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なぜ、 自分を変えることが できないのか 間違いに気づき、行動を変える

なぜ、 自分を変えることが できないのか · られるようになります。それなのに、この方はそのようなモード になかなか切り替えることができなかったのです。「仕方がない

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Page 1: なぜ、 自分を変えることが できないのか · られるようになります。それなのに、この方はそのようなモード になかなか切り替えることができなかったのです。「仕方がない

なぜ、

自分を変えることが

できないのか

間違いに気づき、行動を変える

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富士ゼロックス総合教育研究所

この 年間で、あなたの仕事を取り巻く環境は、どのような変

化があったでしょうか。事業環境の変化や組織の方針の変化、あ

るいは自身の役割の変化などについて、主要なものを ~ つ思

い出してください。そして、下記のワークシートの左側に記入し

てください。

次に、この 年間であなたが能動的に変えた行動や仕事の進め

方を記入してください。そして、下記のワークシートの右側に記

入してください。

左右を見比べてみましょう。いかがでしたか。あなた自身を変

えることができていたでしょうか。十分ではなかったと感じた人

も多いかと思います。それが普通なのです。自分で自分を変える

ことは、そう簡単ではありません。どうすればできるのでしょう

か。このコラムに、そのヒントが隠されています。

考えてみましょう

この 年間の主要な環境変化この 年間で能動的に変えた

行動や仕事のやり方

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富士ゼロックス総合教育研究所

誰もが知るある大企業で、女性で初めて管理職に登用された方

にインタビューをしたときに、聞いた話です。

「初めての女性管理職で、みんな興味深く見るわけですね。で

すから、“冗談じゃないわ、私、できるのよ”という感じでビシ

バシやっていたんです。最初は部署の方々にいろいろ教えてもら

うのですが、最後には自分のロジックでこてんぱんにやっつけち

ゃうわけですね。“私が偉いのよ、私はわかってるのよ”と。

ある時、私のメンターだった外国人のボスに言われたんです。

「あなたは一生懸命頑張っているから、人の 割か 割増しはで

きるかもしれない。でも、どんなに頑張っても 倍、 倍はでき

ない。部下となら 倍、 倍にできるのだから、そのことを考

えなさい」と。でもその時は、 そんなこと言ったって、私がや

らなきゃ と思っていたわけですよ。

そういう時に、その部署に前からいた担当者の方に言われたん

です。「もっと、部下を好きになってください」と。この言葉に

は胸を突かれました。本当に申し訳ないと思いましたね。」

我々社会人に対する期待は、時とともに変わります。大卒で入

社したばかりのころには、与えられた仕事で成果を出すことが期

待されるでしょう。その後、マネジャーになれば、会社からの期

待も変わります。部下を使ってより大きな仕事をすることを求め

られるようになります。それなのに、この方はそのようなモード

になかなか切り替えることができなかったのです。「仕方がない

んだ」と、自分自身を言い聞かせてしまっていたのです。

客観的に見れば、この方のやり方が間違っていることがすぐに

分かります。では、みなさんご自身についてはどうでしょうか。

確実に言えることは、間違いがない人など一人もいないというこ

とです。しかし、自分のこととなるとなかなか気づけません。そ

れは、思い込んでいるからです。さらに厄介なことは、以前はそ

のやり方で上手くいっていたということです。

正しいと思い込んでいた間違ったやり方を、どうすれば変える

ことができるのでしょうか。そこには つのハードルがあります。

つ目のハードルは、既に述べたように、自分の間違いに気づけ

るかどうかです。そして、たとえ気づけたとしても行動を変えら

れるかどうかは別の問題です。頭では理解しても、行動に移せな

いことはたくさんあります。これが つ目のハードルです。「自

分の間違いに気づき、行動を変える」 このシンプルな課題を遂

行する方法を説明します。

第 部では、自分の間違いに気づく方法を、第 部では行動を

変える方法を、様々な調査データや研究結果を用いながら解説し

ます。

はじめに

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富士ゼロックス総合教育研究所

自分の間違いに気づかせてくれるきっかけ

