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わが国における交通バリアフリー政策の展開と課題 ──京都市の事例から── はじめに バリアフリーのあゆみ 京都市におけるバリアフリー法への対応 交通バリアフリーの今後の展望 わが国の人口は 2004 12 月に 1 2,784 万人のピークを記録したのち減少を続け, 2018 10 1 日現在では 1 2,693 万人となっている。2004 年現在では 65 歳以上の 高齢者の比率(高齢化率)は 19.6% であったが,現在では 27.3% となってい 1 る。 この状況は今後進展し,2050 年の総人口は 9,515 万人,高齢化率 39.6% と予測され, 2100 年には,2004 年と比較すると人口はほぼ半減するとされ,高齢化率は 4 割を超え るとされており,まさに超高齢社会が出現することにな 2 る。高齢者の外出機会の確保 が,社会的に大きな課題となってい 3 る。 また,障害者についても,社会参加の促進が求められている。それは,国連による 1981 年の国際障害者年の決定を契機としている。1982 年には「完全参加と平等」をテ ーマとした「障害者に関する世界行動計画」を決定し,1983 年から 92 年の 10 年間を 「国連・障害者の十年」に定めた。これは,障害者が自立して社会の一員として生活で きるような仕組みや制度を作り出すことを各国に求めたもので,以下のような目標を掲 げてい 4 た。 1)障害者が身体的にも精神的にも社会に適応することができるように援助すること 2)適切な援助,訓練,医療及び指導を行うことにより,障害者が適切な仕事につき, ──────────── ※本稿は著者の個人的見解であり,国土交通省及び京都市の見解を代表するものではない。 内閣府 障害者白書のあらまし 平成 11 年版 国土交通省 国土審議会政策部会長期展望委員会「国土の長期展望」中間とりまとめ 概要 平成 23 2 21 p4 労働厚生省は,外出頻度が「週 1 回未満」の高齢者を閉じこもりとして,寝たきりや要介護状態を引き 起こす原因の一つになるとしている。 厚生省「厚生白書」平成 4 年版 はじめに http : //www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1992/ dl/02.pdf 475 21

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わが国における交通バリアフリー政策の展開と課題──京都市の事例から──

青 木 真 美

はじめにⅠ バリアフリーのあゆみⅡ 京都市におけるバリアフリー法への対応Ⅲ 交通バリアフリーの今後の展望

は じ め に

わが国の人口は 2004年 12月に 1億 2,784万人のピークを記録したのち減少を続け,2018年 10月 1日現在では 1億 2,693万人となっている。2004年現在では 65歳以上の高齢者の比率(高齢化率)は 19.6%であったが,現在では 27.3%となってい

1る。

この状況は今後進展し,2050年の総人口は 9,515万人,高齢化率 39.6%と予測され,2100年には,2004年と比較すると人口はほぼ半減するとされ,高齢化率は 4割を超えるとされており,まさに超高齢社会が出現することにな

2る。高齢者の外出機会の確保

が,社会的に大きな課題となってい3る。

また,障害者についても,社会参加の促進が求められている。それは,国連による1981年の国際障害者年の決定を契機としている。1982年には「完全参加と平等」をテーマとした「障害者に関する世界行動計画」を決定し,1983年から 92年の 10年間を「国連・障害者の十年」に定めた。これは,障害者が自立して社会の一員として生活できるような仕組みや制度を作り出すことを各国に求めたもので,以下のような目標を掲げてい

4た。

1)障害者が身体的にも精神的にも社会に適応することができるように援助すること2)適切な援助,訓練,医療及び指導を行うことにより,障害者が適切な仕事につき,

────────────※本稿は著者の個人的見解であり,国土交通省及び京都市の見解を代表するものではない。1 内閣府 障害者白書のあらまし 平成 11年版2 国土交通省 国土審議会政策部会長期展望委員会「国土の長期展望」中間とりまとめ 概要 平成 23年 2月 21日 p 4

3 労働厚生省は,外出頻度が「週 1回未満」の高齢者を閉じこもりとして,寝たきりや要介護状態を引き起こす原因の一つになるとしている。

4 厚生省「厚生白書」平成 4年版 はじめに http : //www.mhlw.go.jp/toukei_hakusho/hakusho/kousei/1992/dl/02.pdf

