7
916 ●原 要旨:わが国の若年者の呼吸機能検査の基準値を作成する目的で,10 歳から 20 歳までの 1,141 名を対象に 肺活量と努力肺活量を実施し,鼻炎や喘息の疑いのある症例や喫煙者を除外した 636 名(男性:363 名, 女性:273 名)の呼吸機能検査値を解析した.ゲンズラーとテフノーの一秒率は,年齢に関係なく,ほぼ一 定の値を示すが,その他の呼吸機能検査は全て 10 歳代後半のプラトーに達するまで,年齢と共に増加した. ゲンズラーとテフノーの一秒率を除いて,性,年齢,身長の単回帰分析における寄与率や回帰係数は,身長 が最も高く,次いで年齢であった.また,重回帰分析も同様の結果であり,10~20 歳の若年者では,性別 や年齢よりも身長が呼吸機能の最も重要な予測因子になることが示唆された.男女別に,身長と年齢の 2 変数の重回帰式で呼吸機能検査予測式を示した. キーワード:若年者,呼吸機能検査,基準値,重回帰分析,予測式 Young subjects,Respiratory function tests,Predicted values, Multiple linear regression analysis,Prediction relation 近年,気管支喘息(喘息)の罹患率,とくに若年者に おける罹患率がわが国で急激に増加 )~している.また, 慢性閉塞性肺疾患(COPD)の罹患率も増加傾向 にあ り,世界的に今後の高齢化社会における重大な社会問題 と認識され始めている .これらの気道疾患の診断や管 理において呼吸機能検査は重要な基本的検査項目であ る.しかしながら,わが国の一般臨床における呼吸機能 検査の施行率はまだまだ低い. 現在,わが国のスパイロメーター各機種に採用されて いる基準値は,必ずしも本邦のデータから作成されたも のではなく,欧米の基準値も多々採用されている.1993 年 2 月に日本胸部疾患学会肺生理専門委員会より,また 2001 年4 月に日本呼吸器学会肺生理専門委員会から「日 本人のスパイログラムと動脈血液ガス分圧基準値」が報 告された .しかし,これらの報告における基準値は主 に 20 歳以上の成人を対象にしたものであり,20 歳以下 の若年者の呼吸機能の基準値は 30 年程前の報告 から のデータが未だに使用されている. 近年,若年者における体格のみならず体力に大きな変 化が見られることより,我々は東北地方 6 県において, 気道疾患対策会議を立ち上げ,その活動の一環として, わが国の 10 歳から 20 歳の若年者の呼吸機能の基準値を 作成した. 研究対象 被験者は,福島県を除く東北地方 5 県に在住する 10 歳から 20 歳までの 1,141 名である.各年齢において, 男女それぞれ 20 名程度を目標として被験者を集積した. これらの被験者は,日本呼吸器学会肺生理専門委員会報 で用いられた被験者の選択基準とほぼ同様な,以下 の基準を満たす者とした. 1)過去及び現在において心肺疾患を有せず,現在呼 吸器症状(喘鳴,咳,痰,労作時息切れ)のない症例. 2)肥満を除外する. 3)神経筋疾患や円背など胸郭障害を除外する. 4)歩いて測定所へ行ける人. 5)重症の痴呆症なく,スパイログラムができる人. 6)腎不全・肝不全などの重症例を除外する. 7)インシュリン治療中の糖尿病や症状のある副鼻腔 炎等呼吸機能に影響を及ぼすと考えられる疾患は除く. 8)ただし,高血圧・内分泌疾患・精神疾患・消化器 疾患・局所の癌などは考慮に入れなかった. 日本人の若年者(10 歳から 20 歳)の呼吸機能検査の基準値 田村 高梨 信吾 佐々木昌博 小林 山内 広平 進藤千代彦 飛田 井上 洋西 〒9808574 仙台市青葉区星陵町 1―1 1) 東北大学病院感染症呼吸器内科 2) 弘前大学医学部内科学第二講座 3) 秋田大学医学部呼吸器内科学分野 4) 岩手医科大学第三内科 5) 東北大学医学部保健学科 6) 東北大学保健管理センター (受付日平成 18 年 6 月 27 日) 日呼吸会誌 44(12),2006.

日本人の若年者(10歳から20歳)の呼吸機能検査の基準値 ...量でのフロー( 50)並びに25 %肺活量でのフロー( 25) 918 日呼吸会誌 44(12),2006.

