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写真1 雨量計設置状況の例 Photo.1 An example of the rain guage 山地で降水短時間予報を用いる際の誤差の検討 -インターネット降水短時間予報情報の山地実測雨量との誤差- The accuracy of short term rain forecast information on the internet compared with surface pluviometers in the mountain range Abstract Application of free meteorological information on the internet WWW to landslide disaster warnings, especially application of short term rain forecasts based on radar rain gauges, is a solution to appropriate warning and evacuation system. However, this information doesn’t have enough accuracy in some cases. Hence, in this study, its reliability is examined with observed rain data, taking meteorological types into account. Eventually, following results are revealed. 1) The stronger the precipitation is, the less precise the information of short term forecast is. 2) Meteorological types have considerable effect on the accuracy of the information of short term forecast. The accuracy tends to reduce with the meteorological type related to approaching low pressure. Notwithstanding this tendency, it doesn't reduce in case of typhoon. 3) It is noteworthy that in strong rainfalls the short term rain forecast tends to give underestimated values. Key Words:rain forecast, accuracy, warning and evacuation, meteorological types, disaster 1 はじめに 現在、各気象会社などがインターネットのホームページ上で公開している閲覧無料で 利用価値の高い降水短時間予報は、正時から次の正時までの 1 時間雨量を表すレーダ・ アメダス解析雨量(新保、2001(a),(b))などをもとにして、5km 四方ごとの降水量の 実況に加え、3時間先までの予報降水量を提 供するものが多い。気象庁が発表する降水短 時間予報は、レーダー・アメダス解析雨量な どを基に、日本全国を対象として1時間降水 量の予報を 5 ㎞四方ごとに 6 時間先まで示し たものである。その手法は、レーダー・アメ ダス解析雨量の外挿を基本に、地形による降 雨の発達・衰弱の要素を付加して計算されて いる。これにより、大雨の実況とその今後の 推移の把握、土砂災害の危険度の推定、中小 河川や都市河川における洪水等の予想が自主

山地で降水短時間予報を用いる際の誤差の検討ffpsc.agr.kyushu-u.ac.jp/control/Nowcast2.pdf時間予報情報の例 Fig.2 An example of information related to short

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写真1 雨量計設置状況の例

Photo.1 An example of the rain guage

山地で降水短時間予報を用いる際の誤差の検討

-インターネット降水短時間予報情報の山地実測雨量との誤差-

The accuracy of short term rain forecast information on the internet

compared with surface pluviometers in the mountain range

Abstract Application of free meteorological information on the internet WWW to landslide disaster warnings, especially application of short term rain forecasts based on radar rain gauges, is a solution to appropriate warning and evacuation system. However, this information doesn’t have enough accuracy in some cases. Hence, in this study, its reliability is examined with observed rain data, taking meteorological types into account. Eventually, following results are revealed. 1) The stronger the precipitation is, the less precise the information of short term forecast is. 2) Meteorological types have considerable effect on the accuracy of the information of short term forecast. The accuracy tends to reduce with the meteorological type related to approaching low pressure. Notwithstanding this tendency, it doesn't reduce in case of typhoon. 3) It is noteworthy that in strong rainfalls the short term rain forecast tends to give underestimated values.