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社会生活に十分に参加できるようにすること3)障害者が社会生活に実際に参加できるよう,公共建築物や交通機関を利用しやすくすることなどについての調査研究プロジェクトを推進すること4)障害者が経済的,社会的及び政治的活動に参加する権利を有していることについて一般国民の理解を深めること5)障害の発生予防対策及びリハビリテーション対策を推進することこれをうけ,身体障害者福祉法に「全ての身体障害者は,社会を構成する一員として社会,経済,文化その他あらゆる分野の活動に参加する機会を与えられる」ということが明記されたり,障害基礎年金制度が創設されたり,障害者雇用対策制度の改正が行われたりした。障害者については,入院や施設収容の体制から,地域中心のケア体制へ改められ,特定の施設などに閉じ込めるのではなく,地域や家庭において生活できるようなシステムを整えることが推進された。障害のある人が社会で生活していくうえで,四つの障壁があるとされ,これらを除去したバリアフリー社会の実現が目標であるとされている。その四つの障壁とは,1 歩道の段差,車いす使用者の通行を妨げる障害物,乗降口や出入口の段差等の物理的な障壁2 障害があることを理由に資格・免許等の付与を制限する等の制度的な障壁3 音声案内,点字,手話通訳,字幕放送,分かりやすい表示の欠如などによる文化・情報面での障壁4 心ない言葉や視線,障害者を庇護されるべき存在としてとらえる等の意識上の障壁(心の壁)であ

5る。

交通バリアフリーとは,公共交通とそのターミナル周辺において,主に 1と 3のバリアを除却することを目的とした施策であり,交通バリアフリー法・新交通バリアフリー法に基づいたものである。本稿では,京都市の取組みについて紹介し,その成果と問題点を明らかにする。

Ⅰ バリアフリーのあゆみ

Ⅰ.1 バリアフリーとはバリアフリーとは,障害のある人が社会生活をしていく上で,障壁(バリア)となるものを除却するという意味で,初めは住宅建築用語として登場した。具体的には段差な────────────5 内閣府「障害者白書のあらまし」平成 11年版

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どの物理的障壁の除去を言うことが多いが,社会的,制度的,心理的な全ての障壁の除去といった広い意味でも用いられ

6る。

この用語は特に日本において広く普及しているものである。英語では,設備やシステムが障害者や高齢者などに対応可能であるという意味ではアクセシビリティ(accessi-

bility)という言葉が使われることが多い。バリアフリーの考え方は 1960年ごろから欧米先進国で,建築家の間から生まれた発想である。法律としては,1961年の米国建築基準法(ASA)であり,これはケネディ大統領が,朝鮮戦争の傷痍軍人に対する政策として制定したものであ

7る。さらい 1967

年に制定された「建築障壁除去法(Architectural Barriers Act)」は,州の補助金を得て造営された建築物では,すべての人が利用できるような設計にしなくてはならないということを定めたものである。1969年には,身体障害者が容易に利用できる施設・建物であることを明確にする「国際シンボルマーク」が制定されている。

1974年には,国連バリアフリー専門家会議が「バリアフリーデザイン」と題する報告書をまとめ,バリアフリーデザインという言葉が定着した。バリアフリーという点で最も注目されるのが,アメリカ合衆国で 1990(平成 2)年に制定された「障害を持つアメリカ人法(Americans with Disabilities Act)」である。これは公共施設,交通,通信,雇用等で,「障害者」であることを理由として差別的な扱いをすることを禁じたものである。国連でも,1982年の行動計画の採択の後,1989年にはスウェーデンから提案された障害者の権利を守る国際条約が,「障害者の機会均等化に関する基準規則」として採択され,2001年には障害者の権利条約の設置を検討することが決められた。その結果2006年に,「障害者の権利,尊厳の保護,促進に関する包括的,総合的国際条約」が国連で採択された。

Ⅰ.2 わが国における取組み日本においては,1964年の東京オリンピック・パラリンピックを契機に 1960年代後半より,福祉のまちづくりとして建築物等の障壁除去について様々な取組みが行われた。さらに 1970年の大阪万国博覧会における施設改善をきっかけに,障害者の使いやすい生活環境づくりについてのキャンペーンが全国的に展開された。また同年に,国際的なバリアフリーの考え方が紹介された。セルヴィン・ゴールドスミ

8スの著書 Designing for the Disabled の一部を,日本のリハビリテーションのメッカで

────────────6 「新障害者基本計画」2002年 12月 24日閣議決定7 後藤武重「バリアフリーの変遷に関する一考察 抄録」p.18 イギリスにおける 1963年の建築基準法の制定にたずさわった。

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あった九州労災病院の天児民和院長が翻訳したのであ9る。

1973年は地方と都市の格差是正を目的とした,老人医療の無料化や年金給付額の引上げなどが行われ,福祉元年といわれたが翌年のオイルショックでこうした政策は頓挫している。しかし厚生省が,「身体障害者福祉モデル都市事業」を開始し,町田市,東京都,京都市,横浜市,神戸市などで整備指針や基準が制定され

10た。高齢化社会という

言葉もこのころから,出てくるようになった。1983年に運輸省が「公共交通ターミナルにおける身体障害者用施設設備ガイドライン」を策定したことが,国として交通バリアフリーを定めた最初の政策となった。1994

