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平成30年度市町村課研修生卒業研究報告書 地方公営企業法の全部適用について ~ 全部適用を行う際のメルクマールに係る一考察 ~ 市町村課行政グループ 福島 健太郎 平成 31 年(2019 年)3月

地方公営企業法の全部適用について 全部適用を行う際の ...1 はじめに 地方公営企業とは、企業としての経済性を発揮するとともに、その本来の目的である住

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  • 平成30年度市町村課研修生卒業研究報告書

    地方公営企業法の全部適用について

    ~ 全部適用を行う際のメルクマールに係る一考察 ~

    市町村課行政グループ 福島 健太郎

    平成 31 年(2019 年)3月

  • 目次

    はじめに ................................................................................................................................. 1

    第 1 章 地方公営企業制度の概要 ........................................................................................ 2

    (1)地方公営企業の範囲等 ............................................................................................. 2

    (2)地方公営企業としての事業の特徴 ........................................................................... 4

    (3)地方公営企業の関係法令 ......................................................................................... 4

    (4)地方公営企業法の未適用と財務適用の比較について ............................................. 5

    ①経理の制度比較 「現金主義」と「発生主義」 ........................................................ 6

    ②予算の制度比較 「一般会計(予算)」と「企業会計(予算)」 ............................... 6

    (5)地方公営企業法の財務適用と全部適用の比較について .......................................... 8

    ①組織体制の制度比較 「管理者」の設置による経営 ................................................. 8

    ②給与の制度比較 経営状況を考慮した給与決定 ........................................................ 9

    (6)地方公営企業法の適用状況 .................................................................................... 10

    第 2 章 地方公営企業に係る課題等 ................................................................................... 14

    (1)地方公営企業を巡る現状と今後 ............................................................................ 14

    (2)総務省による「地方公営企業法の適用拡大」の推進 ........................................... 14

    (3)地方公営企業法の適用拡大の必要性 ..................................................................... 14

    (4)地方公営企業法の適用拡大を検討する上での課題 ............................................... 15

    第 3 章 全部適用を行う際のメリット・デメリットの考察 .............................................. 17

    (1)メリット ................................................................................................................. 17

    ①組織における機動性の確保 ....................................................................................... 17

    ②人件費の硬直性緩和 .................................................................................................. 17

    (2)デメリット ............................................................................................................. 18

    第 4 章 全部適用を行う際のメルクマールの提示 ............................................................. 20

    (1) 「典型性」についての考察 .................................................................................. 20

    ①「公営性」についての考察 ....................................................................................... 21

    ②「企業性」についての考察 ....................................................................................... 22

    (2) 「事業の独立性」についての考察 ....................................................................... 23

    (3) 「支出における人件費率」についての考察 ........................................................ 24

    (4) 「組織の統合可能性」についての考察 ................................................................ 25

    おわりに ............................................................................................................................... 28

  • 1

    はじめに

    地方公営企業とは、企業としての経済性を発揮するとともに、その本来の目的である住

    民の福祉の増進を図るために、地方公共団体により経営される企業である。

    地方公営企業には、原則として地方公営企業法が適用されるが、その適用方法について

    は、①同法の規定を全て適用する場合(以下、「全部適用」という。)、②同法における財務

    の規定のみを適用する場合(以下、「財務適用」という。)、③同法を適用しない場合(以下、

    「未適用」という。)の3つに大別されている。

    人口減少等による料金収入の減少や施設・設備の老朽化に伴う更新設備の増大等厳しさ

    を増す経営環境を踏まえ、地方公営企業においては、経営基盤の強化等のメリットを享受

    できる、同法の適用を拡大していく必要がある。

    また、総務省も平成 26 年 8 月 29 日付けの通知「公営企業の経営にあたっての留意事

    項について」を発出するなど、同法の適用拡大を要請している。

    一方、府内市町村における地方公営企業においては、同法の適用状況にバラつきがある。

    担当者にヒアリングを行ったところ、財務適用や全部適用のメリット・デメリットや、自

    らの地方公営企業にどの適用方法が適しているかなどの必要な検討を充分に行わず、財務

    適用に留まっている例が散見された。

    これらを踏まえ、今後、担当者が同法の適用に係る理解を深める一助とすべく、現在整

    理されていない同法の適用を拡大する際のメルクマールなどを考察、提示することは非常

    に重要であると考える。

    以上より、本稿では、次のような狙いと構成で整理・論考するものである。

    ≪本稿の狙い≫

    現在、総務省等も提示していない全部適用を行う際のメルクマールを示すことにより、

    同法の適用拡大に向けた有益な情報を提供することを狙いとする。

    ≪論文の構成≫

    本稿では、まず、第1章で制度の概要、地方公営企業法の適用状況、全部適用の制度を

    整理し、第2章で地方公営企業をめぐる近年の動向と課題を述べる。第3章で同法の「全

    部適用」におけるメリット・デメリットを考察し、第4章で「全部適用」の判断材料とな

    るメルクマールを提示する。

    なお、文中における分析内容及び意見部分は、筆者の私見であることを申し添えておく。

  • 2

    第 1 章 地方公営企業制度の概要

    まず、本章では地方公営企業の範囲、特徴、関係法令等をはじめとした地方公営企業制

    度の概要を整理する。

    (1)地方公営企業の範囲等

    地方公営企業は、地方公共団体が住民の福祉の増進を目的として経営する企業である1。

    その範囲については、地方財政法施行令において事業の種別がいくつか規定されるとと

    もに、地方公営企業法において事業への同法の適用範囲が規定されている。

    まず、地方財政法は、「公営企業」という単語を用いて、水道事業、工業用水道事業、交

    通事業、電気事業、ガス事業、簡易水道事業、港湾整備事業、病院事業、市場事業、と畜

    場事業、観光施設事業、宅地造成事業、公共下水道事業の 13 事業を規定している2。

    【図表1】 地方財政法施行令上、明記されている事業

    ●と畜場

    ●観光施設

    ●宅地造成

    ●公共下水道●簡易水道 ●公共下水道

    ●電気

    ●交通(軌道、自動車、鉄道、船舶)

