革命以来、営々と続く巨大エネルギーの必要性に基づく

    人災である。同じ産業構造で発展しようと人間が活動を続

    ければ、今以上の巨大エネルギーを必要とし、形を変えた

    同じような事故が今後も続発するだろう。

    栄養と呼ばれるエネルギーが各動物の間を移動するとい

    う「食物連鎖」の中では、自然均衡系と呼べるように、地

    球上のエネルギーや循環する物質は、収支バランスを保つ

    ことができていた。産業革命を経て、加速度的に自身の家

    畜化を進めた人間は、自然均衡系と呼ぶことができる安定

    した生態系を破壊し、不安定な地球を形成している。人が

    住み利用できる地域が、地球全体であるという奢り、自分

    たちが生活している塀を地球全体に拡大してしまったこと

    が、自身自身の首を絞めている。

    では、一万年前の生活までとは言わないにしても、例えば

    今よりは自然と共に生きていた江戸時代の生活に人々は戻

    ることができるだろうか。今の生活から見れば、「爪火生活」

    になる。急激に人口を減らし、電気を用いたバーチャル世

    界の快楽などを一切なくすことができるのか。想像するこ

    とすらできない机上の空論であることは誰しもが認めるこ

    とだろう。

    図 2.地球がもつ食物連鎖を代表とする自然均衡系(右側)の他に、人間が農耕を始めて文明を発展させ

    た人工の系がある。牧草や農耕・牧畜生産物などは分解者によって利用されることもあるが、主にゴミと

    して燃焼され、また人類も火葬によって燃やされていることから、ここではあえて分解者を系に加えなかっ

    た。物質文明の発展により化石燃料などの消費が盛んになっている。その上、原子力発電まで。この図か

    ら、人類が利用している主たるエネルギーも太陽エネルギーであることがわかる。自然均衡系を破壊せず、

    人工均衡系を保てるような環境設計が不可欠である。

    そもそも、なぜ人々は産業革命を求め達成したのだろうか。

    産業や経済の発展のために、なぜ人々は努力するのだろう

    か。いかに文化を背負った人であっても、文化を成長させ

    るだけの努力をすることはない。生物としてのヒトの欲求

    が根底にあるのだ。アウディピテクス属が腕一杯のプレゼ

    ントを抱えて森の中を歩き仲間を喜ばしていたように、現

    代に生きる Homo 属も、自分自身や同種の仲間の欲求を満

    たすことが、自身の喜びである。産業や経済活動がヒトに

    与える喜びは、ヒトがヒトと繋がり、ヒトからの良い評価

    を勝ちとることが根底にある。この喜びを求め続けたいが

    ために、社会的・経済的発展を繰り返すことを続けてきた

    のではないだろうか。社会性動物として進化を続けたヒト

    は、社会の中の一員としての立ち位置を常に確認する。社

    会からの称賛を求め、常に変化成長する努力を怠らない。

    社会という同種同士の繋がりを発展させた一つの形態が産

    業革命だったし、今後も経済活動を行うことはヒトという

    生物の欲求に基づいた文化活動であるといわざるをえな

    い。「爪火生活」を万人に強いることは、結果としての発

    展が根源的な生物学的欲求であるので不可能である。人は

    人と繋がりたいがために、経済活動をし、産業を発展させ

    る。

    近代産業革命後の発展だけを求めた、行き過ぎた経済活動

    は、どのようにすればヒトの本質を失うことなくこれまで

    以上に安定に成長することができるのだろうか…。

  • 13PEN October 2011

    6.新産業構造の構築と新しい学術領域の開拓- バイオミメティックスが一つの解決策

    いままでの産業を発展させながら人工(均衡系)の括弧を

    外すためには、現有の産業技術をいかに改善しても限界が

    あることは目に見えている。エコジレンマで象徴されるよ

    うに、省エネの機器を造れば、遠慮なく電力使用をするこ

    とになり、電力消費は増える。当座の目標として技術改善

    を続けながら、新産業技術を模索しなくてはならないこと

    は事実だが、私たちは次のステップを考えなくてはならな

    い。