年 6月には,高齢者,身体障害者が円滑に利用できる特定建築物の促進に関する法律で「ハートビル法」が制定された。ハートビル法とは,建築物の質の向上を図り,公共の福祉の増進に資することを目的とした法律で,「不特定多数の人が利用する特定建築物(病院,劇場,観覧場,集会場,展示場,百貨店など)を建築しようとする場合には,出入口,廊下,階段,昇降機,便所などに,円滑に利用できるようにするための措置を講じなくてはならない」と定めている。介護保険が導入された 2000年,ようやく交通バリアフリー法が制定された。交通バリアフリー法とは,正式には「高齢者,身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律」といい,公共交通機関の駅や車両,バスなどをバリアフリー化することを目的としていた。ハートビル法は建設省,交通バリアフリー法は運輸省で別のわく組みとなっており,駅で下車して目的の施設などに行くまでの道路などの面的な整備が困難になっているため,2006年に交通バリアフリー法とハートビル法の 2法を統合した「高齢者・障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー新法)」が施行された。この法律には,上記二省に加えて警察庁,自治省も加わり,四省庁関連の法律となっていることが重要であった。これにより駅やターミナルの整備に加えて,周辺の主要施設への経路のバリアフリー化も同時に進められることになった。

Ⅰ.3 バリアフリー新法の内11容

バリアフリー新法では,高齢者,障害者,妊婦,けが人などの移動や施設利用の利便性や安全性の向上を促進するために,駅を中心とした地区や,高齢者,障害者などが利用する施設が集まった地区において,交通機関,建築物,公共施設について重点的かつ一体的なバリアフリー化を推進するとしている。

────────────9 川原啓嗣「ユニヴァーサルデザインの国際的動向と今後の展望」p.11310 野村歓「福祉のまちづくり概論」表 111 国土交通省・警察庁・総務庁「「バリアフリー新法の解説」を参照

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推進主体は市町村であり,各市町村で整備すべき地区を「重点整備地区」として定め,公共交通機関,建築物,道路,路外駐車場,都市公園,信号機などのバリアフリーを推進するための「基本構想」を策定する。そのほか,基本構想策定に際して住民や当事者である障害者の意見を聴取することや心のバリアフリーの推進などが挙げられている。目標の年次は交通バリアフリー法で定められたものについて

12は 2010年,道路(主要

な鉄道駅等の周辺),建築物,都市公園,路外駐車場,信号機などについても原則 2010

年を目標年次としている。具体的な整備内容については,以下の通りである。旅客施設鉄道駅1)駅の出入口からプラットホームへ通ずる経路について,高低差・段差を解消,車イスが通れる幅を確保

2)プラットホームにホームドア,点状ブロックなどの視覚障害者の転落を防止するための設備

3)通路などへの照明設備4)視覚障害者や聴覚障害者への情報提供設備の設置や筆談用具5)エレベータ,トイレなどに,JIS 規格に適合する標識設置

(バスターミナルや旅客船・航空旅客ターミナルについては,鉄道駅に準ずる。)車両等(鉄道,乗合バス,船舶,航空機)1)視覚情報及び聴覚情報を提供する設備2)車イススペース3)トイレのバリアフリー化4)鉄道車両以外への筆談用具の設置鉄道車両1)連結部に転落防止措置2)車両番号などの点字表示バス車両1)低床バス化2)車外放送設備船舶1)客席のバリアフリー化

────────────12 鉄道駅(一日の利用客 5,000人以上),バスターミナル(一日の利用客 5,000人以上),旅客船・航空旅

客ターミナル,福祉タクシーの台数などである。

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2)船内の移動経路の段差解消などによる移動の円滑化航空機1)通路側座席の半数以上に可動式肘掛2)車イスでトイレ利用可能に3)機内で利用できる車イスを設置福祉タクシー1)車イス等の対応車には,乗降を円滑にする設備。車イスをおけるスペースの確保2)回転シート車には,助手席または後部座席を回転させるための設備。おりたたんだ車いすをおけるスペースを確保道路道路管理者は,管理する道路をバリアフリー基準に適合させるよう努めなくてはならない(努力義務の明示)生活関連施設間の道路のうち,高齢者,障害者等が通常徒歩で利用する道路を,特定道路として指定し,それらはバリアフリー基準への適合が義務づけられる。信号機等基本構想にもりこまれた交通安全特定事業により,信号機などを設置する場合に

は,音響機能,歩行者用青延長機能または経過時間表示機能を付加したもの,あるいは歩車分離方式のものとすること。路外駐車場 (略)都市公園 (略)建築物不特定かつ多数のものが利用する百貨店,劇場,ホテルなどや,主として高齢者,障

図 1 交通バリアフリー法に基づく重点整備地区のイメージ

出典:国土交通省・警察庁・総務庁「バリアフリー新法の解説-ユニバーサル社会の実現めざして」p.4

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害者などが利用する養護・介護施設などを,「特別特定建築物」とし,それらについて,一定規模以上の,新築,改築を行う場合には,バリアフリー化のための必要な基準に適合させる義務がある。既存の建築物に対しても,基準適合への努力義務がある。多数のものが利用する学校,事務所などは「特定建築物」とし,新築等の場合に,基準適合への努力義務がある。以上が 2006年のバリアフリー新法の概要である。