    ●工業用水道 ●市場

    ●港湾整備

    地方財政法施行令上明記されている事業

    ●水道 ●病院

    ●ガス

    次に、地方公営企業法は、同法の適用方法について、①当然に全部適用を行う事業、②

    当然に財務適用を行う事業、③同法を任意に適用することが可能な事業の3つに大別して

    いる。

    図表1に掲げる事業のうち、当然に全部適用される事業(上記の①)は、水道事業、工

    業用水道事業、軌道事業、自動車運送事業、鉄道事業、電気事業及びガス事業(以下、「法

    定7事業」という。)の7事業である3。

    当然に財務適用される事業(上記の②)は、病院事業の1事業である4。

    これら以外の地方公営企業として事業については、地方公共団体の自主的な決定によっ

    て財務適用や全部適用が行われる5が、特に事業の種別は明記されていない。

    1 文献⑤ p5 2 地方財政法第6条及び同法施行令第 46 条 3 地方公営企業法第 2 条第1項 4 地方公営企業法第 2 条第2項 5 地方公営企業法第 2 条第3項

  • 3

    地方公営企業法上の事業を図示すると、次のとおりとなる。

    【図表2】 地方公営企業法上、明記されている事業

    以上をまとめると、次のとおりとなる。

    【図表3】 地方公営企業法と地方財政法施行令における地方公営企業の範囲の整理

    ●交通(船舶)

    ●簡易水道

    ●港湾整備

    ●市場

    ●と畜場

    ●観光施設

    ●宅地造成

    ●公共下水道

     ●病院

     ●ガス

    【財務適用事業】 【財務適用事業】

     ●交通(軌道、自動車、鉄道)

     ●電気

     ●水道

     ●工業用水道

    地方公営企業法上明記されている事業

    (地方公営企業法の規定が適用される事業)

    地方公営企業法上

    明記されていない事業

    【全部適用事業】 【全部適用事業】

    地方公営企業法が

    当然に適用される事業

    地方公営企業法が

    任意に適用される事業

    自主的

    適用

    地方財政法施行令第46条に明記されている公営企業

     ●病院

     ●ガス

    【財務適用事業】 【財務適用事業】

     ●電気

     ●水道

     ●工業用水道

    【全部適用事業】 【全部適用事業】

     ●交通(軌道、自動車、鉄道)

    地方公営企業法上明記されている事業

    (地方公営企業法の規定が適用される事業)

    地方公営企業法が

    当然に適用される事業

    地方公営企業法が

    任意に適用される事業

  • 4

    (2)地方公営企業としての事業の特徴

    地方公営企業としての事業の特徴は、主に2つ挙げることができる。

    民間企業ではなく、地方公共団体が経営すべき事業であること(以下、「公営性」という。)

    と、民間企業と同様、主にその経費を事業の経営に伴う収入をもって充てる事業であるこ

    と(以下、「企業性」という。)の 2 点である。

    まず、1点目の特徴である公営性とは、利潤を生みにくいが住民にとって不可欠な事業

    等、地方公共団体が経営する必要性が高いという性質である。

    民間企業が利潤の追求を目的として経営されているのに対して、地方公営企業は住民の

    福祉の増進を目的として経営されている。地方公営企業が行う事業は、採算を確保するこ

    とができない、又は採算を確保するまでに長い時間を要するものが多い6。例えば、下水道

    事業等は、建設投資に巨額の資金を要する一方で、利潤については必ずしも十分なものが

    見込めない可能性が高いことから、民間企業が経営することは容易でないため、地方公共

    団体が経営する必要性が高い。

    次に、2点目の特徴である企業性とは、住民負担の衡平及び能率的経営の見地から、経

    営に伴う経費は、その収入をもって充てなければならないという性質である7。

    地方公営企業の活動の多くは、水道事業のように、その効果が特定の個人に帰属する性

    質のものであるところ、その事業に要する財源は受益者の負担に求められることとなる。

    そのため、権力的に賦課徴収される租税を基にした道路整備等、一般的な地方公共団体の

    活動とは異なる。

    (3)地方公営企業の関係法令

    地方公営企業は、先述のとおり住民の福祉の向上を目的として経営される企業であり、

    地方自治法、地方財政法、地方公務員法が一般法として適用される。しかし、これらの法

    律による一部の制限は、地方公営企業の企業性を妨げる内容も含まれている。

    このため、地方公営企業の能率的・合理的な運営の確保を図ることを目的とした地方公

    営企業法が特別法として存在している8。

    地方公営企業法では、地方公共団体の経営する企業の組織、財務及びこれに従事する職

    員の身分取扱いその他企業の経営の根本基準が定められている。また、地方公営企業には、

    例えば、水道事業には水道法が適用されるように個別の事業法も適用される。これらの事

    業法は、地方公共団体が経営する場合に加え、民間企業が経営する場合にも適用されるも

    のもある。

    地方公営企業に関する法律関係の概要をまとめると、次のとおりとなる。

    6 文献⑤ p7 7 地方公営企業法第 17 条の2第 2 項 8 文献⑤ p25

  • 5

    【図表4】 地方公営企業に関する法令の概要

    事業法(例:水道法、鉄道事業法、医療法) 民間企業

    地方公営企業法

    地方自治法・地方財政法・地方公務員法

    一般法・特別法の関係 地方公営企業

    (4)地方公営企業法の未適用と財務適用の比較について

    一般行政における事業は、限られた財源の中で、現金の不足が生じないことを見据えて

    住民サービスを提供していく「消費活動」の性質を有する。

    一方で、地方公営企業における事業は、提供する財貨やサービスについて、料金や代金

    (原価を踏まえ算定)という形で、利用者から対価として受け取るサイクルを反復継続す

    る「生産活動」を本質とする。

    【図表5】 一般行政と地方公営企業の性質の差

    一般行政  : 現金の不足が生じないことを見据えて行う「消費活動」の性質

    地方公営企業: 反復継続する「生産活動」の性質

    財政制度による歳入、税収入等の税制

    国、地方公共団体

    地方公営企業

    住民(特定の利用者)

    原価を踏まえて算定された

    料金や代金

    財貨やサービスの

    提供

    一般行政

    住民(不特定)

    住民(不特定)

