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X線分析の進歩 第35集(2004)抜刷 Copyright © The Discussion Group of X-Ray Analysis, The Japan Society for Analytical Chemistry 比例計数管 河合 Proportional Counters Jun KAWAI

Jun KAWAIX線分析の進歩 35 209 比例計数管 比例計数管 河合 潤 Proportional Counters Jun KAWAI Department of Materials Science and Engineering, Kyoto University Sakyo-ku,

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X線分析の進歩 第35集(2004)抜刷

Copyright ©The Discussion Group of X-Ray Analysis,The Japan Society for Analytical Chemistry

比例計数管

河合 潤

Proportional Counters

Jun KAWAI

X線分析の進歩 35 209

比例計数管

比例計数管

河合 潤

Proportional Counters

Jun KAWAI

Department of Materials Science and Engineering, Kyoto UniversitySakyo-ku, Kyoto 606-8501, Japan

(Received 19 February 2004, Accepted 23 February 2004)

   Various aspects of proportional counters are described. Though the knowledgedescribed in the present paper is not needed when we use an automatic X-ray fluorescencespectrometer, it is still required to develop a method of measuring X-ray spectra, todevelop an instrument, or to measure a spectrum with a special parameter.

[Key words] Proportional counter,Amplifier

 比例計数管のさまざまな特性について解説した.自動化された蛍光X線分析器装置では,本

稿で解説した詳細について知っている必要は全くなくなったが,新しい測定法や装置を開発し

たり,デフォールトの測定パラメータではなく特殊なパラメータ設定で蛍光X線測定を行う場

合に必要な事項について解説した.

[キーワード]比例計数管,増幅器

1.     はじめに

 X線検出器からの信号を,名刺と同じくらいの大きさと薄さのデジタルシグナルプ

ロセッサ(DSP)で直接コンピュータへデジタル信号として出力するプリアンプ一体

型の信号処理も,X線分光装置のハンディー化とともに実現した.そのような時代に

あって,アナログパルス信号を,実験者が扱うことも少なくなりつつある.それでも

京都大学大学院工学研究科材料工学専攻 京都市左京区吉田本町 606-8501

X線分析の進歩 35Adv. X-Ray. Chem. Anal., Japan 35, pp.209-222 (2004)

解 説

210 X線分析の進歩 35

比例計数管

なお,できるだけ真実に近いスペクトルを測定しようとするときには,検出器とそれ

に付随した電気回路についてのある程度の知識も必要である.本稿では,そのような

X線計数上必要な知識について比例計数管を用いた蛍光X線スペクトル測定を念頭に

おいて解説する.

 1929年のガイガーカウンター1)の動作電圧を低くして用いる比例計数管は第二次世

界大戦中に出現したようで,最初の論文はどれか良くわからない.1942年にすでに解

説論文が出版されている2).放射線計測の教科書3)には,1940年代後期に今日の形の

比例計数管が完成したという記述がある.

 比例計数管の構造は,中空電極(陰極)の中心にタングステンやタンタルの細い

針金(直径 25 µm程度)を集中電極として配置したものである(Fig.14)).この図の

ような小球を用いる方式は,エネルギーの分解能は良くないが敏感である 5).比例

計数管は原理的には平板電極を向かい合わせに配置したものでも良いが,円筒型の

中心の細い芯線の近傍の大きな電場勾配を利用した方が低い電圧でも十分な動作を

させやすい.並行平板電極では大きな電場勾配が得られないので,数十 kVの電圧

をかけなければならないが,これは非現実的である.逆にいえば,芯線の直径を細

くできれば,通常使われる1500~2000 Vの電圧をずっと低くできる可能性がある.

25 µmの直径の芯線の場合,ガス増幅は芯線から 100 µm程度の範囲内で起こると

いわれている 3).

 電極間にはPRガス(PRは「比例」の英語に由来)を流す.PRガスはアルゴン90 %,

Fig.1 1940年代の物理実験の教科書の比例計数管 4).