Key Words:rain forecast, accuracy, warning and evacuation, meteorological types,

disaster

1 はじめに

現在、各気象会社などがインターネットのホームページ上で公開している閲覧無料で

利用価値の高い降水短時間予報は、正時から次の正時までの 1 時間雨量を表すレーダ・

アメダス解析雨量(新保、2001(a),(b))などをもとにして、5km 四方ごとの降水量の

実況に加え、3時間先までの予報降水量を提

供するものが多い。気象庁が発表する降水短

時間予報は、レーダー・アメダス解析雨量な

どを基に、日本全国を対象として1時間降水

量の予報を 5 ㎞四方ごとに 6 時間先まで示し

たものである。その手法は、レーダー・アメ

ダス解析雨量の外挿を基本に、地形による降

雨の発達・衰弱の要素を付加して計算されて

いる。これにより、大雨の実況とその今後の

推移の把握、土砂災害の危険度の推定、中小

河川や都市河川における洪水等の予想が自主

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図1 調査地域の位置図

Fig.1 Location of the study area

図2 インターネットで配信されている降水短

時間予報情報の例 Fig.2 An example of information related to short

term rain forecasts on the internet

的にでき、警戒・避難などこれらの災害への早めの対応に役立つと考えられる。また、

気象庁では、10 分間隔で 1km 四方ごとに予報を行う降水ナウキャストを 2004 年から公

開している。この降水ナウキャストは、地形による降雨の発達・衰弱を加味しないこと

もあり、降水短時間予報と合わせることにより利用価値が大きくなることを勘案し、か

つ、降水短時間予報については複数のホームページに公開されていて利用がし易いこと、

また著者らの過去のデータ蓄積が多いことを理由に、本稿では降水短時間予報に対象を

絞り、検討を行った。

中山間地における最近の 70%を超えるインターネットの利用率(千田ら 2006)を考

えると、大雨による土砂災害への警戒、林道の通行規制、山地野外作業の安全管理など

にも役立てることができると期待される。しかし、発表されている雨量は計算格子の代

表値であり、局地的には予報値と実際の雨量が一致しない場合がある。

土砂災害などの自主的警戒避難情報などとし

て、この降水短時間予報情報を利用する際には、

観測雨量を過小に予報した場合は警戒避難が遅

れるなどの問題が発生する。この点は、すでに実

施されている 1 ㎞四方の予報でも同様と考えら

れる。また、かなりの将来、マルチパラメターレ

ーダによる雨量分解能の向上や、数値気象予報モ

デルのカップリングが現業で期待されるように

なっても(真木ら 2004)、初期値や校正値などと

して用いる地上雨量計の劇的な増加が山地では

期待できないことから、このような精度上の問題

はそれほど解決されないと考える。したがって、

インターネット上の降水短時間予報情報を利用

する前に、アメダス地点以外での予報値と雨量

観測値(雨量)をも比較し、その結果の特徴を

掴んでおくことは重要なことと思われる。そこ

で本研究では、インターネットのホームページ

上で無料公開している降水短時間予報情報と山

地地点などにおける観測値を気象タイプごとに

分けて比較し、それぞれの特徴と、予報の見逃

しの原因を調べた。

また、気象庁はレーダー・アメダス解析雨量の

解析精度の向上のために庁外の雨量計データを

積極的に活用し、2003 年 10 月からは国土交通

省の河川局・道路局、及び 16 都道府県の雨量計

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の観測データを解析に加え、アメダスを含め約 5000 地点を利用した解析を開始した(気