    住民サービス

  • 6

    このような差から、財務適用を行う場合、一般行政の事業と比較して、経理と予算の制

    度に大きな差異が生じることとなる。

    ①経理の制度比較 「現金主義」と「発生主義」

    経理において、一般行政は「現金主義」に基づき処理することに対して、財務適用を行

    う場合は、「発生主義」に基づき処理することとなる。

    現金主義は、経理上は現金のみに着目し、現金の移動のあった時点でその事実を収入・

    支出として記帳する考え方で、単純明快かつ確実な経理方法である単式簿記が採用される。

    一般行政で現金主義が採用されているのは、先述した消費活動の性質から、税収等の範

    囲内で住民サービスの経費を賄うことの可否に着目するためである。

    一方、発生主義は、現金の収支のみならず、経済活動、財産状態の変動等を債権、債務

    の発生の時点で記帳する考え方で、処理が複雑になるが、経済活動の実質あるいは全体像

    をとらえるのに有効な複式簿記が採用される。

    財務適用を行い、発生主義による複式簿記を採用すると、貸借対照表、損益計算書、固

    定資産台帳等を作成することとなり、一般行政で採用されている単式簿記では実態が見え

    にくい減価償却費等の経費を把握することが可能となる。

    地方公営企業では、生産活動の性質を踏まえ、利用者からの収入によって、事業を継続

    すべく、損益計算を適切に行い、経営成績や財政状態を的確に把握する必要があることか

    ら、少なくとも財務適用を行うべきと考える。

    以上の差をまとめると次のとおりとなる。

    【図表6】 経理の制度比較

    ②予算の制度比較 「一般会計(予算)」と「企業会計(予算)」

    予算において、歳出側の統制に重きを置く「一般会計(予算)」を一般行政が採用するこ

    とに対して、財務適用を行う場合、支出を統制する色合いが非常に薄く、弾力的な経営を

    行うことが可能となる「企業会計(予算)」を採用することとなる。

    一般会計は、款項目節等の予算区分が性質・目的別に細分されていることが特徴として

    目的

    考え方

    簿記方式

    経理上は現金のみに着目し、現金の異動のあった

    時点でその事実を収入・支出として記帳する

    現金の収支のみならず、経済活動、財産状態の

    変動等を債権、債務の発生の時点で記帳する

    単式簿記

    単純明快かつ確実な経理方法

    複式簿記

    経済活動の実質あるいは全体像をとらえるのに有効

    現金主義(一般行政) 発生主義(地方公営企業)

    損益計算を適切に行い、

    経営成績や財政状態を的確に把握

    税収等の範囲内で住民サービスを

    賄うことの可否を把握

  • 7

    挙げられる。一般会計では、需要・経費が想定していた以上に増加して予算計上額を超過

    した場合、予算の流用で対処できなければ、基本的には補正予算が成立するまで住民サー

    ビスの提供を断念せざるを得ない。そのため、歳出を統制すべく、予算区分が細分化され、

    厳格に管理されている。加えて、予算の流用という対処手段も地方自治法上、原則的に禁

    止されていることから、容易に実行できるものではなく、どこから予算を流用するかにつ

    いても一定の制限がある。一般行政では、現行の税財政制度の下で見込まれる収入をいか

    に適正に各種の行政サービスの需要に配分し、効率的に使用するかが重要となってくるた

    め、歳出の統制に重きを置く一般会計を採用している。

    一方、企業会計は、収入の弾力性が乏しい一般会計に比べると、利用者の需要があれば

    財やサービスの提供が増加し、それに伴って収入も増加することから、歳入及び歳出は共

    に弾力的であることが特徴として挙げられる。

    具体的には、一般会計に比べて企業会計の予算区分が概括的、地方公営企業の長限りの

    判断で目間、節間の流用が可能であり、また、弾力条項の制度により、収支が償う範囲内

    であれば予算を越えた支出を行うことも可能である。

    【図表7】 予算の制度比較

    地方公営企業法における財務規定を適用した場合のメリットをまとめると、次のとおり

    となる。

    【図表8】 財務適用を行う場合のメリット

    特徴

    ①款項目節等の予算区分が性質・目的別に細分

    ②予算計上額以上の住民サービスの提供(事業の

     実施)は基本的に不可能

    (予算の流用で対処できるのであれば、可能)

    ①款項の予算区分は概括的

    ②管理者限りの判断で目間、節間の流用が可能

    ③弾力条項の制度により、収支が償う範囲内であ

     れば予算を越えた支出を行うことも可能

    一般会計(一般行政) 公営企業会計(地方公営企業)

    •経済活動の実質あるいは全体像をとらえるのに有効

    な複式簿記が採用される

    •更新投資の優先度の把握、施設・設備への投資の合

    理化や適切な維持・管理、徹底した効率化が可能

    メリット①

    経営基盤の強化

    •款項の予算区分が概括的

    •管理者限りの判断で目間、節間の流用が可能

    •予算を越えた支出が可能

    •支出の柔軟な運用及び財源の更なる確保が容易

    メリット②

    経営の柔軟性

  • 8

    (5)地方公営企業法の財務適用と全部適用の比較について

    次に財務適用と全部適用を比較することにより、全部適用の特徴を整理する。

    全部適用の場合、地方公営企業には首長とは別に長(以下、「管理者」という。)が置か

    れ、地方公営企業は一般行政の組織から切り離され独立した経営組織となる。

    また、職員の給与についても、一般行政の職員であれば、人事院勧告や国の制度に準拠

    された給与制度により規定されるが、全部適用の場合、同法上の給与原則により決定され

    る。

    同法における財務適用と全部適用の比較をまとめると、次のとおりとなる。

    【図表9】地方公営企業法の財務適用と全部適用の比較

    ①組織体制の制度比較 「管理者」の設置による経営

    地方公営企業は、地方公共団体の長の補助機関であり、独立の法人格を有するものでは

    ないが、全部適用を行うと、原則、一般行政から独立した管理者が置かれ、経済合理性を

    より重視して経営されることとなる。

    管理者には公営企業の経営に関する広範な権限が付与されるとともに、管理者は公営企

    業の経営に関して、地方公共団体を代表するものとなる。管理者は、地方公営企業の経営

    に関し識見を有する者のうちから選任されなければならない9。これは、税収の範囲内でい

    かに効率的に経費支出を行うかが問われる一般行政よりも、経営の自由度が高く、経営の

    効率化とサービス向上が要求される地方公営企業においては、経済合理性に即した経営判

    断を行う必要があるためである。

    9 地方公営企業法第第7条の2

    法適用区分全部適用

    地方公営企業法のすべての規定

    企業会計方式

    原則として管理者を設置

    管理者が業務を執行

    地方公営企業法の適用職員の給与 地方公務員法の適用

    会計方式 企業会計方式

    組織体制 地方公共団体の長が業務を執行

    財務適用

    適用される規定地方公営企業法のうち一部の規定

    (財務における規定等のみ)