「自分はもしかしたら間違えているのではないだろうか。」そう

思うには、何かのきっかけが必要です。先程の女性管理職の例で

も、メンターからのアドバイスや部下の言葉というきっかけがあ

りました。それでは、どのようなきっかけが有効なのでしょうか。

調査をした結果 注 、以下の つの特徴が浮かび上がりました。

気づきを促すきっかけの 要素

⚫ 失敗:想定した業務成果や、従来の業務成果が出ないとき

⚫ 他者:他者から意見をもらったり、他者と議論したとき

⚫ 事実:自分に関する客観的な事実を目の当たりにしたとき

こうしたきっかけに出くわしたときに、我々は、自分自身のこ

とをじっくり考えなければと思わせられるのです。 つのうちど

れか つでも効果がありますが、 つ揃えばさらに効果的です。

そうした事例を紹介します。

米長邦雄名人のスランプからの脱却

元日本将棋連盟会長であり、 歳という最年長で名人を獲得

した米長邦雄氏の話です。

この方は 歳代半ばにスランプに陥り、 歳代の若い棋士に

勝てなくなってしまったそうです。そこである若手棋士に尋ねる

と、こう言われました。「先生は、この局面・形になったら絶対

逃がさない得意技を持っています。こちらも、先生の十八番は全

部調べて対策を立てているのです。だから以前には通用しても、

もう今は通用しません。それを先生はご存知ないから、こちらは

やりやすいのです。」そこで米長名人はどうすればよいのかを尋

ねたところ、自分の得意技を捨てるよう言われたそうです。その

アドバイスを聞いた米長名人は、なんと二十歳を過ぎたばかりの

若手に弟子入りし、最終的に王将に返り咲くことができたそうで

す 注 。

この事例には、 つの要素が入っています。スランプになって

なかなか勝てないという「失敗」に悩んでいたときに、若い棋士

(他者)からのアドバイスをもらう機会を得て、自分の将棋の指

し方の特徴と問題点を、具体的かつ客観的に(事実)知ることが

できたのです。

自分の間違いに気づくには、こうしたきっかけを意図的に呼び

寄せる必要があります。「他者」について言えば、苦言を呈して

くれるようなメンターを見つけることがよいでしょう。当たり障

りのないことしか言ってくれない人は、適任ではありません。

「事実」については、自分の行動やパーソナリティーを測定する

アセスメントツールを使うのもよいでしょう。憶測であっては、

自分に対する言い訳がいくらでもできてしまいます。そして、で

きれば「失敗」はしたくないものです。代わりに、難しいことに

チャレンジすることがよいでしょう。その際には場当たり的に取

り組むのではなく、それまでの経験に立脚した成功シナリオを事

前に描くことを勧めます。何が想定外だったのかを、後で検証で

きるからです。

もし、従業員に自己変革を促したいのであれば、こうした つ

の要素が盛り込まれたきっかけを、会社として提供する必要があ

ります。その事例を紹介します。

マイクロソフトの自己変革研修プログラム

や をパソコン向けにライセンス販売するという

マイクロソフトの強固な収益基盤は、主要デバイスがスマートフ

ォンに変わり、そしてクラウドサービスが普及するという環境変

化の中で、崩壊の一途をたどり始めました。そうした中で同社で

は意識変革への取り組みが進められ、研修プログラムも知識習得

型から、自己の変革課題に気づくための研修へと舵が切られまし

た。

その一例が、 (リーダーシップ経験ワ

ークショップ)という 日間のコースです(図表 :上段)。各

地域から 人ほどの経営幹部が集まり、すべて英語で実施され

るこのコースは、アセスメントテストとビジネスシミュレーショ

ンゲーム、そしてコーチングの つで構成されています。

ビジネスシミュレーションゲームでは、マイクロソフトに似た

架空企業の舵取りを任され、与えられた環境条件のもとで数回の

意思決定を下します。その意思決定結果は、 (損益計算書)

や (バランスシート)、あるいは人材開発や組織の健康状態

に反映されます。またその議論状況は、アセスメントコーチによ

って観察されています。チームに分かれて経営成果を競争するの

で、どの参加者も前のめりになります。そのときに、意思決定の

癖が出てしまうといいます 注 。

経営幹部は、大きなプレッシャーの中で重要な意思決定を下さ

なければなりません。そのときに自分の癖が出てしまったら、正

しい判断ができません。そのような癖を認識し、リスクを最小に

第 部 自分の間違いに気づくために

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富士ゼロックス総合教育研究所

するにはどうすればよいかを考えることが、この研修の大きな目

的です。そのためにゲーム終了後には、事前のアセスメントテス

トの結果とビジネスシミュレーションゲームでの観察結果(事実)