象業務支援センター、気象新聞第 99 号、2003)。これにより、レーダー・アメダス解析

雨量に利用する雨量計は従来の約 3 倍となり、局地的な降雨をより精度よく捉えること

ができるようになったとされ、それに基づく降水短時間予報は、精度の向上が期待され

る。そこで、この精度の向上度についても評価を行った。

2 研究対象地

本研究の対象地は、九州北部とし、比較対象のために中国山地において 2000~2001

年に観測を行った既往の研究の成果(久保田 2003b)も参考とした。雨量計設置地点

は、平野部の調査地として福岡市東区箱崎(以下、「箱崎」と呼ぶ)、山地の調査地とし

て福岡市の東方約 15kmに位置する九州大学農学部福岡演習林御手洗水地区(以下、

「御手洗水」)、及び新建地区(以下、「新建」)を選定した。

調査地の位置関係を図1に示す。各調査地区において、箱崎では農学部 2号館の屋上

の 1点(標高約 20m)、御手洗水では互いに直線距離約 250m離れた尾根上の標高 230m

地点と 270m地点の 2 点、新建では林道沿いの標高 275m地点の 1 点において、0.5 ㎜

転倒枡型雨量計(写真3.1)を用いて雨量の観測を行った。前述の既往研究の中国山

地では、岡山県川上村の鳥取大学農学部附属蒜山演習林(標高 740m、南東斜面)と鳥

取県三朝町の同じく鳥取大学農学部附属三朝演習林(標高 840m 地点、北西斜面)に雨

量計を設置した。蒜山・三朝の2地点は、地形性降雨の影響などが検討しやすいように

斜面方位が 180 度異なるが、2点間で降雨のばらつき(変動係数)や平均値に有意な差

が見られなかったので(久保田 2003(a))、九州北部と同じ、梅雨などに降雨の多くな

る南向き斜面の蒜山の観測結果を参考として比較検討に用いた。

3.解析方法

3.1 使用データ

九州北部での観測は、2002 年~2005 年の梅雨・台風シーズンに当たる 6 月から 10

月にかけて行った。なお、新建での観測は、2005 年以降である。また、御手洗水で

の観測値は 2 つの観測地点の距離が離れていないことや、観測値もほぼ等しいことか

ら 2地点の値を平均した値を地点雨量として研究を行った。

本研究では、観測期間のうち 5mm/h 以上を観測した時のデータを抽出し、表 1 にあ

る「気象タイプ別」に分類して用いた。5 ㎜/h 以上を基準としたのは、最も土砂災害

の生じやすいといわれる活火山地域において土石流を生じた最小雨量が、6㎜/h であ

ったこと(雲仙普賢岳、長崎県、1992)から約 5 ㎜/h 以上であれば実用価値があるも

のと考えた。

予報値は、国際気象海洋株式会社の web ページ上で公開されている「レーダー・アメ

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(1)気象Ⅰ TypeⅠ

(2)気象Ⅵ TypeⅥ

図3 気象タイプの例

Fig.3 An example of meteorological types

ダス合成値」(以下、実況値)、及

び「1時間後降水量」(以下、1 時

間後予報)、「2時間後降水量」(以

下、2時間後予報)の画像を用い、

各調査地を含む格子の値をその調

査地の予報値とした。なお、御手

洗水の 2 地点の雨量計は同じ格子

内に位置するが、他の調査地が同

じ格子に含まれることは無かった。

また、画像から得られる実況値な

らびに予報値は、0-1 ㎜/h、1-5 ㎜

/h、5-10 ㎜/h、10-20 ㎜/h、20-30

㎜/h、30-40 ㎜/h、40-60 ㎜/h、60-80

㎜/h、80 ㎜/h 以上と雨量階級で示

されている(図2)。従って、実況

値・予報値が実測雨量に対して過

小の場合は雨量階級の上限との差

を取り、過大値の評価には下限と

の差を取るが、この雨量階級内で

あれば適中と見なした。研究対象

を 2時間予報雨量までとした理由

は、3時間以上では精度が悪化する

ので、空振り率と適中率(検出率)

のバランスも悪く、実用上利用価

値が低下する(例えば、富山

2006)ことと、災害警報としての

必要なリードタイムが 2 時間程度となることを参考にした(富山 2006)。

こうして得られたデータを、調査対象地の降雨に関係すると思われる 6 つの気象タ

イプ(表 1、図3)に分けて解析を行った。なお、降雨時の気象条件を調べる際には、

アルゴス気象センターの web ページで公開されている実況天気図の「アジア地上解析」

の画像、及び北海道放送(HBC)の web ページで公開されている HBC 専門天気図アーカイ

ブの「アジア地上解析天気図」などの画像を用いた。

また、レーダー・アメダス解析雨量に利用可能な雨量計の増加による精度向上の検

討の為には、利用する雨量計が増加する前のデータとして、2002 年及び 2003 年の 6

月から 10 月にかけて箱崎と御手洗水で観測したものを用いた。ただし、降水短時間予

報データは、気象会社や大学のサーバーの不調などにより入手できない時もあり、2004

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表 1 気象タイプの説明

Table 1 The definition of the meteorological

types

Ⅰ 停滞前線が九州北方の日本海上、又は九州北

部、又は九州中部に停滞している場合

Ⅱ 九州北部に停滞前線が延び、かつその前線上

にメソ低気圧がある場合

Ⅲ 前線を伴う低気圧の暖域に九州北部が含まれ

ている場合

Ⅳ Ⅱ + 台風が鹿児島の南方約 500km に接近

した場合

Ⅴ 気圧の谷や、前線が明確でない低気圧が九州

北部を通過する場合

鹿 島 南

年のデータに関しては得られた降水

短時間予報情報が少なかったために

解析には用いなかった。

3.2 解析方法

各調査地において、予報の精度を

調べるため 5 ㎜/h 以上の雨量を記録

した時の実測雨量と、同時刻の実況

値、1 時間後予報 Rd1・2 時間後予報

Rd2 の数値を用いて、以下の(1)式、

及び(2)式により適中率(検出率)お

よび非適中率を求めた。ここでは、

非適中率は実況と予報が外れた場合

すべてではなく、実況と予報が 5 ㎜

/h 以上の誤差を出した場合を対象と

している。その理由は、前述のよう

に最も土砂災害の起こりやすい

火山地域などで土石流を生じた最小雨量が 6㎜/h であったことと、5 ㎜/h に近い今回

の観測雨量の標準偏差を参考にしたことにある。

100/h5

5mm/h×

以上のデータ数㎜時間雨量

未満のデータ数予報誤差が適中率= ・・・(1)