  • 9

    【図表 10】組織体制の比較

    ②給与の制度比較 経営状況を考慮した給与決定

    一般行政の職員及び財務適用や未適用における職員の場合、職員の給与制度については、

    地方公務員法が適用され、職務と責任に応じたものとなる(職務給の原則)10。また、国及

    び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与等を考慮11して決定12される。

    一方、全部適用の場合、職員の給与は、職務給の原則に加えて、職員や企業の能率を十

    分に考慮したものとなる(能率給の原則)13。

    企業としての能率は企業の経営成績として把握され、企業全体の給与水準や期末手当の

    決定等にあたって考慮すべきものである14とされている。

    例えば、経営の状況を考慮して給与水準の決定を行う場合には、期末勤勉手当等に関し

    て臨時的な増額を行う等の方法によるべきである15とされている。

    地方公務員法と地方公営企業法の給与決定の比較を簡単にまとめると、次のとおりとな

    る。

    10 地方公務員法第 24 条第 1 項 11 地方公務員法第 24 条第 2 項 12 一般行政職員等の給与における考慮すべき事項の検討は、労働基本権の制約のもと、人事委員会勧告がその代償措置を行っている。人事委員会が置かれていない場合、国の取扱いや都道府県の勧告等を受けて、具体的な給与改定方針が決定される

    13 地方公営企業法第 38 条 2 項 14 文献⑤ p214 15 文献⑤ p214

    未適用・財務適用の場合 全部適用の場合

    代表者 地方公共団体の長 管理者

    住民の直接公選地方公営企業の経営に関し識見を

    有するもののうちから任命

    地方公営企業の業務を執行

    (地方公営企業に常勤の職として設けられ、業務に専念)

    地方公共団体の事務を管理・執行

    (地方公営企業以外の他の業務も広範囲に処理)

    代表者の

    選任方法

    代表者の

    業務

  • 10

    【図表 11】給与制度の比較

    (6)地方公営企業法の適用状況

    次に、現在の同法の適用状況について確認する。

    平成 28 年度地方公営企業年鑑より抜粋した、全国における地方公営企業の事業数、同法

    が適用されている事業数、及び同法が適用されていない事業数は以下のとおりである。

    上水道、工業用水道、ガス、病院は、地方公営企業法の適用が義務付けられているため、

    同法が適用されていない事業数は0となっている。

    未適用・財務適用の場合

    (地方公務員法)

    全部適用の場合

    (地方公営企業法)

    給与決定に

    考慮すべき

    事項

    ①生計費

    ②国及び他の地方公共団体の職員並びに

     民間事業の従事者の給与

    ③その他の事情

    ①生計費

    ②同一又は類似の職種の国及び地方公共団

     体の職員並びに民間事業の従事者の給与

    ③当該地方公営企業の経営の状況

    ・期末勤勉手当等に経営成績を充分に考慮

    ④その他の事情

    『職務給の原則』

    ・職務と責任に応じた給与

    『職務給の原則』

    ・職務に必要とされる技能、職務遂行の困

     難度等職務の内容と責任に応じる

    『能率給の原則』

    ・職員の発揮した能率(個人及び企業の成績)

     を充分に考慮

    原則

  • 11

    【図表 12】全国における地方公営企業の適用状況

    次に、大阪府内における現在の同法の適用状況について確認する。

    大阪府内における地方公営企業(当該表のみ地方独立行政法人を含む)の実施状況は次

    のとおりとなっている。

    法適用区分

    事業

    ※平成28年度末 現在

    0

    法適用

    (全部適用+財務適用)法非適用事業数

    上水道

    簡易水道

    155 155工業用水道

    013341334

    707 29 678

    駐車場

    介護サービス

    交通

    電気

    ガス

    病院

    下水道

    港湾整備

    市場

    と畜場

    宅地造成

    86 47 39

    95 28 67

    26 26 0

    634 634 0

    3639 733 2906

    97 8 89

    161 14 147

    57 1 56

    427 44 383

    220 6 214

    339

    557 46 511

    合計 8534 3191 5343

    その他 25386

  • 12

    【図表 13】 大阪府における地方公営企業法の適用状況

    都市高速鉄道

    特定環境保全

    農業集落排水

    漁業集落排水

    特定地域排水

    宿

    堺市 ◎ □ ◎

    岸和田市 ◎ ○ ◎ ◎ ◎

    豊中市 ◎ ◎ ◎ ◎ △

    池田市 ◎ ◎ ◎ ◎ △

    吹田市 ◎ □ ◎ △

    泉大津市 ◎ ◎ △ △

    高槻市 ◎ ◎ ○ ○ ○ △

    貝塚市 ◎ ◎ △

    守口市 ◎ ○

    枚方市 ◎ ◎ ◎ ◎ △

    茨木市 ◎ ○ ○ ○ △

    八尾市 ◎ ◎ ○ △

    泉佐野市 ◎ □ △

    富田林市 ◎ ◎ ◎

    寝屋川市 ◎ ◎

    河内長野市 ◎ ◎ ◎ ◎

    松原市 ◎ △

    大東市 ◎ ◎ ◎

    和泉市 ◎ ○ ◎ △

    箕面市 ◎ ◎ ◎ △ △

    柏原市 ◎ ◎ ◎ ◎

    羽曳野市 ◎ △ △

    門真市 ◎ ◎

    摂津市 ◎ ◎ △

    高石市 ◎ △

    藤井寺市 ◎ ○ △ △

    東大阪市 ◎ □ ◎

    泉南市 ◎ △

    四條畷市 ◎ ◎

    交野市 ◎ △

    大阪狭山市 ◎ ◎

    阪南市 ◎ ○ △

    島本町 ◎ △ △

    豊能町 ◎ △ △ △

    能勢町 ◎ △ △ △

    忠岡町 ◎ △

    熊取町 ◎ △

    田尻町 ◎ △

    岬町 ◎ △ △

    太子町 △

    河南町 ◎ △ △ △

    千早赤阪村 △ △ △ △泉北水道企業団

    泉北環境整備施設組合

    大阪広域水道企業団

    ◎ ◎

    合   計 42 1 2 2 1 1 17 43 1 11 2 1 8 1 1 2 1 1 10 1 4 1 1(注1)◎・・・法(全部)適用企業、○・・・法一部(財務)適用企業、△・・・法非適用企業、□・・・地方独立行政法人

    (平成30年3月31日現在)

    △ △○ ○◎ □ ○

    観光

    大阪市 ◎ ◎ ◎ ◎

    下  水  道 港

    (

    )