    次世代の産業技術には、1.製品作製にエネルギーコスト

    がかからないこと、2.壊すことが容易である技術であり、

    廃材が蓄積せずに生物分解できること、3.一つの設計図

    を使うことにより多様な機能を生み出せること、などが要

    求される。この要求を満たすものは、すでに 38 億年の生

    命史の中で、カンブリア紀の爆発以来 5.5 億年間もの長い

    期間をかけて、性能試験を繰り返してきた生物に学ぶこと

    によって達成できるのではないだろうか。生物は、素材と

    して、炭素と窒素と酸素と水素を主体として、それらの分

    子の組み合わせによって構造をつくりあげ、機能を達成し

    ている。それらの高分子としての素材は多機能を省エネル

    ギーの下に実現しているだけでなく、分解者と呼ばれる微

    生物や節足動物によって簡単に消化され、バラバラにされ

    る。

    生物に学び新たなテクノロジーを発展させる分野をバイオ

    ミメティックスと呼ぶ。生物多様性を維持し、次世代の産

    業を発展させることができるのは、生物の仕組みを模倣し、

    生物の設計図に学んだ産業構造の構築以外にはありえない

    のではないだろうか。これまでの産業構造を改良し発展さ

    せることを地球が許容している間に、我々はパラダイムシ

    フトして新産業構造を構築しなくては生き残ることはでき

    ない。

    欧米でもすでにバイオミメティックス研究の潮流はおこ

    り、生物学者と工学者の強い結びの上に、企業が具現化し

    た製品を生み出している。今バイオミメティックスを日本

    に根付かせなければ、次世代に続く国づくりを達成させる

    ことができなくなるだろう。他国の支配下になることを甘

    んじるのであるならば、単なる卑近な問題と割り切ること

    はできるが…。

    日々周りを見渡しても、歴史の記載をたどっても、どうし

    ても人は、サルの一員であることも、動物の一員であるこ

    とも毛嫌いする傾向がある。Homo 属の一員である自分自

    身を「Homo sapiens4」と呼び、「知恵のあるヒト」とい

    う冠をかぶせる。自ら「知恵のあるヒト」と冠を被せてい

    る人も、自分の尺度でしか世界を見ることができない。だ

    いたい尺というのは、身体尺が始まりであり、自分の体の

    一部を基準にして物の長さを測っている。物事を判断する

    時の基準としての尺度も、自分の判断基準があり、その尺

    度に合わないとどうも気持ちが落ち着かない。

    38 億年の長い年月をかけて性能試験を繰り返して作り上

    げてきた生物には、人がもっている尺度以外の所に、工夫

    に満ちたものをみることができる。生物は共通の素材を

    使って、ナノメートルから、サブミクロンメートルの範囲

    の工夫にも満ちた構造を作り出している。これらの構造は、

    ほとんどが自己組織化によって形成され、人の生活に取り

    入れて利用できるものが豊富にある。あまりにも豊富にあ

    るがために、既存の学問分野のそれぞれの視点では十分に

    理解できない。そこで、バイオミメティックス研究では、

    学問分野間の横の連絡と、企業との連携が不可欠になる。

    もしも、他の生き物の生きる仕組みを十分に知ることがで

    きたら、ヒトとは別の意味で sapiens という称号を与えた

    くなる動物がたくさん出てくるだろう。その仕組みを利用

    しない手はないし、実は、そこにこそ新しい産業を創出す

    る宝物が溢れている。発掘しないわけにはいかないだろう。

    今までの巨大エネルギーに依存した産業依存から、生物を

    規範とした産業構造に変換できたときにはじめて、Homo

    demesticus から Homo sapiens に脱皮できることになるだ

    ろう。

    7.おわりに

    子供の理科離れというマスコミの声に背中を押されて、浜

    松では毎年「生物が見る世界~いくつもの目といくつもの

    世界~」と銘打って、全国の高校生 12 名を招き、スタッ

    フ 6 名、医大生 6 名のほとんどマンツーマンで 3 日間早

    朝から夜中までお付き合いする。このサイエンスプログラ