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Page 1: 日本人の若年者(10歳から20歳)の呼吸機能検査の基準値 ...量でのフロー( 50)並びに25 %肺活量でのフロー( 25) 918 日呼吸会誌 44(12),2006.

916

●原 著

要旨:わが国の若年者の呼吸機能検査の基準値を作成する目的で,10歳から 20歳までの 1,141 名を対象に肺活量と努力肺活量を実施し,鼻炎や喘息の疑いのある症例や喫煙者を除外した 636 名(男性:363 名,女性:273 名)の呼吸機能検査値を解析した.ゲンズラーとテフノーの一秒率は,年齢に関係なく,ほぼ一定の値を示すが,その他の呼吸機能検査は全て 10歳代後半のプラトーに達するまで,年齢と共に増加した.ゲンズラーとテフノーの一秒率を除いて,性,年齢,身長の単回帰分析における寄与率や回帰係数は,身長が最も高く,次いで年齢であった.また,重回帰分析も同様の結果であり,10~20 歳の若年者では,性別や年齢よりも身長が呼吸機能の最も重要な予測因子になることが示唆された.男女別に,身長と年齢の 2変数の重回帰式で呼吸機能検査予測式を示した.キーワード:若年者,呼吸機能検査,基準値,重回帰分析,予測式

Young subjects,Respiratory function tests,Predicted values,Multiple linear regression analysis,Prediction relation

緒 言

近年,気管支喘息(喘息)の罹患率,とくに若年者における罹患率がわが国で急激に増加1)~3)している.また,慢性閉塞性肺疾患(COPD)の罹患率も増加傾向4)にあり,世界的に今後の高齢化社会における重大な社会問題と認識され始めている5).これらの気道疾患の診断や管理において呼吸機能検査は重要な基本的検査項目である.しかしながら,わが国の一般臨床における呼吸機能検査の施行率はまだまだ低い.現在,わが国のスパイロメーター各機種に採用されて

いる基準値は,必ずしも本邦のデータから作成されたものではなく,欧米の基準値も多々採用されている.1993年 2 月に日本胸部疾患学会肺生理専門委員会より,また2001 年 4 月に日本呼吸器学会肺生理専門委員会から「日本人のスパイログラムと動脈血液ガス分圧基準値」が報告された6)7).しかし,これらの報告における基準値は主に 20 歳以上の成人を対象にしたものであり,20 歳以下

の若年者の呼吸機能の基準値は 30 年程前の報告8)9)からのデータが未だに使用されている.近年,若年者における体格のみならず体力に大きな変

化が見られることより,我々は東北地方 6県において,気道疾患対策会議を立ち上げ,その活動の一環として,わが国の 10 歳から 20 歳の若年者の呼吸機能の基準値を作成した.

研究対象

被験者は,福島県を除く東北地方 5県に在住する 10歳から 20 歳までの 1,141 名である.各年齢において,男女それぞれ 20 名程度を目標として被験者を集積した.これらの被験者は,日本呼吸器学会肺生理専門委員会報告7)で用いられた被験者の選択基準とほぼ同様な,以下の基準を満たす者とした.1)過去及び現在において心肺疾患を有せず,現在呼

吸器症状(喘鳴,咳,痰,労作時息切れ)のない症例.2)肥満を除外する.3)神経筋疾患や円背など胸郭障害を除外する.4)歩いて測定所へ行ける人.5)重症の痴呆症なく,スパイログラムができる人.6)腎不全・肝不全などの重症例を除外する.7)インシュリン治療中の糖尿病や症状のある副鼻腔

炎等呼吸機能に影響を及ぼすと考えられる疾患は除く.8)ただし,高血圧・内分泌疾患・精神疾患・消化器

疾患・局所の癌などは考慮に入れなかった.

日本人の若年者(10 歳から 20 歳)の呼吸機能検査の基準値

田村 弦1) 高梨 信吾2) 佐々木昌博3) 小林 仁4)

山内 広平4) 進藤千代彦5) 飛田 渉6) 井上 洋西4)

〒980―8574 仙台市青葉区星陵町 1―11)東北大学病院感染症呼吸器内科2)弘前大学医学部内科学第二講座3)秋田大学医学部呼吸器内科学分野4)岩手医科大学第三内科5)東北大学医学部保健学科6)東北大学保健管理センター

(受付日平成 18 年 6月 27 日)

日呼吸会誌 44(12),2006.