    団体名

    交 通 病

  • 13

    大阪府内の実施状況を見ると、下水道事業と病院事業においては、未適用の事業が半数

    以上ある。

    下水道事業は、事業数 43 に対して、全部適用は 18 であり、財務適用は 7 である。

    また、病院事業は、事業数 17 に対して、全部適用は 8 であり、財務適用は4である。

  • 14

    第 2 章 地方公営企業に係る課題等

    本章では、地方公営企業を巡る現状、法適用に係る総務省等の動向、そして地方公営企

    業法の規定の適用を検討する上での課題等を述べる。

    (1)地方公営企業を巡る現状と今後

    戦後の復興期や高度経済成長期に集中的に整備された施設等が大量更新期を迎えつつあ

    り、更新費用が増大する一方、人口減少によるサービス需要の減少等により料金収入は減

    少傾向となっている。

    また、国土強靭化の推進のため、耐震化等の充実が求められており、維持管理や更新等

    に係る経費は今後急増することが予想されている。

    地方公営企業は住民生活に密着したサービスを提供しており、その多くは経営難に陥っ

    ても事業を中断することができないことから、継続的に事業を行うことができるよう対応

    していくことが求められている。

    (2)総務省による「地方公営企業法の適用拡大」の推進

    総務省は、上述のような現状を踏まえ、平成 26 年 6 月 24 日に閣議決定された「経済

    財政運営と改革の基本方針 2014」において、簡易水道事業、下水道事業等をはじめとし

    た地方公営企業法が適用されていない事業に対して、適用を促進すると示した。

    また、平成 26 年 8 月の「公営企業会計の適用拡大に向けたロードマップ」の中で、特

    に下水道事業及び簡易水道事業を重点事業と位置づけ、平成 27 年度から平成 31 年度まで

    を集中取組期間とし、人口 3 万人以上の団体については、同期間内における同法の適用を

    強く求められている。

    同法の適用拡大に向けた支援措置としては、平成 26 年 6 月より「地方公営企業法の適

    用に関する実務研究会」を開催し、財務適用等に関する実務的な取扱いの整理を行い、平

    成 27 年 1 月に同法の適用に関するマニュアルが示された。

    また、平成 30 年 6 月 15 日閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針 2018」

    において、平成 31 年度以降に上記の新たなロードマップを明確化し、同法の適用を一層促

    進するよう示されたところである。

    このように総務省は、以前より同法の適用拡大を積極的に促進しており、地方公営企業

    として継続して経営を行っていく事業に対しては、今後も同法の適用を強く求めていくと

    考えられる。

    (3)地方公営企業法の適用拡大の必要性

    地方公営企業法は、主としてその経費を事業の経営に伴う収入をもって充てる地方公営

    企業の能率的・合理的な運営の確保を図ることを目的とした特別法である。

  • 15

    同法によると、地方自治法や地方公務員法等の一部の規定を除外し、地方公営企業に対

    しては、一般行政と異なった、民間企業と同様の組織、財務、職員の身分取扱い等の制度

    が適用されることとなる。

    これまで述べてきた全部適用、財務適用の特徴やこれから述べるメリット、デメリット

    を考慮し、全部適用を行うことが妥当と認められる場合は、地方公営企業は全部適用を行

    うべきと考える。また、自らの経営・資産等の状況を的確に把握し、それを踏まえて、更

    新投資の優先度の把握といった経営基盤の強化等に取り組む必要があることから、全部適

    用しない場合でも、少なくとも財務適用は行うべきと考える。

    地方公営企業法の適用の必要性をまとめると次のとおりとなる。

    【図表 14】地方公営企業法の適用の必要性

    (4)地方公営企業法の適用拡大を検討する上での課題

    全部適用を行うにあたっては、全部適用のメリット・デメリットについて熟知の上、自

    らに全部適用の制度が適合するか否かの検討が必要である。

    しかし、地方公営企業法の適用拡大が推進される中、大阪府内の市町村にヒアリングを

    行ったところ、財務適用や全部適用を行う際のメリット・デメリットを踏まえず、また適

    用方法についても十分な検討を行わない例が散見された。

    この点、財務適用に関しては総務省のマニュアル等による各地方公営企業が財務適用を

    すべきかどうかの判断材料が十分にあるのに対して、全部適用においては、こういった資

    料等は存在しない。

    全部適用を行う際のメリット・デメリットの理解が進んでも、検討の材料となる基準を

    地方公営企業が持っていない場合は、全部適用の検討が進まないことから、当該基準の欠

    地方公営企業法が

    未適用

    地方公営企業法の

    財務の規定を適用

    ①全部適用すべき

    ②全部適用が難しい場合でも、

    最低でも財務適用すべき

    地方公営企業法の

    全部の規定を適用

    11

    ②に関しては、総務省のマニュアル等による

    各地方公営企業が財務適用をすべきかどうか

    の判断材料が十分にある

  • 16

    如は、同法の適用拡大に係る大きな課題と考えられる。

    そこで、次章においては、全部適用を行う際のメリット・デメリットを整理し、第5章

    においては、全部適用を行う際のメルクマールを考察することで課題の解決を図る。

  • 17

    第 3 章 全部適用を行う際のメリット・デメリットの考察

    本章では、全部適用のメリットとデメリットについて、整理・考察する。

    (1)メリット

    ①組織における機動性の確保

    全部適用を行う1つ目のメリットは、組織における機動性の確保が期待できることであ

    る。

    具体的には、全部適用を行う場合、財務適用を行う場合や未適用の場合と比較して、管

    理者が地方公共団体の長に代わって、兼職ができない常勤の職として16組織の指揮監督を行

    う。地方公営企業の運営に専念できるものが管理者となることから、他の業務に時間を拘

    束されず、より機動性が確保された経営を行うことができる。

    また、機動性の確保により、管理者が資産の取得、管理、処分や契約の締結等を迅速に

    実施することができるため、財務適用を行う際のメリットである、徹底した効率化(経営

    基盤の強化)や支出の柔軟な運用(経営の柔軟性)をより効果的に発揮することが期待で

    きる。

    このように、地方公営企業においては、例えば、ライフラインである水道事業や下水道

    事業等における災害や事故の対応等、迅速性を求められる場面が往々にしてあり、機敏な

    対応が求められることから、全部適用により、管理者が迅速な判断・決定を行うことで、

    地方公営企業が提供する財貨やサービスの向上につながると考えられる。

    【図表 15】全部適用した場合の組織制度におけるメリット

    ②人件費における硬直性の緩和

    全部適用を行う 2 つ目のメリットは、人件費における硬直性の緩和が期待できることで

    ある。

    財務適用を行う場合や未適用の場合、人件費は、国及び他の地方公共団体の職員並びに

    16 地方公営企業法第7条の2第3項及び第6項

    管理者の設置

    ・経営全般の権限を占有

    ・経営に専念する常勤の職

    機動性の確保提供する

    財貨やサービスの向上

    全部適用を行う場合 メリット 期待される効果

  • 18

    民間事業の従事者の給与を重視する制度に基づくものであり、例えば、経営状況が良好で

    ない場合でも、その支出を任意に削減することは難しく、硬直性の強い経費と言える。こ

    のように、地方公営企業にとって、財務適用を行う場合や未適用の場合は、人件費の硬直

    性が強いため、事業の業績と給与に乖離が発生しやすく、企業経営の悪化を招きやすくな

    ってしまう。

    一方、全部適用を行う場合においては、経営状況を考慮して給与を決定することが可能

    なため、事業の業績との乖離が生じない人件費の決定を行うことが可能であり、人件費の

    硬直性による経営悪化を招きにくい。また、経営状況が良好な場合に給与増額を行うこと

    で、職員の勤労意欲や能率の向上も期待できる。

    【図表 16】 全部適用した場合の給与制度におけるメリット

    (2)デメリット

    全部適用を行う場合に発生するデメリットは、一般の行政組織から切り離されることか

    ら生じる、出納事務や給与事務等に係る業務量の増加である。

    財務適用を行う場合や未適用の場合、原則、地方公共団体の長が出納事務や給与事務等

    を行うこととなる。また、条例を制定すれば、これら事務を会計管理者等に委託すること

    が可能である。

    一方、全部適用を行う場合、地方公営企業内の企業職員(企業出納員)への委託は可能

    であるが、地方公共団体の長や会計管理者への委託を行うことはできない。

    この場合、企業出納員への負担が集中すること等が懸念され、特に移行当初の時期等は、

    一般行政と異なる企業会計の事務を行う必要があることから、事務が煩雑化する可能性が

    ある。

    なお、このデメリットについては、管理者が事務の分掌、分課、企業職員の任命(採用)