Ⅱ 京都市におけるバリアフリー法への対応

Ⅱ.1 交通バリアフリー法(2000年)への対応交通バリアフリー法でも,バリアフリーの推進主体は市町村であり,各市町村で整備すべき地区を「重点整備地区」として定め,公共交通機関,建築物,道路,路外駐車場,都市公園,信号機などのバリアフリーを推進するための「基本構想」を策定することが求められていた。京都市では 2002年 10月に,市内全体の旅客施設と車両を対象とした「京都市交通バリアフリー全体構想」を発表した。この構想は 2010(平成 22)年を目標年度としたものである。そこでは,市内全体に 120もの駅と 2つのバスターミナルがあり,そのうち85施設が一定の利用者

13数のある特定旅客施設であることを示し,その中から計画期間

内に「重点整備地区」として取り上げるものを,現状調査に基づき決定したとしている。選定のプロセスは,特定旅客施設を,旅客施設のバリアフリーの状況と周辺地区の状況の 2つの面から分析評価し,旅客施設のバリアフリー状況について,優先すべき順位から 30地区を抽出し,そのうち事業者との協議が整った 14地区を,本計画の「重点整備地区」として選定している。これらの地区に含まれる特定旅客施設は 25である。このほかに用地などの問題で,2002年の段階では整備が極めて困難であるが,引き続き改善方策を検討していくこととした地区は 7地区,すでにある程度のバリアフリー化がすすめられており,交通事業者が単独で追加的措置を行うとされた地区が 9地区であ

14る。2003(平成 15)年 10月 8日には,そのトップバッターとして,阪急桂駅を中心とした「桂地区」と,JR,京阪,地下鉄山科駅を中心とした「山科地区」について,「交通────────────13 交通バリアフリー法の関連政省令に定められた計算式があり,それによれば京都市の場合には,利用者(=乗降客数+改札内での乗換客数)が一日 2,827人以上の旅客施設となる。

14 改善方策検討地区は,大宮,帷子ノ辻,西院,JR 藤森,西大路,深草,六地蔵事業者の単独整備地区は,今出川,烏丸御池,北大路,三条,丹波口,地下鉄丸太町,中書島,出町柳,二条である。京都市「京都市交通バリアフリー全体構想」p.27

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バリアフリー移動円滑化基本構想」を策定,2004(平成 16)年 10月 22日には,阪急烏丸駅,地下鉄四条駅を中心とした「烏丸地区」と,近鉄向島駅を中心とした「向島地区」,2005(平成 17)年 11月 22日には,JR 京都駅を中心とした「京都地区」と,JR

嵯峨嵐山駅,トロッコ嵯峨嵐山駅及び京福嵯峨駅前駅を中心とした「嵯峨嵐山地区」,2006(平成 18)年 10月 27日に阪急河原町駅を中心とした「河原町地区」と,JR 稲荷駅及び京阪伏見稲荷駅を中心とした「稲荷地区」について,それぞれ「交通バリアフリー移動円滑化基本構想」を策定している。この計画の期間中の 2006年 12月に「バリアフリー新法」(高齢者,障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律)が施行され,その内容を踏まえて 2007(平成 19)年12月 21日に,京阪五条駅・京阪七条駅周辺の徒歩圏を対象とした「京阪五条・七条地区」と,近鉄桃山御陵前駅及び京阪伏見桃山駅周辺の徒歩圏を対象とした「桃山御陵前地区」,2008(平成 20)年 9月 22日に JR 及び京阪東福寺駅周辺の徒歩圏を対象とした「東福寺地区」と,京阪藤森駅周辺の徒歩圏を対象とした「京阪藤森地区」について,同年 12月 22日に「伏見地区」の「基本構想」を策定している。

2011年度末の状況では,旅客施設に関する整備は 14地区のすべてで完了しているが,車両や道路については,整備中となっているものが残っている。

Ⅱ.2 バリアフリー新法への対応前項の「京都市交通バリアフリー全体構想」は目標年度に到る前に,新法の施行があり,その後に基本構想を策定した地区では,周辺の道路や都市公園などについての計画

表 1 交通バリアフリー法に基づく京都市重点整備地区

出典:京都市「京都市交通バリアフリー全体構想」p.27

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がもりこまれている。京都市では,バリアフリー新法の施行後,さらに 2011(平成 23)年 3月に国の「移動等円滑化の促進に関する基本方針」が改正され,2020年(平成 32)年を目標年次としたより高い水準の目

15標が設定されたため,「京都市交通バリアフリー全体構想」を更

に前進させた「「歩くまち・京都」交通バリアフリー全体構想」を 2012年 3月に策定している。この間,新線の開通や新駅の設置があり,鉄道駅の数は 127施設,バスターミナルは