    ムを過ごした子供たちが「こんな幸せなことはなかった!」

    といいながら帰っていく姿を見ると、日本の将来も捨てた

    ものではないなと心を強くする。このプログラムは練りに

    練った企画だと自負している。主役は高校生、サブは大学

    生、ものすごく心配しながらソワソワしているのがスタッ

    フという形の「ガキ大将方式」である。親は心配しながら

    出来るだけ口出しをせずに、子供同士が切磋琢磨していく

    手助けをすることに似ている。私が子供時代、夜まで自然

    の中で遊んで「なぜ学ぶことができたのか」を、再現しよ

    うとしているのだ。年齢の近い高校生と大学生は、一つの

  • 14 PEN October 2011

    テーマについて多方面から議論を進める。大学生がガキ大

    将となって高校生と会話が進む時、そこには科学的議論が

    生じる。初日にスタッフに質問するときは、つい解答を求

    めてしまう癖がとれないが、最終日には自分の意見をはっ

    きりと言えるようになっている。

    サイエンスプログラムに参加した高校生がなぜ幸せなの

    か。そこには、自由があるからだ。ガキ大将方式と銘打っ

    ているが、ガキ大将役の大学生は高校生とさして能力差が

    あるわけではない。それぞれがもつ能力を存分に表出して、

    切磋琢磨できる喜びがそこにはある。

    高校や大学の教育がつまらない理由は、画一化された教

    育方針を達成しなければならないところにある。小学校

    から始まる 12 年間、文科省が唱える学習達成目標をこな

    し、大学では再び文科省が口出しした「シラバスに沿った

    Tax payer に対して言い訳のつく教育=なにができるよう

    になったのかを明確化する」を実施する。そこには、科学

    的な自由はない。12 年間の基礎学習を過ごしてきた子供

    たちが大学生になって、再び、監獄の中での作業のような、

    決められた範囲の学習をこなしている。その後、修士・博

    士コースに入った大学院生(枠にはまることを強要され続

    けてきた青年)に、突然、独創性を求めるのだ。基礎力が

    なければ独創性を実現できないが、基礎力があっても独創

    性は生まれない。

    もともと人は、自由で独創性に満ちている。だから、がち

    がちに固められた教育を受け続けてきた大学院生でも、そ

    れなりに夢を見た研究を展開する。ところが学会で発表し

    ようとすると、学会のレベルにあった発表をしないと受け

    入れてもらえない。時流に乗った、学会の枠組みにあった

    発表である必要がある。すでに出来上がった学会という大

    きな圧力に、若人は簡単に迎合する。そうでなければ、生

    きていけないから。誰が悪いわけでもなく、私たちヒトは、

    縦割り社会を造りだし、そこの分相応な振る舞いをするこ

    とで心の安定を得るという生得的な行動様式をもっている

    のだ。科学の世界も、ヒトが織りなす社会なのだ。縦社会は、

    既存の学問の重箱の中の重要物を掘り出し、それを発展さ

    せるために便利な仕組みで、その社会制度の維持は不可欠

    である。しかし、それだけでは、新しいものを造り、自由

    で幸せな科学の創造の世界を楽しむことは難しい。

    子供の頃の蜻蛉釣りがなぜ楽しかったのか。いつも横槍が

    入り、自分の考え方を学年の違う友達に指摘してもらえて

    改良を重ねることができたからだ。小石の結び方、投げ方、

    投げる位置…。「トンボの目に入る所に投げろ!」。そして

    その改良はグループが共有できる宝となる。大人の科学も

    楽しくなければやっていられない。バイオミメティックス

    研究は、基礎研究から応用研究まで、すべての研究分野を

    結集しなくてはならない。忙しくて楽しい分野である。

    References:

    [1] ユクスキュル / クリサート著 日高敏隆・羽田節子訳 

    「生物からみた世界」岩波文庫

    [ 2 ] W h i t e , T . D . ; S u w a , G . ; A s f a w, B . ( 1 9 9 4 ) .