    権を保有することを踏まえ、例えば、移行後の過渡期には出納、会計事務に係る部署の人

    事配置を工夫するなど、柔軟に軽減措置の対応を行うことで、軽減することが可能と考え

    られる。

    また、業務量増加に伴う事務の煩雑化等を抑える他の措置として、ノウハウを有する全

    全部適用を行う場合 メリット 期待される効果

    給与の独自性

    ・一般行政と異なる給与体系

    ・経営状況を反映した給与決定

    人件費の

    硬直性緩和

    ・人件費に起因した経営悪化

    の防止

    ・職員の勤労意欲等の向上

  • 19

    部適用事業を既に実施している組織との統合も挙げられる。

    組織統合の例としては、水道事業と下水道事業等、当然に全部適用される事業と任意に

    全部適用する事業の組織統合がある。

  • 20

    第 4 章 全部適用を行う際のメルクマールの提示

    本章では、全部適用を行う際の検討の参考となるメルクマールを考察し、提示する。

    提示するメルクマールは、(1)「典型性」、(2)「事業の独立性」、(3)「支出における

    人件費率」、(4)「組織の統合可能性」とし、第1章(6)において、全部適用を行う余地

    が見られた下水道事業及び病院事業に特化したものとする。これらのうち1つでも該当す

    る場合、全部適用を行う検討を進めるべきと考える。

    なお、メルクマール及び法を適用するか否かの基準となる数値等については、当然に全

    部適用を行っている水道事業を取り上げて考察する。

    (1) 「典型性」についての考察

    全部適用を行うメルクマールとして、公営性と企業性の両方の性質を考察する。

    まず、これらを考察するにあたり、水道事業等、当然に全部適用を行う法定 7 事業がど

    のような性質を有しているのか明らかにする。

    法定 7 事業は、水道事業をはじめ、住民の生活に必要不可欠なインフラ等を供給する事

    業であり、原価を踏まえて算定された料金による独立採算制が強い事業である。

    このことから、法定 7 事業は第1章で地方公営企業の特徴として挙げた、地方公営企業

    が直接経営すべき事業であること(公営性)、民間企業と同様に費用に見合う収入を得なが

    ら経済取引を継続反復的に繰り返す生産的な活動を行うこと(企業性)がともに高い事業

    と言える。

    公営性のみ高い場合は、財やサービスに係る経費を経営に伴う収入をもって充てておら

    ず、赤字もしくは一般財源によって経費の多くを補っている事業であり、企業として成り

    立っていないと想定される。

    そのような事業は、税収入等の税制や財政制度による歳入によって成り立つ一般行政の

    事業に近いと考えられ、全部適用を行うことにより組織・給与制度を民間企業と同様の制

    度とする必要性が低いと考えられる。

    ただし、そのような場合でも、更新投資の優先度の把握といった経営基盤の強化等に取

    り組むために、少なくとも財務適用を行う検討を進め、企業会計を導入し、自らの経営・

    資産等の状況を的確に把握するべきと考える。

    次に、企業性のみ高い場合は、地方公共団体として行う必要性が乏しい事業であること

    から、民間委託等を検討すべきであり、全部適用を検討する必要性は低いと考える。

    公営性、企業性とも低い場合は、事業自体の廃止を検討するなど、抜本的に見直すべき

    であり、全部適用を行う検討を進める必要性は低いと考える。

  • 21

    典型的な

    地方公営企業

    以上より、公営性のみ高い場合や企業性のみ高い場合では、全部適用する必要性が低い

    と考えるため、本稿では、公営性及び企業性を組み合わせた性質を「典型性」と定義し、「典

    型性」の有無を 1 つのメルクマールとして提示する。

    【図表 17】 典型的な地方公営企業のイメージ

    組み合わせをまとめると、次のとおりとなる。

    【図表 18】 公営性と企業性の組み合わせ

    以降、「公営性」と「企業性」を測る方法について考察する。

    ①「公営性」についての考察

    上述のとおり、民間委託等を行うことが出来ず、依然として地方公営企業として経営す

    べきと考えられるものは、公営性が高い企業と言える。

    財務適用を検討すべき 全部適用を検討すべき

    廃止等を

    検討すべき

    民間委託等を

    検討すべき

    公営性が高い

    企業性が低い 企業性が高い

    公営性が低い

  • 22

    公営性は、住民生活との関係性や地域性等に大きく左右される性質であり、これらの明

    確な数値例は提示できないが、次に該当するような事業であれば、公営性が高いと考える。

    下水道事業においては、住民生活に欠かせない事業や、施設の建設に巨額の資金を必要

    とし、その投下資本の回収に長時間を要する事業の場合である。ほとんどの事業において、

    汚水の処理・雨水の排除により生活環境の改善・公共用水域の水質保全等の役割を担って

    いることからも、下水道事業は全体的に公営性が高いと考える。

    病院事業においては、周囲に他の民間病院等が存在しない地域の事業や、山間へき地や

    離島等民間医療機関の立地が困難な地域の事業であれば、公営性が高いと考える。それ以

    外の地域においても、へき地医療や医師確保に悩む病院への医師派遣を行っている県庁所

    在地における基幹的な役割である事業や、災害時における医療支援、感染症予防や国際空

    港付近の防疫対策を講じる事業の場合も公営性が高いと考える。

    ②「企業性」についての考察

    上述のとおり、民間企業と同様に費用に見合う収入を得ながら経済取引を継続反復的に

    繰り返す生産的な活動を行っているものは、企業性が高い企業と言える。

    地方公営企業は、住民負担の衡平及び企業の能率的経営を図る見地から、その経費は当