X線分析の進歩 35 211

比例計数管

メタン 10 %の混合ガスである.PRガスの流量は,毎分,注射器の先から泡粒が出る

程度の量でよいといわれているが,真空ゴニオメータ内に配置されている場合には,

数マイクロメートル厚のマイラー膜を通してガスがしみ出すので,毎分10 cm3程度を

流した方が良い.流量が少ないと,計数管内部が減圧状態になり放電することもある.

窓は入射側もその反対側も,アルミニウムを真空蒸着したマイラー膜をゴム製のOリ

ングで封じる.アルミニウムを蒸着するのは,窓の部分にも電場を均一にかけるため

である.アルミニウムを蒸着したマイラー膜ならX線は透過する.大部分の硬X線は

比例計数管を透過するので,硬X線を効率よく計数するためには比例計数管の後ろに

シンチレーションカウンターやキセノンなどの重い希ガスを封入した比例計数管を配

置する工夫もある.このため,比例計数管ではX線が入射する反対側(出口)にも窓

をつけるが,PRガスで吸収されなかったX線が比例計数管の壁に当たって複雑な過

程が生ずるのを避けるためにも適している.

 集中電極には正の高電圧を加える.電極間にX線の光子が入射すると電離作用Ar →

Ar+ + e- によっていくつかのイオン対ができ電子とイオンとはそれぞれ反対方向に

ガス増幅しながら流動してゆく.イオンの拡散速度は電子に比較して小さいので,電

子の移動・原子との衝突によるガス増幅が重要である.管電圧が適当な場合には,ガ

ス増幅率はほぼ一定で,最初にできるイオン対の数と最終的にできるイオン対の数と

はほぼ一定の比となる.パルスの高さは一次イオンの数に比例する.

 Fig.2は波長分散方式のX線スペクトル計測の信号の流れを示す図である.比例計

数管には直流の高電圧がかかっており,コンデンサーでX線のパルス信号を分離し

てプリアンプへ渡す.高電圧電源と比例計数管との間にある抵抗器はパルスが電源

Fig.2 波長分散型分光器の信号の流れ.

高抵抗

X線

直流高圧電源

比例計数管

プリアンプ

V = iR

i

50 Ωメインアンプ 波高分析器

212 X線分析の進歩 35

比例計数管

の方ではなく,プリアンプの方へ行くようにする働きをしている.オームの法則は,

「電流が流れなければ電圧降下がない」と解釈できるので,この抵抗器の両端の電圧

は等しい.

2.     前置増幅器

 比例計数管からは,X線の光子 1個ごとに,1パルスの電荷が流れ出る.1パルス

当たりの電流は極端に小さい.前置増幅器(プリアンプ)の入力抵抗(入力インピー

ダンス)が低いならその回路にパルスを流すと,底の広い皿に少量の水を入れるよ

うなもので,パルス(水)は全体に広がってパルス波形が崩れる.パルス波形を崩

さず効率的に取り出すため,入力インピーダンスの高い(電流を流さない,数MΩ

以上の) プリアンプを検出器のすぐ後に接続し,微小な電荷パルス即ち電流を高抵

抗に通して電圧パルスに変換し,トランジスタや演算増幅器によって低インピーダ

ンス(大電流)信号に変換した後に大きな電流(75 Ωや50 Ωのような低いインピー

ダンス)の電圧信号として取り出す.抵抗器 R に電流 I を流すと電圧 V が発生する

ので,抵抗器は電流を電圧に変換する装置であると考えることができる.この抵抗

器の中を電流が流れることによって,電圧降下を生じ,その電圧をアンプによって

増幅する.

 プリアンプは,インピーダンス変換と電流(または電荷)-電圧変換を行なってい

ると考えれば良い.メインアンプはその低インピーダンス(50 Ωや 75 Ω)の電圧パ

ルス信号(すなわち電流を多く流すのでノイズに強い)を数ボルトまで比例増幅する.