100/h5/h5

×以上のデータ数㎜時間雨量

以上のデータ数㎜予測誤差が非適中率= ・・・(2)

これらの値を用いて予報の精度の特性や、気象条件などの各因子と予報精度の関係を

調べた。

また、実況・予報値が実測雨量との間に生じた誤差を数値化するため、以下の(3)、

(4)式を用いて、実況・予報値が雨量を過大に評価していた場合は正、実況・予報値が

雨量を過小評価していた場合は負のように雨量誤差を表し、雨量誤差と実測雨量の関

係などを調べた。

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0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

実 況 1時間後 2時間後

適中

率(%

)

箱崎御手洗水全体

図5 2002-2003 年の適中率

Fig.5 Detection rate in 2002 and 2003

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

実 況 1時間後 2時間後

適中

率(%

)

箱崎御手洗水新建全体

図4 2005 年の適中率

Fig. 4 Detection rate in 2005

表2 判別適中率、スレットスコアの計算方法

Table 2. The explanation of the rate of detection and the threat score

① 実況・予報値が雨量を過大評価していた場合、

雨量誤差ΔR=(実況・予報値の雨量階級の下限値)-(実測雨量) ・・・(3)

② 実況・予報値が雨量を過小評価していた場合、

雨量誤差ΔR=(実況・予報値の雨量階級の上限値)-(実測雨量) ・・・(4)

ただし、実測雨量が実況・予報の雨量階級の値の範囲に含まれる場合の誤差ΔR は 0

とした。

後述の「結果」で説明する図7~図12の縦軸つまり雨量誤差のうちプラスのプロ

ットで示されているものが過大評価(過大予測)であり、その割合は過小評価(過小

予測)よりも少ない。また、警戒・避難など防災対策上も過小評価は過大評価よりも

危険と考えられるので、本論では過小評価に重点を絞って解析・検討を進めた。

気象条件が雨量の過小評価にどれほど影響するかを調べるために、実況・予報値が

雨量を 5 ㎜/h 以上過小に評価するか否か(雨量誤差ΔR が-5 ㎜/h 以下であるか否か)

を後述のように数値化して目的変数とし、説明変数に実測雨量及び後述する方法で数

判別された群

1 0

1 a b 真の群

0 c d

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値化した気象タイプを用いた重判別解析を行った。

重判別解析の有効性の検討には、次の(5)、(6)式により求めた判別適中率、スレッ

トスコア(表2、Jollitte et. al. 2003)、及び判別関数式の誤判別率を用いた。

実況・予報値が雨量を 5 ㎜/h 以上過小に評価した場合を 1 群、そうでない場合を 0

群とした。

100×+++

+dcba

da判別適中率= ・・・(5)

100×++ cba

a=スレットスコアTs ・・・(6)