3施設となり,このうちすでにバリアフリー化の整備が完了しているものは 74施設あり,残りの 56のうち 14施設が一日の平均利用者数が 3,000人以上である。「「歩くまち・京都」交通バリアフリー全体構想」では,この 14施設に加えて,旅客施設の周辺状況(生活関連施設の数,路線バス運行数)を加味して,2つの施設を整備対象となる「特定旅客施設」とし,それらを含む地区を「重点整備地区」候補とした。候補地区について,工事の実施可能性などを検討して,10地区,11施設を 2018年までの重点整備地区とした(表 2)。事業者単独整備地区は,近鉄上鳥羽口駅,叡電出町柳駅,北大路バスターミナルを含む 3地区,引き続き整備方策を検討する地区としては,京阪墨染駅,京福北野白梅町駅を含む 2地区となった。また,2011年 8月に国から発表された「ホームドアの整備促進等に関する検討会」の「中間とりまとめ」では,一日の利用者 10万人以上の駅にはホームドアまたは内方線ブロックを,1万人以上の駅には内方線ブロックを整備することが明記された。さらに 2016年 12月に発表された「駅ホームにおける安全性向上のための検討会」の「中間

────────────15 平均利用者数が 5,000人以上だったものを 3,000人以上とし,ホームドア等の設置が新規にもりこまれ

た。また国民の責務として心のバリアフリーの必要性が明示された。京都市「「歩くまち・京都」交通バリアフリー全体構想」p.4

表 2 歩くまち・京都交通バリアフリー全体構想における対象交通施設

出典:京都市「「歩くまち・京都」交通バリアフリー全体構想」p.29

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とりまとめ」には,一日の利用者 10万人以上の駅のうち,車両の扉位置が一定しているなどの条件を満たしている場合には,原則として 2020年までにホームドアを整備すること,及び 1万人以上の駅については,2018年までに内方線ブロックを整備することが明記され,重点整備地区の計画とは別に,対応がとられた。

Ⅱ.3 現在の進捗状況2016年度末の進捗状況をみると,表 2の対象交通施設のうち,太秦駅,JR 藤森駅,大宮駅,上桂駅,松尾大社駅(2013年に松尾駅から改称),嵐山駅,西院駅(阪急,京福)が段差解消の整備を終了しており,桃山駅,深草駅,西大路駅とも「重点整備地区」の基本構想は完成しており,交通施設についての整備は遅滞なくすすめられている。全体的な進捗状況については,以下の通りである。バリアフリー進捗状況 2016年度末見込一日利用客 3,000人以上の旅客施設段差解消 96.7%運行情報(音声) 97.8%運行情報(文字) 95.6%車イス対応トイレ 96.6%車イス・オストメイト対応トイレ 74.2%転落防止対策 98.9% うち内方線付き 85.6%券売機の下部スペース 98.2%幅広改札口 100.0%バスのノンステップ化リフト付き,ワンステップ,ノンステップバス 89.6%一日の利用者が 3,000人以上の旅客施設については,当初の計画通りにバリアフリー化がすすめられている。一方,3,000人以下の施設(130施設のうち 39施設)を含めた全旅客施設の項目別の進捗状況をみると,京都市が設定した目標の数値はほぼ達成しているものの,段差については約 25%が未整備で,3,000人以下の駅についてはほとんど進んでいないのが現状である。全旅客施設の項目別バリアフリー進捗状況段差解消 74.8%(目標 75%)運行情報(音声) 72.5%(目標 75%)運行情報(文字) 70.2%(目標 70%)車イス対応トイレ 89.1%(目標 90%)

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車イス・オストメイト対応トイレ 66.0%(目標 65%)転落防止対策点字ブロック 82.8%(目標 85%)

うち内方線付き 62.5%券売機の下部スペース 86.2%(目標 90%)幅広改札口 97.9%(目標 100%)