プリアンプの電源はNIMの統一規格があり,メインアンプの裏側などから供給できる

が,乾電池に交換してみるとノイズを激減させることができる場合がある.

3.     主増幅器

 主増幅器(メインアンプ)では入力波形を保存したまま増幅する場合もあるが,二

重遅延線路整形(double delay line shaping, DD-2)などを行って双極性の信号を形成

する.パイルアップの影響が少なく,高計数率測定に適している 6).計数率が高い場

合にはこのようなバイポーラ出力を計数した方がよいが,計数率があまり高くない場

合にはユニポーラ出力を用いた方がノイズの影響を受けにくい.

 強い入力信号が入った場合には,その反動でアンダーシュート(Fig.3)が生じるこ

とがある.アンダーシュートがあるときには,低い電圧のパルス波高分布が本当の信

号以外にも出現する.アンダーシュートをなくすようにアンプを調整する必要がある.

オシロスコープで信号波形を見ながら,PZ(ポールゼロ)調整の穴(Fig.4)に時計ド

X線分析の進歩 35 213

比例計数管

ライバーを差し込んで10回転程度以内にアンダーシュートが消える条件を探す.この

調整はあまり敏感ではないので,適当なところで妥協すればよい.回転型の半固定抵

抗器が入っているので頻繁に調整するものではない.PZを適切に調節すると低い電圧

のパルス波高が消失する.半導体検出器で元素分析を行ったとき,PZの調節が不適切

であると,軽元素のエネルギー位置に偽のピークが出現する.このとき, PZ調整に

よって偽の軽元素ピークを消失させることができる.PZ調節が不適切な場合,半導体

検出器では見かけ上エネルギー分解能の悪いスペクトルになる7).PZは伝達関数の分

母の極(ゼロ)を意味する.

 入力信号のパルスの高さが 10 mVのとき,増幅率を 200に選べば出力は 2 Vにな

る.増幅率を 10000にすれば 100 Vの出力信号が得られるように思うが,実際には最

大出力電圧は電源電圧を超えられない.アンプの電源電圧が ± 15 Vであれば,出力

信号が 15 V以上になるところでは 15 Vで頭打ちになる.従って,増幅率を極端に大

きくして矩形波を作ることもできるが,通常は比例する範囲に入るように増幅率を選

ぶ.0 V近傍の電気雑音が邪魔しないように,増幅率(ゲイン)を大きく取り過ぎな

いようにする.

4 .     シングルチャネル波高分析器

 通常SCAと呼ばれるシングルチャネル波高分析器は,さまざまなパルスの中から,

計数したい部分のパルスのみを選別し,出力として5 Vの幅の狭いロジックパルスを

出力する.たとえばメインアンプからの出力パルスのうち2 Vより低い電圧のパルス

Fig.4     メインアンプの例.中央の穴がPZ調整,下部の3つの穴はユニポーラやバイポーラのアンプ出力をオシロスコープに接続するためのもの.

Fig.3 アンダーシュートのある信号波形(上)と正常な波形(下).横軸は時間,縦軸は電圧.

214 X線分析の進歩 35

比例計数管

を無視したいときにはベースラインを 2 Vに設定する.2 Vから 7 Vの間のパルス

のみを計数してたとえば 8 Vのパルスがあっても計数したくない場合には,ウイン

ドーを 5Vに設定する.ベースラインとウインドーで設定する場合や,下限と上限の

電圧で設定する場合など,装置の見かけは同じでも,操作方法が異なるので注意する

必要がある.また両者のモードで使用できる装置でも,モードによってダイヤル目盛

りの電圧単位が1桁異なる場合もあるので,十分に注意する必要がある.信号電圧パ

ルスの上限値以上のパルスを無視するように測定するのは,特に軟X線を波長分散方

式で測定する場合,高次線を除外したり,特定の高次線のみを用いて高分解能測定す

るための測定を行う場合などで,SCAをマニュアルで設定する必要がある.