    該企業の経営に伴う収入をもって充てなければならないとされているが、事業の実施状況

    や取り巻く環境が異なることから、一般財源等によって経費の多くを賄う事業も存在する。

    企業性を測る方法として、民間企業と同様に費用に見合う収入を得ながら経済取引を継

    続反復的に繰り返す生産的な活動を行っているものを企業性が高い企業と言えることから、

    供給する財やサービスに係る費用が当該財やサービスの収入によってどれくらいの割合賄

    われているかを表す測定方法が適切と考える。

    当然に全部適用を行う水道事業であれば「料金回収率」、任意に全部適用が可能である下

    水道事業であれば、「経費回収率」、当然に財務適用を行う病院事業であれば、「医業収支比

    率」となる。

  • 23

    【図表 19】企業性の測定方法

    測定方法

    【水道事業】

    料金回収率(%)

    供給単価 × 100

    給水原価

    【下水道事業】

    経費回収率(%)

    下水道使用料 × 100

    汚水処理費(公費負担分を除く)

    【病院事業】

    医業収支比率(%)

    医業収益 × 100

    医業費用

    当該数値が 100%を上回っている場合、供給する財貨やサービスに係る費用が収益で賄

    われており、企業性が高いと言える。

    参考として、大阪府内の市町村(政令市除く。以下同じ。)の当該数値が 100%を上回っ

    ている事業の数を提示すると、下水道事業は 20、病院事業は0である。

    以上、「公営性」と「企業性」が高い(当該数値が 100%を上回っている)と判断できた

    場合は、地方公営企業としての典型性が高く、法定7事業と類似した事業と言えることか

    ら、全部適用の検討に進むべきと考える。

    (2) 「事業の独立性」についての考察

    2つ目のメルクマールとして、「事業の独立性」を検討する。事業の独立性とは、一般行

    政の関与等が少なく、地方公営企業がどれほど自主的に経営されているかの度合いを示す

    ものである。

    第 3 章において、地方公営企業法における全部適用を行うメリットの1つとして、機動

    性の確保が期待できることを挙げた。このメリットは、同章で考察したとおり、地方公共

    団体の長に代わって管理者が組織の指揮監督を行うことによって発揮され、一般行政から

    の独立性が高いほど、当該メリットをより有効的に享受することができる。

    一方、一般行政が地方公営企業に関与する制度も存在しており、主なものとして一般会

    計からの資金の繰入17がある。

    一般会計からの資金繰入の割合が多い場合、長や議会が繰入金の増減等の決定権を実質

    的に掌握することとなることから、一般行政からの独立性は弱まることとなる。その結果、

    全部適用のメリットである機動性の確保が困難となる。

    17 その他の制度として、住民の福祉を確保するため必要があるとき等に可能な地方公共団

    体の長の限定的な指示等がある。(地方公営企業法第 16 条)

  • 24

    以上のことから、全部適用の検討には事業の独立性が1つのメルクマールとなる。

    事業の独立性については、一般会計からどれだけの割合で資金が繰り入れられているか

    によって測ることができる。

    地方公営企業に一般会計から繰り入れた資金は、一般会計繰入金であるが、さらに一般

    会計で負担すべき経費とされている「基準内繰入金」と、赤字補填分である「基準外繰入

    金」の2つに分けることができる。メルクマールとしては、赤字補填分である一般会計か

    らの資金繰入の割合が多い場合に、長や議会が地方公営企業の経営を左右することから、

    単純な一般会計繰入金ではなく、基準外繰入金がどれくらいの割合であるかを表す測定方

    法が適切と考えられる。

    【図表 20】事業の独立性の測定方法

    測定方法

    他会計の負担率(%) 基準外繰入金

    × 100 総収益

    府内市町村における上記数値を見てみると、当然に全部適用を行う水道事業に係る当該

    数値の平均は、0.37%である。

    この平均に近似する場合、もしくは下回る場合は、事業の独立性が高いと言え、全部適

    用を行う検討に進むべきである。

    さらに、基準外繰入金が 0 である場合も「事業の独立性」が高いと言え、全部適用を検

    討すべきである。

    参考として、大阪府内の下水道事業に係る上記数値の平均は 0.96%であり、財務適用を

    行う病院事業における平均は、5.84%である。また、大阪府内の市町村(政令市除く。以

    下同じ。)の基準外繰入金が0である事業数を提示すると、下水道事業は 26、病院事業の

    場合は6である。

    (3) 「支出における人件費率」についての考察

    3つ目のメルクマールとして、「支出における人件費率」を検討する。支出における人件

    費率とは、地方公営企業が支出する費用における職員の給与等に係る費用の割合を示す。

    第 3 章において、全部適用を行うメリットの1つとして、人件費の硬直性緩和を挙げた。

    人件費の硬直性緩和のメリットとは、個人の能力に応じて給与を増減させ、モチベーシ

    ョンの向上を図ること、企業の業績に合わせて給与を増減させ、人件費に起因した経営悪

    化を防止することである。

  • 25

    支出における人件費率が高い地方公営企業の方が、人件費率が低い企業に比べて、当該

    メリットを享受することができると考えられることから、当該比率が高い場合は、全部適

    用を行う検討を進めるべきと考える。

    支出における人件費率を測る方法としては、上述を踏まえ、費用における職員給与費の

    割合を表す数値が適切と考えられる。

    【図表 21】支出における人件費率の測定方法

    測定方法

    費用における

    職員給与費の割合(%)

