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地球公転測定の教材開発 大西浩次(長野工業高等専門学校) [email protected] Idea of the materials of the Earth Evolution Measurement Kouji Ohnishi (Nagano National College of Technology) 1.はじめに 空を見上げて太陽や星の運動を眺めていると、空の雲や地上を吹き渡る風のように、私たち の周りを取り囲む天球の星々が周期的なリズムを持って回り続けているように見える。古代の 人々は、地上にいる我々の上に雲が流れや風が吹き渡るように、天球上の星々が私たちの大地 を取り囲み、天球が周期的に回っているという天動説の描像で世界(宇宙)を認識したのは、極 めて自然なことであったであろう。ギリシャ時代に、天球の星々の運動を、「地球が太陽の周 りを公転していることによる見かけの運動である」 とする地動説を唱える人々がいた。しかし、 天動説より地動説のほうが論理的に天体の運動の説明しやすいと考えられる様になったのは、 精密な天体位置計測などが行われるようになったルネッサンス以降のことである。特に、ニュ ートンによる万有引力の発見(1687 年発表 1 )以降、多くの学者たちは、地動説を自然に受け入 れるようになった。しかしながら、地球公転の直接の証拠である光行差の発見は万有引力の発 見から約 40 年後の 1728 年であり、年周視差の発見は、さらに 110 年後の 1838 年であった。 このように、天動説から地動説への転換は学問の成熟や一般市民を含む人々への科学的手法の 普及を相俟って非常に長い時間をかけてきた。 このようなこともあり、子供たちの原体験として太陽の動きや星空を観察したことがあれば、 天体の運動の説明において、天動説的な考えを推論するのは極めて当然のことかもしれない。 縣らの調査(2004)によれば、小学校 4 年生たちに、「太陽の周りを地球が回っている」か、「地 球の周りを太陽が回っている」か、という質問したところ、約 60%近い生徒が、天動説的な「地 球の周りを太陽が回っている」という解答をしたという 2 。このことは、今日の理科教育の欠陥 を示している 1 例であるが、逆に言うと、当然のように「太陽の周りを地球が回っている」と 知っている大人たちのどのくらいの人々が、その理由を知っているか、そのような体感がある かというと、その割合はきっと少ないであろう 3 私は、このような社会における「科学知識」と「科学論理」のギャップを埋めるような、教 材開発を行いたいと考えている。そこで、この集録原稿では、おもに、地球公転にまつわる教 材のアイデアを示すことに限定し、詳細は改めて示したいと考える。 1 アイザック・ニュートン「自然哲学の数理的諸原理」(プリンキピア)刊行 2 縣らの調査の意図は、日常知(日常の生活で獲得したり、知り得たりする知識)と学校知(カリキュラムに沿 って習得する知識)の乖離、および、(系統的な学習が出来ない)「文脈の欠如」を示すことにあった。 3 私は、天動説を考えた半数近い生徒のうち、どのくらいの生徒が経験に基づいた推測をしたのかを調査できれば 大変興味深いと考えている。生徒たちが、体験に基づいて、天動説的な考え方を推論しているとすれば、(生徒の年 齢としては)十分に科学的な推論が出来ることを評価してあげるべきだろう。一方、地動説の考え方は、通常の体 験からは導き得にくい考えであり、テレビや本、あるいは親などの話より得た知識と考えられる。この知識を得た とき、もし、十分に自然観察の体験があれば、地動説を知ったとき、我々の「見える」現象が、見たとおりでなく、 地球の自転や公転による「見かけの運動」であることに、驚くであろう し、その考え方を全面的に賛成する土台が ないので、非常に戸惑う に違いない。一方、科学的な考え方ができていない、and/or 自然観察などの体験が不十分 な場合、逆に、驚くこともなく地動説を受け入れてしまうかもしれない。現代社会では、幼児期での自然体験や遊 び体験が減少し、早期よりバーチャルな体験が増えている。このような状況では、何事も「考え・疑う」を基本と する「科学的考え方」を自ら獲得することは難しいのかもしれない。この様な状況に、理科離れ・科学離れやニセ 科学の氾濫があるのかもしれない。そういうわけで、私としては、知識として習った内容を、(大人になってから) ふと疑問に思ったとき、明確に論理、かつ、実感として実習できるような教材を一般市民向けに開発する必要があ ると考えている。地球の自転や公転などの実習が、その入門になるものと考えている。天文学は、一般市民にこの ような「知識」と「論理」のギャップを埋める教材を提供しやすいのはないだろうか。