 波長分散型分光器で軟X線領域(EPMA測定の大部分は軟X線)のスペクトル測

定を行なう場合,高次線と不純物との判別を行なうことが必要になる.高次線は,

2 dsinθ = nλの式において,大きい整数の n(エネルギーの高い特性X線)が混じっ

て観測される現象である.Fig.5はNiI2を測定した例8)であるが,NiのLα線の側に I

の5次線が現れている.高次になるほど弱くなれば問題はないが,用いる分光結晶に

より,飛び飛びの nの値で強い反射が現れる場合がある.また高次線になるほど,分

光結晶内での屈折の効果が大きくなり,2 dsinθ = nλの式の左辺に(1- δ /sin2θ)の

因子をかける必要があるので,2 θ 角度を正しく計算できないという難しさがある.こ

こで δ は屈折率の 1からのずれで,軟X線の場合には 10-4 程度の大きさである.従っ

て高次線はブラッグの式から得られるX線の見かけのエネルギーとはかなりずれた位

置に出現する場合がある.SCAの設定によって強度が変化するかどうかで見分けるの

がよい.Fig.5のスペクトルの 2箇所でメインアンプの波高分布を測定したものが,

Fig.5 NiI2のNi Lα線領域に現れたヨウ素の 5次線 6).

X線分析の進歩 35 215

比例計数管

Fig.6である.高次線の波高が高い方へシフトしているのがわかる.EPMAでは軽元素

軟X線測定が主となるので,SCAの設定は重要である 9).

 SCAのダイアル目盛りとオシロスコープで見た電圧の関係,あるいはマルチチャ

ンネル波高分析器(MCA/PHA)(最近は安価なカード式マルチチャンネル波高分析

器が市販されている)で測定した比例計数管の出力波形の電圧値との関係について

も,注意する必要がある.オシロスコープとSCAのインピーダンスが一致していれ

ば,アンプの出力とオシロスコープ又はMCA/ PHA両者の電圧値は共通と考えて差

し支えないはずであるが,実際にはさまざまな回路の条件により,測定したパルス

の高さを信じてSCAの目盛りを設定すると,実際とは違うウインドーを設定するこ

ともありうる.また,SCAの電圧校正が必ずしもできていない場合もある.このよ

うな場合,波高分布の簡単な測り方は,特性X線のピークに分光器の角度をあわせ

ておいて,波高分析器の窓を 0.5 Vにし,ベースラインを,0 Vから 0.5 Vずつ 10

Vまで,単位時間当りのX線カウント数を測定する.SCAの目盛りを横軸にした波

高分布(カウント数)をプロットすることによって波高分布曲線を得ることができ

る.ウインドー幅とベースラインのステップ幅は,計数の強度に応じて,またどの

程度粗い測定でも良いかに応じて,0.2 Vステップにしたり,1 Vステップにしたり,

臨機応変に変える.最近はアナログの 1チャンネルオシロスコープが 3万円程度で

市販されているので,このようなオシロスコープで常にアンプの出力信号を観測し

Fig.6 Fig.5のスペクトルの 2箇所での波高分布 6).(上)ヨウ素の 5次線,(下)ニッケルの 1次線.

216 X線分析の進歩 35

比例計数管

ながら測定するのがよい.

 プリアンプとメインアンプあるいはメインアンプとSCAの間は通常数メートルの同

軸ケーブルで接続するが,さまざまな制約から遠隔測定する必要のある場合には 50

メートルもの長さになる場合もある.こういう場合には,それぞれのアンプの入り口

で,信号が反射する現象が生じるので,ターミネーター(Fig.7)を適切に入れると良

い.加速器施設では,半導体検出器の出力をメインアンプで増幅後,数十メートル離

れた位置に置いたMCA/ PHAで計測する必要が生じるが,このような計測の場合に,

軽元素の位置に反射による偽のピークが出現する.ターミネーターを適切に用いるこ

とにより,この偽のピークを消失させることができる.このような調節に際しては,

オシロスコープで信号波形を観測して行う必要があることは言うまでもない.