を踏まえて、アセスメントコーチ(他者)の支援を受けて、自分

の意思決定上の問題点(失敗)を振り返ることがなされます。

自分の間違いに気づける人の特性

少し脱線します。世界初の抗生物質であるペニシリンを発見し

た、細菌学者の フレミングの話です。フレミングは、ブドウ球

菌の培養実験をしていたときに、異物が混入してしまいました。

それが原因でシャーレの中に青カビが発生し、実験は失敗してし

まいました。しかしフレミングはあることに気づきました。青カ

ビの周りだけ透明だったのです。つまり、細菌の生育が阻止され

ていたのです。これが、世界初の抗生物質であるペニシリンにつ

ながったのです。

ここで伝えたいことは、ペニシリンの開発物語ではありません。

恐らく多くの研究者も、同じような失敗に遭遇したものと思いま

す。その中で、フレミングだけが抗生物質の可能性に気づいたの

です。先ほどは、自分の間違いを気づかせてくれるきっかけの

要素を説明しました。しかしそうしたきっかけが訪れても、そこ

から何かを気づくことができる人もいれば、そのきっかけが目の

前を通り過ぎていってしまうだけの人もいるのです。

この違いは何にあるのでしょうか。個人特性に焦点を当てて分

析をしました。 人に対する定量調査を実施し、その調査デ

ータを因子分析という手法で分析した結果、次の つの特性が抽

出されました。

間違いに気づける つの特性

⚫ 成長志向:いろんなことを吸収して、少しでも仕事ができる

ようになりたいと常に思っていること

⚫ 自己能力への謙虚さ:自分にはまだまだ劣るところがあると、

常に思っていること

⚫ 意図的な自己否定:良いと思っても、あえて問題点がないか

を考えるようにしていること

⚫ 立場を変えた検討:特定の立場からではなく、さまざまな立

場に立って考えるようにしていること

⚫ 正しいことへの回帰:他人が何と言おうとも、真にやるべき

ことをやりたいと思っていること

図表 マイクロソフトの研修プログラム

出所:富士ゼロックス総合教育研修所 『人材開発白書 :ミドルの自己変革力』

3週間前 集合研修(3日間/1日間) 終了後

• ビデオ学習

• アセスメントテスト

• ビジネスシミュレーション・ゲーム

• ストーリーテリング

• アセスメントレポートの振り返り

• 経営陣との対話

• コーチからの電話フィードバック

• 上司との面談

• オンラインコミュニティ

• 経営陣との対話

執行役員

: The Leadership Experience

• 上司との面談

• アセスメントテスト

• 交響楽団ケースのディスカッション

• アセスメントレポートの振り返り

• 先輩マネジャーとの対話

• コーチからの電話フィードバック

• 上司との1対1面談

• マネジャートレーニング

• マネジャーコミュニティ

マネジャー

: Transition to Manager

本コラムに関係する箇所を、太字(青色)・下線。

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さらに、その中でも特に重要なものを見出すために、重回帰分