地球公転測定の教材開発 - PAOFITS WG · 空を見上げて太陽や星の運動を眺めていると、空の雲や地上を吹き渡る風のように、私たち の周りを取り囲む天球の星々が周期的なリズムを持って回り続けているように見える。古代の

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地球公転測定の教材開発 大西浩次(長野工業高等専門学校) [email protected]

Idea of the materials of the Earth Evolution MeasurementKouji Ohnishi (Nagano National College of Technology)

1.はじめに

空を見上げて太陽や星の運動を眺めていると、空の雲や地上を吹き渡る風のように、私たち

の周りを取り囲む天球の星々が周期的なリズムを持って回り続けているように見える。古代の

人々は、地上にいる我々の上に雲が流れや風が吹き渡るように、天球上の星々が私たちの大地

を取り囲み、天球が周期的に回っているという天動説の描像で世界(宇宙)を認識したのは、極

めて自然なことであったであろう。ギリシャ時代に、天球の星々の運動を、「地球が太陽の周

りを公転していることによる見かけの運動である」とする地動説を唱える人々がいた。しかし、

天動説より地動説のほうが論理的に天体の運動の説明しやすいと考えられる様になったのは、

精密な天体位置計測などが行われるようになったルネッサンス以降のことである。特に、ニュ

ートンによる万有引力の発見(1687 年発表1)以降、多くの学者たちは、地動説を自然に受け入

れるようになった。しかしながら、地球公転の直接の証拠である光行差の発見は万有引力の発

見から約 40 年後の 1728 年であり、年周視差の発見は、さらに 110 年後の 1838 年であった。

このように、天動説から地動説への転換は学問の成熟や一般市民を含む人々への科学的手法の

普及を相俟って非常に長い時間をかけてきた。

このようなこともあり、子供たちの原体験として太陽の動きや星空を観察したことがあれば、

天体の運動の説明において、天動説的な考えを推論するのは極めて当然のことかもしれない。

縣らの調査(2004)によれば、小学校 4 年生たちに、「太陽の周りを地球が回っている」か、「地

球の周りを太陽が回っている」か、という質問したところ、約 60%近い生徒が、天動説的な「地

球の周りを太陽が回っている」という解答をしたという2。このことは、今日の理科教育の欠陥

を示している 1 例であるが、逆に言うと、当然のように「太陽の周りを地球が回っている」と

知っている大人たちのどのくらいの人々が、その理由を知っているか、そのような体感がある

かというと、その割合はきっと少ないであろう3。

私は、このような社会における「科学知識」と「科学論理」のギャップを埋めるような、教

材開発を行いたいと考えている。そこで、この集録原稿では、おもに、地球公転にまつわる教

材のアイデアを示すことに限定し、詳細は改めて示したいと考える。

1 アイザック・ニュートン「自然哲学の数理的諸原理」(プリンキピア)刊行 2 縣らの調査の意図は、日常知(日常の生活で獲得したり、知り得たりする知識)と学校知(カリキュラムに沿

って習得する知識)の乖離、および、(系統的な学習が出来ない)「文脈の欠如」を示すことにあった。 3 私は、天動説を考えた半数近い生徒のうち、どのくらいの生徒が経験に基づいた推測をしたのかを調査できれば

大変興味深いと考えている。生徒たちが、体験に基づいて、天動説的な考え方を推論しているとすれば、(生徒の年

齢としては)十分に科学的な推論が出来ることを評価してあげるべきだろう。一方、地動説の考え方は、通常の体

験からは導き得にくい考えであり、テレビや本、あるいは親などの話より得た知識と考えられる。この知識を得た

とき、もし、十分に自然観察の体験があれば、地動説を知ったとき、我々の「見える」現象が、見たとおりでなく、

地球の自転や公転による「見かけの運動」であることに、驚くであろうし、その考え方を全面的に賛成する土台が

ないので、非常に戸惑うに違いない。一方、科学的な考え方ができていない、and/or 自然観察などの体験が不十分

な場合、逆に、驚くこともなく地動説を受け入れてしまうかもしれない。現代社会では、幼児期での自然体験や遊

び体験が減少し、早期よりバーチャルな体験が増えている。このような状況では、何事も「考え・疑う」を基本と

する「科学的考え方」を自ら獲得することは難しいのかもしれない。この様な状況に、理科離れ・科学離れやニセ

科学の氾濫があるのかもしれない。そういうわけで、私としては、知識として習った内容を、(大人になってから)