また、参考とした既往研究の中国山地の調査地では災害発生の気象要因が九州よりや

や複雑と思われる(久保田 2003(b)、2006)ので、解析に使用する気象要因は九州北部

より詳しいものとなっているが、ここでは、後述のように実用上使用し易い、「気象タ

イプ別」の誤差を検討することにした。

使用した雨量は、観測点の雨量、及び、それぞれの降雨日時に対応する先述した気象

庁降水短時間予報のインターネット上の公開雨量である。ただし、降水短時間予報デー

タは、情報提供元サーバーの不都合や落雷による停電等々の理由で、九州北部に関して

入手できたのが 2002~2003 年と 2005 年(6 月~10 月)期間で、1 時間予報 Rd1 が 166

イベント、2 時間予報 Rd2 が 146 イベントであった。ちなみに、既往研究の中国山地で

は 2000 年~2001 年(6月~10 月)期間で、1時間予報 Rd1 が 37 イベント、2時間予報

Rd2 が 23 イベントの入手数であった。この既往研究では、先述の気象タイプスコア S、

850hpa 高度の湿数(T-Td)850、850hpa 高度の代表風速 U850、風向、雷雨や強雨の発生し

易さの指数である K 指数(大野 2001)を説明変数として用い、5mm/hr 以上過小の有無

「Yes」・「No」を目的変数にした重判別解析を行ったが、判別適中率が 1 時間予報に対

して80%、2 時間予報に対して70%、Ts は両者とも30~45%を得た(久保田

2003(b))。

しかし、林道の通行止め、森林作業の中止、住民の警戒避難などでは気象知識の少な

い人々を対象にすることもあり、そのような場合、実用上は出来るだけ簡単な方法が望

まれる。従って、本研究の九州北部については、同じ目的変数に対して、気象タイプス

コアを数値化したもの(スコア S)と降雨量のみを説明変数として解析したが、その際

の判別適中率は75%以上を示しており、説明変数の簡略化は妥当と考える。

4 結果と考察

4.1 過小予報の検討

雷雨ではレーダ雨量が過大になると言う山岳地域高密度雨量計観測(佐々木ら 2006)

で得られた結果もあるが、本論での対象は解析雨量に基づく短時間予報でありこれとは

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0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

実況 1時間後 2時間後

適中

率(%

)ⅠⅡⅢⅤⅥ

(a)2005 年 (Ⅳはデータ不足で表示なし)

0

10

20

30

40

50

60

70

80

90

100

実況 1時間後 2時間後

適中

率(%

)

(b)2002-2003 年(Ⅱ、Ⅳ、Ⅴはデータ不足表示な

し)

図6 気象パターン別適中率の例(御手洗水)

Fig.3.6 An example of detection rate classified with the

やや異なる。しかし、ここでも、後述の雨量誤差に示されるような過大予報は見られる。

しかし、当研究では、警戒避難など防災上で危険側となる恐れのある過小予報を研究対

象とした。

前出の既往研究では、「5mm」以上過小な予報降雨イベントは 1時間予報 Rd1 の降水短

時間予報データ入手数 37 件中 5件(13.5%)、2 時間予報 Rd2 も 23 件中 5件(21.7%)

とそれほど多くはないことが判明したが、しかし、Rd1 で最高 17.5mm/hr 過小な予報を

した他、10mm/hr 以上の過小予報も 3 件あり、Rd2 でも最大 23.5 mm/hr 、局所的雷雨

では 47.5mm/hr もの過小予報があった。今回の研究では過小予報が多く(図7~12)、

山地ではない箱崎でさえ、入手データ―Rd1 の 8 件中 1件(台風接近時)で 14mm/hr 過

小、Rd2 の7件中 1 件(台風接近時)で 18.0mm/hr の過小予報を出している。

4.2 適中率

2005 年、及び 2002-2003 年の実況、1

時間後・2 時間後予報の九州北部におけ

る適中率を図4~5に、代表的な気象タ

イプ別の適中率を図6に示す。

調 査 地 全 体 で 見 る と 2005 年 、

2002-2003 年ともに実況値の適中率は

60%をこえているが、1 時間後、2 時間

後と予報時間が進むにつれて低下する

傾向があり、1 時間後予報では 50%を割

り込んでいる。

山地で、2002~2003 年、2005 年とデ

ータのそろっている御手洗水の気象タ

イプ別適中率をみると、気象Ⅰ、Ⅲ、Ⅵ

は 2005 年と 2002-2003 年で同様の減少

傾向を示し、全体的に 2002-2003 年より

も 2005 年のほうが高い適中率を示して

いる。しかし、気象Ⅱ、Ⅴ、Ⅳに関して

は得られた予報のデータ数が 1~2 件と

少なかったために明確なことは言えな

い。

4.3 非適中率

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-30

-20

-10

0

10

20

30

0 5 10 15 20 25 30 35 40

実測雨量(㎜/h)

雨量

誤差

(㎜/h)

箱崎御手洗水新建

図7 1 時間後予報での雨量誤差と

実測雨量の関係(気象Ⅰ)

Fig.7 Relationship between the observed rain and

the error in the one hour rainfall forecast

( t l i l t Ⅰ)

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 5 10 15 20 25 30 35 40

実測雨量(㎜/h)

雨量

誤差

(㎜/h)

箱崎御手洗水新建

図8 1 時間後予報での雨量誤差と

実測雨量の関係(気象Ⅲ)