Page 2: 日本人の若年者(10歳から20歳)の呼吸機能検査の基準値 ...量でのフロー( 50)並びに25 %肺活量でのフロー( 25) 918 日呼吸会誌 44(12),2006.

若年者の呼吸機能基準値 917

Table 1 Questionnaire answered before respiratory function tests

Fig. 1 Age of subjects

Fig. 2 Height by age

Fig. 3 Weight by age

Fig. 4 Slow VC by age

Fig. 5 FVC by age

さらに,若年者においてもっとも問題になるアレルギー性鼻炎や診断されていない喘息,そして喫煙に関しては,Table 1 のようなアンケート調査表を作成し,鼻炎や喘息の疑いのある症例,そして喫煙者を除外した.

方 法

ス パ イ ロ グ ラ ム は,HI-801,CHESTAC-7800,CHESTAC-8800(CHEST,Tokyo)のいずれかを用い

て,日中に座位で測定した.スパイログラムはゆっくりと最大呼出した後最大吸気位まで吸い,再度最大呼出した時に得られる肺活量(slow vital capacity,slow VC)の測定を 3回行い,ついで最大吸気位から最大呼気をして得られる努力肺活量(forced vital capacity,FVC)の測定を 3回行なった.Slow VCと FVCはフローボリウム曲線の形を参考にして最大値を求めた.また,FVCを得た最大努力曲線より一秒量(forced expiratory vol-ume in one second,FEV1)も求め,同時に得られたフローボリウム曲線より最大のフロー(�peak),50%肺活量でのフロー(�50)並びに 25%肺活量でのフロー(�25)

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日呼吸会誌 44(12),2006.918

Fig. 6 FEV1 by age

Fig. 7 FEV1% (Gaensler) by age

Fig. 8 FEV1% (Tiffeneau) by age

Fig. 9 V・ peak by age

Fig. 10 V・ 50 by age

Fig. 11 V・ 25 by age

Table 2 Correlation coefficient among age, height, and the various respiratory function tests

V・ 25V・ 50PEFFEV1% (T)FEV1% (G)FEV1FVCVCHeight

0.431***0.506***0.615*** 0.108** 0.139***0.627***0.597***0.590***0.620***Age0.582***0.658***0.742***0.085* 0.047 0.855***0.846***0.827***Height 0.510*** 0.665***0.842***-0.170***-0.081*0.951***0.975***VC0.498***0.653*** 0.828** -0.044-0.117**0.966***FVC0.670***0.783** 0.865*** 0.123** 0.135***FEV10.668***0.500***0.144*** 0.660*** FEV1% (G)0.465***0.333*** 0.039 FEV1% (T)0.592***0.771***PEF0.844***V・ 50

を得た.呼吸機能基準値を求めるために,性,年齢,身長を独立変数とした単回帰分析の寄与率を確認し,男女別に身長と年齢による重回帰分析を行い,予測式を作成した.

成 績

対象とした 1,141 名のうち 505 名はアンケート調査表から喘息あるいはアレルギー性鼻炎が疑われたためデータから除外され,その結果 636 名(男性:363 名,女性:

273 名)のデータが採用された.Fig. 1 に各年齢の男女の被験者数を示した.各年齢において男女それぞれ約 20名程度のデータを確保することができた.Fig. 2に男女の各年齢における身長の散布図を示した.

10 歳以降身長は伸びているが,男女とも 17 歳頃になるとほぼプラトーに達することがわかる.Fig. 3 は同様に体重の散布図である.身長とほぼ同様な傾向を認める.呼吸機能検査の成績を男女別に各年齢における散布図

で示す.Fig. 4 は年齢と slow VCの関係を,Fig. 5 は年

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若年者の呼吸機能基準値 919

Table 3 Single and multiple regression analyses

Signale regression analysis

Multiple regression analysis

Tests

Test

Regression

coefficient

Contribution

Test

Standard par

tial regression

coefficient

Partial regression

coefficient

Factors

Standardiz

ed residual

Multiple regres

sion coefficient

Contribution

***

0.5807

0.33722

***

0.29638

0.57303

Gender

0.47276

   

0.87034

   

0.7575

   

VC

   ***

0.5898

0.3479

***

0.2137

0.06913

Age

***

0.8274

0.68456

***

0.55518

0.04727

Height

***

0.5655

0.31979

***

0.26165

0.50627

Gender

0.45762

   

0.87928

   

0.77313

   