ふと疑問に思ったとき、明確に論理、かつ、実感として実習できるような教材を一般市民向けに開発する必要があ

ると考えている。地球の自転や公転などの実習が、その入門になるものと考えている。天文学は、一般市民にこの

ような「知識」と「論理」のギャップを埋める教材を提供しやすいのはないだろうか。

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2.地球自転について 私たちは、よく「地球は太陽のまわりを回っている」という。ここでいう「回っている」と

いうのは、「自転」ではなく「公転」の意味である。天動説から地動説への転換で、地球の「自

転」と「公転」の意味合いが分離したこと指摘しておこう。 この地球の「自転」はどのような事実で認識されるであろうか。有名なものとして、「フー

コーの振子」、台風の渦巻きなどの「コリオリ力」が上げられる。さらに、気象の変動(西か

ら天気が変わる)なども地球の自転の影響である。さらに、赤道と極地方では重力加速度の大

きさが地球回転の遠心力分違うというエトベス4効果などにより、直接確かめることも出来る。

3.地球公転について

図 1 雨の中、静止している人と歩く人の「かさ」(左)、光行差(右)

地球公転の最初に示された根拠は、ブラッドレー5による光行差の発見である(1728 年)。雨

の日に歩いている場合、ぬれないようにするには、「かさ」を進行方向に傾ける必要がある。

これは、歩いている人からみた雨粒の速度が、雨粒の速度と歩いている人の速度の合成になっ

て見えるからである。同様に、地球が毎秒 30km で太陽の周りを公転しているので、公転面に

垂直な方向の星の位置は、図 1 のような星の位置の「ずれ」が生じる。この「ずれ」の大きさ

は V/C であり、最大 20.5 秒角6と比較的大きな値になる。

このような、光行差を具体的に示す教材を作ることは難しいだろう。一方、地球の公転に伴

う星のドップラー効果を測るという教材は大変有意義であろう。いま、ドップラー効果による

「波長のずれ」の最大は、光行差と同じ V/C=1/10^4 であり、やや高分散の分光スペクトルで

あれば検出可能である。ところで、最近、ドップラー法による系外惑星探査が国内外で盛んに

行われている。わが国では、国立天文台岡山天体物理学観測所で、超高分散分光器7による系外

惑星探査が継続的に行われている。

これらのデータは、(1)いろんな赤緯の天体を、(2)長期にわたり継続観測されているので、

これらの星のデータは、教材の素材として非常に有効であろうと考える。

(a) ひとつの星を注目し、そのドップラー効果の変動を追うことで、地球公転を確認するこ

とが出来る。あるいは、(b) 同時に多くの星のデータがあるので、同時期のいろんな方向の星

のドップラー効果を測定することで、地球公転を確認することも出来るだろう。

4 エトベス(エトヴェシュ)(1848 年~1912 年)ハンガリーの物理学者 5 ジェームズ・ブラッドリー(1693 年~1762 年)イギリスの天文学者,1725 年よりロンドン郊外に望遠鏡

を設置し、ロンドンの天頂を通過するりゅう座γ星(エルタニン)を観測し、光行差を発見 6 v/c=30km/s÷30000km/s≒1/10^4 [rad] ≒20.5[arc second] 7 HIDES(高分散エッシェル・スペクトル分光器)、比波長分解能 100,000

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一方、地球の公転の決定的な証拠が、1838 年ベッセル8による年周視差の発見である。年周