Fig.8 Relationship between the observed rain and the

error in the one hour rainfall forecast (meteorological

2005 年、及び 2002-2003 年

の実況、1時間後・2時間後予

報の非適中率では、当然であ

るが、適中率とは逆に予報時

間が進むにつれて値が大きく

なる。2002-2003 年では各調査

地で 2 時間後予報では非適中

率は 80-90%に上るが、2005

年の御手洗水では 1 時間後予

報・2時間後予報ともに改善が

見られ、2 時間後予報でさえ約

75%まで低下している。また、

2005 年以降に観測された新建

においても 2 時間後予報で約

60%となっているが、箱崎で

は変化は見られなかった。

4.4 2002 年~2003 年と 2005 年の比較

補正用地上雨量計が増加した 2005年の降水短時間予報では、2002-2003 年と比べて、

やや高い適中率を示していた(図4と図5及び図6(a)と(b)の比較)。しかし、上記箱

崎のように改善の見られない場所もあり、2005 年に降水短時間の予報精度が向上した

とは単純に言えないと思われる。予報精度の向上に関する検討には、今後の継続した調

査が望まれる。

4.5 雨量誤差と実測雨量

の関係

この研究の主な目的はイン

ターネット雨量予報情報の精

度検証であるので、ここでは

実況値の検討は省略し、デー

タが多い代表的な気象タイプ

ごとに、1 時間後予報における

雨量誤差と実測雨量の関係を

図7~9に、2 時間後予報にお

ける雨量誤差と実測雨量の関

係を図10~12に、それぞ

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-30

-20

-10

0

10

20

30

0 5 10 15 20 25 30 35 40

実測雨量(㎜/h)

雨量

誤差

(㎜/h)

箱崎御手洗水新建

図10 2時間後予報での雨量誤差と

実測雨量の関係(気象Ⅰ)

Fig.10 Relationship between the observed rain and

the error in the two hour rainfall forecast (meteorological typeⅠ)

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 5 10 15 20 25 30 35 40

実測雨量(㎜/h)

雨量

誤差

(㎜/h)

箱崎御手洗水新建

図9 1 時間後予報での雨量誤差と

実測雨の関係(気象Ⅵ)

Fig.9 Relationship between the observed rain and

the error in the one hour rainfall forecast (meteorological typeⅥ)

れ示した。ここで示すデータはすべて 2005 年観測のものである。

1 時間後・2 時間後予報と予報時間が進むにつれ過大評価が少なく、過小評価(縦軸

のマイナス)が多くなるのがわかる。

この原因としては、降水短時間予報がレーダー・アメダス解析雨量の外挿を基本に行

われているために、予報発表後の水蒸気の供給で予想以上の降雨が起きてしまったこと

などが考えられる。

Page 11: 山地で降水短時間予報を用いる際の誤差の検討ffpsc.agr.kyushu-u.ac.jp/control/Nowcast2.pdf時間予報情報の例 Fig.2 An example of information related to short

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 5 10 15 20 25 30 35 40

実測雨量(㎜/h)

雨量

誤差

(㎜/h)

箱崎御手洗水新建

図11 2時間後予報での雨量誤差と

実測雨量の関係(気象Ⅲ)

Fig.11 Relationship between the observed rain and the

error in the two hour rainfall forecast (meteorological

-30

-20

-10

0

10

20

30

0 5 10 15 20 25 30 35 40

実測雨量(㎜/h)

雨量

誤差

(㎜/h)

箱崎御手洗水新建

図12 2時間後予報での雨量誤差と

実測雨量の関係(気象Ⅵ)

Fig.12 elationship between the observed rain and the

error in the two hour rainfall forecast (meteorological

typeⅥ)