析という手法で分析しました。その結果が図表 です。色の濃淡

で関係性の強さを表しています。それまで正しいと思い込んでい

た間違った考えからの脱却には、「成長志向」と「意図的な自己

否定」の つが、統計的に関係がありました 注 。この つに

ついて、他の研究結果も参考にしながら掘り下げます。

成長志向

“ツァイガルニク効果”というものがあります。有名な社会学

者 レヴィンと弟子の ツァイガルニクとの共同研究で、

人間は達成された課題よりも未達成の課題の方が記憶に残るとい

うことが発見されました。例えば、あなたが ~ 人で定食屋に

行ったとします。全員が別々の定食を頼んだとしても、優秀なウ

ェイター・ウェイトレスであれば、誰が何を頼んだかを覚えられ

ます。そして料理ができ上がったら、お客様に確認することなく、

注文した人の前に出すことができます。ところが料理を出し終わ

ったら、誰が何を注文したかをすっかり忘れてしまうそうです。

料理を出していない(課題が達成されていない)ときは脳が緊張

状態にあるために、記憶に残っているのです。

何かを達成したいとか、自分はこうなりたいと強く思っていれ

ば、常にそのことが頭から離れません。そのため、見聞きしたも

のが引っかかるのです。恐らくフレミングも、感染症を撲滅した

いと強く思っていたのではないでしょうか。身近な例に戻せば、

良い商品を開発したいと強く思って試行錯誤している人であれば、

お客様からのちょっとした不満からでも、商品開発上のヒントを

感じることでしょう。一方で、毎日をぼーっと過ごしている人に

とっては、単なる不満でしかありません。

このように、自分の間違いに気づくためには成長志向が大切で

すが、注意すべきことがあります。間違った成長志向からは、間

違った気づきしかもたらされないということです。例えばマネジ

ャーになったにもかかわらずプレイヤーとして成果を上げたいと

しか思っていない人は、マネジメント上の問題点にはなかなか気

づけません。

目指すべき内容は、状況に応じて適切に変わるべきものです。

昇進したのであれば、昇進後のポジションにふさわしい成長志向

を抱かなければならなりません。そこで大切になるのが、人事・

人材開発部門の介入です。社員の成長志向のベクトルを正すため

に、それぞれのポジションに応じた期待役割を認識させる必要が

あります。

意図的な自己否定

ここでのキーワードは、“確証バイアス”です。人間は合理的

に考えようとしても、考えることはできません。無意識のうちに

偏ってしまうのです。これを意思決定バイアスといいます。その

うちの一つに確証バイアスがあります。これは、自分の主張や仮

説を裏付けるものを探してしまい、そうでないものを無視してし

まうことです。

ちょうどこの調査を実施していた頃に、私はインフルエンザの

予防接種を受けに行きました。医師から注意されたことの つは、

その日は飲酒をしてはいけないということです。ビール 杯ぐら

いなら大丈夫なはずだと思ってホームページを検索したのですが、

病院機関のどのホームページにも飲酒禁止と書かれていました。

そんなことはないだろうと一生懸命探したところ、「ビール 杯

ぐらいなら副作用はない」という(いま思えばちょっと怪しい)

医療コンサルタントのページに、ついにたどり着きました。これ

だ!と思った私は 杯だけ飲んでしまったのですが、これは完全

に確証バイアスに陥っていたのです。

意思決定バイアスは無意識のうちになされるため、是正するこ

とは簡単ではありません。図表 にある「立場を変えた検討」ぐ

図表 思い込みから脱却させてくれる本人特性は

出所:富士ゼロックス総合教育研修所

『人材開発白書 :ミドルの自己変革力』

*** :0.1%水準で有意 ** :1%水準で有意 * :5%水準で有意。

成長志向

意図的な自己否定

立場を変えた検討

思い込みからの脱却

自己能力への謙虚さ

正しいことへの回帰

n=1031

• 考えががらりと変わった• 考えが一気に変わった• 考えを変えることに、ためらいは

まったくなかった• 目からうろこが落ちるような感じだ• これこそが正しいやり方だと思った• 新たなやり方でやっていくことが待ち遠しく思った

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らいでは駄目なのでしょう。「他の立場があることは認めるけど、