    "Australopithecus ramidus, a new species of early hominid

    from Aramis, Ethiopia". Nature 371 (6495): 306

    1. 「環世界」とは故日高敏隆教授がユクスキュルの著作を

    翻訳された時に作られた造語である。彼の古い翻訳書では

    「環境世界」という語句が使われていた。

    2. ヒトは、Homo sapiens を意味する標準和名である。も

    ともと生物につけられた和名は、学問規約的に規定された

    名称ではなく、一般に使用されている習慣的なものである。

    標準和名は二命名法(属名と種名の二つを併記する方法;

    Homo が属名、sapiens が種名)で定義した種と一対一と

    なるように調整している。標準和名である種を、はっきり

    と明示させるためにカタカナで表記する。ここでは、ヒト

    は生物学的な意味上で用い、人は文化などを兼ね備えた広

    い範囲を示すこととする。

    3. Homo domesticus は、著者の造語であり、一般に認め

    られている学名ではない。2010 年に命名したので、「Homo

    domesticus Hariyama, 2010」とでも記載すべきだろうか。

    4. 分類学の父と呼ばれるカール・フォン・リンネ(Carl

    von Linné、1707-1778 年)は、生物の学名を属名と種名

    の 2 語をラテン語で併記することで種を規定する方法を

    体系づけた。また、分類の基本単位である種の他に分類

    を階層化した。現在では、種・属・科・目・綱、門、界

    という順で基本階とされる。リンネが命名したヒトは、

    Homo sapiens Linnaeus, 1758 と記載され、Homo が属名、

    sapiens が属名を修飾する種名、Linnaeus は命名者名で

    Linné のラテン語記載、1758 は命名年である。

  • 15PEN October 2011

    ミヤマカラスアゲハ

    ミヤマカラスアゲハは沖縄県などを除く全国の山地に分布するアゲハチョウ科に属する大型のチョウです。艶々した金属光沢の深みのある緑色が美しい翅を持っています。蛹で越冬し、通常は年に 2 回発生します。暖かい地域では 3 月ごろにも一度発生します。大きさは発生する季節によって 4 ~ 8 センチメートルまでとばらつきがあり、4 ~ 5 月ごろに発生する春型よりも 6 ~ 7 月ごろに発生する夏型のほうがかなり大きくなります。翅の色合いと模様も、大きさ同様に生まれる季節によって異なります。また、メスはオスよりも大きくなります。

    アゲハチョウの仲間は、蜜だけでなく水も飲むため、水たまりや湿った苔の生えた岩の上などでも観察することができます。また、まだ理由は明らかになっていませんが、オスは水を飲むために集団を作ることが分かっています。標本採集には、このように群れで集団給水する場所を見つけるのがコツとされています。

    幼虫はミカン科のカラスザンショウやハマセンダンなどを主に食します。他のアゲハチョウの仲間とは違って栽培種を好まないため、野生種が自生する山に多いのは確かです。しかし、ミヤマ(深山)と名付けられているものの、必ずしも山深いところにしか生息していないというわけではありません。成虫は、春はツツジ、夏はクサギなどの花に集まるため、季節によっては人里近くで見ることもできます。

    Column 

  • 16 PEN October 2011

    【行動規範、リスク管理】NanoCode プロジェクト、行動規範の自己評価ツールを公開(2011.9.29)欧 州 集 連 合(EU) の 第 7 次 フ レ ー