この件は、先に述べたマル

チパラメターレーダ(例えば、

真木ら 2004)の採用や数値気

象予報モデルとの組み合わせ

が実用化されると改良される

可能性はあるが、その時期と

改善程度は明確とは言えない。

4.6 重判別解析

予報値が雨量を 5 ㎜/h 以上

過小に評価するか否かを目的

変数として数値化し(5㎜/h以

上過小評価した場合を 1、そう

でない場合を 0とする)、説明

変数に数値化した気象タイプ

と実測雨量を用いた重判別解

析を行った。

九州北部の気象タイプの数値化

に際し、気象Ⅰ、気象Ⅱ、気象

Ⅲ、気象Ⅴ、気象Ⅵに対してそ

れぞれ 0.33、0.27、0.19、0.60、

0.17というスコア値Sを用いた。

これは 2005 年の全データにお

いて各気象で雨量を5㎜/h以上

過小評価した比率に相当し、

様々な値をスコアに代入したと

ころ、この値を使用した場合が

最も良い判別適中率を示したた

めに、これらの値を採用した。

このスコアでは気象Ⅴ、Ⅰ、Ⅱ、

Ⅲ、Ⅵの順でスコアが高い、す

なわち降雨を過小評価しやすいことになる。

判別関数は研究対象地別に次の様になった。Ri は時間雨量(mm/hr)、S は先の気象タ

イプ別スコア。

①新建:F1=0.231Ri+11.6S-5.53

②御手洗水:F2=0.173Ri+6.44S-3.88

Page 12: 山地で降水短時間予報を用いる際の誤差の検討ffpsc.agr.kyushu-u.ac.jp/control/Nowcast2.pdf時間予報情報の例 Fig.2 An example of information related to short

③箱崎:F3=0.200Ri+4.68S-3.51

解析結果では、各調査地における判別適中率は概ね 1 時間後予報で 85%以上を示し

ている。スレットスコア Ts は御手洗水の 1 時間後予報で 40%が最低であり、他の 1 時

間後予報は 46~59%で、箱崎の 2 時間後予報のみは 81%と高率となっている。これによ

り、降雨強度と気象条件は雨量の過小評価に影響していることが示唆された。

4.7 気象タイプと予報精度の関係

観測数が少なかった気象条件のデータ数を補うために、2005 年のデータと 2002-2003

年のデータをあわせて気象タイプと適中率の関係について調べると、適中率では、気象

Ⅳ、Ⅴにおいて他の 4気象と比べて低い値を示した。ただし、気象Ⅳは、3年分のデー

タをあわせても、データ数が、実況、1 時間後・2 時間後予報でそれぞれ 1 件、3件、2

件と少なかったために信頼性は低い。残りの 4 気象をみると実況値では大差が無いが、

1 時間後・2時間後予報において気象Ⅵが他の気象よりも高い適中率を示した。

これにより、気象Ⅴでは他の気象よりも予報精度が悪く、気象Ⅵの 1 時間後・2時間

後予報では他の気象よりもやや精度が良いということが言える。この原因としては、降

水短時間予報の雨量の外挿の際に、現在と過去の降水分布の位置をずらしながら比較し、

最もタイプが一致したときの位置のずれをその時間の降水分布の移動方向と移動距離

とみなすタイプ・マッチングという手法を用いているため、降水に方向性が無い前線を

伴わない降雨(気象Ⅴ)では予報が外れやすく、雲の移動や風の方向性が明確な台風時の

降雨(気象Ⅵ)では予報が当たりやすいことが考えられる。

5 まとめ

今回の研究では、次のことが明らかになった。

1)降水短時間予報の精度は予報時間が長くなるほど、また降水強度が大きくなるほ

ど悪くなる傾向がある。

2)予報値では図7~図12に見られるように、雨量を過小に評価している場合がや

や多く、特に、前線に向かって南西の湿った風が吹き込むことにより強い雨を伴うこと

もある気象タイプⅠ,Ⅲの1時間予報とタイプⅠの 2 時間予報ではこの傾向が大きかっ

た。このように、気象条件(気象タイプ)の違いが予報精度に影響する結果となった。

気圧の谷や、前線の明確ではない低気圧通過時などの適中率は低下する傾向があるが、

台風時の予報は比較的精度が良い。

3)予報の精度が落ちるにつれて、つまり予報時間が長くなれば、過小評価となる割

合が大きくなり、土砂災害や洪水の発生予報の見逃しにつながる恐れがある。

4)補正用地上雨量計が増加した 2005 年の降水短時間予報では、2002-2003 年と比

べて、やや高い適中率を示していた。しかし、前述のように、この検証には今後の継続

した調査が望まれる。

Page 13: 山地で降水短時間予報を用いる際の誤差の検討ffpsc.agr.kyushu-u.ac.jp/control/Nowcast2.pdf時間予報情報の例 Fig.2 An example of information related to short

降水短時間予報を土砂災害の警戒・避難などに利用する際には、予報値だけに頼るの

ではなく気象タイプも十分考慮して予報雨量を判断することが重要であると思われる。

上記のような見逃しを生じた気象タイプでは、予報値よりも大きい値を仮の予報値とし

て考える必要があると思われる。

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