Ⅱ.4 バリアフリー新法の実施に伴う問題点Ⅱ.4.1 制度的な問題バリアフリー新法については,旅客施設とその周辺の道路の整備を一体化して計画を

表 3 バリアフリー移動等円滑化基本構想の策定

重点整備地区名 策定日 地区内の旅客施設

桂 平成 15年 10月 8日 阪急桂駅

山科 平成 15年 10月 8日 JR 山科駅,京阪山科駅,地下鉄山科駅

烏丸 平成 16年 10月 22日 阪急烏丸駅,地下鉄四条駅

向島 平成 16年 10月 22日 近鉄向島駅

京都 平成 17年 11月 22日 JR 京都駅,新幹線京都駅,近鉄京都駅,地下鉄京都駅

嵯峨嵐山 平成 17年 11月 22日 JR 嵯峨嵐山駅,京福嵐電嵯峨駅,嵯峨野観光鉄道トロッコ嵯峨駅

河原町 平成 18年 10月 27日 阪急河原町駅

稲荷 平成 18年 10月 27日 JR 稲荷駅,京阪伏見稲荷駅

京阪五条・七条 平成 19年 9月 21日 京阪清水五条駅,京阪七条駅

桃山御陵前 平成 19年 9月 21日 近鉄桃山御陵前駅,京阪伏見桃山駅

東福寺 平成 20年 9月 22日 JR 東福寺駅,京阪東福寺駅

京阪藤森 平成 20年 9月 22日 京阪藤森駅

伏見 平成 20年 12月 22日 近鉄伏見駅

太秦 平成 25年 3月 22日 JR 太秦駅,京福帷子ノ辻駅,京福太秦広隆寺駅,京福常盤駅

大宮 平成 25年 3月 22日 阪急大宮駅,JR 二条駅,京福四条大宮駅

JR 藤森 平成 26年 3月 20日 JR 藤森駅,京阪墨染駅

深草 平成 26年 3月 20日 京阪深草駅,JR 稲荷駅

西院 平成 26年 3月 20日 阪急西院駅,京福西院駅,京福西大路三条駅

阪急嵐山・松尾大社 平成 27年 3月 31日 阪急嵐山駅,阪急松尾大社駅

上桂 平成 27年 3月 31日 阪急上桂駅

桃山 平成 27年 3月 31日 JR 桃山駅,近鉄丹波橋駅,近鉄桃山御陵前駅,京阪丹波橋駅,京阪伏見桃山駅

西大路 平成 29年 3月 31日 JR 西大路駅

出典:京都市都市計画局歩くまち京都推進室 資料 ページ番号 107394http : //www.city.kyoto.lg.jp/tokei/page/0000107394.html

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策定するという形で,総合的な対応が可能となっているが,その一方で以下のような問題が出てきている。

1)バリアフリー経路の確保と助成制度の問題バリアフリー化経路は各施設で一ルート確保すればよいとなっているうえ,エレベータの設置が前提となっており,その設置費用についての助成は一ルートのみとなっているので,バリアフリーの経路のキャパシティが十分でないというケースや,遠回りになってしまうケースが散見される。そのため,平面での移動距離が大きくなり,高齢者や

図 2 烏丸御池駅改札口平面図

出所:京都市交津局ドアちか http : //doorchika-kyoto.net/karasumaoike_concourse.html

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障害者にとっては移動における負担が軽減されない。例えば地下鉄烏丸線と東西線の乗換駅である烏丸御池駅の改札階は,図 2のような配置となっている。地上へのエレベータ(出口 3-2)までかなりの距離を歩かなくてはならないうえ,地上への階段のエスカレータは未設置の状態である。また 3-2の出口を出て主要な施設(中京税務署,ハローワーク,京都労働局,京都市消費者生活総合センターなど)に行く場合にも,交差点を渡る,細街路を回り込む,など徒歩の距離が長い。さらに,最近基本構想が決定された,JR 西大路駅地区では,従来は南側の改札口一箇所であったものを,北側に新たに改札口を設け,それをバリアフリー経路とするという提案がなされた。これは,西大路駅の構造上,南側の大阪方面ホームの上に東海道新幹線の高架の支柱があるため現在の南口改札口からのエレベータの設置余地がないという問題があるためである。しかし,この地域は,北側はどちらかというと会社のオフィスなどが多くあり,住宅は南側に多くなっている。そのため。バリアフリーが必要な層は,南側からの利用者の割合が大きい。この案は,JR 貨物の敷地の利用を前提とした,JR 西日本としてはかなりの工夫された計画であったが,この構想の策定を行った「西大路地区バリアフリー移動等円滑化基本構想策定連絡会議」の場では,地元代表(5地区の自治連合会会長と地元企業の代表者)からは,承服できかねるという意見が多く出された。

図 3 西大路駅のバリアフリー化構想

出典:京都市「西大路地区バリアフリー移動等円滑化基本構想 概要版」

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駅の南側から北側に行くには,高架下の狭い歩道を通らなくてはならないため,車イス利用者や視覚障害者,高齢者には危険が伴うこと,歩行距離が長くなり段差が解消しても,鉄道利用のための移動の負担は逆に大きくなること,これまでも地元が再三バリアフリー化や改札口の改善を要求してきたが,その内容が一切反映されていないことなどが,理由として挙げられていた。西大路駅は,朝のラッシュ時の乗降人員数がすでにホームの容量を超えるほど多くなっているため,いずれにせよ南改札口の改築などを行うためには,北側(東側)への通路をまず確立し,南改札口での乗降を北側に移転し,ホーム上の安全が確保されないと実際の工事は難しい,との説明があった。現状の制度においては,北側経路が確保されれば,バリアフリー新法の規定は満たされたということになるので,その完成後に南改札口の改築に着手するという確約を取ることは難しいため,継続的に検討していくという留保をつけられないかという議論も出た。そのため基本構想には「南側駅舎の各設備の改善については,バリアフリー化に限らず,構造上・安全確保上支障のない範囲で可能なかぎり,今回の計画にあわせて実施できるよう検討を進めます。」という文言がもりこまれた。今後は,一ルートをエレベータで確保すればバリアフリー法上の問題はないという限定枠を見直し,複数ルートを確保する場合にも助成制度の適用を認めたうえ,単なる段差解消ではなく,垂直・水平方向への移動距離にも配慮することなどが法制上必要なのではないだろうか。