    ムワークプログラム(FP7)の下で

    実施されている Nanocode プロジェ

    クトは、9 月 29 日にベルギーで開

    催 さ れ た Nanocode International

    Conference でナノサイエンスとナノ

    テクノロジーの責任のある研究開発

    のための行動規範を実施し、評価す

    るためのツール「CodeMeter」を公

    開した。CodeMeter は、予防、包括性、

    優秀さ、イノベーション、説明責任、

    趣旨、持続可能性の側面からパフォー

    マンスを評価する。

    http://www.nanocode.eu/content/

    blogsection/6/40/

    【EHS、医薬品、リスク管理】ナ ノ 材 料 の 医 薬 品 応 用 を 監 督 する た め の ガ イ ド ラ イ ン 案 を 公 開

    (2011.9.28)米国でナノ材料を用いた医薬品のガ

    イドライン案が公開された。ナノ材

    料の医薬品応用の研究開発における

    法律的、倫理的な問題に対処するた

    めのガイドラインとなる。国立衛生

    研究所(NIH)の支援を受けたミネソ

    タ州立大学の研究グループが、2 年

    をかけて専門家や政策担当者との協

    議を経て作成したものである。現在

    は、相当数のナノ材料を用いた医薬

    品の臨床試験がすでに開始されてい

    るにも係らず、このような試験に協

    力する被験者の保護は十分になされ

    ているとはいえない状況にある。ガ

    イドラインが、このような状況を変

    えると期待されている。

    保健社会福祉省内に、新たな監督機

    関として、ナノテクノロジー医薬品

    の監督行政に関与する 5 つの省庁

    が参加する省庁間連携ワーキンググ

    海外動向

  • 17PEN October 2011

    ループと、ヒトを対象とする臨床試験を監督する諮問委員

    会をナノテクノロジー医薬品に関しても設置することが提

    案されている。ガイドライン案の最終版は 2011 年末頃に

    公表される見込み。http://www.nature.com/news/2011/110928/full/news.2011.562.html

    【規制、EHS】欧州化学物質庁、REACH 未登録物質についてコメント

    (2011.9.21)欧州の化学物質管理の枠組み REACH の施行に合わせて発

    足した欧州化学物質庁(ECHA)は、REACH の登録状況に

    ついてコメントを行った。施行以降 5000 件に及ぶ化学物

    質の登録が行われたものの、登録されるものと予想してリ

    ストアップしていた 1500 もの化学物質が未登録のままの

    状況にある。この 1500 物質には別の化学物質の名称です

    でに登録されていたもの、REACH の適用外であったもの、

    今のところでは登録基準を下回ったもの等が含まれていた

    が、依然として何らの情報もない化学物質も存在するとの

    こと。この結果に基づき、REACH の枠組みそのものが大

    きく変更されることはないが、改めて予備登録リストの精

    査が行われる。http://echa .europa .eu/news/na/201109/na_11_41_substances_not_

    registered_20110921_en.asp

    http://echa.europa.eu/chem_data/list_registration_2010_en.asp

    【EHS】ナノ粒子が魚の脳に損傷を与える可能性が指摘された

    (2011.9.21)英国のプリマス大学の研究グループが、ナノ粒子が魚の脳

    や中枢神経系に損傷与える可能性があると発表した。これ

    までにも in vitro 試験などでナノ粒子に暴露することで細

    胞が死ぬことが確認されていたが、今回研究グループは、

    二酸化チタンナノ粒子によってニジマスの脳に空胞が形成

    され、脳の神経細胞が死ぬことを観察した。現時点では、

    細胞死の原因は、ナノ粒子が脳に入ったことなのか、ナノ

    粒子の化学特性や反応性による二次的な影響によるものな

    のかは明確になっていない。http://www.sciencedaily.com/releases/2011/09/110919074256.htm

    【リスク管理】適 切 な ア プ ロ ー チ で ナ ノ 材 料 を 使 用 す る こ と が 必 要

    (2011.9.16)トロント大学教授の Geoffrey Ozin 氏は、ナノ材料のリス

    クを測る 2 つのアプローチとして、有害性が不明確なナ

    ノサイズではない化学物質と同様の扱いをするという方法

    と、バルクサイズの同じ物質の毒性から一定の推測を行い、

    対処するという方法が適切と考えている。その上で Ozin

    氏は、この 2 つのアプローチの活用を基礎として、ナノ材

    料の研究や応用を進めるべきだと主張する。http://www.materialsviews.com/details/news/1347071/How_Green_Does_Your_

    Nanomaterials_Garden_Grow.html

    【EHS、抗菌剤】抗菌剤中の銀ナノ材料をめぐる議論について(2011.9.15)環境 NGO の Friends of Earth(FoE)は、銀ナノ材料の規

    制策についてまとめた「Nano-silver: Policy failure puts

    public health at risk」を公表した。FoE は、現行の規制策

    は、銀ナノ材料の使用による薬剤耐性の高い細菌の増殖と

    いった新たなリスクを見過ごしているだけでなく、公衆衛

    生への危険性を評価する方策も提供していないと批判し

    た。FoE 米国支部は、政府に対して銀ナノ材料の使用を制

    限する法律を定めるように求めた。

    また、オーストラリア支部は、抗菌剤として利用されてい

    る銀ナノ材料の健康リスクについて連邦政府の注意を喚起

    した。

    一方、政府系研究機関の連邦科学産業研究機構(CISRO)で、

    ナノテクノロジーのリスクを検討する Nanosafety グルー

    プの責任者である Cathy Foley 氏は、注意深く進める必要

    はあるが、現段階では研究を全て止めてしまうだけの科学

    的根拠はないと考えていると述べた。

    FoE United State プレスリリースhttp://www.foe.org/nano-silver-and-bacterial-resistance

    FoE Australia プレスリリースhttp://nano.foe.org.au/nano-silver-products-breeding-superbugs-experts-warn