視差の発見が光行差より 100 年以上遅れたのは、年周視差の大きさが非常に近傍の星でも数分

の 1 秒角程度しかなく、光行差の 100 分の 1 程度大きさであったからである。今日では、ヒッ

パルコス衛星により近傍の星の年周視差は精度良く求められている。教材としては、画像デー

タから測定するというより、ヒッパルコスのデータベースを使うことになるだろう。

4.SOHO 画像による地球公転角の測定

SOHO(Solar & Heliospheric Observatory)は NASA と ESA による地球と太陽の間、L1 に

ある太陽観測用衛星である。この衛星は 2 台のコロナグラフ(LASCO-C2, LASCO-C3)を搭載

し、常時太陽コロナを関している。これらの画像は、下記の HP9より、約 3 年分のデータを得

ることが出来る。さらに、アーカイブデータにアクセスすれば、Fits データも取ることができ

る。

図 2 SOHO LASCO-C3(視野半径約 8 度)の太陽とすばるの位置変化。

図 2 は、太陽の周りのコロナ画像である。背景にたくさんの星(約 8 等星まではほぼすべて

確認できる)が写っている。これらの画像を用いて、背景の星に対する太陽の動きを測定して

みよう。図 3 は、2008 年 5 月 15 日の太陽コロナと背景の星たちである。はじめに、(a) この

画像の星と星の間の離角を星表やプラネタリウムソフト(たとえば、アストロアーツ社のステ

ラナビゲータなど)で測る。次に、(b) マカリのグラフ機能を使い、それぞれの画像の星と星

の間のピクセル数を測定する。これらより、(c) 1 ピクセルあたりの角度がわかる。ここの測

定例では 56.5 秒角であった。この情報を使って、(d) この前後数日間の太陽の位置(太陽を

中心にしているので、写っている星の座標)を測定することで太陽の 1 日あたりの移動角が求

められる。発表で示した例では、2008.05.15 00:42 と 2008.05.21 01:09 の画像より、太陽の

移動角を測った。結果は、8667 分(6 日と 27 分)で(ΔX,ΔY)=(372, -38)ずれている。以上

よ り 、 0.0431 pixel/min で あ る こ と が わ か る 。 先 ほ ど の 、 56.6sec/pixel を 使 う と

3520min/day=0.98degree/day となる。0.98°/ 日より、1 年間でほぼ 360 度となることが確認

できる。このように SOHO 画像より、地球の公転角の測定ができる。これは、ここ 3 年ほど高

専 4 年生(大学 1 年生相当)の宇宙科学の授業で実習している。なお、この教材より、地球の

公転面の傾きや、惑星公転面(図 4)、(地球の楕円運動による速度変化)なども測定できる。

8 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセル(1784 年~1846 年)ドイツの天文学者、はくちょう座 61 番星の年周視

差を 0.314 秒と測定 9 http://sohowww.nascom.nasa.gov/data/realtime/realtime-c3.html

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図 3 SOHO LASCO-C3 画像内の星の離角とピクセル間隔

図 4 SOHO LASCO-C2 でみた太陽コロナと水星。これら惑星の動きより惑星の公転面がわかる。

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5.SOHO による内惑星のケプラーの法則 SOHO の LASCO-C2、LASCO-C3 に内惑星入ってくる。これらの角速度の違いより、ケプラーの

法則を確認する事が出来る。いま、図 5 の様に水星、金星が太陽の周りを回っているとすると

ケプラー運動 R3×ω2=GM より、R 水星=0.4AU,R 金星=0.7AU とすれば、それぞれの角速度は、

ω水星≒4.0ω地球、 ω金星≒1.7ω地球

となるはずだ。しかし、地球から見ると、これらの動きは図 5 の様になるため、異なってくる。

図 5 左は、内合のときであり、図 5 右は外合のときである。地球から見たときの見かけの角速

度は、内合のとき

Ω水星 Forward=2.0ω地球、 Ω金星 Forward =1.6ω地球、

外合のとき

Ω水星 Back=0.85ω地球、 Ω金星 Back=0.3ω地球

となる。実際に、図 6 の様に水星の外合時の動きは、Ω水星 Back=0.85ω地球で、4 章で求めた角速

度を使うと、半日程度で太陽の直径分の動きが期待できる。確かにそのようになっている。こ

のように、内惑星の内合、外合時の角速度を測定すると、これらより軌道半径を求たり、周期

も同時に使うとケプラーの法則も確かめる事が出来る。これらの教材は次回まで進める予定で

ある。

図 5 地球(黒丸)から見た、金星、水星(薄い丸)の角速度。左は内合のとき、右は外合の時。

初め、9 時の位置ところ(地球)から見た内惑星は、次の時(8 時 30 分の位置)、内合では、地球

を追い越して行くので、見かけ上ゆっくりと横切り、外合では逆に早く動いてゆくように見える。

この両者の差をみると、軌道半径を知る事が出来る。

図 6 水星の外合の様子。半日で、太陽直径(≒0.5 度)動いている。

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6.SOHO による太陽視差測定 SOHO は地球周回軌道ではなく、L1 を中心とする、地球から見た太陽からの 6 度の離角もつ