2)会議体の構成と審議内容バリアフリー全体の推進については,「京都市交通バリアフリー推進会議」(以下「推進会議」)があり,利用者代表,交通事業者,関係行政機関,学識経験者が集まり,各年度内の計画と進捗状況のチェックを行っている。委員数は 55名以内とされているが,毎回ほぼ満数近くの委員が招集される。また,各地区の基本構想の策定においては,「○○地区バリアフリー移動等円滑化基本構想策定連絡会議」(以下「連絡会議」)が招集され,交通事業者,地元住民代表,利用者代表(高齢者,障害者など),学識経験者,オブザーバーとしての関係行政機関が一堂に会することとなる。「連絡会議」も通常,50人規模の会議となり,基本構想案の概要,現地踏査と問題点の抽出,問題点と改善提案に関する交通事業者や道路管理者への確認,具体的な基本構想の提案・審議,基本構想の決定,実際の工事の開始・進捗のチェック,が行われている。基本構想の概要や具体的な基本構想の提案・審議については,特に地元住民代表や利用者代表から意見を聴取するためには,よく理解していただくことが必要である。その

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ため個別に事前に資料を送付したり,必要な場合には事前説明を行ったりする場合も多い。交通事業者側も,バリアフリーの施設を設置するための措置やホームや通路の余地の問題が解決する見込みがなくては計画を責任持って進めることができず,連絡会議の開催時期は,その状況に左右されることが多い。例えば河原町地区は,阪急河原町駅に隣接するビルを鉄道会社関連の不動産会社が取得して初めてエレベータ設置の可能性ができたのちに「連絡会議」が開始された。また西大路地区についても,北側の駅舎建設のための用地を確保できたために,基本構想の策定が可能となった。会議の運営上についていえば,「連絡会議」が基本構想策定後,1年後ぐらいに進捗チェックをした後には事実上終了となってしまう点が,問題ではないかと思われる。

1年後とは,施策の内容についてみると,せいぜい旅客施設についての工事計画が決定され,工事開始と完成時期が示される程度であり,主要施設への道路整備については,提案についての検討がどの程度進められているかが示されるのみであり,明確な完成時期については不詳である場合が多い。本来ならば,全ての基本構想をまとめて管理する「推進会議」が,その点についてチェックするべきであるが,そこでは京都市内全体のバリアフリー進捗状況を概観し,当該年度内に実施された工事などが紹介されるにとどまっている。「推進会議」の総合的なチェック機能の強化と,長期的な視点でのフォロー,特に道路関連の施策の妥当性や利便性の検討が必要であろう。Ⅱ.4.2 依然として進まない「心のバリアフリー」交通バリアフリー法が 2000年に導入されて 17年たち,施設整備などについてはかなりの進展が見られている一方,視覚障害者のホームからの転落事故や,エレベータや多目的トイレを健常者が利用して,本来必要な車イス利用者が利用できないこと,などの新たな問題が発生している。障害者や高齢者に対する周囲の理解や手助けがなかなか実現せず,ハード整備頼り,という点が見受けられる。誰かが困っているのをみても,声がかけられないというような意識の壁を取り除く「心のバリアフリー」が必要なのである。心のバリアとは,日常生活に存在する差別,偏見,理解の不足,誤解など,さまざまな状況にいる人たちが希望する生活を実現する際に,大きな障壁となるものをさす。そうした心のバリアをなくし,障害の有無などに関わらず,誰もが普通の暮らし,自分らしい暮らしを実現できる社会こそ,豊かな社会といえよう。それぞれの障害の度合いにより必要なサポートは異なり,一律のハード整備だけではカバーできない面を補うのが「心のバリアフリー」である。路上やホーム上,車両の乗

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降時に,周囲からのちょっとした手助けがあれば万人が安全・快適に行動できるはずである。