5.     真空度と放電

 プリアンプは通常,比例計数管に接して置かれている.したがってロータリーポン

プで引く 10-2 Torr程度の真空中に置かれていても大気圧としておかなければならな

い.比例計数管の高電圧は 1500 Vから 2000 V程度であり,この真空度では放電が

最も生じやすいからである.プリアンプの出力ケーブルは PRガスを排出する塩ビ

チューブの中を通して外部に取り出す方式がよく使われている.これらのどの部分で

もシールが十分でないとき,ガスが真空中に吸いだされて,放電するのにちょうどよ

い真空度になり,強い放電パルスが発生して測定ができなくなる.最悪の場合には,

プリアンプの半導体素子が放電パルスで破損する場合もある.筆者は比例計数管を自

作したとき,真空グリースとOリングでふたをしたことがあった.このときシール

が十分ではなく,分光器室を真空ポンプで引いてゆくと,比例計数管内も減圧となり

放電が始まった.結局,接続部分をはんだで固めて真空を封じてうまくいったことが

ある.

Fig.7 ターミネーターの例.

X線分析の進歩 35 217

比例計数管

6.     比例計数管の管電圧,ガス流量,計数率と波高分布の関係

 比例係数管に単色のX線が入射した場合にも,計数管内部では統計的な過程が生じ

て,プリアンプ内の仮想的な抵抗器両端に生じる電圧分布は,δ 関数的にはならない.

Fig.8は,比例計数管に2結晶分光器で分光した単色V Kα 線(エネルギー幅0.1 eV以

下)が入射したときの,メインアンプの出力電圧分布を計測したものである10).中心

が 5 Vくらいで,3 Vから 8 Vまで広がった分布を持っている.0.5 V以下の部分は,

回路の電気ノイズの頻度が急激に増えるので,強制的にカットしている.1~ 3 Vに

現れるサブピークはエスケープピークと言われるもので,比例計数管内のアルゴンに

よるX線吸収が原因で現れる.Fig.8は,芯線がかなり汚れた状態の比例計数管の波高

分布を測定したものである.比例計数管を使用していると,メタンに起因する炭素が

Fig.8 比例計数管の波高分布.単色化したV Kα線を測定したもの.2 Vのピークはエスケープピーク.

218 X線分析の進歩 35

比例計数管

芯線に付着し,SEMで見ると,突起も成長していることがある11).炭素の付着により

電界が不均一になるのが,非対称になる原因である.静電集塵器と同じ原理で微粉塵

が付着するという説明もある12).芯線を巻き取り式にするものや,芯線に電流を流し

て焼いて清浄化するものなど工夫されている.芯線が清浄なものは,きれいなガウス

分布に近づく.

 ガス密度の変動が計数値にどの程度の影響があるか測定を行った報告がある12)が,

PRガス流量は,1気圧で十分な量を流していれば波高分布には影響ない(Fig.9).電

圧は比例計数管内のガス増幅率を決めるので,Fig.10に示すように,波高分布は敏感

に変化する.また電圧一定のときにはX線のエネルギーと波高分布は比例する.した

がって,全元素測定のように広い角度範囲をスキャンするときには,測定元素や角度

Fig.9 比例計数管波高分布の PRガス流量による変化.上から順に,150 cm3/m,80 cm3/m,20 cm3/m.この範囲では流量による波高分布変化は無視できる.

X線分析の進歩 35 219

比例計数管

スキャンに連動して波高分析器のウインドーや比例計数管の電圧,メインアンプの利

得を変化させている.場合によってはマニュアルで設定した方が高次線の切れが良く

なったり,ノイズが減少する.

 最も注意すべき点は,この波高分布が,計数率によって変化する点である.Fig.11

Fig.10 比例計数管波高分布の電圧による変化.上から順に,1750 V,1720 V,1680 V,1600 V.