自分にも自分の立場がある」で終わってしまうかもしれません。

自分自身を否定するぐらいの極端さが必要です。だからといって、

本当に否定する必要はありません。思考実験のように、否定して

みるだけでよいのです。

ただし、ここでも注意が必要です。自己否定をし過ぎると、も

のごとが進まなくなってしまいます。機会を逸してしまうことも

あるでしょう。時には、少しぐらいおかしいと思っても、前のめ

りになってチャンスをつかみに行くというようなことも必要です。

度を過ぎた自己否定は、意図的に否定しましょう。

自己変革サイクル

ここまでを整理します。初めに説明したことは、きっかけです。

自分の間違いに気づくためには何らかのきっかけが必要であり、

「失敗」、「他者」、「事実」に関連するものが効果的だと説明

しました。

ただし、誰もがそうしたきっかけに反応できるわけではありま

せん。そうしたきっかけをものにできる人には、「成長志向」と

「意図的な自己否定」という特性がありました。強い成長志向を

抱いていれば、何かのきっかけが生じたときに、自身の行動や態

度と結び付けて考えることができます。とはいうものの、結局は

自分を正当化してしまうこともあるでしょう。そうならないため

には、実は自分が間違っているのでは、と敢えて自分に問いかけ

るような強烈な内省が必要です。こうしたサイクル(図表 )を

回すことで、自分の間違いに気づくことができるようになります。

ただここまででは、自己変革の半分です。冒頭で説明したよう

に、間違いに気づけたからといって、必ずしも行動を変えること

ができるとは限りません。我々社会人を取り巻く仕事環境には、

行動変容の障害がたくさんあるのです。

図表 自己変革サイクル

出所:富士ゼロックス総合教育研修所資料

成長志向

• 強い成長志向を持っているほど、様々なきっかけと自分自身を関連付けようとする。

意図的な自己否定

• 極端に自分を否定するくらいでないと、固定観念を打ち破れない。

きっかけ

• 自己を振り返ろうと思わせるような機会。

失敗他者事実

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トム・ソーヤの冒険という本があります。その著者であるマー