2017年度からようやく,駅構内や鉄道車内の放送で,困っている方がいたらお声がけや手助けをお願いします,という内容が放送されるようになった。車両の長さやドアの位置が異なるため,ホームからの転落事故防止のホームドアなどの導入が難しい場合には,視覚障害者や車イス利用者のためには,周囲の目が必要であろう。また車イス利用者やベビーバギーを一人で操作している人に手助けをすれば,移動は安全でスムーズになる。「心のバリアフリー」を実現するための一つの方法として,高齢者や障害者の立場になってまちを歩いてみる,というワークショップがある。高齢者になるためには,手首や足首に錘をつけて動作をしにくくしたり,手指の動きが鈍くなるような手袋をしたり,白内障の見え方がわかる特殊なめがねをつけたりする。その上で,店舗に入って買い物をして小銭を出したり,街路を歩いたりするのである。また障害者の立場になるために,アイマスクをして白杖を使ってあるいたり,車イスで街路を歩いたり,店舗に入ったり,鉄道に乗車したりする試みが開催されている。多くの鉄道会社では,社員研修の一環としてこうした実習も行ってい

16る。

こうした研修やワークショップを受けた場合には,相手の立場を思いやることが現実的にかなり可能とな

17り,単なる文字や言語での情報よりはるかにバリアフリーには役立

つ施策となる。現在京都市では,「心のバリアフリー」については現在ハンドブックを作成して,啓蒙に務めているが,学校単位や職域単位での心のバリアフリー・ワークショップの開催を再度進めていくべきではないだろうか。

Ⅲ 交通バリアフリーの今後の展望

2017年 6月に発表された「バリアフリー法及び関連施策の見直しの方向性について」では,高齢者,障害者などの社会参加の拡大の推進,地域連携の強化,ハード・ソフト一体となった取組みの推進を基本となる 3つの視点として,以下のような 4つの方向性が示された。第一に「障害の社会モデ

18ル」という理念を法体系に反映させると共に,こ

────────────16 このほか,鉄道における緊急時の情報提供(聴覚障害者や日本語がわからない人は車内アナウンスで

は,情報を得られないといった問題),精神的な障害がある方への対応などさまざまな面での体験や情報が必要である。

17 2012年の同志社プロジェクト科目「交通バリアフリーを考える」での実習における学生の感想文,2012年 10月パレット河原町商店街「人と緑にやさしいまち」事業における実習参加者の感想文などを参照した。

18 障害者が受ける制限は機能障害のみに起因するものでなく,社会におけるさまざまな障壁と相対する↗

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れまであいまいだった当事者からの意見聴取について明確化すること,第二に交通バリアフリーの基準やガイドラインの見直しによる,2021年度以降の目標設定の検討開始と事業者の情報開示の明示化,第三に地域の面的バリアフリー化の促進,特に複数市町村にまたがる場合の措置の検討,基本構想の見直し制度の導入,まちづくり施策との連携,第四に心のバリアフリーの推進,が挙げられている。

2016年の内閣府のバリアフリー・ユニバーサルデザインに関する意識調査では,生活全般について,十分進んだとまあまあ進んだの合計割合が 44.0%であるのに対して,鉄道駅では 37.2%,バスターミナルでは 13.0%,空港では 33.6%,など全体と比して遅れているという印象が強く,今後重点的にバリアフリーとしていくことが必要だとする人の割合が,鉄道駅やバスターミナル,鉄道車両,バスなどにおいて 5割以上に上ってい

19る。わが国におけるバリアフリーの定義は国際的な状況の変化などにより変遷してきており,それとともに対象者の拡大が図られてきた。一方「対象者」という枠組みが設けられたことによって,バリアフリーは自分と関係ない誰かのために,エレベータやスロープを設置すること,といった受け止め方が蔓延することになり,「心のバリアフリー」はいつまでたって進まない状況である。バリアフリーとは障害の有無だけでなく,様々な困難を抱えているすべての人にとって必要不可欠な措置と捉えられるべきであり,誰もが当事者であるという意識が共有され,交通バリアフリーばかりでなく社会全体における施策を推進していくことが必要であろ

20う。

参考文献川原啓嗣「ユニヴァーサルデザインの国際的動向と今後の展望」『名古屋学芸大学メディア造形学部研究

紀要』2009年第 2巻 p 111-115

京都市「京都市交通バリアフリー全体構想」2002年 10月京都市「「歩くまち・京都」交通バリアフリー全体構想」2012年 3月交通エコロジー・モビリティ財団「安心して移動できる社会をめざして-交通バリアフリー法の解説」

2004年 2月国土交通省 国土審議会政策部会長期展望委員会「『国土の長期展望』中間とりまとめ 概要」平成 23

年 2月 21日

────────────↘ ことによって生ずるという考え方。19 内閣府「平成 27年度バリアフリー・ユニバーサルデザインにおける意識調査報告書」p 2-420 なお本稿では,知的・発達・精神障害者についてはほとんど言及できなかったが,2016年 4月に施行

された「障害者差別解消法(正式名称:障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)」では,障害のある方々の人権が保障されるとともに,教育や就業,その他社会生活において平等に参加できるよう,それぞれの障害特性や困りごとに合わせておこなわれる「合理的配慮」を可能な限り提供することが,行政・学校・企業などの事業者に求められるようになってきており,教育の現場でも多様な対応が求められている。

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