ハロー軌道上にいる。そのため、地球と SOHO では、大きな太陽視差が期待できる。これまで

の研究会集録に示したように、内惑星(水星・金星)の太陽面通過時の地上と SOHO の太陽視

差から、太陽までの距離 1AU が測定できることを示してきた(大西、2005,2007)。同様のアイ

デアは、日食のときの、太陽の周辺の星を使って、地上と SOHO での太陽位置のずれから太陽

視差=太陽の距離を求めることが出来る。2009 年 7 月には、日本近海で久ぶりの皆既日食があ

り、教材を作る良い素材が出来ることを期待する。

図 7 SOHO と地上から見た太陽視差

SOHO と地上から見た太陽視差は視差=(d*10^6km/1.5*10^8km)=(4d/10.8)度 となる。ここで

SOHO と地球の公転面上での最大距離はd_max=1.6 (*10^6km)であり、このとき 40 分角程度

の太陽視差が期待できる。

7.地球公転の教材

これまで、4,5 章では、SOHO の画像を使って、地球の公転の角速度を測定や、惑星の公転速

度から、ケプラーの法則を確かめるアイデアを示した。しかしながら、はじめから地動説の立

場で示したものであり、「はじめに」で書いた天動説や地動説を区別できるような教材ではな

かった。地動説を示す教材例として 3 章で高分散分光によるドップラー効果の測定例を示した

が、ここでは、それ以外の 2 つのアイデアを示したい。

(1) 変光星(食変光星)の周期変動より公転を確認する。

食変光星の場合、比較的周期的な光度変化が期待される。ところが、太陽の周りを公転

する地球で、変光星の周期を観測すると、半径 1AU の距離の年周変動しながら観測する

ことになる。すなわち、もし、黄道面上の変光星であれば、公転軌道直径分の時間のずれ、

年間±8 分の年周変動が確認できると期待する(図 8 参照)。いろんな方向の変光星を使え

ば、より詳しい公転の様子が確かめられるであろう。さて、手始めに有名な食連星アルゴ

ルの変光を確認してみた(図 9)。図 10 は 2008 年 12 月 16 日のアルゴルの主極小前後 3時間、全体で 360 分の冷却 CCD カメラ+50mm(F=1.4)カメラレンズによる観測結果であ

る。この測光観測により、主極小を 10 分程度で決める事が出来た(図 10)。この主極小の

測定から、変光星の周期の年周変動を求めるため、公転の様子を確かめてみたい。年間、

数回の観測を計画している。

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図8 変光星からの電磁波(光)の信号を地球が受ける

図 9 アルゴルの変光の様子。B-band(上), I-band(下)

図 10 アルゴルの変光の様子。B,V,R,I-band,横軸は 10 分単位。2008 年 12 月 16 日の観測

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(2)パルサータイミングでパルサー周期の変動から地球公転を確認する。

パルサーは、太陽程度の質量(1.4 太陽質量)の中性子星である。そのサイズは、10km と極め

て小さいため、その自転の周期は非常に正確で、もっとも正確な自然の時計である。このパル

サータイミングデータを使うと、極めて精度の良い地球公転の様子を得ることが出来る。日本

では、パルサー時計の研究として NICT の鹿島 34m電波望遠鏡で、PSR1923+29(*)の観測が

1993 年より継続的に行われている。このデータのアーカイブは、地球公転教材の素材として

大変興味深い。

8.おわりに 地球公転に関わるいくつかの教材のアイデアについて紹介した。(1) SOHO 衛星のデータを

利用した地球公転の角速度の測定、(2) SOHO 衛星のデータを利用した惑星公転面の測定、 (3) SOHO 衛星のデータを利用した内惑星のケプラーの法則の確認、(4) SOHO 衛星のデ

ータを利用した日食を使った太陽視差の測定、(5) 食変光星を使った地球公転の測定、(6) パ

ルサータイミングによる地球公転の測定、(7) 系外惑星探査用超高分散分光データを使ったド

ップラー効果の測定による地球公転教材、などである。これらのほとんどが、まだ、実際の教

材前のレベルです。もし、興味を持った方がいらっしゃいましたら、ご協力いただけると幸い

です。 参考文献 (1) 縣秀彦 et al. 「小学生の天文・宇宙に関する理解とその改善策の提案 -天動説支持者は4割-」

日本天文学会 2004 年秋季年会 Y01a、 (2) 縣秀彦 「理科教育崩壊 ―小学校における天文教育の現状と課題―」

天文月報 2004 年 12 月号 pp 726-736 (2) SOHO-HP http://soho.nascom.nasa.gov/ (3) http://sohowww.nascom.nasa.gov/data/realtime/realtime-c3.html (4) 大西浩次 「水星と金星の太陽面通過における人工衛星からの視差と 1 天文単位の測定」

日本天文学会 2004 年秋季年会 Y04b (5) 大西浩次 「1AU教材の開発」2004 年度 FITS 画像教育利用 WS (2005),

「太陽系のスケールをはかる」2006 年度 FITS 画像教育利用 WS (2007)