    「Nano-silver: Policy failure puts public health at risk」http://www.foe.org/sites/default/files/NanoSilverUS.pdf

    http://www.abc.net.au/am/content/2011/s3319033.htm

    http://www.abc.net.au/news/2011-09-15/environmentalists-worried-about-nano-

    silver/2900164

    【EHS、化粧品】化粧品中のナノ材料に関する議論(2011.9.12)オーストラリア、特に南部は南極圏のオゾンホールが拡大

    すれば大きな影響を受けるとあって、紫外線への暴露によ

    る健康リスクに高い関心が払われている。紫外線の有効な

    防御方法である日焼け止めの効果や成分にも敏感で、成分

    中のナノ材料のリスクについても関心が高い。ナノ材料の

    製品ラベルを求める声が環境 NGO や消費者保護団体から

    上がっている。また、「ナノ不使用」ラベルを使用してい

    る日焼け止め製品もある。しかし、メルボルン大学教授の

    Paul Wright 氏は、「ナノ不使用」ラベルは、ナノ材料には

  • 18 PEN October 2011

    はないこと、意図的な食品での使用からだけでなく他産業

    で使用されたナノ材料や農業由来の食品(流通)網への混

    入によるナノ材料への暴露もありうること、食品中のナノ

    材料を計測するための新手法の開発の必要性、食品応用か

    らの暴露評価の精度を上げるさらなる毒性試験の必要性な

    どが指摘された。http://www.safenano.org/KnowledgeBase/CurrentAwareness/ArticleView/

    tabid/168/ArticleId/94/Occurrence-use-and-safety-of-food-related-nanomaterials.

    aspx

    【EHS、リスク管理】ドイツ政府、ナノ材料管理には十分な注意を払うべきとのレポート公開(2011.9.1)ドイツ政府の環境問題に関する学識者諮問委員会(SRU)

    は、ナノ材料を用いた消費者製品の適切な管理のための提

    言をまとめたレポート「ナノ材料の管理のための予防的戦

    略」を公開した。既存の化学物質管理法や環境規制法はナ

    ノ材料にも適用可能だが、ナノ材料の特性に由来する課題

    には対処しきれない可能性がある。SRU は、ナノ材料の研

    究と応用には予防的な対応を勧め、できるだけ早期に既存

    化学物質管理策の不備を埋める必要があるとしている。ま

    た、事業者による材料データ提供の義務化や透明性を確保

    するための製品ラベルの実施などを進めるべきだと述べて

    いる。http://www.umweltrat.de/SharedDocs/Pressemitteilungen/EN/CurrentPressRel

    eases/2011/2011_09_PressRelease_More_precaution_in_the_management_of_

    nanomaterials.html

    h t tp : / /www.umwe l t ra t . de/SharedDo cs/Down loads/EN/02_Spec i a l _

    Reports/2011_09_Precautionary_Strategies_for_managing_Nanomaterials_KFE.

    pdf?__blob=publicationFile

    【コミュニケーション】iPad の新しいアプリで昆虫のクローズアップを楽しむ(2011.9.15)9 月 15 日に新しい iPad 向けのアプリ Mini Monsters が発