ク・トウェインは、このようなことを言ったそうです。

「禁煙なんて簡単だ。私はもう何千回もやっている。」

このコラムを読んでいる方々の中にも、禁煙をしなければと思

っているのになかなかできない人がいるのではないでしょうか。

あるデータによれば、食生活を改めたり運動をしなければ心臓病

で死ぬと専門医に警告されても、そのようにする人は 人に 人

しかいないそうです 注 。人は変わらなければと思っても、行

動に移せるとは限らないのです。

仕事上の行動変容の阻害要因

ここでは禁煙ができない理由を分析しても仕方がありません。

ビジネスの場面で行動変容ができない理由は、禁煙ができない理

由とはおそらく異なるでしょう。ビジネスの世界では、ビジネス

特有の障害があるはずです。そこで 人に対する定量調査を

行い、その調査データを因子分析という手法で分析した結果、次

の つの障害が抽出されました。

仕事上の行動変容を阻む つの障害

⚫ 自分自身の迷い:なかなか強い意志を持てず、このままでも

よいのではと思ってしまうこと

⚫ 通常業務での忙殺:日常業務に追われ、腰を据えて取り組む

時間を確保できないこと

⚫ 現状の枠組みの弊害:現状の制度やルール、自分の権限や業

務範囲と整合がとれないこと

⚫ 強固な反対:上司や利害関係者に認めてもらえなかったり、

強い反対があること

⚫ 周囲の無関心:周りがこのままでもよい、面倒なことに巻き

込まれたくないと思っていること

障害を乗り越えて行動を変えるために

さて、これら つの障害は、さらに つに分類することができ

ます。「自分自身の迷い」と「通常業務での忙殺」は 本人 に起

因することです。そして「現状の枠組みの弊害」は 構造 に、ま

た「強固な反対」と「周囲の無関心」は 周囲 に関することです。

つまり、行動変容の障害を乗り越えるには、 本人のマネジメン

ト 、 構造のマネジメント 、 周囲のマネジメント 、という 種

類のマネジメントが必要になります。面白いことに、自己変革と

いいながら、マネジメントすべきものは自己だけではないのです。

行動変容に必要な つのマネジメント

⚫ 自分自身の迷い・通常業務での忙殺:本人のマネジメント

⚫ 現状の枠組みの弊害:構造のマネジメント

⚫ 強固な反対・周囲の無関心:周囲のマネジメント

それでは、この 種類のマネジメントのポイントは何でしょう

か。それを考えるために、 つの障害をもう少し掘り下げること

にします。どのくらい強い阻害要因になっているのかを属性別

(男性・女性 一般社員・部課長)に整理したのが、図表 です。

この図表からは、いくつかの特徴が読み取れます。まずは、い

ずれの属性でも大きな障害になっているのが、「通常業務での忙

殺」です。自分の行動ややり方を本当に変えるべきかを迷ってい

る(「自分自身の迷い」)のではなく、迷いはないのだけれども

実行に移すための十分な時間を確保できないことに悩まされてい

るようです。“本人のマネジメント”では、時間を確保すること

がポイントになりそうです。

そして、「現状の枠組みの弊害」、「強固な反対」、「周囲の

無関心」には、共通の傾向がみられます。下の 本の棒グラフよ

りも、上の 本の方が長くなっています。つまり、一般社員より

もマネジャーの方が、より強い阻害要因として感じているという

ことです。 構造のマネジメント と 周囲のマネジメント は、特

にマネジャーが意識しなければならないといえます。マネジャー

ともなれば、自己変革といえども 自己 だけで完結できないもの

がほとんどだからなのでしょう。既存の仕事の枠組み(構造)で

は収まりきれないものもあるでしょうし、周囲への影響も少なく

ないのでしょう。

こうした中では、具体的にどうすればよいのでしょうか。自分

の間違いに気づけた後に、すぐに自分の行動を変えたり新しいや

り方を導入するには、何に気をつければよいのでしょうか。ここ

からは、マネジャーを想定した上で、いくつかのヒントを提供し

ます。

第 部 気づいたことを行動に移すために

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自己のマネジメント:具体的で短期の目標に落とし込

むことで、先送りを避ける

通常業務で忙殺されてしまうがゆえに新しいことに取り組めな

いという理由は、どの属性でも上位に挙がっています。もしそう

であれば、業務の効率化に取り組まなければならないことになり

ます。あるいは、何かの業務を止める決断も必要になるでしょう。

業務効率が問題なのであれば、その専門書に譲ります。しかし、

その前に本当に時間がないことが原因なのでしょうか。

夏休みの旅行の予約をしそびれて、結局、家でだらだら過ごす

ことになってしまったことはないでしょうか。あるいは、配偶者

への誕生日プレゼントを買いそびれて、当日に慌ててインターネ

ットで購入して目録だけ渡したことはないでしょうか(ちなみに

この つの事例は、何を隠そう、私自身のことです)。旅行の予

約をする時間も、プレゼントを買う時間も、その気になれば簡単

に捻出できます。「忙しい」といつも口にしている人は、考えて

みてください。本当に時間がないのだろうかと。

多くの場合は、時間がないわけではありません。なかなか重い

腰が上がらずに、あるいはそれほど重要ではない目の前の業務を

優先してしまい、先送りをしてしまっているのです。

もしこのコラムをお読みいただいている方々もそうだった場合

は、この方法がヒントになると思います。それは、具体的で短期