220 X線分析の進歩 35

比例計数管

は 67 cps,998 cps,126 cpsでの単色Ti Kα 線の測定例である.計数率が高くなると,

波高分布が低い方へ縮む.「計数率が大きいとき,ガス増幅率が減少する」と言いか

える事もできる.したがって,Fig.9の波高分析器をcpsが低い場合であわせておくと,

cpsが高くなったときに波高分析の窓の外へ波高が移動して数え落としが多くなる.定

量分析の誤差の要因にもなる.Fig.12は波高分析器の窓として 5-10 V,0.5-5 V,0.5-

10 Vの3つの場合にTi Kα 線の形状がどのように変化するのかを比較したものである.

波高分析器の設定が不適切な場合には,弱いピークが本来よりも強く観測されたり

(5-10 V),線幅が本来の波形より広く観測されたり(5-10 V)あるいは実際以上に狭

Fig.11 比例計数管波高分布の計数率による変化.上から順に 67 cps,998 cps,126 cps.67cpsの波高分布(上)が最も広がっている.998 cpsでは,全体に縮んだ形状になっている.単色化したTi Kαを用いて測定した例.この波高分布を元にしてFig.12の窓を決めた.

X線分析の進歩 35 221

比例計数管

く観測されたりする(0.5-5 V).

 波高分析器を通った後の信号は,5 Vの論理パルスとなってデジタル計数回路へと

引き渡される.計数率の変化により,統計的にX線パルスが重なる.これをパイルアッ

プと言うが,パイルアップなどによる数え落としについては,本稿では省略する.た

だし,メインアンプの出力をバイポーラにするかユニポーラにするか等によって効果

のある場合もある.

7.     おわりに

 筆者は1981年4月~1982年3月の大学卒業研究で,2結晶分光器による高分解能な

蛍光X線スペクトルが,X線のエネルギーを変化させた場合に,変化するかどうかを

調べる実験を行っていた.つくばの高エネルギー研のシンクロトロン放射光施設は一

応完成し,放射光が出たか出ないかという時代である.シンクロトロンを使うための

予備実験のようなものであった.このときの卒論で,あれこれ実験したことをこの解

説では卒論のコピーを引っ張り出して書くことにした.Fig.8を自動で測定できるよう

に,線をつないだりインターフェースの信号を解読したりプログラムを書いた.うま

くいったので,今度は計数率を変えてプロットしてみると,Fig.11のように,計数率

Fig.12 波高分析器の窓とスペクトルの関係.最も線幅が広いのは 5-10 Vの窓.最も線幅が狭いのは 0.5-5 Vの窓.両方を足すと,0.5-10 V窓と同じ結果が得られる.ピークで規格化してある.

222 X線分析の進歩 35

比例計数管

に応じて波高分布が変わることを「発見」して,それまで精密なX線スペクトル形状

を測定しようとしてもうまくできなかった理由がわかって大変面白かったことを今で

も覚えている.その後,理化学研究所のリニアックなどで実験しながらターミネー

ターがない場合やPZ調節が悪い場合にいろいろおかしなスペクトルが出て体得した

技術についてもあまり多くはないが付け加えて執筆したのが本稿である.

参考文献

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Experimental Physics”, p.261 (1942) , (Hokuseido). [この本は第 2次世界大戦中に北星堂から

出版された和名「最新物理實驗法」というリプリント版で写真製版の英文の本である.原書

出版社は不明.比例計数管の記述は引用した図のようにすでに存在する.これ以外にガイ

ガーカウンター,エレクトロメーター,エレクトロスコープ,サーモパイルによる検出器が

解説されている]

5) H. Ebert, E. Justi, 眞田順平 訳: “コールラウシュ実験物理学”,第6巻 , p.279 (1957). [原著

は “Kohlrausch Praktische Physik”, Band 2 (1956)]

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Echlin, C. E. Fiori, D. C. Joy, E. Lifshin, K.-R. Peters: “Scanning Electron X-Ray Microanalysis, and

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