FVC

   ***

0.597

0.35645

***

0.19647

0.0636

Age

***

0.8457

0.71519

***

0.60053

0.05117

Height

***

0.5429

0.29478

***

0.23443

0.40483

Gender

0.39635

   

0.88676

   

0.78634

   

FEV

1.0   

***

0.6275

0.39373

***

0.22813

0.06591

Age

***

0.8552

0.73141

***

0.60324

0.04587

Height

**

0.1054

0.01111

**

-0.13045

-1.54956

Gender

5.79693

   

0.18448

   

0.03403

   

FEV1.0% (G)

   ***

0.1386

0.01921

**

0.13908

0.2764

Age

NS

0.0465

0.00217

NS

0.02168

0.01134

Height

***

0.1539

0.0237

***

-0.2452

-4.02308

Gender

7.91689

   

0.23584

   

0.05562

   

FEV1.0% (T)

   **

0.1081

0.01169

NS

0.01641

0.04504

Age

*0.0847

0.00718

**

0.19003

0.1373

Height

***

0.5484

0.3007

***

0.33988

1.48865

Gender

1.24296

   

0.82057

   

0.67334

   

REF   

***

0.6154

0.37876

***

0.35437

0.25967

Age

***

0.7422

0.5509

***

0.36225

0.06987

Height

***

0.3675

0.13503

***

0.12069

0.32862

Gender

0.99475

   

0.67725

   

0.45867

   

V・ 50

 ***

0.5059

0.25595

***

0.19543

0.08903

Age

***

0.6577

0.4326

***

0.47961

0.05751

Height

***

0.267

0.07131

NS

0.01901

0.03338

Gender

0.70459

   

0.58922

   

0.34718

   

V・ 25

   ***

0.4308

0.18561

**

0.11878

0.0349

Age

***

0.5823

0.33906

***

0.49963

0.03864

Height

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日呼吸会誌 44(12),2006.920

Table 4 Prediction relation obtained from multiple linear regression analysis using 2 variables of height and age

Standardized residual

Multipleregressioncoefficient

ContributionConstantHeight coefficientAge coefficientTestsGender

0.5167920.832959780.693822-5.102370.044680.11034VC

Male

0.5007490.846867760.717185-5.577430.048890.09966FVC0.4163820.871122260.758854 -5.21640.044360.09638FEV1.05.7168180.161687970.026143 80.32533 0.03410.21219FEV1.0% (G)7.7584950.206521190.042651 65.676560.16372 -0.12044FEV1.0% (T)1.3219760.78592621 0.61768-7.98558 0.05520.40297PEF1.0361240.673165660.453152-6.38024 0.0560.12587V・ 500.7490430.599094320.358914-4.884360.040730.04084V・ 25

0.3682360.701253880.491757 -3.4140.036520.04414V・ C

Female

0.3631680.735701030.541256-4.117530.041820.04173FVC0.3422240.735393090.540803-3.685360.03662 0.0477FEV1.05.9127330.151373710.022914 90.83385-0.033510.32768FEV1.0% (G)8.1376320.154282210.023803 71.304910.127740.15595FEV1.0% (T)1.0122270.614700740.377857-5.392740.051150.16905PEF0.9241240.460165190.211752-4.151030.045250.06723V・ 500.6374190.405367730.164323-2.95157 0.0290.03292V・ 50

齢とFVCの関係を,Fig. 6 は年齢と FEV1の関係を各々男女別に示したものである.1秒率にはゲンズラーの 1秒率(FEV1�FVC,FEV1%(G))とテフノーの 1秒率(FEV1�VC,FEV1%(T))があるが,Fig. 7に 年齢とFEV1%(G)の関係を,Fig. 8 に年齢と FEV1%(T)の関係を,各々男女別で示した.Fig. 9 に�peakと年齢の関係を,Fig. 10 に�50と年齢の関係を,またFig. 11 に�25

と年齢の関係を,同様に男女別で示した.ゲンズラーの一秒率とテフノーの一秒率は,年齢に関係なく,ほぼ一定の値を示すが,その他の呼吸機能検査は全て 10 歳代後半のプラトーに達するまで,年齢と共に増加することが明らかとなった.各測定値に年齢と身長を加えて,各々の指標間の相関

係数をTable 2 に示した.Table 2 は男女一緒に検討した結果である.ゲンズラーとテフノーの一秒率は互いの相関係数は 0.660 と高く,その他�50や�25とはまずまずの相関であったが,他の指標との相関は一般的に低い傾向を示した.その他の指標は互いに高い相関であった.性(男性を 1,女性を 0とするダミー変数),年齢,