の目標に落とし込むことです。

人間には、長期的な目標や抽象的すぎる目標はなかなか行動に

移せないという傾向があります 注 。反対に、目の前の具体的

な目標ほど、すぐに行動を起こしやすいのです。例えば、個人営

業スタイルが上手くいかなくなったことに気づいて、チーム営業

スタイルに変えようとしたとしましょう。もちろん、マネジャー

であるあなただけが変わればよいというわけではありません。一

方、それまでのやり方に慣れていたメンバーからは、大きな拒絶

反応が予想されます。このような難しい目標でも、「 週間以内

に 人のキーマンと意見交換をし、最低一人の賛同者を得る」と

いう目標に落とし込めば、心理的負担も軽くなります。最初の一

歩を踏み出してみようと思うようになるでしょう。

この目標の細分化には、派生効果があります。小さな目標を達

成することで自己効力感が高まり、取り組みにドライブがかかる

のです。自己効力感とは、自分は上手くやることができるだろう

という自信のことであり、心理学者の バンデューラによって提

唱された概念です。自己効力感が高ければ、逆境を跳ね返す力が

強くなるといいます 注 。小さな目標を達成することで、次の

より大きな目標に先送りせずに取り掛かることが期待できます。

図表 つの障害と属性別の程度

出所:富士ゼロックス総合教育研修所 『人材開発白書 :ミドルの自己変革力』

全体部課長

男性

部課長

女性

一般

男性

一般

女性

n=1031 n=300 n=131 n=300 n=300

自分自身の 迷い 3.54 3.59 3.46 3.51 3.56

通常業務での忙殺 3.80 3.87 3.82 3.76 3.75

現状の枠組みの弊害 3.66 3.77 3.75 3.60 3.57

強固な反対 3.46 3.70 3.57 3.43 3.20

周囲の無関心 3.70 3.87 3.87 3.54 3.62

因子を構成する質問項目レベルにて当てはまるかどうかを5段階で回答してもらい、その平均値を算出。

因子

平均値部課長・男性

部課長・女性

一般・男性

一般・女性全体平均との差

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構造のマネジメント:構造変更に過度に期待せず、ソ

フトパワーでカバーする

組織にはハード面とソフト面があります。「現状の枠組み」の

内訳である制度やルール、権限のあり方、業務分担などのハード

面であり、マネジメントや人材などがソフト面です。組織問題の

原因として、しばしばハード面が挙げられます。例えば、業績評

価制度と整合していないために新しい方針に従ってもらえないな

どという話は、よく耳にするところです。

しかし、制度にはベストなものはありません。どのようなもの

を導入しても、必ずデメリットが付きまといます。例えば株式会

社サイバーエージェント取締役人事部長の曽山哲人氏は、こう述

べています。

「どんなに練った制度でも、必ず白けてしまう人がいます(著者

注:その制度によって不利になったり、あまり恩恵にあずかれ

ない人がネガティブな反応をすることや、斜に構えること)。制

度自体を作り込み過ぎないことが大切です。制度は ~ 割、運

用が ~ 割です。」 注

それにもかかわらず、メリットだけに着目して安易に組織のハ

ード面をいじろうとする人は後を絶ちません。ある調査によれば、

新任 の半数近くが就任後 年以内に組織再編に着手するもの

の、大半の場合は失敗に終わるといいます 注 。

同様に、マネジャーが新たに取り組もうとしていることに制度

やルール、業務分担等を合わせようとしても、別のところで必ず

不整合が生じてしまうでしょう。さらには、そもそもそのマネジ

ャーのためだけに、会社の制度やルールが存在しているわけでは

ないのです。権限がなくても、あるいは自分の業務範囲を超える

ことでも、個人的な持ち味や影響力、あるいはコミュニケーショ

ン力を行使してものごとを進めている人はたくさんいます。構造

面の改善はもちろん大切なことですが、ソフトパワーでカバーす

る努力を忘れてはいけません。

周囲のマネジメント:相手のメリットを訴求するとと

もに、日頃から信頼残高を増やす

自分一人で完結することであればよいのでしょうが、マネジャ

ーともなれば、何か新しいことを始めようとすれば、必ずといっ

てよいほど、様々な所に影響を与えます。そして影響を及ぼす範

囲が広くなるほど、自分の行動ややり方を変えることが難しくな

ります。周囲の協力を得るには、どうすればよいのでしょうか。

私どもは、以前、周囲を巻き込んで大きな成果を挙げているマ

ネジャーの特徴を分析しました 注 。その結果、 つの特徴が

浮かび上がりました。 つ目は、相手の利害を考えていることで

す。周囲に何かを頼もうにも、相手には相手の考えがあります。

そうした中では、相手の利害を理解し、相手のメリットを訴求す

るような対応が必要です。自分の思いや考えを熱く語るだけだと

いうのが、最もやってはいけないことです。

ところがどんなに相手のメリットを訴えても、なかなか納得し

てもらえないこともあります。頼む前に勝負がついていることも

あるのです。相手が協力依頼に応じるかどうかは、依頼内容だけ

でなく、依頼する人でも判断します。「よくわからないけど、こ

の人が言っているのなら間違いないだろう」と思われる人もいれ

ば、逆に「言っていることは正しいかもしれないけど、何かあり

そうだなぁ」と思われてしまう人もいます。前者のタイプは、信