    職員給与費 × 100

    総費用

    当然に全部適用を行う水道事業の府内市町村(政令市及び職員給与費が0の団体は除く。

    以下同じ。)の平均は、13.79%である。

    この平均の数値に近似する、又はこれを超える場合は、「支出における人件費率」が高い

    と言え、全部適用を行う検討を進めるべきである。

    参考として、府内市町村の下水道事業における当該数値の平均は、4.92%、病院事業に

    おける平均は 42.88%である。

    (4) 「組織の統合可能性」についての考察

    4つ目のメルクマールとして、「組織の統合可能性」を検討する。組織の統合可能性とは、

    地方公営企業が地方公共団体内や他団体における別の事業と組織として統合する可能性と

    定義する。

    第 3 章において、全部適用を行う際に発生する、出納事務や給与事務等に係る業務量の増

    加等のデメリットを抑えることができる措置の1つとして、組織の統合を挙げた。

    今後統合の可能性が高い場合は、全部適用によって生じるデメリットを抑えることがで

    きるため、全部適用の検討を進めるべきである。

    ただし、「組織の統合可能性」を測る方法については明確な数値等は提示できないため、

    各事業の実情を踏まえて判断されたい。

    なお、組織統合の現況として、平成 28 年 12 月 21 日経済財政諮問会議で決定された経

    済・財政再生アクション・プログラムにおいて、水道事業、下水道事業及び病院事業につ

    いては、各都道府県における広域化等の検討体制の構築が要請されているところである。

    下水道事業においては、全事業に求めている経営戦略の策定を通じて、最適化・広域化・

    共同化の検討を行うよう要請されており、また、病院事業においては、公立病院を設置す

  • 26

    る地方公共団体に対して、地域医療構想の策定を踏まえた新公立病院改革プランの策定を

    通じて、再編・ネットワーク化の検討を行うよう要請されている。

    特に下水道事業においては、平成 31 年までを各都道府県において構想の見直し及び広域

    化の検討期間とされていることに加えて、平成 31 年以降は、見直し後の構想に基づき広域

    化を推進するよう提示されており、今後、組織の統合可能性は一層高まっていくと考えら

    れる。

    こういった都道府県構想、改革プラン、経営戦略等、地方公共団体の策定する各種計画

    等を改めて確認し、「組織の統合可能性」が高い場合は、全部適用の検討を進めていくべき

    である。

    最後に本稿で考察したメルクマールをまとめると次のとおりとなる。

    【図表 22】 メルクマールの一覧

    供給単価

    給水原価

    医業収益

    医業費用

    ②企業性

    (算出式:下水道)

    (算出式:病院事業)

    基準外繰入金(収益勘定)

    汚水処理費(公費負担分を除

    × 100

    %

    (算出式)

    × 100 %

    × 100 %

    総費用

    (算出式:上水道事業)

    × 100

    %

    (算出式)

    基準外繰入金

    × 100 %

    職員給与費総費用

    内閣府より、水道事業、下水道事業及び病院事業について

    は、各都道府県における広域化等の検討体制の構築が要請さ

    れているところ。

    都道府県構想、改革プラン、経営戦略等、地方公共団体の策

    定する各種計画等を改めて確認し判断。

    ①公営性

    測定方法メルクマール

    事業の独立性

    支出における人件費率

    組織の統合可能性〇地方公共団体内の事業と組織統合する可能性

    〇他の地方公共団体の事業と組織統合する可能性

    〇民間代替性

    〇投下資本の回収に長時間を要するか 等

    左記の数値が当然に全部適用する事業(水道事業など)の数

    値に近似している場合は、支出における人件費率が高い。

    下記に該当する場合は、事業の独立性が高い。

    ①左記の数値が当然に全部適用する事業(水道事業など)の

    数値に近似している場合

    ②基準外繰入金が0である場合

    判断方法

    民間委託等を行うことが出来ず、依然として公営すべき企業

    と考えられるものは、公営性が高い。

    住民生活との関係性や地域性等を考慮した上で判断。(参考

    として【図表18】公営企業として行う意義の提示)

     当該指標が100%を上回っている場合は、企業性が高い

    典型性

    「公営性」及び「企業

    性」が高い場合は、地

    方公営企業の典型性が

    高い。

  • 27

    第 2 章で触れたとおり、少子高齢化や人口減少による事業収入の減少に加え、老朽化施

    設の更新費用の発生等、近年の地方公営企業の事業運営は非常に厳しい局面を迎えつつあ

    る。

    地方公営企業は、将来に渡り、住民生活に必要なサービスを安定的に提供していくため

    に独立した経営環境の健全な組織を目指すことが求められている。その必要性に応える選

    択肢の 1 つとして、全部適用は非常に有力なものである。

    本論のメルクマールを参考として、該当する場合は全部の適用を検討し、今後もその本

    来の目的である住民の福祉の増進を図るため、地方公営企業として、経営の健全化に向け

    て適切に運用していくべきと考える。

  • 28

    おわりに

    地方公営企業は、第2章で述べたとおり、人口減少等による料金収入の減少、施設・

    設備の老朽化に伴う更新設備の増大等、経営環境は厳しい状況にあり、今後の地方公営

    企業は、これまで以上に経営の健全化に努めることが求められている。

    この答えの1つとして、地方公営企業法における全部適用を行い、より一層その特徴

    を活かした経営を行うことが有効と考え、本稿を執筆した。

    本稿が多くの地方公営企業及び地方公共団体における、今後の事業のあり方を検討す

    る際の一助となれば幸いである。

    最後に、本稿の執筆にあたり、ご指導いただいた上司をはじめ、日常、有益な議論

    をしていただいたグループ員、市町村課研修生、市町村課の皆様に対して、この場を借

    りて感謝申し上げる。

  • 29

    参考文献(※著者名等 50 音順)

    ① 石原俊彦/菊池明敏(2011)『地方公営企業経営論 水道事業の統合と広域化』(関

    西学院大学出版会)

    ② 児山法子(2017)「Vol.494 非営利組織の会計・監査シリーズ(9)地方公営企

    業」

    (https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/get-co

    nnected/pub/atc/201710/jp-atc-kaikeijyoho-201710-05.pdf)

    ③ 財団法人 自治総合センター(平成 25 年 3 月)「地方公営企業法の適用に関する調査

    研究会報告書」

    ④ 自治実務セミナー(2015)「<地方財政>公営企業会計の適用拡大」

    ⑤ 白崎徹也/細谷芳郎(1992)『地方公務員の法律全集⑪ 地方公営企業法』(ぎょう

    せい)

    ⑥ 総務省(平成 29 年 3 月)「公営企業の経営のあり方に関する研究会 報告書」

    ⑦ 総務省(平成 29 年 12 月)「地域医療の確保と公立病院改革の推進に関する調査研究

    会」

    ⑧ 総務省(平成 30 年 3 月)「平成 28 年度地方公営企業年鑑」

    ⑨ 細谷芳郎(2018)『図解地方公営企業法 第 3 版』(第一法規)