身長を独立変数とした重回帰分析の結果,並びに性,年齢,身長による単回帰分析の結果をTable 3 に示した.Table 3 に示すように,性,年齢,身長の単回帰分析における寄与率や回帰係数は,ゲンズラーとテフノーの一秒率を除いて,身長が最も高く,次いで年齢であった.また,重回帰分析の標準偏回帰係数も,両方の一秒率を除いて,身長が最も高く,10~20 歳においては,性別や年齢よりも身長が呼吸機能の最も重要な予測因子になることが示唆された.性別はダミー値で入力されていることより,呼吸機能

の標準値は性別毎に示されることが一般的である.そこで,男女別に身長と年齢の 2変数の重回帰式で呼吸機能検査予測式を求めるとTable 4 となる.すなわち,各呼吸機能の標準値=年齢係数×年齢+身長係数×身長(cm)+定数となる.Table 4 の重回帰係数で示されるように,男女共にゲンズラーとテフノーの一秒率が極端に予測式としての精度が低いことが分かる.

考 察

近年,若年者において喘息を始めとするアレルギー疾患の罹患率が著明に増加し,重大な社会問題の一つと認識されている.呼吸機能検査は喘息の診断や管理における重要な基本的検査項目であるにもかかわらず,わが国の一般臨床における呼吸機能検査の施行率はまだまだ低い現状が存在する.この一つの要因として,わが国において呼吸機能検査の適当な基準値が存在せず,呼吸機能検査機器に入力されている基準値が十分に機能していないことがあげられる.そこで,我々は気道疾患対策会議の活動の一環として,10~20 歳の若年者における呼吸機能検査の基準値を作成する目的で本研究を行った.今回の調査は,福島県を除く東北地方 5県で対象者を

募集し,1,141 名に呼吸機能検査を実施したが,実際に採用されたデータはその半分を若干上回る 636 名(男性:363 名,女性:273 名)のみであった.今回の調査では,喘息を始めとするアレルギー疾患を有する対象者のデータを除外する目的で呼吸機能検査前に簡単なアンケート調査表に記入してもらい,その結果に基づいてデータの採否を決定したが,何と 505 名の対象者が本調査表より喘息あるいはアレルギー性鼻炎を疑われため,

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若年者の呼吸機能基準値 921

データから除外された.しかし,各年齢において男女各々約 20 名程度のデータを確保することができたため,解析には十分なデータを収集できた.今後も社会情勢の変化に応じて,定期的に基準値を検討することが必要になると考える.10~20 歳の若年者の呼吸機能を評価する際の問題点

は,肺が成長期にあり,年齢,身長,体重といった因子のみで肺の成熟を予測できないことにある.また,肺の成熟と一言で表現できても,実際には,肺活量や 1秒量,末梢気道の各々が同時に成長するのか,それとも個々で成熟時期が異なるのかも明確ではない.今回の各呼吸機能のデータを各年齢における散布図で示したが,ゲンズラーとテフノーの一秒率を除く各呼吸機能検査は男女共16~19 歳で最大値を示すことが明らかとなった.一方,単回帰分析や重回帰分析の結果から,年齢よりも身長が基準値を予測する上で主要な要因であることも判明した.結果で示したように,10~20 歳における各呼吸機能

の基準値は,年齢と共に増加しており,これはこの年代における肺の成長を考えれば,当然の帰結である.一方,日本呼吸器学会の基準値は,主に 20 歳以上のデータに基づいた検討であり,年齢と共に基準値は小さくなる.そこで,成人の予測式と今回の予測式の交点となる 20歳での基準値を比較した.男性で 20 歳,170cmの場合,成人の予測式からは slow VCは 4.93L となり,今回の予測式からは 4.70L となる.同様に女性で 20 歳,160cmの場合は,slow VCは成人の予測式では 3.58L となり,今回の予測式では 3.31L となる.同様な検討を,FVC,FEV1,�peak,�50,�25について男女それぞれ検討したが,slow VCの結果と同様に成人の予測式と今回の予測式では,大きな差は認められなかった.ゲンズラーとテフノーの一秒率は,他の呼吸機能検査