頼残高が高い人です 注 。これが つ目の特徴です。信頼残高

とは銀行の預金残高をメタファーにした言葉であり、信頼に足り

る行動をすれば残高は増え、裏切れば減ってしまいます。マネジ

ャーが機敏に自己変革を遂げるためには、日ごろから信頼残高を

増やす努力も大切なのです。

おわりに

入社間もない頃のことを思い出してください。恐らく、全ての

ことが新鮮に感じられ、なんでも吸収しようと思って働いたこと

と思います。今はどうでしょうか。その頃に比べるとはるかに能

力が付き、自分で仕事を切り盛りするようになり、その結果、組

織や部下に対するもどかしさを感じることも多くなったのではと

思います。自分のことだけでなく、組織を変えたいという気持ち

が強くなってきていると思います。

組織変革という言葉もありますが、組織が変わるわけではあり

ません。組織の中にいる一人ひとりが変わっているのです。しか

し、基本的には他人をコントロールすることはできません。でも、

自分のことならコントロールできます。他人を変えようとしたら、

自分から変わるべきです。その姿を見て、きっと周りも変わって

くれることでしょう。そうしたことに取り組もうと思っている

方々に、コラムが多少なりとも役立つことができれば幸いです。

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富士ゼロックス総合教育研究所

注 :まずは 社の協力のもとで 人に対する自由回答調査を行い、

以上の具体的なきっかけを収集した。そしれそれらを類似のもの同

士をまとめて抽象化し、 種類程度に集約した。その抽象化コメントで

調査票を作成し、 に対する定量調査を実施した。調査では頻度と効

果を回答してもらい、効果のデータの上位を抽出した。

注 :米長邦雄 『不運のすすめ』角川書店をもとに作成。自己変

革の事例として本事例に最初に着目されたのは、アンラーニングを研究

されている松尾睦先生(北海道大学大学院教授)であり、同氏の了承と

アドバイスのもとで掲載。

注 :伊藤かつら氏(日本マイクロソフト株式会社執行役)および小林

いづみ氏(日本マイクロソフト株式会社人事本部 マネージャー)へ

のインタビューによる。インタビューはそれぞれ 年 月 日お

よび 年 月 日に実施され、所属・役職は当時のもの。

注 :誤解のないように補足するが、 つの因子のすべてが、間違いに気

づける人の特徴であることは確かである。その中でも自分の間違いに気

づける確度が特に高いものが統計的に抽出されたということである。

注 :

[ロバート・キーガン、リサ・ラスコウ・

レイヒー著、池村千秋訳 『なぜ人と組織は変われないのか ハーバ

ード流自己変革の理論と実践』英治出版。

注 : [ゲイリー・

レイサム著、金井壽宏監訳、依田卓巳訳 『ワーク・モティベーショ

ン』 出版。]

注 :

注 : 年 月 日にインタビューを実施。役職は当時。

注 :

注 :富士ゼロックス総合教育研究所 『人材開発白書 :戦

略実行力 組織の壁とミドルの巻き込み力』。

注 :社会心理学者の が 年代に提唱した信頼蓄

積理論を起源にする。

【著者】

坂本 雅明(さかもと まさあき)

富士ゼロックス総合教育研究所 研究室長/

首都大学東京 大学院ビジネススクール

非常勤講師

生まれ。 年に 入社。 総研を経て 年より

現職。戦略策定・実行プロセスの研究に従事。また、戦略策定の

研修・コンサルティング、戦略策定合宿の企画・ファシリテーシ

ョンを担当。一部上場企業の顧問として中計策定や新事業開発、

子会社の経営支援にも携わる。首都大学東京では社会人学生向け

に戦略策定コースを担当。一橋大学大学院修了( )、東京工

業大学大学院博士後期過程修了(博士(技術経営))。

主要著書に『戦略の実行とミドルのマネジメント』(同文舘出

版、 )、『事業戦略策定ガイドブック:理論と事例で学ぶ戦

略策定の技術』(同文舘出版、 )

富士ゼロックス総合教育研究所では、 年より人材開発問

題の時宜を得たテーマを選択して調査・研究を行い、『人材開

発白書』として発刊しています。『人材開発白書 』は「ミ

ドルの自己変革力」をテーマに分析をしました。本コラムは

その分析結果にもとづいて書かれています。なお、『人材開発

白書』のバックナンバーは、弊社のホームページよりダウン

ロードできます( )。

当社では、このような組織課題に対応した研修・コンサルテ

ィングサービスを多数用意しております。貴社の課題にあっ

た提案をさせていただきますので、ぜひ、ご相談ください。

【お問い合わせ先】

株式会社富士ゼロックス総合教育研究所 マーケティング部

: :

⚫ 富士ゼロックス総合教育研究所とは

年に富士ゼロックスの教育事業部が独立してできた会社

です。富士ゼロックスや、そのグループ企業 万 千人を超

える人材の教育や人事制度改革を手がけるなど豊富な経験に

より、単なる理論研究やコンサルティング業務だけでは得ら

れない貴重なノウハウを蓄積してきました。こうした長年の

経験に裏付けられた各種プログラムや組織の仕組みづくりに

関する方法論を駆使して、「人と組織のマネジメント」全般に

わたるコンサルティングサービスを提供。現在では、自動

車、医薬品、情報サービス、電機、通信、金融、官公庁など

社を超えるお客さまへ、”戦略を成果へと導く確かなソリ

ューション”をご提供しています。

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