    売された。走査型電子顕微鏡を使って撮影されたクモやハ

    チといったなじみ深い昆虫の、不思議なクローズアップを

    楽しむことができる。約 200 種、500 枚を超える写真が

    収められている。価格は 2 ドル 99 セント。http://itunes.apple.com/us/app/mini-monsters/id460061725

    【リスク管理、規制策】フランス、ナノ粒子データ申告の義務化についてパブリックコメント募集(2011.6.11)フランス政府は、ナノ粒子データ申告の義務化について

    欧州連合加盟各国のパブリックコメントを募集した。コ

    様々な種類があるにもかかわらず、全てのナノ材料は一律

    に健康に悪いものであると消費者に間違った解釈をさせて

    しまう恐れがあり、適切ではないと指摘する。http://www.cosmosmagazine.com/node/4732/full

    【医薬品】致 死 性 の ネ コ 後 天 性 免 疫 不 全 症 候 群 の 治 療 に 光 明

    (2011.9.11)遺伝子レベルでネコ後天性免疫不全症候群を予防する研究

    を進めている米国ミネソタ州のメイヨー・クリニックの研

    究グループが、蛍光遺伝子を組み込んだ光るネコを誕生さ

    せた。研究グループは、ネコの卵母細胞にウイルスを使っ

    て緑色蛍光タンパク質(GFP)の遺伝子を挿入。この遺伝

    子を持って生まれた 3 匹は無事に成長し、暗闇で特定の波

    長の光を当てると GFP が発現している全身が緑色に光る

    ことが確認された。GFP は、ノーベル化学賞を受賞した下

    村脩博士がクラゲから抽出するのに成功したタンパク質で

    ある。本研究は、学術誌 Nature Methods 電子版で発表さ

    れた。http://www.nature.com/nmeth/journal/vaop/ncurrent/full/nmeth.1703.html

    http://www.newscientist.com/article/dn20896-glowing-transgenic-cats-could-

    boost-aids-research.html

    【リスク管理】保険会社など、ナノテクノロジーのリスク管理サービスの提供のため新会社を立ち上げ(2011.9.8)保険大手 Marsh 社、ナノテクノロジーのリスク評価お

    よび管理の経験豊富な TUV-Sud 社、コンサルタントの

    Innovation Society の 3 者は共同で、企業向けのナノテク

    ノロジーのリスク管理サービスを提供する会社を立ち上げ

    た。新会社は、企業が経営にあたって戦略的にリスク管理

    を自社で実施する際に必要な、実際的なツールや手法の開

    発の支援等のサービスを提供する。http://www.innovationsgesellschaft.ch/index.php?section=news&cmd=details&news

    id=513&teaserId=12

    【食品応用、リスク管理】カナダの研究グループ、ナノ材料の食品応用リスクに関する調査結果を公表(2011.9.7)カナダの Cantox Health Sciences International 社の研究グ

    ループが、ナノ材料の食品応用の安全性について実施した

    調査の結果を Journal of Food Science に公開した。調査は

    公開されている毒性試験に関する文献レビューによって実

    施された。調査の結果、毒性試験に関する文献数が十分で

  • 19PEN October 2011

    メントの受付は 9 月 26 日に終了している。2011 年 2 月

    にフランス国内のパブリックコンサルテーションの際に

    公開された法案との違いとして、(1)ナノの定義が欧州

    委員会で議論が続いている定義とは異なる「1 つ以上の寸

    法が 1 ~ 100nm の粒子、またはその aggregates および

    agglomerates」と定められた大きさだけに変更されたこと、

    (2)申告の限度量が 10g から 100g に増加していること

    の 2 点が挙げられる。

    Notification No.: 2011/307/Fhttp://ec.europa.eu/enterprise/tris/pisa/app/search/index.cfm?fuseaction=pisa_

    notif_overview&sNlang=EN&iyear=2011&inum=307&lang=EN&iBack=2

    *本情報はキヤノン株式会社鈴木寿一様よりご提供いただ

    きました。

    被災地の人々の心に響いたMUSICMANのライブ

    東日本大震災から半年の 9 月 10、11 の両日、桑田佳祐氏がソロコンサート「宮城ライブ~明日へのマーチ!!」を開き、震災からの復興を願うスペシャル・チャリティーソング「Let’ s try again」などを熱唱した。コンサートの会場は宮城県利府町のセキスイハイムスーパーアリーナ。この建物が震災後犠牲者の遺体安置所として使われていた時、夫人と共に献花に訪れていた。

    2008 年、最愛の姉を失った。末期がんの姉に寄り添うためにサザンの活動を停止し、現在に至るまで停止したままである。昨年夏には自身が食道がんを患った。快復したとは言えない状況のなか、今年はじめにはソロアルバム

    「MUSICMAN」をリリースした。励ま