との相関が低く,基準値を算出する重回帰式の寄与率も他の検査に比べて 1ケタ低く,年齢に対する実際の値をプロットしても他の検査と異なることが示された.このことは,slow VCや FVCと良く相関するFEV1を再度slow VCや FVCで除することによって生じることかもしれないが,ゲンズラーにしろ,テフノーにしろ,一秒率の基準値は他の呼吸機能の基準値とは別に取り扱う必要があるのかもしれない.各種検査の異常値は,平均±2SDを逸脱する値とし

て定義されることが多いが,呼吸機能検査に関しては,最近日本アレルギー学会の主導で作成された喘息に関するガイドライン10)を始めとする国際的なガイドラインでは,全て基準値に対する%表示として記される.呼吸機能の結果は,喘息症状と共に喘息患者の重症度を判別する際に重要な決定因子とされる.15 歳以上の若年者で

は,これまで携帯型のピークフローメーターで測定するピークフローに対する日本人の基準値は発表11)されているが,前述したようにFEV1を始めとする各種呼吸機能検査の基準値は若年者では不明確であった.本研究により,10~20 歳の若年者の重症度を決定する際の明確な基準値が提供される訳であるが,今回のデータと日本呼吸器学会のデータを合わせて,呼吸機能検査の日本人の基準値を作成し,呼吸機能検査の臨床での普及をさらに図ることが重要であると考える.謝辞:本研究は,気道疾患対策会議の活動の一環として計画され,実際にデータを取得したメンバーでまとめたものである.気道疾患対策会議の設立や本研究の計画段階で多くの示唆を頂いた世話人や幹事の諸先生に感謝申し上げる.また,本基準値を作成するための呼吸機能検査にご協力頂いた,青森県,秋田県,岩手県,山形県,宮城県の各小学校,中学校,高等学校,大学校の先生並びに生徒に心より感謝申し上げる.最後に,日本呼吸器学会の会員でないために本論文の共著者を辞退された米沢市立病院小児科の岡田昌彦先生と森川小児科アレルギー科クリニック(仙台市)の森川利夫先生に感謝申し上げる.

引用文献

1)西日本小児気管支喘息研究会・罹患率調査研究班(班長・西間).西日本小学児童の気管支喘息罹患率調査―同一地域,同一手法における 1982 年と 1992年の比較.アレルギー 1993 ; 42 : 192―204.

2)西日本小児アレルギー研究会,有症率調査研究班.西日本小学児童におけるアレルギー疾患有症率調査―1992 年 と 2002 年 の 比 較―,日 小 ア 誌2003 ; 17 : 255―268.

3)小田島博.アレルギー疾患の疫学,気管支喘息国際疫学調査―ISAACの結果から―.診断と治療2004 ; 92 : 1305―1310.

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和企画,2006.11)月岡一治監修.日本人のピークフロー値.協和企画

通信,平成 7年.

Abstract

Predicted vales of respiratory function tests in young Japanese aged from 10 to 20 years

Gen Tamura1), Shingo Takanashi2), Masahiro Sasaki3), Hitoshi Kobayashi4), Kohei Yamauchi4),Chiyohiko Shindoh5), Wataru Hida6)and Hiroshi Inoue4)

1)Department of Respiratory and Infectious Diseases, Tohoku University Hospital2)The Second Department of Internal Medicine, Hirosaki University, School of Medicine3)Department of Respiratory Internal Medicine, Akita University School of Medicine

4)The Third Department of Internal Medicine, Iwate Medical University, School of Medicine5)School of Health Sciences, Faculty of Medicine, Tohoku University

6)Health Administration Center, Department of Informatics on Pathophysiology,Tohoku University Graduate School of Information Science

To find predicted values of respiratory function tests in young persons in Japan, we measured slow vital ca-pacity and forced vital capacity in 1,141 subjects aged from 10 to 20 years. The values obtained from 636 persons(363 males and 273 females)who were not smokers or had no suspected rhinitis or asthma were analyzed. Al-though FEV1% by the Gaensler and Tiffeneau methods were almost constant regardless of age, all other values ofrespiratory function tests increased with age and then reached a plateau level in late teens. Excluding the Gaen-sler and Tiffeneau FEV1%, in a single regression analysis using gender, age, and height, both the contribution ra-tio and regression coefficient were the highest using height, followed by age. In addition, the result was similarwith multiple regression analysis. Therefore, for a young person aged from 10 to 20 years, body height is the mostimportant predictor variable of respiratory function tests, compared to gender and age. For each respiratory func-tion test, we showed the prediction relation according to gender obtained from multiple linear regression analysisusing 2 variables of height and age.